第七章

 その日は珍しく、平日ではなく週末に例の〈パパ〉と待ち合わせをしていた。
 夏休みの一ヶ月の放置をさすがに反省したのか、たまたま仕事がひと段落ついて時間があったのか、あの後、二度目のデートだった。
 昨夜の電話では、なにやら『ちょっと、いつもと違う趣向を用意してるから』などと言っていたけれど、いったいどんなことを考えているのだろう。
 いつも、これ以上はないというくらいに乱暴なこと、激しいこと、アブノーマルなことをされているのだ。「いつもと違う趣向」などと言われても、すぐに思いつくことはない。
 普段あまりやらないこと。考えられるとしたら〈パパ〉と私以外の、第三者の介入だろうか。
 しかし複数の男を相手にすることも、日常とまではいえないものの、ことさら珍しいわけでもない。
 さて、いったいなにが待ち受けているのだろう。
 期待と不安と恐怖心が入り混じった複雑な想いを抱いて、指定された待ち合わせ場所に赴いた。
 いつもの、〈パパ〉の車が停まっている。
 その横に立つ〈パパ〉。
 そして――

 〈パパ〉の隣には〈ネコ〉がいた。

 見知らぬ、初対面の相手だ。
 身長は私と大差ないけれど、もっと、あどけない顔をしていた。明らかに年下だ。おそらく、中学の一〜二年生くらいだろう。
 あまり特徴のない、見覚えのない学校のセーラー服を着ている。
 髪は明るい茶色で、やや短めのくせっ毛。
 顔には、満腹している仔猫を思わせる笑み。
 頭の上には茶トラ柄のネコ耳。
 スカートの下からは、同じ柄の長い尻尾が伸びている。
 そして、首にはオレンジ色の首輪。
 これではどう見ても、〈ネコ〉としかいいようがない。
「……この子は?」
「最近飼いはじめた仔猫。可愛いだろ?」
 やっぱり〈ネコ〉のようだ。
 〈パパ〉の言う通り、見た目は可愛らしい。
 つまり、今日の趣向はやっぱり3Pなのだろう。
 確かにこれは珍しいパターンだった。三人目が女性であることも、しかもそれが年下であることも。
 〈パパ〉はけっしてロリコンではない。単に、守備範囲がすごく広いだけで、大人の女性も普通に相手にしている。
 もちろん、関係を持っている中高生が私だけのはずもないけれど、それを私の前に連れてくることは珍しかった。
 その〈ネコ〉の方に視線を向ける。
 彼女はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「初めまして、おねーさま。みーこでぇーす」
 仔猫は、高い、甘ったるい声で名乗った。本名か愛称か、名前も猫っぽい。
 私の正面に立って小さく首を傾げると、
「うわー、写真で見たのより、もっともっとびっじーん!」
 いきなり、抱きついてきた。
「髪きれー! ウェストなんかみーこよりほっそいしー、脚はこんなに長いしー」
 いちいち私の顔に、髪に、腰に、そして脚に触れながら、感嘆の声をあげる。その様子は社交辞令などではなく、本気で感動しているようだった。
「しかもしかもしかもっ! こんなにほっそいのにー、背もみーこと変わんないのにー、胸がこんなにこんなにおっきいなんてずるいっ! うわー、ふっかふかだぁー!」
 ぐりぐりと擦りつけるように、胸に顔を埋めてくる。
 手で胸の膨らみを寄せて、自分の顔を挟み込む。
 なんだか、幸せそうな表情だ。
 私は呆気にとられて〈パパ〉を見た。
「…………なに、この子?」
「莉鈴の写真を見せたら、ひと目で気に入ったらしくて。ぜひ会わせろって」
 〈パパ〉も苦笑している。ここまでの反応は予想を超えていたのかもしれない。
「……はぁ」
 曖昧な返事を返す。
 〈パパ〉といる時は、それほど無表情でも無機的でもないけれど、このみーことやらはこれまで関わったことのないタイプで、どう反応すればいいものかわからなかった。
 普段から同性や同世代との関わりが薄い私だ。無条件に好意を寄せてくる同性なんて、遠藤や木野レベルでも対応に困るのに、これは難易度が高い。
「こんな素敵なおねーさま、パパが独り占めなんてずるいもん!」
 ぷぅっと頬を膨らませるみーこ。
 やきもちのベクトルが間違ってはいないだろうか。この子は〈パパ〉の援交相手だろうに。
「……で、その〈おねーさま〉ってのはなに?」
 みーこを引き離そうと悪戦苦闘しながら訊く。
 私はもちろんひとりっ子で、姉も妹もいない。〈パパ〉の隠し子というのはありそうな話だけれど、ふたりの間に血のつながりがあるようには見えない。
「だってだって、みーこのほうが年下だから、おねーさま」
 ぎゅっとしがみついたまま答える。小柄なのにかなりの力だ。そしてスッポン並みにしつこい。
「…………なるほど」
 とりあえず、この子が〈パパ〉の〈愛玩動物〉であることに間違いはあるまい。
 視線を〈パパ〉に向ける。
「…………すると、今日はこの子も一緒に?」
「ああ、いやか?」
「……別に、構わないけど」
 〈パパ〉のセックスの対象が私以外に何人もいるのは知っているし、そうした女性を交えた3Pの経験もある。ただし、これは初めて見るタイプだった。
「うわーい、今日はよろしくお願いしまーす!」
 にぎやかな子だ。しかも、いちいち抱きついてくる。
 〈パパ〉と一緒の時の私は、学校にいる時とは違って普通に話もするし笑いもする。それでも、どちらかといえば陰性の雰囲気をまとっていることは否めない。この子は、そんな私とは真逆だった。
 中学生の身でこの〈パパ〉と肉体関係を持ちながら、けれどまったく悪びれた様子もなく、心底、楽しんでいる様子だ。
 常に嫌悪感と罪悪感に苛まれている私とは違う。
 性格の違いだろうか。
 それともみーこのこの姿も、単なるポーズに過ぎないのだろうか。
 楽しそうに、私の胸に顔を埋めている。
「……この子って……これが素? こーゆーキャラを作ってるの? それとも……もうラリってる?」
 〈パパ〉にだけ聞こえるように、小さな声で訊いた。
「……素、みたいだな」
 笑って答える〈パパ〉。
 〈パパ〉にとっても、みーこのようなタイプは珍しいのだろう。セックスの対象の女の子というよりも、可愛らしい珍獣でも見ているような表情だった。
 小さな声で訊いてくる。
「……平気か?」
 こくん、とうなずく。
 人見知りで、他人と接することを好まない性格をわかっているから、いちおう気遣っているのだろう。
 本当に気遣うのなら事前に了解を得て欲しいところではあるけれど、そうしたら間違いなく断わっていたはずだ。〈パパ〉もそれがわかっているから、予告なしでみーこを連れてきたのだろう。
 しかし、あまりにも珍しいタイプのせいでどう反応していいのかわからないせいか、あるいはみーこの好意が〈パパ〉よりも私に向けられているせいか、いつものような強い〈拒絶反応〉は感じられなかった。
 今の精神状態であれば、〈パパ〉が悦ぶのなら3Pくらいは構わない。
「じゃあ、行こうか」
 〈パパ〉の手が、私に首輪をつける。
 これでもう、どんなことを強要されても逆らうことはできない。
「みーこ、行くぞ」
 胸に顔を埋めたまま離れようとしないみーこの頭を小突き、首輪をつかんで引きはがす。
「これからたっぷりできるんだから、まず車に乗れ」
 渋々、という態度で離れるみーこ。それでも手は握ったままだ。
 私を引っ張り込むようにして車の後部座席に乗せ、その隣に自分が座ると同時に、またくっついてきた。
 シートの上で押し倒される。
 小さな身体が覆いかぶさってくる。
 そして、唇が重ねられた。
「――っ!?」
 いきなりのことに目を見開く。
 口移しで流し込まれる液体。濃厚な甘みと微かな苦み――〈パパ〉とのデートではおなじみの味――が口の中に広がっていく。
 喉が、そして胃が、熱くなってくる。
 一度離れるみーこ。
 また、なにかを口に含む。
 そして、また、キスしてくる。
 小さなカプセルを口移しで飲まされる。
「……って、なんでいちいちキス?」
「おねーさまがきれーだからでーす!」
 答えになっているような、いないような、微妙な回答。本当に、私の理解を超えた子だ。
「……と、ゆーことでぇ、これ、おねーさまの分」
 車内に置いてあった紙袋から取り出したのは、みーこが着けているのと同じような、ネコ耳のカチューシャだった。
 ただし茶トラのみーことは違い、艶やかな黒毛。
「やっぱり、おねーさまは黒猫ですよねっ」
 そう言って私の頭に着ける。
「パパもそう思うよね?」
「そうだな、よく似合ってる」
 運転席からそんな声が返ってくる。
 ルームミラーに映る〈パパ〉の顔は、それこそ、じゃれ合う仔猫の姉妹を見るような笑みだった。
 これではなにも言えない。
 みーこが、手鏡を取り出して私に向ける。
 長い艶やかな黒髪に、同じ色合いの黒いネコ耳。耳の中だけが淡いピンク色。
 クールビューティー系ネコ耳美少女。確かに、こういうのが好きな男にはたまらない姿かもしれない。
 いや、こういうのが好きなのは男とは限らない。みーこも大喜びだ。
 はしゃいで、さらに紙袋をかき回している。
「そしてぇー、仕上げはこれ!」
 次に出てきたのは、耳とお揃いの、黒くて長い尻尾だった。
 確かに、耳と尻尾はこうしたコスプレで対になるものだろう。しかし、私は目を見開いた。
「……みーこのそれって……クリップかなにかで留めてるんじゃなかったんだ?」
 にんまりとした笑みのVサインは、肯定の意味だろうか。
「はーい、みーこの中に入ってまーす」
 みーこが持っている尻尾の根元の部分は、無毛で、大きなビー玉をいくつもつなげたような形をしていた。
 それは、太めのアナルバイヴだった。みーこのお尻の中にもそれが挿入されているのだろう。
 もしかして、みーこのハイテンションはそのためだろうか……などと思ってしまう。
「おねーさまにもつけてあげまーす。お尻をこっちに向けてくださいね」
 にーっこり。
 これ以上はない、というくらいの極上の笑顔だった。
「……いや……みーこ……あのね?」
 これまで、様々な陵辱を受け入れてきた私とはいえ、初対面の年下の女の子に、平然とアナルバイヴを挿れてもらえるかといえば、否だ。ましてやそれが好意によるものであればなおさらのこと。
 〈同性〉と〈好意〉という点でハードルが高い。むしろ、男に強要されるのであれば平然と受け入れられるだろう。
 これは初めての経験だった。人付き合いが苦手な私としては、戸惑いが隠せない。
「ちょっ……パパ、いいの? こんなことさせておいて」
 みーこは私のスカートをまくり上げ、パンツを脱がそうとしている。いちおう抵抗しながら〈パパ〉に助けを求めた。
 ルームミラーに映る顔が、小さくうなずく。その、笑いを堪えているような顔を見て、抗えなくなってしまった。
「…………わかった。……みーこ、お願い」
 諦めの溜息をつく。
 後部座席で身体を小さく丸め、お尻をみーこに向けた。
「……ひゃんっ!?」
 スカートの中に潜り込んできたみーこの手が、お尻を撫でまわす。
 さらに、パンツの上から割れ目に指を押しつけてくる。二度、三度。触り心地を確かめるように。
 下着が下ろされ、完全に脱がされてしまう。
 みーこの手がお尻の双丘をつかんで拡げる。
「……やっ……だっ! ちょ……っ!」
 小さくはないアナルバイヴを挿入するのだから、ローションを塗られることは予想していた。
 だけど、まさか。
 いきなり舐められるとは。
「んんっ……ん……んくぅ……」
 ただ唾液を塗って濡らそうというのではない。それは明らかな愛撫だった。
 みーこの舌先が、窄まりをこじ開けて潜り込んでくる。
 同時に、指が、割れ目の中を滑る。
 その動きにはまるでぎこちなさがない。ずいぶんと慣れた雰囲気だ。的確に、気持ちのいいところを刺激している。
「も……しかして、みーこって……そっちの人?」
「そっち、って?」
「女の子が好きなの、ってこと」
 いくら〈パパ〉に調教されていたとしても、それだけではこの手慣れた動きは説明できない。
 私と会ってからのみーこの言動を考えれば、単に人懐っこいだけではなく、〈女好き〉なのではないかと思えてしまう。
「ぴんぽーん!」
 できれば否定して欲しかったところだけれど、返ってきたのは必要以上に元気な肯定の声。
 そして、尻尾の根元が押しつけられる。
「ン……っ」
 じわじわと、入ってくる。
「男の人は、パパが初めてでぇ……ちょっと怖かったけど、勇気を出してよかった。パパにしてもらうのも気持ちいいし、その上、こんな素敵なおねーさまができたんだもの」
 まったく屈託のない声。
 なんだか頭痛がしてきた。
 いったい、どういう経緯で〈パパ〉と知り合ったのだろう。後で、じっくり聞いてみたい気がした。
 そうしている間にも、アナルバイヴはどんどん侵入してくる。
「んっ……んくっ……ぁ……んんっ!」
 深く、深く。
 お尻の穴を、そして直腸を、内側から拡げていく。
 奥まで入ってきて、毛の部分がお尻に触れる。
 挿入具合を確かめるように、根元をつかんで動かすみーこ。
 思わず唇を噛む。
「気持ちいいですかー?」
 尻尾を揺するように動かしながら、お尻に頬ずりしてくる。その場所に、キス。最初は軽く。次に、キスマークが残るくらいに強く吸われる。
 本当に、同性に触れるのが好きなのだと納得してしまう。
「ぁんっ……あっ……んっ、あんっ!」
「おねーさま、すっごい濡れてますよー」
 割れ目の中を探るように、指先を滑らせてくる。いちばん敏感な部分で、小刻みに震わせる。
 意志とは無関係に、身体が痙攣する。
「お尻、大好きなんですねー」
「や……」
 それは〈クスリ〉のせいだと言いたいところだけれど、それ抜きにしてもお尻が感じやすいのは事実だ。〈パパ〉にさんざん開発されてしまった身体は、どこでも、なにをされても感じてしまうけれど、実をいうと、その中でも前後同時責めにはかなり弱かった。
 お尻にキスしていたみーこの唇が、その下の小さな割れ目へと移動する。
 尻尾の根元をつかんで小刻みに震わせながら、溢れ出している蜜を啜る。
「ゃ……んんん――っっ!」
 指も入ってくる。細い、私よりも短い指だけれど、それでも感じてしまう。
 膣と、クリトリスの同時責め。そこへ尻尾によるお尻への刺激が加わり、さらに舌が這い回る。
 子供のくせに、執拗な責め。
 私の声が大きくなるにつれて、指が二本、三本と増えていく。
 車がホテルに着くまでに、私は何回かの絶頂を迎えてしまっていた。


