第一章

 雨が降っている。
 ホテルを出た時にはまだ小降りだった雨は、歩き出すとすぐに激しさを増し、ほどなくして土砂降りと呼ぶのが相応しい状態になっていた。
 その中をのろのろと歩いていく。
 もちろん、全身ずぶ濡れで。
 通り道には傘を売っているコンビニもある。
 客待ちのタクシーもちらほら見かける。
 ファーストフード店には空席もある。
 だけど、全部、無視。
 お金がないわけではない。
 今日は〈パパ〉から現金は受け取っていないけれど、昨日、別の〈パパ〉からもらった数枚の一万円札は、まだ手つかずで財布の中に残っている。
 ただ、雨を避ける気になれなかっただけ。
 雨の中を、濡れながら歩きたい気分だっただけ。

 けっして調子のよくない身体でのろのろと歩いても、三十分ほどするといつしか周囲は繁華街から住宅地に変わっていた。普段、徒歩で通ることの少ない地区ではあるけれど、おおよその位置関係は把握できる。このままのペースで歩き続ければ、家まではまだ三十分以上はかかるだろう。
 寒い。
 今夜は、もうすぐ六月という時期にしてはかなり気温が低かった。
 空から落ちてくるのは夏を呼ぶ温かい雨ではなく、季節が逆戻りしたかのような冷たい雨。
 身体が震えている。
 寒い。
〈クスリ〉が抜けかけている時は、ただでさえ寒さを感じやすい。それはちょうどアルコールの酔いが醒めていく時の感覚に似ている。
 身体は冷え切っていた。左手首の新しい傷が、骨の髄まで浸みこむような痛みを発している。
「……北川?」
 いきなり名前を呼ばれたのは、似たような家が建ち並ぶ住宅地の、一軒の門の前を通り過ぎようとしていた時だった。顔を上げると、門の内側に傘をさした人影が目に入った。
 若い男性……というよりも、同世代の男子だった。
 背が高く、筋肉質の体格をしている。日本人としてはかなりの大男の部類だ。身長百五十センチに満たない私とは、三十センチ以上の差があるだろう。それでも、顔にはまだ年相応のあどけなさが残っている。
 しばらく、声の主を無言で見つめる。その顔と、なにより体格には見覚えがあった。
「やっぱり北川か。そんなずぶ濡れでなにやってんだ?」
「………………、早瀬?」
 しばらく考えても、名前は思い出せなかった。門に掲げられた表札をちらりと見て、書かれていた名前を読む。
 そういえば、そんな名のクラスメイトがいたかもしれない。
 高校入学から間もなく二ヶ月になるが、考えずともすぐに顔と名前が一致するクラスメイトなど、いまだ片手で数えるほどしかいなかった。
 同世代の他人など興味の対象外だ。ほぼ毎日同じ教室で過ごしていても、顔を覚えている者すら半分に満たないかもしれない。目の前の彼は、たまたま目立つ外見だから覚えていただけのことだ。
 なのに、学校では目立たない容姿をしている私の顔と名前を知らない人間は、クラスはおろか学年全体でもほとんどいないのだから、おかしな話ではある。
 もちろん〈早瀬〉も私のことは知っているのだろう。いや、クラスメイトの顔と名前くらいは知っているのが普通であり、自分が普通でないことは自覚している。
 もっとも、それにしては早瀬の口調は自信なさげだった。人の顔を覚えるのが苦手なタイプか……と思いかけて、そうではないと気がついた。
 今の私は、学校にいる時とはまるで違う。三つ編みにしている髪はまっすぐに下ろし、地味な印象を与える眼鏡もかけていない。オーバーニーソックスに、胸の谷間が見えるくらいにボタンを外したブラウス。その上ずぶ濡れの濡れ鼠。
 学校での私しか知らない人が今の私をぱっと見て、それが〈北川 莉鈴〉だと気がついたら、むしろその方が驚きだ。早瀬は人の顔を覚えるのが苦手などころか、むしろ鋭い方かもしれない。
「……なにか、用?」
 素っ気ない態度で訊く。
「いや……お前、この雨の中、なんでそんなずぶ濡れになってんだ?」
「雨が降ってるから、濡れてる。至極当然のことだと思うけれど?」
 普段通りの――正確に言えば〈学校にいる時の普段通り〉の無表情、プラス抑揚のない無機質な口調で応える。
 早瀬はやや気圧されたような様子だった。おそらく、私みたいなタイプの女の子との会話は苦手だろう。それを言ったら、彼に限らず〈学校モード〉の私との会話が得意な人間など皆無だった。
 そういえば早瀬には、教室でよく話をしている仲のいい女子がいたような記憶がある。明るくて活発で話し好きのタイプの。
 あれは彼女だろうか。普段付き合っているのがあのタイプであれば、やはり私のような人間の扱いには戸惑うに違いない。
「……か、傘、持ってないのか?」
「持ってるように見える?」
「いや……」
 戸惑いというか、なにか恥ずかしがっているようにも見える。こちらを意識しているのは見え見えなのに、まっすぐに直視はしない。
「雨が降っている。傘は持っていない。別に、濡れることは気にしない。だから濡れたまま歩いている。以上、なにか質問が?」
 それで会話を打ち切って歩き出すつもりだった。
 正直なところ、この雨の中での長話はきつい。〈クスリ〉と貧血と低温のために体調は最悪といってもいい。歩いていればまだ意識を保っていられるけれど、黙って立っていたら倒れてしまいそうだ。
「あ……えっと……、よかったら雨宿りしてかないか? 今日は寒いし、そんなずぶ濡れで風邪ひくぞ?」
 一歩踏みだした足が止まる。
 振り返って早瀬の顔を見ると、やや照れくさそうに視線を逸らした。
「…………」
 その表情を見るに、恐らくは純粋に好意による申し出なのだろう。とはいえ、そう簡単に異性の言葉を鵜呑みにするほどうぶでもない。
「……もしかして、下心とか、ある?」
 先ほどからずっと落ち着かない早瀬の視線。それがちらちらと私の胸に向けられていることに気がついていた。
 そういえば、上半身は下着をつけていないのだ。白いブラウス一枚、しかもずぶ濡れの。ぴったり貼りついて身体のラインがはっきり顕れ、胸が透けていることだろう。
 私は小柄で細身だけれど、胸はそれなりに大きい。少なくとも、うぶな男子高校生が意識せずにはいられないくらいには。
「い、いや、ないっ! そんなの全然ないからっ!」
 やや不自然なほど大げさなリアクションだった。
 どうやら、よからぬ下心を抱いていたというわけではなさそうだ。雨宿りの件はやはり好意による発言だろう。
 しかし透けた胸を意識していたのも事実なので、この慌てっぷりというわけだ。
「今、家族は留守で家には俺ひとりだから、気は遣わなくても……」
 素直にそう言いかけたところで、しまった、という表情になった。
 家族のいない家。男の子と二人っきり。普通の女の子ならかえって警戒すると気がついたらしい。
 単純なものだ。同世代の男の子なんて、なにを考えているか丸わかりだ。
 しかしそれ故に、普段は年長者を相手にすることの多い私にとって、いかにも女の子に慣れていない早瀬の反応は新鮮でもあった。
「ホント、別に、ヘンな意味じゃないから!」
「……別に、どうでもいいけどね」
 透けた胸を見られたからといって、どうということはない。いくらなんでも「おこづかいをくれる〈パパ〉にしか見せない」というほどがめつくはないし、そもそも〈パパ〉とのデートだって、お金が主目的というわけではない。
 そして、もしも早瀬が不埒なことを企んで私を家に連れ込もうとしているのだとしても、それこそ〈別に、どうでもいい〉話だった。いまさら失うものがあるわけではない。
「でも、私なんかと関わらない方がいいんじゃないの?」
 そう応えると、一瞬、返答に困ったような表情を浮かべた。その反応から、私に関する〈噂〉を知らないわけではないと判断できた。
 なのに親切にするというのは、よほどのお人好しなのか、それともやっぱりスケベ心を持っているのか。
「……だからって、放っておけないだろ」
 早瀬はややぶっきらぼうな口調でそう言うと、私の腕を掴んで強引に家に招き入れた。


「ところで北川、お前なんで制服なんだ? 日曜なのに」
 家に連れ込まれて、バスルームに案内された。
 バスタオルと着替えを持ってきた早瀬が訊いてくる。
 私は低温と手首の傷のせいでうまく動かない指で、ブラウスのボタンを外そうと悪戦苦闘していた。
「……この方が〈オトナ〉に受けがいいから」
 簡潔にそれだけを答えると、早瀬は赤面したような、困惑したような、複雑な表情になった。どうやら、発言の意味は正しく伝わったらしい。
「そ、そうか……」
 私が援助交際をしているという噂は、学校ではよく知られたものだった。特に隠そうともしていないから、ラヴホ街を〈パパ〉と歩く私を見たという目撃談は少なくない。
