鏡像双姦

by 西崎やまねこ

第4章【1】


「………………」
 月曜日の放課後。
 美術部室であたしと玲を迎えたのは、演劇部員全員の沈黙だった。
 みな一様に、目をまん丸に見開き、口をぽかんと開けている。
 驚くのも無理はない。
 演劇部が更衣室代わりに使っている小部屋に入っていったのは、高校生の男子と女子。
 出てきたのは、一卵性双生児のようなふたりの女の子。
 まるでイリュージョンだ。
「……というわけで、これが弟の玲……ってゆーか、この格好の時は妹のレイって感じ?」
「……いや……これは……すごい! うん、期待以上の出来だよ、静」
 真っ先に我に返ったのは、部長の高槻翠先輩。満面の笑みを浮かべている。なにしろ、今回の脚本にもっともやる気を見せていた人だ。
「すごい、すごいよ、静! よくぞここまでそっくりに……しかも思いっきり美少女だし。でかした!」
 嬉しそうに、ばんばんと肩を叩いてくる。
 ……ただし、
「……部長、そっちはレイ」
「え? ウソ?」
 玲の肩に手を置いたまま、心底驚いたようにあたしを見る。
「だって、微妙にこの娘の方が女らしいっしょ?」
「……ぅ」
 少し、傷ついた。
 ネタだと思いたい。あたし相手に限らず、部長はよくこんな風に人をからかうのだ。いくらなんでも、あたしと玲の区別がついていないはずがない。
 もっとも、玲の方が女らしいという点については、否定できない部分がある。あたしはどちらかといえばボーイッシュな性格だし、元が男である玲は、女装時には意図的に女らしく振る舞っているのだから。「オカマは本物の女よりも女らしい」とはよく聞く言葉だ。
 他の部員たちも玲に見とれている。その目は明らかに、「綺麗な男」ではなく「可愛い女の子」に向けられる視線だった。真緒なんて、目がハート型になっている気がする。この娘ってそっちの趣味だっけ?
 とりあえず、この企画に半信半疑だった子たちも、揃ってやる気を見せてきた。「レイちゃんの存在だけで、この舞台の成功は決まったようなものだわ」なんて声が聞こえてくる。
 それについては、あたしたちも含めて、全員が同意見だった。玲にはよく家で練習相手をしてもらっているから、演技に関してもまったくの素人というわけではない。最初に女装をさせてそれが予想以上の出来だった時から、今回の脚本も読ませてある。
 たぶん、うまくいくだろう。
 そんな気がした。
 
 この物語の主人公は、街で見かけた可愛い女の子にひと目惚れしたイケメン男。
 その子を見つけ出して告白したのはいいけれど、相手が実は双子だったことには気づいていない。
 双子の姉がそこにつけ込んで、こっそり妹と入れ替わって男をからかうという内容のコメディだ。
「それにしても……女子校の演劇部で男が出てくる脚本なのに、助っ人の男子が女の子役ってどうなんだろね、セイ?」
 今さらのように玲がぼやく。そっけなく応えるあたし。
「適材適所って言葉、知ってる?」
「……それで納得してしまう自分が哀しい」
 主人公の男を演じるのは部長だ。
 黙っていればとびっきりのイケメンなのに、双子の片割れにからかわれてドタバタを演じる三枚目役。
 部長はうちの部でいちばんの長身で、ヅカ系の美形なのだ。
 ちなみに、主人公の男がひと目惚れした、お淑やかで優しい妹の役が玲。妹に化けて男をからかうちょっと性格の悪いボーイッシュな姉があたし。
 本物の女が、弟に『女らしい役』を取られるのってちょっと複雑。
「この配役ってどうなんだろ? ねえ、部長?」
「静、適材適所って言葉、知ってる?」
「……それで納得してしまう自分が哀しい」
 客観的に評価すれば、女装玲は間違いなくあたしよりも女の子らしい。
 実際、この配役は正解だった。
 この後、一場面の台詞合わせをしただけでもノリは最高で、周囲には大ウケだったのだから。
 生粋の女としては、ちょっとばかり複雑な心境ではあったけれど。

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