12

 神流は、不機嫌だった。
 悠樹と愛姫が一緒に帰ってきたあの夜以来、ずっと不機嫌なままだ。
 むしゃくしゃする。
 だから、あんな奴どうだっていい――そう思おうとする。
 別に、特に好きだったわけじゃない。単なる、美味しい血を持っているだけのオヤツ。
 ただ、それだけ。
 セックス、してしまったけれど。
 バージン、あげてしまったけれど。
 別に、そんなの特別なことじゃない。ただ、ちょっと気持ちよかったから、遊びでしただけ。
 何度も、何度も、自分にいい聞かせる。
 あんな奴、好きだったわけじゃない。誰となにをしていようが関係ない――と。
 そう、思い込もうとする。

 だけど――
 だったら、なぜ――

 自分の左手に視線を落とす。
 薬指を彩る、指輪。
 何故、こんなものを未練がましく着けているのだろう。
 何度も抜き取って、捨ててしまおうとした。
 だけど……できなかった。
 指輪を抜き取った瞬間、手が、それ以上動くことを拒否していた。まるで、魅魔の力で操られている時のように。
 あんな男のこと、なんとも想っていない――はず、なのに。
 あんな、男――
 
 メールは、毎日、朝と晩に一通ずつ来ている。
 日に一度だけ、怒りの青筋マークの絵文字ひとつだけのメールを返している。
 ここ数日、繰り返している日課。
 どうして、こんなことをしているのだろう。
 どうして、届いたメールを全部保存してあるのだろう。
 どうして、なんだろう。
 考えるたびに、すごく、むしゃくしゃする。
 抑えきれない衝動が湧き上がってくる。
 思い切り噛みついてやりたい、と想う。


「神流ぁ、一緒に帰ろ?」
 夕方、校門を出たところで、背後から追いかけてくる声があった。
 振り返った瞬間、同じ制服を着た女の子が走ってきて、神流の腕に抱きついた。
 小柄な神流より少しだけ背が高く、長い黒髪を三つ編みにして眼鏡をかけた、真面目そうな女の子。
 クラスメイトの神居 未奈美(かむい みなみ)、小等部から同じクラスの、いちばんの仲良しだ。
「……みーちゃん」
「神流ってば、待っててっていったのに、さっさと先に帰っちゃうんだもの」
「……そんなこと、いってたっけ?」
 覚えていない。教室を出る時、頭の中は他のことでいっぱいだったからだろうか。
「もー」
 未奈美が頬を膨らませる。
「神流ってば、ここ何日かずっとそんな調子。なんか、ずぅっと機嫌悪いよね?」
「……別に」
 そう応える声も、お世辞にも上機嫌とはいいがたい。
「そうかなぁ? だったら、どうして気づいてくれないのかな?」
「え?」
 神流を掴まえている腕に力が込められる。胸を押しつけるように身体を密着させてくる。神流に比べればずいぶんと控えめな膨らみは、しかし十四歳という年齢を考えればけっして小さくはないサイズだろう。
 その時になって、ようやく気づいた。
 二人を包み込むように漂う、甘い匂い。
 普通の人間には気づかないだろう、甘い香り。神流にだけ……鬼魔である神流にだけ、感じられる匂い。
 熟した果実を想わせる、甘い芳香。
 しかし、果実でも、香水や化粧品でもない。
 それは――人間の、血の匂い。
 鬼魔にとってはなによりも甘い香り。
 月に一度の、女の子の日に特有の、うっとりしてしまうような匂い。
「あ……」
 未奈美は今、生理中なのだ。
「だから……今日、うちに寄っていかない?」
 胸を押しつけて、潤んだ瞳でささやく未奈美。
 熱を帯びた吐息も甘い。
 発情した牝が発する匂い。
 その匂いが、神流の食欲を刺激する。
 
 オナカ、すいた――
 
 久しぶりにそう感じた。
