帰宅した愛姫は心身ともに疲れきっていたが、しかし、ゆっくりとくつろぐことはできなかった。
 いろいろと考えたいことがあるのに、頭の中はぐちゃぐちゃで思考がまとまらない。そして身体はまだ心拍数が高いままだった。
「……あらぁ? 姫様、ずいぶんとお早いお帰りですねぇ? てっきり、お泊まりになるかと思っていましたが」
 出迎えた麻由が、顔中ににんまりと意地の悪い笑みを浮かべている。
 真夜中の、もう日付が変わった時刻だ。「早いお帰り」などという表現は適切ではない。
 そんな時刻なのに、麻由はまだメイド服のままだった。この時刻まで〈仕事〉をする義務はないのだが、愛姫はこの家で麻由の私服姿などほとんど見たことがない。
「あら? あらあらあらあらぁ……姫様ってばー」
 不躾に鼻を近づけてきて、ふんふんと鼻を鳴らす。
「お赤飯でも炊きましょうか?」
「……なんの、ために」
 ことさらきつい口調で応える。
「もちろん、姫様がオトナになったお祝いですよー?」
 チェシャー猫のようなにやにや笑いに、どこか皮肉めいた口調。今夜なにがあったのか、すべてお見通しなのだろう。当然、高橋から連絡が行っているだろうし、そうでなくても長い付き合いの麻由を誤魔化せるとは思っていない。
 形式的には使用人とはいっても、愛姫と麻由は幼なじみのような関係で、たとえ口調は丁寧であっても愛姫に対してなんの遠慮もないし、悠樹以上に愛姫をからかうのが大好物なのだ。
 今夜は、珍しいおもちゃでも手に入れたような気分だろう。絶世の美女でありながら、これまで浮いた噂のひとつもなく、恋愛沙汰になんの興味も示さなかった愛姫が、知り合って間もない男に純潔を捧げて深夜に帰宅だなんて、麻由にとってはこんなに面白いネタはそうあるものではない。
 こんなに遅くまで起きて待っていないで、先に寝ていればいいものを。
 しかし麻由は、最初から帰宅しないとわかっている場合を除いて、どんなに遅くなっても愛姫が帰る前に休むことはない。普段からそうなのだから、とびっきりからかい甲斐のある今夜、先に休んでいるわけがない。
 高橋からの連絡で、今夜の〈狩り〉でなにがあったのか、そして悠樹と一緒に帰ったことを聞けば、その後の展開は容易に予想できるはずだ。
「もぉ、こんなに、オトコとオンナのニオイをぷんぷんさせちゃってぇ、ずいぶん激しかったんですねぇ?」
 首のあたりに鼻を押しつけてくる。そのまま匂いを嗅ぎながら、跪くように体勢を低くしていく。
「やっぱり、少し血の匂いがしますね」
「ちょ……麻由!」
 スカートの上からとはいえ、下腹部の、きわどい部分に鼻を押しつけられて愛姫は慌てた。脚を閉じて不自然な内股になる。
「痛くありませんでしたか? ……って、痛みなんか気になるわけありませんよね。鬼魔に魅了されている状態では、なにされても気持ちいいですもんねー」
 脚を抱くようにして腕を回してくる。ストッキングの上を滑るように麻由の手が登ってくる。
「いきなり中出しですかぁ? まあ、直に注いでもらわないと意味ないですからねぇ。……あらあら、このニオイ、下着もぐっしょりですねぇ。着替えないと風邪引きますよ? 着替え、お手伝いしましょうねー」
 ストッキングと下着を、まとめて下ろそうとする。
 その手を慌てて抑えるが、麻由の力の方が強い。
「……麻由っ!」
 強い口調で窘めると、ようやく手が止まった。下着は、太腿の中ほどまで下ろされていた。
「貴女、今夜はちょっと悪のりしすぎよ! いったいどうしたの?」
「……別に」
 手を離して麻由が立ちあがる。ふざけた笑みが消えて、どことなくふてくされたような表情を浮かべている。
「……姫様が、すっごいいやらしいニオイを撒き散らしてるから、ですよ。私も、おかしくなります」
