「風呂、入るのか?」
夕食の後片付けを終えた宏樹が訊いてくる。
雑誌編集者の母は仕事で毎日遅いため、夕食の支度も後片付けも、ほとんどが宏樹の仕事だった。
私にできる家事なんてほとんどない。
私が片手で包丁を扱うというのは現実的ではないし、感覚の鈍い左手を無理に使えば気づかないうちに怪我をしてしまう。食器を洗ったり片付けたりすることも、燃えないゴミを増やすだけの結果に終わる可能性が高い。
「風呂、どうする?」
「……ん」
あまり体調が良くなくてソファに横になっていた私は、曖昧にうなずいた。
宏樹は軽々と私を抱き上げ、バスルームへと運んでいく。
入浴も、もっぱら宏樹の助けを借りている。もちろん一人でも不可能ではないが、長い髪や背中を片手で洗うのは簡単ではない。今日のように、立つのも億劫なくらい調子の悪い日はなおさらだ。
脱衣所で、Tシャツとスカート、そしてショーツが手早く剥ぎ取られていく。
全裸にされた私は、先にバスルームへ入る。
背後で、宏樹が服を脱ぐ衣擦れの音がする。
知らない人が見たら奇異な光景かもしれない。高校生の姉弟が一緒に入浴しているなんて。
だけど、それが小学生の時からの習慣だった。私たちにとっては特別なことではない。
普段から着替えを手伝ってもらっているし、ほとんど寝たきりだった頃には下の世話までされたこともあるのだ。今さら一緒に入浴して裸を見られることを意識する方がおかしい。
確かに、十八歳の女子高生としては、弟とはいえ同世代の男の子に身体を洗ってもらうことに戸惑いがないわけではない。障害があるとはいっても、時間さえかければ自分一人で入浴くらいはできるのだから。
しかし宏樹に任せていた方が楽なのは事実である。それに、今までずっと手伝ってもらっていたものを急に断るのも、それこそ変に意識しているみたいで不自然だ。
洗い場の小さな椅子に座ると、服を脱いだ宏樹が入ってくる。
シャワーの湯温を確かめ、私の頭からたっぷりとお湯をかけると、プロの美容師並みの手際の良さでシャンプーしてくれる。
長い髪だから慣れないと大変だろう。一人でも洗髪やセットがやりやすいようにと、短く切ろうと思ったことは何度かある。しかし宏樹が反対していた。
「女は本当に美人でない限り、長くて綺麗な髪の方がいくらかマシに見えるもんだぞ」
――と。
失礼な台詞である。しかし垣崎などと比べれば、私の容姿が見劣りするのは事実だ。
女の子の心理として、並以下とは思いたくないけれど、人より優れてはいないことだけは認めざるを得ない。
弟の立場としても、少しでも見栄えのいい姉の方がいいのだろうか。まあ、髪を洗うのも、ドライヤーで乾かすのも、ブラッシングも、そして登校前に三つ編みにするのも、全部宏樹の仕事である。それが面倒でないというのなら私は構わない。
念入りな洗髪が終わると、濡れた髪をタオルでまとめ、身体を洗い始める。たっぷりとボディソープを含ませた大きなスポンジで、背中を撫でていく。
背中全体を隅々まで洗い終えると、スポンジは首筋へと移動する。それから肩、腕、脇腹と、順に洗っていく。
他人に身体を洗ってもらうというのは気持ちのいいものだ。これだけ念入りに、丁寧に洗ってもらえばなおさらのこと。私は目を閉じて、柔らかなスポンジが身体を撫でる感触を楽しんでいた。
やがて宏樹の手は、お腹の上へと移動してくる。お臍を中心に円を描いていく。
そして、胸。
お世辞にも発育の良くない乳房が、大きなスポンジに覆われる。宏樹は背後から腕を回して、胸を入念に洗っていく。
私の胸はあまり大きくはない。もっと正直に言うとかなり小振りである。そもそも胸に限らず無駄な脂肪がほとんどない身体なのだ。
あまり身体を動かさないから、食べ過ぎると太ってしまう。そこで小食主義を貫いてきた結果、身長もあまり伸びなかったし、女の子にとっては「無駄な脂肪」ではない胸についても中学生レベルのまま、あまり発育してくれない。
それなのに。
その小さな胸を洗うのに、宏樹は必要以上に長い時間をかけていた。
ささやかな膨らみの上で、スポンジが円を描く。
乳首を始点とする螺旋が、すそ野の方へと広がっていく。そこからまた頂へと登ってくる。
何度も、何度も。
右の胸から、左の胸に移動する。
やがてまた、右の胸に戻ってくる。
何度も、何度も往復する。
それはもう『愛撫』と呼んでもいい行為だった。
