prismatic iname 序章  少しの間、失神していたのかもしれない。  朦朧とした意識の中、ゆっくりと目を開ける。  最初に視界に入ったのは、壁一面の大きな鏡に映った全裸の女の子だった。  小柄で華奢な体格をしていて、一見、中学生くらいに見えなくもない。その割に胸の発育はよく、単なる子供にはない独特の色気を漂わせている。胸の先端に付けられた小さなアクセサリも、その効果を高めていた。  俯せでベッドに横たわり、細い腕は背後に回されて手錠でつながれ、首には鎖のついた深紅の首輪が嵌められている。  焦点の合わない虚ろな瞳と、くしゃくしゃに乱れた長い髪が、その小さな身体に加えられた責めの激しさの名残だ。  私は小さく首を振る。鏡の中の女の子が同じ動作をする。頬に張りついていた髪が剥がれる。  その小さな物音が、室内にいたもうひとりの人物の注意をこちらに向けた。 「莉鈴、目が覚めたか?」  首を巡らして声の主を見る。  ネクタイを結ぶ手をとめて私を見ている、男性の姿が視界に入る。  そろそろ四十歳近いはずだが、髪は黒く、身体は引き締まっていて、実際の年齢よりもかなり若く見えた。メタボリックな体型で若い娘を抱くのは、彼の美意識が許さないらしい。スポーツマンのような体型を維持するために少なからぬ労力を費やしていることは知っている。 「パパ……もう帰っちゃうの?」  それが自分の声とはにわかに信じられないくらい、甘えた声が発せられる。 「もっと一緒にいたかったのに……」 「失神するほど感じていたのに、まだ足りないのか? 欲張りだな、莉鈴は」  帰り支度を再開しながら〈パパ〉が苦笑する。 「パパとだったらどれだけしたって足りないわ。もっともっと、何十回でも、何百回でも、失神させて欲しいもの」 「俺の身がもたないよ。悪い、これから仕事なんだ」 「また? もぉ、パパってば働きすぎよ」  相変わらず忙しい人だ。だからこそ、私のような女の子たちと〈遊ぶ〉お金にも事欠かないのだけれど。  身支度を調えた〈パパ〉が近寄ってくる。  大きなベッドの脇に立つと、私の首輪につながる鎖を乱暴に引っ張って顔を上げさせる。もう一方の手で顎を掴んで、唇を重ねてくる。  強引なキスに、私は自分から舌を伸ばして応える。 「そうそう。今月のお小遣いは、振り込んでおいたから」 「ありがとう、パパ」 〈パパ〉の腕が背後に回される。私の身体を抱くためではなく、手錠を外すために。  自由になった腕を〈パパ〉の身体に回す。ただし、スーツが皺にならないように力は込めない。  もう一度唇を重ねながら〈パパ〉は首輪も外す。手が自由であっても自分で外してはならない――それが私たちの間の〈ルール〉だった。 「莉鈴はまだ起きあがれないだろ。ホテルの精算は済ませておくから、ゆっくり休んでいきなさい」 「はぁい。パパ、お仕事頑張ってね」  もう一度、今度は私の方から唇を押しつける。三十秒ほどそうしていて、名残惜しげに腕を放す。 「……いってらっしゃい」 「また、な」  小さく手を振って〈パパ〉の姿が視界から消える。  ドアの開閉の音が聞こえてくる。  その瞬間、鏡に映っている顔からいっさいの表情が消えた。人形よりも無機的なその顔には〈パパ〉に可愛らしく甘えていた女の子の面影はどこにもない。  のろのろと立ちあがる。  身体がふらついている。まだ少し朦朧としていて、平衡感覚が狂っていた。  行為の前に〈パパ〉に飲まされた〈クスリ〉の影響が残っているのだろう。頭はぼんやりしているのに、身体の奥深くには熱い熾火が残っているような感覚だった。  立ちあがると、内腿を液体がゆっくり流れ落ちていくのを感じる。  指で拭い、顔の前に持ってくる。  白っぽく濁った、粘性のある液体。  私の愛液と〈パパ〉の精液が混じったそれは、不快な生臭い匂いを放っている。  なのに私は、指を口に含んだ。指を汚している粘液を一滴残らず舐めとり、飲み下す。  きれいになった手を、また下半身に運ぶ。 「ん…………」  自分の中に指を挿れる。膣内に残っている粘液を掻き出す。  そして、その指をまた口に含む。  何度も、同じ動作を繰り返す。 「……ぁ…………は、ぁ」  奥深くまで指を挿れて中をかき混ぜていると、切なげな声が漏れてしまう。〈クスリ〉の影響が残っている身体は、普段よりもずっと敏感だった。  精液の味がしなくなっても、指を塗らす液体の量は変わらない。精液よりは透明感のある、新たな粘液が分泌されてくる。  指が、意志に反して勝手に動き始める。  中指と薬指を奥深くまで挿入する。くちゅくちゅと湿った音を立てて中をかき混ぜる。  中はすごく熱い。醒めた表情とは裏腹に、身体の中では炎が燃えさかっている。〈クスリ〉の効果は数時間は続くのだ。〈パパ〉とのセックスが失神するほど激しいものであっても、一度達したくらいでは治まらない。 「ぁ……っ、ん…………ふぁ……んっ」  立っているのが辛くなって、その場に膝をついた。  指を根元まで挿入する。  それでも足りず、ぐいぐいと手を押しつける。  痛いくらい、乱暴に。  爪で、中を引っ掻く。 「…………っっ!」  涙が滲むほどの鋭い痛み。  なのに身体は、その刺激で快楽の極みを迎えていた。 「……は…………ぁ……」  全身から力が抜けていく。そのまま床に倒れ込みそうになるのを堪えて、ベッドに手をついて立ちあがった。  ソファの上に放り出してあった鞄の中から、愛用の剃刀を取りだす。それを持って、危なっかしい足どりバスルームへ向かう。 「……今日は一回だけ……か」  こんなことは珍しい。〈パパ〉との〈デート〉では、泊まりにならない日でも夜中近くまで行為を繰り返すのが普通だった。 「…………」  やや物足りなさを感じつつ、剃刀の刃を左手首に当てる。  剃刀を握った右手に軽く力を込め、一瞬の躊躇もなく刃を滑らせる。  鋭い痛み。  手首に紅い筋が浮かびあがり、腕を流れ落ちていく。  肘まで流れて滴り落ちる。  バスルームのタイルに、紅い斑点が刻まれていく。  私は剃刀を握ったまま、じっとそれを見つめていた。  バスルームを出ると、まず、左手首に包帯を巻いた。  シャワーを浴びるくらいの時間では、まだ出血は止まっていない。血の汚れはなかなか落ちないから、着替えの際に制服を汚すのは好ましいことではない。  それからのろのろと服を手に取る。  性交の後につきまとう気怠さに〈クスリ〉の影響が加わって、ただ服を着るだけの動作も重労働だった。  ショーツは穿いたが、面倒なのでブラジャーもキャミソールも着けない。まるめて鞄に詰め込む。  素肌の上に直にブラウスを着け、スカートとオーバーニーソックスを穿く。首のリボンは省略した。  乱れた髪に軽くブラシを通す。普段、学校へ行く時には三つ編みにしているけれど、もちろん今はそんな気力もない。  眼鏡もかけず、ケースごと鞄にしまう。  ベッドに腰をおろして溜息をつく。  こんないいかげんな身支度をするだけでも、ひどく疲れた気分だった。立ちあがるのが億劫になる。このままベッドに倒れ込んでしまいたい。  それができればどれほど楽だろう。  だけど、それは許されない――楽であるが故に。  もう一度小さく深呼吸して、ゆっくりと立ちあがった。 * * * 〈パパ〉とのひとときを過ごしたラヴホテルを出ると、外は真っ暗だった。  時刻はまだ夕方だけど、不気味なほどに黒い雲が低く立ちこめている。  ホテルに入る前から怪しい空模様ではあったが、いよいよ雨が降りだしていた。アスファルトは黒く濡れ、道を行く人の大半が傘を手にしている。  おそらく、雨はこれからさらに強くなるのだろう。  それがわかっていても、私はそのまま歩き出した。 第一章  雨が降っている。  ホテルを出た時にはまだ小降りだった雨は、歩き出すとすぐに激しさを増し、ほどなくして土砂降りと呼ぶのが相応しい状態になっていた。  その中をのろのろと歩いていく。  もちろん、全身ずぶ濡れで。  通り道には傘を売っているコンビニもある。  客待ちのタクシーもちらほら見かける。  ファーストフード店には空席もある。  だけど、全部、無視。  お金がないわけではない。  今日は〈パパ〉から現金は受け取っていないけれど、昨日、別の〈パパ〉からもらった数枚の一万円札は、まだ手つかずで財布の中に残っている。  ただ、雨を避ける気になれなかっただけ。  雨の中を、濡れながら歩きたい気分だっただけ。  けっして調子のよくない身体でのろのろと歩いても、三十分ほどするといつしか周囲は繁華街から住宅地に変わっていた。普段、徒歩で通ることの少ない地区ではあるけれど、おおよその位置関係は把握できる。このままのペースで歩き続ければ、家まではまだ三十分以上はかかるだろう。  寒い。  今夜は、もうすぐ六月という時期にしてはかなり気温が低かった。  空から落ちてくるのは夏を呼ぶ温かい雨ではなく、季節が逆戻りしたかのような冷たい雨。  身体が震えている。  寒い。 〈クスリ〉が抜けかけている時は、ただでさえ寒さを感じやすい。それはちょうどアルコールの酔いが醒めていく時の感覚に似ている。  身体は冷え切っていた。左手首の新しい傷が、骨の髄まで浸みこむような痛みを発している。 「……北川?」  いきなり名前を呼ばれたのは、似たような家が建ち並ぶ住宅地の、一軒の門の前を通り過ぎようとしていた時だった。顔を上げると、門の内側に傘をさした人影が目に入った。  若い男性……というよりも、同世代の男子だった。  背が高く、筋肉質の体格をしている。日本人としてはかなりの大男の部類だ。身長百五十センチに満たない私とは、三十センチ以上の差があるだろう。それでも、顔にはまだ年相応のあどけなさが残っている。  しばらく、声の主を無言で見つめる。その顔と、なにより体格には見覚えがあった。 「やっぱり北川か。そんなずぶ濡れでなにやってんだ?」 「………………、早瀬?」  しばらく考えても、名前は思い出せなかった。門に掲げられた表札をちらりと見て、書かれていた名前を読む。  そういえば、そんな名のクラスメイトがいたかもしれない。  高校入学から間もなく二ヶ月になるが、考えずともすぐに顔と名前が一致するクラスメイトなど、いまだ片手で数えるほどしかいなかった。  同世代の他人など興味の対象外だ。ほぼ毎日同じ教室で過ごしていても、顔を覚えている者すら半分に満たないかもしれない。目の前の彼は、たまたま目立つ外見だから覚えていただけのことだ。  なのに、学校では目立たない容姿をしている私の顔と名前を知らない人間は、クラスはおろか学年全体でもほとんどいないのだから、おかしな話ではある。  もちろん〈早瀬〉も私のことは知っているのだろう。いや、クラスメイトの顔と名前くらいは知っているのが普通であり、自分が普通でないことは自覚している。  もっとも、それにしては早瀬の口調は自信なさげだった。人の顔を覚えるのが苦手なタイプか……と思いかけて、そうではないと気がついた。  今の私は、学校にいる時とはまるで違う。三つ編みにしている髪はまっすぐに下ろし、地味な印象を与える眼鏡もかけていない。オーバーニーソックスに、胸の谷間が見えるくらいにボタンを外したブラウス。その上ずぶ濡れの濡れ鼠。  学校での私しか知らない人が今の私をぱっと見て、それが〈北川 莉鈴〉だと気がついたら、むしろその方が驚きだ。早瀬は人の顔を覚えるのが苦手などころか、むしろ鋭い方かもしれない。 「……なにか、用?」  素っ気ない態度で訊く。 「いや……お前、この雨の中、なんでそんなずぶ濡れになってんだ?」 「雨が降ってるから、濡れてる。至極当然のことだと思うけれど?」  普段通りの――正確に言えば〈学校にいる時の普段通り〉の無表情、プラス抑揚のない無機質な口調で応える。  早瀬はやや気圧されたような様子だった。おそらく、私みたいなタイプの女の子との会話は苦手だろう。それを言ったら、彼に限らず〈学校モード〉の私との会話が得意な人間など皆無だった。  そういえば早瀬には、教室でよく話をしている仲のいい女子がいたような記憶がある。明るくて活発で話し好きのタイプの。  あれは彼女だろうか。普段付き合っているのがあのタイプであれば、やはり私のような人間の扱いには戸惑うに違いない。 「……か、傘、持ってないのか?」 「持ってるように見える?」 「いや……」  戸惑いというか、なにか恥ずかしがっているようにも見える。こちらを意識しているのは見え見えなのに、まっすぐに直視はしない。 「雨が降っている。傘は持っていない。別に、濡れることは気にしない。だから濡れたまま歩いている。以上、なにか質問が?」  それで会話を打ち切って歩き出すつもりだった。  正直なところ、この雨の中での長話はきつい。〈クスリ〉と貧血と低温のために体調は最悪といってもいい。歩いていればまだ意識を保っていられるけれど、黙って立っていたら倒れてしまいそうだ。 「あ……えっと……、よかったら雨宿りしてかないか? 今日は寒いし、そんなずぶ濡れで風邪ひくぞ?」  一歩踏みだした足が止まる。  振り返って早瀬の顔を見ると、やや照れくさそうに視線を逸らした。 「…………」  その表情を見るに、恐らくは純粋に好意による申し出なのだろう。とはいえ、そう簡単に異性の言葉を鵜呑みにするほどうぶでもない。 「……もしかして、下心とか、ある?」  先ほどからずっと落ち着かない早瀬の視線。それがちらちらと私の胸に向けられていることに気がついていた。  そういえば、上半身は下着をつけていないのだ。白いブラウス一枚、しかもずぶ濡れの。ぴったり貼りついて身体のラインがはっきり顕れ、胸が透けていることだろう。  私は小柄で細身だけれど、胸はそれなりに大きい。少なくとも、うぶな男子高校生が意識せずにはいられないくらいには。 「い、いや、ないっ! そんなの全然ないからっ!」  やや不自然なほど大げさなリアクションだった。  どうやら、よからぬ下心を抱いていたというわけではなさそうだ。雨宿りの件はやはり好意による発言だろう。  しかし透けた胸を意識していたのも事実なので、この慌てっぷりというわけだ。 「今、家族は留守で家には俺ひとりだから、気は遣わなくても……」  素直にそう言いかけたところで、しまった、という表情になった。  家族のいない家。男の子と二人っきり。普通の女の子ならかえって警戒すると気がついたらしい。  単純なものだ。同世代の男の子なんて、なにを考えているか丸わかりだ。  しかしそれ故に、普段は年長者を相手にすることの多い私にとって、いかにも女の子に慣れていない早瀬の反応は新鮮でもあった。 「ホント、別に、ヘンな意味じゃないから!」 「……別に、どうでもいいけどね」  透けた胸を見られたからといって、どうということはない。いくらなんでも「おこづかいをくれる〈パパ〉にしか見せない」というほどがめつくはないし、そもそも〈パパ〉とのデートだって、お金が主目的というわけではない。  そして、もしも早瀬が不埒なことを企んで私を家に連れ込もうとしているのだとしても、それこそ〈別に、どうでもいい〉話だった。いまさら失うものがあるわけではない。 「でも、私なんかと関わらない方がいいんじゃないの?」  そう応えると、一瞬、返答に困ったような表情を浮かべた。その反応から、私に関する〈噂〉を知らないわけではないと判断できた。  なのに親切にするというのは、よほどのお人好しなのか、それともやっぱりスケベ心を持っているのか。 「……だからって、放っておけないだろ」  早瀬はややぶっきらぼうな口調でそう言うと、私の腕を掴んで強引に家に招き入れた。 * * * 「ところで北川、お前なんで制服なんだ? 日曜なのに」  家に連れ込まれて、バスルームに案内された。  バスタオルと着替えを持ってきた早瀬が訊いてくる。  私は低温と手首の傷のせいでうまく動かない指で、ブラウスのボタンを外そうと悪戦苦闘していた。 「……この方が〈オトナ〉に受けがいいから」  簡潔にそれだけを答えると、早瀬は赤面したような、困惑したような、複雑な表情になった。どうやら、発言の意味は正しく伝わったらしい。 「そ、そうか……」  私が援助交際をしているという噂は、学校ではよく知られたものだった。特に隠そうともしていないから、ラヴホ街を〈パパ〉と歩く私を見たという目撃談は少なくない。  彼は今、その噂が真実であることを本人の口から聞かされたわけだ。  しかし、それ以上は追求して来ない。ややわざとらしく話題を変える。 「あ、えっと……着替え、俺のだから大きすぎるだろうけど、服、乾くまで、我慢してくれ」 「別に、気にしないわ」  答えながら、ミニスカートのホックを外してファスナーを下ろした。重く湿ったスカートが足元に落ちる。  続いて、ブラウスのボタンを外していく。  目の前に立つ早瀬の存在を無視したように。  脱衣所から出て行くタイミングを逸して、目のやり場に困って戸惑っている。  そんな早瀬をちらりと見る。 「……一緒に、入る?」 「じょ、じょーだん言うなよ! あ、温かい飲み物でも用意しておくから。脱いだ服はそこの乾燥機に入れてくれ」  早口に言って、慌てて脱衣所から出て行った。  ……ドアに足の小指をぶつけながら。  そんな光景を見ても私はにこりともせず、ただ淡々と服を脱いでいく。  やや拍子抜けしたことは否めない。  口ではああ言っていたけれど、いざ目の前で服を脱がれたら、本能を剥き出しにして豹変するかもしれないと思っていたのだけれど。  本当にお人好しなのか、単なる臆病なのか。意識はしているのだから、異性に興味がないわけではないだろう。  大きな筋肉質の身体の早瀬。確か、柔道部だったような気がする。格闘技をやっているからだろうか、どことなく野性的な凄みを感じる。  もしもあの身体で襲いかかられたら、私は為す術もなく犯されるだろう。しかし今のところ、そうした展開にはならないようだ。  ブラウスを脱ぐ。  ソックスも、ショーツも。  赤黒く汚れた包帯も解く。  包帯以外の衣類を乾燥機に入れ、バスルームに入った。  お湯をいっぱいに出す。  熱いお湯が飛沫となって降り注ぎ、全身を叩く。  痛いほどの刺激。  自分で思っていた以上に身体は冷え切っていたようだ。全身がこわばり、感覚も麻痺している。  お湯を浴びていると、だんだん、感覚が戻ってきた。最初の一瞬、熱湯のように感じたお湯は、実際には心地よい温かさだった。  こわばっていた身体がほぐれていく。  温もりが、身体の中に浸み込んでくる。  左手の指が思うように動かせるようになってくる。  手首の痛みが少しだけ和らぐ。  十分間くらい、お湯を浴び続けていただろうか。温まって、さっぱりした気分でバスルームを出た。  真新しいバスタオルで髪と身体を簡単に拭く。  早瀬が用意してくれた着替えを手に取る。  身長百八十センチはある早瀬のTシャツとジーンズは、いうまでもなく私には大きすぎた。Tシャツはまるでワンピースだし、このジーンズを私が履いたら、忠臣蔵の松の廊下を彷彿とさせる姿だろう。  服を着るより先に、まず汚れた包帯を手首に巻いた。ずっと雨に当たっていたせいか、出血はまだ止まってはいなかった。  そしてTシャツを手に取り、頭からかぶる。  ちらりと鏡を見る。  やっぱり大きい。肩が露わになっていて、ずり落ちてしまいそうだ。 「……まあ、いいか」  そのTシャツ一枚だけの姿で、脱衣所を出た。  リビングに戻った私を見て、早瀬は言葉を失っていた。  一瞬、かなり驚いていた。Tシャツ一枚だけを身に着けた風呂あがりの女の子というのは、相当なインパクトがあったようだ。  赤面して、なにか言いたげな素振りを見せたけれど、結局なにも言わなかった。  言えば、変に意識している証拠になる。あるいは、言ったために普通に服を着てしまうのは残念と思ったのかもしれない。  凝視はしないように気をつけつつ、しかしちらちらとこちらを見ている。  ソファに腰をおろすと、湯気を立てているカップが前に置かれた。中身はミルクココア。見かけによらずしゃれた選択ではないか。  冷たい雨に濡れて疲れた身体に、温かいミルクココアは嬉しいメニューではある。しかし、わざと「ありがとう」すら言わずに無言でカップを口に運んだ。  一口飲んで、おやっと思う。  舌触りが滑らかで、香り豊かで、すごく美味しい。  出来合いの、粉を溶かすだけのミルクココアではない。ちゃんとお湯で練って、温めたミルクで溶いた本物のココアだ。このコクは、生クリームも加えてあるかもしれない。  少し驚いて、思わず早瀬の顔を見た。  格闘技をやっている者らしい、大きな筋肉質の身体。顔はそこまでごつくはないけれど、かといって繊細な優男というわけでもない。  この身体で、この美味しいココアを作っている姿を想像するのは少々難しい。人は見かけによらないものだ。  温かい。  雨で冷えた身体を温めるには十分で、しかし熱すぎない。  少しずつ、ゆっくりと口に運ぶ。すぐに飲んでしまうのがなんだかもったいなかった。 「……余計なこと、したか?」  不意に、早瀬が口を開いた。  ココアに気を取られていた私は、一瞬、なにを言われているのか理解できなかった。 「……なにが?」 「雨宿りに誘ったこと。あんなに濡れてたのに、北川、ぜんぜん困った様子じゃなかったな」 「……そうね。雨の中を歩くのは嫌いじゃないわ。たとえそれで風邪をひいても、ね」  むしろそれが望みだ、とまでは言わなかった。言っても理解してはもらえまい。 「……ごめん」 「別に、謝る必要はないわ。雨の中を歩くのは嫌いじゃないけれど、どうしてもしたいっていうほど好きなわけでもない」 「そうか……」 「ココアが美味しかったから、まあ悪くない展開だわ」  思わず「ココアが好きなの?」と訊きそうになったけれど、なにも言わずに口をつぐんだ。それも〈別に、どうでもいい〉ことだ――と。  しかし、このココアは普通の男子高校生が作るようなものではない気がする。もっとも〈普通の男子高校生〉がどんなものなのか、よく知っているわけではないけれど。 「ああ……それは、姉貴に仕込まれたんだ」  やや照れたように答える。  それで納得した。  なるほど、お姉さんがいたのか。高校一年の早瀬の姉、ということは高校生か大学生かというところだろう。甘いものにはうるさい年頃だ。  とはいえ、このごつい弟にココアを作らせているとは、どんな姉なのだろう。なんとなく、テレビCMで見た女子プロレスラーのような姿を想像した。 「……それにしても、北川、学校にいる時とはなんか雰囲気が違うな。髪型のせいか?」  確かに、長い髪は学校では校則通りに三つ編みにしている。しかし、違いはそれだけではない。 「眼鏡もかけてないし、ね」 「あ、そっか。眼鏡、かけなくても平気なのか?」 「それほど悪いわけではないわ」  実際には、まったくのだて眼鏡だ。それは単に、容姿を地味にするためにかけている。  そもそも、今の〈雰囲気の違い〉は見た目以外の要因も大きい。  普段は、容姿も気配も、目立たないように抑えている。  自分の本来の容姿が、異性にかなり好まれるものであることは自覚している。しかし私の高校生活にとって、そんなものは邪魔なだけだ。  援助交際をしているとか、アダルトビデオに出ているとか、リスカ癖があるとかの噂が広まっていて、しかもそれが事実である女子高生にとって、異性に好まれる容姿や行動は無用なトラブルの元でしかない。異性に対してはもちろん、それ以上に同性に対しての。  学校生活というものになんの価値も見いだしていない以上、学校では目立たない方がいい。空気のように、気づかれずに存在していられれば理想的だ。  だから地味なファッションで、気配も変えて、異性を惹きつける〈フェロモン〉を抑えている。  ときおり「あんな冴えない子が援交?」といった嘲笑が聞こえてくるが、別に構わない。妬みを買うよりははるかにましだ。  早瀬が知っている〈北川 莉鈴〉はそうした女の子だった。  しかし今は違う。  よく手入れされた長い髪はまっすぐに下ろし、大きな目を隠す眼鏡もかけていない。  援交中の〈営業スマイル〉は浮かべておらず、無愛想な態度も学校のままだけれど、しかし異性を魅了する〈フェロモン〉は抑えていない――否、抑えられずにいる。〈クスリ〉の影響が残っているから。  早瀬がなんとなく落ち着かないのも、もっともな話だ。 「……と、ところで……その包帯も替えた方がいいんじゃないか?」  黙っていると間が持たない、といった様子で早瀬が言った。  自分の左手首に視線を落とす。  右手一本で巻いたものだから、かなりいいかげんな巻き方だ。そこに血が染み込み、雨に濡れて、見苦しく汚れている。  出血はまだ続いていた。鼓動に合わせて微かな痛みを覚える。  一回だけということで、無意識のうちに少し深く切ってしまったのかもしれない。その後はずっと濡れた状態でいたため、血が固まる余裕はなかったようだ。  早瀬が立ちあがり、薬箱を持ってきた。  隣に腰をおろし、左手を持って汚れた包帯を解いていく。  手首が露わになったところで、一瞬、動きが止まった。微かに眉をひそめている。  視線の先にあるのは、手首に無数に刻まれた傷痕。  新しいもの。古いもの。  何十、何百と重なって、その部分の皮膚がごつごつと固くなっている。  初めて目にする者には、ちょっとした衝撃だろう。  しかし早瀬はなにも言わず、すぐに手を動かしはじめた。  傷を消毒し、止血パッドを貼る。それを絆創膏で押さえた上で、新しい包帯をきれいに巻いていく。  なかなか手際がいい。高校入学後すぐに顔馴染みとなった養護教諭にも引けを取らない手つきだ。格闘技などやっていると、傷の手当ても日常茶飯事なのかもしれない。  手当をしている間、早瀬はずっと無言だった。一言も発していない。その不自然な沈黙は、気を遣っているのが見え見えだった。  それでも、うるさく言われるよりはありがたい。  どうして、とか。  こんなことするな、とか。  さんざん、耳にたこができるほど聞かされている。  動機なんて訊かれても困る。これは感覚的なもので、言葉にして論理的に説明できる類のものではない。たとえ説明したとしても、他人に理解できるものでもないだろう。  そういえば入学間もない頃、興味本位のクラスメイトに「痛くないの?」などというばかな質問をされたこともあった。  痛いに決まっている。  だから、切るのだ。  そうした連中に比べれば、沈黙を守っている早瀬は利口な方だろう。  もっとも彼の場合、理由の半分は傷よりも別のものに意識が向けられているためかもしれない。  露わになっている肩。  ぎりぎり見えそうな胸の谷間。  Tシャツの下から伸びる脚。  直視してはいけないという倫理観は働いているようだけれど、それでも本能には逆らえず、さりげなくちらちらと視線を向けている。  まあ、それは男子高校生としては当然の反応だろう。 「……ところで、早瀬はさっきからどこを見ているのかしら?」  傷の手当が終わっても、礼は言わなかった。私が頼んだことではない。  代わりに、少し意地の悪い質問をする。 「えっ? いあ、別に、その……」  不意打ちに、しどろもどろの反応しか返せずにいる。まさか、気づかれていないと思っていたのだろうか。  私でなくとも、女の子は自分に向けられる視線には敏感なものだ。あれだけ不自然に落ち着きのない視線、気づかないわけがない。 「…………ゴメン。ちゃんと服を着てくれないか?」  視線を逸らして言う。 「そんな必要はないでしょう? むしろ、着てない方が嬉しいのではないの?」 「え、いや……その……それは……」  否定しないあたり、根は正直な性格らしい。 「面白いもの、見せてあげましょうか?」 「え?」  返答を待たずに、Tシャツを胸の上までまくり上げた。  反射的にそこを見た早瀬の目が、驚きに見開かれる。  それはおそらく、女の子の胸を直視したための驚きではない。そこを彩っている、見慣れぬものが原因だ。 「き、北川……それ……?」  無意識のうちに伸ばしてきた手が、胸の数センチ手前で止まる。 「世の中には、こういうものに昂奮する男もいるってこと。そして、こういうことをされて昂奮する女も、ね」 「…………」  早瀬の指がさす先、私の小さな乳首には、環状のピアスが付けられていた。  私は、胸はそれなりに大きいが、それ以外は小柄で童顔のロリータキャラだ。その身体を貫くピアス。そのギャップに興奮する男は少なくない。  それは、もう何年も前に〈パパ〉のひとりに開けられたものだ。  もっとも、日常的にいつでも付けているわけではない。学校で体育の授業がある時などは付けない方が安全だし、大抵の〈パパ〉にはそこまでサービスしない。今日の〈パパ〉は、サービスするべき相手だった。  早瀬の手は、胸のすぐ手前で硬直したように宙でとまっている。 「……いいわよ、触っても?」  相変わらずの無表情のまま誘う。早瀬はやや困惑したような表情で私の顔を見て、それからさらにしばらく躊躇った後、恐る恐る、といった風に手を伸ばしてきた。  指先が触れる。  それが実在するものであることを確かめるように、乳首を貫いているピアスをつまむ。そのまま、軽く引っ張られる。 「……んっ」   思わず、小さな声を漏らしてしまった。  ピアスを付けている時に胸に触れられるのは弱い。普段よりもすごく敏感になっている。今は〈クスリ〉の影響も残っているからなおさらだ。  そういえば、今日は〈クスリ〉を使われていながら一度しかしていない。  こんなことは珍しい。大抵は〈クスリ〉が抜けるまで責めが続くのが常なのだ。  そのせいで、身体は満足していない。まだ、満たされていない。  まずい……かもしれない。  早瀬の手が、ピアスを、乳首を、そして乳房を弄んでいる。  このままではほどなくスイッチが入ってしまいそうだ。後戻りできなくなってしまう。  ……だけど。  別に、それでもいいのかもしれない。  これまでクラスメイトと、いや、同じ学校の生徒とも肉体関係を持ったことはないけれど、それはたまたまそうなる機会がなかっただけで、意図的に避けてきた展開というわけではない。 「……もっと面白いもの、見せてあげましょうか?」 「…………」  早瀬は無言で私を見た。声に出して答えずとも、その目が雄弁に語っていた。  脚を開いて、ソファの上に持ちあげる。表情ひとつ変えずに、いわゆる〈M字開脚〉の体勢になって、その中心にあるものを早瀬の眼前に曝した。  押し殺したような、微かな驚きの声が漏れる。  そこは、ほぼ無毛だった。  まめな手入れの結果ではなく、もともとの体質だ。しかし、早瀬を驚かせたのはその点ではない。  小柄な私の、小ぶりで無毛の女性器。それは一見、子供のもののようだ。  しかしそこには、子供の身体には似つかわしくない、金色のピアスが光っていた。  小淫唇を貫いて、左右合わせて五つもの。  子供のような性器を彩るピアス。それを目の当たりにした衝撃は、乳首の比ではあるまい。  私は左右ひとつずつのピアスをつまむと、ゆっくりと拡げてみせた。  露わにされる、紅く充血した粘膜。そこはおそらく、愛液で濡れているはず。  早瀬が唾を飲み込む音が聞こえる。ひどく緊張した様子で、なにか言いたげにちらりと私の顔を見る。 「触っても、いいわよ?」  その言葉に促され、指を伸ばしてくる。  拡げられた割れ目の中心に向かって近づいてくる。  触れられた瞬間、下半身がびくっと震えた。  一瞬、指が止まる。数秒後、また恐る恐るといった風に動き出す。 「ん…………っ」  くちゅ……という湿った感覚。〈クスリ〉の影響か、思っていた以上に濡れている。あるいは、普段の援助交際とは違うこのシチュエーションに興奮しているのかもしれない。  だんだん、指の動きが大きくなってくる。最初は怖々と遠慮がちに触れていたものが徐々に大胆になり、はっきり〈愛撫〉と呼べるものに変わってきた。 「ぅ…………んっ、……く…………ふ、ぅ」  小さな、しかし抑えられない声が漏れてしまう。  いくら経験豊富でも、いや、だからこそ、無反応ではいられない。〈パパ〉との逢瀬で満足していなかった私の身体は、求めていたものを与えられて、すぐに反応してしまう。  微かな喘ぎ声に誘われるように指の動きは激しさを増し、私の中へと潜り込んでくる。  こうなると、もう、とまらない。  ちらりと視線を移すと、早瀬の股間が膨らんでいるのがジーンズの上からでもはっきりとわかった。  手を伸ばし、そこに触れる。  早瀬にとっては不意打ちだったのか、驚いたように身体が弾んだ。それでも抗う素振りは見せず、私にされるままにしていた。  掌を当て、そっと撫でてみる。ジーンズの厚い布地を通しても、その大きさが伝わってくる。体格を考えれば大きくて当然だけれど、それにしてもかなり立派なものを持っているようだ。  ジーンズのボタンを外し、前のファスナーを下ろす。手を滑り込ませて、トランクスの中から引っ張り出す。  それはもうはちきれそうなほどに大きくなって天井を向いていた。  手で握ってみる。  やっぱり大きい。  私の小さな手には余って、握った手の、親指と人差し指がつかなかった。長さも相当なものだ。  これが私を貫く光景を思い浮かべてみた。その状況に興奮し、期待していることは否定できない。  軽く握った手を上下に動かして擦る。早瀬が小さく呻き声を上げる。  サイズはもちろん、固さももうこれ以上はないくらいで、私の手の中でびくんびくんと脈打っている。 「……したい?」 「え?」 「私と、セックス、したい?」  私は、早瀬としたかった。  いや、早瀬という部分はどうでもいい。このペニスに貫かれたかった。  私の身体が、牝の本能が、したがっていた。  理性の言葉は無視だ。精神面のことをいうなら、セックスを楽しいと思ったことなど一度もない。私にとって、悦びは純粋に肉体的なものだった。  それでもいい。なにも、構うことはない。 「え……それは、そりゃあ…………でも、いいのか?」  半信半疑で訊いてくる。にわかには信じられないといった様子だ。  確かに、経験のない高校生にとっては、あまり考えられない展開だろう。  しかし、 「援交が日常の一部になってる女が、クラスメイトとその場のノリでセックスすることを躊躇すると思う? ああ、心配しないで。別に、早瀬からお金を取る気はないわ」 「でも……どうして、俺と?」  性格やついて回る噂はともかくとして、見た目だけなら可愛い女の子がただでセックスさせてくれると言っている――男にとっては美味しすぎるシチュエーションだ。それだけに、常識人の彼には簡単に受け入れられない面があるのだろう。  正直なところ、私の方にはさしたる理由はない。〈クスリ〉の影響があって、身体がまだ満足していないことが主たる動機で、あとは単に〈なんとなく〉でしかない。  強いて言えば、私にとって男と二人きりでいるということは、その男に犯されることとイコールだということだろう。  しかし、それを早瀬に理解できるように説明するのも難しい。 「……雨宿りとか、傷の手当ては余計なことといってもいい。でも、ココアは美味しかった。そのお礼ってことで、どう?」 「いや……でも……その……、いいのか? 本当に……」  私はもう答えずに、ソファから滑り降りて絨毯の上に座った。  目の前に、大きな男性器がそそり立っている。  ちらりと上目遣いに早瀬の表情を窺った。緊張した面持ちで唾を飲み込んでいる。私はそのまま、早瀬のペニスに唇を押しつけた。  すごく、熱かった。 「……こういうこと、経験ある?」 「い、いや……」 「彼女と、してないんだ? 初めての相手が彼女じゃなくて、いい?」  そう訊いたのは形式的なもので、。答えを待たずに口に含んだ。早瀬の口から呻き声が漏れる。  口に入れてみると、目で見るよりもさらに大きかった。  初体験からこれまで、数え切れないほどの男性器を口にくわえさせられ、膣に挿入されてきたけれど、純粋にサイズという点ではこれが最大だろう。そもそも、早瀬よりも大柄な男を相手にしたことはない。  口をいっぱいに開いていないと噛んでしまいそうだ。  顎が疲れる。  それでも舌を絡ませ、唾液を塗りつけて口で奉仕する。  この大きなものをすべて口に含むのは難しいので、根本は手でしごく。もう一方の手は袋の部分を優しく包み込むように刺激する。  さらに、強く吸う。舌と内頬の粘膜を亀頭に押しつけ、擦りつける。  早瀬の呼吸が速く、荒くなってくる。顔を見ると、唇を噛んで快感に耐えている。  もう、あまり長くは保たないかもしれない。相手は経験のない高校生なのだ。いつもの海千山千の〈パパ〉と同じに考えてはいけない。 「……このまま出す? それとも、私の中に挿れる?」 「…………き、北川に……挿れたい。……いいか?」  喘ぐように言う。 「もちろん、いいわ。でも、ゴムは付けて」 「あ……ああ……」  私は腕を伸ばして、傍らに置いてあった鞄を引き寄せた。ポケットから、もっとも一般的な避妊具を取り出す。  実際のところ、避妊の必要はなかった。私はピルを服用している。  単に、いつでも誰でも簡単に生でさせるほどお人好しではない、というだけの話だ。ましてや今は〈お小遣い〉をもらっているわけでもないのだから、サービスしすぎる理由もない。  封を切り、コンドームを舌の上に乗せる。  そのまま、また早瀬のものを口に含む。  根本まですっぽりとゴムを被せる。こうしたテクニックはお手のものだ。  コンドームが正しく装着されていることを確認すると、立ち上がってソファの上に戻った。座っている早瀬の上にまたがるような体勢になる。  膝立ちになって、片腕は早瀬に掴まってバランスを取り、もう一方の手でペニスを握って濡れた割れ目に導く。  先端を膣口にあてがう。  大きくて熱くて固い肉の塊が触れているのを感じる。  脈打っているのが伝わってくる。挿入する前から感じてしまいそうだ。 「ん……ぅん、ふ…………ぅ、んっ……くぅ……」  ゆっくりと腰をおろしていく。  膣口が押し拡げられていく。  ゆっくりと、しかし力ずくでねじ込まれていくような感覚。かなりの抵抗感がある。  もう十分すぎるほどに濡れてはいるし、口でコンドームをつけた際にたっぷりと唾液を塗りつけてもある。しかしそれでも、スムーズに挿入できるサイズではない。  少し、痛い。大きすぎる異物を受け入れ、膣の粘膜が限界近くまで引き延ばされる痛み。  しかし、それがいい。 「あ……ぁ…………はぁぁ」  奥まで届いたところで、思わず溜息が出た。  下半身から力が抜けていく。  ペニスの先端は膣のいちばん深い部分を突き上げている。それでもまだ根元まで私の中に収まりきってはいない。力を抜くと、自分の体重で内臓が押し潰されるように感じる。  男性器を挿入されているというよりも、脚の間に、あるいは骨盤の中に、大きな熱い塊があるような感覚だった。  かなり、感じる。  油断すると気が遠くなりそうで、両腕で早瀬にしがみついて身体を支えた。 「……お、くまで……入ったわ。あとは……早瀬が、好きに動いて」 「あ、ああ……大丈夫か?」 「……もちろん」  早瀬は腰に腕を回すと、身体の向きを九十度変えて私をソファに横たえた。  上から覆いかぶさってくる。  太い腕で抱きしめられる。 「北川の身体……小さくて柔らかいな」 「……早瀬は、大きくて硬いわね。一部分が、とっても」  そう言ってやると、ただでさえ興奮して紅潮していた顔がさらに赤みを増した。私を抱く腕にさらに力が込められる。 「ちっちゃくて、柔らかくて…………なんだか壊れそうで怖いな」 「……いいわね……それ。…………壊して、めちゃめちゃに」  〈クスリ〉の影響が残っている今の状態で、優しいセックスなんて欲しくない。めちゃめちゃに蹂躙されるのが望みだ。 「……んっ」  早瀬が動く。腰が突き出される。  奥深くを、ずんと突かれる。  ゆっくりと引き抜かれていく。  私の中をいっぱいに満たしているものによって、膣内の粘膜が引きずり出されるような感覚だった。  先端まで完全に抜かれる直前、動きが逆転する。ずぶずぶと私の中にめり込んで、突き当たりまで押し込まれる。  二度、三度、往復運動を繰り返す。  先ほどの指での愛撫と同様、最初は恐る恐るのぎこちない動きだったけれど、だんだんと勝手がつかめてきたのか、リズミカルな大きな動きに変わっていく。 「はっ……ぁ、……んっ、…………く……ぅん、……ん……ぅ……」  いちおうは私に気遣っているのかもしれないけれど、それでも身長差は三十センチ以上、体重差にいたっては軽く二倍以上。早瀬は軽く動いているつもりでも、私の身体は大きく揺さぶられる。  膣中をいっぱいに満たしている男性器が動く刺激は相当なものだ。  苦しいほどに、痛いほどに。  でも……悪くない。  早瀬の動きに合わせて、ペニスの往復運動に合わせて、微かな嗚咽混じりの吐息が漏れる。  私も腰を浮かせて動きを合わせる。自分のいちばん感じる部分が擦られるように。そして早瀬により強い刺激を与えるように。 「んっ…………ぁ、んっ、…………ふぅ……ぅんっ」  唇の隙間から漏れる声はか細い。  涙が滲んでくる。  苦しくて、痛くて、気持ちいい。  何故か早瀬が不安げな表情を浮かべる。 「北川……大丈夫か?」 「……ぜんぜん……平気よ? ……早瀬の……けっこう、いい感じだわ」 「そ、そうか? なんか、辛そうに見えたから。泣きそうというか、苦しそうというか……」 「……そうね……。大きいから、私のにはちょっと……きついわ。少し、痛い。……でも、…………それが、いい……ちゃんと、感じてる」 「そうか……ならいいんだけど」 「ひょっとして……あれ? AV女優みたいに激しく声出して悶えてないから? 感じてないと、思った?」  一瞬の狼狽。図星らしい。  早瀬はこれが初体験。当然、女の子がどんな反応をするかなんて、AVなどで得た知識しかないはずだ。 「……そういうのが好みなら……声、出してあげても……いいけど。…………でも、演技になるわよ?」 「やっぱり……あーゆーのって、演技なのか?」 「人それぞれ……じゃない? AVはもちろん演技として……素でああいった激しい反応をする子もいるし、そうじゃない子もいる。……私は……素では、こんな感じ。あんまり声は出さないわ」  今の反応は、数時間前に〈パパ〉に甘えてきた時とはまったく違う。  もっとも、あれがすべて演技かというと自分でも判断の難しいところで、結論を言えば〈相手によりけり〉だろう。まったくの演技の場合もあるし、あの〈パパ〉が相手の時は意識せずともあんな反応になる。  今は、相手がクラスメイトの早瀬だからだろうか、学校にいる時と同じように、無口、無表情、無愛想な態度が自然と表に出てくる。 「これじゃあ……ものたりない? でも今は、……無理に声出したりする、気分じゃないの」 「いや、いいんだ。普通にしててくれ。ただ……慣れてないから、ちょっと心配になって」 「私がちゃんと感じているかどうか? 気にしなくてもいいわ。私は…………セックスに関しては、されてダメなことってほとんどないから。早瀬のやりたいようにして構わないわ」 「そ、そうか?」  これは別に早瀬に気を遣っての台詞ではなく、まったくの真実だった。  アナルやSMはもちろん、スカトロ系だって構わない。なにをされても私の身体はそれを快楽として受けとめてしまう。  セックスの時に絶対にされたくないことは、多分、ひとつだけ。そして、今それをされる可能性はほとんどない。 「感じているかどうかが気になるのなら……」  早瀬の手を取って、結合部へと導いた。驚くほど太い男性器が私の中に突き刺さっている箇所に触れる。  それは〈ぬるり〉というよりも〈びちゃっ〉という擬音が相応しい感触だった。 「すごく……濡れてるでしょう? 私の場合、こんな風になっていれば、本気で感じているってことだから」 「……そ、そうなんだ?」  状態を確かめるように早瀬が指を動かして、結合部の周囲をなぞっていく。溢れた蜜はお尻の方まで流れ出していた。 「だから……余計なこと考えなくていいから…………続けて」 「……わかった」  早瀬の動きが再開する。  体内を剔られるような、激しすぎる摩擦感が襲ってくる。  流れ出すほどに濡れてはいても、それだけではサイズの差を埋めきれてはいなかった。もともと、私の愛液はあまり粘性が高くない。  蒸気機関車のような、荒い呼吸、力強いピストン運動。  小さな身体が揺さぶられ、ソファのスプリングが軋む。 「ぅ……んっ…………んふぅ……、ぅ……んっ、んはぁ……」  半開きの口から、呼吸とも喘ぎ声ともつかない掠れた声が漏れる。  少しずつ、音程が高くなっていく。  どんどん、気持ちよくなっていく。  技術的には拙い動きだと思うけれど、それは大きな問題ではなかった。大抵のことには感じる身体だし、早瀬の場合はサイズと体力が技術をおぎなってあまりあった。  頭の中が白くなってくる。  目の焦点が合わなくなる。  意識が、下半身から突き上げてくる快感だけに集中している。  早瀬の呼吸が荒くなり、動きが加速していく。  太い腕で苦しいくらいに抱きしめられる。  私も大木のような身体に腕を回し、親子ほども体格差のあるふたつの身体が密着する。  早瀬はもう今にも達しそうな気配だ。初体験の男の子がそれほど長持ちするとも思えないし、私の性器が男性にとって相当に気持ちのいいものであることは、自惚れでもなんでもなく事実として自覚している。  無我夢中で、腰を打ちつけてくる。  私の中でめちゃめちゃに暴れている。  もうちょっと、頑張って欲しい。  あと十秒、それだけでいい。  それで……  私、も……  い……け……  …………  ――――――っっ!  視界が、真っ白になった。  浮遊感に包まれる。  がくんと落下するような感覚。  それで意識が戻ってくる。  膣の中で、早瀬が大きく脈打っていた。  熱い精液を吐き出している。  コンドームの先端の精液だまりが膨らんで、膣奥を刺激する。  ペニスは何度も何度も脈打って、かなり大量の精液を噴き出したようだった。  これは、生でさせてあげた方がよかったかもしれない。中に出させた方が、私もより感じたかもしれない。  少しだけ後悔するけれど、今さらいっても後の祭りだ。  そこまで欲張ることもあるまい。これで十分に気持ちよかった。経験のない男の子が相手なのに、私もちゃんと達することができた。  〈パパ〉とのセックスに満足していなかった身体の疼きが、かなり解消されていた。  満ち足りた気分で大きく息を吐き出す。  早瀬も大きな深呼吸をした。感極まったような声を漏らしながら上体を起す。 「ん…………くぅ、ん」  もぞもぞと身体を動かして、早瀬の下から抜け出る。  まだ大きいままだった男性器が、ずるり……という感覚で抜け、いっぱいに拡げられていた膣が収縮する。  苦しいほどの圧迫感から解放されて楽になると同時に、少しだけ物足りなさも感じてしまう。 「……早瀬……座って」  早瀬は素直に従った。その下半身に手を伸ばす。  ソファから滑り降りて早瀬の前に跪く。  目の前にそそり立つ男性器は、まだほとんど勢いを失ってはいなかった。  コンドームを外しながら顔を寄せる。唇を、舌を、押しつける。  精液にまみれた肉の塊に舌を這わせる。滴り落ちる白濁液を舐めとっていく。  苦い。  そして生臭い。  正直、美味しいなんて思わない。  なのにいつも、自ら進んでそれを口に含み、飲み込んでしまう。そうするのが当然のように。本能に刻み込まれた行動のように。  根元から先端まで、一滴残らず綺麗に舐めとった。先端を口に含んで、上目遣いに早瀬の表情を窺う。  戸惑ったような、やや強張った表情を浮かべている。なにか言いたげな様子にも見える。  もう一度、したいのだろうか。口の中のものはまだぜんぜん元気で、サイズも固さも私の中にあった時とほとんど変わってはいなかった。  私としては、別にどちらでもいい。  したくて堪らない、今すぐ膣が満たされなければ我慢できない、というほどには飢えていないけれど、早瀬が求めるなら相手をしてあげてもいっこうに構わない。もう夜だけれど、別に急いで帰らなければならない理由もない。  早瀬が腕を伸ばしてくる。  手が頭に触れる。  ――と。 「――っっ!」  突然、ぐいっと引き寄せられた。  顔が早瀬の下半身に押しつけられる。  極太の男性器が、喉の奥まで突き入れられる。  もともと、私の口中に全体を収めるには大きすぎるものだ。それを無理やり力ずくで根元まで押し込まれたため、必然的に先端は喉の奥まで達していた。  ディープスロートという行為自体は慣れたものだ。それでも、ここまで大きなものを飲み込むのは初めてだった。  弾力のある亀頭が、一分の隙もなく喉を塞いでいる。  苦しい。  食道には膣ほどの伸縮性はない。本当に、無理やり〈ねじ込まれている〉という感覚だった。まさか実際にそんなことはないだろうけれど、感覚的には、先端は首より下まで届いているような気がした。  苦しい。  吐き気が込み上げる。  しかし早瀬は私の頭を両手でしっかり掴んで、乱暴に腰を突き出してきた。 「ぐ……ぅヴっ! ……ぅ、ぐっ…………ンぶっぅ……っ!」  奥の奥まで突き入れられ、少しだけ引き抜かれ、また奥まで押し込まれる。  口、ではない。喉を犯されていた。  いきなり、どうしてしまったのだろう。最初の行為は小柄な私への気遣いが多少なりとも感じられたのに、今はなにかのスイッチが切り替わったかのように乱暴に犯している。  苦しい。  呼吸ができない。  痛い。  胃液が逆流し、咳き込みそうになる。だけど喉を塞がれていてそれすらも叶わない。まるでLLサイズの固ゆで卵を丸飲みしたような感覚で、大きな亀頭が食道を塞いでいる。  苦しい。  涙が滲んでくる。  ……なのに。  こんなに苦しいのに。  私の身体には、涙よりもはるかに多い雫を滴らせている場所があった。  自分の身体に呆れてしまう。  こんなに苦しいことをされているのに。  無理やり、力ずくで乱暴に陵辱されているのに。  興奮してしまうだなんて。  息ができない。  酸欠で意識が朦朧としてくる。  正真正銘の限界まで、もう秒読み状態だ。  ――と。  いきなり、口と喉を犯していたものが引き抜かれた。  口は酸素を求めて喘ぎ、抗議の声をあげる余裕もない。  肩で呼吸をしていると、乱暴に床の上に転がされた。大きな身体が覆いかぶさってくる。  早瀬は体重をかけて私の腕を押さえつける。まるで重い鉄製の枷でも付けられたかのように、ぴくりとも動かすことができない。 「は…………」  開きかけた口の動きが止まる。  思わず、無言のまま早瀬の顔を見つめた。  ひどく怖い顔をしていた。  どこか、野生の肉食獣を彷彿とさせる雰囲気があった。  頭に血が昇って牡の本能に支配されたかのような顔で、下半身を押しつけてきた。 「う……ぁっ……、……っっ!」  一気に、貫かれた。  悲鳴を上げそうになる。  私の膣が受け入れられる限界といってもいい大きさの異物。しかもゆっくりとした挿入ではなく、無理やり強引にねじ込まれた。  両腕を押さえつけられて身動きできない状態で、いちばん深いところまで一気に貫かれる。  膣が突き破られるかのようだった。私の膣の奥行きよりも、早瀬のペニスの方がずっと長い。  なのに根元までねじ込まれて、膣が無理やり引き延ばされる。いくら伸縮性があるとはいえ、この体格差の相手に力まかせに突かれるのはかなり痛い。身体の内側から、内臓を突き上げられるような感覚だった。  早瀬の動きはさっきよりもずっと激しかった。全身で、全体重を乗せたピストン運動。力強く、そして速い。  吐き気が込みあげるほどに深く突き入れられ、一気に引き抜かれ、また突かれて。  削岩機のような勢いで往復する。  摩擦で膣が火傷しそうなほどに熱い。 「ぅ……っ! ぅぐ…………んんっ、ぁ……! ……っ、……っっ!」  奥深くまで串刺しにされている。いや、串なんて生やさしいものではない。これは太い杭だ。  痛い。  苦しい。  さすがに涙が滲んでくる。  普通の女の子なら悲鳴を上げて泣き叫ぶところだろう。しかしこんな時でも、私は微かな呻き声を上げるだけだ。 「ぁ……、っ……ぅ、ぅん……っ!」  いっさいの手加減がない責めに気が遠くなる。  まるで濁流の中でもみくちゃにされているようだ。蹂躙され、性器以外にも身体のあちこちが痛い。背中が絨毯に擦りつけられている。ソファやテーブルに肩や腕がぶつかる。  ――なのに。  私は、感じていた。  興奮、していた。  さっき早瀬に言ったように、びちゃびちゃに濡れていた。激しく抜き差しされて飛沫を飛び散らせていた。  意識が混濁する。  落ちていくような感覚。  視界が暗くなる。  失神してしまいそうな意識をつなぎ止めたのは、ひときわ乱暴な、激痛をともなう最後のひと突きだった。  膣の奥で小さな爆発が起こる。  胎内に、熱い粘液が噴き出してくる。  びくん、びくん。  早瀬が脈打っている。  下半身をぐいぐいと押しつけて、最後の一滴まで子宮の中に注ぎ込んでくる。  やがて早瀬は大きく息を吐き出して、私を押さえつけていた腕から力が抜けていった。 * * *  早瀬の顔から、猛々しい獣の表情は消えていた。  我に返ったように、困惑した顔で私を見おろしている。  私は無言で早瀬を見上げる。 「あ……、ご……ごめん!」 「…………」  なにも応えない。  特に言うべき言葉もない。  ふっと視線を逸らして横を向いた。 「なんか……急に頭に血が昇って、衝動を抑えられなくなって…………、ごめん! 乱暴なことしちまった」 「…………」  まだ、彼は私の中に在った。  動きは止めているものの、狼狽気味のその表情からは想像もつかないくらい、そこだけはまだ先刻までの荒々しさをそのまま残していた。 「……別に、どうでもいいわ」  そっぽを向いたまま、ぽつりと独り言のように言った。 「…………言ったでしょう? されてダメなことはないから好きにしていいって」  本当にここまで好きにされるとは思っていなかったけれど、しかしそれが受け入れられないわけでもない。 「でも……」 「忘れたの? 私は、乳首やまんこに穴を開けられて悦んでるような女よ? ……さっき言ったこと覚えてる? 早瀬はむしろ、絨毯が汚れていないかどうかを心配したらどうかしら」  反射的に下を……結合部を見た早瀬は、そこでようやく私の言葉の意味を理解したようだった。  たぶん、絨毯には私が流した蜜の染みが残っている。それはこの身体が本気で感じていた証だ。 「……でも……あと、中で出して……」  なるほど、それを気にしていたのか。まあ、そうしたことに考えが至るだけでも救いようはある。 「……そうね。もし、困ったことになったら、どうするつもり?」  つい、意地の悪いことを言ってしまう。陵辱の代償として、このくらいの仕返しは許されるだろう。 「…………ごめん。……万が一の時には、責任とるから」 「責任? 口先だけでいい加減なことを言うものではないわ。成人ならともかく、一介の高校生がどうやって責任とるって?」 「それは……その……」  申し訳なさそうに、早瀬は大きな身体を小さくする。意地悪はこのくらいでいいだろうか。 「……まあ、今回はその心配はないけれど。妊娠はしないわ。ピル、飲んでるから」 「え? あ、ああ……そ、そうなんだ?」 「用心のために、ね。いくら避妊してっていっても、聞かない男は多いのよ。……誰かさんみたいに」  もう一言だけ、ちくりと皮肉を言う。  早瀬がさらに小さくなる。  なのに、私の中にあるものだけは萎える気配もないのだから呆れたものだ。普通、情けないくらいに縮みあがるところだろうに、相変わらず私の膣はいっぱいに拡げられたままだった。 「…………ごめん」 「……だから、別に、どうでもいいって」  実際のところ、怒ってはいなかった。本当に、どうでもいいことだ。  この程度のことで怒る情熱も純情さも持ち合わせてはいない。陵辱だろうが中出しだろうが、日常の一部でしかない。正真正銘〈レイプ〉された経験だって一度や二度ではない。  しかし早瀬の表情は納得していないようだった。根は善人なのだろう。罪を犯したら償いをしなければならない、というわけだ。  もっともこのタイプは、謝ればなんでも許されると思っているところがあるので好きになれない。この世には、償いようのない罪というのも存在する。 「私、謝るのも謝られるのも嫌い。後で、ココアをもう一杯ちょうだい。……それで赦すわ」 「…………わかった」  ようやく、少し安心したような顔になる。 「……で、まだ、するつもり?」  私の中のものはまだ元気だった。膣を痛いほどに拡げ、内部をいっぱいに満たしている。 「なら、ベッドへ連れていってくれない? ここじゃ痛いわ」  クッションのない絨毯の上での激しい責めは、少々堪える。もう一回くらいここでしてもいいとも思ったけれど、たぶん、一度では済まないような気がした。 「え? えっと……いいのか?」  躊躇いつつも、嬉しさを隠しきれていない表情。  やっぱり、勃起していたのは単なる生理的な反応ではなく、まだやり足りないという思いがあったのだろう。 「別に、構わないわ。せっかくの機会なんだから、思う存分やったら?」 「……ああ。じゃあ……頼む、やらせてくれ」 「それじゃあ、このままベッドに連れていって」  腕を伸ばして早瀬の首に回す。脚を身体に絡める。 「このまま、って……このまま?」 「このまま」 「…………ん」  早瀬は私の身体に腕を回すと、身体を起こした。  挿入したまま軽々と私を抱き上げて、立ちあがる。  その姿はまるで、ユーカリの巨木とそれにしがみつくコアラ。  私の身体は早瀬の腕一本とペニスだけで支えられていた。自分自身の体重で、より深く、強く、貫かれてしまう。  いちおう私もしがみつく体勢になってはいるけれど、膣からの刺激が強すぎて手脚に力が入らなかった。体重のかなりの部分が膣にかかってくる。 「……く…………ぅ、ん……」  早瀬が歩き出す。  階段を上っていく。  一歩ごとにずんずんと突き上げられる。  痛い。  そして、痛いからこそ気持ちいい。  口に出してはなにも言わなかったけれど、二階にある早瀬の部屋に着いた時には、もう軽く達していた。  つながったまま、ベッドに横たえられる。  大きな身体が重なってくる。  骨が軋むほどにきつく抱きしめられる。 「……好きにしていいって、言ったよな?」 「…………ええ」 「さっきみたいに……、激しくしても?」 「…………もっと激しくだって、お好きなように。別に、構わないわ」 「……ああ」  小さくうなずいて、動き出す。  また、身体が揺さぶられる。  多少なりとも気を遣ってくれていたのは、せいぜい最初の一、二分だった。  すぐに早瀬はその行為に夢中になって、先刻と変わらない、いや、それ以上の激しさで私を犯しはじめた。 * * *  私を襲っていた嵐が過ぎ去った時には、時刻はもう夜中近くになっていた。  その間ずっと、犯され続けていた。  何度も、何度も。  もみくちゃにされ、陵辱されて。  腕や脚を乱暴に掴まれて激しく犯されたので、身体中があちこち痛い。  なにより、膣と淫唇が擦過傷でひりひりと痛む。触れるのも躊躇われるほどだ。この様子では真っ赤に腫れあがっていることだろう。  全身が倦怠感に包まれている。  痛みと疲労のために、早瀬から解放されてもぐったりと横になったまま動く気力もなかった。意識も半ば朦朧としている。  早瀬は何時間も、あの勢いのまま私を犯し続けていた。どちらかといえば華奢で虚弱な私からみれば、とんでもない体力だ。  私の中から抜け出た早瀬が頭の方に移動してくる。顔にまたがるような体勢で、粘液にまみれたペニスを私の口に押し込んでくる。  さすがにピーク時の勢いは失われていたけれど、それでも口いっぱいのサイズだった。  条件反射のように、精液まみれの男性器を舐めて掃除する。  すっかりきれいにして、もう一度元気にしようと口を使いはじめたところで、早瀬は今度こそ私から離れた。 「…………もう、いいの?」 「……ああ、さすがに……堪能した。最高に気持ちいいな、北川のここ」  さすがに最初の頃のような戸惑いは薄れて、早瀬の言動にも多少の余裕が感じられるようになっていた。  私の性器を指でつつき、ピアスのひとつを軽く弾く。 「…………そう」 「……そういえば、ハラ減ってないか?」  時刻を考えれば空腹のはずだ。夕食も食べずに夕方から夜中まで、激しいセックスを続けていたのだから。  しかし空腹感は感じられず、食欲もまるでなかった。  疲れすぎたせいか、あるいは内臓を激しく突かれ続けていたためかもしれない。お腹の奥の方に鈍い痛みも感じる。今はとても固形物を受け入れる気分ではない。  おそらく早瀬は空腹なのだろうが、それに付き合ってやる義理もない。 「……別に。あんまり、そんな気分じゃない。それより、喉、乾いたわ」 「……あ、……と、ココアでいいのか? それともアイスココアにするか?」 「…………そうね。そうして」  部屋の中は寒くないし、激しい行為で身体は汗ばんでいた。それに今の体調なら、冷たい飲み物の方が喉を通りやすいだろう。 「わかった」  手早く服を着て早瀬が出ていく。  私は立ちあがる気力も体力もなくて、全身の残った力を総動員してのろのろと上体を起こした。  そこで初めて、室内を見回す。  同世代の男の子の部屋というのはあまり見たことがなかった。いや、肉体関係のある男性たちだって、私室を見たことはほとんどない。身体を重ねるのはたいていがホテルか車の中、まれに屋外だ。  あまり飾りっ気のない部屋、という印象だった。  大きな家具はベッドと机と本棚と、テレビやミニコンポ、ゲーム機などを置いたスチールラック。  早瀬らしさを感じさせるものといえば、柔道着とダンベルくらいだろうか。  やや散らかってもいるが、足の踏み場もないというほどではない。  ゆっくりと頭を巡らし、時計を見る。  時刻は午後十一時半を過ぎたところ。しかし、早瀬の家族は誰も帰っていない。もちろん、だからこそ今まで行為を続けていられたのだけれど。  いつも、こうなのだろうか。それとも、今日がたまたまなのだろうか。後者だとしたら、たまたま私が雨宿りに来た日に家族が留守とはすごい偶然だ。  まだ、少しぼんやりしている。  いくら私でも、ここまで激しいセックスは滅多にない。  五時間以上、休みなし。  しかも、とびっきりの激しさで。  シーツに、ごく微かな血の跡を見つけた。  まず左手を見る。早瀬が巻いてくれた包帯はきれいなままだ。やっぱり、激しく擦られていた部分が擦り剥けているのだろう。  まるで、下半身が鉛の塊にでもなったかのように重い。  膣に異物感もある。ずっと、あの大きなものを入れられていたためか、それとも腫れているためかもしれない。  相手はたったひとりなのに、これだけの時間、これだけ激しくというのは初めてだった。複数が相手となればまた話は別だけれど。  経験豊富な私にとっても、滅多にない日だった。今日がこんな日になるなんて、数時間前までは予想もしなかった。  おかしなものだ。 〈パパ〉とホテルに入ったところまでは、ありふれた〈日常〉でしかなかったのに。  階段を上ってくる足音が聞こえてくる。  グラスを載せたトレイと、乾燥機に入れてあった衣類を持って、早瀬が戻ってくる。  アイスココアのグラス。  全裸のまま無言で受け取り、ストローをくわえる。  冷たい。  甘い。  そして、美味しい。  少しだけ、身体に力が戻ってくるように感じる。  一口ずつ、ゆっくりと飲んでいく。  早瀬は椅子に座って、ベッドの上の私を無言で見つめている。  微かにぶつかる氷以外、なにも音がしなかった。 「……美味しかったわ」  空になったグラスを返す。 「そうか。よかった」  微かな笑みを浮かべた顔は、ごつい体格に比べると意外と優しげだった。だけどやっぱり、美味しいココアをちまちまと作っている姿は似合わない。  さっき気がついた家族のことを訊いてみようかとも思ったけれど、やめておいた。他人の家庭のことなんて〈別に、どうでもいい〉ことだ。  無言のまま、乾いた衣類を手に取った。  普通ならばシャワーを浴びてから帰るところだけれど、今はそんな元気もない。このまま家に帰って寝て、明日の朝に入浴すればいい。  ショーツを穿き、ブラウスを着る。そういえばブラジャーは鞄に入れたままだ。ここまでノーブラで来たのだから、このまま帰っても問題あるまい。  スカートを穿く私を、早瀬は視線を逸らさずに見つめていた。数時間前から比べるとたいした進歩だ。 「北川の家って、この近くなのか?」 「……歩いて三十分……弱、くらいかしら」 「けっこうあるな。送ってくよ。もう遅いから」  その申し出をしばし検討する。 「…………そうね。第一、ひとりじゃ歩けそうもないわ」  脚に力が入らない。  なんとか立って歩けたとしても、擦り剥けている下半身の状態を考えればまともには歩けまい。 「ご……、あ、いや……えっと……じゃあ俺が抱いていくから」  ごめん、と言いかけて慌てて言い直す。さっき「謝られるのは嫌い」と言ったことを覚えていたらしい。  彼に対する評価が少しだけ上がる。 「抱いて? 家まで、ずっとお姫様抱っこでいけるかしら?」  オーバーニーソックスを穿きながら訊く。  いちおうは冗談のつもりだった。相変わらずの無表情に、抑揚のない口調ではあるけれど。 「……行けるんじゃないか。北川、軽いし。体重何キロ?」  悪気のないその質問に、内心、苦笑していた。もちろん顔には出さない。 「早瀬って、女の子の扱いが下手そうね。女の子に体重を訊くものではないわ」 「そうなのか? カヲリは訊かなくても自分から言うような性格だからなー。『また太っちゃったー。体重計乗ったら○○キロだって! 信じらンないっ!』なんて」  〈カヲリ〉というのが教室でよく話している彼女の名前だろうか。教室での話し声なんて、私にとってはすべて背景雑音でしかないので、もちろん記憶にはない。  今の台詞、少しだけ違和感があった。〈カヲリ〉とは肉体関係はなかったのだろう。なのに今ここでその名前を口にすることに、まったく後ろめたさが感じられなかった。衝動に駆られて私を犯した直後は、あんなに申し訳なさそうに小さくなっていたのに。  まあ、男なんてそんなものだ。  彼女がいるのに、行きずりのクラスメイトを貪る男。  別に、どうでもいい。  私の知ったことではない。もちろん〈カヲリ〉にとっては不愉快だろうけれど、それはふたりの問題だ。 「…………ちなみに、三十キロ台前半……くらいよ」 「え?」 「体重、私の」 「あ、ああ……って、三十ぅっ? 軽いな?」 「そう?」  目を丸くして驚いている。  考えてみれば柔道選手なんて、身体の大きな人は百キロ以上になるのだろう。早瀬はそこまではないかもしれないが、身長を考えれば八十キロは優に超えているはずだ。  それが常識の世界に生きていれば、小柄で華奢な女子の体重には衝撃を受けるかもしれない。身長百五十センチ未満の細身の女子なら、体重三十キロ台は珍しくもないのだけれど。  〈カヲリ〉の姿を思い浮かべてみる。よく覚えてはいないけれど、あまり極端な容姿ではなかったように思う。  おそらくは平均的な、四十台と五十台の間には大きな溝があると大騒ぎするくらいの体格だろう。  そんな娘と付き合っていれば、やっぱり三十キロ台は驚きの対象だろうか。 「三十キロなんて、片腕でだって持ち上げられるぞ」  服を着け終わった私を、早瀬は宣言通りに右腕一本で軽々と抱き上げてみせた。 * * *  いつの間にか雨は上がっていた。  涼しい夜風が頬を撫でる。  私は早瀬に抱かれて家へ向かっていた。  冗談半分のリクエスト通り、お姫様抱っこで。  まるで私という荷物など存在していないかのように、軽い足取りで歩いていく。  少し、新鮮な感覚だった。部屋の中でならともかく、屋外のこれだけの距離を抱かれて歩くなんて初めての体験だ。  ふたりとも無言だった。  早瀬はなにも言わず、もちろん私も口は開かない。  だんだん、眠くなってくる。  うつらうつらしかけたところで、見慣れた風景が目に飛び込んできた。  私が住むマンションの入口。  歩いて三十分弱と言った道のりなのに、早瀬の足ではたぶん十五分とかかっていまい。 「……ここでいいわ」  入口の前で、壊れ物を扱うようにそっと下ろされる。  脚に意識を集中して立つ。早瀬の部屋からここまで、自分の脚で立つのは初めてだったけれど、ゆっくりとならなんとか歩けそうだ。 「……じゃ、さよなら」  それだけ言って、建物の中に入ろうとした。意図的に、送ってもらった礼も言わない。  早瀬との一時の関係は、これで終わりのはずだった。  しかし、  最初の一歩を踏み出そうとしたところで、いきなり手首を掴まれた。  不意打ちに驚いて、思わず振り返る。 「…………なに?」 「あ……その…………」  私の声が、自分でも意外なくらい不機嫌そうだったためだろうか、早瀬が気まずそうな表情を見せる。 「……その…………えっと…………」  しばらく躊躇って、しかしやがて意を決したように言った。 「……また、会えないか?」 「…………」  早瀬の顔を見る。  その台詞には、特に驚きはなかった。  なかば予想できたことだ。だからこそ、無意識に急いで家に入ろうとしていたのかもしれない。  精力がありあまっている男子高校生が初体験をして、それが気持ちよくて。  