10

 愛姫を抱いた翌日の夕方――
 悠樹は、携帯電話を見て小さく溜息をついた。
 あの後、何度も神流に電話をしたが、当然、出てくれなかった。
 メールも何度か送ったが、一度、怒りの青筋マークの絵文字ひとつだけの返信が来たきりだ。
 それでも、返事があっただけましだろうか。
 本当に愛想を尽かされたなら、電話もメールも着信拒否されていてもおかしくない。どれだけ怒っていても、受信してくれているならまだ可能性はある……と思いたい。
 昨夜の「サヨナラ」はかなり効いた。胸を剔られるような痛みだった。
 過去、付き合った女の子は何人もいて、自分から振ったことも相手から振られたこともある。それでも、こんなに深く刺さった言葉はなかった。
 神流を、このまま手放したくない。別れたくない。
 これほど強く想ったのは初めてだ。美咲という支えがあったからだろうか、これまでは、振られてもそれなりに平然としていられたのに。
 なんとか、仲直りしたい。
 とはいえ、話を聞いてくれないのでは打つ手は少ない。うるさくならない程度にまめに電話やメールをしながら、神流の頭が冷えて機嫌をとる機会がくるのを待つしかないだろうか。
「……ハラが減ったら、逢ってくれないかなぁ」
 そんな、当人に聞かれたら火に油を注ぐようなことを考えてしまう。
 期待がないわけではない。一度、悠樹の血の味を――魅魔の血がもたらす力と、そして快楽を――知ってしまったのだ。魅魔の血の効力は、数日から、長くてひと月くらいは保つらしい。だけど、効力がなくなればまた欲しくなるに違いない。その頃には、神流の怒りも治まっているかもしれない。
 そうなれば、逢ってくれる可能性は少なくない。なんといっても、悠樹ほど強い魅魔の力を持つ男は存在しないのだ。魅魔の力を持つ男が皆無というのは幸いだった。あとは、普通の人間の血で満足しないことを祈るしかない。
 普通の人間の血でもいいということになれば、神流の場合、人間を傷つけなくても血に不自由することはない。神流は女子校だ。ひとクラス分の女の子がいれば、確率的には常に誰かが生理中ということになる。今の神流の力なら、その気がないクラスメイトだって容易に魅了できるだろう。
 こればかりは、自分の血の力に期待するしかない。色恋沙汰に魅魔の力を使うのは反則のような気もするが、今は藁にも縋りたい気持ちだった。神流とよりを戻せるなら、どんなことでもしたい。
 もう一度、溜息をつく。
 気分が重い。
 愛姫の家へ向かう足どりも重い。
 昨日の今日では、愛姫にも会いにくかった。かなり気まずい。
 しかしこちらは仕事でもあるから、行かないわけにはいかない。
 どんな顔をして会えばいいのだろう。悠樹以上に愛姫の方が気まずいかもしれない。
 多少の好意はあったにせよ、愛姫がはっきりと恋愛感情を意識していたとは考えにくい。昨夜、悠樹とセックスしたのは「鬼魔の力に中てられて我慢できなかったから」というのがいちばんの理由で、「悠樹が大好きで、どうしてもセックスしたかったから」ではない。
 愛姫の性格を考えれば、好きな相手であればこそ、ちゃんと付き合ってからと考えるところだろう。
 なのに、セックスしてしまった。それも、普段の彼女からは考えられないくらいに激しく乱れてしまった。正気の時に想い出せば、恥ずかしさに身悶えすること請け合いだ。
 今ごろ、昨夜の自分の行動を、軽率だったと後悔しているかもしれない。
 今日くらいは行かない方がいいのかもしれない。あるいは行く前に、麻由か縁子にこっそり電話して、愛姫の様子を訊いてみた方がいいだろうか。
 しかし、そういう後ろ向きな態度もどうかと思う。事実は事実として受けとめるべきかもしれない。愛姫が昨夜のことをどう想っているのか、きちんと確認するべきだろうか。
 悩んでいるうちに、嘉~家の門の前に着いてしまった。
 今さら引き返すわけにもいかない。なるようになれ、と開き直って呼び鈴を鳴らした。


「……今日は、いらっしゃらないかと思ってました」
 いつものように応接間に通されると、愛姫にいつものように素っ気なく迎えられた。
 とはいえ、すべてがいつも通りだったわけではない。出迎えた麻由は悠樹に向かって笑顔で親指を立てて見せ、縁子は相変わらずの無表情ながら「おめでとうございます」と頭を下げていたのだから。
 愛姫だけは、いつも通りに……いや、いつも以上に素っ気ない態度だった。不機嫌そうといってもいい。
 やっぱり怒っているのだろうか。それとも後悔しているのだろうか。あるいは愛想を尽かされたのかとも考えたが、よく見れば違うようだ。
 不機嫌そうな素っ気ない表情を装っていても、微かに頬が紅い。不自然なくらい、視線を合わせようとしない。
 昨夜のことを恥ずかしがっているのだろう。それを誤魔化すために、ことさら不機嫌を装っているのだ。
「いや……正直、来にくかったけど、来ないわけいかないだろ。それとも、来ない方がよかった?」
「……あの後、どうなりましたか?」
 悠樹の問いには答えない愛姫の反応は、。むしろ悠樹を安心させた。それは「来ない方がよかった?」に対する否定なのだと受けとった。
「怒ってるっぽい。電話には出てくれないし、メールの返事は一度だけあったけど……」
 両手を頭の上に持ち上げて、鬼の角を模して人差し指を立ててみせる。
「それで、どうするのですか?」
「長期戦を覚悟するしかないかなぁ。とにかく、神流とはなんとか仲直りしたい」
 そう答えたところで、悠樹をまっすぐに見つめる紅い瞳に気づいた。
「あ……でも、それは、愛姫より神流を選ぶって意味じゃなくて……」
 たぶん、愛姫が好意を持ってくれているのは間違いない。いくら鬼魔の力に冒されていたとはいえ、これまでは同様の状況でも守ってきた純潔を捧げてもいいと思うくらいには。
 その相手が、自分よりも他の女の子を選んだらどう思うだろう。それに実際のところ、神流と愛姫のどちらかを選ぶなんてできそうにない。タイプはまるで違っても、どちらも素晴らしく魅力的な女の子なのだ。
 愛姫は微かに肩をすくめて、小さな溜息をついた。
「だけどあの娘よりも私を選ぶ、というわけでもないのでしょう?」
「あ……や、それは……」
「所謂、二股ですか? それもこっそりと浮気するのではなく、堂々と二股宣言ですか? まったく、呆れた方ですね」
 心底呆れたような表情。これは本当に愛想を尽かされただろうか。恐る恐る訊いてみる。
「昨日のこと……後悔してる?」
「ええ」
 間髪入れずに即答された。さすがに少しショックだった。
「どうして、よりによってこんな無節操な男と……と思いました」
