朝。
目を覚ましても、身体がだるくて起きあがることができなかった。
頭がぼんやりする。手脚がうまく動かない。
原因のひとつは疲労だろう。
昨夜は結局五回もさせられて疲れきっていた。
五回……一晩一回として五日分。修学旅行で五日間留守にするから、ということだろうか。
そしてもうひとつの原因は天候。
カーテンを開けなくても天気が悪いのはわかった。屋根を叩く雨音が聞こえている。
雨の日はいつも体調が悪い。気温が低ければなおさらのこと。最近は秋の気配も濃くなって、ひと雨ごとに涼しさを増している。
今朝は起こしにくる者はいない。修学旅行は朝早くに駅集合ということだから、宏樹はもう出かけただろう。
私はいつまでもベッドの中でごろごろしていた。
面倒だ。
億劫だ。
ただでさえ調子の悪い雨の日なのに、ひとりで傘をさして荷物も自分で持って学校まで歩くなんて。
よりによって宏樹のいない日に雨だなんて。
サボってしまおうか。
今日一日くらいいいだろう。
もし明日も雨だったら……それはその時に考えればいい。
そう決めて、毛布にくるまって眠りについた。
翌日も雨だった。
昨日ほどではないが、やっぱり体調はあまりよくない。
今日も休んでしまおうか。
いやいや、こんなことではいけない。宏樹に頼らずに自立すると決めたのではないか。このままではなし崩しに、宏樹が帰ってくるまでさぼり続けてしまいそうだ。
なんとか意を決してのろのろと起きあがる。
朝食は牛乳をかけたコーンフレークとヨーグルトで簡単に済ませる。洗顔も着替えも髪のセットも、普段の倍以上の時間がかかった。登校の準備を終えただけで気力も体力も尽きてしまいそうだった。
しかも、このまま登校しても私の足では遅刻は確実で、学校へ行こうという気力がさらに萎えてしまう。
家を出る決心ができずにいると、不意に携帯の着メロが鳴った。表示された名前は竹上だ。
「……なに? こんな朝っぱらから」
『文句言うほど朝早くもないだろ。今日もサボリか? 学校行くなら送ってやるぞ』
「……え?」
外から聞こえてくるクラクションの音。ドアを開けると見覚えのある黒い車が家の前でエンジン音を響かせていた。
前にも一度乗せてもらったことのある竹上の車だ。竹上は私と同い年、高校一年生だけれど十八歳だから無免許運転ではない。もっとも免許とりたてにしては妙に慣れた運転ではあったけれど、竹上相手にそれを言うのは野暮というものだろう。
慌てて鞄を取ってきて外に出た。助手席のドアが中から開けられる。
「竹上……どうして?」
「その前に、「迎えに来てくれてありがとう。お礼に私のこと好きにしていいわ」くらい言えないのかね」
「言うか、ばか」
シートベルトを締めるのも待たずに、タイヤを鳴らして車が発進する。
私の足ではそれなりに疲れる道のりも車だとあっという間だった。竹上の乱暴な運転であればなおさらのこと。
さすがに学校に車で乗りつけるわけにはいかないので、校門から少し離れた、駐車禁止の標識のない路地に車を停める。
降りる時になって傘を忘れたことに気がついた。家を出る時に慌てていたせいだ。
「竹上、あんた傘は?」
「もちろん持ってる」
「貸して」
「で、俺はどうなる?」
「濡れていくっていうのがオススメだけど?」
「犯すぞ、コラ」
大きな手に首を絞められる。もちろん冗談で軽く。
私の台詞も冗談だ。いくら相手が竹上でも、車で送ってくれた相手から傘を奪い取ったりはしない。
失敗だった。早くに気づいていればコンビニにでも寄ってもらうこともできたのに。
こうなると選択肢はひとつだけ。非常に不本意ではあるが、竹上の傘に入れてもらうしかない。
あまり気は進まなかった。竹上と相合い傘で校門を歩いりしたら、いったい周囲からどう思われるだろう。できれば考えたくはない。
「……少し、遅れていかない?」
せめて予鈴が鳴るまで。それだけで目撃者の数はぐっと減るはずだ。
「いいぜ。二時間くらいか?」
首を絞めていた手が移動する。胸の上でゆっくりと円を描く。セーラー服の脇のファスナーを上げようとする。
「……死にたい?」
にっこりと微笑んで、わざとらしい動作でポケットに手を入れた。竹上は苦笑して手を放すと、後部座席に置いてあった傘をとって車を降りた。大きな紳士用傘を開いて助手席のドアを開ける。
私も杖をとって車を降りる。
雨の中、二人並んで歩き出した。
竹上は、宏樹のように鞄を持ってはくれない。