 彼は今、その噂が真実であることを本人の口から聞かされたわけだ。
 しかし、それ以上は追求して来ない。ややわざとらしく話題を変える。
「あ、えっと……着替え、俺のだから大きすぎるだろうけど、服、乾くまで、我慢してくれ」
「別に、気にしないわ」
 答えながら、ミニスカートのホックを外してファスナーを下ろした。重く湿ったスカートが足元に落ちる。
 続いて、ブラウスのボタンを外していく。
 目の前に立つ早瀬の存在を無視したように。
 脱衣所から出て行くタイミングを逸して、目のやり場に困って戸惑っている。
 そんな早瀬をちらりと見る。
「……一緒に、入る?」
「じょ、じょーだん言うなよ! あ、温かい飲み物でも用意しておくから。脱いだ服はそこの乾燥機に入れてくれ」
 早口に言って、慌てて脱衣所から出て行った。
 ……ドアに足の小指をぶつけながら。
 そんな光景を見ても私はにこりともせず、ただ淡々と服を脱いでいく。
 やや拍子抜けしたことは否めない。
 口ではああ言っていたけれど、いざ目の前で服を脱がれたら、本能を剥き出しにして豹変するかもしれないと思っていたのだけれど。
 本当にお人好しなのか、単なる臆病なのか。意識はしているのだから、異性に興味がないわけではないだろう。
 大きな筋肉質の身体の早瀬。確か、柔道部だったような気がする。格闘技をやっているからだろうか、どことなく野性的な凄みを感じる。
 もしもあの身体で襲いかかられたら、私は為す術もなく犯されるだろう。しかし今のところ、そうした展開にはならないようだ。
 ブラウスを脱ぐ。
 ソックスも、ショーツも。
 赤黒く汚れた包帯も解く。
 包帯以外の衣類を乾燥機に入れ、バスルームに入った。
 お湯をいっぱいに出す。
 熱いお湯が飛沫となって降り注ぎ、全身を叩く。
 痛いほどの刺激。
 自分で思っていた以上に身体は冷え切っていたようだ。全身がこわばり、感覚も麻痺している。
 お湯を浴びていると、だんだん、感覚が戻ってきた。最初の一瞬、熱湯のように感じたお湯は、実際には心地よい温かさだった。
 こわばっていた身体がほぐれていく。
 温もりが、身体の中に浸み込んでくる。
 左手の指が思うように動かせるようになってくる。
 手首の痛みが少しだけ和らぐ。
 十分間くらい、お湯を浴び続けていただろうか。温まって、さっぱりした気分でバスルームを出た。
 真新しいバスタオルで髪と身体を簡単に拭く。
 早瀬が用意してくれた着替えを手に取る。
 身長百八十センチはある早瀬のTシャツとジーンズは、いうまでもなく私には大きすぎた。Tシャツはまるでワンピースだし、このジーンズを私が履いたら、忠臣蔵の松の廊下を彷彿とさせる姿だろう。
 服を着るより先に、まず汚れた包帯を手首に巻いた。ずっと雨に当たっていたせいか、出血はまだ止まってはいなかった。
 そしてTシャツを手に取り、頭からかぶる。
 ちらりと鏡を見る。
 やっぱり大きい。肩が露わになっていて、ずり落ちてしまいそうだ。
「……まあ、いいか」
 そのTシャツ一枚だけの姿で、脱衣所を出た。

 リビングに戻った私を見て、早瀬は言葉を失っていた。
 一瞬、かなり驚いていた。Tシャツ一枚だけを身に着けた風呂あがりの女の子というのは、相当なインパクトがあったようだ。
 赤面して、なにか言いたげな素振りを見せたけれど、結局なにも言わなかった。
 言えば、変に意識している証拠になる。あるいは、言ったために普通に服を着てしまうのは残念と思ったのかもしれない。
 凝視はしないように気をつけつつ、しかしちらちらとこちらを見ている。
 ソファに腰をおろすと、湯気を立てているカップが前に置かれた。中身はミルクココア。見かけによらずしゃれた選択ではないか。
 冷たい雨に濡れて疲れた身体に、温かいミルクココアは嬉しいメニューではある。しかし、わざと「ありがとう」すら言わずに無言でカップを口に運んだ。
 一口飲んで、おやっと思う。
 舌触りが滑らかで、香り豊かで、すごく美味しい。
 出来合いの、粉を溶かすだけのミルクココアではない。ちゃんとお湯で練って、温めたミルクで溶いた本物のココアだ。このコクは、生クリームも加えてあるかもしれない。
 少し驚いて、思わず早瀬の顔を見た。
 格闘技をやっている者らしい、大きな筋肉質の身体。顔はそこまでごつくはないけれど、かといって繊細な優男というわけでもない。
 この身体で、この美味しいココアを作っている姿を想像するのは少々難しい。人は見かけによらないものだ。
 温かい。
 雨で冷えた身体を温めるには十分で、しかし熱すぎない。
 少しずつ、ゆっくりと口に運ぶ。すぐに飲んでしまうのがなんだかもったいなかった。
「……余計なこと、したか?」
 不意に、早瀬が口を開いた。
 ココアに気を取られていた私は、一瞬、なにを言われているのか理解できなかった。
「……なにが?」
「雨宿りに誘ったこと。あんなに濡れてたのに、北川、ぜんぜん困った様子じゃなかったな」
「……そうね。雨の中を歩くのは嫌いじゃないわ。たとえそれで風邪をひいても、ね」
 むしろそれが望みだ、とまでは言わなかった。言っても理解してはもらえまい。
「……ごめん」
「別に、謝る必要はないわ。雨の中を歩くのは嫌いじゃないけれど、どうしてもしたいっていうほど好きなわけでもない」
「そうか……」
「ココアが美味しかったから、まあ悪くない展開だわ」
 思わず「ココアが好きなの?」と訊きそうになったけれど、なにも言わずに口をつぐんだ。それも〈別に、どうでもいい〉ことだ――と。
 しかし、このココアは普通の男子高校生が作るようなものではない気がする。もっとも〈普通の男子高校生〉がどんなものなのか、よく知っているわけではないけれど。
「ああ……それは、姉貴に仕込まれたんだ」
 やや照れたように答える。
 それで納得した。
 なるほど、お姉さんがいたのか。高校一年の早瀬の姉、ということは高校生か大学生かというところだろう。甘いものにはうるさい年頃だ。
 とはいえ、このごつい弟にココアを作らせているとは、どんな姉なのだろう。なんとなく、テレビCMで見た女子プロレスラーのような姿を想像した。
「……それにしても、北川、学校にいる時とはなんか雰囲気が違うな。髪型のせいか?」
 確かに、長い髪は学校では校則通りに三つ編みにしている。しかし、違いはそれだけではない。
「眼鏡もかけてないし、ね」
「あ、そっか。眼鏡、かけなくても平気なのか?」
「それほど悪いわけではないわ」
 実際には、まったくのだて眼鏡だ。それは単に、容姿を地味にするためにかけている。
 そもそも、今の〈雰囲気の違い〉は見た目以外の要因も大きい。
 普段は、容姿も気配も、目立たないように抑えている。
 自分の本来の容姿が、異性にかなり好まれるものであることは自覚している。しかし私の高校生活にとって、そんなものは邪魔なだけだ。
 援助交際をしているとか、アダルトビデオに出ているとか、リスカ癖があるとかの噂が広まっていて、しかもそれが事実である女子高生にとって、異性に好まれる容姿や行動は無用なトラブルの元でしかない。異性に対してはもちろん、それ以上に同性に対しての。
 学校生活というものになんの価値も見いだしていない以上、学校では目立たない方がいい。空気のように、気づかれずに存在していられれば理想的だ。
 だから地味なファッションで、気配も変えて、異性を惹きつける〈フェロモン〉を抑えている。
 ときおり「あんな冴えない子が援交?」といった嘲笑が聞こえてくるが、別に構わない。妬みを買うよりははるかにましだ。
 早瀬が知っている〈北川 莉鈴〉はそうした女の子だった。
 しかし今は違う。
 よく手入れされた長い髪はまっすぐに下ろし、大きな目を隠す眼鏡もかけていない。
 援交中の〈営業スマイル〉は浮かべておらず、無愛想な態度も学校のままだけれど、しかし異性を魅了する〈フェロモン〉は抑えていない――否、抑えられずにいる。〈クスリ〉の影響が残っているから。
 早瀬がなんとなく落ち着かないのも、もっともな話だ。
「……と、ところで……その包帯も替えた方がいいんじゃないか?」
 黙っていると間が持たない、といった様子で早瀬が言った。
 自分の左手首に視線を落とす。
 右手一本で巻いたものだから、かなりいいかげんな巻き方だ。そこに血が染み込み、雨に濡れて、見苦しく汚れている。
 出血はまだ続いていた。鼓動に合わせて微かな痛みを覚える。
 一回だけということで、無意識のうちに少し深く切ってしまったのかもしれない。その後はずっと濡れた状態でいたため、血が固まる余裕はなかったようだ。