 〈クスリ〉のせいか、それともみーこのテクニックのせいか、腰が抜けて自分の脚では立てなくなっていて、車から部屋まではパパに抱きかかえられて運んでもらった。
 ベッドに寝かされ、服を脱がされてブラジャーを外され、ソックスだけの姿にされる。
 さらに手枷をはめられ、短い鎖で首輪とつながれた。
 と同時に、満面の笑みを浮かべたみーこが飛びつくように襲いかかってきた。
 顔中くまなく、そして首筋や胸元にも、キスの雨を降らせてくる。
「ひゃっ……ぁんっ、ふぁ……やっ! んん……」
「うわっうわっうわーっ、おねーさまのカラダ、すっごいキレー!」
 鼻息も荒く、胸に、お腹に、太腿に、次々とキスマークをつけていく。
 特に胸への攻撃は執拗で、痛いくらいに吸われてしまう。白い肌に、朱い楕円の印がいくつも刻まれる。その数は胸だけでも二桁に達しているだろう。
 さすがに口が疲れたのか、一度離れて大きく息をついたみーこは、自分も服を脱ぎはじめた。
 年齢のせいか、それとも体質的なものか、胸は小さかった。みーこと同じ年齢だった頃の私よりもずっと小ぶりだ。
 もしかすると、胸にこだわるのはそのためかもしれない。身長はさほど変わらないのに、胸のサイズはまるで違うのだ。
 みーこは全体的に、幼児体型とでもいうのだろうか。胸や腰は私より細く、ウェストはやや太く、凹凸の少ない子供っぽい身体つきをしていた。
 そんな女の子が、お尻から尻尾を生やしている姿というのも淫猥な光景だった。あの尻尾は〈パパ〉とみーこ、どちらの趣味なのだろう。
 これまで〈パパ〉にはお尻もさんざん開発されてきたけれど、尻尾は今日が初体験だから、案外みーこの趣味なのかもしれない。
 パンツも脱いで全裸になるみーこ。
 その下腹部はさすがに無毛ではなく、ごく淡いヘアが狭い範囲を覆っていた。しかし陰毛は短くて柔らかそうで、その茂みはまだ大人のものではなかった。
 ベッドの上に戻ってきて、私の脚を開かせる。
「うわぁー、おねーさまってホントにパイパンなんだー。きれー、いいなぁ……」
 うっとりとした表情で、股間に顔を埋めてくる。本来ならヘアが生えているべき部分に唇を押しつけ、そこにもキスマークをつけていく。
 指は、割れ目の中に滑り込んでくる。
「あぁぁっ! あんっ! あ……ぁんっ! あっっ!」
 やっぱりみーこはけっこう巧い。責めどころが的確だ。女同士のセックスにはかなり慣れているのだろうか。
 私も人のことはいえないけれど、この年齢で、いったいどんな人生を送ってきたのか、少し気になってしまう。
 もちろん、経験豊富で百戦錬磨の〈パパ〉には及ばないとしても、テクニックで劣る分は、若さにまかせた勢いで補っていた。
「ど、れ、に、し、よ、お、か、な?」
 ベッドの上に並べた、大きさも形状も様々なローターやバイヴを、楽しそうに選んでいる。
 そこからローターのひとつを手に取り、スイッチを入れて私の割れ目に当ててきた。
「……あぅんっ! あぁぁっ!!」
 びくん!
 身体が大きく痙攣する。
「すっごいびんかーん。もう溢れてるー」
 震えるローターが、クリトリスに触れるか触れないかという微妙な力加減。腰を動かして逃れようとしても、あるいは逆に強く押しつけようとしても、うまくその距離を保ち続けて、気持ちいいけど焦れったいという責めに執拗にこだわっている。
 その様子は本当に楽しそうだ。
 演技ではなしに、ここまで楽しそうにセックスする女の子を直に見るのは初めてだった。自分とのギャップに戸惑ってしまう。
 世の中にはそんな女の子はいっぱいいるのかもしれないけれど、とにかく、自分が〈楽しむ〉ためにセックスをしているわけではない、むしろ逆だから、その心情は理解しがたい。
 そういえば〈パパ〉はなにをしているのか……と見ると、ビデオカメラを構えて私たちに向けていた。
 〈パパ〉に写真やビデオを撮られるのはいつものことだ。夏休み明けのあの激しい責めも、いつの間にかビデオに録られていて、前回逢った時に、これ以上はないくらいに乱れた自分の痴態を見せられてしまった。
「……莉鈴、もしかして勘違いしてた? ひょっとして、今日の趣旨って……パパが莉鈴とみーこを弄んで、ふたりがかりでサービスさせようっていうんじゃなくて……」
「みーこが莉鈴を弄ぶところを鑑賞して楽しもう、だな。もちろん、パパも後で参加するけど。ふたりともすっごく可愛いぞ」
 壁の大きな鏡に視線を移すと、ネコ耳コスプレのロリータ美少女がふたり、ベッドの上で絡み合っていた。
 ひとりはロリ巨乳。
 ひとりはつるぺた。
 そして、つるぺた年下攻め。
 なかなか、マニア好みの映像だ。
 しかも、この、つるぺたネコ耳ロリ少女がやたらと巧い。
「あぁっ……やんっ、あ……ぁぁっ! あっあっ……っ」
 最強にしたローターを、今度は強く押し当ててくる。じんじんと痺れるような振動が、クリトリスから胎内へと浸透して、おしっこが出そうな感覚に襲われる。
 さらに、指を中に挿れてくる。あまり深くない部分の膣壁に指を押しつけ、ローターに負けずに指先を震わせる。
 内と外からのふたつの刺激が、絶妙に重なり合う。
「えーいっ! いっちゃえ――っ!」
「――――っっ! あぁぁぁ――っ!!」
 目の前が真っ白に染まる。
 腕や脚の筋肉が攣りそうなほどに強張る。
 二度、三度、身体が弾む。
 快楽の波が立て続けに押し寄せて、身体の中から、熱い液体が噴き出してくる。
 ようやく落ち着いて目を開けると、みーこが覗きこんでいた。その顔がぐっしょりと濡れている。
「やっぱり感じやすーい。潮吹きなんてしちゃって、可愛いなぁ、もう。みーこ、経験ないんですよねー。なにか、コツとかあります?」
 顔を拭って、その手を舐める。
 その姿はまさしく、顔を洗う猫。明日は雨だろうか、とぼんやり想う。
「みーこが巧いから……じゃない?」
 力のない声で答える。
 少し喜ばせてやるつもりだったけれど、この子の性格を考えたら失敗だったかもしれない。
「えへへー、みーこ、巧いですかぁ? じゃあ、もっともっとがんばっちゃいまーす!」
 満足するどころか、さらにやる気にさせてしまった。
 嬉々として、また私の身体に手を伸ばしてくる。
「や……!? んんっ! ぁんっ!」
 クリトリスを責めるのに使っていたローターを、膣の中に押し込んできた。
 続いて手に取ったのは、両端が挿入できる形状の、いわゆる双頭バイヴ。それもかなり大きめのものだった。
「ちょっと大きいけど、おねーさま大丈夫かなぁ?」
 心配をするくらいならそんなもの使うな、というつっこみはするだけ無駄なのだろう。
 もちろん、私は慣れているから大丈夫だ。少なくとも、早瀬のものよりは小さい。むしろ、みーこが大丈夫か気になるところだ。早瀬サイズだったら、みーこに挿れるのは不可能ではないかと思ってしまう。
「じゃあ、挿れますよー」
 入口に押し当ててくる。
 ゆっくりと、小刻みに震わせるようにしながら挿入してくる。
「んっ……おっき……ぃ」
 早瀬や〈パパ〉のように一気に貫かれる場合、その衝撃にただ悲鳴をあげるだけだけれど、こうしてゆっくり挿れられると、かえってその大きさを実感してしまう。
 じわじわと侵入してくるバイヴ。
 サイズ的には〈受け入れられるけれど、ちょっと痛い〉くらい。しかも膣内にはローターがひとつ入ったままで、それが奥に押しつけられて、子宮に振動が伝わってくる。
「あ……ぁぁ……んんんっ! あっ……くぅぅん! あぁぁっ!」
 いちばん奥まで押し込まれる。
 中をかき混ぜるように動かしつつ、ゆっくりと抜き挿しされる。
 膣内で、ローターが転がされる。ローターだけ、バイヴだけとはまた違った感覚で、時折、予想もしていなかった部分が刺激されて驚いてしまう。
「ひゃっ……あぁっ、……ぁんっ、あんっ、あぁぁっ! んぁんっ、あぁぁっ!」
 だんだん、動きが加速してくる。
 じゅぶじゅぶと音を立てて、溢れ出た蜜が泡立つ。
 腰が、勝手に動いてしまう。
 下半身が弾み、ベッドのスプリングが軋む。
 尻尾もつかまれ、前のバイヴと同調するように動かされる。
 中で、何度も何度も擦れ合う。
「いぃ……いぃぃっ、そこっ! やぁぁっっ! またっ! あぁぁぁっっ! あぁぁぁぁぁっっ!!」
 早くも、私は二度目の絶頂を迎えてしまった。


「……ぁ……ぁぁ、んっ」
 下半身が、すごく敏感になっていた。意志とは無関係にびくびくと痙攣を繰り返している。
 なのにみーこは手を止めようとはしない。
「……ちょ……休憩……」
「だぁーめ。もう一回」
「やぁっ……んっ」
 深々と私を貫いているバイヴが動かされる。
 そこへ割り込んでくる、〈パパ〉の声。
「みーこ、お姉ちゃんとひとつになりなさい」
「はぁーい」
 素直にうなずき、双頭バイヴの反対側を自分にあてがう。
 そこは、私同様に蜜を溢れさせていた。みーこも〈クスリ〉は飲んでいるし、同性好きの彼女が私にあれだけのことをして、興奮していないわけがない。
「ん……ぁ……んっ これ……ホントに……おっき……」
 眉間に皺を寄せ、少し苦しそうな、だけど気持ちよさそうな顔。
 腰を突き出して、少しずつ、自分の中にバイヴを埋めていく。
 私より年下で、しかも同性愛者ということであれば、男性器状のものを挿入した経験も少ないだろう。そんな彼女には少々きついと思われるサイズだ。
 それでも、躊躇わずに押し込んでいく。
 大きなバイヴの先端が、じわじわと、みーこの子供っぽい割れ目を押し開いて、中へと埋まっていく。
 やがて行き止まりまで達したのか、動きを止めて、切なげな吐息を漏らした。
 やっぱり、まだ〈挿入〉には不慣れなのかもしれない。
 それでも、ぎこちなく腰を前後させはじめる。
「んっ、……ぁぅんっ」
 慣れない刺激に、唇を噛んでいる。
 だけど、気持ちよさそうでもある。
「んっ……んくっ……ぅんっ…………ん、はぁ……んっ、くぅぅん……」
 切なそうで、痛そうで。
 なのに、この状況を楽しんでいる様子だった。
「ぁんっ、あんっ……あぁんっ、……あぁっ! あんっ! あぁんっ!」
 私は、もっと素直に感じていた。
 みーこの動きがぎこちない分、かえって単調にならず、常に新鮮な刺激を与えてくれる。
 強すぎず、しかし優しすぎず、いい感じで私を貫いている。
 お尻の中の尻尾と、膣の中のバイヴが擦れ合う。
 この感じ、悪くない。
 感じてしまう。
 相手が同性だからだろうか。男を相手にしている時の、自分の身体を引き裂きたくなるような罪悪感や嫌悪感がない。
 そういえば、遠藤とした時もそうだった。
 もしかすると私は、同性相手の方が向いているのかもしれない――楽しむという意味では。
 だけど、楽しむためのセックスなどしたくない。楽しくない方が、セックスしているという実感がある。
 今日のこれは、みーことのセックスが主題ではなく、あくまでも〈パパ〉とのセックスの一部だ。みーことのレズプレイは、それを盛り上げるための演出、前菜のようなもの。そう思えば受け入れられる。
 みーこは相変わらず、ぎこちないながらも頑張っている。
 お互いに、どんどん昂ってくる。
 もう、ほどなく達してしまいそうだ。
 だけど――
 このまま簡単にいってしまっていいものだろうか。
 年上なのに。
 〈おねーさま〉なのに。
 経験豊富なのに。
 年下のみーこに責められっぱなしというのはどうだろう。
 ここらで少し、年長者の威厳というものを見せた方がいいのではないだろうか。
 手が使えないので少し苦労したけれど、腹筋の力で身体を起こした。代わりに、みーこが後ろに倒れる。
「んみゃんっ!?」
 倒れた時の膣への刺激が強かったのか、変な悲鳴を上げた。
「おねーさまぁ……」
「……今度は、私の番」
 ぐぃっと腰を突き出す。
「ひゃぁぁんっ!」
 小さな身体が仰け反る。
 みーこが主導権を握っていた時よりも、少しだけ激しく、少しだけ乱暴に、腰を前後に揺すった。
「あっ……くっんんっ……あんっ、おね……さまぁっ!」
「あんっ……あぁん、あっ、あんっ!」
 ふたつの甘い声が重なる。
 声がだんだん大きく、だんだん高くなっていく。
 それでもやっぱり、私の方が余裕がある。
 もう、為す術もなく悶えているみーこと、自分のコントロール下で感じている私。
 みーこの反応を窺いながら、彼女がよりいっそう感じるように、動きを工夫する。
 このまま、いかせてしまおう。
 ついでに、自分もいってしまおう。
 しかし、そう思ったところに、割り込んでくる存在があった。
「……んぁっ!?」
 みーこを責めるのに夢中になっていたところに、いきなり、背後から胸をつかまれた。
 〈パパ〉が私の身体に腕を回している。
 みーこと重ねるように、身体が前に倒される。
「あっっ……んぁんっ!」
 尻尾をつかまれ、小刻みに揺すられる。〈前〉との相乗効果で、快感が脊髄を貫いていく。
「パ……パ……っ!」
 ゆっくりと、尻尾が引き抜かれる。
 窄まっていく穴に、ローションが垂らされる。
 〈パパ〉の分身が押し当てられる。
「んん……っ! あっ……ぁぁんっ!」
 尻尾よりも太いものが侵入してくる。
 尻尾でほぐされていたから、挿入はスムーズだった。
 挿入と同時に襲ってきたのは、純粋な快感。
 括約筋が押し開かれていく感覚に、意識が遠くなる。
 だけど、前後同時の激しい刺激が失神を許してくれない。
 みーことつながっている膣のバイヴと、お尻を貫いている〈パパ〉のペニス。前も後ろも引き裂かれそうなほどに拡げられて、中で擦れ合っている。
 この感覚、たまらない。
「あぁぁっっ! あっ……あっ……あぁっ、あっ! あぁぁっっ!」
 〈パパ〉が加わったことで、動きは一気に激しくなった。ここまでの、女の子ふたりだけのセックスとは比べものにならない。
「やぁぁっ! ……だめっ! や……い、た……っ! あぁんっ!」
 〈パパ〉が、私のお尻を乱暴に犯す。
 私の身体を通して、その動きがみーこに伝わる。双頭バイヴを経由して、幼い性器を陵辱している。
 痛そうな表情のみーこだけれど、その声にはやっぱり鼻にかかった甘さがあった。
 お尻に〈パパ〉の指が喰い込んでくる。激しく突かれる。深く、深く、どんどん奥に入ってくる。
 みーこに負担をかけないようにすると、自分への刺激が強くなりすぎる。自分を守ろうとすれば、その分みーこに負担をかけてしまう。結局のところ、平等に分け合うしかない。
 重なり合う、ふたつの小さな身体。
 ベッドの上でシンクロするように弾む。
 その動きが、だんだん大きくなってくる。
「ぁあぁぁぁぁ――――っっ!!」
「ふひゃぁぁぁぁんっっ!!」
 最後は示し合わせたように、ふたり同時に達してしまった。


「……あ…………」
 ぼんやりと目を開く。
 しばらく、気を失っていたようだ。
 お尻を犯されて達してしまった後も、〈パパ〉とみーこのふたりがかりでさんざん弄ばれた。
 縛られて、手脚を拘束されて。
 口を、性器を、お尻を、何度も何度も犯されて。
 数え切れないくらいいかされて、ついに力尽きて失神してしまったらしい。
 みーこがいるせいで、苦痛をほとんどともなわない、純粋な快楽の嵐だった。
「んっ……んくぅんっ……んっ、んふぅんっ……くぅぅんっ!」
 苦しそうな、なのに嬉しそうな、鼻にかかった甘い声が耳をくすぐる。
 のろのろと視線を動かすと、隣で、後ろ手に縛られて俯せにされたみーこが、〈パパ〉に背後からのしかかられるような形で犯されていた。
 小さなお尻に腰が打ちつけられるたびに、華奢な身体が大きく揺さぶられている。
 目には涙が溢れているけれど、それでも快感に喘いでいる。
 まだまだ開発途中のみーこが相手だからか、私とする時よりもいくらか優しい動きだった。〈パパ〉が手加減するなんて、珍しい光景だ。
 みーこも、一年も経てば私のようになってしまうのだろうか。
 そんなことを考えながら、甘い声で啜り泣くみーこをぼんやりと見つめる。
 この時、心の奥底に生じた想いに気づいたのは、しばらく後になってからだった。


