翌日はいい天気で、久しぶりに暖かな日だった。
昨夜以来、宏樹の姿は見ていない。自室に閉じこもったままのようだ。
自力で着替えてヨーグルトとフルーツジュースだけの簡単な朝食を摂り、出かける仕度をする。
ちょうど準備ができたところで、覚えのあるエンジン音が聞こえてきた。同時に携帯が鳴り、着信ボタンを押す前に切れる。
表示された名前を確認して玄関に向かう。靴を履いて外に出る。
家の前では、見慣れた車が助手席のドアを開けて待っていた。
昨夜の竹上の電話は、私をドライブに誘うためのものだったのだ。
「……で?」
私はジト目で隣の竹上を睨んだ。
「なんでこうなるわけ?」
夕方、というにはまだ少し早い時刻。
場所は――とあるラブホテルの駐車場。
ここまではごく普通のドライブだった。
景色のいい海岸線を走り、私のリクエストで水族館を見物して、食事して。
問題はその後だ。
「なんで、当たり前のようにこーゆーところに来るのよっ?」
「当たり前だろ、デートなんだから」
「……デート?」
間抜けな話だが、言われて初めて気がついた。
確かに、今日のこれはデートといえないこともない。ちょっとだけとはいえ性的関係のある男女が、休日に二人きりでドライブしているのだ。客観的に見ればデート以外のなにものでもない。
だけど、冷静に考えてみれば。
どうして私は竹上とドライブなんてしているのだろう。
どうして竹上は私を誘ったのだろう。
特に断る理由がなかったことと、宏樹のいる家にいたくなかったことが私の側の理由だけれど、竹上の意図はわからない。
その疑問を素直にぶつける。返ってきたのは心底呆れたような表情だった。
「……やっぱり気づいてなかったのか」
「なにが?」
「…………俺が、お前に惚れてるって」
「……っ!?」
確かに、そう考えればつじつまは合う。しかしそれは真っ先に除外した可能性だった。
「あ……えーと、それって、恋愛感情……ってこと?」
「他になにがあると?」
「……」
意外というか、なんというか。
自分が竹上に好かれるようなタイプとは思えない。とりたてて美人でもないし、美春さんや垣崎のような色気もない。
「……竹上にとって、女の子なんて性欲のはけ口でしかないものだと思ってた」
「ま、大抵の女はそうだけどな。ヤレればそれでいい。でもお前は違う。一年前、殺されそうになってそう思った」
「……」
殺されそうになった相手に惚れたのだとしたら、竹上もずいぶん変わっている。
「あんな真似できる女、他にいない。お前は特別だよ。こんな女、他にいない。そこらのくだらない女とは違う。ヤルだけの相手じゃない」
「……褒められてるのかどうか、微妙だわね」
わざと冗談めかして応える。だけど鼓動が速くなっていた。
ムードもなにもあったものではないけれど、一応これは愛の告白ではないだろうか。初めての経験だった。
「顔、赤いぞ?」
「――っ!」
図星を指されてさらに赤みが増してしまう。免疫がないから、やっぱり告白されたら嬉しいと感じてしまう。
「……な、いいだろ?」
頭を抱えるように抱き寄せられ、耳元でささやかれる。指がうなじをくすぐる。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。混乱していて考えがまとまらない。
竹上が実は私のことが好きで、ホテルに連れ込もうとしている。
ほんの数分前までは考えもしなかった展開だ。
不思議と、竹上の言葉を信じていた。ただ私とセックスしたいがために嘘をついているとは微塵も思わなかった。
嘘をつく必要はない。その気になれば力ずくで襲うことだって簡単にできる。単に性欲を処理したいだけなら、美春さんのようなもっと手軽な相手がいくらでもいる。
竹上は私のことが好き。
だからセックスしたがっている。
じゃあ私は?
竹上のことが好き?
竹上とセックスしたい?