 物理的な餓えではない。食事もおやつもちゃんと食べている。太りにくい体質である神流は、小柄な割にはむしろ大喰いだ。
 これは、普通に食事をしていてもけっして満たされない、鬼魔だけが感じる餓え。
 満たされなくても死ぬことはない。ただ生きていくだけなら不都合はない。なのに、普通の空腹よりもずっと辛い。
 ――そんな、飢餓感。
 未奈美の甘い匂いに包まれていると、より強く意識してしまう。
 この匂いが、きっかけだった。
 神流を鬼魔として目覚めさせたのが、この、未奈美の匂いだった。
 まだ自分が何者であるか知らなかった、小等部の卒業を間近に控えていた頃。
 当時から仲のよかった未奈美が、どうにも抑えられないくらいに美味しそうないい匂いを発していた。
 すごく可愛く感じた。
 身体の奥から湧きあがってくる衝動を抑えられなくなって、自分でもわけがわからないままに、未奈美のことを――性的な意味で――襲ってしまった。
 未奈美が親友で、神流に対して友情以上の同性愛じみた感情を抱いていなかったら、レイプといわれても否定できない出来事だった。
 実際には未奈美は――鬼魔に犯された人間が皆そうであるように――悦んでいたのだが、運が悪ければ、未奈美はその一件で発狂していてもおかしくなかった。鬼魔がもたらす快楽は、手加減なしなら人間の限界を超えてしまう。同性であることと、まだ鬼魔の力が完全には目覚めていない時だったことが幸いだった。
 それでも、その事件をきっかけに未奈美は変わってしまった。いつも全員一致でクラス委員に推薦されるような真面目な優等生だったのに、神流とのセックスの虜になり、生理になるたびに自分から迫ってくるようになった。
 とはいえ、それが神流の力の影響なのか、もともとそういう資質だったのかはわからない。
 生理の時に未奈美とセックスするのは、毎回のことだった。未奈美の経血を啜り、代わりに――発狂しない程度に手加減しつつも――人間相手のセックスでは得られない快楽を与える。
 未奈美とのことをきっかけに、他のクラスメイトともするようになった。みんな、一度してしまえば神流の虜だった。
 肉体関係を持っているクラスメイトは何人もいるが、その中でも未奈美との付き合いがいちばん長く、いちばん仲がいい。未奈美とだけは、生理の時以外でもたまにしている。周囲からは恋人認定されているような仲だ。
 とはいえ当人たちの認識としては、〈恋人〉とは少し違う関係だと思っている。
 しかし、単なる〈セフレ〉でもない。
 うまく説明できないが、そのまま〈肉体関係のある親友〉というのが近い気がする。
 もちろん、そんな微妙な心情は、他人には理解できないことだろう。
 ふたりは恋人同士のように腕を組んだまま、未奈美の家へと進路を変えた。
 彼女の親は共稼ぎで、日中は家に誰もいないのだ。


 バスルームの脱衣所で、未奈美の三つ編みを解く。
 それから、服を脱がしていく。
 下着を脱がすと、ナプキンに小さな紅い染みが付いていた。鼻腔をくすぐる甘い香りが強くなる。
 ふたり一緒に浴室に入り、シャワーを浴びる。どちらからともなく相手の身体に腕を回し、抱き合って唇を重ねた。
 濃厚なディープキス。
 舌を絡め合い、互いの唾液を啜る。
 一分以上続けて唇を離した時には、未奈美はもう目の焦点が合っていなかった。
「か、んなぁ……」
 切なげな甘い吐息。
 潤んだ黒い瞳。
 今にも噛みつきたいくらいに、そそられる。
「なぁに?」
 そんな衝動をぐっと堪えて訊く。
「……して。もう……我慢、できない」
「もぉ? みーちゃんってばエッチなんだから」
