第八章

 連休の残りの二日間は、自分の部屋で、ぼんやりと過ごしていた。
 トイレと入浴以外、ほとんど部屋からも出なかった。
 特になにをしていた、というわけでもない。記憶も曖昧で、食事や睡眠をとったのかすらはっきりとは覚えていなかった。
 きちんと記憶している行動といえば、オナニーとリストカットくらいのものだ。
 もちろん、楽しんでしていたわけではない。
 ただ、どろどろとしたヘドロのような感情に包まれて、手が動くままに自分で自分を犯し、自分を傷つけていた。

 携帯電話の電源を切ったままだと気がついたのは、連休最終日の夜になってからだった。
 電源を入れると、早瀬からの着信履歴がいくつもあったけれど、当然、目も通さずに削除した。
 少し珍しいところでは、みーこからのメールがあった。〈デート〉のお誘いだ。
『明日の午後は久々にパパとでぇとでーす! ぜひおねーさまもご一緒に♪ ってゆーか、パパよりもおねーさまとえっちしたいな(はぁと)』
 着信日は昨日になっている。もう手遅れだ。
 これは少し、残念だったかもしれない。
 だけど、まあ、いい。
 〈パパ〉とはこのところ、あまり間を空けずに逢っているし、今の精神状態で〈パパ〉やみーこと逢っても楽しめるとは思えない。特に、みーこの相手をするのは精神的な負担が大きいから、こちらも元気な時でなければ辛い。
 この頃になると、早瀬を殴った時のような、激しい憤りは消えていた。
 それでも、心の中には、コールタールのような黒いどんよりとした想いが溜まっている。それがなんなのか、自分でもよくわからない。少なくとも、健全な精神状態でないことは間違いない。
 とりあえず、みーこには簡単にお詫びのメールを送っておいた。
 私が音信不通で、〈パパ〉はどう思っただろう。
 みーこ経由のお誘いに嫉妬して無視したと思ったか。
 単に、他の男と遊ぶのに忙しいと思ったか。
 こちらは、いちいち言い訳をしなければならないような短い付き合いではないので、放っておいても構わない。
 携帯電話を手にそんなことを考えていると、不意に着信音が鳴り出した。早瀬からであれば即座に切るところだけれど、表示された名前は〈淀川〉だった。
 受話ボタンを押す。
『あ、莉鈴? 一昨日はありがと。おかげでいいものが描けそうだわ。担当さんにネーム見せたら、すごく気に入ってた。そっちはどう? あの後、トシとしたんでしょ? どうだった?』
 陽気な声が聞こえてくる。
 かなりのハイテンションのようだった。もしかしたら、あの後、ろくに寝ないで獣姦マンガを描いていたのかもしれない。
「……ねえ、淀川?」
『なに?』
「貴女の他のマンガも……実在のモデルとか、実体験とか、あるの?」
 獣姦を描くために、私にモデルをさせた淀川。
 以前読んだ彼女の作品は、女性が陵辱される近親ものばかりだった。
 もしかしたら、早瀬と淀川の間に、なにか、あったのかもしれない――そんな考えが浮かんでしまう。
 答えが返ってくるまでに、ひと呼吸分の間があった。なにか考えているような気配が感じられた。
『……あー、もしかして莉鈴も、私とトシの間になにかあったと思ってる? なんで?』
 も、と言った。
 これまでにも、同じ質問をされたことがあるのだろうか。もしかしたら、質問の主は茅萱かもしれない。
 なんで、と訊いた。
 淀川は、早瀬の感情を知らないのだろうか。
『あるわけねーじゃん。あんなごつい弟と。私としては、もっと、こう、思わず間違いを犯してしまうような美形の弟が欲しかったな』
 軽い口調は、とぼけている風ではなかった。
 本当に、なにもないのだろうか。
 まあ、たいていの人間にとってはそうだろう。獣姦ほどではないにせよ、近親相姦だって世間では少数派、あまり普通のことではない。
『やっぱ、あーゆーの描いてると誤解されるのかね? 近親モノってね、常に一定の需要が見込めンのよ。デビュー間もない新人としては、確実にウケるものを描かなきゃならなかったわけ。大学の友達やカヲリまで同じようなこと訊いてくるし、やんなっちゃう』
 やっぱり、茅萱にも訊かれたことがあったらしい。
 当然だろう。早瀬の本心を知りつつも想いを寄せている身としては、淀川が弟のことをなんとも想っていないという言質が欲しかったに違いない。
 今の台詞が淀川の本音だとしたら、まったく脈なしということになる。茅萱は喜んだだろうし、早瀬にとってはいい気味だ。
 肉親に欲情するような男なんて、同情の余地もない。
『……でも、なんでいきなりそんなこと訊くの? もしかして、私がトシの姉と知って、妬いてる?』
「……まさか」
 鼻で笑う。
「…………それに……早瀬とはもう、終わりにした」
『え?』
 驚きの声。
 まだ、早瀬からはなにも聞いていないようだ。
『あの日、なにか、あった?』
 少し、真剣味を増した声に変わる。
「……別に、なにも。……少し前から……そろそろ潮時かなって思ってた」
 実際には、ちょっとした事件があったわけだけれど、淀川に言うことではない。彼女が当事者であるからこそ。
 それとも、話してみた方がおもしろいだろうか。
 早瀬の想いを知ったら、いったい、どんな反応を示すのだろう。
 少し興味を覚えたけれど、結局なにも言わなかった。もしもこれで淀川が弟を意識しだしたりしたら、やぶへびだ。
『ふぅん……まあ、莉鈴がそう決めたんなら、私がどうこう言うことじゃないね。あんな乱暴なことされて、耐えられる女の子の方が少数派だろうし。いいんじゃない、別に。もっとイイオトコ見つけた方がいいよ。あんたならよりどりみどりでしょ』
 予想していた以上に、ドライな反応だった。
 姉として、弟の恋愛を応援する気などさらさらないらしい。それとも内心、私みたいな女が弟の彼女というのが気に入らなかった、なんて可能性はあるだろうか。
 あるいは単に、これも弟いじめの一環なのかもしれない。
「…………そういうわけ、だから」
『うん…………ねえ、莉鈴?』
「……なに?」
『いまさらどうでもいいことかもしンないけど、ひとつ、教えておく』
 声の調子が、微妙に変化していた。
 不自然なほどに、淡々とした口調になっている。
『私の顔の傷、……これ、トシに殴られて、入院した時の痕』
「……!」
 それだけ言って、淀川は電話を切った。


 翌日の教室――

 私が登校した時、早瀬はもう教室にいた。
 こちらを見て、どことなく困ったような、なにか言いたげな顔をしていたけれど、もちろん私は無視していた。目も合わせない。
 校内で早瀬を無視するのはいつものことだけれど、それでも、注意深く観察している人には変化が見えたのだろうか。席に着くのと同時に、木野が意味深な笑みを浮かべてやってきた。
 空いていた前の席に座り、小さな声で訊いてくる。
「……早瀬と、なにか、あった?」
 困ったことに、妙に鋭い。木野は以前からそうしたところがあった。
 しかしもちろん、肯定などしない。
「…………なにもないわ。なにも」
 やや強い口調で言う。
 こんな言い方では、なにかあったと白状しているようなものだ。
 それでも構わない。察しのいい木野のこと、こう強調しておけば、言外に「早瀬のことには触れられたくない」と言っていることに気づいてくれるだろう。
 私と早瀬は、もう、なにも関係がない。
 少なくとも、私にとっては。
 早瀬がどう思っていようと、知ったことではない。
「……そっか」
 曖昧な笑みを浮かべる木野は、まだなにか言いたげな様子だった。
 誰に聞かれているかわかったものではない教室で、これ以上、早瀬のことに触れられたくなかった。茅萱の耳に入って「ほら見たことか」などと思われたら不愉快だ。
 だから、そのまま席を立った。
「……なんか、気分悪い。保健室に行ってくる」
 言い訳ではなく、事実、体調は悪かった。連休中の不健康な生活のためだろう。
 なにより、睡眠不足の影響が大きかった。特になにをしていたわけでもないのに、睡眠もあまりとっていない。精神的に不安定な時には、眠れなくなることが多いのだ。
 保健室で少し眠ってこよう――そう思って教室を出る。
 早瀬の方は見もしなかった。


「今朝は早いな。どうした?」
 保健室に入ると、遠藤がいつものように軽い口調で話しかけてきた。
「……寝不足。少し、寝ていくわ」
 寝かせて、ではなく。
 寝ていってもいい? でもなく。
 断定口調で言った。
 苦笑が返ってくる。
「保健室は、仮眠室じゃないぞ」
「生徒の健康のためにあるんでしょう? 睡眠不足は健康の大敵。なにか問題が?」
「いや……構わんけど」
 私の屁理屈に、肩をすくめてまた苦笑する。
 ベッドに入る前に、スカートを脱ごうと手をかける。
「昨夜も、そんなに激しかったのか? また早瀬くんか? ちょっと注意しておくべきかな」
 軽い冗談のつもりだったのだろう、笑いながらの台詞。
 しかし、それが逆鱗に触れた。
 瞬間的に、頭に血が昇った。全身の血液が沸騰したような感覚だった。
「……うるさいっ!」
 いつになく、大きな声で叫んでいた。
「みんなして、早瀬早瀬ってなにそれっ? 私は、あいつの彼女でもなんでもないっ! いい加減にしろっ!」
「――っ!?」
 気がついた時には、ベッドの脇に置いてあったパイプ椅子をつかんで、遠藤に向かって力いっぱい叩きつけていた。
 まったく予想外の動きに、防御本能で上げた腕は一瞬遅かった。
 硬い手ごたえ。
 金属製のパイプ部分が、遠藤の顔に当たる。
 そのまま手からすっぽ抜けて、耳障りな音を立てて床に落ちた。
「…………っ!」
 遠藤は一瞬よろめいて、倒れそうになった。
 なんとか踏みとどまったものの、顔を上げると、こめかみのあたりから血が流れていた。頭を庇おうとした腕にも当たったのか、顔をしかめて手首の少し上あたりを押さえていた。
「あ…………」
 深紅の色彩が、私に正気を取り戻させた。昂ぶった神経を鎮めていく。
 目の前が暗くなるのを感じる。

 ――また、やってしまった。

 また、傷つけてしまった。
 そんなこと、したいわけじゃないのに。
 なのに、善意で、好意で近づいてくる者ほど、傷つけてしまう。
 遠藤は、驚きと、困惑の表情で私を見つめていた。彼女の前でこんな風に激昂したのは初めてのことだった。
「…………」
 口を開いたけれど、声は、言葉は、出てこなかった。「ごめんなさい」のひと言がどうしても言えなかった。
 だけど、罪は償わなければならない。私がしたことは、いけないことだ。
「か……」
 ようやく出てきた声は、しかし、謝罪の言葉ではなかった。
「剃刀か……カッター……ある?」
 声が、震えていた。
 歯がかちかちと鳴っている。
 遠藤は、私の意図をすぐに察した。
「……償い、か?」
 無言でうなずく。
 罪を犯したら、罰を受けなければならない。
 まっすぐに私を見つめたまま、小さく深呼吸する遠藤。
 彼女の立場を考えれば、私が要求するものを提供してくれることはありえない。
 普通に考えれば、そう。
 なので、机の引き出しから剃刀を取り出して、アルコール綿で念入りに拭きはじめた時には、内心かなり驚いた。
 しかし、私に渡そうとはしない。いきなり、その刃を自分の手首に突き立てた。
「――っ!?」
 彼女には本来、リスカ癖などない。
 夏休みに私がつけた傷も消えた、きれいな手首。
 そこに浮かび上がる、紅い筋。
「……な……に……してる、の?」
 予想外の出来事に、声が震えた。
「罪を犯したら、罰を受けなきゃならないんだろう?」
 遠藤は静かな、そして哀しげな笑みを浮かべて言った。
 私に向かって頭を下げる。
「……悪かった。さっきの発言は、軽率だった」
 彼女は私とは違う。素直に謝ることができる。
 それから新しい剃刀を取り出して、またアルコール綿で拭き、今度こそ私に差し出してきた。
 しかし、この頃には私もすっかり毒気を抜かれてしまっていて、剃刀を受け取りはしたものの、ごく浅くしか切ることができなかった。
 その点、遠藤の判断は正しかった。すぐに剃刀を渡されていたら、力いっぱい切っていたに違いないのだ。
 遠藤は自分のこめかみと手首の傷を消毒、止血し、それから私の傷の手当てをはじめた。
 なにも言わず、素直に治療を受ける。
 包帯を巻き終えて立ち上がった遠藤は、私の頭を抱えて、胸に押しつけるように抱きしめた。
「なにがあったのか知らないけど、しばらく、冷却期間を置いてみるのもいいかもしれないな。でも、いつまでも逃げ続けてないで、いずれ、ちゃんと話し合うべきだと思う。北川は……同世代の異性と接するのが不慣れで、戸惑っているんだ」
「……今は、考えたくもないわ、そんなこと」
 蚊の鳴くような声で応える。
「そうだな。うん。しばらくはそれでもいいと思う」
 優しい言葉。
 どうして、こんなに優しくしてくれるのだろう。何度も、ひどい仕打ちをされているというのに。
 泣きたくなるほどに、優しい。
 これ以上近づかれたら、これ以上優しくされたら、また、傷つけてしまいかねない。傷つけずにはいられなくなってしまう。
 だけど遠藤はそれ以上踏み込んでこようとはせず、私を放して自分の席に戻った。
 私はベッドに入って目を閉じる。
 なにも考えず、頭を空っぽにする。
 微かに聞こえる、時計の秒針の音。
 すっかり馴染みとなった、薬品の匂い。
 ここは、自分の部屋よりも落ち着ける。
 だから、少しだけ、眠ることができた。


 それから数日は、特に何事もなく過ぎていった。
 もちろん、早瀬とよりを戻すつもりなど微塵もない。彼の存在は無視し続けている。メールも日に一、二通は来ているけれど、読まずに削除していた。
 木野はなにかを察したのか、それとも遠藤に釘を刺されたのか、あれ以来、早瀬のはの字も口にすることはなかった。それを除けば、普段通りに私に接している。
 このところ、援助交際もしていない。これといった理由があったわけではなく、ただ単に、そんな気にならなかっただけだ。
 一度だけ、ナンパしてきた大学生風の男とセックスしたけれど、これもなんということはない。家に帰った時には、相手の顔も、どんなことをしたのかも覚えていなかった程度の出来事だった。
 この週は〈パパ〉からのお誘いもなかった。
 本当に、なにもしていないような毎日だった。
 覚えている行動といえば、日に一度、特に理由もなくリストカットしたことくらいだろうか。
 真新しい傷がなくなること。
 痛みのない生活を送ること。
 それが、耐えられなかった。


 そんなこんなで、早瀬と縁を切ってから十日ほどが過ぎた。
 その間、援交もせず、学校を休みもせず、一見、非常に健全な生活を送っていたように見えるけれど、実態はむしろ逆だろう。
 精神的には、以前よりも歪みが蓄積しているように感じる。喩えるなら、大地震の前のような状態だ。
 精神の健全化によってセックス漬けの生活をやめたわけではない。だから、精神状態は悪化していく。
 セックスは私の心を歪めもするが、しかし、ある種のガス抜きになっていたことも否めない。それがなくなって、心の中に穢れた膿が溜まっていくようだった。
 特に、なにもしない。
 家に帰れば、ただ部屋でぼんやりしている。
 自慰も、それがしたくてしているというのではなく、ただ習慣として、機械的に手を動かしているだけ。
 身体を動かしていないせいか、それとも精神的なストレスのせいか、夜はあまり眠れないかった。むしろ、日中の保健室の方が気が休まるけれど、昼夜逆転の生活をよしとしない遠藤は、軽い昼寝以上のさぼりを許してはくれなかった。
 あまりいい傾向ではないな、と思う。
 性的に乱れた生活を送っていた時の方が、それなりに〈生きて〉いたという実感がある。今はただ、鼓動と呼吸を惰性で繰り返しているだけでしかない。
 そして。
 少しずつ強まってくる、もやもやとした感覚。
 考えてみれば、これほど長く男なしで過ごすことなど珍しい。心はまったく欲していないのに、身体の方は、かなり〈溜まっている〉状態になりつつあった。
 まだ、疼いて仕方がないというほどではないけれど、限界に達するのもそう遠い先のことではあるまい。そうなる前に〈パパ〉からのお誘いがあるといいのだけれど。
 今の欲求不満は、援交やナンパによる普通のセックスでは解消できないのではないか、という気がした。それでも〈パパ〉ならきっと満たしてくれる。
 考えてみれば、肉体的な欲求不満が限界に達した経験はない。初体験以来、そこまで間隔が空くことはなかった。
 だから、少し、怖い。
 その時、自分がどうなってしまうのかわからない。