またしたい、と思って当然だ。 「…………今日、みたいに?」 「それは……まあ……その……」 「まさか、客になりたいわけじゃないよね?」 「そうじゃない!」  強く否定して、それが意味することに気づいたのか慌てて付け足した。 「……いや、北川とだったら、小遣いはたいてでもしたいくらいなんだけど。……でも、そういうんじゃなくて……」 「…………」  無言で、間近から早瀬を見つめる。  本人はうまく言葉にできずに困っているようだけれど、もちろん言わんとしていることは理解できる。  気まずそうに、視線が泳いでいる。自分がどれほど虫のいいことを言っているか、自覚はあるのだろう。援助交際を生業としているような女の子に、ただでやらせろと言っているのだから。  もちろん、きっぱりと断ったって構わない。本人もなかば覚悟しているだろう。  しかし、 「……早瀬って、下の名前は?」 「え? あ、と、稔彦」 「早瀬 稔彦……ね。覚えたわ、たぶん」  フルネームを知っているクラスメイトは、これで何人目だろう。名前を聞いたことがある相手は何人もいるはずだけれど、今でも覚えているとなると片手で数えられる。 「私は、北川 莉鈴」 「……知ってる」  それもそうだ。  入学して二ヶ月弱、クラスメイトの名前くらい覚えているのが当然だし、私は有名人だ。 「で……、北川?」  やや不安げに首を傾げる。  今の会話の意味に気がついていない。 「……肉体関係を持つクラスメイトの名前も知らないなんて、おかしいでしょう?」 「北川……」 「…………たまになら、いいわ」  口から出てきたのは、自分でも予想外の答えだった。  もっとも、それを否定する理由もない。だからといって、私が早瀬に好意を抱いていると勘違いされるのも困る。  これはあくまでも気まぐれの産物なのだ。 「……私がヒマで、したい気分で…………そうね、ココアを飲みたいと思っている時だったら、相手してあげないこともない」  早瀬の顔がぱっと輝いたように見えた。  いきなり、抱きしめられる。  痛いくらいに。  骨が軋むくらいに。  顎を押さえられ、上を向かされる。  顔が近づいてくる。  私にキスしようとする唇に人差し指を当てて、早瀬の動きを制止した。 「……だめよ。そんなことしたら、早瀬、またスイッチが入ってしまうでしょう? さすがに今日はもうお腹いっぱい」  そう言うと、それ以上の無理強いはしてこなかった。力が抜け、私は早瀬の腕の中から逃れる。  制止したのは、たぶん口実だ。  スイッチが入ってしまうのは、私。  このまま自分の部屋に招いて、朝まで犯して欲しい――どこか心の片隅に、そんな想いがあるのは事実だ。  とはいえ、その意見は心の中の多数派ではない。自分の肉体の限界というものは心得ている。これ以上なんて本当に無理、身体を壊してしまう。  だから、そのまま回れ右をする。 「じゃ、おやすみ」 「あ、ああ……また明日」  背後からの声を聞きながら、ぎこちない足取りでマンションの中に入る。  エレベータに乗る時にちらりと外とを見ると、早瀬はまだそこに立っていた。  ドアが閉まり、早瀬の姿が消える。  私は息を吐きながらエレベータの壁に寄りかかった。  自分の脚で立つと、疲労感が一気に押し寄せてきた。  鍵を開けて家に入り、そのまま頽れるように玄関に座り込む。  家の中はしんとしている。  誰もいない。  母は夜の仕事で、夕方から出かけて帰るのはいつも明け方だ。そして父は、何年も前に離婚していた。  靴を脱ぎ、這うようにして自室に向かう。  明かりもつけずにベッドの上に転がる。  カーテンが開いているので、窓から入る街の灯りで部屋の中はぼんやりと明るかった。  大きく溜息をつく。  疲れきっている。このまま眠ってしまいたい。  だけど、まだ、だめだ。  まだ、やらなければいけないことが残っている。  ベッドに寝転がったまま下着を脱いだ。  ぬるぬると濡れていて、ひんやりする。生臭い匂いが漂ってくる。  早瀬にさんざん中出しされた後、シャワーも浴びていないのだから当然だ。  精液でべっとりと汚れた下着を口に含む。  まずい。  気持ち悪い。  新鮮なものだってけっして美味しくはないが、時間が経って粘性の失われた状態のものはさらに気持ちが悪い。  ただでさえ具合がよくないので、吐き気が込み上げてきた。  胃液と精液とココアが混じった液体が逆流してくる。口を押さえ、そのおぞましい酸性の汚液をもう一度飲み下す。  下着を汚している精液の量はかなりのものだった。もっとも量が多いはずの一度目はコンドームを付けていたというのに。  いったい何度、中に出されたのだろう。  今日は何度、早瀬としたのだろう。  途中からなかば朦朧としていて、記憶が曖昧だった。 「……リビングで、二回。それから早瀬の部屋へ行って……」  想い出しながら、指を折っていく。  親指。  人差し指。  中指。  薬指。 「……全部で六回? なのに最後まであの勢いとは……ね」  恐ろしいほどの体力と精力だ。  私はもう限界だというのに。  向こうは激しく動いて、私の何倍も体力を使っていたはずなのに、疲れなど微塵も感じさせず、ここまで軽々と私を抱いてきた。  呆れつつも感心してしまう。 「……今の体調で……六回は、ヤバいって」  つぶやきながら、鞄を引き寄せる。  中から、ホテルでも使った愛用の剃刀を取りだす。  早瀬がきれいに巻いてくれた包帯を解く。傷はもう塞がっていた。  仰向けになったまま、顔の上に左手を持ってくる。  剃刀の刃を手首に当てる。  右手に力を込める。  鋭い痛み。  紅い筋が走り、すぐに血が流れ出してくる。  二度、三度。  同じ動作を繰り返す。  四度。  五度。  数ミリずつ位置を変えて。  六度。  手首が傷だらけになる。  腕が血塗れになる。  溢れ出る鮮血が、顔の上に落ちてくる。  予想以上に量が多い。  六度も、しかも疲れきって朦朧としている状態で繰り返せば、一度や二度は手元が狂ってしまう。どうやら、少々深すぎる傷があるようだ。  ぽたり……ぽたり……  顔の上に紅い雫が落ちてくる。  ぽた、ぽた、ぽた……  だんだん、間隔が短くなってくる。  ぽたたたた……  顔が濡れていく。  錆びた鉄の味がする。  ベッドが汚れるのも構わずに、そのまま腕を下ろした。  痛い。  身体の節々が。  お腹が。  性器の擦過傷が。  そして、手首の傷が。  ずきん、ずきん。  鼓動に呼応するように痛みを訴えている。  目を閉じる。  ずきん、ずきん。  なにも見えない。なにも考えない。  ずきん、ずきん。  痛みだけに意識を集中する。  ずきん、ずきん。  この痛みだけが、すべて。  この痛みだけが、現実。  痛くなくてはいけない。  痛みを受け入れなくてはならない。  これは、罰だから。  罪を犯したら、罰を受けなければならないのだから―― 第二章  翌、月曜日――  体調は最悪だった。  雨の中をずぶ濡れで歩いたせいで風邪をひいたらしい。  その上、やはり早瀬とのセックスは激しすぎたし、手首の傷は深すぎた。  発熱、疲労、筋肉痛、性器の擦過傷、貧血、そして寝不足。  身体に力が入らない。  視界が霞む。  意識が朦朧とする。  ふらつく足どりで登校はしたものの、とても授業を受けられるような体調でも気分でもなく、校舎に入るとそのまま保健室へ直行した。  ドアをノックし、返事を待たずに中に入る。 「……おはよ」 「ごきげんよう……という顔ではないか」  机に向かっていた顔なじみの養護教諭が、こちらを見て微かに眉をひそめた。  遠藤 深春。  担任の名前も忘れた私がフルネームを覚えている、学校では数少ない人間のひとりだ。  入学式の朝、手首をかなり深く切って、例によって適当に包帯を巻いただけでふらふら歩いていたところ、校門をくぐったところで声をかけてきたのが彼女だった。 『包帯が汚れているぞ。替えた方がいいんじゃないか?』  ――と。  小柄で、どちらかといえば童顔であまり化粧っけがない女性。そのため外見だけなら二十歳そこそこくらいに見えるけれど、雰囲気はもっと年長で、おそらく三十路手前くらいではないかと思われた。  外見とは少々不釣り合いのぶっきらぼうな口調とそばかすが特徴の養護教諭は、けっして押しつけがましくはなく、しかし否とは言わせずに私を保健室へと連れていって、傷の手当てをした。  汚れた包帯の下から現れた、無数の醜い傷痕を目の当たりにしてもほとんど表情も変えず、傷のことにはいっさい触れず、ただ傷口を洗って新しい包帯をきれいに巻いてくれた。  以来、時々この保健室に足を運んでいる。  体調が悪い時。  傷が深すぎてなかなか血が止まらない時。  授業を受けるのが面倒な時。  そして、校内で切った時。  遠藤は担任や学年主任に比べるとさほど口うるさくはないので、保健室は学校の中では居心地のいい場所だった。  最初は、面倒に巻き込まれたくない、ただ最低限の仕事を事務的にこなすだけの事なかれ主義かと思っていた。ぶっきらぼうな口調であまり口数も多くないので、どうしてもそんな印象を抱きやすいけれど、けっしてそういうわけではないらしい。  カウンセラーを兼ねる遠藤は、親身に生徒の相談に乗ってやっている光景も珍しくない。その対応は相手によりけりで、私のような人間に口うるさく干渉しても逆効果にしかならないことをよくわかっているのだ。 「具合、悪そうだな?」 「……最悪」  私は後ろ手でドアを閉め、まっすぐベッドに向かった。 「…………少し寝ていってもいい?」 「傷の手当てをさせるなら、な」  職業柄、いい加減に巻いた包帯は我慢がならない――という口実で、遠藤は傷の手当てをしたがる。手首の傷を治療されるのは好きではないけれど、最近はベッドの使用料と思って諦めていた。  無言でベッドに腰掛けると、新しい包帯を手にした遠藤が椅子を引っ張ってきて前に座る。  おざなりに巻いた、血で汚れた包帯を解き、眉を微かに上げる。 「ずいぶん多いな?」 「…………昨夜は、激しかったから」  小さな溜息が耳に届く。 「立場上、一応は説教しなきゃならんのだが」 「……勝手にすれば」  聞く耳は持たないけれど、いちおうは遠藤の立場も理解している。それに遠藤も、説教しても効果がない相手に無駄な労力は極力使わない主義だ。 「せめてもう少し手加減しろ。これは明らかに出血過多だ。いっさい切るなとまでは言わんが、せめて健康を害さない程度にしておけ。そのくらいならなにも言わん」  ひと息に言う。これで遠藤の説教は終わり。 「…………健康に留意したリスカというのも、矛盾した話だわね」  それが私の返答。つまり、忠告に従う気などさらさらない、と。  もう一度、溜息。  立ち上がって机の引き出しを開けると、小さなプラスチックのケースを放ってよこした。造血に効果があるという、鉄と葉酸のサプリメントだ。 「飲んでおけ」  ここに来るたびに飲まされている、もうすっかりお馴染みとなったサプリメント。ラベルには『一日二錠を目安に』と書かれているので、倍の四錠を手に取って口に放り込んだ。  この点に関しては、逆らわない。  血は必要だ。  ――また、切るために。  遠藤はまた傷の手当てを再開する。本職だけあって、薬を塗って包帯を巻いていく手際のよさは見事なものだ。  ぼんやりとその様子を見ていて、ふと思いついた。 「…………その傷薬って、性器の擦り傷にも効くかしら?」  遠藤が顔を上げる。  なにを言われたのかわからない、というきょとんとした表情が、だんだんと呆れ顔に変わっていく。 「そんなに激しかったのか?」 「……すごく大きなものを無理やりねじ込まれて、激しく突かれて、何度も何度も……、時間も長かったわ」 「…………、まさか、レイプされたんじゃないだろうな?」 「一応、合意の上。ちょっと、予想よりも相手の精力がありあまっていただけ。途中でおあずけも可哀想だから、好きにさせておいたわ」 「それにしてもほどほどにしておけ。それほど体力ある方じゃないんだから」 「ほどほどのセックスなんて、時間の無駄よ」  三度目の、やや大きめの溜息。  入学から約二ヶ月、幾度となく繰り返された会話だ。  遠藤について多少なりとも気に入っている点があるとしたら、立場上いちおう説教はするものの、他の大人たちのように頭ごなしに叱ったり無理に止めようとしたりしないところだ。〈自傷行為〉が健康に重大な問題を引き起こしそうな場合にだけ、私を諫める。 「……それより、傷薬の効果については?」 「気休め程度、だな。しみるだろうから強い薬は使えんし」 「それでもいいわ。……私としては、手首よりこっちの方が深刻」 「商売道具が使えなくなるから、か?」 「ええ、手当てしてくれるかしら?」  腰を浮かせて無造作に下着を脱ぐと、上履きも脱いで脚をベッドに上げて拡げ、所謂M字開脚の姿勢をとった。 「……ふむ」  遠藤は指先で眼鏡の位置を直して、そこを見つめた。  期待に反して、少しも驚いた様子がない。いくら同性とはいえ、いきなり目の前に局部を拡げられるなどという経験に慣れているとも思えないのだけれど。 「確かに、腫れているし少し出血した跡があるな。これは痛そうだ」  事務的な口調。そこが無毛であることにも、ピアスに彩られていることにも、ひと言も触れない。  薬箱から見慣れないチューブを取り出すと、薄い乳白色のジェルを脱脂綿にたっぷりと含ませて、腫れた陰部に押し当てた。  ひんやりとした感触。ぬるっとしたジェルが体温でさらさらと溶けていく感覚は、微かにしみることを除けば、セックスの時に用いる潤滑ローションにも似ていた。 「可愛らしい、きれいなまんこだな」  薬を塗りながら、事務的な口調で遠藤が言う。 「……そう」 「もっと大切にした方がいいぞ。これで稼ぐにしろ、惚れた男を悦ばせるにしろ、大事にすれば長く使えるものなんだから」 「もう、普通の人の一生分くらいは使ったわね」  その台詞は、意図せずやや不愉快そうな口調になっていた。  期待が外れておもしろくない。実際のところ、傷の手当てというのは半分口実で、からかってみただけなのだ。  いきなり目の前で下着を脱げば慌てるだろうと思ったのに、この冷静な対応はまったく予想外だった。  だから、もうひと言つけ加えてみる。 「……ここで私が廊下に聞こえるくらいの喘ぎ声でも出したら、遠藤ってば大ピンチ?」  今の体勢、傍目にはかなり危なげなものに見えるだろう。  下着を脱いで脚を拡げている女生徒と、その局部に顔を寄せている教師。  養護教諭として傷の手当てをしているというよりも、女同士でいかがわしい行為をしていると受け取る方が自然な光景だ。教師のはしくれとしてはまずい状況だろう。  それでも遠藤は狼狽えなかった。普段から感情の起伏が乏しい性格なのは知っていたけれど、これほどとは。 「嬉しいな」 「え?」  さすがに、予想外の答えだった。遠藤を慌てさせるつもりだったのに、むしろこっちが驚いてしまう。 「そんな冗談を言うくらい、打ち解けてくれたことが嬉しい」  笑みすら浮かべている遠藤に腹が立った。まったく堪えていない。  これが大人の余裕というものだろうか。こういう態度を取られると、結局のところ自分はまだ子供なのだと思い知らされてしまう。所詮、遠藤の半分ちょっとしか生きていない小娘なのだ。  無機質の仮面を保てずに、不機嫌さが表情に出てしまう。 「それとも、私をクビにしたいくらい嫌ってるのか?」  からかうような口調。そんなことはないとわかっていて訊いている。  他人に対して〈好き〉などという感情を抱いたことはないけれど、遠藤は〈嫌い〉ではなく〈その他大勢〉でもない、数少ない存在だった。  今日のところは、負けを認めて撤退する。 「…………私だって、冗談くらい、言うわ」  抑揚のない口調で答える。  私にできることは、これが精いっぱいだった。 「問題は、冗談だとわかりにくいことだがな」  表情のない顔。無機的な口調。  なのに私の考えていることを読み取ってしまう遠藤に腹が立つ。  だけど、だからこそここに足を運んでしまうのだろう、とも想う。 「……まあ、こんなものだろ」  手当を終えた遠藤が、塗り薬を片付ける。代わりに風邪薬を取りすと、二錠を手に取って渡してきた。先刻のサプリメントのように容器ごと渡さなかったのは、万が一にも一気飲みなどしたら、鉄剤と違って危険だからだろう。  そうした点では、遠藤は自分の仕事に関して……あるいは私の扱いに関して用心深い。入学間もない頃の、今よりもずっと不安定だった私を見ているのだから当然といえば当然ではある。 「腫れと痛みがひくまで、数日くらいはオトコくわえ込むのは控えろよ。治ったら、まあ、好きにしていいから」  わかった、と答えるのも癪で、無言で下着を直した。  そのままベッドに横になって昨夜の疲労と睡眠不足を解消しようとしたけれど、しかし遠藤はそれを許してくれなかった。 「寝る前に、まだ、やることがあるだろう」 「…………そうね、制服を脱がなくちゃ。スカートが皺になってしまうわ」  わかっていて、わざととぼける。  遠藤が無言で見ている前でスカートを脱ぎ、ブラウスのリボンを取り、眼鏡を外す。  スカートをたたんで上にリボンと眼鏡を置く。  ベッドに横になり、毛布を口元まで引き上げる。  遠藤はまだ私を見つめている。片時も視線を逸らしはしない。  ――やれやれ。  今度はこちらが溜息をつく番だった。  〈やるべきこと〉をするまでは眠らせてもらえそうにない。しかし、本当にもう限界だった。私の身体は睡魔の猛攻に白旗を揚げる寸前だ。  寝かせてくれるならなんでもする、と言いたい心境。遠藤が男だったら、あるいはレズビアンだったら、話は早かったのに。 「…………昨日は〈パパ〉とデートの約束だったわ」  仕方なく、身体を起こしてベッドの上に座り、話し始めた。  昨日の出来事を、ひとつずつ。  それを無言で聞く遠藤。  ある意味、それが彼女の本来の仕事だ。  今どきの高校の保健室、怪我や肉体的な病気よりも、心を病んでいる生徒の相手をすることの方がはるかに多い。就業時間の多くは、怪我の応急手当よりもカウンセリングに費やされているはずだ。  だから、私にも話をさせる。  他の生徒の場合がどうなのか知らないけれど、私に対しては、基本的に遠藤の方から質問はしてこない。ただ話したいように話させ、それを聞いているだけだ。  もちろん、すべて〈ここだけの話〉である。その内容がどれほど法的、道徳的に問題のあることでも、学校関係者を含めてけっして他者に漏らしはしない。  だから、私も遠藤には話す。  昨日、〈パパ〉とデートしたこと。  仕事が忙しくて時間がなく、一度しかセックスできなかったこと。  雨の中、歩いて帰ったこと。  その途中、偶然会った同じ学校の男子生徒の家で雨宿りしたこと。  シャワーを借り、ココアをご馳走になったこと。  その男子とセックスしたこと。  彼のものがすごく大きくて、しかも激しかったこと。  何度もしたこと。  自分では歩けないくらい激しく犯され、家まで抱いて送ってもらったこと。  した回数だけ手首を切って、そのまま眠ったこと。  その結果が今日のこの体調であること。  話さなかったことは、固有名詞だけ。遠藤もそれは訊いてこない。だからこそ、それ以外のことは話すことができる。 「……以上。もう寝てもいいかしら?」 「ああ…………しかし、いい傾向なのかどうか、微妙なところだな」  独り言のようにつぶやく。私はなにも応えず、今度こそベッドに横になった。 「普通に同世代の彼氏ができた、というなら大歓迎するところだが…………うーん……どうなんだろうな」  他の大人たちほど口うるさくはない遠藤だけれど、それでも私が〈普通〉になるのを望んでいることに変わりはない。  しかし〈普通の恋愛〉なんて、私にとってはもっとも縁遠い言葉だ。 「……ところで、これは仕事とは関係のない、純粋に個人的な興味で訊くんだが…………経験豊富な北川が痛がるなんて、どのくらいのサイズだったんだ?」  無言で、手で太さと長さを示す。  遠藤が目を丸くする。 「それは大きいな。日本人でそんなサイズの男がいるのか」 「……私も初めて見たわね」 「やっぱり、身体も相当に大きいのか?」  その質問には答えなかった。  微かに表情が強ばる。心の中で警鐘が鳴る。  その変化を、遠藤も敏感に感じとったようだ。  私は、相手が特定できるようなことはけっして言わない。遠藤も訊かない。それが二人の間の暗黙のルールだった。 「……ああ、ごめん。そんなつもりはないんだ。純粋に、年頃の女としての好奇心だ」  思わず遠藤の顔を見る。 「…………なんだ、その顔は? 私だって、人並み程度にはオトコにもセックスにも興味はあるぞ」 「……そう」  私の目には、遠藤がそんな普通の感性を持っているようには見えなかった。彼女にとっての恋愛やセックスといった話題は、保健室を訪れる女生徒の相談事の中にだけ存在するもののように感じていた。 「確かに、男にもてる方ではないし、北川に比べたら経験もずっと少ないだろうが、一応は何人かの男性経験もある」 「……そう」 「しかしサイズも嗜好も、あまり特殊な相手に巡りあったことはなくてな。北川の体験談は、仕事抜きで興味深い」 「大きいのに興味があるなら、紹介してあげましょうか? やりたい盛りの高校生だもの、相手が遠藤だって大丈夫でしょう」  遠藤の眉間に微かに皺が寄る。 「それは遠回しに、私に性的魅力がないといっているのか? ……ああ、答えなくていい。単刀直入に言われるとさすがに少し凹むから」  本人も自覚しているように、一般的な基準として、遠藤は恋愛やセックスの対象として魅力的とは言い難い。  顔もスタイルも十人並み。しかも体格が小柄で、目や鼻などの顔のパーツも小ぶりなためか、とにかく地味な印象を受ける容姿だった。そばかすが目立つ化粧っけのない顔に、この性格と口調、そして地味なファッションが加わって、とにかく女性らしい艶っぽさというものが感じられない。  言ってみれば〈男から普通に友達として扱われるタイプ〉〈男とセックス抜きで雑魚寝できるタイプ〉だろうか。 「……精力を持て余してる男子高校生に犯されまくったら、少しはフェロモンも出るんじゃない?」 「まったく興味がないといったら嘘になるが、遠慮しておこう。私の身体と経験値で、その状況を楽しめるとも思えん。そもそも教師のはしくれとして、生徒に手を出すわけにはいかんだろ」 「……そう」  女生徒に手を出した男性教諭はこの学校にも何人かいるけれど――という台詞は声に出さずに飲み込んだ。  もっとも、遠藤はうすうす感づいているだろう。しかし、さすがにふたりの間でその事が話題に出ることはない。  私の前では冷静沈着でマイペースを崩さない遠藤が、もしも早瀬に力ずくで犯されたりしたら、どんな反応をするのだろう。  そんなことを考えながら、今度こそ、眠りにつくために目を閉じた。 * * * 「莉鈴ってば、みょーに色っぽくうなされてたね。エッチな夢でも見てた?」  目を開けて最初に視界に入ったのは、笑いながら私の寝顔を見おろしている女生徒の顔だった。  無視してのろのろと身体を起こし、壁に掛かっている時計を見た。  二時間くらいは眠っていたらしい。気分的にはもっと長く寝ていたように感じる。  体調はいくぶん回復したようだ。睡眠不足と疲労はかなり解消されているし、熱も少し下がって頭痛が軽くなっている。筋肉痛は相変わらずだったけれど、擦り傷の痛みもいくらか治まっていた。 「教室に戻る? それとも昼休みまで寝てる?」  声の主に視線を向ける。  目鼻立ちのくっきりした、ボーイッシュな美人。女子としては背が高く、髪は短め。  クラスメイトの〈木野 悠美〉だ。 「……ここで、なに、してるの?」 「莉鈴が登校してないから。こっちかなぁって、様子を見に」  予想通りの答え。  わかっていて訊いていることだ。その行動を歓迎していないことの意思表示として。  木野もそうした私の意図をわかっていて答えている。  彼女は、クラスで唯一、普通に話しかけてくる相手だった。つまり、私が学校で多少なりとも言葉を交わす数少ない人物だ。  返事をせずに無視していても、構わずに話しかけてくる。いや、無視している時の方がしつこいかもしれない。最低限の返事をするとそれで満足するのか、必要以上につきまとってくることはない。  だから仕方なく、最小限の会話はしている。  出席番号がひとつ違いということで、入学式の日、最初に私に話しかけてきたのが木野だった。  そして入学後間もなく、〈噂〉が広まるきっかけを作ったのも彼女だ。  入学式の前日、〈パパ〉と腕を組んで繁華街を歩く私を偶然見かけていて、たまたま顔を覚えていたらしい。教室で話をしていた時にその事に触れ、「ひょっとして援交?」と訊いてきたのだ。  もちろん、否定されることを前提とした冗談のつもりだったのだろう。実際には親子と思っていたらしい。  しかし私がそれをあっさりと肯定し、その場には他のクラスメイトも居合わせたために、一気に噂が広まったというわけだ。  そうして私は教室内で敬遠される存在になったけれど、不思議なことに木野だけはその後も普通に接してきた。援交の話題を避けることもなく、ごく当たり前に話のネタのひとつにする。  木野はけっこうな美人で、スタイルもいい。ボーイッシュといったけれどけっして男くささはなく、あくまでも〈カッコイイ女の子〉だ。明るく人懐っこい性格で、男女問わずに人気はあるようだ。  そんな彼女がどうして私に構うのか、他のクラスメイトは首を傾げているし、私にもわからない。  他の友達と「昨夜のドラマ観た?」といった会話をするのと同じような調子で、私には「昨夜の〈デート〉はどうだった?」などと訊いてくるのだ。  あるいは〈同類〉かとも思ったけれど、どうやらそういうわけではないらしい。性体験はゼロではないけれどまだ数少ないし、援交なんてする気もない、と言っていたことがある。  そういうわけで木野の意図はよくわからないけれど、けっして四六時中つきまとってくるわけでもない。時々、話しかけてきたり、一緒に昼食を食べようと誘ってくるくらいだ。無視しても断っても特に気分を害する様子もなく、また気が向いた時に寄ってくる。  私としては、特に害になる存在でもないので好きにさせている、というのが本音だった。無視したい時には無視するし、気が向けば一言か二言は言葉を返すこともある。  遠藤とタイプは違うけれど、いてもさほど不快ではない存在、私が許容できる〈距離感〉を理解している存在。  だから、向こうから寄ってくることに関しては強く拒絶もしない。ただ、適度に無視するだけだ。 「……教室に戻るわ」  独り言のようにぽつりと言って、ベッドから降りた。眼鏡をかけるとブラウスのボタンを留め、リボンをつけ、最後にスカートを穿く。  身支度を終えたところで、木野が私の鞄を取って差し出してくる。それを受け取って保健室を後にする。  いつものことだから、出て行く時には遠藤に声はかけない。向こうもなにも言わず、机に向かって書類仕事をしていた手を一瞬とめて、ちらりとこちらを見ただけだった。 * * *  木野と並んで廊下を歩いていると、すれ違う生徒たちから、独りの時とは違う視線が注がれるのを感じる。  身長百四十センチ台の私と、百七十センチ近い木野。二十センチを超える身長差はインパクトがあるし、木野はぱっと見で目立つ陽性の美人だ。  私は美人といっても陰性の雰囲気を持っているし、そもそも学校では容姿も変えて目立たないように気をつけている。  目立つ木野にまず視線が向けられ、それから隣にいる私に気づく。いくら目立たない姿とはいえ、私はいろいろと有名人だ。顔は知られている。  好意的とはいえない視線を向ける生徒たちが、複雑な表情を浮かべる。  男女問わず人気者の木野と、誰からも好ましく思われていない私。  この組み合わせは他の人たちにも奇異に映るようで、独りでいる時以上に目立ってしまう。別に、他人の目などどうでもいいことだけれど、愉快なものでないことだけは確かだった。  途中、購買部で昼食用にサンドイッチとコーヒー牛乳を買い、休み時間が終わる直前に教室に入った。  そこで最初に目に映ったのは、早瀬の姿だった。  彼の存在を気にとめてしまったことが少々不愉快ではあったけれど、なにしろ存在感のありすぎる体格だから仕方がない。  それに、クラスメイトの大半を〈その他大勢〉としか認識していない私にとって、唯一、肉体関係を持った早瀬は、多少なりとも〈特別な存在〉であることは間違いない。  早瀬はこちらにその大きな背中を向けて、斜め前の席の女子と話をしていた。これまでにも親しげに話しているところ見た覚えがある相手。おそらくは彼女が〈カヲリ〉だろう。  私と木野が教室に入ったところで、気づいた数人の生徒が複雑な表情をこちらに向けた。  私ひとりであれば、それは悪意や敵意のこもった、あるいは疎むような視線になる。平和な高校生活の中に紛れ込んだ、異質な存在に向けられる視線。  しかし今は隣に木野がいるために、露骨に敵意を向けることもできず、結果、彼らは対応に困ったような表情を浮かべることになる。  〈異物〉の侵入によって、教室の空気が微妙に変化する。  早瀬もその変化に気づいてしまった。〈カヲリ〉との会話を続けながら、ちらりと視線をこちらに向ける。  私と目が合って、気まずそうな表情を見せる。しかしそれも一瞬だけで、すぐに〈カヲリ〉の方へと向き直る。  私が最後列の自分の席に着くと同時に、始業のチャイムが鳴った。〈カヲリ〉も早瀬との会話を中断して前を向く。視界の隅で、早瀬がもう一度こちらを振り返っていたけれど、私は気づかないふりをしていた。  〈授業中〉という名の無意味な時間――。  教師の声は背景雑音のひとつとして耳を素通りしていく。  私はただぼんやりと過ごしていた。  窓の外の景色を眺めたり。  まだ身体が覚えている、昨夜の行為の感覚を反芻したり。  下を向いてうとうとしたり。  たまに教科書に目を落とすこともあるものの、内容を真面目に読んでいるわけではなく、単なる暇つぶしのひとつだった。  学校で勉強するということに、なんの意義も見出していない。ただ、高校くらいはちゃんと通っておかなければ母親が――恐らくは父親も――うるさいから、惰性で通っているだけのこと。  留年しない程度に出席し、赤点を取らない程度に勉強すればいい。どうしてもテストの点が足りないようなら、その教科の教師を誘惑すれば解決する。  こうした素行や〈噂〉が問題になることはほとんどなかった。担任と校長の弱みは握っているから、私を咎めることはできない。遠藤にも話していない――しかしうすうす感づいている――〈秘密〉がそれだった。  そうして居場所を確保したことで、学校ではただぼんやりと過ごすことができた。  別に、退屈とは思わない。そうした感情は希薄だ。  学校にいる時以外でも、私がすることといえば食事や入浴といった生活に必要なことと、セックスと、自慰。それ以外の時間はぼんやりと過ごしていることが多い。  なにもしない。  なにも考えない。  セックスとリストカットを除外するなら、特に趣味と言えるものもない。なにかを楽しむという感情が、普通の人に比べると極端に欠如している。  ただ呼吸し、鼓動を繰り返しているだけの存在。  ある意味、それが理想だった。 「…………」  ちらりと時計を見る。昼休みまであと二十分ほどある。  軽い空腹を覚えた。体調が悪かったことと時間がなかったことで、朝食はほとんど食べていない。もうひとつくらいパンを買っておいた方がよかったかもしれない。  そんなことを考えながらなにげなく視線を動かした時、壁に貼られていた座席表が目にとまった。  早瀬の名前を目印にして〈カヲリ〉の席を確認する。そこには〈茅萱〉という名前が書かれていた。  茅萱カヲリ、というフルネームを知る。二日間で二人もの名前を覚えるなんて、私にとっては記録的なことだ。  もう一度、〈茅萱カヲリ〉の後ろ姿を確認する。  身長は百六十センチ前後だろうか。縦も横もこれといって特徴のある体格ではない。顔はそこそこ可愛い方に分類できると思うけれど、かといって特筆するほどの美少女というわけでもない。  教室では、早瀬や女友達と賑やかに話していることが多かったように思う。  明るくて、賑やかで、オシャレと彼氏や友達とのおしゃべりがいちばんの興味の対象――そんな、どこにでもいる〈普通の〉女子高生。  そして――  たぶん、まだ、処女。 「……っ」  椅子の上で少し体を動かしただけで、局部に痛みが走った。薬は本当に気休め程度にしか役に立っていない。  また、昨夜の感覚が鮮明によみがえってくる。  ただ挿入されるだけでも裂けてしまいそうなほどに痛かった。その上、お腹を突き破られそうなほどの勢いで貫かれた。  滅多に経験したことのないほどの、激痛をともなう性交。  私があれでは、茅萱は初体験で苦労することだろう。  体力と精力がありあまっていて、しかも巨根で激しいセックスが好みの彼氏。  経験豊富でセックスが大好きな大人の女性にとっては理想かもしれないが、バージンの高校一年生には負担が大きいだろう。あれを楽しめる処女がいるとは思えない。  茅萱は私より体格がいいとはいえ、初めてはきっと大変だ。経験豊富な私がこれだけのダメージを受けているのだ。ローションを十分に用意しておかなければ、挿入も容易ではないだろう。  茅萱にいずれ訪れるであろう初体験に、少しばかり同情したくなる。  それはたぶん、そう遠くない未来のことだろう。セックスの気持ちよさを知ってしまった早瀬が、本命の彼女をいつまでも放っておくとは思えない。  初めてがあの勢いだったら……きっと大変だろう。  もっとも、早瀬も恋愛感情を持っている〈彼女〉が相手だったら、最初くらいはもっと優しくするのかもしれない。あの乱暴な行為は〈ヤリマンと噂の北川莉鈴〉が相手だからこそかもしれない。  いずれにしても、たとえ痛かろうと乱暴だろうと、それでもやっぱり茅萱は幸せだろう。  なにしろ相手は、〈本命の彼氏〉なのだから。 * * *  昼休み――  先ほど買ったサンドイッチの封を開けていると、木野が自分の弁当箱を持ってやってきた。空いていた前の席の椅子を動かして、こちら向きに座る。  今日に限らず「一緒に食べよう?」とか「ここ座ってもいい?」と訊いてくることはない。訊かれれば、私は必ず首を横に振ることを知っているから。  昼休み、私の周囲の席は無人になるのが普通なのだけれど、週に一、二回くらいの割合で、こうして木野がやってくる。他の日は普通に仲のいい友達と食べているのに、なんの気まぐれだろう。 「で、昨日のデートはどんなんだったの?」  弁当箱の蓋を取りながら訊いてくる。  声をひそめることもない。訊いている木野はもちろん、教室内の全員が、それが〈普通の〉デートではないことを知っているというのに。  だから私も普通に答える。もっとも、よく通る木野の声と違って、私の声は普段から小さいのだけれど。  サンドイッチを一口囓り、二、三度咀嚼して飲み込んでから口を開いた 「……別に、特別なことは」  なにもなかった、とは言えないけれど。  援交のことは今さら隠しもしないとはいえ、昨日のことをそのまま話さないだけの分別はあった。 『昨日の相手は早瀬で、夜中までめちゃくちゃに犯されまくった』なんて、周囲の何人かが密かに聞き耳を立てていて、さらに当人とその彼女がいる教室内で口にすることではない。  世の中にはそうした時の反応を楽しむような性格の人間もいるかもしれないけれど、私は違う。学校で余計なトラブルを起こしたくないというポリシーにも反する。  しかし考えてみれば、昨日のことは、早瀬から口止めされていなかったような気がする。もちろん、私からもなにも言っていない。向こうは彼女がいるのだから、確認するまでもなく当然のことと思っていた。  早瀬も同じ考えなのか、それとも単にそこまで考えが及ばなかっただけなのか。  あるいは、普段から無口でクラスメイトと会話することなどほとんどない私だけに、いちいち口止めするまでもないと思ったのかもしれない。 「相手、イイ男だった?」 「……あんまり。それほどでもなかったわ」  その台詞だけ、声のボリュームを少し上げた。こちらに背中を向けている早瀬が、耳をそばだてている気配があったから。  今の台詞、いったいどんな顔をして聞いただろう。  凹んでいるか、苦笑しているか、それとも怒っているか。ここからではわからない。  そもそも、私と木野の会話をどんな思いで聞いているのだろう。余計なことを口にしないかと、びくびくしているのだろうか。今ごろになって、きちんと口止めしておかなかったことを後悔しているかもしれない。 「でも、ずいぶんと激しかったみたいだね」  木野が笑いながら言う。箸でつまんだタコさんウィンナーを私の口の前に差し出してくる。そのまま数秒間待っても私が無視していたので、自分の口に放り込んだ。 「……すごい、疲れた顔してる」 「……そうね、体力だけは無駄にありそうな相手だったわ」 「で、よかった?」 「…………わりと」  その一言は、早瀬に聞こえない程度に声を落として答えた。  昼食を食べ終わった後、独りでお手洗いに立った。  木野はついて来ない。普通の女子高生のように連れ立ってお手洗いに行くことを好まないのを知っているし、私が離れると同時に他の友達に捕まっていた。  用を足して教室に戻ろうとしたところで、途中の廊下に早瀬が立っているのを見つけた。  すぐに直感する。私を待っているのだと。  それでも、無視して横を通り過ぎる。  その瞬間、 「……体調は?」  すぐそばにいる私にだけ聞こえるような、小さな声。  一歩進んだところで立ち止まる。しかしそのまま前を向いて、振り返ったりはしない。 「…………よくは、ないわ」  前を向いたまま、独り言のようにつぶやく。早瀬以上に小さな声で。 「風邪による発熱、疲労、睡眠不足、筋肉痛、性器の擦過傷、そして貧血。ぎりぎり、寝込むほどではないわね」 「…………」  返ってきたのは、数秒間の沈黙。なにか言ったような気もするが、意味のある言葉としては耳に届かなかった。  おそらく、口の中で「ごめん」と言ったのではないかと思う。  背後に感じる気配が少しだけ近づく。  一瞬、手になにかが触れる。  握りしめて、それが小さく折りたたんだ紙片だとわかった。  早瀬はそのまま無言で、教室とは反対方向に歩き出した。足音が十分に遠ざかったところでちらりと振り返ると、大きな身体が男子トイレの中に消えていくところだった。  もしかすると、私と同時に教室へ戻らないための時間稼ぎかもしれない。  教室に向かって歩きながら、手の中の紙片を開いた。  ノートの切れ端と思しき、横罫線の描かれた紙。そこに携帯電話の番号とメールアドレスが書かれていた。  メールアドレスだけを暗記して、紙片を丸めてポケットに入れる。反対側のポケットから携帯電話を取りだす。ふたつ持っている携帯のうち、本当の〈プライベート用〉のもので、出会い系サイトへのアクセスや〈パパ〉たちとの連絡に使う〈援交用〉ではない。  出会い系サイト経由のメールが山のように届く〈援交用〉とは違い、ほとんど使うことのない携帯。アドレス帳に登録されている名前も、両親と遠藤、木野、学校、そしてピルの処方などで世話になっている病院くらいのものだ。  メールボタンを押し、いま見たばかりのアドレスを打ち込んだ。題名も空のまま、本文に電話番号だけを書いて送信ボタンを押した。  プライベートの携帯を使ったことに特別な意味はない。単に、いま手元にあったのがこれだったというだけのこと。これは常に身に付けているのに対して〈援交用〉は鞄に入れっぱなしだし、あまりにも頻繁にメールが届くので、必要な時以外は電源を切ってある。  教室に戻り、席に着いたところでポケットの中の携帯が震えた。  さりげなく取りだして、ちらりと見る。 『昨日は、   ありがとう』  不自然な空白。本当は「ごめん」と書こうとしたのかもしれない。  別に、どちらでもいい。  メニューを開いてアドレス帳に登録すると、返信もせずにメールは削除した。 * * *  アドレスの交換をしたからといって、まめな文通をするわけでもない。  当然、私から連絡することなどありえないし、早瀬からもメールも電話もなかった。  無意味なメールが来ても無視するつもりだったからむしろ好都合だったけれど、おそらく早瀬もそうした反応を予想していたのだろう。  次に早瀬からのメールが届いたのは三日後、木曜日の夜だった。  家でぼんやりしていたところ、珍しくプライベート用の携帯から着信音が流れ出した。 『明日の夜、会えないか?』  ただそれだけの簡潔なメール。  早瀬の性格なのか、それとも私の性格に合わせたのか。  もちろん、主題以外の無駄話に付き合う気などさらさらない。その点で、これ以上簡潔にはできないようなメールは正しい選択だった。  もう一度、携帯の画面を見る。  少し、考える。  あれから一週間弱、早瀬もよく我慢したというべきだろう。正直なところ、彼のありあまる性欲を考えたら、もっと早くに誘ってくると思っていた。  さて、どうしたものだろう。  明日の夜。  特に断る理由はない。  日曜日の様々なダメージからはほぼ回復している。手首の傷も塞がったし、毎日サプリメントを飲んでいたから、必要以上に流した血も再生したことだろう。  無意識に左手首に触れる。  無数の切り傷が重なって、硬くなっている皮膚。日曜日の七本の傷もその一部となり、古い傷の中に埋没しつつある。  もう、新しい傷を増やしてもいい頃だろう。  返信のボタンを押す。  少しだけ間を置いてから本文を打つ。 『  何時くらい?』  ただ、それだけ。  いいよ、なんて書く必要はないし、書きたくもない。  ほどなく返事が来る。 『7時でどうだ?』  返信。 『  早瀬の家?』  今度の返信はさらに早かった。 『ああ。明日の夜、家には俺ひとりだから』 『  ……それって、泊まりってこと?』 『えっと……北川がよければ』  一瞬、手が止まる。  少しだけ考える。 『  少し、遅れるかも。  2時間以上遅れたら、すっぽかされたと思って』 『……待ってる』  もう返信はしない。  メールのやりとりはそこで途切れる。  携帯をたたんで握りしめると、ごろりとベッドに横になった。 「…………泊まり、か」  そのこと自体に問題はない。外泊など珍しいことではないし、私の素行については母もとっくに匙を投げている。そもそも夜は母も仕事で家にはいない。  目を閉じて、日曜日のことを想い出す。  また、感覚が甦ってくる。  性器が壊れてしまうような、激しい行為。私の人格を無視した陵辱。  あの激しさで一晩中――考えるだけでも大変そうだ。  その一方で、足腰立たなくなるまでめちゃくちゃに犯されたい、などと考えている自分がいる。  遠藤の忠告に素直に従ったわけではないけれど、今週はずっと禁欲生活だった。体調がよくない上にあちこち痛かったせいで援交する気にもなれなかったし、絶対に断れない〈パパ〉からの誘いもなった。触れると痛いので、自慰すら控えていた。  率直に言って、少し、溜まっている。  身体が疼いている。  こうしているだけで、潤いを帯びてくる。  そろそろ、久しぶりに出会い系サイトで適当な〈パパ〉を物色しようかと考えていたところだ。  しかし、今日のところはやめておいた方がいいだろう。  明日までおあずけ。  身体が、これ以上はないくらいに〈男〉を求めている状態で、あの逞しいペニスに思いっきり貫かれる――  私の肉体は、それを望んでいた。 * * *  そして金曜日の夜。  住宅街の路地を歩きながら、携帯電話を取りだして時刻を確認する。  午後七時三二分。  約束の時刻は過ぎているけれど、遅れるかもしれないと断ってあるのだから問題はないし、そもそも約束を守らなければならない義理もない。  実のところ、遅れる理由があったわけではない。それは昨日からわかっていたことだった。  今日は学校を出た後、少し寄り道して本屋で時間を潰し、ファーストフードで早めに軽い夕食を済ませ、家で入浴してきただけ。  計画的犯行。  最初から、絶対に午後七時には間に合わないように家を出た。  それは『早瀬との逢瀬を楽しみにしているわけではない』という、わかりやすい意思表示だった。  しかし、ここへ来てひとつだけ計算外の展開があった。偽装のための意図的な遅刻が、本物の遅刻に変わりつつあった。  早瀬の家の場所がわからない。  なにしろ一度来ただけの場所だ。しかも土砂降りの雨の中で、たまたま通りかかっただけの道。帰りはもう真っ暗だったし、早瀬の腕の中でうとうとしていて道など覚えていない。  多分このあたり、というところまでは来たけれど、新興住宅地は似たような通り、同じような家ばかりで、最後の数百メートルがどうしてもクリアできなかった。  もう一度携帯電話を見て、小さく溜息をつく。  仕方がない。  ただでさえ限界に挑戦することになりそうな夜なのだから、ここで無駄な体力は使いたくない。予定より少しだけ早く、早瀬を喜ばせてやるとしよう。  携帯を開いてメールを打つ。 『近くまで来てるのだけれど、家がわからないわ。  二丁目でいいのよね? 番地は?』  一分と経たずに返事が来る。  この反応の早さ、携帯を手に連絡を待っていたのかもしれない。 『二丁目、三五‐一○。迎えに行こうか?』 『いい。わかる』  三五番地という表示は、つい二、三分前に見た覚えがあった。記憶を辿って来た道を戻る。  そこから脇道に入って見覚えのある家の前に着くまでに、五分とかからなかった。  玄関の前に立ったところで、ふと考える。  前回のように〈クスリ〉を飲むべきだろうか。  一応、持ってきてはある。  少しだけ迷って、やっぱりやめておくことにした。そうまでして早瀬とのセックスを楽しみたいわけではないし、普段の援交の時だって自分から飲むことなどない。  前回は、そうするのが好きな〈パパ〉に飲まされたからだ。〈パパ〉はいつも私を〈クスリ漬け〉にして犯す。  指先が玄関のチャイムに触れたところで、また少し躊躇する。  なんとなくいつもと勝手が違う……と思いながらチャイムを鳴らす。ほとんど間を置かずに返事があってドアが開かれた。これはもう、玄関で待っていたことが確定だ。 「……少し、遅れたわ」  そう言ってドアをくぐる。  謝りはしない。遅れることは予告済みだし、時間ぴったりに来なければならない義理もない。 「いや……、構わないよ」  緊張しているのか、早瀬はやや強張った表情で応えて、上がるように促した。  靴を脱ぎ、用意されていた来客用スリッパを履く。そこで、なにか言いたげな視線に気がついた。  早瀬の顔を見る。 「……なに?」 「今日も、そっちの格好なんだ?」 「…………ええ」  なるほど。今の私の姿、自分ではごく当たり前の格好だけれど、早瀬にとってはそうではないことを思い出した。  学校の制服であることには変わりはないけれど、普段、学校で着ているものではない。  リボンを付けず、上のボタンふたつを外し、裾をスカートの外に出したブラウス。  その下のブラジャーも胸を強調するデザインのもの。  少しでも屈んだら下着が見えそうなぎりぎりのミニスカート。  〈絶対領域〉を強調した黒のオーバーニーソックス。  そして髪を下ろし、軽く化粧をして、眼鏡はかけていない。  学校での姿とはまったく違う、いわば〈援交用〉の私。  男とセックスするための姿。  前回はすぐにシャワーを浴びてTシャツ一枚になったから、早瀬はこの姿に慣れていない。どことなくぎこちないのはそのためもあるのだろうか。 「あの格好は学校でだけよ。それとも早瀬、あっちの方がよかった? だとしたらちょっとマニアックな趣味ね」 「……いや、正直なところ、こっちの方が…………」  口ごもる早瀬。後を受け継ぐ。 「欲情する?」  わざと、直接的な表現をする。 「…………ああ」 「正直な感想ね。いいわよ。そのためにこの格好なんだから」 「……コスプレってやつ?」 「私の場合、仕事着というべきかしら」 「そういや、なんで学校ではあんな地味なカッコしてんだ? うちの学校、別にうるさくないだろ? どう考えても、こっちの方が……えっと、マジ、……可愛いぞ」  女の子の容姿を褒めることに慣れていないのだろう。必要以上に恥ずかしがって、体格とは不釣り合いな小声になった。 「……別に、学校でモテても仕方ないし」 「…………金にならないエッチはしないって?」  その口調には、不愉快そうというか、どことなく蔑むような雰囲気があった。だからといって別に気を悪くはしない。そうした反応には慣れているし、一般人としては当然のことだ。  しかし、 「あら、ココアのためにすることもあるわよ?」  そう応えると表情が急変し、顔が真っ赤になった。 「と、とにかく上がれよ。こっち」  指し示す方向は、二階にある早瀬の部屋ではなくて居間だった。どうやら、いきなり自室に連れ込んで押し倒すという展開ではないらしい。早瀬の経験の浅さや、常識人であることを考えれば当然だろうか。  短い廊下を歩きかけて、ふと脚を止める。  先ほど感じた違和感の正体に思い当たった。  考えてみれば、こうした訪問は初めてかもしれない。  同世代の男子の自宅を訪れる、なんて。  援交やナンパなら、セックスする場所は大抵がホテル、たまに車の中。AV撮影もラヴホかスタジオ、あるいは撮影のために借りているマンションの一室だ。  そもそも、相手が高校生ということ自体が珍しい。  同世代の男の子の家に、家族が留守の隙を衝いて上がり込んでいる――まるで、普通の高校生カップルみたいではないか。 「なに?」  早瀬が振り返る。 「……いいえ、なんでもないわ」  曖昧に誤魔化す。なんとなく、いま思ったことは言いたくなかった。 「ちょっと、拍子抜けしただけ。この前のことを考えたら、家に入ると同時に押し倒されるかと思ってたから」  皮肉めかして言うと、早瀬は耳まで真っ赤になって反論した。 「し、しねーよ! ……つってもあまり説得力はないか」 「……ないわね」  目の前に立って顔を見る。三十センチ以上の身長差はまるで大人と子供だ。至近距離で見上げると首が痛くなる。  早瀬が小さく鼻を鳴らした。微かに、困惑したような表情になる。髪から漂う香りに気づいたのだろう。 「……ここへ来る前に、シャワーを浴びてきたわ。セックスするために異性の家を訪問するのだもの、女の子としてはそれが嗜みでしょう?」 「あ、ああ……そうか。そういうものだよな」  ぎこちない、戸惑ったような返事。 「念のため言っておくけれど、早瀬が考えているようなことではないわ」 「え?」 「前回みたいに、他の男とやった帰りじゃないってこと。今日はまだ〈未使用〉よ。シャワーを浴びたのは自分の家で」  さすがに、馬鹿正直に「あの日以来ずっと未使用」とは言わなかった。そこまで喜ばせてやる必要もないし、それが当たり前と思われても困る。  普段なら、一週間なにもなしなんてありえない。私と関係を持ちたいのであれば、その点はきちんと理解してもらわなければならない。 「単刀直入に訊くけれど、その方が嬉しい?」 「あ……そりゃあ、まあ、やっぱり……な」  一応は遠慮しているのか、やや歯切れの悪い返事が返ってくる。 「でも、北川はそんな風に思われるの、やっぱり嫌か?」 「……別に。自分が、良識ある人間が眉をひそめるようなことをしている自覚はあるわ。それに、男としてはそれが普通の反応でしょう? 他の男とやった直後の女の方が興奮する、なんて嗜好だったら、高校生としてはちょっと……いえ、かなりアブノーマルだわ」 「そ、そうだよな」  以前、〈パパ〉が見ている前で他の男とさせられた経験はある。それはそれで興奮していたようだけれど、しかし自分の見ていないところで他の男としているのはまた別問題だろう。  ましてや、まだ若くて経験の浅い早瀬のこと、むしろ独り占めしたいと考える方が普通だ。  彼はつい数日前が初体験だったのに、その相手は同い年でありながら百戦錬磨の女の子。それだけでもかなり抵抗があるはずだ。 「……で、どうして我慢しているの?」  いつまでも廊下で立ち話というのも不毛なので、私の方から話題を変えた。話をするためにここへ来たわけではない。 「が、我慢なんて別に……」 「見え透いてるわ」  体裁を繕おうとする相手を一刀両断にする。 「不自然に緊張して、まるわかりよ。遠慮しなくてもいいじゃない。早瀬はセックスするために私を呼んだ。私はそれを承知でここへ来た。私と早瀬の関係は、一線を越えたいのにきっかけを掴めずにやきもきしている純情カップルじゃないのよ?」 「俺はまだ経験少ないから、きっかけが掴めないんだよ」  早瀬も開き直る。 「きっかけなんていらない。やりたいようにやればいい。そういう関係でしょう?」  半歩、詰め寄る。もう胸が触れるような距離だ。  強張った表情の早瀬。  その太い腕が動く。  次の瞬間、私の身体は力いっぱい抱きしめられていた。  凄い力だ。  痛いほどに、息ができないほどに、骨が軋むほどに力のこもった抱擁。  手から提げていた鞄が落ちる。  廊下の壁に押しつけられる。  早瀬が身を屈める。顔がすぐ目の前に来る。  そして、キスされる。  早瀬との初めてのキス。前回あれだけ激しくセックスしておきながら、結局、キスはしなかったことを想い出した。  無理やり唇を押しつけるような、乱暴なキス。私は抗いもせず、自分から唇を開いて舌を挿し入れた。  一瞬、驚いたように目を見開く早瀬。しかしすぐに舌を伸ばしてくる。  体格差の分、私よりもずっと大きな舌。それが私の小さな舌を押し戻し、口の中に侵入してくる。 「……ん」  大きく開いて重ね合わされた唇。その中でふたつの舌が絡み合う。  けっして上手ではない、彼のセックス同様にがむしゃらなキス。だけど私はそれを受け入れる。  早瀬に、上手な優しいセックスなど期待していない。力ずくの、レイプと紙一重のような肉体的陵辱こそが彼に求めるものだ。  身体に回されていた腕の一本が解かれ、下へ滑っていく。お尻を二、三度撫でまわすと、スカートをまくり上げて中に入り込んできた。 「ぅ、ん…………」  下着の上から太い指が押しつけられる。  もう潤いはじめている、小さな割れ目に。  乱暴に押しつけられた指が、前後に動く。遠慮の感じられない、痛いくらいの刺激。こつこつとピアスに当たる感触が伝わってくる。 「ん……、ん…………」  早瀬ももう気づいているだろう。そこが熱くなって、下着の上からでもわかるくらいに湿っていることに。  指がぐいぐいと押しつけられる。薄い生地ごと膣の中に押し込まれるような感覚に、抑えきれない声が漏れる。  今日の下着は布の面積がかなり少ないきわどいものだった。乱暴に押し込まれただけで割れ目が顔を覗かせてしまう。指が直に触れる。びちゃ……という濡れた感覚が下半身から伝わってくる。 「う…………んあっ……っっ!」  濡れた粘膜の感触を確かめるように前後に滑った指が、いきなり膣内に挿入された。突然のことに、短い悲鳴に似た声を上げた。  指は一気に根元まで埋まった。いきなりこれはありえない、というほどの乱暴な挿入だった。  自分の指とは比べものにならない太さと長さを感じる。  自慰の時はたいてい指二本を使うけれど、その時は事前にもっとほぐしている。長さが違うせいもあるのか、自分の指二本よりも、早瀬の指一本の方が膣内で存在感があった。  真下から突き上げられる。まるで持ち上げられるような感覚だ。実際、彼は腕一本でも私を軽々と持ち上げることができる。 「んん…………く、ぅ……」  さらに膣が拡げられる。  指がもう一本、入ってくる。  もう、平均サイズの男性器で貫かれているのと大差ないような感覚だ。  いちばん深い部分まで入り込んだ二本の指が、暴れ出す。  激しく抜き差しされる。  最奥部をかき混ぜられる。  性器に対する刺激は、それが痛みであっても快楽と受けとめてしまうこの身体。すぐに反応をはじめ、蜜を滴らせる。乱暴な愛撫のによって蜜が溢れだし、早瀬の手を濡らす。 「は…………ぁ……」  前回同様、声はほとんど出さない。しかしそれ故に、粘液をかき混ぜるぐちゅぐちゅといういやらしい音がはっきりと聞こえてしまう。  声に出しての反応はなくても、身体はもう完全にスイッチが入っていた。  身体から力が抜けていく。立っているのが辛い。  脚に力が入らなくなると、自分の体重でさらに深く、強く突き入れられるような感覚だった。  脚に代わって少しでも体重を支えようと、両手は早瀬の服をぎゅっと握りしめる。 「……遠慮は、いらないんだよな?」  それは問いかけではなく、確認の言葉。  あるいはこれからすることの宣言。  無言が、私の返答。肯定の意味の。  膝の裏に手が入れられ、片脚が持ち上げられる。履いていたスリッパが落ちる。床についている方の足はつま先立ちだ。  早瀬は膝を曲げて腰の位置を下げると、下半身を押しつけてくる。  熱くて固い塊が、濡れた秘所に押しつけられる。  下着は脱がされておらず、小さな布が横にずらされて、その下の割れ目を露わにしている。  前回、何度も経験したためだろうか。早瀬はこの不自然な体勢の割にすんなりと胎内に続く入口を探り当て、自分の先端をそこに押し当てた。  私を抱きしめていた腕の位置が少し下がり、腰に回される。 「ん…………ぅあっっ! …………っ!」  曲げていた膝を伸ばし、腰を突き上げる早瀬。  心の準備はしていたはずなのに、一瞬、短い悲鳴を上げてしまった。  いちばん奥まで一気に、つま先が床から浮き上がるくらいの勢いで貫かれてしまったのだから当然だ。しかもその男性器は、私の華奢な手首よりも太いのではないかという代物だった。  立ったままの結合。  自分の体重がすべて、自分自身を貫く力となってしまう。全体重が膣奥の一点に集中する。  本当に、お腹まで突き破られたかと思うような衝撃だった。悲鳴が一瞬だけだったのは、痛すぎて声にならなかったためでしかない。  涙が滲む。胃液混じりの唾液が溢れてくる。  奥までしっかり挿入したことを確認した早瀬は、私の身体を持ち上げるようにして揺すりはじめた。それに合わせて、自分の腰も突き上げてくる。  痛い。  ただでさえ、立ったまま片脚を上げたこの体勢での挿入は、膣口が狭くなってきつい。しかも相手が早瀬では、挿入できたことが不思議になるくらいで、無理やり拡げられ、ねじ込まれる痛みは当然といえる。普通に横になって脚を拡げた体勢での挿入だって、かなり強引にねじ込まれている感覚なのだ。  それなのに。  やっぱり、早瀬に塞がれている下の口はいやらしい涎を溢れさせている。 「う……ぅ…………く、…………ぅん…………ん、ふぅ……くっ」  早瀬の荒い呼吸の合間に、私の嗚咽が混じる。  床や壁が軋む音がその伴奏。  下から突き上げられるたびに身体が浮く。なにしろ体格差がありすぎる。挿入された時点で、床についている足もぎりぎりのつま先立ちだった。  いくら軽いとはいえ、自分の体重をすべて膣で受けとめるのは辛い。限界を超えて引き延ばされ、内臓を貫かれる苦しみに嘖まれる。  腕を早瀬の身体に回せば、少しは楽になるかもしれない。非力な腕ではあっても、その分、体重も軽い。ある程度は負担を軽減できるはずだ。  しかし、わざとそうしない。  挿入の瞬間、思わず早瀬にしがみついてしまった手を解き、力を抜いた腕を身体の横に下げた。  より深く、より激しく、貫かれるために。  より強い痛みを感じるために。  早瀬は私の腰に腕を回し、もう一方の手で左膝を抱え上げるようにしているけれど、やはり体重の大半は結合部にかかっているようだった。  ただでさえ、サイズ的に挿入されるだけでも痛い。  その上、この体勢で真下から突き上げられている。  気持ちいいと思える限度を超えた、激しすぎる刺激。  セックスしているというよりも、串刺しにされている感覚だった。  なのに――いや、だからこそ、私の身体は反応していた。 「ん……っ、くふっ…………んっ! は…………ぁ、ん……」  力まかせに突き上げられるたびに、身体が仰け反る。  髪が振り乱れる。  悲鳴を上げそうになる。しかし早瀬と相対する時は〈パパ〉とのデートのような激しい反応を表に出さない。  けっして、感じていないわけではない。  むしろ、泣きそうなほどの痛みに悦びを覚え、膣は涎を滴らせている。  しかしそのベクトルは内に向き、荒い呼吸と発汗、そして多量の愛液の分泌でのみ、いま受けている性感の強さを表していた。  早瀬の呼吸も荒く、速い。  身体も汗ばんでいる。  彼も興奮し、感じているのだろう。動きはさらに激しくなっていく。  長いストロークで突き上げられるたびに、意識が飛びそうになる。  小さな絶頂を何度も迎え、しかしそれで果てることもなく、さらなる高みへと昇っていく。  そしてついに限界に達する。  痛みのせいか、それとも快感のせいか、恐らくはその両方の相乗効果によって、ふっと意識が途切れた。  一瞬、視界が暗くなる。  同時に、私を貫いていたものが引き抜かれる。  ずっと加えられていた痛みが不意に途切れ、突然の状況の変化に意識が引き戻された。  脚を抱えていた腕が解かれる。腰に回されていた腕が緩む。  私の脚はすっかり萎えてしまっていて、自分の体重を支えられなかった。なかば朦朧とした意識のまま、その場に頽れ、膝をついた。  前に立っている早瀬の腰が、ちょうど目の前にあった。そそり立つものが鼻先に突きつけられる。  限界まで大きくなっているその先端から、白い粘液が迸った。  顔に、髪に、そしてブラウスやスカートに、飛沫が降りかかる。  熱い奔流。  それが治まる前に、頭を乱暴に掴まれた.。  まだ射精を続けているペニスが、唇を割ってねじ込まれる。  熱を帯びた固い肉の塊が、二度、三度と大きく脈打って、口の中に残りの精液を注ぎ込んでいく。  いや、注ぐなんて生やさしいものではない。噴き出してくるという表現が相応しい勢いだ。  ねっとりとした感触の、液体というよりも固体に近いような粘度の高い精液の塊が、口の中をいっぱいに満たしていく。  驚くほどに濃く、量も多い。  もしかしたら早瀬も、あの日以来ずっと、自慰もせずに溜め込んでいたのだろうか。あるいは彼の精力ならば、これが普通なのだろうか。  口の中に広がった、苦くて生臭い液体。お世辞にも美味しいものではない。なのに、その味と匂いは私を興奮させる。  びくん、びくん。  まだ、口中で脈動を続けている男性器。呆れるほど大量の精液を噴き出して、ようやくその動きが止まった。  その事を確認し、ひと呼吸置いてから、口の中いっぱいのものを飲み込んだ。この粘度と量を考えたら、きちんと心の準備をしてからでなければ喉に引っかかって咳き込んでしまいそうだった。  粘液の塊が、喉をのろのろと滑り下りていく。  その感触は、なんだか巨大なアメーバを連想させられる。思わず気分が悪くなる。  それでも、やるべきことを疎かにはしない。口の中が空になって余裕ができたところで、尿道内に残った分も一滴残らず吸い出し、さらに根元から先端まで、丹念に舐めて掃除した。  そしてまた口に含む。  まだ、早瀬のものはまったく勢いを失っていなかった。私の中に在った時そのままの大きさと固さを維持している。口をいっぱいに開いていなければ歯が当たってしまいそうだ。  また前回のように、このまま乱暴に喉を犯されるのかとも思ったけれど、予想に反して早瀬は頭を掴んでいた手を離し、口からペニスを引き抜いた。  まだいくぶん荒い呼吸を繰り返しながら、床に座り込んだ私を見おろしている。  頬を伝い落ちていく、液体の感触。汗よりももっと粘度がある。  視界に白いもやが入り込んでくる。前髪にかけられた精液がゆっくりと流れ落ちていくところだった。  それを指で拭い取る。  ゼリーのような弾力のある白い塊が指先に乗っている。  指を口に含む。  次に、頬を拭う。  また、指を舐める。  髪と顔が綺麗になるまで繰り返す。  それからブラウスとスカートにかかった分に取りかかった。  生地に染み込みつつある粘液を指で拭って口に運ぶ。しかしブラウスの胸のあたりとスカートには、小さな染みがいくつか残った。 「…………悪ぃ、服、汚しちまったな」 「……別に、気にしないわ。着替え、持ってきているもの」 「そうか」  指先で頬を掻いている早瀬。多少は落ち着いたようだけれど、それでもまだ、私を犯していた時の獣の気配も漂わせている。 「服を着たまま、っていうのが好きなのかしら?」 「いや……別にそういうこだわりがあるわけじゃないけど……でも、これはこれでけっこう興奮するな」 「…………そう」  内心、その意見に同意する。どうせなら、乱暴に服を破くくらいされてもよかった。 「ということで……、続き、いいか?」  やや遠慮がちに訊いてくる。その様子はしている最中の乱暴な早瀬とは別人のようだ。しかし股間のものはいまだ凶悪さを保っていた。 「…………好きに、すれば?」 「……、ああ」  早瀬は屈んで、身体の下に腕を入れてくる。軽々と抱き上げられる。三十キロちょっとの体重など存在していないかのようだ。  私の鞄も拾いあげ、軽い足どりで階段を上っていく。  早瀬の部屋。訪れるのは二度目だ。  見たところ、前回よりも小ぎれいに片付いている印象を受けた。突発的な訪問だった前回と違い、今日は私を呼ぶということでちゃんと掃除をしていたのだろう。  早瀬は抱えていた私をベッドの上に放り投げた。優しく横たえるのではなく、身体が文字通り宙に浮いた。  短い放物線を描いて背中からマットの上に落ち、一度弾んで俯せになる。  身体を起こそうと手をついたところで、背後から腰を掴まれ、押さえつけられた。  その意図を察して、身体の向きを変えるのをやめる。四つん這いの体勢のまま、早瀬の次の行動を待つ。  荒っぽい手つきでスカートが脱がされる。  下着が膝まで下ろされる。  下半身が露わにされる。 「――――っ!」  両手で腰を掴まれたかと思うと、いきなり背後から貫かれた。  いっさいの手加減なしに、いちばん深い部分まで一気に。  四つん這いにして後ろからというのは、男にとっても挿入しやすい体勢だ。しかも一度した後でほぐれている状態ということで、無理な姿勢だった一度目に比べるといくぶんスムーズな挿入だった。それでも、限界まで拡げられる痛みに変わりはないのだけれど。  まさしく、太い杭に貫かれたという感覚だった。  以前テレビで見た、どこかのお祭りで作っていた牛の丸焼きの光景を思い出す。あの牛との違いは、私は生きたまま貫かれていることと、そもそも貫かれている穴が違うことくらいだろうか。  腰をしっかりと掴まえて、激しく下半身を打ちつけてくる早瀬。この体勢は動きやすいのだろう。機関銃のような勢いで抜き挿しされる。 「ぁ…………ん、ふ、ぅ……っ」  あまりの速さに、摩擦熱で火傷してしまいそうだ。  一気に昂っていく。  身体から力が抜けていく。  四つん這いになって腕で上体を支えているのが辛くなって、ベッドの上に突っ伏した。  俯せで、膝を立ててお尻だけを突き上げたような姿勢になる。大きな手がそのお尻をわしづかみにして、長いストロークで腰を打ちつけてくる。 「……っ、……、は…………」  激しい往復運動。深く突き入れられるたびに、肺から空気が押し出される。小さな身体が激しく揺さぶられる。  胸がベッドに擦りつけられる。  ピアスを付けたままなので少し痛い。  だけど、いい。  性器はその何倍も痛い。  異物にぎりぎりまで拡げられ、火傷しそうなほどに激しく擦られ、奥行き以上に深く突き入れられている。  ベッドに爪を立てる。ベッドカバーを握りしめて痛みに耐える。  なのに、濡れている。  感じている。  半開きの唇からこぼれた唾液が、ベッドの上に小さな染みを作っている。きっと、下半身もいやらしい涎を滴らせていることだろう。  膣が引きちぎられそうなほどにねじ込まれ、次の瞬間ぎりぎりまで引き抜かれる。  膣内の粘膜が掻き出されるような感覚。  短い悲鳴。  そしてまた、一気に突き入れられる。  内臓が突き上げられる。  太すぎる男性器が私の中をいっぱいに満たし、身体の内側から周囲の器官を圧迫している。そして激しい往復運動。こんな体勢で、しかも指による責めではないのに〈潮吹き〉してしまいそうな感覚が押し寄せてくる。実際、愛液とは異なる液体を多少は撒き散らしてしまったかもしれない。  しかしもちろん、私は一方的に受け身だったわけではない。身体は無意識のうちに、自分の中に在る男を悦ばせるために動いていた。  いちばん深く突き入れられたタイミングで、入口を締めつける。腰を左右に振る。膣口がてこの支点となって、長大なペニスの先端が膣の奥で大きく暴れる。  中をめちゃめちゃにかき混ぜられる。激しく擦られる。  当然、早瀬もペニス全体に強い刺激を受けているはずで、それが激痛をともなう刺激である私とは異なり、彼にとっては純粋に快感であるはずだった。  その証に、私の動きに合わせてぐいぐいと深く押し込んでくる。  私はさらに腰を振る。  それは意図した動きではなく、なかば本能的というか条件反射というか、バックから突かれている時にはそうするものだと身体に染みついている反応だった。 「すげ……いィっ! くそ……っ!」  早瀬がさらに荒々しく動く。激しい動きによって、射精しそうなのを堪えるように。  