第1章【2】

 市内の某女子校に通うあたしは、部活は演劇部に所属している。
 で、たまたまなにかの機会に玲の写真を目にした部長が、この話を言いだしたのだ。
 何年か前の先輩が書いたもののそのままお蔵入りになっていた脚本を、あたしと玲のキャストでやろう、と。
 その脚本のヒロインは「双子の美人姉妹」という設定だったのである。
 あたしは最初、真面目に取り合わなかった。
 まず第一に、玲は他校生であるという点。しかし人員が足りない場合に他校と協力する例は珍しくないと押し切られた。特にうちは女子校なので、どうしても男手が必要な場合もあるのだ、と。
 次にあたしは、女装なんて無理だと主張した。
 確かに、双子だけあって顔立ちは似ているけれど、しょせん玲は男である。かつらと化粧と服で誤魔化しても笑い話にしかなるまい、と思ったのだ。
 だけど部長がしつこいので、現実を突きつけて諦めさせるつもりで、玲に女装させてみた。どう見ても『姉妹』とは思えない女装姿を見れば部長も引き下がるだろう、と。
 しかし、家に帰って玲に有無を言わさずあたしの服を着せ、ウィッグをかぶせて軽くお化粧してみたら――
 
 できあがったのは、完璧な一卵性双生児の姉妹だった。
 
 あたしはどちらかといえば中性的な美少年顔といわれていて。
 玲は男子高校生としては優しい女性的な顔立ちで。
 結果、二人のポジションはぴったりと重なってしまっていた。
「これじゃあ部長を説得できないなぁ。つか、これ見たらきっとノリノリだよ」
 軽く溜息をつく。
 最初から乗り気だった部長はもちろん、これでは半信半疑だった他の部員たちも大賛成だろう。なぜか女の子って、綺麗な男の子を女装させることに妙に張り切る人が多い。
「……つーわけで、ウチの部に協力してね。つか、イヤっつっても無理。ウチの部長、こうと決めたらテコでも動かない人だから」
「えー、あたしが演劇部の助っ人として舞台に立つのぉ? そんなの恥ずかしいな」
 玲もふざけて、あたしの声を真似てわざとらしいくらいに女っぽくしなを作る。
 心持ち高くするだけで、声もそっくりになった。
 完璧。
 これなら知らない人には生粋の女の子に見える。
「……つか、あんたマジで男? ちゃんとついてる……股間に?」
「ついてるよ!」
 さすがに女言葉を使う余裕もなしに、真っ赤になって叫ぶ。
「セイだって知ってるだろ。小学生までは一緒に風呂入ってたんだから」
 もちろん知ってる。
 男と女、という意識がなかった幼少の頃は、そっくりな顔なのに身体の作りが違うことが不思議で、お風呂の中で見せ合ったりもしたものだ。
 その光景が記憶の底から浮き上がってきて、あたしも少し赤面する。今やったらアダルトビデオの1シーンだ。
「……そういえば、クマノミとかイシダイとかの魚って性転換するんじゃなかったっけ? あ、それともオタマジャクシの尻尾みたいに、成長するにつれてなくなったりとか?」
「ンなわけあるかっ! それに、クマノミの性転換は雌から雄へだ!」
「ホントにぃ? 確かめてみないと信じられないなぁ」
 ふざけて。
 本当に、ただちょっとふざけて――のはずだった。
 じゃあ確かめさせろ、とかなんとか言って、玲のスカートの中に手を伸ばして。
 もちろん、本気じゃなかった。ちょっとふざけただけ。
 なのに。
 玲が慌てて避けようとして、予想外の動きにあたしもバランスを崩して。
 その結果、少しばかり目測を誤って。
 
 ……まともに、触ってしまった。

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