 早瀬が立ちあがり、薬箱を持ってきた。
 隣に腰をおろし、左手を持って汚れた包帯を解いていく。
 手首が露わになったところで、一瞬、動きが止まった。微かに眉をひそめている。
 視線の先にあるのは、手首に無数に刻まれた傷痕。
 新しいもの。古いもの。
 何十、何百と重なって、その部分の皮膚がごつごつと固くなっている。
 初めて目にする者には、ちょっとした衝撃だろう。
 しかし早瀬はなにも言わず、すぐに手を動かしはじめた。
 傷を消毒し、止血パッドを貼る。それを絆創膏で押さえた上で、新しい包帯をきれいに巻いていく。
 なかなか手際がいい。高校入学後すぐに顔馴染みとなった養護教諭にも引けを取らない手つきだ。格闘技などやっていると、傷の手当ても日常茶飯事なのかもしれない。
 手当をしている間、早瀬はずっと無言だった。一言も発していない。その不自然な沈黙は、気を遣っているのが見え見えだった。
 それでも、うるさく言われるよりはありがたい。
 どうして、とか。
 こんなことするな、とか。
 さんざん、耳にたこができるほど聞かされている。
 動機なんて訊かれても困る。これは感覚的なもので、言葉にして論理的に説明できる類のものではない。たとえ説明したとしても、他人に理解できるものでもないだろう。
 そういえば入学間もない頃、興味本位のクラスメイトに「痛くないの?」などというばかな質問をされたこともあった。
 痛いに決まっている。
 だから、切るのだ。
 そうした連中に比べれば、沈黙を守っている早瀬は利口な方だろう。
 もっとも彼の場合、理由の半分は傷よりも別のものに意識が向けられているためかもしれない。
 露わになっている肩。
 ぎりぎり見えそうな胸の谷間。
 Tシャツの下から伸びる脚。
 直視してはいけないという倫理観は働いているようだけれど、それでも本能には逆らえず、さりげなくちらちらと視線を向けている。
 まあ、それは男子高校生としては当然の反応だろう。
「……ところで、早瀬はさっきからどこを見ているのかしら?」
 傷の手当が終わっても、礼は言わなかった。私が頼んだことではない。
 代わりに、少し意地の悪い質問をする。
「えっ? いあ、別に、その……」
 不意打ちに、しどろもどろの反応しか返せずにいる。まさか、気づかれていないと思っていたのだろうか。
 私でなくとも、女の子は自分に向けられる視線には敏感なものだ。あれだけ不自然に落ち着きのない視線、気づかないわけがない。
「…………ゴメン。ちゃんと服を着てくれないか?」
 視線を逸らして言う。
「そんな必要はないでしょう? むしろ、着てない方が嬉しいのではないの?」
「え、いや……その……それは……」
 否定しないあたり、根は正直な性格らしい。
「面白いもの、見せてあげましょうか?」
「え?」
 返答を待たずに、Tシャツを胸の上までまくり上げた。
 反射的にそこを見た早瀬の目が、驚きに見開かれる。
 それはおそらく、女の子の胸を直視したための驚きではない。そこを彩っている、見慣れぬものが原因だ。
「き、北川……それ……?」
 無意識のうちに伸ばしてきた手が、胸の数センチ手前で止まる。
「世の中には、こういうものに昂奮する男もいるってこと。そして、こういうことをされて昂奮する女も、ね」
「…………」
 早瀬の指がさす先、私の小さな乳首には、環状のピアスが付けられていた。
 私は、胸はそれなりに大きいが、それ以外は小柄で童顔のロリータキャラだ。その身体を貫くピアス。そのギャップに興奮する男は少なくない。
 それは、もう何年も前に〈パパ〉のひとりに開けられたものだ。
 もっとも、日常的にいつでも付けているわけではない。学校で体育の授業がある時などは付けない方が安全だし、大抵の〈パパ〉にはそこまでサービスしない。今日の〈パパ〉は、サービスするべき相手だった。
 早瀬の手は、胸のすぐ手前で硬直したように宙でとまっている。
「……いいわよ、触っても?」
 相変わらずの無表情のまま誘う。早瀬はやや困惑したような表情で私の顔を見て、それからさらにしばらく躊躇った後、恐る恐る、といった風に手を伸ばしてきた。
 指先が触れる。
 それが実在するものであることを確かめるように、乳首を貫いているピアスをつまむ。そのまま、軽く引っ張られる。
「……んっ」 
 思わず、小さな声を漏らしてしまった。
 ピアスを付けている時に胸に触れられるのは弱い。普段よりもすごく敏感になっている。今は〈クスリ〉の影響も残っているからなおさらだ。
 そういえば、今日は〈クスリ〉を使われていながら一度しかしていない。
 こんなことは珍しい。大抵は〈クスリ〉が抜けるまで責めが続くのが常なのだ。
 そのせいで、身体は満足していない。まだ、満たされていない。
 まずい……かもしれない。
 早瀬の手が、ピアスを、乳首を、そして乳房を弄んでいる。
 このままではほどなくスイッチが入ってしまいそうだ。後戻りできなくなってしまう。
 ……だけど。
 別に、それでもいいのかもしれない。
 これまでクラスメイトと、いや、同じ学校の生徒とも肉体関係を持ったことはないけれど、それはたまたまそうなる機会がなかっただけで、意図的に避けてきた展開というわけではない。
「……もっと面白いもの、見せてあげましょうか?」
「…………」
 早瀬は無言で私を見た。声に出して答えずとも、その目が雄弁に語っていた。
 脚を開いて、ソファの上に持ちあげる。表情ひとつ変えずに、いわゆる〈M字開脚〉の体勢になって、その中心にあるものを早瀬の眼前に曝した。
 押し殺したような、微かな驚きの声が漏れる。
 そこは、ほぼ無毛だった。
 まめな手入れの結果ではなく、もともとの体質だ。しかし、早瀬を驚かせたのはその点ではない。
 小柄な私の、小ぶりで無毛の女性器。それは一見、子供のもののようだ。
 しかしそこには、子供の身体には似つかわしくない、金色のピアスが光っていた。
 小淫唇を貫いて、左右合わせて五つもの。
 子供のような性器を彩るピアス。それを目の当たりにした衝撃は、乳首の比ではあるまい。
 私は左右ひとつずつのピアスをつまむと、ゆっくりと拡げてみせた。
 露わにされる、紅く充血した粘膜。そこはおそらく、愛液で濡れているはず。
 早瀬が唾を飲み込む音が聞こえる。ひどく緊張した様子で、なにか言いたげにちらりと私の顔を見る。
「触っても、いいわよ?」
 その言葉に促され、指を伸ばしてくる。
 拡げられた割れ目の中心に向かって近づいてくる。
 触れられた瞬間、下半身がびくっと震えた。
 一瞬、指が止まる。数秒後、また恐る恐るといった風に動き出す。
「ん…………っ」
 くちゅ……という湿った感覚。〈クスリ〉の影響か、思っていた以上に濡れている。あるいは、普段の援助交際とは違うこのシチュエーションに興奮しているのかもしれない。
 だんだん、指の動きが大きくなってくる。最初は怖々と遠慮がちに触れていたものが徐々に大胆になり、はっきり〈愛撫〉と呼べるものに変わってきた。
「ぅ…………んっ、……く…………ふ、ぅ」
 小さな、しかし抑えられない声が漏れてしまう。
 いくら経験豊富でも、いや、だからこそ、無反応ではいられない。〈パパ〉との逢瀬で満足していなかった私の身体は、求めていたものを与えられて、すぐに反応してしまう。
 微かな喘ぎ声に誘われるように指の動きは激しさを増し、私の中へと潜り込んでくる。
 こうなると、もう、とまらない。
 ちらりと視線を移すと、早瀬の股間が膨らんでいるのがジーンズの上からでもはっきりとわかった。
 手を伸ばし、そこに触れる。
 早瀬にとっては不意打ちだったのか、驚いたように身体が弾んだ。それでも抗う素振りは見せず、私にされるままにしていた。
 掌を当て、そっと撫でてみる。ジーンズの厚い布地を通しても、その大きさが伝わってくる。体格を考えれば大きくて当然だけれど、それにしてもかなり立派なものを持っているようだ。
 ジーンズのボタンを外し、前のファスナーを下ろす。手を滑り込ませて、トランクスの中から引っ張り出す。
 それはもうはちきれそうなほどに大きくなって天井を向いていた。
 手で握ってみる。
 やっぱり大きい。
 私の小さな手には余って、握った手の、親指と人差し指がつかなかった。長さも相当なものだ。
 これが私を貫く光景を思い浮かべてみた。その状況に興奮し、期待していることは否定できない。
 軽く握った手を上下に動かして擦る。早瀬が小さく呻き声を上げる。
 サイズはもちろん、固さももうこれ以上はないくらいで、私の手の中でびくんびくんと脈打っている。
「……したい?」
「え?」
「私と、セックス、したい?」