手加減なしに、私の三倍近い体重を乗せて。  声にならない悲鳴。嗚咽。  射精した直後だからだろうか、一度目よりも時間が長い。あるいは回数を重ねたことで加減がわかってきたのか、セックスの快感に慣れてきたのかもしれない。  私にとってはその分、辛い、苦しい、だけど感じてしまう時間が長く続くことになる。  乱暴に犯されている性器の痛み。  ピアスを付けた乳首が擦れる痛み。  掴まれているお尻に指が喰い込む痛み。  内臓が突き上げられる痛み。  涙が流れ出す。  しかし快楽の証である液体の分泌量の方がはるかに多い。  唇から微かに漏れるか細い悲鳴は妙に甘ったるい。  早瀬は一瞬も休まず動き続ける。  どんどん、速く。  どんどん、強く。  目の焦点が合わなくなる。  視界が霞む。  何度も意識が飛ぶ。  しかしそれは一瞬だけで、普通であれば耐え難いほどの痛みによって現実に引き戻される。  失神することさえ許されない陵辱。  早く終わって欲しい。  いつまでも犯し続けて欲しい。  心の中で揺れる、相反する想い。  しかしもちろん、その行為は永遠には続かない。  早瀬が呻くような声を漏らす。  肺の中の空気を勢いよく吐き出す。  お尻に爪が立てられる。  そして――  身体を貫通して口から飛び出してきそうな、最後の激しいひと突き。 「――っ あぁっ!」 「う…………あぁぁっ!」  胎内で爆発が起こる。  膣奥はけっして敏感な部位ではないのに、はっきりと感じた。熱い、どろりとした粘液の塊が噴き出してくることを。  貧血を起こして倒れる時のように、視界が暗くなる。  奈落に落ちていくような感覚。  と同時に、早瀬の巨体が背後から覆いかぶさってきて、私を押し潰した。  耳元で繰り返される激しい呼吸。まるで台風のように轟々と唸っている。  膣内では彼の分身がその勢いを保ったまま、大きく脈打ちながら精液を吐き出していた。 * * * 「…………ぅ」  私の下半身は小刻みに痙攣していた。  終わってみると、凄く感じてしまったような気もするし、ただただ痛くて苦しかっただけのようにも思う。  動きが止まって楽になったかというと、実はそうでもない。  身体全体に、早瀬の体重がかかっている。  重い。  押し潰されて呼吸も苦しいくらいだ。  それでもクッションの効いたベッドの上だからこのくらいで済んでいるのであり、硬い床の上だったら肋骨の一本くらい折られていてもおかしくない状況だった。  状況をわかっているのかいないのか、早瀬は私の腕を押さえるようにして全体重を預けている。 「…………すげ、よかった」  深い呼吸を繰り返しながら耳元でつぶやく。 「めちゃくちゃ昂奮して、すっげー感じた」 「…………そう」   素っ気なく答える。これで「お前はどうだった?」なんてくだらない質問をされたら興醒めだったけれど、後に続いたのは別な台詞だった。 「重いか?」  身体の下に私を敷いたまま訊いてくる。訊くまでもない、答えのわかりきった質問に、律儀に答える。 「…………ええ」  しかし早瀬はどかない。腕や脚で自分の体重を支えて私の負担を軽くしようともしない。  本当に、ただ、訊いただけのようだ。  そんな態度はむしろ私を悦ばせる。  優しくされたくない。  乱暴に、ただ一方的に性欲をぶつけられ、穢されたい。  それが、私の望みだ。  早瀬はまだ私の中に在った。ベッドの上で俯せに押し潰され、脚を大きく開いて背後から貫かれている。まるで踏みつぶされた蛙を思わせる体勢だった。  いうまでもなく、私を貫いているものは大きさも固さもまだ最高の状態を維持していた。膣の粘膜がめりめりと悲鳴を上げるほどに拡げられ、内臓が圧迫されている。  腕を掴んでいた早瀬の手が、身体の下に潜り込んできた。背後から抱きしめるような形で、大きな掌が胸の膨らみを包み込む。  そのまま、ブラウスのボタンを外していく。自分でもすっかり失念していたけれど、脱がされていたのは下半身だけで、まだ上半身は着衣のままだった。  背中に密着していた身体が一瞬だけ離れ、汗で湿ったブラウスが剥ぎ取られる。ブラジャーのホックが外され、腕から抜かれる。  残った衣類はニーソックスだけで、それが脱がされる気配はなかった。行為の邪魔にならない衣類など、どうでもいいのかもしれない。  また、身体に腕が回される。  胸をわしづかみにされる。  背中に巨体が覆いかぶさってくる。  これまで化繊の生地で隔てられていた肌と肌が密着する。  身体とベッドの間で押し潰されていた胸の膨らみに、早瀬の指が喰い込んでくる。乱暴に胸を揉み、乳首のピアスを弄ぶ。 「これって、痛くねーの?」 「ん、…………く」  むしろ痛がらせようとしているような、乱暴な愛撫。小さな声が漏れる。 「……痛いわよ。乱暴に引っ張られたりしたら」  もっとも、今は下半身を貫かれている痛みと圧迫感の方が強い。 「こう?」  指でつまんで、捻りながらそれぞれ左右に引っ張る。 「…………、ええ」  私が痛がっていることを確かめつつ、しかしその行為をやめようとはしない。自分にマゾっ気があることは自覚しているけれど、早瀬のサドっ気もかなりのものだ。  胸を乱暴に弄びつつ、下半身も押しつけてくる。先刻までのような、悲鳴を上げるほどの激しい動きではなく、ただ全体重をかけてゆっくりと押し込んでくる。  ペニスの先端がいちばん奥まで突き当たり、そこで止まらずさらに押し込まれる。  膣が引き延ばされる。引きちぎられそうな粘膜が悲鳴を上げる。その、根元まで強引に押し込んだ状態で動きを止める。 「ぅ…………」  もちろんそんなつもりはないけれど、たとえ身体を動かして逃れようと思っても、私を押し潰している早瀬の巨体はびくともしない。しっかりと押さえつけ、いちばん深くまで挿入した状態を続けている。 「気持ちイイな……北川の中」  耳元でささやくと、早瀬はそのまま耳たぶを噛んだ。甘噛みと呼ぶには少々力が入りすぎていたけれど、喰い千切られるほどでもない。 「…………そう」 「ずっと、こうしていたいかも」 「……好きにすれば」  また、耳を噛まれる。  耳たぶの痛み。  乳首の痛み。  性器の痛み。  そして、押し潰されそうな身体全体の痛み。  背中に、早瀬の身体が密着している。  私の肉体にとっては至福の快楽で、精神にとっては耐え難いほどのおぞましさを覚える。  ずっと、こうしていたい。  今すぐ逃げ出したい。  相反する想い。  そんな葛藤には気づきもせず、早瀬が少しずつ動きを再開する。  根元まで挿入して密着したまま、ゆっくりと腰を動かす。  いちばん深い部分をかき混ぜ、亀頭を子宮口に擦りつけるように。  私も反応する。  括約筋を収縮させ、お尻を早瀬に擦りつけるように振る。 「ん、ぁ……あぁ……」  切なげな吐息。  そして、泥濘がかき混ぜられる音。  濡れた粘膜が早瀬に絡みついて包み込む。  これまでと違って、ゆっくりとした小さな動き。  しかし、けっして優しくはない。  むしろ、真逆。  膣を限界まで引き延ばして、根元まで押し込まれているペニス。なのにそこからさらに一ミリでも奥に進もうとするかのように、圧倒的な力で腰を押しつけてくる。  乱暴な往復運動ではなく、いちばん痛い位置でずっと固定されたような状態。  激しく動いていないためだろう、早瀬もすぐには達する気配がない。言葉通り、この状態をずっと味わい続けようとしている。  いつまでも続く時間。  少しずつ、少しずつ、昂ってくる。  自分でも気づかないくらい、じわじわと。  呼吸が荒くなってくる。  全身が汗ばんでくる。  私を捕まえている腕に、さらに力が込められる。  早瀬の身体も汗が噴き出している。  耳元で荒い呼吸が繰り返されている。  しかし疲れた様子は感じられない。ありあまる体力で、私を犯し続けている。 「あぁ……くそっ、すげーイイ! またイキそうだ」 「…………いけば……いい、じゃない。別に……我慢、しなくたって」  腰の動きに同調して押し寄せてくる、激痛を伴った快楽の波。それに合わせて私の言葉も途切れ途切れになる。 「すぐにいっちまったら……もったいない」 「……すぐ? もう、けっこうな……時間に、なるわよ?」  前回の射精の後、ずっと挿入されたままなのだ。この体勢のまま過ぎた時間は少なくとも数十分にはなる。  もう下半身の感覚も、時間の感覚も麻痺しかかっていた。 「でも、ずっとこうしていたいんだ」 「……三回や四回、射精したくらいで……萎えるような、生ぬるい性欲じゃない……くせに」 「まあ……そうだけど」  相変わらずゆっくりとした、しかしその動きは確実に大きくなってきている。  荒い呼吸。なにかを堪えているような呻き声。  早瀬の意志に反して、もう抑えのきかない段階に達している。 「……ん……どうせ……一晩中、……やりまくるんでしょ? 力尽きるまで……ぁ、好きに、……やればいいじゃない」 「……朝まで寝かせずにやってもいいのか?」 「…………疲れて寝てしまおうが、気を失おうが……好きに、すれば……いいわ」  ただし、した回数だけは覚えておくように、と釘を刺しておく必要はあるだろうか。 「それって……気失った北川を犯すってのも……なんか興奮するな」 「…………早瀬って、根っからのサドね」 「……そうかな?」 「ええ、そうよ。…………ぁっ」  会話の間も、いちばん深い部分に早瀬の圧力を感じていた。  私の膣から少しでも多くの快楽を引き出そうとするかのように、深く深くねじ込まれる。  それは純粋に自分が気持ちよくなるための動きで、私を楽しませようという思いやりは感じられない。  だから、いい。  私も昂っている。もう、昇りつめるしかないところまで。 「……っ! ダメだっ、もう我慢、できねーっ!」  乳房が握り潰されそうなほどに、手に力が込められる。爪が立てられる。  一度、半分ほど引き抜かれたペニスが、体重を乗せて一気に打ち込まれた。  最奥で、大きく脈打つ。  早瀬の短い叫び。  私も悲鳴を上げそうになり、ベッドカバーを噛みしめる。歯の隙間から呻き声が漏れる。  本当に一ミリの余裕もない状態まで引き延ばされた膣。その最奥で一瞬膨らむ男性器。  大量の精液が噴き出してくる衝撃が、子宮にまで響いた。  早瀬は大きく息を吐き出す。  胎内で弾けた衝撃が治まるまで、歯を食いしばって痛みと快感に耐える。  数秒間、全身の筋肉が痙攣しそうなほどに強張る。  それからようやく、力が抜ける。  肺が空っぽになるまで息を吐き出し、新鮮な空気を貪る。  早瀬の身体も脱力していく。  身体の下から腕が引き抜かれ、その手が頭を乱暴に撫でて髪をくしゃくしゃにした。 「…………すげ……、よかった」 「……そう」  最後の一瞬、私も達していた。  それも、かなり激しく。  どうしてだろう。ただ力まかせで苦しいだけの行為のはずなのに、早瀬とのセックスはこの身体を悦ばせる。  もっと、犯して欲しい。  もっと、陵辱して欲しい。  もっと、穢して欲しい。  私を、めちゃめちゃに壊して欲しい。  そんな想いが湧き上がってくる。  もちろん、彼に好意など抱いていない。  むしろ、逆。  私にとって男は嫌悪の対象でしかない。特に、早瀬や、ピアスをくれた〈パパ〉のような、この身体を本気で悦ばせる男はなおさらだ。  早瀬はまだ、私を押し潰すように覆いかぶさっている。汗で濡れた身体で、深い呼吸を繰り返していた。 「……少し、休憩すっか」 「…………別に……、続けてもいいわよ」  いくぶん朦朧としかかっていたけれど、そう応える。  私の中には、まだ早瀬が在った。  大きさと固さを維持したまま。  前回の経験からいっても、泊まりの約束をしているのに三度くらいで満足するはずがない。 「まだまだ、夜は長いからな。もっともっと楽しむために体力回復。……喉、乾いてないか? 汗かいたろ」 「…………そうね」  汗もかいたし、喘いでいたせいもあって喉は渇いている。 「なに飲みたい? ココア以外でも。ジュースやコーラもあるし」 「…………アイス・カフェ・ラテ」  少し考えて、わざと難し目のリクエストをしてみた。 「ああ」  しかし早瀬はあっさりとうなずいた。この家にエスプレッソマシーンがあったとは予想外だ。彼自身が食後のエスプレッソを楽しむような性格には見えないから、ココア同様にお姉さんに仕込まれたものかもしれない。 「……ちょっと待ってろ」  私の頭をぽんとひとつ叩いて、身体を起こす。  ずっと私を押し潰していた重みがなくなり、一瞬、身体が浮き上がりそうなほどに軽く感じた。  手早く服を着た早瀬が部屋を出て行く。階段を下りる足音が遠ざかっていく。  痛みや圧迫感がなくなって、急に疲労感が押し寄せてきた。瞼が重くなる。  ごろりと寝返りを打って仰向けになった。天井で灯っている蛍光灯が眩しい。  私は妙な喪失感を覚えていた。身体の中で凄まじいまでの存在感を主張していたものが急に引き抜かれたためだろうか。  いっぱいに拡げられていた膣が収縮し、精液が溢れだしてくる。脚の間からぬるぬるとした感触が伝わってくる。  下半身に手を伸ばして、押し出されてきた粘液を拭いとった。大量の精液が手をべっとりと汚す。  手を顔の前に掲げる。半透明の白く濁った液体にまみれている。  いつものように口に含む。  いつもと変わらず生臭くて、苦くて、気持ち悪い。  飲み込むと、喉に引っかかるような嫌な感触がゆっくりと下りていく。口の中には生臭い味がいつまでも残っているような気がする。  手を汚している粘液をすべて舐めとると、その手をまた下半身に運ぶ。  溢れだした分をすべて拭い終わると、今度は中に指を挿れて掻き出す。  触れると、激しく擦られた膣壁がひりひりと痛んだ。  ――疲れた。  壁に掛かった時計を見ると、意外と時間が経っていた。この家に入ってから、もう三時間近くが過ぎている。  腰が抜けたかのように、下半身に力が入らない。腕で上半身を支え、這うようにしてベッドの端に移動した。  床に置かれていた鞄に手を伸ばす。  中から、愛用の剃刀を取り出す。 「…………まず、三回」  裸のままベッドの端に座って、刃を手首に押し当てた。  一瞬の躊躇いもなく、すっと引く。  微かな紅い筋。  その色がだんだん濃くなって、紅い珠がぷつぷつと浮かび上がってくる。  もう一回、二回。  左手首に三本の紅い筋が刻み込まれ、流れ出した深紅の液体がゆっくりと腕を伝っていく。  じっと、その鮮やかな色彩を見つめる。  普段なら、ことが終わって独りになってからすることだ。しかし早瀬相手に泊まりとなると、確実にその数は二桁になるだろう。  前回のことを考えると、立て続けにそれだけの数を切るのは生命に関わりそうな気がした。それに途中で気を失って回数がわからなくなる可能性もある。  だから休憩のついでに、ここまでの〈精算〉を済ませておくことにした。  幾筋にも枝分かれして流れていく血が、肘にまで達する。  左手を抱くようにして、胸に押しつけた。体格の割に大きなふくらみが紅く汚れる。  思わず見とれてしまう、深紅の液体。  それは人を狂わせる色彩。  見つめていると、意識がそれだけに支配されそうになる。  そのため、戻ってきた早瀬の足音に気づいたのは、階段を上り終わった後だった。 「お待たせ。北川、ケーキがあるんだけど、食べ……」  早瀬の手にはふたつのグラスを載せたトレイ。  もう一方の手にはケーキの箱。  部屋に入って、私の姿を認めたところで動きが止まる。  笑みを浮かべていた顔が強張る。 「…………、北川」 「……喉、乾いたわ」  早瀬に向かって腕を伸ばす。  紅く染まった左手を。 「……薬箱、取ってくる」  トレイとケーキの箱を机に置いて、回れ右をする早瀬。その背中に声を投げかける。 「気が早いわね。……後でいいわ」  早瀬の脚が止まった。  まだ、早すぎる。  まだ、十分に血を流していない。  まだ、足りない。  この程度の量の血では〈贖罪〉にならない。 「でも……」  早瀬が振り返る。 「喉、乾いたわ」  もう一度、手を差し出す。  まっすぐに早瀬を見つめる。たとえ薬箱を持ってきても今すぐ治療を受けるつもりはない、という強い意志を込めて。  早瀬も私の目を見る。 「……落ち着いているみたいだな」  少しだけ安堵の表情を浮かべて言う。  私が正気かどうか、確認したのだろう。手首を切ること自体が正気ではないといってしまえばそれまでだけれど、入学間もない頃、教室で半狂乱になって発作的に切った姿を見ている早瀬としては、その光景が再現されることを懸念したのかもしれない。  あの頃に比べたら、今の私は落ち着いている。高校入学直後は環境の急変のためか、精神的にかなり不安定だった。  小さな溜息をついてグラスを取り、紅く染まった手に渡してくれる。  ストローをくわえる。  アイス・カフェ・ラテ。  ほどよい苦みとクリームのまろやかさが舌に心地よい。  ひと口、ふた口、喉を鳴らす。  疲れた身体に元気が戻ってくるようだ。  お腹にものが入ったことが刺激となったのか、空腹を覚えた。夕食を食べてきたとはいえ量は少なめだし、時刻も早かった。 「……ケーキがあるの?」  机の上の箱に視線を向ける。トレイにはお皿とフォークも載っていた。 「あ、ああ……泊まりだから腹も減るだろうし、北川がどんなものが好きか知らないけど、まあ、女の子は大抵、ケーキとか好きかなって」  意外と細かなところに気を遣う。セックスには気遣いの欠片もないくせに。  お姉さんの教育の賜物か、あるいは茅萱との付き合いで培われたものなのか。 「……嫌いではないわ」 「そうか、よかった」  ケーキの箱を開けて見せてくれる。全部違う種類で四つ。チョコレート系、生クリーム系、フルーツ系、そしてチーズケーキ。 「どれから食べる?」 「……早瀬は、どれが好きなの?」  私の好みは知らないのだから、自分が食べたいものを買ってきた可能性が高い。私にはどうしてもこれというほどの執着はないから、早瀬のお目当てを横取りする気もない。 「いや、全部食べていいぞ」  そう言われて気がついた。お皿とフォークはひとつずつしかない。このケーキは私のためだけに用意されたものだった。  ケーキから早瀬に視線を移す。小さくうなずいたように見えた。  生チョコがたっぷりと使われている、カロリーの高そうなケーキをお皿に取る。  フォークを刺して一切れ口に運ぶ。  ねっとりと濃厚な、チョコレートの甘みと苦みが口の中に広がる。  美味しい。そこらへんのスーパーで売っている安物ではない。  もう一切れ、フォークに刺して持ち上げる。 「……どうぞ?」  早瀬の顔の前に差し出す。  目が見開かれる。驚き、戸惑い、照れの入り混じった表情。 「……え? い、いや、北川、全部食べていいぞ」 「……早瀬って、時々、すごく失礼ね」 「え?」  きょとんとした表情。まったくわかっていない。 「あなたの目には、私って、四つのケーキを独り占めするほどの食いしん坊に見えるのかしら?」 「え? あ、いや……別にそんな……」  親切心のつもりが私の機嫌を損ねる結果になってしまって狼狽えている。  そんな早瀬を見ながら考える。  彼の身近にいる女の子といえば、まずお姉さんと茅萱カヲリだろう。弟に飲み物を作らせているお姉さんは、かなり気が強い、あるいはわがままな女のイメージ。茅萱のことなどよく知らないけれど、教室で早瀬や友達と話している時の雰囲気から察するに、美味しいケーキを遠慮する性格とは思えない。  そんな女性たちと日常的に接している早瀬は、意外とフェミニストなのだろうか。  ――ただし、私とのセックス以外では。  早瀬は困惑した様子で、目の前に差し出されたケーキと私の顔を交互に見る。  私はまっすぐに早瀬を見つめている。 「あ……えーと」  しばらくの葛藤の後、意を決したように屈んでケーキを口へ運んだ。 「……美味いな、これ」 「…………そうね」  覚えのある味だった。見覚えのある、有名な洋菓子店の箱。  何度も〈パパ〉に食べさせてもらったことがある。平均的な高校生の小遣いには負担が大きそうな価格だったことも覚えている。もっとも、〈パパ〉にとっては駄菓子を買うような感覚だったろう。  しかし早瀬は体育会系の男子高校生。食べ物に関しては質より量だろう。彼に似合うのは銀座の有名店の高級ケーキではなく、ファーストフードの特大ハンバーガーか牛丼特盛りだった。 「…………座ったら? 首が疲れるわ」  早瀬は私の前に立ったままだった。立っていてさえも三十センチ以上の身長差がある。座って見上げるのは首に負担がかかる。  ベッドの、自分が座っている左隣のスペースを軽く叩く。 「あ……ああ」  隣に腰を下ろす早瀬。ただし、私とは三十センチ弱の間隔を空けて。  何度もセックスしているくせに、こうしたことにはまだ照れがあるようだ。  お尻を移動させてその距離を埋め、早瀬に密着する。  どう反応すればいいのか困っているような、戸惑いの表情。しかしさすがに逃げはしない。  早瀬と並んで座った状態で、ケーキを一切れ食べる。  次の一切れを、また早瀬に差し出す。  少しだけ躊躇して、私の手からケーキを食べる。  その行為だけを見れば、まるでらぶらぶの純情カップルだ。  しかし私はニーソックスだけの裸で、機械よりも無機的な表情のまま。  寄り添って座っていても、手からケーキを食べさせていても、そこには愛情というものがまったく感じられない。  もちろん、これが〈パパ〉たちとのデートであれば、甘えた声ですり寄るし、ケーキも「それも美味しそう、ちょうだい」なんて言いながら独り占め。たぶん、茅野が早瀬に対してするように。  だけど今は、学校にいる時と同じように超がつくほどの無愛想、無表情。なのに恋人のような行動。だからこそ早瀬は戸惑っている。 「……飲み物、とってくれない?」  早瀬は腕を伸ばし、机の上に置いてあった私のグラスを取って差し出してくる。  そのグラスを受け取らず、早瀬に持たせたままストローを口にくわえて喉を潤す。  また、ケーキを一切れ食べる。  次の一切れを早瀬に差し出す。  早瀬もわかってきたようで、ふたつのグラスを手に持ったまま、私が目で促すと顔の前に差し出してくれる。  お皿が空になり、ふたつ目のケーキを載せる。  それも同じように、私と早瀬が交互にゆっくりと食べる。  みっつ目、よっつ目も同様。  お互い、ケーキふたつ分ずつをお腹に収めたことになる。〈激しい運動〉の後にはちょうどいいおやつだ。  空になったふたつのグラス、一枚のお皿、ケーキの箱。  それらを持って早瀬は一階に下りていき、戻ってきた時には代わりに救急箱と清涼飲料水のペットボトル、グラスをふたつ手にしていた。  ペットボトルとグラスを机に置き、私の隣に座る。  先刻よりはその距離は近い。間隔は十センチくらいだろうか。しかしまだ密着はしてこない。私が動いてその隙間を埋める。 「……北川」  返事はしない。無言で早瀬の顔を見る。 「……手、見せて」 「…………」  私が動かないので、早瀬は左手を掴んで持ち上げた。顔を近づけて傷の様子を観察する。  時間をかけてケーキを食べていた間に、出血はほとんど止まりかけていた。流れ出した血が赤黒く固まっている。  傷の手当てをするのかと思いきや、早瀬は手首に唇を寄せた。 「……、」  少々、予想外の展開だった。  傷に口づけし、舌を押しつけてくる。  固まりかけた血が溶けて、舐めとられていく。  ゆっくりと、三本の傷のひとつひとつを念入りに。  別に、傷口を洗うとか消毒とかの意味ではあるまい。傍らには救急箱もあるのだから。  その行為は、愛撫のようだった。  傷口を、舌と唇で優しく愛撫している。  舌先でくすぐったり、舌全体を強く押しつけたり。まるでクンニリングスのよう。  そういえば、これまで早瀬にクンニされたことはないな……なんてことをぼんやりと考える。 「…………っ」  ふたつの行為の類似点は、舌の動きだけではなかった。  どうしてだろう、その行為は気持ちよかった。  私の身体は、左手首は、傷を舐められる刺激を〈快感〉として受けとめていた。  そのことを知ってか知らずか、早瀬は手当をはじめる気配もなく傷を舐め続けている。  考えてみれば〈傷口〉というのは口や性器と同様に、身体の内部へと通じる場所、身体の内部が外界へ露出した場所だった。  口だってセックスに用いればお互いに気持ちのいい場所なのだから、その点では傷口というのも性器と同じなのかもしれない。  ましてや私の場合、手首の傷はセックスと直結したもの。セックスを連想せずにはいられないもの。  そんなことを考えてしまうと、早瀬にされている行為を無視できなくなってしまった。  平常心を保つことができない。  鼓動が速くなってくる。  体温が上昇をはじめる。  感じてしまう。  傷口がじんじんと痺れてくる。  性器やクリトリスを舐められているのと変わらない感覚だ。  きゅっと唇を噛んで声を堪える。  早瀬がうつむいて傷口に集中しているため、顔を見られていないのは幸いだった。傷口を舐められて感じてしまうなんて、いくらなんでも普通ではない。 「……っ、…………っ」  身体が強張る。右手で口を押さえる。  顔が、そして下半身が熱くなってくる。じわじわと蜜が滲み出てきているのを感じる。  いけない。  これ以上は本当に我慢できなくなってしまう。  いったいどうしてしまったのだろう。これは初めての経験だった。身体のどこであれ、舐められるのは基本的に気持ちのいいことであるけれど、それにしても性感帯以外がこれほど気持ちよかったことはない。 「…………早瀬っ」  それは、自分で思っていたよりも少し大きな声になった。  早瀬が顔を上げる。 「……もう、いいわ。手当てしてちょうだい」  できるだけ平静を装って言う。 「ああ」  微かな笑みを浮かべて、早瀬は救急箱を開ける。  もう一度、傷を確認する。  血の汚れはすっかり舐め取られて、綺麗になっていた。出血もほぼ止まっている。 「そうだ。これ、飲んでおけよ」  最初に薬箱から取りだしたのは錠剤の瓶だった。傷の手当てで錠剤? という疑問が顔に出たのか、蓋を開けながら言葉を続ける。 「鉄剤だよ」 「……そう」  いつも保健室で飲まされているサプリメントと似たようなものだ。  錠剤をふたつ。そして飲み物を注いだグラスが渡される。それを飲む。  素直に従ったことに早瀬は意外そうな表情を浮かべたけれど、彼は私が鉄サプリメントを常用していることを知らない。  血は必要だ。死ぬために切っているわけではない。血を増やせば、またそれだけ切ることができる。  切るために、血を流すために、私は血を造る。  早瀬は手首を掴んで、手当てをはじめた。  私はベッドから滑りおりて、彼の前に跪いた。 「北川……?」 「いいから、続けて」  脚の間に座って、掴まれたままの左腕を頭の上に掲げるような体勢になる。  股間に顔を寄せる。自由な右手でジーンズのファスナーを下ろす。その中のものを口に含む。  既に大きくなりかけていたものが、たちまち口いっぱいに膨らんだ。 「く……ぅっ」  押し殺した声。アルコール綿で傷を拭いていた手が止まる。  根元まで飲み込む。亀頭に喉を塞がれる。それでも強く吸う。唇で根元を締めつけ、舌と内頬を全体に擦りつける。  びくん、びくん!  口の奥で脈動している。  一度吐き出し、根元から先端まで、念入りに舌を滑らせる。  先端を口に含み、右手で根元を握って動かす。舌先で尿道口をくすぐる。  ちらり、と上目遣いに早瀬を見る。  こちらを見ていた早瀬と、一瞬、目が合った。すぐにばつが悪そうに視線を逸らし、傷の手当てを再開する。  また、根元まで飲み込んでいく。深くくわえた状態で顔を動かす。  より強い刺激を与えるために。  そして、早瀬を傷に集中させないために。  しかし、 「…………もしかして、北川……これ、した回数だけ切ってるのか?」  気づかれてしまった。  大雑把そうな外見のくせに、意外と細かいところに気がつく。  左手首には、切りたての傷が三本。そして、よく見れば他の傷と区別できる、まだ比較的新しい傷が六本プラス一本。  まさか、その数字が持つ意味に気づくとは。 「………………ええ、そうよ」  仕方なくうなずく。 「何故?」  その問いに答えることは気が進まなかった。しかし、嘘をつく気にもなれない。黙秘という選択肢もあったはずなのに、口が勝手に動いていた。 「……罰、だから」 「え?」 「罪を犯したら、罰を受けなきゃならないから」 「…………」  わかったような、わからないような、微妙な表情。  これだけの説明ですべてを理解できるはずもないけれど、雰囲気からなにかを感じとったのか、それ以上は追求してこなかった。  無言で傷の処置を再開する。  私も、口での奉仕を続ける。  止血パッドを貼り、包帯を巻いていく早瀬。  口の、舌の動きを加速していく私。  前戯としてではなく、このまま射精に導くつもりの口戯だった。  時折くぐもった声を漏らしながらも堪えている早瀬。  だんだん、包帯を巻いている手の動きが速くなってくる。最後の仕上げは、前回に比べると少々雑だった。 「……っ、北川っ!」  両肩を掴んで私を引きはがし、そのまま脇の下に手を入れて持ち上げる。  自分の膝の上に座らせて、身体に腕を回す。  向かい合って抱き合う形になった。体位でいえば対面座位というところ。  股間に、大きな肉の塊が当たっている。凄く熱を帯びている。  入口に当たっているそれは、今にも獲物に襲いかからんとしている獣の気配を漂わせていた。  口でしていたために、私の方ももう準備はできていた。流れ出す蜜が早瀬を濡らしている。 「あと何回くらい、できる?」  早瀬もかなり昂っているのか、呼吸が荒い。かろうじて衝動を抑えているといった雰囲気だ。 「……何度でも。この程度の傷、十や二十で失血死なんてしないわ」  手首の傷のことを知って、私とセックスすることに後ろめたさを憶えているのだと思った。  セックスしたら、私はまた自分を傷つけ、血を流す。  だから早瀬は遠慮しているのだ、と。  だとしたら、早瀬との関係もこれまでだ――と思ったのだけれど、しかし、早瀬は首を横に振った。 「そうじゃなくて、体力とか。それに……ここ、痛くないか?」  指が触れてくるのは手首の傷ではなく、蜜を滴らせている局部。 「……痛いわよ?」  大きなもので貫かれて、激しく擦られて。  早瀬と三回もすれば、それだけでもう赤く腫れてしまう。触れるとひりひりと痛い。 「それでも、していいのか?」 「……別に、構わないわ」 「はじめたら手加減できないぞ」 「早瀬にそんなこと、期待してないわ。優しいセックスが目当てなら、そもそもあなたの相手なんてしない」  腕に力が込められる。 「後悔すんなよ」  今の私は、早瀬のペニスの上に乗せられたやじろべえのような状態だった。ちょうど、入口にぴったり合うように先端が当たっている。しかし入口の狭さと早瀬の太さのため、そう簡単には中に入ってこない。  小刻みに腰を動かして、位置を微調整する。  早瀬は腰に回した腕に力を込めて、私の身体を押し下げる。 「……ぅ……ん、ん……」  押しつけられた大きな亀頭が、濡れた粘膜を乱暴に拡げていく。  めり……めり……と音を立てて押し入ってくるような感覚。  息を止める。  痛みを堪える。  私の身体は真下から串刺しにされ、膣の粘膜がまたいっぱいに引き延ばされる。  少し休んだせいか、かえって二度目、三度目よりも痛いような気がする。 「ぁ…………は、ぁ……っ」  いちばん奥に突き当たる。それでもまだ根元までは私の中に埋まっておらず、かなりの部分が外にあった。強引にねじ込まない限り、このペニスは私の膣の奥行きよりも長い。  早瀬は腕の力を緩めることなく、私の身体を股間に押しつけた。太い腕に力こぶが盛り上がる。 「……んっ、……く……ぅ、んく……」  無理やり押し込まれてくる。内蔵が突き上げられるような感覚。身体の内側からの、独特の圧迫感。軽い腹痛と吐き気を覚える。  痛い。  苦しい。  腫れた粘膜をさらに擦られる痛み。  膣を無理やり引き延ばされる痛み。  内臓を貫かれるような苦しみ。  二人の下腹部が密着する。  早瀬のすべてが私の中に埋まった。  外にある時の姿を見ていると、我ながら信じられない。この小さな身体の中に、あの長大なものがすべて収まっているなんて。  人体の脅威。  女体の神秘。  いちばんの不思議は、これだけ苦しい状態でありながら、濡れて感じてしまっていることだ。  私を抱えて、早瀬は腰を揺する。  同時に、私の身体も揺さぶる。  結合部がぐちゅぐちゅとぬめった音を立てる。 「んっ……ふ……ぅんっ…………ん、く、……んっ」  唇からくぐもった喘ぎ声が漏れる。  ベッドがぎしぎしと軋む。  バランスが悪い体勢のせいもあって、無意識のうちに手に力が入り、早瀬にしがみつく。  下半身にも力が入り、早瀬を締めつける。  力を抜いたらさらに奥まで貫かれて、本当にお腹を突き破られてしまうような錯覚を覚えた。  痛くて、苦しくて、気持ちいい。  痛みに対する生理的な反応として、涙が滲んでくる。しかしもちろん抗議の声など上げない。  私が泣いていることがわかっていても、早瀬は力を緩めない。自分の分身を一ミリも余すことなく私の中にねじ込み、そこからありったけの快楽を搾り取ろうとしている。  大きな身体とありあまる腕力が、小さな身体を蹂躙する。  激しい往復運動ではなく、いちばん深い部分に無理やり押し込んでいるという点では先刻までと同じ状況だった。しかし俯せになって背後から犯されていた時と違って、自分の体重がまともに加わる分、結合部にかかる負担は大きかった。 「…………ぁ……ぁ」  身体が痙攣する。唇が震える。視界が霞む。 「……こうやってずっと奥まで挿れてるのと、最初みたいに激しく動くのと、どっちがいい?」 「…………どっちも魅力的で、迷うわね」  無機的な声で、下手くそな芝居のような棒読みの台詞。  当然、本心で言っているとは思わないだろうけれど、しかしそれを嫌がっているわけではないことも伝わっているはず。  いずれにせよ、私の負担よりも自分の性欲を満たすことを優先する性格だ。ふたつの選択肢のどちらかをリクエストしたところで、いざ昂ってきたらお構いなしだろう。 「じゃあ、こういうのはどうだ?」 「……っ! んっ、――っ!」  早瀬が選択したのは〈奥まで挿れたまま〉〈激しく動く〉だった。  私を上に乗せたまま仰向けに倒れ、騎乗位の形になる。そのまま腰を激しく突き上げてくる。  その勢いはまるでブル・ライディングの暴れ牛だった。私の小さな身体なんて本物のロデオさながらにたちまち跳ねとばされてしまうところだけれど、早瀬は私の両腕をしっかり掴んで引っ張っていて、どんなに大きく弾んでも、彼に貫かれた状態からは逃れられない。  それだけに、結合部が受ける刺激はこれまででいちばん激しかった。早瀬の上でもみくちゃにされ、膣全体がめちゃめちゃにかき混ぜられている。 「――っ! ぁ、……っ! っっ!」  頭ががくがくと揺れる。  唇から漏れる息は声にならず、涎が飛び散る。  早瀬の身体がベッドの上で弾んでいる。  さすがにこの激しい刺激では、早瀬もそう長くは我慢できずに達してしまったけれど、その頃には私もほとんど失神しかけていた。 * * *  早瀬はそのまま、休憩も挟まずにさらに二度、なかば意識を失っている私を犯して胎内に精を放った。  本当に、一度火がついてしまえば手加減なしだった。冷静な時にはそれなりに優しく、気遣うような素振りを見せつつも、いざ自分の性欲を満たす段になるとなんの遠慮もない。  まさに〈男らしい〉性格といえる。  忌まわしい、唾棄すべき存在。  だからこそ、それを求めてしまう。  はっきりと意識が戻った時には、カーテンの隙間から覗く空が微かに白みはじめていた。  今は六月、夜明けは早い。  私は死体のようにぐったりとベッドに横たわったまま、ぼんやりとカーテンの隙間を見つめていた。意識は戻っても、身体はろくに動かせない。  しかし早瀬は多少眠そうなくらいで、体力、精力ともにまだまだ元気そうだった。  また、飲み物と夜食を用意してくれる。  その間に、また、手首を切る。  大きなお皿と飲み物を手にして戻ってきた早瀬が、私を見て、ほんの一瞬だけ動きを止める。  もう、驚いた顔は見せない。ただ、微かに溜息をついたようだった。 「……また、食い終わるまで治療禁止?」 「……ええ」 「じゃあ、早く食え」  持っていたお皿を差し出す。  大きなお皿の上で、八等分にカットされたピザが香ばしい湯気を立てていた。 「……私、食べるの遅いのよ」  ピザを一切れ取り、わざとゆっくりと、少しずつついばむように食べる。そんな様子を苦笑しつつ見ている早瀬。  全裸で、手首から血を流して、ピザをついばむ図。シュールな光景ではある。  食べ終わって傷の手当てが終わった頃には、外ははっきりと明るくなっていた。 「結局、徹夜しちまったな」 「…………帰りが困るわね」 「なんで?」 「今の私が、自分で歩いて帰れると思う?」 「あ……」  下半身にはまるで力が入らず、性器の痛みは先ほどよりもさらに悪化している。とても、歩いて帰れる状態ではない。途中で倒れる以前に、この家から自力で出られるかどうかすら怪しかった。  じゃあ早瀬に送っていってもらえばいいかというと、それはそれで問題がある。 「……白昼堂々とこの前みたいな帰り方は、さすがに抵抗あるわ」  いくら私でも、お姫様抱っこで真っ昼間の往来を平然と行けるわけがない。そんな目立つ姿で、万が一クラスメイトにでも見られたら後々面倒なことになる。 「……だったら」  いいことを思いついた、といわんばかりに子供っぽい笑みを浮かべる早瀬。 「暗くなるまでここにいれば?」  それで、妙に嬉しそうな表情の理由がわかった。どうやら、まだまだする気満々らしい。本当に、底なしの体力と精力だ。 「……今日、ヒマなの?」 「ああ。北川は?」 「……午後に〈デート〉の約束が一件」  独特のアクセントで発した〈デート〉という単語。それで、普通の意味でのデートではないことが早瀬に伝わる。  やや引きつったような表情になる。 「…………別に、すっぽかしても構わない用事よ?」  それ以上は言わない。挑発するような目で見る。  数瞬の間を置いて、早瀬は私の腕を掴んで押し倒した。上に覆いかぶさってくる。 「じゃあ、夜までいろよ。つか、帰さねー」  乱暴に抱きしめられる。 「…………そう」  私は別に、どちらでもいい。  誰でもいい。  私を犯してくれるのであれば。  早瀬を優先したからといって、特別な感情があるわけではない。ただ、この疲れ切った身体で、一度家に帰ってから援交用におしゃれしてまた街に出るのが面倒だっただけだ。  むしろこのまま早瀬と一緒にいた方が、結果的により多く、より激しく犯されるだろう。  その方が楽。その方が手っ取り早い。  ただそれだけのことだった。今日の〈デート〉の約束も特別な相手ではない。 「……ふ、……っんぅっ!」  前戯もなく、また早瀬が入ってくる。  一気に貫かれる。  ちょっとした〈挑発〉が効いているのか、早瀬の動きは単に激しいだけではなく、これまでとは微妙に違う荒々しさがあった。 * * *  本当に、どれだけの体力があるのだろう。  されるがままでいる私がもうとっくに力尽きているというのに、激しく動き続け、幾度となく精を放っている早瀬はまだまだ元気だった。  明け方に始まった数回の行為が終わって、また小休止した頃には、すっかり陽が高くなっていた。もう昼近くだったろう。  お菓子を食べながらだらだらとしているうちに少しうとうとして、目を覚ましたのは太陽が西に傾きはじめた頃だった。  そしてまた嵐が襲ってくる。私はもうなにもできず、壊れた人形のようにただ蹂躙されていただけだ。  ほんの一時だけの休息。すぐにまた再開される陵辱。  何度も繰り返される。  その嵐が去った頃には、外はすっかり暗くなっていた。  これでまる一日、二十四時間以上ここにいたことになる。その間、休憩を挟みつつとはいえ、二十時間近くは早瀬に貫かれていた計算になるのではないだろうか。  つながっていた時間、射精された回数、達した回数、一日で増えた手首の傷。  さすがの私も記録的な数字だった。 「…………そろそろ、帰るわ」  ぐったりと横たわったまま、剃刀を手に〈贖罪〉を済ませて言う。  ここらで区切りをつけなければ、もう一泊することになりそうだった。そうなったら生きて明日の太陽を見ることはできないかもしれない。  早瀬の顔を見る。  そして、少しばかり驚き呆れた。 「…………さすがに、これは少し驚くわね」 「え?」 「まる一日以上、あれだけやりまくったのに、帰ると言ったら物足りなそうな顔をするなんて」  実際、私が承諾すればまだするつもりだろう。 「え? い、いや……別にそんな……うん、堪能した」 「……あまり、説得力はないわ」  視線を少し下に向ける。  まだ、私も早瀬も裸のままだった。そして彼の股間はまだまだ十分すぎるほどの固さを維持して天井を向いている。彼には精力の限界というものが存在しないのだろうか。  もう一回くらい、してもいいだろうか。急いで帰らなければならない理由があるわけではないし、ここまで来たらあと一回してもしなくても、私の身体がぼろぼろなことに変わりはない。  だけど、きっと、始めてしまったら一度では済むまい。自分で言う通り、早瀬は一度火がついたら抑えがきかない性格なのだ。 「…………シャワー、借りていい?」 「あ、ああ、もちろん」  身体中、汗でべたべた。膣内はどろどろ。そして意識は朦朧。  せめてシャワーでも浴びれば、少しはすっきりするかもしれない。  シャワーの用意をするために部屋を出ようとする早瀬を呼び止め、腕を伸ばす。 「……連れていって」  とても、自分の脚で階段を下りるなんてできそうにない。下半身が麻痺してしまったような感覚で、立つことすらおぼつかない。  立って歩けたとしても、今度は性器とその周辺が擦れて激痛が走ることだろう。  回れ右して戻った早瀬が私を抱き上げる。疲れていないはずはないと思うのに、部屋へ連れてこられた時と変わらない軽い足どりで階段を下りていく。  バスルームに着くと、片手で私を抱いたままお風呂マットを敷き、その上にそうっと私を置いた。給湯器のスイッチを入れ、タオルとバスタオルを持ってくる。 「リビングにいるから、終わったら呼んでくれ」  やや照れたような表情で言って、バスルームから出ていく。  別に、一緒でも構わなかったのだけれど。  むしろ、早瀬に洗ってもらった方が楽だったのだけれど。  そもそも、セックスの後のシャワーは一緒に浴びるものではないだろうか。一晩中あれだけのことをしておいて、今さら一緒の入浴を恥ずかしがる理由もないと思うのだけれど、まだまだこうしたことには慣れていないようだ。  もちろん、どうしても早瀬と一緒の方がよかったというわけではないし、身体を洗ってもらったせいでまた彼にスイッチが入ってしまったら生命に関わる。  独りで、マットの上にへたり込むように座ったままシャワーを浴びた。  疲れきって感覚のなくなった身体にとって、勢いよく降りそそぐシャワーの湯滴は心地よいマッサージだった。  お湯を浴びながら、指を下腹部へ運ぶ。  粘膜に触れた瞬間、痛みに顔が歪む。擦りむいた傷に触れる痛み。  それでも、指を挿入する。  膣内は、単なる愛液の潤いとは異なる、ねっとりとした感触で満たされていた。早瀬の精液がたっぷりと混じっている。  激痛を堪えながら指で掻き出す。  流れ出すものを掌で受けとめ、口へ運ぶ。  中出しされた後の、恒例の〈儀式〉。  私にとって〈世界一まずくて気持ち悪いもの〉を飲み下す。  また、指を挿れる。最後の一滴まですくい取る。  あれだけ長時間、あれだけ大きなものを挿入されていたというのに、膣は拡がって緩くなるどころか、むしろ普段よりも狭く、きつく感じた。激しく擦られすぎて、膣壁が腫れあがっているためだろう。指を挿れていると、鼓動に合わせてずきんずきんと痛みが響く。  指を抜いて脚を拡げるようにして座り、前屈みにその部分を覗き込んでみる。  普段の淡い赤みとは違う、不気味なほど真っ赤に充血した陰部は見るからに痛そうだった。目の当たりにすると、よりいっそう痛く感じてしまう。  早瀬は痛くないのだろうか。ペニスだって表面は粘膜、腕や脚の皮膚に比べたらずっとデリケートな部位のはずなのに。  大きくて丈夫な肉体の持ち主は、性器まで丈夫なのだろうか。  そんなことを考えながら、ゆっくりと身体を洗う。  簡単に髪を洗う。  洗い終わってもまだ立ち上がる元気はなかったので、バスルームに座り込んだままドアを開けて早瀬を呼んだ。 * * *  早瀬の家を出たのは、もう夜中近くだった。  空はよく晴れていて、星が瞬いている。日中はそれなりの気温だったはずだけれど、今は風が涼しい。  前回同様、早瀬は私をお姫様抱っこして歩いている。相変わらず、三十キロちょっとの体重など存在しないかのような足どりだ。  足の運びで生じる、軽い上下動が心地よい。疲れきっていることもあって、瞼が重くなってくる。 「……なあ、北川」  うとうとしかけたところで声をかけられる。  返事の代わりに瞼を開く。 「こういうこと訊かれるの、嫌かもしれないけど……どうして、援交とかしてるんだ?」  過去、幾度となく訊かれた質問。  その都度、同じ答えを返してきた。 「…………気持ちいいことして、お金がもらえる。それ以上の理由が必要?」  ほとんどの相手はそれで納得する。釈然としない表情を浮かべている早瀬は少数派だ。  早瀬との関係が普通の〈パパ〉たちとは違うから、この言い訳は通じない。  彼との行為は、激しすぎて、痛くて、純粋に物理的な刺激としてはさほど気持ちのいいものではない。  お金も、高価なブランド品も貰っていない。  なのに、文句ひとつ言わずに抱かれている。  だから前述の答えだけでは、援助交際やAV出演はともかく、早瀬との関係の説明にはならない。  もちろん、彼に特別な好意を抱いているわけではない。私をセックスの対象として見る男はすべて憎悪の対象でしかなく、嫌悪せずにいられる男なんて、根っからの同性愛者くらいのものだ。  そもそも、初体験からこれまで、まともな〈恋愛〉などしたことがない。  だったら何故、早瀬と関係を持っているのか――と問われると、正直なところ返答に困る。自分でも論理的に説明することができない。  他の援助交際と同様、ただ、そうしたいという衝動が湧き上がってくるだけなのだ。その理由について深く考えたことはない。自分の心理を詳細に分析する気にもなれない。少しばかり狂っているな、と思うだけだ。 「気持ちいいことしてお金がもらえるから援交をしている? だけどそれは悪いことだから、するたびに罰として自分の手首を切っている?」  ひとつひとつ、確認するように繰り返す早瀬。もちろん、納得した表情ではない。  肯定の代わりに、まっすぐに早瀬の目を見る。 「…………頭のおかしい人間の戯言よ。気にしないで」 「俺とは、援交じゃないだろ」 「……でも、いけないことだもの」 「…………そうか」 「……それに、見方によっては援交かもしれないわ? 対価がお金や服か、それとも美味しいココアやカフェ・ラテやケーキかの違い」  実際にはそれも理由にはならない。早瀬が作るココアがいい出来なのは事実だけれど、別にそれが目当てで関係を持っているわけではないのだから。  その点では、確かに特殊な関係ではある。他の〈パパ〉たちからは現金や、金額に換算しやすい、そして安くはない対価を貰っているし、AVのギャラについてはいうまでもない。  暇な時にはたまに純粋な〈ナンパ〉の相手をすることもあるけれど、早瀬が積極的に誘ってきたわけでもないのだから、これも同列に考えることはできない。 「いつ頃から?」 「中一……だったかしら。小六だったかも」  答えてから、その質問が〈援交〉に対するものなのか、それとも〈リストカット〉に対するものなのかと考えた。  もっとも、どちらであってもはじめた時期にそう大きなずれはない。 「…………」  微かに驚いたような表情の変化。おそらく、予想よりも早かったのだろう。  その後、しばらく沈黙が続いた。 「……あなたは、言わないのね」 「なにを?」 「やめろ、って。他の人みたいに」 「…………言われてやめるなら、もうとっくにやめてるだろ」 「……そうね」  また、会話が途切れる。  話すことをやめると、すぐにうとうとしてしまう。  そしてまた、早瀬の声に起こされる。 「疲れた?」  彼もそれほど口数の多い方ではないのに、ちょうど気持ちよく眠りそうになったところでタイミングよく話しかけてくるのは、わざとではないかと勘ぐってしまう。 「……疲れてないと思う?」  わかりきったことを訊くな、という感情を込めて応える。 「ちょっと、やりすぎたか?」 「……別に、構わないわ。……私は」  もちろん、気力体力の限界を超えた状態ではある。華奢な私に限らず、どれほどスキモノの淫乱であっても、楽しい、気持ちいいと思える上限をはるかに超えているだろう。苦痛以外のなにものでもない。  しかし、だからこそ早瀬と関係を持つ意味がある。  男と接触することは、精神的には苦痛以外のなにものでもない。  なのに肉体は、大抵の相手とのセックスを快感として受けとめてしまう。  だからこそ、肉体的にも苦痛を与えてくれる早瀬とのセックスは意味があった。  もっとも、他の女の子はそうは感じないだろう――特に、経験のない高校一年生の場合には。 「…………思うんだけど、早瀬、茅萱とする時は先に何度か抜いておいた方がいいんじゃなくて?」 「え?」  突然、私の口から予想外の固有名詞が出てきたことに対する驚きの反応。 「茅萱もバージンなんでしょう? 初めての、しかもまだ高校一年生。あんな勢いでやられたら、絶対に気持ちいいとは感じないと思うわ。私みたいな女は例外中の例外よ?」  茅萱の初体験が気持ちよかろうが痛かろうが、私にはどうでもいいことだけれど、一応、念のため、忠告しておく。AVや私との関係だけから得た経験で、それが普通と思われては困る。初体験の相手に嫌われて、後々、私のせいにされたくはない。 「…………早瀬って、私とするまでは経験なかったのよね?」 「ああ」 「……こんな性欲魔神とずっと一緒にいて、これまでバージンだった茅萱ってすごいわね。よっぽど、ガード固いのかしら?」  早瀬がやや不機嫌そうに口を尖らせる。 「カヲリを襲ったことなんてねーよ。あいつとはそーゆー関係じゃねーし。……そりゃあ、俺だって健康な高校男子だし、まったくエッチな気分になったことがないとは言わねーけど…………あんな風に抑えがきかなくなることはなかった。この前、北川とした時が初めてだったんだ」 「…………そう」 「……学校にいる時はあまり感じなかったけど、北川って、なんてゆーか……妙にエロい雰囲気があるよな、この格好の時は特に」  確かに、学校にいる時と今とでは、別人といってもいいほどに違う。容姿はもちろんのこと、雰囲気も。  下ろした髪、眼鏡を外した顔に薄い化粧。  下着の見えそうなミニスカートと、そこから伸びた脚に視線を惹きつけるためのオーバーニーソックス。  男を誘うフェロモンも垂れ流しだ。  自分本来の容姿とまとっている雰囲気が、異性に劣情を催させるものであることはいやというほど熟知している。 「……それが〈商品価値〉だもの」  だからこそ〈パパ〉や〈おにいちゃん〉や〈ご主人さま〉たちは私を求め、惜しげもなく〈お小遣い〉をくれる。  私の身体を貪るために。  しかし、援交の際にはそれなりに〈顧客サービス〉もしているけれど、早瀬が相手の時は違う。表情と態度は学校と同様の無愛想なまま。それを気にも留めずに私とのセックスを楽しんでいる早瀬は、やっぱり少し変わった趣味といえるかもしれない。  そんなことを考えているうちに、私が住むマンションの前まで来た。前回同様、自分の脚で歩くよりもずいぶんと早い。 「……四階よ」  この前は建物の前で早瀬と別れたけれど、今日はまだ自分の脚で歩けそうになかった。  一瞬、おやっという表情を浮かべた早瀬は、すぐに事情を察したようで、小さくうなずいてマンションの中に入った。  一階に停まっていたエレベーターに乗り、四階のボタンを押す。他に人はいなくて、ほどなく目的の階に着いた。  早瀬は私を抱きかかえたまま指示に従って廊下を歩き、『北川』の表札のあるドアの前で立ち止まる。 「ここでいいか?」 「……ええ」  ゆっくり、慎重に、ガラス細工の壊れものでも扱うように下ろされた。そのまますぐには手を離さず、私の身体を支えている。この手がなければ床に座り込んでしまったかもしれない。  ポケットから家の鍵を取り出して鍵穴に差し込む。この時間、母は仕事で留守だ。  鍵を開けたところで早瀬を振り返った。「送ってくれてありがとう」も「さよなら」も「おやすみ」も言わず、ただ黙って早瀬の顔を見あげる。  数瞬の間があって、早瀬はその意味を察したようだ。あるいは単に偶然で、自分の欲求に従った行動だったのかもしれない。  距離を詰めてくると、腕を掴んで私を背後の壁に押しつけた。身を屈めて、唇を重ねてくる。  前回のように拒絶はせず、その行為を受け入れる。  口の中で、舌が絡み合う。  一分間くらい、そうしていただろうか。やがて早瀬は名残惜しそうに身体を離した。 「えっと……じゃあ、また」 「…………気が向いたらね」  素っ気なく応えはしたけれど、近々また逢うことになるだろうと確信していた。おそらく早瀬もそう思っているだろう。  別に構わない。  今のところ、私の方にはこの関係をやめる理由はない。  早瀬もあれだけ貪っておきながら、私とのセックスに飽きてはいないようだ。 「おやすみ」  そう言いながら、ドアを開けてくれる。 「…………」  返事は返さず、無言でドアをくぐる。  背後でドアが閉まる。  そのまま、ドアに寄りかかってずるずると頽れた。  もう本当に気力も体力も残っていない。  小分けにしたからわかりにくいけれど、考えてみれば流した血の総量もかなりのものだ。鼓動に合わせて、左手首がずきずきと痛みを発している。  それ以外にも、身体中あちこちが痛い。  そして睡眠不足。  今にも気絶してしまいそうだ。  這うようにしてなんとか自室までたどり着き、ベッドに上体を乗せる。  それが限界だった。  服を脱ぐ余力など残っているはずもなく、ベッドによじ登りかけた体勢のまま、私は意識を失った。 第三章 「……は……ぁ……、ぁっ……んんっ!」  抑えようとしても漏れてしまう喘ぎ声。しかしその声音は、快楽よりも苦痛を感じさせるものだった。  痛い。  そして、苦しい。  私は仰向けになって腕を押さえつけられた体勢で、早瀬に深々と貫かれていた。  激しく動く巨体。  フィニッシュに向けて加速していく。  ベッドが軋む。  無理やり拡げられ、激しく擦られている粘膜が悲鳴をあげる。  顔を歪ませて射精を堪えている早瀬。しかしもう限界だ。 「う……あぁっ!」  いきなり引き抜かれる。  靴下を裏返して脱ぐように、膣の内壁が引きずり出されるような感覚。唇を噛んで悲鳴を抑える。  早瀬は素早く私の上にまたがると、一瞬前まで私を貫いていた凶器を顔の前に突きつけた。  今にも破裂しそうなほどに、限界まで膨張した男性器。その先端から、早瀬の欲望が白濁した奔流となって噴き出してくる。  粘りつくような液体が、顔を汚していく。  今夜、既に三度目の射精だというのに、それはびっくりするほど濃く、そして大量だった。  早瀬と初めてセックスしてからひと月半ほどが過ぎた、とある土曜日――いや、もう日が変わって日曜日。  相変わらず、早瀬との関係は続いていた。  時々……というかちょくちょく、誘いのメールが来る。その間隔は短くて三日、長くても一週間。  これまで、ほぼすべての誘いを受け入れていた。とはいえ、無理に早瀬の都合に合わせたわけではなく、たまたま、どうしても優先しなければならない用事とのバッティングがなかっただけの話だ。  日帰りか泊まりかは日によって違うけれど、行為の激しさだけは最初と変わらない。いや、むしろ回を重ねるごとに激しさを増しているかもしれない。  早瀬は飽きる様子もなく、底なしの体力で私の身体を貪り続けている。  毎回、立ちあがる気力も体力も残らないくらい、ぼろぼろになるまで犯される。  だから大抵、帰りは抱きかかえて送ってもらう。  これまで、早瀬の家族とは一度も会っていない。  彼の父親は半単身赴任状態で、母親はこの実家と父親の元を数日おきに行ったり来たりしているのだそうだ。つまり早瀬は、母親が留守になる度に私を呼んでいるというわけだ。  お姉さんは都内の大学に通っているそうだけれど、アパートを借りて独り暮らしで、この家にはたまに顔を出す程度らしい。  今の早瀬は半分くらい独り暮らしのような状態で、女の子を連れ込んで欲望のままに犯していることになる。いいご身分だ。  それに付き合っている私もお人好しというか、物好きというか。  もちろん、早瀬には飲み物やおやつをご馳走になるだけで、お金はもらっていない。ただで、同じ相手と繰り返し逢って行為を重ねるなんて、私としては珍しいことだ。これだけの回数となると、初めてのことかもしれない。  その分、有償の〈デート〉の頻度は激減した。  早瀬との行為の直後に、さらに〈デート〉をするだけの耐久力は持ち合わせていない。二日間くらいは痛みと疲労でぐったりして、その行為の記憶と感覚を反芻しながらだらだらと自慰に耽っていることが多い。  もともと〈デート〉もお金のためというわけではないから、特に問題ではない。お小遣いについては、いちばん長い付き合いの〈パパ〉が振り込んでくれる分だけで不自由はしていない。〈デート〉用の服も大抵は買ってもらうのだから、自分のお金を遣うことなんておやつと普段着とタクシー代くらいしかない。  だから私にとっては、セックスする相手が早瀬だろうと、出会い系サイトで捕まえた〈パパ〉だろうと、さしたる違いはないのだ。  のろのろとした動作で、顔を汚している白濁液を指で拭いとる。  その指を口に運ぶ。  吐き気を催す粘液を舐めとり、飲み下す。  虚ろな表情で、その動作を繰り返す。  気がつくと、ベッドの上に早瀬の姿はなかった。きっと、飲み物と夜食の用意をしているのだろう。  今のうちに……と、ベッドの下に放り出してあった鞄を引き寄せた。  愛用の剃刀を取りだし、左手首に押し当てる。  さすがに、早瀬が見ている前ではリストカットはさせてもらえない。今さら口に出して「やめろ」とは言わないけれど、切る前に腕を押さえつけ、そのまま強引に私を犯すのだ。  それはもちろん切らせないためなのだけれど、リスカを止めると私が怒るので、そうした〈擬装〉をしているのだろう。〈力ずくで犯される〉ことに関しては、けっして文句を言わないとわかっているから。  手首に三本目の紅い筋が生まれるのと、早瀬が戻ってくるのはほぼ同時だった。無言のまま微かに眉をひそめ、お菓子と飲み物を載せたトレイを差し出してくる。切ってすぐには手当てをさせないことも、いやというほどわかっているのだ。  私はグラスを受け取り、血で汚れていく手でチョコクッキーをつまんだ。  今夜の飲み物はアイスコーヒーだった。もちろん、ペットボトル入りの既製品などではなく、手回し式のミルで豆を挽いたものだ。相変わらず、私に出す飲み物には手間をかけてくれる。これも、あの雨の日以来、変わらない点だった。  ふたつめのクッキーをつまむ。早瀬は自分のグラスを手に持ったまま、黙って私を見ている。口元には、微かな笑みが浮かんでいるように見えた。 「…………なに?」 「いや…………そうやって、お菓子を食べてる時の北川って可愛いなぁって思って」  照れ隠しなのか、苦笑しながら答える。 「……つまり、食べてる時以外は可愛くない、と?」  そう応えたのは、早瀬に可愛いと言ってもらいたかったからではない。相変わらず女の子を褒めるのが下手なことに対する、ちょっとした皮肉だ。 「んー、……してる時は、可愛いっつーより…………エロい?」 「…………そう」  〈パパ〉としている時ならともかく、早瀬が相手の時は相変わらず無機的、無表情なままなのに、それが魅力的なのだろうか。行為の激しさを考えれば、私相手にこれ以上はないくらいに欲情しているのだろうけれど、彼の嗜好はよくわからない。  もちろん、それは〈どうでもいい〉ことではある。早瀬が望むからセックスしているのであり、私の方から早瀬を選んでいるわけではないのだから。  それ以上会話を続けることもなく、アイスコーヒーを口に運ぶ。  合間に、もう一枚クッキーをつまむ。  私とのセックスにすっかりのめり込んでいる様子の早瀬。〈どうでもいい〉ことではあるけれど、なんとなく訊いてみる。 「……早瀬って、柔道部だったわよね?」 「ああ」 「……こんなことばっかりしていて、いいの?」  無意識のうちに、やや皮肉めいた口調になる。 「部活の練習は真面目にやってるさ」  特に取り繕うような様子もなく、自然に応えた。その台詞に嘘はないのだろう。  そういえば、逢うのは大抵が夜、特に平日は遅い時刻になってからが多い。部活が終わってから、ということでそんな時刻になっていたのだろうか。柔道の練習なんてけっして楽なものとは思えないけれど、その後でこの体力とは恐れ入る。 「今度の日曜、大会なんだけどな。一年では俺だけレギュラーに選ばれてんだぜ?」  自慢げに言うけれど、もちろん早瀬が期待しているような反応は返さない。 「……そう。試合を目前にして女の子と遊んでいるとは、たいした余裕だわ」 「今のうちにすっきりしておけば、雑念なしで試合に集中できるだろ。それに、した後の方が闘争心も増すような気がするんだ。だから……な?」  大きな手が私の腕を掴んだ。もう一方の手がグラスを取り上げて机の上に置く。  そして、ベッドの上に押し倒される。  早瀬はいつもより昂っているのだろうか。〈休憩時間〉が短く、傷の手当てもしていない。本当に、ふとしたきっかけでスイッチが入ってしまう奴だ。  唇を貪りながらジーンズを脱ぎ、下半身を脚の間に入れてくる。手を添える必要もないくらいに昂ったものが押しつけられる。 「…………くぅ、っん」  相変わらず〈ねじ込む〉と表現するのが相応しい強引な挿入。  もう何十回とされていることなのに、その痛みが薄れることはない。 「はぁ……」  奥に突き当たるまで押し込んで、感極まったような息を漏らす早瀬。少しの間その感覚を楽しんでから、今さらのようにTシャツを脱いで肌を密着させてきた。  力いっぱい抱きしめて、さらに強い力で下から突き上げてくる。  今夜、四度目の挿入。  もちろん、まだまだその勢いが衰える気配はなかった。 * * *  その週の土曜日――  このところ、週末は早瀬と逢っていることが多かったけれど、さすがに試合の前日にお誘いはない。  そのことは事前に予想できていたので、今夜は別な相手と〈デート〉の約束をしていた。  もちろん、初めての相手である。同じ相手と繰り返し逢うことは例外中の例外だ。 「ご主人様♪」  幼い、甘えた声で言うのは、長い髪をツインテールにして、ゴシックロリータ風の黒いミニのメイド服に身を包んだ私。  フローリングの床の上にぺたっと座って、上目遣いに可愛らしく首を傾げる。  視線の先には、今夜の相手である〈ご主人様〉。バスローブを羽織り、ソファに腰をおろして、優しげな笑みを浮かべて私を見おろしている。  その股間のものはまっすぐに上を向き、私の唾液でぬらぬらと光っていた。  足元に跪いた私は、一度離した口を再び近づける。舌先で触れ、唇を押しつけ、ごく軽く甘噛みする。 「ご主人様の……美味しい」 「……じゃあ、もっといっぱい食べなさい」  〈ご主人様〉の手が頭を撫でる。  今夜の相手は〈パパ〉ではない。まだ三十代だし、独身らしいし、〈パパ〉と呼ぶのは似合わないだろう。  そもそも彼は〈パパと娘〉よりも〈ご主人様と従順なメイド〉のシチュエーションの方がお好みらしい。いま着ているメイド服も、ホテルに入る前に買ってくれたもので、コスプレ用のちゃちな安物ではなく、けっこうな値段のブランドものだ。  〈ご主人様〉がシャワーを浴びている間に着替えて、さっそく〈ゴスロリメイド〉として〈ご奉仕〉しているところである。  舌を絡みつかせる。  唇をすぼめて吸う。  内頬に擦りつける。  喉の奥まで飲み込む。  あえて手はまったく使わず、口だけで奉仕する。頑張りすぎて唾液が溢れてくるけれど、そんな様子もお好みらしい。 「上手だね、椎奈ちゃん」  〈椎奈〉というのが今夜の名前。援交用の偽名のひとつだ。この場合、偽名というよりも〈源氏名〉という方が相応しいかもしれない。 「えへへー、シイナのおくち、気持ちイイですか?」  甘えた声。実際以上に幼い表情。  早瀬などが今の私を見たら、きっと我が目を疑うことだろう。 「ご主人様が悦んでくれると嬉しいから、もっともっとがんばっちゃいます♪」  さらに熱心に口戯を続ける。むち打ちになりそうなくらいに首を激しく動かす。  口からの刺激は〈ご主人様〉だけではなく、私も昂らせていた。  はちきれんばかりに膨らんだ男性器をくわえている口だけではなく、今夜はまだ未使用の〈下の口〉も既に涎を溢れさせている。  おかしな話だ。  いま口にくわえているのは、私にとって、この世でいちばん忌まわしい〈モノ〉のはずなのに。  なのに、感じてしまう。  男性器に擦られている口と、そして舌の粘膜が、膣と変わらないくらいに感じてしまう。私にとって、口は性器と同じだ。  口での奉仕を続けながら、手をそっとスカートの中に入れた。  下着をつけていないので、もう太腿まで濡れている。  熱を帯びて蜜を溢れさせている花弁の中心に、中指を突き挿れる。 「――っ!」  一瞬、気が遠くなる。  びりびりと痺れるような感覚に、身体が震える。  そんな様子を〈ご主人様〉が気づかないわけがない。 「椎奈ちゃん、自分でしたりして、もう我慢できない?」 「……」  根元までくわえたまま、無言でこくんとうなずく。  潤んだ瞳で〈ご主人様〉を見あげる。 「じゃあ、ちゃんとおねだりして」 「…………はぁい」  口を離して立ちあがった私は、ベッドに腰掛けてスカートをまくり上げた。  脚を大きく拡げ、その中心で蜜を滴らせて疼いている小さな割れ目をさらに指で拡げる。今夜は、そこを彩るピアスはない。 「ご主人様ぁ、シイナはもう我慢できません。ご主人様の大きなペニスで、シイナのいやらしいお口を塞いでください。ここを、いちばん奥まで貫いてください」  鼻にかかった甘い声。真っ赤になった顔。  嬉しそうに笑う〈ご主人様〉。 「よくできました。ご褒美をあげなきゃね」  バスローブを脱ぎ、コンドームを付けた〈ご主人様〉がベッドに上がってくる。  私を押し倒し、開いた脚を掴んでその間に身体を入れてくる。  濡れそぼった割れ目に押し当てられる、固い弾力を持った肉の塊。  そのまま、ゆっくりと擦りつけるように動かす。  まだ、挿入はしていない。焦らすような、ゆっくり過ぎる動きで割れ目とクリトリスを擦られる。 「ひっ……ぁんっ、ご、ご主人様ぁ……いじわるぅ」  触れただけで、気持ちいい。  擦られると、もっと気持ちいい。  だけど、そこは私の快楽の核心ではない。 「ヤ……だ……挿れ、て……」  入口で立ち止まって入ってこようとしないものを自分から受け入れようと、腰を突き上げる。なのに、〈ご主人様〉は同じ距離だけ腰を退いてしまう。  優しいけれど、意地悪な〈ご主人様〉。  欲しいのに。  欲しくて堪らないのに。 「……いじ、わるぅ……挿れ、て……挿れて、くださぃ……欲しいの……ご主人様のが欲しいの……」 「これが、欲しいの?」  私が精一杯に腰を突き上げた瞬間、〈ご主人様〉も腰を突き出してきた。  一気に根元まで貫かれる。 「あぁぁっ! ふあぁぁ……っ!」  身体が仰け反る。  視界が真っ白になる。  挿入されただけで、達してしまった。  どうしてしまったのだろう。今夜はひどく感じやすくなっている。〈甘えん坊で感じやすいロリータメイド〉の演技に酔ってしまったのだろうか。  気持ちいい。  気が遠くなるほど、気持ちいい。 「すごい……すごい…………イイ……イイのぉ」  涙が溢れてくる。  感極まったように、ぎゅっとしがみつく。  〈演技〉ではなく、無意識の動作。その証拠に、指が震えている。 「ひゃ……っ、あぁっ! あぁんっ! ぁんっ! はぁぁっ! あぁっっ!」  〈ご主人様〉が動きはじめる。  リズミカルな動き。  ひと突きごとに悲鳴が上がる。  ひと突きごとに達してしまいそうになる。  本当に、今夜はどうしたのだろう。  初めて会う相手だけれど、すごく、いい。  誰とセックスしても、どんなセックスであっても、大抵は達することができる身体ではあるけれど、ここまで気持ちいいのは珍しいことだ。  稀に、こんな相手がいる。  ペニスの大きさや形、そして動き方。人それぞれ微妙な違いがあり、そのちょっとした違いで感じ方は大きく変わってくる。ごく稀に、信じられないくらいに身体の相性がいい相手に当たる。 「……イクっ! イクッ! もうイっちゃうっ!」  〈ご主人様〉にしがみついて悲鳴をあげる間にも、何度か軽い絶頂を迎える。  だけど、止まらない。  