「……ゃ……ぁっ、ぅ……くっ……」
授業中の静かな屋上で、くぐもった嗚咽の声だけが聞こえてくる。
声の主は、宏樹の彼女である垣崎由香里。
それが私の目の前で、竹上に犯されている。
セーラー服はまくり上げられ、ブラジャーは剥ぎ取られ、大きな胸が露わにされている。
竹上は垣崎の両脚を掴んで大きく開かせて、その間で腰を乱暴に前後させている。その動きに合わせて、仰向けになっても存在感のある胸が大きなプリンのように揺れている。
相手のことなど気遣う様子は微塵もなく、ただ自分の欲望をぶつける竹上。ひと突きごとに、破れた下着を詰め込まれた口からか細い嗚咽が漏れる。
その声に力はない。もう、泣く気力すら残っていないのだろう。涸れるほど流した涙で頬はぐっしょりと濡れている。
残忍な笑みを浮かべてた竹上が、動けない獲物を陵辱している。以前一度だけ……いや二度だけ口にしたことのある大きな男性器が、垣崎を深々と貫いている。
竹上は気持ちいいのだろうか。だんだん動きが速く、大きくなってくる。それに比例して嗚咽も少しだけ大きくなる。
そして私は……
不思議と、なんの感慨も湧かなかった。
いい気味だ、とか。
さすがに可哀想だ、とか。
当然感じるはずのそうした思いが心に浮かばない。
ただぼんやりと、目の前で繰り広げられている陵辱の光景を見つめていた。
いや。ただ目に映していただけだ。
その時、私の意識は目の前の行為よりも、一年前の記憶に向けられていた。
一年前、まだ中学生だった頃。
あの時も天気のいい暑い夏の日だった。
私はいつものように、保健室で休んでいるという口実で体育の授業をさぼり、ひとり屋上でたたずんでいた。
蝉の声がうるさい。
なのに不思議と眠くなってくる。鳴き声が単調なためだろうか。
少しうとうととしていたのだろう。近づいてくる足音ではっと我に返った。
大きな身体が陽射しを遮って陰を作る。
それがクラスメイトの竹上雄一であることはすぐにわかった。ほとんど言葉も交わしたことのない相手だが、目立つ外見をしているし、なにより有名人だ。それは主として悪い噂のためであるが。
「三島、か? なにやってンだ、こんなとこで?」
竹上は身体が大きく、よくいえば野性的、悪くいえば粗野な雰囲気の持ち主だった。獲物を前にして舌なめずりする肉食獣を思わせる笑みに本能的な恐怖を覚える。
「べ、別に……」
「お前もサボリか。マジメそうな顔して」
お前も、と言うからには竹上もさぼりなのだろう。普段から授業態度は最悪、遅刻や無断欠席は日常茶飯事だ。
ここにいては危険だ、と本能がささやく。すぐに立ち去らなければ。
しかし、その判断は一瞬遅かった。
「ちょうどいい。暇つぶしの相手しろよ」
巨体に似合わぬ素速さで、竹上は私を押し倒した。まったく反応できなかった。
大きな掌に口を塞がれる。
もう一方の手が乱暴に胸を掴む。
筋力も体重もすべてが桁違いの相手。小柄な上に障害を抱えている私では、いくら暴れてもびくともしない。そもそもろくに暴れることさえできなかった。
「――っ!」
セーラー服が中のブラジャーごとまくり上げられる。痩せた胸が露わにされる。
「なんだ、貧っ相なカラダだな。小学生にも負けるじゃねーか」
そんなことよりももっと目立つであろう傷痕のことには触れずに、侮蔑の言葉を吐く。
「しかしここまでガキっぽいと、犯罪くさくてかえってそそるか」
スカートがまくり上げられる。下着の上から太い指が割れ目をまさぐる。
痛い。
愛撫とも呼べない乱暴な接触。未熟な身体にとっては激しすぎる刺激。
ぐいっと押しつけられる指の先端が、ショーツの生地ごと中にもぐり込む。
それは自慰の時に触れる自分の指の何倍も大きそうで、骨張った感触だった。
痛い。
犯される。
その恐怖が身体を貫く。
竹上についての悪い噂は山ほど聞いている。校内で女の子をレイプしたなどという、にわかには信じがたいものまで含めて。
今、それが現実になろうとしている。
強引に脚を開かされる。すごい力だ。か細い私の脚ではその腕力に太刀打ちできない。
情けなく開かれた脚の間に身体を入れてくる。ズボンのファスナーを下ろす。
このままでは犯される。
その時、天啓のように閃いた。
そう。あれは、こんな時のために宏樹が持たせてくれたのではないか。
慌ててスカートのポケットに手を入れる。