 私は、早瀬としたかった。
 いや、早瀬という部分はどうでもいい。このペニスに貫かれたかった。
 私の身体が、牝の本能が、したがっていた。
 理性の言葉は無視だ。精神面のことをいうなら、セックスを楽しいと思ったことなど一度もない。私にとって、悦びは純粋に肉体的なものだった。
 それでもいい。なにも、構うことはない。
「え……それは、そりゃあ…………でも、いいのか?」
 半信半疑で訊いてくる。にわかには信じられないといった様子だ。
 確かに、経験のない高校生にとっては、あまり考えられない展開だろう。
 しかし、
「援交が日常の一部になってる女が、クラスメイトとその場のノリでセックスすることを躊躇すると思う? ああ、心配しないで。別に、早瀬からお金を取る気はないわ」
「でも……どうして、俺と?」
 性格やついて回る噂はともかくとして、見た目だけなら可愛い女の子がただでセックスさせてくれると言っている――男にとっては美味しすぎるシチュエーションだ。それだけに、常識人の彼には簡単に受け入れられない面があるのだろう。
 正直なところ、私の方にはさしたる理由はない。〈クスリ〉の影響があって、身体がまだ満足していないことが主たる動機で、あとは単に〈なんとなく〉でしかない。
 強いて言えば、私にとって男と二人きりでいるということは、その男に犯されることとイコールだということだろう。
 しかし、それを早瀬に理解できるように説明するのも難しい。
「……雨宿りとか、傷の手当ては余計なことといってもいい。でも、ココアは美味しかった。そのお礼ってことで、どう?」
「いや……でも……その……、いいのか? 本当に……」
 私はもう答えずに、ソファから滑り降りて絨毯の上に座った。
 目の前に、大きな男性器がそそり立っている。
 ちらりと上目遣いに早瀬の表情を窺った。緊張した面持ちで唾を飲み込んでいる。私はそのまま、早瀬のペニスに唇を押しつけた。
 すごく、熱かった。
「……こういうこと、経験ある?」
「い、いや……」
「彼女と、してないんだ? 初めての相手が彼女じゃなくて、いい?」
 そう訊いたのは形式的なもので、。答えを待たずに口に含んだ。早瀬の口から呻き声が漏れる。
 口に入れてみると、目で見るよりもさらに大きかった。
 初体験からこれまで、数え切れないほどの男性器を口にくわえさせられ、膣に挿入されてきたけれど、純粋にサイズという点ではこれが最大だろう。そもそも、早瀬よりも大柄な男を相手にしたことはない。
 口をいっぱいに開いていないと噛んでしまいそうだ。
 顎が疲れる。
 それでも舌を絡ませ、唾液を塗りつけて口で奉仕する。
 この大きなものをすべて口に含むのは難しいので、根本は手でしごく。もう一方の手は袋の部分を優しく包み込むように刺激する。
 さらに、強く吸う。舌と内頬の粘膜を亀頭に押しつけ、擦りつける。
 早瀬の呼吸が速く、荒くなってくる。顔を見ると、唇を噛んで快感に耐えている。
 もう、あまり長くは保たないかもしれない。相手は経験のない高校生なのだ。いつもの海千山千の〈パパ〉と同じに考えてはいけない。
「……このまま出す? それとも、私の中に挿れる?」
「…………き、北川に……挿れたい。……いいか?」
 喘ぐように言う。
「もちろん、いいわ。でも、ゴムは付けて」
「あ……ああ……」
 私は腕を伸ばして、傍らに置いてあった鞄を引き寄せた。ポケットから、もっとも一般的な避妊具を取り出す。
 実際のところ、避妊の必要はなかった。私はピルを服用している。
 単に、いつでも誰でも簡単に生でさせるほどお人好しではない、というだけの話だ。ましてや今は〈お小遣い〉をもらっているわけでもないのだから、サービスしすぎる理由もない。
 封を切り、コンドームを舌の上に乗せる。
 そのまま、また早瀬のものを口に含む。
 根本まですっぽりとゴムを被せる。こうしたテクニックはお手のものだ。
 コンドームが正しく装着されていることを確認すると、立ち上がってソファの上に戻った。座っている早瀬の上にまたがるような体勢になる。
 膝立ちになって、片腕は早瀬に掴まってバランスを取り、もう一方の手でペニスを握って濡れた割れ目に導く。
 先端を膣口にあてがう。
 大きくて熱くて固い肉の塊が触れているのを感じる。
 脈打っているのが伝わってくる。挿入する前から感じてしまいそうだ。
「ん……ぅん、ふ…………ぅ、んっ……くぅ……」
 ゆっくりと腰をおろしていく。
 膣口が押し拡げられていく。
 ゆっくりと、しかし力ずくでねじ込まれていくような感覚。かなりの抵抗感がある。
 もう十分すぎるほどに濡れてはいるし、口でコンドームをつけた際にたっぷりと唾液を塗りつけてもある。しかしそれでも、スムーズに挿入できるサイズではない。
 少し、痛い。大きすぎる異物を受け入れ、膣の粘膜が限界近くまで引き延ばされる痛み。
 しかし、それがいい。
「あ……ぁ…………はぁぁ」
 奥まで届いたところで、思わず溜息が出た。
 下半身から力が抜けていく。
 ペニスの先端は膣のいちばん深い部分を突き上げている。それでもまだ根元まで私の中に収まりきってはいない。力を抜くと、自分の体重で内臓が押し潰されるように感じる。
 男性器を挿入されているというよりも、脚の間に、あるいは骨盤の中に、大きな熱い塊があるような感覚だった。
 かなり、感じる。
 油断すると気が遠くなりそうで、両腕で早瀬にしがみついて身体を支えた。
「……お、くまで……入ったわ。あとは……早瀬が、好きに動いて」
「あ、ああ……大丈夫か?」
「……もちろん」
 早瀬は腰に腕を回すと、身体の向きを九十度変えて私をソファに横たえた。
 上から覆いかぶさってくる。
 太い腕で抱きしめられる。
「北川の身体……小さくて柔らかいな」
「……早瀬は、大きくて硬いわね。一部分が、とっても」
 そう言ってやると、ただでさえ興奮して紅潮していた顔がさらに赤みを増した。私を抱く腕にさらに力が込められる。
「ちっちゃくて、柔らかくて…………なんだか壊れそうで怖いな」
「……いいわね……それ。…………壊して、めちゃめちゃに」
 〈クスリ〉の影響が残っている今の状態で、優しいセックスなんて欲しくない。めちゃめちゃに蹂躙されるのが望みだ。
「……んっ」
 早瀬が動く。腰が突き出される。
 奥深くを、ずんと突かれる。
 ゆっくりと引き抜かれていく。
 私の中をいっぱいに満たしているものによって、膣内の粘膜が引きずり出されるような感覚だった。
 先端まで完全に抜かれる直前、動きが逆転する。ずぶずぶと私の中にめり込んで、突き当たりまで押し込まれる。
 二度、三度、往復運動を繰り返す。
 先ほどの指での愛撫と同様、最初は恐る恐るのぎこちない動きだったけれど、だんだんと勝手がつかめてきたのか、リズミカルな大きな動きに変わっていく。
「はっ……ぁ、……んっ、…………く……ぅん、……ん……ぅ……」
 いちおうは私に気遣っているのかもしれないけれど、それでも身長差は三十センチ以上、体重差にいたっては軽く二倍以上。早瀬は軽く動いているつもりでも、私の身体は大きく揺さぶられる。
 膣中をいっぱいに満たしている男性器が動く刺激は相当なものだ。
 苦しいほどに、痛いほどに。
 でも……悪くない。
 早瀬の動きに合わせて、ペニスの往復運動に合わせて、微かな嗚咽混じりの吐息が漏れる。
 私も腰を浮かせて動きを合わせる。自分のいちばん感じる部分が擦られるように。そして早瀬により強い刺激を与えるように。
「んっ…………ぁ、んっ、…………ふぅ……ぅんっ」
 唇の隙間から漏れる声はか細い。
 涙が滲んでくる。
 苦しくて、痛くて、気持ちいい。
 何故か早瀬が不安げな表情を浮かべる。
「北川……大丈夫か?」
「……ぜんぜん……平気よ? ……早瀬の……けっこう、いい感じだわ」
「そ、そうか? なんか、辛そうに見えたから。泣きそうというか、苦しそうというか……」
「……そうね……。大きいから、私のにはちょっと……きついわ。少し、痛い。……でも、…………それが、いい……ちゃんと、感じてる」
「そうか……ならいいんだけど」
「ひょっとして……あれ? AV女優みたいに激しく声出して悶えてないから? 感じてないと、思った?」
 一瞬の狼狽。図星らしい。
 早瀬はこれが初体験。当然、女の子がどんな反応をするかなんて、AVなどで得た知識しかないはずだ。
「……そういうのが好みなら……声、出してあげても……いいけど。…………でも、演技になるわよ?」
「やっぱり……あーゆーのって、演技なのか?」