自分から腰を突き上げ、擦りつけ、精一杯に締め上げる。 「俺も……イキそ……、椎奈ちゃんのおまんこ、めちゃくちゃ……イイ!」 「イイのっ? シイナのおまんこ、気持ちイイっ?」 「ああ、こんなにイイの……初めてだ」  そう応える〈ご主人様〉も、今にも達しそうな表情だった。 「シイナも……あぁっ! あぁぁっ! イイっ! ご主人様のペニスいいぃっ!」  今にも快楽の高みに達しそう……なのに〈ご主人様〉はひときわ深く突き入れたところで動きを止めてしまった。 「……生でしても、いい?」  私を抱きしめて、耳元でささやく。 「……え?」 「な、いいだろ?」 「…………だめ……だよ、赤ちゃん……できちゃう……」  もちろん、ピルを服用しているのだから実際にはそんな心配はない。こうした台詞も〈演出〉の一部だ。 「今日、危ない日?」 「そうでも……ない、けど……」 「いいだろ? お小遣い、倍あげるから」 「でも…………」 「それに、生の方がお互い気持ちいいだろ?」  ゆっくり、大きく、腰が動く。  中をかき混ぜるように。  それだけで意識が飛びそうになる。身体が震える。 「ね、椎奈ちゃん?」 「あぁっっ!」  言葉に合わせて、さらにひと突き。  角度を変えて、膣壁が擦られる。 「ご主人様……ズルい! こんな、カラダに……いうこときかせるような、やりかた……あぁんっ! してっ! ナマでしてぇっ! シイナの中にいっぱい出して!」  叫ぶのと同時に、膣内に在ったものが引き抜かれた。  白濁した愛液にまみれたコンドームを破り捨てた〈ご主人様〉は、剥き出しのペニスを再び挿入してくる。 「ひぃっ……ぃんっ! いっ……ぁああっっ!」  濡れた粘膜が直に絡み合う感覚に、絶頂を迎えてしまう。だけどまだ終わらない。  〈ご主人様〉を頬ばっている下の口は、もっと、もっと、さらなる快楽を求めていた。  薄いゴムの膜一枚があるかないかで、感じ方はまるで違う。泣き出すほどに気持ちよくて、死にたくなるほどおぞましい、直接の接触。 「いやぁっ、あぁっ! はぁあぁっ! いぃっ! いっ……はぁっっ!」  〈ご主人様〉にしがみつき、背中に爪を立てる。  脚も絡みつかせて全身を密着させる。  その体勢で精一杯に腰を振る。  激しい摩擦。  かき混ぜられ、ぐちゅぐちゅと泡立てられる愛液。  視界は真っ白になり、下半身がびくんびくんと痙攣する。  叫びすぎて喉がひゅーひゅーと鳴る。 「すげ……吸いついてくる……」  〈ご主人様〉もフィニッシュに向けて最後の力を振り絞る。 「あぁぁっ、ご主人様ぁっ! あぁぁ――っ!」 「イイっ、イク……ぞっ!」 「あぁあぁぁ――――っ! ご主人様ご主人サマご主人サマぁぁ――――っ!」  ホワイトアウトする視界。  頭の中でなにかが弾ける。  意志とは無関係に、てんかんの全身発作のように激しく痙攣する身体。  膣奥に噴き出してくる熱い液体の感覚。  白一色に染まった視界が、まるでスイッチを切られたように暗くなっていく。  そして、意識が途切れた。 「ん……」  意識が戻ったのは、数秒後か、それとも数分後か。  まだつながったままの〈ご主人様〉が荒い呼吸をしているから、それほど長い時間ではないのだろう。  私も、深い呼吸を繰り返している。  まだ全身が痺れたような感覚で、ほんの少し動いただけでもびくっと痙攣してしまう。 「…………ご主人……さまぁ……」  甘ったるい、とろけた声。  中に在るものはまだ固い。まだ、気持ちいい。無意識のうちに腰が動いてしまい、括約筋が伸縮を繰り返している。 「すごいな……こんな気持ちいいおまんこ、初めてだ」 「…………シイナも、めちゃめちゃ気持ちよかった……です」 「じゃあ……もう一回、してもいい?」  言いながら、腰を突き出してくる。思わず小さな嬌声が漏れる。 「な、いいだろ?」 「えー」  また、カラダにいうことをきかせるようなやり方。  私は不満げに唇を尖らせる。  ただしそれは、拒絶の意思表示ではない。 「……一回だけじゃ、ヤ」  〈ご主人様〉の肩を甘噛みしながらそう応えた。 * * *  翌、日曜日――  朝と呼ぶにはやや陽が高くなりすぎた頃、鈍い腹痛で目を覚ました。  胃や腸ではない。  子宮の、痛み。  そういえば、そろそろ生理だ。本来の予定日は明後日だったけれど、痛みからすると少し早めに来るかもしれない。ベッドのシーツは既に血塗れではあるけれど、それは手首の傷が原因だ。  今はまだ、生理痛はそれほどひどくはない。  今朝は、それよりももっと強い感覚が身体を支配している。 「ん…………ふ、ぅんっ……」  想い出すだけで、声が漏れてしまう。腰が艶めかしく動いてしまう。  昨夜の行為の感覚が、あまりに強すぎる快感のために神経に焼きついてしまったかのようだった。目を閉じて想い出すだけで、今まさにそれをされているかのような、リアルな感覚が鮮明に甦ってくる。 「はぁ……ぁんっ、んんっ……く、ぅんっ!」  血で汚れたシーツの上で、汗ばんだ身体が蠢く。昨夜、服を脱いでそのままベッドに入ったので、全裸だった。  胸は固く張って、性器は蜜を溢れさせている。 「――――っっ!」  無意識のうちに、自分に触れてしまう。人差し指と中指を揃えて挿入する。二本の指を奥まで突き入れると、それだけで軽く達してしまった。さらに薬指が勝手に動いて、膣口を強引に拡げて入ってくる。 「あっ……あぁ……っ」  昨夜の感覚が次々と甦ってくる。  セックスした翌日は、いつも、そう。  気持ちよかったセックス、激しかったセックスほど、こうした〈感覚のリピート〉は顕著で、実際にされているのと変わらないくらいに感じてしまう。  昨夜の〈ご主人様〉。  まだ三十代だけれど、とあるIT企業の重役だとかで、けっこうなお金持ちだった。  私に買い与えた服や靴、食事とホテル代、そしてお小遣い。昨夜だけで軽く十数万円は遣っている。それもごく軽いノリで支払っているのだからたいしたものだ。  それにしても、それだけの大金を費やしている〈ご主人様〉の方が、ただでしている早瀬よりも優しく、気持ちよくしてくれるというのもおかしな話だ。もっとも、それは早瀬が乱暴すぎるためなのだけれど。  でも、その方がいい。  もう、あの〈ご主人様〉と逢うことはあるまい。〈ご主人様〉とのセックスは気持ちよすぎる。  気持ちよくて、本気で感じてしまっては〈罰〉にならない。  気持ちのいいセックスなんてしたくない。  援助交際なんかで感じたくない。  心底そう思っているのに、感じてしまう身体が忌まわしい。  セックスなしでは生きていられない、いやらしい身体。  自己嫌悪する気にもなれないくらいに、嫌いな存在。  左手を、顔の前に持ってくる。  生乾きの血で汚れている。  数え切れないほどの、真新しい傷。  左手首はめちゃめちゃに切り刻まれたような状態だった。 『した回数だけ切る』といういつものルールには当てはまらない無数の傷。〈ご主人様〉が射精した三回くらいでは、ぜんぜん足りない。  その数はむしろ、軽く二桁を越える〈自分が達した回数〉に近かった。昨夜、帰宅直後に襲ってきた発狂しそうなほどの衝動は、そうしなければ治まらなかった。  普段、リストカットにナイフやカッターではなく小さな剃刀を使う理由がこれだ。昨夜の心理状態で手元にナイフなどあったら、私は今ごろ生きてはいない。  視界の隅に、床に放り出された黒い塊が留まる。  昨日、買ってもらった服の、ずたずたに切り刻まれた残骸。  それはおそらく、私の身代わりになったものだ。致命傷となるほどに自分の肉体を切り刻む代わりに、身に着けていたものを切り裂いたのだろう。  深く、溜息をつく。  のろのろとベッドから降りると、血で汚れたシーツをメイド服の残骸と一緒にごみ袋に詰め込み、新しいシーツを出した。  血でシーツを汚すことが多いから、新品は何枚も常備してある。いま交換したシーツだって、きっと半月と保つまい。  それから、時間をかけてシャワーを浴びた。身体中、膣の奥、襞の一枚一枚まで念入りに洗う。  朝食を摂るか少し悩んだけれど、まるで食欲がなかった。激しいセックスの翌朝は大抵そう。前日の感覚の名残だけでお腹いっぱいだ。  かといって、なにもお腹に入れないと立ち上がる力すら出てこない。結局、グラス一杯の野菜ジュースだけを流し込んだ。  ――さて。  今日はどうしようか。  日曜日。  外はいい天気。  今のところ、なにも予定はない。  もちろん、早瀬からのお誘いもない。たしか今日は柔道の大会とか言っていたはずだ。  他の〈パパ〉たちとの約束もない。  さて、どうしよう。  ぼんやりと窓の外を眺める。 「…………セックス、したい」  ぽつりとつぶやく。  昨夜のような気持ちのいい行為ではなく、もっと、男が自分の欲望を満たすためだけにするような、私を物として扱うような、乱暴な行為がいい。  犯されたい。  陵辱、されたい。  しかし、今すぐ連絡がつく相手の心当たりもなかった。そもそも、継続して連絡を取っている相手などほとんどいないのだ。  とりあえず、出かけてみよう――そう考える。  いつものように街中でヒマそうにしていれば、すぐに男たちが声をかけてくるはずだ。  その中から、いちばん下心丸出しの相手を見繕おう。  そう考えて、服を着る。  選んだのは可愛らしいデザインのセーラー服。都内の某私立校の制服で、もちろん私が通う学校のものではない。〈デート〉用に用意したもので、スカートはオリジナルよりもかなり短く直してある。  髪は、可愛らしさを強調して、昨夜と同じようなツインテール。  軽く化粧もして、〈営業スマイル〉を浮かべてフェロモン全開で姿見の前に立ってみる。  そこに映っているのは、あどけない可愛らしさと、えもいわれぬ妖艶な雰囲気を合わせ持っ美少女。  すぐにナンパされることは間違いない。  そのことを確認して、私は家を出た。 * * *  ――しかし。  街中の、人通りの多い待ち合わせスポットについた頃には気が変わっていた。  ……いや、気分ではなく、体調が。  家を出ると同時に生理痛がどんどん悪化しだして、やがて耐え難いほどの痛みになってきた。とても、愛想のいい笑顔でナンパ待ちをしていられる体調ではない。  ピアスとかスパンキングとか鞭とか蝋燭とか、あるいはリストカットとか、そうした〈外的な〉痛みには強い方だと思う。しかし、内臓の痛みというのはまた別物だ。  生理痛には特に弱い。ピルを常用しているので普段の生理は軽く、この痛みには慣れていない。  なのにどういうわけか、たまに、ひどい痛みと出血に襲われることがある。  理由はよくわからない。生理直前に激しいセックスをした場合にこうなることが多いような気もするけれど、その因果関係は不明だ。  痛みはどんどん強くなってくる。  子宮を鷲掴みにされるような痛み。  滅多にないことだけに、弱い。  苦痛に顔が歪む。  ――だめだ。  とても〈営業スマイル〉など浮かべていられない。生理前には性欲が高まることが多いのだけれど、さすがに今日はそんな余裕はない。肉体的にはもちろん、精神的にも。  通り道にあったドラッグストアで鎮痛剤を買って飲んだけれど、気休めにしかならなかった。かといって家に帰るのも苦痛で、とりあえず駅近くのコーヒーショップに入っていちばん奥の席に着くと、買った飲み物に手もつけず、そのままテーブルの上に突っ伏した。  痛い。  痛い。  痛い。  身体の中心から鼓動に合わせて響いてくる、鈍い、しかし重い痛み。刃物のような鋭さがないだけで、痛みそのものの強さが劣るわけではない。  痛い。  苦しい。  まるで、子宮を雑巾のように絞りあげられているみたいな感覚。  痛い。  辛い。  苦しい。  頭の中でその三つの単語がエンドレスに繰り返される。  身体を起こすことすらできない。  グラスの氷がすっかり溶けてなくなるまでそのまま突っ伏していたけれど、まったく楽になる気配はなかった。むしろ悪化しているような気がする。  不意に、胎内をなにかが流れるのを感じた。すぐにお手洗いに立ったけれどわずかに間に合わず、下着が紅く汚れていた。  予想通り、出血量が多い。  痛みも相まって、大怪我をして出血しているような気分になる。  溜息をつきながら、個室の中で下着を脱いだ。替えの下着はいつでも持ち歩いている。タンポンを挿れ、念のため下着にはナプキンも貼った。汚れた下着は汚物入れに捨てる。  席に戻って、また、うずくまる。  痛みが治まる気配はない。  もう一回、痛み止めを飲んでおこうか。  それとも――  ふと、思いついた。  〈クスリ〉はどうだろう。  粉薬、水薬、ジェル、そして座薬。〈パパ〉からもらった、効能も用途も様々な〈クスリ〉がバッグの中にある。  〈パパ〉の若い頃は〈合法ドラッグ〉などと呼ばれていたそうだけれど、現在はその多くが非合法で、ぶっちゃけ、限りなく〈麻薬〉に近いものもある。  それだけに、ドラッグストアで手に入る市販の薬よりも効果は強いのではないだろうか。〈パパ〉の激しい責めすら快楽に変えてくれる〈クスリ〉なら、この耐えがたい痛みも消してくれるのではないだろうか。  バッグの中をあさって、栄養ドリンクよりもひとまわり小さな茶色い瓶を取り出した。封を切って、まだほとんど手つかずだったアイス・カフェ・モカのグラスに注ぐ。  しかし痛みのせいか手元が狂って、〈規定量よりも少し多め〉にするつもりが〈かなり多め〉になってしまった。一瓶で約三回分のはずなのに、見ると中身はほとんど残っていない。  ――まあ、いいや。  この痛みから逃れられるならなんでもいい――そんな気分でグラスを傾け、氷が溶けてぬるくなりはじめていたアイス・カフェ・モカを一気飲み。  そして、また、テーブルに突っ伏した。 * * *  それから一時間弱――  合法の鎮痛剤と非合法の〈クスリ〉と、どちらが効いたのかはわからないけれど、痛みが軽くなってきたように感じた。  あるいは単に身体が痛みに慣れてきただけかもしれないし、〈クスリ〉で頭がぼんやりしてきただけかもしれない。  なんにせよ、これなら外に出られそうだ。  今のうちに家に帰るべきだろうか。  歩くのはもちろん、バスに乗るのも面倒くさいけれど、タクシーで帰ればいい。  そう考えて店を出た。  しかし、妙に足許がふらつく。  平衡感覚がおかしくて、視界が揺れている。  やっぱり〈クスリ〉が多すぎただろうか。あるいは鎮痛剤との相乗効果かもしれない。  考えてみれば、あの〈クスリ〉を飲んで外を歩いたことなどない。いつもはホテルに入る直前に、車の中で飲まされていた。そしてシャワーを浴び終わる頃にはわけがわからなくなって、めちゃめちゃに犯されるのが常だった。  なんだか、すごく、気持ちがいい。  身体が軽い。ふわふわと浮き上がるような気がする。  まだ下腹部の鈍い痛みは続いているけれど、それは先刻までの耐え難い苦痛ではなく、妙に甘美な、快感と呼んでもいい感覚だった。  下着が濡れているように感じる。しかしタンポンを挿れているのだから、それが経血であるはずがない。 「…………セックス、したいな」  口に出してつぶやく。  下着の中がむずむずする。  乳首が固く勃起している。  無意識のうちに、内腿を擦り合わせたくなる。  セックス、したい。  それも、ナンパなんかじゃ生ぬるい。  もっと、激しく。  もっと、乱暴に。  めちゃめちゃに犯されたい。  陵辱されたい。  そんな衝動が湧き上がってくる。  だけど、それをしてくれる〈パパ〉は今は海外出張中。  早瀬は柔道の大会。 「……ったく、どいつもこいつも肝心な時にいないんだから。今ならどんなサービスでもしてやるっつーの!」  そんな台詞は頭の中で考えているだけなのか、それとも実際に口に出しているのか。  もう、それすらわからなくなっていた。  やばい。  この状況で外を歩いているのは、かなりやばい。  このままでは大声で「誰か私を犯して!」なんて叫んでしまいそうだ。  遠からず、まともに歩けなくなるだろう。いや、もう既に酔っぱらいの千鳥足みたいになっているのかもしれない。  このままではまずい。  しかし、コーヒーショップに戻るという気分でもない。  さて、どうしよう――。  考えがまとまる前に、駅前で客待ちしていたタクシーに乗り込んだ。  運転手の「どちらまで?」という問いに、自分がなんと答えたのか。  それはもう記憶になかった。 * * *  耳を震わせる歓声が、私の意識を現実に引き戻した。  我に返って最初に気づいたのは、硬い椅子の感触。  徐々に視界が戻り、目の焦点が合ってくる。  その見慣れぬ光景に、自分のいる場所を把握するまでにはしばらく時間を必要とした。  周囲を見回し、しばし首を傾げ、ようやく理解する。  大きな体育館の観客席の、最後列に座っているのだ、と。 「……なんで、こんなところ」  その理由は明白だった。  多目的の体育館。今日はそこに畳が敷かれて、柔道の試合場となっていた。  どうやら、早瀬が出場すると言っていた柔道の大会の会場に来てしまったらしい。  会場が区の体育館だということは、早瀬から聞かされていた。それは暗に「見に来て欲しい」という意図の発言だったのかもしれないけれど、もちろん私にそんなつもりはなかった。  なのに、半ば意識を失った朦朧とした頭でタクシーに乗って、行先にここを指示したらしい。財布を確認してみると千円札が一枚減っていて、手には冷たいお茶のペットボトルを持っていた。  あれだけ〈クスリ〉でラリっていたのに、意外と本能だけでも行動できるものらしい――と妙な感心をする。  もっとも、もう一度試してみようとは思わない。  なにをしでかすかわかったものではない。  見知らぬ男にホテルに連れ込まれているくらいなら一向に構わないというか、今の精神状態ではむしろ歓迎すべき展開だけれど、それよりも気がついた時には警察署か病院という可能性の方が高そうだ。  お茶をひとくち飲む。  その冷たさが、まだいくぶん朦朧としている意識を少しだけはっきりさせてくれる。  試合場では、柔道着を着た、高校生にしてはごつい体格の男たちが闊歩している。あの中に早瀬もいるのだろうか。  ひとつ、溜息をつく。  不意に、黄色い歓声が鼓膜を震わせた。  その発信源は、最前列にいる三人の女子。  そのうちの一人は見知った顔だと気がついた。〈茅萱カヲリ〉だ。  他の二人もなんとなく見覚えがあるような気がする。私服だから確信は持てないけれど、おそらく茅萱の友人で、クラスメイトなのだろう。  きゃあきゃあと楽しそうに――特に茅萱が――騒いでいる。  試合場に目の焦点を合わせる。みんな同じような大きな身体に、同じような柔道着。しかしよくよく見れば、いま試合場に出てきたのは早瀬だった。  なるほど、茅萱は友達を誘って彼氏の応援に来たというわけだ。男子柔道の試合場に女子高生の黄色い声援は少々不釣り合いな気もするけれど、茅萱はまったく気にしている様子もない。  試合場に視線を戻す。  審判の「始め」の声と同時に、茅萱の声援が一段と大きくなる。  私から見れば早瀬はびっくりするような大男だけれど、対戦相手も体格ではひけを取らないようだった。身長はやや低いけれど幅は早瀬以上で、もっと大人びたというか、ごつい、おっさんじみた顔をしている。おそらくは上級生だろう。  柔道をやっている高校生というのは、こんな連中ばかりなのだろうか。見た感じとしては強そうな印象を受ける。  いくら早瀬でもそうそう勝てまい。彼はまだ一年生なのだ。しかも、彼女でもない女の子とのセックスにうつつを抜かしているような。  少し痛い目を見ればいい――と意地の悪いことを想った。別に早瀬に恨みがあるわけではないけれど、進んで応援したいわけでもない。  試合場では、お互い、相手の柔道着を掴もうとしつつ、自分を掴もうとする相手の手を振りほどいていた。詳しくは知らないけれど、柔道は相手を掴まえて投げたり抑え込んだりすれば勝ちのはず。相手に掴ませずに、自分は相手をしっかり掴まえられれば有利になるのだろう。  私の目には、今のところ互角の争いに見えた。もちろん、柔道の試合を見慣れているわけではないから、実際のところはわからない。  しかし早瀬の試合を観戦し慣れているであろう茅萱の歓声は相変わらず元気で、不安そうな様子は見られないから、少なくとも不利な状況ではないのだろう。  戦っている二人。  なにか動きがある度に、試合場の周囲から歓声が上がる。  ふと周囲を見て、この試合場だけが隣と比べて妙に盛り上がっていることに気がついた。  それだけ、好カードということだろうか。  相手の柔道着に書かれている学校名に、なんとなく覚えがあった。あれはたしか、スポーツ全般に力を入れていることで有名な私立校ではなかっただろうか。  応援している同じ学校の選手たちはもちろん、観客席も盛り上がっている。好試合なのだろうか。茅萱たちの応援にも熱が入っている。  たぶん、つまらなそうな表情で黙って観戦しているのは私だけ――そう思ったのだけれど。  ひとつ前の列の、数メートル横の席に、ひとりの女性が無言で座っているのに気がついた。  横顔から判断するに、私よりも少し上、二十歳前後くらいだろうか。黒い服、同じく黒いロングスカート、そして長い黒髪と眼鏡。どことなく陰性の印象を受ける。  きゃあきゃあ騒いでいる茅萱などとは対照的に、ただ黙って試合場を見ている。それも集中して見入っているという雰囲気ではなく、どこか投げやりというか、つまらなそうな表情だ。  黄色い歓声を上げている茅萱たちよりも、この試合場ではよほど異質な存在だった。彼氏や友達の応援という雰囲気ではない。そもそも、どう見ても高校生ではない。大学生か、あるいは社会人だ。  かといって、自校の応援に来た教師にしては若すぎる。応援しているという雰囲気でもない。  いったいなんだろう。  なにしに来たのだろう。  どうして、あんなにつまらなそうな表情をしているのだろう。  自分を棚に上げて首を傾げる。  その時、ひときわ大きな歓声が私の思考を中断した。  反射的に視線を試合場に戻す。  早瀬が相手の大きな身体を担ぎ上げていた。一瞬後、それを畳に叩きつける。  審判の腕がまっすぐに挙がる。  茅萱が嬉しそうに飛び跳ねる。  試合場の外に控えていた、同じ学校の柔道着を着た四人も大きな声を上げている。  どうやら、早瀬が勝ったらしい。  そのことについて、特になんの感慨もなかった。別に、よかったとも残念とも思わない。ただ「ふぅん」と思うだけだ。  とはいえ、これでまた早瀬からのお誘いが増えるのかもしれない。負けていたら、多少は反省して部活に専念していたかもしれない。  さすがに今以上に増えるのはちょっとな……と思う。早瀬とすること自体は別に構わないけれど、他の相手とする余裕がまったくなくなるのは好ましくない。  まあ、多すぎると思ったら、たまに誘いを断わればいいだけの話だ。  これで早瀬の出番は終わりかと思ったけれど、茅萱たちが動く様子はなかった。耳を澄ませば「さあ、次はいよいよ決勝だよ」などとはしゃいでいる声が聞こえてくる。  すると、この大会は勝ち抜き戦で、今のが準決勝だったというわけか。  この大会がどの程度の規模のものなのかは知らない。武道館ではなく区の体育館を使っているのだから、まさか全国大会ではあるまい。しかし都の大会か、関東地区か、あるいはもっと狭い範囲の大会なのか、判断はつかない。  私の通う学校が柔道でどの程度強いのかもまったく知らないけれど、たとえ地区大会であっても決勝まで残るからには弱くはないのだろう。  早瀬の試合が終わった後、双方五人ずつの選手が並んで礼をしている。団体戦だったのだろうか。そういえば「一年生では俺だけレギュラー」とか言っていたような気がする。すると他の選手は二、三年生ということで、その中で準決勝でも勝てる早瀬はやっぱり強いのだろう。  まあ、彼の体力が底なしであることは、私もよく知っている。  ぼんやりと前を見ていると、茅萱と、その向こうにいる早瀬が同時に視界に入った。  礼を終えて畳から下りる早瀬が、こちらを見上げて小さく腕を上げた。  一瞬驚いたけれど、すぐに、茅萱に向けられたものだと気がついた。あの黄色い声援は試合中も耳に届いていたに違いない。  茅萱も手を振り返している。  考えてみれば、試合をしていた早瀬が、ここに私がいることに気づくわけがない。照明に照らされている試合場と違い、観客席の最上部は薄暗いし、そもそも今の私は早瀬が見たことのないセーラー服&ツインテール姿だ。この距離では、こちらを見ても気づかないだろう。  その方がいい。  私が見に来ていることを知ったら、変な誤解をされるかもしれない。だからもちろん、次に逢った時にも試合を見たことを言うつもりはない。早瀬の方から言い出さない限り、今日が大会だったことも忘れていたふりをする。  もっとも、次のお誘いまで一週間も間が空けば、ふりをするまでもなく本当に忘れているかもしれない。私にとっては身の回りのほとんどが〈別に、どうでもいい〉ことだから、大抵の記憶は長続きしないのだ。  そんなことを考えていると、久々に気になった。  彼はいったい、どういうつもりなのだろう。  あれだけ力いっぱいに声援を送ってくれる可愛い彼女には手を出さず、よくない噂がつきまとっている私を抱いているのは何故だろう。  自惚れではなしに私の方が顔もスタイルもいいとは思うけれど、それが決定的な要因になるほどの差でもない。  小柄すぎる私は、いくら整った体型をしているといっても、グラビアアイドルのようなボリューム感には欠ける。早瀬に対してまったく愛想を見せないことも大きな減点のはず。  それに茅萱は特筆するほどの美人ではないものの、それでも十人並みよりは間違いなく上の容姿だ。  もちろん、男を悦ばせるテクニックは私の方が上だろう。しかしそれも理由にならない。  茅萱がとんでもなくセックスが下手で、早瀬がそれについて不満を持っているというならともかく、あの二人はまだしていないのだ。いくら私とのセックスが気持ちいいとはいえ、試してみたら茅萱はもっとよかったという可能性も考えるだろう。  セックスにまったく興味がないならともかく、性欲と精力はありあまっている早瀬のこと、自分を慕っている身近な女の子としたくないわけがないと思うのだけれど。  本当に、わけがわからない。  疑問に結論が出ないまま、ぼんやりと考える。  さて、これからどうしよう。  今日は特に予定もない。まだ、動くのは億劫だ。もうしばらく、のんびり座っていたい。  こうなったら決勝まで見ていこうか。もしかしたら、早瀬が負けるところが見られるかもしれない。  決勝戦が始まるまでにはまだ少し時間があるだろうと思い、今のうちにお手洗いに行こうと立ち上がった。  ――しかし。  もう〈クスリ〉は抜けたつもりでいたけれど、そうではなかったらしい。〈クスリ〉の飲み過ぎでそのあたりの判断力も鈍っていたのかもしれない。  平衡感覚がおかしい。  視界が揺れる。  まっすぐに歩けているのかどうか、自分でもよくわからない。  そもそも今日は〈クスリ〉抜きでも体調はよくないのだ。  昨夜の疲れ、睡眠不足、貧血、そして生理痛。  そこに大量の〈クスリ〉。  いい状態であるわけがない。  廊下をふらふらと歩いていて、急に視界が暗くなった。  脚がもつれてその場にうずくまる。  そのまま倒れてしまうかと思ったけれど、気がつくと、誰かに肩を押さえられていた。 「……大丈夫?」  あまり抑揚のない、女性の声。  数秒後、視力が戻ってくる。 「……あ」  状況を確認すると、廊下に座って、壁に寄りかかるような体勢になっていた。  そして、黒い服の若い女性が傍らに寄り添っている。  どこかで見た覚えが……と考えて、観客席で近くに座っていた、つまらなそうな表情をしていた女性だと気がついた。 「具合悪いの? 医務室に行く? 歩けないようなら、誰か呼んでこようか?」  さほど慌てた様子もなく、淡々とした口調で訊いてくる。  間近で顔を見ると、やはり二十歳くらいだろうか。縁なしの眼鏡をかけ、落ち着いた雰囲気の、そこそこ美人。  ただし、あまり華やかさは感じられない。私ほどではないけれど小柄で、漆黒の髪と感情が見えない表情のために、陰性の印象を受ける。左眼の下、頬骨のあたりにある三センチほどの傷痕も、そんな印象に一役買っているように感じた。 「あ……えーと……大丈夫。ちょっと、立ちくらみ。……生理中だから」  小さく深呼吸。  壁に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。 「お手洗い? ついていってあげようか?」  また倒れたら困るし、人を呼ばれるのも好ましくないので、その申し出は受け入れることにした。小さくうなずくと、肩を貸してくれる。  ゆっくりと歩いて、お手洗いに入る。  用を足し、多量の血を吸ったタンポンを替える。  お手洗いを出ると、また、肩を借りてゆっくり歩く。途中、自動販売機で飲み物を買った。  観客席ではまた最後列に座った。あの女性が隣に座る。  前を見ると、茅萱たちはまた最前列に陣取っていた。間もなく決勝戦が始まりそうだ。 「平気?」 「……ええ」  まともに歩けなかった最大の要因は、過剰摂取した〈クスリ〉で平衡感覚がおかしくなっていることだから、座っている分にはさほど問題はない。 「……珍しいわね」 「え?」  隣の女性がぽつりとつぶやく。私に向けられた言葉だったけれど、まるで独り言のように聞こえた。あまり感情が表に出ないタイプらしい。〈学校モード〉の私ほどではないにしても、〈無機的〉という表現が相応しく思える。 「柔道の試合を独りで観にくる女の子なんて、珍しいなって」 「……ああ」  確かに、そうかもしれない。もっと女の子受けがいいスポーツならともかく、柔道、それも男子の大会では。 「自分が柔道をやっているようには見えない。柔道観戦が好きならもっと楽しそうにしているでしょう。知り合いが出場しているなら、熱心に応援するでしょうし」 「……あんな風に?」  手作りの小旗を振っている茅萱たちの方を見る。状況次第ではチアガールだってやりそうな勢いだ。 「……そうね」  小さくうなずく。表情の変化が少ないのでわかりにくいが、微かに苦笑していたかもしれない。 「それとも、誰か好きな男の子でもいるの? その制服、決勝に残った学校じゃないけれど」  微かにからかうようなニュアンスが感じられる台詞。  私もからかうような口調で応じる。 「…………むしろ、逆かしら。負けるところが見られたら、いいかなって」  その台詞がどう受け取られたかはわからない。  今度はこちらから口を開く。 「そういう貴女も、楽しんで観戦しているようには見えない」  準決勝の時も、私に劣らずつまらなそうな表情だった。  むしろ、私以上に異質な存在かもしれない。制服が違うとはいえ、実際には決勝に残った学校の生徒である私と違い、年齢も合わない。なのに手には一眼レフのディジタルカメラまで持っている。 「資料収集……かな?」 「……?」 「私、マンガ家やってるの。今度、柔道やってる高校生を主人公にしようかな、って」 「……そう」  確かに、それで一応は説明がつく。それにしても、あまり熱意の感じられない観戦態度だったようには思うけれど。  そんな会話をしているうちに、そろそろ決勝戦がはじまるようだった。両校の選手と審判が試合場に出てくる。 「あの、大きな子?」 「え?」  訊き返す声は、少しだけ大きくなっていた。彼女が指さしていたのは、間違いなく早瀬だったから。 「負けるところを見たがっている相手って」 「……どうして?」  どうして、わかったのだろう。この女性とは初対面のはず。たとえ知人であっても、私と早瀬の関係を知っている者などいない。 「さっきの準決勝、あの子の試合だけ、ちゃんと見てた」  微かに、からかうような笑みを浮かべて言う。  あまり熱心な観戦態度ではないと思っていたけれど、その分、観客席まで観察していたのだろうか。確かに、創作のネタ集めに来ているのであれば、異質な観客は目にとまるかもしれない。 「その制服、違う学校よね? 知り合い?」  目の前の私と、最前列で元気に応援している茅萱と、そして早瀬を交互に見て訊いてくる。  ふと、悪戯心が頭をもたげた。 「……レイプされた、って言ったら驚く?」  目が大きく見開かれる。  眉が上がる。  はっきりとわかる、驚きの表情。  あまり表情を露わにしない相手にそんな顔をさせたことで、少しばかり溜飲が下がる。  しかし次の瞬間、その顔が興味津々といった笑みに包まれた。 「それはぜひ、詳しい話を聞きたいわね」  目が爛々と輝いている。  それはまるで特ダネを前にした記者、あるいは好物を前にした猫。  もしかして、ネタを求めているマンガ家の前に、美味しそうな餌を投げ出してしまったのだろうか。 「あ……まさか、それで妊娠しちゃったとか? 具合悪いのって、つわり?」  いくらなんでもそれは飛躍しすぎだ。マンガ家の想像力に呆れつつも感心する。 「……冗談よ。体調悪いのは、生理痛のせい」  むしろ今は生理痛そのものよりも、それを止めるために飲んだ〈クスリ〉が悪さをしているのだけれど、さすがにそれは言えない。 「あの体格だもんねー、力まかせに襲われたら抵抗もできないか。やっぱり体格相応にアレも大きいの? あなたちっちゃいのに、無理やり挿れられたらすごく痛かったんじゃない? 怪我しなかった? あ、もしかして初めて?」  機関銃のように飛び出してくる言葉。質問の形態をとってはいるけれど、口を挟む隙もない。  ひとりで勝手に盛りあがっている。そろそろ止めるべきだろうか。下手に騒いで茅萱たちに気づかれたくはない。 「…………いや、冗談、だから」  なんとかそれだけを言う。 「……この体育館の前で具合が悪くなって、休みに入っただけ」 「………………まあ、そういうことにしておいてもいいけど」  意味深な笑み。  あまり信じている様子ではない。半信半疑というか、八対二くらいで信じていない。  確かに、今の言い訳では早瀬の試合だけ注目していたことの説明にはならない。それに「レイプされた」の方が、まだいくらか真実に近い。  あんな説明では矛を収める様子もなく、 「じゃあ、それはそれとして、現役女子高生の恋愛事情とか、参考に聞かせてもらえない?」  一向に攻撃の手を緩めてくれない。  さっきまでは周囲のことなんて無関心そうに見えたのに、実は意外と好奇心旺盛だ。 「……私、恋愛なんてしたことないし」  この台詞には嘘も誇張もなかった。  まったくの真実だ。  性体験は誰よりも多くても、そこに恋愛感情はない。  強要された初体験にはじまり、援助交際にビデオ撮影に投げやりなナンパ。たまには早瀬相手のように金銭抜き、かつ自分の意志でするセックスがあっても、そこにも恋愛感情はおろか、ささやかな好意すら存在しない。 「……そうなの?」  不思議そうに首を傾げる。 「すごく可愛くてもてそうに見えるし、経験豊富そうなのに」  そういえば、今日の外見はナンパ待ち用だった。確かに、男が放っておく容姿ではない。  事実、異性にはもてるし、経験も豊富すぎるほどに豊富だ。 「……〈お小遣いもらって時間限定の恋愛〉なら経験豊富」  ぽつりと応える。  また、相手の目の輝きが増す。 「それはかえって興味深いわ。職業柄、そうした題材を扱うことも少なくないし、ぜひ、実践している人に詳しい体験談を聞きたいな?」  これっぽちも退く様子はない。むしろ、さらに創作意欲を刺激してしまったようだ。  もう「冗談」は通じないだろう。明らかに、ぽろりと真実を口にしてしまったことを見抜いている目だった。  強引に話題を逸らそうと、私は試合場を指さした。 「…………試合、はじまるみたい」  私に向けられていた視線が移動する。  ちょうど、二人の選手が向かい合って礼をしているところだった。 「……じゃあ、続きは後で」  残念そうな口調で、試合場に向かって座り直す。  どうやら、まだ私を解放してくれるつもりはないようだった。 * * *  結論からいうと、早瀬たちは優勝した。  さすがに決勝戦ということで最後まで接戦で、二勝一敗二引き分けの辛勝。最後にその二勝目を挙げて優勝を決めたのが早瀬だった。  選手たちはもちろん、茅萱たちプチ応援団もこれ以上はないはしゃぎっぷりだ。  会場では表彰式と閉会式の準備が進められている。  そこで私は席を立った。  これ以上の長居は無用だ。早瀬はもちろん、万が一にも茅萱たちに気づかれたら無用なトラブルの元ということで、早々に退散しようとした。  しかし、 「……で、先刻の話の、続き」  隣の女性が放してくれない。 「ケーキでもおごるからさ、どっかでお茶しない? 話きかせてよ」 「…………これから〈デート〉だから」  そう嘘をついて逃げようとしたのだけれど、簡単には解放してもらえない。  結局「じゃあ、続きはまた今度」と、なかば強制的にメールアドレスの交換をさせられてしまった。まあ、いざとなれば拒否リストに登録してしまえばいい。  体育館の外に出ると、そろそろ陽が傾きはじめていた。 「後で、今日のデートの顛末を聞かせてね」という台詞を背中に聞きながら、私はタクシーに乗り込んだ。 * * *  駅前に戻ってタクシーから降りた。  さて、これからどうしよう。  生理痛は完全に治まったわけではないけれど、昼前のように動けなくなるほどではない。  〈クスリ〉もずいぶん抜けて、歩いていてもふらつきはしない。  とはいえ、これからデートの相手を見つくろうという気にもなれない。長時間、痛みに耐えていたことに加えて〈クスリ〉が抜けかけているせいで、全身が倦怠感に包まれている。今すぐどうしてもセックスしたい、という気分ではない。  本当は、今のうちに家に帰るべきなのだろう。完全に〈クスリ〉が抜けたら、また痛みがぶり返してくるに違いない。既に現在、体育館にいた時よりも痛みは増しているように感じる。  遠からず、また動けなくなってしまうかもしれない。今ならまだ普通に移動できる。  しかし、このまままっすぐ帰ろうという気が起こらなかった。それでは結局、今日はなにもせず一日を無駄にしたような気がしてしまう。最初から外出せず、家で一日寝ていた方がまだ有意義だったかもしれない。  ひとまず、またコーヒーショップで腰を下ろすことにした。  アイスティのストローをくわえたまま、ぼんやりと考える。  さて、どうしよう。  下腹部からじんわりと込み上げてくる鈍痛。今はまだ耐えがたいほどの痛みではないけれど、無言の圧力をかけ続けている。  身体の中心から広がっていく内臓の痛みが、思考力を奪っていく。  動きたくない。  帰りたくない。  なにもしたくない。  かといって、ずっとここにいるのもどうかと思う。  だけど、動きたくない。  持続性の痛みというのは、人間からやる気を奪ってしまう。普段から、積極的に行動するような生活は送っていない私だけれど、それがさらに悪化する。  思考は堂々巡りを繰り返し、グラスの中身だけが徐々に減っていく。  とりあえず、これが空になったら店を出ようか。  でも、どこへ行こう。  なにも思いつかないまま、残りが最後の一口になったところで、不意に〈プライベート用〉の携帯から音楽が鳴り出した。  メールではなく、電話の着信音。  のろのろとした動作で携帯を開き、表示されている名前を見た。  少し、意外だった。  メールは数日おきに来るけれど、向こうから電話が来たのは初めてではないだろうか。  ふたつの意味で驚きつつ、携帯を耳に当てた。 「…………なにか、用?」  相手の第一声を聞く前に、不機嫌そうな声を出す。 『あ、北川? その……これから、会えないか?』  電話の相手は早瀬だった。さすがに、今日お誘いがあるとは予想外だった。 「……これから? 今日、試合とか言ってなかった?」  この目で見ていたことなどおくびにも出さずに訊く。 『ああ、もう終わったからさ』  かなり本気で驚き、そして呆れた。  元気なものだ。  決勝戦まで戦ったのだから、きっと何試合もしたのだろう。なのにまだ女を抱く元気があるとは。 「…………今、生理中なんだけど」 『え……? あ……やっぱ、生理の時って、だめか?』  残念そうな声音。  そんなにしたかったのだろうか。  まあ、彼の性欲の強さを考えれば、一週間の禁欲生活は十分すぎるほどに長かったのかもしれない。 「……別に、私はどうでもいいけれど。…………あなたのベッドが血まみれになってもいいのかしら?」  親の留守中に女の子を連れ込んでいることは内緒のはず。血塗れのシーツを誤魔化すのは難しいだろう。  電話の向こうから、悩んでいるような呻き声が聞こえてくる。  呆れたように大きな溜息をつく。わざと、早瀬に聞こえるように。 「…………そんなにしたいのだったら、ラヴホでも、行く?」 『い、いいのか?』  急に元気になる声。それには直接応えずに続ける。 「今、駅前にいるわ。遅くなるようなら、帰るわよ?」 『すぐ行く!』  電話を切る前に、既に駆け出したような勢いだった。  ――やれやれ。  携帯を閉じて、小さく溜息をつく。  明日まですら待てないのだろうか。今日くらい、邪なことを忘れて優勝の喜びに浸っていてもいいのではないだろうか。  正直なところ、少し億劫だった。もっとも、それは相手が早瀬だからというわけではなく、今の体調では誰からのどんな誘いであっても同じだったろう。  ……まあ、いい。  これで今日は「せっかく外出したのになにもせずに終わった一日」ではなくなった。それだけでもよしとしよう。  ふと思い出して、お手洗いに立った。  個室の中で服を脱ぎ、ピアスを付ける。今日の体調で、早瀬にここまでサービスしてやる必要もないとは思うのだけれど、もう習慣というか、条件反射みたいなものだ。  勃起した乳首を指でつまむと、ぴりぴりと痺れるような感覚を覚えた。  小淫唇にもピアスを付けている時、ついでにタンポンを交換しようかと思ったけれど、思い直してわざとそのままにしておいた。  痛みと闘っていた間にじっとりと汗ばんだ身体をウェットティッシュで拭き、制汗スプレーを吹きかける。  個室を出て、洗面台の鏡の前で化粧を直し、髪を整える。  しかし、その作業が終わる前にまた着信音が鳴りだした。 * * *  早瀬からの『駅前に着いた』という電話。  いくら早瀬の足が速いといっても、早すぎる。運よく待ち時間なしでバスに乗れたのだとしても、日曜の夕方だから道路は混んでいて、こんな早くに着けるわけがない。  いったいどんな裏技を使ったのか……と首を傾げたけれど、現れた早瀬の姿を見て納得した。  制服姿で、大きなバッグを担いでいる。大会の後、家に帰っていないのだろう。解散してすぐに電話してきたのかもしれない。 「悪い、待った?」  全力で走ってきたらしく、汗ばんだ顔で荒い呼吸をしていた。私を見て緩みかけた表情が、不思議そうに変化する。 「……って、北川、その格好……?」 「…………なにか?」  訊き返してから思い出した。自分としては珍しいことではないから失念していたけれど、今の私は他校の――美少女ゲームのような可愛らしいデザインで有名な――セーラー服を着ているし、髪はツインテールに結んでいる。早瀬が初めて見る格好だ。  無言のまま、意味深な表情で早瀬を見る。  早瀬の表情がかすかに強ばる。  〈何故こんな格好をしているのか〉を理解したらしい――ただし、今日に限っては誤解なのだけれど。  おそらく〈デート〉の後だと思ったのだろう。当然だ。男がらみでなければこんな格好をすることなどない。  早瀬は口に出してはなにも言わないけれど、私が他の男とセックスすることを快く思ってはいない。〈使用済み〉だと勘違いして引きつった表情を見せるのも当然だ。  私はあえてなにも言わない。誤解を解いて喜ばせてやる必要はない。それにひどい生理痛に見舞われなければ、早瀬が考えている通りの展開になっていたはずなのだから。 「…………なにか不満が?」  ぶっきらぼうにそれだけ言って、回れ右して歩き出した。向かう先は、徒歩十分ほどの距離にあるラヴホ街。  早瀬が慌てて後を追ってくる。 「…………少し、呆れてるわ」  前を向いたまま、早瀬の顔をちらりとも見ずにつぶやく。 「え?」 「……今日、柔道の試合だったのよね? そのまま家にも帰らずに? あなたの性欲ってどうなってるのかしら。明日まで待てなかった?」 「明日は、おふくろが帰ってくるんだよ。……都合、悪かったか?」 「…………だったら、ここにいないわ」 「あ、そっか、そうだよな」  今の私は普段の〈無機的〉というよりも、明らかに〈不機嫌〉な声になっていた。早瀬も微妙に違和感を覚えているようなので、一言つけ加える。 「…………生理痛で、ちょっと、不機嫌」  考えてみたら、いちいち説明する必要もないのだけれど、そう気がついたときにはもう言葉が口から出ていたのだから仕方がない。 「そんな体調で、大丈夫なのか?」 「大丈夫じゃない、けど。…………どうしても嫌だったら、ここにはいない」 「……そっか」 「…………気が、紛れるわ。早瀬に犯られる痛みの方が、ましだから。それに……」 「それに?」 「少しだけ、したい、気分だったわ」  セックスはしたい、だけど相手を見繕うのが億劫――そんな気分。 「そりゃよかった」 「……別に、相手はあなたじゃなくてもよかったのだけれど」  念のため、釘を刺しておく。少なくとも、早瀬に対して好意は抱いていない。その点ははっきりさせておかなければならない。 「…………それはわかってるよ、いちおう」  早瀬はそう言って苦笑する。  そんな会話をしながら歩いているうちにも、痛みは徐々に増しているようだった。長く歩いていたくないということで、最初に目に留まった『空室』の表示があるラヴホに向かった。 「えっと……北川?」  早瀬がなにか言いたげにこちらを見ている。その意図はすぐに理解できた。 「……私が、払うわ」 「いや、俺が誘ったんだから……」  そう言いかけた台詞を遮る。 「私の方が、お金持ちだと思うけれど?」  財布を取り出そうとしていた早瀬の動きが一瞬止まる。その表情、私が〈お金持ち〉である理由を考えているのだろう。 「……えっと……そのお金って、つまり、……そういうことだろ? 北川とその金でホテルに……って、その、俺としてはちょっと抵抗があるというか……」  まあ、早瀬の心理としてはそうだろう。他の男に身体を売ったお金でホテル代を払ってもらうなんて、ヒモでもなければ素直に受け入れられなくて当然だ。  しかし、 「私としては、あなたのお金で……という方が抵抗あるもの」  その言葉は本心だった。しかし、どうしてだろう。自分でもよくわからない。普段、食事もホテルも衣類も、すべて援交相手に払わせているというのに。  たぶん、普段の援交と同じにしたくないのだと思う。早瀬との関係は、私に利益がないからこそ〈いい〉のだろう。 「いや、でも……」 「…………じゃあ、ワリカン。それ以上は負からない」  それが、私が譲れるぎりぎりの線。早瀬もこれ以上の譲歩を引き出すのは無理だと悟ったようで、小さくうなずいた。 「……わかった」  その手に数枚の紙幣を握らせ、入口をくぐる。  部屋の表示を見ると、日曜日の夕方という中途半端な時刻のせいか、そこそこ空室があるようだった。この辺りは、週末の夜などラヴホの空室探しに苦労するような街なのだけれど。 「えっと……」  こうした場所が初めての早瀬は、少々戸惑い気味だ。その耳元でささやいてやる。 「…………ランプが点いているのが空室。適当な部屋のボタンを押して、フロントで鍵を受け取って」 「……了解」  言う通りにする早瀬。  鍵を受け取ってエレベーターに乗る。  この頃になると、生理痛はまた本格的な痛みになりかけていた。自然と、早瀬の腕に縋るような体勢になる。これまで、逢うのはすべて早瀬の家だったし、帰りに送ってもらう時は腕に抱かれていたから、こんな風にして歩くのは初めてだった。  早瀬もそれは意識しているようで、頬を赤らめつつ部屋の鍵を開ける。 「……へえ、こんな風になってるんだ」  部屋に入ると、早瀬は興味深そうに室内を見回した。彼にとっては初めて訪れる場所なのだ。冷蔵庫を開けてみたり、バスルームを覗いたりしている。  しかし私にとっては、自分の部屋の次に長い時間を過ごしている場所だった。おそらく、この部屋も過去に〈デート〉で利用したことがあるのではないだろうか。  室内を物色している早瀬を無視して、勝手に服を脱いでいく。全裸になったところで、バスルームを覗いていた早瀬の背中に声をかける。 「あなたもシャワーを浴びたら? ちょっと、汗くさいわよ」 「え?」  振り返って、裸の私を見て顔を赤らめる早瀬。自分の腕を鼻に寄せて匂いを嗅ぐ。 「……そ、そうか? まあ、試合の後だしな」 「さっさと脱いで」  それだけ言って、バスルームに入った。シャワーを手に取る。  背後から、早瀬の声がする。 「えっと……い、一緒に、いいのか?」  妙に遠慮がちな口調だ。何度もセックスしているのに、実はこれまで一度も一緒にシャワーを浴びたり入浴したりしたことはなかった。私を犯す時にはなんの遠慮もない乱暴な早瀬なのに、事が終わると意外と奥手なのだ。 「その方が、時間が節約できるでしょう?」  そう応えると、なるほど……とうなずいた。バスルームの前で服を脱ぎ始める。その間に私はシャワーを浴びた。  長い間、痛みを堪えていたせいか、全身がじっとりと汗ばんでいる。  早瀬が入ってくるまでの間にたっぷりとお湯を浴び、全身にボディソープを塗った。  家を出る前にもシャワーを浴びてきたから、汗さえ軽く洗い流せば充分だ。  遅れて入ってきた早瀬に向かって、洗い場に敷かれていた〈プレイ用〉のマットを指さした。 「……そこに、寝て」 「え?」 「…………洗って、あげるわ」 「えっ?」  早瀬の声が大きくなる。 「……して、欲しくない?」 「いや……して欲しい、すっごく」  口に出すまでもなく、彼の下半身が雄弁に答えていた。 「……じゃあ、まず、俯せに」 「ああ」  そわそわした動きでマットに寝そべる早瀬。その、お尻の上あたりにまたがって、広い背中にシャワーをかけた。  続いて、ボディソープをたっぷりと手に取る。しかしそれは早瀬の背中ではなく、自分の胸とお腹に塗った。  そして、上体を倒して早瀬と身体を重ねる。  背中に、胸を擦りつける。乳首が擦られて、正直なところ、私も少し気持ちよかった。  小さな円を描くような動作で、背中全体を洗う。それから徐々に下へ移動して、お尻や脚にも胸を擦りつけた。  足の先まで洗ったところで、また上半身へと移動する。今度は、ボディソープを自分の股間と内腿に塗りつけた。そうして早瀬の腕を取り、脚の間に挟んで局部に擦りつける。私のそこは無毛なので〈タワシ洗い〉とは呼べないけれど。  やっぱり、直に性器を擦られると気持ちいい。早瀬が相手であれば、はっきり言って挿入よりもいい。なにしろ彼のペニスは私には太すぎる。 「……仰向けに……なって」  少し、呼吸が荒くなってしまう。仰向けになった早瀬の股間も、はちきれんばかりに勃起していた。  お腹の上にまたがって、上体を倒す。  唇を重ねる。  そのまま、身体を擦りつける。  互いに舌を伸ばし、絡め合う。  お尻に、固いものが当たる。 「……こういうの、気持ちいい?」 「ああ」 「……また、して欲しいと思う?」 「もちろん」 「…………たまに、なら。早瀬相手に、いつでもサービスはしないわ」  〈デート〉の時は、いつでももっと濃厚なサービスをしているけれど、〈援交〉ではない早瀬が相手となると事情が違う。 「たまに、でもいい。……すげーイイ」 「…………そう」  〈パパ〉たちが相手なら、もっと可愛らしくサービスしているのだけれど、今は相手が早瀬だから、いつもと同じく愛想のない態度だった。それでも早瀬にとっては〈イイ〉のだろうか。  もしかして彼は、いわゆる〈ツンデレ〉が好きなのだろうか。しかし私には〈デレ〉はない。〈学校モード〉の私には、はっきりいって可愛げの欠片もない。それでも早瀬は興奮している。  身体を、下へと移動していく。  早瀬の股間の上に胸を乗せる。  両手で乳房を寄せて、その谷間に早瀬のペニスを挟んだ。そのまま身体を小刻みに動かす。小柄で華奢な身体だけれど、胸はいちおう〈パイズリ〉ができる程度にはある。  しかし、早瀬にするのは初めてだった。  胸の間に、太い枝を挟んだような感覚だった。乳房を両側から押しつけるようにして、左右交互に動かす。間に挟んでいるものから、熱さが伝わってくる。  今日は、最初から頭の中が〈ナンパ待ちモード〉だったためだろうか、早瀬が相手でも〈やるべきこと〉は一通りやっておこうという気分だった。  固くなっているものの上にまたがる。しかし挿入はせず、ただ割れ目を擦りつける。騎乗位での素股の体勢で、腰を前後に滑らせる。  熱い肉の塊が、割れ目を擦る。クリトリスが擦られると、思わず声を上げそうになる。早瀬も、今にも達してしまいそうなのを必死に堪えているような表情だ。 「き、北川っ!」  動きを封じるように、私の腰を掴む。 「……もう、イキそう? ……挿れる?」 「ああ……もう我慢できない」 「じゃあ……その前に」  身体の位置を変えて、中腰で早瀬の顔の上にまたがるような姿勢になる。 「……タンポン、抜いて」 「え? あ、ああ……」  戸惑いがちに、早瀬はタンポンの紐をつまむ。  初めてのことなので、軽く、恐る恐るといった風に。  しかし抜けてこない。  私が、力いっぱいに締めつけているから。  簡単に抜けるものと思っていたのだろう。早瀬は困惑の表情を浮かべた。  普段から括約筋は鍛えている。早瀬のペニスを受け入れることのできる膣も、いっぱいに締めつければ自分の指一本ですらきつくなる。 「……どうしたの? 抜かなきゃ挿れられないわよ?」  挑発するように言う。  早瀬の手に、徐々に力が込められる。  だんだん、痛くなってくる。締めつける力を緩めないから、膣の粘膜ごと引きずり出されそうな感覚だ。  ぎりぎりまで我慢して、少しだけ力を緩める。経血をたっぷり吸って膨らんだタンポンが、ずるり……と抜けた。  早瀬の指が触れてくる。 「こうして見ると、北川の……ここって小さいな。ここに……その……俺のが入ってるなんて、今さらだけど、なんか不思議だ」 「……本当に今さら、ね。…………すごく痛いわよ? 挿れられる時、引き裂かれそうなくらい」  やや申し訳なさそうな表情になる早瀬。 「でも……イヤとか、やめてとか、言わないよな?」 「……ええ」 「てことは、しても、いいんだよな?」 「…………」  その問いには無言のまま、目だけで肯定する。 「……優しく、した方がいい?」 「嫌よ」  今度は、質問した側が驚くくらいにきっぱりと否定した。  やや困惑した表情の早瀬はどう受けとめているのだろう。単に、痛いのが好きなマゾだと思っているのだろうか。 「そういえば北川、これって、剃ってるの?」  無毛の恥丘を撫でながら話題を変えてくる。  この質問も〈今さら〉だろう。早瀬が初めてそこを見てから、二ヶ月近くが過ぎているのに。 「……いいえ、もともとの体質」 「いわゆる、パイパンってやつ?」 「ええ……早瀬は、どちらが好き?」 「え?」 「生えてるのと、生えていないの」 「んー」  小さく首を傾げる。 「……直に見たことあるの、北川のだけだからな。どっちって言われてもわかんね」 「…………それもそうね」  私も小さくうなずいた。普段相手にしているような、ロリータ趣味の〈オトナ〉たちには受けがいいのだけれど、同世代の早瀬となると事情が違う。 「高校生ぐらいで、そうしたことに妙なこだわりがあるのもどうかと思うわ。むしろ、穴があればなんでもいいっていう方が、年相応だわ」 「いや、それもどうかと。……なんでもっていうか、やっぱ北川のがいいな」  私を顔の上から移動させて、早瀬が上体を起こした。私の身体を抱きしめる。もう呼吸が荒い。 「……いいか?」 「ここで? ベッドに行く?」 「やっぱりベッド、だよな」  いつものように軽々と私を抱き上げる。  シャワーを浴びて濡れた身体のまま、ベッドの上に放り出される。  同じく濡れた身体の早瀬が重なってくる。  脚を持ち上げられて、身体を二つ折りにされた。足首をベッドに押しつけられた、かなりきつい〈まんぐり返し〉の体勢。  もっとも、身体は柔らかい方だ。体力はないけれど、柔軟性には自信がある。どんな体位の要求にも応えなければならないから。  早瀬の腰が押しつけられる。ほとんど真上から突き下ろされるような体勢だ。 「く…………ンっ」  全体重をかけた挿入。もうすっかりお馴染みとなった、膣口が引き裂かれ、お腹が突き破られるような感覚。  もともと生理痛に苦しんでいた子宮が悲鳴を上げる。ただでさえ具合が悪かった上に窮屈な体勢のため、吐き気すら込み上げてくる。  しかし早瀬の責めにはまったく容赦がない。私の具合が悪いことはわかっていても、いつも通り、始まってしまえばこれっぽちも気遣いはない。  それでこそ早瀬だ。彼とのセックスは、そこがいい。  長いストロークで腰を上下させる。  膣壁が激しく摩擦される。  内臓が圧迫される。圧迫というよりも、身体の内側から子宮を殴られているような感覚だった。  逆立ちするようなこの体勢、胃に固形物が入っていたら吐いていただろう。今日は朝から飲物しか摂っていないのが幸いだった。  しかしそれは、身体に蓄えられたエネルギーも少ないということでもある。  視界が暗くなる。このまま気を失ってしまいそうだ。激しい陵辱の痛みが、辛うじて意識をつなぎ止めている。 「か……はっ、……う、ン!」  ベッドが軋み、マットが揺れる。  早瀬の巨体が上下する。その全体重を乗せて、長大な男性器が打ち込まれる。  スイッチが入ってしまった早瀬には、手加減など期待できない。無言で、ただ欲望のままに、力まかせに私を蹂躙する。理性を取り戻して気まずそうな表情を見せるのは、数度の射精を終えて冷静になった後だ。  もちろん、今日もその例に漏れない。  あの会話の後なのに、むしろ普段よりも激しいのではないかというくらいの責め。  一週間の禁欲生活のせいか。  試合と優勝の興奮で昂っているせいか。  あるいは、今日の私が〈使用後〉と思っているせいかもしれない。嫉妬心によるものだろう、〈デート〉の後に逢う早瀬は、普段よりもさらに乱暴になる。  加速していく早瀬の動き。  今度こそ壊されてしまうのではないか、と思ってしまう。しかしそう感じるのもいつものことで、女の子の身体というのは意外と丈夫なもののようだ。  試合の疲労など感じさせずに激しい動きを続ける早瀬。  対する私はいつも以上に無反応。  痛み、寝不足、食事を摂っていないことによる低血糖、重い生理痛に耐えていたことによる心身のな疲労、そして〈クスリ〉の影響の残滓。  意識が朦朧として身体が動かない。身体が、太い丸太で貫かれているような感覚だ。  喘ぎ声すらほとんど上げることができず、ただ唇の端から胃液混じりの唾液をこぼれさせていた。  普段から、早瀬とのセックスは快感よりも、痛み、苦痛の方がずっと強い。今日は特にそうだ。まるで気持ちいいと感じない。ただただ、痛くて苦しいだけ。  ……だけど。  だからこそ、いい。  それが、いい。  今、私が求めているもの。  気持ちよくなんかない、苦しいだけの、辛いだけの陵辱。  それを与えてくれるから、早瀬との関係を続けている。 「…………ぅ…………ぅぅっ、……ん」  ひときわ大きく打ち込まれる男性器。  早瀬の身体がぶるっと震え、微かな呻き声を漏らす。  私を深々と貫いている肉棒が膨らむ。  いちばん深い部分に、熱い液体が噴き出してくる。そのことをはっきりと感じられるくらい、大量に。  この一週間、自慰もなしに本当に柔道に専念していたのかもしれない、と思わせる量。  身体中の精を一気に解き放つかのような、激しい射精だった。注ぎ込まれた精液が、私の胎内で経血と混じり合っていく。 「……ンっ」  早瀬が動きを止めていたのは、射精していたほんの数秒間だけだった。普通、これだけ大量の精を放った直後は脱力感に襲われそうに思うけれど、早瀬の体力と精力はそんな生やさしいものではない。私を貫いているものの大きさも固さも失われていない。  また、中で暴れはじめる。  早瀬は脚を掴んでいた手を離し、私の身体を抱きしめた。  息ができないほど、全身が軋むほど、肋骨が折れそうなほどに、強く。  まったく身動きできないくらいに押さえつけて、なのに、腰から下は削岩機のように激しく動き続けていた。 * * * 「…………今日こそは、本当に……死んだかと、思ったわ」  早瀬が理性を取り戻したのは、まったく休みなしに三度達した後だった。  我に返ると、早瀬は申し訳なさそうな、後ろめたそうな表情を見せるのが常だった。小柄で無力な女の子相手に、欲望のままに乱暴なことをしてしまったことを思い出すのだろう。  しかし、その口から謝罪の言葉が発せられることはない。初めての時の「謝られるのは嫌い」という言葉を覚えているのだ。  ただ自嘲めいた苦笑を浮かべて、私の身体を少しだけ優しく抱きしめる。  私は失神寸前で、ぐったりとベッドに横たわっていた。  膣内が液体に満たされているような感覚。奥の方に力を入れて締めつけると、ねっとりとした液体が溢れ出してくる。  生臭い精液の匂いと、錆びた鉄を思わせる血の匂い。お世辞にも心地良いものではない、ふたつの匂いが室内に充満する。 「……うわ、すげーことになってる!」  我に返ってベッドの状況を確認した早瀬が大きな声を上げた。私も寝返りをうって下半身に目をやる。  目に飛び込んでくる、紅い色彩。  このベッドの上でどんな惨劇が繰り広げられたのか……と思うような深紅の汚れ。シーツはもちろん、太腿も、早瀬の下半身も、ひどいことになっている。 「…………した後でシーツが血で汚れてるって……、なんか、〈初めて〉みたいだな」  苦笑する早瀬。彼としてはそれが嬉しいのかもしれないけれど、私は呆れた口調で返した。 「……破瓜の血で、こんなスプラッタな光景にならないわ。これではむしろ〈痴情のもつれからベッドで相手を刺した〉という状態じゃないかしら?」 「そうなのか?」 「……そうね」  早瀬は私が初めての相手で、まだ私以外の女を知らない。初めてで出血するという知識はあっても、実際にどの程度のものかは知るまい。 「…………私はかなり出血した方だと思うけれど、それでもここまでひどくなかったわ」  出血するかしないかも含めて個人差の大きいことではあるけれど、私の場合の出血量の多さは個人差というよりも、当時の私の年齢と体格、そして行為の乱暴さが原因だろう。  今となっては、もう遠い過去のことのように思える。 「……そういえば」  早瀬がふと思い出したように訊く。 「北川の初体験って……いつ? どんな?」  考えてみれば、これも〈今さら〉な質問だった。もっと早くに訊かれていてもおかしくはないことだ。  彼にとってはなんの他意もない、なにげない好奇心による質問なのだろう。  私は上体を起こすと、無言で、早瀬の顔をまっすぐに見た。  質問の主が困惑の表情を浮かべるまで沈黙を続け、ゆっくりと口を開く。 「………………聞きたい?」  早瀬の表情が強張った。この無言の間の意味に気づいたようだ。  気まずそうに視線を逸らす。 「あ……いや……気にならないといったら嘘になるけど、言いたくないなら……」 「……別に、話すのは構わない。ただ、あなたにそれを聞く覚悟があるのかしら、って」 「…………」  困ったように目を伏せる早瀬。 「あなたが考えている通り、普通に恋人と……なんかじゃないわ。当然、私が望んだことでもない。それをするのが相応しい年齢でもない。……それでも聞きたい?」  答えは返ってこない。  当然、知りたい想いはあるのだろう。気になる女の子の初体験、興味がないわけがない。  しかし、聞いてしまっていいものかどうか、判断がつきかねるようだ。なにしろ私のこと、どんなとんでもない話を聞かされるかわかったものではあるまい。  事実、聞いていて愉快な話とは思えないし、正直なところ、あまり話したくもない。  だから、私の方から話題を変えた。お互い、まだ時期尚早だ。 「……シャワーを浴びたら、ちょうど時間ね」  ちらりと時計を見る。間もなく休憩時間も終わりだ。日曜日ではサービスタイムもない。  それでも回数を考えたら、かかった時間は短めだろう。その分、早瀬の勢いは凄いものだった。  普段、早瀬の家でする時に比べると時間も回数も少ないけれど、延長という雰囲気でもない。この場を切り上げる、ちょうどいいきっかけだろう。 「……出ましょうか」 「あ……ああ、そうだな」  ベッドから下りて立ちあがる早瀬。しかし私は立ちあがることができず、そのままベッドに突っ伏した。 「……バスルームに連れていって」  腕だけを持ち上げる。その腕を掴んだ早瀬が、心配そうな表情を浮かべる。 「大丈夫か?」 「……じゃないわ。ただでさえ調子のよくない日だったのに、誰かさんがとどめを刺したから」  こうした憎まれ口は、早瀬が相手の場合はもう日常の一部だった。早瀬も、微かな苦笑を浮かべる以外のリアクションはしない。  私の身体の下に腕を入れ、軽々と抱き上げる。  そのままバスルームへ運び、マットの上に横たえる。  シャワーのお湯が浴びせられ、大きな手が肌の上を滑って経血と精液の汚れを拭いとっていく。  そうしている時の早瀬の股間は、まだ、勢いを失ってはいなかった。 * * *  ホテルから出る時も、早瀬に抱きかかえられたままだった。  まだ、自分の脚で歩くのは辛い。部屋から出た瞬間に立ちくらみを起こして倒れそうになり、結局そのまま早瀬に抱かれて夜の街を歩くことになった。 「タクシーでも拾うか?」  家まで、歩くにはやや遠い距離だ。普段はバスかタクシーを使う。  しかし、あえて意地の悪いことを言った。 「……このまま、歩いて」  いくら早瀬とはいえ、疲れていないわけがない。だからこそ、少し困らせてやろう――と。  普段の、早瀬の家からの帰り道と比べたら、優に倍以上の距離だった。それでも早瀬なら、歩こうと思えば歩けないことはあるまい。  文句のひとつも言わず、軽い足どりで歩き出す。むしろ、口元には笑みすら浮かんでいるように見えた。  こいつマゾか……と思いかけたけれど、そんなわけがない。そこで自分の失敗に気がついた。  まさか「こうして早瀬に抱かれている時間を延ばしたいから」歩いていこうと言ったなんて思われているのだろうか。とんでもない勘違いだ。  とはいえ、もう手遅れだった。今さら「タクシーで」というのも不自然で、かえって意識しているような気がしてしまう。だから、あえて訂正せずに黙っていた。  早瀬の歩調に合わせて、街の灯りがゆっくりと後ろに流れていく。  夜の街を、小柄な女の子を抱えて歩く大男。警官に見られたら職務質問くらいはされそうなシチュエーションだけれど、ふたりとも高校の制服姿ということで、単に人目を気にしないバカップルと思われているかもしれない。  スタート地点が駅前からは少し離れたラヴホ街だから、駅前に比べたら人通りも少ない。多分、面倒なことにはなるまい。  黙っていると、すぐに意識が遠くなる。重い瞼が意志とは無関係に下がってくる。 「…………北川」  いつの間にか眠っていたのだろう。耳元で名前を呼ばれて目を覚ますと、そこは私の家のドアの前だった。 「……ン」  早瀬に抱かれたまま、スカートのポケットから鍵を取りだして渡す。早瀬は私を片腕で抱え、鍵を受け取ってドアを開けた。 「……そこ」  灯りのスイッチを入れ、玄関を入ってすぐの、左手のドアを指さす。 「……いいのか?」  家に上がっても、という語が省略された質問。家まで送ってもらうのはいつものことだけれど、早瀬が入ったことがあるのはこの玄関までだった。 「……あら、こんな状態の私を歩かせるつもり?」  意地悪く言うと、早瀬は私を抱き上げたまま靴を脱がせ、自分の靴は足だけで器用に脱いだ。  部屋のドアを開ける。中は真っ暗で、早瀬は手探りで照明のスイッチを入れた。  微かな驚きの声。  目の前の光景は、おそらく早瀬が想像していたような部屋ではない。  それは一見、〈普通の〉部屋だった。  机、ベッド、ワードローブ、テレビとDVDプレーヤー、小さな本棚。机の上にはノートパソコン。可愛らしいパステルカラーのカーテンに、同じ色調のベッドカバー、仔猫柄の大きなクッションと、いくつかの大きなぬいぐるみ。  それは、学校での私を見ている者にとっては、意外なくらいに可愛らしい〈普通の女の子の部屋〉だろう。むしろ、もっと年少の子供の部屋を思わせる内装だ。少なくとも、学校での私から想像できるインテリアではない。 「……念のため言っておくけれど、私の趣味ではないわよ?」 「え? あ……そうなんだ?」  この部屋の品々の多くは、パパ――出会い系サイトで見つける〈パパ〉ではなく、離婚した実の父親――がいまだに買い与えてくれるものだった。彼が私の親権者だったのは小学生までだから、今でもその頃の感覚が抜けていないのかもしれない。  早瀬は物珍しそうに室内を見回している。  この部屋で目につく〈私らしさ〉といえば、ベッドカバーや絨毯のあちこちに残る血の染みくらいだろう。  そういえば――  ふと、気がついた。  この部屋に他人を入れるなんて、小学生の頃の同性の友達以来、初めてのことではないだろうか。  