 帰りは、やや遠回りになった。
 ホテルからは私の家の方が近かったのに、〈パパ〉はまずみーこを送って、それからまた私の住む街に引き返したのだ。
 そんな心遣いが、少し嬉しかった。
 今日はここまで、〈パパ〉とゆっくり話す機会もなかったから、〈パパ〉とふたりになれるのは嬉しい。もっとも、普段ふたりきりの時だって〈する〉のに忙しくて、それほど会話をしているわけでもないのだけれど。
 それでもやっぱり、ふたりきりというのは違う。
「今日、どうだった?」
 みーこを降ろしてふたりになったところで〈パパ〉が訊いてくる。私の〈耳〉に唇を寄せてささやくように。
 私の頭には、黒いネコ耳が着けっぱなしだった。〈パパ〉から「外していい」とは言われてないし、みーこも車を降りるまでずっと着けていたから、外すきっかけがなかったのだ。
 結局、みーこが耳を着けていない姿は見ていない。もしかすると、普段からずっとあの姿で生活しているのかもしれない。さすがに、尻尾は外していたけれど。
「……けっこう……楽しかった、けど」
「けど?」
「……あの子のテンションに付き合ってると、後からどっと精神的疲労が」
 時間が短めだったこともあり、前回、前々回などに比べれば、肉体的なダメージはたいしたことがない。〈パパ〉の責めの一部をみーこが負担してくれたおかげもある。
 その分、みーこからも責められたわけだけれど、〈パパ〉に比べればダメージが残るほどの激しさはない。
「はは……確かに」
 〈パパ〉が苦笑する。
「……怒ってないか?」
「どうして?」
 視線を運転席に向けると、〈パパ〉は少しがっかりしたような雰囲気だった。
 その表情を見れば、みーこを連れてきた意図は明白だ。みーこにねだられたから、などではない。
「……みーこを連れてきたから、莉鈴が嫉妬すると思った?」
「はっきり口に出さなくても、もう少し不機嫌になるかと期待してたんだがな」
「……残念でした」
 小さく舌を出す。
 そのくらいお見通しだ。〈パパ〉の期待通りの反応なんて、してあげない。
「むしろ、パパの方が妬いたんじゃない? 莉鈴がみーこと仲よくして、気持ちよさそうにしてたから」
 ふふん、と挑発的に笑う。
「少し、な。莉鈴、けっこう本気になってたんじゃないか?」
「ふふ……ちょっと……ね。女の子同士って、けっこうイイかも。すっごい感じちゃった」
 うっとりとした表情を作る。
 対して〈パパ〉は不機嫌そうな顔になる。もちろん、こちらもポーズだけれど。
 その耳元に唇を寄せる。
「……莉鈴が妬かなかった本当の理由、わかってる?」
「妬くほど、パパのことが好きじゃない?」
 無神経な発言に怒っている意思表示として、耳たぶを軽く噛んでやる。そして、ぺろっと舐める。
 大切な秘密を打ち明けるように、唇が微かに触れる距離でそっとささやいた。
「みーこがどんなに可愛くたって、パパがいちばん愛してるのは莉鈴だって知ってるもの。見え透いた手で妬かせようとしても無駄」
 言われた〈パパ〉も口元をほころばせる。
「莉鈴はなんでもお見通しなんだな」
「当然。パパのこと、大好きだもの」
 そのまま、頬に軽くキスしてから体勢を戻した。
 車は駅前の繁華街にさしかかるところだった。
「あ……パパ、今日は駅前でいい、ここで降ろして。本屋、寄っていきたいから」
 そう言った次の交差点を過ぎたところで、車が道路の端に寄って停まる。
「すぐにすむ用事なら、待っててやってもいいぞ?」
「ううん、平気。今日は珍しく、自分で歩けるし」
 〈パパ〉の責めが本当に激しかった時は、立って歩くどころか意識を保っていることすら困難だけれど、今の体調なら、ちょっと買物して、タクシーを拾って帰ることなどなんでもない。
 シートベルトを外す。
 だけどすぐには降りず、〈パパ〉の横顔を見る。
 視線に気づいた〈パパ〉がこちらを向く。
 私の方から顔を近づけてキスをする。
 最初は頬に。
 次に唇に軽く。
 そして舌を絡め合う。
「……妬いてはいないけど、やっぱり、逢うのはふたりきりがいいな。パパのこと、独り占めしたい」
「それを妬いてるっていうんだよ」
 頭に、手が乗せられる。
「次は、歩いて帰さないからな」
「……すっごい、楽しみ」
 至近距離で顔を見合わせ、くすっと笑う。
 最後にもう一度唇を重ねて、車を降りた。


 走り去る車を微笑んで見送る。
 その姿が視界から完全に消えたところで、笑みの質が変化した。
「…………ばーか」
 嘲るような口調でつぶやく。
 それから、やや不機嫌そうな表情に変わる。
 脚は駅ビルの本屋ではなく、近くのタクシー乗り場に向かっていた。
 スカートのポケットから携帯を取り出す。
 着信履歴の先頭に早瀬の名前があることに、ホテルを出た時に気づいたのだ。
 電話が一件。その少し後にメールが一通。ホテルを出る少し前、ことが終わってみーことシャワーを浴びながらじゃれ合っていた頃に届いたものらしい。
 メールの本文を表示する。いつも通り、文面は簡潔だった。
『今夜、だめか? 連絡くれ』
 小さく溜息をついた。
 なんだろう。なんだか、すごく、いやな気分が湧き上がってきている。
 このメールを見たから、ではなくて。
 ホテルにいた時から、だんだん、強くなってきている。
 心の中に、どろどろとしたヘドロのような汚物が渦巻いて、絡みついているような感覚だった。
 いつもの〈罪〉を犯した後の〈罰〉を求める感覚とは違う。
 あの、はっきりと自分に向けられる破壊の衝動ではない。もっと曖昧な、形にならないどろどろとした感情。
 〈パパ〉と別れて独りになった時の虚無感とも違う。
 もっと、ずっしりと重い。
 もう一度、溜息をつく。
 発信ボタンを押す。
 呼び出し音と同時に早瀬が出た。精いっぱい、不機嫌そうな声で言ってやる。
「……なんの用?」
 訊くまでもない。早瀬からの呼び出しなんて、用件はひとつだ。
「………………今、使用後なんだけど? ……それでもいいの?」
 それも、聞くまでもない質問だった。答えはわかっている。
 電話を切って、ちょうど走ってきた空車のタクシーに向かって手を上げた。
「……ばーか。ふたりっきりじゃないから、そして、足腰立たなくなるまでやらないから、こーゆー仕打ちをされるんだっつーの」
 吐き捨てるようにつぶやくと、目の前に停まったタクシーに乗り込んだ。


 駅前からタクシーに乗れば、早瀬の家まではすぐだ。
 しかしその間、どろどろとした感情は薄れるどころか、よりいっそう強くなっていくようだった。
 鏡を見ずとも、険悪な顔になっているのがわかる。
 そのままの表情で玄関のチャイムを鳴らし、乱暴にドアを開けた。出迎えた早瀬が、私を見て驚いたように目を見開く。
 普段以上に無愛想な顔に退いたのか、と思ったのだけれど、その早瀬がいきなりぷっと吹き出した。
「…………なによ?」
 棘だらけの声で訊く。
 今の私を見て愉快そうに笑うなんて、不審どころか不気味ですらある。
「いや……今日の北川、可愛いな?」
「……?」
 眉間に皺を寄せる。本当に、どこかおかしいのではないか。
 そう思って見ると、早瀬の視線は私の顔ではなく、微妙に上に向けられているようだった。
 その視線の先は……
 ……頭?
 はっと気がついて、頭に手をやる。
 柔らかな毛が手に触れる。

 ――ネコ耳!

 ホテルからずっと着けっぱなしだったネコ耳を、慌ててむしりとる。
 あの男……!
 思わず〈パパ〉を恨んでしまう。
 車を降りる時、絶対に気づいていたはずなのに。わざと黙っていたに違いない。
 タクシーの運転手もなにも言わなかった。似合いすぎるのも考えものだ。冷静であればその表情から気づいたのかもしれないけれど、そんな余裕はなかった。
 そのせいで、よりによって早瀬にこんな姿を見られてしまうなんて。
「あれ、取っちゃうんだ?」
「……なぜ、あなたの前でこんなもの着けなきゃならないの?」
 声が微かに震えている。爆発寸前の感情を、必死に抑えている状態だった。
 早瀬が小さく肩をすくめる。
「なんだ、珍しく俺のためにサービスしてくれたのかと思ったのに」
 今日に限って、私の神経を逆なでするようなことを言う。
「こーゆーのが好きなら、茅萱に言えば? あんたの頼みなら、ネコ耳でもウサ耳でもメイドでもスク水でも、喜んで着けるでしょうよ」
「北川の、というところに希少価値が」
「ど、う、し、て、私が、あんたに、サービスなんかしなきゃなんないの? つか、今ここにいるだけで、出血大サービスだとは思わないわけ?」
「あ……いや、確かにそうだよな。ありがとう。大好きだよ」
「――――っっっ!!」
 かぁっと、頭に血が昇った。
 怒鳴り出さなかったのは自制心の賜物ではなく、怒りのあまり息が詰まってしまったからだ。
 脳の血管が何本か、ぶちぶちと音を立てて切れたような気がした。
「……っ、……っ」
 二度、三度、深呼吸する。
 靴を脱ぎ捨てて上がり込む。
「……もう一度そんなふざけた台詞を口にしたら、このまま帰るからね! シャワー借りるわ」
 了解を得る前に、奥に向かって歩き出す。もう、勝手知ったる家だ。
 乱暴に足音を立てて歩いていくと、背後から早瀬の声が聞こえた。
「……今日の北川、なんかいつもと雰囲気が違うな」
 脚が止まる。
「…………だから、なに?」
 振り向いて、怒りのこもった目で睨めつける。
 いつもと違うという自覚はあった。
 普段通りの〈学校モード〉の〈北川莉鈴〉が出てこない。
 いったい、今ここにいるのは誰だろう。
 早瀬と逢う時の〈北川〉ではない。〈パパ〉と逢う時の〈莉鈴〉でもない。援交やAV撮影の時の〈椎奈〉や〈みさき〉、あるいは〈可奈〉でもない。
 普段、表に出てこない、自分でも知らない自分。
「そうやって感情を表に出す北川ってのも、新鮮でいいな」
「……死ね、バカ」
 いつもなら口にしない台詞が、自然と口をついて出る。
 ネコ耳の件で感じた〈パパ〉に対する怒りが、さらにいや増す。
 こんなにむかつくのも、なにもかも〈パパ〉のせいだ――と。早瀬に対する怒りの表現は、やつあたりでしかない。
 その〈怒り〉こそが違和感の原因だった。感情の変化が少なく、常に少し不機嫌そうな〈北川〉は、こんな風に露骨に怒ったりしない。
「……」
 自分の考えに、さらに不機嫌になってしまう。
 さらに、ということは、その前から〈パパ〉に対して怒りを覚えていたことになる。実際、車を降りた時にはもう機嫌が悪かった。
 なぜだろう。
 なぜ、怒っているのだろう。
 なにが理由なのだろう。
 いったいなにを、こんなに怒っているのだろう。
 ……
 …………
 ………………
 冗談じゃない!
 心の中で、大きく首を振る。
 口ではああ言ったけれど、やきもちを妬いていたのだろうか。
 〈パパ〉とみーこに対して。
 ……冗談じゃない!
 そんなの、私じゃない。
 やきもちを妬いて、感情をあからさまに表に出すなんて。
 しかも、早瀬の前で。
 これは、違う。
 TPOを間違えたファッションのようなもの。間違った、私。
 〈パパ〉の前や意図的に演技する場合を除いて、あまり感情を露わにしない私だけれど、実際のところ、その感情はかなり不安定だ。意図的に明るく振る舞うことはできるけれど、逆に、感情の昂ぶりを抑えることは不得手だった。
 今夜はどういうわけか、怒りを露わにせずにいられない。
 どうしたものだろう。
 脱衣所で乱暴に服を脱ぎながら考える。

 ……ああ、そうだ。

 想い出した。
 バッグから、剃刀を取り出す。
 これがあれば、なんとかなる。
 剃刀をつかんだまま、バスルームに入った。
 足の裏に、冷たいタイルの感触が伝わってくる。
 水温を最低にして、シャワーをいっぱいに出した。
 降りそそぐ冷たい水滴。
 まだ残暑の季節とはいえ、夜に浴びるには冷たい水。
 怒りの炎を鎮火しようとするかのように、構わずに浴び続ける。
 それでも、やっぱり足りない。
 これだけでは、昂ぶりは治まらない。
 だから、小さな刃を手首に当てた。
「――っ!」
 線から面へと拡がっていく、深紅の色彩。
 刻まれた傷から湧き出てくる鮮血。
 シャワーの水滴に当たって流れ落ちていく。
 それを見ていると、身体から力が抜けていった。
 怒りが、感情の昂ぶりが、鎮まっていく。
 脚に力が入らなくなって、タイルの上に座り込んだ。
 目の前に、鏡がある。
 映っているのは、完全に表情が消えた顔。
 冷たいシャワーを浴び続けてずぶ濡れの、人形よりも無機的な顔。
 あの、子供っぽい怒りを露わにしていた見知らぬ少女はもういない。

 ああ、そうか――

 今さらのように、気がついた。
 リストカットを、自傷を、習慣にしていても、死ぬつもりなんてない――そう思っていた。
 だけど、違う。
 私の自傷癖、これはやっぱり〈自殺〉の一種だ。
 ひとつの、小さな、死。
 私の中の、ひとりの、死。
 あの、怒りを露わにしていた少女は、もう、いない。
 いま鏡の中にいるのは、違う、私。
 他の女の子と仲良くしていた〈パパ〉に怒っていた私じゃない、私。
 いつも無機的に早瀬に犯されている私が、戻ってきた。

 ……いや。

 戻ってきた、のではないのかもしれない。
 同じ、ではないのかもしれない。前回、早瀬に抱かれた私とは。
 早瀬とセックスした後は、必ず、手首を切っている。
 そうすることで、落ち着くことができる。
 それはつまり、セックスによって心を乱している私を、殺すからだ。
 早瀬に犯された私は、その夜、手首を切って死んだ――のかもしれない。
 あれが、ひとつの死の姿だとしたら、これまでにいったい、何人の〈私〉が死んだのだろう。
 今こうしている私も、これから早瀬とセックスして、明日の朝までには死んでしまうのだろうか。
 こんな生活を続けていたら、いつか、私の中には誰もいなくなってしまうのだろうか。
 その時が、この肉体の死なのだろうか。

 たぶん、私は、その時を望んでいる。

 そんなことを考えながら、鏡を見つめる。
 冷たいシャワーを浴びながら。
 それは、いつまでも出てこない私を心配した早瀬が様子を見にくるまで続いていた。


 先日の昼休みの一件以来、学校での生活は、教室の中は、〈平穏〉といえた。
 あの鬼神の如き早瀬の姿を見せられて、それでも私に危害を加えようなどという命知らずがいるはずもない。
 以前のような、敵意のこもった視線を向けられることすら少なくなっている。誰もが、早瀬の怒りに触れることを畏れているようだった。
 私に視線すら向けず、関わり合うことを避けている。触らぬ神に祟りなし――その言葉がこれほど相応しい状況を、私は知らない。
 例外は木野だけだった。相変わらず、以前と同様に普通の友達のように接してくる。早瀬に対しては、たまに、釘を刺すようなことを言っているようだ。
 茅萱は、噂が広まっていた頃のような、居心地の悪そうな態度が消えた。妙に吹っ切れたような様子で、たまに、私に声をかけてくる。
 それはもちろん友好的な台詞ではないけれど、不思議と陰湿さも感じられない。「さっさと別れなさいよ」が、私に対する挨拶がわりだ。
 教室での、早瀬との関係は相変わらずだった。
 たまに、向こうから話しかけてくることはあるけれど、基本的に無視している。それでも、誘われれば早瀬の家には行く。
 その早瀬は、意外なことに――そして少々不愉快なことに――女子の間で評価が上がっているらしい。
『惚れた女を身体を張って護るって、ちょっとカッコイイかも。……女の趣味は悪いけど』
『軽々とお姫様抱っこってのはポイント高いよねー。……女の趣味は悪いけど』
『あのインラン北川を満足させるほどスゴイらしいよ。……女の趣味は悪いけど』
 そんな声があるのだそうだ。
 このあたりは木野が芝居っ気たっぷりに語ったことなので、真偽のほどは知らない。
 とにかく今現在、教室は入学以来もっとも安定した状態といえた。
 しかしそれは、私が望んだ安定の形ではない。むしろ、妙に居心地の悪さを覚える。
 このところ、たまに意味もなく感情の起伏が激しくなるのは、〈パパ〉のことだけではなく、こうしたことも関係しているのかもしれない。
 私にとっては、どうやら今の状態の方がストレスが大きいようだ。
 なんといっても、早瀬との関係が〈クラス公認の恋人〉扱いなのが気に入らない。
 こんな声がある。
『早瀬と付き合い始めてから、援交の回数も減って更生に向かってるらしいよ』
 それは違う。
 単に、精力無尽蔵の早瀬を相手にしているせいで、身体に余裕がないだけだ。
 身体の負担やリストカットの回数はむしろ増えているくらいなのだから、更生に向かっているとは言い難いし、自分でもそんなものは望んでいない。
 そろそろ、早瀬との関係も考え直すべきなのだろうか。
 誰よりも激しくこの身体を痛めつけてくれる陵辱も、回を重ねるとぬるま湯になってしまうのかもしれない。
 かといって、早瀬と縁を切って援交中心の生活に戻ったとしても、今となってはそれもぬるく感じてしまう。
 やっぱり、援交ではなしに、気軽にセックスさせていたのが失敗かもしれない。歳の離れた〈パパ〉ではなくクラスメイト相手、しかも対価も要求せず……では、あまりにも〈普通の女子高生〉っぽい。
 少し、早瀬との関係を見直してみようか――そんなことも考えていたところで、しかし、実際の変化は予想もしていなかったところから訪れたのだった。


