第2章【10】

 二度、三度。
 熱湯を噴きあげる間欠泉のように、それはあたしの手の中に精を吐き出していく。
 熱い。
 どうしてだろう。人間の分泌物が体温よりも高温になるはずはないのに、手にかかった一瞬、まるでいきなりお湯をかけられたような熱さに感じた。
 びくんっ、びくんっ。
 脈拍よりもゆっくりとした間隔で、大きく脈打ちながら射精を続ける玲のペニス。手に、どろりとした感触が溜まっていく。
 それは予想以上の量で、右手から溢れるのではないかと不安になりかけたところでようやく止まった。
 大きく肺の空気を吐き出し、全力疾走した後のように荒い呼吸を繰り返している玲。
 あたしは握っていた手を離し、こぼさないように気をつけて開いてみた。
 右の掌いっぱいに溜まった、白く濁った粘液。
 さすがに今日は、昨日よりは落ち着いて観察する余裕がある。
 ねっとりとした感触。
 色合いはカルピスの原液に似ているが、それよりもいくぶん透明感があるような気がする。粘度はもっと高く、単なるどろりとした液体ではなくて、液体の中にゼリーや煮こごりのようなぷるぷるした固まりが混じっているような感じだ。
 そしてなんといっても特徴的なのは、その匂い。
 栗の花と形容される、青臭い匂い。
 けっして、いい匂いとはいえない。だけどどうしてだろう、嗅いでいるとなんだか昂奮してしまう匂いだ。
 あたしはごくっと唾を飲み込んだ。
 さすがに緊張する。
 小さく深呼吸して覚悟を決める。
 昨日もそうしたように、それを一気に口に含んで、掌についた分も舐めとった。
 汚いもの、という感覚はなかった。それは生命の源となる大切なものだ。汚物を扱うようにただ拭き取って捨てる気にはなれなかった。
 かといって、それが本来注がれるべき場所へ納めるわけにはいかない。必然的に、思いつく処理方法はこれだけだった。
 それに――
 また、以前見た動画を思い出す。
 口に出された女の子が、それを舐めるシーン。唇の端についた精液を舌で拭う姿がすごくエロティックでどきどきした。絵的には本物のセックスよりもいやらしいんじゃないかって思った。
 だから、それを口に含むのは、あたしとしては当然のことだった。
 だけど実際にやるとなると、あまり簡単なことではない。
 昨日も経験したことだけれど、精液は味という点ではけっして美味しいものではなくて、喉越しもよくなくて、しかもほぼ全量を手に受けとめた今回は、一気に飲み下すには多すぎる量だった。
 ……と気づいたのは口に含んでからのこと。失敗したと思っても後の祭り。
 お世辞にも気持ちよくはない、口の中いっぱいのどろりとした感触。
 喉に引っかかるような感覚。
 咳き込んで吐き出しそうになり、慌ててぐっと口を閉じる。
 一度口に含んだものを吐き出してはいけません――それは食事のマナー。だけどこの場合にも通じる気がする。
 やばい、吐きそう。
 でも、そうしたくはない。
 どうすればいい?
 涙目で嘔吐感と戦っているあたしの目にとまったのは、まだ呆けたような表情の玲。
 天啓のように閃く。
 即座に行動に移す。
 あたしは玲の上に覆い被さると、まだ呼吸が整わずに半開きになっていた口に自分の唇を重ねた。

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