魔法をください

by 西崎やまねこ


 学校の制服って、それを着ただけで大人になれる、魔法の服だと思っていた。
 隣に住んでいて、実の兄のように仲良くしてもらっていた男の子が中学生になる時、初めて学生服を着た姿を見て、急にすごい大人になったような気がしてびっくりしたものだ。
 なのに数年後、自分が中学生になった時には、制服を着た姿を見てもまるっきり子供っぽくてがっかりした。
 中学生になって一年以上が過ぎた今でも、その思いは変わらない。
 相変わらず背は低いし、胸も小さいし、ぜんぜん女らしくない。同い年のクラスメイトと比べても、あたしだけが特に子供のように思えてしまう。
 早く大人になりたい、もっと女らしくなりたい。
 それが、あたしの願いだった。


 五月のある土曜日。
 学校が休みなので、あたしはあてもなく自転車で街を走り回っていた。
 サイクリングは好きだった。だけど、これもあまり大人っぽくも女らしくもない趣味かもしれない。
 それでも、好きなことをしている時だけは、悩みも忘れていられた。
 その日は朝から気温が低くて、どんよりと曇っていた。それでもしばらくは大丈夫だろうとたかをくくって出かけたのだけれど、昼頃に降りだした雨はたちまち土砂降りになって、ずぶ濡れになったあたしは隣街の陸橋の下で雨宿りする羽目になった。
 寒い。
 冷たい雨が降り注いでいる。まるで、季節が一ヶ月くらい逆戻りしたような気温だ。
 恨めしげに空を見上げるが、止む気配はまるでない。
 濡れネズミになってがたがた震えていたあたしは、激しい雨音のせいもあって、近づいてくる足音に気づいていなかった。
「あれ、舞衣ちゃん? なにやってんの?」
 突然の声に、びっくりして飛び上がった。それは、とても懐かしい声だった。
 振り返ると、大きな傘をさした大学生くらいの男の人が立っている。よく知っている顔だ。
「お……、お兄ちゃん?」
「偶然だな。久しぶり、元気だった?」
 お兄ちゃん、といっても実の兄ではない。隣の家の一人息子で、隆一くんという。
 あたしよりも六歳年上で、いま大学の二年生。うちもお隣も両親が共働きのため、小さい頃は、実の兄同然に面倒を見てもらっていた。
 だけど隣街にある大学に進学してからは、家を出てアパートで独り暮らししているので、たまの休みに帰ってきた時くらいしか顔を合わせることがない。
「ひどいカッコだな。傘持ってないの?」
「見ての通り」
「そんなに濡れて、風邪ひくぞ。オレの部屋、すぐ近くだけど雨宿りしてく?」
「いいの?」
「もちろん」
 あたしは、素直にその申し出に甘えることにした。本当に風邪をひきそうだったし、久しぶりにお兄ちゃんに会えたのも嬉しかった。


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