第2章【3】

「おはよう、セイ、レイちゃん」
 愛らしい笑顔が私たちに向けられる。
 吉井真緒(よしい まお)、高校入学直後から仲のいいクラスメイトだ。
 家が遠いので中学は別。ここまで電車で通って、駅前のコンビニから学校まであたしたちと一緒に行くのが日課になっている。
 やや小柄で、ぽっちゃりというほどではないけれど、胸が大きくて抱きしめたら柔らかそうな女の子。外見に関しては、やや長身で脂肪の少ないすらりとした体格かつ中性的な顔だちのあたしとは対極といってもいい。
 髪型は、長い髪をふたつに結んだいわゆるツインテール。しかも声がまた可愛らしいので、まるでアニメやゲームのキャラクターみたいだ。
「……おはよ、マオ」
「……おはよう」
 明るい真緒の声とは対照的に、元気のない、眠そうな声がふたつ。
 そして、三人並んで歩き出す。
 あたしを真ん中に、車道側に玲、その反対側に真緒。この並びはいつも同じで絶対に変わることはない。それは玲が女性陣に気を遣っているからではなく、真緒が無意識のうちに玲と距離を取ろうとした結果だった。
 真緒は女らしくて可愛らしい、いかにも男子にもてそうな子だけれど、彼氏はいない。何故なら、男性恐怖症だから。
 あまり詳しく追求したことはないが、中学時代に一部の男子に苛められたのが原因らしい。高校が家の近くの共学校ではなく、遠い女子校まで通っているのもそのためだ。大抵の男性には近寄ることもできない。
 一応は一緒に歩き、普通に言葉を交わせる玲は例外的な存在だった。これは玲が男くささを感じさせない女顔で、しかも親友のあたしと瓜二つだからだろう。
 それでも歩く時は前述の通り、無意識のうちに真緒、あたし、玲の並びになる。あたしのことを「セイ」と呼ぶのに玲が「レイちゃん」なのも、より女性的な印象を持たせるためではないかと思っている。
「セイ、今朝は妙に眠そうだね?」
「……ん……、ちょっとね」
「それにレイちゃんも。昨日ってなにか面白いテレビあったっけ? それとも二人で対戦ゲームでもしてた?」
「……ん……、ちょっとね」
 曖昧な返事で誤魔化す。
 もちろん本当のことなど言えないし、寝不足かつ混乱している今の頭ではうまい言い訳も思いつかない。下手に喋ると口を滑らせて墓穴を掘ってしまいそうだ。
 しかし真緒はそれ以上追求することもなく話題を変える。宿題のこととか、他のクラスメイトとの電話の内容とか、そんな他愛もない話に適当に相づちを打ちながら歩いていく。
 学校の近くまで来たところで、玲と別れて真緒と二人で校門へ向かう。
 そこで、真緒が話題を変えてきた。あたしの顔色を窺うような表情で聞いてくる。
「……セイ、レイちゃんと喧嘩でもした?」
「なっ……なんで?」
 一瞬、全身がぎくっと硬直した。平静を装おうとしても声が裏返りそうになってしまう。
「なんでもないフリしようとしてたみたいだけど、二人とも普段と全然違ったよ? お互いに一言も口きかないし、なんか、妙な緊張感が漂ってるし」
 そう。あたしも玲も、真緒の話に相づちを打つことはあっても、直に言葉を交わすことはなかった。それは真緒と合流する前と変わっていない。
 毎朝一緒に歩いているだけあって、真緒はよく見ている。あのぎこちない態度では、なにもないと言っても信じてはくれないだろう。
「……喧嘩っていうか……。うん、まあ、そんな感じ」
 あたしは曖昧にうなずいた。
 無理に否定する方が怪しい。真緒の予想を適当に肯定してみせれば、その先にある真相には辿り着くまい――そう思ったのだが。
「もしかして、アレ? 昨日の、部長が言ったこと」
 ぎくっ!
 思わず上げそうになった叫びを抑えた自分を褒めてやりたい。
 ブラウスの下で冷や汗が噴き出してくる。
「女装してウチの部の劇に出ることを持ちかけて、断られたとか? それで、喧嘩になったとか?」
 その台詞、冒頭部分だけ当たり。断られたところ以降が外れ。
 最初はそれなりに躊躇していた玲だったが、なんとか煽てて説得したところ、結局は渋々という風を装って承諾してくれた。
 そこで試しに女装してみようとした結果が、昨日のあれだ。
「やっぱり、レイちゃんすごく嫌がったんじゃない?」
「いや…………まあ、うん、……なんとかなるんじゃないかな。今日、帰ったらもう一度話してみる。心配しないで」
 真緒の追及をかわすためにそう答える。
 実際のところ、まず「話をする」のが最大の難問だったのだが。

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