「人それぞれ……じゃない? AVはもちろん演技として……素でああいった激しい反応をする子もいるし、そうじゃない子もいる。……私は……素では、こんな感じ。あんまり声は出さないわ」
 今の反応は、数時間前に〈パパ〉に甘えてきた時とはまったく違う。
 もっとも、あれがすべて演技かというと自分でも判断の難しいところで、結論を言えば〈相手によりけり〉だろう。まったくの演技の場合もあるし、あの〈パパ〉が相手の時は意識せずともあんな反応になる。
 今は、相手がクラスメイトの早瀬だからだろうか、学校にいる時と同じように、無口、無表情、無愛想な態度が自然と表に出てくる。
「これじゃあ……ものたりない? でも今は、……無理に声出したりする、気分じゃないの」
「いや、いいんだ。普通にしててくれ。ただ……慣れてないから、ちょっと心配になって」
「私がちゃんと感じているかどうか? 気にしなくてもいいわ。私は…………セックスに関しては、されてダメなことってほとんどないから。早瀬のやりたいようにして構わないわ」
「そ、そうか?」
 これは別に早瀬に気を遣っての台詞ではなく、まったくの真実だった。
 アナルやSMはもちろん、スカトロ系だって構わない。なにをされても私の身体はそれを快楽として受けとめてしまう。
 セックスの時に絶対にされたくないことは、多分、ひとつだけ。そして、今それをされる可能性はほとんどない。
「感じているかどうかが気になるのなら……」
 早瀬の手を取って、結合部へと導いた。驚くほど太い男性器が私の中に突き刺さっている箇所に触れる。
 それは〈ぬるり〉というよりも〈びちゃっ〉という擬音が相応しい感触だった。
「すごく……濡れてるでしょう? 私の場合、こんな風になっていれば、本気で感じているってことだから」
「……そ、そうなんだ?」
 状態を確かめるように早瀬が指を動かして、結合部の周囲をなぞっていく。溢れた蜜はお尻の方まで流れ出していた。
「だから……余計なこと考えなくていいから…………続けて」
「……わかった」
 早瀬の動きが再開する。
 体内を剔られるような、激しすぎる摩擦感が襲ってくる。
 流れ出すほどに濡れてはいても、それだけではサイズの差を埋めきれてはいなかった。もともと、私の愛液はあまり粘性が高くない。
 蒸気機関車のような、荒い呼吸、力強いピストン運動。
 小さな身体が揺さぶられ、ソファのスプリングが軋む。
「ぅ……んっ…………んふぅ……、ぅ……んっ、んはぁ……」
 半開きの口から、呼吸とも喘ぎ声ともつかない掠れた声が漏れる。
 少しずつ、音程が高くなっていく。
 どんどん、気持ちよくなっていく。
 技術的には拙い動きだと思うけれど、それは大きな問題ではなかった。大抵のことには感じる身体だし、早瀬の場合はサイズと体力が技術をおぎなってあまりあった。
 頭の中が白くなってくる。
 目の焦点が合わなくなる。
 意識が、下半身から突き上げてくる快感だけに集中している。
 早瀬の呼吸が荒くなり、動きが加速していく。
 太い腕で苦しいくらいに抱きしめられる。
 私も大木のような身体に腕を回し、親子ほども体格差のあるふたつの身体が密着する。
 早瀬はもう今にも達しそうな気配だ。初体験の男の子がそれほど長持ちするとも思えないし、私の性器が男性にとって相当に気持ちのいいものであることは、自惚れでもなんでもなく事実として自覚している。
 無我夢中で、腰を打ちつけてくる。
 私の中でめちゃめちゃに暴れている。
 もうちょっと、頑張って欲しい。
 あと十秒、それだけでいい。
 それで……
 私、も……
 い……け……
 …………



 ――――――っっ!




 視界が、真っ白になった。
 浮遊感に包まれる。
 がくんと落下するような感覚。
 それで意識が戻ってくる。
 膣の中で、早瀬が大きく脈打っていた。
 熱い精液を吐き出している。
 コンドームの先端の精液だまりが膨らんで、膣奥を刺激する。
 ペニスは何度も何度も脈打って、かなり大量の精液を噴き出したようだった。
 これは、生でさせてあげた方がよかったかもしれない。中に出させた方が、私もより感じたかもしれない。
 少しだけ後悔するけれど、今さらいっても後の祭りだ。
 そこまで欲張ることもあるまい。これで十分に気持ちよかった。経験のない男の子が相手なのに、私もちゃんと達することができた。
 〈パパ〉とのセックスに満足していなかった身体の疼きが、かなり解消されていた。
 満ち足りた気分で大きく息を吐き出す。
 早瀬も大きな深呼吸をした。感極まったような声を漏らしながら上体を起す。
「ん…………くぅ、ん」
 もぞもぞと身体を動かして、早瀬の下から抜け出る。
 まだ大きいままだった男性器が、ずるり……という感覚で抜け、いっぱいに拡げられていた膣が収縮する。
 苦しいほどの圧迫感から解放されて楽になると同時に、少しだけ物足りなさも感じてしまう。
「……早瀬……座って」
 早瀬は素直に従った。その下半身に手を伸ばす。
 ソファから滑り降りて早瀬の前に跪く。
 目の前にそそり立つ男性器は、まだほとんど勢いを失ってはいなかった。
 コンドームを外しながら顔を寄せる。唇を、舌を、押しつける。
 精液にまみれた肉の塊に舌を這わせる。滴り落ちる白濁液を舐めとっていく。
 苦い。
 そして生臭い。
 正直、美味しいなんて思わない。
 なのにいつも、自ら進んでそれを口に含み、飲み込んでしまう。そうするのが当然のように。本能に刻み込まれた行動のように。
 根元から先端まで、一滴残らず綺麗に舐めとった。先端を口に含んで、上目遣いに早瀬の表情を窺う。
 戸惑ったような、やや強張った表情を浮かべている。なにか言いたげな様子にも見える。
 もう一度、したいのだろうか。口の中のものはまだぜんぜん元気で、サイズも固さも私の中にあった時とほとんど変わってはいなかった。
 私としては、別にどちらでもいい。
 したくて堪らない、今すぐ膣が満たされなければ我慢できない、というほどには飢えていないけれど、早瀬が求めるなら相手をしてあげてもいっこうに構わない。もう夜だけれど、別に急いで帰らなければならない理由もない。
 早瀬が腕を伸ばしてくる。
 手が頭に触れる。
 ――と。
「――っっ!」
 突然、ぐいっと引き寄せられた。
 顔が早瀬の下半身に押しつけられる。
 極太の男性器が、喉の奥まで突き入れられる。
 もともと、私の口中に全体を収めるには大きすぎるものだ。それを無理やり力ずくで根元まで押し込まれたため、必然的に先端は喉の奥まで達していた。
 ディープスロートという行為自体は慣れたものだ。それでも、ここまで大きなものを飲み込むのは初めてだった。
 弾力のある亀頭が、一分の隙もなく喉を塞いでいる。
 苦しい。
 食道には膣ほどの伸縮性はない。本当に、無理やり〈ねじ込まれている〉という感覚だった。まさか実際にそんなことはないだろうけれど、感覚的には、先端は首より下まで届いているような気がした。
 苦しい。
 吐き気が込み上げる。
 しかし早瀬は私の頭を両手でしっかり掴んで、乱暴に腰を突き出してきた。
「ぐ……ぅヴっ! ……ぅ、ぐっ…………ンぶっぅ……っ!」
 奥の奥まで突き入れられ、少しだけ引き抜かれ、また奥まで押し込まれる。
 口、ではない。喉を犯されていた。
 いきなり、どうしてしまったのだろう。最初の行為は小柄な私への気遣いが多少なりとも感じられたのに、今はなにかのスイッチが切り替わったかのように乱暴に犯している。
 苦しい。
 呼吸ができない。
 痛い。
 胃液が逆流し、咳き込みそうになる。だけど喉を塞がれていてそれすらも叶わない。まるでLLサイズの固ゆで卵を丸飲みしたような感覚で、大きな亀頭が食道を塞いでいる。
 苦しい。
 涙が滲んでくる。
 ……なのに。
 こんなに苦しいのに。
 私の身体には、涙よりもはるかに多い雫を滴らせている場所があった。
 自分の身体に呆れてしまう。
 こんなに苦しいことをされているのに。
 無理やり、力ずくで乱暴に陵辱されているのに。
 興奮してしまうだなんて。
 息ができない。
 酸欠で意識が朦朧としてくる。
 正真正銘の限界まで、もう秒読み状態だ。
 ――と。
 いきなり、口と喉を犯していたものが引き抜かれた。
 口は酸素を求めて喘ぎ、抗議の声をあげる余裕もない。
 肩で呼吸をしていると、乱暴に床の上に転がされた。大きな身体が覆いかぶさってくる。
 早瀬は体重をかけて私の腕を押さえつける。まるで重い鉄製の枷でも付けられたかのように、ぴくりとも動かすことができない。
「は…………」
 開きかけた口の動きが止まる。
 思わず、無言のまま早瀬の顔を見つめた。
 ひどく怖い顔をしていた。