「……違うわ。神流が巧すぎるから、なの」
 未奈美は立ったまま脚を開いて、茂みの奥にある割れ目を自分の指で拡げた。
 真面目な清純派風の、未奈美の容姿。それだけに、そんな仕草はひどく扇情的だ。
「ね……おねがい」
「どうして、ほしいの?」
 訊くまでもないことだが、あえて焦らす。
「……舐めて。いっぱい、舐めて。クリトリスも、中も、いっぱい舐めて、気持ちよくして」
 脚を開いたまま壁に寄りかかるようにして、腰を突き出してくる。
 小さなピンク色の割れ目が、自分の指でいっぱいに拡げられている。
 学校での未奈美しか知らない人が見たら、目を疑うだろう。優等生の委員長が、こんなはしたない姿で自分から誘っているだなんて。
 未奈美のこんな姿を知っているのは神流だけ。そのことを嬉しく感じてしまう。
「いいよ。うんと気持ちよくして、あげる」
「ん……っ」
 もう一度、キス。
 そこからじわじわと姿勢を低くしていき、未奈美の身体に舌を這わせる。
 唇から顎、顎から首、首から鎖骨、胸の頂を経由して、お腹、そして下腹部へ。
 ヘアは濃いめの楕円形。その奥には、甘ったるい涎を垂らしている小さな割れ目。
 そこは、未奈美自身の指で限界まで拡げられている。
 足許に跪いて、開かれた脚の間に唇を押しつけた。
 舌を、伸ばす。
「ひゃっ……あぅんっっ!」
 短く、甲高い悲鳴が浴室に反響する。
 未奈美の身体が震え、上体が仰け反る。
 充血したクリトリスを、舌先でくすぐる。
 二度、三度。舌の動きに合わせて未奈美が痙攣する。
 絞り出されるように、甘い、甘い、蜜が滲み出てくる。
 その湧き出し口を唇で塞ぐ。
 舌をいっぱいに伸ばす。
 長い舌が、柔らかな粘膜を割って侵入していく。
「ふみゃあぁぁぁぁっっ!」
 仔猫のような悲鳴。
 未奈美が倒れないように、がくがくと震える脚を腕で抱えた。
 そして、さらに舌を伸ばす。中をかき混ぜる。
「んにゃっ!! あぁぁっっっ!! にゃあぁぁ――っっ!!」
 未奈美の腰が、びくんびくんと痙攣する。その都度、小さな穴の奥は潤いを増して、甘い匂いが濃くなっていく。
 長い舌を器用に動かして、膣内をくまなくくすぐる。特に、子宮口とその周辺は重点的に。
 舌の動きに促されるように、胎内深くから、愛液よりも甘く濃厚な液体が滴り落ちてくる。
 未奈美の、経血。
 甘い、甘い、とても美味しい血。
 悠樹の魅魔の血は別格としても、クラスメイトたちの中では飛び抜けて美味しい血。
 舌の上に拡がって、渇いた喉を潤していく。
 一滴残らず舐め取って、代わりに、自分の、鬼魔の唾液を未奈美の胎内に流し込む。
「にゃぁぁっっっ!! だっ、めぇぇっ!! にあぁぁ――っ! し、んじゃうっ! ひにゃあぁぁぁぁぁ――――っっ!!」
 括約筋がぎゅうっと締まり、また弛緩するという動きを繰り返す。腕や脚も引きつったように痙攣している。
 やがてがくっと力が抜けて、未奈美の身体はバスルームのタイルの上に頽れた。
 全身が、軟体動物のように弛緩しきっている。
 股間から、愛液でも経血でもない、微かな黄色みを帯びた透明な液体が迸る。
 未奈美は呆けた顔で、口元には締まりのない笑みを浮かべている。唇の端から涎がこぼれている。
「みーちゃんってば、またお漏らし?」
 くすくすと笑う。
 未奈美はいつもそうだ。その日の最初の絶頂で、下半身が弛緩しきって失禁してしまうことが多い。そんな姿も、いやらしくて可愛らしい。
「……らって……キモチ……イイんらも……」
 ろれつが回らない口調。目の焦点も合っていない。まだ快楽の余韻を反芻して、下半身が痙攣と弛緩を繰り返している。
