第3章【3】

「……あ、失敗した」
 買い物を終えてミスドで遅めの昼食を食べている時、不意に玲が声を上げた。
「ん?」
「さっきの男たちに奢らせれば、もっと豪華なお昼が食べられたと思わない?」
 買い物をしていたビルからここまで来る間に、声をかけてきた男たちがもうひと組いた。おそらく大学生くらいで、身に着けているものから推測するに、少なくともあたしたちよりはお金持ちだろう。
 だけど。
「……レイってば、そんなとこまで染まらなくていいの。それともあんた、そっちの趣味?」
 相手が男とは知らずに声をかけ、豪華な昼食を奢らされる男たち。その光景を想像すると、笑いが込み上げつつもちょっと同情したくなる。
 もしもその後ホテルに連れ込まれたりなんかしたら……それはそれで笑える話だけれど、たぶん、彼らにとっては一生消えないトラウマになるのではないだろうか。
 いや、それとも。
『これだけ可愛ければ男でもオッケー』なんていって、玲がお尻のバージンを奪われたりしたら…………今度は玲のトラウマだろう。
「それをいったらセイこそ、そこそこモテるくせに浮いたウワサ聞かないよね。女子校だし、やっぱりそっちの……」
「なに言ってンの。……まあ確かに、女子校だから出会いが少ないってのはあるかもしれないけど」
 それでも熱心な子は、合コンとか共学校の友達の紹介とかバイト先の男の子とか、様々なルートでちゃっかり彼氏を作っている。あたしが独り身なのは、どうしても彼氏が欲しいっていうほど必要に迫られていないことと、恋愛観の問題だ。
 素敵な恋人がいたらいいな……という漠然とした憧れはあるが、具体的に好意を持っている異性がいるわけではない。『彼氏が欲しい。だから合コンに行ったり紹介してもらったりする』というのは順序が違う気がする。『好きな男性がいる。だからその人とお付き合いしたい』と思うのが本来あるべき形であり、恋愛したいから好きな人を作る、というのでは本末転倒だ。
 もっとも、女子校でそんな心構えでいると、なかなか彼氏を作ることなどできない。身近に同世代の異性がいないのでは、好きな人などできるはずもない。
 玲はたまに、あたしを紹介してほしいと友達から頼まれることがあるらしいが、そのパターンは丁重にお断りしている。玲の友達と付き合って、もしうまくいかなかったら、玲とその友達も気まずくなるかもしれないではないか。
 そうした理由で、彼氏イナイ歴の自己記録は日々更新中だ。
 これまでは別に気にしていなかった。クラスメイトや部活の仲間とわいわいやっているだけでも楽しくて充実した毎日だったから。
 とはいえ。
 今は、彼氏がいるのもいいかな、なんて思い始めてる。
 男の子とのエッチな行為がすごく気持ちのいいものだって、知ってしまったから。
 いつまでも近親相姦まがいの行為を続けるのではなく、ちゃんとした彼氏を作って普通にエッチするのもいいかな、っていう気持ちになってきている。
 やっぱり、ちゃんと最後まですることには興味がある。だけど玲とそうなることはまったく考えていない。玲との関係はあくまでも『姉弟のじゃれ合いがちょっと羽目をはずしただけ』にとどめておくつもりだ。
 女の子よりも抑えがきかないはずの玲が強引なことをしてこないところを見ると、きっと同じ考えなのだろう。
 だから、最後まで経験するためには彼氏を作らなきゃならない。
 だけど『エッチしたいから彼氏が欲しい』というのは、バージンの女子高生の発想としてはどうだろう。自分で否定したはずの『彼氏が欲しいから恋愛する』よりも問題ありそうな気がする。
 とはいえ、いずれにしても『実の弟――しかも女装した――とエッチする』に比べればマシなのは確かだろう。
「そういえば、レイは?」
「え?」
「あたしは女子校だけど、あんた共学じゃん。好きな女の子とかいないの?」
「んー、特にいないかなぁ」
 アイス・カフェ・オ・レのストローを口にくわえたまま玲は答える。
「じゃあやっぱり、好きな男の子が……」
「いるかっ!」
 実際のところ、どうなんだろう。
 玲って、女の子にもてるのだろうか。
 確かに綺麗な顔をしているけれど、それは『男としてのいい顔』とはちょっと違う。身長も、男子としては小柄な方だ。
 人付き合いはいい方だとは思うけれど、あたしが知る限り、これまで特定の彼女がいたことはない。
「じゃあ……さ、どういうタイプが好み?」
「えー? ん……そうだねー、身の回りでいえば……マオみたいな子は可愛いと思うけど」
 確かに、真緒は一般受けするタイプの可愛い女の子だ。でも。
「あはは、そりゃ望みナシだ」
「……だね」
 玲も苦笑する。
 真緒の男性恐怖症は生半可なものではない。大抵の男には手の届く距離に近寄ることもできず、女っぽい玲が相手でもあたしを間に挟んで会話するのが精一杯。恋人としてお付き合いなんてできるわけがない。
 もちろん、玲も真緒に特別な感情を持っているというわけではなく、単に好みのタイプの話だろう。
 もっとも。
 今の玲であれば、真緒とデートすることも可能かもしれない。
 それが傍目に『恋人同士のデート』に見えるかどうかはともかくとして。

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