 だけど――

 常識的に考えてみれば、私よりも、あの男の方が先に限界を迎えるはずだった。


 また、新しい週がはじまった日の放課後――
 学校を出てしばらく歩いたところで、後をついてくる男の存在に気がついた。
『しばらく、冷却期間を置いてみるのもいいかもしれないな。でも、いつまでも逃げ続けてないで、いずれ、ちゃんと話し合うべきだと思う』
 遠藤の言葉を想い出す。
 今は、少なくとも頭は冷静だ。だからといって、早瀬と話し合いたい気分ではなかったけれど。
 それでも、取り乱さずに引導を渡すことはできるだろう。
 立ち止まって、ゆっくりと振り返る。けっして、上機嫌とはいい難い表情で。
 後ろを歩いていた早瀬が、目の前まで来て脚を止めた。
 今日は、部活をさぼったのだろうか。
 ここ数日、日に一度メールを送ってくる以外はおとなしくしていたけれど、彼の性欲の強さを考えれば、そろそろ我慢も限界なのかもしれない。
 しかしもちろん、相手をしてやるつもりはない。性欲解消なら、茅萱とすればいい。あの子なら喜んで身体を許すだろう。
「…………今度は、ストーカー?」
 溜息をつきつつ、棘のある声で言った。
「……ちょっと……話、できないか?」
「お断り」
 間髪入れず、一刀両断に切り捨てる。
「五分……いや、三分でいい、ちゃんと話を聞いてくれ」
「嫌。ノー。聞く耳持たない。あなたと話をする気も、セックスする気もない。あなたとの関係はもう終わり。以上」
 口を挟む隙も与えない連打。
 そのまま、回れ右して歩き出した。
 後をついてくる気配を感じる。すぐ後ろ、二、三歩の距離で。
 まだ諦めていないのだろうか。しかし、声はかけてこない。
 そのまま何事もなければ、早瀬との関係はこれっきりになっていたはずだ。少なくとも、当面の間は。
 しかし、
 次の展開は、まったく予期していないものだった。
「……!」
 歩道の端を歩いていた私の横に、一台の乗用車が停まった。
 見覚えのある車だった。脚が止まる。
「莉鈴」
 窓を開けて声をかけてくるのは、スーツ姿の中年男性。
「……久しぶり」
 反射的に笑みを浮かべて応えた後、思わず、背後の早瀬を振り返ってしまった。
 よりによってこんな時に、というのが本音だった。
 追いついて隣に並んだ早瀬が、私を見て「誰?」という表情を浮かべる。
「……パ……父よ」
「え?」
 小さな驚きの声に続いて、唇だけが動いた。その動き、言わんとした台詞は「本当の?」だろう。
 微かにうなずく。
 そう。
 〈パパ〉は何人もいるけれど、ただひとりの、遺伝、戸籍、両方の意味での〈父親〉。
 両親が離婚したのは私が小学生の時で、今でも時々会ってはいる。だけどまさか、下校途中に出くわすとは思わなかった。
 パパも、早瀬を見て問うような表情を浮かべてている。
「……クラスメイトの、早瀬……稔彦くん」
 この状況では見知らぬ他人だなんて誤魔化しようもない。仕方なく、早瀬を紹介した。名前を思い出すのに間が空いてしまったけれど、特に訝しんではいまい。
「クラスメイト? 彼氏じゃなくて?」
 ドアに腕を置いた姿勢で、からかうように言うパパ。
「クラスメイト、よ」
 私も悪戯な笑みを返すと、傍らにある早瀬の腕をとった。
 甘えて腕にぶら下がるような仕草で、胸を押しつける。
「クラスメイト。……仲のいい、ね」
 笑いを堪えるような声で応え、意味深にウィンクしてみせる。
 この展開に驚いたのは早瀬だろう。
 これまで、早瀬の前でこんな態度を見せたことはない。一瞬、不気味なものを見るような視線を向けられてしまった。
 しかしいくら私だって、実の父親の前で、学校モードの無表情も、援交モードのフェロモン垂れ流しもありえない。
 今の態度が、口調が、彼に対する素の私だ。それに、父親にさっきのような痴話喧嘩じみた会話は聞かせられない。
「学校帰りにデートか?」
「……ま、そんなところ」
 ふふっと笑う。
「早瀬くん……だっけ? 大きいな」
 運転席から早瀬を見上げる。仮に立っていたとしてもかなりの身長差があるだろう。
 パパだってけっして背が低いわけではないけれど、日本人としては特大サイズの早瀬とは比較にならない。
「早瀬くんは柔道部期待のルーキーなの。すっごく強いんだから」
 早瀬に口を挟ませず、いかにも仲のいいボーイフレンドを自慢するような態度を貫く。
 もっとも、早瀬はまだ私の豹変に戸惑って、なにも言えずにいた。抱きついている腕の筋肉が不自然に強張っているように感じるのは、私の父と会った緊張のためだけではないだろう。
「確かに、見るからに強そうだな。ま、莉鈴と仲よくしてやってくれ。この子、これで意外と我が儘で人見知りが激しくてね。他人と親しく付き合うことは珍しいんだ。手がかかるだろうけど、よろしく頼むよ」
「は、はぁ……」
 曖昧な返事をする早瀬。
 手がかかる、は実感しているだろうけれど、素直にうなずくわけにもいくまい。
 かなり、居心地が悪そうだった。
 恋人でもないのに乱暴なセックスを繰り返してきた女の子の父親。この状況で平然としているのは難しいに違いない。
 腕にも不自然な汗をかいているのを感じる。
「ただし……うちの娘を泣かすなよ?」
 パパの声が少しだけ低くなる。
 早瀬の顔が微かに引きつる。
 彼にしてみれば、後ろめたいことがありすぎだ。
「残念でした。いっつも泣かされてるわ。……ベッドの上ではね」
 早瀬の全身が硬直したのがはっきりと感じられた。触れているだけで緊張が伝わってくる。
 しかしパパは、少なくとも表向きは穏やかな表情のまま、かすかに苦笑しただけだった。もちろん、内心どう思っているかはまた別の話だけれど。
「パパは、お仕事中?」
 これ以上早瀬にプレッシャーをかけると、いきなり土下座でもしかねない。ここらが潮時だろうと話題を変えてやった。
「ああ、これから出張なんだ。帰ったら連絡するから、久しぶりに一緒にメシでも食おう」
「うん、気をつけて」
 早瀬の腕につかまったまま、小さく手を振る。
「それじゃあ、また。……早瀬くんも」
「あ……は、はい」
 ぜんまい仕掛けの人形のようなぎこちなさでうなずく早瀬。
 パパも軽く手を上げる。
 運転席の窓が閉まり、車が走り出す。
 その姿が小さくなって、交差点を曲がって見えなくなるまで、手を振って見送っていた。
「あ……えっと……、北川?」
 まだなんとなく強張ったままの早瀬が、ぎこちなく口を開く。
 同時に、私の顔からいっさいの表情が消えた。いつもの学校モードに戻る。
 それでも、腕は早瀬と組んだままだった。
「……なに?」
「今の……パパって……、実の父親、なんだよな?」
「……ええ。正真正銘、生物学的、遺伝的な意味での父親。そして、小学生までは私の保護者」
 両親が離婚したのは私が小学六年生の時だった。
「私は、今でも時々会ってる。離婚したって、私にとって実父であることに変わりはないから」
「……そっか。それにしても、今の北川の態度は……なんつーか……」
「不気味?」
 言い淀んでいるので、私の方から言ってやった。
「いや、そこまでは……」
 いちおう取り繕ってはいるけれど、そう思っていたのは間違いない。
「……なんつーか、他人が北川に化けてるような感じだったな」
 ようやく、緊張を解いて苦笑する。
「背中にファスナーとかついてない?」
 背中をつついてくる指が、ブラジャーのホックを直撃したのは偶然なのか、それとも意図した動きなのか。
 さりげなく、誘っているつもりかもしれない。
「……パパ相手には、いつもあんな感じよ。実の父親に、あなたといる時みたいな態度をとれと?」
「ん……まあ、そうなんだろうけど、見慣れないから驚いた。それにしても……あれは、まずかったんじゃないか?」
「……なにが?」
 訊くまでもなく、わかっている。わざと言ったのだから。
「いや、ほら……ベッドの上云々の発言は……」
「どうして? 本当のことでしょう?」
「本当のことだからこそ、父親に聞かせるのはまずいだろ?」
「……つまり、親に聞かせられないようなことをしている自覚はあるわけね?」
「……そりゃあ……まあ……」
 もっとも、普通のセックスだって、女子高生の父親に聞かせられる話ではない。
「……パパは、そういったことに寛容よ。問題ないわ」
 それは、嘘だった。
 パパは外面がいいからあの場では笑っていたけれど、後でかなり怒られることになるだろう。次に会うまでに忘れていてくれる可能性はほぼゼロだ。
 だけど、それでも構わない。
「なら……いいんだけど。でも、なんで急に?」
「父親に、男と言い争ってる姿を見せろと? 私の性格や乱れた生活のことは知ってるから、普通に仲よくしてる相手がいた方がパパは安心するわ」
 早瀬は素直に信じた様子だけれど、これも大嘘。
 実際には、そんな理由ではない。早瀬を利用しただけだ。
 だけど、それは今ここで話すことでもない。
 私がくっついているせいか、なんとなく気をよくしている雰囲気の早瀬。
 その顔を見ながら考える。
 今、心の中に浮かんだ思いつきについて。
「ところで……父親と、時々会ってるって?」
 なにか気づいたように話題を変えてくる。早瀬がなにを言わんとしているのか、私もすぐに理解した。
「……ええ」
「北川、もしかして…………中年男性と夜の街を歩いていたって、噂……」
「目撃情報の何割かは、あのパパでしょうね」
 私はあっさりとうなずいた。
「だったら、そう言えば……」
「……早瀬?」
 うんざりしたように肩をすくめる。
 早瀬につかまっている腕に、少し力を込める。
「いまだになにか、私に対して幻想抱いてない?」
「え?」
「あのパパとの会うのは、多くてもせいぜい月に二、三回。だけど私は、週に一、二回は男と夜を過ごしていた。言ってる意味、わかる?」
「…………」
 よくない噂がつきまとっているけれど、それは誤解で、実際にはもっと真面目な、まともな娘なんじゃないか――ドラマやマンガならよくある話だ。
 早瀬に限らず、入学間もない頃のクラスメイトにも、〈デート〉の相手にも、同じようなことを言った相手はいた。
 だけど、それはすべて幻想。
 援交の噂の一部が実の父親だったとしても、そんなのは誤差の範疇でしかない。
「だいたい、あなた、DVDだって見たでしょう? 私は、ああいうことをしている女なの。今さら、実はいい子だなんて思い込みはどんなものかしら? もっと現実に目を向けたら?」
 実際の私は、むしろ噂以上。
 まだ早瀬が知らないこともたくさんある。
 それを話してやりたい、という衝動に駆られる。
「……普通の女の子がいいなら、さっさと茅萱と仲直りしたら? 向こうは、いつでもオッケーっぽいじゃない?」
「あ、いや、ごめん。俺は、北川が……」
「ストップ」
 早瀬の台詞を途中で遮る。
「そんな戯言、聞く気はないわ。黙っていて」
 強い口調で言うと、早瀬は素直に従って口をつぐんだ。そうしなければ、私がすぐに離れていってしまうと感じたのだろう。
 話題を変えてくる。
「……えっと……別のことで、ひとつ訊きたいんだけど……、いいか?」
「…………なに?」
「父親の前での北川と、今の北川、どっちが本物で、どっちが演技なんだ?」
「………………さぁ」
 返したのは、曖昧な返事。
 実際のところ、どちらが本物か、どちらが演技か、訊かれても答えに困る。
 早瀬としては、見慣れているこの無機的な状態が素で、さっきのような愛想のいい姿が演技と思っているかもしれない。
 しかし、むしろあちらが素で、早瀬の前や学校では〈他人を寄せつけない人格〉を演じているような気がしないでもない。
 あるいはどちらも演技かもしれない。
 それとも、どちらも本物なのかもしれない。
 たまに、自分が軽度の多重人格なのではないかと思うことはある。AVや援交はともかく、パパや早瀬の前で演技しているという自覚はない。
 性格の違う何人もの〈私〉の誰かが、その時によって表面に現れているだけなのではないだろうか。
 男遊びを繰り返す莉鈴。
 そんな自分を軽蔑している莉鈴。
 男に甘え、与えられる快楽を貪る莉鈴。
 男に唾棄する莉鈴。
 どれも私であり、どれも創られた姿でもある。
 矛盾だらけだ。
 それ故に、壊れていく心。
 あるいは、もうとっくに壊れてしまっているのかもしれない。ばらばらに砕け散った欠片のひとつひとつは、元が同じものであっても、まるで違う形をしているだろう。
「……どっちも私だといえるし、どっちも演技だともいえる。どちらかだけが演技ってわけじゃない。……そもそも、あなたと逢ってる時の私だって、いつでも同じってわけじゃないでしょう?」
「あー、……そうか、そうだな。たまに、普段とぜんぜん雰囲気違う時、あるもんな」
「……それが、全部、私よ」
 今のところ、そうとしか言いようがない。
 腕につかまったまま、歩きはじめる。
 早瀬を引っ張るような形になる。
「……うちに、来る?」
「え?」
「この前言った通り、もう、あなたの部屋には行かないわ。でも、今日は……今日だけは、相手してあげてもいい。……来る?」
「い……いいのか?」
「……この前のことをむし返すようなことは言わないこと。ただ、するだけ。それが約束」
 特にしたい、というわけではない。
 ただ、予期していなかった出会いのせいで、するべき理由ができてしまった。
 パパに言ったことを、嘘にしたくなかったから。
 だから、早瀬とセックスする。
 それとも、それも口実でしかないのかもしれない。
 なんだかんだいっても、本当の私はセックスなしでは生きられない淫乱だというだけなのかもしれない。久しぶりに早瀬に触れたことで、スイッチが入ってしまったのかもしれない。
「……もしかしたら、あなたは後悔することになるかもしれないわ。……それでもよければ」
「……わかった」
 やや戸惑った様子ではあったけれど、それでも早瀬はうなずいた。
 それ以外の選択肢はなかったに違いない。
 約十日、禁欲生活が続いていたのだ。茅萱の様子に変化が見られないのだから、彼女を相手に性欲の解消もしていないのだろう。
 初めてのセックス以来、一週間を超える間隔が空いたことはない。もう限界のはずだ。
 腕を組んで歩くような形で、家へ向かう。
 この展開、早瀬は悦んでいるかもしれない。