 これでも、神流としてはかなり手加減しているつもりだ。
 それでも、この有様。
 これが、鬼魔が人間にもたらす快楽だ。まったく加減しなければ発狂してしまうだろう。おそらくはこれでも未奈美にとっては強すぎる刺激なのだ。
 すっかり、神流が与える快楽の虜になっている。依存症といってもいいくらいに、頻繁に神流を求めてくる。
 神流としても、やり過ぎかな、と思わなくもない。
 それでも、未奈美の要求は拒めない。
 未奈美のことは大好きだし、その血は素晴らしく美味しいのだ。
「かんなぁ……もっとぉ……」
 力の入らない腕で抱きついて、唇を重ねてくる。舌を伸ばして、神流の唾液を啜る。
 普段の、真面目な優等生の面影はどこにもない。
 だけど、こんな姿もたまらなく魅力的だ。
 だから、神流も未奈美の身体を抱きしめる。
「ベッド、行く?」
「うン……イクぅ」
 甘えるように、神流の首に腕を回す未奈美。その身体をお姫様抱っこする。
 身長も体重も未奈美の方が上だが、神流にとっては軽いものだ。未奈美の体重など、鬼魔の腕力の前にはないに等しい。
 軽い足どりでバスルームを出て、未奈美の部屋へと向かう。
 ベッドの上に優しく横たえる。
 期待に満ちた瞳が、こちらを見あげている。
 自分から脚を開いて、腰を突きあげてくる。
「かんなぁ……あたしのおまんこ、おいしかった?」
「うん、すっごく美味しい」
「じゃあ、もっといっぱい舐めてぇ……クリちゃんも、おまんこも、いっぱいぺろぺろしてぇ……」
 脚を大きく開いて、その中心に咲くピンク色の花弁を、自分の指でいっぱいに拡げた。ぱっくりと開かれた小孔から、微かに血の混じった蜜が溢れ出てくる。
 また、神流だけが感じる甘い匂いが漂ってくる。
 頭がくらくらするほどの甘ったるい匂いに、神流も昂ってしまう。それに、この小さな穴の奥には、もっと甘い深紅の液体が隠されている。
 舐めたい。
 最後の一滴まで、吸い尽くしたい。
 湧きあがる衝動。
 こんな時、自分が鬼魔であることを実感させられてしまう。血に対する食欲が、性欲とひとつに連動している。
 神流は精いっぱい自制心を働かせていた。そうしなければ、未奈美を狂わせてしまうだけではない。彼女の柔肌に牙を突きたてて、全身の血肉を貪りたい衝動に駆られてしまう。
 もちろん、そんなことはできないし、したくない。あくまでも〈性行為〉の範疇の接触でなければならない。
 誘われるように、未奈美の股間に口づける。
「みゃうぅぅっっ!」
 短い悲鳴。
 ベッドの上で細い身体が弾む。
 その下半身を抱えるようにして押さえつけ、舌を挿し入れる。
 深く、深く。
 人間の舌には不可能な深さまで。
「ふみゃっ……あにゃぁんっ! にゃあぁぁっ!」
 盛りのついた牝猫のような声を上げて、未奈美が悶える。
 締めつけてくる膣の粘膜に抗うように、舌を震わせる。
 それに同調するように、未奈美の下半身が震える。舌の動きに誘われて、子宮から、女の子の血が流れ出してくる。
 舌に絡みついてくる、甘い、深紅の液体。
 美味しい。
 そして熱い。
 舌を起点に、熱さが全身に広がっていく。
 鼓動が速くなり、呼吸が荒くなる。
 悠樹の血のような、ひと舐めで達してしまうほどの強烈さはない。だからこそ、ひと舐めごとに昂っていくようで、精神的にはより興奮してしまう。魅魔の血は肉体的な作用が強すぎて、口にしてしまった瞬間に、気持ちが昂る間もなく絶頂を迎えてしまうのだ。
 神流は、自分の下腹部に手を当てた。
 未奈美に劣らず、そこは熱い蜜を滴らせていた。