よくわからない――それが自問の答え。
そのことが意外だった。これが何ヶ月か前であれば、考えるまでもなく「死んでも嫌」と答えただろう。
しかし今は「嫌」と即答できずに迷っている私がいる。
「竹上……」
まっすぐに竹上の顔を見た。間近で視線がぶつかる。
「……キス、して?」
まったく、どうしてしまったのだろう。私はそう言って瞼を閉じた。
唇に軽く触れる、柔らかな感触。
そしてしっかりと押しつけられる。
竹上の舌が唇をくすぐる。かすかに口を開いてそれを受け入れる。
口の中に侵入してくる竹上の舌。私も躊躇いがちに舌を伸ばしてみる。
これが私のファーストキスだった。
さんざん口での奉仕を繰り返していながら、宏樹とキスなんてしたことはない。もちろん竹上とだって。美春さんに口移しで竹上の精液を飲まされたことはあるけれど、あれは数に入れなくてもいいだろう。
竹上とファーストキス、しかもディープキス。
なのに。
半ば予想はしていたことだけど。
なのに嫌悪感はまったくない。むしろ心地よく感じてさえいる。
もうだめだ。
拒む理由が見つからない。
「竹上……」
「ん?」
「私のこと……好きなの?」
「……ああ」
「……本気?」
「ああ」
「私と、セックスしたい?」
「したい」
……もうだめだ。
拒む理由が見つからない。
だけど受け入れる理由なら思いつく。
「…………ん、いいよ」
ついに私はうなずいてしまった。
本当に、いいの?
シャワーを浴びながら自分に問う。
……いいんじゃない?
いろいろと葛藤しながらも、そう答える。
人生二度目のラブホテル。その浴室。
さすがに、いきなり竹上と一緒にお風呂に入る度胸はなかった。一人でシャワーを浴びながら心を決める。
私ってば、なにやっているんだろう。
これから竹上とセックスする。
竹上にバージンをあげてしまう。
いいの、それで?
もう一度問う。
なにか間違っているような気もするが、じゃあ嫌なのかというと不思議とそうでもない。
竹上とセックスしたいのか?
それもよくわからない。
竹上に対して恋愛感情を持っているのだろうか?
やっぱりよくわからない。これまで一度も考えたことがないから。
ろくでもない奴だとは思っているが、意外なことにそれほど嫌いでもない。ある種の連帯感を持っているのは事実だ。
初めてが竹上……いいの?
いいんじゃない?
そうつぶやく自分がいる。
少なくとも、初めてが宏樹であるよりはいいはずだ。
私はおそらく近いうちに宏樹に犯される。早ければ今夜にも。
それだけは避けたい。
初めてが宏樹であってはいけない。それだけは間違いない。
取り返しのつかないことだ。
もしも初めての相手が宏樹だったら、私はもう宏樹から離れられなくなってしまう。宏樹なしでは生きられなくなってしまう。
自立したいのなら、これが最後のチャンスなのだ。
シャワーを止め、バスタオルを身体に巻いてバスルームを出る。
入れ違いに竹上がシャワーを浴びに行く。
私は身体と髪を簡単に拭いて、ベッドの中に潜り込んだ。
シャワーの水音が聞こえてくる。
聞こえるものといえば、その水音と自分の心臓の鼓動だけ。
ついに。
ついに初体験してしまう。
それもまったく想定外の相手と。
だけど、それもありかもしれない。少なくとも、初めて私に告白してくれた相手なのだ。
「……いいじゃん、別に。そんなに深刻に考えなくたって」
声に出してつぶやいてみる。迷いを振り切るために。
相手はあの竹上なのだ。深刻に悩まずに軽い気持ちでセックスしてもいいではないか。イマドキの女子高生、経験のない方が少数派だ。
……そう言い聞かせる。
それでも激しい動悸は治まらない。竹上がバスルームから出てきたことで鼓動はさらに速くなった。
「お待たせ」
「……もっとゆっくりしててもよかったけどね」
「こっちが待てねーって」
いきなり掛け布団が剥ぎ取られる。
ベッドの上に無防備な裸体がさらけ出される。
反射的に胸や下腹部を隠そうとした手を掴まれた。
大きな身体が覆い被さってくる。
ベッドの上で押さえ込まれてしまう。
手を押さえた体勢のままキスされた。
「……するのは、いいけど……、……優しく、してよね」
「ヤダね」
初体験の女の子にとっては当然の台詞を、竹上はあっさりと否定してくれた。