 だけど――

 今日こそ、正真正銘、早瀬に引導を渡すことになる……はずだった。


 早瀬を自室に招き入れるのは久しぶりだ。
 部屋に入ると、無言のまま、早瀬が見ている前で服を脱いでいった。
 リボンを解く。
 スカートを脱ぐ。
 ブラウス。
 ソックス。
 ブラジャー。
 そしてパンツ。
 ひとつずつ、ゆっくりと外していく。
 なにひとつ着けない全裸になって、早瀬の前に立った。
 鼓動が、少しだけ速くなっているのを感じる。
 どうしてだろう。
 気持ちが、あるいは身体が、昂っている。
 特にしたいという強い想いがあったわけではないはずなのに、私も溜まっていたのだろうか。
 それでも、いつもの無表情で早瀬を見つめる。
 早瀬はどことなく緊張した面持ちだった。
 足許に跪き、股間に触れる。
 当然、そこはもう硬く大きくなっていた。
「……たまってる?」
「あ……ああ」
 溜まっていないはずがない。性欲魔神の早瀬が、十日も禁欲生活を送っていたのだ。
 もちろん、自分で抜いてはいただろうけれど、今さら自慰だけで満足できるとは思えない。
「じゃあ……いちばん濃いのを、飲ませて?」
 ベルトを外す。
 制服のズボンのファスナーを、口にくわえて下ろす。
 大きくなっているものを引っ張り出す。
 相変わらず、びっくりするほど大きくて、硬くて、元気だった。そして、とても凶悪な姿をしている。
 私を痛めつけ、狂わせる凶器。
 忌まわしい〈男〉の象徴。
 その先端に、唇を押しつける。
 熱さと、心地よい弾力が伝わってくる。
 唾液を絡めながら、口に含んでいく。
 ゆっくりと根元まで呑み込む。先端は喉を貫いて、食道を押し拡げていく。
 唇で根元を、舌と内頬で中間部を、そして喉で亀頭を刺激する。
 いうまでもなく、口でのテクニックには自信がある。溜まっている早瀬が長く耐えられるはずもない。
 すぐに息が荒くなり、切なげな喘ぎ声が漏れてきた。
 珍しく私が積極的に動いているせいか、いつものように乱暴に犯されはしない。あるいは、少し遠慮しているのかもしれない。
 早瀬が無理やりさせるのではなく、私の方から積極的にサービスするのは珍しいことだった。もっとも、普段はそうするのが嫌でしていないのではなく、それ以上に〈乱暴に犯されたい〉からで、かつ、私からするまでもなく早瀬が襲ってくるから、でしかない。
 口を、頭を、激しく動かす。
 鈴口を舌先でくすぐる。
 一度吐き出し、唇をカリの部分に引っ掛ける。
 そして、また、奥まで呑み込む。
 今日はどこも拘束されていないけれど、腕を、縛られているみたいに身体の後ろに回して、口だけで奉仕する。口でする時は、この体勢がいかにも〈陵辱されている〉っぽくて気に入っている。
 わざと、ちゅぱちゅぱと音を立てる
 唇の端から涎がこぼれる。
 早瀬は歯を喰いしばって快感に耐えている。
 しかし、溜まっている状態で私に本気で奉仕されて、いつまでも耐えられるわけがない。
 限界が来るまで、ほんの数分しかかからなかった。
 私の頭を強くつかむ。
 微かな呻き声を上げる。
「ん……っ……んぅんんっ!」
 口の中に、大量の粘液が噴き出してくる。
 それは液体というよりも、ゼリーのような固まりに感じた。
 なにしろ、ただでさえ量が多い早瀬なのに、しばらくセックスしていなかった後の一回目なのだ。
 ねっとりと絡みつくような感触が、口の中いっぱいに広がる。味も、匂いも、いつも以上に濃厚だ。
 強く吸って、最後の一滴まで吸い出す。だけどすぐには飲み込まず、口の中に溜めておく。
 この味が好きなわけではない。
 むしろ、嫌い。
 この世でいちばん、嫌いな味。
 気持ち悪い。
 吐きそう。
 なのに……いや、だからこそ、興奮してしまう。
 下着が、絞れそうなほどに濡れているのを感じる。
 顔が熱く、身体の芯が火照っている。
 上目遣いに早瀬を見上げる。
 軽く口を開けて、中に溜まっているものを見せる。
 そして、飲み込む。
 さすがにひと口では無理だった。ごくん、ごくんと何度も喉を鳴らす。
 久しぶりに味わう、早瀬の味だった。
 もちろん、早瀬はこれだけで満足などしない。むしろ、よりいっそう昂っているようにも見える。
 反り返ってまっすぐ上を向いたものが、びくびくと脈打って、私を犯したい、私の身体を貫きたいと訴えている。
 それを見ながら這うようにしてベッドに上がった。
「……来て」
 涎を垂らしている下の口を、指で拡げて誘う。
 いつものように無機的な声なのに、早瀬は反応してしまう。
 ややせっかちな様子で服を脱ぎ、身体を重ねてきた。
「……うんと、激しく、して。めちゃめちゃに……犯して」
「ああ……俺も、もう、我慢できねー」
 熱く灼けた鉄の杭が押しつけられた……と思った次の瞬間。
「あぁっ、あぁぁぁ――――っ!」
 一気に、打ち込まれた。
 深く、深く、押し込まれる。
 内臓が突き上げられる。
「あ……ぁぁっ、…………ぁ、んっ……んん……ぁっ!」
 十日分の欲望を一気に叩きつけたような、力まかせの挿入だった。
 ずぅん、ずぅん。
 重々しく叩きつけられる。
 内臓が潰されるような錯覚を受けるくらい、無理やり押し込んでくる。
 お尻がつかまれ、揺さぶられる。
 お腹の中をかき回される。
 容赦なく私を陵辱する、硬くて大きな灼熱の杭。
 それはまるで、私を犯すためだけに存在しているように思えてしまう。
 吐きそうだ。内臓が圧迫されて、内容物が逆流しそうになっている。男に犯されているという嫌悪感が、吐き気を増幅する。
 なのに。
 感じてしまう。
 口からは涎が、性器からは愛液が流れ出ている。
 膣が、腰が、蠢いてしまう。
 自分がもっと感じるために。早瀬をもっと感じさせるために。
 その動きに触発されるように、早瀬が加速する。
 ただでさえ激しい早瀬なのに、さらに勢いが増す。
 私とセックスする時はいつもそうであるように、相手のことなどまったく気遣わない陵辱。
 骨が軋むほどに抱きしめられる。
 私を身動きできないようにして、下半身をぐいぐいと押し込んでくる。
「はぁぁっっ……ぐ……ぅぅ……んぅぅっ! んぐ……ぅぅ……っ!」
 私は早瀬の腕を噛んだ。
 早瀬に犯されて、こんなセックスで、甘い声なんか出したくない。
 できることなら、まったくの無反応でいたい。
 代用品、だから。
 早瀬にとっては、姉の代用品だから。
 自分にきつく当たる姉に対する、擬似的な復讐。
 そして、歪んだ愛情。
 早瀬が見ているのは、犯しているのは、私じゃない。
 だから、こんなセックスで感じたくない。
 だけど、この激しい陵辱こそ、私が求めていたものだった。
「…………!」
 錆びた鉄の味。
 噛んでいる腕から、血が滲んでいる。
 そんなことはお構いなしに、さらに速く、さらに激しく私を攻めたてる早瀬。
 押し潰されそう。
 突き破られそう。
 なのに。
 だからこそ。
 いき、そう。
「…………っっっ!」
 全身が痙攣し、目の前が真っ白に染まる。
 お腹の奥深い部分が、熱さに痺れる。
 大量の粘液が噴き出してくる。
 胎内が満たされていく。
 どろどろに穢されていく。
 それでも早瀬は動きを止めることなく、私を犯し続けた。


 早瀬は結局、休みなしに三度、私の中に精を放った。
 何度か体位を変えながら、それでも激しさだけは変わらない。三度目が終わったところでようやく動きを止め、大きく息を吐き出した。
 身体を重ね、抱きしめたまま、しかし腕から力が抜けていく。
「やっぱり……北川とするのは気持ちいいな」
 満足げな溜息混じりに言う。
「…………」
 心の中でつぶやく。
 別に、誰でもいいくせに――と。
 茅萱相手でも気持ちよくなるくせに。
 本当に求める相手は、淀川のくせに。
 早瀬の身体の下から抜け出て、ずり落ちるようにベッドから降りた。
 床に座っていると、胎内から流れ出してくるものの存在を感じる。
 絨毯に染みが広がっていく。
 身体が怠い。
 このまま眠ってしまいたい。
 その誘惑に抗って、ベッドの上の早瀬を見上げた。
「…………前に、あなた、訊いたことがあったわよね」
「え?」
「……私の初体験が、いつ、どんなのだったかって」
「あ……ああ」
 突然の話題を振られて、戸惑ったようにうなずく早瀬。
 あれは、早瀬との関係がはじまって間もない頃だったろう。その時は結局、答えなかったはずだ。まだ、刺激が強すぎるだろうから、と。
 今、それを知ったら、早瀬はどんな反応を示すのだろう。
 這うようにして、壁際のテレビのところまで移動した。
 無地のケースから一枚のDVDを取り出し、プレーヤーにセットする。
 リモコンを手に取り、ベッドへ戻る。
 床に座ったままベッドに寄りかかり、再生ボタンを押す。
 何度も、何度も、繰り返し見たDVD。
 見るたびに、死にたくなる。
 見るたびに、幸せな気持ちになる。
 どうして、今、これを見せようと思ったのだろう。
 前々から計画していたことではない。そもそも今日、早瀬をつれてきたことも、セックスしたことも、予定になかった出来事だ。
 学校帰り、漠然と思いついたこと。
 どうしてなのか。
 どんな結果を期待しているのか。
 自分でもわからないまま、テレビの画面を指さした。


 アップで映し出されているのは、全裸でベッドに横たえられている、華奢な女の子。
 市販のアダルトDVDではなく、個人が手持ちのカメラと三脚にセットしたカメラで撮影した映像を、後で適当に編集したものだ。
 頭から下半身へ、ゆっくりとカメラが移動していく。
 今よりもかなり短い髪。
 涙を湛えた大きな目。
 震えるように、力なく動く小さな唇。
 拡げられ、ベッドにしばられている、細い両腕、両脚。
 その下腹部に押しつけられている男性器。
 今まさに、ねじ込まれようとしている。
「――――っ」
 早瀬が息を呑んだ。
 それはおそらく、彼の予想を超えた光景だったのだろう。
 ちらり、と表情を窺う。
 信じられない――という表情を凍りつかせて、目を見開いていた。
 視線の先に映し出されているのは、小さな裸体。
 ベッドの上に拘束されている身体は、小さすぎ、そして細すぎた。
 今でも小柄な私だけれど、さらにひとまわり以上小さく、細い。
 単に痩せているというのではなく、細さの質が違った。
 女らしい丸みのない、直線的な腕、脚、そして腰。
 よく見ればかすかに膨らんでいる、という胸。その中心にある小さな乳首。
 異性と身体を重ねるのに相応しい年齢ではないことは一目瞭然だった。
 どこか焦点の合わない虚ろな目から、涙が溢れている。
 そして、その小さな身体に覆いかぶさっているのは、三十代と思しき男性。
 こちらも当然、今よりも少しだけ若い。
「……まさか、これ…………」
 早瀬の声が震えている。
 画面の中の〈私〉の唇も、力なく動く。
 そこから紡ぎ出される言葉。
『……や……だ…………やめ、て…………ぱ……パパぁ!』
「――っっ!」

 ――そう。

 幼い〈私〉を犯しているのは、彼女の、パパ。
 いつも私を〈クスリ〉漬けにして、めちゃめちゃに陵辱する、あの〈パパ〉。
 私の純潔を奪い。
 誰よりも多く私を犯し。
 女の悦びと、男の、セックスの、おぞましさを教え。
 身体にも心にも、消えない傷痕を刻みつけ。
 毎月、使い切れないお小遣いをくれる人。
 そして――
「ほ……んとう、に?」
「見ての通り、よ。ついさっき見たばかりの顔、まさか忘れたわけではないでしょう?」
 そう。
 それは、ついさっき会ったばかりの、私のパパ。
「これが、私の初めての男。正真正銘、実の父親。そして、あなたと初めてセックスした日のデート相手」
 ぎこちない動きで、早瀬が顔をこちらに向ける。
 顔中の筋肉が硬直したかのような表情をしていた。
「あそこにいるのは、十歳の私。まだ、両親が仲よく一緒に暮らしていた頃のことよ」
 小さく首を傾げ、微笑する。
 大きく見開かれた目を正面から見つめる形になった。
「……ほら、見て」
 テレビを指さす。
 ここが肝心の場面だ。見逃してはいけない。
 パパが、どこか歪んだ笑みを浮かべている。
『愛してるよ、莉鈴』
『い……ゃ…………』
 幼すぎる性器の中に、限界まで勃起した男性器がねじ込まれる。
 華奢な身体が大きく痙攣する。
『……い、やぁぁぁぁ――――――っっっ!!』
 その小さな身体には不釣り合いなほどの悲鳴が、部屋の中に響き渡った。


 それは私が十歳、小学五年生の夏休みのこと――

 一週間ほど、パパとふたりで過ごすことになった。
 ママのお店が、改装のために数日間休むことになったので、パパが「滅多にない機会だからお店の女の子たちで海外旅行でもしてきたら?」と提案したのだ。
 夏休みの家族旅行の計画は別に立てていたし、パパはちょうど仕事が暇で出張もないから、家のこと、そして莉鈴のことはまかせておけ。たまには友達と羽根をのばしてこい――と。
 後になって思えば、すべてはパパが仕組んだ計画的犯行なのだろう。もしかしたら、お店の改装もパパが裏で手を回したことかもしれない――というのは、けっして考えすぎではないと思う。
 ママが出かけたその日。
 パパと一緒に街へ出かけて、映画を見て、可愛い服と靴を買ってもらって、楽しい一日だった。
 いつも仕事が忙しいパパだけれど、たまの休みの日には、あちこち遊びに連れていってくれたり、いろいろなものを買ってくれたりする。
 レストランで食事をして帰ってきて、家でごろごろしていると、パパがココアを作ってくれた。
 パパがたまに作ってくれるココアは、大好きだ。甘くて、暖かくて、とても幸せな気持ちになる。
 だけどこの日は、ココアを飲んでしばらくすると、身体の具合がおかしくなってきた。
 もちろん、その時はなにが起こったのかわからなかった。
 なんだか、身体が熱い。
 夏に温かいココアを飲んだからだろうか。
 だけどエアコンが効いている室内は真夏でも適温のはずで、いつもはこんなことはない。どうして今日に限って、こんなに身体が火照るのだろう。
 頭がふらふらというか、ふわふわというか、とにかく平衡感覚がおかしくなっている。
 目が回っているような感覚。
 そして……なんだろう。なんだか、身体がむずむずする。くすぐったいような、痒いような、よくわからない感覚。
 起きているのが辛くて、ソファで横になっていた。
 それを見たパパは、疲れて眠いとでも思ったのだろうか。
「莉鈴、寝る前にお風呂に入りなさい」
「……ん…………」
 曖昧にうなずきはしたものの、動けなかった。
 腕や脚に力が入らない。
 身体を起こすのが億劫だ。
 風邪をひいて熱がある時の感覚にも似ているけれど、少し違う。頭が痛いわけではない。具合が悪い、というのとも違う。ただ、なんだか体調がおかしい。
 だけど、パパには言えなかった。
 病気だったら心配するだろうし、せっかく、パパと一緒の長いお休みなのに、病気で寝ているなんていやだ。
 きっと、浮かれすぎて疲れただけ。少し休めばよくなるはず。
 そう、思った。
「……お風呂はいい……面倒くさい」
「疲れたのか? じゃあ、久しぶりに、パパが入れてあげようか?」
「……え?」
 いきなり、抱き上げられた。
 少し、驚いた。
 私ももう小学校高学年。お風呂もひとりで入るのが普通になっている。パパもママも仕事が忙しいこともあって、自分の身の回りのことは、早くから自分でできるようになっていた。
 だけど。
 ちょっと、いいかもしれない。
 せっかくパパとふたりきりなんだから、思い切り甘えてみるのもありかもしれない。ママがいたら「いつまでも赤ちゃんみたい」なんて怒られそうなことだ。
 それに、こうしてパパに抱っこされるのも久しぶりだけれど、触れられるのがなんだかすごく気持ちよくて、幸せだった。
 パパと一緒にお風呂。
 いいかもしれない。
 今、ひとりで入浴したら、お風呂の中で眠ってしまいそうだ。だけど、私は普段はお風呂好きで、お風呂に入らずに寝るなんていったら、体調がおかしいことに気づかれてしまうかもしれない。
「……うん……パパと一緒に、はいる」
 もっと小さな子供が甘えるように、パパの胸に顔をうずめてうなずいた。


 パパと一緒のお風呂。
 旅行で、露天風呂つきの部屋に泊まった時に家族三人で入浴することはあるけれど、こんな風に、家のお風呂にパパに入れてもらうのは本当に久しぶりだった。
 抱きかかえられて、浴槽に入れられる。
 すごく、気持ちいい。
 温めのお湯の中でパパと密着して、なんだかとても心地よい。
 頭がぼぅっとしてくる。
 ただでさえ、のぼせたように頭がふらふら、ふわふわしていたのに、その感覚がさらに強くなる。
 だけど、いやな感じじゃない。暖かいベッドの中でまどろんでいるような、幸せな気分だった。
 このまま眠ってしまいそう。
 だから、浴槽から出て髪を洗ってもらっていることに気づいたのも、本当に「いつの間にか」という感覚だった。
 美容師さんのような、優しい手の動き。
 髪に触れられているだけで、気持ちよかった。
 続いて、身体を洗ってもらう。
 洗顔フォームで顔を洗われた後で、ボディソープをたっぷりと含んだスポンジで優しく身体をこすられる。
 首筋から背中へ、そして腰へ。
 肩から腕へ。
 続いて、パパの腕が身体の前に回される。
 胸を、お腹を、洗われる。足の付け根まで下りていったスポンジが、また胸へと戻ってくる。
 胸の上で、何度も、何度も、スポンジが円を描く。
 まるで壊れやすいガラス細工でも洗っているかのような、優しい動きだった。
「……ぁ」
 パパの手が、直に触れてきた。
 胸の上に手が置かれる。
 不思議と、驚きはしなかった。
 まるで、そうされるのが当然のような。
 そうされるのを待っていたかのような。
 そんな気持ちだった。
「莉鈴の胸も、ちょっと大きくなってきたか?」
「え……? えへへ…………パパの、えっち」
 クラスでも、早い子はちゃんとブラジャーを着けはじめている。どちらかといえば小柄で痩せている私は、少し焦りを感じていたところだった。
 最近ようやく、見てわかる程度に胸が膨らみはじめてきた。
 そのことを人に指摘されるのは、照れくさくて、恥ずかしくて、だけど、嬉しい。
「……で、でも、まだまだ、ちっちゃいよね?」
「すぐに大きくなるよ。ほら、ママだって、おっぱい大きいだろ?」
「……り、莉鈴も、ママみたいになれるかなぁ?」
 ママは胸が大きい。
 友達のママと比べても背が高いわけじゃないし、ぜんぜん太っていないけれど、胸は大きくて、とてもスタイルがいい。それに職業柄、おしゃれで美人だ。
 友達はよく、綺麗なママがうらやましいなんて言っているけれど、娘としてはちょっと複雑ではある。
 将来、本当にママみたいに綺麗になれるのかどうか、という不安。
 大人と子供の年齢差があり、私がまだ小学生だとしても、比べることさえできないようなスタイルの差を目の当たりにすると、自信がなくなってしまう。
「大丈夫。莉鈴は、ママよりもずっとずっと美人になるよ。パパが言うんだから間違いない」
「……本当に?」
「もちろん。保証する、絶対だよ」
 背後から優しく抱きしめられて、耳元でささやかれる。
 くすぐったくて、思わず亀みたいに首を縮めた。
 だけど、パパに言われると、そうなのかなって思ってしまう。
 当時の私にとって、パパは、頭がよくてなんでも知っている存在だった。
 だから、すごく、安心できる。
「パパは、きれいな女の人が好きなんだよね?」
「ああ、だから莉鈴もママも大好きだよ」
 また、耳元でささやかれる。
 まるで、耳にキスされているみたい。
 くすぐったくて、気持ちいい。
 この時の私は、その行為をなんの疑問もなく平然と受け入れていた。
「……莉鈴がママよりもきれいになったら、パパは、ママよりも莉鈴のことが好き?」
「今でも、莉鈴のことがいちばん好きだよ。莉鈴は世界でいちばん可愛くて、世界でいちばん愛してる」
 その言葉で、身体が痺れるような気がした。
 すごく、嬉しかった。
 幸せだった。
「え……へへ……、莉鈴も、パパのことだーい好き」
 パパの腕の中で回れ右する。
 パパに抱きついて、ほっぺにキスをした。
 それは、いつもしていることだった。
 いってらっしゃいのキス。
 おかえりなさいのキス。
 おやすみなさいのキス。
 パパとママは唇にしているけれど、莉鈴がキスするのは、されるのは、ほっぺ。
 だけど、今はちょっと違った。
 今度は、パパの方からキスしてくる。
 いつもよりも、ずっと、唇の近くに。
 どきっとした。
 胸の奥が、熱くなるような気がした。
 キス、したい。
 ちゃんとしたキスをしたい。
 そう、想った。
 もう一度、私の方からキスをする。
 今度は、ちゃんと、唇に。
 どきどき、した。
 裸で抱き合って、キスしている。
 そう考えると、まるでパパとママみたい、まるで恋人同士みたい。
 ほっぺのキスよりもずっと素敵だ、と想った。
 キスしたまま、パパの手が身体をなでていく。
 背中を、腰を、お尻を、そして脚の間を。
「…………っ」
 そんな風に触れられることが、気の遠くなるほど気持ちよかった。