実際に使ったことはなかったが、いつも持ち歩いていたその武器の硬い手触りは心強かった。ポケットから取り出し、竹上の脇腹に押しつけてスイッチを――
……押そうと、した。
しかしそれより早く、大きな手が私の手首を掴んでいた。
骨が軋むほどに強く握られる。本気で力を入れられたら、簡単に折れてしまうかもしれない。
私は短い悲鳴を上げ、力の抜けた手から小型のスタンガンが落ちた。
「……怖いもん持ってるな、危ない危ない」
竹上はからかうように言って、コンクリートの上に転がったスタンガンを弾き飛ばした。大きな身体が覆い被さってくる。
「惜しかったな。次はもうちょっとうまくやるこった」
「……い、痛っ!」
胸を噛まれた。反撃しようとしたことに対する罰なのか、歯が喰い込むほどにきつく。
滲み出た血を舐め回す。やがてその舌が下へ移動してくる。
「……やっ、やぁっ、いやっ!」
身体を捩って逃れようにも、私の倍以上ありそうな体重で押さえられたら何もできない。
このままでは犯される。
為す術もなく犯されてしまう。
いや、そんなの。
絶対にいや。
認めない。
絶対に認めない。
不自由な身体だからこそ、陵辱されることは我慢がならない。
だから。
もうひとつの武器を取り出そうとした。
スタンガンを奪って油断しているはず、今度はきっとうまくいく、と。
そう思っていたのに、ナイフを掴んだ手をポケットから出すよりも先に手首を掴まれてしまった。
「へぇ、いいもん持ってんな」
竹上は奪ったナイフを開いた。夏の陽射しを反射した刃が光る。
口元に残忍な笑みを浮かべ、刃を私に近づける。
「ひっ」
化繊の生地が裂ける音。切られたのは下着だった。
下半身が露わにされる。
ナイフを突きつけたまま、竹上は片手で携帯を取りだして私の写真を撮った。
「まだガキみたいなマンコだな」
二度、三度。シャッター音が鳴る。
「ま、これはこれで楽しみもあるか。怪我したくなければおとなしくしてろ」
「…………いやよ」
声が震えないようにするには少なからぬ精神力を必要とした。竹上が怪訝そうな表情を浮かべる。
「誰が、あんたなんかに好きにさせるもんか」
「怪我するぞ?」
「……それがなんだっていうの」
最初の一言さえ口にしてしまえば、あとの言葉はずいぶん楽に発することができた。開き直ったといってもいい。
「傷なんか、いやというほどあるもの。そんな小さなナイフの傷がなんだっていうのよ!」
金切り声で叫ぶ。
「刺したいなら刺せばいい。犯したいなら犯せばいい。だけど絶対に許さない! たとえ写真をばらまかれたって警察に訴える。ううん、人を雇ってでも絶対に復讐してやる!」
竹上は不思議そうに首を傾げた。こんな風に抵抗されたことはないのだろう。写真を撮られたせいで泣き寝入りした子がいるという噂は聞いたことがある。だけど私には通用しない。
「こっちは一度死にかけて、やっとの思いで生きてきたんだから。怖いものなんてない。写真をばらまかれたからってなによ。一人じゃトイレにも行けなくて全部人に処理してもらっていた時もあるんだから、今さら恥ずかしくなんかない。あんたの脅しは私には通じない。耐えられないのは他人に陵辱されることだけよ。絶対に許さない。絶対に復讐してやる! それが嫌なら犯した後で私を殺しなよ! その覚悟があるなら好きにすれば!?」
言いながら涙が溢れてきたけれど、口調だけは強いままだった。
ハンデを抱えた身体だからこそ心は強くなければならない。そう言い聞かせて今日までなんとか生きてきたのだ。
私を押さえつけたまま、竹上が幾分戸惑ったように見おろしている。その目をまっすぐに睨めつける。
怖いのは事実だ。身体は微かに震えている。
それでも絶対に目を逸らしてはいけない。その瞬間、こちらの負けが確定してしまう。私を陵辱するためには少なからぬ代償を支払わなければならない――その事実を突きつける必要がある。
数秒間の沈黙。
やがて竹上は唇の端を歪め「くっ」と微かな笑い声を漏らした。
「……本気かよ、怖い女だな」
ナイフを放り投げ、ゆっくりと立ち上がる。
「その色気のかけらもない身体のためにコレじゃ、割あわねーよ。貧相な身体でよかったな」
背を向けて立ち去ろうとする。
私は大きく息を吐き出した。強張っていた身体から力が抜けそうになる。
だけど。
これで終わってはいけない。このままで済ませてはいけない。
力を振り絞って立ちあがる。傍らに落ちていたスタンガンを拾うと、残った力のすべてを右脚に注ぎ込んで大きく跳んだ。