「……面目ない」
「ですが……」
 愛姫の表情が、ほんの少し、変化する。
「……もう一度同じ状況に置かれたら、また同じ選択をする可能性がないとはいえません」
「え?」
 俯きかけた顔を上げるのと同時に、愛姫が視線を逸らした。明らかに、頬の赤みが強くなっている。
「それって、つまり……」
「誤解、しないでください。別に、貴方を愛しているとか、そんなことをいうつもりはありません。まだ、知り合ったばかりです。結論を出せるほど、貴方のことを知りません。ですから……保留、です。それでよろしいですか?」
「あ、ああ、もちろん!」
 どうやら、こちらはまだ脈がありそうでひと安心だ。
 残る問題は神流との仲直り。これが難しい。
 しかし本当に難しい問題は、仲直りできた後の、この三角関係の扱いだろうか。もっとも、それはいま考えてもすぐに答えが出る問題ではない。今は、今やるべきことに集中しよう。
「じゃあ、そういうことで……とりあえず、今日も稽古をつけてもらえるかな」
 とにかく、一日でも早く魅魔の力を使いこなせるようになり、敵意を持つ鬼魔と戦えるようになる必要がある。
 そうならなければ、愛姫の傍にも、神流の傍にも、いられない。神流を守るためにも、愛姫を守るためにも、必要なことなのだ。
「あ……そ、そのことなのですが……」
 愛姫が、はっきりと顔を赤らめた。
「今日は……その……」
「都合悪い? なにか用事でも?」
「い、いえ……そういうわけではなくて……その……」
 なにがあるのだろう。珍しく、端切れ悪くいい淀んでいる。
「その……動くと、少し……痛むもので……」
「え? あ……ああ、なるほど」
 納得顔でうなずくと愛姫はさらに朱くなり、怒っているような目つきで睨んできた。
 どこが痛むのかは聞くまでもなかった。昨日の今日で痛みがありそうな箇所。愛姫がぼかしていわなければならない箇所。そして、いわなくても察したことを愛姫が怒りそうな箇所。
 昨夜の行為の激しさを考えれば、痛むのも当然だ。初めてなのに、あんなに激しく、何回もしたのだから。擦り剥けていてもおかしくない。
「それじゃ無理強いはできないな。自主トレしてるから、見ててもらえるか?」
「え? あ……は、はい」
 自主トレという発言が意外だったのだろうか。愛姫は驚いたような表情を見せた。


 嘉~家は、悠樹の感覚では〈豪邸〉としかいいようのない規模だった。
 しかし、現在そこに住んでいるのは、愛姫と二人のメイドしかいない。形式的には姉の水姫も一緒に暮らしているが、実際には仕事――退魔師としての――で家にいないことの方が多いらしい。今は海外出張中だそうだ。
 本来は、大家族とその使用人が住むための屋敷に、たった三人。そのせいで邸内はどこか蕭条とした印象を受ける。明るい麻由の存在が、せめてもの救いだろうか。
 屋敷も大きいが、敷地はそれ以上に広い。広大、という表現を使いたくなるほどだ。現在でもきちんと手入れされている日本庭園、茶室、果ては小さな格技場まで建っている。
 小さな、といっても剣道の試合ができるくらいの広さはある格技場。そこが、悠樹の稽古の場だった。
 身体を使っての稽古は、剣術が中心だった。剣道ではなく、真剣を用いる古流剣術。もっと正確にいえば、鬼魔との戦いに特化した技だ。
 剣で敵を斬り倒すためではなく、鬼魔の攻撃を刃で受け、そして傷つけるための技。他の退魔師とは異なり、それが魅魔の力を持つ者の戦い方だった。
 刀傷を致命傷とする必要はない。魅魔の力を行使するには、己の血を、ごく少量でも鬼魔の体内に送り込めればいい。魅魔の血を塗った真剣というのは理にかなった武器だ。
 もちろん、その気になれば武器としても有効ではある。普通の剣では鬼魔に傷も負わせられないが、魅魔の血を塗った刃であれば、小口径の銃弾すら跳ね返す強靱さを持つ鬼魔の皮膚を、薄い紙のように斬り裂くことができる。しかもその傷には、鬼魔の超人的な回復力が働かない。
 多くの退魔師は、そうした戦い方をするのだそうだ。使う武器は様々だが、退魔の力を持つ者は、鬼魔に普通にダメージを与えることができる。愛姫のような、かすり傷でも負わせればあとは言霊だけで致命傷を与えられる力は例外中の例外だ。
 悠樹の魅魔の力が、実戦でどこまで鬼魔に通用するのかも正確なところはまだ未知数だ。昨夜は結局その機会がなかった。
 だから、まずはとにかく剣の稽古が必要だった。魅魔の力だけで鬼魔を倒せなかったとしても、悠樹の血を塗った刃は有効な武器になる。それに、身を守るにも鬼魔に有効な武器が必要だ。
 そのためには、重い真剣を自在に操れるようにならなければならない。小学生の頃に剣道の経験はある悠樹だが、真剣で斬るために必要な動きは、竹刀を操る技術とはまったく異なる。斬り殺すことが主目的ではなく、相手の攻撃を受けとめ、浅い傷を負わせることに主眼を置いた嘉~家の剣術は特に違う。
 無意識に動けるようになるまで稽古を繰り返し、身体に覚え込ませるしかない。
 実際、愛姫は物心ついた頃からそうしてきたのだろう。その剣技は見事なものだった。実戦を想定して、スポーツチャンバラの剣での練習試合もしているが、今の悠樹ではまったく歯が立たない。これが実戦だったらと思うとぞっとする。
 嘉~家に置きっぱなしにしているジャージに着替え、素振りを繰り返す。最初の頃は翌日に腕も上がらないような状態だったが、ようやく少し慣れてきた。
 愛姫はいつも通り、古流剣術らしい袴姿だ。今日は自分は見ているだけなのだから普段着でもいいだろうに、きちんと着替えて、姿勢良く正座して悠樹の稽古を見ている。
「……少し、意外でした」
 素振りの回数が三桁に達した頃、愛姫がぽつりといった。
 剣を振る手を止めて愛姫に向き直る。
「意外?」
「今日の稽古はなしといったら、早々にあの娘のところへ行くかと思っていましたが」
「あー、……それも考えないでもなかったけど」
 悠樹は曖昧にうなずく。
「行っても、逢ってくれそうな気がまるでしないし、とりあえず今日のところはいいかな、と」
 こうしたことはタイミングが難しい。すぐに謝った方がいい場合もあれば、少し冷却期間をおいた方が効果的な場合もある。今回は後者だろう、というのが悠樹の読みだった。
「……本当に、意外です」
 愛姫が微かに首を傾げる。
「悠樹さん……私の目には、あの娘に対して実はあまり積極的ではないように映るのですが」
「え? そ、そうか? そんなことないんじゃね?」