 ぼんやりした頭でも「おかしい」と感じはじめたのは、お風呂から上がって、身体を拭いてもらって、自分の部屋に連れていかれてからだった。
 全裸のまま、ベッドに寝かされた。
 パパも裸のまま、寄り添うように横になった。
 ベッドの上で、抱きしめられる。
 全身が、直に密着する。
 すごく、熱く感じた。
 キス、される。
 触れた唇が灼けるようだった。
 そして、パパの手が、身体をなでまわしている。
 膨らみはじめた胸とか。
 脚の間の、エッチな部分とか。
「…………パ……パ?」
 パパはなにをしているのだろう。
 ぼんやりとした頭で考える。
 女の子の、エッチな部分を弄られている。
 それはすごく恥ずかしいことで、だけど、気持ちよかった。
 頭が熱くて。
 顔が火照って。
 うっとりとしてしまう。
 だから、抵抗できない。
 身体に力が入らない。
 ただ、パパの手に身体を委ねてしまう。
 目を閉じて、パパに触れられる気持ちよさを味わっていた。
 気がつくと、身体が動かなくなっていた。手首が、足首が、ベッドに縛りつけられていた。
 普通に考えればすごく異常なことのはずなのに、この時は、当然のことのように受け入れてしまった。
「……ゃぁ……だ……パ、パぁ……」
 呼吸が荒くなる。
 身体が汗ばんでしまう。
 弄られている部分が、灼けるように熱い。じんじんと痺れている。
 女の子の部分に触れられると、びくっと震えてしまう。身体に電流が流れたみたいに感じる。
 これが、エッチな行為だってことは知っている。
 パパが、私に、エッチなことをしている――それは、認識していた。
 小学生だって、高学年にもなればセックスに関するいちおうの知識は持っている。
 男と女が裸で抱き合って、キスしたり、身体を触ったりして、おちんちんをおまんこに挿れる。
 それが、セックス。
 おちんちんからセイエキというものが出て、お腹の中でセイシとランシがひとつになって、赤ちゃんができる。
 本来は、子供を作るための行為。
 だけど、それだけじゃない。
 それは、気持ちのいいこと。
 おまんこを弄るのが気持ちのいいことだって、私も知っている。
 いつ、そのことに気づいたのかは覚えていない。いつの間にか、自然と知っていた知識だ。
 おそらく、机の角に押しつけたり、鉄棒にまたがったり、ということがきっかけだろう。
 パンツの上からおまんこを弄ると、気持ちよくて、すごくどきどきして、弄っている部分がぬるぬると湿ってくる。
 やがて、そんな行為が習慣になってしまった頃には、それがオナニーとか自慰とかひとりエッチとか呼ばれるものだということも知っていた。

 そして――

 セックスが、私みたいな子供がしちゃいけない行為だということも、知っている。
 パパみたいな大人が、私みたいな子供とセックスするのも、いけないことだって知っている。
 親子でしちゃいけないことだということも、知っている。それは〈キンシンソウカン〉っていう、とてもいけないことなのだ。
 そうしたことは、小学生の私でも知っている。

 なのに、どうして。

 パパは、私に、エッチなことをしているのだろう。
 パパと私は、親子なのに。
 パパには、ママがいるのに。
 これは、いけないことなのに。
 なのにパパは、動けない私にキスして、身体を触って、とても嬉しそうにしている。

 そして、私は――

 キスされるのが嬉しい、と。
 触られるのが気持ちいい、と。
 そう、感じていた。
 それは、いけないことなのに。
「…………や……だ、パパ……ぃゃ…………だめぇ……」
 唇がうまく動かない。
 言葉が思うように紡げない。
 必死に自分に言い聞かせていないと、まったく逆の言葉を口にしてしまいそうだった。

 気持ちいい、と。
 もっとして、と。

 そんなの、だめ。
 そんなこと、言ってはいけない。
 なのに、おまんこを弄られるたびに、いやだからじゃなくて、気持ちよすぎて悲鳴を上げそうになってしまう。
 パパが、身体の位置を少し動かす。
 胸に、キスされる。
 小さな突起を強く吸われる。
 ほんの少し、痛くて。だけど、くすぐったいような、痺れるような、いやじゃない感覚。
 もっと、して欲しいと想ってしまう。
「……い……やぁ……や、め……」
 そう想うたびに、逆の言葉を口にする。そうしなければならない、と。そんな気がした。
「や……ぁっ、ん…………」
 乳首を舌先でつつかれる。くすぐられる。
 その間も、おまんこを指で弄られている。
 遠くから聞こえている、くちゅくちゅという湿った音。
 音が大きくなるほど、気持ちよくなってくる。
 気持ちよくなるほど、音が大きくなってくる。
 いけないこと、なのに。
 しちゃいけないことを、しているのに。
 されちゃいけないことを、されているのに。
 なのに、気持ちよくなってしまう。
 パパが、さらに下へと移動していく。
 胸からお腹、おへそ、そしてもっと下へ。
 唇で、舌先で、くすぐるように。
 どんどん、近づいていく。
 私の、エッチな部分に。
 弄られて、気持ちよくなって、いやらしい音を立てている部分に。
「ひゃっ……い、やぁ……っ!」
 キス、された。
 おまんこに、キス、された。
「あぁぁぁんっっ!!」
 口から飛び出したのは、自分でも信じられないくらい、甘い叫びだった。
 一瞬、頭の中が真っ白になった。
 びくん、びくんと、全身が痙攣した。
 パパが、エッチな部分を舐めている。
 ぴちゃぴちゃと、仔犬がミルクを飲むような音を立てている。
 今まで経験したことのない感覚。これまでのひとりエッチの時の気持ちよさを、何百倍も強くしたような、痛いほどの快感だった。
「やぁんっ! あっ……あぁんっ! や……だっ、パパぁっ!」
 目の前でカメラのフラッシュを焚かれているかのように、視界が真っ白になる。
 呼吸が止まる。
 身体に電流が走る。
「やぁぁっ! やだぁっ! あんっ! パパぁっ、いやぁっ! あぁっ、あっ、ああぁっ!」
 パパの指が、おまんこの入口をくすぐっている。
 その動きが速くなっていく。
 指先が、もぐりこんでくる。
 中に、入ってくる。
「ぁ…………ゃ、ぁ……」
 少しずつ、少しずつ、指が奥へ進んでくる。
 自分の身体の中に、自分じゃないものが存在するという違和感。
 だんだん、痛くなってくる。
 なのに、その痛みは、どこか甘かった。
「……あぁ、……ん……」
「感じてるのか? 莉鈴、可愛いよ」
 優しい、パパの声。
 その声はどこか遠くから聞こえてくるようにも、あるいは頭の中に直接響いてくるようにも思えた。
 パパの指が、私の中に、在る。
 すごく深いところまで、届いている。
 信じられない。
 自分で指を挿れてみたことなんて、ない。
 こんなに奥まで、入ってくるなんて。
 私の身体の中に、パパの身体の一部が存在している。
 その事実が、なんだか不思議だった。
 指が、私の中で、ゆっくりと動いている。
 少し……いや、けっこう、痛い。
 だけど、舐められているところはすごく気持ちいい。そのせいか、指を挿れられる痛みも、ただ痛いだけじゃなくて、なんだか不思議な感覚だった。
 痛い、けれど、いやじゃない。
 うまく説明できないけれど、なんだか、嬉しいような気持ちになってしまう。
 痛いけれど、我慢できないほどじゃない。
 だから、このまま続けて欲しいなんて、想ってしまう。
 だけど、それは怖い気もしてしまう。
 長く続けば続くほど、パパにされていることが、少しずつ気持ちよくなってくるように感じていたから。
 指が引き抜かれた時には、だから少し安心して、だけど少しがっかりしてしまった。
 パパが、また、位置を変える。
 拡げられた脚の間に、身体を入れてくる。
 私の上に覆いかぶさってくる。
 脚の間の、今まで舐められていた部分に、指とも舌とも違う、もっと大きくて熱いものが押し当てられる。
「これで、莉鈴はパパのものだよ。パパとひとつになるんだ」
 その言葉が意味するところを、ぼんやりと理解する。
 パパのおちんちんが、私のおまんこに入ってくる。
 パパと、本当のセックスをする。
 そんなこと、しちゃ、いけないのに。
 子供はセックスしちゃいけないのに。
 親子でセックスしちゃいけないのに。
 なのにどうして、パパは、莉鈴とセックスしようとしているのだろう。
 わからない。
 頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 でも、ひとつだけわかっていることがある。
「……や……だ…………やめ、て…………ぱ……パパぁ!」
 言葉とは裏腹に、それを、本当にいやがってはいないということ。
 戸惑ってはいるけれど、いやがってはいない。
 怖いけれど、少し、期待もあった。
「愛してるよ、莉鈴」
 下半身への圧迫感が強くなっていく。
 熱い塊が、押しつけられている。
「ぁ……、んっ…………っ」
 どんどん、強くなっていく。
 押しつけられて、拡がっていく。
 痛いくらいに、拡げられていく。
 無理やり拡げられ、引っ張られる痛み。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 圧迫感に比例して、強くなっていく痛み。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛みが増すほどに、なにかが、私の中に入ってくる。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 い……た…………
「い……ゃ…………い、やぁぁぁぁ――――――っっっ!!」
 下半身が引き裂かれるような激痛に、悲鳴を上げる。
 ずぅん、と重々しい衝撃が伝わってくる。
 お腹の中に、なにか、大きな塊が在るようだった。
 信じられないくらいに大きなものが、私の身体を、内側から引き裂こうとしているように感じた。
 すごく、痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い――――
 熱い。
 苦しい。
 歯を喰いしばっていないと、身体がばらばらに引き裂かれてしまいそう。
「い……ぃゃぁ…………パパぁ……痛い……痛い、よぉ……」
 ずきん、ずきん、ずきん、ずきん、ずきん、ずきん。
 心臓の鼓動に合わせて、痛みが走る。
 まるで、おまんこの中に心臓があるみたい。
 パパが、私を抱きしめる。
 唇を重ねてくる。
 舌が、口の中に入ってくる。唾液が流れ込んでくる。
 パパの身体が小刻みに動く。
 私の中に在るものも一緒に動く。
 そのたびに激痛が走る。
 全身の筋肉が強張る。
 悲鳴じみた嗚咽が漏れる。
 パパは、一定のリズムで動いている。
 これ、知ってる。
 セックスする時、男の人は、こうして腰を動かすんだって。
 そうすると、おちんちんがおまんこの中でこすれて、気持ちよくなって、シャセイするんだって。
 高校生のお姉ちゃんがいて、エッチなことに詳しい友達が話していた。
 そして、おまんこをおちんちんでこすられると、女の人も気持ちよくなるんだって。
 だけど、私は今、気持ちよくなんかない。
 ただただ、痛いだけ。
 泣くほど痛い。
 下半身が裂けてしまいそうなくらいに痛い。
 それはきっと、私がまだ、セックスしてはいけない子供だからなのだろう。
 そう、想った。
 だけど、パパはとっても嬉しそう。
 とっても楽しそう。
 とっても気持ちよさそう。
「莉鈴……気持ちいいよ。莉鈴のおまんこ、すごく気持ちいい」
 何度も何度も繰り返しながら、腰を動かしている。
 私は、痛くて泣いている。
 なのに……
 どうして、なんだか〈満たされている〉って感じるんだろう。
 わからない。
 わからない。
 わからない。
 わからない。
 わからない。
 わからない。
 なにも、わからない。
 頭の中はぐちゃぐちゃで。
 身体はとても痛くて。
 もう、わけがわからない。
 パパが中に入ってきてから、ずいぶん時間が過ぎたように感じる。
 これはいったい、いつまで続くんだろう。
 なにしろ初めてのことだから、セックスにはどのくらいの時間がかかるものなのかもわからない。
 もう、時間の感覚もなくなっていて、永遠に続くのではないかとすら思えてしまう。
 早く終わって欲しい気もするし、ずっと終わらずにいて欲しい気もする。
 いつまでも続く、甘美な苦痛。
 それはパパの呻き声と、ひときわ大きな動きと、それにともなう激痛と、お腹の奥になにかが噴き出してくる感覚で終わりを迎えた。
「あ……あぁぁっ、んんっっ!」
 引き抜かれる時には、内臓が引きずり出されるかのような激痛だった。
 ずるり……という感覚とともに、パパの分身が抜け出る。お腹が内側から引き裂かれるような痛みが薄れていく。
 身体の中を、なにかが流れるような感覚があった。それはおまんこからあふれ出て、お尻の方まで流れ落ちていく。
「……ぁ…………」
 なにかが、唇に押し当てられる。
 視界がぼやけていて、それがなにかもわからない。
 熱くて、丸い、大きな塊。
 ちょっと強引に、口の中に押し込まれる。
 口いっぱいの、大きな塊。
 温かいというよりも熱いくらいで、固い弾力があって、口の中で脈打っている。
 それがなんであるか、頭よりも先に本能で理解した。
 たった今まで、私のお腹の中に、私のおまんこの中に、在ったもの。
 私のバージンを、奪ったもの。
 パパの、おちんちん。
 それが、口にねじ込まれている。
 これまで嗅いだことのない、独特の生臭さ。
 吐き気をもよおす青臭い苦味。
 そして、錆びた鉄のような、血の味。
 咳き込んで吐きそうになるけれど、頭を押さえられていて動くことができない。
 喉の奥まで押し込まれてくる。
 口の中で、膨らんでいくみたい。
 より大きく、より硬くなっていくみたい。
 パパが、ゆっくりと動いている。
 さっきの、セックスしていた時みたいに、おちんちんで私の口の中をこすっている。
 特大のフランクフルトを丸ごとくわえているような感覚だった。
 噛んではいけない、歯を立ててはいけない――本能的に、そう思った。歯が当たらないように口を大きく開けているのが辛くて、すぐに顎が疲れてきた。
 それでも、おまんこに挿れられていた時よりは少し楽かもしれない。疲れるし、苦しいけれど、あまり痛くはない。いやな味や臭いも、長く続けているうちに舐め取られてしまったのか、気にならなくなってきた。
 熱々のゆで卵を、まるごとほおばっているみたい。
 口の中で小刻みに動いている。
 舌が、内頬が、こすられている。
 どういうわけか、それがだんだん気持ちよくなってくる。
 そして……
 また、パパが呻き声を上げる。
 口の中のもの場、大きく脈打つ。
 次の瞬間、
「んヴぅぅ……っっ!」
 熱いものが、口の中に噴き出してきた。
 どろりとした感触が口いっぱいに広がる。
 さっきと同じ、生臭い臭いと、苦い味。
 舌に、喉に、ねっとりと絡みつくようないやな感覚。
 咳き込みそうになるけれど、口を塞がれ、頭を押さえられて、吐き出すこともできない。
 意識が遠くなっていく。
 朦朧とした頭で想う。
 パパが〈シャセイ〉したんだ、と。
 口の中に噴き出してきた生臭い粘液が〈セイエキ〉なんだ、と。
 さっきは、おまんこの中にこれを出されたんだ、と。
 知識でだけ知っていたエッチな行為が、自分の身体で行われた。
 そのことが、いまだに信じられなかった。


 翌日、目を覚ましたのは昼頃だった。

 昨夜――
 あの後もまた、パパは私と〈セックス〉した。
 もう一回か、それとも二回。
 後半は頭がぼんやりしていたので、よくわからない。
 〈セックス〉が終わって、腕と脚を縛っていたロープが解かれても、しばらくは眠れなかった。
 おまんこの痛みと、精神的な衝撃。どちらも、眠りを妨げるには充分すぎるものだった。
 ようやくうとうとしたのは、窓の外が白みはじめた頃だろう。
 眠る前も眠った後も、パパとのセックスの記憶が頭の中をぐるぐると回っていて、いつ眠ったのかははっきりしない。
 目を開ける。
 まだ、頭がなんだかぼんやりしている。
 身体に力が入らなくて、起き上がる気にもなれない。
 仰向けのまま、虚ろに天井を見つめる。
 見慣れた天井の模様。
 自分の部屋。
 自分のベッド。
 その真ん中に、ひとりで寝ている。
 だから、昨夜の出来事が信じられない。
 おかしな夢でも見ていたのだという気がしてしまう。
 そうだったらいいのに、と想う。
 あんなこと、ありえない。
 現実のはずがない。
 パパと、セックスしたなんて。
 パパが私を〈ゴウカン〉したなんて。
 ありえない。
 全部、夢。
 そう、想いたかった。

