第3章【2】

 チェックのミニスカートに、白の半袖ブラウスに、リボン。
 ――学校の制服ではない、なんちゃって女子高生ファッション。
 脚にはオーバーニーソックス。
 双子という点を強調するために、あえて色違いの同じ服装で外出する。
 さすがに最初のうちは、玲は恥ずかしがってしきりに人目を気にしていた。特に、家を出る時に。
 近所の人たちは、よほどの新参者でない限り、あたしと玲が『姉妹』ではなく『姉弟』であることを知っている。今の姿を見られるのはさすがに問題アリだろう。
 しかし、バスに乗って街中に出るまでは無事にクリア。
 最初は恥ずかしがっていた玲も、慣れてきたのかだんだん自然に振る舞えるようになってきた。玲のことを奇異の目で見る者は誰もいない。
 あたしたちに向けられる視線は少なくなかったけれど、それは『双子の美人姉妹』に対する、若干の下心が混じった男性の視線であり、女装趣味の変態を見る目ではない。駅前のバスターミナルからあたしがよく利用しているファッションビルに入るまでの数百メートルの間に、二組四人のナンパ男たちを退け、玲も自分の外見に本格的に自信を持ちはじめたようだ。
「……で、買い物って?」
「ここ」
 玲の質問に対し、テナントのひとつを指さして答える。
「ここ、って……」
 玲の顔が赤くなる。店の手前で歩みが遅くなる。
 そこは、下着屋さんだった。まあ、普通の男子高校生が気軽に足を踏み入れられる場所ではないだろう。
「玲の下着も必要でしょ?」
 おどおどしている玲の様子が可笑しくて、笑いを堪えながら言う。
「さすがに……ね、毎回毎回あたしの下着を貸すのは……イヤじゃないんだけど、なんか、すごく恥ずかしいっていうか。レイが着けた下着って、見るたびにその時にしてたこと想い出しちゃって、もう平常心では着けられないと思うんだ」
 周囲に聞こえないよう小声でささやく。
「……確かに、それは……そう、だけど」
 赤面しつつ、玲も苦笑する。
「だから、せめて下着くらいは自分専用のを用意しよ?」
「うん……でも、だったらセイが適当に見つくろってきてくれればよかったのに」
「いいじゃん。こんな機会でもないと、なかなかこーゆーお店に入るチャンスもないでしょ」
「いや、別に、そうまでして下着屋さんに入りたいわけでも……」
「……そぉ? こーゆーのに興味ないの? あ、好きなのは中身の方か」
「ばか」
 そんな会話をしながら、飾られている下着を見ていく。
「これなんてどう?」
 あたしが指さしたのは、布の面積が妙に少ない、黒のレースのかなりセクシーなパンツだった。そのアダルトな雰囲気は、あまり女子高生向きではないかもしれない。
「……そーゆーのはセイが履いたら?」
 自分がそれを着けた姿を想像したのか、玲は心底いやそうな表情になる。もちろんあたしも冗談のつもりで勧めたのだ。
「あたしだってヤダよ、恥ずかしい」
「ンなもの、ぼ……あたしに勧めないでよ!」
 一瞬、女の子の演技を忘れそうになっている。
 これではまだまだ。いついかなる時でも、自然に、無意識に、女の子らしく振る舞えるようにならなきゃ……なんて。単に、玲をからかう口実なんだけど。
「……でも、セイがこれを履いたところって、ちょっと……見たいかも」
「え」
 急に顔が熱くなった。
「……見たい?」
 小さくうなずく。さらに、意地悪く訊いてみる。
「……見るだけ?」
「…………半脱ぎにして触ってぐちょぐちょにしたい」
 耳に息がかかるくらいの至近距離でささやかれる。
「だ、誰がそこまで言えって!」
 頭の血が沸騰するかと思った。
 さすがに照れる。だけど、不思議といやな気はしない。セクシーな下着姿でのエッチって、想像してみるとけっこう昂奮するかもしれない。
 ちょっと、いいかも。
 普段通りの、慣れた格好でするよりも刺激的かも。
「……いいよ。じゃ、あたし、これ買う」
 思いきって言った。生まれて初めての、オトナっぽい、セクシーな下着。
 年齢不相応とは思うけれど、まったく興味がなかったわけじゃない。そう考えれば、今日はこうしたものを買うのにいい機会だ。
「で、レイはどんなのが好み?」
「え? うーん…………えっとぉ……」
 恥ずかしそうに泳がせていた視線が、ある一点で止まる。
「こーゆーの、とか……」
 おずおずと指さした先にあるのは、パステルカラーの地にリボンとフリルがついた、可愛らしい下着だった。
「ふぅん、こーゆーカワイイのが好きなんだ?」
「好きっていうか……うん……好きだけど」
 どちらかといえばこれは、もっとふわふわ・ぷにぷに系の、たとえば真緒みたいな女の子に似合いそうな下着だ。細身でどちらかといえば『カッコイイ』系のあたしたちには少々ミスマッチな気がする。
 しかし、そのギャップが逆にそそるかもしれない。
 こうなったら、リボンとフリルに包まれたロリータファッションでもさせてみようか……なんて考えてしまう。
 そうして各々の下着を買ったあたしたちは、別の店に足を向けた。
 服とかソックスとか、その他もろもろの小物やアクセサリ、今日はあえて全部カワイイ系で揃えていく。
 最後に、玲用の化粧品。
 今はあたしがしてあげているけれど、本格的な稽古が始まったらいつも時間が取れるとは限らない。自分でできるように練習しておいた方がいいだろう。
 買い物している間、どのお店の店員も玲の性別に疑問を持っている様子はなく、玲も自信を深めているようだった。

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