「最初の二日間以外、逢ってもいないんですよね? 私は経験がないのでよくわかりませんが、普通の人間の恋人同士だって、特に付き合いはじめたばかりの頃は、もっとまめに逢うものではないのでしょうか? ましてや、相手は人間を狂わせる力を持った鬼魔です。貴方は、鬼魔を魅了する血の持ち主です。理性をなくして際限なくお互いを求め続けるくらいの方が普通のはずなのに、どうしてですか?」
「…………」
 まっすぐに悠樹を射貫く、深紅の瞳。
 言葉は質問の形をとっているが、見透かされていると感じた。
 実際のところ、愛姫の指摘は図星だった。これまでの悠樹なら、好きな女の子と、特別な事情もないのに一週間も逢わないなんてあり得ない。付き合いはじめた当初であればなおさらだ。
 しかし神流に関しては、そうできない理由があった。
 神流のことを愛姫に相談するのはどうかと思う。とはいえ、この件に関しては他に相談できる相手がいないのもまた事実だった。
「その、力のせい……っていって、わかってもらえるかな?」
 魅魔の力に関して、愛姫以上に詳しい者はいない。ならば理解してもらえるだろう。それとも、鬼魔を恋愛対象と見るなんて考えもしない愛姫には理解できないだろうか。
「魅魔の血って……神流にとってはものすごく魅力的なものなんだろ? それこそ、麻薬みたいに」
「麻薬なんか比較にもならない、というのが正しいですね」
「よけい悪いな。そしてこの力は、神流を思うままに操れる……となると、神流が俺に好意を寄せてくれてるのって、神流自身の意志なのか? 俺がそう望んでいるからじゃないのか? ……そう考えると、なんか狡い気がして、積極的になりきれないんだよな」
 女性関係にはまったく節操がないといわれても反論はできない悠樹だが、別に、ただ身体だけが目的ではない。美咲がいる以上、無理に他の女の子で性欲を処理する必要もないのだから。
 セックスは目的というよりも結果で、女の子との駆け引きや付き合いそのものを楽しんでいる。
 なのに超常の力で目的のものを手に入れてしまったら、どうしても反則したような気持ちになってしまう。スポーツの大会でドーピングするような、あるいは無敵モードでゲームをクリアするような、そんな感覚だ。
 だから、神流に対しては素直になりきれない。望む通りに行動できない。
 本音をいえば、毎日だって神流に逢いたい。こちらから少し強引に誘えば、神流は断れないかもしれない。しかしそれは神流の意志なのだろうか。悠樹の力に強要されたからではないだろうか。
 そんな想いを、ぽつりぽつりと説明した。
 愛姫は小さく肩をすくめる。微かな溜息をついたようにも見えた。
「……それを、私に相談するのですか」
「訊いたのは愛姫じゃん」
 一応、怒ってはいないようだが、機嫌がいいようにも見えない。あまり感情を表に出さないから、なにを考えているのか読めない。
「きちんと説明しないのは、フェアではありませんね。それに、貴方には魅魔の力のことを正しく理解してもらわなければなりませんし」
 渋々、という態度が本心なのか、それとも演技なのかも見た目ではわからない。
「魅魔の力は、たしかに鬼魔を操ります。しかし正確にいえば、それは鬼魔の肉体を操るものです。前にも一度、説明したと思いますが」
「え?」
「鬼魔は人間を魅了し、操ることができます。それは心を、思考を、支配するものです。しかし魅魔の力は、基本的に鬼魔の肉体を支配して操るのです」
「それって、つまり……」
「私は、魅魔の力だけで鬼魔を屠ることができます。それは鬼魔の肉体が、私の言霊に従って生命活動を停止するからです」
 愛姫の戦い方を思い出す。
 鬼魔に対して「死ね」と命じ、鬼魔はその言葉に従って息絶えた。
「極端な話、意識がなくても身体を動かすこともできます。しかし私の力では、鬼魔を〈自殺〉させることはできません。脚の動きを操ってビルの屋上から飛び降りさせることはできても、自らそうしたいと思わせることはできないのです」
「心は……操れない?」
「悠樹さんが魅魔の力で命じれば、瀬田神流に限らず、雌の鬼魔に服を脱がせて脚を開かせることなど容易でしょう。ですが、貴方を愛するように仕向けることはできません。むしろ逆です。自分の意志を無視して操る相手を、心から愛することができますか? ですから、本来の魅魔師――鬼魔を操って使役する者は、常に裏切りの危険が伴うのです」
 そういわれて思い出した。愛姫の両親は、使役していた鬼魔の裏切りで生命を落としたのだ。
 感情ではどれほど魅魔師を憎んでいても、肉体は逆らえない――それはたしかに危険な状態だ。
 しかし逆に考えれば、
「ってことは……神流が俺のことを好きだとしたら、それは神流自身の意志ってことか?」
 表情がぱぁっと明るくなる。口許がにやけそうになってしまう。
 対照的に、愛姫が面白くなさそうな表情になる。慌てて口許を隠しても手遅れだ。
「もっとも、男女のことに関しては、ことはそう簡単ではないかもしれません」
 意地の悪い口調になる。
「どういう意味だ?」
「これは友達から聞いた話ですが、女の子は、好きな男性との……性行為は、すごく気持ちがいいそうです。同じことをされても、好きな相手かどうかで感じ方はぜんぜん違う、と」
「ああ、それはよく聞くな」
「だけど、逆もまた真、なんです」
「というと?」
「好きな相手とのセックスは気持ちいい。それが前提だから、セックスして気持ちよかった相手のことを好きだと思い込んでしまう場合もある、と」
 愛姫には珍しい、皮肉な笑み。彼女の笑顔は貴重だが、この笑みはなんだか怖い。
「これは人から聞いた話ではなく、実体験かもしれませんよ?」
「愛姫……」
 ここは苦笑するところか、落ち込むところか、反応に困る。
 昨夜以来、悠樹への好意をそれなりに認めているような愛姫だが、それは悠樹とのセックスが気持ちよかったせいで、気持ちよかったのは鬼魔の力に冒されていたせいで、自分の意志による好意ではないかもしれない――そういっているのだ。
「……まさか、そんなこと、ないよな?」
 恐る恐る、確認するように訊いた。
「さて、どうでしょう? なにしろこれまでこうした経験はありませんから、自分でも判断がつきません」
 悠樹をからかっているのだと思いたいが、なにしろ普段は冗談などいわない愛姫の発言だから不安になってしまう。
 愛姫は冗談をいっているとしても、神流はどうだろう。
 神流こそ、自分の意志で悠樹に惚れているのではないのかもしれない。
 魅魔の力を持つ悠樹とのセックスは、神流にとっては最高に気持ちいいもののはずだ。それこそ、昨夜の愛姫以上に。
 だから悠樹に好意を寄せているのだとしたら?