「お前のこと、めちゃめちゃにしたいんだ」
「ちょ……ばっ……」
またキスされる。舌が唇を割ってくる。
私の両手首を重ねて片手で掴む。
もう一方の手が胸を乱暴に弄び、お腹や脇腹を撫でまわす。
「……んっ!」
その手が下へ移動してくる。
淡い茂みをくすぐり、さらにその下へと。
割れ目に沿って指が滑り、中に潜り込んでくる。入口のところで指先をねじ込むように小さな円を描く。
「ん……ぅふ……」
強い刺激に声が漏れてしまう。
少し痛くて。
でも気持ちよくて。
くちゅくちゅと湿った音がする。「シャワーで濡れていたせい」なんて言い訳は通用しない。単なる水よりもぬめりの感じられるいやらしい音だ。
「ふっ……んっ、……ぁんっ……」
否応なしに感じてしまう。やっぱり竹上は上手だった。
先日よりも強く感じているように思う。それは、二人とも裸であることが少なからぬ影響を及ぼしているように思えた。
直に肌を触れ合わせ、身体を重ねている。服を着て竹上と接触したことは何度かあるが今は全裸なのだ。宏樹との入浴を除けば初めての体験だった。
直に感じる相手の体温。
頭に血が昇ってしまう。
頬が熱くて、頭が風船のように膨らんでいくような気がする。
竹上の頭が下へ移動していく。
胸に舌を這わせる。
膨らみの頂点を強く吸う。
軽く噛む。
そうした刺激のひとつひとつに、身体は理性を無視して勝手に反応してしまう。
竹上の攻撃目標がさらに下へと移っていく。
お臍。
下腹部。
そして……脚の間に。
「……っ! やっ……あぁっ!」
女の子の部分を舌で愛撫されるのは、初めての経験だった。
指とは全然違う、湿っていて、柔らかくて、優しい刺激。
「――っっ!」
割れ目全体を舌で舐め上げられる。そこから全身に電流が走る。
「やぁっ、……あっ、あぁっ、あっ!」
舌は震えるように小刻みに動き、剥き出しにされた敏感な突起の上を往復する。
びりびりと痺れるような感覚。シャワーを浴びる前にお手洗いへ行ったのに、なにかが漏れ出てしまいそうな感覚。
なにもかもが初めてだった。
舌が中に入ってくる。身体の内側から舐められる。
子犬がミルクを飲むようなピチャピチャという音が、甲高い喘ぎ声にかき消される。
「や……だっ、めぇ……やぁぁっ! だめぇっ!」
頭の中が真っ白になる快感。
おかしくなりそう。
どんどん動きを速めていく舌。
これ以上されたらおかしくなってしまう。
絶え間なく喘ぎ続けて息が苦しい。
「ちょ……だ、め、やぁぁっ! ……っ、す、ストップ!」
私は竹上の髪を掴むと涙声で叫んだ。
「……こっからがいいところなんだがな」
「だめっ! タイム! ちょっと休憩!」
これ以上続けられたら、冗談ではなく本当におかしくなってしまいそうだ。理性が快楽の海に溶けてなくなってしまう。
竹上が顔を上げた隙に、私はぎゅっと脚を閉じた。
「じゃ、今度はお前がしてくれよ」
「え? …………あ、……うん」
うなずくと、竹上は頭の方へと移動してきた。宏樹に何度かされたような、顔の上にまたがる体勢になる。
反り返ったものを手で押さえて、私の唇に押しつけてくる。
唇に触れる熱い感触。
舌を伸ばしてぺろっと舐めてから、口の中に受け入れた。
舌を押しつける。
内頬で締めつけて強く吸う。
口全体で竹上を感じる。
熱い。
固い。
大きい。
間もなく、これが私を貫くのだ。
その事を今さらのように再確認して、少し怖くなってしまう。
こんなに固いものが。
こんなに太いものが。
こんなに長いものが。
私の中に入るなんて信じられない。
だけど、現実だった。
もう秒読み段階だ。
竹上は無言で私を見おろし、口から男性器を引き抜いた。唾液で濡れたものが鼻先で小さく脈打っている。
「……挿れるぞ」
「………………ん」
やっぱり怖い。
竹上が嫌いとか信じていないとかじゃない。異物を胎内に受け入れることに対する、女としての本能的な恐怖心。
だけど今さら逃げられない。いつかは通る道、覚悟を決めて受け入れるしかない。
脚を大きく開かされる。二人の下半身が接近する。竹上の指が女の子の部分を広げる。
「あ…………」
その中心に熱いものが触れる。
熱くて。
固い弾力があって。
とても大きくて太いもの。
私を犯したいという、竹上の欲望の象徴。