宏樹のように私に合わせてゆっくり歩いてもくれない。
いちおう本人はペースを落としているつもりなのかもしれないが、私にとってはかなり頑張らなければついていけない速度だった。
普段宏樹に頼りっきりで、体育の実技をさぼり続けているツケがこんな時に出るのだろう。体力のなさを実感してしまう。車から校門までのほんの二百メートルほどの距離で、制服の下はもう汗ばんでいた。
校舎に入る直前、何気なく空を見た。
どんよりと暗い空。静かに降り続ける雨がやむ気配はない。思わず溜息が出る。
「……帰りも送ってくれる?」
こんな天気の中、ひとりで歩いて帰るなんてごめんだ。傘も調達しなければならないし。
「見返りは?」
「…………次の試験のカンペ、とか?」
「そーゆー意味で言ったんじゃねーんだけどな」
建物の中に入り、傘をたたみながら竹上は肩をすくめた。
「帰りといえば、お前、晩メシは?」
「ん……コンビニのお弁当かなぁ」
「作らねーの?」
「包丁、うまく使えないもの」
左手を軽く持ち上げてみせると、それだけで竹上は「なるほど」とでもいうように小さくうなずいた。
「んじゃ、帰りになんか食ってくか? お前のおごりで」
「なんでよ!?」
「送迎代と思えば安いもんだろ」
「あんた、バカみたいに食べそうだもの」
「ファーストフードでいいぜ?」
今度は私が肩をすくめる番だった。
まあ、夕食をご馳走するくらいは仕方がない。竹上にあまり借りを作るのもどうかと思うし、食費は余分にもらってある。
「その代わり、明日も迎えに来てよね」
意識的に、渋々といった風を強調して言った。
どうせ予鈴が鳴るまで待つのだったら、その時間で家まで傘を取りに戻ることもできたと気づいたのは教室に入ってからのことだった。
そうして水曜日、木曜日と、同じように竹上に送り迎えしてもらった。
「明日の夜には弟が帰ってくるな。嬉しいか?」
木曜日の帰り。車を降りて家の鍵を開けていた時、いきなりそんなことを言われる。
「え? ……っ」
振り返った表紙に、バランスを崩して転んでしまった。見ていた竹上がぷっと吹き出す。
「痛ぁ……」
「鈍くさいとは思ってたけど、そこまでとは……」
「うるさい! いきなり変なこと訊くからじゃない。笑ってるヒマがあったら手くらい貸しなさいよ!」
意外なことに、竹上は素直に車から降りてきた。軽々と私を抱き上げる。
「え、ちょ、ちょっと!」
これまでにも時々されていたような乱暴な抱え方ではない。宏樹ほど丁寧ではないとはいえ、一応はお姫様抱っこ。
予想外の展開に鼓動が速くなる。
竹上は私を抱えて家の中に入り、リビングのソファに座らせた。
「足、痛むか?」
足下にしゃがんだ竹上が、足をつかんで軽くひねる。一瞬、足首から突き上げてくるような痛みが走った。
「挫いたみたいだな。薬はあるか?」
痛みに顔をしかめながら棚の上を指さす。薬箱を取ってきた竹上は、ソックスを脱がせて足首に湿布を貼ってくれた。
意外と手際がいい。ケンカとかで生傷の絶えない奴だから怪我の手当は慣れているのかもしれない。
「これでいいだろ。今夜は安静にしてろ。……言われるまでもなく、普段からほとんど動かないんだろうけど」
「……ありがと」
ひんやりとした湿布が気持ちいい。気分的にも少し楽になる。
「…………で、あんたは何やってんの?」
竹上の手は、手当を終えてもまだ私に脚に触れていた。
優しく撫でるようにしながら、ゆっくりと移動してくる。
足首からふくらはぎへ。
ふくらはぎから膝へ。
そして、膝から太腿へ。
「ちょっ……竹……」
「このくらいの役得、いいだろ?」
足下に膝をついた体勢で、こちらを見上げてにやっと笑う。不思議と普段の笑みほどいやらしい印象がなくて、むしろ軽い冗談でも言ってるような雰囲気だった。
だけどその手はセクハラとしか言いようのない行為を続けている。私の反応を窺いながら、内腿をくすぐるように撫でている。
全身に鳥肌が立つ。
くすぐったい。
くすぐったくて、……そして少し気持ちいい。
「やっ……だめっ!」
手がスカートの奥へ移動してきたところで、さすがに慌てて押さえようとした。だけど向こうの方が早い。
「……っ」
下着の上から触れられてしまう。
いちばん敏感な部分。いちばんエッチな部分。
薄いナイロンの生地一枚隔てただけで触れられてしまう。
割れ目に沿って指先が滑る。びりびりと痺れるような感覚が走る。