 ただ魅魔の血に惹かれているのだとしたら?
 ありそうな話だ。
 やっぱり、悩みはなにも解決していない。神流が自分の意志で悠樹のことを好きなら、どれほど怒っていても、こちらはなんの遠慮もなしに積極的によりを戻そうとすることができる。しかし神流の好意が間接的にも魅魔の力によるものだとしたら、やはりアンフェアだという想いは拭えない。
 考え込んでいると、愛姫の顔からまた笑みが消えた。
「本当に不愉快な人ですね。昨夜抱いたばかりの女の子の前で、他の女の子のことで思い悩むなんて。それも、普段の姿からは想像もできない真剣な顔で」
「……愛姫が俺に対してどんな印象を抱いているのか、一度、じっくり聞いてみたいね」
 いったい、どれほどいい加減な人間だと思われているのだろう。
「いいんですか? 立ち直れなくても責任は持てませんよ?」
「……やっぱり、いい」
 聞いたら本気で凹みそうだ。精神的に弱っている今の状況では耐えられないかもしれない。
「…………悠樹さんがお望みとあれば、もう少し元気が出るようなアドバイスもできますが」
「……ぜひお願い」
「高いですよ?」
「金とるのかよ? 金持ちのくせに」
「別に、対価はお金でなくても構いませんが」
「じゃあ、ぎゅっと抱きしめての熱ーいキスとか?」
「それって、対価になるのですか? 得をするのはむしろ貴方ではないのですか?」
「ならない?」
 素っ気ない態度を装いつつも微かに頬を赤らめている愛姫を見る限り、まんざらでもなさそうだが。
「……どうでしょう? 試してみないとなんともいえません。場合によっては追加料金が発生しますので、そのつもりで」
 愛姫と、冗談めかしたこうしたやりとりができるなんて、昨夜以来ずいぶん打ち解けてくれたと思う。初対面当時と比べたら天地の差、感動ものだ。やっぱり男女の間では、肉体的なスキンシップが重要なのかもしれない。
 愛姫とはこうしてスキンシップができるようになったのに、どうして神流との付き合いは肉体関係を持った後の方が難しいのだろう。
 そんなことを考えながら、愛姫の隣に移動して腰をおろした。
 肩に腕を回し、抱き寄せる。抗う様子はない。
 深紅の瞳が悠樹を見つめている。意図的に表情を消していて、相変わらずなにを考えているのか読みとるのは難しい。それでも、嫌がっていないことだけはわかる。
 だから、両腕でしっかりと抱きしめた。
 唇を重ねる。
 愛姫も応えるように、悠樹の身体に腕を回してくる。
 ふたつの舌が、絡み合う。
 濃厚な、そして長いキス。
 しばらくそうしていて、やがて愛姫の方から名残惜しそうに唇を離した。
「……魅魔の力で鬼魔を魅了したからといって、どうして気に病む必要があるのですか?」
「どうしてって、そりゃ、気にするだろ。フェアじゃないし」
「そうでしょうか? 容姿のいい人、頭のいい人、スポーツの得意な人、話術の巧みな人、裕福な人、社会的地位の高い人、そうした人たちが、自分の長所をアピールして異性の気を惹くのと同じではないですか? 魅魔の力は、悠樹さんが持って生まれた個性です」
「あ、あぁ……そういう考えもあり、か……でも、やっぱりなんか狡くね? 魅魔の力って、神流相手にはほとんど反則だろ?」
「その代わり、人間の女性には意味を持ちません。どんな二枚目だって、すべての女性に好かれるわけではないでしょう? それと同じことです。たまたま、悠樹さんの〈個性〉が好きで好きでたまらない相手に巡り会った――それだけのことです」
「ん……そういわれれば、そうなのかな……、ありがと、慰めてくれて」
「べ、別に、私はただ、事実を述べただけです」
 素直に礼をいうと、愛姫は紅くなってそっぽを向いた。
「……まったく、どうしてこんな話をしているのでしょう。我ながら莫迦だと思います」
 愛姫にとって、鬼魔は憎むべき仇敵であり、神流個人についていえば恋仇だ。悠樹と神流がよりを戻さない方が好都合だろうに。
「愛姫のそういうところ、好きだよ」
「…………べ、別に、それこそどうでもいいことです」
 つれない口調も、頬を真っ赤に染めていたのでは萌え要素でしかない。
 愛姫を抱いていた腕に力を込める。
 そのまま、床の上に押し倒した。
 戸惑ったような、あるいは微かに怯えたような視線が悠樹を見あげている。
 昨夜に比べれば、今の愛姫はほぼしらふのはずだ。キスはともかくそれ以上のこととなると、素直に受け入れるにはまだ抵抗があるのだろう。
 ましてや、まだ外は明るいし、場所は道場である。経験の浅い女の子にとっては、夜のラヴホテルほどやりやすい場所ではないだろう。
 しかし、経験豊富な悠樹はそんなことは気にしない。
 愛姫の上に覆いかぶさり、もう一度、しっかりと唇を重ねた。
 舌を伸ばすと、躊躇いがちにではあるが、愛姫も応えてくる。
 舌を絡め合い、唾液を交換する。
 同時に、手を道着の中に滑り込ませる。ワイヤーの入っていないスポーツブラの手触りが伝わってくる。
 脚は、膝を押しつけるようにして愛姫の脚の間に入れた。
「ん……っ、ぅんっ……ん……」
 それだけで、切なげな、しかし甘い吐息が漏れてくる。
 嫌がっている様子はない。むしろ、しっかりと反応している。
 瞳は潤んでいるし、乳首は固くなって、下半身は自分から擦りつけるように動いていた。
「愛姫って、感じやすいんだな」
「ち……っ、違います! き、昨日の今日ですから、まだ、完治していないだけです! ちょ……ちょっとしたきっかけで、発作が再発してしまうんです!」
 本人はうまくいい訳したつもりかもしれない。しかし、それは墓穴だ。悠樹に口実を与えてしまっている。
「それは大変だ。じゃあ、すぐに〈治療〉しないといけないな」
「……っ!」
 わざとらしい口調でいって、ブラジャーの中に手を滑り込ませた。
 小さな、しかし固く突き出ている乳首を指先で弾く。肩がびくっと震えて、微かな悲鳴が漏れた。
 いい反応だ。
 しかし、実際のところ、どうなのだろう。愛姫の発言は真実なのか、それとも単なる照れ隠しなのか。