 その日――

 週末に両親が帰ってきていたとかで、珍しく月曜日の夜に呼び出された。
 いつものように早瀬の家を訪れて。
 いつものようにベッドの上に放り出されて。
 いつものように首輪と手枷で拘束されて。
 いつものように下着を剥ぎ取られて。
「……え?」
 そこで、早瀬が小さく戸惑いの声を漏らした。
 彼の目には、いつもと違う、見慣れぬものが映っているはずだ。
 私の性器を彩っている五つのピアスのうち、二対四つがそれぞれ小さな南京錠でつながれて、割れ目を閉ざし、その奥への異物の侵入を拒んでいた。
 ちょっとした悪戯、だった。
「……どうか、した?」
 わざとらしく、訊いてみる。
「……いや」
 困惑気味に応える早瀬。
 この状況について問うこともなく、その部分に触れてくる。
 いつもの乱暴な挿入を封じられ、指で愛撫をはじめる。
「んっ……ぁ……」
 クリトリスを中心に責め、隙間から指を潜り込ませて割れ目の中で滑らせる。
 何度も、何度も、繰り返す。
 早瀬には珍しい、執拗な愛撫だった。他にできることがないから当然、といえば当然なのだけれど。
 触れられている部分の潤いが増していく。
 少し、予想とは違う展開だった。
 戸惑って質問してくるか、あるいは強引に口を犯すか。そんな展開になると考えていた。
 しかし予想に反して、私の口を塞いだのは早瀬の唇だった。
 唇の隙間から、熱い液体が流れ込んでくる。
「……ん……んふ……んっ、ん……っ!」
 以前渡した〈クスリ〉の残りだろう。口移しに注がれる。
 あえて拒む理由もないから、素直に飲み込んだ。
「ぁ、ん……」
 身体が起こされ、背後から抱かれるような体勢になる。
 腰から回された手が、股間で蠢く。
 もう一方の手が、胸を包み込み、乳首をつまむ。
 最初の頃に比べると、こうした愛撫もずいぶん手慣れてきたように感じる。性格に加えて体格のせいもあって、相変わらず乱暴ではあるけれど、乱暴なりに弱点を的確に突いてくるようになっている。
 クリトリスを押し潰すように、執拗に蠢く指。
 だんだん速く、激しくなってくる。
 少し、痛くて。
 だから、興奮してしまう。
「はっ……ぁっ、あっ……ぁっ、あっ! あ、んぅんんっっ!」
 びくっと、身体が大きく震える。
 指での愛撫だけで、簡単に最初の絶頂を迎えてしまった。早瀬相手では珍しいことだ。
 もちろん、それでも愛撫が止まることはない。その点ではいつもの早瀬と変わらない。
 蜜が溢れだし、お尻や太腿にまで流れ落ちている。
 それを指で塗り広げていく。
 もしかして今日は、こうしてずっと指で責め続けるつもりだろうか。
 それでぎりぎりまで焦らして、我慢できなくなった私に鍵を開けさせようというのであればたいした進歩だけれど、いかせてしまっては逆効果だろう。勢いまかせの早瀬にそんなかけひきを期待するのは、まだ無理があるだろうか。
 とりあえず、今の展開はあまり好ましいものではないと感じた。深い考えもなしになんとなく仕掛けた悪戯ではあるけれど、失敗だった。
 この、指での愛撫は気持ちいい。
 早瀬の巨根を無理やりねじ込まれるのと違って、辛くない。
 だから、嫌だ。
 早瀬相手に、気持ちいいことなんてされたくない。
 援交でもAV撮影でもなく、レイプでもなく、単に、クラスメイト相手のセックス。
 それで気持ちよくなってしまったら、普通の恋人みたいではないか。
 そんなの、嫌だ。
 なのに、愛撫されれば身体は感じてしまう。
「ぁんっ! あっ……ぁぁっ、あぁっ! あん……っ!」
 指の動きに合わせて、甘い声が漏れてしまう。
 締まりのない唇の端から、涎がこぼれる。
 下半身がぐっしょりと濡れている。
 早瀬に寄りかかるような体勢で、背中に体温を感じる。
 嫌だ、こんな展開。
 鍵を開けさせて、貫いてもらおうか。
 ちょっと早瀬を困らせてやるつもりだったのに、戸惑う様子もなく愛撫を続けているのだからおもしろくない。
「……ぁんっ!?」
 いきなり、身体が前に倒された。
 俯せにされて、お尻をつかまれる。
 下半身が押しつけられてくるけれど、もちろん、まだ鍵はかかったままだ。
 いつもと違う場所に早瀬の弾力を感じる。
「早瀬……そこは……っ」
 力まかせに、押し込まれてくる。
「んっっ……や……ちょっ……」
 無理やり、拡げられていく。
 お尻の、穴が。
「ちょ……待……っ!!」
 アナルセックスの経験は少なくない。むしろ経験豊富で、しかも好きな方だろう。
 だけどこれまで、早瀬にそこを犯されたことはなかった。
 お尻には興味がないのか、あるいはまだ経験の浅い高校生にはハードルが高いのか、と思っていた。
 前に見せた私のAVにもお尻を犯されるシーンはあったから、実は興味があって、きっかけを待っていただけなのかもしれない。
「ひっ……ぅぐ……ぅっ」
 入って、来る。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 引き裂かれそうなほどに、拡げられていく。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 痛い痛い痛い――
 お尻で感じる早瀬のペニスは、膣に挿れられた時よりも大きく感じた。
 自分でも、ここまで拡がるのかと驚くくらいに拡げられている。
 考えてみれば、私がセックスした男の中で、いちばん大きなものを持っているのだ。器具であっても、これより大きなものをお尻に挿入された経験はなかった。
「あ……や……だっ……めぇっ!」
 いっぱいに力んだ括約筋でぎゅうぎゅうに締めつけても、早瀬の馬鹿力に対抗できるわけがない。
 ぐぅっと押し込まれる。
「――――っっっ!!」
 一瞬、本当に裂けてしまったかのような痛み。
 早瀬が、中ほどまでお尻の中に埋まっていた。
 そこで一度動きを止め、また、じわじわと侵入してくる。
 深く。
 深く。
 行き止まりがないから、どこまでも入ってくるような感覚だった。
「あ…………あぁ……ぁ……ぅんんんっ」
 信じられないくらいに大きく拡げられている。
 信じられないくらいに深く貫かれている。
 身体の奥深く、まるで、お臍より上まで届いているかのような錯覚を覚えるほどに。
 苦しい。
 そして、お尻が熱い。
 今まででいちばん深く、早瀬に貫かれていた。
 苦しさを紛らわせようと、大きく息を吐き出す。
 身体の力を抜こうとするけれど、お尻の筋肉が、反射的に収縮してしまう。
「ぁ…………んっ!」
 お尻が乱暴につかまれる。柔らかな膨らみに、指が喰い込んでくる。
 まさか――
 いつものように、なんの気遣いもなしに全力で蹂躙するつもりだろうか。
 お尻を。

 そんなの、無理――

 本能的な恐怖感を覚えてしまう。
 もう、限界まで拡げられているのに。
 今にも引き裂かれそうな気がしているのに。
 こんなに大きく拡げられて、こんなに深く貫かれて、なのに、いつものように激しく暴れられたら――
 無理、壊れてしまう。

 なのに……

 どきどき、してる。
 興奮、してる。

 来て。
 来て。
 来て。
 犯して。
 めちゃめちゃに陵辱して――

 そう、心の中で叫んでいる。

 そして早瀬は、私の期待を裏切らなかった。
「ぅあぁぁ……ぁぁぁっっ!」
 いちばん深いところから、一気に引き抜かれる。
 内臓が、腸が、引きずり出されていくような感覚。
 そして、また、打ち込まれる。
「ひぎぃぃぃ――――っっ!!」
 深く、深く、奥の奥まで突き入れられる。
 もう一度、二度、繰り返される。
 それで勝手をつかんだのか、さらに勢いが増していく。
「っぃぃぃ――――っっっ!!」
 先端から、根元まで。
 入口から、お腹の奥まで。
 突き入れられる時は、まさに、生きたまま串刺しにされる感覚だった。
 強引に根元まで埋め込んで、さらに体重を乗せてひと押し。
 そこから一気に引き抜かれると、一瞬、意識が真っ白になった。
 そしてまた、貫かれる。
 また、叩きつけられる。
 早瀬はいきなり全開だった。
「いやぁぁっ! あぁぁっ! あぁぁっ! あぁ――っ」
 いつも通り、力まかせの早瀬の姿。
 重機のような力強さで往復する腰。
 お尻を打ち壊さんばかりに叩きつけられる。
「いっぁぁぁぁぁ――――――っっっ!!」
 意図したものではない、本能による悲鳴。
 しかし、泣き叫んだところで手加減する早瀬でないことは知っている。彼の〈スイッチ〉が入ってしまった以上、むしろ昂らせるだけだ。
「やぁぁ――っ! あぁぁ――っっ! いぎぃぃっ!!」
 暴力としかいいようのない陵辱。
 気持ちよく、なんかない。
 ただただ痛くて、苦しい。

 なのに――

 私は、感じていた。
 興奮、していた。
 今にも壊れそうになっている自分に。
 ひと突きごとに仰け反り、悲鳴を上げ、頭をベッドに打ちつける。
 そんな反応に対して、さらに昂って欲望をぶつけてくる早瀬。
「ぁがぁぁぁっ! あぁぁぁっっ! あぁ…………っ!」
 息が止まる。
 視界が白一色に染まる。目を開いているはずなのに、なにも見えない。
 もう、だめ。
 もう、限界。
 お尻ではこれまで経験したことのないほどの、激しい責めだった。
「は……ゃ……ぁ……ゃせっ! は……はやせぇっっ!」
 意志に反して、口が勝手に白旗を掲げてしまう。
「か……かぎっ! すか……との、ポケット……っっ!」
 だけど、早瀬は止まらない。
 むしろ、フィニッシュに向けて加速していくようにすら感じる。
「い……っぃぃっっ! ひぃんっ、んんっ、あぁぁぁんっ!」
 お尻が、直腸が、灼けるよう。
 引き裂かれ、突き破られそう。
「ひゃぁぁっ! あぁぁっ! あぁぁっ! あぁぁぁぁ――――っ!」
 深く、深く、打ち込まれる。
 いちばん深い部分で破裂する。
 大量の精液が腸内に注がれる。早瀬の量だと、まるで浣腸でもされているみたいだ。
 そして、すごく熱い。
 実際には体温以上であるはずがないのに、まるで灼熱の溶岩か、熔けた鉛のよう。
 身体の内側から灼き殺されるみたい。
 脈打つペニスが、お尻の穴をさらに押し拡げる。
「ん…………くぅぅぅん……」
 引き抜かれた後は、お尻にぽっかりと穴が空いたような感覚だった。
 身体から力が抜けていく。
 なんだか、すごく、疲れた。
 意識が朦朧とする。
 だけどもちろん、早瀬が一度だけで解放してくれるわけがない。
 髪をつかまれ、上体を起こされる。
「ぁ……んんぅんんんっっ」
 そしていきなり、口にねじ込まれた。
 喉の奥まで一気に貫かれる。
 頭を押さえて自分の下腹部に押しつけ、さらに腰を突き出してくる。
 まったく、どういう神経をしているのだろう。
 今までお尻に挿れていたものを、躊躇いもなくくわえさせるなんて。
 もちろん、デートの前はその予定がなくてもお尻の中まで綺麗にしているから、汚れているわけではない。他の男が相手であれば、こんな風にくわえさせられるのも慣れている。
 だけど、初めてなら多少は気を遣うのが普通ではないだろうか。
 とはいえ、早瀬に気遣いなんて言葉は似合わないし、そんなものを期待してもいない。少なくとも、私に対しては。
 茅萱には優しくできる早瀬も、私に対してその優しさを発揮することはない。だからこそ、無償で彼の相手をしているのだともいえる。
 乱暴にされたい――
 身近で、そんな願いをいちばんに叶えてくれる存在。
 まったく勢いを失っていない極太の肉棒が、喉を塞いでいる。
 引き抜かれた時には、つられて吐きそうになった。胃の中のものが今にも逆流してきそうだった。
「は……ぁ……ぁ……」
 込みあげてくる酸っぱいものを飲み込み、荒い呼吸を繰り返す。
 頭をつかんでいた手が離れると、そのままベッドに倒れ込んだ。
 早瀬の姿が視界から外れる。
 下半身から、かちゃかちゃと小さな金属音が聞こえてくる。
 今さらのように、南京錠が外されていく。
 また俯せにされて、お尻を持ち上げられる。
 指で、割れ目が拡げられる。
 たっぷりと蜜を垂れ流していながら、その欲望を満たされることのなかった部分に、熱い塊が押し込まれてきた。
「ぁんっ……ぁっ……あぁっ…………あぁぁんっっ! ああぁぁぁ――っっ!!」
 蜜を溢れさせてどろどろにとろけている粘膜では、どんなに締めつけても早瀬の侵入を拒むことはできなかった。むしろ、刺激を増して早瀬を悦ばせるだけでしかない。
 当然、自分自身に与える刺激も強めてしまう。
 それでなくても、前はさんざん焦らされていた状態なのだ。挿れられただけで達してしまった。
 そして、また、いつもと同じ陵辱がはじまる。
 もう慣れた、と言いたいところだけれど、この激しさは簡単に「慣れた」などと受け入れられるものではない。今にも壊されそう、と感じるのはいつもと同じだ。
「あぁっ、ひゃぁっ、あぁぁっ! あんっ、あぁぁんっ、あぁんっ!」
 それでもいつもより声が甘いように感じるのは〈クスリ〉を飲まされたためだろうか。
 それとも、お尻をさんざん責められたためだろうか。
 まだ痛むお尻。その痛みが、快感につながってしまう。
「あぁ……ぁぁっっ!?」
 そこへ、太い指が押しつけられる。
「や、だ……っ、あぁんっっ、んく……ぅぅぅんっっ!」
 お尻の穴がまた拡げられ、早瀬の指が二本、ねじ込まれてくる。
「や……やだっ! やめ……っ! あぁぁんっ、あぁっ、んっ、んぁぁぁんっ!」
 声が一段と大きくなる。
 これ……だめ。
 これは……弱い。
 前後同時責めには、少し、弱い。
 どちらか一方だけの挿入よりも、格段に感じてしまう。意志とは無関係に、激しく反応してしまう。
 お尻を激しく犯された後のせいか、今日は特にその傾向が強いように思えた。
「ぃ……や……ぁぁっ! あぁんっ! だ……めぇっ、いゃ……やぁぁっ!」
 充分すぎる質感を持った太くて長い指が、お尻の穴を拡げ、中をかき混ぜている。
 前は前で、特大のペニスに貫かれている。
 涙と、涎と、愛液が、互いに競い合うように溢れ出てくる。
「やぁぁ……ぁぁんっ! あぁぁっ、だっ……ぁぁぁっ! あぁぁっ、いやぁっ!!」
 ひと突きごとに、早瀬の動きは勢いを増していく。
 比例して、私が受ける刺激も強くなる。
 軽い絶頂が立て続けに襲ってくる。その頂が、どんどん高さを増していく。
 望んでいないのに、無理やり与えられる快楽。
 どんどん、高みに突き上げられていく。
「あぁぁぁぁ――――っっ!!」
 あと、ほんの少し。
 あと、ひと突き。
 気を失うほどの大きな快楽の波が押し寄せてこようとした、まさにその瞬間。

 バ――ンッッ!