竹上の背中に体当たりするような体勢で、そのままスタンガンを押しつける。
乾いた破裂音。
小さく弾んで倒れる竹上の巨体。
私もバランスを崩してその場に座り込んだ。
這うようにしてナイフを拾い、鼻先に突きつける。
竹上は全身を痙攣させながら、信じられないといった表情で私を見上げていた。
「……好き勝手、やって、くれたじゃない?」
肩で息をしながら竹上にナイフを突きつける。これだけのことでも私にとっては重労働だった。もちろん精神的な負担も大きい。
「思うように動かない身体を、好き勝手に陵辱される気持ち……これで少しはわかる?」
強面の顔にはっきりと恐怖の色が浮かぶ。
この時、私の精神状態も普通ではなかった。
これまで、この身体のせいで苛められたり馬鹿にされたりしたことは少なからずある。だけど、これほどの陵辱は初めてだ。形勢が逆転しても、いや、だからこそ冷静ではいられなかった。
両手で握りしめたナイフを、感情の昂りにまかせて躊躇なく振りおろす。
刃は太い腕の肩に近い部分に刺さったが、思っていたほど深くは入らなかった。私が非力すぎたか、竹上の筋肉が固すぎたか、恐らくはその両方だろう。
それでも与えた恐怖は充分だった。竹上の顔が歪む。だけどこれでやめるつもりはない。
「……言ったでしょ、絶対に許さないって。大丈夫、私があんたみたいな大男を殺したなんて、誰も思わない」
「…………おい、……冗談だろ? 待てよ、おいっ!」
もう一度ナイフを振りおろす。
やっぱりあまり深くは刺さらない。非力な私と小さなナイフでは、致命傷を与えるのは簡単ではないようだ。
「……ちょっと待て! おいっ! 悪かった! 謝るからっ!」
本物の殺意を感じ取ったのだろう。竹上が血相を変えてわめき散らす。目には涙さえ浮かべている。
いい気味だ。
もっともっと惨めな姿になればいい。為す術もなく陵辱された私よりも惨めな姿に。
より無防備な部分を狙ってもう一度ナイフを振りおろした。
短い悲鳴が上がる。
竹上が顔を傾けたせいで、目に突き立てるつもりだった刃は頬を剔っただけでコンクリートに当たった。甲高い音を立てて刃先が折れる。
竹上は恐怖のあまり引きつっている。失禁したのかズボンの前が濡れていた。
「……ゴメン、……ゴメン! 許してくれよ…………」
すすり泣きながら、思うように動かない腕で必死に顔を庇おうとしている。深く剔られた頬の傷から鮮血が滴る。
私はぼんやりと、折れた刃先を見つめていた。
力が抜けていく。
気力が萎えていく。
精神的には、今の一撃で竹上を殺したつもりだったのだ。あの一撃のために残った気力と体力をすべて使い果たしていた。
昂った感情が急に醒めていく。
ナイフが折れたことで、少しだけ冷静さを取り戻したようだ。さすがに校内で殺人はリスクが大きすぎる。
私はもう立ち上がる気力もなくて、そのまま屋上に座り込んだ。
以来、竹上は私に一目置くようになったのだ。
あの事件の後、しばらくは復讐されることを警戒していたのだが、そんな様子もなく、竹上はむしろ親しげに話しかけてくるようになった。
けっして私の言いなりになるわけではないが、ちょっとした肉体労働くらいは言いつけることができた。
これは、他のクラスメイトには驚きだったようだ。それまで誰も竹上に対等な口をきける者すらいなかったのに、クラスでもっとも非力な私が偉そうな命令口調で接しているのだから当然だろう。
身体のことや年齢の違いもあって私はクラスで多少浮いた存在だったため、ちょっとした苛めの対象とされたこともある。たまに竹上が傍にいるということだけで、それがぱったりとなくなった。確かに用心棒にはうってつけかもしれない。
もともとクラスメイトからは距離を置かれていたので、竹上の存在はマイナスになるものではなかった。むしろプラスになる面の方が多いように思えた。だから高校入試の時、カンニングの手伝いをしてやったのだ。
そんなこんなで一年ちょっとの付き合いになる。
久々にそんなことを思い出しながら、目の前の光景を見つめていた。
垣崎をレイプしている竹上。
大きな身体で垣崎を押さえつけ、乱暴に腰を動かしている。
激しく打ちつけるたびに小さな悲鳴が上がる。
だんだん動きが加速していく。
そろそろかな……と思っていると、竹上はひときわ強く腰を打ちつけて動きを止めた。身体が小さく痙攣する。