 だけど……夢、じゃない。

 全部、現実だ。
 だから、裸で寝ている。
 だから、おまんこがずきずきと痛い。
 まだ、中になにか在るような異物感を覚える。
 そして、シーツの、ちょうどお尻の下になるあたりに残った、血としか思えない紅い染み。

 全部、現実だった。

 パパと、セックス、した。
 まだ十歳なのに、セックスして、バージンじゃなくなった。
 それも、パパ相手に、キンシンソウカンしてしまった。
 信じられない。
 パパが、あんなことするなんて。
 あれは全部、しちゃいけないことだ。
 小学生とセックスするのも。
 親子でセックスするのも。
 そしてなにより、パパが私に、あんな痛いことをするなんて。


 当時の私は、たぶん平均以上にパパのことが好きな子供だった。
 パパは格好よくて、頭がよくて、仕事でよく外国へ行っていて、外国語もいろいろ話せて、どんなことでも知っていた。
 外国へ行くと、お土産に、珍しいおもちゃやお菓子や、綺麗な服やアクセサリーをいっぱい買ってきてくれた。
 友達が羨むくらい、おこづかいをたくさんくれた。
 仕事が忙しくて家に帰らないことも多いけれど、休みの日にはいろいろなところに遊びに連れていってくれた。
 私にはとても優しくて、でも、たまに怒った時には怖くて、だけどその後には普段以上に優しくなって、美味しいものを食べに連れていってくれた。
 大好きなパパ。
 自慢のパパ。
 そのパパが、あんなことをするなんて。

 信じられない。

 だけど……

 幼心にも、わかっていた。
 〈女〉の本能として、感じていた。
 パパは、莉鈴が嫌いで、ひどいことをしたんじゃない、と。
 その反対。
 莉鈴のことが大好きで、愛しているから、莉鈴とセックスしたんだ、と。
 だって、キスやセックスは、好き合っている男の人と女の人がするものだから。
 セックスしている時、パパは何度も何度も私にささやいていた。
 愛してる、って。
 大好きだよ、って。
 可愛いよ、って。
 気持ちいいよ、って。
 とても痛いことをしているのに、とても優しい声だった。
 その声を聞いていると、パパに愛されているんだって感じた。
 だけど、それがいけないことだというのも、わかっていた。
 パパが娘を、娘がパパを、家族として〈好き〉なのはいいけれど、セックスするような意味で〈愛してる〉のはいけないことだ。
 だけど、パパはママよりも、他の誰よりも、莉鈴のことが大好きで、だからあんなことをしたんだって、子供の私でもわかっていた。
 そんなにパパに愛されていることが、嬉しかった。
 だけど、パパに、セックスするような意味で〈愛されてる〉ことを喜ぶのもいけないことだって、わかっていた。


「……莉鈴?」
 不意に、ドアがノックされた。
 びくっと、身体が痙攣する。
 ドアが開かれ、首をそちらに向ける。
「……そろそろ起きなさい」
 いつもと変わらない、パパの声。
 手には、私の大好物、アイスミルクココアのグラスを持っている。
 もちろん、ちゃんと服を着て、普段の休日のパパとなにも変わらない。
「……パパ…………?」
 こんな姿を見ると、昨夜のあれはやっぱり夢だったんじゃないか、なんて想ってしまう。
「なんだ?」
「…………ううん、なんでもない」
 やっぱり、訊けない。訊くのが怖い。
 なんでもないふりをして身体を起こそうとしたけれど、力が入らなかった。
「……具合、悪いのか?」
 パパが、優しく起こしてくれる。
 大きなクッションを拾い上げて、寄りかかれるように私の後ろに置いてくれる。
 いつもと変わらない、優しいパパ。
 だけど、夢じゃない。
 昨夜のあれは、みんな、夢じゃない。
 だから、私が裸でいるのに、シーツが血で汚れているのに、パパはなにも言わない。
 グラスが渡される。
 その冷たさに、少しだけ意識が目覚める。
 ストローを口にくわえる。
 パパが作ってくれるミルクココアは、とても甘くて、だけどくどくなくて飲みやすくて、大好きだ。
 よく冷えていて、なんとなく身体が熱っぽく感じる今の私には最高の味だった。
「少し、熱があるんじゃないか?」
 パパがおでこに触れてくる。
 さらに確かめるように、自分のおでこをくっつける。
 パパの顔が間近にある。
 どきどきする。
 こんなの、風邪をひいた時にはいつものことなのに。
 だけど、今朝は平然としていられない。顔が、耳が、さらに熱くなってしまう。
「……少しだけ熱いか? 顔も赤いし、風邪かな?」
 熱があるのも、顔が赤いのも、風邪のせいなんかじゃない。パパだってわかっているはずなのに。
「念のため、薬を飲んでおきなさい」
 既に薬を持ってきているのが、その証拠。
 差し出されたのは、いつも飲んでいる錠剤の風邪薬ではなく、見たことのないカプセルだった。
 それを見て、なんとなく悟った。
 きっと、この薬のせいだ。
 エッチなことをしたくなってしまう薬なんだ。
 そういう薬があるって、話には聞いたことがある。
 きっと、昨夜のココアに、これが入っていたんだ。
 だから、頭がぼんやりして、パパにエッチなことをされて気持ちよくなってしまったんだ。
「…………」
 そう気づいたけれど、私は拒まなかった。
 鳥の雛のように、上を向いて口を開ける。
 親鳥のくちばしのように、カプセルをつまんだパパの指が口の中に挿れられる。
 軽く舌をくすぐって、その上にカプセルを置いていく。
 ココアで、カプセルを飲み込んだ。
 とくん、とくん。
 鼓動が大きくなってくる。
 これから、どうなるんだろう。
 どうなってしまうんだろう。
 すごく、どきどきしている。
 すごく、緊張している。
 また、身体が思うように動かせなくなって、エッチな気持ちになってしまうんだろうか。
 また、パパにエッチなことをされてしまうんだろうか。
 また、すごく痛いことをされてしまうんだろうか。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 いやだ。
 その気持ちは嘘じゃない。それは間違いない。

 だけど。

 だったら何故、おとなしく薬を飲んでしまったのだろう。
 いや……な、はずなのに。
 なのに。
 胸の奥底の、とても深い深い場所に、ぽつんとひとつ別な想いがある。
 ベッドの端に座って、優しい笑みを浮かべて私を見ているパパ。
 そんなパパの顔を見ていられなくて、うつむいてゆっくりとココアを飲んだ。
 ストローで口がふさがっている間は、なにも離さなくてすむ。
 なにを話せばいいのかわからない。
 だけど、ずっと黙っているのも不自然だった。いつもはお喋りな私、パパとふたりでいるのに沈黙を続けているなんてありえない。
 だから、ココアを飲んでいるという口実が必要だった。
 だけど、どんなにゆっくり飲んでも、グラスはやがて空になってしまう。
 パパが、私の手からグラスを受け取って机の上に置く。
 ぶつかった氷が澄んだ音を立てる。
 パパの座る位置が、少し近づいてくる。
 ほとんど身体が触れるような距離。
 大きな手が、頭に置かれる。
 いつもそうしているように、優しくなでてくれる。
 パパになでられるのは好きだった。幸せで、気持ちよくなれる。
 それは、今日も変わらない。昨夜、あんなことがあったのに、やっぱりパパになでられるのは嬉しかった。
 いつもそうしているように、パパの大きな身体に寄りかかった。裸のままだったけれど、気にしなかった。むしろ、裸でいることが当たり前のように思えた。
 あるいは、もう、薬が効きはじめていたのかもしれない。頭をなでられることが、いつもよりもっと気持ちいいような気がした。
 私の、いちばん幸せな時間だった。
 だけど。
 今日はきっと、この後に、怖い時間が来る。
 いやだ。
 怖い。
 だけど……。
 それだけ、じゃない。
 逆の想いが、ある。
 だって、それは、パパが莉鈴のことを愛している証だから。
 でも、それは、本当はしちゃいけないこと。求めちゃいけないこと。
 どうしたらいいのだろう。
 パパを拒むことなんて、できない。
 だけど、素直に受け入れてしまうのは、いけないこと。
 いったい、どうしたらいいのだろう。
 頭がぼんやりしてくる。
 顔が、身体が、熱くなってくる。
 鼓動がさらに速く、激しくなってくる。
「……ぁ」
 頭をなでているのとは別の手が、身体に触れてきた。
 小さな胸のふくらみを、大きな手のひらが包み込む。
 ゆっくりと円を描くように動いて、優しく揉まれる。
 先端の小さな突起がつままれる。
 びくっと身体が震える。
 気持ち、よかった。
 その、エッチな部分を触られるのは、気持ちよかった。
「…………ぁ……は、ぁ」
 押し殺した吐息が漏れる。
 抑えようとしても、抑え切れない。
 パパの手は、ゆっくりと動き続ける。
 右の胸。
 左の胸。
 交互に、行ったり来たりしている。その一往復ごとに、どんどん気持ちよさが増していく。
 脚の間が、湿ってきているように感じる。
「……パ……パ…………」
 声が、泣いているみたいに震えてしまう。
 やがて、手が移動していく。
 胸から、だんだんと下の方へと。
 お腹の上を滑り、脚の間へと入ってくる。
「……っ! ゃ…………んっ」
 くちゅ……と、濡れた音がした。
 それがなにを意味しているのか、わからないほど子供ではない。
 エッチな気分になっている。
 エッチなことをされて、気持ちよくなっている。
 女の子はそうなると、おまんこがぬるぬると濡れてくるのだ。
 これは、いけないことなのに。
 パパとエッチなことをするなんて、いけないことなのに。
 いけないことをして気持ちよくなってしまうなんて、莉鈴はいけない子だ。
 なのに、おまんこを弄られて、もっと、もっと、どんどん気持ちよくなってしまう。
 ぜんぜん、いやだなんて感じない。
「……ぁ…………んっ、……ゃ……ぁんっ……パパぁ」
 濡れた割れ目の中で、パパの指が前後に滑っている。
 動くたびに、悲鳴を上げそうになる。
 せいいっぱい堪えても、泣いているみたいな声がどうしても漏れてしまう。
 それは、エッチな声。
 エッチなことをして気持ちよくなると、出てしまう声。
 いけないことをしているのに、声が抑えられない。
 もしかして、私はすごくいやらしい女の子なのだろうか。
 ううん、違う。
 パパに、エッチな薬を飲まされたから。
 だから、すごく気持ちよくなってしまう。
 だから、エッチな気分になってしまう。
 きっと、そう。
 全部、パパの薬のせい。
 そう、想い込む。
「パ……パぁ……どうして、こんなこと……するの?」
 気持ちよすぎて、おかしくなってしまいそうで。
 だから、勇気を振りしぼって訊いてみた。
 これは、いけないことなのに。
 パパは、いけないことをしているのに。
 なのにパパは、当然のことのように微笑んで応えた。
「莉鈴がとっても可愛くて、パパは、そんな莉鈴を愛しているからだよ」
 愛しているから、セックスする。
 これ以上はないくらいに、当たり前のこと。
 ただしそれは、親子じゃなければ、小学生じゃなければ、の話。
「……せ……セックス……するの?」
「いやか?」
「………………わかんない」
 いや、と答えるのは簡単だけれど、そんなことを言ったら、パパに嫌われてしまうかもしれない。
 パパは、莉鈴を愛しているからセックスする。
 だとしたら、パパとセックスしたがらないということは、私がパパを愛していないことになってしまう。
 それは、違う。
 パパのことは、好き。
 大好き。
 もちろんそれはセックスするような意味じゃなかったけれど。
 莉鈴とセックスしようとするパパは……少し怖いけれど、それでも、やっぱりパパのことは嫌いじゃない。
 それに、セックスすること自体、いやだとは言いきれない。
 すごくいけないことだとはわかっているけれど、イコールいやなことかというと、そうじゃない。
 エッチなことに限らず、いけないことを親や先生に隠れてこっそりとするのは、とてもどきどきすること。
 だから、いやだとは言いきれない。
 セックスをいやだと思う理由があるとしたら、それは、泣くほど痛いからだ。
 痛くなければ……したい、かもしれない。少し、そう想う。
 セックスすることがパパを愛している証なら、パパに愛されている証なら、したい。
 それは、いけないこと。
 とても、恥ずかしいこと。
 すごく、痛いこと。
 だけど……
「…………わかんない、けど…………パパがしたいなら……しても、いい」
 そうとしか、答えられなかった。
「したい。可愛い莉鈴と、セックス、したい」
 耳元でささやかれる。
 くすぐったくて、だけどそれが気持ちいい。
 そして、嬉しい。
 セックスしたいって、言ってくれるのが嬉しかった。
 パパが、服を脱いでいく。
 下着も脱いで、全裸になる。
 パパのおちんちんは、私がもっと小さな頃、お風呂に入れてもらっていた時とはまったく違っていた。
 驚くほど大きくて、反り返って上を向いている。
 〈勃起〉という現象も、いちおう知識では知っていた。男の人はエッチな気分になると、おちんちんが大きく、硬くなるのだ。
 大きくなったおちんちんをはっきりと目にするのは、初めてだった。昨夜は落ち着いて見ている余裕なんてなかったし、薬のせいか目の焦点も合っていなかったから。
 本当に、びっくりするくらいに大きい。
 太さも、私の手首とあまり変わらないように見える。
 こんなに大きなものが、私のおまんこの中に入っていたなんて。
 ありえない。
 信じられない。
 痛くて泣いてしまったのも、いっぱい血が出たのも、当たり前だ。
 怯えた目で、パパを見上げる。
 セックスしてもいいと言ったけれど、大きなおちんちんを目の当たりにしたら、また怖くなってきた。
 パパに手首をつかまれる。
 手が、パパの下半身に押しつけられる。
 熱い、というのが最初の印象だった。温かい、ではなく、熱い。
 硬くて、少し弾力があって、血管が浮かび上がっていて、小さく脈打っているのが感じられた。
 本能的に、恐怖を覚える。
 これがパパの身体の一部だなんて、信じられない。身体にくっついているだけの、パパとは別の怪物みたい。
 だけど間違いなく、これがパパのおちんちん。
 パパの身体から生えていて、昨夜、私の身体を貫いたもの。
 これが、私の中に入っていた。
 手を開いて、自分の意思でしっかりと触れてみる。
 熱い。
 人間の身体の一部が、こんなに熱くなるなんて。
 こんなに硬くなるなんて。
 こんなに大きくなるなんて。
 すごく、不思議。
 パパは私の手を包み込むようにしておちんちんを握らせると、その手を上下に動かしはじめた。
 おまんこにパパの手が触れると私は気持ちよくなるのだから、私の手がおちんちんに触れると、パパも気持ちよくなるのだろうか。
 きっと、気持ちいいに違いない。だから、触らせているのだろう。
 おちんちんは、おまんこでこすられると気持ちよくなる。だから、手でこすっても気持ちいいはずだ。
 しばらくその行為を続けていると、だんだん、恐怖心が薄れてくるようだった。手の中に在るものが、パパの身体の一部なんだって実感できるようになってくる。
 やがて、パパの手が頭に触れてきた。
 押さえつけて、頭を下げさせる。
 おちんちんが、目の前に近づいてくる。
 至近距離で見ると、やっぱり少し怖い。
 だけど。
「どうすればいいか、わかるだろ」
「…………ん」
 小さく、うなずいた。
 パパがなにを望んでいるのか、なにをさせようとしているのか、わかっている。
 昨夜、何度もさせられたことだ。
 直視するのは少し怖いので、目を閉じる。
 最後の数センチは、自分の意思で頭を動かす。
 唇が、熱いものに触れた。
 手で触れるよりも、もっと熱く感じた。
 口を少しだけ開いて、舌を伸ばす。
 舌先が触れる。
 次に、舌全体をもっとしっかりと押しつけ、大きなアイスキャンディーのように舐め上げる。
 二度、三度、根元から先端まで舌を動かす。
 続いて、口を大きく開いてくわえ込んだ。
 〈フェラチオ〉という言葉は知っている。
 セックスの時、女の人が、男の人のおちんちんを舐めたり、口にくわえたりすることだ。
 そうすると、男の人は気持ちよくなって悦ぶという話だった。
 初めてその話を聞いた時は、おちんちんを舐めるなんて気持ち悪いって思った。
 だけどどういうわけか、今は、ぜんぜんそんな風には感じなかった。
 パパが悦んでくれるからだろうか。
 それとも、その行為が気持ちのいいことだと知ってしまったからだろうか。
 パパにおまんこを舐められることは、すごく気持ちよかった。セックスと違って痛くなくて、ただただ気持ちよかった。
 だからきっと、私がおちんちんを舐めてあげれば、パパも同じように気持ちよくなるのだろう。
 パパが気持ちよくなってくれることは、嬉しい。
 パパを気持ちよくして上げられることは、嬉しい。
 パパに褒められるのは、嬉しい。
 だから、パパにフェラチオするのは、ぜんぜんいやじゃなかった。
 だけど、舐めるのはともかく、この大きなものを口にくわえるのは少し難しかった。顎が疲れてしまうし、奥までくわえると、苦しくて吐きそうになってしまう。
 それでも、セックスみたいに泣くほど痛いわけではないし、ただ舐めるだけよりも、深くくわえた方がパパが悦んでくれる。
 気持ちいいって言ってくれる。
 上手だって褒めて、頭をなでてくれる。
 だから、頑張った。
 それに、おちんちんを舐めたりくわえたりするのって、なんだか、口が気持ちいい。
 だから、フェラチオはいやじゃない。
 少し、好き、かもしれない。
 長く続けていると、頭がぼぅっとしてくる。お風呂に長く入りすぎた時みたいに、熱くなって、ふらふらして、でも気持ちいいような感覚。
 朦朧としたまま頑張っていると、パパが小さく声を上げた。
 頭を強く押さえられる。
 いきなり、熱くてどろっとした、苦いものが噴き出してくる。
 口の中がいっぱいに満たされる。
 これは、あまり好きじゃない。苦くて、臭くて、咳き込んで吐きそうになってしまう。
 だけど、パパに口を押さえられて、吐き出すことができない。
「全部飲みなさい」
 強い口調で言われる。
 嫌いなピーマンを食べさせられる時みたいに、涙が滲んできた。吐きそうなのを我慢して、なんとか飲み込んだ。
 ピーマンよりももっと美味しくない。気持ち悪い。
 だけど、ピーマンを我慢して食べた時よりも、パパはもっともっと褒めてくれた。
 涙ぐみながらも、口元がほころんでしまう。
「…………せ、セイエキって……飲んでも、毒じゃないの?」
「そんなわけないだろ。セックスの時、女の人は、精液を飲むことになってるんだ」
「そ……そうなんだ?」
 こんなにまずくて気持ち悪いものを飲むのが当たり前だなんて、理解できない。もっとも、それを言ったらセックスだって、私にとっては痛いだけで気持ちのいいものではない。
「飲み慣れれば、美味しく感じるようになるよ」
「……そう……なの?」
 信じられない。
 だけど、パパが美味しそうに飲んでいるビールも、私が舐めてみたら顔をしかめるほど苦かった。大人と子供では、味覚も違うのかもしれない。
「それに莉鈴だって、これから生まれてきたんだぞ」
「せ……セイシとランシがお腹の中でひとつになって……赤ちゃんになるんだよね?」
「そう、よく知ってるね。莉鈴は頭がいいな」
 また、頭をなでられた。
 学校では、よく勉強している方だと思う。
 いい成績をとると、パパがとてもほめてくれて、お小遣いとか、新しい服とか、おいしいケーキとか、そんなごほうびをいっぱいくれるから、頑張って勉強している。成績はトップクラスだろう。
「……ぱ、パパとママが……セックス、して、莉鈴が生まれたんだよね?」
「そうだよ。ママのおまんこにパパのおちんちんを挿れて、中に精液を出して……そうするとママのお腹の中に小さな小さな赤ちゃんの素ができて、それがお腹の中で育って……赤ちゃんになって生まれて来るんだよ」
「じゃあ……莉鈴も、赤ちゃんを産むの?」
 昨夜、パパは私とセックスした。
 私のおまんこの中に〈シャセイ〉した。
 私のお腹の中には、赤ちゃんの素があるんだろうか。
 私は、パパの赤ちゃんを産むんだろうか。
「莉鈴はまだ子供だから、もっと大人にならないと赤ちゃんはできないな。ニワトリだって、ヒヨコのうちは卵を産まないだろ?」
「…………そう」
 この時感じた、複雑な想い。
 それは安堵だろうか。
 それとも落胆だろうか。
 子供が赤ちゃんを産んではいけないことは知っている。
 親子で赤ちゃんを作っちゃいけないことも知っている。
 だから、ほっとした。
 だけど、赤ちゃんは可愛い。
 それが自分の赤ちゃんなら、そしてパパの赤ちゃんなら、大好きな人との赤ちゃんなら、もっともっと可愛いはずだ。
 だから、がっかりした。
「……赤ちゃん、欲しいのか?」
 もしもここで「欲しい」って答えたら、パパはどうするのだろう。
 その反応が気になったけれど、首を横に振った。
「…………ううん。莉鈴はまだ子供だから、赤ちゃん産んじゃいけないんだよね?」
 その台詞は、半分、嘘。
 本当の理由は〈子供だから〉じゃない。パパと莉鈴が〈親子〉だから。
 〈子供だから〉が理由なら、時が解決してくれる。私もやがて、赤ちゃんが産める大人になる。
 だけど、〈親子〉は永遠に親子のままだ。
 そのことを認めたくなかった、のかもしれない。
「じゃあ、莉鈴が大人になった時のために、練習しようか」
「……れんしゅう?」
「そう。赤ちゃんを作る、練習」
 それは、つまり、セックスすることだろう。
 今しているような、触ったり舐めたりだけじゃなくて、本当のセックスをすること。
 おちんちんをおまんこに挿れられて、シャセイされること。
 昨夜、何回もされたこと。
 とても痛くて、苦しいこと。
 子供がしてはいけないこと。
 パパとしてはいけないこと。
 だけど。
「…………ん…………練習、する」
 この時の私は、少しだけ、したいという想いがあった。したくない、という想いよりも少しだけ強かった。
 小さくうなずくと、パパは私をベッドの上で仰向けにした。
 脚を開かされ、その間にパパが身体を入れてくる。
 反り返ったおちんちんを手で押さえて、その先端を私のおまんこに当てた。
「…………っ!」
 痛いのが来る――と思って、病院で注射される時みたいに、目を閉じて歯を喰いしばった。
 だけど、予想していた痛みがやってこない。
「……んっ、ぁっ……んっ!」
 おちんちんは中に入ってこないで、おまんこの割れ目をこすっていた。
 パパは、セックスする時みたいに私の脚を押さえつけて、腰を動かしている。だけど私の中には挿れてこない。ただ、こすりつけているだけ。
「ぁ……ぁっ……ぁんっ!」
 それは、すごく気持ちよかった。
 指で弄られるのよりも、舌で舐められるのよりも、もっと気持ちいい。
 ぬるぬるとした感触が伝わってくる。
 おまんこが濡れている。こすられるたびに、もっと濡れてしまう。
 呼吸が速くなる。
 鼓動が激しくなる。
 身体がびくびくと震える。
 形としては、セックスしているみたいに見える。だけど痛くなくて、すごくすごく気持ちいい。
 初めての体験だった。
「あぁぁんっ…………ぁっ、ぁんっ、やぁぁっ!」
 無我夢中で、パパにしがみつく。
 つかまっていないと、どこかに飛んでいってしまいそうな感覚だった。
 気持ちいい。
 気持ちいい。
 気持ちいい。
 気持ちいい。
「ぱ……パパぁ……パパぁっ! あぁんっ!」
 ずっと、こうしていたい。
 だけど、ずっとこのままというわけにはいかない。
 これは、セックスじゃないから。
 本当のセックスじゃない。セックスのふり、真似事だ。
 パパは、莉鈴とセックスするって言った。
 だから、この、気持ちのいい〈セックスごっこ〉だけでは終わらない。
「――――っっ!!」
 気持ちよすぎて、頭が真っ白になった。
 一瞬、全身が硬直して、すぐにぐったりと力が抜けていった。
 これまでで、いちばん気持ちのいい瞬間だった。
「あ…………っ」
 また、おちんちんが押しつけられる。
 今度はこすりつけるのではなく、そのまままっすぐに突き出されてきた。
「ん、んん……っ!」
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 パパが、莉鈴の中に入ってこようとしている。
 あの大きくて硬いパパのおちんちんが、小さな小さなおまんこを無理やり押し拡げて、入ってこようとしている。
「い……ぃぃ…………っ、ぅ……くぅぅぅんっ!」
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 歯を喰いしばる。
 堪えようとしても、涙が滲んでくる。
 だけど、止まらない。
 どんどん拡げられていく。
 大きな塊が、どんどん入ってくる。
 身体が裂かれるような感覚。
 お腹が、内側から破裂してしまいそうだ。
「あぁぁぁぁ――――っっ!!」
 意識が飛ぶような激痛。
 本当に、下半身が引き裂かれてしまったかのよう。
 そして、感じる。
 私の中に在る、大きな熱い塊。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 涙がとめどもなくあふれ出す。
 身体が痙攣する。
 ぜんぜん、気持ちよくなんてない。
 どうしてなんだろう。
 セックスって、気持ちいいもののはずなのに。
 ひとりエッチだって、パパに弄られたり舐められたりするのだって、すごく気持ちいいのに、どうして肝心のセックスだけは、こんなに痛いんだろう。
 涙が止まらない。
 パパが少しでも動くたびに、悲鳴が上がる。
 今にも、壊れてしまいそう。
 身体が引き裂かれて、ばらばらになってしまいそう。
 どうして、こんなに痛いんだろう。
 これはきっと、いけないことだから痛いのだ。
 そう、想った。
 いけないことをしたら、パパママに叱られる。叩かれることだってある。
 叩かれるのは、痛い。
 それは、罰だから。
 いけないことをしたら、痛い罰を受けなきゃならないから。
 きっと、それと同じだ。
 まだ子供なのに、セックスした。
 キンシンソウカンなのに、セックスした。
 ママに内緒で、パパとセックスした。
 それは、とてもいけないこと。
 いけないことをしているから、これは罰なのだ。
 だから、気持ちいいはずのセックスが、叩かれるよりも痛い。
 だけど、我慢しなきゃいけない。
 いけないことをしたら、罰を受けなきゃならないから。
「あぁっ……あぁぁぁ――――っ!?」
 脚をつかまれて、うつぶせにひっくり返された。
 パパに貫かれたままなので、おまんこが捩れるみたい。また、新たな痛みが走る。
 そのまま、身体を起こされる。ベッドに座ったパパに、背後から抱っこされているような体勢だ。
「ほら、見てごらん」
 パパが身体の向きを変えると、壁際に置いてあった姿見を真正面から見る形になった。
「……ぁ…………」
 大きな鏡に、パパと私が映っている。
 パパに抱きかかえられて、おちんちんが、私のおまんこを貫いているのがはっきりと見えた。
 信じられない光景だった。
 大人のパパと子供の私では、やっぱり、身体の大きさの釣り合いが取れていない。
 太い杭が突き刺さっているみたいだ。ひと筋の血が、その印象をさらに強めていた。
「見えるか? パパと莉鈴がひとつにつながって、セックスしてるんだよ」
「…………う、ん」
 それは、目を背けたくなるようなグロテスクな光景だった。
 なのに私は瞬きすらできずに、鏡に映った〈莉鈴〉を見つめていた。
 腰に腕を回して、私の身体を揺さぶるパパ。
 涙と悲鳴を溢れさせる私。
 その動きが、だんだん激しくなっていく。