 叩きつけるような大きな音とともに、部屋のドアが開かれた。
 私も、早瀬も、まったく予期していなかった突然の出来事に、心臓が止まるほど驚いた。
 ふたり揃って、弾けるようにドアの方を向く。
 部屋の入口で、ひとりの女性が仁王立ちになっていた。
「――っ!?」
 たとえばそれが茅萱であれば、充分にあり得る話だ。乱暴なドアの開け方はともかく、出現自体は驚くことでもない。
 あるいは早瀬の母親というのも、予想の範疇だ。今夜は帰らないはずとはいえ、予定の変更はいつだってあり得る。
 そのどちらかであれば、驚きは音に対するものだけだったろう。
 しかし、どちらでもない。
 だからこそ、その姿を認めてさらに驚いた。
 早瀬の家族には会ったことがなく、もちろん母親の顔も知らないけれど、しかし、目の前の女性がそうではないことだけはわかる。
 私も、早瀬も、揃って驚きに目を見開いて、言葉を失っていた。
 先に我に返ったのは、早瀬の方だった。
「……あ、姉貴っ!?」
「……ぇ?」
 その台詞は、さらに私を驚かせた。
 予想外の台詞に、思わず早瀬の顔を振り返りそうになったけれど、背後から貫かれている体勢ではそれも難しい。
 早瀬に姉がいることは知っている。
 だけど今の台詞は、まったく意外なものだった。
 そこに立っているのは、あまり背の高くない――おそらく一五○センチ台前半くらい――の二十歳前後の女性。長い黒髪で、眼鏡をかけている。
 痩せ型で、それなりに美人であるけれど、どちらかといえば陰性の雰囲気を漂わせている。
 左眼の下、頬骨のあたりに刻まれた、長さ三センチほどの傷痕が目を引いた。

 ――そう。

 私は、彼女を知っている。
 ただしそれは〈早瀬の姉〉としてではない。
 過去二度ほど、具合が悪いところを介抱してもらった彼女の名は〈淀川うなぎ〉という。現役女子大生、兼、男性向けエロマンガ家だ。
 本名の〈依流〉をもじって〈うなぎ〉というペンネームにしたという話は聞いていたけれど、そういえば姓は知らない。
「…………あ、ね?」
 あの淀川が、早瀬のお姉さん?
 まさか。
 まったく予想外の展開だ。
 大男の早瀬と、小柄で細身の淀川。少なくとも、外見はまるで似ていない。
 しかし、ふたりが姉弟だとすると、納得できる点もある。
 淀川と初めて会ったのは、早瀬が出場していた柔道の試合会場だった。
 そして二度目に会ったのは、この家の前だった。不自然なほどゆっくりと車を走らせていたことを考えれば、もしかしたらあの時、彼女は実家に顔を出そうとしていたのではないだろうか。
「な……なんだよ! ドア開ける前にノックくらいしろよ!」
 我に返って、慌てて叫ぶ早瀬。
 当然だ。
 全裸で、家族に紹介していない女の子とセックスしている場面なんて、あまり見られたい姿ではあるまい。
 私から離れて、大慌てで下着とズボンを着ける。
「……弟しかいないはずの家に帰ってきて、いきなり女の子の悲鳴が聞こえたら開けるでしょ、普通」
 まったく驚いた様子もなく、落ち着いた、抑揚のない声で応える淀川。創作活動に夢中になっている時を除けば、あまり感情を表に出さない人だ。
 腕を組んで、胸を反らせて立っている。その堂々とした態度のためか、実際の体格よりもやや大きく見えた。
「正解だったわ。しばらく会わないうちに、弟が、小さな女の子を拉致監禁して陵辱するような強姦魔になっていたとは……」
 嘆きの表情は、しかし、どこか芝居がかっていた。
「な、なんでそうなんだよっ!? この状況、普通、彼女を連れ込んでるとか思うだろっ!? それに、北川は同い年だ!」
 正確にいえば私は〈彼女〉ではないけれど、早瀬の意見は正しい。弟が同世代の女の子とセックスしていたら、まずは彼女だろうと考えるのが普通だ。
 しかし、早瀬に向けられた淀川の視線は冷たい。
「この光景で、そんな言い訳が通じるとでも?」
 視線が、ちらりと私に向けられる。
 その視線を追って振り返った早瀬が、小さく呻き声を上げた。
 首輪と手枷を着けられ、バックから貫かれ、お尻にも指を挿れられていた私。
 淀川が飛び込んでくる直前には、「いや」とか「やだ」とか叫んでいた記憶もある。
 そして、私と早瀬の、犯罪的な体格差がとどめを刺す。
 なるほど、淀川の見方にも一理あるようだ。
 とはいえ、本気でそう考えているわけではないだろう。
 一見、真剣そうな表情を作ってはいるけれど、どことなく、弟をからかっていると思われる芝居がかった態度が見え隠れしている。私と知り合いであることを隠しているのがなによりの証拠だ。
「こ……これは合意の上だ! こーゆープレイなんだよっ!」
「……そうなの? あんた、トシの彼女?」
 また、視線を私に向けて問う。
「違います」
 即答する。それは嘘偽りのない事実だ。
 淀川の目が細くなる。早瀬が困っている気配が伝わってくる。
「……おい、そこの性犯罪者」
「き……北川は、彼女じゃないけど。その……なんていうか……せ、セフレ、みたいな感じで……。とにかく、これは合意なんだよ!」
「セフレ……ねぇ」
 皮肉な笑みを浮かべる淀川。
 早瀬としても言いにくかろう。家族に対して、〈彼女〉ではなく〈セフレ〉を紹介するなんて。
 また、私に視線が向けられる。
「……本当に?」
 私から見れば、知り合いだと明かさない時点で淀川がふざけていることは丸わかりだけれど、もちろん早瀬はそんなことは知らない。
 質問に対して直接答えず、早瀬に向かって言う。
「……ここで私が「助けて!」とか言ったら、早瀬ってば大ピンチ?」
「こんなところで裏切るなっ!」
「……お姉さん、早瀬はいつも私に乱暴なことをするんです」
 私も芝居がかった口調で応えた。しかし、これも嘘はついていない。
「やっぱり……」
 早瀬はどんどん追い詰められていく。女ふたりが結託しているのだから当然だ。
 この状況、少し愉快だった。淀川もなかなか悪戯好きらしい。あるいは単に、弟苛めが趣味なのかもしれない。
「い、いや、乱暴っちゃ乱暴だけど、別に、無理強いしてるわけじゃ……」
「……で、どうやって潔白を証明するの?」
「どう、って言われても……」
 私が淀川側についている限り、早瀬の不利は覆しようがない。この場に〈物証〉は存在しないのだから、私が裏切った以上、早瀬を弁護する証人はいない。
 事情を知っていても、私たちを別れさせたがっている茅萱が、ふたりの関係を認めるような証言をするはずもない。むしろ「私はトシくんに優しくしてもらった」などと言えば、さらに早瀬は追い詰められることになる。
 木野も、早瀬の存在をあまり快く思っていないみたいだから、有利な証言をするとは思えない。
 絶体絶命の早瀬に向かって、淀川がにやりと笑う。
「……無実だと言い張るなら、続きをしてみなさい」
「つ、続き、って……」
「途中、だったんでしょ? 続き、ちゃんと最後までしなさいよ。その反応を見れば、無理やり犯られてるのか、乱暴であっても望んでされてることなのか、一目瞭然だから」
「で、できるわけねーだろ! 姉貴の見てる前でなんて……」
 意外とまともな反応をする。私の見ている前で茅萱としたくせに。
 しかし、当たり前といえば当たり前だ。家族の前でセックスするなんて、常人の感覚ではかなり異常なことだろう。
「できない、ということは有罪か」
「なんでそーなるんだよ! 普通に、羞恥心とかあるだろ!?」
「警察はともかく、母さんには話しておく必要があるよね」
 反論を無視して、携帯電話を取り出す。
「ちょっと待て!」
 慌てて止める早瀬。
 その展開は彼にとっては好ましくない。
 自分の息子が、留守の間に女の子を連れ込んでセックス三昧なんて、歓迎する母親は少ないだろう。それが原因で、母親が家を空けなくなるかもしれない。そうなったら私を連れ込めなくなってしまう。当然、避けたい展開のはずだ。
「………………わ、わかったよ。やりゃあいいんだろ!」
 他に選択肢はない、と腹をくくったか。
 私に視線を向ける。
「北川は……いいのか?」
 あるいは、ノーと言うことを期待していたのかもしれない。見られながらすることを私が拒否すれば、淀川も無理強いできないかも、と。
 しかし、私の側に拒む理由はない。AV撮影を平然とこなしているのだし、淀川の前でオナニーを披露したこともある。
 そしてなにより、早瀬が困る展開は私にとっても愉快だ。
「……あなたがその気になったら、私は抵抗もできないし」
 わざと、嘘にならない範囲内で誤解を招くような言い回しをする。
 諦めたのか、開き直ったのか、小さく深呼吸をした早瀬は、身に着けたばかりのズボンと下着を脱ぎ捨てた。
 私の脚をつかんで開かせ、その間に身体を入れてくる。
 下半身を押しつけてくる。
「……ん、ぅ……んん……っ」
 やっぱり、性器を姉の眼前に曝すのは恥ずかしいのか、すぐに挿れてきた。
 深々と、私の中に埋める。
 しかしそこでいつものように激しく動き出しはせず、身体を重ねてきた。
 耳元に唇を寄せて、私にだけ聞こえるような声でささやく。
「……普通に感じてるような演技、してくれないか?」
「……いやよ。あなたとのセックスは、そうした気遣いが不要なところだけがいいところだもの」
 私も、早瀬にだけ聞こえるように応え、それから淀川にも聞こえる声で続ける。
「お姉さん、早瀬ってば、感じてる演技してくれとか言ってます」
「……有罪確定? それとも、そんなに下手なの?」
 からかうような口調。
「……くそ、わかったよ! 見てろ、北川はこれでちゃんと感じるんだから」
 いきなり、腰を突き出してくる。
 私の腕を押さえつけて、全体重をかけて下半身を打ちつけてくる。
 その動きは、一気に加速していく。
「う……ぅく、……ぅん…………ん、ふぅ……くっ!」
 抑えようとしても嗚咽が漏れてしまう。
 できるだけ反応しないようにした方がおもしろいかとも思ったけれど、早瀬に全力で責められて、まったくの無反応でいるなんて不可能だ。
 ましてや今日は〈クスリ〉を飲まされ、お尻を犯され、なのに前は中途半端な状態で放置されていたのだ。意思とは無関係に、肉体は反応してしまう。
 早瀬は私の脚を持ち上げて肩に乗せ、身体を二つ折りにさせて、上から体重を乗せて腰を叩きつけてくる。
「……ぅっ、……ぁっ、んっ……く……ぅぅ、んっ! んく……」
 長いストロークで打ち込まれ、身体が弾む。
 入口からいちばん奥まで、一気に擦られる。
 襞が巻き込まれ、膣が突き破られるような感覚。
 内臓が押し潰されるように感じて、吐き気が込みあげてくる。
 引き抜かれる時は、内臓が抉り出され、膣の粘膜が引きずり出されるよう。
 苦しい。
 そして、痛い。
 涙が滲んでくる。
 なのに。
 早瀬に陵辱されている小さな口は、涙よりも大量の、白く泡だった涎を溢れさせている。
 痛さに、感じてしまう。
 それが、早瀬とのセックス。
 淀川の手前、優しくするのかと思ったけれど、普段となにも変わらない。
 いや、むしろ、どちらかといえば激しい方かもしれない。私の裏切りに腹を立てているのだろうか。
 なんの気遣いも、手加減も、優しさも、欠片ほども存在しない。
 だから、いい。
 だから私は、早瀬との関係を続けている。
 誰よりも乱暴に、私を犯してくれるから。
「ぁんっ……ん、んぁっ、んっ……んふっ、くぅぅんっ……ぁっ!」
 普段通り、あまり激しい反応ではないけれど、声が抑えられない。
 蜜も溢れ出し、お尻の方へと流れ落ちている。
 淀川の目にどう映っているかは知らないけれど、早瀬はわかっているだろう。私が、本気で感じていることに。
 ちらりと、淀川に視線を向ける。
 小型のディジタルカメラを構えていることに、早瀬は気づいているのだろうか。
 弟をおちょくるついでに、いつものようにマンガの資料収集をするつもりだろうか。そういえば、〈モデル〉はまだ引き受けてはいない。
 もしかすると、見ている前でさせたのは、そのためかもしれない。
 それにしても、ひとつ、疑問があった。
 部屋に飛び込んできて私を見て、驚いた様子がなかったのはどうしてだろう。
 弟の相手が自分の知り合いで、だけどまったく予想もしていなかった人間であれば、普通は驚くものではないだろうか。
 私と早瀬のことを知っていたのだろうか。
 でも、どうして?
 前回会った時、それらしいことはなにも言っていなかったのに。
 覚えていたら、後で訊いてみよう。
 とりあえず、今はその疑問は保留だ。早瀬がフィニッシュに向けて加速している状況で、冷静に頭を働かせるのは難しい。
 視線を早瀬に戻し、下半身に意識を集中する。
「んっ、んっ、ぁんっ、んっ、……んんっ、あっ! んん……っ!」
 ベッドが壊れそうなほどに軋んでいる。
 早瀬は獣の――発情した雄のオーラを放っている。
 姉に見られているという緊張のせいか、それとも淀川や私の仕打ちに怒っているのか、いつもより恐い顔だ。
 そのせいか、普段以上に激しい。
 視界が霞む。
 白く濁って、早瀬の顔が見えなくなる。
 その白い霞がどんどん濃くなって、眩しいほどの光になる。
「……っ、……ぁ…………っ! ――――っっ!!」
 胎内にほとばしる熱い精液を感じた時には、やっぱり、私も絶頂を迎えてしまっていた。


 なにも、見えない。
 まだ、視力は回復していない。
 荒い呼吸の音が聞こえる。
 私の呼吸、ではない。
 早瀬が、激しい呼吸を繰り返している。
 彼にとってもかなりの運動量だったのか、それとも姉に見られながらという精神的負担のせいだろうか。
 目が見えるようになると、全身汗ばんで、肩を上下させている姿が目に入った。
「……これで……どうだ?」
 身体を起こして、淀川を見る。
「トシ……わかってる? 絵的にはどう見ても犯罪だよ、これ」
 呆れたように、苦笑を浮かべている淀川。
 確かに、ふたりの体格差と行為の激しさ、そして私の醒めた表情を見れば、愛し合う恋人同士のセックスには見えまい。
 私を見る。
「……で、莉鈴、感想は?」
「――っ!?」
 淀川が私の名前を呼んだことに、早瀬が驚きの表情を浮かべた。
 どうして、と問うような表情で私を見る。
 それを無視して、淀川に向かって応える。
「……いつも通り。…………痛くて……苦しくて…………、だから、いった」
「そのちっちゃい身体であんな乱暴なことされて、よく平気だね。実際に見るまで信じられなかった」
「……平気、じゃないわ。…………だから、いいのよ」
 私から離れ、慌てて服を着る早瀬。
 淀川と私の顔を交互に見ている。
「ちょ、ちょっと待てよ。北川、姉貴のこと知ってんのか?」
「……知らないわ、あなたのお姉さんなんて」
 その点については、私も驚いていた。
 淀川が早瀬の姉だなんて、知らなかった。考えもしなかった。
「……でも、〈淀川うなぎ〉とはちょっとした知り合い」
「あ、姉貴……」
 騙された、という顔で、早瀬は淀川を見る。
 淀川は余裕の表情で目を細める。
「で、あんたはなにボケっと突っ立ってンの? おねーさまとお客さまに、飲み物くらい出せないの? ホントに気がきかないんだから。私、アイス・カフェ・ラテね。莉鈴も同じでいい?」
 言い返す隙を与えず、矢継ぎ早に注文を出す。
 私も小さくうなずく。
 舌打ちしながらも、早瀬はなにも言わずに階下に降りていった。
 なるほど、こんな風に弟を仕込んだのか。私が想像していた〈早瀬の姉〉とは、外見のイメージはまるで違ったけれど、性格はそれほど間違ってはいない。
 早瀬がいなくなると、淀川の表情が少し柔らかくなった。
 ベッドの端に腰掛けて私を見おろし、カメラのシャッターを何度か切る。
「あの体格差で、あの激しさで……実際に見ると迫力あるわ。あ、ちょっと、脚、開いて」
 素直に従って脚を開くと、胎内から流れ出してくるものを感じる。
 淀川は股間にレンズを近づけてシャッターを押した。
「うわ……すっごい量。トシの奴、避妊してないのかよ。妊娠とか、平気?」
 訊ねる間も、カメラは構えたままだ。
「……ピル……飲んでる」
「そっか、そうだよね。うわぁ、お尻も犯られたんだ? マジ、大丈夫? つか、トシのアレって、すっごいでかくない?」
「…………大丈夫じゃ、ない、けど。いつも、こんな感じだし。……休みの日なら、これが一晩中だし」
 私はぐったりと横たわったまま、視線だけを動かした。カメラのレンズと目が合う。
「……いつから、知ってたの?」
「ん?」
「私の……こと」
 事前に知っていたはずだ。もしかすると、私がいることを予想した上で、今日、実家に顔を出したのかもしれない。
 ああ、とうなずいてカメラを下ろす淀川。
「莉鈴がトシとなにか関わりがあるらしいって思ったのは、初対面の日。トシが女の子を連れ込んでるって気づいたのは、夏休み中に帰ってきた時、カヲリじゃない残り香があったから。で、カヲリから詳しい話を聞いたのはつい最近」
 なるほど、情報源は茅萱だったのか。
 考えてみれば、近所に住んでいる、小さな頃からの幼なじみだ。茅萱と淀川が仲がよくても不思議ではない。女同士、早瀬抜きで話をすることも珍しくないのだろう。
「いちおう、強姦じゃないみたいだけど……トシと恋人同士ってわけでもないんでしょ? カヲリはそのあたり、はっきり言わなかったけど」
「……違う」
 はっきり言わなかった理由は、早瀬が私に気があることを認めたくなかったからだろうか。
「トシのこと、好きじゃないの?」
「……どっちかといえば……嫌い。…………男は、みんな」
「じゃあなんで、トシとえっちしてンの? しかも、こんな乱暴なことされて、でも嫌がってないし」
「…………乱暴なこと、されたいから」
 それがすべてかどうか、自分でもよくわからない。しかし、動機のひとつであることは間違いない。
 いまいちよく理解できない、という態度ながら、にやっと笑う淀川。
「いいね。その、歪んだ精神。やっぱいいよ、莉鈴。ぞくぞくする。すっごくエロい」
 もう一度シャッターを切る。
 そんな淀川に向かって腕を伸ばす。
「……私の鞄、取ってくれない?」
 拾いあげてくれた鞄を横になったまま受け取り、中から剃刀を取り出す。
 それを見てすぐになにをするのか気づいたのか、またカメラを構える淀川。
 顔の上に左手を持ってきて、剃刀を当てる。
 一回。
 二回。
 右手を動かす。
 平行に刻まれた、二本の紅い筋。
 滲み出る鮮血。
 傷を口に当てて舐めとる。濃厚な血の味が口中に拡がっていく。
 淀川はなにも言わず、写真を撮りまくっている。
「……甘」
 血の味は本来、塩分と鉄分が主体のはず。なのにどうして、こんなに甘く感じてしまうのだろう。
 まるで、ガムシロップのように甘い。
「……淀川は、なんとも思わないの?」
 出血がピークを過ぎたところで、楽しそうに連写している淀川を見た。
「なにが?」
「弟が、こんなおかしな女に入れ込んで」
「……別に?」
 カメラを持ったまま、軽く首を傾げる。
「これがもっと先の話で、あんたがトシの嫁になるっていうなら、ちょっと考えるかもしれないけど。そんなつもりはないんでしょ?」
「ないわ。これっぽちも」
「なら、別にいいんじゃない? トシを騙したり、隠したりしてるわけじゃないし。知った上であんたに惚れてるんでしょ? それに私も、あんたの足元にも及ばないだろうけど、男関係はそこそこ遊んでた方だったし」
 なかなかアバウトな考え方をする。
 まあ、エロマンガ家なんて、こうしたことに嫌悪感を覚えるようではできない職業かもしれない。
 そういえば私が読んだ彼女の作品は、近親相姦とレイプばかりで、まともな恋愛、純愛なんてひとつもなかった。
「ところで、前々からお願いしてたモデル、週末あたりにどう? ちょうど祝日もあるし、一日くらい空いてない?」
「…………別に、いいけど」
 これだけ写真を撮って、まだ足りないのだろうか。
 まあ、一日くらい、相手してやっても構わない。それに淀川のモデルを引き受けることは、早瀬に対するちょっとしたいやがらせになるかもしれない。
「……でも、どんな?」
「それは当日のお楽しみ……じゃ、だめ?」
「…………別に、いいけど」
 わざわざ私に依頼する以上、あまり普通のシチュエーションではあるまい。
 SMか、レイプか、それとも乱交か。あるいは野外露出とかかもしれない。
 なんにせよ、〈普通〉ではないのなら望むところだった。
「じゃ、詳しいことは後で連絡する。あ、あと、これ、トシには内緒ね」
 階段を上ってくる足音が聞こえたところで、淀川は悪戯っぽく人差し指を唇に当てた。