 どこか、野生の肉食獣を彷彿とさせる雰囲気があった。
 頭に血が昇って牡の本能に支配されたかのような顔で、下半身を押しつけてきた。
「う……ぁっ……、……っっ!」
 一気に、貫かれた。
 悲鳴を上げそうになる。
 私の膣が受け入れられる限界といってもいい大きさの異物。しかもゆっくりとした挿入ではなく、無理やり強引にねじ込まれた。
 両腕を押さえつけられて身動きできない状態で、いちばん深いところまで一気に貫かれる。
 膣が突き破られるかのようだった。私の膣の奥行きよりも、早瀬のペニスの方がずっと長い。
 なのに根元までねじ込まれて、膣が無理やり引き延ばされる。いくら伸縮性があるとはいえ、この体格差の相手に力まかせに突かれるのはかなり痛い。身体の内側から、内臓を突き上げられるような感覚だった。
 早瀬の動きはさっきよりもずっと激しかった。全身で、全体重を乗せたピストン運動。力強く、そして速い。
 吐き気が込みあげるほどに深く突き入れられ、一気に引き抜かれ、また突かれて。
 削岩機のような勢いで往復する。
 摩擦で膣が火傷しそうなほどに熱い。
「ぅ……っ! ぅぐ…………んんっ、ぁ……! ……っ、……っっ!」
 奥深くまで串刺しにされている。いや、串なんて生やさしいものではない。これは太い杭だ。
 痛い。
 苦しい。
 さすがに涙が滲んでくる。
 普通の女の子なら悲鳴を上げて泣き叫ぶところだろう。しかしこんな時でも、私は微かな呻き声を上げるだけだ。
「ぁ……、っ……ぅ、ぅん……っ!」
 いっさいの手加減がない責めに気が遠くなる。
 まるで濁流の中でもみくちゃにされているようだ。蹂躙され、性器以外にも身体のあちこちが痛い。背中が絨毯に擦りつけられている。ソファやテーブルに肩や腕がぶつかる。
 ――なのに。
 私は、感じていた。
 興奮、していた。
 さっき早瀬に言ったように、びちゃびちゃに濡れていた。激しく抜き差しされて飛沫を飛び散らせていた。
 意識が混濁する。
 落ちていくような感覚。
 視界が暗くなる。
 失神してしまいそうな意識をつなぎ止めたのは、ひときわ乱暴な、激痛をともなう最後のひと突きだった。
 膣の奥で小さな爆発が起こる。
 胎内に、熱い粘液が噴き出してくる。
 びくん、びくん。
 早瀬が脈打っている。
 下半身をぐいぐいと押しつけて、最後の一滴まで子宮の中に注ぎ込んでくる。
 やがて早瀬は大きく息を吐き出して、私を押さえつけていた腕から力が抜けていった。


 早瀬の顔から、猛々しい獣の表情は消えていた。
 我に返ったように、困惑した顔で私を見おろしている。
 私は無言で早瀬を見上げる。
「あ……、ご……ごめん!」
「…………」
 なにも応えない。
 特に言うべき言葉もない。
 ふっと視線を逸らして横を向いた。
「なんか……急に頭に血が昇って、衝動を抑えられなくなって…………、ごめん! 乱暴なことしちまった」
「…………」
 まだ、彼は私の中に在った。
 動きは止めているものの、狼狽気味のその表情からは想像もつかないくらい、そこだけはまだ先刻までの荒々しさをそのまま残していた。
「……別に、どうでもいいわ」
 そっぽを向いたまま、ぽつりと独り言のように言った。
「…………言ったでしょう? されてダメなことはないから好きにしていいって」
 本当にここまで好きにされるとは思っていなかったけれど、しかしそれが受け入れられないわけでもない。
「でも……」
「忘れたの? 私は、乳首やまんこに穴を開けられて悦んでるような女よ? ……さっき言ったこと覚えてる? 早瀬はむしろ、絨毯が汚れていないかどうかを心配したらどうかしら」
 反射的に下を……結合部を見た早瀬は、そこでようやく私の言葉の意味を理解したようだった。
 たぶん、絨毯には私が流した蜜の染みが残っている。それはこの身体が本気で感じていた証だ。
「……でも……あと、中で出して……」
 なるほど、それを気にしていたのか。まあ、そうしたことに考えが至るだけでも救いようはある。
「……そうね。もし、困ったことになったら、どうするつもり?」
 つい、意地の悪いことを言ってしまう。陵辱の代償として、このくらいの仕返しは許されるだろう。
「…………ごめん。……万が一の時には、責任とるから」
「責任? 口先だけでいい加減なことを言うものではないわ。成人ならともかく、一介の高校生がどうやって責任とるって?」
「それは……その……」
 申し訳なさそうに、早瀬は大きな身体を小さくする。意地悪はこのくらいでいいだろうか。
「……まあ、今回はその心配はないけれど。妊娠はしないわ。ピル、飲んでるから」
「え? あ、ああ……そ、そうなんだ?」
「用心のために、ね。いくら避妊してっていっても、聞かない男は多いのよ。……誰かさんみたいに」
 もう一言だけ、ちくりと皮肉を言う。
 早瀬がさらに小さくなる。
 なのに、私の中にあるものだけは萎える気配もないのだから呆れたものだ。普通、情けないくらいに縮みあがるところだろうに、相変わらず私の膣はいっぱいに拡げられたままだった。
「…………ごめん」
「……だから、別に、どうでもいいって」
 実際のところ、怒ってはいなかった。本当に、どうでもいいことだ。
 この程度のことで怒る情熱も純情さも持ち合わせてはいない。陵辱だろうが中出しだろうが、日常の一部でしかない。正真正銘〈レイプ〉された経験だって一度や二度ではない。
 しかし早瀬の表情は納得していないようだった。根は善人なのだろう。罪を犯したら償いをしなければならない、というわけだ。
 もっともこのタイプは、謝ればなんでも許されると思っているところがあるので好きになれない。この世には、償いようのない罪というのも存在する。
「私、謝るのも謝られるのも嫌い。後で、ココアをもう一杯ちょうだい。……それで赦すわ」
「…………わかった」
 ようやく、少し安心したような顔になる。
「……で、まだ、するつもり?」
 私の中のものはまだ元気だった。膣を痛いほどに拡げ、内部をいっぱいに満たしている。
「なら、ベッドへ連れていってくれない? ここじゃ痛いわ」
 クッションのない絨毯の上での激しい責めは、少々堪える。もう一回くらいここでしてもいいとも思ったけれど、たぶん、一度では済まないような気がした。
「え? えっと……いいのか?」
 躊躇いつつも、嬉しさを隠しきれていない表情。
 やっぱり、勃起していたのは単なる生理的な反応ではなく、まだやり足りないという思いがあったのだろう。
「別に、構わないわ。せっかくの機会なんだから、思う存分やったら?」
「……ああ。じゃあ……頼む、やらせてくれ」
「それじゃあ、このままベッドに連れていって」
 腕を伸ばして早瀬の首に回す。脚を身体に絡める。
「このまま、って……このまま?」
「このまま」
「…………ん」
 早瀬は私の身体に腕を回すと、身体を起こした。
 挿入したまま軽々と私を抱き上げて、立ちあがる。
 その姿はまるで、ユーカリの巨木とそれにしがみつくコアラ。
 私の身体は早瀬の腕一本とペニスだけで支えられていた。自分自身の体重で、より深く、強く、貫かれてしまう。
 いちおう私もしがみつく体勢になってはいるけれど、膣からの刺激が強すぎて手脚に力が入らなかった。体重のかなりの部分が膣にかかってくる。
「……く…………ぅ、ん……」
 早瀬が歩き出す。
 階段を上っていく。
 一歩ごとにずんずんと突き上げられる。
 痛い。
 そして、痛いからこそ気持ちいい。
 口に出してはなにも言わなかったけれど、二階にある早瀬の部屋に着いた時には、もう軽く達していた。
 つながったまま、ベッドに横たえられる。
 大きな身体が重なってくる。
 骨が軋むほどにきつく抱きしめられる。
「……好きにしていいって、言ったよな?」
「…………ええ」
「さっきみたいに……、激しくしても?」
「…………もっと激しくだって、お好きなように。別に、構わないわ」
「……ああ」
 小さくうなずいて、動き出す。
 また、身体が揺さぶられる。
 多少なりとも気を遣ってくれていたのは、せいぜい最初の一、二分だった。
 すぐに早瀬はその行為に夢中になって、先刻と変わらない、いや、それ以上の激しさで私を犯しはじめた。


 私を襲っていた嵐が過ぎ去った時には、時刻はもう夜中近くになっていた。
 その間ずっと、犯され続けていた。
 何度も、何度も。
 もみくちゃにされ、陵辱されて。
 腕や脚を乱暴に掴まれて激しく犯されたので、身体中があちこち痛い。
 なにより、膣と淫唇が擦過傷でひりひりと痛む。触れるのも躊躇われるほどだ。この様子では真っ赤に腫れあがっていることだろう。