 滲み出るとか、濡れているとかいうレベルではない。触れる前から糸を引いて滴り落ちていた。
「――――っっ!!」
 濡れそぼった粘膜に直に触れると、電流が走ったような感覚だった。衝撃に身体が震える。その動きが伝わった未奈美がさらに悶える。
 舌先が無意識に蠢いて、膣内の襞の隅々までくすぐっていく。湧き出す蜜と経血を、一滴残らず舐め取っていく。
 同時に、指で自分を慰める。
 クリトリスの上で指先を滑らせる。
 未奈美の蜜を指全体に塗り、自分の中に挿入した。
「んぁっっ! あぁぁぁんっっ!!」
 指が、根元まで埋まる。
 悠樹と出会うまではしたことがない、深い挿入。今はもう、入口に触れるだけの自慰なんて物足りない。
 二本の指を奥まで押し込む。意図的にそうしているわけではないのに、痛いくらいにぎゅうぎゅうに締めつけてくる。
 こんな狭い穴が、太さも長さも自分の指二本なんか比べものにならない悠樹のペニスに貫かれていたなんて、いまだに信じられない。
 サイズの比較では激痛を伴いそうに思えるその行為が、あんなにも気持ちよかったなんて、もっと信じられない。
 あれからもう十日以上が過ぎたのに、まだ、あの時の感覚をはっきりと想い出せる。悠樹のことを考えるだけで、感覚がリアルに甦ってくる。まるで、神経に深く刻み込まれているかのよう。
「ん……っ、んぅぅっんっ!」
 指を引き抜く。
 指だけでなく掌まで、白く濁った粘性の高い愛液で濡れていた。
 その指を、未奈美の中に挿入する。
「みゃぁぁぁあぁぁぁ――っっっ!!」
 未奈美の身体がひときわ大きく弾み、ベッドのスプリングが軋む。
 神流の愛液は、人間にとって、どんな媚薬よりも強力だ。もはや劇薬といってもいい。そんなものを性器に擦り込まれたら、耐えられるわけがない。
「みゃあぁぁっ! んみゃぁぁ――っ! んにゃあぁぁぁぁぁ――――っっっ!!」
 猫のような悲鳴が、さらに激しさを増す。
 未奈美の身体が不規則に弾み、身体の奥では子宮が収縮を繰り返している。逆に子宮口は弛緩して、胎内に残った経血を搾り出している。
 引き抜いた指が、紅く、甘く、染まっていた。
 それを舐めとり、また、秘裂に口づける。
 舌を、奥まで挿し入れる。
 強く、吸う。
 同時に、神流の蜜に濡れた指でクリトリスとお尻の穴を刺激する。
「ふにゃあぁぁぁ――――っっっ!! なぁぁぁっ、にゃあぁぁぁんっっ! んみゃぁぁぁぁ――――――っっっ!!」
 窓ガラスが震えそうなほどの絶叫。
 全身の筋肉が、骨を軋ませるほどに強張っている。
 いつまでも続く悲鳴。
 肺が空っぽになったところで、いきなり、スイッチが切れたように力が抜ける。
 未奈美は白目を剥いて、完全に気を失っていた。


「ん……にゃあぁぁ……」
 しばらくして意識が戻った未奈美が、母親に甘える仔猫のようにすり寄ってくる。
「んにゃあ……今日はいつも以上にすごかったにゃ」
 神流の唇を舐めるようにキスしてくる未奈美は、口調が完全に猫になっていた。
 これも、いつものことだ。どうやら、セックスの快感が閾値を超えるとこうなってしまうらしい。
 未奈美は本来、お淑やかで大人びた雰囲気をまとっている。それだけに、セックスの後の猫モードは新鮮で、可愛らしくて、普段とのギャップがたまらない。
 一度こうなってしまうと、少なくとも一、二時間は元には戻らない。
「そーだね。みーちゃんってば、すっごく激しく悶えてたね」
 本物の猫に対してするように、首をくすぐってやる。
「にゃあっ!」
 抗議の声も猫っぽい。
「そうじゃにゃいにゃ! かんにゃの責めがいつもより凄かったにゃ! やっぱり、オトニャににゃるとひと味違うにゃ」
