第2章【5】

「…………また、したい」
 本心を包み隠さずに言った。
 それこそが、望んでいることだった。
 昨日の玲との行為、「なかったことにする」という解決策もないわけではない。
 だけどあたしは、その選択肢は選べなかった。
 忘れられるわけがない。
 あの、気の遠くなるような快感。
 これまでの自慰が取るに足らない児戯に思えてしまうほどの、めくるめく悦楽。
 あれを経験してしまっては、なにもなかった振りをして以前の状態になど戻れるわけがない。
 気持ち、よかった。
 本当に気持ちよかった。
 もう、自分の指では満足できない。
 一晩中、自慰に耽って眠れなかった夜。
 一日中、悶々として下着を濡らしていた今日の授業。
 こんな日が続くとしたら耐えられない。
 あたしの女の本能はわかっている。
 玲なら、今のあたしを満たしてくれる――と。
「……昨日の……すごく、気持ちよかった。…………ひとりエッチなんか、比べものにならないくらい」
「…………うん、僕も」
「だから…………また、したい」
「……」
 今日一日、心の準備をしてきたあたしと、不意打ちを食らった玲の違いだろうか。想いは同じはずなのに、答えはすぐには返ってこない。
「……あのさ。……き、近親相姦とか禁断の愛とか、そんな、ヘンな意味に取らないで欲しいんだ。でも、恋人じゃないのに、姉弟なのに、すっごく気持ちよかったじゃん? だから……その、なんていうか、姉弟のスキンシップの延長として、たまに……あーゆーコトできたら……なぁ…………なんて」
 だんだん、声が小さくなる。精一杯に振り絞った勇気もここで尽きてしまった。
 こちらに向けられた玲の顔は、今までの「気まずい」っていう表情とは微妙に違っていた。
 どこか、照れたような顔。
「…………そ、そりゃあ、僕だって、これでも一応は健康な男子高校生だし、あーゆーことは……したいよ。…………セイが、いやじゃなければ」
「……別に……イヤじゃ、ないよ」
 また、無言の時間が続く。
 二人とも顔が真っ赤になっている。
「……す、スキンシップ、だよね? 姉弟の」
「そ、そうそう! 単なる、仲のいい姉弟ってヤツ。さ、触るくらい、いいよね。ホントにセックスするわけじゃないんだし、ちょっと触るくらい」
「う、うんうん」
 そう言って、お互い顔を見合わせて。
 ほとんど同時に、ぷっと小さく吹き出した。
「……早く帰って、今日も……スキンシップ……しようか?」
「そ、そうだね。できるだけ急いで帰ろ」
 お互い、すっかりその気になってしまっていた。
 二人の間に、先刻までとは違う心地よい緊張感が漂っている。それはこれから起きることに対する期待感でもある。
「あ……でも、さ。……する時は、また……あたしの服、着てよね?」
「え?」
 それはさすがに予想外の台詞だったのだろう。玲の目が丸くなる。だけどあたしは考えに考えて、それも必要なことだと結論づけていた。
「……フツウのカッコで、いかにも男と女って感じだと、なんか生々しくてヤなの。冗談で済まない気がするっていうか……。女の子同士なら、『ちょっとしたおふざけ』って感じがしない?」
「……んー、少なくとも『男同士』よりは抵抗ないけど。でもびっくりした。てっきりセイってレズなのかと思った」
 玲が笑う。あたしはわざとらしく唇を尖らせる。
「なに言ってンのよ、莫迦」
 軽く、玲の腕を小突く。
 そのまままっすぐ下ろした腕が、並んで歩いている玲の手と触れる。
 どちらからともなく手を繋ぐ。
 手を繋いで歩くなんて、小学生以来だろうか。あたしたちは仲良く手を繋いだまま家路を急いだ。
 
 歩いて行くにしたがって、二人ともだんだん早足になっていくのがなんだか可笑しかった。

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