第3章【8】

「ふぅ……ぎりぎり間に合った」
 射精したことで少し落ち着いたのか、玲の声には先ほどまではなかった余裕が感じられた。
 しかし、あたしはすぐには返事ができない。
 口いっぱいに精液を含んだままだったから。
「んっ……」
 バスを降りたところで飲み込もうとしたけれど、量が多くて、喉に引っかかるような感じでなかなかうまく飲み下せない。
 口の中いっぱいの、ドロドロとした感触。
 独特の生臭さ。
 それはけっして心地良いものではないはずなのに、興奮してしまう。
 スカートの中の、ひんやりとした感覚。風が吹くとその感覚がよりいっそう強くなる。
 そして、思い出す。
 自分がいま下着を着けていないことに。
「……ぅ」
 また、脚が震え出す。うまく歩けなくなってしまう。
 玲の腕に掴まって辛うじてバランスを取り、とにかくまずは口の中のものを飲み下した。
「ふ……はぁ……」
 栗の花の匂いがする溜息が漏れる。
「セイ、歩ける?」
 腕を組むような体勢で、玲が支えてくれる。
「……なんとか」
 ゆっくりと歩き出す。
 だけど、歩き出したらやっぱりダメ。
 下着を着けていないという、ただそれだけのことなのに、下半身がすごく心細い。全身が不安感に包まれてしまう。
 周囲に他の人の姿はないけれど、一歩進むごとに脚の震えが大きくなっていく。玲に掴まっている手の指に力が込められる。
「どうしたの?」
 わかっているくせに、しらじらしく訊いてくる。バスの中では泣きそうになっていたくせに、ずいぶんと余裕だ。
「…………家に着いたら、覚えてなさいよ」
「じゃあ、帰るの止めようか?」
 立ち止まる玲。
「ちょっ……レイ!」
「なぁに?」
「――っっ!」
 玲の手がスカートをぱっとめくった。一瞬、お尻に直に風が当たった。
「れっ……レイっ!」
 脚からかくっと力が抜けて、その場に座り込みそうになった。脚が前に出なくなる。
「い……意地悪しないでよっ」
「でも、バスの中でのセイもイジワルだったしぃ……」
「……元はといえばあんたのせいじゃない!」
「あたしのせい?」
 にこっと笑う玲。また脚を止めて、あたしのスカートに触れてくる。
「…………わ、わかったわよ! あたしが悪かった、謝るから! とにかく家まで連れてって!」
「ん」
 満足げにうなずいて歩き出す。
 だけど脚はこれまで以上に震えていて、玲に掴まっていなければ満足に立っていることもできなかった。
 転ばないように、細心の注意を払いながらそろそろと歩いていく。
 玲はもう立ち止まるような意地悪はしないけれど、時々スカートの裾に触れて、めくる素振りをする。
 それでも文句は言えない。言えば、また立ち止まられるだけだ。
 頭がくらくらして、目眩すら感じる。
 泣きそうになりながら、それでも玲にしがみついて、バス停から家までの数百メートルをなんとか歩ききった。
 フルマラソンを完走したような疲労感を覚える。
 玄関のドアが開いて、助かった……と安堵の息を漏らした瞬間、スカートが大きくめくられた。
 下半身が丸見えにされてしまう。ドアが閉まると同時に、腰が抜けてそのまま倒れるように玄関に座り込んだ。
「大丈夫?」
 玲が手を差し伸べてくる。台詞だけ見れば心配しているようだけれど、その口調は明らかにこの状況を面白がっている。
「……バカ! レイのバカっ! バカバカバカっ!」
 顔をくしゃくしゃにして怒鳴った。
 すっかり腰が抜けてしまって、玲の手を借りてももう立てない。
「セイってば、そんなに興奮したんだ?」
「な……なに言ってンのよ!」
 一瞬、言葉に詰まる。心臓が大きく脈打つ。
「だって、ほら」
「ひゃんっ!」
 玲の手がスカートの中に潜り込み、太腿のぎりぎりきわどいところを撫でた。
 性器に触れたわけではないのに「びちゃっ」という感触。
 顔がかぁっと熱くなる。
 溢れだした蜜は割れ目の周辺のみならず、太腿の中ほどまでを濡らしていた。
 自分でも信じられない。
 玲とエッチなことをしていた時、けっこう濡れていたと思う。だけどこんなにも濡れてしまうなんて。
 下着なしのミニスカート姿で外を歩かされて、恥ずかしくて、不安で、気を失いそうなほどだったのに。
 なのに、こんなに濡れているなんて。
 これでは、まるで……
「セイってば、露出狂?」
 笑いを堪えながら玲が言う。
「な、に言ってンのよ! バカっ!」
「だって……ねぇ?」
「やぁぁっ、あぁっ! あぁんっ、あぁっっ!」
 太腿を撫でていた手が微妙に上に移動してきた……と思うと同時に、予告なしで指が挿入された。
 指が根元まで埋まった瞬間、それだけで達していた。
 上体が仰け反り、そのまま玄関で仰向けに倒れてしまう。
「…………すっごぉい、最短記録?」
 目を輝かせて笑っている玲。
「……」
 今の絶頂で最後の体力を使い果たしてしまったあたしは、もう「バカ」という元気すら残っていなかった。

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