これまで〈恋人〉と付き合ったことなんてないし、当然、援交相手を自宅に連れてくることなどありえない。そもそもクラスメイトや、私の本名を知っている相手と肉体関係を持つこと自体が異例なのだ。  しかし、今はそのことを口に出さない方がいいだろう。早瀬を特別扱いしていると誤解されたくはない。  早瀬は私をそっとベッドに下ろした。〈スイッチ〉が入っている時のように放り出したりはしない。  それでも、私は早瀬の首に回した腕を解かない。脚も早瀬の身体に回して、身体全体でしがみつくような体勢になる。 「北川……?」 「…………したく、ないの?」  微かに唇を動かす。ほとんど声にはならなかったけれど、それでも早瀬には伝わったようだ。  しがみついて、下腹部を擦りつけるように動かす。それで、早瀬の〈スイッチ〉は入るはず。  ラヴホで三回。普通の人なら十分な回数かもしれない。それでも、このまま終わったら早瀬にとっては最少記録だ。彼の精力を考えれば、まだまだ満足してはいまい。  満足していない、という点では私もだった。体調は最悪といっていいが、だからこそ、もっとぼろぼろにされたかった。 「さっきよりも激しくしてくれるなら……、……しても、いいわよ?」 「でも……、北川、体調が……」 「ここまで来たら、してもしなくても同じ。どっちにしろ、明日は休んで寝てるわ」 「それに、ほら……出血が……」 「このベッドが血で汚れるなんて、いつものことよ」 「え? ……ああ」  血で汚れているベッドカバーが目に入ったのだろう、早瀬もすぐに納得顔になった。私のリストカットの多くは、このベッドの上で行われている。 「…………したい」  早瀬が絞り出すような声で言う。必死に堪えていたものが、意志に反して溢れ出てしまったような声。  体重を預けてくる。ベッドの上でふたつの身体が重なる。 「でも…………本当にいいのか?」  もう一度、確認。それは「はじめたら手加減できないぞ」という最後通牒。  もちろん、言われるまでもない。数日おきに早瀬の相手をしているのだ。 「……あなたのセックスがどれほど激しくて乱暴か、私ほど理解している人間もいないのではないかしら?」  そう応えて唇を重ねる。舌を挿れる。押しつけた下腹部を擦りつける。  早瀬の呼吸が荒くなっている。  もう、止まらない。  ホテルからここまで、ずっと私に触れていたのだ。体調の悪い私を気遣って我慢してはいたものの、昂っていないわけがない。早瀬の股間に、大きな固まりの存在を感じる。私を貫きたい、という欲望で限界まで膨らんでいる。  私も、彼に貫かれることを望んでいた。  もっとめちゃめちゃに、もっとぼろぼろにされたい。  快楽のためではなく、苦痛のために気を失ってしまうくらいに。  明日になってもベッドから起きあがれないくらいに。  弱っている時ほど強まる、被虐的な嗜好。 「……あなたに、されたいわ。……犯して……、めちゃめちゃに……陵辱……して」 「……ああ」  声を押し殺してうなずきながら、早瀬がスカートの中に手を入れてくる。  服はそのままで下着を脱がそうとする。 「……服」 「え?」 「……あなたは脱いだら? 血で汚れるわ」 「あ……ああ」  これまで、お互いに着衣のまましたことも何度かあるけれど、生理中となれば話は別だ。まだ出血は続いている。  手早く衣類を脱ぎ捨て、全裸になる早瀬。 「北川は?」 「私は……このままでいいわ。汚れても構わないし。……早瀬が、いやじゃなければ」 「いや……セーラー服って初めてだから……なんか、昂奮する」  照れたような笑みを浮かべ、着衣のままの私に覆い被さってくる。  スカートをまくり上げ、ショーツを膝まで下ろす。先刻よりは慣れた手つきでタンポンを引きずり出す。  私の両脚を揃えたまま抱えあげ、股間を押しつけてくる。  一度、位置を確かめるように小さく腰を動かし、 「…………く……っ!」  特大の男性器が、前戯もなしに一気に突き入れられた。  一瞬の激痛。  膣が無理やり拡げられ、厚い肉の塊がねじ込まれる。  実際のところ、前戯の有無はほとんど関係がない。指や舌でどれほどほぐされて濡れていたとしても、早瀬のものはそれ以上に大きいのだし、そもそも今日は既に充分濡れている。  さらにいえば、強引に挿入される感覚が、いい。  いちばん深い部分を、ずん、と突かれる。  反射的に、ベッドカバーを握りしめる。  大きく開かれた口からは、悲鳴すら出てこない。  意識がぼやける。  今日は本当に、最後まで身体が保たないかもしれない。 「…………途中で気を失ったら、カギ……郵便受けに入れて帰って」 「ああ」  うなずきながら腰を突き出す早瀬。  ひと突きごとに動きが大きく、速くなる。  体重を乗せて、私の内蔵を繰り返し貫く。  胎内を剔られるような感覚。  視界が暗くなる。  痛み、以外の感覚がなくなる。  それは私にとって、ある意味、至福の時だった。 * * *  翌日――  早瀬に予告した通り、私は学校を休んで寝ていた。  生理痛は昨日よりもいくらか軽くなっていたけれど、まだ体調はよくない。昨夜の陵辱の後遺症もある。  子宮だけではなく身体の節々が痛い。全身がだるい。少し熱っぽい。身体に力が入らない。  目を覚ましたのは昼過ぎだった。それも自力で目覚めたのではなく、早瀬からのメールに起こされたものだ。学校はちょうど昼休みになったところだろう。  昨夜、早瀬がいつ帰ったのかも記憶にない。私は二回目の途中で意識を失ってしまった。  気がつくと、全裸で、ちゃんとベッドに入っていた。着ていた服は丁寧にたたまれていたから、おそらく早瀬が脱がしたのだろう。  ベッドに突っ伏したまま携帯を手に取る。 『生きてる?』  いつも通り簡潔な、早瀬からのメール。今では逢瀬の翌日の定型文になっている。 『……死んだ方がましって気分』  これも定型となっている返事を打つ。いつもならこれだけで返信するところだけれど、今日はその後に言葉を続けた。 『結局、何回したの?』  それを知らなければ〈切る〉ことができない。  少し考えて、さらにもう一文を追加する。 『…………嘘ついたら、これっきり』  念のため、釘を刺して送信。  早瀬は私がした回数だけ〈切る〉ことを知っているし、もちろん、リストカットのことは快く思っていない。途中で気を失ってしまった以上、過少申告してくる可能性は大いにある。  返信はすぐに届いた。 『北川の家では三回』  記憶があるのが二回目の途中までだから、いかにもそれらしい数字ではある。しかし、それを鵜呑みのするほどお人好しではない。 『じゃあ、ホテルの分と合わせて七回、切っておくわ』  これまでの経験から、おそらく四回くらいが妥当な数ではないだろうか。早瀬の性格を考えれば、ばれない範囲内での鯖読みは十分にあり得る。  机の引き出しから剃刀を取りだす。  刃を手首に押し当てる。  真横に引く。  一回。  二回。  三回。  これが、ホテルでの分。  続けてもう四回。  この部屋での分。  その途中で早瀬からの返信が届いたけれど、内容は予想できたので無視して作業を続けた。  顔の前に掲げた手首から流れ出す鮮血。  ぼんやりと見つめる。  細い腕が紅く彩られていく。  傷口に唇を寄せる。  錆びた鉄の味が口の中に広がる。  流れ出た血を舐めとっても、すぐにまた新たな血が滲み出してくる。  自分の血を舐めながら、携帯を手に取る。早瀬からのメールを表示する。 『ホントに三回だって! 嘘じゃない。我慢したんだから』  小さく肩をすくめる。  多分、これは本当のことなのだろう。  しかし、嬉しくはない気遣いだ。  我慢するくらいなら、もっとすればよかったのに。  どうして我慢などするのだろう。  もっと、もっと、ぼろぼろにされたかったのに。 『……もう手遅れ。一回は次回分の前払いにしておくわ』  そのメールを送信して、携帯を放り出す。  バスルームへ行ってシャワーを浴びる。  汗と、血と、それ以外の体液で身体中べたべただ。  隅々まで洗った後で、タンポンを挿れ、手首には無造作に包帯を巻く。  ベッドのシーツを新品に交換し、血と精液で汚れたシーツは丸めてゴミ袋に詰め込む。  ついでにタオルケットも新しいものに交換し、また、ベッドにもぐり込んだ。 * * *  次に目を覚ました時、外はもう暗かった。  また、早瀬からのメールの着信音に起こされた。 『今、北川ンちの前に来てるんだけど』  そんな文面を三十秒ほど無言で見つめていた。眠っていた頭がようやく動きだし、意味を理解する。  のろのろと起きあがり、脚を引きずるようにして玄関へ向かう。  全裸のまま、ドアを開ける。 「…………なに?」  大きな身体が視界を塞いでいる。裸の私を見て、少し慌てているようだった。 「あ……いや、ちょっと、様子を見に。あと……、ちゃんと食ってないんじゃないかと思って」  バッグとは別に持っていた袋を掲げてみせる。近所のドーナツショップのものだ。  早瀬の顔をつまらなそうに見あげる。 「…………それだけ受けとってドアを閉めたら、怒る?」 「……」  怒りはしなかったけれど、ほんの少しがっかりしたような表情を浮かべた。 「……冗談よ」  上がってもいい、という意思表示で、ドアを開けたまま後ろに下がって通路を空けた。早瀬は全裸のままの私を気にしているのだろう、素早い動作で玄関に入ってドアを閉めた。  来客用のスリッパを出しただけで、まっすぐ自室に向かう。荷物を手にした早瀬が後をついてくる。  部屋に戻って、ベッドに腰掛けた。目で促すと早瀬も隣に座ったけれど、相変わらず触れる距離ではなく、二人の間にドーナツの袋を置いた。  全裸の私と密着する距離に接近すると、簡単に〈スイッチ〉が入ってしまうからだろう、すぐにするつもりがない時、早瀬はあまり触れてこない。  早瀬が袋を開ける。ドーナツとパイがいくつか、それにアイス・カフェ・オレがふたつ。飲み物まで買ってきたとは気が利いている。早瀬のために私が飲み物の用意をするなんてごめんだし、そうした性格を早瀬もわかっているのだろう。 「…………そういえば、今日はまだなにも食べてなかったわ」  カフェ・オ・レをひとくち飲み、アップルパイを手に取る。 「なにも?」 「……早瀬に起こされてシャワー浴びた以外、ずっと寝ていたもの」  起きあがる元気もなかったというのが真相だけれど、もしかするとそれは、食事をしていないことも一因だったのかもしれない。だとしたら本末転倒だ。 「メシくらいちゃんと食ってくれよ。心配になるじゃねーか」 「…………そうね。いま私が死んだら、犯人はあなたよね」 「俺、殺人犯にはなりたくねーからさ」  そう言って苦笑する。 「別に、食べたくないわけじゃないわ。ただ、面倒だったり、食べるのを忘れていたり」 「……じゃあ、迷惑じゃなかったか?」 「……ええ。ご褒美に、手当てをしてもいいわ」  お礼、とは言わずに左腕を差し出した。その手首には紅く汚れた包帯が雑に巻かれている。 「え?」 「そのつもり、だったのでしょう?」  早瀬はドーナツの袋とは別に、ドラッグストアの袋も持っていた。恐らくはドーナツよりもこちらが本題だったのではないだろうか。一回よけいに切った私を心配して、傷薬を用意してきたのだろう。  袋を開けると、消毒薬、包帯、そして栄養ドリンクやお馴染みの鉄サプリメントなどが出てきた。  私が適当に巻いた包帯を解き、傷の手当てを始める早瀬。  ふたつ目のドーナツを口に運びながら、その光景をぼんやりと見ている私。  アップルパイとドーナツをひとつずつ、そしてアイス・カフェ・オレをお腹に収めると、ようやく人心地がついた。食べるまで、空腹であることすら気づいていなかった。  早瀬は傷の手当てを終えると、私との距離を少し空けてドーナツをひとつつまんだ。ドーナツもパイも、まだ多すぎるくらいに残っている。自分の食欲を基準にして買ってきたのだろうけれど、身体が大きく体育会系の早瀬と違い、私はもともと小柄な上、まともな食事を摂るのが面倒で飲み物で誤魔化すことが多いので、胃が小さくて極端に小食だ。これ以上は一度に食べられない。  そこでドラッグストアの袋の方から、栄養ドリンクの小さな瓶を取り出した。 「……これも、私に?」 「ああ」  こちらの方が効率がいい。こんなものに頼っているからなおさら普通の食事ができなくなるのかもしれないけれど、食事を楽しむことにも、自分の健康にも、まったく興味はない。生きていくのに必要最小限の栄養が摂取できればいいのだ。  封を切り、瓶の中身を一気に流し込む。  口中に広がる、濃厚な甘みと微かな苦み。興奮系の〈クスリ〉にも少し似た味。実際、一部の成分は共通だ。  空になった小瓶を顔の前で振る。 「……この瓶、オナニーするのにちょうどいいサイズと形よね」  唐突な台詞に、早瀬が口の中のドーナツを噴き出しそうになる。 「…………こんなふうに」  ベッドの端に腰掛けていた体勢から、ベッドの中心に移動する。早瀬に身体を向けて、脚を大きく開いた。  その中心に、逆さに持った瓶の底を擦りつける。 「……ん、……ぅ、ふぅ……ん」  昨夜の後遺症で、そこに触れるとまだ痛みがある。だからこそ、濡れてしまう。  潤滑液が滲み出してきて、瓶がぬるぬると滑る。  早瀬は呆気にとられた表情で、なにも言えずに私を見つめていた。 「ん……ン、く……ぅん……ぁ」  瓶の側面全体を使って、クリトリスを中心に割れ目を擦る。  同時に、左の乳房を持ち上げる。乳首を貫いているピアスを前歯で噛んで、軽く引っ張る。  それなりに大きな胸とはいえ、軽々と口に届くほどの巨乳でもない。  乳首が引っ張られる痛みに、さらに昂ってしまう。 「んん……んっ、……んぅ!」  タンポンの紐を指に絡めて引き抜く。代わりに、瓶を滑り込ませる。タンポンよりはずっと大きいとはいえ、早瀬はもちろん、平均的な男性器と比べても小さな瓶は、十分すぎるほどに濡れた膣内にするりと収まった。  瓶の口の螺旋山の部分に指先を引っかけて小刻みに動かす。  膣口が擦られて気持ちいい。  弾力のある男性器やバイブレーターとは違う、硬いガラスの感触。しかしさほど大きくないことに加えて蜜が溢れだしているので、硬さによる痛みはない。膣口の痛みの源は、昨夜の行為による擦り傷だ。  小刻みに前後する瓶。かき混ぜられた愛液が泡だって溢れだし、お尻の方まで流れ出してくる。  早瀬は緊張した面持ちで見つめている。その股間が膨らんでいるのが、ズボンの上からでもわかる。  なにも言えず、そして動けずにいる。  私はお尻を浮かすようにして、局部をさらに見せつける。手の動きは止めずに、口からピアスを離して言った。 「…………いつまで焦らすの? それとも、新手の放置プレイ?」 「え?」  なにを言われているのかわからない、といった表情で目を見開く早瀬。 「……あ……、北川……これって、誘ってた?」 「他になにがあると?」 「……なるほど」  ようやく、納得顔で苦笑する。  これまで手を出す気配を見せなかったのは、生理プラス昨夜のダメージが残っている私を気遣っていたためだろう。私の方から誘わなければ、今日は食べ物の差し入れと傷の手当てだけで帰っていたかもしれない。  しかし、そうした気遣いは私がいちばん欲しくないものだ。  早瀬の表情が微妙に変化する。  まだいくらか遠慮しつつも、もう後戻りできないところまで昂ってきている顔だった。  私との距離を詰めてくる。腕を掴む。 「……制服は脱いだら? 汚れるわよ? まだ、少し出血してるわ」 「あ……ああ」  慌てて制服を脱ぎはじめる早瀬。  その前で、見せつけるように、急かすように、腰を突き出して瓶を激しく動かす。  早瀬が全裸になったところで、瓶を奥まで押し込んだ。 「…………奥に、入っちゃったわ。……取ってくれる?」  身体の向きを変え、四つん這いになってお尻を突き上げる。  この挑発はかなり効いているようで、早瀬の股間はもう内側から破裂しそうなほどに膨らみきっていた。  片手で私のお尻を掴む。  もう一方の手が、局部に触れてくる。  指が挿し入れられる。 「ぁ……ん、く……ふぅんっ、んぅ……っ!」  太く、長い指が膣の中をかき混ぜる。  熱くとろけて充血した粘膜が絡みつく。 「……あ……ぁっ! んん……っ、んっ!」  私の中で蠢く二本の指。  瓶をつまんで取り出そうとしているけれど、経血と愛液にまみれたガラス瓶は滑って、なかなかうまく掴めずに悪戦苦闘している。もちろん、私は奥の部分をいっぱいに締めつけて妨害している。  結果、膣の中を激しく、めちゃめちゃにかき混ぜられることになる。  考えてみれば、早瀬相手に指でこれだけ執拗にされることは珍しい。大抵は前戯などそこそこに挿入されるように仕向けているから、少し新鮮な感覚だった。 「んんっ、……ふ……んぅっ! うぅ……んぁっ」  その前に自分でしていたせいもあって、かなり感じてしまう。  声が漏れる。  早瀬のペニスは私には大きすぎ、快感よりも痛みをより多く与えてくる。その点、太い早瀬の指は〈ちょうどいい〉サイズといえた。  このまま、指だけで達してしまいそうだ。  ベッドに爪を立てる。ベッドカバーを噛みしめる。 「――――っっっ!」  ようやく引き抜かれる小瓶。  と同時に、もう一秒たりとも我慢できないといった勢いで、早瀬が私を貫いた。  膣口が限界まで拡げられ、これだけ濡れていても激しい痛みをともなう挿入。  しかしその瞬間、私は絶頂を迎えていた。  意識が遠くなる。  全身から力が抜ける。  対照的に、早瀬が激しく暴れている。ぐったりと力の抜けた身体を、雄叫びすらあげそうな勢いで陵辱する。  今夜、記憶が残っているのはここまでで、早瀬が最初の射精を迎える前に完全に意識を失ってしまった。 * * *  翌、火曜日――  私は遅刻ぎりぎりに校門をくぐった。  相変わらず調子はよくないけれど、昨夜、眠った――というか気絶した――のが早かったため、かなり長い睡眠を取ることができ、登校できる程度には回復していた。  別に、無理して学校へ行かなければならない理由もないのだけれど、たまたま朝に目が覚めてしまったから、というのが主たる理由だった。  靴箱のところに、早瀬の姿があった。さりげなく立っているが、私を待っていたのは一目瞭然だ。  私の姿を認めて、微かにほっとしたような表情を見せた。  上履きに履き替え、早瀬の前を通り過ぎる。立ち止まらずに小声でつぶやく。 「……昨夜は、何回、したの?」  私は一度目で気を失ってしまったけれど、その後数回はされたような形跡があった。回数がわからないので、まだ昨夜の分は切っていない。 「……悪ぃ、四回」 「…………二日続けてなのに、元気ね。というか、意識のない相手として、楽しいの?」  周囲に人影がなかったので、脚を止め、呆れたような口調で訊く。 「ちょっと、罪悪感はあったけどな。……すげー興奮して、ホントは一、二回のつもりだったんだけど、止まらなかった」  そういえば、泊まりを除けば早瀬と二日続けてというのは初めてだった。泊まりの時の回数を考えれば、呆れるほどの精力を保っているのは納得できるけれど、同じ相手とこれだけ続けて飽きないのだろうか。 「……飽きないの?」  その質問と同時にまた歩きはじめる。少し遅れて早瀬がついてくる。傍目には、二人の間につながりがあるようには見えまい。  私の耳にだけ届く程度の声が返ってくる。 「あんなに興奮すること、どうして飽きるって? 北川には悪いけど、今日が平日じゃなければもっとやりたかった」  ちらりと振り返ると、照れくさそうに苦笑して、頬を掻いている姿が目に入った。 「そういえば、昨日の試合、俺が勝って優勝したんだぜ?」 「……興味ないわ」  間違っても「知ってるわ」なんて答えてはいけない。気をつけて返事をする。 「北川とすると、すごくやる気が出るような気がする」 「…………そう」  どうでもいい話だ。早瀬がしたいというなら今の関係を続けるだけだし、飽きたならそれっきりにすればいい。  背後から、早瀬の声が続く。 「……もうすぐ夏休みだろ? 休み中、会う回数少し増やせるか? また、泊まりとか、さ」  思わず、脚が止まる。  本気で、少し呆れた。  これだけ精力を持て余していて、よくも茅萱がこれまでバージンだったものだ。今さらのように、呆れ、感心する。  そして―― 「………………少しくらいなら」  肩をすくめて答えた。 第四章 「んく……ぅんっ」  私の中で脈打っていた男性器が引き抜かれると、収縮する膣から精液が噴き出すように溢れてきた。  ねっとりとした感触が、お尻の方へと流れ落ちていく。 「お願い……もう……ゆるして……」  かすかに動く唇から漏れるのは、か細い懇願の声。  もちろん、それが聞き入れられることはありえない。 「なに言ってんだ、まだまだ、これからが本番だろ」  にやにやと下卑た笑いを浮かべた男たちが、周りを取り囲んでいる。  閉じようとする脚を、ふたりの男が左右から押さえつけて無理やり開かせた。私の細い脚では男たちの力には抗えない。無駄な抵抗は、男たちをかえって悦ばせるスパイスにしかならなかった。  大きく開かれた脚の間に、三人目の男が身体を入れてくる。 「いっ……やぁぁっ」  挿入と同時に、短い悲鳴が上がる。  大きく勃起した男性器が膣をいっぱいに押し拡げ、残っていた精液が行き場を失って溢れ出てきた。 「や……ぁぁっ、や……ぁ……ぁんっ! あ……っんんっ」  男はこれっぽちの気遣いもなしに腰を突き出してくる。  ここまで、指と様々な道具で潮吹きするまで弄ばれて、立て続けにふたりの男に犯され、胎内に射精され、休む間もなく三人目の挿入だった。既にかなり消耗している私に対して、今まで順番待ちをしていた男は限界まで昂っている。手加減なしの削岩機のような激しい動きに、膣の粘膜が悲鳴を上げる。  しかしまだ〈順番待ち〉の男たちは何人も残っていた。 「くそっ、もう我慢できねーぞ」  右脚を押さえていた男が、抵抗する気力も体力も残っていないことを見てとり、手を放して顔の上にまたがってきた。  大きく反り返ったものを手で押さえ、口に押し込んでくる。顔を押さえられ、力まかせに喉の奥まで突き入れられた。  食道への突然の刺激に嘔吐しそうになりながらも、喉をふさがれているために吐くことすらできない。  それを見て、腕を押さえていた男は、その手に自分のものを握らせた。そのまま手を掴んで動かしはじめる。  膣と、口と、手を同時に犯されて、私は声を上げることすらできなかった。  それでも、まだ、獣の目をした男たちは残っている。  そして私の身体にも、男を受け入れられる部位が残っている。  それを見逃してくれるような男たちではない。 「……まだ、使ってない穴があるよな。もっとじっくり犯るつもりだったけど、我慢できねーや。一気にめちゃめちゃにしてやるか」 「どうせ使い捨てなんだから、ぼろぼろになるまで犯っちまおうぜ」  左脚を押さえていた男も立ち上がると、顔の上の男を一度どけさせて、私の身体を起こした。  膣を貫いている男の上に、またがる姿勢にさせられる。  そしてまた、手に握らされる。今度は両手に。 「ほら、手本はさっき教えただろ。自分で動かせよ」 「ひぃっ……痛っ」  髪が抜けそうなほどに強く引っ張られる。泣きながら、男を握った手を上下に動かした。  私の身体を起こした男が、背後に回る。  両手でお尻を鷲づかみにして、双丘を開く。 「や……っ!」  お尻に滴る、ひんやりとした液体の感触。  ローションを塗り広げたお尻に押しつけられる、熱い塊。 「や……ぁ……、いやぁぁっっ!」  お尻の穴が、押し拡げられていく。  排泄のための器官に、外側から無理やり押し入ってくる。大きく膨らんだ硬い肉の塊が、小さく窄まった蕾を力まかせに蹂躙する。 「いやっ! やだっ、やだぁっ! そんなの無理ぃっ! お願い、抜いてぇっ!」  膣への挿入とは違う痛み。強靱な筋肉によって閉ざされた口が、無理やりこじ開けられていく。少しずつ、しかしとどまることなく〈裏口〉から私の中へと侵入してくる。 「いやあぁぁ――っ!」  いくら泣き叫んでも、男たちの嗜虐心を煽るだけだった。  中のものが、さらに硬さと大きさを増す。お尻を振って逃れようにも、しっかりと腰を掴まれ、しかも前を深々と貫かれている状況では下半身の自由などほとんどない。  さらに、口をふさがれる。  喉の奥まで突き入れられ、泣き叫ぶ自由すら奪われてしまう。  男たちはそれぞれ勝手に腰を動かす。  膣と、直腸と、口と、両手が、同時に陵辱されている。  常に実際の年齢よりも幼く見られる小柄な私にとって、本来、膣だけ、お尻だけの挿入であってもたやすいものではなく、痛みをともなう。  なのに前後同時に押し拡げられ、奥の奥まで貫かれ、激しく動かれている。  薄い粘膜の壁を隔てて、二本の肉棒がごりごりと擦れ合っている。  下半身が引き裂かれてしまいそうだ。  しかし口をふさがれて悲鳴も上げられず、手でも奉仕を強要されている。  もう、限界。  もう、死にそう。  薄れていく意識が、しかし、ひときわ大きな動きによって現実に引き戻された。 「……くそっ、すっげーきついマンコだな。もうたまらん!」  最初に達したのは、膣を犯している男だった。  子宮の入口で小さな爆発が起こる。それが引き金となったかのように、身体中で次々と誘爆が続いた。  直腸に、喉に、精液が噴き出してくる。  続いて手の中のものが弾けて、両側から降りかかる白い飛沫が、顔を、髪を、べっとりと汚した。  身体を小刻みに震わせている男たち。  やがて、一本ずつ引き抜かれていく。  それでも、安堵の息をつくことすら許されなかった。  今日、最初に私を犯した肉棒が完全に復活を遂げ、まだ三人目の精液を滴らせている膣にねじ込まれる。  口が自由になっても、もう悲鳴すら上げられなかった。  どこから現れたのか、別な男がお尻を貫く。  精液混じりの涎を溢れさせている口もふさがれる。  全員で何人いるのかも定かではない男たちが、交代で私を犯していく。  休む暇など一秒たりとも与えずに、私の胎内を、顔を、口を、胸を、髪を、白濁液で穢していく。  男たちが疲れても、それで終わりではない。  彼らの手に握られた、疲れを知らない電気仕掛けの器具が私を責めたてる。  前も、後ろも。  無機質の〈オモチャ〉と生身の男たちが、交互に私を犯し続ける。  そして――  そんな私を見つめ続ける、冷たいガラスの目。  それは、何台ものビデオカメラのレンズだった。 * * * 「……眠そうだね。さすがに疲れた?」  車を運転している、名前も覚えていない男が訊いてくる。  助手席に座った私は、疲労困憊してどろどろに溶けてしまいそうな状態ながらも、精いっぱい愛想のいい声で応える。 「疲れたっていうか…………もう死にそう……、あれで元気だったら人間じゃないよぉ……」  鼻にかかった、甘えた声。早瀬が聞いたら目を丸くするような声だった。 「いや、もう十分人間離れしてるよ? 凄かったなー、今回も売れるぞ。みさきちゃんみたいな可愛いロリっ娘が、あんな激しいコトしてんだから」 「……激しいの、好きだもの」  今にも眠ってしまいそうなけだるい表情のまま、頬を赤らめて舌をぺろっと出す。 「また次もよろしくな」 「そう頻繁には無理ぃ、身体がもたないもん。それに、出し惜しみした方が、値打ちが上がらない?」 「だな。あまり無理してみさきちゃんのこと壊しちゃったらもったいないし」  男が苦笑する。  その腕を、ハンドル操作の妨げにならない程度に軽くつねる。 「だったら、も少し手加減してよぉ……最初に聞いてたより、ずっとハードだったよ?」 「ごめんごめん、だってあんなの見せられたら、みんな参加したくなるじゃん? みさきちゃんがエロ可愛すぎるからいけないんだよ。……その分、ギャラも弾んでおいたからさ。これで許して、ね?」  男がポケットから出した封筒は、ちょっとした〈札束〉と呼べるだけの厚みがあった。  それを素直に受け取ってバッグにしまいながらも、軽く頬を膨らませる。 「もぉ、今回だけだよ。……あ、ここでいいよ、停めて」  車が減速し、路肩に寄って停まる。家からはまだ数キロ離れた場所だけれど、さすがに本名すら教えていない男に自宅まで送らせるつもりはない。このあたりならすぐにタクシーも拾えるはずだ。 「じゃ、またね」 「はぁい、また」  笑みを浮かべて小さく手を振る私を残し、車が走り出す。その後ろ姿が十分に小さくなったところで、私の顔からいっさいの表情が消えた。 「……マジで、死にそう」  脚が小さく震えている。  少しでも気を抜いたら、このまま倒れてしまいそうだ。  一刻も早く家に帰って、ベッドに倒れ込むとしよう。  今は夏休み――  私は、アダルトビデオの撮影を終えて帰ってきたところだった。 * * *  夏休みも、もう後半に入っていた。  私の夏休み中の生活なんて、やることは決まっている。  休み前は週に一、二度だった早瀬からのお誘いが、二、三回に増えた。  最近は一、二週に一度だった援交が、週に一、二回に増えた。  ある意味、休み前よりも活動的な生活を送っているといえるかもしれない。限りなく不健全かつ不健康ではあるけれど。  そして今回は、三日がかりのAV撮影。  早瀬が柔道部の合宿で一週間ほど留守にするというので、この機会に、以前にも〈仕事〉をしたことのある制作会社のスタッフに連絡を取ったのだ。表向きは合法のアダルトDVDを作りつつ、裏では密かに無修正ものや本物のロリータものなどを手がけているという、ちょっとヤバめの会社である。  AV撮影なんて、春休み以来だろうか。  普通ならば撮影も一日ですむのだけれど、今回は、拉致監禁された女の子が複数の男たちに何日も犯され続けてぼろぼろになっていく――という設定をリアルに撮りたいということで、三日がかりの撮影となった。  誘拐され、人気のないシーズンオフの空き別荘に連れ込まれた女子中学生が、複数の男たちに力ずくで次々と犯される。  縛られ、殴られて。  休む間もなく、口も、お尻も、男を悦ばせることのできる部位をすべて穢されて。  何日も、何日も。  口にしたものといえば、強制的に飲まされる精液だけ。  やがて泣く気力もなくなり、人形のような虚ろな瞳で、ただされるがままに陵辱され続ける。  最後に、遊び疲れて飽きた男たちは、女の子を明け方のゴミ捨て場に放り出して去っていく。  生きているのか死んでいるのか、文字通り、壊れた人形のように動かない女の子――  ――そんな、内容だ。  もちろん、実際には多少の休憩をとり、食事もしたけれど、それでも私の感覚としては〈休みなしに犯され続けた〉に近い。  男たちは交代で休憩も食事もできるけれど、女の子は私ひとりなのだ。彼らは適当に休憩しているつもりであっても、こちらは限界を超えて犯され続けていたも同然だった。しまいには〈男優〉ではないスタッフまでが陵辱の輪に加わってしまったのだからなおさらだ。  それはあくまでも〈無理やり〉ではなく、合意の上でのことだったけれど。  さすがに、疲れた。  経験豊富すぎるほどの私だけれど、体格的、体力的には平均を遙かに下回る華奢な女の子でしかない。  家に入って緊張が解けると同時に、全身から力が抜けた。  身体が重い。  頭が痛い。  意識が朦朧とする。  玄関で、大きく息を吐き出した。靴を脱ぐのも億劫なくらいだった。  脱いだ靴を放り出し、キッチンへと向かった。喉が渇いていた。  冷蔵庫を開けて、最初に目についた牛乳のパックを取り出し、グラスに注ぐ。  口をつけたところで、しかし、突然の吐き気に襲われた。  白い、液体――  想い出してしまう。  この三日間、さんざん飲まされ、注ぎ込まれた白濁液。  いまだに胃の中に、子宮の中に、直腸の中に、いっぱいに溜まっているような感覚だった。  込みあげてくる嘔吐感。  グラスを落とし、手で口を押さえる。  指の隙間から、逆流してきた胃液がこぼれ落ちる。  気持ち悪い。  気持ち悪い。  感覚が、鮮明に甦ってくる。  何時間も、何日も、犯され続けた感覚。  何人もの男たちに陵辱され続けた感覚。  忌まわしい記憶が、肉体に刻み込まれてしまっている。  全身に鳥肌が立つ。  身体が震える。  セックスは気持ちいい。しかしそれはしている最中の、しかも純粋に肉体的な感覚でしかない。  終わった瞬間、それはなによりもおぞましい感覚に変わる。  男。  ペニス。  精液。  私にとっては蛆虫よりも忌まわしいもの。  そう、それは、腐肉まみれの蛆虫が、身体中を何千匹、何万匹と這い回るような感覚だった。  気持ち悪い。  気持ち悪い。  そんな、おぞましい存在に穢され続けた肉体。  なのに行為の最中には、確かに快感を覚えていた私。  全否定したくなる。  自分自身を、その存在を。  いけない――  キッチンで〈発作〉に襲われるのはまずい。  ここは、危険な凶器が多すぎる。  自分でも気づかないうちに、震える手が包丁を掴んでいた。  肉切り用の、鋭い、大きな包丁。  がたがたと震える手で、しかし、しっかりと握りしめている。  刃が自分に向けられる。  その標的は、手首などという生易しい部位ではない。  柄を両手で握りしめて、刃先を自分の喉に向けていた。  小刻みに震える切っ先が近づいてくる。  抑えようとしても抑えられない衝動。  死んでしまいたい。  なにもかも壊してしまいたい。  だけど、死にたくない。  死ねない。  死んではいけない。  それは〈逃げ〉だ。  私には、死なんて安易な結末は許されない。  なのに、手が止まらない。  刃の先端が喉に触れる。  ちくり……という鋭い痛み。  研ぎ澄まされたステンレスの刃が、柔らかな喉の皮膚を突き破ろうとしている。  抑えられない。  もう、止まらない。  本気で死を覚悟した、その瞬間――  緊張感で満ちていたキッチンに、まったく突然に、場違いな電子音が鳴り響いた。  ふっと力が抜ける。  手から滑り落ちた包丁が、キッチンの床に突き刺さる。  私は崩れ落ちるように床に座り込んだ。  無機的な電子音が鳴り続けている。  携帯の、着信音。  床にへたり込んだまま腕を伸ばし、放り出してあった鞄を引き寄せた。  プライベート用の携帯の、受話ボタンを押して耳に当てる。 「……」  なにも、言わない。  心身ともに、すぐに声を出せるような状態ではなかった。  喉に、ちくちくとした痛みが残っている。 『……北川? ひさしぶり』  一週間ぶりに聞く声だった。  誰よりも忌々しい声。  だけど今は、この不愉快な電話に助けられた。 「…………なんの、用?」  なんとか絞り出した声は、必要以上に刺々しかった。 『えっと……これから、時間あるか?』  用なんて、訊く必要もなかった。早瀬からの電話なんて、要件はひとつしかありえない。 「……あなた、合宿とか言ってなかった?」 『いま帰ってきたとこ』 「……で、間髪入れずに呼び出し? いつものこととはいえ…………、呆れるわね」  一週間の柔道部の合宿。体力的にかなりきついものであることは容易に想像できる。  帰ってきたらまず、一晩くらいゆっくり休もうとは思わないのだろうか。  もっとも今回は、そうしていたら二度と私を抱くことはできなかったのだけれど。 『まる一週間、柔道漬けで北川に会えなかったんだぞ? だから……わかるだろ?』  つまり〈溜まっている〉ということだろう。  彼の性欲を考えればもっともだ。部の合宿では、自分で〈処理〉するのも容易ではあるまい。 『都合、悪いか?』 「…………家を出る前に、シャワーを浴びる間くらいは我慢できるのかしら?」 『それくらいなら、なんとか』  どこか呑気な、ふざけた口調が返ってくる。  直前までどれほど危機的状況だったのか、彼には想像もできないだろう。 「今はなんだか、うんとゆっくりシャワーを浴びたい気分だわ」  わざとらしく言って電話を切る。  いつの間にか、こんな憎まれ口でも了承の言葉だと通じるほどに、早瀬との関係は回数を重ねていた。 「…………」  小さな溜息をついてのろのろと立ち上がる。  床に突き立った包丁もそのままに、バスルームへと向かった。 * * *  早瀬の家に着いた頃には、外はもう暗くなりかけていた。  西の空が夕陽の残滓でわずかに朱色に染まっている。  それでも、シャワーを浴びて着替えてから出てきたにしては、早く着いた方だろう。歩く体力がなくて家からタクシーを使ったためだ。  夏休み中だけれど、服装はいつもの〈営業用〉制服だった。着替えに頭と時間を費やすのも面倒だった。  あまり時間を空けずに、早瀬に逢いたかった。そうしないと、いつまたあの〈発作〉に襲われないとも限らない。早瀬に犯されている間は、少なくとも自殺はせずに済む。 「……待ってた」  玄関で私を出迎えた早瀬は、愛想のいい笑みを浮かべてはいたけれど、その陰に獣じみた欲望が垣間見えていた。全身から〈牡〉のオーラが発せられているような気がした。  靴を脱いで上がるのと同時に、骨が軋むほどに抱きしめられる。そのまま抱きかかえられ、早瀬の部屋へと運ばれた。  ベッドの上に放り出される。  大きな身体が覆いかぶさってくる。  スカートの中に潜り込んできた手が、制服はそのままに、下着だけを脱がしていく。  そして、 「――っっ!」  激痛が下腹部を貫いた。  前戯もなにもなしの、いきなりの挿入だった。  一気に、奥まで拡げられる。  こうした展開は充分に予想していたし、数時間前まで男をくわえ続けていたのだから、まったく準備ができていなかったわけではないけれど、それでも痛いものは痛い。たとえ時間をかけた前戯で膣がほぐされ、溢れるほどに濡れていたとしても、早瀬のサイズを受け入れるのは痛みをともなう行為なのだ。  気遣いなど微塵も感じられない挿入。一度、無理やり根元まで押し込むと、心の準備をする暇さえ与えずに激しく動き出した。  大きく揺さぶられる、小さな身体。  ひと突きごとに、背中が火傷しそうなほどの勢いでベッドに擦られる。  一週間の禁欲生活で、よほど溜まっていたのだろうか。いつも以上に激しい幕開けだった。  熱い、獣の息づかいが顔にかかる。  下腹部は、まるで身体の内側から殴られているかのようだ。  この暴力的な行為は、疲労困憊の身体には刺激が強すぎる。  熱い。  感じているのは、痛みというよりも、熱さ。  真っ赤に灼けた鋼鉄の杭に貫かれている感覚。  悲鳴すら上げられない。  視界が暗くなる。  意識が遠くなる。  もともと今日は、呼び出しを受ける前から気力体力の限界を超えていたのだ。このぼろぼろの身体が、早瀬の乱暴な陵辱に耐えらえるわけがない。ましてや今の早瀬は、一週間溜め込んだ性欲に支配された獣だ。  普段から乱暴な早瀬だけれど、それにしても今日は特別だった。とにかく一度射精しなければ治まらないといった様子で、フィニッシュに向けて一気に加速していく。  しかし、彼が最初の絶頂を迎える前に、私は意識を失っていた。 * * *  意識が戻ったときには、外はすっかり明るくなっていた。午前中ではあっても、もう朝食にも遅すぎる時刻だった。  早瀬に犯されながら意識を失い、そのまま一晩中眠っていたらしい。撮影中の三日間を合わせても、普段の一日分も寝ていなかったのだから当然だ。  しかし早瀬も、昨夜は私をおとなしく寝かせてくれていたわけではなさそうだった。  最後に記憶が残っている時、服を着たまま下着だけを脱がされていたはずなのに、いつの間にか全裸にされていて、今は私に腕枕しながら眠っている早瀬も裸だった。  全身に――特に下半身に、独特の倦怠感が残っている。それは、陵辱があの一度だけでは終わらなかった証だ。  そもそも、体力底なしの早瀬がまだ眠っているのだ。夜中すぎまで、意識のない私を犯し続けていたと考える方が自然だろう。合宿明けで早瀬も疲れていたかもしれないけれど、普段から、部活の後で一晩中激しいセックスを続けられる体力の持ち主だ。  いったい何度、犯されたのだろう。  睡眠不足はそれなりに解消されていたけれど、身体中、あちこちが痛い。  下半身が重い。  まだ、なにか大きな塊が挿入されているような感覚だった。  上体を起こすと、胎内を流れ滴る液体の存在を感じた。膣口から溢れ出てくるそれは、放出されて時間が経っているために当初の粘性が失われて透明感が増し、ややさらりとした手触りだった。  膣奥を締めつけ、逆に入口を緩める。中に残った早瀬の体液が絞り出されてくる。  手をあてがって受けとめる。  手のひらに溜まるその液体は、どう見ても一度や二度の量ではなかった。  それを一気に口に含む。  時間が経っている分、直に口で受けたものよりも気持ちが悪い。腐った肉汁を啜っているように感じて、吐き気を抑えながら飲み下す。  腐臭を放つ生臭い液体が、食道を流れ落ちていく。  胃がむかむかする。  腕に鳥肌が立つ。  穢らわしい。  穢らわしい、この、身体。  身体中に腐汁が染み込んでいくおぞましさ。  自分の身体を引き裂きたくなる衝動が湧き上がってくる。  脂汗が滲む。  息が苦しい。  視界が霞む。  ずり落ちるようにベッドから降りると、鞄から剃刀を取り出し、震える手で左手首に突き立てた。  鋭い痛みに、意識が覚醒させられる。  剃刀を引く。  腕が灼ける感覚。  手首に刻まれた紅い筋が濃くなっていく。  深紅の珠がふつふつと浮き上がってくる。  大きく膨らんで、流れ落ちていく。  その傷に唇を寄せ、口に含む。  しょっぱい、錆びた鉄の味が口中に拡がる。  ごくん――喉を鳴らす。  ふぅ、と大きく息をつく。  二度、三度。  深呼吸を繰り返す。  そのわずかな時間で、鳥肌は急速に治まっていった。  呼吸が楽になってくる。  汗も引いている。  自分の左手から視線を外し、眠っている早瀬を見た。  穏やかな寝顔で、静かに寝息を立てている。  どうしてだろう、なんとなく不愉快な気持ちになる。  右手に握ったままになっていた剃刀を、なにげなく、早瀬の喉に当てた。  なにも知らずに眠っている早瀬。  このまま手に少し力を込めれば――  ――殺せる。  簡単に。  早瀬は、なにもわからないまま絶命するだろう。  そうしてみたい衝動に駆られる。  自分を犯した男を、殺す――それは、喩えようもないほど甘美な誘惑だった。  だけど――  違う。  相手が、違う。  早瀬を殺しても、なにも解決しない。  手の力を緩める。おかしな衝動に支配されて取り返しのつかないことをしないうちに、剃刀を片付ける。  そうするとなんとなく手持ちぶさたになって、早瀬の下半身に手を伸ばした。  さすがに眠っている今は勢いを失っているけれど、それでもとにかく、もともとのサイズが大きい。  そっと握ってみる。こんなに柔らかな状態で触れるのは初めてかもしれない。  ゆっくりと手を動かす。  顔を近づける。  口に、含む。  早瀬の精液の味と、私の愛液の味が混じっている。  たとえ意識がなくても、唇をすぼめて吸うと、気圧差で徐々に血液が集まって膨らんできた。  手で根元をしごき、亀頭に舌を絡ませる。  大きく反り返って硬い、いつもの見慣れた姿になってくる。 「ん……」  小さな呻き声を上げ、早瀬が身体を動かした。さすがにここまでやると、刺激で目を覚ましたようだ。  目を開いて、その瞬間、わけがわからないといった表情を浮かべた。自分の置かれた状況を理解するには、多少の時間を必要としたようだ。 「……北川……、起きてたんだ?」 「…………ええ、少し前に」  自分がされていたことについては、なにも言わない。しかし目は、その行為を続けて欲しいと訴えていた。  また、手を動かす。  舌を這わせる。  早瀬は気持ちよさげな吐息を漏らす。  わざと、激しいことはしない。ゆっくりと優しく、焦らすような愛撫を続ける。  寝起きのせいか、早瀬も積極的に動こうとはせず、黙って身を委ねている。  大きな手が頭に触れて、優しく撫でる。  そんな風に触れて欲しくはなかったけれど、口がふさがっているので文句も言えない。 「……今日も、暑くなりそうだな」  頭を撫でながら言う。 「いい天気だし、プールにでも行くか?」  関係を持ち始めてまる二ヶ月半で、初めての申し出。  思わず、口を離して訊ねた。 「…………なんのために?」  返ってきたのは、一瞬の、意外そうな表情。確かに、夏の晴れた日にプールへ行くのに特別な理由はないのかもしれない――普通の人の場合は。  だから早瀬も、返事を考えるのに数瞬の時間を要した。 「……えっと…………北川の、水着姿を見たいから?」  それは、男子高校生としてはもっともな意見かもしれない。  しかし、 「…………下着姿はもちろん、全裸もさんざん見ているのに、今さら?」  そもそも、セックスからはじまった関係なのだ。 「水着はまた別だろ」 「……だったら、次回は水着を持ってきましょうか? どんなのが好みかしら? 露出の多いセクシーな、ほとんどひも同然のビキニ? それともスクール水着? もっとマニアックに競泳用とか?」  水着はたくさん持っている。ただし、泳ぐために着ることなどほとんどない。 「どれもいいけど……、ここでじゃなくて、プールや海で、というところが重要なんだけどな」  言わんとしていることがわからないわけではない。  単に、場所と服装を変えてセックスしたい、というのではあるまい。それならばプールではなく、人気のない海まで足を伸ばさなければならない。おそらく、たまには普通の高校生カップルのようなことをしたい、というのだろう。  しかし、私はごめんだ。  私と早瀬は恋人というわけではない。単に身体を重ねるだけの関係だ。セックスしないのに一緒に過ごすなんて、時間の無駄以外のなにものでもない。  いや、特に早瀬だからというわけではない。早瀬に限らず、私にとって男性と過ごすというのは、すなわちセックスするためなのだ。  だから、言う。 「水着姿の私と一緒にいて、あなたは平気なのかしら? これ、すごく目立つと思うのだけれど?」  手と口で弄んでいたものの先端を、指先ではじく。  それは日本人離れしたサイズとスタミナを持ち、私の身体にすぐ反応してしまう、早瀬の欲望の塊。 「これが勃っていないところなんて、見た記憶がほとんどないわ」  いつも呆れるほどに元気で、凶悪だ。 「うーん……たしかに。プールで北川と……ダメだ、抑えきれる自信がまるでない」  真剣に悩んでいる。お気楽なものだ。  私はくだらない会話を打ち切って、また早瀬を口に含んだ。  さらにサイズと硬度が増している。これで荒々しく貫かれたら悲鳴も上げられまい。  もしかして、私の水着姿を想像した結果だろうか。そういえば、好みの水着は結局どのタイプなのだろう。  そんなことを考えながら、ゆっくりと、しかし根元まで呑み込む。喉をふさがれ、息が詰まる。吐き気が込みあげ、胃液が逆流しそうになる。  それでも口を離さない。唇で、舌で、内頬で、そして喉で、早瀬を感じる。  鳥肌が立つ。  吐き気をもよおすほどの嫌悪感。  早瀬に限らず〈男〉全般に対する私の感情。  なのに。  唇の、舌の、口中の、喉の粘膜は、男性器の感触に興奮し、感じている。  発狂しそうなほどのおぞましい感覚なのに、身体は快楽として受けとめてしまう。  下半身が熱くなっている。  花弁が潤い、蜜が滲み出てくる。  忌まわしい身体。  穢らわしい肉体。  男なんて。  セックスなんて。  大嫌いなのに。  反吐が出るのに。  なのに、感じてしまう。  どんな行為も、それが性欲に因るものである以上、反応してしまう。むしろ、嫌なことをされるほどに、感じてしまう。 「…………」  私の下半身も準備ができたようなので、口を離して身体の位置を変えた。  膝立ちになって、早瀬の上にまたがる体勢になる。  反り返ったペニスを掴んで、その大きく膨らんだ先端を、蜜を滴らせている割れ目にあてがった。  そうして、腰を落として挿入しようとしたところで。  いきなり、携帯の着信音が鳴りだした。  一瞬、動きが止まる。  早瀬も首を巡らせる。音の出所を確かめると、脱ぎ捨てられてあったスカートに腕を伸ばし、ポケットから携帯を取りだして渡してくれた。  受け取って、相手の名前を確認した。〈プライベート用〉の携帯だから、ごく限られた知り合い以外からの着信はありえないけれど、ひとりを除いて、相手によって着信音を変えるほどまめな性格はしていない。  微かに眉を上げる。  そこには、夏休み中に見るとは思わなかった、やや意外な名前が表示されていた。  受話ボタンを押して耳に当てる。 「…………なんの用?」 『ああ、生きてたか』  本気で安堵したような声が聞こえてくる。 『なにしろ北川のことだから、しばらく顔を見ないとちゃんと生きてるのかどうか不安になる』  遠慮のない物言い。  顔なじみの養護教諭、遠藤深春だ。  当然ながら、夏休みに入ってからは顔を見るどころか声も聞いていなかった。 「……不思議なことに、意外と元気よ。忙しい毎日を送ってるわ。アソコが乾くヒマもないくらいに」  電話しながら、また、身体の下にある早瀬に触れる。  手で愛撫する。 『今、なにしてた』 「……〈デート〉中? 現在進行形で」  今まさに、入口に触れているところだ。 『あ……電話、まずかったか?』 「……別に。そーゆーの、関係ない相手」  普段の援助交際であれば、その最中に電話やメールなどけっしてしない。それがマナーだと思っている。しかし早瀬に対して気を遣う理由は全くない。  もっとも、生殺しで焦らされている早瀬にとってはたまったものではないだろう。 「ちょうど……挿れようとしてた瞬間だったけれど」 『うわ、それはまた……』 「……オトコの上にまたがって……大きくなったアレが、入口に当たってるの。……んっ……」  携帯を耳に当てたまま、ゆっくりと腰を落としていく。 「……ぁ……入口が……拡げられて……、……っ、すごく……大きいのが……」  入って、くる。  膣口を痛いほどに拡げて、ずぶずぶと、私の中に埋まっていく。 「は……ぁ……すごい、……熱くて……私のな、か……、いっぱいになって……」  遠藤に対して実況中継しながら、早瀬を受け入れていく。電話の向こうからはなにも声が返ってこないけれど、ちゃんと聞いている気配はあった。  電話の相手が誰かも知らない早瀬は、困惑した表情を浮かべている。 「はぁぅっ……んっ!」  脚から完全に力が抜ける。  腰が落ちる。  内蔵が突き上げられる。  身体の内側から、圧迫される感覚。  早瀬も呻き声を上げる。電話を意識しているのか、かなり抑えた声だったけれど。 「おっ……くまで……はいっ、ちゃった…………。信じられないくらい……大きいのが…………あ、突き上げて、くる……」  ゆっくりと、腰を前後に振る。なにしろサイズがサイズだから、それだけでもものすごい刺激だ。  早瀬が私の腰を掴む。ゆっくり、しかし力強く、腰を突き上げてくる。  膣が突き破られるかのような感覚を覚える。 「……ぁっ……か、ぁ……あぁっ!」  一度、電話を顔から離して早瀬を見た。 (……う、ご、い、て)  声は出さずに、ゆっくりと唇を動かす。 (う、ん、と……は、げ、し、く……つ、い、て)  早瀬も声は出さずに「いいのか?」という表情を浮かべた。こくん、とうなずいて、また携帯を口に近づける。  腰を掴む手に力が込められる。指が喰い込むほどに。 「……あぁぁっっ! ……う……くぅ、……っ!」  いきなり、身体が弾むほどに激しく突き上げられた。  勢いあまって半分ほど抜けかけ、一瞬後、重力に引き戻されて深々と最奥を貫かれる。 「ひあぁぁっ! あぁぁ――っ! ……う……ぐぅぅ……っ」  二度、三度、そんな動きが繰り返される。 「や……だ、め……そんっあぁっ! は、げしいのっっ! 壊れるぅぅっ!」  身体が仰け反る。  意識が飛びそうになる。  なんとか意識をつなぎ止めるため、そして遠藤に聞かせるため、普段早瀬とする時にはありえない激しい声を上げる。 「すっ……すごいのっ! ねえっ、遠藤っ……聞いてる? すっごく大きいのが、私のまんこめちゃめちゃにしてっあぁぁっ! やぁぁぁぁぁ――っっ!」 『……ああ、ベッドがきしむ音まで聞こえてるぞ。大丈夫か?』  電話の向こうから聞こえてくる、相変わらず淡々とした遠藤の声。 「だ……いじょうぶ、じゃ……ないっ! ……だめっ……もうだめっ! 死んじゃうっ! もう……っ! 壊れて……っっ、だぁぁっ、めっっ! あああぁぁ――――っっっ!」  ひときわ長いストロークで突かれて、膣奥に噴き出してくる精液の塊を感じた瞬間、本気で達してしまった。  頭が真っ白になり、手から携帯が落ちたことにも気づかなかった。  早瀬の上に突っ伏すように倒れ込む。  胎内で脈打つ早瀬に合わせるように、二度、三度、身体が痙攣する。  いっぱいに拡げられたままの膣が、びりびりと痺れているように感じた。 「…………あ……ぁ…………」  そのまましばらく、真っ白な浮遊感に浸っていた。  しかしやがて電話のことを想い出し、手探りで携帯を探した。手に触れた硬い感触を拾いあげ、耳に当てる。 「……って感じの……毎日」  荒い呼吸を繰り返しながら言う。 『………………独り者には悩ましい電話をありがとう。少しだけ、ヘンな気分にさせられたぞ』  苦笑混じりの声が返ってくる。 『ところで北川、明日、ヒマあるか?』 「……明日……? なにか?」 『時間があるなら、一度、顔見せに来い』  ただでさえ、なにをしでかしているか心配な私。それに加えて今の激しいセックスによる擦過傷、あるいはこの後に切るであろう手首の傷……きっと、そうしたことを心配しているのだろう。  携帯のマイク部分を手で覆って、早瀬に視線を移す。  本当に微かな声で訊ねる。 「……明日の予定は?」  念のため、早瀬の名は呼ばない。  同様に小さな声が返ってくる。 「……午前中から部活」  そうすると、ここにいるのは長くても明日の朝までということになる。  だからといって遠藤のところに行かなければならない義理もないけれど、かといって断わる理由もない。  毎日電話されるよりは、一度顔を見せて安心させた方が煩わしくないのかもしれない。 「…………気が向いたら……そして、急な〈デート〉の誘いが入らなければ、ね」 『多少遅くなってもいい』 「私としては、遅くなるほど忙しい可能性が高いわ」  明日は平日だ。高校生は夏休みでも、お盆も過ぎたこの時期、〈パパ〉の多くは仕事中である可能性が高く、必然的に〈デート〉は夜となる。 『昼メシか三時のおやつくらいはご馳走してやるから、来い』 「高校教師の給料じゃ、あまり期待はできないわね。……じゃあ、明日、気が向いたら……昼過ぎに」  それだけ言って、電話を切る。  溜息とともに小さく肩をすくめて、携帯をスカートの上に放り出した。 「……誰?」  声のボリュームを普通に戻して早瀬が訊いてくる。 「…………遠藤」 「って、保健室の?」 「ええ……休み中に一度、顔見せに来いって」 「そりゃ心配なんだろ。北川、一学期は保健室の常連だったもんな」  確かに。  一学期中は、学校で切ったことも一度や二度ではない。  リスカ以外でも、前夜の〈デート〉のせいで気分が悪かったり、単に教室へ行くのが面倒だったりで、登校と同時に保健室に直行したことも少なくない。 「……そういうあなたも、遠藤の心配のタネのひとつだって自覚はあるのかしら?」 「え? あ……、そういやそうか」  気まずそうに苦笑する。  早瀬は、夏休み中もっとも多く身体を重ねた相手であり、かつ、今の〈実況中継〉の相手だ。早瀬と逢っていなければ、遠藤が顔をしかめるような行為の数も半減していたことだろう。  しかも、その回数は現在進行形で増えている。  その分だけ手首の傷は増え、同時に、目に見えずとも心が少しずつ壊れていく。  目に見える傷はまめに手当てする早瀬も、後者の傷には気づいていまい。 「……そういうわけで、とりあえず、明日の朝までは空いてるわ」 「それって……今夜も泊まっていくってこと?」 「……私がそのつもりじゃなくても、帰す気があったのかどうかは疑問よね」 「や、まあ……よっぽどのことがなければ、もう一泊してもらいたかったけど」  すぐに気を失ってしまった昨夜の行為だけでは、早瀬にとってはものたりないのだろう。  だけど、彼は気づいていない。  相手が誰であれ、男と身体を重ねるたびに、私が少しずつ壊れていくということに。 * * *  翌日――  学校を訪れたのは、午後もずいぶん遅くなってからだった。  電話では昼過ぎと言ったけれど、実際にはもう夕方に近い。  遠藤との電話の後、また、乱暴に犯されて。  そのままもう一泊して、一晩中、行為を続けて。  翌朝、早瀬は部活ということで、私を家まで送った後、そのまま学校へ向かった。  私は入浴して仮眠をとり、少し寝坊してこの時刻になってしまったというわけだ。  特に気乗りする用事でもない。すっぽかさなかっただけ上出来だろう。  待ちくたびれた遠藤が帰ってしまったことを半ば期待していたのだけれど、保健室のドアには鍵がかかっていなかった。ただし、ドアに掛けられたプレートは『Closed 急患は職員室へ』となっていた。 「久しぶり……少し、痩せたか?」  私を見て、遠藤は微かに眉をひそめた。 「…………本音を言えば?」  今の台詞は、やや控えめな表現だ。 「……少し、やつれたな」 「…………ここ数日、忙しかったから」  椅子に座っている遠藤の前に立って応える。 「たとえば?」 「三日間、軟禁状態で輪姦もののAV撮影。……帰ってきたら休む間もなく、手加減知らずの体力バカと二晩やりまくり」  それに対して遠藤は、呆れたような、そして哀れむような表情を見せた。 「私としては、もう少し健康に留意してもらいたいな」 「……してるわ、いちおう。…………死なない程度に」 「いや、そんな最低レベルじゃなくて、もう少し……」  遠藤は立ち上がると、私の身体に腕を回した。  普段、あまり表情を表に出さない遠藤だけれど、泣きそうな表情で、優しく抱きしめてくる。  私はからかうような口調になる。 「なぁに、私と、したいの? 遠藤ってそっちの趣味だったの?」 「……それも、いいかもな」  返ってきたのは、やや予想外の反応だった。 「少なくともその間は、乱暴な男たちとせずにすむだろう?」  思わず、溜息が漏れる。  まったく。  まだ、諦めていないのか。  まだ、私を更生できると思っているのか。 「……男に、乱暴に犯されるのが好きよ。同性に、優しくされるなんて興味ないわ」  しかし身体に回された腕は解かれない。薬品の匂いに混じって、男に抱かれている時とは違う、微かなシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。  遠藤は私を抱きしめたまま動かない。 「…………どうして、そんなにこだわるの? こんな面倒な生徒、放っておけばいいじゃない。……それとも、本当にレズ?」  身体が望みなら、相手をしないこともない。乱暴にしてくれるなら――という条件付きで。  しかし精神的な恋愛を望んでいるのなら、相手を間違えている。  セックスに関しては経験豊富すぎるほどの私だけれど、実をいうと純粋に同性との経験はなかった。乱交じみた多人数の〈プレイ〉の中で、同性と絡ませられた経験なら少なくないけれど。  私にとってセックスの定義とは〈男に陵辱されること〉だった。同性を求める理由はないし、少なからぬ対価を支払ってまで私を抱きたがる男性と女性では前者が圧倒的多数なのだから、意図的にしようとしない限り、同性とセックスする機会などありえない。  しかし、遠藤が同性愛者というのも違和感があった。私の台詞も本気ではない。 「別に、恋愛感情を持っているわけじゃない。だけど、放っておけないだろう。北川みたいな子を。……世の中、すべての人間が邪な下心を持って動いているわけではないぞ?」 「……私が知っている〈大人〉は、邪な下心を持って近づいてくる連中ばかりよ?」 「それは北川が、わざとそんな大人ばかりを見ているからだろう」  意図的にそうしているという自覚はなかったけれど、その言葉はおそらく真実だった。  それ故に、不愉快な台詞だった。  他人に、胸の内を見透かされるのは愉快なことではない。 「……遠藤……うざい」  腕を解こうとしない遠藤の耳元でささやく。 「目障りと思われても、いいよ。その他大勢として無視されるよりは」 「…………」  ――そう。  遠藤は私にとって〈背景の一部〉ではない数少ない人間のひとりだった。  だからこそ不愉快で、目障りな存在。  なのに、完全に排除することもできずにいる。  そんな自分の弱さに腹が立つ。  理解してくれる大人も、友達も、いらない。  すべてを拒絶したい。  私にとって心地よいすべての存在を、消し去りたい。  そんなものはすべて捨て去った……はず、なのに。  私を包み込む遠藤の温もりは心地よくて、だからこそ、吐きそうなほどに、目眩を覚えるほどに、嫌悪してしまう。  こうして抱擁されている状態を続けることは、精神衛生上いいことじゃない。  後で独りになった時に、自分自身を……その存在を、拒絶してしまいたくなってしまう。  しかしそれは〈安易な結末〉であり、絶対に受け入れられない。  こうした他人とのコミュニケーションは苦手だった。私は、セックスでしか他人とつながれないのだ。  一刻も早く離れたい。放して欲しい。しかし放してくれない。  仕方がないので、搦手を使うことにする。 「……ねえ」  少しだけ、甘えた声を出す。  〈パパ〉たちに対するような甘ったるい声ではないけれど、普段、学校にいる時の無機的な声とは明らかに違う声質。 「……また、薬、塗ってくれない? やりすぎて痛いのよ」  どこが、とは言わなかった。それでも通じる。  腕の力が緩み、遠藤が微かな苦笑を浮かべる。  私の考えなどお見通しなのかもしれない。仮にもちゃんと教育を受けたカウンセラーだ。他人の心に触れることは得意だろう。 「……そこに座ってろ」  ようやく腕を解いてベッドを指さし、薬を取りにいく。私は靴を脱いでベッドに上がり、ごろりと寝そべった。  横になると、とたんに眠気が襲ってくる。  学校へ来る前に仮眠したとはいえ、ここ数日の圧倒的な疲労と睡眠不足は簡単に解消できるものではない。  クスリを持ってきた遠藤がベッドの脇に立っても、そのまま横になっていた。自分から「薬を塗って」と言ったくせに、服は着たまま、脚も閉じたままだ。  遠藤は無言で、私を見おろしている。  しばらく、その状態が続く。  やがて、肩をすくめて小さな溜息をついた。  言っても無駄、とわかっているのだろう。なにも言わずにベッドの端に腰を下ろすと、スカートの中に手を入れてきた。  パンツに指をかける。 「……少し腰を浮かせてくれ。脱がされるのは慣れているんだろう?」  普段、表情を変えない遠藤だけれど、やや戸惑った様子で顔を赤らめている。さすがに、こんな風に女生徒の下着を脱がした経験などあるまい。 「……むしろ、剥ぎとられたり、破かれたりする方が慣れてるかも」  からかうように返すと、苦笑混じりに、微かに怒ったような表情を浮かべた。  手に力が込められる。強引にパンツを膝まで下ろされ、片脚を抜かれる。  スカートがまくり上げられて脚を開かされた時には、もう抵抗はしなかった。 「……なるほど、赤くなって、少し腫れてるな。痛いか?」  指先が触れた瞬間、思わず顔をしかめた。そこは何日にも渡って、何十回と犯されていたのだ。しかもとどめは早瀬の巨根。痛くないわけがない。 「…………痛いわ」 「だろうな」  軟膏をたっぷりと乗せた指が、そっと触れてくる。  擦り剥け、濡れた粘膜の上に、優しく塗り広げられる。 「……っ!」  触れられた瞬間、身体がびくっと震えた。手が反射的にシーツを掴む。  痛みと、そして快楽。  それはもちろん愛撫ではないけれど、反応してしまう。ここ数日やり過ぎだったせいか、身体がひどく敏感になっていた。 「感じやすいんだな」  蜜が滲み出てくるのを感じる。これだけ反応していては、感じていることは遠藤にも一目瞭然だろう。 「……触り方がいやらしいからよ。生徒に猥褻行為なんかしていいの?」 「これは〈治療〉だろう?」  悪びれずに反論する。 「猥褻行為というのは、こういうのをいうんじゃないのか?」 「――っ!」  突然、指が入ってきた。  ゆっくりと、優しく。だけどその動きは一瞬前までの〈治療〉とは明らかに違う〈愛撫〉に変わっていた。 「……んっ……く」  予想外の展開に驚きつつも、声が漏れてしまう。  括約筋が、条件反射のように遠藤の指を締めつける。女の細い指一本でも、痛みを感じてしまうほどに。 「……すごい締めつけだな。力を抜いた方がいい。痛いだろ?」 「…………痛いのが、いいのよ」 「そうか……。しかし、狭くて、複雑で……濡れた粘膜が指に絡みついてくるみたいだ。私のとはずいぶん違うな。……こういうのを〈名器〉っていうのかな? 男たちが夢中になるのもわかる気がする」  中を探るようにかき混ぜる指。それでも、壊れものを扱うように優しい動きだった。  顔が熱くなる。  呼吸が荒くなってくる。 「ぁ……え、遠藤……なに、してるの?」  いったい、なにが起こっているのだろう。  これは明らかに、性的な接触だった。これまで、いくら挑発してもこんなことは一度もなかったのに。 「あなた……やっぱり……?」  同性が好きなの? ……と、本気で思ったわけではないけれど、だからこそ面喰らっていた。 「まさか。……北川が、触って欲しそうな顔をしていたからだよ」 「……それだけで、教師の道を外れるの?」 「私は〈カウンセラー〉だから。その方が生徒のためになると思えば、法的、倫理的に問題があることだってするよ。……今日の北川には、こうした方がいいかもと思った」 「私は……もっと、激しく乱暴にされる方が……ぁ……好み、だわ」 「今日の身体の状態で、あまり激しくするわけにもいくまい?」 「こんな……ぬるい、愛撫じゃ……いけないわ」  これは、嘘。  乱暴にされることを望む私だけれど〈その方が感じるから〉ではない。単に〈快楽〉よりも〈苦痛〉を求めているだけのことだ。  正直なところ、かなり感じていた。  遠藤は、性行為の経験はそう多くはないのだろう。技術的には拙いといってもいいくらいの愛撫だったけれど、しかしそれが、自分でも意外なくらいに気持ちよかった。  私の体質である、粘性の低い愛液が溢れるように滲み出てくる。 「すまない。経験が少ないからな。ましてや、同性も生徒も初めてだから……。どんな風にすればいい?」  ここで「乱暴に陵辱して」などと言っても、そのリクエストには応えてもらえまい。  ならば、さっさと達してしまおう。それで遠藤も納得するはずだ。 「……舐めて。クリトリス舐めながら……中に、指、挿れて、動かして」 「わかった」  同性愛の趣味もないのに口でするなんて、少しは退くかと思ったのに、遠藤は躊躇いもなく下半身に顔を寄せてきた。 「……っ!」  舌が、触れた。  私を貪る男たちとは違う、どことなくぎこちない、おそるおそるといった動き。  クリトリスを舌先でつつき、優しく、すくい上げるように舐める。  びりびりとした刺激が身体を走る。 「ん……んふっ…………くっ……ぅん」  気持ち、いい。  だけど、今は〈学校モード〉だから、口から漏れる声は小さい。  それでも遠藤が勝手をつかんで舌と指の動きがリズミカルになってくるに従い、体温が上昇し、流れ出る蜜の量が増えてきた。お尻の方まで滴り落ちているのを感じる。  執拗に、クリトリスを責め続ける遠藤。膣内の指の動きは、腫れている部分を避けるためかゆっくりと優しい。 「……っ、んっ…………っ!」  自分の手の甲を噛んで、声を抑える。  ぴちゃぴちゃと、舐める音が聞こえる。  膣内をゆっくりと往復する指。その動きに合わせて腰が蠢いてしまう。  高まっていく、快感。  それに比例するかのように、増大する違和感。  相手が男ではないせいか、いつもの、鳥肌が立つような嫌悪感があまり湧いてこない。そのため、セックスしているという感覚が希薄だった。  現実の出来事ではないみたいなのに〈快楽〉は確かに存在している。  存在していて、どんどん、膨らんでくる。 「……っ、――――っ!」  それが、一気に臨界点を超えた。 「んぅ……っっ!!」  口を押さえていた自分の手を、血が滲むほどに噛む。  全身を弓なりに反らせる。  膣が収縮し、やがて、全身から力が抜けていく。 「……ぁ…………は……ぁぁ……」  息を吐き出す。  達して、しまった。  遠藤の愛撫で。  正直なところ、予想していたよりもずっと感じてしまった。優しい愛撫故の物足りなさもあったはずなのに、気持ちよかった。  だからこそ、屈辱だった。  声は抑えていたけれど、達してしまったことは遠藤にもわかっただろう。その証拠に、指の、舌の、動きが止まっている。  遠藤と目を合わせないように、寝返りをうって横向きになる。その隣に添い寝するように、遠藤もベッドに上がってくる。  一瞬だけ見えた顔には、達成感を含んだ笑みが浮かんでいた。  腹が立つ。  しかし、ここで今さら感じていなかったふりをしても無駄だろう。誤魔化せないくらいに反応してしまった自覚はある。しらばっくれても、自分の子供っぽさを強調するだけだ。  負けは負け。認めた上で、別な方法で反撃するしかない。 