ゆっくりとした動きで、下から上へと乳首を擦り上げられると、ぴりぴりとした快感が生じる。
刺激を与えられた乳首が、固くなってくるのがわかる。
固さを増して突き出た乳首は、さらに刺激に敏感になってしまう。
顔が、そして下半身が熱くなってくる。
他の部分すべてに費やしたのよりも長い時間をかけて小さな胸を洗い終えた宏樹は、ようやくスポンジを離して身体の位置を変えた。
だけど、これで終わったわけではない。
まだ、脚が残っている。
爪先に始まり、ふくらはぎ、膝、太腿と、徐々に上へ移動してくる。上に来るに従って少しずつ進行速度が遅くなり、胸と同じように時間をかけて洗っていく。、
かなりきわどいぎりぎりのところまで来ると、宏樹は私の腰に腕を回して、身体を少しだけ持ち上げた。
椅子から浮いたお尻を、スポンジが撫でていく。
割れ目の中まで念入りに洗われてしまう。
そして、最後に。
ボディソープを補充したスポンジが、両脚の間へと入ってくる。
女の子の部分。
一番大切な、一番恥ずかしい、そして一番気持ちのいい部分。
触れられた瞬間、身体がぴくっと震えた。
胸や太腿を念入りに洗われていたせいで、身体が敏感に、感じやすくなってしまっている。
スポンジが前後に動きはじめると、本当に声が出そうになった。それは自慰よりもずっと気持ちのいい行為だった。
ぎゅっと唇を噛んで、声を漏らさないように堪える。
甘ったるい、いやらしい声なんて上げてはいけない。
私はただ、宏樹にお風呂に入れてもらっているだけ。身体を洗ってもらっているだけ。
ただ、それだけなのだ。
そうでなければいけない。
ここで、快感を覚えていることをはっきりと態度に表してしまったら、この行為がまるで別のものになってしまう。
着替えや入浴を助けてもらうことは恥ずかしくはない。たとえ裸を見られたとしても。
それはあくまでも『介護』なのだ。
しかし、そこに性的な意志が介在するとなると事情はまるで違ってしまう。
そんなことは、あってはならない。
だから私は、声を漏らさないように唇を噛んでいる。
宏樹の行為について、なにも言わない。
なにも特別なことはない。ただお風呂に入れてもらっているだけ。
そう、自分に言い聞かせる。
私の葛藤を知っているのかいないのか、宏樹は執拗にスポンジを動かし続ける。
身体が痺れてくる。頭の中がクリームのようにとろけてくる。
身体の芯が熱い。
女の子の部分が、熱を帯びてとろけはじめる。
発育が良くないとはいえ、もう十八歳なのだ。その身体は『少女』というよりも『女』に近づきつつある。性的な刺激を加えられれば、意志とは関係なしに反応してしまう。
執拗に続く性器への刺激。
泡まみれのスポンジが、股間で往復運動を繰り返している。
「……っ、…………っ!」
身体が震える。
いったい、どのくらい続いたのだろう。
頭の中が真っ白になって気が遠くなりかけたところで、不意にその刺激は消えた。
全身にシャワーが浴びせられ、身体を覆う泡が流れていく。
私は大きく息をついた。
今日も今まで通りに終わったという安堵の息。
そして――
わずかなところで満たされなかった女の切ない溜息。
まだ朦朧とした意識の中で、肌を叩く湯滴の刺激に身体を委ねる。
シャワーを止めた宏樹は、私を持ち上げて浴槽へ沈めた。
お湯の中では浮力が働いて、少し身体が楽になる。
お湯は熱めだけれど、量は不自然に少ない。決して広くはない浴槽に宏樹も一緒に入ってくる。それでちょうど、お湯の量は浴槽いっぱいになった。
宏樹の手が左腕に触れてくる。
もちろん特別な意味があるわけではない。肘の上あたりを、少し強めに揉み始める。
揉みながら、ゆっくりと肘を曲げ伸ばしする。
今日のように調子が悪い時、こうして熱いお湯の中でマッサージしてもらうと、いくらか楽になって手や脚が動かせるようになるのだ。
「……ん」
宏樹の指にはかなり力が込められている。徐々に腕の感覚が戻ってきて、痛みを感じるようになってくる。
左腕へのマッサージは、十数分続けられた。その間何度も、宏樹の腕が私の胸に触れていった。
それはきっとマッサージの際の偶然。偶然にしては少し回数が多すぎることを私は無視する。
腕の次は当然、脚のマッサージが始まる。
ふくらはぎ、膝、腿のあたりを強く揉みながら、何度も膝を曲げ伸ばしする。
脚の調子も良くなってくるに従って、太腿を揉む位置が上に移ってくる。脚の付け根の、かなりきわどい部分まで揉まれてしまう。