「バ、カ……死にたい、の」
「最後まではしねーよ。だから、イイだろ?」
言いながら、指はエッチな動きを止めない。
ポケットに滑り込ませようとした右手は、何故か途中で止まってしまった。スタンガンの代わりに竹上の髪をぎゅっと掴んでいた。
「……んっ……や、ぁ……あっ!」
震えるように小刻みに前後する指。いちばん敏感な部分を的確に執拗に刺激してくる。
やばい。
ヤバイ。
私、感じてる。
感じて、濡れてしまっている。
下着が湿ってくるのがわかる。
「や……だ、ぁっ……んっ、……くっ、んっ……んっ」
堪えようにも声が漏れる。ぎゅっと唇を噛む。
お腹の奥の方が熱くなって、とろとろにとろけてくる。
さすがは女性経験豊富な竹上、その指には宏樹のような躊躇いも遠慮もない。いっさいの手加減なしに私の弱点を執拗に攻撃してくる。
「ばか……あっ、い……やっ、あっ、ば……かっ!」
隙間から下着の中へもぐり込んだ指が、濡れそぼった粘膜の上をつるつると滑る。
そして……
「やっ……あぁっ!」
中に入ってきた。
愛液にまみれた指は意外なくらいにすんなり入ってしまったけれど、自分の指よりもずっと太い異物の感覚に身体が強張った。
「だ、め……やめっ……あっ、あっ、あ……」
強張った括約筋が指を締めつける。それでも侵入を妨げることはできない。
奥の奥まで進んで、一気に引き抜かれて、そしてまた突き入れられる。
往復運動に合わせてくちゅくちゅと湿った音がする。それがだんだん大きくなってくるように感じるのは気のせいだろうか。
中で、指が曲げられる。膣壁が受ける刺激はさらに強くなる。
痛いほどの刺激。それは実際には痛みではなく、快感だった。
気持ち、いい。
これが経験の差だろうか。けっして優しい愛撫ではないのに、自分の指よりも宏樹の指よりも感じてしまう。いくら心が抵抗しても、無理やりに快感を引きずり出されてしまうような気がした。
「やぁっ……あぁっあっあっ、あぁっ、あっあぁっ……!」
加速していく指の動き。快楽の頂がすごい勢いで迫ってくる。
いけない。
こんなこと、いけない。
竹上に弄られて本気で感じてしまうなんて。
……だけど実の弟に弄られて感じてしまうことと、どっちがいけないことなのだろう。
止められない。
巧すぎる指使い。私はもう臨界点を超えている。
あとはもう、為す術もなく。
「……っあぅ、あぁっっ!」
竹上の髪をぎゅっとつかんで。
脚を痙攣させて。
涙を溢れさせて。
「あぁぁ――っっ!」
頂に達してしまった。
視界が真っ白になる。
息ができなくなる。
意識が遠くなる。
これまででいちばんの、激しい絶頂。
痙攣が治まっても、まだ余韻が続いていた。下半身に電流でも流れているみたいに力が入らなくて、びりびりと痺れるような感覚がある。
私は心地よい倦怠感に包まれてソファーに寄りかかった。
「感じやすいんだな」
「……うるさい、ばか」
「もっと気持ちよくしてやろうか?」
認めたくはないけれど、一瞬迷った。それを期待する想いがあったのは事実だ。慌てて頭を振る。
「…………い、いらない」
「いいから、遠慮すんなって」
「遠慮じゃない! ……ばかっ!」
「じゃあ、今度は俺にしてくれよ」
「……え?」
濡れた人差し指が私の唇に当てられる。それで理解できた。竹上がなにを望んでいるのか。
さて、どうしたものだろう。
正直なところ、その行為自体にさほど抵抗はない。宏樹相手には毎晩させられていることだし、竹上とだって前に一度している。
だからといって簡単に承諾していいものなのだろうか。竹上は恋人でもなんでもない。ちょっと仲のいいクラスメイトでしかないはずだ。
「……な、いいだろ?」
耳元でささやかれる。人差し指が唇をくすぐる。私の唇は条件反射のように開いて、その指先を口に含んだ。
吸う。
舌先でくすぐる。
指を相手にした擬似的な口戯。
毎晩のようにしていることの感覚がよみがえってくる。私の中のスイッチが入ってしまう。
ちょっとくらいいいかな、なんて気になってくる。
「……して、欲しいんだ?」
「ああ。頼む、してくれよ」
しばらく悩んで、それでも私は小さくうなずいていた。
「………………、ん」
断る理由を見つけられなかった。
すごく気持ちいいことをされたんだから、少しくらいお返ししてもいいかと思った。
毎晩していたことがこの三日間はなくて、なんとなく物足りない気分だった。