 普段は目を細めてにやにや笑いを浮かべているが、真面目な表情になった麻由は意外と目つきが鋭い。日本人にしては明るい色の虹彩は、光の加減か、銀色に光って見えた。
 まっすぐに、愛姫の深紅の瞳を見つめている。
「あとは……まあ、ちょっとしたやきもち、ですね。そのくらいいいでしょう? これまでは私の役目だったんですから。……いえ、姫様にオトコができたことは、私も喜んでますよ? それでもやっぱり、ちょっと面白くないと感じるのは仕方がないでしょう?」
「…………」
 口を真一文字に結んで、無言のまま愛姫は左手をあげた。人差し指を伸ばして麻由の唇の前へと差し出す。
 その指に口づけるようにして口に含む麻由。
 唇の隙間から、鋭い犬歯が覗いていた。


「……知らなかったわ。麻由ってやきもち妬きなのね」
 寝室に戻った愛姫は、服を脱ぎながら小さく溜息をついた。
 知らなかったのは当然だ。これまで愛姫の周囲に、嫉妬しなければならないような相手はいなかったのだから。
 麻由は、鬼魔との戦いのために嘉~家に代々仕えてきた一族の末裔だ。もっとも、麻由は戦いには加わらず、あくまでも嘉~家のメイドでしかない。
 麻由が、戦いに関してはあまり才能を持っていなかったこともあるが、それ以上に、愛姫は麻由を戦わせたくなかったという理由が大きい。愛姫にとっては麻由は幼なじみで、年上の親友だ。戦場での〈部下〉あるいは〈武器〉ではない。
 しかも、麻由に対しては負い目がある。彼女の親は、愛姫の母親や祖父母とともに、鬼魔との戦いで命を落とした。麻由自身も大怪我を負った。そのきっかけは、愛姫が捕らえた鬼魔だった。
 それでも愛姫を慕って忠実に仕えてくれる麻由には、いくら感謝しても足りない。とはいえ、ここまで慕われていたとは思わなかったが。
 たしかに、これまでにも肉体的な接触がなかったわけではない。鬼魔の力に冒された時、発狂しそうなほどに疼く身体を慰めてくれたのは麻由だ。魅魔の血を持つ悠樹と違い、その効果は気休め程度のものとはいえ、精神的には彼女の存在が支えになっていた。
 しかし、そうした接触は、使用人として、あるいは友人としての、純粋に治療の意味だと思っていた。実際、麻由の気持ちは恋愛感情とは少し違うものだと思う。
 それでも、今までいちばん親しかった相手に、他に大切な人ができたら、面白くないのは当然だろう。愛姫自身には経験はないが、クラスメイトでは、仲のよかった親友の片方に彼氏ができてから関係がぎくしゃくしている例は見たことがある。
 愛姫だって、もしも麻由に恋人ができて愛姫よりも優先するようになったら、もちろん祝福はするだろうが、どこか寂しく感じることだろう。
 まあ、あまり気にする問題ではないのかもしれない。たぶん、これからも麻由とは今まで通りの関係でいられるだろう。ふたりの絆は、こんなことで揺らぐものではないはずだ。
 それよりも問題は悠樹の方かもしれない。
 門の前での一瞬の出来事。あれは正真正銘の三角関係ではないか。
 口許に、自嘲めいた苦笑いが浮かぶ。これまで男女の恋愛にまったく縁のなかった自分が、こんなことに巻き込まれるなんて。
 まだ正式な恋人づきあいというわけではないはずだが、悠樹と神流の間に肉体関係があるのは事実だし、悠樹が神流に恋愛感情を抱いているのも間違いない。
 神流も、単に魅魔の血に惹かれているだけではないのだろう。今夜のあの態度、間違いなくやきもちだ。鬼魔のくせに、普通の女の子みたいではないか。
 ……いや。
 みたい、ではない。人間の血肉を求める本能的な部分を除けば、人間社会で育った鬼魔のメンタリティは人間のそれとほとんど変わらない。長い歴史の中で、人間と鬼魔の間の恋愛も皆無というわけではない――ただし、それがハッピーエンドだった例はほとんど知らないが。
 小さく、溜息をつく。
 神流が、悠樹のことを好きなのは間違いない。悠樹も、神流のことが好きだ。
 では、自分は?