 次の週末……連休の初日。
 遅い時刻に起きて、軽い昼食をすませてから、指定された淀川のアパートへと向かった。
 地下鉄を降りて、徒歩十分弱。
 空はどんよりと曇っていて、雨になりそうな雰囲気だった。湿度は高めだけれど、あまり暑くないのは幸いだった。
 私は、某お嬢様女子校の中等部の制服――〈パパ〉が買ってくれたもの――を着ていた。
 淀川と電話とメールで打ち合わせて決めたものだ。リクエストは〈いいところのお嬢様っぽい服装、中高生らしくて、過度に露出しないもの〉ということで、私が挙げた手持ちの〈仕事着〉のリストから、淀川が選んだのがこれだった。
 同じ女子校の高等部の制服も持っていたけれど、中等部の制服の方が可愛らしいとか、高校生よりも中学生の方がイケナイ雰囲気が出ていいとか、そんなことを言っていた。
 長い髪は一部分だけ編み込んで、上品かつ可愛らしい雰囲気を醸し出している。
 縁なしの眼鏡で、真面目な優等生っぽい演出をしている。
 学校にいる時と同様、表情のない顔。
 気軽に愛想を振りまいたりはしない、クールなお嬢様。
 それが、今日の私の設定だった。
 さて、どんな相手と、どんなことをさせられるのだろう。
 メールで送られてきた地図を見ながら、歩いていく。
 場所が特殊なラヴホテルではなく淀川のアパートだから、それほど過激なことではないのかもしれない。今日は隣人が留守だから、多少大きな声を出しても平気とは言っていたけれど。
 歩きながら、ふと思いついて、コンビニでミネラルウォーターを買い、〈クスリ〉のカプセルをひとつ飲んだ。
 たとえアブノーマルなシチュエーションであっても、撮影のための演技と割り切ってしまうとつまらない。〈クスリ〉を飲めば興奮するし、感じやすくなる。多少なりともリアルっぽく受けとめることができるだろう。
 これで、準備はできた。
 淀川のアパートが見えてくる。
 前回訪れた時は夜だったし具合が悪かったから、外観なんて覚えていなかったけれど、地図を見れば間違いない。
 どんなセックスをするのか予想できない状況って、少し、いいかも。
 そんなことを想いながら、呼び鈴を押した。


「………………」
 部屋の中に通された私は、しばらく言葉を失っていた。
 驚きに目を見開いて、二度、三度と瞬きを繰り返し、目に映っているものを確認する。
 私の前に立つのは、無表情ながらも微かに笑みを浮かべた淀川。
 その隣にいるのが……
「…………今日の、相手?」
「そう」
 表情にはほとんど出ていないだろうけれど、内心、かなり驚いていた。まったく予想外の相手だった。
「…………少し、驚いた」
「そのために内緒にしておいたんだもの」
 淀川の笑みが大きなくなる。悪戯に成功した、という表情だ。
 隣にいる私の相手も……たぶん、笑っているのだろう。こちらは無邪気な表情を浮かべている。

 ……金色の尻尾をぱたぱたと振りながら。

 ……。
 ……そう。
 淀川が用意していた〈相手〉は、大きな、美しい毛並みの、ゴールデンレトリーバーだった。
「…………獣……姦?」
「うん。さすがに、動物は経験ない?」
「………………同性のネコなら」
 淀川には聞こえない程度に、ぽつりとつぶやいた。
「え?」
「……なんでもない」
 この時考えていたのは、もちろん本物の猫ではなく、先日のみーことのセックスのことだった。
「獣姦モノのアンソロの仕事が入ってさ。評判がよければシリーズ化するっていうし、気合い入れて描いてみようと思って」
「……このオトコ、どうしたの?」
 〈犬〉ではなく〈オトコ〉と呼んだのはわざとだ。それが、セックスの相手であることを強調する意味で。
 淀川の飼い犬ではあるまい。夏休みに来た時には犬を飼っている気配なんてなかったし、そもそもゴールデンはアパートで飼う犬でもない。
「大学の友達に借りてきた」
「……借り物をこんなことに使って大丈夫? それに、うまくできるかしら。いくら私でも、本物の牡犬を誘惑するやり方なんて知らないわ」
「んー、それはたぶん大丈夫。その友達も、実はこーゆーことしてるんじゃないかって思ってンだよね、私は」
 獣姦なんてかなりアブノーマルな行為だろうに、実践している人がそんな身近にいるとは驚きだ。
「……だったら、その友達に頼めばよかったのに」
「それとなく、ほのめかしてはみたけどね。でもあれは「絶対にやだ」って反応だったな。獣姦なんてアブノーマルなこと、人知れずこっそり楽しむのはいいとしても、他人の見ている前でなんて抵抗あるでしょ、普通の人は。いや、普通の人は、ノーマルなセックスだってカメラの前じゃできないか」
「……普通の人は、獣姦もしないと思うけれど」
 私でさえ未体験なのだ。
 犬とのセックス。舐めさせるだけとかならともかく、最後までとなるとかなりハードルは高い気がする。
「それに、キャラが違うんだよねー。いま考えてるヒロインはクールビューティなお嬢様系で、他人に心を開かないタイプ。唯一心を許す相手が、子供の頃から飼っていた愛犬で、ついにはセックスしてしまうって展開なの。でもその友達は、顔は可愛いし巨乳なんだけど、ぽっちゃり、ぽわぽわ系で、人当たりがよくて……イメージが違うんだわ」
 そう言って苦笑した。
「その点、莉鈴なら雰囲気ぴったりなんだけど……っていうか、莉鈴のことを考えてヒロインの設定決めたんだけど、さすがに犬はだめ?」
「…………別に、どうでもいいわ」
 素っ気なく応える。
 確かに最初は驚いたけれど、考えてみれば、相手が人間だろうと犬だろうと、牡であればやることは一緒だ。それに、私が普段セックスしている相手は、ケダモノ同然の早瀬である。
 いいかもしれない――そう、思った。
 人間ですらない、本物の獣に穢される。
 私のような女には相応しいことかもしれない。
 そう考えると、昂ってしまう。
 床に膝をついて、目線を〈お相手〉と同じ高さに下げた。
「……彼の、名前は?」
「ラッシー」
「……それって、コリーの名前じゃないの?」
 犬の名前としては、世界でもっとも有名なもののひとつ。それだけに、犬種が違うと違和感がある。
「別に、ゴールデンにラッシーって名前つけてもいいんじゃない? たとえば三毛猫にタマとか、白猫にミケって名前をつけちゃいけないなんて決まりもないでしょ」
 言われてみればその通りだ。しかし三毛猫にタマはともかく、白猫にミケと名付けるのは相当なへそ曲がりだろう。
 ラッシーに顔を近づける。
 いきなり、口元を舐められる。
 人見知りはしない性格のようだ。軽く尻尾も振っていて、愛想がいい。
 私も口を開いて舌を出す。
 舌と舌が触れ合う。
「これ、使うといいよ」
 そう言って淀川が渡してくれたのは、蜂蜜の入った小さなプラスチックボトルだった。
 なにに使うのか、は聞くまでもない。
 舌を伸ばして、その上に小さじ一杯分弱を垂らす。
 そうして、ラッシーの前に顔を突き出す。
 たいてい、動物というのは甘いものに目がない。ラッシーも例外ではなく、貪るような勢いで、口を、舌を、押しつけてきた。濃厚なディープキス同様に、舌と舌が絡み合う。
 これまで犬を飼ったことはないから、犬とのディープキスは初めての経験だった。人間相手と変わらず、いや、それ以上に気持ちいいかもしれない。なにしろ相手は、舌の長さと器用さでは人間の比ではない生き物である。
 身体の芯が、熱くなってくる。〈クスリ〉もそろそろ効きはじめているし、私もスイッチが入ってしまいそうだ。
 ラッシーとのキスに、本気になってしまう。
 彼は夢中で蜂蜜を舐めている。口の中の甘みがすっかり舐めとられてしまう頃には、淀川の撮影の準備もできたようだ。
 ビデオカメラは二台。一台はベッドの横に三脚で固定され、もう一台は淀川が持っている。
 一眼レフのディジタルカメラも二台。こちらも一台はビデオカメラ同様に三脚に乗せてある。
 あとは私が、レンズの視界に入ればいい。
 ラッシーから口を離し、間近で見つめ合う。
 黒い、大きな瞳。けっこうハンサムかもしれない――ゴールデンとしては。
 軽く首を傾げるような仕草を見せている。
「……あなた、甘いものが好きなのね。もっと、欲しい?」
 言っていることがわかるのだろうか。微かにうなずいたように見えた。
 私も静かな笑みを浮かべる。
「……いいわ、こちらにいらっしゃい」
 立ち上がって、スカートのファスナーを下ろす。
 足元に落ちたスカートを拾いあげ、闘牛士のムレータのように、ラッシーの目の前でひらつかせた。
 その動きに誘われて、後をついてくるラッシー。
 私はベッドの上に座り、脚を大きく開いた。
 今日の下着は〈お嬢様〉らしく、レースの高級品だ。
 恥丘の上で、蜂蜜のボトルを逆さにする。純白のレースの上に、黄金色の糸が滴る。
「……おいで」
 笑みでラッシーを誘う。
 お嬢さまらしく、淫猥さは抑えて、適度に上品に微笑む。
 多少のあどけなさも残し、やや大人っぽい中学生が、精いっぱい背伸びして男を誘惑しているという雰囲気で。
 その効果か、単に蜂蜜に目がないのか、ラッシーはこちらが退くくらいの勢いで鼻先を押しつけてきた。
 大きな長い舌が、下着に押しつけられる。偶然か、ちょうどいちばん敏感な部分を狙い撃ちされる形になった。
「――っっ!!」
 鋭い刺激。
 一瞬、身体に電流が走ったような感覚だった。
「ん……っ、く、……ぅんっ!」
 ぴちゃぴちゃと音を立てて舐めはじめるラッシー。
 それは純粋に蜂蜜が目当ての行為のはずなのに、私を悦ばせようとする人間の男の舌よりもずっと気持ちよかった。下着の上から舐められただけで、びりびりと痺れるようだ。
 唇を噛む。
 上半身の筋肉が強張る。
「……ぁっ! ……これ……いィ……っ、くぅ……っ」
「いいね、その調子で続けて」
 ビデオカメラを構えた淀川に視線を向ける。
 カメラから伸びたケーブルは、壁際の大きな液晶テレビにつなげられ、私の姿が映し出されていた。
 股間にラッシーの鼻先を押しつけられて、甘い声をあげて喘いでいる。
「い……ィいっ……んっ、んんっ……んぅんっ!」
 必死に抑えて、あまり大きな声は出さない。
 今日の設定は〈お嬢様〉だから、あくまでも〈お淑やか〉が基本。
 だけど、抑えきれない。
 ラッシーの舌は、気持ちよすぎる。
 我慢できなくなってしまう。
 すごく気持ちよくて、だけど、ぎりぎりのところでおあずけされている感覚だった。薄いレースの下着の存在さえ、邪魔になっていた。
 もっと、気持ちよくなりたい。
 この気持ちいい舌に、直に舐められたい。
 もっと感じたい。犬に舐められて、めちゃめちゃに乱れたい。〈お嬢様〉の演技なんてできなくなるくらいに。
「……ちょっと……待って」
 甘みがなくなったのか、舐める勢いが少し衰えた隙に、ラッシーの頭を押し戻した。
 下着を脱ぐ。
 上半身は上品で可愛い制服のままなのに、下半身はオーバーニーソックスだけの裸、局部が露わにされる。
 蜂蜜のボトルのキャップを外す。
 もう、上から垂らすなんて生易しいことはしていられない。
「ん……っ」
 細くなったボトルの先端を、挿入する。
 柔らかなプラスチックボトルをぎゅっと押す。
 自分の中に、蜂蜜を注ぎ込む。
 少しくらい、奥まで入ってしまっても平気。だって、ラッシーの舌は人間よりもずっと長くて器用だから。
 膣内で、私の愛液と蜂蜜がブレンドされていく。
「……いらっしゃい、ラッシー」
 たっぷりと蜂蜜を流し込むと、指で割れ目を開いて誘った。
 間髪入れず、ラッシーが顔を押しつけてくる。
「あひゃぁぁぁっっ! あぁぁっっ!」
 いきなり、悲鳴を上げてしまった。
 性感帯に直に触れる犬の舌の刺激は、想像を超えていた。
 凄い勢いだった。その動き、その速さ、人間の舌には真似ができない。
 割れ目に押しつけられるラッシーの舌。
 とても長くて、自在に動く器用さを持っている。
 既に濡れそぼっていた私の陰部は、それをすんなりと受け入れてしまう。
 私の中に、入ってくる。
 偶然ではなく、ラッシーが意図した動きだった。
 膣から染み出る蜂蜜を、一滴残らず舐め取ろうとする。
 人間よりもずっと長い舌が、割れ目や入口周辺だけではなく、奥の方まで届いている。
 その動きは人間とは比較にならないほどに速く、激しく、力強かった。
「あぁ……っ、あっ、ぁんんっ! んっ、くぅん……っ、んはぁぁぁっ!」
 びちゃびちゃと音を立てて、大きな舌が割れ目全体を舐める。
 クリトリスを舐め上げられると、視界が真っ白になる。一瞬、意識が飛ぶ。
 舌が中に入ってくる。
 信じられないくらい、奥まで。
 気持ち、いい。
 気持ち、いい。
 こんな経験をしてしまっては、もう、人間にされるクンニリングスなんて話にならない。この快感に比べれば、つまらない子供だましのようなものだ。
 しかもこの舌の勢いは、いつまでも止まらない。
 疲れもせず、飽きもせず、人間の男には不可能な勢いで舐め続けている。
 甲高い悲鳴が絶え間なく上がる。
 二度、三度、立て続けに絶頂を迎えてしまう。
 しかしラッシーはお構いなしに、舐めることをやめようとしない。
 私はベッドに座っているのも辛くなって、倒れるように仰向けになった。
 身体を弓なりに仰け反らせる。
 腰を突き上げ、ラッシーの舌をより深く導き挿れようとする。
 無理に伸ばした脚が攣りそうになる。
「あはぁぁぁっっ! あぁぁっ! ひぃぃっ、ひぃぅぅっ……あぅぁっ、あぁぁ――っ!」
 舌の動きは止まらないどころか、むしろ加速していくようだった。
 びちゃびちゃと、泥濘をかき混ぜる音が続く。
 私の悲鳴も止まらない。
 舌が、私の中で蠢いている。
 複雑で、襞が絡みついてくるようだと評判の膣。その襞のひとつひとつの隙間まで、くまなく舐め回している器用な舌。
 それが、私を狂わせる。
 いつまでも続く、激しすぎる愛撫。
 人間の舌には不可能な持続力で、何度も、何度も、私に悲鳴を上げさせる。
 心底、気持ちよかった。
 犬に舐められて、本気で感じていた。悦んで、腰を振っていた。
 いつまでも、こうしていたかった。
「ラッシーも、その気になってきたみたい」
 淀川の声で我に返る。
 見ると、ラッシーのお腹の下から、普段は毛皮に隠れて見えないペニスが顔を覗かせていた。
 赤い、生肉の色をしていた。
 太さは人間のものより細めだけれど、長さはそれなりだ。
 これまで、ラッシーにとっては甘いおやつに夢中になっていただけで、性欲ではなく食欲で行動していたはずなのに、いつの間に勃起していたのだろう。
 私が発する〈牝〉の匂いに反応して、その気になったのだろうか。
 舐めるのをやめ、私の身体に覆いかぶさろうとしている。
「ん……」
 舌による愛撫で感じすぎたせいか、力が入らない。それでもなんとか、身体の向きを変えた。
 俯せになって、ベッドに手をついて、膝を立てて、四つん這いになる。
 交尾する牝犬の体勢。
「……いいわ……来て」
 誘うようにお尻を振る。
 間髪入れず、ラッシーが背後から抱きついてきた。
 私の上にのしかかって、胸のあたりに前脚を回してしっかりとしがみついてくる。苦しいくらいの力だった。
 そして、腰を押しつけてくる。
 その勢いも凄い。めちゃくちゃに腰を振っている。
 ペニスの先端が、内腿やお尻、そして割れ目に当たる。
 その都度、身体がびくっと震える。
 だけど、なかなか入ってこない。人間のように、手を添えてゆっくり挿入しようなどとは考えないらしい。ただ闇雲に腰を振っているように思える。本物の牝犬には、これをスムーズに受け入れられる身体の仕組みが備わっているのだろうか。
 私としては、意図的に焦らされているような気分だった。さんざん舐められて昂ったところで、ペニスが当たって、擦られて。
 なのに、挿入してもらえない。
「んっ……んくぅ……んっ」
 なんとか受け入れようと、ラッシーに合わせるように腰を振る。
 そして……
「ぅ……ん……あぁぁぁんっっ!」
 入ってきた。
 ラッシーのペニスが私を貫いた。
 待ち望んでいたものを与えられて、歓喜の悲鳴を上げる。
 ラッシーはさらに勢いを増して、腰を打ちつけてくる。
 人間の男よりもずっと速い、獣ならではの、機関銃のような動きだった。
「あっ、あぁっ、あんっ、あぁっあぁぁんっあぁぁっあぁぁぁ――っ!」
 激しく擦られ、膣の粘膜が灼けそうだった。深く、深く、打ち込まれてくる。
「あぁぁっ、あぁ……ぁぁんっ! おっ……きぃ……んっ」
 私の中に在るものは、だんだん大きくなってくるようだった。もう明らかに、平均的日本人男性のサイズよりを超えている。人間と違って、挿入後に本格的に大きくなるのだろうか。
「あぁっ……いィ……これっ、あんっ、あぁ……」
 狭い膣の中を、膨らんだペニスがいっぱいに満たしている。
 濡れた粘膜同士が絡み合い、ひとつに溶け合うような感覚だった。
 すごく、熱い。
 人間とする時よりもずっと熱く感じる。犬の方が体温が高いためだろうか。
 人間とのセックスとはずいぶん違う感覚。精神的なものだけではなく、肉体的にも、想像していたよりもずっと気持ちいい。
 背中やお尻に触れる毛皮の柔らかい感触も、獣ならではのものだった。
「あっ……んんっ、あぁんっ! あぁっ……あぁ……、……えぇっ?」
 初めて体験する快楽に浸っていたところで、ふと、違和感を覚えた。
 すごく大きくなって、私の中をいっぱいに満たしていたラッシーのペニス。
 それが、さらに大きくなっているように感じる。
 それも、入口近くだけが。
 拡げられて行く痛み。
 早瀬のものよりも太い気がする。
「う……そ……、まだ、大きくなるの……?」
 さすがに、怖くなってきた。
 なにしろ獣姦なんて初めての経験なのだ。ラッシーのペニスがどこまで大きくなるのかもわからない。いくらなんでも、これ以上大きくなるというのは少し恐い。
 思わず、助けを求めるような視線を淀川に向けた。
「あは……、それ、瘤だよ」
「……こ、ぶ?」
「知らない? 犬科の動物って、交尾の時、ペニスの根元が瘤状に膨らむの。それが栓になって、抜けたり、精液が漏れたりするのを防ぐんだって。テレビの動物番組とかで、牝が引っ張られるように交尾しているところ、見たことない?」
 いわれてみれば、そんな光景を見たことがあるかもしれない。
 どんなに締まりがよくても、棒状のペニスでは、力いっぱい引っ張られても抜けないようにするなんて不可能だ。しかし、球状ならばあり得る話だった。
「……合理的ね……ぁんっ、それに……すごくっ……気持ち……いいぃっ!」
 腰が、勝手に蠢いてしまって止まらない。
 膨らんだ瘤に、入口周辺の敏感な部分が刺激される。
 そして、大きなペニスが奥まで詰め込まれている。
 不思議な感覚だった。
 深々と貫かれる感覚と、入口が限界まで拡げられる感覚が同時に襲ってくる。
 もう一度、モニターに視線を向けた。
 そこに映し出されているのは、紛れもなく、犬とセックスしている私の姿。
 四つん這いになって、大きな獣に背後からのしかかられている。
 いやらしい顔をしていた。だらしなく開いた唇から、涎が流れ出している。
 ラッシーも大きく口を開けて、長い舌を伸ばして荒い呼吸をしていた。涎が、背中に滴り落ちる。
 過去、数え切れないほど経験してきた人間相手のセックスとは、またぜんぜん違う光景だ。
 だから、興奮してしまう。
 私は今、犬と、獣と、セックスしている。
 そのことに嫌悪感を抱くどころか、本気で感じてしまっている。
 そんな自分は唾棄すべき存在であるけれど、だからこそ、興奮してしまう。
 犬に犯されて悦ぶ女。
 犬とセックスして、本気で感じてしまう女。
 私に相応しい姿、相応しい称号ではないか。
 だから、もっと感じたい。
 もっと、堕ちたい。
 絶頂を迎えるために、下半身に意識を集中する。

