第3章【5】

 玲の手を引いて、駆け込むようにトイレに入った。
 上映中のためか、幸いにして誰もいない。いちばん奥の個室に入って鍵をかける。
 なにも言わず、ぎゅっと抱き合う。
 唇を重ねる。
 お互い、相手の下半身に手を運ぶ。
 大きく膨らんでいる玲のあそこ。熱く湿っているあたしのあそこ。
 お互いの指が、下着の中にもぐり込む。
「あっ、ん……んくぅっ」
 先に声を出してしまったのはあたしの方だった。玲の手に口を塞がれる。
「人いないからって、声出しちゃダメ」
「ん……」
 小さくうなずく。
「……でも……抑えきれない」
「もう我慢できない?」
「……ウン」
「じゃあ、一度いかせてあげるから、その後で家に帰っていっぱいしよう?」
「ん」
 やっぱりこうなってしまう。昨日は少しやりすぎたかも、と反省して外出したのに、やっぱり今日もエッチなしでは過ごせない。
 玲が私の前に屈み、下着を脱がせていく。
 足を少し開かされる。その間に玲の手が入ってくる。
「あっ……」
 ぴちゃ……という濡れた感触。
 もう、こんなに濡れているなんて。
 また口を押さえられ、背中が壁に押しつけられるような体勢になる。
 もう一方の手はスカートの中で蠢いている。
 この体勢、なんだか陵辱されているみたい。
 強引に、無理やりされているみたい。
 そんなことを想うと、さらに気持ちが昂ってしまう。
「ん……んむ……んぅぅ……っ! ……っ!」
 ほとんど前戯らしい前戯もなしに、指が挿入される。
 ゆっくりと。だけど止まることなく奥まで届く。
 溢れるほどに濡れているので、まったく痛くない。むしろ意識が飛びそうなほどに気持ちいい。
 身体が仰け反る。
 脚ががくがくと震える。
 悲鳴を上げそうになる口が、しっかりと掌で塞がれる。
 気持ちいいのに声が出せないのが辛くて、涙が溢れてくる。
 その涙の意味を、玲が勘違いする。
「セイ……痛いの?」
 口を押さえられて声が出せないので、首を小さく左右に振った。
「じゃあ、泣くほど気持ちイイの?」
 こくん、と小さくうなずく。
 安心した表情になった玲が、指を動かしはじめる。
 入口から奥まで、膣全体を擦るように。
 リズミカルに。
 だんだん、テンポが速くなっていく。
 口を塞がれてくぐもった声しか出せないので、くちゅくちゅという湿った音がはっきりと耳に届いてしまう。
 あらたまって聞くと、とても卑猥な音だ。こんなに音がするほどに濡れてしまっているのだと想うと、恥ずかしさのあまり気が遠くなる。
 しかし、それ故に昂奮してしまう。『音』も性感を高めるひとつの道具なのだと気がついた。
 泥濘をかき混ぜるような音。
 それはあたしが感じている証。
 だんだん大きく、リズムが早くなってくる。
 指が、本物のセックスのピストン運動のように抜き差しされている。
 一往復ごとに、快感のボルテージが急上昇していく。
 もう、だめ。
 もう、我慢できない。
「――――――っっ!」
 一瞬、浮遊感に包まれる。
 視界がホワイトアウトする。
 全身の筋肉が強張り、一瞬後、力が抜けていく。
 映画館の中ですっかり昂っていたせいもあって、簡単に達してしまった。
 脚から力が抜けて頽れそうになり、反射的に玲にしがみついた。玲の腕が身体を支えてくれる。
 口を塞いでいた手がなくなったので、大きく息を吐き出した。玲にしがみついて、胸に顔を埋めるような体勢で荒い呼吸を繰り返す。
「…………はぁぁ……ぁ……、ヤッバいくらい感じた」
「……みたいだね」
 玲の指が唇に触れてくる。それはぬるぬるとした粘液にまみれていた。
 舌を出して指先をぺろりと舐める。その指が、口の中に入ってくる。
 口の中で指が蠢く。
 くすぐったくて、ちょっと……いや、けっこう気持ちいい。
 口をすぼめて吸う。舌を絡める。
 口に伝わる刺激がより強くなる。
 けっこう……いや、かなり気持ちいい。
 考えてみれば、ディープキスが気持ちいいのだから、口の中というのは一種の性感帯なのかもしれない。
 ついさっきまで膣内でそうしていたように、玲の指が口の中で動く。
 それはまるで……
「セイってば、なんかエロいよ? まるでフェラチオしてるみたい」
 耳元でささやかれる声。
 その単語に、瞬間、血液が沸騰する。
 あたしは慌てて指を離した。
「ばっ……ばかっ! いきなりなに言い出すのよっ!」
 それは、玲とは超えてはいけない一線の向こうにある行為。なのにあたしはその行為を気持ちいいと感じ、自ら口を動かしていた。
 やばい。
 だんだん、抑えがきかなくなっている。
 この分では近い将来、最後までしてしまいかねない。今だって、心の片隅で「それもいいんじゃない?」なんてささやく声がある。
 絶対にそれをしてはいけないというほどの理由もない気がする。恋愛感情ではなく、単にスキンシップと快感を求めての行為なのだから、実の姉弟であってもさほど問題はないのではないか――と。
 だけど初めての相手が玲というのは、やっぱりなにか違う気がする。お互い既に経験ずみで、ちょっとしたお遊びで……というのならばまだしも、やっぱり、玲を相手に初体験したい、玲にバージンをあげたい、という気持ちにはなれない。
 肉親として玲のことは好きだし、玲とエッチなことをするのはとても気持ちがいい。だけどやっぱり、そこにあるのは恋愛感情ではないのだ。
 ただ、性的快感を楽しむだけの関係。それもどうかと思うけれど、一度あの気持ちよさを知ってしまったら、もうやめられない。
 だからあたしは当分の間、玲と今の関係を続けていくつもりだ。
「……で、レイも……する?」
 ようやく呼吸が落ち着き、玲に支えてもらわなくても立っていられるようになる。そうなるとお返しをしてあげたくなる。
 しかし玲は首を小さく左右に振った。
「どうせなら、家に帰って腰を落ち着けて……の方がいいなぁ。やっぱり落ち着かないよ、ここ。セイ、歩けそう?」
「……なんとか」
「じゃ、帰ろうか」
 トイレの鍵に手をかける玲。慌ててその手を押さえる。
「ちょっと待って」
「ん?」
「……パンツ」
 あたしは今、下着を着けていない。玲に脱がされたままだ。玲も忘れているのだろうか。
 しかし。
「そのままでいいって」
「ちょ……レイっ!」
 扉を開け、あたしの手を引いて個室から出る玲。
「ちょっ……ちょっと! レイ!」
 幸い、他の人の姿はない。だからといって平然としてはいられない。
 なのに玲はあたしの手を放さずに、そのままトイレから出ていってしまった。

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