 素直に認めることには抵抗があるし、いろいろと思うところはあるけれど、悠樹のことが気になっているのは事実だろう。はっきりとした恋愛感情かといわれれば、まだ首を傾げるところだが。
 そして悠樹は、愛姫にも好意を寄せてくれている。それも間違いない。
 悠樹の軽薄さについては、少し勘違いをしていたかもしれない。彼は、身体目当てで好きでもない女の子にも手当たり次第声をかけているのではない。ちょっかいを出す相手は、みんな〈好き〉なのだ。
 困った性格だし、そうしたところに惹かれたわけではない。しかし他のものに置き換えて考えれば、愛姫だってガトーショコラとミルフィーユをふたつとも食べたくて悩むことはある。おそらく悠樹の好意はそういう類のものなのだ。
 これから、どうなるのだろう。どうすればいいのだろう。
 経験がないだけに、どうしていいのかわからない。やっかいな話だ。鬼魔との命懸けの戦いの方が、気分的にはよほど楽だ。
 混乱したまま、下着を替え、寝間着に着替えて布団に入った。
 ホテルを出る前に念入りにシャワーを浴びてきたから、今夜は風呂に入る必要はない。麻由は匂い云々といっていたが、実際のところ、人間の嗅覚でわかるような匂いが残っているはずがない。そうでなかったとしても、もう、これから入浴するような体力も気力も残っていない。
 今夜は、疲れた。心身ともに。
 鬼魔の力に中てられて、それに耐えるだけでもかなり消耗するものだ。そして、悠樹との初体験。激しい性行為。加えて、神流のことによる精神的な疲労。
 早く、寝よう。明日も平日だ。
 とはいえ、今夜のことがあったばかりで普通に登校するのは無理かもしれない。鬼魔の力の件だって、とりあえず苦痛はないレベルまで回復したというだけで、完治しているわけではない。
 明日、学校へ行くかどうかはともかくとして、とにかく、今夜は早く休むとしよう。
 そう思って、瞼を閉じる。
 ……しかし。
 心身ともに限界まで疲れきっているはずなのに、なかなか寝つけなかった。
 まったく眠気が押し寄せてくる気配がない。
 これまでも、鬼魔の力に中てられた後は眠れないのが普通だった。身体が熱くて、気が狂いそうなほどに疼いて、肉体へのあらゆる刺激を快楽として受けとめてしまって、とても眠れる状態ではない。一晩中、けっして満たされないもどかしさに苛まれながらも自分を慰め続けるのが常だった。
 だけど、今夜は事情が違う。鬼魔の力は、とりあえず問題ないくらいにまで中和されている。完治ではないにしても、今の感覚は、生理前の少し昂っている時とさほど変わらない。
 悠樹のおかげだ。
 しかし、いま眠りを妨げている原因も、悠樹だった。
 布団に横になると、どうしても想いださずにはいられない。
 少し前まで、ラヴホテルのベッドに横たわっていたこと。
 悠樹と抱き合っていたこと。
 激しく交わったこと。
 何度も、何度も、悠樹を求めたこと。
 まだ、下半身に感覚が残っている。
 想い出すと、また、鼓動が速くなってしまう。顔が熱くなってくる。とても眠れる状態ではない。
 初体験、してしまった。
 家を出た時には、まったく、そんなつもりはなかったのに。
 人間を犯して喰らう魔物と戦うという、危険と隣り合わせの生活を送っていながら、十七年間守ってきたものを、失ってしまった。
 それも力ずくで奪われたのではなく、なかば自分の意志で。
 ああ、もう!