 全身が倦怠感に包まれている。
 痛みと疲労のために、早瀬から解放されてもぐったりと横になったまま動く気力もなかった。意識も半ば朦朧としている。
 早瀬は何時間も、あの勢いのまま私を犯し続けていた。どちらかといえば華奢で虚弱な私からみれば、とんでもない体力だ。
 私の中から抜け出た早瀬が頭の方に移動してくる。顔にまたがるような体勢で、粘液にまみれたペニスを私の口に押し込んでくる。
 さすがにピーク時の勢いは失われていたけれど、それでも口いっぱいのサイズだった。
 条件反射のように、精液まみれの男性器を舐めて掃除する。
 すっかりきれいにして、もう一度元気にしようと口を使いはじめたところで、早瀬は今度こそ私から離れた。
「…………もう、いいの?」
「……ああ、さすがに……堪能した。最高に気持ちいいな、北川のここ」
 さすがに最初の頃のような戸惑いは薄れて、早瀬の言動にも多少の余裕が感じられるようになっていた。
 私の性器を指でつつき、ピアスのひとつを軽く弾く。
「…………そう」
「……そういえば、ハラ減ってないか?」
 時刻を考えれば空腹のはずだ。夕食も食べずに夕方から夜中まで、激しいセックスを続けていたのだから。
 しかし空腹感は感じられず、食欲もまるでなかった。
 疲れすぎたせいか、あるいは内臓を激しく突かれ続けていたためかもしれない。お腹の奥の方に鈍い痛みも感じる。今はとても固形物を受け入れる気分ではない。
 おそらく早瀬は空腹なのだろうが、それに付き合ってやる義理もない。
「……別に。あんまり、そんな気分じゃない。それより、喉、乾いたわ」
「……あ、……と、ココアでいいのか? それともアイスココアにするか?」
「…………そうね。そうして」
 部屋の中は寒くないし、激しい行為で身体は汗ばんでいた。それに今の体調なら、冷たい飲み物の方が喉を通りやすいだろう。
「わかった」
 手早く服を着て早瀬が出ていく。
 私は立ちあがる気力も体力もなくて、全身の残った力を総動員してのろのろと上体を起こした。
 そこで初めて、室内を見回す。
 同世代の男の子の部屋というのはあまり見たことがなかった。いや、肉体関係のある男性たちだって、私室を見たことはほとんどない。身体を重ねるのはたいていがホテルか車の中、まれに屋外だ。
 あまり飾りっ気のない部屋、という印象だった。
 大きな家具はベッドと机と本棚と、テレビやミニコンポ、ゲーム機などを置いたスチールラック。
 早瀬らしさを感じさせるものといえば、柔道着とダンベルくらいだろうか。
 やや散らかってもいるが、足の踏み場もないというほどではない。
 ゆっくりと頭を巡らし、時計を見る。
 時刻は午後十一時半を過ぎたところ。しかし、早瀬の家族は誰も帰っていない。もちろん、だからこそ今まで行為を続けていられたのだけれど。
 いつも、こうなのだろうか。それとも、今日がたまたまなのだろうか。後者だとしたら、たまたま私が雨宿りに来た日に家族が留守とはすごい偶然だ。
 まだ、少しぼんやりしている。
 いくら私でも、ここまで激しいセックスは滅多にない。
 五時間以上、休みなし。
 しかも、とびっきりの激しさで。
 シーツに、ごく微かな血の跡を見つけた。
 まず左手を見る。早瀬が巻いてくれた包帯はきれいなままだ。やっぱり、激しく擦られていた部分が擦り剥けているのだろう。
 まるで、下半身が鉛の塊にでもなったかのように重い。
 膣に異物感もある。ずっと、あの大きなものを入れられていたためか、それとも腫れているためかもしれない。
 相手はたったひとりなのに、これだけの時間、これだけ激しくというのは初めてだった。複数が相手となればまた話は別だけれど。
 経験豊富な私にとっても、滅多にない日だった。今日がこんな日になるなんて、数時間前までは予想もしなかった。
 おかしなものだ。
〈パパ〉とホテルに入ったところまでは、ありふれた〈日常〉でしかなかったのに。

 階段を上ってくる足音が聞こえてくる。
 グラスを載せたトレイと、乾燥機に入れてあった衣類を持って、早瀬が戻ってくる。
 アイスココアのグラス。
 全裸のまま無言で受け取り、ストローをくわえる。
 冷たい。
 甘い。
 そして、美味しい。
 少しだけ、身体に力が戻ってくるように感じる。
 一口ずつ、ゆっくりと飲んでいく。
 早瀬は椅子に座って、ベッドの上の私を無言で見つめている。
 微かにぶつかる氷以外、なにも音がしなかった。
「……美味しかったわ」
 空になったグラスを返す。
「そうか。よかった」
 微かな笑みを浮かべた顔は、ごつい体格に比べると意外と優しげだった。だけどやっぱり、美味しいココアをちまちまと作っている姿は似合わない。
 さっき気がついた家族のことを訊いてみようかとも思ったけれど、やめておいた。他人の家庭のことなんて〈別に、どうでもいい〉ことだ。
 無言のまま、乾いた衣類を手に取った。
 普通ならばシャワーを浴びてから帰るところだけれど、今はそんな元気もない。このまま家に帰って寝て、明日の朝に入浴すればいい。
 ショーツを穿き、ブラウスを着る。そういえばブラジャーは鞄に入れたままだ。ここまでノーブラで来たのだから、このまま帰っても問題あるまい。
 スカートを穿く私を、早瀬は視線を逸らさずに見つめていた。数時間前から比べるとたいした進歩だ。
「北川の家って、この近くなのか?」
「……歩いて三十分……弱、くらいかしら」
「けっこうあるな。送ってくよ。もう遅いから」
 その申し出をしばし検討する。
「…………そうね。第一、ひとりじゃ歩けそうもないわ」
 脚に力が入らない。
 なんとか立って歩けたとしても、擦り剥けている下半身の状態を考えればまともには歩けまい。
「ご……、あ、いや……えっと……じゃあ俺が抱いていくから」
 ごめん、と言いかけて慌てて言い直す。さっき「謝られるのは嫌い」と言ったことを覚えていたらしい。
 彼に対する評価が少しだけ上がる。
「抱いて? 家まで、ずっとお姫様抱っこでいけるかしら?」
 オーバーニーソックスを穿きながら訊く。
 いちおうは冗談のつもりだった。相変わらずの無表情に、抑揚のない口調ではあるけれど。
「……行けるんじゃないか。北川、軽いし。体重何キロ?」
 悪気のないその質問に、内心、苦笑していた。もちろん顔には出さない。
「早瀬って、女の子の扱いが下手そうね。女の子に体重を訊くものではないわ」
「そうなのか? カヲリは訊かなくても自分から言うような性格だからなー。『また太っちゃったー。体重計乗ったら○○キロだって! 信じらンないっ!』なんて」
 〈カヲリ〉というのが教室でよく話している彼女の名前だろうか。教室での話し声なんて、私にとってはすべて背景雑音でしかないので、もちろん記憶にはない。
 今の台詞、少しだけ違和感があった。〈カヲリ〉とは肉体関係はなかったのだろう。なのに今ここでその名前を口にすることに、まったく後ろめたさが感じられなかった。衝動に駆られて私を犯した直後は、あんなに申し訳なさそうに小さくなっていたのに。
 まあ、男なんてそんなものだ。
 彼女がいるのに、行きずりのクラスメイトを貪る男。
 別に、どうでもいい。
 私の知ったことではない。もちろん〈カヲリ〉にとっては不愉快だろうけれど、それはふたりの問題だ。
「…………ちなみに、三十キロ台前半……くらいよ」
「え?」
「体重、私の」
「あ、ああ……って、三十ぅっ? 軽いな?」
「そう?」
 目を丸くして驚いている。
 考えてみれば柔道選手なんて、身体の大きな人は百キロ以上になるのだろう。早瀬はそこまではないかもしれないが、身長を考えれば八十キロは優に超えているはずだ。
 それが常識の世界に生きていれば、小柄で華奢な女子の体重には衝撃を受けるかもしれない。身長百五十センチ未満の細身の女子なら、体重三十キロ台は珍しくもないのだけれど。
 〈カヲリ〉の姿を思い浮かべてみる。よく覚えてはいないけれど、あまり極端な容姿ではなかったように思う。
 おそらくは平均的な、四十台と五十台の間には大きな溝があると大騒ぎするくらいの体格だろう。
 そんな娘と付き合っていれば、やっぱり三十キロ台は驚きの対象だろうか。
「三十キロなんて、片腕でだって持ち上げられるぞ」
 服を着け終わった私を、早瀬は宣言通りに右腕一本で軽々と抱き上げてみせた。


 いつの間にか雨は上がっていた。
 涼しい夜風が頬を撫でる。
 私は早瀬に抱かれて家へ向かっていた。
 冗談半分のリクエスト通り、お姫様抱っこで。
 まるで私という荷物など存在していないかのように、軽い足取りで歩いていく。