 この日も、夜まで、何度もセックスした。
 晩ごはんは、大好きなお寿司の出前を取ってくれた。
 夜は、また一緒にお風呂に入って、その後はセックスはしなかったけれど、裸のまま私のベッドで一緒に寝て、眠くなるまで、弄られたり、弄ったりしていた。


 次の日は、昨日よりは早くに目が覚めた。
 身体の調子も昨日よりはよくて、ちゃんとテーブルで朝食を食べた。
 外はいい天気で、今日はドライブに行こうとパパが言った。
 おまんこはまだ痛かったけれど、昨日ほどではなくて、なんとか外出することもできそうだった。
 家にいるよりはいいかもしれない。
 家にいたら、また、パパとセックスすることになってしまう。
 したい、という気持ちもないわけでなかったけれど、やっぱり痛いのはいやだし、怖かった。
 パパが選んでくれた可愛い服を着て、うんとおしゃれして車でお出かけ。
 伊豆方面へ、海を見ながらドライブ。
 パパの運転はすごくスピードを出すので少し怖いけれど、セックスよりは怖くなかった。
 海が見えるレストランで昼食。デザートのケーキがすごく美味しかった。
 この頃になると身体の調子もずいぶんよくなっていて、綺麗な海辺で少し水遊びをした。
 だけど、その後連れていかれたのは〈ラヴホテル〉という場所だった。
 そこはセックスするための場所で、もちろん、またパパとセックスした。
 やっぱり痛くて、泣いてしまったけれど、どういうわけか、昨日ほどには怖くなかった。


 次の日は、遊園地へ行った。
 これまで怖くて乗れなかったジェットコースターにも、パパと一緒に乗った。
 やっぱり怖かったけれど、でも、あまり怖くない。もっと怖いこと、痛いことを経験したんだから、それに比べたら平気だ、と想った。
 一日中、いっぱい遊んで、最後は観覧車に乗ってふたりきりになったところで、キスして、セックスはしなかったけれど、触られたり、触ったり、舐めたり、少しだけエッチなことをした。
 莉鈴よりもう少し大きな恋人たちは、観覧車に乗るとこういうことをするんだって言っていた。
 パパと恋人同士みたいで、少し嬉しかった。
 遊園地を出た時にはもう暗くなっていて、晩ごはんを食べて家に帰った。
 その夜は、私のベッドでセックスした。
 昨日よりも、少し、気持ちいいような気がした。


 そうして、ママが留守の間、パパと私は毎日セックスした。
 やっぱり痛かったけれど、回数を重ねるごとに、怖いとかいやだとかはあまり感じなくなってきいった。
 本物のセックスの前に、弄ったり、弄られたり、舐められたり、舐めたりすること――〈ゼンギ〉っていうんだってパパが教えてくれた――はとても気持ちよかった。
 この数日間、たくさん、エッチなことを教わった。たくさん、エッチなことをされた。
 ローターやバイヴといった、いわゆる〈大人のオモチャ〉で責められたり。
 ロープで縛られたり。
 首輪や手錠を着けられたり。
 蝋燭とか。
 パパが見ている前での排泄とか。
 フェラチオのやり方もずいぶん上手になったように思うし、お尻でのセックスだって経験した。
 そうしたことの意味を正しく理解するようになったのはもう少し後のことで、この時はただ、言われるままに受け入れていただけでしかない。
 これらの行為の多くは痛くて、恥ずかしくて、だけど、少し気持ちよかった。

 ママが帰ってくるまで、ずっとそんな毎日だった。
 パパはいろいろなところに連れていってくれて。
 服とか、おもちゃとか、いっぱい買ってくれて。
 美味しいものをたくさん食べさせてくれて。
 そして、いけないことをいっぱい教わった。
 家にいる時は、セックスしていなくても、ほとんどの時間を裸でくっついて過ごした。
 いけないことだとわかってはいても、そうした時間はけっして不快なものではなかった。
 ひとつ不思議だったのは、一度も「ママには内緒」と言われなかったことだろうか。もっとも、注意されるまでもなく、ママに話すつもりなんてなかった。人に話しちゃいけないことだということはわかっていた。
 早くママが帰ってきて欲しいと思ったけれど、帰ってきて欲しくない気もしていた。
 ママが家にいれば、もう、いけないことをしなくてもいい。痛いセックスをされることもなくなる。
 逆にいえば、ママがいると、もう、パパとセックスできなくなってしまう。
 セックス、したくない。
 セックス、したい。
 常に、相反する想いを胸に抱いていた。
 エッチなことをするパパは、怖くて、少し嫌い。だけど、優しくて、大好き。
 セックスは痛くていやだけれど、ただいやなだけじゃない。それに、セックス以外のエッチなことには、痛くなくて気持ちのいいこともたくさんある。
 したい。
 したくない。
 どちらが本心なのか、自分でもわからない。
 ママが帰ってきたら、どうなるんだろう。
 すごく、不安だった。
 ママが帰ってくる日、パパと一緒に空港まで迎えにいった。
 久しぶりにママの顔を見た時には、心臓が破裂しそうだった。
 だけど、ママを抱きしめるパパの様子は普段とまったく変わらなかった。
 ママも、なにも気づいた様子はなく、楽しそうに旅行の話をして、たくさんのおみやげを私に持たせてくれた。
 私も、自分で思っていたよりもずっと普通に、ママと接していた。
 少なくとも表向きは、我が家に〈日常〉が戻ってきた。
 だけどそれはあくまでも表向きのことで、実際には、もうけっして元通りには戻れないことも理解していた。