ごくり、と唾を飲み込む。
竹上がにやっと笑い、下半身を押しつけてくる。
「う、ん……ぅ、あぁ…………っ、あんっ!」
中に、入ってくる。
竹上が。
狭い膣口を押し広げて。
やっぱり、かなりきつい。
内側から広げられる痛みに顔をしかめる。
それでも溢れるほどに濡れていたためか、竹上のものも唾液まみれだったためか、ぬるり……という感触とともに奥へ進んでくる。
「っ! あぁぁっ! う……っ、はぁぁぁっっ!」
入っ……った。
外側から押しつけられる感覚とは違う。
竹上が私の中に在った。
未熟な女性器を深々と貫いて、引き裂かんばかりに膣を内側から押し広げていた。
「うぅ……く、ぅぅ……」
無我夢中で竹上にしがみついた。爪を立てていたかもしれないけれど、気を遣う余裕なんてなかった。
もう、奥まで届いていた。先端はいちばん深い部分に押しつけられている。身体の内側から内蔵を突き上げられるような感覚だった。
「……入ったぞ。痛いか?」
「…………ん、ちょっ……と」
ちょっとというか、実際にはかなり痛かった。
だけどそれは想像していたような、引き裂かれる痛みではなかった。狭い口をいっぱいに広げられ粘膜が限界まで引き延ばされる痛み。
確かに痛いけれど。
涙が滲んでいるけれど。
それは不思議と辛い痛みではなく、むしろ、どこか甘さを感じる痛みだった。
「うぁっ……んんっ!」
私の中で竹上が動く。
「あぁっ! うぁっ、あっぁんっ!」
途中まで引き抜かれ、また奥まで打ち込まれる男性器。体内で圧倒的な存在感を主張し、膣全体を激しく摩擦する。
私の太腿を抱えた体勢で、竹上が腰を前後に動かす。最初はゆっくり、そしてだんだんと速く。
「あぁっ! やぁっ……あぁんっ! あぁっ! あぁぁっ!」
引き抜かれるたびに、打ち込まれるたびに、悲鳴に似た声が上がる。
異性を受け入れた経験のない女性器が広げられ、擦られる痛み。そして痛みとは微妙に違う性的な刺激。
その二つが絡み合って私に悲鳴を上げさせる。
少し。
少し……だけ。
少しだけ……気持ちイイ、ような気がする。
痛みのせいか快感のせいか、とにかく声を上げずにいられない。
悲鳴に混じって湿った音が響いてくる。くちゅくちゅ、ぬちゃぬちゃというそのいやらしい音が、だんだん大きくなってくるように感じるのは気のせいだろうか。
「……どうだ?」
腰を前後に揺すりながら竹上が訊く。
動きを止めてくれないので、まともに答えることも難しい。
「あぁっ……あんっ! んっ……よく……わかんな……っ」
痛いんだけれど、それだけじゃなくて。
じゃあ気持ちよくて喘いでいるのかというと、そこまで感じているのかどうかもよくわからない。
「あっ……、た……け……は?」
私は自分の容姿について、これっぽっちも幻想は持っていない。
顔は十人並みで、ちびで痩せぎすで色気に欠ける身体。自分の身体が異性を悦ばせられるものかどうか、正直なところとても不安だった。
自分に自信は持っていないが、幻滅されるのもそれはそれで悲しい。
「……すっげーイイぞ」
ぐいっと腰を突き出しながら竹上は答える。内蔵を押し潰されるような感覚に、私はまた悲鳴を上げる。
「正直、さほど期待してなかったんだが……お前の、意外とイイな。なかなか……いや、かなり名器だ」
「ほん……と……?」
「ああ、いいマンコしてるぞ」
二度、三度、いちばん深い部分を貫かれる。意識が飛びそうになる。
「――ッ!」
やばい。
ヤバイ。
私ってば悦んでいる。
気持いいって言われて悦んでいる。
初めてのことだから。
身体のことを異性に褒められるなんて初めてのことだから。
嬉しい。
嬉しくて堪らない。きつくて苦しくて少し痛い下腹部。その痛みすら嬉しく思えてしまう。
身体の中で竹上が激しく動いている。固い、太い肉の塊が、私の中を擦っている。
私の身体で感じてくれている。
私の身体に欲情してくれている。
何人もの女の子を経験しているはずの竹上が、私の身体をいいと言ってくれている。
お世辞や社交辞令だとしてもやっぱり嬉しい。女として褒められるなんて初めてのことだから。
「あぁっ、……ねっ……ホント? んっ、あんっ……ホントに、気持ちイイの?」
「……ああ、いいぞ」
腰の動きが加速していく。激しい摩擦に火傷しそうなほどの熱さを感じる。