 昨夜の状況は、普通ならば数日は苦しむほどのものだという。いくら、早い段階でもっとも効果的な対策を施したとはいえ、まだ二十四時間も経っていない状況では、本当に完治はしていないのかもしれない。とはいえ、昨夜に比べればしらふに近い状態なのは間違いないはずだ。
 それでも、ちゃんと感じている。
「ひっ、……ひゃぅんっ!」
 袴の隙間から手を滑り込ませると、愛姫は甲高い声を上げて下半身を捩った。
 指が触れたそこは、下着の上からでもはっきりわかるくらいに潤いを帯びていた。もう、充分すぎるほどに感じている。
 やっぱり、多少は鬼魔の影響が残っているのだろうか。それとも、もともと感じやすくて濡れやすい体質なのだろうか。
 その両方ではないか、と悠樹は思った。愛姫は堅そうに見えて、実は以外と、セックスに対する知識も興味も、普通の女子高生程度にはあるような気がする。
「ひゃっ……やっ……ぁんっ! あ、んっ! あぁんっ!」
 下着の上から、割れ目に沿って指を滑らせる。一往復ごとに潤いが増していくのがはっきりと感じられた。同時に、声も大きくなっていく。
 不意に愛姫は、はっと気づいたように口をつぐんだ。自分の手で口を押さえる。
 昨夜と違い、ここは自宅で、しかもまだ夕方だ。麻由や縁子に声を聞かれることを心配しているのだろう。
 そうなるとむしろ、声を出させてみたい――と意地悪なことを考えてしまう。
 下着を少しだけ下ろして、濡れた粘膜に直に触れる。指先が軽く触れただけでも、下着越しに触れた時よりも目に見えて反応が大きくなった。
 両手でしっかりと口を押さえて堪えているが、それでも断続的に微かな嗚咽が漏れる。目は今にも涙が溢れそうなほどに潤んでいる。
 そして秘裂は、既に蜜が溢れだしていた。割れ目の中だけにとどまらず、お尻の方までぐっしょりだった。〈発作〉のまっただ中にあった昨夜ほどではないが、すごい濡れ方だ。もしもこれが素だとしたら、かなり濡れやすい体質なのだろう。
 指の間にクリトリスを挟み、割れ目の中で指を滑らせる。
 一往復ごとに腰が弾み、熱い蜜が湧き出してくる。膣内に指を挿れると、そこは沸騰しているような熱さだった。
 もう、悠樹を受け入れる準備はすっかりできているようだ。柔らかくほぐれた粘膜が、指に絡みついてくる。すぐにでも挿れて欲しいとせがんでいるようですらあった。
 悠樹としても、挿れたくてたまらない。しかし、そこをぐっと堪える。昨夜とは状況が違うのだ。すぐに挿れて出すだけではおもしろくない。せっかくだから、もっと時間をかけて楽しみたい。
 一度、指を抜く。
 愛姫が一瞬、恨めしそうな表情を浮かべたが、さすがに口に出してねだるようなことはいわない。
 手を移動させて、愛姫の袴の紐を解いて脱がす。下着も下ろしたが、わざと足首に引っ掛けたままにしておいた。この方が絵的にそそられる。
 上は乱れた道着で下半身は裸、その股間からは床に水たまりができそうなほどの愛液を溢れさせている。しかもそれが絶世の和風美女。顔は火を噴きそうなほどに真っ赤で、涙目で口を押さえて、声を上げるのを堪えている。
 なんてそそられる光景だろう。感動すら覚えた。見ているだけで射精してしまいそうなほどの艶姿だ。
 悠樹は単に絵的な演出として上を脱がさずにいたのだが、愛姫にとっても、コンプレックスがある胸や傷痕が隠れるということで、全裸より安心できるかもしれないと気がついた。昨夜よりは遙かにしらふに近い状態のはずなのにこれだけ感じているのも、あるいはそのせいかもしれない。
 愛姫の両脚を抱えて、下半身へ顔を近づけていく。微かに甘酸っぱい女の子の匂いに、ボディソープのほのかな香料の香りが混じっていた。こうした展開を予想して、悠樹が来る前にシャワーを浴びていたのだろうか。あるいは単に客人を迎えるための身だしなみだろうか。本人に訊けば、もちろん後者だと答えるだろう。
「……っっ!! ……んひゃあぅんっっ!」
 濡れそぼった割れ目に口づけると、抑えきれなくなったのか、短く悲鳴を上げた。慌てて、よりしっかりと口を押さえる。
 そういえば、愛姫のそこを舐めるのは初めてだと気がついた。昨夜はそれどころではなくて、前戯もそこそこに挿入してしまったから。
 昨夜の分も、今日はたっぷりとしてあげなければ。
 そう考えて舌を伸ばす。割れ目全体を舐め上げて、溢れる蜜を舌で掬いとる。柔らかく濡れた粘膜は、舌の上でとろけるような感触だった。
「ひぃっんんっ! んはぁぁっ、ぁんっ! あぁぁんっ!」
 膣口に唇を押しつけ、舌を精一杯に伸ばす。溢れる蜜を啜るように吸う。
 愛姫は口を押さえていた手を離し、身体を大きく捩って悶えた。
「――っ! やっ、だ、だめっ! ゆ……っ、あぁぁんっ! そこっ! ……だめっ! んひゃあんっ!」
 クリトリスを舌先でくすぐりながら指を挿入すると、反応はいよいよ激しくなった。もう声を抑える余裕もないようだ。
「や……っ! そっんなぁっ! そこっ……だめっ、だめぇっ!! あぁっ! あぁぁっ! はぁぁぁっ! やめぇ……っ! いやぁぁ……っ!」
 股間に埋められた悠樹の頭を掴んで、いやいやと首を振りながら叫ぶ。
 しかし、本気で嫌がっているわけではない。悠樹の頭を掴んだのも、最初は理性で引きはがそうとしたのかもしれないが、実際には本能が勝って、手も、腰も、悠樹の頭を押しつけるように動いていた。
 二本目の指を膣内に挿入する。
 奥まで押し込む。
 中は熱く熔けて指に絡みつき、吸いついてくるようだ。
 クリトリスを強く吸う。同時に、挿入した指を激しく動かして中をかき混ぜる。じゅぶじゅぶと泡立った愛液が溢れてくる。
「やぁぁぁ――っっ! あぁぁっ! あぁぁぁ――っ!! や……あぁ――っ! あぁぁぁぁ――――っっ!!」
 太腿が、悠樹の頭をぎゅうっと挟み込んだ。髪を鷲づかみにされる。
 身体を仰け反らせて。
 下半身を突きあげて。
 口の端から泡混じりの涎を溢れさせて。
 愛姫は、今日最初の絶頂を迎えていた。