 想い出すと、平常心ではいられない。頭から布団をかぶって丸くなる。
 ありえない。
 ありえない。
 あの、悠樹を相手に、あんなこと。
 どうして、悠樹と、あんなことをしてしまったのだろう。
 幼い頃に大怪我を負った後は、鬼魔との戦いで敗れたことはないが、それでも年に何度かは不覚をとって鬼魔の力に冒されることはあった。そんな時は、力の影響がピークに達する前に家まで送ってもらい、毒素が抜けるまでの数日間、部屋に閉じこもっているのが常だった。
 当然、自分で慰めずにはいられない。しかしその欲求は、自慰ではけっして満たされることはない。いや、たとえ本当のセックスをしたとしても、相手が普通の人間では無意味だろう。麻由が慰めてくれることもあったが、これも気休め程度にしかならない。
 全身が、剥き出しの性感帯になってしまったような感覚。
 衣擦れの刺激だけで達してしまうので、服を着ていることすらできない。ただ布団に横になっていることさえ、性器への愛撫と変わらない。
 当然、眠ることなど不可能だ。
 普段の何倍も、何十倍も敏感になった身体で、延々と性的な刺激を受け続けている状態。なのに、けっして満たされない欲求。むしろ、刺激を受ければ受けるほど、渇きはいや増すばかりだ。
 今夜のようにまともに鬼魔の力を喰らえば、力がその効力を失うまで、少なくともまる三日くらいはそんな状態が続く。普通の人間であれば発狂していただろし、桁違いの抵抗力を持つはずの愛姫ですら、我を忘れて狂ったように自慰に耽っていた。
 それでもこれまでバージンでいられたのは奇蹟に近い。超人的な自制心と、麻由や高橋のサポートの賜物だ。
 これまでは、そうだった。
 なのに、どうして。
 知り合って一週間ほどしか経っていない男に、許してしまったのだろう。
 悠樹が好みのタイプだ、などということはけっしてない。そもそも、好きな異性のタイプなど、聞かれても答えに窮するだろう。これまで、考えたこともない。
 強いていえば、頼りになる誠実な人物だろうか。しかしそれは「人間として好ましい」という意味で、異性として、恋愛対象として、あるいは性欲の対象としての好みとは違う気がする。
 女子校育ちの愛姫は、身近に同世代の男性がほとんどいない。唯一の例外は従兄で、頼りにはなるし客観的にみれば容姿も優れていると思うが、愛姫にとって彼はあくまでも〈肉親〉にカテゴライズされていて、異性という意識で見たことはない。
 血縁関係のない同世代の男性で、これほど頻繁に接したのは悠樹が初めてかもしれない。しかし、軽薄で女性に節操のない彼の性格は、好みどころかむしろ軽蔑の対象でしかない。しかしその性格故に、否が応にも〈異性〉であることを意識させられてしまう存在であることもまた事実だった。
 第一印象はお世辞にもいいとはいえなかった悠樹だが、しかし、初対面の日の夜も、今夜も、危機的状況に際して怖じ気づいて逃げ出すタイプでなかったことはむしろ意外だった。初対面の日は、なにが起こっているのかもわからないような状況でありながら、愛姫のことを助けようとしてくれた。今夜だって、致命傷を避けられたのは悠樹のおかげといってもいい。
 いざという時には、普段の言動から予想されるよりも勇敢なのかもしれない。いまひとつ実力が伴っていないのは残念なところだが。
 しかし、そうしたことを抜きにしても、初めて会った日から、どうしてか気になる存在だった。
 あんな男はまったく好みではない、むしろ軽蔑する――そう思っても、気になってしまう。どうしてか、あの男のことを考える時間が増えている。口ではなんといおうとも、内心は無関心ではいられない。
 今夜だって。
 これまでなら、発作が起きる前にすぐに高橋に家まで送ってもらうところだ。