「――っ!?」
 台詞の後半は、まったくの不意打ちだった。
「ど、ど、どーしてっ?」
 訊き返す声がうわずってしまう。
 どうして、知っているのだろう。未奈美には、悠樹のことなどなにも話していないのに。
 返ってきたのは、未奈美の呆れたような顔。
「気づかにゃいわけにゃいにゃ。妙に浮かれてたり、かと思うと急に不機嫌ににゃったり、にゃにか考え込んでたり、ひとりで怪しく悶えてたりしてたにゃ。みーの初エッチの時と同じにゃ」
「う……」
 神流に襲われた翌日の未奈美は、たしかにそんな感じだった。自覚はないが、そんなに挙動不審だったのだろうか。
「で、これ見よがしに指輪にゃんて嵌めてるにゃ。みんにゃ驚いてるにゃ。百合っ娘かんにゃがオトコに目覚めたにゃ」
「ぼ、ボクは別に、百合っ娘ってわけじゃ……それにこんな指輪、別に、なんでもないし……」
 何人ものクラスメイトと性的な接触を持ち、周囲からは完全に百合認定されている神流だが、自分では同性愛者という認識はない。
 単に、父親がいない上に女子校育ちで、異性に慣れていないだけのことだと思っている。そして、ここが女子校である以上、血を分けてもらう相手も女子しかいないというだけの話だ。
 もっとも、可愛い女の子が嫌いなわけではない。正直にいえば、好きだ。
 女の子同士でいちゃいちゃしたり、キスしたり、エッチなところを触ったり、触られたり、舐めたり、舐められたりするのは気持ちいい。
 だけど、気持ちいいのは相手が男でも同じだった。男は悠樹しか知らないから、魅魔の血を持たない相手でも気持ちいいのかどうかはわからないが。
 女の子同士の性的な接触は、神流にとっては恋愛感情の表現というよりも、仲のいい友達同士のスキンシップの延長という認識だ。未奈美のことは他のクラスメイトよりも特に好きだが、それも恋愛感情とは少し違うように思う。
「でも、その指輪、オトコからのプレゼントにゃ?」
「そ、それは……」
 否定しようとしたが、言葉が出てこなかった。
 未奈美はいちばんの親友だ。隠し事はできても、嘘はつけない。
「……そう、だけど」
「不機嫌そうにゃ顔して指輪眺めて、何度も溜息ついてるにゃ。喧嘩でもしたにゃ?」
「………………うン」
 つい、正直にうなずいてしまった。
 まさにチェシャー猫のように、未奈美はにやぁっとからかうような笑みを浮かべる。
「それで、溜まってて不機嫌にゃ? だから、みーが慰めてあげたにゃ」
「べ、別に溜まってとか、そんなんじゃ……、それに、みーちゃんは自分が楽しみたかっただけじゃん!」
「でも、今日はいつも以上にすごかったにゃ。あれは欲求不満にゃ。ついでに、八つ当たりにゃ」
「……」
 そう、なのだろうか。
 神流のことをよく知っている未奈美にはっきり断言されると、そうかもしれないと思ってしまう。
「だから、さっさとにゃかにゃおりするにゃ。そして、カレシをみーにも紹介するにゃ。かんにゃに相応しいオトコかどうか、みーが見極めるにゃ。にゃにしろ、アブにゃい趣味のオトコにゃ」
「アブナイって、なんで?」
 未奈美が悠樹のことを知っているわけがないのに、なにを根拠にそう思うのだろう。
「カノジョに首輪つけて悦んでるオトコにゃ。かんにゃはどっちかというとSだと思ってたにゃ、実はMだったにゃ?」
「そ、そーゆーんじゃないよ、これは!」
 悠樹と出会った日以来、着けている――着けさせられている紅い首輪。
 これは別に悠樹の趣味ではない。鬼魔の力を抑えるために、愛姫に着けられたものだ。もっとも、悠樹も気に入っていた様子だったから、こういうのは好きなのかもしれない。