 大きく開かれた脚。下半身ががくがくと震えている。
 大量の愛液が水たまりを作っている。
 荒い呼吸で、薄い胸が上下している。
 焦点の合わない虚ろな瞳が、ぼんやりと天井を見つめている。
 しばらくの間そうしていて、しかしやがて、はっと我に返ると、慌てて脚を閉じて悠樹を睨みつけた。
 涙ぐんだ恨めしそうな瞳が悠樹に向けられる。
「気持ちいいコトしてあげたのに、どうしてそんな目で睨まれるんだろ?」
 真上から愛姫の顔を覗きこんで、からかうようにいう。
「…………わかっていて訊くのはやめてください」
 たしかに、訊くまでもない。
 鬼魔の影響かもともとの体質かはまだわからないが、愛姫はかなり感じやすく、一度火がつくと激しく乱れてしまう。普段の性格が性格だけに、正気に戻った時は死ぬほど恥ずかしいのだろう。
 しかし、悠樹にいわせればそれがいい。恥ずかしがっている時の愛姫の可愛さはとびっきりだ。
「でも、気持ちよかっただろ?」
「…………」
 しばらく、無言のまま涙目で睨んでいた愛姫だったが、やがて、こくんと小さくうなずいた。
「もっと気持ちよくなりたい?」
 先刻よりもさらに小さく、よく観察していないとわからないくらいの微かな動きで、しかし、たしかにうなずいた。
「じゃあ、昨日みたいに可愛くおねだりして?」
「――っ!!」
 一瞬で、愛姫の顔が限界まで紅くなる。
「さ、さ、昨夜はっ、しょ、正気じゃありませんでしたからっ! ……な、なにをいったかなんてっ、まったく覚えていませんっ!」
 口ではそういうが、覚えていないならこんなに赤面するわけがない。覚えていることを認めることができないくらい恥ずかしいのだろう。
「そっかー、残念だな、すっごく可愛かったのに」
「あ……あんなのっ、か、可愛くなんかありませんっ! ……鬼魔の力のせいでおかしくなって……あ、あんな、いやらしいことっ! しょ、正気でいえるわけないじゃないですかっ!」
「あんな……って、どんなこといったか覚えてるんだ?」
「――っ!」
 失言に突っ込まれて絶句する。
 恥ずかしさに耐えきれないのか、微かに震えているようだ。
「あ……あんなのっ、ぜったい、私じゃありませんっ! あ、あんないやらしいこと……」
「俺にとっては、いやらしくおねだりする愛姫はとびっきり可愛いよ。だから……本音を聞かせて欲しいな。今の本音を」
「ほ、本心です! 死ぬほど恥ずかしいんです! あ、あんなこというのはっ! でも……」
 そこで、急に声が小さくなる。
「…………欲しい、ん、です」
 微かな、耳を澄まさなければ聞こえないような声。
「悠樹さんの……ペ……ニス……挿れて、欲しい……です」
 蚊の鳴くような声でいった後、悠樹の反応を確かめるようにちらりと視線を向けてきた。
 笑みを浮かべて、続きを促す。
「わ、わた、し、の……あ、お……おまんこ……の中、い、いっぱいに……気持ちよく、して……ください…………って、ああ、もうっ! これでいいんですかっ!? こ、こんなはずかしいことっ! い……いっそ殺してくださいぃっ!!」
 羞恥心が限界に達したのか、最後は悲鳴になっていた。目に涙を湛えて睨んでいる。普段は凛々しいという表現が似合う愛姫が、たまならく可愛かった。
「うん、やっぱり、いやらしくおねだりする愛姫はめちゃくちゃ可愛いな。だからお望み通り、死ぬほど気持ちよくしてあげる」
 普段が真面目で、見た目が清楚なお嬢さまだけに、愛姫のこうした姿はそそられる。もう一瞬だって我慢できない。
 恥ずかしさと怒りで強張っている愛姫の身体を抱きしめて、下半身を押しつけた。
 愛姫も、無我夢中といった様子でしがみついてくる。腰を突きあげて、悠樹を迎え挿れようとしている。
 ぐっしょりと濡れて柔らかくとろけている秘裂の中心に、ペニスの先端を押しつける。それだけで愛姫はぶるぶると震えた。
 脚を大きく開いて、精いっぱい腰を持ち上げている。
 もう少し焦らしてやろうかとも考えたが、悠樹の方もそろそろ我慢の限界だった。昨夜の、愛姫の膣内の感覚を想い出す。もう一度あれを味わいたい。
 だから、愛姫の動きに合わせて腰を突き出した。はちきれそうなほどに膨らんだ男性器が、愛姫の中に飲み込まれていく。
「あぁぁっ! あぁぁぁぁんっ! はい……って……いぃぃっっ!!」
 昨夜と同じく、一分の隙もなくぴったりと吸いついてくる粘膜。絡みつく襞。膣内を満たしていた蜜が、行き場を失ってじゅぶじゅぶと溢れてくる。
「ふひゃぁ……あぁぁんっ! あぁっ! あぁぁぁ――っ!!」
 体重をかけて、根元まで突き挿れる。先端はいちばん奥まで達して、さらに押し拡げようとしている。その刺激に愛姫は仰け反って痙攣した。
 リズミカルに腰を揺すると、ひと突きごとに悲鳴が上がる。身体が床の上で弾んでいる。それでも愛姫の膣は、悠樹にしっかりと吸いついて離そうとしない。それだけに、引き抜こうとする時の刺激がすごい。
 悠樹も気持ちいいが、愛姫はそれ以上だろう。深く突いた時にはその衝撃に悲鳴を上げ、引き抜く時には膣の粘膜全体を擦られる快感に全身を震わせる。
 両腕はしっかりと悠樹にしがみつき、悲鳴の合間に唇を貪ってくる。脚も悠樹の腰に絡みつき、自分から腰を擦りつけていた。
「ゆ……っ、悠樹さんっ、悠樹さぁんっ! あぁぁぁっ! ひゃ……あぁんっ!! んぁっ、はぁぁぁっ! あぁぁぁ――――っ!!」
 無我夢中で快楽を貪っている愛姫。多少は昨夜の影響が残っているのかもしれないが、やっぱり、火がついてしまうと激しく燃えあがる体質なのではないだろうか。もちろん、悠樹としてはそうした女の子は大歓迎だ。その上、とびっきりの名器なのだからいうことはない。
 愛姫以上に、悠樹も激しく腰を前後させる。一往復ごとに深さを変え、角度を変え、襞のひとつひとつを剔るように膣内をくまなくかき混ぜる。
「いやぁっ! あぁぁっっ!! すっすごっ……ぉい! すごいぃっ! だ……っ、だめっ、だめぇぇ――っっ!!」