「……さほど期待もしていなかったけれど、意外と、感じてしまったわ」  いつものように、無機的な、素っ気ない口調で言う。 「そうか。正直、まったく自信はなかったんだが……それならよかった」 「遠藤、本当にこっちの方が向いてるんじゃない? 宗旨替えしたら?」  彼女が、異性にはさほどもてないであろうことを皮肉っての台詞。  向こうからもからかうような軽口が返ってくる。 「そうしたら、北川が〈彼女〉になってくれるか?」 「……私は、ペニスの生えていない生き物に用はないわ」  さらに言えば、私を陵辱してくれない生き物にも用はない。  ベッドの上で上体を起こすと、苦笑している遠藤の顔が目に入った。腹を立てていることを示すために、唇を軽く尖らせてみせる。 「…………あと、これが重要なんだけど」  言いかけたところで、脚に引っかかっていた下着に気づき、そのまま脚を振って脱ぎ捨てた。こんなもの、邪魔だ。 「うん?」 「気持ちよかったのは事実だけれど、こういうことをされたかったわけじゃないわ。その点では、レイプと同じよ?」  実際、ひどい屈辱を受けた気分だった。普段の援交やAV撮影よりも、ずっと。  遠藤は、男たちとは違う。私を〈求めている〉わけではない。  援交の〈パパ〉はもちろん、AV男優だって、私を前にすれば性欲を抱く。  しかし遠藤は違う。  同性愛者ですらない。  なのに、私を犯した。  そのことがひどく癇に障った。 「……そうだな、すまなかった」  その口調、その表情。  私のこうした反応も、予想の範疇といわんばかりの余裕が感じられた。 「どう償えばいい?」  面白味がない。  すべてが予想のうち。  すべてが覚悟の上。  そんな態度に怒りすら覚える。  では、その覚悟とやらを見せてもらうとしよう。 「……私が、遠藤を〈レイプ〉するわ」  きっぱりと宣言した。  しかし遠藤は表情を変えない。 「わかった。でも、それはレイプになるのかな?」  口元には微笑すら浮かんでいる。 「……どういう、意味?」 「拒絶、しないから」 「…………それも、今だけよ。私は遠藤みたいなぬるい責めはしない。女として使い物にならなくなっても知らないわよ?」 「……お手やわらかに」  表情が変わる。とはいっても、微笑が苦笑に変わっただけだ。 「それで、私はどうすればいい?」  返事はせずに、立ち上がった。  保健室のドアを内側から施錠する。 「ここでするのか? 今日は非番だから、別のところに移動しても構わないが」  非番?  だとすると、わざわざ私のためだけに学校へ来たということになる。物好きなことだ。 「……そうね。ホテルなら、なんの遠慮もなしに悲鳴を上げさせられるわね。たとえ……」  嗜虐的な笑みを浮かべて言う。 「他でなら通報されそうな絶叫だって」  遠藤としても、同僚や生徒に見られる危険のある校内よりも、その方が安心だろう。  しかし。 「ここで、するわ」  強い口調で宣言した。 「……遠藤はここで、生徒にレイプされるの。これから毎日、ここで過ごすたびに、そのことを想い出すのよ」  私のように……という台詞は声に出さずに呑み込んだ。  ベッドに近寄り、腰掛けていた遠藤の肩を押す。遠藤は逆らわず、ゆっくりと仰向けに倒れた。  視線を動かして室内を見回す。机の上のペン立てに、目的のものを見つけた。  それを……ごくありきたりな鋏を、手に取る。  仰向けになった遠藤の顔に突きつける。 「……おとなしく……いうことをききなさい」 「別に、そんなことしなくても……」 「これは〈レイプ〉だから」  合意の上で、納得した上で、のセックスではない。  力ずくで、暴力的に、遠藤の意志を無視して、陵辱するのだ。  自ら身体を開いたのではなく、凶器を突きつけられて強要された、という事実が重要だった。  私との行為で乱れたベッドに横たわっている遠藤。ただでさえ艶っぽさのない顔と体型に、地味なブラウスと膝丈のスカートという服装だけれど、辛うじて、羽織っている白衣という〈アイテム〉が、わずかながら色気を醸し出しているといえないこともない。  そんなことを考えながら、自分の鞄からあるものを取り出す。  それは、手錠。  援交の時に使うこともあるかと、普段から持ち歩いていることが多い。たまに、自慰の時にも使う。  それを、三個。  ひとつを遠藤の左手首に嵌め、万歳するように両腕を上げさせて、短い鎖をベッドのフレームに通して左手首に嵌めた。これで腕は動かせない。  残りふたつはそれぞれ両脚首に嵌め、脚を開かせてフレームにつなぐ。  これで完全に身体の自由は奪った。  ベッドの端に腰掛け、無表情に遠藤を見おろす。  彼女の顔には、少しだけ困惑と不安の気配があった。アブノーマルなセックスの経験はないと言っていた遠藤だから、手錠でつながれたことなど初めての体験だろう。  腕を伸ばして、ブラウスの襟を掴む。  乱暴に引っ張る。  ボタンがいくつかはじけ飛んだ。  お世辞にも豊かとはいえない胸を包んでいるブラジャーは、レースつきの意外とお洒落なものだった。地味な服装とはあまり釣り合っていない。  ブラジャーのカップをずらす。  胸が露わにされる。 「……胸、小さいのね」  もともと小柄な体格の遠藤である。しかしそれを差し引いても、控えめな膨らみだった。  遠藤よりもさらに小柄な私の方が、胸はずっと大きい。もっとも、華奢な身体を考えれば、私の胸は〈巨乳〉と表現してもいいサイズであり、それと比べるのは可哀相だろう。  そのささやかな膨らみに触れる。  手加減などせずに、力いっぱい鷲づかみにした。 「う……っ、く……っ」  遠藤の顔がわずかに歪む。  なんの遠慮も気遣いもなく、乳首をつねる。  さすがに痛そうな表情だ。しかし唇を噛んで、苦痛の声を上げまいと堪えている。  一度、手を放す。  浅い谷を越えて、もう一方の胸へと指を滑らせる。  私の小さな手にもすっぽり収まる膨らみに、爪を突き立てた。 「――っっっ!」  長めに切り揃えて、綺麗に研ぎ、磨いてある爪。  血が滲むほどに、肌に喰い込んでいく。  その手を緩めずに、もう一方の手でスカートをまくり上げた。  姿を現したパンツは、ブラジャーとお揃いの、普段の遠藤を考えればかなりお洒落でセクシーなものだった。  ブラジャーに引き続き、これは意外だった。  普段の遠藤の洒落っ気のなさを考えれば、ブラとパンツの色さえ違っていても驚かなかっただろう。なのにきちんとお揃いで、真新しい、普通の女性ならデートで勝負下着として着けるような品だった。  こう見えて、実は見えないところのお洒落に気を遣う性格だったのだろうか。本当は派手好きなのに、教師という立場上、目に見える服装はあえて地味にしていたのだろうか。  それとも……  ふと、気がついた。  まさか。  もしかして。  今日、こうした展開になることも予想しての下着の選択だったのだろうか。  だとしたら、今の私の行動も遠藤の掌の上で踊らされていることになる。  それは愉快なことではない。  だから、陵辱したくなってしまう。  パンストの股の部分をつまんで引っ張り、鋏を突き立てた。  ……シャキン。  金属の擦れ合う音。  直に肌には触れていないが、それでも遠藤はびくっと震えた。  薄いナイロンの生地が、なんの抵抗もなく裂けていく。  さすがに、いくぶん怯えたような表情を浮かべている。  いくら気丈でも、たとえ心構えができていても、刃物に対する本能的な恐怖心は拭えまい。私と違って、こうした行為に慣れてもいないはずだ。  私も最初の頃は、こんな、母親とはぐれた仔犬のような表情を浮かべていたのだろうか。  その時は凶器を突きつけられていたわけではないけれど、相手に逆らえないという点では状況は同じだった。今の遠藤と違い、心の準備すらできていなかった。  だからといって、この表情をさせただけで満足するわけではない。  もっと、陵辱したい。  泣き出すまで。  泣き叫ぶまで。  そんな衝動に駆られてしまう。  手の動きを止めず、パンツに鋏を入れる。  二度、三度、音を立てて閉じる鋏。  しんとした保健室に、無機的な金属音が響く。  遠藤の顔が強張る。  セクシーな下着が、ばらばらの端切れに変わる。  どちらかといえば浅黒い遠藤の顔が、はっきりとわかるくらいに紅く染まっていた。  下着が切り落とされて露わにされた局部。  そこを男の目に曝した経験はもちろんあるのだろう。だけど、こんな状況で、しかも場所は自分の職場、相手は生徒でしかも同性とあっては、平然と顔色ひとつ変えずにいられるわけもない。  他人にいちばん見られたくない部分を、手脚を拘束されて隠すこともできず、無防備に曝されているのだ。  私としても、同性のそこをまじまじと見る機会は珍しい。女性を含む多人数の〈プレイ〉の経験はあっても、そんな状況でも私は基本的に責められる側だった。  遠藤のそこは、陰毛はかなり薄めで、地肌が透けて見えていた。面積もさほど広くはない。剃り跡も残っていないから、もともとの体質なのだろう。  こんな薄いヘアでは、その下の陰部も隠せていない。  体格同様、そこもやや小ぶりな印象だった。肌は地黒ではあるけれど、それを除けば形も色も綺麗で、それほど使い込んではいない印象だ。  もっとも、見た目はあまり当てにはならないのかもしれない。  使い過ぎなはずの私も、そういう体質なのか、色素の沈着も型くずれもない。もともとが病的なほど色白なので、綺麗な淡いピンク色をしている。しかも無毛とあって、男たちは「子供みたい」と口を揃えて言う。  遠藤も、子供みたいとまではいかないまでも、実年齢よりは幼い印象を受ける。  その、薄いヘアを見ていて、ふと思いついた。  ただ犯しただけではたいして堪えまい。女同士では妊娠の危険もないのだから。  だから、もっと恥ずかしい〈証〉を残してやろう。  一度、立ち上がる。  保健室という場所柄、室内には手や傷を洗うための洗面台があり、除菌ソープのボトルが置かれていた。  手を濡らし、石鹸をたっぷりと泡立てる。 「……北川?」  訝しげな表情を見るに、まだ、なにをしようとしているのか気づいていないようだ。  ベッドに戻り、泡まみれの手で遠藤の下腹部に触れる。淡い茂みに覆われた恥丘に石鹸を塗り広げる。 「……北川、まさか……」  ようやく私の企みに気づいたのか、顔色が変わる。  たいていの女性にとって、それはただ犯されるよりもよほど羞恥心を煽られる行為だろう。  鞄から、愛用の剃刀を取り出す。  遠藤の、白い泡に覆われた下腹部に当てる。  びくっと震える身体。  手にしているのは、普段は〈切る〉ために用いている道具だ。しかし、こちらの方が本来の用途に近い。  刃を寝かせ、縦に滑らせる。刃の動きは、普段と方向が九十度違っている。  切る方向ではなく〈剃る〉方向。  ざらざらとした感触が手に伝わってくる。  微かな呻き声が上がる。  二度、三度、剃刀を往復させる。その度にざらついた感覚は少なくなり、刃がなめらかに滑るようになる。  数分後、剃り落とされた毛と残った泡をティッシュで拭うと、そこを覆っていた淡い茂みはきれいさっぱり姿を消していた。 「……私とお揃いね」  すべすべの恥丘を指先で撫でる。 「子供みたいで可愛いわよ?」  遠藤は無言だった。  さすがに、これまでになく表情が硬く、唇はぎゅっと噛みしめられていたけれど、その頬は紅かった。 「じゃあ……記念写真」 「……ッ!」  携帯を取りだし、曝け出された下腹部を正面から写真に収めた。  顔を背ける遠藤。それでもなにも言わずに唇を噛みしめている。  たいした自制心だ。だからこそ、苛め甲斐がある。  どこまで耐えられるか……と、撮ったばかりの写真を顔の前に突きつけてやった。  顔の赤みが増す。恥ずかしさの中に、微かに怒りと怯えがブレンドされた複雑な表情を浮かべている。 「……遠藤って、今、オトコいるの?」 「…………幸か不幸か、独りだ」  怒りを抑えているためか、それとも羞恥心のためか、微かに声が震えていた。 「……残念」  肩をすくめて、携帯をポケットにしまう。 「彼氏にどう言い訳するのか、聞いてみたかったのに」 「正直に言うさ。ちょっと倒錯した趣味の女生徒にやられたって」 「……つまらないわね。もっと恥ずかしがってくれてもいいのに」  ここまでのところ、かなり気丈に振る舞っている方だろう。 「これについて、正直な感想は?」 「……正直に言えば、死ぬほど恥ずかしい。今夜ほど、感情があまり表情に出ない自分をありがたく思ったことはない」 「そう?」  さらけ出されている割れ目に触れた。小さな割れ目を指で拡げると、中はかなり潤いを帯びていた。 「……少し、濡れてるわ。私を犯していたから? それとも……剃られて興奮したのかしら?」 「…………両方……かな」  あまり女らしくない遠藤も、こうしたところはちゃんと〈女〉のようだ。 「……まったく濡れていないところに、無理やりねじ込んでやるつもりだったのに」  言うと同時に、中指を一気に奥まで挿入した。 「――っっ!」  短い悲鳴が上がる。  それなりに濡れていたとはいえ、まったくほぐされていない状態で、私のように頻繁に使っているわけでもなく、そもそも経験が少ないのだ。私の細い指の一本でも、いきなり挿れられたらそれなりに痛いだろう。  もちろん、それが目的だ。  私は遠藤を〈レイプ〉しているのだ。気持ちよくしてやる必要などない。ただ乱暴に陵辱すればいい。  それでも指を動かしていくと、一往復ごとに潤いが増し、滑りがスムーズになってきた。  親指の腹をクリトリスに押しつけて刺激しながら、深く挿入した中指で膣内をまさぐる。  一分と経たずに、蜜が溢れだして手を濡らすようになった。  固く閉ざされていた唇が、濡れた花弁と同調するように開かれる。そこから漏れる呻き声は甘く鼻にかかって、普段のハスキーな声に比べるとオクターヴが高くなっていた。  それに混じって聞こえてくる、くちゅくちゅというぬめりを帯びた音。  私よりも粘性の強い音だった。  遠藤が言っていた通り、確かに、中の感触は私のそれとずいぶん違う。  体格が小柄で、経験も少ないせいだろうか。まずとにかく小ぶりで狭い印象だった。私の〈締まりがいい〉のとはまた違う、絶対的なサイズの差だ。  そして、膣壁がやや固い印象を受ける。これも、指に絡みつくような自分の感触とは違っている。  とある〈パパ〉が「女の子のあそこはひとりひとり作りが違うし、もちろん挿れた時の感覚も違う」と言っていたことを想い出しながら、指を動かす。  中がほぐれてきたところで、中指に続いて人差し指も挿入した。 「……あっ……く……ぅんっ、…………ぁんっ!」  女同士の経験は少ないとはいえ、どこをどうすれば女の身体が感じるかはよくわかっている。本気で感じさせるために指を動かすと、遠藤は両手両脚を拘束されたまま激しく身体を捩らせた。  声は必死に抑えようとしている。保健室の外に声が漏れないようにという配慮か、あるいは生徒に犯されて本気で感じてしまうことに抵抗があるのかもしれない。  遠藤の反応を見ながら、指の動きを速めていく。  中が熱くなってくる。  充血した粘膜が指を包み込む。  身体も汗ばんで、呼吸が荒くなってくる。  顔も、はだけた胸も、赤みを増してくる。 「……っ、あぁっ! あぁんっ! やっ……だっ……め、あんっっ、あんっ!」  執拗に愛撫を続けていると、ついに堪えきれなくなったのか、口を大きく開いて喘ぎはじめた。  こうなったらもう抑えられまい。  まず一度、いかせるつもりだった。そのつもりで愛撫していた。遠藤にとっては、乱暴に痛めつけられるよりも〈生徒に犯されていってしまった〉ことの方が屈辱的に違いない。  指を強く押しつけて、クリトリスとGスポットを重点的に刺激する。フィニッシュに向けて指を加速していく。  激しい指の動きに、愛液が飛沫となって飛び散った。 「ああぁっ! あぁんっ! あぁぁんっ! あぁぁぁ――っっ!」  ベッドの上で身体が弾む。  鎖ががちゃがちゃと鳴り、ベッドが軋む。  絶叫とともに痙攣する身体。  快楽の極みに達して、一瞬、全身の筋肉が硬直し、やがてぐったりと弛緩していく。  肺の中の空気が吐き出されていく。  焦点の合わない目が、ぼんやりと見開かれている。  そこに意志の光が戻ってくるに従って、顔が真っ赤に染まり、恥ずかしそうに視線を逸らした。  意外と可愛らしい反応をするではないか。特に、声が普段とはぜんぜん違う。 「……遠藤ってば、感じやすいのね。むしろ、不感症なのではないかと思っていたのだけれど。……可愛い声だしちゃって……オトコの前でもこんな感じなの? 実は、ベッドの上では乱れるタイプ?」  わざと、羞恥心を煽るようなことを言う。遠藤は赤い顔で唇を噛んだ。 「…………私の……そう多くない経験の中では……北川が、いちばん……、上手だった」  やや悔しそうな口調だった。 「……そう、ずいぶん楽しんだようね? ……でも、それじゃあ〈レイプ〉にならないわ」  遠藤の中には、まだ二本の指が入ったままだった。彼女には、このくらいがいちばん気持ちのいい、ちょうどいいサイズのようだ。  そこへ、さらに指を追加した。  人差し指と中指に加え、薬指を添えて挿入する。  三本になると、ややきつい。顔を微かに歪める。 「……んっ……んくっ…………ふ……ぅんっ」  それでも三本の指で小刻みに中をかき混ぜると、やや苦しそうな表情を見せつつも、すぐにまた喘ぎはじめた。  指三本で、ちょうど隙間なし、中はいっぱいいっぱいという感覚だ。  しかし、それで容赦はしない。  さらに小指まで押し込んでいく。  そうなると明らかに苦しそうな表情を見せた。 「き、たがわ……、さすがに……それは、無理……」  これ以上は無理、というところまで拡げられた膣口。  痛いほどに引き延ばされた粘膜。  見るからに痛そうではあるが、もちろんすぐに許してやったりはしない。 「無理? ここは子供を産むための器官でしょう?」  新生児の頭だって、私の指四本よりははるかに大きい。多少痛くたって、まだまだ大丈夫なはずだ。  ぐいぐいと押し込む。  指が、痛いほどにぎゅうぎゅうと締めつけられる。しかし挿れられている方はもっと痛いのだろう。 「……それに、私が今朝まで挿れられていたものは、もっと大きいわ。私のことを理解したいのでしょう? 私がされていること……疑似体験、させてあげる」  四本の指をねじ込む。  短い悲鳴が断続的に上がる。 「……ねえ、遠藤……フィストファックって、経験ある?」 「――っ! 北川……っ、それはっ!」  経験などあるわけがない。  ごく普通のセックスだって、それほど経験豊富とは思えない遠藤なのだ。  五本目の、そしていちばん太い指の先端が入口に触れた時、顔にはっきりと恐怖の色が浮かんだ。  なんとか逃れようと身体を捩っているが、強引にねじ込んだ四本の指はそんなことでは抜けない。 「…………大丈夫。私の腕、細いもの。よかったわね、私が華奢で」  もちろん、それでも手首のいちばん細い部分でさえ、平均的日本人のペニスよりはすっと太い。  五本の指を束ねて、ゆっくりと、しかし渾身の力で押し込んでいく。 「イ……や……だ、め……っ! 無理……い、痛っ!」  限界まで拡がって、めりめりと音を立てそうになっている膣口。それでも手はミリ単位で進んでいく。  自分の中に限界サイズのものを挿入されたことはさんざんあっても、他人のそれをこんな至近距離で見る機会などあまりない。一種、異様ともいえる光景だった。 「や…………ア、あぁっ! く、ぅぅ……っ!」  親指の付け根の関節の、いちばん太くなる部分の手前で動きが止まる。  ここまでが限界だろうか。膣の粘膜は引き裂かれそうなほどに引き延ばされている。  しかし、容赦はしない。  小さく深呼吸。  勢いをつけて、渾身の力で最後の数ミリを一気に押し込んだ。 「ひぎぃああぁっっ! あぁぁぁ――っっ!」  絶叫が響きわたる。  廊下に人がいれば、はっきり聞こえていたに違いない。声を抑える余裕などなかったのだろう。  無理もない。  私の右手は、手首まで遠藤の中に埋まっていた。  中の圧迫感はすごい。本当に一ミリの余裕もなく、痛いほどに締めつけられている。 「うぐ……あ、は、ぁ…………うぅ……」  苦しそうに呻いている遠藤。  今にも裂けてしまいそうに見える。  だけど、まだ、終わらせない。  ただ挿入しただけで終わりにはしない。 「ひぃぐぅぅっっ!」  体重を乗せて腕を押し込む。  しかしもう、これ以上は進まない。行き場のない運動エネルギーは、痛みとなって遠藤を襲う。  続いて、逆に引き抜こうとする。しかし、拳が引っかかって抜けてこない。  立て続けに悲鳴が上がる。きっと、身体の内側を引きずり出されるような感覚だろう。 「やっ……だめっ、……う、ぐぅ……おねが、い……」  挿入しただけでもいっぱいいっぱいで、動かす余裕はほとんどない。それでも腕を前後に揺する。  ひと突きごとに、速く、激しく。  早瀬に犯されている時の感覚を想い出して、遠藤の身体を力まかせに陵辱する。 「――ッ! ――っっ!」  もう、悲鳴は声になっていない。ひゅうひゅうと喉が鳴るだけだ。 「すごいでしょう? 一晩中、こんな風にされていたの」  私は汗ばんで息を弾ませていた。私の体力では、これは全身運動だった。  遠藤は、涙と、涎と、鼻水で、顔をくしゃくしゃにしている。  潮吹きか失禁か、下半身からも透明な飛沫が舞い散っている。  そこには、微かに鮮血が混じっていた。 * * *  乱れたベッドの上に、遠藤がぐったりと横たわっている。  焦点の合わない、虚ろな瞳で。  涙と、涎と、鼻水の痕が残る顔で。  爪の傷痕が刻まれた胸。  乾いた血がこびりついた性器。  その下のシーツも、体液と血の痕で汚れていた。 「…………これに懲りたら、頭のおかしい生徒なんて放っておくことね」  遠藤を拘束していた手錠を外しながら言う。  身体が自由になっても、すぐには動く元気もないようだった。あれだけされたら、心身ともにダメージは小さくないだろう。  私にとって、数少ない〈味方〉だったはずの遠藤。  しかし狂った私は、味方であるが故に、壊してしまう。 「よけいに……放っておけないだろう」  微かに動く唇から、力のない声が発せられる。  上体を起こそうとした遠藤は、しかし痛みのためか、顔を歪めてまた倒れ込んだ。 「北川……は……いつも、こんなことを……されているんだろう? ……そんなの、放っておけるわけがない」 「……!」  頭が、かぁっと熱くなった。  手のひらに爪が喰い込むほどに拳を握りしめる。  なんなのだろう、この女は。  これだけひどい辱めを受けながら、なおも私を気遣おうというのか。  聖人君子でも気どっているつもりか。  どうしてか、無性に怒りを覚える。それはおそらく八つ当たりなのだけれど、自分を抑えることができなかった。  ベッドの上に放り出してあった剃刀が目に留まる。衝動的に拾いあげ、まだ力なく投げ出されていた遠藤の腕を掴んだ。  その手首に刃を当て、手に力を込める。  瞬間、「しまった」と思った。  怒りにまかせての衝動的な行動だった上に、他人の手ということで、力加減を誤った。  動脈を切るほどではないだろうけれど、普段のリストカットよりも明らかに傷が深い。たちまち、冗談では済まされない量の鮮血が溢れてきた。 「……」  その血を見た瞬間、手から力が抜けた。  剃刀が乾いた音を立てて床に落ちる。  遠藤はベッドに横たわったまま、手を顔の前に持っていて、傷口をぼんやりと見つめていた。 「痛い……な」  力のない声で、他人事のようにぽつりとつぶやく。 「……毎日のように……こんな痛い目に遭ってるんだ、北川は?」  静かな口調。  優しい視線が私に向けられる。  もう、限界だった。  私はぎゅっと唇を噛むと、そのまま保健室を飛び出した。 * * *  学校を飛び出した後、どこをどう走ったのだろう。  暗くなった空の下、気がつくと学校からはずいぶん離れていると思われる住宅地の路地を歩いていた。  前から、こちらに歩いてくる人影がある。同世代らしい女の子だ。  薄暗くて顔はよく見えないけれど、なんとなく見覚えがあるような気がする。  もう少し近づいたところで、それが〈茅萱カヲリ〉だと気がついた。  向こうもこちらに気がついたらしく、一瞬、驚いたように目を見開き、すぐに強張った表情に変わった。  不快そうなきつい視線を私に向けてくる。クラスメイトの多くが私を見る時の目よりも敵意がこもっているように感じられるのは、私の側の心理的な要因によるものだろうか。  無視して、すれ違う。  直後、茅萱の足音が止まった。  背後からの視線を感じる。  それでも、そのまま歩き続ける。  茅萱と会ったことで、ここが、早瀬の家の近所だと思い出した。関係を持ち始めたばかりの頃、道に迷ってさまよった時に見覚えのある街並みだ。  もしかしたら、彼女も早瀬の家からの帰りなのかもしれない。幼なじみで近所に住んでいると、早瀬から聞いた覚えがある。  しかし、それにしては帰りが早くはないだろうか。同世代との男女交際の経験がないのでよくわからないが、空が暗くなっているとはいえ、高校生が〈彼氏〉の家から帰る時刻ではないように思う。  それに、早瀬に送られていないことにも違和感がある。私でさえ、いつも送っていく早瀬なのに。  もっとも私の場合、自力では歩けない状態だから、という理由もある。  あるいは、送っていく必要もないほどの近所なのかもしれないし、今は早瀬の家からの帰りではないのかもしれない。  真相がどれであれ、私には関係ない。  角を曲がり、茅萱の視線から外れる。無意識のうちに、足は自然と早瀬の家へと向かっていた。  冷静さを取り戻した私は、体調がかなり悪いことに気がついた。  気分が悪い。  吐き気がする。  頭も痛い。  目眩がして脚がふらついている。  ここ数日の睡眠不足と疲労に加え、今日の精神的な影響が大きいのだろう。  すぐに、まっすぐ歩くこともできなくなってきた。  数歩ごとに塀に手をついて立ち止まり、呼吸を整える。  これでは、いつまでも歩いていられない。  かといって、家にも帰れないのだと思い出した。  私は、手ぶらだった。  鞄は保健室に放り出してきてしまった。そして家の鍵と、なによりも財布が鞄の中だった。  ポケットの中にあるのは携帯電話だけで、そういえば、制服のミニスカートの下は下着すらつけていなかった。  だからといって、学校に戻るという選択肢はもちろんなかった。遠藤だって、もう残っていないかもしれない。非番だと言っていたから、私がいなくなった以上は学校にいる理由もないはずだし、なにより彼女は、急いで病院へ行かなければならない状態かもしれなかった。  今、行くあてといえばひとつだけ。  その場所で立ち止まる。  そこで、我に返った。  どうして、当たり前のように早瀬の家へと来てしまったのだろう。  そもそも、学校を飛び出してこの住宅地に来てしまったのは偶然なのだろうか。  冗談じゃない。  早瀬に逢いたいのか――自分に問う。  否、そんなことはない――即座に否定する。  視線を上げる。  早瀬の部屋にだけ、明かりが灯った家。  彼は家にいて、家族は留守。  無意識のうちに、携帯を取りだして視線を落としていた。  一瞬後、その動作の意味に気づく。  もしかして、携帯が鳴り出すことを期待しているのだろうか。  冗談じゃない!  いま早瀬に電話すれば、すぐ家に招き入れられ、犯されることができるのだろう。その展開は容易に想像できる。  犯される。  陵辱される。  陵辱、してもらえる。  痛いほどに。  泣き叫ぶほどに。  それこそが、今、なによりも求めているものだった。  渇きにも似た苦しさを覚える。  〈痛み〉が欲しい。  〈罰〉が欲しい。  〈罪〉を犯したら〈罰〉を受けなければならない。  今日、私のことを気遣う教師を傷つけた。  その報いを受けなければならない。  誰か、私に〈罰〉を与えて欲しい。  早瀬に、逢いたい――  心底、そう思った。  陵辱して欲しい。  泣くほど痛めつけて欲しい。  精神が、身体が、ぼろぼろになるまで犯して欲しい。  手が、脚が、震えている。  苦しくて仕方がない。  鞄が手元にないことが、今、私を苛んでいる苦しみの原因のひとつだった。  剃刀がない。  だから、自分を罰することができない。  左手首の傷が疼く。  爪でかきむしりたくなる。  早瀬に、逢いたい。  彼なら、一時的とはいえこの苦しみから解放してくれる。  剃刀の小さな傷なんて比べものにならないほどの痛みを、苦しみを、与えてくれる。  早瀬から与えられる痛みは、歯をくいしばって耐えればいい肉体的なものだ。どんなに痛くても、耐えられる。  しかし、いま心を蝕んでいる痛み、苦しみには、そう長くは耐えられない。  壊れてしまいそう。  壊れてしまう。  その前に――逢いたい。  簡単なことだ。手の中にある携帯のボタンをいくつか押すだけでいい。  なのに、動けなかった。  手が、動かなかった。  どうしてだろう。  茅萱の姿を見てしまったから?  本命の〈彼女〉に悪いと思っているから?  そんな罪悪感など、私には無縁のはずだ。いつも、妻子持ちの〈パパ〉たちと身体を重ねているのだから。  早瀬に逢いたい。  逢いたくない。  早瀬に犯されたい。  男に触れられるなんて冗談じゃない。  相反する想い。  理性と本能がせめぎ合う。  がたがたと身体が震える。歯がかちかち鳴る。  寒い。  真夏だというのに、凍えそうなほどに寒い。  目眩がする。  視界が揺れる。  脚が震えて力が入らず、今にも倒れそうだ。  脂汗が噴き出してくる。  胃の内容物が逆流する。  早瀬に逢えば、早瀬に貫かれれば、すぐにも解放される――はず。  なのに、動けない。  私は固まったように、路地に立ち尽くしていた。  いっそ、早瀬が気づいてくれれば。  早瀬に気づかれる前に立ち去りたい。  相反する想い。  門の前で硬直したまま、表札を睨みつける。  しかしやがて、立っているのも辛くなってその場にうずくまった。  苦酸っぱい胃液が口から溢れる。  視界が暗くなる。  もう、立ち上がる気力もない。  不意に、周囲が明るくなった。車のライトだ。小型車のものらしいエンジン音が近づいてくる。  立ち上がって避けることもできなかったので、クラクションを鳴らされるかと思ったけれど、もともとさほどスピードを出していなかったらしい車は、目の前で静かに停まった。  ドアが開く音がする。 「どうしたの、あんた……あれ、あんた……?」  聞こえてきたのは、若い女性の声だった。なんとか顔を上げたけれど、ライトの逆光で顔はよく見えなかった。 「あんた……可奈ちゃん、だっけ? どうしたの?」  私の名ではない、しかし私が時々名乗る〈源氏名〉のひとつで呼ばれた。この状況で、それが偶然の人違いである可能性は低いだろう。  その女性は傍らに屈んで、肩を抱くようにして支えてくれた。 「大丈夫? また具合悪いの?」 「……誰?」  私の名前のひとつを知っていて、なおかつ「また」というからには、知っている人間なのだろう。  長い髪の、二十歳くらいの女性だった。そこそこ美人だけれど、どことなく陰性の雰囲気をまとっている。  どこかで、会ったことがあるだろうか。  目の下の傷痕に、見覚えがあるような気がした。 「……覚えてない? ほら、柔道の大会の時、体育館で」 「…………ああ」  思い出した。  夏休みに入る少し前、早瀬が出場した柔道の大会をなりゆきで観戦することになって、その会場で、生理痛と〈クスリ〉の影響で具合が悪くなったところを介抱してくれた女性だ。  取材中のマンガ家とかいっていた。その後、一、二度、メールが来ていた気もするけれど、援交用の携帯だったので、その他大勢のメールとともに無視していた。  名前は……ペンネームは聞いていたはずだ。そう、たしか〈淀川うなぎ〉とかいったはず。変な名前だ。 「……大丈夫? 救急車とか、病院とか?」 「……いらない。少し休めば、治る」  自分の部屋で、手の中に剃刀かカッターがあれば、の話だけれど。 「なら、家まで送ろうか?」 「……家の鍵……忘れて、明日まで帰れない」 「じゃあ……ウチに来る? 散らかってるけど、とりあえず横になるくらいのスペースはあるし」 「……」  少し考えて、小さくうなずいた。  選択の余地はほとんどなかった。  いつまでもここにいては早瀬に見つかってしまうかもしれないし、かといって、もう自力では動けない。財布なしでは他に行くあてもない。  淀川の肩を借りて立ち上がり、軽自動車の助手席に乗せられた。シートに腰を下ろすと、それだけで多少は楽になった。  車が走り出す。  意識が朦朧としていて、どこをどう走ったのかはよくわからないけれど、信号待ちを含めても十五分とかからなかったのではないだろうか。  連れて行かれたアパートの部屋は、本や雑誌、コンビニの袋や脱ぎ散らかした服などでお世辞にも片付いているとは言い難かったけれど、足の踏み場もないというほどではなかった。職業柄か、マンガの単行本や雑誌が目についた。  車に乗った時と同じように、肩を借りて奥の部屋のベッドに寝かされた。2LDKということで、寝室と仕事部屋は別にしているのだそうだ。  横になっていくらか楽になったとはいえ、まだ寒気がする。震えが止まらない。 「薬とか、飲む? うちにあるのは風邪薬と胃薬、鎮痛剤くらいだけど……。あとは徹夜用の栄養ドリンクとか」  首を振る。  この症状は、そんなものでは治らない。  この部屋にもありそうなもので、私の症状を和らげてくれそうなもの。  すぐに思いつくものがひとつ。 「…………剃刀か、カッター、ある?」 「え?」  まったく予想外の単語だったのか、なにを言われたのかわかっていないような声が返ってきた。しかし淀川の視線が私の左手首に向けられると、すぐに納得顔になった。  いつも、血の染み込んだ包帯が巻かれている左手。 「ここで死なれると、ちょっと困るんだけど」  冗談っぽく笑う。  そう言いながらも、マンガを描く時の道具だろうか、変わった形の鋭いカッターを持ってきてくれた。  右手で受け取って、包帯を解く。 「……慣れてるから、迷惑はかけないわ」  この状況が既に迷惑かもしれないが、それは仕方がない。私なんかに関わった時点で諦めてもらうしかない。 「あと、ビデオ撮ってもいい? マンガの資料として」  部屋の隅に置いてあった、小さなビデオカメラを手に取って訊いてくる。 「……資料?」 「うん、他の人には見せないからさ」 「……好きに、すれば。別に、どうでもいいわ」  あまり歓迎することではないけれど、背に腹は代えられない。どうしても嫌というほどのことでもない。いつもの〈どうでもいい〉ことだ。  淀川がカメラを構える。  私はそちらを見もせずに、ベッドに仰向けになったまま、一瞬の躊躇もなしにカッターの刃先を左手首に突き立てた。  鋭い痛みに顔が歪む。  刃を横に滑らせる。  紅い筋がくっきりと浮かび上がってくる。  私は大きく息を吐き出した。それは、安堵の溜息だった。  傷は、いつもよりやや深そうだった。さすがはプロの道具、切れ味がいい。  溢れ出した血が、顔の上に滴り落ちる。  唇を開いて受けとめる。  口の中いっぱいに鉄錆の味が拡がる。  それは、私の気持ちを落ち着かせる味だった。  自分のベッドではないから、シーツを汚すわけにはいかない。仰向けの体勢のまま、身体の上で手を組んだ。  温かい液体が、じんわりとブラウスに染み込んでくる感触。  鼓動に合わせてじんじんと拡がる痛み。  その効果はてきめんだった。  あれほど具合の悪かった寒気、震え、吐き気、頭痛――そのすべてが、この短時間で気にならない程度に治まっていた。  口元に微かな笑みが浮かぶ。 「服、汚れるよ」  カメラを構えたまま淀川が言う。 「……別に、気にしないわ」  むしろ私の歪んだ精神は、着衣やベッドに血の痕があった方が落ち着くほどだ。 「それにしても、やっぱり〈本物〉は雰囲気あるね。もったいつけず、ごく自然な動作だけに、逆に、鳥肌が立つくらいにぞくぞくした」 「…………そう」  それこそ本当に〈どうでもいい〉ことだった。他人からどう評価されようと、知ったことではない。  今の私に重要なのは、この、傷の痛みだけだった。  ずきん、ずきん。  鼓動に合わせて響く痛み。  痛いが故に、心が落ち着く。  この肉体の痛みが、他の痛みを忘れさせてくれる。  これこそが、安らぎだった。  その時、不意に、ポケットの中の携帯が震えた。  取り出してみると、受信メールがあることを示すランプが灯っている。 『鞄と、えっちぃパンツを忘れてるぞ。ヒマな時に取りに来い』  遠藤からのメールだった。  内容はそれだけ。  今日、私がした仕打ちにも、自分の傷にも、いっさい触れていない。  それが遠藤なりの気遣いであることは理解できる。  今なら、平静を保ったまま読むことができた。危ないところだった。〈切る〉前だったら、遠藤の名前を目にしただけで、携帯を叩き壊していたかもしれない。  数秒間、黙ってそのメールを見つめて、そのまま携帯をポケットに戻した。おそらくは遠藤も返事など期待していまい。  明日になっても精神状態が落ち着いているようなら、学校へ行ってみてもいいかもしれない。こんなメールを送ってきた以上、明日も遠藤は保健室へ来ているはずだ。  たとえ気が進まなくても、鞄を置いてきた以上は行かなければならない。 「……ところで可奈ちゃん、夕食は? さっき買ったドーナツがあるんだけど、食べる?」  いつの間にかビデオカメラを片付けた淀川が、ドーナツショップの箱と、コーヒー牛乳のパックと、マグカップをふたつ持ってきた。  小さくうなずく。  あまり食欲はなかったけれど、なにも食べないわけにもいかない。  私は予定外の来客なのだから、遠藤のおやつを横取りするのもどうかと思ったけれど、箱の中身はひとり分の夕食プラス夜食にしても充分に余りそうな量だった。  食べながら、淀川がぽつりぽつりと話しかけけてくる。  私に対する質問は、ほとんどを無視。やがて無駄と悟ったのか、代わりに自分のことを話し始めた。  聞けば、彼女はまだ大学生らしい。  高校生の時にデビューして、大学進学と同時に本格的にプロのマンガ家としても活動するようになったのだそうだ。  そんな彼女の作品のジャンルは、単行本に書かれた〈成年コミック〉の文字が表している。内容的に親元では都合が悪かったのか、実家も都内にあるのに、家を出て独り暮らしをしているのだという。  私は黙って聞いていたけれど、ひとつだけ、質問してみた。 「……淀川うなぎって……変なペンネームね?」 「ああ、それは、本名が依流(いる)だから」  笑って答えるけれど、私は首を傾げた。  その本名とこのペンネームのつながりがわからない。 「……もしかして知らない? うなぎって、英語でイールっていうの」 「……そう」  知らなかった。私の学力はお世辞にも高くない。勉強する気などさらさらないのだから当然だ。  テストの点数などぎりぎり赤点を取らなければそれでいい、点数が足りなければ教師を誘惑すればいい――そんなことを考えている人間が、真面目に勉強をする理由はない。 「……可奈ちゃんって、実はけっこうおバカ?」 「…………莉鈴(りりん)」 「え?」 「莉鈴。それが、私の名前」 「……あ、なるほど」  すぐに納得顔になる。これだけで、言わんとしていることは理解してくれたようだ。現役大学生だけあって、私よりもずっと頭の回転はいいのだろう。 「それはそうと、うなぎってなんとなくえっちっぽいイメージがない?」 「…………まあ、そうね」  さすがに、うなぎを挿れられた経験はないけれど、そういうプレイが存在することは知っている。 「だから、男性向けマンガ家には合うペンネームかなぁって。で、名前がうなぎだから、適当に語呂のいい川の名前を姓にしたってわけ。実際、淀川にうなぎが棲んでるのかどうかは知らないけどね」  私は、淀川がどこにあるのかすら知らない。多分、関西の方だろう。  夕食を終えた淀川は、明日が締切の仕事があるからと仕事部屋へ入っていった。私には「好きに過ごしていい、どうせ寝る暇もないからベッドは自由に使っていい」と言い残して。  その言葉に甘えてベッドに横になったけれど、いくらなんでも眠るにはまだ早い。適当に、近くにあったマンガを手に取った。  背表紙に書かれている著者名は〈淀川うなぎ〉。彼女の単行本らしい。マンガのことなど詳しくないけれど、表紙に描かれた女の子は、クールな雰囲気でありながらどことなく色気を感じさせる、綺麗な絵だと思った。  適当にページを繰っていく。  成年コミックであるから、内容はもろにエロである。絵は綺麗なのに、やっていることはかなり過激だった。それ以上に過激なことを現実にやっている私がいうことでもないかもしれないけれど。  彼女の作風なのか、編集部の方針なのか、すべてが陵辱系の作品で、甘い純愛ものなどひとつもなかった。  そして、近親相姦が多かった。  姉弟。  兄妹。  父娘。  そして母子。  弟が姉を、兄が妹を、父が娘を、そして息子が母親を陵辱していた。  泣き叫びながらも、しかし、どこか拒みきれずにいる女性たち。  肉親に犯されて顔をくしゃくしゃにして泣きながら、しかし肉棒に貫かれている性器は濡れている。  過激で、痛くて、エロティックな描写。  おもしろい、というのとは違うけれど、惹きつけられる。  読んでいて、身体の芯が熱くなってくる。  考えてみれば、こうしたマンガや小説を読む機会は多くはない。なにしろ〈実践〉が忙しいし、私にとってセックスは楽しむものではなく、むしろ苦痛の源なのだ。  しかし今は、淀川のマンガに興奮していた。  たぶん〈陵辱〉がツボなのだろう。  セックスの相手を〈パパ〉と呼ぶことの多い私には、〈近親相姦〉というシチュエーションも影響しているのかもしれない。  そんなことを考えていて、ふと思った。今度、早瀬としている時に〈お兄ちゃん〉などと呼んでみたら、いったいどんな反応をするだろう。  淀川のマンガは、けっして〈おもしろい〉と思って読み進めているわけではない。  むしろ、痛い。  なのに、目が離せない。  無意識のうちに、本を持っていない方の手がスカートの中に入っていた。  そこは熱く濡れて、蜜で溢れていた。  指を挿入する。  声を上げないように唇を噛みながら、ページを繰る。 「は……ぁ……」  膣の中が熱くなっている。指一本でも、かなり感じてしまう。  こうして、なにかを見ながらのオナニーなんて珍しいことだった。自慰自体はほぼ毎日のこととはいえ、直前に自分がされていたことを反芻しながら、というのがいつものパターンだった。  たまに、自分のDVDを見ながらすることはあるけれど、それも、撮影の時のことをよりリアルに想い出すきっかけでしかない。  なのに今夜に限っては、淀川のマンガに夢中になっていた。 「……私のマンガ、そんなにエロい?」  突然の声に顔を上げると、寝室の入口に淀川が立っていた。ちゃっかり、ビデオカメラを私に向けている。  普通の女子高生なら慌てふためく場面かもしれない。しかし、オナニーを見られたくらいで狼狽える私ではない。 「……ん……けっこう」  指を動かし続けながら応える。 「読んでて興奮した? 濡れちゃう?」 「……少し」  実際には、かなり。 「そっか……エロマンガ家としてはいちばんの褒め言葉だな」  目を細めて、本気で嬉しそうにしている。  確かに、このジャンルのマンガというのはそのために存在しているのだから〈オカズにされること〉は作品が認められた証なのかもしれない。 「……ところで、なんでパンツはいてないの? 最初から……だったよね?」  気づかれていたのか。  いや、気づくだろう。  普通の女の子なら、下着をはいていても気を遣うほどのミニスカートなのだ。無造作に座っているだけでも見えて当然だった。 「……脱いで、そのまま忘れてきた」 「普通、パンツって忘れるものかな?」  いくぶん、呆れたような表情になる。  確かに、普通はミニスカートでパンツをはき忘れたりはしない。 「…………普通じゃない、状況だったから」  私の基準でも、今日のあれはあまり普通とはいえない出来事だった。  詳しく聞かれると少々説明に困るところだったけれど、淀川はそれ以上追求してこなかった。聞かれたくないことだと判断して気を遣ったのか、それとも、私のオナニーの方に意識が向いていたのかもしれない。 「まあいいや、続けて」  素直に、その言葉に従う。  もう、やめられないところまで昂っていたし、人目を気にするどころか、むしろレンズを向けられると条件反射のようにその気になってしまう。 「……で、事後承諾になるけど、このまま撮ってていい? 資料として」 「…………好きに、すれば」  この何倍も過激なことを、カメラの前でさんざんやってきた。それも、無修正のまま不特定多数に販売されるものを。  淀川個人の資料としての撮影など、気にとめる必要もない些細な問題だ。  無視して、行為に没頭しようとして。  ふと、思いついた。 「……少し、カメラサービスした方がいい?」  自分が気持ちよくなるためではなく〈見せる〉ためにするオナニーも、得意分野のひとつだ。今はなんだか気分がいいから、少しくらいサービスしてやっても構わない。 「そういうのも得意そうだね。でも、いいや、自然にして」 「……そう」  その言葉通り、カメラの存在も、淀川の存在も、頭から消し去った。  ただ、マンガの内容と、自分の指がもたらす快楽に没頭する。  手脚を拘束され、泣きながら穢されている少女たち。  その姿が自分と重なり、肉体に刻み込まれた感覚が次々と甦ってくる。 「んっ……んふっ…………ぅんっ!」  中指と人差し指、二本の指で中をかき混ぜる。  声はあまり出さないが、感じている時の証である粘性の低い愛液が溢れ、流れ出している。 「あっ……んくっ……っ、んんっ、……ぁっ!」  開いているページには、兄と弟に、前後同時に貫かれている女の子が描かれていた。  私も、前に二本の指を挿入したまま、お尻に薬指を挿れる。  根元までぐいぐいと押し込む。三本の指を、いちばん深い部分でそれぞればらばらに動かす。 「あ…………ぁ…………」  どんどん、昂っていく。  ふぅっと意識が途切れそうになる。 「……っ! んくっ……、――――っっ!」  びくんっ!  身体が大きく痙攣する。  墜ちていく――  高いところから落下して、叩きつけられるような衝撃。  自慰としては、激しい方に分類できる絶頂だった。 「…………特別なことしてるわけじゃないのに、妙にエロいねー」  カメラを下ろした淀川が、緊張で息を止めていたのか、ふうっと大きく息を吐いた。 「……みんな、そう言う」  濡れた指を引き抜いて、一本ずつ舐めながら応える。  いやらしい〈女〉の味がする。それに精液の濃厚な味が混じっていないことが、感覚的に少々ものたりない。 「そういえば、あんた、援交してるんだよね」 「このエロさのおかげで、お小遣いには不自由しないわ」  うんうんと、納得顔でうなずく淀川。そこでふと、なにかを閃いたような顔になった。 「私が、あんたを買うこともできる?」 「……え?」  意外な申し出だった。訝しげな目を向ける。 「……淀川も、そういう趣味?」  そんな風には見えないけれど。  遠藤といい、今日はなんだか百合的展開に縁のある日だ。普段、男としか関係を持たない私としては、少々勝手が違う。 「あ、そうじゃなくて」  淀川は苦笑しながら首を振った。 「モデルってこと」 「……モデル」 「私が用意した相手と、指示する通りにセックスして欲しい。マンガの資料として」 「…………そう」  なるほど、それなら納得はできる。 「なんだかあんたって、カメラの前でちょっとくらいアブノなプレイでも、平気そうじゃない?」 「…………平気じゃないプレイを探す方が……難しいわね」  むしろ、普通じゃないセックスの方がいいくらいだ。  受け入れられない行為がまったくないわけではないけれど、それに当たる可能性はまずない。 「だからね、こう……陵辱系の、市販のいい資料がなかなか見つからないようなシチュエーションのモデルをしてもらえたらなぁ、って。……それ抜きにしても、あんた、イイよ。表情とか、滲み出る雰囲気とか……すごくイイ、そそられる。つか、血まみれのブラウス着て無表情にひとりエッチって、ヤバすぎ。あんたをモデルにして描いたら、すごくウケそう。もちろん、モデル料はできる限り希望に添うし」  黙っているとややクールな印象を受ける淀川なのに、今は妙に熱っぽく語っている。男を狂わせる私のフェロモンに、創作意欲がかき立てられたのだろうか。  私は気の乗らない声でぽつりと言った。 「…………たまに……ヒマで、気が向いた時なら」  具合の悪いところを助けてもらい、泊めてもらっている身で、無下に断わることもできなかった。  援交もAV出演も日常の一部である私にとって、淀川のカメラの前でセックスすることなど、どうってことない。  しかし、 「……でも、カラダが空いてる日なんて、滅多にないわよ?」  いちおう、釘を刺しておく。  陵辱されることのモデルをすることはどうってことないけれど、どうってことないからこそ、進んでやりたいとも感じない。  私が求めているのはカメラの前での〈演技〉ではなく、本物の〈陵辱〉なのだ。 * * *  翌日――  淀川は今日が締切の仕事があるとかで、結局、徹夜で机に向かっていたようだ。  だから遠慮なくベッドを使わせてもらい、久しぶりにゆっくり眠った気がする。  簡単な朝食もご馳走になり、血まみれになったブラウスの代わりに、着古したTシャツとパンツを一枚もらって、昼近くに彼女のアパートを後にした。  これは、一度くらい〈モデル〉を引き受けなければならないだろうか。お礼は後で払うと言ったけれど、モデルをさせる下心があるためか、頑として首を縦に振らなかった。  まあ、仕方がない。  どうせなら、できるだけハードなレイプっぽい行為をリクエストしてみようか。  そんなことを考えながらぶらぶらと歩く。  いうまでもなく、向かう先は学校だ。  気は進まないけれど、行かないわけにはいかない。きっと、遠藤は今日も保健室にいるだろう。下着はどうでもいいけれど、財布と家の鍵はどうしても必要だ。  昨日、学校を飛び出した時に比べれば、身体も、精神も、状態はかなり落ち着いていた。  足許がふらつかずに歩けるくらいには――という程度のものだけれど、それだけでも私にとっては珍しい。  それでも、校内に入るとやっぱり具合が悪くなってきた。  昨夜のように動けなくなるほどでないけれど、胸が苦しくなって、吐き気が込みあげてくる。このままではまずいと、いちばん近いトイレの個室に駆け込んだ。  上体を屈めるのと同時に、強酸性の液体が胃から逆流してくる。  胃液に、半ば消化された朝食のクロワッサンとカフェ・オ・レが混じった茶色がかった液体が、意志とは無関係に逆流し、噴き出してくる。  結局、朝食のほとんどを吐き出してしまったようだ。胃が空っぽになっても吐き気はすぐには治まらず、分泌されたばかりの胃液を絞り出すように吐き続けた。  口中に不快な苦みが拡がる。  こうした嘔吐が習慣になっているというのは、もちろんいいことではない。強酸性の胃液は食道や喉を爛れさせ、癌の原因になると遠藤が言っていた。  もっとも私の場合、そんなことを気にする必要はないのかもしれない。  こんな、毎日のように吐かずにいられないような生活を送っていれば、癌で死ぬよりもずっと早く、精神の限界が訪れるだろう。  心身ともに、健康とはほど遠い生活を送っている。  しかし肉体的な死は、今のところ受け入れるつもりはない。  それは〈罰〉を逃れる安易な道だ。  そんなこと、許されない。  罰を受けるためには、生き続けなければならない。  とはいえ、もう、長くはないのかもしれない。精神的な死は、不可避のところまで近づいている――そんな気がした。 「……は、ぁ……う、ぇぐ……ぅぐっ……ふ……ぅ」  だから、吐き気が治まらない。  胃液の一滴すら、残っていれば吐かずにいられない。  それでも胃が空っぽになると、多少は楽になった。  これなら、遠藤にもなんとか会えるだろう。とにかく、鞄を受け取って即座に引き返すくらいなら大丈夫だ、きっと。  個室を出ると、いつの間に入ってきたのか、ふたりの女子がいた。揃いのジャージは学校指定のものではないから、どこかの運動部だろうか。  ふたりとも見覚えのない顔だったけれど、向こうは私を知っていたらしい。こちらを見て表情を強張らせた。嶮しい視線は、お世辞にも友好的とはいえない。  そんな反応はいつものことなので、気にもとめない。何事もなかったように手を洗い、口をすすいでトイレを出た。背後でなにやらこそこそと話しているのが聞こえる。いい話でないことだけは間違いないだろう。  吐いているところを聞かれたとなると、今度は、妊娠の噂が広まるかもしれない。  援交をしている女子が吐いていた、イコール、妊娠――ありそうな話だ。  今さらどんな噂が流れてもどうでもいいことではあるけれど、それが早瀬の耳に入って慌てたりしたら、少しばかり愉快かもしれないと思った。  保健室の近くまで来ると、また脚が重くなってきた。  どうにも、いつものように気軽にドアを開けられない。  どうしてだろう。  後ろめたいから?  怯えているから?  冗談じゃない。昨日のあれは、遠藤の自業自得だ。  私は、警告はした。なのに遠藤の方から、こちらが過激な自衛手段を執らざる得ないところまで踏み込んできたのだ。  正当防衛だ。自分自身を守るための。  そう言い聞かせて正当化しようとしても、やっぱり具合が悪い。いつもと勝手が違うことは否めない。 「…………」  ふと、気がついた。  だったら、状況を〈いつもと同じ〉にしてしまえばいいのだ。  とはいえ私は手ぶら。なにか使えるものはないか……と周囲を見回すと、掲示板に貼られたポスターが目に留まった。  なんのポスターかなんて目にも入らなかった。ただ、上質の紙を使ったフルカラーのポスターだという点が重要だった。  左手首の包帯を解く。  ポスターを剥がす。  厚く硬い紙の一端を、昨夜の傷がふさがったばかりの手首に当てて、力を入れて引いた。  一瞬、顔をしかめる。  剃刀やカッターのような鋭い刃ではない分、痛みが強い。それでも目的は達せられて、手首に紅い筋が浮かんできた。  これでいい。  用の済んだポスターを廊下に放り出し、保健室のドアを無造作に開けた。ノックすらしない。どうせ遠藤は、私が来るのを待っているはずなのだ。  思った通り、ドアに鍵はかかっておらず、遠藤は机の前に座って本を読んでいた。  予期していたかのように、驚きもせずに顔を上げる。  私は、傷つけたばかりの左腕を掲げて言った。 「……怪我……したわ」 「そうか。そこに座れ」  相変わらずの愛想のない声で椅子を勧める遠藤。  しかし、顔には微かな苦笑が浮かんでいた。もしかすると、保健室の前でなにをしていたのか、見透かされているのかもしれない。  しかしそれについてはなにも言わず、昨日のことにも触れず、いつものように淡々と傷の手当てをしてくれる。 「……そういえば、パンツは穿いているのか?」  包帯を巻き終わったところで、からかうように言った。 「……ご心配なく」  立ち上がって、スカートをまくり上げてみせる。  私はどうでもよかったのだけれど、さすがにそのミニでノーパンはまずいだろうと、淀川がくれたものだ。 「少しだけ、ノーパンのままで来るんじゃないかと期待していたんだけどな」  そう言って笑う。 「まあ、その方が私も安心だ。北川の容姿で、そのミニスカートで、しかもノーパンなんて、たとえ昼間でも襲ってくれと言ってるようなものだぞ?」 「……実際、そう言ってるんだけど。…………ご要望とあれば、脱ぎましょうか?」 「いや、遠慮しておく。昨日みたいな展開になったらちょっと困る。あれは……さすがに、かなり痛かったな」  軽い口調で苦笑している様子からは、昨日の、犯されて泣き叫んでいた姿は想像できなかった。  身体はもちろん、精神的なダメージもないというのだろうか。それとも、超人的な自制心によるものだろうか。 「……どっちが?」 「どっちも。……どちらかといえば……やっぱり……」  他に誰も聞いているはずがないのに、声のボリュームが下がる。 「……フィスト、かな。あれはマジで泣いた。というか、実はまだ痛い」  だったら少しは痛そうな顔をして見せろ、と言いたかった。 「…………慣れれば、気持ちよくなるわ、きっと。そして、普通サイズじゃものたりなくなるかもよ?」 「それはそれでいやだな。……あ、でも」  気のせいではなく、遠藤の頬が少し紅くなっている。顔を近づけてきて、小声でささやいた。 「指、三本までは……、恥ずかしい話だが、すごくよかった。さすが経験豊富……というべきなのか?」 「気に入ったのなら、いつでもしてあげるわ。……もれなく、フィストとリスカつきだけれど」 「ひねくれ者め」  苦笑しながら、私の頭をコツンと軽く小突いてくる。まるで、親しい友達にでもするかのように。 「…………」  遠藤の顔が間近にあったので、そのまま、ちょんと軽く触れるだけのキスをした。  特に意味はない。  顔が近くにある、イコール、キス。  私にとっては条件反射のようなものだ。  驚いたように目を見開いて、少しだけ身体を引いた遠藤。しかしすぐに笑みがこぼれる。  私は、鞄を持って回れ右をした。 「……何度も言ってるでしょう。私、遠藤のこと、嫌いよ」  その台詞は、むしろ、自分に言い聞かせようとするかのようだった。 * * *  保健室を出て帰ろうとしたところ、一階ホールにあるジュースの自販機の前で、クラスメイトの――唯一、私を〈普通のクラスメイト〉として扱う――木野悠美の姿を見つけた。  Tシャツと短パン姿から察するに、彼女も部活だろうか。 「あれー、珍しい人がいる。どうしたの?」  こちらに気がつくと同時に、仲のいい女の子同士がするように抱きついてきた。いま買ったばかりのジュースの紙パックを私の手に押しつける。 「……遠藤に、呼び出された」  しっかり抱きしめられて、返事をしないと放してくれそうにない雰囲気だったので、無愛想ながらも相手をする。 「ああ、なるほど。莉鈴ってば、しばらく見ないと生きてるかどうか不安になるもんね。よかった、生きてて」  笑いながら、ぐりぐりと頬をこすりつけてくる。  どうして彼女は、私を親友のように扱うのだろう。相変わらずの謎だ。身体に回した腕も解いてくれない。 「…………木野は、なにしてるの?」  少し考えて、溜息まじりに訊いた。  彼女が離れない理由は、こうした、友達同士の会話のような反応を待っているのだと気がついた。  案の定、嬉しそうな笑みがこぼれる。 「見ての通り、部活……って、なに、その「部活なんてやってたんだ?」みたいな今さらな顔」  図星、だった。みたい、ではなく実際にそう思っていた。 「何度も話したじゃん、陸上部だって」 「……興味のないことは、すぐに忘れるし」 「うわ、冷たーい!」  傷ついたような表情――もちろん演技の――で、さらに密着してくる。  私としては、ことさらクールな反応をしたわけではなく、本当に記憶になかっただけだ。  他人のことなど〈どうでもいい〉ことで、聞いたとしてもまともに覚えていない場合が多い。そもそも昼食時の木野の話など、半分以上はそのまま耳の中を素通りしている。 「……暑苦しい、放して」  セックス以外で他人と触れる習慣のない私は、こうしたスキンシップは苦手だ。他人が近くにいると落ち着かない。 「相変わらずのクールビューティなんだから。ま、そこがいいんだけど」  いったいなにがいいのやら。  まだ、離れる様子がない。  ここまで来ると、さすがに、普段とは違うやや不自然な態度だと感じた。  私に対して意味もなくなれなれしい木野とはいえ、いつもは、私が拒絶しないぎりぎりの境界線を守っている。これは明らかに近づきすぎだ。  最初に抱きついてきただけなら、夏休みで久しぶりに会ったからとも思えたけれど、いつまでも離れないのはおかしい。 「……ところで、ひとつ訊きたいんだけど?」  木野がそう言いかけたところで、はっと気がついた。木野のこの行動、抱きついているのではなく、私が逃げないように捕まえているのだ、と。  この後に続く〈訊きたいこと〉とやらは、私が避けたいと思うような話題なのだろう。 「莉鈴って……、今、付き合ってる彼氏とか、いる?」  心の中で警鐘が鳴る。これこそ〈今さら〉な不自然な質問だ。 「……お小遣いもらって、時間限定のお付き合いならいくらでも、……知ってるでしょ?」 「そーゆーのじゃなくて」  さすがにもう、なにを言いたいのか察しはついていた。だからといって、こちらから認めてやる必要はない。 「お色気モードの誰かさんが、どこかで見たような身体の大きな男子に抱きかかえられて、夜の街を歩いていた――という噂がちらほら」 「見間違いでしょ」  即答する。もちろんそれで相手が納得するわけもなく、意味ありげに笑った。 「他の子たちはともかく、あたしが見間違えるわけないでしょ。その誰かさんが、普段と違うツインテールだったり、他校のセーラー服だったり、お化粧もしてとびっきり可愛い姿だったとしても」  内心、舌打ちする。  噂などといって、実は木野自身が目撃していたのでは誤魔化しようがない。  実際のところ、早瀬との関係が他人に知られるのは時間の問題だった。早瀬の家から帰りは、たいてい自力では歩けない状態なので送ってもらっていたし、その時も特に周囲の目を気にしていたわけではない。  そもそも、私が気にする問題でもない。私との関係を知られて困るのは早瀬の方であり、その早瀬が自分の意志で送っているのだから。  早瀬との関係が始まって三ヶ月近く。むしろ今までよくばれずにいたものだ。  大きく溜息をつく。  それを降参の意思表示と受け取ったのか、私を捕まえていた腕が緩んだ。 「早瀬と、付き合ってるの?」  直球で訊いてくる。  私も、もう、とぼけはしなかった。 「……まさか」  小馬鹿にしたような口調で、正直に答える。 「……たまたま、なりゆきで……セックスする機会があっただけ」 「たまたま、なりゆき……にしては、一度じゃないらしいけど?」 「…………」  眉をひそめて木野の顔を見た。  そこまで知られているのか。  いったい、どこまで知っているのだろう。  頻繁に逢っていることまで知られているのだとしたら、下手に誤魔化そうとすればするほど、それこそ本当に付き合っていて、それを隠そうとしていると受け取られかねない。  ここは全面降伏した方がよさそうだ。 「…………私が名器で床上手だから、やみつきになったんじゃない? 時々、誘いのメールが来るわ。……特に断わる理由もない時は、相手してやってる」 「ふむ……」  いちおうは納得したのだろうか。私も、嘘はついていない。  しかし、ひとつ、言わなかったこと、追求されると返答に困ることがあった。  それは〈お小遣い〉をもらっていないこと。  早瀬との付き合いが、他とは違う特別なことと思われかねない。  そして困ったことに、木野はそれを見逃してくれるほど抜けてはいないのだ。 「でも、援交じゃないんだよね?」 「……お金は、もらってない」  ここで嘘をつくのは不自然だった。他の〈パパ〉たちが支払う私の〈相場〉は、普通の高校生が頻繁に払っているというには無理がある額だった。 「……ゴハンとか、おごらせてる」  それなら、いちおうは事実といえなくもない。正確にはおごらせているのではなく、向こうが自主的に用意しているものではあるけれど。  木野がからかうように笑う。 「それってまるで、恋人同士みたいだね。……早瀬のこと、好きなの?」 「大っ嫌い」  即答したその台詞だけは、一点の偽りもない真実だった。  ただし、正確には早瀬個人が嫌いなのではなく、すべての男が嫌いなだけだ。 「……私を金で買う大人たちと同じくらい、嫌いよ」 「じゃあ、強要されてるの?」 「……別に」 「…………相変わらず、歪んでますな」  苦笑しつつも、ようやく腕を解いて完全に解放してくれた。  ここまで若干シリアスな〈詰問〉の雰囲気を漂わせていた表情が緩んだ。この後の質問は、本当に〈雑談〉だということだろう。 「ところで……早瀬ってあの体格だけど、やっぱり……アレもおっきいの?」  なるほど、そう来るのか。  確かに、この年頃の女の子なら気になる話題かもしれない。 「…………かなり」  この質問も、嘘をつく必要はない。 「それがすごくて、莉鈴もやみつきに?」 「……まさか」  鼻で笑う。 「私にとっては痛いだけだわ」  痛いからこそ感じてしまう、求めてしまう、という部分はあるけれど、そこまでは言わない。  ただ、早瀬とのセックスが、私にとって単純に気持ちのいいものではないことは事実だ。いくら経験豊富とはいえ、平均よりもかなり小柄な私である。〈挿れることができる〉と〈挿れられて気持ちがいい〉の間には大きな隔たりがある。 「つまり……それだと、莉鈴の側の理由が見えないんだけど?」  理由――すなわち、早瀬との関係を繰り返している理由。  確かに木野の言う通りだ。他人にとっては謎だろう。  ……いや。  実際のところ、自分でもよくわかっていない。  痛みを与えてくれるから――というのは理由のひとつかもしれないけれど、それは必ずしも早瀬でなくてもいいことだ。  では、実は内心好きなのかといえば、それは嘘偽りなく絶対にありえないと断言できる。 「……そんなの、簡単でしょ」  しばし考え、答えを思いついたところで歩き出した。  木野もついてくる。  もらったジュースが手の中にあったことを思い出し、ストローを挿して口にくわえた。  ほどよく冷えたグレープフルーツジュース。酸味と苦みが心地よい。  木野も思い出したように、自分の分のジュースをもう一本買って、小走りに私に追いついてきた。 「で、その理由とは?」 「……私が狂っているから、よ」 「なるほど」  それなりに納得顔でうなずいている。  彼女も、私が正気でないことは認識してくれているわけだ。  それなら、いい。  私の〈狂気〉を認識しつつも踏み込んでくるのなら、昨日の遠藤同様、万が一傷つけても言い訳ができる。  ジュースを口に含みながら、校舎の外に向かってゆっくりと歩く。  そこで、ふと、気がついた。 「……噂、広まってる?」  木野の方を見ずに、独り言のようにつぶやいた。  頭の中に、昨夜すれ違った茅萱の表情が甦っていた。それと、さっきトイレにいたふたり連れ。  木野以外のクラスメイトが私に対して好意的な表情を向けないのはいつものことと思っていたけれど、それにしても彼女たちの態度は普段となにか違っていた。  もしかすると、知っていたのではないだろうか。  噂がそれなりに広まっているとしたら、真っ先に茅萱の耳に入らないわけがない。 「そこそこ……夏休み中だからまだいいけど、二学期になったらあっという間だろうね」 「……そう」  どうやら、少しばかり煩わしいことになりそうだった。  学校では他人と関わらないように、誰からも相手にされないようにしてきたけれど、新学期が始まってもそれを期待することはできないかもしれない。 「茅萱はね、たぶん、なにも言わないと思うよ? それより、彼女の友達の方がうるさいかも」  よくある話だ。  恋愛沙汰なんて当事者だけの問題だろうに、なぜか周囲の無関係の人間ほど騒ぐものらしい。 「……どうでもいいわ。私が誘っているわけじゃない」 「そーゆー正論が通じる相手だといいんだけど」  実際のところ、そうじゃない相手の方が多い。恋愛に関して、女子は特にそうだ。  そうしたことは中学の時に経験済みで、だからこそ高校では容姿もフェロモンも隠していたのに、やっぱりクラスメイトと関係を持ったのは失敗だった。ひとりと関わってしまうと、いらないしがらみもついてきてしまう。 「よく言うじゃない、恋は理屈じゃないって」 「知らないわ。……恋愛なんて、したことないし」  知識としては知っているけれど、わざと素っ気なく応える。  靴を履き替えて外に出ると、暑いというよりも〈熱い〉といいたくなるような気温だった。陽射しを遮るもののない校門までの空間は、真夏の太陽が無駄に照りつけていた。 「莉鈴はこの後どうすんの? よかったらお茶でもしない? あたしももう帰るし」 「……帰って寝るわ」  これ以上、木野と会話と続ける理由はない。ましてや女同士でお茶なんて時間の無駄以外のなにものでもなく、それなら援交でもしていた方が百倍ましだ。  とはいえ、今の体調と精神状態、そして今日の天候では、そんな気分にもなれない。 「……このところ、寝る暇もない日が続いていたから」  現時点でいちばんましといえる行動は、さっさと帰って疲労と睡眠不足を解消することだろう。  誘いを断わられた木野は、気を悪くする様子もなく苦笑した。〈寝る暇もなかった〉理由がなんなのか、すぐに察したようだ。 「そっか、じゃあ、またね」  小さく手を振る木野。  それを無視して校門へと歩き出す。  ほんの数歩で汗が噴き出してきた。  私を灼き殺そうとするかのような強い陽射し。ただでさえ弱っている身体がさらに消耗していくのを感じる。  溜息が出た。  夏休みも残り少ない。  休み中は、学校に行かなくてもいいというだけでも、精神的にいくらか楽だった。  