涙が溢れてくる。それは多分、痛みのためではない涙だ。
「あっ、あぁっ! あっ、あぁんっ! あんっあぁっあっあぁぁっ、あぁっあぁぁ――っ!」
「いい、すっげぇイイ……う、くっ!」
「っっ、…………っっ!」
内側から突き破られそうなほどに激しく突き上げられる。
お腹の中のいちばん深い部分で、爆発が起こった。
事が終わった後、私はしばらく呆けていた。
胎内で荒れ狂っていた嵐が去って、全身から力が抜けてしまった。
上に覆いかぶさっている竹上の身体。息苦しいはずのその重みが、だけどそこはかとなく心地よい。
竹上の身体は汗に濡れていた。それは先ほどまでの激しい運動の名残だ。
まだ、竹上は私の中に入ったままだった。だけど動きを止めているので、少し苦しいだけで痛みは感じない。むしろ、はっきりと「気持ちいい」とまでは言えなくても、悪くない感覚だった。
私を見下ろしていた竹上が、指で涙の痕を拭う。その指で頬をつついてくる。
「ところで……中で出したけど、イイよな?」
「…………って、普通、出す前に訊かない?」
悪びれない口調に、私は呆れ顔で応える。だけど竹上らしいといえばらしい話だ。妊娠の危険などお構いなしに陵辱された垣崎のことを思えば、事後承諾でも竹上なりに気を遣っているのだといえなくもない。
「中出しても大丈夫だと思ってたからな。いつ弟にヤられるかわからん状態で、お前が無策でいるとは思えんし」
「や……そうなんだけどさ。一応、礼儀というかマナーというか……ねぇ?」
竹上の言う通りだ。
宏樹に初めて口を犯された直後から、私は経口避妊薬を飲んでいた。遠からず、宏樹と最後までしてしまうことを覚悟していたから。
こんな時、医師や看護師の知り合いが多いことは便利だ。馴染みの看護師に相談して、あまり苦労せずにピルを処方してもらうことができた。
「ほら、見てみろよ」
竹上が身体を離す。私の中にあったものが抜け出る。
背後から抱えられるような体勢で、ベッド脇の鏡に向かって脚を開かされた。
「……!」
赤く充血した割れ目から、糸を引いて滴り落ちる白濁液。シーツに染みが広がっていく。
ひどく淫猥な光景だった。それが自分の姿だなんて信じられない。
「……あ、や……」
竹上が私を軽々と持ち上げる。まだ固く反り返っているものを下からあてがう。
「ちょ……待……んあぁぁっ!」
軽く腰を突き上げると同時に、私を持ち上げていた腕の力を抜く。私は真下から貫かれた。
流れ出てくる精液が潤滑液になったのか、意外なほどスムーズな挿入だった。収縮していた膣が一気に拡げられる。
「あっ……っっ!」
「せっかくだから、よく見ておけよ」
「やっ……あぁっ、ば、かぁっ!」
信じられない。
鏡に映っている。
竹上に貫かれている私の姿が。
背後から抱きかかえられて、脚を一杯に開かされて、下から貫かれている。竹上の股間に生えた太いものが、私の中心に突き刺さっている。
まるで無修正のアダルトビデオのような光景。だけどそれは現実の、自分自身の姿だった。
恥ずかしくて見ていられない。目を逸らしたいはずなのに、どうしても視線が動かせない。
私は鏡を凝視していた。
竹上に犯されている。
竹上とセックスしている。
私を貫いている男性器。自分の体内に受け入れられる事が信じられないような大きなものが往復運動をしている。いやらしい粘液にまみれてぬめぬめと光っている。
いやらしい。
恥ずかしい。
苦しい。
少し痛い。
だけど……
だけど不思議とその行為が嫌ではなくて、むしろもっとこうしていたいと思っていた。
ずいぶん遅くなってしまった帰りの車の中で、後ろへ流れていく外の風景をぼんやりと見つめていた。
精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。下半身がだるくて、女の子の部分が少しひりひりする。
あの後、いったい何度したのだろう。
記憶も曖昧だった。
竹上は何度も何度も私を求めた。何度も何度も犯された。私はそれを拒まなかった。
けっして、ものすごく気持ちよかったというわけではない。初めてだったし、小柄な私には竹上のものは大きすぎるように感じたし。
多少は気持ちよかったけれど、やっぱり痛くて苦しかった。
それでも嫌ではなかった。