確かに、こうすると股関節の動きが楽になる。
だけど。
たまに、手の甲が茂みや秘所に触れる。
あくまでも偶然。たまたま触れただけ。
たとえそれが、不自然なほど頻繁に起こる偶然だとしても。
いったい、いつからだろう。
宏樹の接触に、性的な意図が感じられるようになってきたのは。
ここ一、二年のことだとは思うけれど、正確なところは思い出せない。そのくらいさりげなく、少しずつ、事態は進行してきたのだ。
着替えの時、入浴の時、身体を拭いてもらう時、階段で抱き上げてもらう時、髪をセットしてもらう時。
表情ひとつ変えずに。
何もなかったかのように。
普通ならば触れないように気をつけるべき部分に、さりげなく触れていく。
仕方のないこと……なのかもしれない。
宏樹も高校二年生。性的なことに強い関心を持つ年頃だ。
実の姉で、さほど魅力的でもない身体とはいえ、全裸で一緒に入浴していては無関心でいられないのかもしれない。
私は、このことについてなにも言わない。
宏樹本人にも、もちろん母親にも。
言うことはできない。
宏樹がしているのは入浴の手伝いとマッサージ。それだけなのだ。
偶然を装って触れる、それ以上のことはしてこない。
もっとも、たとえそれ以上のことをされたとしても、文句を言う権利はないのではないかと思う。
手のかかる姉の世話にこれだけ時間を割かれなければ、垣崎のような魅力的な女の子と好きなだけデートして、その気になればエッチなことだってできるだろう。宏樹の前での垣崎なんて、私にもわかるくらいに全身から「いつでも食べて」というオーラを発しているではないか。
私は宏樹に甘えて、頼って、そんな楽しい時間を奪っている。
だから宏樹のすることに文句を言うことはできないし、言う気もさらさらない。
触りたければ、触ればいい。それで私がなにか困るわけではない。
今のところはそれでいいと思う。
そもそも、今さら文句を言うのもおかしい気がする。ずっと前から、いつの間にか既成事実になっていたことなのだから。
とりあえずは、今のままでいい。
このままの生活が続けば、それでいい。
だけど、もしも宏樹がもっと直接的な行動に出てきた場合、自分がどんな反応をするのかは予想できなかった。
お風呂から上がっても、それで終わりというわけではない。
宏樹は大きなバスタオルで私を包んで部屋まで運び、濡れた身体を拭いてくれる。
タオルの上から全身を撫で回す。決して直に触れては来ないが、それでも胸を念入りに拭いていく。
これは、スポンジよりもずっと「宏樹の手に触れられている」という感覚が強い行為だった。
また乳首が固くなってくる。
それが宏樹にも気づかれてしまうのではないかと不安になってしまう。
多分、気づいているだろう。いくら小さな胸、小さな乳首とはいえ、タオル生地一枚だけを隔てて触れているのだから、触れはじめた時と今とで感触が違うことは一目瞭然だ。
しかし宏樹はなにも言わずにバスタオルを剥ぎ取ると、私の足下にしゃがみ込んだ。バスタオルで脚を包んで、下から上へと拭き上げてくる。
バスタオルが何度も、女の子の部分に触れてくる。宏樹の手が、タオルを押しつけてくる。
表向きは湯上がりの身体を拭くための行為だが、その一部分だけはむしろ湿り気が増していくようだった。
さりげない性的な悪戯。
少しだけ、性的な快感。
お互い、そのことには触れない。口に出してはなにも言わない。
それが暗黙の了解だった。
私はただ、声が出そうになるのを堪え、微かに身体を震わせながら、宏樹に掴まっているだけだ。
それからショーツをはかせてもらい、パジャマを着せてもらう。
濡れた髪をドライヤーで乾かしながら、ブラッシングしてもらう。
宏樹は乾き具合を確かめるように髪に触れ、指で梳いていく。その時、指がうなじや耳に触れる。
最後に、パジャマの襟の乱れを直すふりをして、さりげなく胸に触れていく。タオルよりも薄い生地を通しての接触に、私は小さく痙攣する。パジャマの上からでも、固くなった小さな二つの突起の存在ははっきりと見て取れた。
宏樹は自分の部屋へと戻っていく。
私はベッドにもぐり込んで灯りを消す。
そうして一日が終わる。
だけど私の身体は、まだ熱く火照ったままだった。
| 【前の章】 | 【次の章】 | 【目次】 |
(C) YAmaneko Nishisaki All Rights Reserved.