海はけっこう好きだった。
 こんな身体でも一応は泳ぐことができる。水泳や水中ウォーキングはリハビリの一環として散々やらされた。水中では浮力が働いて脚に体重がかからなくなる分、むしろ陸の上にいるよりも楽なのだ。
 水泳は、私にもできる数少ない運動だった。やっぱり、たまには身体を動かすことも気持ちいい。
 海は綺麗だし、天気もいいし、人は少ないし。
 札幌近郊の海水浴場ではこうはいかないだろう。宏樹のオートバイで三時間近くかけてやってきた島牧の海岸は、正式な海水浴場ではないところで、夏休み中とはいえ平日なのであまり人はいない。一番近くても百メートル以上向こうにいる大学生くらいのカップルだ。
 人目がなければ大きな傷痕も気にしなくてすむ。気兼ねなくビキニで肌をさらすこともできる。お洒落で露出の多い水着は多少恥ずかしいけれど、年頃の女の子としてはやっぱり嬉しくもある。
 私は波打ち際近くの浅いところで、密生した昆布にまとわりつかれながらたゆたっていた。
 家を出た時刻が遅いので、もう夕方近い。その方が陽射しは和らぐし波は穏やかになるし、水温はむしろ正午頃よりも高くなる。どうせ長い時間泳ぐ体力はないのだから、一番いい時間帯を楽しんだ方がいい。
 とろとろとした波に揺られながら宏樹の姿を探した。少し沖の方で潜水を繰り返している。アワビかウニでも獲っているのだろうか。
 宏樹の様子はなにも変わっていない。昨日あんなことがあったというのに、今朝はやっぱり普段通りの宏樹だった。
 私の方はというと、今日になっても平静ではいられなかった。着替えやお化粧のために触れられている時、どうしても鼓動が速くなってしまう。オートバイに乗って宏樹に密着している時、押しつけた胸が固く張ってしまう。
 途中のコンビニで休憩した時には、暑さが原因ではない汗をかいていて、パンツの中が湿っていた。
 海に着いて、日焼け止めを塗ってもらった時はもっと大変だった。
 ビキニのブラを外されて胸を直に触れられた時、先端の小さな突起はいつもより硬く突き出ていた。本当は断りたかったのだが、宏樹の方から「日焼け止め塗ってやろうか?」などと言ってきたということは、つまり私に触れたかったということなのだろう、無下に断ることもできなかった。
 久しぶりに身体を動かした上にそうした精神的負担もあって、さすがに疲れてしまった。温かな海水に浸かって波に揺られていると、眠くなってしまう。
 実際、少しうとうとしていたのかもしれない。気がつくと宏樹が傍に来ていた。
「疲れたのか?」
「……ちょっとね」
「身体の調子は?」
「いいよ」
「長く水に浸かって、冷えてないか?」
 水の中で、宏樹の手が触れてくる。腕に。脚に。
 いつもお風呂でしているようにマッサージしてくれる。
「ん、平気。水も温かいし」
 そう応えても、宏樹は私に寄り添っていた。背後から抱かれるような体勢になる。少しだけ体重を後ろにかけた。
「……新しい水着、どうかな?」
 なんとなく、そんなことを訊いてみた。それに対する宏樹の答えに少し興味があった。
「ん? まあまあ、いいんじゃない」
 半ば予想できていたことだけれど、返ってきたのは相変わらず素っ気ない言葉だった。自分で勧めた水着なのだから、もう少し違った反応があってもいいだろうに。
「そりゃあね、私は垣崎さんみたいにスタイルよくないし」
 少し傷ついて、拗ねたように言った。宏樹は昨日、スタイル抜群の垣崎とプールへ行っているのだ。あの子のことだから、きっと宏樹を誘惑するために露出の多いセクシーな水着だったに違いない。それを見ていたのなら、私の水着姿なんて面白くもなんともないだろう。
「あの子、水着になったらすごいでしょ?」