 なのにどうして、今夜に限って電車で帰るなどといったのだろう。悠樹がついてくることも、途中で歩けなくなることも、充分予想できるはずのことなのに。
 そして、駅に着く前にあんなことになってしまった。
 悠樹に触れたい、触れて欲しい、この気が狂いそうな疼きをなんとかして欲しい――そう、想った。少なくとも、身体はそう望んでいた。
 これまで高橋にも、従兄の貴仁にも、感じたことのない衝動だった。
 生まれて初めての、男性との性的な接触。
 軽く触れられただけで、気持ちよかった。普段の自慰よりも、桁違いによかった。
 抱きしめられてキスされるのは、さらに気持ちよかった。
 胸や性器への愛撫は、それだけでたちまち達してしまうほどの快感だった。
 想いだしてしまう。
 肌と肌で直に触れ合った、悠樹の身体。
 愛姫を抱きしめた太い腕、厚い胸板。悠樹は特に筋肉質というほどではないが、それでも女の愛姫からみれば、骨太で筋肉の多いがっしりとした身体だった。
 そして、唇と唇が触れ合った感触。舌と舌が絡み合った感触。うっとりするほどに甘く感じた。
 さらに、女の子の場所に、触れられてしまった。
 あんなに濡れるなんて、信じられない。公園にいた時に始まり、ホテルで悠樹とセックスしている間、ずっと、失禁したかのような量の愛液が溢れ続けていた。以前、鬼魔の力に中てられた時には、あそこまでひどくはなかったはずなのに。
 その、濡れた秘所に……挿入、された。
 大きくて、堅くて、とても熱い、男性の欲望の象徴。
 あの脈動する熱い肉の塊にバージンを散らされ、膣のいちばん奥まで深々と貫かれた。
 挿入の一瞬だけ、痛くて。
 だけど、気が遠くなるほどに気持ちよかった。膣奥まで突き入れられた時には、それだけで失神するかと思った。
 信じられない。あんなに大きくて太いものが、身体の中に、あんなに深く入ってくるなんて。
 痛いくらいに拡げられ、押し込まれて、なのに、これ以上はないというくらいに気持ちいいなんて。
 自分の下腹部……臍の少し下あたりに触れる。
 根元まで挿れられていた時、先端はこのあたりまで届いていたのだろうか。
 初めて男性を受け入れる膣はいっぱいに拡げられて、激しく抜き差しされた。弾力に富んだ男性器に、膣壁が激しく擦られた。
 それは気が遠くなるほどの快楽で、破瓜の痛みなどたちまち霧散してしまった。痛みに変わって、初めて体験する至上の快楽に襲われた。
 何度も、何度も、何度も、絶頂を迎えた。自慰で達する時の快楽とはまったくの別物だった。
 そして……
 膣の中に、射精された。
 胎内に噴き出してくるのを感じた瞬間の、あのめくるめく快感は、どう表現すればよいのだろう。膣が、子宮が、大量の熱い精液で満たされていくのは不思議な感覚だった。
 下腹部に手のひらを当てる。
 まだ、この中にあるのだろうか。
 この中を満たしているのだろうか。
 あの、ねっとりとした白濁液が。
 経口避妊薬を飲んでいて本当によかった。そうでなければ、今日はもっとも危険な日のはずだった。それでも今夜の精神状態だったら、膣内射精されることをなんの躊躇いもなしに望んだだろう。
 そもそも、悠樹の精液を直に受けとめなければ、鬼魔の力を中和することはできないのだ。口から飲んでも効果はあるが、膣や子宮に注がれる方が即効性は高い。
 ピルを飲んでいたのは、本来は鬼魔に犯された時のためだ。それで妊娠する確率は、人間同士の場合に比べて桁違いに小さなものだが、万が一ということもある。しかし、まさか人間の男性相手に役立つ機会があるとは思っていなかった。
 今後も、きちんと飲み続けなければ。あの、大量の精液が子宮に流れ込んでくる快感を知ってしまった後では、無粋なゴム越しのセックスでは物足りないだろう。
 ――って!
 今後?
 なに、今後もって!?