 なのに――

 そんな楽しみを妨げる、邪魔者が乱入してきた。

 いきなり、玄関の呼び鈴が立て続けに鳴らされる。
 淀川が対応するまでもなく、ドアが乱暴に開かれる。
 床を踏み抜きそうな足音とともに、飛び込んでくる大柄な男。
 淀川は驚いた様子もなく、むしろ、意地の悪い笑みを浮かべていた。
 室内の光景を見た瞬間に凍りついた男に向かって、からかうように言う。
「早かったわね、トシ。……新記録?」
 いうまでもなく、飛び込んできたのは早瀬だった。
 汗をかいて、息を切らせている。
 口をぱくぱくさせているのは、走ってきて呼吸が苦しいせいか、それとも、眼前の光景に言葉を失ったせいか。
 手に、携帯電話を握っている。
 それを見て、状況を察した。
 私が気づかないうちに、淀川は早瀬にメールで知らせていたのだろう。ここで、今、なにが行われているのかを。
 もしかしたら、写真や動画も添付されていたのかもしれない。もちろん、そんなものがなくても効果は大差なかっただろうけれど。
 それを見て、早瀬は大慌てで走ってきたというわけだ。当然、見過ごせることではあるまい。
「……な……なんだよ、これ!?」
 声が震えている。
「見ての通り。莉鈴ちゃんの獣姦初体験」
 淀川は平然と応える。
「な……なんで、こんなこと……」
「私の新作のためのモデル。前から頼んでたのよ」
「ばっ……、や、やめさせろ! すぐに!」
「……どうして?」
 激昂している早瀬と、いつも以上に冷静な淀川。
 両極端のふたりの対比。
 挑発的な視線を早瀬に向ける。
「どうして、って……」
「莉鈴ちゃんは、あんたの彼女?」
「……違う」
「あんたの所有物?」
「……」
「あんたひとりに操を誓ってる?」
「…………」
「なぜ、莉鈴ちゃんの行動について、あんたに口出しされなきゃならないの? 私が個人的に彼女にお願いして、快く引き受けてもらったことだもの。あんたにとやかく言われる筋合いはないし、そんな権利はない」
 言っていることは正論ではあるけれど、その口調はかなり挑発的で、早瀬をわざと怒らせようとしているのは明らかだった。
「……ばっかじゃないの? ちょっとセックスしただけで、俺の女気取り? だいたい、普段から援交とかしてる子じゃない。それとも、スケベオヤジに金で買われるのはよくて、この可愛い犬とセックスするのはだめなの?」
「……っ」
 たたみ掛けるような淀川に対して、早瀬は反論できずにいる。
「あんたなんか、莉鈴ちゃんにとっては大勢のセフレのひとりでしかないじゃない。なに怒ってンのよ、バカ」
 まったく容赦なく斬り捨てた。
 怒らせようとしているというか、弟苛めが趣味なのかもしれない。
 確かに、早瀬とは、私がどんな人間であるかを理解した上での関係なのだ。誰となにをしようと、早瀬に口出しする権利はない。
 だからといって、早瀬にとっては愉快なことではあるまい。普段から、〈デート〉の後とか、他の男との関係をほのめかす発言をした時とか、あからさまに機嫌が悪くなるのだ。
 ましてや今回は、私と早瀬の関係を知っている実の姉が手引きしたことなのだから、怒らずにいられるわけがない。
 不機嫌どころではない。かなり本気で怒っている表情だった。
 三十センチ近い身長差で、淀川を見おろしている。
 顔は怒りに歪んでいる。
 その表情は先日の、教室での騒ぎの時の早瀬を想い出させた。
 拳を握りしめている。
 盛り上がった腕の筋肉が、小刻みに震えている。
 今にも淀川に殴りかかりそうな雰囲気だった。
 あの、叩き割られた机の天板が脳裏に浮かぶ。
 華奢な私にしてみれば、想像を絶する怪力だった。
 あの豪腕が、拳が、淀川に叩きつけられたら、どうなってしまうのだろう。
 考えるまでもなく、大怪我はまぬがれない。
 だから思わず、姉弟げんかに口を挟んでしまった。
「……早瀬、いいところなんだから、邪魔しないで」
 早瀬の視線が私に向けられる。
「…………これ、すっごく気持ちいいの。邪魔するなら帰って」
 淫靡な笑みを浮かべつつも、強い口調で言った。
 早瀬の表情が微かに変化する。怒っているのは相変わらずだけれど、ほんの少し、困ったような顔になる。
 この状況で淀川を殴ることはできても、私に拳を向けるわけにはいくまい。淀川の言う通り、早瀬にそんな権利はない。
 私と早瀬は、私の気まぐれでセックスしているだけの関係なのだ。その私が淀川寄りの立場を明確にすれば、早瀬は怒りを露わにできなくなる。淀川に怒りをぶつけることもできまい。
「……おとなしくしているなら、見ていてもいいわ。……本物の獣姦を生で見る機会なんて、滅多にないわよ?」
 悔しそうに唇を噛んでいる早瀬。
 握られた拳も、震える腕も相変わらずだけれど、一瞬前までの暴発しそうな殺気は薄れはじめていた。とりあえず、今すぐその拳が振るわれることはなさそうだ。
 それでも、立ち去ろうとはしない。少し距離を置いて、私を睨んでいる。
 彼の性格を考えれば、そうなるだろう。DVDの時もそうだった。腹立たしげな表情で、しかし、片時も目を逸らさずに見ていた。
 結局のところ、早瀬にとっての私はまず第一に性欲の対象なのだ。私の痴態から目を背けられるはずがない。
 それにしても、淀川はどうしてこんなにも早瀬に対して挑発的なのだろう。
 前回、早瀬の部屋でもそうだった。
 一般に、姉弟というのはこんなものなのだろうか。私はひとりっ子なので、そうしたことはよくわからない。
 恐くはないのだろうか。
 早瀬が本気で怒って腕力に訴えたら、女としても小柄な淀川など為す術もないだろうに。
 十六年間、一緒に暮らしていた者の自信だろうか。
 もしかしたら、私が口出しする必要などなかったのかもしれない。早瀬が淀川に対して簡単に拳を振り上げるような性格であれば、これまで無事だったはずがない。
 とはいえ、早瀬が好意を寄せる私という存在は、あのふたりの間にこれまで存在しなかった新しい要素だ。恋愛感情が家族愛を凌駕する可能性は少なくないだろうに。
 しかし淀川の態度を見ていると、口出しなどしなくても平気だったのかもしれない。
 とにかく、いちばん危険な状態は脱したようだ。
 淀川はまたカメラを構え、早瀬は、怒りを基調とした複雑な表情で私を睨めつけている。
 そこで私は、ラッシーと、彼が与えてくれる感覚に意識を戻した。
 室内の騒ぎをよそに、ラッシーは元気なままで、私の中をいっぱいに満たしていた。
 奥の奥まで突き入れられている、太いペニス。
 引き裂かれそうなほどに入口を拡げている、大きな瘤。
 それらに意識を向ければ、軽く腰を動かしただけで達してしまいそうだった。
 引っ張られると、内臓を引きずり出されるような感覚がよすぎて、悲鳴を上げてしまう。人間のペニスではありえない、不思議な感覚だ。
 これと同じような、瘤つきのバイヴなんてものがあったら売れるかもしれない。だけど、挿入後に瘤を膨らませる仕掛けが難しいだろうか。かといって、最初から大きいままでは挿入するのも難しい。
 そんなことを想いながら、ちらりとモニターを見る。
 いや、やっぱりだめだ。バイヴなんかじゃだめだ。
 これは、獣に穢されているというところがいいのだ。無機的な機械では、獣を相手にしているという背徳感がなくて興醒めに違いない。
「あっ……ん……ぁぁっ!」
 熱いものが流れ込んでくる。
 だけど、普段の射精の感覚とは違う。
「あ……なにか……流れ込んでくる……すごく、熱いの……。これ……射精……?」
「だね。人間みたいに一気に放出するんじゃなくて、時間をかけて出すらしいよ。で、トータルの量では人間よりも多いんだって。瘤で栓をされているから、それが一滴残らず子宮に注ぎ込まれる……って考えたら、ぞくぞくしない?」
「……そうね……素敵だわ」
 獣の体液が、私の胎内を満たしていく。その光景を想像して興奮する。
 膣奥が、子宮が、びりびりと痛いほどに痺れるよう。
 感じすぎて、身体に力が入らない。
 腕で上半身を支えているのも辛くなって、ベッドの上に突っ伏した。
 お尻だけを突き上げた体勢になる。
「あ……ァ……、いぃ……あぁっ! あ、ん……っ! あぁぁっ!」
 喘ぐために口を開くたびに、涎がこぼれる。
 力が入らないのに、腰から下は、意志を持った別の生き物のように勝手に蠢いてしまう。
 そして、私を狂わせる。
 モニターに映し出されているのは、大きな犬に犯されて、だらしなく口を開けて悶えている少女。
 その姿には、人間の尊厳など微塵もない。
 犬に与えられる快楽に浸って、悦んでいる。
 この姿、いい。
 後で、DVDにダビングしてもらおう。
 普通のアダルトビデオより、ずっと興奮する。
 〈演技〉じゃないから。
 犬とセックスして、なのに本気で感じているから。
 しかもその姿を、私に好意を抱いている男に見られている。
 これ以上はない屈辱。
 だから、興奮してしまう。
 どんどん、昂っていく。
 そして、
「いぃ……いぃのぉ……っ! これ……っ! あぁぁぁぁ――――っっ!!」
 ついに、達してしまった。
 犬とセックスして、本気でいってしまった。
 全身から力が抜けていく。
 視界が暗くなり、失神しそうになる。
 だけど、まだ大きなままの瘤の刺激が、それを許してくれなかった。


 ラッシーとつながっていたのは、かなり長い時間だったような気がする。
 最後の方は、もう意識が朦朧としたわけもわからない状態で、記憶も曖昧だった。
 気がついた時には、ひとりでベッドに寝ていた。
 下半身は裸のまま、愛液と精液にまみれて、それに汗も加わってシーツはぐっしょりと濡れていた。
 ラッシーは満足げに昼寝をしていて、淀川は楽しそうに動画や写真をチェックしている。
 ただひとり早瀬だけが、これ以上はないくらいに不機嫌そうな顔をしていた。