しばらくそのままでいて、やがて息を吐き出しながら垣崎の中にあったものを引き抜いた。
そこで一瞬、不思議そうな表情を見せる。続く言葉は私にとっても本当に驚きだった。
「へぇ、驚いた。こいつ初めてだぜ?」
「え?」
竹上は放心している垣崎を背後から抱きかかえるようにして、私に向けて脚を広げてみせた。
濃いめの茂みの下に口を開いた、赤く充血した女性器。
そこから滴るどろりとした液体は、少なからぬ血が混じって紅く染まっていた。
破瓜の血。
初めての証。
滴り落ちて、コンクリートに黒ずんだ染みを作る。
「……っ!」
私は驚きに目を見開いた。なにかの間違いではないのか。
例えば、たまたま今日が生理だったとか。
いや、ナプキンやタンポンをつけていた様子はなかったし、女性経験豊富すぎるほどの竹上が間違えるとも思えない。
垣崎はバージンだったのだ。
「……どうして…………」
そんな馬鹿な。
垣崎は宏樹とエッチしていたのではなかったか。
先日、宏樹の部屋から聞こえていた声。それ間違いなく性行為にともなう喘ぎ声だった。
もしかすると、まだ最後まではしていなかったのだろうか。私にしているように、指や口だけの関係だったのだろうか。
それも意外な気がする。
垣崎は性格的に、躊躇せずに最後までしてしまいそうに思える。それとも、いざとなると怖じ気づくタイプなのだろうか。
「……」
「せっかくだから、もう少し楽しむか」
混乱している私をよそに、竹上は再び垣崎を犯しはじめた。
結局、竹上が垣崎を解放したのは、三度目の射精をした後だった。
陵辱されている写真を何枚も撮り、いやというほど脅して、もう泣く気力もなくしている垣崎を残して屋上を後にした。
呆けていた私を乱暴に引っ張っていく。抱えられて階段を下りる時、微かな汗の匂いに混じって女の子の匂いがした。
垣崎の匂い。
少し不愉快な気持ちになる。
「……ところであの女、お前の弟の彼女だろ?」
「わかっていてレイプなんかしたわけ?」
半ば呆れて応えた。それにしても、宏樹はともかく垣崎との面識なんてないだろうによく知っているものだ。
そう。竹上は時々、驚くくらいに私のことをよく知っている。
「わかっていたからこそ、だろ」
意味深な笑みを浮かべる竹上。なにを言わんとしているのかはすぐに理解できた。
「私が喜ぶとでも思った?」
「嬉しくないのか?」
「……」
正直なところ、もう少しいい気分になるかと思っていた。
目障りな垣崎が目の前で他の男に犯されているのだ。
しかし予想に反して、さほど気分は晴れなかった。
いい気味だ、という気持ちは当然あったはずだ。それでもやはり女の身としては、自分のことでなくても現実にレイプされている姿を目の当たりにすることはあまり気持ちのいいものではなかった。結果、相殺されてプラスマイナスゼロというところだろうか。
それでも、これで垣崎が私の目の前をうろちょろすることもなくなるだろう。それだけは収穫と言っていい。
それにしても解せないのは垣崎が処女だったことだ。竹上も意外そうにしている。彼にとっては女なんてセックスの対象でしかないだろうから、垣崎のような魅力的な女子が、彼氏もいるのに処女というのは理解しがたいのだろう。
「あの女、けっこういい身体してたけどな。手ぇ出してないなんて、お前の弟はインポか?」
「ばか」
そうだったら私も苦労はない。ほとんど毎晩、宏樹のものはこれでもかというくらいに大きく硬くなって私の口を犯し、たっぷりと精を放っているのだ。むしろ人並み以上に元気なのではないかと思うくらいだ。
「手は出してたと思うよ? 最後まではしてないってだけ」
「手出したらそのまま最後まで、だろ。普通は?」
「あんたの普通と宏樹の普通は違うの」
少なくとも、竹上の基準が世間一般の普通と思ってはいけない。
たぶん宏樹は垣崎のことを大切にして、少しずつ関係を深めていこうと思っていたのだろう。だからといって満たされない欲求を姉で処理するというのはどうかと思うが、宏樹に世話になっていることを考えると私は文句も言えないのだ。
その後しばらく、校内で垣崎の姿を見かけることはなくなった。
転校したという噂を聞いたのは、二週間くらいが過ぎた頃だ。
もちろん、宏樹の口からその話題が出ることはなかった。
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