 顔がかぁっと熱くなる。
 また、悠樹とするつもりなのか。
 今夜は例外中の例外ではないのか。
 もう二度と、今夜みたいに鬼魔に隙を見せるようなことはしない。であれば、悠樹とあんなことをする機会ももう二度とないはずだ。
 まったく。
 今夜は、本当にどうかしている。
 どうして――
 どうして当たり前のように、次に悠樹とする時のことを考えてしまったのだろう。
 全部、鬼魔の力のせいだ、まだ、毒素が完全には抜けきっていないのだ――そう、自分にいい聞かせる。
 そうに決まっている。
 そうでなければ、ありえないことだ。
 あんな、こと。
 初めてのセックスが終わった後、自分から男性器に触れて、あまつさえ口に含んだなんて。
 フェラチオ、なんて。
 あんな、いやらしい、恥ずかしい好意。
 想いだしただけで顔から火が出そうだ。
 あれは、セックスそのものよりも恥ずかしい行為かもしれない。もともとは繁殖のためという大義名分がある性交と違い、ただ快楽を求めるだけの行為。それも、女の方から、進んで男を悦ばせようとする行為なのだ。
 悠樹に強制されたのではなく、自分の意志でしてしまった。あの時はどういうわけか、そうしたいという強い想いに囚われていた。
 自ら進んで、男性を口に含んだ。
 それが、すごく美味しく感じて、すごく気持ちよかった。
 性器への挿入と同じくらい、口が感じてしまった。
 悠樹を感じさせる以上に、自分が昂って、気持ちよくなっていた。
 そして、口の中に射精された。
 口の中いっぱいに広がる、どろりとした粘液。
 生臭くて、苦くて、喉に引っかかるような気持ちの悪い液体。
 なのにどうしてだろう。うっとりするくらいに美味しくて、さらに身体が熱くなった。
 そのせいで、さらにエスカレートしてしまった。自分から悠樹の上に跨って、まだ大きなままだった男性器を、自分から受け入れてしまった。
 はしたない。
 はしたなくて、死にたくなるほどに恥ずかしい。
 悠樹の上に馬乗りになって、深々と貫かれて、それが気持ちよくて、激しく腰を振っていた。そうせずにはいられなかった。もっと気持ちよくなりたい――それしか考えられなかった。
 今まで感じたことのないレベルの快感。なのに、それ以上の快楽を求めてしまった。
 めちゃめちゃに腰を振って、いやらしいことを叫んでいた。
 あの時は悠樹に激しく突きあげられていると思っていたけれど、今なら想い出せる。衝動のままに、快楽のままに、自分で動いていたのだ。
 いったい、どう思われただろう。
 バージンを失ったばかりなのに、自分から動いて、あんなに感じて、はしたない女の子だと思われなかっただろうか。悠樹に嫌われなかっただろうか。それとも、積極的な女の子の方が好きだろうか。
 そういえば、悠樹はどんな女の子が好きなのだろう。
 愛姫と神流は、まるで違うタイプだ。
 長身の愛姫と、小柄な神流。
 長いストレートの黒髪の愛姫と、くせのある短めの金髪の神流。
 普段は真面目で堅い愛姫と、奔放そうな神流。
 胸の小さな愛姫と、巨乳の神流。
 そして……魔を狩る愛姫と、魔の眷属である神流。
 悠樹はいったい、どんな女の子が好きなのだろう。
 自分と、神流と、どちらが好きなのだろう。
 ……そんなこと、どうでもいい。
 そう、思おうとする。
 だけど、やっぱり、気になってしまう。考えずにはいられない。
 やっぱり悠樹のことが、好き、なのだろうか。
 ……わからない。
 考えてもわからない。
 生まれてから十七年間、はっきり恋愛と呼べるような経験はなかった。だから、どんな感情が異性に対する恋愛感情なのか、自分でもわからない。
 ……失敗、だったかもしれない。
 今夜、悠樹とセックスしてしまったのは。
 正気の時なら問題はなかった。セックスしたいと想うなら、そしてセックスして気持ちいい、幸せだと感じるのなら、その相手のことが好きなことは間違いない。
 だけど鬼魔の力に支配され、快楽に抗えなくなっていた今夜の状態では、そうもいいきれない。
 他の男が相手でも、同じように感じてしまったのかもしれない。男なら、欲求を満たしてくれるなら、誰でもよかったのかもしれない。たまたまこれまでは、そうしたタイミングで身近に同世代の男がいたことがなかったから、経験する機会がなかっただけなのかもしれない。