「……つか、同世代の女子で、紗耶より色気ない奴を捜す方が難しいだろ」
 これには、さすがにむっとした。発育がいい方ではないとはいえ、いくらなんでもそこまでひどくはないと思いたい。
 言い返してやろうと思ったが、筋肉のほとんどない不自然に細い脚を見たらなにも言えなくなった。これでは確かに色気のかけらも感じられない。
 それでも口の中でぶつぶつ言っていると、宏樹の手が胸に触れてきた。
「……!」
 いつものような、偶然を装っての軽く接触ではなかった。大きな手のひらで水着の上から私の胸を包み込んでいる。
「紗耶の胸は、全然成長しないな」
 抑揚のない口調で言いながら、胸を揉んでくる。指先で、先端の突起をつついている。
 びっくりして、なにも反応できなかった。初めてのことだったのだ。偶然を装わない性的な接触なんて。
 昨日のあれでさえ、体毛の処理という口実があった。今日だって日焼け止めを塗るという大義名分で胸に触れていた。
 胸の小ささをからかっての、ふざけての行為……ではない。介護を装って接触することはあっても、私たちの間にそうしたスキンシップはないのだ。宏樹にふざけた様子はない。ただ黙って、私の胸を弄んでいる。
「……あ」
 ブラのカップがずらされた。水の中で、胸のふくらみが露わにされる。
 これはもう、姉弟であっても冗談で済まされる行為ではない。指先で乳首を摘みながら、手のひらで乳房全体に刺激を加えている。
「ひ、ろ……、や……」
 声が出なかった。宏樹、やめて――ただそれだけの台詞を口にすることができなかった。片手が、下半身へと移動していった時でさえ。
「……っ、あっ」
 下も脱がされてしまった。ビキニのパンツが太腿の中ほどまで下ろされ、局部が海水に洗われる。
 宏樹の手が脚の間に入ってくる。ヘアを剃られて無毛になった丘の上を滑り、さらに奥へと進んでくる。
「……ぁっ、っ……んっ」
 指が敏感な粘膜に触れた瞬間、身体に電流が走った。こんな状況下でも私の身体は反応していた。
 胎内へと通じる小さな割れ目に指先がもぐり込む。狭い膣口を探り当てて、ゆっくりと中に入ってくる。第一関節の少し先まで挿入された指が小刻みに震える。
「ん……く、ぅ……ん……んっ、ぁ……」
 私はか細い嗚咽を洩らしながら、宏樹の愛撫を享受していた。
『いったい、どういうつもり?』
『どうしてこんなことするの?』
『だめ、やめて』
『私たち姉弟なんだから』
 そんな、意味のある台詞はひとつも出てこなかった。
 どうしてだろう。
 どうして、なにも言えないのだろう。
 私はただ微か肩を震わせ、小さな声で喘ぎながら、その愛撫に身を委ねていた。
 少しずつ奥に進んでくる指。微かな痛みと、その何倍もの快感が湧き起こる。
 宏樹のもう一方の手は、小さな胸を愛撫し続けている。
「あっ……ぅ、ぅん……っ」
 指が、一番奥の行き止まりまで届いた。子宮の入口を指先でくすぐり、膣の一番深い部分をゆっくりとかき混ぜる。
 私の中で、私の身体の一番深い部分で、宏樹の指が動いている。生まれて初めて、他人の身体の一部をそこへ受け入れている。
 それは、これまで経験した中で一番、セックスに近い行為。
 血のつながった姉弟がしてはいけないこと。
 指が動いている。私の中を探るように。一番感じる部分を探るように。
 少しだけ焦れったさを覚える。どこが気持ちいいのか知り尽くしている自分の指とは違い、いま私の中にある指は、なかなか急所を見つけてくれない。
「ン……、は……ぁ……ぅんんっ!」
 そこは痛いの、とか。
 もうちょっと奥、とか。
 そこをもう少し強く、とか。
 声に出してしまいそうだ。
 唇を噛みしめる。間違ってもそんなことを口にしてはいけない。