 ママが帰ってきた日の夜――
 それは、久しぶりにひとりきりの夜だった。
 この一週間、毎晩パパと一緒に裸で抱き合って眠っていたのだ。ひとりでパジャマを着てベッドに入っていることに、違和感を覚えてしまう。
 ずっとそれが当たり前のことだったのに、今ではもう遠い過去のことのように思えた。
 だから、だろうか。
 夜中になっても寝つけなかった。
 普段なら、もうとっくに眠りに落ちている時刻なのに、まるで眠くならない。
 むしろ、目が冴えてくるようだ。
 そして、身体が火照ってくる。
 気持ちが昂ってくる。
 考えてみれば、それも当たり前のことだ。
 なにしろ夜は、〈セックスの時間〉なのだから。
 昼間にたくさんした日は、夜はセックスしないこともあったけれど、それでも裸で抱き合って、キスしたり、弄られたり、弄ったり、舐めたり、舐められたり、エッチなことをしていた。
 毎晩、そうだった。
 だから、夜になると身体が想い出してしまう。
 エッチなことの気持ちよさ。
 その、忌まわしさ。
 ふたつの感覚が、同時に甦ってくる。
 どちらにしても、心穏やかに眠れるような感覚ではない。
「ん……」
 ベッドの中で何度も寝返りをうつ。
 いつも寝ているベッドが、今夜に限って妙に広く感じた。
 久しぶりの、ひとりの夜。
 毎晩、ここで、パパと一緒に寝ていた。
 ここで、パパとセックスしていた。
 ここは、パパとエッチなことをする場所だった。
 シーツをなでる。まだ、パパの温もりが残っているような気がした。
 いつまでも眠くならない。
 今日だって、ママを迎えにいくぎりぎりまでエッチなことをしていて、疲れているはずなのに。
 だけど、眠れない。寝返りをうつたびに、目は冴えていく一方だ。
 身体が熱くなって、汗ばんでくる。
 下着の中が、湿ってくる。
 無意識のうちに、手がパジャマの中に潜り込んでいく。
 初めはパンツの上から割れ目を弄っていた指は、すぐにパンツの中に入ってきた。
 直に触れる。
 そこはいやらしい涎を垂らして、ひくひくと痙攣していた。
 指先が触れただけで、身体が震える。
 気持ち、よかった。
 以前のひとりエッチとは桁が違う快感だった。
 なのに、だからこそ、もっと気持ちよくなりたいと思ってしまう。
 パジャマの下も、パンツも、脱ぎ捨ててしまう。今の私には、服なんて邪魔なだけだった。
 下半身が裸になった状態で、脚をいっぱいに開く。
 パパとセックスしていた時のことを想い出して、触れる。
 涎を垂らしている小さな口に、指を挿れていく。
「んっ……ぁっ、ぁ……っ」
 思わず、声が漏れた。
 指が、濡れた粘膜に包まれる。中はすごく熱くなっていた。
 私の指一本でもいっぱいになるような、狭い膣。ここにパパが入っていたなんて、信じられない。
 だけど、それが現実。
 毎日、毎日。
 何度も、何度も。
 この小さなおまんこに挿れられて。
 激しくこすられて。
 たくさん、シャセイされた。
 すごく痛くて、毎回、泣いてしまって。
 だけど、なんだか気持ちよくて。
 私の中がいっぱいに満たされている、って感覚だった。
 そうしたことを想い出しながら、指を動かす。
 溢れ出た蜜が、くちゅくちゅといやらしい音を立てている。
 指が締めつけられている。本当に、指一本でもきついくらいだ。
 たぶん、無理すれば指二本くらいは挿れられるだろう。だけど、それはきっと痛いに違いない。
 一本でも、根元まで挿れると少し痛い。だけど、それ以上に気持ちいい。
 ほんの一週間前までは、指を奥まで挿れるなんて考えられなかったのに、〈女〉になってしまった身体は、膣内への異物の挿入を悦んでいた。。
 狭い膣が、指をきゅうっと締めつけてくる。
 中は熱く火照っていて、ぬるぬるに濡れている。
 ここにおちんちんを挿れてこすることが、パパにとってはなによりも気持ちのいいことなのだそうだ。
 私にとっては、それは痛くて泣いてしまう行為なのだけれど、それでも、心底いやなのかというと、それは違う。
 キンシンソウカンはいけないこと。
 子供がセックスするのもいけないこと。
 ぜんぜん、気持ちよくない。
 身体が引き裂かれそうで、痛くて泣いてしまう。
 なのに――
 いやか、と訊かれれば、うなずくことを躊躇ってしまう。
 すごく痛くてやめて欲しいのに、心の奥底で「ずっとこのままでいたい」と想っている。
 それは言葉ではうまく言い表せない、不思議な感覚だった。
 おちんちんを挿れられることに比べると、指で弄られたり、舐められたりするのは、本当に気持ちいい。
 それだっていけないことなのだけれど、大好きだ。
 自分で弄るのなんか、比べものにならない。
 だけど、自分で弄るのも、以前より気持ちよく感じるような気がする。
 考えてみれば、自分でするのも久しぶりだ。
 この一週間、ずっとパパと一緒だった。
 ずっとパパに弄られていた。
 ひとりエッチなんて、もう長い間していなかったように感じてしまう。その間に、ひとりエッチのやり方もずいぶん変わってしまっていた。
 以前だったら、指を挿れるなんて考えられなかった。せいぜい、第一関節まででちょっとくすぐってみるくらいのものだ。
 そもそも、直に触れることだって少なかった。パンツの上から指を押しつけてこすり、割れ目やクリトリスを刺激するのが普通だった。
 だけど今は、指一本だけとはいえ、根元まで挿入している。
 以前なら、痛くてとても無理だった。
 今は、相変わらず痛いものの、ちゃんと膣の奥まで指を挿れている。痛くても、気持ちいい。こうした方が充実感がある。
 それが、この一週間での、私の身体の変化だった。以前の自分とは明らかに違っていた。
 パパにされるみたいに激しく動かすと痛いけれど、ゆっくり動かしていると、少し痛くて、とても気持ちいい。そのわずかな痛みさえ、気持ちいいと感じてしまう。
「あ……っ、あぁ……っ、ぁん……っ、あぁっ!」
 ある時は前後に往復するように、ある時は円を描くように、膣の中で一定のリズムで蠢く指。
 無意識のうちに、それに合わせて動いてしまう腰。
 半開きの口からは甘い声が漏れる。
 はしたないと思っても、抑えられない。
「あぁっ、ぁんっ! あぁんっ、あんっ! あぁんっ!」
 毎日、パパにされていたことを想い出しながら、自分を慰める。
 だんだん、指の動きが速くなっていく。
 速く動かしすぎて、痛みも覚える。
 だけど、気持ちいい。
 興奮してくると、少し痛いくらいの方が気持ちよくなってしまう。
 気持ちいいからこそ、もっと気持ちよくなりたくて、さらに激しく指を動かしてしまう。
 連鎖反応が止まらない。
 夢中になって指を動かす。
 夢中になって腰を動かす。
 おまんこから突き上げてくる快感に意識を集中する。
「あぁぁっ、あぁぁんっ! ぱ……っ、パパぁっ! パパぁ――っ! あぁぁぁ――――っっ!!」
 悲鳴が上がる。
 頭の中が真っ白になる。
 なんの支えもなしに宙に放り出されたような浮遊感を覚える。
 この感覚、知ってる。
 〈ゼッチョウ〉とか〈イク〉っていう、いちばん気持ちのいい瞬間。
 パパといけないことをして、何度も、何度も、こうなった。
 この一瞬があるから、いけないことだとわかっていてもやめられない。
 全身が強張る。
 おまんこの中がひくひくと蠢いている。
 やがて、身体が痺れるような快感は消え去って、身体から力が抜けていく。
 胸が空っぽになるまで、大きく息を吐き出す。
 そこで、はっと我に返って口をつぐんだ。
 今、すごく大きな声を出してしまったのではないだろうか。
 パパやママに聞こえてしまったかもしれない。
 どきどきする胸を手で押さえ、息をひそめて耳をそばだてる。
 新と静まり返った、真夜中の家の中。
 なんの物音も聞こえない。

 …………いや。

 かすかな音が、鼓膜を震わせた。
 ほんのかすかに聞こえた、人の声のような音。
 聴覚にすべての意識を集中する。
「……ぁ……ゃ……ぁぁ……」
 かすかに、しかし確かに聞こえる。
 高い、女の人の声。
 テレビじゃなければママの声しかありえないけれど、聞き慣れたいつもの声とは違う。
 甲高くて、甘くて、だけど泣いているような声。

 どくん!

 頭で理解するより先に、鼓動が大きくなった。
 その声がなにを意味しているのか、すぐに思い当たった。
 一週間前の私だったら、わからなかっただろう。だけど、今はわかる。
 そういう、声。
 どくん、どくん。
 鼓動が速くなる。
 緊張して、唾を飲み込んだ。
 そぅっと、ベッドから降りる。
 足音を殺して、部屋のドアのところまで行く。
 音を立てないように細心の注意を払って、そぅっと、そぅっと、ドアを開ける。
 頭だけを突き出して、耳を澄ます。
 今度は、かなりはっきり聞こえた。
「あぁぁっ! あぁんっ! あぁっ、あなたぁっっ!」
 間違いなく、ママの声だった。
 パパとママの寝室の方から聞こえてくる。
「――――っ!」
 心臓が大きく脈打った。
 この、声。
 考えられることは、ひとつしかありえない。
 セックス、している。
 パパと、ママが。
 今、この瞬間。
 少し離れた、寝室で。
 セックス、しているのだ。
 どくん、どくん。
 鼓動が、耳に聞こえそうなほどに激しくなっている。
 胸を押さえて、小さく深呼吸する。
 慎重に、忍び足で廊下に出た。
 手探りで、摺り足で、そぅっと、そぅっと、足音を立てないように歩いていく。
「あぁぁぁっっ!! そこっ、そこぉぉっ!」
 声が、だんだん大きくなってくる。
 リビングを越えて、寝室が近づいてくる。
 深夜の暗闇の中、うっすらと見えてくる細い光の筋。
 一瞬、脚が止まる。
 目を細めて見つめ、寝室のドアがかすかに開いているのだと気がついた。中は灯りがついているようだ。
 ここからは、さらに慎重に進んでいく。
 寝室のドアにたどり着く。
 ドアの隙間に目を当てて、中を覗いた。
「――――っ」
 そこにあったのは予想通りの光景だったのに、思わず息を呑んでしまった。
 パパとママが、セックス、していた。
 大きなベッドの上に、ふたりが裸でいる。
 ママは紅いロープで身体を縛られていた。私もされたことがある、〈キッコウシバリ〉とかいうエッチな縛り方だ。
 ただでさえ大きなママの胸が、上下にロープが喰い込むことでさらに強調されていた。
 そして、目隠しされている。
 視力も、身体の自由も奪われたママの上に覆いかぶさって、脚をつかんで激しく腰を打ちつけているのはパパだ。
 ママの身体が揺れる。
 それに合わせて、ロープで絞り上げられた大きな胸が、ぶるんぶるんと揺れる。
 私の平らな胸とはまるで違う。
 腰が打ちつけられるたびに、ママが悲鳴を上げる。
「ひぁぁぁっ! パパぁぁっ!! やぁぁぁぁっ! だっだめぇぇぇぇっ!! いぃっ! いくぅっ、いくぅぅぅ――っ!!」
 口を大きく開いて、涎を撒き散らし、泡さえ吹いている。
 普段の、綺麗なママの面影はどこにもない。髪を振り乱して、狂ったように叫んでいる。
 パパは、身体全体を叩きつけるようにしてママを犯している。私とセックスしている時とはぜんぜん違う、激しい、乱暴な動きだった。
 大きなおちんちんが、根元までママのおまんこの中に突き入れられる。
 次の瞬間、ぎりぎりまで引き抜かれる。
 間髪いれず、また打ちつけられる。
 私とセックスする時、パパのおちんちんは半分くらいしか中に入らず、それでも泣くほど痛いのに、今は、一ミリも余さずにママの身体の中に突き入れられている。
 激しく突かれるたびに、ママは顔をゆがめて、狂ったように泣き叫んでいる。
 その姿は一見、とても辛そうに、とても苦しそうに見える。
 だけど、違う。
 私にもわかる。
 辛いんじゃない。苦しいんじゃない。
 気持ち、いいんだ。
 気が狂いそうになるくらい、気持ちよすぎるんだ。
 これが、大人のセックス。
 これが、本当のセックス。
 これに比べたら、私がしていることなんて、セックスの真似事でしかない。おままごとのようなものだ。
 それでさえ、私にとっては激しすぎて、痛くて泣いてしまうというのに。
 ママは、おかしくなるほど気持ちよくなって、自分から、さらに激しく腰を振っている。
 すごく激しくて、いやらしい行為が繰り広げられている。
 私はその光景に見入っていた。
 目の前で繰り広げられている痴態に、興奮していた。
 いつの間にか、手が、自分の身体に触れていた。ひとりエッチをしていた時のまま、パジャマの下もパンツもはいてない、ボタンの外れたパジャマの上着を羽織っただけの姿で、おまんこに触れていた。
 すごく、濡れていた。
 エッチな蜜があふれ出て、内腿を濡らしていた。
 全身に汗をかいて、激しくママを犯しているパパ。
 その動きに合わせるように、指が動いてしまう。
 声が漏れそうになる。さっき、自分の部屋でしていた時よりももっと気持ちいい。
「……っ!」
 不意に、パパがこちらを見た。
 目が、合った。
 全身が強張る。
 覗いていたのがばれてしまった。
 怒られてしまう、と緊張する。
 だけどパパは、悪戯っ子のようににやっと笑うと、人差し指を唇に当てた。
 静かにして見ていなさい、と声に出さずに言っているようだった。
 そうして、ママの身体をつかんで少し向きを変える。ふたりがつながっている部分が、私の位置からさらに見やすくなった。
 こっそり覗いていたことを、怒っていない。むしろ、私に見せようとしている。
 私は、もっとよく見えるようにと、ドアを開けた。音が立たないように気をつけてはいたけれど、絶え間なく悲鳴を上げているママには多少の物音は聞こえなかっただろう。
 数センチだったドアの隙間が、数十センチになる。
 そのまま見ていなさいとでも言うように、パパが小さくなずいた。
 ママは、私が見ていることなんてまったく気づいていない。パパのおちんちんを突き入れられて、動物のように、狂ったように、悲鳴を上げて悶えている。
 ベッドの上で弾むママの身体を、パパはうつぶせにひっくり返した。
 傍らに置いてあった、おちんちんの形をした〈大人のオモチャ〉を手に取る。
 そうした〈オモチャ〉は私も何度も挿れられたけれど、私が経験したものよりもずっと大きい。長さも太さも、本物のパパのおちんちんと変わらないくらいだ。
 比べてみると、私が挿れられていたのは〈子供用〉にしか見えない。もちろん、本来は子供に使うべきものではないのだけれど。
「――!」
 パパは激しく腰を打ちつけながら、手にした〈オモチャ〉の先端を、ママのお尻に押しつけた。
「あぁぁっっ! いやぁぁぁ――っっ!! あぁぁぁぁ――――っ!」
 機械のおちんちんが、お尻の穴を押し拡げ、中にめり込んでいく。
 ママが大きく仰け反る。
 太さも、長さも、とてもお尻に入るとは思えないサイズなのに、それはすんなりと根元まで埋まっていった。
 信じられない。
 私も、お尻のセックスは経験した。
 おまんこ以上にきつくて、痛くて、苦しかった。
 〈オモチャ〉でも犯された。
 だけどそれは、ママのお尻を貫いているものよりふたまわりは小さかった。
 そんなに大きなものでお尻を犯されているのに、おまんこも同時に貫かれているのに、ママは苦しむどころか、快楽で悶え狂っている。
 もう、息も絶え絶えという様子だ。
 前も、後ろも、激しく抜き挿しされている。私だったら、お尻やおまんこが裂け、お腹が突き破られるのではないかという勢いだった。
 身体をいっぱいに仰け反らせて。
 全身、汗まみれで。
 口から泡を吹いて。
 おまんこからも飛沫を飛び散らせて。
「あぁぁっっ、あがぁぁっっ! いやぁっ、いやぁぁぅっ! あぁぁっ、ひぃぁぁぁっ、あぁぁっ、も、もっとぉっ! もっとぉぉ――っ! あぁぁぁぁぁ――――っっ!!」
 耳が痛いほどに絶叫している。
「――――――っっっ!!」
 最後はもう、声にならなくて。
 手足がびくびくと痙攣して。
 突然、スイッチが切れたようにがくっと突っ伏して、そのまま動かなくなってしまった。
 ママの身体は糸の切れた操り人形のように、ぐったりと横たわった。
 十秒間ほどそのままの体勢を続けて、やがて、パパがゆっくりと離れた。
 ぬらぬらと濡れたおちんちんが、ママの中から引き抜かれる。パパの精液か、それとも泡だった愛液か、白く濁った粘液が流れ出してくる。
 お尻の〈オモチャ〉はそのままだ。
 パパはベッドに座って大きく息をつくと、私に向かって手招きした。
 呆然と見つめていた私は、その手に操られるように、ゆっくりと寝室の中に脚を進めた。足音を立てないように気をつけて、ベッドのすぐ脇に立った。
 ママはぐったりとして、ぴくりとも動かない。完全に気を失っているようだ。
 全身が汗で濡れている。
 だらしなく開いた唇からは、涎が泡になってあふれている。
 おまんこからも、シーツが染みになるほどの愛液が流れ出している。
 目隠しをされて縛られているから、物音を立てない限りは目を覚ましても私がいることは気づかないだろう。
「覗き見なんて、いけない子だな」
 パパは悪戯っ子のような笑みでささやくと、私の頭に手を置いて乱暴になでた。
 私は真っ赤になってうつむいてしまう。
 いまさらのように気がついた。パパとママのセックスに興奮して、思わず自分で弄っていたけれど、もちろんそれはパパに見られていたのだ。
「覗き見して、しかも、こんなに濡れてるなんて」
 パパの手が、下半身に移動する。
 脚の間に手が入ってくる。
 エッチな蜜を滴らせているおまんこに触られてしまう。
「――っ!」
 身体がびくっと震えた。
 まるで電流が流れたような、痛いほどの感覚だった。
 一瞬遅れて、それは痛みなどではなく、気が遠くなるほどの快感なのだと気がついた。痛いと錯覚するほどの強い刺激だった。
 思わず声を上げそうになって、慌てて口を押さえる。
 触れられた時の、びちゃっという感覚。ありえないくらいに濡れていた。
 パパの腕に抱き寄せられ、隣に座らせられる。
 肩を抱かれて、キス、される。
 もう一方の手に、おまんこを弄られる。
 くちゅくちゅといやらしい音が聞こえてくる。
「ん……っ、ぅ、ん……っ」
 キスで唇がふさがれていなければ、声を上げていたところだった。
「莉鈴はエッチな子だな。パパとママのセックスを見て、興奮したのか?」
「ん、んぅ……」
 キスしながら、こくん、と小さくうなずく。
 恥ずかしさと気持ちよさで、顔が熱くなる。耳まで真っ赤になってしまう。
「んん……っ、く、ぅぅぅ……ん……」
 指が、入ってくる。
 さっきまで挿れていた自分の指よりも、ずっと長くて、太い指。
 膣のいちばん深い部分まで届いてしまう。
 指一本でも、やっぱり、痛い。
 だけど、すごく濡れているせいか、とても気持ちいい。
 自分の部屋でひとりエッチしていた時よりも、パパとママのセックスを見ながらひとりエッチしていた時よりも、もっともっと気持ちいい。
 おまんこを弄られながら、顔中にキスされる。
 キスされるだけでも、震えるほどに気持ちよかった。
「セックス、するか?」
 パパの質問に、反射的にこくんとうなずいた。
 頭で考えるよりも先に、身体が勝手に反応していた。
 パパが覆いかぶさってくる。
 ベッドに押し倒される。
 失神しているママに寄り添うように、横たえられる。
 パパの身体が重なってくる。パパの重みを感じる。
 小さな私にとっては、押し潰されそうな重みだ。だけどどういうわけか、その重みが嬉しく感じてしまう。
 私の中で、指が蠢いている。
 二本の指でおまんこを拡げられている。
 パパの指が二本だと、すごい挿入感がある。指一本の時よりも格段に〈挿れられている〉って感じがする。
 すごく、痛い。
 だけど……いい。
 さらに濡れてくるのがわかる。
 まだ未熟な膣がほぐされていく。
 気休め程度の違いとはいえ、こうしてもらった方が、挿入の時の痛みが少しだけ和らぐ。
「んぅぅ……んっ、くぅ、んっ!」
 パパが、パパのおちんちんが、入ってくる。
 必死に声を抑えようとしても、抑えきれない。
 口を押さえた手の隙間から、呻き声が漏れた。
「……っ、――――っ!!」
 小さな入口に押し込まれていく。
 狭い通路が強引に引き延ばされ、拡げられていく。
 大きな、熱い塊が、ねじ込まれてくる。
 身体の中に、埋まっていく。
 外部から、異物が身体の中に入ってくる。
 この一週間、もう数え切れないくらいに経験したことなのに、まだ慣れることができない。
 下半身が引き裂かれていくような感覚。
 おぞましいような異物感。
 言葉にならない、全身に鳥肌が立つような違和感。
 痛い。
 やっぱり、痛い。
 涙が溢れ、こぼれ落ちる。
 だけどパパの侵入は止まらない。
 ずぶずぶと埋まっていく。
 痛みが、お腹の奥へと進んでくる。
「――っっ!!」
 奥に、突き当たった。
 声にならない悲鳴が上がる。
「ん……っ、んっ、ぅん……っ!」
 一度動きを止めたパパの分身が、私の中で動きはじめる。
 それは、私にとっては痛くて泣くほどの激しい刺激だ。
 だけど、実際にはかなりゆっくりとした優しい動きなのだろう。さっき、ママとしていた時とは、動きの大きさも速さもまるで違う。軽いジョギングと短距離の全力疾走よりも大きな差だ。
 それなのに、ママは気が狂いそうなほどに感じていて、気持ちよすぎて失神してしまった。
 対して私は、痛くて泣いていて、苦痛のために気を失ってしまいそうになっている。
 私とママでは、ぜんぜん違う。
 パパとママがしていたことが本物のセックスなら、私がしているこれは、やっぱり子供のおままごとでしかない。
 そのおままごとみたいなセックスですら痛くて泣いてしまっているという、本当に子供でしかない私なのだ。
 とはいえ。
 その痛みが、最初の頃ほどいやじゃなくなっている、ような気がする。気のせいかもしれないけれど。
 いつかこれが、もっとはっきりした〈快感〉に変わるのだろうか。
 ……いや。
 それでは、だめだ。
 痛くなくてはだめだ。
 私がしているのは、〈いけないこと〉なのだから。
 罰は、痛くなくてはならない。
 痛くなければ、罰にならない。
 だけど、パパは気持ちよさそうに腰を動かしている。
 気持ち、いいのだろうか。
 ママとする時とはぜんぜん違う、ゆっくりと小さな、優しい動きなのに、感じているのだろうか。
 あんな風に激しくしなくても、パパは気持ちよくなるのだろうか。
「ん……パ、パ……気持ち、いいの?」
 痛みで悲鳴を上げないように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ああ、すっごく気持ちいいよ」
 優しい答えが、嬉しい答えが、耳元でささやかれる。
 その言葉は、私を安心させる。
 だけど。
「……莉鈴とママと……どっちが、気持ちいいの?」
 気がつくと、そんな問いを口にしていた。
 考えるよりも先に、唇が勝手に動いていた。
 言ってしまってから、こんなことを訊いてはいけないのだと気がついた。
 だけどパパは、優しい笑みを浮かべてキスしてくれる。
「莉鈴の方が、ずっと気持ちいいよ」
 その言葉が耳をくすぐった時、身体の奥で、なにか熱いものが弾けたような気がした。
 訊いちゃいけないことだ、と想ったばかりなのに、また、いけないことを訊いてしまう。
「……ママより、気持ちいいの?」
「ぜんぜん、比べ物にならないよ。莉鈴のおまんこは世界一気持ちいい」
「ほ……、ホント、に?」
「パパが莉鈴に嘘ついたことあるか?」
 ……ない。
 嬉しかった。
 身体が、心が、弾けるほどに嬉しかった。
 ちらりと、隣で寝ているママを見た。
 身体の中から湧き上がってくる、熱い感情。それは、ママに対する優越感だろうか。
「どうしたんだ? いきなりそんなこと訊いたりして」
「…………べ、別に」
「パパが、ママとセックスしていたから、やきもち妬いたのかな?」
 人差し指が、私の頬をつつく。
 図星、なのかもしれない。
 パパとママがセックスしているのを見たときに感じた、どろどろとした感情の正体。
 自分ではよくわかっていなかった想い。
 〈やきもち〉なんて感情、言葉としては知っていても、これまではっきりと自覚したことはない。
 これが、〈やきもち〉なのだろうか。
 人生経験豊富なパパの方が、よくわかっているのかもしれない。
「……どうして、そんな風に思うの?」
「パパとママがセックスしているのを見ていた時、莉鈴は、怒ってるような、すごく怖い顔してた」
「…………」
 気がつかなかった。
 ぜんぜん、自覚していなかった。
 だけど、パパは見ていたのだ。
 どうして、だろう。
 どうして、パパとママがセックスしているのを見て、怒らなければならないのだろう。
 答えは、ひとつしかない。
「お、おかしい……よね。パパとママが仲よくしているのに、やきもち妬くなんて……」
 おかしい、はずだ。
 家族が仲よくしているのは、本来は嬉しいことのはずだ。
「いいんだよ。それだけ、莉鈴はパパのことが大好きってことなんだから。パパだって、莉鈴が他の男の子と仲よくしてたらやきもち妬くぞ」
「……そ、そう、なの?」
 どうしてだろう。パパの言葉が、嬉しい。ような気がする。
 だから、こう言った。
「莉鈴は、他の男の子と仲よくなんてしないもん。パパが、いちばん好きだもん」
 力いっぱい、ぎゅうっとしがみつく。
 腕に力を入れたせいで、下半身にも力が入ってしまい、おまんこの痛みが増す。
 だけど、かまわない。
 それも、嬉しい。
 パパも、しっかりと私を抱きしめてくれる。
 痛いくらいに。
 苦しいくらいに。
 だけど、気持ちいい。
 自分がしているのが、いけないことだって、わかっている。
 パパとセックスすること。
 ママにやきもち妬くこと。
 ママより気持ちいいって言われて喜ぶこと。
 全部、いけないこと。
 だけど、とっても嬉しいこと。
「ぁっ……パパ……ぁあっ、大好きっ!」
 そんな叫びと同時に、おまんこのいちばん深い部分に、熱い精液がほとばしった。
 私の身体から、力が抜けていく。
 だけど、おちんちんは引き抜かれない。
 私の中に入ったまま。
 パパと、つながったまま。
 それが、嬉しい。
 ぼやけた視界にママが映る。
 気を失って、ぐったりとした姿のママ。
 きっと私も同じように、力なく横たわっているのだろう。
 だけど、ひとつ、大きな違い。
 私は、パパと、つながっている。
 そのことが嬉しくて、口元に笑みが浮かんだ。