 その点では、今夜のことを後悔していた。
 あんなこと、するべきではなかった。
 もう少し、悠樹に対する感情が、悠樹との関係が、はっきりしてからなら問題なかったのに。
 だけど――
 悠樹とセックスしたこと、悠樹にバージンをあげてしまったこと、それ自体は後悔していない。嫌ではなかった。むしろ、嬉しかった……かもしれない。
 だとすると、これはやっぱり恋愛感情なのだろうか。
 自分の気持ちがわからない。
 過去に恋愛経験があれば、今夜が初体験でなければ、今の自分の感情をもっと冷静に分析できたのかもしれない。
 ただひとつ確かなことは、今、悠樹のことを考えると、今夜のことを想い出すと、身体が熱くなってしまうということだ。
「……あ、ん…………」
 無意識のうちに、手が、下半身へと動いていた。
 寝間着の浴衣をはだけて、手を入れる。
 そこは、不自然に熱かった。
 替えたばかりの下着が、湿っていた。
 その部分に指を押しつけると、電流が流れたような刺激に貫かれた。
 鬼魔の力に強制された、不自然な興奮の感覚ではない。ごくたまにする、女の子の生理現象としての自慰行為の時の感覚に近い。ただし、それよりもずっと気持ちいい。
 自分の意志とは無関係に、指が動いてしまう。
 だけど、あれだけ激しいことをした直後に、また自分でするというのはどうだろう。
 ――いや。
 だからこそ、だ。まだ、悠樹とのセックスの快感の記憶が、身体にしっかりと刻み込まれている。想い出せば、感覚が甦って昂ってしまうのは当然だ。
 いくら堅い性格とはいえ、十七歳の女子高生なのだ。身体の疼きを覚えることだってある。自慰の経験だって、おそらく普通程度にはある。
 その経験からいえば、今は、ものすごく昂っている状態だった。
「……は……ぁ……ぁんっ」
 下着の中に手を入れる。柔らかくほぐれたままの秘裂は、ぬるぬるに……いや、びしょびしょに濡れていた。ホテルでした時ほどではないにしても、普段の自慰ではありえない量の愛液が、お尻の方まで溢れ出ている。
「――っ!」
 割れ目の中に指を滑らせる。
 呼吸が止まり、全身が強張った。
 すごく、気持ちいい。
 これだけで達してしまう。
 今度は、指を中に挿れてみる。恐る恐る、中指を一本だけ。
「んっ……んく……ぅ、んんっ!」
 信じられないくらい濡れているせいか、スムーズな挿入だった。これまでの自慰とはまるで違う感覚だ。
 以前は痛みを感じていた障壁がなくなっている。
 代わりに、それとは別の、鈍い痛みがある。その正体に思い当たって、また頭に血が昇ってしまう。
 激しいセックスを何度も何度も繰り返したせいで、腫れて充血しているのだ。あの大きなものをねじ込まれ、入口から奥まで激しく擦られ続けていたのだから当然だ。
 だけど、その痛みさええもいわれぬほどの快感だった。身体の芯が熱くとろけていく。
 指を奥まで挿入する。激しく動かしたりはしない。そうしたい気持ちもあったけれど、さすがに痛い。
 それに、この刺激で充分だ。異物が膣内に在ることで、悠樹に貫かれていた時の感覚がさらに鮮明に甦ってくる。感覚が再生されるだけで、充分すぎるほどに気持ちいい。
 悠樹に、膣内をいっぱいに満たされた時の感覚。
 不思議な感覚だった。
 自分の中に、他人の身体の一部――それも、あんなに大きなもの――が在るというのは。
「はぁ…………ぁ……」
 その感覚を反芻しながら、指をもう一本挿入する。
 一本だけよりも、断然いい。悠樹の太さ、長さ、熱さにはまるで及ばないけれど、それでも指一本の時よりは少しだけ近い。
 その分だけ、満足感、充実感が増す。
 これまで感じたことのない、不思議な幸福感。
 これが、女の悦びというものなのだろうか。
 もっと、感じたい。
 いつまでも、感じていたい。
「……また……貴方と、したいです……今度は……正気の時に」
 知らず知らずのうちに、そうつぶやいていた。
 それが、今の、偽らざる想いだった。

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