新学期から、学校はさらに居心地の悪い場所になるのだろう。  早瀬と逢うのを控えた方がいいのだろうか、とも考えたけれど、いずれにしてももう手遅れだ。早瀬とセックスしたのは事実であり、消すことはできない。  もう一度、溜息をつく。  いくら〈どうでもいい〉とはいっても、やっぱり少し気が重かった。 第五章  二学期がはじまって間もない、とある金曜日の朝――  私はひとり、街中のカフェでたたずんでいた。  既に、登校には遅い時刻だ。  着ているものは制服ではなく、ミニのワンピースにオーバーニーソックスという姿だった。家を出る前から、学校へ行くつもりはなかった。  半分ほど残ったアイス・カフェ・ラテのグラスを見ながら、ぼんやりと学校のことを考える。  木野が言っていた通り、夏休みが終わると同時に、私と早瀬の噂は新型インフルエンザよりも早く、クラス中、そして学年中に広まっていった。  そのせいだろう。教室での、早瀬と茅萱の間がなんとなくぎこちないように見える。  私に対しては、茅萱の友人たちと思われる女子からのいやがらせが増えた。  とはいっても、追求されたらしらばっくれられる程度のささやかなものだ。  わざと聞こえるような陰口とか、横を通り過ぎる時に、わざとらしく肩や肘をぶつけてきたりとか。  茅萱自身ははそれに加担はせず、むしろなんとなく居心地悪そうにしていた。これも木野が言っていた通りだ。  このところ、早瀬と逢う頻度は少し減らしている。今さら手遅れではあるけれど、この状況で逢うのは向こうも気まずいだろう。誘いのメールの頻度も、少し減ったような気がする。  もっとも、学校をさぼっているのはそうしたことが原因ではない。  今日は単に〈パパ〉とのデートの約束があっただけだ。  そういえば――  ふと、想い出した。  初めて早瀬とセックスしたのは、この〈パパ〉とのデートの後だった。  もしもあの日、〈パパ〉に時間があって一度だけじゃなかったら、帰りがもっと遅かったら、その後の展開はまったく違ったものになっていただろう。クラスメイトと関係を持つなんてなかったはずだ。  それを考えたら、なんだってそうかもしれない。  十六年弱のこれまでの人生でなにかひとつでも違う出来事があったら、今の私の生活はまったく違ったものになっていただろう。  未来は、ほんのちょっとした気まぐれで大きく変わってしまう。  とにかく、今の学校の状況は、早瀬のせいであり、私のせいであり、突き詰めればこの〈パパ〉のせいともいえた。  今日は幸い、夜まで一緒にいられるという。  ――幸い?  自分の考えに首を傾げる。  むしろ、逆かもしれない。  〈パパ〉は性的な悦びを与えてくれるけれど、そもそも〈性的な悦び〉は私にとってなにものにも勝る苦痛でしかない。  男に穢される忌まわしい時間が、これから夜まで続く。  それを想うと今すぐこの場から逃げ出したい。なのに、心待ちにしている自分がいる。  ふたつの心がせめぎ合い、結局、私は動けずに〈パパ〉を待っている。  普段はつけない腕時計に、ちらりと視線を落とした。  待ち合わせの時刻だ。  悪夢の時間が、間もなくはじまる。 「……あ」  通りの向こうに、信号待ちをしている〈パパ〉の姿を見つけた。  イタリア製の高級ブランドに身を包んだ、四十歳手前くらいの男性。  やや細身ながら、仕事で頻繁に東南アジアや南米へ行っているためだろうか、日焼けしていて精悍な印象を受ける。  信号が変わり、車の流れが止まった。〈パパ〉が――私の悪夢の源が――こちらへ渡ってくる。  カフェのドアが開いた。  ちらりとこちらを見た〈パパ〉と目が合った。私に気づいて、微かな笑みを浮かべる。そのままカウンターでコーヒーを買ってから、私の席へとやってきた。 「待ったか?」  私はもう一度腕時計を見て、大仰に溜息をついた。 「パパ、遅い」  軽く唇を尖らせる。  おや、という表情で〈パパ〉も自分の腕時計に目をやった。ロレックスの高級モデルを、いかにも当たり前のように身に着けているところが憎らしい。  私は正直なところ、自分がつけているフランクミュラー――十五歳の誕生日に〈パパ〉が買ってくれたものもの――は、あまりにも分不相応で似合っていないと思っている。  そもそも、高級ブランドなど興味はない。この時計も、いま着ているフランス製だというワンピースも、〈パパ〉からのプレゼントだから礼儀として〈デート〉に着けてきているのであり、そうでなければ身に着けるものなんて、ユニクロでも無印でも構わない。  それに本音をいえば、腕時計はロレックスの方がよかった。  ――〈パパ〉とお揃いになるから。だけど〈パパ〉は、ロレックスのレディースモデルが好みではないのだそうだ。 「遅いって……三分しか遅れてないじゃないか」 「三分も、よ。それだけあれば、いろんなコトができるじゃない」 「はは、ごめんごめん」 「最近、忙しくてなかなか逢えないし……。パパ、最近、莉鈴に冷たくない?」  可愛らしく拗ねるというよりも、本気で機嫌を損ねた口調で言う。  この〈パパ〉を相手には、必要以上にぶりっこはしない。〈営業スマイル〉も不要だ。  かといって、学校にいる時や早瀬を相手にしている時のような無表情でもない。  ある意味、もっとも素のままでいられる相手かもしれない。しかし最近では、どれが自分の素の姿なのかもよくわからない。 「なかなか逢えないのは仕方ないだろ。仕事が忙しいのは事実だし、莉鈴に贅沢させるためにも稼がなきゃ」 「莉鈴のために稼いでいるっていうなら、今年のクリスマスはうんと奮発して、ダイヤでも買ってもらわなきゃ割に合わないな」  別に、本当にダイヤが欲しいわけではない。このくらいの軽い皮肉は許される相手だ。 「ああ、欲しいなら、びっくりするくらい大きなダイヤ買ってやるぞ」  あっさりとうなずく。  この〈パパ〉はかなりのお金持ちだった。  肩書きは貿易商ということになっているけれど、しかし、あまりまっとうな商売はしていない。  東南アジアや南米、ロシアなどを飛び回り、偽ブランド品、宝石、拳銃、ドラッグ類、ワシントン条約違反の動物、密漁のカニやマグロやキャビア、はては人間――主に女の子――まで、金にはなるが法に触れる、ありとあらゆる品を密輸しているらしい。  当然、機密保持のためには多くの人間を使うわけにもいかないから、重要な商談は極力自身で行わなければならず、多忙な毎日となるわけだ。 「……ダイヤはいいけど、パパの商品じゃなくて、銀座あたりのちゃんとしたお店で買ってね」  もっとも、宝石に関しては〈本物〉も多く扱っている。いうまでもなく、関税逃れのために密輸した品だけれど。 「で、なにが欲しいんだ? 指輪? ネックレス? ブローチ? それとも……」  にや、とからかうような笑みを浮かべる。 「やっぱり、ピアスか? となると、そのための穴を開けなきゃな」 「……!」  どこに、とは言わなかったけれど、もちろんそれは耳たぶなどではあるまい。  思わず、頬が紅くなってしまう。  私のピアスホールは、すべて彼に開けられたものなのだ。 「ま、とにかく、今日は一ヶ月分しっかり埋め合わせるよ」  そう言うと、ポケットから取り出した手のひらに収まるほどの小さな壜の中身を、私のグラスに一滴残らず注いだ。 「……だから、莉鈴もたっぷり楽しませてくれよ?」  返事の代わりに、ストローをくわえる。  怪しげな〈クスリ〉がたっぷりと注がれたアイス・カフェ・ラテを口いっぱいに含み、ごくんと飲み下した。  〈パパ〉を見て、挑発するように笑う。  続けてもうひと口、ふた口。  グラスがほとんど空になる。  〈パパ〉も、自分のコーヒーに口をつけた。ゆっくりと、香りを楽しむように飲んでいる。  ただし、実際に楽しんでいるのは久しぶりに見る私の顔だろう。私も、やや強張った笑みで〈パパ〉を見つめる。  いま飲んだ〈クスリ〉は、初めての味だった。心の中では、それがもたらす効果に対する不安と、そして期待が入り混じっていた。  〈パパ〉のコーヒーが空になる前に、鼓動が速く、顔が熱くなってきたように感じるのは、単に緊張のためだろうか。それとも、もう〈クスリ〉が効きはじめたのだろうか。  私のグラスが完全に空になり、氷がぶつかって鋭い音を立てた。〈パパ〉は私の反応を楽しむように、わざとゆっくりしているように見える。  そのカップが空になる頃には、身体の異変を、はっきりと自覚していた。  熱い。  身体の芯が、熱い。  全身の皮膚が、すごく敏感になっているように感じる。  衣擦れすら気持ちいい。  先月の〈デート〉で〈パパ〉に買ってもらったお洒落な下着が、いつの間にかぐっしょりと濡れていた。  ……まずい。  この〈クスリ〉、やばいくらいに強い。 「パパ……、これ……やば……い」  舌がもつれ、呂律が回らなかった。  頭が膨らんでいくような感覚。  身体が浮遊感に包まれ、なんだかふわふわして目が回る。 「……ねえ……パパ!」  〈パパ〉が、欲しい。  今すぐに。  心の底から、そう思った。  もう、セックスのことしか考えられない。  この、いやらしい涎を流している小さな唇をふさいで欲しい。  今すぐ。  ここで。 「……そろそろ、行くか?」  その言葉に、私はがくがくとうなずいた。もう余裕がない。  少しでも躊躇するそぶりを見せたら、私を焦らすためにコーヒーをおかわりしかねない。〈パパ〉はよくそうした意地悪をする。  だから、そんな隙を与えずに席を立った。  だけど足許がふらついて、まともには立てなかった。バランスを崩して倒れそうになり、〈パパ〉の腕につかまる形になってしまった。  これが失敗だった。今の状況で〈パパ〉に触れてしまっては、それが服の上からであっても濡れた性器並みに感じてしまう。  声を上げそうになって唇を噛む。ちょっと触れただけで達してしまいそうになるなんて、どうかしている。  それでも〈パパ〉につかまってなんとか歩きはじめたけれど、雲の上を歩いているような感覚だった。  店を出れば〈パパ〉が車を停めた駐車場まではほんの数十メートル。それくらいなら、なんとか耐えられる……はず。耐えなきゃ、ならない。  なのに…… 「……っっ!」  ほんの数歩進んだところで、〈パパ〉にしがみついて立ち止まった。視界が真っ白に染まった。  手から力が抜けてくずおれそうになるところを、〈パパ〉がさりげなく支えてくれた。 「イったのか?」  耳元でささやかれる。  耳たぶに触れる微かな空気の動きが、愛撫と変わらない。  下半身にまるで力が入らず、脚ががくがくになっている。トイレに行ったばかりでなければ失禁していたかもしれない、と思うほどだ。  それでも、なんとか歩き出す。  しかし十歩も行くと、また快楽の波が襲ってきた。 「……っ!」  立ち止まり、〈パパ〉につかまって堪えようとすると、それがまた〈パパ〉との密着度を高める結果になってしまい、結局、またその場で軽く達してしまった。  少し休んで、また歩き出す。  すぐにまた昂ってしまう。  百メートルと離れていない駐車場にたどり着くまでに、いったい何度の絶頂を迎えてしまっただろう。この時点で、もう一日中セックスし続けた後のような疲労感に包まれていた。  しかし実際には、今日はこれからはじまるのだ。これはまだ前菜ですらない。まだ、序章も終わっていない。  駐車場に、黒いガラスの〈いかにも〉な雰囲気の外車が停まっていた。幾度となく乗せられた〈パパ〉の車だ。  助手席のドアを開けた〈パパ〉が、手を貸してシートに座らせてくれる。その時にはもう意識が朦朧としていた。  〈パパ〉が運転席に着く。真っ先に私がしたことは、〈パパ〉に抱きついて唇を貪ることだった。  唇や舌の感度は、クリトリスと変わらなかった。濃厚なキスは、クンニされているのと同じだった。  二度、三度と、感覚が爆発を起こす。  キスしながら、〈パパ〉は私に首輪をはめた。  いつもの、深紅の首輪。  私が〈パパ〉の所有物となる証。  鎖をつながれ、引っ張られる。  首が絞まる。  それすら、快感だった。  意識が飛びそうになる。  口の端から涎がこぼれる。  全身が灼けそうだった。  唇が離れる。  陸に揚げられた魚が酸素を求めるように、〈パパ〉を求めて開かれる唇。  そこに挿し入れられる〈パパ〉の二本の指。  フェラチオするように舌を絡める。  その指は、小さなカプセルをつまんでいた。  指が引き抜かれ、口の奥にカプセルだけが残される。  また別の〈クスリ〉のカプセルだ。  躊躇なく飲み込む。  食道を滑り落ちていく小さなカプセル。それが胃に達して溶けた時になにが起こるかは、よくわかっている。  気が狂うほどの、快楽。  その瞬間が訪れることを心底畏れ、しかし待ち望んでいる。 「パパ……」  また、唇を重ねる。  同時に、〈パパ〉の手がスカートの中に潜り込んできた。 「……大洪水だな。パンツが搾れそうなくらい濡れて、スカートまで染みてるぞ」 「あ……っ、やっ……パパぁ……っ!」  パンツがずらされ、指が入ってくる。  愛液が噴き出すほどに濡れた性器に。  短い悲鳴を上げた。  しかしその指は、愛撫のために挿入されたのではない。私の中に、座薬状の〈クスリ〉を挿れるためだ。指が引き抜かれると、膣奥に微かな異物感が残った。  じわじわと、熱さが拡がっていく。  熱く火照った膣内の体温で〈クスリ〉が溶けていく。 「やっ……だっ、……こ……れ……っ!?」  膣が、意志を持った別の生き物のように、勝手に蠢いているような感覚だった。その動きが、自分自身に対する愛撫になっていた。 「パ……パ……、こんなに……いくつも……マジ、やば…………」 「……まだまだ」  また、指が入ってくる。  ただし、今度は〈後ろ〉に。  膣からあふれた蜜を潤滑剤にして、二本の指が肛門を押し拡げる。深く挿入された指が、直腸に〈クスリ〉を残して引き抜かれる。  お尻の奥がじわじわと熱くなってきて、すぐに、灼けるような感覚に変わった。  呼気も熱い。呼吸が苦しい。  なのに、まだ、終わりではない。  仕上げは、割れ目に触れるひんやりと濡れた感触。  ジェル状の〈クスリ〉がたっぷりと塗りつけられる。いや、塗るというよりも、厚い層になって覆っているという方がふさわしい量だ。  冷たく感じたのは一瞬だけだった。すぐに、灼けるような熱さに変わる。  〈パパ〉が私の手を掴んで、スカートの中に運んだ。そこは濡れているというよりも、粘膜がどろどろに溶けだしているかのような状態だった。  指を、割れ目の中に押し込む。  溶けた粘膜の中に指が沈んでいく。  〈パパ〉の唇が耳に触れる。 「ホテルに着くまで、自分でよく擦りこんでおけよ」  そんな指示は不要だった。  少しでも触れてしまったら、もう止まらない。私は夢中で指を動かしていた。それは〈クスリ〉を擦りこんでいるのではなく、ただただ自分を慰めるための愛撫だった。  〈クスリ〉を与えられてちょっと触れられただけで、もう、最高に相性がいい相手に挿入された時よりも感じていた。  だけど、〈クスリ〉が本格的に効いてくるのはこれからだ。まだ、ほんのはじまりに過ぎない。 「……あっ……んんっ! あんっ……ぁんっ……っ!」  指が止まらない。  少し動かしただけで、すぐに達してしまう。なのに、まったく満足できない。むしろ、〈渇き〉はいっそう強まるばかりだった。  スモークガラスで外から見られないのをいいことに、助手席で脚を大きく開き、まくり上げたスカートの裾を口にくわえ、狂ったように指を動かし続ける。  そんな様子をおもしろそうに眺めながら、〈パパ〉は車を発進させた。 * * *  〈パパ〉との逢瀬で何度も利用しているラヴホテルに入った時には、もう、自力ではまったく立てなくなっていた。  下半身が全部溶けて、愛液として流れてしまったかのよう。  〈パパ〉に支えられて部屋に入り、靴を脱がせてもらう。  そこは、あまり普通の部屋ではなかった。  部屋はかなり広い。  大きなダブルベッドがあるのは当然としても、その四隅には手枷、足枷が鎖でつながれていたり、部屋の中央に産婦人科を思わせる椅子が設置されていたり、壁際にはX型の磔台があったり。  つまり、〈そういう趣味〉の人たちのための部屋で――この〈パパ〉愛用の部屋でもある。  もっとも今の私の目には、そうした〈特殊な調度品〉など映ってはいなかった。  部屋に入るなり、腕の力だけで〈パパ〉にしがみついて、貪るように唇を重ねた。  舌を絡める。  唇の端から涎がこぼれる。 「……逢いたかった……パパ……逢いたかった。……パパと……したかった、抱いて欲しかった」  切ない想いが、涙とともにあふれ出す。 「パパもだよ、莉鈴」  骨が軋むほどに抱きしめられる。  身体が密着し、下半身が押しつけられる。そこに、硬いものが当たっている。 「……最近……あんまり逢えないんだもの……」  とめどもなくあふれる涙で、顔がくしゃくしゃになってしまう。せっかく、綺麗にお化粧してきたのに。  涙が止まらない。  前回逢ってから約一ヶ月という間隔はかなり長いものではあるけれど、それでもこれが初めてというわけではないし、普段ならここまで大袈裟に泣いたりしない。  大量の〈クスリ〉のせいか、いつもより情緒不安定になっているようだ。  しかし、近ごろ〈パパ〉が多忙なのは、実は私にも原因があり、自業自得ともいえた。  それは、今年の春休み――  〈パパ〉の命令で、大事な取引相手とやらを〈接待〉したのだ。  いうまでもなく、〈カラダを駆使しての接待〉である。  これまでにない大口の客ということで、〈パパ〉はいちばんのお気に入りである私を〈接待役〉に任命したのだ。  〈パパ〉のためなら、ということで少々やり過ぎてしまったのかもしれない。手加減抜きでサービスすると、相手はけっこうな年配だったのに、まるで十代の若者のような勢いで私の身体を貪ってきた。  その接待で相手に気に入られたのか、それとも中学生との淫行をネタに強請ったのかは知らないけれど、とにかく大口の契約を獲得して多忙な毎日を送っているという話だ。  以来、〈パパ〉がくれるお小遣いも倍増した。たぶん、ちょっとした大卒会社員の初任給くらいの額はもらっているだろう。  しかし、もともとあまり物欲がある方ではないし、そもそも服やアクセサリや下着などは彼を筆頭とする〈パパ〉たちが買ってくれるのだから、使うあてもない預金残高の数字が増えていくだけの、正直なところあまりありがたみも感じられない報酬だった。  それよりももっと逢えた方がいいのに、という想い。  この忌むべき相手に逢う回数が減って助かった、という想い。  いつも、ふたつの感情がせめぎ合っている。  ただし今に限っては、〈クスリ〉のせいで、頭の中は〈パパ〉を求める想い一色に塗りつぶされていた。 「……したかった……したくてたまらなかった」  泣きながら〈パパ〉の唇を貪る。  キスだけで達してしまいそうだった。 「そんなに溜まってたのか? さっき言った通り、埋め合わせに一ヶ月分まとめていかせてやるよ」  〈パパ〉が嬉しそうに笑う。 「……でも、どうせ、逢わなかった間は他の男たちと遊んでたんだろ?」 「そ、それは……」  一瞬、言葉に詰まった。  ここで「そんなことない」と否定するのは簡単だけれど、それは真っ赤な嘘だし、〈パパ〉が望んでいる答えでもない。そもそも〈パパ〉は私の普段の行動などお見通しだ。 「そ……それもパパが悪いんだから!」  だから、開き直ることにした。 「一ヶ月も放っておかれて、ひとりエッチだけで我慢できるわけないじゃない! 莉鈴のことさんざん調教して、パパなしでいられないカラダにしておいて、なのに一ヶ月も放置プレイなんて無責任よ!」  逆ギレ気味に叫んだ。しかし〈パパ〉は表情を崩さない。 「……で、浮気か? 莉鈴はいけない子だなぁ」  口調は穏やかだが、目が笑っていない。  商売柄だろうか、真剣な表情をするとけっこう凄みがある。その気になれば、こうして口元に笑みを浮かべたまま人を殺せるのではないかと思うほどだ。 「う……」  思わずたじろいでしまう。 「いけない子には、おしおきが必要だな」  首輪につながった鎖が引っ張られる。  革の首輪が肌に喰い込んでくる。  つま先立ちになっても〈パパ〉とは身長差がかなりあるから、さほど楽にはならない。  苦しくて。  だから……イイ。  軽く達してしまい、また、蜜が溢れ出てくる。 「……なぁ?」  促すように、鎖を引く手に力を込める〈パパ〉。彼が望んでいる言葉を口にすることを強要している。 「り……莉鈴は……いけない子です。……パパがいない間に、いけないこと……いっぱいしました。……だから…………おしおき、して、ください」 「言われなくても、するさ」  片手で鎖を持ったまま、もう一方の手をお尻の下に入れて私を抱え上げ、ベッドの上に放り出した。  〈パパ〉もベッドに座る。膝の上に私をうつぶせにして、パンツを膝まで下ろす。  まさしく、小さな子供がパパに〈おしおき〉される構図だ。  スカートがまくり上げられる。  パ――ンッ!  乾いた音が響く。 「ひぃぃっっ!」  同時に、短い悲鳴が上がる。  痛みは、一瞬遅れてやってきた。  パ――ンッ!  もう一度。  大人の力で振りおろされる腕。  柔らかな臀部に叩きつけられる掌。 「あぁぁっ!」  衝撃。そして、熱さをともなった痛み。  しかし今の私の身体には、それさえも至上の快楽だった。 「……あぁっ! …………あぁんっ! ……あぁぁっっ! ……あぁぁ――っ!」  掌が叩きつけられる回数が重なるごとに、悲鳴が甘くなっていく。  頬が上気してくる。  お尻の熱さが、全身に広がっていく。 「あぁんっっ! ……パパぁっ! ごめんなさいっ! ……パパぁァ――っっ!」  十回目で、最初の絶頂を迎えた。  ただ叩かれているだけで、達してしまった。  しかし、〈おしおき〉はまだ終わらない。  一定の間隔で繰り返される打撃音。  一発ごとに、気持ちよくなってくる。  一発ごとに、蜜が噴き出してくる。  痛いのに。  痛いからこそ、いい。  回を重ねるごとに昂って、しまいには一発ごとにエクスタシーを覚えるようになっていた。  気が遠くなる。  痛みと、それがもたらす快楽のために。  かろうじて回数を数えていられたのは、三十発くらいまでだった。以後はもう正気を保っていられなかった。  〈パパ〉の責めはその何倍かの時間続いていたように思う。  果てしなく続く、打擲。  それは限りなく激しい愛撫。  もう、お尻の感覚はない。  痺れたようになって、ただただ熱い。  真っ赤に灼けた炭でも載せられているような感覚だ。  いつ手が止まったのかも、私にはわからなかった。 「……おしおきされているのに、どうして莉鈴はこんなになってるんだ?」  〈パパ〉の手が、お尻ではなく割れ目の中に触れてきた。  「ひゃっ……んんっ!」  それまでとはまったく別種の快感に、身体がびくっと反応する。そのおかげで目が覚めた。  それは〈ぬるり〉ではなく〈びちゃっ〉という感触だった。  愛液は、滴るというよりも湧き出しているという方が相応しかった。 「叩かれて感じてるのか? 莉鈴はいやらしい子だな」 「あっひぃぃっ!」  熱く濡れた、柔らかな襞を力いっぱいつねられた。  お尻を叩かれる時の〈面〉の痛みではなく、鋭い〈点〉の痛み。  それでも、やっぱり、気持ちよかった。  〈クスリ〉漬けの身体は、どんな刺激であっても快感として受けとめてしまうようだった。 「叩かれているのにびちゃびちゃに濡れてしまう変態娘には、もっと厳しい躾が必要かな?」 「……ごめんなさい! 莉鈴は……おしおきされて興奮してしまう変態です。パパに叩かれて……いっぱい、いっちゃいました。……もっと……おしおき、してください……」  今の身体の状態は〈パパ〉に与えられた〈クスリ〉のせいであり、私の本来の体質ではないのだけれど、そんな理性の声は〈クスリ〉に増幅された本能にかき消されてしまう。  もっと、痛いことをして欲しい。  そして、もっともっと感じさせて欲しい。  もう、それしか考えられなかった。  膝まで下ろされていたパンツが、完全に剥ぎ取られる。  抱き上げられて、〈椅子〉に座らされる。  普通の椅子ではない。産婦人科にあるような、脚を拡げて固定できる椅子。本物との違いは、脚だけではなく腕も拘束できるようになっている点だった。 「あ……」  顔の両側で、手首が革のベルトで固定される。  脚も蛙のように開かされて台に乗せられ、太腿と足首が同様に固定された。  服は着たままだけれど、パンツは脱がされて、着ているものはミニのワンピースとソックスだけ。蜜があふれだしている恥ずかしい部分は、まったくの無防備でまる見えになっていた。 「……パパ…………」  続いて〈パパ〉が鞄から取り出したのは、短い〈鞭〉だった。  よくAV撮影で使われるような、音ばかりが派手でたいして痛くないゴム製のバラ鞭ではない。  細い金属ワイヤーを束ねて柄をつけた特注品、金属製のバラ鞭だ。  さほど力を入れずに打たれても、肌に直接当たればみみず腫れは必至だし、本気で打たれたら皮膚が裂ける。  そんな代物だった。  ごくり……唾を呑み込む。  初めてではない。  だからこそ、その威力を知っているからこそ、たとえ〈クスリ〉漬けの頭であっても恐怖心が拭えない。  顔の筋肉が、そして全身が強張る。  しかも、ただ打たれるだけではない。  次に〈パパ〉が手にしたのは、幅広のヘアバンドのような形と大きさの、黒い輪だった。  ただし、ヘアバンドよりも幅広で、材質は真っ黒いゴム製だ。  椅子に拘束されて身動きできない私の頭に被せ、目の位置まで引き下ろす。  視界が完全に遮られる。  それは目隠しだった。  幅広で、締めつけの強いゴム製だから、布製のアイマスクと違って少しくらい暴れてもずれることはない。つまり、暴れるような状況で使用される品だということだ。  視覚が奪われ、完全な闇に包まれる。  周囲で起きていることを認識する手段は、主に聴覚に限られてしまう。  微かに聞こえる〈パパ〉の足音。  そして、鞭のワイヤー同士がぶつかるカチャカチャという金属音。  次の瞬間―― 「……ひぎゃぁぁぁぁ――っっっ!!」  耳が、空気を切り裂くヒュンッという音を捉えたのと、私が絶叫したのが同時だった。  お腹に叩きつけられた灼熱の痛みを頭が認識できたのは、悲鳴の後だ。  なんの予告も前触れもなく打ちつけられた金属製の鞭。  視覚を奪われているから、身構えることはもちろん、心の準備をすることすらできなかった。  心身ともにまったく無防備なところに打ちつけられた、十数本のワイヤーの束。  痛みとして認識するのも一瞬遅れてしまうほどの衝撃。  服を着たままとはいっても、夏物のワンピースの薄い布地など気休めにもならなかった。  痛い。  そして、怖い。  見えていないからこそ、なおさら。  今の一撃、さほど力は込められていなかったはずなのに、お尻を叩かれていた時とは次元の違う痛みだった。  全身から汗が噴き出す。  目隠しの下では涙があふれている。 「……やぁぁぁぁぁ――――っっ!!」  二発目は、左の太腿に打ちつけられた。  やっぱり鞭が風を切る音と衝撃は同時で、覚悟のしようもなかった。  そして、一瞬遅れて痛みを認識する。 「や…………ぁ……ごめんなさい……パパぁ……、あぁぁぁぁ――っっ!!」  次は、右腿。  いつ、どこを打たれるのか、まったく予想できない。  まったく見えない、いつ来るのかもわからない、しかし、確実にやってくる恐怖。  ドッドッドッドッ……  視覚を奪われた分、敏感になっている耳に、自分の鼓動が聞こえる。  激しく、そして速い。  荒い息づかい。  無意識に漏れる、微かなすすり泣き。  聞こえるのはそれだけだ。〈パパ〉の気配は感じられない。  暗闇の虚空の中、私は独りきりだった。  まったくの〈無〉。  なのに―― 「いぎぃぃぃっっ!! ……ひぐぁぁぁぁっっっ!!」  痛みは襲ってくる。  腕……お腹……脚……そして胸。  その場所も、間隔も、一発ごとに変えて。  六回……  七回……  全身が灼けるようだ。  だんだん、間隔が短くなってくるように感じる。 「ぃぎゃぁぁぁぁんっっ!!」  ひときわ強く打ち据えられて息が止まったところで、連打がやんだ。  〈パパ〉がすぐ傍に立っているのを感じる。 「……あ」  胸元に手が触れてくる。  強く引っ張られる。 「ひっ!」  布が引き裂かれる音。  薄い生地の夏物のワンピース――先月逢った時に〈パパ〉にもらったお気に入り――が、びりびりに破かれて剥ぎ取られていく。  続いて、その下のキャミソール、そしてブラジャーが簡単に引きちぎられる。  ソックスだけを残して裸にされた。 「……ごめんなさい……パパ…………許して…………」  手の届く距離にあった〈パパ〉の気配が消える。  そして―― 「あぁぁぁぁぁ――――っっっ!!」  また、鞭が襲ってきた。  気休めといってもいい薄い布地も、一枚あるのとないのとでは、受ける痛みの桁が違った。  剥き出しの肌に打ちつけられるステンレスのワイヤー。  病的なほどに白く繊細な肌は、一撃で線状に腫れあがった。 「いやぁぁぁぁっっっ!! ひあぁぁぁぁぁっっ!!」  おそらく意識しての行動だろう。今まで衣類に護られていたお腹や胸を重点的に狙ってくる。  ワイヤーの一本が固くなった乳首を直撃した時には、悲鳴すら上げられなかった。  ここまで唯一、被害をまぬがれているのは首から上だけだった。しかしそれも、絶対の保証はない。  この〈パパ〉は、そうしたいと思えば後に残る傷をつけることも逡巡しない。事実、私のピアスホールは、乳首や小淫唇はもちろん、耳たぶもすべて〈パパ〉の手で開けられたものだった。 「いやぁぁぁ――――っっっ!!」  剥き出しの裸体をひと通り打ち据えると、同じ場所に二度目、三度目の打撃が襲ってくる。  最初の一撃で腫れあがっている肌への再度の打擲は、さらなる痛みを引き起こす。 「うぁぁぁぁぁ――っっっ!!」  痛い。  痛い。  痛い。  痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――。  怖い。  怖い。  怖い。  怖い。  怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――。  一撃ごとに、意識が飛ぶ。  頭の中が、至近距離でフラッシュでも焚かれたかのように真っ白になる。  いつ襲ってくるのか、いつ終わるのか、まったくわからない責め。  時間の感覚などまったく残っていない。  一発一発の間隔は、お尻を打たれていた時よりも長いはずだ。しかしその分、責めが続いている時間もずっと長いような気がする。  身体中が痛い。  もう鞭が当たっていない時も、全身の皮膚が激痛を訴えていた。  まるで、身体が腫れて倍くらいに膨らんでいるような感覚。  皮膚がずたずたに裂けて、全身が血まみれになっているような感覚。  実際にそんなことはないのだろうけれど、視覚を奪われて激しい責めが続いているために、感覚もおかしくなっているのだろう。  なのに―― 「……これだけ痛いことされているのに、莉鈴は本当にいやらしい子だな」 「ひゃあぁんっ!」  硬いものが股間に触れる。  鞭の柄が押しつけられているのだ。  伝わってくるのは、ぐっしょりと濡れた感触だった。  そこまで出血しているとは思えない。  失禁したにしてはぬめりを帯びた感触だ。  そして鞭の柄を押し込まれた時には、痛みではなく快感のために気が遠くなった。 「ご……めんなさい……パパ……っ」 「まったく……変態娘め」  次の一撃は、今日初めて、どこに来るのかが予想できた。心の準備をして次の瞬間を待ち構える。  しかし予想通りなら、それは覚悟なんてなんの役にも立たない痛打のはずだった。 「……パパっ! いや……だめっ! パ……いやぁぁぁぁぁ――――っっっっ!!」  拡げた脚の間に立った〈パパ〉が、鞭を振りおろす。  無慈悲なワイヤーの束が、濡れた粘膜にまともに叩きつけられた。  その、神経を灼き切るほどの痛み故に、失神することすら許されなかった。 * * *  全身の皮膚が熱い。  巨大なオーブンに裸で入れられたら、こんな感覚だろうか。  鞭の嵐は去ったみたいだけれど、傷みの記憶は身体中の痛覚神経に深く刻み込まれているようだった。  私はまだ解放されていない。  椅子に拘束されたまま。目隠しもされたまま。  微かに聞こえる、ライターの着火音。  ほのかに伝わってくる、煙草の煙の香り。  〈パパ〉が一服しているのだろう。平手で、そして鞭で私を打ち続けて、〈パパ〉だってけっこうな体力を消耗しているはずだ。  しかし、〈おしおき〉はまだまだ終わらない。  その証拠が、紫煙の香りに混じっている、微かに甘いような匂い。  それは、融けた蝋の匂いだった。 「あぁぁぁっっ!!」  突然、胸を襲った痛みに身悶える。  最初の一瞬、それは〈熱さ〉ではなく〈痛み〉だった。  ただでさえ、〈パパ〉は〈撮影用〉の低温蝋燭など使わない。ごく普通の大きな蝋燭、それも、私の白い肌に色が映えるという理由で、クリスマスキャンドルのような真っ赤なものを選ぶ。着色料が混じっている関係で、白い蝋燭よりも若干融点が高くなるのだそうだ。  そんな蝋燭で普通に責められるだけでも悲鳴を上げるには充分だけれど、しかも今は鞭で滅多打ちにされた直後。腫れあがり、出血もしているであろう肌にとって、滴る蝋は熔けた鉛のように熱く、濃塩酸のように痛かった。 「あぁぁっっ! あぁっ! あぁんっっ!! あぁぁ――っっっ!!」  何本もの蝋燭を束ねて持っているのだろう。融けた蝋の雫は〈ぽたぽた〉ではなく、大粒の夕立のように〈ばらばら〉と降ってくる。  両腕、両脚を拘束された身体が、椅子の上で跳ねる。  熱い雨は少しずつゆっくりと移動していく。  腕から右胸へ。  右胸から左胸へ。  そのまま左右の胸を往復する。 「いやぁぁ――っっ!! あぁんっ!! あんっっ!! あぁぁっ! あぁ――――っっ!!」  その一帯でいちばん敏感な部分を集中的に狙っているのだろう。乳首に立て続けに雫が落ちる。  やがて、お腹へと下りていく。お臍を中心に、渦巻きを描くようにまんべんなく紅い雫を降らせていく。 「いやぁっっ! あぁぁ――っっ!! あぁ――っっ! やぁぁ――っ!!」  そこからさらに下、右脚の太腿から膝、脛、そしてつま先。  やがて左脚のつま先に移動。右脚とは逆の進路で、お腹の方へと戻ってくる。 「あぁぁっっ!! やだぁぁっ! ああ――っっ!!」  来た道をゆっくりと遡って、上半身へと戻っていく。  だんだん、身体が強張ってくる。皮膚が硬く突っ張ったような感覚。降りそそぐ大量の蝋が固まって、脚を、お腹を、胸を、鎧のように厚く覆っている。  そして―― 「いやぁぁぁっっっ!!」  頬に、蝋が落ちた。  本当に火傷するほどの高温ではないはずだけれど、それでも熱いものは熱い。痛いものは痛い。そしてなにより、怖いものは怖い。  頭を振って蝋を避けようとすると、髪を掴まれた。  動けないように押さえつけられる。 「……いっ!! ――っ! ……っっっ!!」  頬、鼻、唇。  立て続けに蝋が降りそそぐ。  口の中に入りそうで悲鳴も上げられない。  さらに目の上に蝋が当たる感触に、思わず息が止まった。  丈夫な目隠しで覆われた目は、実際には、今もっとも安全な部位のはずだ。しかし、目を攻撃されるという本能的な恐怖心は抑えられない。  しばらくしてようやく蝋の雨が顔の上を通り過ぎた時には、心の底から安堵の息を漏らした。  しかし、それで安心するのはまだ早かった。  〈パパ〉はいちばんのご馳走を最後にとっておいたのだ。  灼けた雨が再び下半身へと向かった時、その意図を悟って青ざめた。 「パパっ! だめぇっ! やめてっ! そこっ! だめっ! いやぁ――っっ! あぁぁ――――っっっ!!」  脚を開かされているせいで小さく口を開いていた小さな割れ目が、指で大きく拡げられる。  灼熱の集中豪雨がその小さな谷を襲った。 「いあぁぁぁぁ――――っっ!! あぁっ!! あぁぁ――っっっ!! あぁぁんっっ! あぁぁぁぁ――――っっ!!」  単純に痛みを比較するだけなら、そこへの鞭の一撃の方がはるかに上だった。  しかしこの責めは一瞬では終わらない。 「あぁぁっ!! あぁぁっ!! あぁっっっ!! あぁっっ!! あぁぁ――――っっっ!!」  私が号泣して〈パパ〉が満足するまでいつまでもいつまでも続き、融けた蝋は噴火口から流れ出した真っ赤な溶岩のように、谷を埋め尽くしていった。 * * *  それは、通り雨と呼ぶには長すぎた。  灼けた雨がようやくやんだ時には、絶叫し続けていた私はもう息も絶え絶えなほどに消耗していた。  それでもまだ、終わらない。 「っあぁぁぁっっ!!」  また、鞭が振りおろされた。  〈おしおき〉のついでに、皮膚を覆っている蝋の甲羅を砕いていく。 「……あぁんっっ! あっ……っっ! あぁぁっっ!! あはぁぁ――っっ!!」  この頃にはさすがに痛みに対する感覚が麻痺していて、本来は激痛をもたらすはずの打撃は、気が遠くなるほどに甘美な刺激となっていた。  口元に、締まりのない笑みすら浮かぶ。  緩んだ唇から涎が流れ落ちる。  身体中をひと通り打ち据えると、〈パパ〉の手が乱暴に身体を撫でて、蝋の破片を取り除いていった。  繰り返し痛めつけられた肌には、たとえそっと触れられるだけでも灼かれるような痛みが走ったけれど、〈パパ〉は手加減などしてくれない。それに、今の私にはその乱暴な接触こそが至上の愛撫だった。  身体中の蝋を取り終わった手が、唇に触れる。頭を撫でる。 「……よしよし、よく我慢したね。痛かったろ」 「……パ……パ……、おしおき、は……終わり?」  唇が震えてうまく動かない。全身が痺れている。  そして心の奥底では、少しだけ「もっとおしおきを続けて欲しい」と願っていた。 「ああ、莉鈴は頑張ったから、ご褒美をあげるよ」  優しい〈パパ〉の声。 「ごほうび……? 莉鈴は……いやらしい、いけない子……なのに?」  か細い声。小さな子供のような口調。 「もちろん、いやらしい、いけない子にふさわしいご褒美だよ」  顔の横にあった〈パパ〉の気配が、下半身の方へと移動する。 「あ……」  ひりひりと痛む、なのに大量の蜜をあふれさせている割れ目に、熱い塊が触れる。  心の中は、次の瞬間訪れるであろうことへの期待でいっぱいになる。  強く、押しつけられる感覚。 「あぁぁぁぁ――――っっっっっ!!」  優しさの感じられない、力まかせの乱暴な挿入だった。小さな膣が一気に拡げられる。  なのに――  それだけで、達してしまった。  たったひと突きで、失神しそうになった。  長いストロークで打ちつけられる腰。その一往復ごとに絶頂を迎えてしまう。 「あぁぁんっっ! あぁぁっっ! い……いィィっっ! パパっ! パパぁぁっっ!」 「いいぞ。莉鈴のおまんこはよく締まって……最高だ。世界一だよ」 「いっ……いいの? あぁんっ! り、莉鈴のおまんこ、気持ちいいの? パパぁっ! もっと……いっぱい、よくなって……あぁぁっ! 莉鈴にも、いっぱい……っ、ちょうだい!」  頭で考えるまでもなく、腰が、そして括約筋が、〈パパ〉を悦ばせるために勝手に蠢いている。  それは当然の反作用として、私にも同じ快楽をもたらした。 「ああぁんっ! あぁぁ――っっ! あぁぁっっ!! パパぁ――っ!!」  激しく叩きつけられる腰。  膣内を蹂躙する固い男性器。  それが私に与える感覚は蝋よりも熱く、鞭よりも痛い。  だからこそ、この世のなによりも気持ちいい。  この快楽のためなら、なんでもできる。どんなことでも耐えられる。  もう、このまま死んでもいい。  あまりの気持ちよさに、もう本当に死にそう。 「パパっ! パパぁっっ! あぁぁんっっ!! パパぁぁ――っっ!!」  頑丈な金属製の椅子が軋んでいる。  絶え間ない絶叫がその音さえかき消してしまう。  激しい動きで、膣が火傷しそうなほどに摩擦されている。  そこを、いっぱいに締めつける。鍛えられた括約筋は、自分の指一本ですら痛いほどに収縮する。  その狭く曲がりくねったトンネルを、〈パパ〉の分身が力ずくで突き抜けてくる。  内臓を突き上げられる。 「あぁぁ――っっ!! いいぃぃぃっ! イクっ! いっちゃう――っ!!」 「イクのか? 莉鈴、いいぞ。パパもいくぞ」  さらに加速する腰。 「いぃぃ――っっ!! イって! パパぁっっ!! 莉鈴の中にいっぱい出して!」  もう、視界は真っ白だ。  シュッと、鼻にスプレーのようなものが吹きかけられる。  条件反射のように、深く息を吸い込む。  有機溶剤を思わせる刺激臭に、意識がふぅっと遠くなる。 「――――っっ!!」  次の瞬間、頭の中で爆発が起こったような衝撃に襲われた。 「あぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っっっっ!!」  すべてが、真っ白になる。  頭が風船のように膨らんで、破裂する。  身体中の細胞が弾ける。  上下の感覚がなくなって、身体がぐるぐる回っているよう。  無数の色彩が、咲き乱れる花のように、花火のように、周囲を彩っている。  次の瞬間、私の身体は宙に投げ出されていた。  数百、いや数千メートルの高空。  なんの支えもなく、墜ちていく。 「あぁぁぁぁぁ――――――――――っっっっ!!」  熱い。  下半身が灼かれる感覚。  胎内に噴き出してくる〈パパ〉の精は、灼熱の溶岩のように熱く、私の身体を内側から灼いていた。  その熱が全身に回る。  燃えさかる火の玉になって墜ちていく。  永遠に続くかと思われた、灼熱の落下。 「――――――――――――――っっっっっ!!」  地面に叩きつけられる衝撃。  私の身体は、意識は、そこで粉々に砕け散った。 * * *  いったいどのくらいの時間、朦朧としていたのだろう。  数分? 数十分? それとも数時間?  なんとか自我をとり戻した時には、椅子から下ろされて、フローリングの床に転がされているようだった。  とはいえ、身体が自由になったわけではない。  まだ目隠しはつけられたままで、なにも見えない。  腕は身体の後ろで組んで、ロープで固く結ばれている。  脚も、短い鎖でつながれた足枷を両足首にはめられているようで、肩幅ほども開くことができなかった。そもそも脚にはろくに力が入らず、これでは立って歩くことなど不可能だ。  私は、独りだった。  近くに、〈パパ〉の気配が感じられない。  なにも見えず、聞こえるのも微かな空調の音だけだ。  〈パパ〉の存在を示す煙草の香りもしない。  誰もいない。  なにもない。  ただ独り、虚空に放り出されてしまったかのよう。  唯一はっきり感じられるのは、硬い床に触れる肌の痛みだけ。  空調は効いているはずなのに、妙に肌寒く感じた。 「……パパ?」  闇の中で〈パパ〉を呼ぶ。  しかし、返事はない。 「……パパ? ……ねぇ、パパ?」  右に、左に、首を振って呼ぶ。  そんなことをしなくても、たとえトイレやバスルームにいたって声は届くはずなのに。 「パパ! ……パパ! パパっ!」  だんだん、声が大きくなってくる。  膨らむ不安に比例するように。  なにも心配はいらない。  なにも気にする必要はない。  〈パパ〉は近くで息を殺して、私の様子を見て楽しんでいるだけ――。  理性ではわかっていても、なんの慰めにもならない。  感情が、そして身体が、納得してくれない。 「パパっ! ねぇ! パパ! どこ?」  返事はない。  気配もない。  私は決心する。  〈パパ〉の方から来てくれないのなら、こちらから探しに行くしかない。  立って歩くことができず、手も使えないので、身体を捩って、芋虫のように床の上を這っていく。  ずるずる……  ずるずる……  鞭と蝋燭で痛めつけられ、黙っていても絶え間ない痛みを訴えている肌は、硬い床に擦られるたびに激痛が走った。  それでも、這っていく。 「パパっ……パパぁっ! ……あぁぁっっ!?」  闇雲に這っていて、いきなり硬いものに頭をぶつけた。  金属の硬さと冷たさを感じる。おそらく、さっきまで座らされていた椅子だろう。  こぶになりそうなほどの衝撃だったけれど、無視して、方向転換して進み続ける。 「パパ……パパぁ…………パパぁ!」  〈パパ〉を呼ぶ声は、いつしか泣き声になっていた。  まるで、小さな子供のような声。  幼少の頃、人ごみの中で両親とはぐれて迷子になった時の不安感が襲ってくる。  知らない世界に独りでとり残されたかのような、あの不安、絶望、恐怖。 「パパぁ…………パパぁ……」  泣きながら、惨めに床を這っていく。  ずるずる……  ずるずる…… 「……ひぎゃぁんっっ!?」  また、硬いものにぶつかる。壁だろうか。 「……パパ……ぁ……あぁぁん……うぁぁぁ……」  動く気力も尽きて、壁に頭を押しつけたまま本格的に泣き出した。  涙がとめどもなくあふれてくる。  もう〈パパ〉には逢えない。  永遠に独りぼっち。  そんな絶望感に囚われてしまう。 「パパぁ…………」 「……ここだよ、莉鈴」 「パパっ!?」  声は、背後から聞こえた。  ばっと寝返りをうち、声のした方へと這っていく。 「パパ! どこ? パパ!」  ずるずる……  ずるずる…… 「――っっ!!」  また、頭をぶつけた。今度はテーブルだ。 「莉鈴、こっちだよ」  声は横から聞こえる。  〈パパ〉が移動しているのか、それとも私の方向感覚がおかしくなっているのか。 「パパ!」  向きを変えて、進んでいく。 「……こっちだって」 「パパ!」  必死に這っているのに、近づいている気配がまるでない。  立って走れないのがもどかしい。  力を振り絞って、上体を起こして膝立ちになった。全身のばねを使い、勢いをつけて立ち上がるような動きで床を蹴ってジャンプする。  もちろん、着地のことなんて頭になかった。手が使えないから、前のめりに倒れて顔と肩をいやというほど床に打ちつけた。  それでもすぐに顔を上げる。 「……パパ!」 「こっちこっち」  また、声は横から聞こえた。  ほんの少しだけ、近づいたような気がする。  ぶつけた顔の痛みなど構わずに、もう一度、声の方へとジャンプ。  やっぱり顔から着地してしまう。鼻をまともにぶつけて、鼻血が出たかもしれない。 「こっちこっち」  声は、さらに近くなる。 「パパぁっっ!!」  最後の力を振り絞って、三度目のジャンプ。  また倒れそうになって、しかし今度は床にぶつかる前に、柔らかな感触が顔に当たった。 「……パパ!!」  椅子やテーブルとは違う、柔らかな温もり。  〈パパ〉の脚だった。 「パパ……パパ……パパだぁ……」  嬉しくて仕方がない。  また、涙があふれてくる。今度は不安のためではなく、嬉しさのあまり。  じゃれ合う動物のように〈パパ〉の脚に顔をこすりつけながら、上体を起こしていく。 「パパ……パパ……、逢いたかった、パパぁ……」 「……莉鈴」  鎖の音。  首輪に鎖がつながれる。  それだけで、安心してしまう。  〈パパ〉とつながっていられるから。 「パパ……ぅんんっ……」  強引に引っ張りあげられ、膝立ちにさせられる。 「あ……んんっ……んぅ……」  唇に熱い塊が触れた。  それがなんであるかを頭で理解するよりも先に、身体が反応して無我夢中でしゃぶりついた。  さっきまで私を貫いていた〈パパ〉の分身。  口いっぱいに頬ばる。  熱くて硬い、欲望で満たされた肉の塊。  これまで、数え切れないほど私を穢してきたもの。  なのに今は、これが愛おしくて仕方がない。  膝立ちで精いっぱい伸びあがる。そこからさらに鎖を引っ張られて、首が締めつけられる。  それでも口での奉仕に専念する。  口の中が唾液でいっぱいになる。それを塗りつけ、舌を絡め、唇で締めつけて力いっぱい吸う。 「ぅん……ぐぅ……んんっ」  腰が突き出され、喉を拡げて押し入ってくる。  大きな男性器が根元まで口の中に押し込まれる。  喉がふさがれ、息が詰まって苦しい。  それでも嬉々として奉仕を続ける。  〈パパ〉に陵辱されることが、〈パパ〉を気持ちよくさせられることが、嬉しくて仕方がない。  唇で、内頬で、舌で、そして喉で、〈パパ〉を悦ばせる。  〈パパ〉は片手で鎖を引っ張り、もう一方の手で私の頭を掴んで強引に押しつけ、喉を乱暴に犯している。  これが気持ちいい。  気持ちよくて仕方がない。  〈クスリ〉のせいか、あるいは視覚を奪われているせいか、触覚が普段の何倍も敏感になっているようだった。  首輪が喉に喰い込むのすら気持ちいい。  口の中なんて、普段の性器よりも感じてしまう。  頭の中が真っ白になり、理性が消失する。 「んん――っ! んぅん……んぐぅ……んんん――っっ!!」  私が絶頂を迎えた瞬間、亀頭だけを中に残して引き抜かれた。  同時に、熱い体液の塊が噴き出して、口の中いっぱいに広がった。  今の私にとって、それは甘露だった。母親の乳首に吸いつく赤ん坊のように、夢中で一滴残らず貪った。  その、口に絡みつく粘液の感触すら、快感だった。  気持ちよすぎて失神しそうだ。  朦朧とした頭で、本能のままに未練がましく吸い続ける。無理やり引き抜かれた時には、不満の声を上げそうになった。  〈パパ〉の腕で抱き上げられる。  ベッドに運ばれ、仰向けに寝かされた。  〈パパ〉が隣に座ったのを感じる。 「あ……」  大きな手が、身体の上に置かれた。  顔から首、胸、お腹、性器、太腿……身体全体を撫でていく。  みみず腫れと擦り傷と低温火傷、それに打撲だらけの肌は、触れられただけでも痛い。  だけど〈パパ〉に触れられているのだと思うと、この痛みだけで達してしまいそうだった。 「可哀想に。こんなに傷だらけになって」  その手が一度離れ、次に触れてきた時には、ひんやりと濡れたぬめりに包まれていた。  それが軟膏やクリームのような傷薬なのか、単なるローションなのか、はたまた塗るタイプの〈クスリ〉なのかはわからない。  しかし、その感触は気持ちよかった。  全身に塗り広げられていく。痛みが少しだけやわらいだようにも感じるけれど、たぶん気のせいだろう。  次に、両乳首のピアスがつままれ、真ん中に寄せるように引っ張られた。小さな金属音の後に手が離れても、胸は不自然に中央へ引き寄せられたままだった。ピアス同士が、小さな南京錠のようなものでつながれているようだ。  寄せられた胸の谷間に滴る、ひんやり、ねっとりとした感触。大量のローションが流れ込んでくる。  〈パパ〉が私にまたがってくる。胸の下に重みを感じる。 「あ……ふぅん……」  胸の膨らみに触れる、熱い感触。  ぬるり……と谷間に滑り込んでくる。  ピアスをつないで作った谷間に、まだ勢いを失っていない肉棒が挿し入れられた。 「んっ……ぁ……んっ」  少し、痛い。  傷ついた胸を擦られるのはもちろんだけれど、乳首を引っ張られることも痛い。  胸は大きい方だとはいっても、それは華奢な体格の割に、という注釈つき、相対的な大きさの話だ。巨乳が売りのぽっちゃり系AV女優のような、簡単に男を挟めるほどの絶対的なサイズはない。  小柄で痩せていて、胸とお尻の一部を除けば余分な皮下脂肪など皆無の身体なのだ。なのに無理やり寄せられて、けっして小さくはない〈パパ〉の男根を押し込まれて、つながれた乳首が乱暴に引っ張られる。 「あっ……っんんっ、……くぅぅ……んんっ!」  腰を前後に揺する〈パパ〉。  密着していた乳房とペニスが擦れあう。  気持ち、いい。  胸が、信じられないくらいに気持ちよかった。  赤く腫れあがった胸は、性器と変わらないくらいに敏感になっていた。  この行為はパイズリなどではなく、まさしくセックスだった。  加速していく腰の動き。  それに比例して急激に高まる快感。  パイズリなんて、本来、実際の快感よりも視覚効果を重視して、男を悦ばせるためにある行為ではないだろうか。女の子の方がこんなに感じて、今にもいきそうになっているなんて聞いたことがない。  感じる。  感じすぎてしまう。  引っ張られる乳首の痛みも、それが強ければ強いほど、快感だった。  ……いい。  ……もっと。 「あぁ……っ、あぁっっ! パパぁっっ! あぁぁ――――っっっ!!」  顔に降り注ぐ白濁液を感じながら、達してしまった。  さすがの私も初めての、パイズリでの絶頂だった。 「本当に感じやすいんだな。インラン莉鈴」  からかうように胸をつつき、南京錠を外す。 「……うるさい……パパのばかぁ……」  さすがに恥ずかしくて、口を開けば出てくるのは憎まれ口だ。  目隠しされていてよかった。これで〈パパ〉の顔が見えていたらもっと恥ずかしかっただろう。 「……パパのせいで……すっごく、敏感になってるんだもの……」 「じゃあ、もっといいことをしてやろう」  そんな言葉と同時に、爽やかなミントの香りが鼻腔をくすぐった。  ローションよりもひやっとする、メンソールのような感触が胸に滴る。 「――――っっ!!」  次の瞬間、その場所を激痛が襲った。 「いやぁっっ! 痛いぃっ! やだっ、パパっ!! なにっ!?」  ひんやりとした感触が、胸を起点にして全身に塗り広げられていく。  冷たく感じるのはほんの一瞬の錯覚。次の瞬間、それは熱さすらともなう激痛に変わっていく。 「どうだい、ハッカオイルの味は?」 「パパぁっ!? あぁぁっ! あぁぁぁぁ――っ!!」  痛い。  痛い。  痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――  叩かれる時のような、皮膚の表面の、歯を喰いしばって耐えられる類の痛みではない。  身体の中に、皮膚の下に、染み込んでくる痛み。  全身をかきむしりたくなるような苦しみ。  純粋なハッカオイルは、量が多ければ普通に肌に塗っても痛みをともなうものだ。傷だらけの腫れた肌にたっぷり塗りこまれれば、その効果は何十倍にも増幅される。  死にそうな痛み。  死んだ方がましと思えるような痛み。  痛い。  痛い。  痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――  ベッドの上で悶え苦しむ。  身体をこすりつけて拭い取ろうとしても、無駄な足掻きだった。痛みの源は、皮膚の下に浸透した刺激成分であり、痛み出してから拭っても後の祭りだった。  痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――  これまでの責めで消耗しきっていたはずなのに、私は船上に釣り上げられたカツオのような勢いで暴れ回った。  痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――  痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――  痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――  痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――  痛い――――――――――――――  なのに――  しばらくして痛みがいくらか治まり、冷静さを取り戻した時には、お尻の下のシーツがぐっしょりと濡れていた。  信じられない。  あの激痛で、どうして濡れてしまうのだろう。  いくら大量の〈クスリ〉漬けだとしても、あんまりだ。  疲れきっているのに激しい責めを繰り返されて、感覚がおかしくなっているのかもしれない。  もう本当に、限界まで消耗しきっていた。  肺が空っぽになるほどの絶叫の繰り返し。  数え切れないほどの絶頂の繰り返し。  それだけでも相当な体力を消耗する。  加えて、精神的な疲労と、責めによるダメージの蓄積。  もう、寝返りをうつ力も出てこない。  今日はさすがに激しすぎだ。  最初に、あまり逢えないことに対する不満を口にしたからだろうか。本当に今日一日で一ヶ月分を埋め合わせるつもりなのかもしれない。私の体力などお構いなしだ。  いったい、ホテルに入ってからどのくらいの時間が過ぎたのだろう。  正気を失う激しい責めの連続。  失神もしていた。  時間の感覚などまったく残っていない。  それでも、〈パパ〉の責めはまだまだ終わらない。  ベッドの上でうつぶせにされる。  まだ目隠しされたままで、腕も脚も拘束されている。 「……あっ……ン!」  私の中に、入ってくる。  大きくて、固い弾力のあるもの。  だけど〈パパ〉じゃない。大きさは似ているけれど、感覚が違う。  生命を持たない、無機的な〈オモチャ〉。  ずぶ濡れの秘肉を割って、奥の奥まで押し込まれる。 「あっ……パ……パぁ……、っあぁぁんっ!」  スイッチが入れられ、モーターが唸りだす。  私の中でぐるぐると回転し、カスタードクリームのようにとろけた粘膜をかき混ぜる。 「は……あぁぁんっ! あぁっ、あぁんっ!」  膣口を支点にして、奥へ行くほど大きな円を描くようにうねる、擬似的な男性器。  けっこうな大きさではあるけれど、痛みに顔を歪めるほどではない。  ここまで激痛をともなう責めが続いていたけれど、こうした普通の愛撫が物足りなく感じるわけではない。その気持ちよさには素直に反応してしまう。 「んぁ……ぁんっ、……いぃ……あぁぁ……これ、いぃ……」  自分から押しつけるように、お尻を高く突き上げる。  中を締めつけ、回転に合わせて、逆に自分がいちばん強く刺激を受けるように腰をくねらせる。  気持ちいい。  気持ち、いい。  だけど――  ひとつだけ、不満。  少しだけ、物足りない。 「あぁんっ! パ、パぁ……パパの……がいいの、……挿れて」  〈パパ〉が、欲しかった。  無機的な器具ではなくて、熱い、〈パパ〉の身体を挿れて欲しかった。  そして、胎内を精で満たして欲しかった。  欲しい。  欲しくてたまらない。  気持ちよくなればるほど〈パパ〉が欲しくなってしまう。 「バイヴで充分すぎるほどに感じてるじゃないか」  皮肉っぽく言って、バイヴを乱暴に抜き挿しする〈パパ〉。 「あぁぁっっ! あんっ、でもっ! ……か、感じてるけどっ!! でもっ、パパの……方が、もっと感じるもん!」  器具で貫かれている悦びに、性器から愛液の飛沫を撒き散らし、口から泡を吹きながらの台詞では説得力はないけれど、物理的にどちらがいいという問題ではない。  心が、魂が、〈パパ〉を求めていた。 「……オモチャなんかより、パパがいいの!」 「そうまで言われちゃ、仕方ないな」  挿れたままのバイヴから手を離し、〈パパ〉が背後へと回る。  突き上げているお尻をつかまれる。 「ひゃんっ!?」  お尻に滴る、ローションの冷たい感触。 「……や……ちょっ……パパっ!?」  両側からつかまれ、拡げられる双丘。  その中心に押し当てられる、固い弾力を持った熱い塊。  力強く押しつけられる。  小さな窄まりが、力ずくで拡げられていく。 「ぁあんっ!……そこ……っ、ちが……ぁぁんっっ!」 「莉鈴は、お尻も好きだろ?」 「すっ、好きだけどっ……でもっ! ……あぁんっ!」  たっぷりのローションで摩擦係数が限りなく小さくなっているところに、体重をかけて腰を押しつけてくる。  どんなに力を入れても〈パパ〉の侵入をくいとめることができない。自慢の締めつけも、成人男性の本気の力に敵うわけがない。 「んあぁっっ!! ぅんんん……あぁぁっっ!!」  強張った括約筋が強引に拡げられる痛み。  同時に、大きな塊が、ぬるり……と通り抜けていく。 「あぁぁ……は……ぁぁ、んんっ!」  ゆっくり、しかし一瞬もとどまることなく、侵入してくる。  お尻が、熱い。  深く、深く、〈パパ〉が入ってくる。  膣と違って行き止まりがないから、どこまでも深く入ってくる。  直腸で、熱い肉塊の存在を感じる。  息が苦しい。  薄い粘膜の壁を隔てたところでは、まだ、大きなバイヴが膣内を満たし、機械の力で休むことなく暴れている。  そこへ、〈パパ〉が加わる。  細い、華奢な下半身の中に、大きな異物がふたつ。  小さな身体を内側から押し拡げ、内臓を圧迫し、中でぶつかりあって私を蹂躙する。 「あぁっ! や、あぁぁ――っっ! あぅんっ、く……ぅん! だ……めぇっ、パパぁ――っ!」  〈パパ〉は腰を激しく打ちつけながら、バイヴをつかんで乱暴に抜き挿しする。  膣よりもさらにきついお尻への陵辱。しかも前後同時で、中にはまったく余裕がない状態。  その刺激は強すぎて、それ故に気持ちよすぎた。 「パパぁ――っっ! あぁぁ――……っっ」  首輪の鎖を引っ張られ、首が仰け反る。  気管がまともに締めつけられ、息が止まる。  脳への酸素の供給が滞り、目の前が暗くなっていく。  身体が浮遊感に包まれる。 「………………っっっ!!」  お尻の奥にほとばしる熱さを感じながら、また、意識を失ってしまった。 * * *  その後も〈パパ〉は手を変え品を変え、私を陵辱し続けた。  私は何度も泣き、叫び、快楽を極め、失神した。  すべてが終わってホテルを出た時には、外はもう真っ暗だった。  破かれた服の代わりに〈パパ〉が用意していた新しい衣類を身に着けた私は、車の助手席でぐったりしていた。  〈クスリ〉が抜けたせいで、真夏だというのにひどく寒い。そして、ひどい倦怠感に包まれている。  たぶん〈クスリ〉の副作用を抜きにしても、動けないほどに疲れきっているのだろう。今日の責めの激しさを考えれば、むしろ生きているのが不思議なくらいだ。  全身が痛い。  だけど、ひどく眠い。  それでも私は必死に意識を保っていた。〈パパ〉といられる残りわずかな限られた時間、少しでも無駄にはしたくない。  車に乗ってからずっと、私はシートベルトを外して横になり、〈パパ〉の脚の上に頭を預け、〈パパ〉を口に含んでいた。  〈パパ〉とつながっていたかった。  〈クスリ〉が抜けて、津波のように押し寄せていた快感がなくなった分、少しでも〈パパ〉を感じていたかった。  朦朧とした頭。今にも意識を失いそうな疲労。全身を襲う痛みさえ、心地よい夢の中の感覚のよう。  その中で、口の中に在る〈パパ〉だけが、唯一、現実感のある存在だった。  それは、今日一日、幾度となく私を貫き、犯し、陵辱したもの。  私に数え切れないくらい快楽の頂を越えさせ、狂わせたもの。  世界でいちばん、愛おしいもの。  この世でいちばん、忌むべきもの。  一瞬だって見たくもないもの。  ずっと、感じていたいもの。  唇や舌と同調するように、手も、スカートの中で蠢いていた。  下着はつけておらず、そこは相変わらずの泥沼だった。 「あれだけしたのに、まだ足りないのか?」  私にされていることなど気づいてもいないかのように平然とハンドルを握っていた〈パパ〉が、呆れたように苦笑する。 「……こんなカラダにしたのは誰よ!」  他でもない、この〈パパ〉だ。百パーセントではないにせよ、責任の大半はこの人にある。 「……ねえ、やっぱり、泊まっていけないの?」  何度目かのその台詞は、自分で思っていた以上に哀しげな声になった。  一ヶ月分を一日に濃縮したような激しい行為だったけれど、いや、だからこそ、それだけでは満足できなかった。  もっと、ずっと、余韻に浸っていたい。  このままお別れなんて、寂しくて泣いてしまいそう。 「残念だけど、今夜の便で南米に飛ばなきゃならないんだ」 「…………そう」  哀しげにうつむいて、また、〈パパ〉を口に含む。  残り時間はもう秒読み。一秒でも長く〈パパ〉を感じていたい。  だけどそんな時ほど、時間は無情なほどに速く流れてしまう。私の感覚ではあっという間に、車は私が住むマンションに着いてしまった。 「……莉鈴」  手が、頭に触れてくる。  未練がましくくわえ続けている私を引き剥がす。  顔を上げさせて、唇を重ねてくる。  私は舌を伸ばして〈パパ〉の唾液を貪った。  そうしていられたのもほんの数秒間のこと。〈パパ〉は私から離れると、車から降りて助手席のドアを開けた。  とても自力で立って歩ける状態ではない私を抱き上げて歩き出す。建物の中に入り、エレベーターのボタンを押す。  私は少しでも接触面積を増やそうと、ぎゅっとしがみついていた。  〈パパ〉の温もり。  まもなくそれがなくなってしまうと思うと、気が狂いそうだった。  このまま、エレベーターが故障すればいいのに――そんな想いも虚しく、すぐに家の前に着いてしまう。  〈パパ〉はそっと私を下ろし、倒れないように支えてくれている。 「……少し、うちに寄っていかない?」  最後の悪あがき。  飛行機の出発時刻が迫っているのはわかっているけれど、感情が納得してくれない。離れたくない。 「そこは、けじめをつけないとな」  あっさりと言う〈パパ〉を無言で睨みつける。 「日本に戻ったら、また連絡するよ」  慣れた態度で唇を重ね、軽く舌を絡めてくる。  悔しい。  私はこんなにも切なくて、哀しくて、寂しくて。  なのに〈パパ〉は余裕しゃくしゃくで、私と離れることなんてなんとも思っていないみたい。  それが、悔しい。  とても、哀しい。  だから、なんでもない風を装って、ぷぃっと視線を逸らして家の鍵を開けた。 「……いつまでも放っておいたら、また浮気するんだからね」  背中を向けたまま、捨て台詞。  ああ、もう。  こんな、子供っぽい態度。  拗ねているのがあからさまではないか。  なのに、言わずにはいられない。  それが、悔しい。 「……またね!」  怒ったように言い捨ててドアを開ける。それと同時に肩をつかまれ、振り向かされた。  もう一度、キスされる。  舌が熱い。  頬が紅くなってしまう。  〈パパ〉は笑っている。私の心情など知り尽くしているという、余裕の笑みだ。  悔しい。なのに、頬が緩みそうになる。それをこらえて、唇を尖らせて上目遣いに睨んだ。 「……愛してるよ、莉鈴」 「――――っっ!」  けっして口先だけではない、優しい言葉。  そう。  〈パパ〉が私に陵辱の限りを尽くすのは、単に自分の性欲を満たすためではなく、私を愛しているからなのだ。  誰よりも愛しているからこそ、誰よりも私をめちゃめちゃにしなければ気がすまない。  ある意味、子供っぽい独占欲。  それがわかっているから、「愛してる」なんて言われると怒りを維持できなくなってしまう。泣き笑いの表情になりそうなところを必死にこらえる。 「……私も愛してるわ、パパ」  呪いの言葉でも吐くような口調でつぶやくと、家に入って後ろ手にドアを閉めた。  ドアを背にして、寄りかかるように立つ。  〈パパ〉の腕の支えがなくなって、自分の脚だけでは立っていられなかった。  ドアの向こうで、〈パパ〉の足音が遠ざかっていく。  それが聞こえなくなると、脚から完全に力が抜けて、寄りかかっていてさえも立っていられなくなった。  ずるずると頽れる。  暗い――  明かりをつけていない、真っ暗な玄関。  寒い――  〈パパ〉の温もりが完全になくなると、凍えそうなほどに寒かった。  寒い。  寒い。  寒い。  寒い。  寒い。  寒い。  寒い。  寒い。  寒い。  寒い。  寒い。  寒い――――  今日一日、傍にあった温もりがなくなってしまった。  全身の痛みすら、感じなくなっていた。  なにも、ない。  絶対零度の虚空に放り出されたかのような、寒さと心細さに包まれる。  逢いたい――  〈パパ〉に、逢いたい――  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  逢いたい。  どんなに願っても、その想いは叶わない。  これから数十時間、私と〈パパ〉の距離は離れていく一方だ。  痛い――  肉体の痛みは、感じない。  その代わり、心が痛かった。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  痛い。  鞭の痛みなど比べものにならない痛み。  身体の外からの加撃による痛みよりも、関節や骨、臓器といった身体の内部の痛みが耐え難いように、心の内側から込みあげてくる痛みはさらに耐え難いものだった。  その痛みの中から噴き出してくる、どす黒い負の感情。  清水を満たしたグラスに落とした墨の雫のように、心の中が黒く覆われていく。  今日一日、いったいなにをしていたのだろう。  あの男に、陵辱の限りを尽くされていた。  身体中、あらゆる場所を犯され、穢され、ありとあらゆる辱めを受けていた。  ……それは、いい。  だけど……  私は、それに対してなにをしていたのだろう。  気持ちよくて、悶えて、喘いで、数え切れないほど何度も何度も快楽の頂を極めて。  何度も何度も何度も何度もあの男を求めて。  穢らわしい体液で、口を、子宮を、直腸を、満たされて悦んでいた。  あらゆる陵辱が、至高の悦びだった。  いやだ――  そんな自分が、いやだ。  いやだ。  いやだ。  いやだ。  いやだ。  いやだ。  いやだ。  穢らわしい。  穢らわしい。  穢らわしい。  穢らわしい。  穢らわしい。  穢らわしい。  穢らわしい。  穢らわしい。  穢らわしい。  穢らわしい。  自分の身体を抱くようにして、皮膚に爪を立てる。  