 その後も、ずっと、そんな関係が続いた。
 ママの目を盗んで、パパと私はセックスした。
 ママは夜の仕事。パパは曜日も時間も不規則な仕事。そして、私は小学生。
 その気になれば、ふたりきりになるチャンスはいくらでも作れる。
 特に金曜日や土曜日は、パパはできるだけ早くに帰ってくるようにしたようだ。ママが出勤する夕方から、帰ってくる夜中過ぎまで、たくさん、エッチなことをした。
 学校が休みの日に、パパは仕事だと嘘をついて、外でこっそり待ち合わせたりもした。
 もちろん、それがいけないことだとわかってはいた。
 だから、自分から誘ったことは一度もない。ただ、パパの誘いに小さくうなずいていただけだ。
 とはいえ、パパにエッチなことをされるのを、期待していなかったといったら嘘になる。しかし逆に、多少は怯えていたというのも本心だ。
 気持ちいいこと。
 嬉しいこと。
 したいこと。
 痛いこと。
 いけないこと。
 したくないこと。
 常に、想いは揺らいでいた。

 あの夜以来、パパはママとセックスする時、必ず、寝室のドアを少し開けるようになっていた。
 何度も、ふたりのセックスを覗き見た。
 そして、見るたびに不愉快な気持ちになった。
 不愉快なのに、見ずにはいられなかった。
 そんな夜は、ママが眠った後、パパは必ず私のところに来た。
 私のベッドでセックスしたこともあったし、眠っているママの隣でしたこともあった。
 パパは必ず、莉鈴の方が可愛い、莉鈴の方が気持ちいい、莉鈴の方が好き、と言ってくれた。
 それが、嬉しかった。
 だけど、嬉しいと想うのもいけないことだとわかってはいた。

 回数を重ねるごとに、私も、少しずつ、セックスが気持ちよくなっていった。
 パパの、私に対する責めも、だんだん激しくなっていった。
 痛いことは痛いけれど、〈痛み〉は少しずつ小さくなっていって、反比例するように〈気持ちいい〉の部分がどんどん大きくなっていった。
 いけないこと、いやらしいことを、たくさん教えられた。
 パパを気持ちよくしてあげるために、エッチなことをたくさん勉強し、練習した。
 莉鈴はセックスが上手だ、と褒められるのが嬉しかった。

 初めてパパ以外の男とセックスしたのも、この頃、パパの命令によるものだった。
 パパと同世代のその相手が、どういう知り合いなのかはわからない。パパはお気に入りの宝物を自慢する男の子のように、裸にした私を見せびらかして、犯させた。
 もちろん、パパが見ている前で、だ。
 パパ以外の相手とセックスするなんて、すごくいやだった。
 すごく、気持ち悪かった。
 泣きたかった。
 だけど、〈クスリ〉をたくさん飲まされていたせいか、それともパパに見られていたせいか、いやだったのにすごく気持ちよくなってしまった。
 している最中、パパは笑って見ていたけれど、後でふたりきりになった時、すごく怒られた。パパ以外の男で感じるいやらしい子だって、いっぱいお仕置きされた。
 だけど、その、痛いお仕置きがなぜか気持ちよかった。
 そして、お仕置きの後にいっぱいいっぱいセックスしてくれた。それが、すごく嬉しかった。

 パパとママが離婚したのは、それから一年くらい後、私が六年生の時だ。
 少し前から、ふたりの間がなんとなくぎこちないのは子供心にも感じていて、パパが、ママと仲よくしないことが、内心嬉しかった。
 離婚の理由は知らない。詳しくは訊かなかった。
 単に性格の不一致か、お互いに飽きたのか、それともどちらかの浮気が原因かもしれない。
 パパは私とセックスしていたし、他の女の人とも関係を持っていた。
 ママにも、パパ以外の男がいたらしい。
 少なくとも、パパと私の関係が直接の原因ではないようだった。
 結局、ママはなにも知らないままだったのか、それともなんとなく感づいてはいたのか、それすら知らない。いまだに訊いたこともない。

 離婚の時、パパについていかずにママと一緒に暮らすことになった理由はいろいろだ。
 まず第一に、この頃さらに仕事が忙しくなって、月の半分は家に帰らないようなパパが、小学生の娘とふたりで暮らすのは現実的ではないという理由。
 高校生の今ならともかく、小学生の娘をひとりきりで家に残すなんて、私を溺愛しているからこそしたくなかっただろう。
 対してママは、夜の仕事ではあっても、ほぼ毎晩家に帰ってくる。
 そしてママにとって、私は金づるでもあった。私と暮らすなら、このマンションをそのままママ名義に変え、養育費も充分に出す、というのがパパの提案だった。
 ママが私を愛していたのかどうかは知らない。当時はおそらく、普通の母親程度には愛していたのだろう。その上、私を引き取ることによる経済的負担がないどころか、むしろ収入が増えるくらいなのだから、引き取らない理由はない。
 どちらかといえばママは積極的に私を引き取りたがり、パパはそうではなかった。そのことについてまったく傷つかなかったといえば嘘になるけれど、パパの考えは頭では理解できていた。
 それにパパは、マンションと養育費と引き換えに、好きな時に莉鈴と会わせること――パパの家に泊まることも含めて――という条件を飲ませていたから、多分、パパと逢ってエッチなことをする頻度は、今とそう変わらないはずだった。
 そして最終的に、決めたのは私自身だった。
 自分の意思で、パパではなく、ママと暮らすことを選んだ。
 いや、正確には〈ママと暮らすことを選んだ〉のではない。〈パパと暮らすことを選ばなかった〉というのが正しい。ママと暮らすというのは、消去法の結果だ。
 あえてママを〈選ぶ〉なんてありえない。この頃の私にとって、ママは〈恋敵〉だったのだから。とはいえ、それ以外の点では決してママのことが嫌いではなかったけれど。
 パパと一緒に暮らしたい、という想いはもちろんあった。
 だけど、パパと一緒に暮らすのは怖くもあった。
 パパとセックスするのはいけないことなのに、まったく歯止めがきかなくなりそうで怖かった。
 ママがそばにいるからこそ、いけないことだと認識できる。多少なりとも控えることができる。
 それがなくなった時、自分がどうなってしまうのか怖かった。
 それが、パパと暮らさなかった第一の理由。
 もうひとつの理由は、パパが仕事で留守がちだからだ。
 パパとふたりで暮らしているのに、パパがいない夜が続くなんて寂し過ぎる。そんなの耐えられない。一緒に暮らしていないのなら、仕方ないと諦めもつく。
 しかし逆に、そんな風に想う自分もいやだった。
 そうしたいくつかの理由により、私はママと一緒に暮らし、パパとは時々逢うという生活を選択した。

 パパにも内緒で、自分の意思でパパ以外の男とセックスするようになったのは、その少し後からだった。
 それが、パパのいない寂しさを紛らわすためなのか、パパに、あるいはママに対するあてつけなのか、それとも単に肉体的な欲求を満たしたかっただけなのかはよくわからない。
 言葉にして説明できない衝動に駆られての行動だった。
 それが、いけないことだとはわかっていた。
 だからこそ、そうしたかった。

 両親が離婚した後も、パパとは頻繁に逢い、一緒に暮らしていた頃とさほど変わらない頻度でセックスを繰り返していた。
 そうして、身体はどんどん開発され、大人以上に感じるようになっていった。
 パパの責めもどんどん激しくなっていって、やがて、以前のママよりも激しく犯されるようになった。
 たくさん、たくさん、パパとセックスした。
 だけど、一度もその行為を無条件に受け入れることはできなかった。
 常に、罪悪感がつきまとっていた。
 私がしているのは、いけないこと。
 まだ子供なのに、セックスして。
 しかも、相手は実の父親で。
 そして、母親には嫉妬して。
 パパに内緒で他の男とセックスして。
 お金ももらって。
 ゆきずりの相手ともセックスして。
 アダルトビデオにも出演して。
 学校では教師を誘惑して。
 それは全部、いけないこと。
 罪悪感のないセックスなんて、一度も経験したことはなかった。
 そんなものは、知らない。
 罪悪感こそが、私にとってのセックスだった。
 それだけを求めていた。
 セックスは、私の、罪の象徴だった。


「……そうして、こんな、頭のおかしいヤリマン女ができあがりましたとさ」
 自嘲めいた笑みを浮かべる。
 ずいぶん長い話になってしまった。
 ここまで詳しく子供の頃の話をしたのは初めてだった。
 木野にはなにも話していないし、遠藤にも、ただ父親と肉体関係を持っているとしか話したことはない。
 実をいうともうひとつ、まだ話していない大きな事件があるのだけれど、もう、それを話すまでもないだろう。
 これだけ話せばもう充分だ。
 早瀬にとっては、これだけでも許容量を超えた話だったろう。
 話している最中にDVDは終わっていて、早瀬は固まったまま、なにも言えずにいた。
 その強張った表情からは、なにを想っているのかは読み取れなかった。

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