 少し、新鮮な感覚だった。部屋の中でならともかく、屋外のこれだけの距離を抱かれて歩くなんて初めての体験だ。
 ふたりとも無言だった。
 早瀬はなにも言わず、もちろん私も口は開かない。
 だんだん、眠くなってくる。
 うつらうつらしかけたところで、見慣れた風景が目に飛び込んできた。
 私が住むマンションの入口。
 歩いて三十分弱と言った道のりなのに、早瀬の足ではたぶん十五分とかかっていまい。
「……ここでいいわ」
 入口の前で、壊れ物を扱うようにそっと下ろされる。
 脚に意識を集中して立つ。早瀬の部屋からここまで、自分の脚で立つのは初めてだったけれど、ゆっくりとならなんとか歩けそうだ。
「……じゃ、さよなら」
 それだけ言って、建物の中に入ろうとした。意図的に、送ってもらった礼も言わない。
 早瀬との一時の関係は、これで終わりのはずだった。
 しかし、
 最初の一歩を踏み出そうとしたところで、いきなり手首を掴まれた。
 不意打ちに驚いて、思わず振り返る。
「…………なに?」
「あ……その…………」
 私の声が、自分でも意外なくらい不機嫌そうだったためだろうか、早瀬が気まずそうな表情を見せる。
「……その…………えっと…………」
 しばらく躊躇って、しかしやがて意を決したように言った。
「……また、会えないか?」
「…………」
 早瀬の顔を見る。
 その台詞には、特に驚きはなかった。
 なかば予想できたことだ。だからこそ、無意識に急いで家に入ろうとしていたのかもしれない。
 精力がありあまっている男子高校生が初体験をして、それが気持ちよくて。
 またしたい、と思って当然だ。
「…………今日、みたいに?」
「それは……まあ……その……」
「まさか、客になりたいわけじゃないよね?」
「そうじゃない!」
 強く否定して、それが意味することに気づいたのか慌てて付け足した。
「……いや、北川とだったら、小遣いはたいてでもしたいくらいなんだけど。……でも、そういうんじゃなくて……」
「…………」
 無言で、間近から早瀬を見つめる。
 本人はうまく言葉にできずに困っているようだけれど、もちろん言わんとしていることは理解できる。
 気まずそうに、視線が泳いでいる。自分がどれほど虫のいいことを言っているか、自覚はあるのだろう。援助交際を生業としているような女の子に、ただでやらせろと言っているのだから。
 もちろん、きっぱりと断ったって構わない。本人もなかば覚悟しているだろう。
 しかし、
「……早瀬って、下の名前は?」
「え? あ、と、稔彦」
「早瀬 稔彦……ね。覚えたわ、たぶん」
 フルネームを知っているクラスメイトは、これで何人目だろう。名前を聞いたことがある相手は何人もいるはずだけれど、今でも覚えているとなると片手で数えられる。
「私は、北川 莉鈴」
「……知ってる」
 それもそうだ。
 入学して二ヶ月弱、クラスメイトの名前くらい覚えているのが当然だし、私は有名人だ。
「で……、北川?」
 やや不安げに首を傾げる。
 今の会話の意味に気がついていない。
「……肉体関係を持つクラスメイトの名前も知らないなんて、おかしいでしょう?」
「北川……」
「…………たまになら、いいわ」
 口から出てきたのは、自分でも予想外の答えだった。
 もっとも、それを否定する理由もない。だからといって、私が早瀬に好意を抱いていると勘違いされるのも困る。
 これはあくまでも気まぐれの産物なのだ。
「……私がヒマで、したい気分で…………そうね、ココアを飲みたいと思っている時だったら、相手してあげないこともない」
 早瀬の顔がぱっと輝いたように見えた。
 いきなり、抱きしめられる。
 痛いくらいに。
 骨が軋むくらいに。
 顎を押さえられ、上を向かされる。
 顔が近づいてくる。
 私にキスしようとする唇に人差し指を当てて、早瀬の動きを制止した。
「……だめよ。そんなことしたら、早瀬、またスイッチが入ってしまうでしょう? さすがに今日はもうお腹いっぱい」
 そう言うと、それ以上の無理強いはしてこなかった。力が抜け、私は早瀬の腕の中から逃れる。
 制止したのは、たぶん口実だ。
 スイッチが入ってしまうのは、私。
 このまま自分の部屋に招いて、朝まで犯して欲しい――どこか心の片隅に、そんな想いがあるのは事実だ。
 とはいえ、その意見は心の中の多数派ではない。自分の肉体の限界というものは心得ている。これ以上なんて本当に無理、身体を壊してしまう。
 だから、そのまま回れ右をする。
「じゃ、おやすみ」
「あ、ああ……また明日」
 背後からの声を聞きながら、ぎこちない足取りでマンションの中に入る。
 エレベータに乗る時にちらりと外とを見ると、早瀬はまだそこに立っていた。
 ドアが閉まり、早瀬の姿が消える。
 私は息を吐きながらエレベータの壁に寄りかかった。
 自分の脚で立つと、疲労感が一気に押し寄せてきた。
 鍵を開けて家に入り、そのまま頽れるように玄関に座り込む。
 家の中はしんとしている。
 誰もいない。
 母は夜の仕事で、夕方から出かけて帰るのはいつも明け方だ。そして父は、何年も前に離婚していた。
 靴を脱ぎ、這うようにして自室に向かう。
 明かりもつけずにベッドの上に転がる。
 カーテンが開いているので、窓から入る街の灯りで部屋の中はぼんやりと明るかった。
 大きく溜息をつく。
 疲れきっている。このまま眠ってしまいたい。
 だけど、まだ、だめだ。
 まだ、やらなければいけないことが残っている。
 ベッドに寝転がったまま下着を脱いだ。
 ぬるぬると濡れていて、ひんやりする。生臭い匂いが漂ってくる。
 早瀬にさんざん中出しされた後、シャワーも浴びていないのだから当然だ。
 精液でべっとりと汚れた下着を口に含む。
 まずい。
 気持ち悪い。
 新鮮なものだってけっして美味しくはないが、時間が経って粘性の失われた状態のものはさらに気持ちが悪い。
 ただでさえ具合がよくないので、吐き気が込み上げてきた。
 胃液と精液とココアが混じった液体が逆流してくる。口を押さえ、そのおぞましい酸性の汚液をもう一度飲み下す。
 下着を汚している精液の量はかなりのものだった。もっとも量が多いはずの一度目はコンドームを付けていたというのに。
 いったい何度、中に出されたのだろう。
 今日は何度、早瀬としたのだろう。
 途中からなかば朦朧としていて、記憶が曖昧だった。
「……リビングで、二回。それから早瀬の部屋へ行って……」
 想い出しながら、指を折っていく。
 親指。
 人差し指。
 中指。
 薬指。
「……全部で六回? なのに最後まであの勢いとは……ね」
 恐ろしいほどの体力と精力だ。
 私はもう限界だというのに。
 向こうは激しく動いて、私の何倍も体力を使っていたはずなのに、疲れなど微塵も感じさせず、ここまで軽々と私を抱いてきた。
 呆れつつも感心してしまう。
「……今の体調で……六回は、ヤバいって」
 つぶやきながら、鞄を引き寄せる。
 中から、ホテルでも使った愛用の剃刀を取りだす。
 早瀬がきれいに巻いてくれた包帯を解く。傷はもう塞がっていた。
 仰向けになったまま、顔の上に左手を持ってくる。
 剃刀の刃を手首に当てる。
 右手に力を込める。
 鋭い痛み。
 紅い筋が走り、すぐに血が流れ出してくる。
 二度、三度。
 同じ動作を繰り返す。
 四度。
 五度。
 数ミリずつ位置を変えて。
 六度。
 手首が傷だらけになる。
 腕が血塗れになる。
 溢れ出る鮮血が、顔の上に落ちてくる。
 予想以上に量が多い。
 六度も、しかも疲れきって朦朧としている状態で繰り返せば、一度や二度は手元が狂ってしまう。どうやら、少々深すぎる傷があるようだ。
 ぽたり……ぽたり……
 顔の上に紅い雫が落ちてくる。
 ぽた、ぽた、ぽた……
 だんだん、間隔が短くなってくる。
 ぽたたたた……
 顔が濡れていく。
 錆びた鉄の味がする。
 ベッドが汚れるのも構わずに、そのまま腕を下ろした。
 痛い。
 身体の節々が。
 お腹が。
 性器の擦過傷が。
 そして、手首の傷が。
 ずきん、ずきん。
 鼓動に呼応するように痛みを訴えている。
 目を閉じる。
 ずきん、ずきん。
 なにも見えない。なにも考えない。
 ずきん、ずきん。
 痛みだけに意識を集中する。
 ずきん、ずきん。
 この痛みだけが、すべて。
 この痛みだけが、現実。
 痛くなくてはいけない。
 痛みを受け入れなくてはならない。
 これは、罰だから。

 罪を犯したら、罰を受けなければならないのだから――

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