 もう、声を抑えようなどと考える理性は欠片も残っていないようだ。口から泡を飛ばして悶えている。
 いくら広い屋敷とはいえ、これだけ大きな声を上げていれば麻由や縁子にも聞こえていることだろう。正気に戻ったら、今度は恥ずかしさに悶えるだろうが、悠樹は別に聞かれていたとしても気にしない。この家へ来た時の反応を見れば、麻由たちもむしろ応援してくれるうだろう。
 だから、もっと乱れさせよう――そんなことを考えて動きを大きくし、さらに加速する。
「あぁぁ――っ!! そ……っ、そんなっ! あぁっ! 激し……いぃっ! いぃっ! いぃのっ! あぁぁっ!! わ、たしっ! も……もうっ! い……イっ! あぁぁっ! あぁぁぁっ! あぁっ!! ひゃ……っ、あぁぁっ! んっ、んんンっ! ん、や……いやぁぁぁぁ――――っっ!!」
 ひときわ大きな絶叫。
 全身を大きく仰け反らせる愛姫。
 よりいっそう強く吸いついてくる粘膜。
 その刺激が引き金となって、悠樹も限界に達した。
 いちばん深い部分で、堪えていたものを一気に解き放つ。
 噴き出す大量の精液が、愛姫の胎内を満たしていく。昨日の今日だというのに、我ながら呆れた精力だ。
 ペニスが脈打つリズムに合わせて、愛姫の身体がびくんびくんと痙攣している。腕や脚からは力が抜け、大量の潮吹きによる水たまりがお尻の下に拡がっていく。
 微かに開いた唇を震わせて、愛姫は気を失っていた。


 しばらく余韻を味わってから、悠樹は身体を離した。
 仰向けに横たわる愛姫を見おろす。
 全身から力が抜けて、完全に失神している。それでもまだ、腰のあたりがひくひくと痙攣していた。
 乱れた道着に、裸の下半身。大きく開かれた脚の間には、大きな水たまりができていて、窄まった膣口からは白く濁った粘液が溢れ出ていた。
 ひどく扇情的な姿だった。写真に撮って正気に戻った後に見せたら、どんな反応をするだろう。試してみたい誘惑に駆られたが、実践する前に道場の扉が静かにノックされた。
「……終わりましたか?」
 入ってきたのは麻由だった。冷たい飲み物のグラスを載せたトレイを手にしている。
 乱れた衣類を直してグラスを受け取る悠樹。突然の麻由の登場にも驚きはない。少し前から、扉の外の気配には気づいていた。
 稽古と、その後の激しい行為で汗を流した身体には、冷えたスポーツドリンクが心地よかった。
「姫様、ずいぶんと激しく感じてましたね。あの姫様があそこまで乱れるとは……犬神様のテクニックの賜物でしょうか」
 静かな笑みを浮かべて麻由がいう。普段、愛姫をからかっている時のにやにや笑いとは印象の違う、落ち着いた表情だ。
「いや……まあ……なんつーか、すごく相性がいいみたいで」
「それはなによりです。こうしたことは気持ちいいに越したことありませんからね。姫様が物足りなく感じるようでは〈治療〉にもなりませんし」
「やっぱり、まだ昨夜の影響が残ってる?」
 そうでなければ、いくら感じやすい体質とはいえ反応しすぎだ。
「多少はあるでしょう。とはいえ、素の部分も多分にあったと思いますよ。もっとも……」
 一瞬だけ、いつも見せている悪戯な笑みを浮かべる。
「全部、鬼魔のせいだということにしておいた方が、姫様の精神衛生上はいいかもしれませんが」
 悠樹も小さく笑う。
 今日のこの反応も、後で想い出せば赤面ものだろう。鬼魔の影響が残っていたとしても、昨夜に比べればほぼ正気といってもいい状態だったのだ。
「とりあえず、姫様は寝室へ運びますね」
「あ、それなら俺が……」
 悠樹が立ちあがるより先に、麻由が意識のない愛姫を軽々と抱き上げた。
 そのまま、愛姫の寝室へと歩いていく。
 その後ろ姿に違和感を覚えた。
 いくら愛姫が細身で、身長の割に体重は軽いとはいえ、それでも百七十センチ近い長身だ。対する麻由は女子としてもむしろやや小柄な方で、せいぜい百五十センチ台なかばというところだろう。それも、華奢という印象を受けるくらいに細身だ。
 なのに、愛姫を抱きかかえてふらつきもせず、脚の運びは普通に歩いているのと変わらない。
「八木沢、さん……?」
「麻由、で構いませんよ」
「じゃあ、麻由さん。……君って……」
 実は、麻由が道場に入ってきた時から気配を感じていた。
 初対面から今日まで、麻由からは一度も感じたことのない気配。
 全身に鳥肌が立つような感覚。
 ごくごく微かなものではあるが、間違えようのない。
 それは、愛姫と初めて会った日に、夜の公園で感じた感覚。あるいは、昨夜の公園で感じた感覚。
 ありえない、気のせいだ――そう思いたい。しかし、間違いない。
 麻由が、ちらりとこちらを振り返る。向けられた瞳が、一瞬、銀色に輝いているように見えた。
 それは、まるで――
 
 夜行性の、獣のように。
 
 悠樹の脚が止まる。腕が引きつるくらいに鳥肌が立っていた。
 しかし、麻由は表情も変えずにいった。
「はい。私の身体には、鬼魔の血が流れています」
「――っ!」
 悠樹にとっては、衝撃的な告白だった。
 考えられない。あの、鬼魔を心底憎んでいる愛姫の使用人が、鬼魔だなんて。
 驚愕のあまり言葉を失っている悠樹をよそに、麻由は平然と寝室へと入り、事前に敷いてあった布団に愛姫を寝かせた。
 そして、まっすぐに悠樹と相対する。
「……姫様から聞いたと思いますが、八木沢の家は、代々、嘉~家に仕えてきたのです。それは、本来の魅魔師としての嘉~家に――という意味です」
「あ……」
 そうだ。思いだした。
 魅魔の力を持つ退魔師としては、愛姫の戦い方が例外だ。本来は、自分の血で鬼魔を操り、〈武器〉として用いるのだ。
 愛姫は八木沢の一族のことを「助手」などとぼかしていたが、実際には助手というよりも、魔女の使い魔、あるいは陰陽師の式神のような存在なのだろう。
 しかし愛姫の話では、鬼魔は魅魔師を憎んでいるのではなかっただろうか。誰だって、自分の意志とは無関係に身体を操られていい気はしない。
