18

 家に帰った私は制服のまま着替えもせずに、ただぼんやりとベッドに転がっていた。
 そうして宏樹のことを考えていた。
 だけど、いくら考えても答えは出てこない。
 垣崎も原因は知らないようだった。知っている者がいるとしたらそれは宏樹本人だけだろう。
 答えの出ない疑問が頭の中でぐるぐると回っていた。

 部屋が急に明るくなる。
「なにやってんだ、灯りもつけないで」
「……あ、おかえり」
 顔を上げると、部屋の入口に宏樹が立っていた。蛍光灯のスイッチに手を置いている。
 ぼんやりしていて、帰ってきた時の物音を聞き逃していたようだ。
 宏樹は帰ってくると、荷物を置いてすぐに私の部屋に来たのだろう。まだ着替えてもいない。
「調子、悪いのか?」
 夜になって灯りもつけずにベッドに横になっていては、そう思われても仕方がない。
「あ……ううん。ちょっと疲れただけ」
 久しぶりに見る宏樹の顔。だけどどういうわけか直視することができなかった。視線を逸らしてうつむく。
「……えっと、……修学旅行、楽しかった?」
 違う。
 違う。
 本当に訊きたいのはそんなことじゃない。
「ああ、まあな。……沙耶、晩メシは?」
「……食べてきた」
「風呂は?」
「…………まだ」
 それだけ訊くと、宏樹は部屋を出て行った。お風呂の仕度をしに行ったのだろう。すぐに戻ってきて私の服を脱がしはじめた。
 ソックス。
 スカート。
 セーラー服。
 ブラジャー。
 そしてショーツ。
 全裸で抱き上げられてバスルームへと連れて行かれる。
 久しぶりに宏樹と一緒に入浴する。
 久しぶりに宏樹に身体を洗ってもらう。
 久しぶりに宏樹に触れられる。
 やっぱり竹上に触れられるのとは感覚が違う。それはおそらく、介護を装って触れる宏樹と、ただ私を感じさせるために触れる竹上との違いだった。どちらが気持ちいいとかいう問題ではなく行為の質が違うのだ。
 身体を洗ってもらって浴槽に浸かる。
 宏樹が前に立つ。
 股間のものは固く反り返っている。五日ぶりだからだろうか、怖いくらいに元気だ。
 垣崎の言ったことが本当なら、私の前でだけこうなる。
 私だけが溜まった欲望を解放してあげられる。
「……」
 ……だから。
 だから宏樹は私の世話をしてくれる。私だけが宏樹の性欲を処理してあげられるから。
 ……愛しているから、じゃない。ただ性欲を処理するために。
「……沙耶?」
 私が無言でいると、宏樹は催促するように頭に手を置いた。
 もし、このまま何もしなかったらどうなるのだろう。
 ……決まっている。
 初めての時のように無理やり犯されるのだ。
 ゆっくりと手を伸ばす。
 唇を近づける。
 口に含む。
 そうしなきゃならないから。
 そうしなきゃ解放してもらえないから。
 苦痛、だった。
 最近では楽しい、気持ちいいとさえ思えるようになっていたはずの行為が、今夜は苦痛だった。
 しばらく忘れていた吐き気が込み上げてくる。
 嫌悪感による鳥肌が立つ。
 それでも手と口は動かし続ける。
 この苦しみを終わらせるために。
 口の中に放出された大量の精液をうまく受け止めることができず、激しく咳き込んでしまう。
 それでもまだ解放してもらえない。宏樹の手は私の頭を掴んだままだった。二回目の行為を催促するかのように。
 股間のものは少しも衰えていない。
 だけど今夜は無理だった。
 これ以上続けたら本当に吐いてしまいそうだ。
 精液にまみれた顔のまま、涙ぐんで首を左右に振る。
「……」
 しばらく無言でいた宏樹は、いきなり私を抱え上げるとバスルームを出た。
 寝室へ運ばれ、ベッドの上へ放り出される。
 宏樹は怖い目で私を見おろしている。
 その目を見た瞬間、直感した。
 犯される――と。
 これは獣の目だ。
 以前、私をレイプしようとした時の竹上よりもずっと恐ろしい目をしている。
 ただ性欲を処理する目的のために、私を犯そうとしている。
 もう口だけでは満足できないのだ。
 ぎゅっと唇を噛んで、宏樹がベッドに上がってくる。私の脚に手をかけて開かせ、その間に身体を入れてくる。
 ごくり……唾を飲み込む音がやたらと大きく聞こえた。
 もしも。
 もしも、ここで拒絶したらどうなるのだろう。
 その結果はふたつにひとつ。
 無理やり犯されて、それが日常になるか。
 宏樹を失うか。
「…………」
 なにも言えなかった。
 私にはどちらも選べない。
 どちらも私が望む未来ではない。しかし宏樹の望むことはまた別だろう。
 どことなくぎくしゃくした動きで宏樹が身体を重ねてくる。
 内腿に熱いものが触れる。それが、まだ受け入れる準備のできていない女性器に押しつけられる。
「や……」
 本能的に「やめて」と叫びそうになった時、場違いな軽い音楽が流れ出した。
 私の携帯の着信音。
 宏樹の身体が一瞬強張る。はっと我に返ったような表情で離れていく。
 ベッドから降りて、机の上にあった携帯を私に放る。
 受け取って開く。
 ぽたり。
 お風呂で顔にかけられた白濁液が液晶の上に落ちた。
 そこには竹上の名が表示されている。
 なんだろう、今頃。
 つい先刻まで一緒にいたのに。
 訝しみながらも着信ボタンを押して耳に当てる。
『よぉ、今なにしてる?』
「えっと……まあ……、いろいろと取り込み中」
 答えながら、ちらりと宏樹の方を見る。
 しかしそこにはもう宏樹の姿はなくて、部屋の扉が開けっ放しになっていた。

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