膣内いっぱいに男性を受け入れることには、不思議な、独特の充実感があった。
行為が終わってベッドで肌を寄せ合っていることには、なんともいえない心地よさがあった。
そこで囁かれた言葉を、記憶の中で反芻する。
『なあ、これからちゃんと付き合おうぜ』
『……だから順序が違うって。普通そういうこと、ヤル前に訊かない?』
苦笑しながらそう答える。
それだけを。
そう。
否定はしなかった。
竹上のこと。……嫌い、ではない。
多分、少しは好き。
他に恋愛とかセックスとかを意識する異性はいない。
そして、自分を飾らずに接することのできる相手だ。それは多分、宏樹に対する以上に。
しかしだからといって、それが竹上に対する恋愛感情に直結するとは限らない。遠慮なしに本音を吐けるのは、失うことが怖くないからなのかもしれないのだ。
よくわからない。
考えてみれば、これまでちゃんとした恋愛経験など皆無だった。十八年も生きてきて情けない話ではあるが、私にとっては毎日を生きることだけでも一大事で、恋愛などにかまけている余裕もなかったのだから仕方がない。
恋愛経験皆無。だから自分の気持ちがわからない。どうしてよいのかわからない。
だったら……。
あまり深く考えなくてもいいのかもしれない。
相手はあの竹上だ。軽い気持ちで付き合ってもいいのではないだろうか。
結婚とか将来のこととか、今から考えることでもない。いまどき高校生にもなって男女交際の経験もない方がおかしい。
試しにちょっと付き合ってみる――それでいいのかもしれない。なにしろ、もう肉体関係を持ってしまった相手なのだ。
『まあ……考えてみる』
恥ずかしさもあって曖昧に答える。
『でも……』
問題がないわけでもない。
『あんたと付き合うとして……。宏樹と、今まで通りの関係を続けてても平気?』
正確には「今まで通り」ではない。多分、そう遠くない未来、宏樹とも最後の一線を越えてしまう。
竹上にとっては些細な問題かも知れないが、一応は確認しておかなければならない。
『んー、まあ俺は構わんが、弟の方はどうかな? たぶん嫌がるぜ? 独占したがるんじゃないか?』
そうだろうか。
宏樹にとって私は、性欲処理の道具なのだ。誰と付き合おうと、自分の欲望さえ満たせられればいいのではないだろうか。
『どうしてそう思う?』
『同じ、男だからな』
私にはよくわからない回答だった。
車を降ろしてもらったのは家の前ではなく、一○○メートルちょっと離れたところだった。
少し、一人で歩きたかった。
少し、一人で考えたかった。
心の準備も必要だった。
頬を撫でる風が涼しい。
胸一杯に新鮮な空気を吸い込む。
脚に力が入らなかった。
あの部分に、鈍い痛みと異物感が残っている。
それが、今日の出来事が夢ではないと物語っている。
初体験、してしまった。
セックス、してしまった。
それも竹上と。
今さらのように実感が湧いてくる。
恥ずかしい。顔が火照る。
そして……なんとなく気まずい。
罪悪感、だろうか。
後ろめたさを感じる必要はないはずなのだが、平常心ではいられない。
宏樹と顔を合わせることに抵抗を感じる。
これから、宏樹とはどうなるのだろう。
竹上との関係を知ったら、宏樹はどう思うのだろう。
隠すことは不可能だった。首筋や胸やお腹、あるいは太腿に、数え切れないほどのキスマークが残っている。竹上が遠慮なしにつけまくったのだ。
私は小さく溜息をついて、躊躇いがちに家に入った。
「……遅かったな」
低い声が出迎える。
私の目に映るのは宏樹の足だけだった。目を合わせることに抵抗があって、うつむいて靴を脱いだ。
「……あいつと一緒だったのか?」
早足で自室に向かおうとする私の背後から、宏樹の声が追ってくる。
一瞬、身体が強張った。
小さく深呼吸して、宏樹に背中を向けたまま答える。
「…………、宏樹には関係ない」
多分、こんな言い方をするべきではなかった。それはわかっていたが、他に言うべき言葉も思いつかなかった。
その直後、なんの前触れもなしに激しい衝撃が頭部を襲う。
暗くなる視界。
遠くなる意識。
殴られたのだ、と理解したところで完全に意識を失った。
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