 なのに麻由は、どう見ても無理やり従わされているようには思えない。使用人、兼、仲のいい幼なじみにしか見えないし、悠樹の目には愛姫を慕っているように見える。口ではどういおうと、愛姫も麻由に心を許しているように感じられる。
「ゆきずりの鬼魔を捕らえて操れば、それは憎まれるでしょう。だけど八木沢の家は、長年、嘉~家に仕えてきたのです。人間の姿で、人間の言葉を話す存在ですから、長く付き合っていれば心の繋がりもできてきます」
「そういうもの……なんだ?」
「犬神様ならおわかりでしょう? 鬼魔にとっての魅魔師、人間にとっての鬼魔、お互い、とても魅力的な存在です。それがいつも傍にいたら……」
 経験者だから、よくわかる。いくら耐性がある魅魔師といえども、鬼魔の魅了の力に完璧に抗うことはできない。
 自分と神流のように、男と女だったら――長い歴史の中で、恋愛感情で結ばれた例もあったのではないだろうか。そんなことを繰り返すうちに、やがて、無理やり従わせる〈下僕〉ではなく、信頼によって結ばれ、力を合わせて戦う〈戦友〉になっていたのかもしれない。
 それにしても、なぜ今まで麻由が鬼魔だと気づかなかったのだろう。
 愛姫が敢えていわなかった理由はわからなくもないが、これだけ近くにいながら気配も感じなかったというのは意外だ。いくら悠樹が素人に毛が生えた程度の退魔師見習いとはいえ、体質的に鬼魔の気配には敏感なはずなのに。
「遠い昔、嘉~家に仕えはじめた頃は純粋な鬼魔だったのでしょうが、今の八木沢の家系は、人間との混血が進んでいますから。私はその中でも特に鬼魔の特性がほとんど顕れなかったので戦いには向かず、こうしてメイドとして務めているのです」
「なるほど……」
「鬼魔としての能力は……たとえ姫様の血をたっぷりと受けたとしても、せいぜい並の鬼魔にも劣る程度です。瀬田神流などとは比較にもなりません」
「俺が気づかなかったのはそのせい? ……じゃあ、何故いまは気配を感じるんだ?」
「犬神様のせいです」
「俺の?」
「今日は、邸内にイイ匂いが漂ってるじゃないですか。それに、私の鬼魔の部分が反応してるんです」
 布団に寝かせた愛姫の股間をティッシュで拭いていた麻由が、そのティッシュを鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。
「私程度の鬼魔でも、この匂いはたまりませんね。鬼魔としても女としても未熟なはずの瀬田神流でさえ虜になるのもうなずけます。しかも、今はそれに姫様の匂いも混じっているんですから、もう、姫様以上にぐっしょりですよ。見てみますか?」
「あ……っと、そういや、比較にならないって……神流ってそんなに強いのか?」
 つい、首を縦に振りそうになって、慌てて話題を変えた。麻由の挑発は、おそらく、悠樹を試しているのだ。乗ってはいけない。
 麻由もすぐに態度を改め、真面目に応える。
「そうですね。私は、犬神様の血を受けた状態しか見ていませんが、あれは最強クラスの鬼魔ではないでしょうか」
 道理で、ふたまわり以上も大きなボス狼相手に互角の戦いができたわけだ。神流も純血の鬼魔ではないはずなので意外ではあるが、その辺は個体差なのかもしれない。
「私は、戦いでは役立たずです。でも、家事全般は得意なんですよ? なので、自分の得意分野で少しでも姫様のお役に立とうと」
 微笑む麻由。しかし、どことなく寂しげな表情に見えるのは気のせいだろうか。
「愛姫と一緒に、戦いたいと思ったことはない? あるいは、殺された家族の仇を討とうとか?」
 麻由が、愛姫を慕っているのは見ていてよくわかる。ならば、愛姫が生命を賭けている場面で役に立ちたいと思ったことはないのだろうか。
「…………ない、といったら嘘になりますね」
 自嘲めいた笑み。はっきりと、寂しそうな表情を浮かべていた。
「でも、姫様がそれを望んでいないんです。私だって悩んだことはあるんですよ? 八木沢の人間としては『落ちこぼれ』なんですから。だけど姫様はいってくれました。「貴女は戦いなんかしなくていい。貴女が戦って傷つくところなんて見たくない。冗談をいいながら美味しい料理を作っている貴女の方が好き」と。私が戦いで傷つけば、姫様は悲しむでしょう。私は、姫様を悲しませたくありません。だから、姫様が好きな私でいるんです」
 それは、強い意志で「戦わない」ことを決めた言葉だった。
「本当に、愛姫のことが好きなんだ?」
「ええ、大好きです。人間ではなく、なのに鬼魔としても不完全な私を人間として、幼なじみとして、友人として扱ってくれる人です。かけがえのない存在なんです」
「…………もしかして、俺、恨まれてる?」
 麻由の強い想いを知ったところで、はたと気づいた。彼女にしてみれば、大切な愛姫を悠樹に盗られたような気分ではないだろうか。
「ええ、少しは」
 即答する。ただし、顔は笑っている。
「とはいえ、恋愛感情とは少し違いますよ? 女の子同士でも、いつも一緒にいた親友に恋人ができたらやきもちを妬いたりもするじゃないですか。姫様に好きな殿方ができたことは祝福しています。貴方は、戦いの場でも姫様の力になれる人間ですし、応援しています。ただ、それでもちょっと妬いてしまうのは仕方がありません」
 麻由の表情が、愛姫をからかっている時のにやにや笑いに戻る。
「だから、姫様を本気で悲しませるようなことをしたら……」
「したら?」
「喰い千切ります」
「く……っ?」
 思わず、内股になってしまう。
「鬼魔としては落ちこぼれでも、そのくらいはできますよ?」
 なにを喰い千切られるのか、は訊く気にもなれなかった。
 同時に、ひとつわかったことがある。
 愛姫が、意外にも悠樹を気に入っている理由。
 恋愛やセックスをネタに愛姫をからかって楽しむ悠樹は、麻由と似たところがあるのではないだろうか。それが、これまで異性に興味がなかった愛姫が、悠樹を気にした理由かもしれない。
 そんな、気がした。

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