前にした時よりも格段に巧くなっているはずだから、それを見て欲しいとも思った……かもしれない。
「明日の晩ゴハンはあんたのおごりね」
恩着せがましく言ってソファから降りた。竹上の足下に座る。
ズボンの上から股間に触れると、そこはもう大きく膨らんでいた。
ちらり、と竹上の顔を見上げる。微かにうなずいたような気がした。
ファスナーを下ろす。
既に大きく固くなっていたものを引っ張り出すには、少し手こずってしまった。
もう充分すぎるほどに勃起したものが、私の鼻先で脈打っている。
前回はまともに見る余裕もなかったわけだが、こうして多少冷静に観察してみると、人によって大きさばかりではなく形も微妙に違うものだと気がついた。
根元をそっと握ると、熱い体温が伝わってくる。手の中でびくんびくんと脈動している。
自分にない器官だからだろうか、何度見ても不思議に感じる。人体の一部というよりも、後から付け加えられたもののような気がしてしまう。
右手を上下に動かす。固い弾力が返ってくる。
手での愛撫を続けながら、口の中に唾液をためる。
唇を押しつける。
ゆっくりと唇を開いて、少しずつ口に含んでいく。
やっぱり宏樹のとは微妙に感じが違うな、と思った。あるいは精神的なものかもしれない。
唇に力を入れて締めつける。
強く吸う。
舌を絡ませる。
口の中で感じる固い弾力。正直なところこの感覚は嫌いではない。口戯はする側にとっても、それなりに気持ちのいい行為だった。
「巧くなったな、お前」
「…………そりゃ、毎晩してるもの」
「毎晩、かよ」
呆れたような声が返ってくる。
「うん、ほとんど毎晩。……そんなに上達した?」
まあ、竹上が女の子にお世辞を言うような性格とは思えないが。
「ああ、すぐにでもフーゾクで働けるぞ」
「ばか」
亀頭の部分を軽く噛む。もちろん痛くない程度に、ほどよい加減で。そんな真似ができるくらいの経験は積んでいる。
軽く頭を叩かれた。こちらも冗談で、本当に軽く。
「ふざけてないで、ちゃんとイカせてくれよ」
「……ん」
また、舌を絡ませる。根元を握った手の動きを速くする。それに合わせて頭も動かす。
口の中のものははちきれそうなほどに膨らんで、脈動が舌に伝わってくる。
「う……くっ」
竹上の口から微かな呻き声が漏れる。
頭を鷲掴みにされる。
下腹に力が入る。
深々と突き入れられる。
びくん!
口の中のものがひときわ大きく脈打って、舌に絡みつくような濃い粘液を噴き出した。
だけどもう咳き込んだりしない。
射精が終わるまで口の中にためておいて、まとめて飲み下す。
尿道に残った分をちゅっと吸い出す。
口の中の苦い味が消えてから、ようやく口を離した。
「…………ふぁ」
さすがに疲労感があった。時間的には短かったけれど、最後の方は少し頑張りすぎてしまったかもしれない。
だけど達成感もあった。竹上が満足そうな表情を浮かべている。
「………………どぉ?」
まだ固さを失っていないものに軽くキスする。
「……最高」
竹上の手が乱暴に頭を撫でてくれた。
その夜はなかなか寝付けなかった。
いつまでも興奮が治まらない。口での奉仕は毎日のこととはいえ、竹上が相手となるとそれは特別なことなのだ。
私はベッドの中で何度も寝返りを打った。
眠れない。火照りが治まらない。
いつまでも、口の中に感覚が残っている。
「ん……あっ……」
下着の中で指が動く。
感覚を憶えているのは口だけではなかった。竹上にそこを触れられた記憶はまだ鮮明に残っている。
すごく気持ちよかった。
気が遠くなるほどに。
自分でするよりもずっと。
竹上が与えてくれた快感を反芻しながら自分を慰める。そうすることで普段の何倍も気持ちよくなれた。
まったく、今日の私はどうしてしまったのだろう。
竹上を相手にあんなことを。
取り返しのつかないことをしてしまった気がする。
……だけど。
イヤじゃ、なかった。
されることも。
してあげることも。
あまり認めたくはないが、私はその行為を楽しんでいた。
宏樹が相手の場合と違って、罪悪感や義務感なしにその行為を楽しむことができたのだ。
「……っ、たく……竹上のバカ! ……あっ、ん」
そういえば、明日は夕食をご馳走してくれると言っていた。
うんと高いものをおごらせてやろう……そんなことを考えながら、いつまでも指を動かし続けていた。
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