 DVDをダビングしてもらっている間に、シャワーを浴びた。
 不思議なくらい、落ち着いていた。
 いつものセックスの後のような、不安定な精神状態にはなっていない。あの、まるで禁断症状のように襲ってくる、自傷を求める衝動も今は希薄だった。
 相手が、獣だったからだろうか。
 獣に穢される――それは〈罪〉であると同時に、それ自体が人間としてのプライドを引き裂く〈罰〉でもある。だから、それ以上の罰を求める必要はないのかもしれない。
 だけど、この後の展開を予想すれば、落ち着いた状態も長くは続かないだろう。
 だから、念入りに身体を洗った。
 膣の中もシャワーを当てて、指を奥まで挿れて、綺麗にした。
 本当は、洗い流したくなかった。
 犬の精液が胎内に在る――そう想うだけで興奮してしまう。
 だけどやっぱり、洗っておくのがマナーだろう。
 おそらくこの後、早瀬にされることになるはずだ。
 淀川が、早瀬に、私を送っていくようにと言っていたから。
 車で送っていってあげたいけれど今日中にラッシーを返しにいかなきゃならないし、今すぐ描き始めずにはいられないくらい創作意欲が盛り上がっているから――と言っていたけれど、本音は、これも早瀬に対するいやがらせかもしれない。
 今、私と一緒にいることは、早瀬にとっても苦痛だろう。


 淀川のアパートを出ると、外はもう暗くなっていた。空は厚い雲に覆われているから、暗くなるのも早い。
 早瀬は私の手首をつかんで、引っ張るように歩いていく。
 遠目には手をつないで歩いているように見えなくもないけれど、実際には、そうしなければ逃げ出してしまうとでもいうくらいに力を込めて私をつかまえていた。
 こんな風に早瀬と歩くなんて、初めてかもしれない。
 早瀬の家からの帰りは、自力で歩けなくて抱いていってもらうことが多いし、そうでなければ手なんてつなげないくらい距離を空けている。
 そもそも、自分で歩けるなら早瀬に送ってもらうことも少ない。ひとりで帰る私と、勝手に後をついてくる早瀬、という構図になるから、必然的にふたりの距離は広くなる。
 歩いている間、そして地下鉄に乗っている間、ふたりともずっと無言だった。
 私の方から早瀬に言いたいことなんてない。
 早瀬も、相変わらず怒ったような顔で唇を噛みしめている。
 駅に着くと、私の腕を引っ張るようにして電車を降り、改札を抜けた。
 私と早瀬は、最寄りの駅は同じだけれど、駅を出てからの方向はまるで違う。しかし早瀬は当然のように、自分の家の方へと引っ張っていった。
「…………あなたの家へ、行くの?」
 わかっていたことだけれど、あえて確認するように訊く。
「ああ」
「……そう」
 機械よりも抑揚のない声のやりとり。
 淀川のアパートからここまで、唯一の会話がこれだった。
 予想していたことだし、抗ったところで敵うはずもない。そして、拒絶する理由もない。
 黙ってついていく。
 早瀬は少し、早足になっているようだった。
 握り締められている手首が痛い。早瀬が本気を出せば、握られただけで腕の骨を折られるのではないだろうか。
 早瀬の家に、早瀬の部屋に、連れ込まれる。力加減を考えれば、引きずり込まれたという表現が正しいかもしれない。
 部屋のドアを閉めたところで、ようやくつかまれていた腕が放された。
 早瀬が私を睨んでいる。
 怒りと欲望が入り混じった、肉食獣のオーラを放っている。
「……私と、セックス、したいの?」
「……ああ」
「…………へぇ」
 嘲笑うように唇を歪める。
「犬とセックスして、本気で感じて、何度もいっちゃうような女に欲情するんだ? あなたも相当な変態ね」
 わざと、怒りを煽るように挑発する。
「大きな瘤まで突っ込まれて、犬の精液でどろどろにされたまんこに挿れたいの? そんなにいいのかしら、こんなものが」
 スカートの中に手を入れ、制服はそのままに、下着だけを脱いだ。
 脱いだスカートでラッシーを挑発した時のように、小さな布を早瀬の前で振る。
 それを広げて見せる。中心に、小さな染みがあった。
「……濡れちゃってる。電車の中で、ラッシーとのセックスを想い出していたからかしら。……あれは、すごく気持ちよかったわ」
 早瀬はかなり怒っている。
 目つきがさらにきつくなる。
 その顔は、さっき淀川に挑発された時や、教室で机を叩き割った時を彷彿とさせた。
「すっごく、よかった。……もちろん、あなたに犯される時よりも、ずぅーっと、ね」
 拳を握った腕の筋肉が盛り上がる。
 ハイエナを虐殺する雄ライオンのような、獣の気配が充満する。
 今日は、本気で怒らせるつもりだった。
 それができる、せっかくのチャンスだ。
 早瀬の〈本気〉の怒りをぶつけられる――想像しただけで身体が熱くなる。これも一種の自傷行為だろうか。
 顔から笑みを消す。
 感情の消えた顔で、無機的な声で、言った。
「…………犬以下」
 早瀬の表情が歪んだ。右腕が動いた。
 本能的に、身体が強張る。
 今度こそ、本気で殴られると思った。それだけの破壊力がある言葉だったはずだ。
 しかし振り上げられた腕は、私に叩きつけられる前に勢いを失い、肩をつかむようにしてベッドに押し倒しただけだった。
 巨体が覆いかぶさってくる。
 スカートがまくり上げられる。
 脚をつかまれ、股関節が軋むほど乱暴に開かれる。
 そして、一気に貫かれた。
「――――っっ!!」
 顔の代わりに、膣の中を殴られたような衝撃だった。
 二度、三度。拳と変わらないくらいに硬いペニスが激しく叩きつけられる。
 上着もまくり上げられる。ボタンが弾け飛び、制服の縫い目が悲鳴のような音を立てる。
 パンツとおそろいのブラジャーが引きちぎられる。
 乳房を握り潰さんばかりに、指が喰いこんでくる。
 その間も、腰は全体重を乗せて叩きつけられる。破壊力はラッシーの比ではない。
 さすがに、いつも以上に乱暴な幕開けだった。本当のレイプだって、ここまで強引ではないのではないか、と想うほどに。
「――っ、ひっ……っっ! んぅ……っ!」
 あまりの激しさに、まともに悲鳴も上げられない。
 腰が叩きつけられるたびに、殴られるのと変わらない衝撃が身体を貫く。
 意識が飛びそうになる。
 しかし早瀬は、さらに加速していく。
「ひぎぃっっ、んんぅ――――――っっ!!」
 お腹を貫くほどに叩きつけられる。
 一気に引き抜かれる。
 そして、熱い白濁液の雨が全身に降りそそいだ。
 間髪いれず、また貫かれる。
 勢いはまったく衰えることなく、むしろさらに激しく、私を犯し続ける。
 私はか細い嗚咽を漏らしながら、早瀬の、血に飢えた獣のような目を見つめていた。


 早瀬は夜中過ぎまでずっと、私を陵辱し続けていた。
 激しいのはいつものこととはいえ、今夜は桁が違った。
 片時の休憩もなしに、ずっと、私を貫いていた。
 引き抜かれるのは、貫く場所を変える時だけ。
 性器、口、お尻。
 どこも、これまでにない激しさで、ただがむしゃらに犯していた。
 行為の激しさもさることながら、今日の早瀬は、表情が、まとっている気配が、いつも以上に怖かった。
 〈パパ〉とのデートの後とか、茅萱とした後とか、先日、淀川の前でした時とか。怒っている早瀬としたことは何度もあるけれど、今日は明らかに次元が違う。

 そんなに怒っているなら、殴ってくれてもよかったのに。

 朦朧とした頭で想う。
 あの拳を叩きつけられていたら、どうなっていたのだろう。
 大怪我は間違いない。骨なんか一撃で折られそうだ。
 当たりどころによっては、私くらい簡単に殺せるのかもしれない。
 早瀬にめちゃめちゃに殴り殺される自分の姿――考えただけでぞくぞくする。
 堪らなく惹かれる光景だ。
 自ら死を選ぶことはできない。それは、安易な逃げだから。
 だから、強制される死――それもできるだけ無残な姿で――に、惹かれてしまう。
 だけど今日のところは、その想いが叶えられることはなさそうだった。
 激怒している早瀬を見るのはこれで三度目だけれど、結局、女の子に手を上げたことは一度もない。
 どれほどの怒りに包まれていても、ぎりぎりの自制心は働くのだろうか。
 その怒りのエネルギーを性欲として私にぶつけはするものの、純粋な暴力として行使されたところは見たことがない。
 一度くらい、抑え切れなくなったことはないのだろうか。特に、執拗に挑発を繰り返す淀川に対しては。
 それとも、淀川にいびられ続けているからこそ、耐性ができているのだろうか。
 淀川や茅萱は、見たことがあるのだろうか。
 本気で怒った早瀬の姿を。その拳が振るわれるところを。
 怒り狂った獣の姿を見ても、茅萱は早瀬を好きだと言い張るのだろうか。
 そして淀川は、あれだけ怒らせて怖くはないのだろうか。絶対に傷つけられないという自信の根拠はなんなのだろう。
「…………?」
 なんだろう。
 なにか、心に引っかかるものがある。
 なにか、違和感を覚える。
 なにかを忘れているような。
 大事なことを思い出せないもどかしさに似た感覚。

 なにか……

 キーワードは、早瀬と、淀川と、茅萱。
 三人は幼馴染で、小さな頃から親しくて……
「…………」
 ふと、脳裏に浮かんだ映像。
 淀川の、顔。
 淀川の眼の下にある、傷。
 あれは、なにを意味しているのだろう。
「――――っ!?」
 突然、もやもやとした感覚がひとつの実体を持った。

 まさか。

 でも。

 直感を元に、ひとつずつ、分析してみる。

 まさか……だけど……

 いろいろなことに、説明がつく。

「…………早瀬……あなた」
 身体が勝手に、早瀬の下から逃れるように動いた。
 本能的なその行動は、恐怖と嫌悪感と、どちらによるものだろうか。
 私を貫いていたものが抜け出る。
「……北川?」
「……早瀬…………」
 その問いを口にする前に、小さく深呼吸する。
 唇を湿らせる。
 「……前に、茅萱が言っていた、早瀬の好きな人って…………淀川?」
「――――っっ!?」
 強張った表情が、すべてを物語っていた。
 隠していた秘密を暴かれたというよりも、自分でも気づいていなかった事実を突きつけられた驚愕の表情。
 早瀬を包んでいた怒りのオーラが一瞬で消え去った。
「な……なに、いきなりわけわかんねーこと言ってんだよ、姉貴なんて……」
 繕おうとする声が震えていた。
 言葉にして口に出したことで、連鎖反応のように考えが拡がっていく。
 考えてみれば、ヒントはあったのだ。
 茅萱は知っていたに違いない。いつも傍にいたから、いつも早瀬を見ていたから、気づいていたのだ。
 早瀬のことが好きなのに、恋人ではない――その状況を、諦めに似た感情で受け入れていた茅萱。
 なのに私に対しては、敵対心を剥き出しにして対抗してきた。彼女は本来、簡単に身を引くような性格ではないのかもしれない。
 近所に住んでいる幼馴染で、普段から仲よくしていて、容姿も悪くなくて。
 そんな茅萱が、しかし、戦わずして敗北を認めてしまうほどの〈特別〉な女。
 私と茅萱以外に女っ気がないように見える早瀬に、そんな特別な相手がいるとしたら、その相手は?

 ……唯一、〈肉親〉しかありえない。

 幼馴染でも敵わない、生まれた時からずっと一緒に暮らしてきた、特別な存在。
 茅萱が敗北を受け入れるしかない相手。
 それが淀川……いや、早瀬 依流だとしたら、納得がいく。
 この部屋で、茅萱が私に向けて発した捨て台詞を想い出した。

 〈代用品〉と――

「…………淀川って、ちょっと、私と似てるよね」
「に……似てねーよ、ぜんぜん!」
 そう答える早瀬は、しかし、狼狽しすぎていた。
 長い黒髪。
 淀川の方が五センチくらい長身だけれど、私の方が胸が大きいけれど、それでもふたりとも女子の平均より小柄で華奢な体格。
 黙っていれば陰性の雰囲気を持った美人。
 〈学校モード〉の時にかけている眼鏡。
 〈性〉に対する、やや……いや、かなり歪んだ嗜好。そして男性経験の豊富さ。
 見間違うような意味での〈似ている〉ではないけれど、共通点は多い。
 なるほど。
 それで、茅萱が激昂していた理由も理解できる。
 淀川が……依流がいるから、早瀬のことを諦めていた。〈彼女〉ではなく、〈仲のいい幼馴染〉の地位に甘んじていた。
 なのに、依流によく似た女が現れ、早瀬がその女を依流の代用品としているとしたら――。
 茅萱は、相手が依流だから諦めたのだ。その代用品にまで負けるのは我慢がならなかったのだろう。
 早瀬の行動も説明がつく。
 いちばんの疑問だった、健気で可愛い茅萱ではなく、私を選んだ理由。
 彼が求めていたのは、可愛い〈彼女〉ではなく、本物にはけっして手が届かない〈姉〉の身代わりなのだ。
 自分を虐げてきた姉への、復讐の想いも含んだ歪んだ愛情と欲望。
 そのはけ口として、私を陵辱する。
 だから、その行為には優しさの欠片もない。
「…………ねえ、早瀬」
 ベッドから降りる。
 脚に力が入らず、そのまま頽れそうになった。何時間も早瀬に犯され続けていたのだから無理もない。
 それでもなんとか踏みとどまる。
「北川……」
「……バカにするなっっ!!」
 思い切り、腕を振りかぶる。
 全体重をかけて、早瀬の顔に右手を叩きつける。
 もっとも、私が全力を出したところで、早瀬にはさしたるダメージも与えられない。逆に、手首に激痛が走った。
 右手首を押さえて呻く。
 殴られた早瀬は、わずかに顔をしかめただけ。
 私は、怒っていた。
 これ以上はないくらい、激昂していた。
 珍しいことだ。
 どんな感情であれ、はっきりと表に出すことは少ない。
 そんな情熱を持って生きてはいない。すべては〈どうでもいい〉ことだ――と。
 いつもは、そう想っていた。
 だけど、この仕打ちは許せなかった。
 この感情、あの時に似ている。
 夏休みに、遠藤とした時。
 遠藤は、私に対して欲情しているわけではないのに、私を犯した。
 それが、許せなかった。
 援交の〈パパ〉たちも、AV男優も、している時は〈私〉に対して欲情している。私を求め、犯している。
 しかし、早瀬は違った。
 その愛情も欲望も、淀川に向けられたものなのだ。
 私が求めているのは、私自身を穢してくれる男だった。他の女の身代わりに陵辱されるなんて、受け入れられることではない。
 茅萱のように、〈代用品〉にされることを受け入れる寛容さは持っていないし、そうまでして早瀬とセックスしたいわけではない。早瀬を心底愛している茅萱とは違う。
 拳を握り、唇を噛みしめる。
 口の中に血の味が広がっていく。
 戸惑いを隠せずにいる早瀬。気づいてしまった感情に、困惑している様子だ。
 私は乱れた衣類を整えもせず、鞄を拾った。
「……さよなら。もう二度とここには来ないわ」
 そう吐き捨てて、部屋を飛び出す。
 早瀬は、追ってこなかった。


 早瀬の家を飛び出して走り出したけれど、すぐに息を切らして塀に手をついた。
 もとより、体力のある方ではない。しかも今日は夕食も食べずに早瀬に犯され続けていたのだ。脚も腰も力が入らない。
 荒い呼吸を繰り返し、少し落ち着いたところで顔を上げる。
 夜中過ぎの住宅地。
 空には月も星もなく、街灯の控えめな明かりだけがぼんやりと道を照らしていた。
 空気が、湿っている。今にも雨が降り出しそうな雰囲気だった。
 歩き出そうとして、また脚から力が抜け、うずくまりそうになる。
 塀につかまって、なんとか身体を支える。
 手をつきながら、足を引きずるようにして歩いていく。
 家まで、この体調で歩いて帰るにはやや遠い距離だった。しかし、こんな深夜の住宅地ではタクシーも拾えない。まずは広い通りに出なければ。
 そう考えたところで、今の自分の姿を思い出した。
 乱れた髪。
 あちこち破かれ脱がされかけた衣類には、無数の精液の染み。
 そして、下着も着けていない。膣から流れ出た精液が、内腿を滴り落ちている。
 公共交通機関はもちろん、このままタクシーに乗るのもはばかられる姿だった。
 どうしたものか……と迷っていると、携帯電話の着信音が鳴った。
 早瀬からの電話。
 そのまま、携帯の電源を切る。
 そして、また、のろのろと歩き出す。
 人気のない、深夜の街。
 朝までかかって休み休み歩いて帰るというのも、おつかもしれない。
 一歩。
 また一歩。
 ゆっくり、ゆっくりと歩いていく。
 考える時間だけは、いくらでもあった。
 ふと、想う。

 早瀬の好きな相手は、淀川。

 淀川は、そのことを知っているのだろうか。
 そして、弟のことをどう想っているのだろうか。
 彼女の作品に近親相姦が多かったことと、なにか関係があるのだろうか。
 今さら、どうでもいいといえばどうでもいいことだけれど、少し気になった。

 そんなことを考えていると、顔に、冷たい雫が当たった。
 空を見上げる。
 雲に覆われた空から、雨が落ちてきていた。

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