 この首輪は封印だ。自分では外せない。だから、咎められないのをいいことに、学校でも着けっぱなしにしている。
 しかし、もしかしたら外せるのかもしれない。本気で外そうと試みたのは最初の夜だけだから、悠樹の精を大量に取り込んだ今の神流であれば、本気を出せば封印を破れるかもしれない。
 だけど、試してみようとすらしなかった。
 この首輪は愛姫に着けられたものだが、その封印は悠樹の血によってなされている。
 ある意味、悠樹との絆ともいえた。
「……仲直り……した方が、いいのかなぁ……」
「とーぜんにゃ。好きだから、そんにゃに悩んだり怒ったりするにゃ。ホントにどうでもいい相手にゃら、放っておくにゃ。浮気のひとつやふたつ、大目にみるにゃ。絶対、浮気相手より、かんにゃの方がいいオンナにゃ」
「ど、ど、どーして、浮気って?」
「当てずっぽうにゃ。オトコの場合、それがいちばん可能性高いにゃ。知り合ったばかりのかんにゃのバージン奪った手の早いオトコにゃ、当然にゃ」
 鋭い読みだ。未奈美の頭の良さは、猫モードであっても変わらない。
「でも、かんにゃも同じことしてるにゃ」
「――っ!」
 未奈美がすり寄ってくる。
 ふたりは今、ベッドの上で全裸で抱き合っている。
 たしかに、悠樹から見ればこれは神流の浮気といえるかもしれない。
 だけどこれは、単に血をもらっているだけだ。鬼魔の力の源である生き血をもらい、その見返りとして気持ちよくしてあげている。恋愛感情を伴う〈浮気〉とは事情が違う。
 そう、思いたい。
 だけど――
 それをいうなら、悠樹だって同じだ。
 あの夜、悠樹と愛姫がセックスしていたのは間違いない。それも、一度や二度ではない。神流の嗅覚ならはっきりとわかる。
 だけどそれは、愛姫が鬼魔の力に中てられて治療のため――といっていた。おそらく、それは事実だろう。最初に見た時の愛姫はバージンだったし、知り合ったばかりの男――それも悠樹のような男――に簡単に身体を許すような、尻の軽い女には見えなかった。
 もちろん、悠樹は愛姫のことも好きだろう。なにしろ愛姫は、胸と愛想はないが、同性の神流から見てもとびっきりの美人だ。そもそも悠樹は、大抵の女の子のことが好きに違いない。
 だからもちろん、神流のことが好きだというのも嘘ではない。
「浮気されて怒るのは、好きだからにゃ。いつまでも怒ってばかりいるのは逆効果にゃ。寛大にゃところを見せて、自分の方がいい女だとアピールするにゃ。それとも、相手はかんにゃが負けるほどの美人にゃ?」
「……すっごい美人だけど、ボクが負けるわけないじゃん」
 神流だって容姿には自信がある。愛姫とはまったく違うタイプだけれど。
 長身で大人っぽくて凛とした雰囲気で、スレンダーな愛姫。
 小柄で活発で人懐っこくて、巨乳の神流。
 どちらがより悠樹の好みかはわからない。たぶん、いい女ならどんなタイプもありではないかという気がする。
 しかし、なんといっても神流は鬼魔――それも、最強クラスの力を持った――なのだ。いくら魅魔の血を持っていても、悠樹が人間の男である以上は、彼を魅了し悦ばせることに関して、人間の愛姫が神流に敵うわけがない。愛姫がどれほど魅力的な女性だったとしても、それはあくまで『人間の中では』の話だ。
 だから、負けるわけがない。
 だったら、まあ、ちょっとした浮気くらいは許してやってもいいのかもしれない。絶対的優位にある者の余裕で「でも、やっぱりボクの方がイイでしょ?」と。
 もちろん、簡単に許すわけではない。そんな都合のいい女にはなりたくない。