 たまに、偶然に指が急所に触れる。一瞬身体が痙攣し、オクターブの高い声が漏れてしまう。
 そんなことを繰り返すうちに、だんだん、感じる部分を刺激される頻度が高くなってきた。私の反応を見て、宏樹も学習しているのだろう。
 身体の奥で、炎が燃え上る。
 快感の度合いが指数関数的に上昇していく。
 声が大きくなってくる。胸を愛撫していた手が離れて口を押さえる。
 体内の指はさらに動きを速めていく。
「あっ……ぃ……、んく……うぅ……ぅうっ! ぅぅうっ!」
 口を押さえられていても、くぐもった声が漏れてしまう。
 私ってば、何をやっているのだろう。
 屋外で、海の中で、ひとつ間違えば他人に見られかねない場所で、実の弟の指で犯されて悶えている。
 宏樹ってば、何をやっているのだろう。
 こんな場所で、こんな、今までしたことのない過激な、直接的な行為を。
 私の貧相な水着姿に、欲情したとでもいうのだろうか。それとも海へ連れてきた代償のつもりだろうか。
「うぅぅ……っ、ぅんっ! う……ぁ、うぅっ!」
 大きな声で喘ぎたいのに、口を押さえられてそれもできない。苦しくて涙が出てきた。
 苦しくて、だけど気が遠くなるほどに気持ちいい。
 もう、今にも達してしまいそうだ。わずかに残った理性がそれを押し止めている。
 こんなところで、こんな状況で、快楽の極みに達してはいけない。
 宏樹が私を触りたいのなら触ればいい。犯したいのなら犯せばいい。
 何をされても文句を言えない。宏樹にはそうする権利がある。
 姉の介護に追われて、彼女を相手に性欲を発散する暇もないのというのなら、私でそれをすればいい。宏樹にそうした意志があるのなら受け入れるしかない。
 だけど私はその行為を悦んではいけない。
 宏樹は男だ。性欲を持て余すこともあるだろう。実の姉とはいえ、貧相な身体とはいえ、女の子の裸に欲情したからといって責められない。
 だけど、私はいけない。
 実の弟との性行為。恋愛感情のない性行為。そんなことで感じてはいけない。
 私は宏樹の姉なのだ。本来、弟が間違ったことをしたら諫める立場だ。
 だから、この行為を悦んではならない。
 しかし宏樹が私にしてくれてきたことを考えると、拒絶することもできない。
 だから、私はただ黙っているべきなのだ。
 拒絶せず、受け入れず。宏樹の気が済むまで、ただ人形のように黙っているべきなのだ。
 なのに、身体は心を裏切っている。
 宏樹の愛撫に反応してしまう。誤魔化しようのないくらい、激しく反応してしまう。
 思うように動かない身体のくせに、発育もよくない身体のくせに、こんなところだけは一人前の女なのだ。
 私の中を執拗に攻めたてている指の動きが、大きくなってくる。一番深い部分から入口まで引き抜かれる。入口から一番奥まで一気に突き入れられる。
「は、あぁ……あっ、はぁっ……あっ、あぁんっ」
 自分の指では経験したことのない、激しい刺激。全身を貫く快感。
 もう……
 もう……だめ。
「い……いィ……」
 だめ。
 それは……だめ。
 それは、いけないこと。
「あぁっ、あっ……い、いぃ……ク……」
 もう二度と、宏樹の前でこんな姿を見せてはいけない。そう思っていたはずなのに。
 だ……め。
 もう……限界。
 細い、細い、理性の糸の最後の一本が、胎内で燃えさかる炎に灼き切られる。
「あぁぁっ! い、いっ……イっ! あぁぁ――っ!」
 気が遠くなるほどの絶頂感。
 理性の束縛から解き放たれた肉体は、宏樹が与えてくれる快楽を、一滴残らず貪っていた。

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