 後遺症が残らない程度に、思いっきり噛みつく。それから、腰が抜けるまで気持ちいいことさせる。たっぷりと飲ませてもらう。そうしたら、まあ、今回は許してやらないこともない。
 だんだん、そんな気持ちになってきた。
「でもさ……みーちゃん、なんでそんなに仲直りを勧めるの?」
 未奈美の立場としては、むしろ逆ではないだろうか。未奈美と神流は恋人同士というわけではないが、傍目から見れば単なる親友というよりも、やっぱり恋人に近い関係だ。なのに、神流が他の男と仲よくして、未奈美は妬かないのだろうか。
 嫉妬しない寛容な性格というわけではない。神流が他の女の子から血をもらっている時は、はっきりやきもちを妬くのだから。
「まったく妬かにゃいわけじゃにゃーよ。でも、みーはかんにゃが笑ってるのがいちばんにゃ。それに、みー的にはオトコは別カウントにゃ。かんにゃは、カレシができたからってみーとの付き合い方を変えるにゃ?」
「う、ううん、変えないよ。ユウキなんか関係ない。ボク、みーちゃんのこと大好きだもん!」
「だったら問題にゃいにゃ。早くそのユウキさんとやらを紹介するにゃ。イイオトコだったらそのまま3Pにゃ」
「ちょっ、ちょっとみーちゃんっ!」
 いくら猫モードの未奈美はエロモードも全開とはいえ、大胆すぎる発言に慌ててしまう。
 未奈美だって男性経験はないはずなのに、いきなり3Pだなんて。
「みーとユウキさんのふたりで、かんにゃをめちゃめちゃにするにゃ。一対一だとみーはかんにゃに攻められっぱなしで勝てにゃいから、ふたりがかりにゃ。前後同時責めでめろめろになってるかんにゃ、楽しみにゃ」
「み、み、みーちゃんってば!」
 たしかに、ふたりの時は神流が攻めで未奈美が受けというのが基本だ。鬼魔の神流が相手では、未奈美は攻めに回る余裕はない。
 未奈美と悠樹のふたりがかりで攻められる――心惹かれるものがないわけではないが、やっぱり怖い。
 これではたとえ仲直りしたとしても、当分、未奈美は悠樹には会わせない方がいいのかもしれない。それに、もしも神流が見ている前で未奈美と悠樹がしてしまうような展開になったら、ふたつの意味で不愉快だ。
「みーはそれでもいいにゃ。かんにゃと姉妹にゃ」
「まったく……みーちゃんったら」
 神流も自分ではけっこう奔放な性格だと思っていたが、猫モードの未奈美に比べたら、真面目な常識人なのかもしれない。
「……みーちゃんをそんな風にしたのって、ボクのせい?」
 真面目な優等生だった未奈美。
 いや、今でも発情時以外はそうだ。
 神流とセックスして猫モードに入った時だけ、下ネタ大好きでほとんど淫乱といってもいいくらいに大胆になってしまう。女の子同士でなら、多人数での経験もある。
 やっぱり、神流に犯されたせいでおかしくなってしまったのだろうか。時々、罪悪感に苛まれてしまう。
「違うにゃ。みーは子供の頃から内心はえっちなことに興味津々にゃ。ただ、それを口に出す勇気がにゃかったにゃ。かんにゃが扉を開けてくれたにゃ。だから、かんにゃのせいじゃにゃくて、かんにゃのおかげ、にゃ」
 そういわれても、素直にうなずけない。
 神流に襲われる以前の、お淑やかで真面目で優等生だった未奈美と、今の猫モードではギャップがありすぎる。
 猫モードもすごく可愛いが、それでもやっぱり多少の罪悪感は感じてしまう。
 
 だけど――
 
 ちょっと、いいかもしれない。
 悠樹を、未奈美や他のクラスメイトたちに「カレシだ」と紹介することは。
 すごく照れくさいけれど、そうしてみたいと想った。

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