爪が肌に喰い込んで血が滲んでいるはずなのに、痛みも感じない。  穢れた、身体。  穢れた、心。  償いようもない、無数の罪を背負った忌まわしい存在。  その存在のすべてを否定したい。  死にたい――  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。  死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。  ――――死んでしまいたい。  無意識のうちに手が動いて、玄関に放り出したはずのバッグを探していた。  今日は私服なので、持っていたのは小さなハンドバッグだけれど、もちろん剃刀は入っている。  バッグが手に触れた。  暗闇の中、手探りで剃刀を探す。  それは、すぐに見つかった。  手に馴染んだ、小さな凶器。  だけど――  足りない。  これでは、足りない。  もう、これではだめだ。  今の私に必要なのは、こんな小さな刃ではない。  もっと、もっと、もっと、もっと、大きな刃。  心臓を剔れるような。  首を斬り落とせるような。  そんな、刃。  家にある、いちばん大きな凶器はなんだろう――真剣に考える。  出刃、柳刃、それとも鋸。  キッチンと物置、どちらを探せばいいだろうか。  そのためには、とにかく移動しなければならない。  だけど、立ち上がる体力も気力も残っていない。  玄関で座り込んだまま、動けなかった。  もう一度、バッグの中を探る。  なにか、ないだろうか。  飴とか、チョコレートとか。立ち上がって、ほんの少し移動する力を与えてくれるなにかが。  そう思って手を動かしていると、いきなりバッグが震えた。  突然のことにバッグを放り出しそうなほど驚いたけれど、すぐに、携帯電話だと気がついた。〈パパ〉との逢瀬を邪魔されたくなくて、朝、カフェにいた時からずっとマナーモードにしていたのだ。  手にとって開く。  暗闇の中で、長方形の明かりが浮かび上がる。  そこには〈早瀬〉という文字が記されていた。 「………………誰?」  本気で、そう思った。  想い出すには、少なくとも数秒の時間が必要だった。  絶望的な想いに囚われていた頭が、多少なりともまともに動きはじめるには、それだけの時間がかかった。  朝のカフェから今までずっと、〈パパ〉との今日の出来事が私にとっての〈すべて〉だった。  それだけが、頭の中の、心の中の、すべての領域を占めていた。  そこへ遠慮なく土足で上がり込んでくるような男は、ひとりしかいない。 「…………」  さらに数秒待って、それでも呼び出しが続いているので受話ボタンを押した。 「………………なに?」  機械の方がよほど暖かみがあるだろう、という無機的な声だった。 『ああ、ようやくつながった。……今日、なにしてたんだ?』 「…………あなたには関係ない」  早瀬の口ぶりだと、これまで何度か連絡していたのだろうか。  そういえば今日は平日だった。学校を休んでいればやっぱり気になるのだろう。  体調のせいか精神状態のせいか、私の声はいつもにも増して無機的だった。  最近では珍しい反応だ。関係を持ちはじめた頃はともかく、近頃、早瀬に対しては、無機的というよりも不機嫌そうな態度をとることが多かった。  電話の向こうから、やや戸惑っているような気配が伝わってくる。 『あ……えっと、ちょっと話があるんだけど……これから、会えないか?』  その台詞に、微妙な違和感を覚える。  いつものお誘いなら、ただ「会えないか?」と訊いてくる。わざわざ話があると言うからには、用件はいつもの〈性欲解消〉ではないのだろうか。  他に考えられるとしたら「カヲリにばれたから、もうやめにしよう」とかかもしれない。  だったら電話ですませればいいのに。わざわざ、さらに誤解を重ねるようなことすることもあるまい。 「……電話で、すませられない用?」 「ああ……ちょっと、直に話したい」 「…………」  しばし考える。  今、私が早瀬の家へ行くことはもちろん不可能だ。立つことすら難しい。少しでも気を抜けば、意識を失いそうな状態だ。 「……だったら、うちに、来て」 『いいのか?』 「……鍵は開けておくから、勝手に、入って」  早瀬が着く前に力尽きてしまうかもしれないから。  それだけ言って、返事も待たずに電話を切った。そこで、電話の着信とメールの受信を示すアイコンの表示に気がついた。やっぱり、何度も連絡を取ろうとしていたらしい。  それほどの急用なのだろうか。  用件がなんであろうと、私には関係ない。どうでもいい。  携帯をバッグにしまって、大きく溜息をついた。  力を振り絞って身体を動かす。  靴を脱ぎ捨て、立つ力はないので這うようにして自室へ向かった。  身体に力が入らない。自分が大きな蛞蝓にでもなってしまったかのような感覚だった。  痛い。  身体中がひりひりと痛む。  床に当たって擦れるたびに顔を歪める。  自室に入ると床には絨毯が敷かれているけれど、このぼろぼろの身体にとっては、フローリングの廊下との違いは気休めにもならなかった。  立って照明のスイッチを入れることもできなかったので、暗がりの中を手探りで進んでベッドに這い上がった。  横になったまま、服を脱ぐ。  今日、〈パパ〉にもらった可愛いドレス。下着を着けていなかったので、お尻の下がぐっしょりと濡れていた。  服を放り投げ、ソックスも脱ぎ捨てる。  全裸のまま、毛布に簀巻きのように包まった。  痛い――  全身の皮膚が、毛布に擦れて激痛を発している。  その痛みが、まるで、まだ〈パパ〉に陵辱されているかのような錯覚をひき起こす。  痛い。  泣くほどに痛い。  だから、いい。  また、新たな蜜が湧き出してくる。 「んっ……んくぅっ……ぅん、くぅぅんっ!」  今日、されたことの感覚が、鮮明に甦ってくる。  肉体に深く刻み込まれた陵辱の記憶が呼び覚まされる。  〈クスリ〉。  首輪。  スパンキング。  鞭。  蝋燭。  ハッカオイル。  バイヴ。  そして〈パパ〉の手。  舌。  逞しいペニス。  そのすべての感覚が、一度に襲ってくる。 「あ……はぁ……んっ! あぁ……っ! く……ぅぅんっ!」  自分の指で慰める必要すらない。  毛布に包まって想い出すだけで、達してしまう。  何度も。  何度も。  何度も。  何度も。  ただ〈パパ〉との行為を反芻することだけに夢中になり、その感覚だけに浸りきって、他のなにも考えられなくなってしまう。  だから――  携帯の着信音が鳴ったことにも、玄関チャイムが鳴ったことにも、そして、早瀬が部屋に入ってきたことにも気づかなかった。 * * * 「北川……」  急に周囲が明るくなって目を開けると、早瀬が部屋に入ったところで立っていた。  私服姿で、手には小さなバッグを持っている。もう一方の手が、照明のスイッチに触れている。 「……」 「……えっと……返事がなかったから。……勝手に入っていいって、言ったよな?」 「…………ええ」  覚えていないけれど、早瀬がそう言うのならそうなのだろう。今はどう考えても早瀬の記憶力の方が信用できる。  早瀬の顔は微かに紅いように見えた。私がなにをしていたのか、気づいているのだろう。  脱ぎ捨てられた服とソックスを見れば、毛布の下の姿は容易に想像できるというものだ。きっと、声も聞かれていたに違いない。 「取り込み中……だったか?」 「……ええ……かなり」  正直、いいところを邪魔されたという気分だった。  その一方で、助かったという想いもある。  早瀬の来訪で中断されなければ、明日の朝まで、あるいはそれ以上、あの感覚に浸りきっていたはずで、その時間が長ければ長いほど、正気に戻った時に思考が負の方向へ向かう反動も大きいのだ。 「具合、悪いのか?」 「……ええ、かなり」  同じ言葉を繰り返し、ひと呼吸おいてから付け加える。 「……〈デート〉だったから」  早瀬の表情が微かに、しかし誤魔化しようもないくらいに固くなった。 「あ……それで休んだのか? 昼間っから……援交?」  本人は感情を抑えているつもりでも、責めるような口調だった。 「……援交じゃない、って言ったら?」  表情がはっきりと強張る。 「……冗談よ。……すっごく気前のいい〈パパ〉と〈デート〉よ」  そう言いながらも、多少の白々しさを覚える。  実際のところ、あれは〈援交〉なのだろうか。  確かにあの〈パパ〉は、たくさんのお小遣いも、高価なプレゼントもくれるけれど、それは〈セックスの対価〉ではない。セックスそのものと同様に、あの人の愛情表現なのだ。  しかし、それをいったら他の人との〈援交〉だって、私としてはお金や物を目当てにしているわけではない。  そうなると、援助交際の定義とはなんだろう。  判断の難しい精神的な部分は抜きにして、純粋に行為で考えるべきだろうか。  恋人や夫婦ではない相手と性的な関係を持ち、金品を受け取れば援交――と。  とはいえ、普通の恋人同士の多くも似たようなものではないだろうか。学生はともかく、社会人であればクリスマスや誕生日には値の張るプレゼントを贈るのが普通だろう。  では、金品の流れが一方通行かどうか――だろうか。  その定義も絶対ではない。私ですら、今日の〈パパ〉には誕生日のちょっとしたプレゼントとクリスマスのカード、ヴァレンタインのチョコレートくらいは贈っている。  それに世の中、恋人や夫婦という名目であっても、相手の経済力が主たる目的というカップルは皆無とはいえまい。  結局のところ、援交か否かなんてものは心の持ちよう次第ということになってしまう。  そうなると、私のしていることはどれも〈援交〉ではない。  あれは、援助交際の姿を借りた〈自傷行為〉だった。 「…………」  いくら考えても、結論は出ない命題だった。無意味な思考を打ち切って、意識を早瀬に戻した。 「……で、話って?」 「あ、えっと、これ……なんだけど」  躊躇いがちにバッグから取り出したのは、一枚のDVDケースだった。  一目見ただけで、それがなんであるかは理解できた。  中学生くらいの女の子が、半裸で、複数の男たちに弄ばれているパッケージ写真。  私は小さくうなずいた。 「……ええ、〈私〉よ。それがなにか?」  そう。  それは、以前出演したアダルトDVDのひとつだった。おそらく、一年くらい前のものだろう。  しかし、どうして早瀬がそれを持っているのだろう。 「……わざわざ、探して買ったの? 欲しければ……あげたのに」  無修正のロリータもの。どこでも容易に入手できる品ではないはずだ。  しかし、早瀬は首を左右に振った。 「いや、そうじゃなくて」 「……なくて?」  早瀬自身も、状況が飲み込めずに戸惑っているような表情だった。 「俺の、鞄に入ってたんだ」 「……どういう、こと?」  言われている意味が理解できずに、毛布に包まったまま顔を上げた。 「俺にもわかんね。今日、部活が終わって家に帰ってから鞄の中を見たら、これが入ってた。……学校で、誰かがこっそり入れたとしか考えられねーけど」 「……誰が?」 「それがわかんねーから、こうして来てる」 「…………そうね」  どういうことだろう。  動機だけなら、すぐにでも思いつくのだけれど。 「……〈犯人〉は、例の〈噂〉を快く思っていない誰か、ね。それを見れば、早瀬が私に愛想を尽かすかも……と考えた」 「……ああ」  戸惑いがちに、早瀬もうなずく。  ふたりの間で、〈噂〉のことや、現在の教室の状況などが話題に上ったのは初めてだった。夏休み後に逢っていた時も、お互い、そのことにはあえて触れずにいた。 「私たちの関係を終わらせたがっている――そんな動機を持つ人物。……それは、あなたの方が心当たりがあるのではなくて?」  最有力候補は茅萱カヲリ。ただし、これまでの様子を見る限り、実行犯はその友人たちの過激派で、本人はなにも知らないのかもしれない。 「……悪い。なんか、うるさいことになってるな。……カヲリは別に……彼女ってわけじゃないんだけど……」 「……別に、どうでもいいわ」  あなたのせい、という台詞は呑み込んだ。  本音では、多少は煩わしいことではある。しかし、早瀬を責めてどうにかなることでもないし、そんな情熱もない。  本当に煩わしくなったら、その時点で切り捨てればいいだけの相手だ。 「それより……動機のある容疑者はすぐ思いつくとしても、本当に実行可能だったかどうかは別よ?」 「どういう意味だ?」 「私が出演しているDVDがどれかなんて、誰が知ってるって?」  遠藤や木野なら、AV出演が単なる〈噂〉ではなく〈事実〉であることを知っているけれど、彼女たちにもタイトルなど教えていないし、もちろん見せたこともない。  タイトルも出演女優の名前も知らずに、無数に存在するアダルトDVDの中から、知人が出演している作品を見つけられるものだろうか。私の場合、学校にいる時とAV撮影時とでは容姿や雰囲気も変えているから、なおさら難しい。 「それ、無修正よ? しかも、現役中学生の。日本はもちろん、欧米でだって当然違法。どこでも売ってるものじゃない。ネットの闇ルートでは通販できるらしいけど、普通の女子高生が偶然見つけられるものじゃないと思う」  そう考えると、入手ルートは謎だ。まったく、わけがわからない。  とはいえ、私が気にすることではないのかもしれない。動機は明白だし、その結果がどうなろうと知ったことではない。  早瀬が、いまさらこれくらいで愛想を尽かすとも思えなかったけれど、そうではなかったとしても私が困るわけではない。 「……で、もう、見たの?」 「……いいや」  首を振る。  その表情から察するに、〈見たくなかった〉のではなく〈私に気遣って見なかった〉と思われた。別に、遠慮することでもないのに。 「見ても……いいわよ?」  毛布の中から手だけ出して、テレビとDVDプレーヤーを指さす。 「…………いいのか?」 「興味、あるのでしょう? 見てみなさいよ、私が、他の男たちにどんな風に抱かれてるのか」 「……」  不快そうな、しかし、気になって仕方がないといった表情。  私としては、別に、早瀬に見られたってかまわない。むしろ、見せた方がいいかもしれない。  以前、〈デート〉の後に早瀬と逢った時のことを考えれば、これを見ればもっと乱暴に犯してくれるだろう。  早瀬はテレビとプレーヤーの電源を入れ、ディスクをセットした。  再生がはじまる。  特に、ストーリィがある作品ではない。  家出して行くあてのない中学生の女の子が、お金と一夜の宿と引き替えに男たちに弄ばれる――という設定だ。  マンションの一室。  まだあどけなさの残る少女――私――が、ソファに座っている。〈色気〉をぎりぎりまで抑えたいかにも子供っぽい雰囲気で、中学生どころか小学生に見えなくもない。  ぎこちない笑みを浮かべて、顔の映らない男たちの質問に答えている。  少しずつ、手を伸ばして触れてくる男たち。  不安げな表情――もちろん演技の――を浮かべながらも、されるままになっている私。  ローターが胸や股間に当てられる。  切なげな声を漏らす。  服が脱がされていく。  子供っぽいパンツ一枚という姿で、いくつものローターで執拗に責められる。  下半身がアップになると、パンツには楕円形の染みができている。  それも脱がされる。  濡れそぼった小さな割れ目が拡げられる。  男たちの指とローターが、直に触れてくる。  〈私〉は悲鳴じみた、しかしどこか甘い声を上げて悶える。  指が、中に挿れられる。  わざと、痛そうな表情を見せる。  男たちは膣内を指で責めながら、クリトリスをむき出しにしてローターを当ててくる。  悲鳴。  小さな身体が弾む。  逃れようと腰を振る。  押さえつけられ、ふたつのローターでクリトリスを挟まれる。  失禁しながら、最初の絶頂を迎える。  場面はベッドルームに変わる。  男たちのペニスが唇に押しつけられる。  恐る恐る、舌を伸ばす〈私〉。  いかにも慣れていない様子の、ぎこちないフェラチオ。  それでは物足りないのか、頭をつかんで乱暴に口を犯す男。  苦しそうに顔をしかめ、嗚咽を漏らす。  その顔に降り注ぐ白濁液。  ぐったりとした〈私〉の脚を拡げ、間に身体を入れてくる男。  子供っぽい女性器に押し当てられる、赤黒い凶器。  腰が突き出される。  悲鳴が上がる。  暴れる〈私〉を押さえつけて、根元までねじ込んでくる。  痛みのあまり泣き叫んでもかまわずに、激しく腰を前後させる。  何度も体位を変え、小さな膣を蹂躙する。  やがて、呻き声とともに男が身体を震わせる。  〈私〉もか細い悲鳴を上げる。  アップで映し出される下半身。男のものが引き抜かれると同時に、収縮する膣から大量の精液があふれ出て、無毛の股間を汚していった。  また、場面が変わる。  ブルマに体操服という姿にされている〈私〉。  紅いロープで亀甲縛りにされている。  また、ローターやバイヴ、マッサージ器が当てられる。  最初は服の上から。  やがて、胸の部分や股間が鋏で切りとられて直に。  縛られて身動きできない状態で、身体を捩って悶えている。  両乳首に、ローターがテープで貼りつけられる。  バイヴが深々と挿入され、スイッチが入れられる。  同時に、マッサージ器が股間に押し当てられる。  切羽詰った叫びを上げる私にかまわずに、責めを続ける男たち。  ちらり、と早瀬を見た。  ひどく恐い顔で、しかし片時も視線を逸らさずに画面を見つめている。  怒っているのか。  興奮しているのか。  おそらく、その両方だろう。 「……あんなこと、してみたい?」 「え?」  いきなり声をかけられて、驚いたようにこちらを向く。  私はテレビを指さした。 「……あんな、こと」  そこに映っているのは、縛られて、様々な〈オモチャ〉で責められている〈私〉の姿。 「あなたってば、自分でもやってみたそうな顔で見てるわよ?」 「……」  早瀬は複雑な表情だった。 「……北川が、あーゆーことされてるのを見ると……すっげー腹立つんだけど、でも……」 「……興奮、してるくせに」  この位置からでは股間は見えないけれど、わかる。  恐い顔で画面を見ながら、私を犯している時と同じ、獣のオーラを発している。 「ああ……くそっ、むかくつけど、すげー興奮する。それに…………したい。他の男があんなことしてるのに俺がしたことないって、気に入らねぇ。だから……北川が、いやじゃなければ……」 「……いやがると、思う?」 「…………いや」  これまで、早瀬にされることで嫌がったといえば、傷の手当くらいしかない。 「……あなたも、あんなことに興奮するのね」 「普通……するだろ? それに、……俺が、乱暴なこと好きなのは知ってるだろ」 「……しても、いいわよ?」  そう言って、引き出しのひとつを指さした。  私の顔を窺いながら引き出しを開けた早瀬は、驚いたように目を見開いた。  そこに入っているのは、様々な〈器具〉だった。  首輪、手枷、足枷、バイヴ類、蝋燭、ロープ、ローションや様々な媚薬。  主に、〈パパ〉とデートした時のお土産だ。 「これ……?」  眉をひそめる早瀬。  戸惑った様子で、手にとって眺めている。 「……ご自由に、どうぞ?」 「こーゆーの……いつも使ってンの?」 「……時と場合による。手錠とか、さすがに、ある程度は信用できる相手じゃないと怖いし」  そう言った時の表情の変化で、失言だったと気がついた。早瀬の口元に浮かぶ、微かな笑み。 「俺は一応、信用されてるんだ?」  信用といえば確かにある種の信用かもしれないけれど、ここで喜ばせてやる必要はない。つけあがらないように釘を刺しておいたほうがいい。 「……あなたの場合は、拘束されていようといまいと、なにも抵抗できないことに変わりないから。あなたなら、腕一本で私をひねり殺せるでしょう?」  信用などしていないと言外にほのめかすと、さすがに少し機嫌を損ねたようだ。  むっとした表情で、長い鎖のついた紅い首輪をつかんで私の傍に来た。  それを、私の首に当てる。  早瀬もまず首輪を選ぶとは、変なところで似ている。  首輪をはめようとして、しかしそこで不審そうな表情を見せた。  首に残る痕に気づいたのだろう。  今日ずっと首輪をはめられ、首に喰い込むほどに引っ張られた痕。  さらに不機嫌な顔になって首輪を装着する。それは穴ひとつ分締め過ぎで、少し苦しかった。  そして、私がくるまっていた毛布を剥ぎ取る。  瞬間、手が固まり、目を見開いて表情が凍りついた。  今日は初めて早瀬の前に曝す肌。  腕も、脚も、お腹も胸も、無数のみみず腫れが網の目のように走り、いくつかの出血と低温火傷も加わって、不自然に紅く腫れていた。 「き、北川……これ……?」  さすがに驚いた様子だった。  これまで、早瀬の目に曝したことのある〈他の男の痕跡〉といえば、キスマークと縄の痕くらいのもの。はっきりとした〈傷痕〉は初めてだ。たいていの男子高校生にとっては衝撃だろう。 「……言ったでしょう? 今日は〈デート〉だったって」 「いや、でも、これは……」  普通なら、無視できる傷ではない。病院へ行ったら、きっと暴行事件扱いだ。 「だ、大丈夫なのか?」 「……あまり、大丈夫ってわけでもないけど……慣れてるし。痛いことされて感じるのは、よく知ってるでしょう?」  早瀬とのセックスは、単なる挿入でさえ少なからぬ痛みをともなう。それでも蜜をあふれさせている私なのだ。 「それは……知ってるけど」 「……今日は……凄かった」  少しだけ、うっとりとした口調。 「……休む間もなく、いき続けた感じ」  早瀬の手をつかんで胸に触れさせる。 「んっ……」  柔道で鍛えられたごつい手が傷に触れる痛みに、小さく呻いて顔をしかめた。  その痛みは、やっぱりよかった。  快楽の記憶が再現される。 「凄かった……めちゃめちゃに陵辱されて、何十回も、何百回も、いきまくった。そして……」  醒めた目で見つめる。 「……あなたとするより、何百倍も感じた」  そこは挑発するというよりも、ただ淡々と事実を述べるように言った。  その方がより効果的なはずだった。 「……誰でもいいわけじゃない。ここまでさせる相手はひとりしかいないわ」  認めるのは癪ではあるけれど、あの〈パパ〉がよくも悪くも〈特別〉な存在であることは否定しようがない。  そんなニュアンスが通じたのか、早瀬の表情がみるみるきつくなった。  傷痕を目にした瞬間から薄れていた獣の気配が、より色濃く放たれる。  それは、凶暴な野生動物の群れに君臨する絶対的なボスに挑もうとする、若い雄の姿だった。  万力のような力で私の腕をつかみ、乱暴に身体をひっくり返す。  首輪につながった鎖を仰け反るほどに引っ張り、背中の後ろで組ませた手にきつく巻きつけた。  革の首輪が喉に喰い込む。身体は柔らかい方だけれど、無理やり背中に回された腕の筋が痛んだ。  早瀬は私の後ろに移動し、お尻をつかんで持ち上げると下半身を押しつけてきた。 「あっ……んんんっ!」  前戯など不要なほどに濡れ、まだ充血したままの膣に突き挿れられる、巨大な熱い塊。  いつもと同じ、いや、いつも以上に乱暴な挿入だった。 「あぁぁっ! んんっ……んぐぅっっ!」  反射的に身体を丸めそうになる。しかしその動きは、鎖を引っ張り、首と腕にいっそうの負荷をかける結果になった。  息が詰まる。  背骨が軋む。  長大な肉棒を根元まで押し込むと、早瀬はお尻をつかんでいた手を離し、身体の前に回して胸をわしづかみにした。  ふたつのふくらみは、今日もっとも激しく痛めつけられた部位のひとつだ。それを握り潰さんばかりに喰いこんでくる太い指。  痛みを認識する間もなく気を失いそうな刺激だった。  百キロ近い巨体が、背後から覆いかぶさってくる。  小さな身体が押し潰される。  肺が圧迫されて息ができない。  傷だらけの胸が、お腹が、ベッドに押しつけられてさらなる痛みを引き起こす。 「ぅぐ……ぅぅんっ! んっ……くふぅぅっ! んぁぁんんっっ!」  それは、至福の時だった。  これまでの早瀬とのセックスの中で、いちばんよかったかもしれない。  〈パパ〉とのデートが日帰りだった夜は、その虚しさを埋めるために、被虐の感覚を反芻しながら一晩中自慰に耽るのが常だった。  しかし、そんなことで満たされるものではない。  全然、足りない。  むしろ、自己嫌悪、自己否定の感情が膨らむ一方だ。  だけど、今は違う。  早瀬に陵辱されているおかげで、よりリアルな、より鮮明な感覚が甦ってくる。  理性を破壊するほどの激しすぎる責めは、余計なことを考える余裕も与えない。  ただ、快楽に浸っていられる。 「ぁ…………、――――――っっ!!」  私はたちまち絶頂を迎えてしまったけれど、もちろんそれで終わるわけはない。早瀬の責めは一瞬も止まらずに続いた。  何度も。  何度も。  何度も。  何度も。  何十分も。  何時間も。  部屋にあった、様々な〈器具〉を使って。  夜が更け、日が変わり、空が白みはじめるまで。  よほど腹を立てていたのだろう。失神することさえ許されなかった。  気を失うたびに、無理やり起こされ、犯された。  ようやく解放された時には、カーテンの隙間から朝陽が射し込んでいて。  身体には〈パパ〉につけられた傷に加え、無数のキスマークと、いくつかの歯形が増え、お尻はさらに腫れあがっていた。 * * *  夜明け頃に眠って、目を覚ましたのは昼過ぎだった。  最初に目に入ったのは、私を見おろしていた早瀬のにやけ顔。 「…………なに?」 「……いや、北川の寝顔に見とれてただけ」  くだらない。  小さく溜息をつく。  いつの間にか拘束は解かれていたけれど、身体中が痛くて、その上、空腹で力が入らず、まったく動ける状態ではなかった。  ぼんやりと天井を見つめていると、早瀬が訊いてくる。 「そういえば北川、家の人、いないのか?」  私が目を覚ました時、どことなくほっとしたような表情を見せていた。早瀬とここでセックスしたのはまだ二度目だし、前回は夜明け前に帰っていたはずで、私の家族と会ったことはない。私が寝ている間に親が顔を出したら気まずいと、不安だったのかもしれない。 「…………いないんじゃない?」  少し考えてから答えた。  普段、家に男を連れ込むことなどないのに、明け方まで激しい行為を続けていてなにも言われなかったということは、母は帰っていないのだろう。 「北川のとこって……親、離婚してるんだよな? 一緒に暮らしてるの、お母さんだっけ?」  やや遠慮がちに訊いてくる。 「ええ。水商売だし、外に男がいるから、この家には帰らない日もあるわ」 「……ひょっとして……仲、悪い?」  素っ気ない口調に含まれる負の感情は、早瀬にも伝わったようだ。 「ええ」  母は私の素行にすっかり匙を投げているし、私も彼女を嫌っている。それでも〈あの女〉が私の親権者である理由は、もともとは父の名義だったこのマンションと、少なからぬ私の養育費が目当てだからに他ならない。  向こうも留守がちで、私も外泊が多く、家にいる時は部屋にこもっているから、顔を合わせることなど週に片手の指の数もない。言葉を交わすことはもっと少ない。  こちらとしても、まだ十五歳の私には保護者が必要だから、仕方なく一緒に暮らしているだけだ。  そういえば――  いまさらのように気がついた。  私も、早瀬の家族とはまだ一度も会ったことがない。  まるでひとり暮らしのような印象を受けるけれど、単身赴任の父親はともかく、母親は実際のところ週の半分くらいは家にいるはずだ。  しかし早瀬が私を呼ぶ理由を考えれば、親がいない日を選ぶのは当たり前のことで、母親が家にいる時にどうしても我慢できなくなれば、逢うのはラヴホテルになる。 「家族がいないなら……もうしばらく、ここにいてもいいか?」 「…………あんまり、歓迎はしないけど」  だけど追い出すほどではない、という台詞は、口に出さなくてもいちおう伝わったようだ。  現実問題として、心身の状態を考えれば早瀬と一緒の方がいいのかもしれない。  立って歩くことなどとてもできそうになく、これではシャワーはもちろんトイレに行くのも重労働だ。  それに、今は不思議と落ち着いているけれど、昨日されていたことを考えれば、いつ〈発作〉を起こしてもおかしくない。早瀬がいれば、自殺しようとしても止めてくれるだろう。 「……いても、いいけど。……でも、セックスはしないわ」  昨日が激しすぎたせいだろうか。珍しく、まったくそんな気になれなかった。それでも早瀬の方から襲ってきたら受け入れてしまいそうな気がしたので、先に釘を刺しておく。  いくらなんでも、身体も限界だ。そしておそらく、心の方も。 「それでもいいよ。さすがに昨日はやりすぎた気がするし」  早瀬が苦笑する。  確かに。  延べ回数だけならもっと多かった日もあるけれど、いつものように休憩を挟むことなく、一晩中まったく休みなしで私を陵辱し続けていたのだ。これで物足りないなどといったら、怒る以前に呆れてしまう。 「腹、減ってないか? なんか買ってこようか?」 「…………そうね」  そういえば、最後にまともな食事をしたのはいつだろう。  〈パパ〉とホテルにいる間、精液以外のものをなにか口にしただろうか。〈パパ〉がなにか食べさせてくれていたような気もするけれど、はっきり覚えていない。  動けないのは陵辱のダメージだけではなく、空腹による低血糖の影響もありそうだ。 「なに食べたい?」 「…………なにか……食べやすい、甘いもの。……プリンと、ゼリーと……チョコレート。……ヨーグルトはだめ。〈白い液状のもの〉なんて、食傷もいいところ。今なら、見ただけで吐くわ」  昨日は〈パパ〉だけではなく、早瀬にもさんざん飲まされた。せっかく落ち着いているのに、想い出しただけで気持ち悪くなる。 「……じゃ、行ってくる」 「の、前に」  立ち上がって自分の服を拾おうとした早瀬を呼び止める。 「なに?」 「……シャワー、浴びたい」  ホテルを出る前に〈パパ〉が綺麗に洗ってくれたけれど、今はもう汗と体液でべとべとだ。食事の前に、さっぱりしたい。  それに早瀬だって、外出するならシャワーくらい浴びていくべきだろう。 「……そうだな。一緒に、いいか?」  わざわざ訊いてくる。  夏休み前、ラヴホで初めて一緒にシャワーを浴びた後も、相変わらずこうしたことにはどこか遠慮がちだった。 「…………ひとりじゃ、動くこともできないんだけど?」 「あ、そっか。そうだよな」  嬉しそうに私を抱き上げ、歩き出す。  昨夜ほどではないけれど、触れられていると、まだ痛い。  なのに、その痛みで安心してしまうところに、自分の狂気を再確認してしまう。  バスルームに私を下ろして、シャワーを出す早瀬。  傷を気遣ってか、お湯はかなりぬるめだった。  それでも、飛沫が当たるだけで痛い。  痛いから、うっとりしてしまう。  下半身がむずむずしてくる。  そこで、もうひとつ重要なことを思い出した。 「……早瀬、ストップ」 「なに?」  シャワーが止まる。  タイルの上に座り込んだまま、上目遣いに数秒間。 「………………トイレ」  一瞬、虚を衝かれたような表情を見せた早瀬だったが、やがて、悪だくみしているような笑みを浮かべた。 「……ここで、しちゃえば?」  早瀬の口から出てくるとは、予想外の台詞だった。  そういえば昨夜のDVDには、潮吹きはもちろん、バスルームでの放尿シーンも収められていた。余計な知識を与えてしまったかもしれない。  自然と、視線がきつくなる。 「ここで……っていうのは、バスルームでっていうことよりも、早瀬の目の前で、っていうことが重要なんでしょうね?」 「……だね」  肯定の笑み。 「……………………あなた……最近ちょっと、つけあがってない?」 「あ、やっぱり?」  返ってきたのはあまり悪びれていない苦笑。 「でも、それも仕方ないと思わね? なにをしてもオッケーで、感じてくれる女の子が相手で。……エスカレートしない方が不自然だろ?」 「……開き直るわけね? ……やっぱり、甘やかしすぎたかしら。普通、ただで見せるものじゃないわよね」  しかし、早瀬の言う通りだった。なんだかんだいって、私は拒絶の言葉を発していないし、実際、拒絶する気もない。  これもある意味、演出のひとつといってもいい。陵辱は、される側の抵抗があった方がより盛り上がるものなのだ。 「……さすがの北川も、恥ずかしいんだ?」  珍しい、早瀬からの挑発。  応えないわけにはいかない。  バスルームの壁に寄りかかるようにして、脚をタイルの上に拡げる。  早瀬を睨んだまま秘所を曝け出し、下半身の力を抜いた。  シャワーとは異なる、小さな水音。  わずかに黄色味を帯びた液体が、細い筋となって排水溝へと流れていく。  早瀬が興奮した表情で見つめている。  頬が熱くなるのを感じる。  本音を言えば、まったく恥ずかしくないわけではない。  ほぼどんな要求にも応えられるし、羞恥心を顔に出さないこともできるけれど、羞恥心そのものが存在しないわけではない。  羞恥心は必要だった。  恥ずかしいことを強要されることも、一種の〈罰〉になるから。  水音は続いている。  よりによってこんな時に、ずいぶん長い。  用を足すのも、ラヴホを出て以来だ。あまり水分を摂っていないし、汗や愛液として消費してもいるけれど、それでもこれだけの時間となれば、膀胱の中はいっぱいになっていて当然だった 「……こんなのが楽しいの? …………ヘンタイ」  最後の雫を搾り出しながら、きつい口調で言う。 「べ、別にスカトロ趣味ってわけじゃないぞ! ただ、表向きは平然としつつも少し恥ずかしがってる北川が可愛くて、見てるのが楽しいんだ」  むきになって主張する。 「……そうかしら? まあ、どうでもいいけど」 「……いや、その点ははっきりさせておかねーと」  言いながら、早瀬はまたシャワーを出し、私が排泄した液体を洗い流す。  続いて、私の身体を――特に下半身を重点的に――洗いはじめた。  シャワーを浴びた後、私をベッドに運んで買い物に出かけた早瀬は、十五分ほど経ってうとうとしかけた頃、近所のコンビニの袋を手にして戻ってきた。  袋の中身は私がリクエストしたお菓子や、ジュースや、早瀬用と思われる大量のパン。  そして、 「……これは?」  プリンに手を伸ばした時、コンビニ袋の中に、別な店の小さな袋を見つけた。 「ああ、それ」  早瀬が袋を開ける。 「これ……着けてもいいか?」  中から出てきたのは、大型犬用と思われる、深紅の首輪だった。  そういえば、コンビニの近くにペットショップがあったはずだ。  醒めた視線を早瀬に向ける。  いちおうはこちらの反応を窺うような態度をとっているけれど、本気で拒絶しない限りはその首輪を引っ込めることもあるまいと思われた。 「………………勝手にすれば」  他人事のようにつぶやき、プリンの封を開ける。  私にとって、今の関心事はこちらだ。早瀬がなにをしようとどうでもいい。  早瀬が隣に座る。  まだ少しひりひりしている首に、真新しい首輪をあてがう。  それを無視して、私はプリンを口に運んでいた。  そして――  この日以来、早瀬と一緒に過ごす時にも〈深紅の首輪〉が私の基本装備となった。 第六章  それから一週間ほどは、特に何事もない、相変わらずの日々だったといってもいい。  早瀬とは首輪つきでセックスした。  DVDの送り主はわからないまま。  そして私へのいやがらせは、少しずつエスカレートしながら続いていた。  その日――  私が登校すると、教室内が不自然にざわついた。  三分の二ほどの席が埋まっている教室。早瀬の姿は見あたらない。  そして黒板に、パソコンで印刷したものと思われる、A4サイズの写真が貼られていた。  全裸で、脚を大きく開いて局部まで曝している〈私〉の姿。ぼかしもモザイクもない。  黒板の前で一瞬だけ脚を止め、視線を向ける。  その写真が本物ではなく、パソコンで作ったコラージュだと見抜くにはその一瞬で充分、一目瞭然だった。  顔は確かに私のものだ。ただし、三つ編みお下げで、垂らした前髪と地味な眼鏡で大きな目を隠し、〈フェロモン〉も抑えて、まったくの無表情――つまり〈学校モード〉の私。  この顔で裸を曝したことなんて、普段の援交やAVはもちろん、早瀬の前でも一度もない。  そして首から下は確認するまでもなく、体型がまるで違う。  適当な無修正写真に、隠し撮りした私の顔を合成したものだろう。それでも、私の裸を知らない人には一見本物に見えるくらいに、技術的にはよくできた写真だった。  しかし、私にとっては〈どうでもいい〉ことだ。  脚を止めていたのは一瞬だけで、そのまま無視して席に着いた。  どこからともなく、押し殺したような微かな嘲笑が聞こえてくる。その主が誰かということにも興味はなかった。  席に着く前、茅萱がいたたまれない表情をしていたのが目に入った。  こんな状況、彼女の方が居心地が悪いだろうに。彼女の、自称〈友達〉はそんなことを思いもしないのだ。  少しだけ気になったのは、これを見た早瀬がどんな反応を示すかという、純粋な好奇心だった。  しかし、早瀬より先に教室へ入ってきたのは、木野悠美だった。  すぐに写真に気づき、その正面に立って腰に手を当てると、ふっと小馬鹿にしたような笑いを漏らした。 「なぁに、この、へったくそなエロコラ」  独り言には大きすぎる、教室のいちばん後ろにいてもはっきりと聞こえる声。 「莉鈴はもっと華奢だし、ウェストや脚はすっごい細いし、でも胸はもっと大きいし、こーんな毛深くなんかないし、アソコはきれいなピンク色だしー」  唖然としている聴衆を前に、蕩々と語る。  実際には、木野は私の裸など見たことないはずだけれど、そんなことを知らない者たちには、私と親しくしている(と傍目には見える)木野の台詞だから説得力があるだろう。  写真を剥がすと、くしゃくしゃに丸めて放り投げる。それはコントロールよくごみ箱に収まった。  それを見届けてから自分の席に向かった木野は、遠回りして私の横を通った。 「……ばかじゃないの? 庇ったつもり?」  机に頬杖をつき、目も合わせず、抑揚のない声でつぶやく。 「バカは、あれをやった連中でしょ」  これまた聞こえよがしに大きな声で言う。 「あんなせこいことしかできない連中より、あたしの方がずっと支持されてると思うけど?」  確かに。  美人でスタイルがよくて、活発で人付き合いもよく、そして正義感のある木野は、男子はもちろん女子にも、そして教師にも人望がある。彼女に関して唯一、周囲が眉をひそめることがあるとしたら、それは私に構うことだけだろう。  私から視線を外して、教室全体を見渡す。おそらく、今回の〈犯人〉もわかっているのだろうけれど、あえてそちらに視線を向けたりはしない。 「……誰とは言わないけど、怒ってるのが私ですんでるうちにやめた方がいいんじゃないかな? ……あのオトコが本気で怒ったら病院送りにされるだろうし、この子を怒らせたら、小指のないコワーイお兄さんとかが出てくるかもよ?」  冗談半分、〈犯人〉を小馬鹿にした口調。  実際、AVがらみでそっち関係の知り合いがいないわけでもない。あるいは〈パパ〉のつてを頼れば、私に危害を加えようとする人間など、東京湾の底だろうと外国の娼館だろうと思いのままだ。  しかし私には、そんな怒りを持つほどの情熱もない。  言うべきことは言った、という態度で木野は席に着いた。教室のざわめきも徐々に収まり、朝練を終えた早瀬が姿を現した頃には、この空間は表向きの平穏を取り戻していた。  とりあえず、これで多少は学校での煩わしさが減るかもしれない。  おそらく、木野もそう思ったのだろう。  しかし、その予想は外れていた。  もしかしたら〈犯人〉は、逆に危機感を募らせたのかもしれない。  この日の下校時――    階段を下りていた私は、後ろからいきなり何者かに背中を突き飛ばされた。 * * *  翌日――  登校したのは、昼休みになってからだった。  午前中に病院へ寄って、松葉杖をついての登校で、この時刻になってしまった。  怪我は、足首の捻挫と、いくつかの打撲。  額にガーゼを貼り、杖をついての登場に、昨日とは違った雰囲気で教室がざわめいた。  木野が、はっきりと表情を強張らせた。  茅萱も、なにが起こったのかを察した様子だった。  早瀬はなにも事情を知らないのか、単純に驚いた顔をしている。  それらを無視して、席に着く。  そこで、机の中にあるものを見つけた。しかしそれを取り出す前に、横に立つ人影があった。  木野がなにか言ってくるだろうと予想していたのだけれど、先に私のところへ来たのは、心配そうな表情をした早瀬だった。 「北川……怪我したのか?」  ちらり、と見上げる。  やっぱり、なにも知らないのだろう。お気楽なものだ。  睨むように目を細めて答える。 「…………階段で……踏み外した」  わざと、ぼかして言う。こちらを見ている木野の目が鋭くなった。 「歩けるのか? 帰り、送ってくか?」  教室のざわめきが大きくなる。  早瀬が教室でこんな風に話しかけてくることは珍しい。いつだって私が無視するから、噂になる前も後も、人目のあるところでのおおっぴらな接触は皆無だった。  これ見よがしに、大きな溜息をつく。  学校ではほぼ無表情を貫いている私には珍しい、皮肉な笑みが口元に浮かぶ。 「……そんなに、私の怪我を増やしたいの?」  そう言って、机の中にあった封筒を取り出す。  封を開ける。  小さな、金属音。  剥き出しになった、大型のカッターの替え刃が机の上に落ちた。  それは、私に向けられた敵意の結晶。  瞬間、早瀬の表情が強張った。  すべての事情を理解した顔だった。  大きな手が拳を握る。 「いったい、誰が……」  問い詰めようとする早瀬を無視して、私は立ち上がった。  カッターの刃を手に取る。 「せっかくの贈り物だし、ありがたく使わせてもらうわ」  教室ではほとんど喋らない私。教室中に通るような声を出したのは、入学以来初めてかもしれない。  歪んだ笑みも加わって、教室内の人間の多くが不気味なものを見るような目を向けている。  何人かが、息を呑む。  無造作に、カッターの刃を手首にざっくりと突き立てた。  ざわめく教室。  小さな悲鳴がいくつか上がる。  滴る鮮血。  ばっと立ち上がった木野。  表情を凍りつかせて固まっている茅萱。  そして、誰が見てもはっきりとわかるくらいに顔色を変えた、名前も知らない、席が隣同士の女子がふたり。  私は杖を持つと、早瀬も木野も無視して、その席の前へ行った。 「ありがとう、いい切れ味だったわ」  鮮血を溢れさせている手で、血まみれの刃を置く。  机の上に、血の痕が残る。  見おろした相手は、まるで化物でも見るような表情で小さく震えていた。その視線が不意に私から外れ、恐怖に見開かれた。  私の肩に、手が置かれる。  大きな手。  いつの間にか、早瀬が隣に立っていた。肩をつかんで私を一歩下がらせ、自分が前に出た。  その横顔を見て、ぞっとした。  あまり感情を揺さぶられることもない私なのに、その一瞬は血の気が引く思いがした。  腕に鳥肌が立つ。  早瀬は、怒っていた。  小さな子供なら、ひと目で泣き出しそうな顔だった。  初めて見る、本当の怒りの形相だった。  援交をだしにして、ちょっとしたやきもちを妬かせた時など比べものにもならない、正真正銘の怒りを露わにしていた。  教室中が緊張感に包まれる。  早瀬はなにも言わなかった。  怒りのあまり、言葉が出てこない様子だった。  無言で、その太い腕を振りあげる。  筋肉が不気味なほどに盛り上がって、血管が浮かび上がって、微かに震えている。  次の瞬間、  血の気を失った顔で震えている女子の目の前に、腕が振りおろされた。  絶叫。  いくつもの悲鳴。  大きなものが倒れる音。  そして、予鈴。  様々な音が重なる。  椅子ごと後ろに倒れた、カッターの送り主。  拳は当たってはいない。  丸太の如き、いや鋼材の如き早瀬の豪腕は、彼女の鼻先をかすめ、机の天板をただの一撃で叩き割っていた。  〈震源地〉を中心にその事実がさざ波のように広がって、またあちこちで声が上がる。  しかし早瀬はそんな雑音を無視して、杖ごと私を抱え上げると足早に教室から出て行った。 * * * 「…………ごめん……謝られるの嫌いって言ってたけど、でもやっぱりごめん。俺の、せいだよな、その脚……」  予鈴が鳴って人の姿がなくなった廊下を、私を抱えた早瀬が歩いていく。いつもより早歩きなくらいなのに、その足どりはむしろ重そうに見えた。  向かう先は保健室。  私はなにも応えなかった。  どうでもいい、ことだった。  カッターの刃も、この程度の捻挫も、私の感情を動かすほどの出来事ではない。  こんな〈些細なこと〉で怒りを覚えるほど、生きることに情熱を持っているわけでもない。  それよりも私の感情を揺さぶっているのは、あの、早瀬の怒りの表情だった。  初めて見た、早瀬の〈本気〉。  驚き、そして少し怯えもした。  恐ろしい破壊力を秘めた太い腕が、今は私を抱きかかえている。  角を曲がって保健室の前の廊下に出ると、ちょうど、遠藤が保健室から出てきたところだった。  ドアに掛かっているお手製のプレートを〈Open〉から〈Closed 急患は職員室へ〉にひっくり返したところで私たちに気づき、遠目にもはっきりとわかる驚きの表情を浮かべた。 「北川……」  保健室の常連、遠藤とは頻繁に顔を合わせている私だけれど、早瀬に連れられてくるなんて、もちろん初めてだった。  しかも全女性の憧れ、お姫様抱っこで。  遠藤の視線に、驚きつつも微かな羨望の色が混じっているように思えるのは気のせいだろうか。  やっぱり、遠藤も〈女〉なのだろう。鮮血を滴らせている左手の傷に気づくのが一瞬遅れた様子だった。  プレートは戻さずに保健室のドアを開けながら訊いてくる。 「なにか、あったのか?」  私たちに、中に入るよう促す。 「……別に」  と私。 「まあ……ちょっと」  これは早瀬。  正反対の答えが重なる。 「ふむ……まあ、座れ。手首は止血するから。あと……この傷は?」  額のガーゼや足首の包帯を指さす。 「……なんでもない」 「いや、まあ、いろいろ」  また、違う答えが重なる。 「ふむ……?」  わかったような、わからないような。微かに首を傾げる遠藤。  もっとも、こんなことは慣れっこだろう。私の傷はいつだって、簡単に説明できるものではないのだから。  私を椅子に座らせ、いつものように手際よく傷の手当てをはじめる。  その合間に、隣に立っている早瀬をちらりと見上げた。 「君が噂の、北川の彼氏か。早瀬くんだっけ? やっぱり君だったんだな」  その間違った台詞に、まんざらでもなさそうな顔をしている早瀬。なので、私が訂正することになる。 「……〈彼氏〉じゃないわ」 「でも、援交でもない」  間髪入れずに遠藤から返ってくるのは、質問ではなく、断定の言葉。  おかげで、もう一言返さなければならない。 「でも、彼氏じゃない。……しいて言えば……セフレ、でしょ」  言っている自分も、なにか違うような気がする。  しかし、恋愛感情抜き、金品抜きの身体の関係。既成の言葉でいちばん近いのはやっぱり〈セフレ〉だろう。  早瀬が不満そうな表情を浮かべているけれど、もちろん無視。  いつまでもここにいないで、さっさと教室に戻ればいいのに。遠藤にあれこれ詮索されるのはおもしろくない。とはいえ、あの教室に居づらいのは早瀬も同じだろう。 「セフレってのは、ちょっと違うんじゃないか?」  治療の仕上げに包帯を巻きながら、遠藤が言う。 「……どうして?」 「セフレってのは本来、恋愛感情ではなく、お金のためでもなく、お互いが望んで身体の関係を楽しむものをいうんじゃないのか?」 「……違うというの? まさか、私が早瀬に恋愛感情を持っているとでも?」  意図せず、やや強い口調になってしまった。これでは、かえって誤魔化そうとしているみたいではないか。 「問題はそっちじゃない」  遠藤が首を振る。 「北川が、セックスを楽しんでいたとは初耳だな」 「……っ!」  遠藤の指摘は図星だった。  セックスは、私にとって苦痛だった。  肉体的な快楽は得ているが、それでも……いや、だからこそ、精神的には楽しんでいない。  自分を苦しめるために、していることだ。 「……楽しんではいるわ。それなりに」 「これはいい傾向……かな? 北川が、こんな風に嘘をついて取り繕うところなんて、初めて見た」 「……」  遠藤の楽しげな笑みに、唇を噛む。なんだかんだいって、私のことをもっとも理解している人間のひとりだ。知られたくないことまで見抜かれてしまう。 「……じゃあ、訂正。早瀬が無理やり私を強姦してるってことにする」 「……おい」  高い位置からの、苦笑混じりのつっこみは無視。 「……うん、まあ、やっぱりいい傾向なんじゃないか? 〈パパ〉ばっかりじゃなく、同世代と関係を持つというのも。……ただ、それなりに節度は持って、な」  最後の部分は早瀬に向かっての台詞だ。私に言っても無駄と悟っているのだろう。 「北川のこと、なにをしてもいいような女の子と思うなよ? この子は心身ともに、華奢で繊細な壊れものだ」 「……気をつけます」  そう答える早瀬は、やや後ろめたそうだった。普段を鑑みれば、私のことを壊れもののように扱っているとは言い難い。物理的には、むしろ積極的に壊そうとしているといった方が相応しい。  だから、言ってやる。 「こいつに言っても無駄。ふたりきりになれば、すぐケダモノに変わる男よ」 「早瀬くんの存在が北川のためになるなら、なにも言わん。不純異性交遊だって、黙認どころかむしろ奨励してやる。しかし、君が北川にとってマイナスになるなら、そこまでだ。肝に銘じておけ」 「……はい」 「念のため言っておくが、いちばんの問題は物理的な乱暴さじゃないぞ?」 「……わかってる……つもりっす、いちおうは」  遠藤が、笑みを浮かべて振り返った。 「……なかなかいい男じゃないか」 「どこが」  間髪入れずに即答。 「遠藤ってば、こーゆー大魔神みたいなのが好み? だったら好きに持っていけば?」  苦笑しながら肩をすくめる遠藤。 「北川にとってはいい男だが、私向きではないな。じゃ、私は職員室にいるから、なにかあったら連絡しろ。あと、しばらくベッドで休んでいってもいいけど〈使う〉なよ?」  そう言い残して、保健室を出ようとする。  変に気を遣っているのか……とも思ったが、そういえば、ここに来た時も出かけようとしていた。職員室に用事があったのだろう。 「あ、ちょっと」  そこで、あることを思い出して呼び止めた。遠藤の台詞の中に、気になった一言があったのだ。 「……ん?」 「さっき、早瀬のこと「やっぱり」って言ってたのは?」 「ああ。北川の身近……同じ学年、同じクラスで、いちばん大きな男子だからな。たぶん彼だろうと見当をつけてた」  この学校にいる〈相手〉が同学年の大柄な男子だと話したのは、早瀬と初めてセックスした翌日のことだった。だとすると、かなり早い段階から、相手が早瀬だと気づいていたことになる。  あの、夏休み中の電話の時も、早瀬としている最中だとわかっていたのだろうか。  この三ヶ月半、すべて承知の上だったのだろうか。  なんとなくおもしろくない。  だから、少しからかってやる。 「……へぇ、早瀬〈の〉がいちばん大きいなんて、いつ調べたの? 身体測定のついでに男子生徒に猥褻行為を働いていたのかしら? 淫行教師ね」 「ばっ……馬鹿っ! 体格の話をしてるんだ!」  大人ではあっても、性経験はそれほど豊富ではない遠藤。私の反撃に顔を赤らめて保健室を出て行った。 * * *  保健室に残された、私と早瀬。  遠藤が〈Closed〉のプレートをそのままにしていったから、他の生徒は来るまい。  ちらり、と早瀬の顔を見た。  なにか考えているような、難しい表情をしている。  まだ教室に戻るつもりはないらしい。  私は椅子から立って、ベッドにごろりと横になった。  そのまま、眼鏡を外す。  学校では抑えているフェロモンも解放する。 「……しよっか?」  いつもよりもやや感情のこもった声で早瀬を誘う。少しだけ、甘えたような声。 「なっ、なに言ってんだよ、いきなり!」  いきなりの台詞にさすがに驚いた様子で、赤くなって叫ぶ。 「……保健室にふたりきりなんて、やれっていってるようなものじゃない?」 「使うな、って言われたろ」  遠藤にいろいろと釘を刺された上で、とどめがあれ。性欲魔神の早瀬もさすがに自制しているのだろう。  しかし、遠藤が使うなと言ったからこそ、だ。  言いなりになるのはおもしろくない。子供っぽい反抗とは思うけれど、だからといってここでおとなしくしていては私らしくない。  ブラウスのリボンを解き、ボタンを外していく。  ひとつ。  ふたつ。  みっつ目まで。  胸の谷間と、ブラジャーが露わになる。  三つ編みを解き、指で髪を梳く。  スカートの裾を、パンツが見えそうで見えない、だけどやっぱりちらりと見えそうなぎりぎりまで引き上げる。 「…………来て」  手を差し伸べる。  普段は見せない、妖艶な笑みを浮かべて。  しかし今日に限って、早瀬は超人的な自制心を発揮した。 「……いや、だめだろ……さすがに」 「……っ」  思わず、がばっと起き上がった。  いつも、あんなに簡単にスイッチが入ってしまうくせに。  今だって股間を大きくしているくせに。  珍しく、こちらからわかりやすく誘惑した時に限って、どうして。  少し、プライドを傷つけられた気分だった。  仕方がない、攻め方を変えることにする。 「……遠藤だって、本当になにもしないなんて思ってないわ。教師としての立場上、ああ言っただけ」  フェロモンは垂れ流しのまま、表情と口調だけ、いつもの〈対早瀬モード〉に戻した。  ちらり、と挑発的な視線を向ける。 「……実際、〈使った〉こと、あるし」 「……!」  はっきり、表情が変化した。  いつもの、私を犯している時の顔に少しだけ近くなる。  これは初耳だろう。  いくら私の男関係が乱れきっていても、学内での援交の噂はない。だから早瀬は、学校では、クラスでは、私と肉体関係を持っているのは自分だけと思っていたはずだ。  ある意味、それは間違っていない。  ただし条件つきで。  厳密にいえば、違う。  ベッドから滑り降り、固い床に膝をついて、無表情に早瀬の顔を見上げた。 「……今年の春。まだ、入学して間もない頃」  少しだけ、距離を詰める。 「…………数学の授業中に、切った時のこと、覚えてる?」 「……ああ」 「ちょっと、騒ぎになってたわね」  もう少し、距離を縮める。  早瀬の脚にもたれかかるように、顔を寄せる。 「…………ちょっとっていうか……大騒ぎだったぞ」  私がどんな人間か、クラスメイトもまだ充分に把握していなかった頃のこと。  授業中にいきなり立ち上がって、悲鳴混じりに手首を切る人間がいたら、騒ぎになるのは当然だ。 「……で、高道が私を保健室へ連れていった」  手で、早瀬に触れる。  制服の上からでもはっきりわかる、膨らんだ股間。  緊張気味の顔が、私を見おろしている。  ゆっくりとファスナーを下ろしても、早瀬は抗わなかった。  それは、入学してからまだ十日と経っていない頃。  それでも、私の援交の〈噂〉はかなり広まっていた頃。  クラス担任でもある数学教師、高道の授業中に、いきなりざっくりと切ったのだ。  なにがきっかけだったのかは、自分でも覚えていない。  当時、高校進学という環境の変化のせいか、今よりもさらに精神的に不安定だった。セックスの直後以外であっても、衝動的に切ることが多かった。  〈噂〉によって変に注目されていたストレスのせいかもしれない。  春休み中は頻繁に逢っていた〈パパ〉と、入学以来逢っていなかったせいかもしれない。  今となっては、その動機はどうでもいいことだ。  ざわめく教室を後にして、高道に保健室へと連れて行かれた。  その頃にはもう顔なじみになっていた遠藤は、微かに眉をひそめつつも、いつも通りに傷の手当てをした。 「北川……どうしてあんなこと、したんだ?」  手当てがひと段落ついたところで、高道が訊いてくる。遠藤ならけっしてしない質問を。 「…………」  少し考えて、高道ではなく遠藤を見た。  無言で私を見ている遠藤。特に感情は表れていない。  頭の中にあったぼんやりとしたイメージが、ひとつの形に固まった。 「…………先生と、ふたりで話させて」  そう言うと、遠藤はちらりと高道を見て、小さくうなずいた。 「わかった」  立ち上がり、自分が座っていた椅子を高道に勧める。 「高道先生、私は職員室にいますから、終わったら呼んでください。もし怪我や具合の悪い生徒が来たら、とりあえず職員室に来るように、と」  遠藤も、今ならそんな無防備なことはしなかっただろう。その頃はまだ、私のことを現在ほど把握していたわけではあるまい。単に〈援助交際している、ちょっと痛いリストカッター〉くらいにしか認識していなかったはずだ。  遠藤が保健室から出て行く。  高道が私の前に座る。  ドアが閉まり、プレートを〈Closed〉に返した音が聞こえる。  遠ざかっていく足音。  そして、私の口元に笑みが浮かんだ。  妖艶な笑みだった。 「……どうして、あんなことをしたのか……ですか?」  真新しい包帯を巻かれた手が、髪に触れる。  三つ編みが解かれる。 「北川……?」  眼鏡を外し、前髪を上げ、大きな目で高道を見つめた。  四十歳を少し過ぎたくらいの、これといって特徴もない中年男性の顔が目に映っていた。戸惑い、そして驚いたような表情を浮かべている。  無理もない。  男を虜にする、大きな黒い瞳。  眼鏡と三つ編みの、小柄な、地味な外見の女生徒が、いきなり極上の美少女に変化したのだ。 「……簡単ですよ。わかりません?」  ふふっと笑う。  からかうように、甘えるように。  椅子から腰を浮かし、中腰のままふたりの距離を詰める。  顔の間隔は三十センチもない。女生徒と男性教師としては不自然な近距離で、しかもさらに近づいていく。  どう反応していいのかわからない様子で、高道は固まっている。 「そうすれば、先生とこうしてふたりきりになれるじゃないですか」  唇が触れる。  最初は微かに。  一度離れて、今度はしっかりと。  そのまま、高道の膝の上に座るような体勢で抱きついた。  身体が密着する。  胸をこすりつける。体格は華奢でも、その膨らみははっきりと感じられる大きさがある。 「最近、なんだかわけもなく不安で……すごく、精神的に不安定で……だから……」  滑り降りるようにして、高道の足許に座った。  太腿に頬をこすりつけ、そのまま股間に近づいていく。 「……今だけ……先生に甘えさせてもらって……いいですか?」  上目遣いに見つめる。  緊張した、しかし拒絶はしていない顔が私を見おろしている。  スーツのズボンの上から、唇を押しつける。  その中の膨らみを確認して、ファスナーに手を触れた。 「高道ってば、くわえる前からもうぎんぎんに硬くなってたわよ? 今のあなたみたいに」  剥き出しになった早瀬のものに唇を押しつける。  熱い。  そして、硬い。  それは血管が浮き出た、不気味な凶器だった。 「大きさは……まあ普通だったわね。あなたと比べたら大人と子供かも」  くすっと笑って、早瀬を口に含んだ。 「ん……んんっ…………んぅぅんっ!」  高道のものを口いっぱいに含む。  私を見る目にはまだ戸惑いの色が浮かんでいるけれど、抗いはせずにされるままになっている。  舌を絡める。  内頬を押しつけて擦りつける。  強く吸う。  そのまま首を振る。 「んくぅんっ……んっ……せ、んせいの……おいし……」  時折漏れる、可愛らしく甘えた声。  だけどその口戯は、鍛え抜かれた熟練の技。  高道の顔が快感に歪む。  ぎりぎりまで昂らせて、しかしそこで口を離した。 「……気持ち、イイ?」 「あ……ああ、だから……」  我慢できないという表情だ。あと少しでも焦らしたら、強引にくわえさせようとするかもしれない。  教師としての倫理観など、もう残ってはいまい。  可愛らしく微笑んで、小さく首を傾げる。 「……私も、気持ちよく、なりたいな? …………だめ?」 「あ、い、いや……北川が……いいなら……」 「じゃあ…………き、て」  一度立ち上がって、高道に背を向けた。  足は床につけたまま、上体はベッドに俯せになる。  高道に向かってお尻を突き上げ、スカートをまくり上げる。  露わになったお尻に触れてくる手。  下着が膝まで下ろされる。  指が、濡れた割れ目を確かめるように触れてくる。 「すごく……濡れてるな」 「だって……先生に、口でして……すごくエッチな気持ちになったんだもの。だから……焦らさないで」 「あ……ああ」  慌てたようにベルトを外す音。  私に触れてくる、熱い弾力。  唾液で濡れた、高道の男性器。  私も、角度を合わせるように腰を動かす。 「ん……あっ、あぁんっっ!」  次の瞬間、熱い肉棒が私を貫き、狭い膣を満たしていた。  充分すぎるほどに濡れて、だけどまだほぐされてはいない粘膜が、侵入してきた異物に絡みつく。  感極まったように呻き声を上げる高道。  私も鼻にかかった甘い声を出す。 「せんっ……せ……」 「あぁ……北川の中……すごい……」  一度、根元まで突き入れ、そこで中の感触を確かめるように動きを止める。  私は促すように、軽く、腰を動かす。  それを合図に、高道はめちゃめちゃに腰を振りはじめた。 「ん……んん――――っ!!」  そうした告白を聞かされては、早瀬ももう限界だった。  私の口戯に身を委ねるのではなく、いつものように、頭をつかんで乱暴に口を犯しはじめた。  喉の奥まで突き入れられる。  極太のペニスに口を、そして食道をふさがれる。  遠藤の言いつけを守ってベッドを使わず、口でさせているのが精一杯の自制心なのだろうか。それとも単に、まずは本番よりも口でさせたいだけだろうか。  私はどちらだろう。  今、どこを貫かれたいのだろう。  飲まされたいのか、かけられたいのか、それとも胎内に注ぎ込まれたいのか。  あの時の高道は、今の早瀬以上に我を忘れたように私を突きまくり、なにも言わずに膣内に射精した。 「……ね、先生?」  ことが終わった後、私は高道の方を向いてベッドに座り直した。  脱がされかけた下着から脚を抜き、その脚をベッドの上に拡げた。  スカートの裾を持ち上げる。  腰を前に突き出して、膣奥に力を込める。  膣内から流れ出てくる粘液の感触。  それを高道に見せつける。  自分がなにをしたのか、思い知らせるように。 「……おかげで、少し、落ち着きました。ありがとうございます」 「あ……いや、その……すまなかった」  下半身丸出しの、威厳もなにもあったものではない姿の高道。 「……でもね、先生?」  薄い笑みを浮かべて、ポケットから携帯電話を取りだした。 「私、どうしてこんなことするんだって訊かれるの、大っ嫌いです。お説教されるのはもっと嫌いです。……先生は、そんなこと、しませんよね?」  ボタンを操作し、ボイスメモを再生する。  ヴォリュームを最大に上げ、腕を高道へと突き出す。  高道が顔色を変える。  私の喘ぎ声に混じって聞こえる、中年男性の声。  知っている者が聞けば、その主は誤魔化しようがない。  目の前の顔が青ざめる。 「今ここで、悲鳴を上げるという選択肢もあります」 「な……なにが目的だ」  掠れた声。  精一杯強がろうとしているのかもしれないが、まったく結果がともなっていない。 「……なにも」  私の顔から、声から、感情が消える。  唇が、無機的な声を紡ぐ。 「先生が考えているようなことじゃ、ありません。お金なんていりません。……私の〈噂〉知りませんか? きっと、家のローンと子供の教育費に追われるしがない高校教師よりも、ずっとたくさんお小遣いもらってます、私」  携帯をポケットに戻しながら答える。 「じゃ、じゃあ……」 「……なにも、いりません。なにも、しないでください。言ってる意味、わかります?」  狼狽のあまり、頭が回っていないのだろう。理解している様子ではない。  言葉を続ける。 「先生のクラスに、リストカットや援助交際をしているという噂の問題児がいるでしょう? その子にはいっさい干渉しないでください。停学や退学はもちろん、お説教もなしです。別に、贔屓する必要もありません。ただ、放っておいてください」 「…………」 「それだけ約束してくれたら、その子も、学校で問題を起こすようなことはしないでしょう。ただ目立たずに教室の片隅にいるだけです、きっと。……いいですね?」  それは、確認ではなく、強要。  高道にできたのは、血の気の失せた顔で、力なくうなずくことだけだった。  実際のところ、最初からここまで企んでのリストカットだったわけではない。  あくまでも結果オーライ。すべてはアドリブだ。  思っていたよりもうまくいったので、それから間もなく、高道に手引きさせて、学年主任と校長にも同様のことをした。  そうして私は、学校という〈居場所〉を作ったのだ。 「んぅっっ、――――っ!」  早瀬が達する瞬間、私は口を離した。  顔に、髪に、そして制服に、白い飛沫が降りかかる。  その奔流が治まったところで、もう一度口に含んで、残った雫をきれいに舐めとる。  大量の精液が、私を汚していた。  もちろん、早瀬がこれだけで満足するわけもない。これっぽちも萎える気配は見せずに硬いまま、早瀬は獣の気配をまとったままだ。  これなら、犯してくれそうだ。  そう、想う。  しかし残念ながら、ベッドを〈使う〉ことはないだろうと気づいていた。たぶん、早瀬はなにも気づいていない。  立ち上がってベッドに腰掛ける。  挑発するように、微かな笑みを浮かべる。  いつもなら、このまますぐに第二ラウンドがはじまるはずだ。  恐い表情をした早瀬が、一歩近づいてくる。  私の肩に手をかけて、そのまま押し倒そうと……    ……したところで、時間切れだった。  いや、この場合はレフェリーストップというべきだろうか。    いきなり、保健室のドアがノックされた。  心の準備ができていなかった早瀬は、びくっと弾けるように飛び退くと、血相を変えて振り返った。  もう一度、ノックの音が響く。 『……いい?』  ドアの向こうから聞こえてきたのは、遠藤の声ではない。  もっと若い、女生徒の声。  私のよく知っている声。そして早瀬も知らないはずはない声。 「どうぞ」  そう応えると、早瀬は慌てた顔でこちらを見た。なにしろ私はブラウスも脱ぎかけで、精液まみれの姿なのだ。  もちろん、わかっていての行動だ。  一瞬の間があって、ドアが開く。  入ってきたのは、木野だった。手に、私の鞄を持っている。 「……莉鈴の鞄、持って来たよ。このまま早退するんだろうと思って」 「…………気が利くわね」  早退しようとはっきり決めていたわけではないけれど、教室に戻るつもりもなかった。  松葉杖は私と一緒に早瀬が持ってきているのだから、鞄があればこのまま帰れる。遅刻も無断早退も、教師はなにも言わない。  近づいてきた木野は、白濁液にまみれた私の姿を見て眉をひそめた。  しかしなにも言わない。驚いた様子もない。  黙って、鞄を差し出してくる。  慌てているのは早瀬だけで、これ以上はないくらいに居心地悪そうにしている。  そんな早瀬に、咎めるような視線が向けられる。 「あ……か、帰るなら、俺、送ってくから」 「そうね。それが責任ってものよね」  発言の主は、私ではなく木野だ。かなり、棘の感じられる口調だった。 「お、俺も……鞄、取ってくるから」  逃げるように出て行こうとする早瀬。  その背中に、刺々しい声を投げかける木野。 「……早瀬」  それは実際、早瀬の脚を縫いとめる棘となった。  ドアを開けたところで、立ち止まって振り向く。 「……莉鈴とえっちするのはいい。だけど、早瀬が莉鈴にとって害になるようなら、あたしにも考えがあるから」  なんだか、遠藤と似たようなことを言う。  だけど教師という枷がないせいか、遠藤よりも攻撃的だ。 「未来の金メダル候補としては、選手生命に関わるようなスキャンダルを広められたくないでしょう? そこんとこ忘れないようにね」  棘だらけ、まるでサボテンのような口調だった。 「……わかってる」  早瀬の声も、やや不機嫌そうである。  乱暴にドアを閉め、大きな足音が遠ざかっていく。  木野が私に向き直る。  早瀬がいなくなったせいか、表情はいくぶん和らいでいるものの、それでもまだ怒っている様子だ。珍しく、私に対してもどことなく責めるような視線を向けている。 「……いいところで……邪魔、しちゃった?」  手を伸ばしてくる。  髪に触れ、絡みついている早瀬の白濁液を指で拭う。 「……わざと、あのタイミングでノックしたくせに」  私は気づいていた。  口を犯されている時、ドアの向こうで耳をそばだてていた存在。  微かに開かれたドア。  隙間から覗く、女子の制服。  木野とわかっていたわけではないが、可能性としては木野か茅萱だろう、とは思っていた。 「いちおう、終わるまで遠慮したんだけどな?」  汚れた指を自分の鼻先に近づけ、不快そうに顔を歪める。  机の上に置いてあったティッシュの箱に手を伸ばそうとして、しかし、私を見て行動を変えた。 「……あと三十秒早くにノックするべきだったかな」  指を私の前に差し出す。  そうするのが当たり前のように、私は指を口に含んで舐めた。  すっかり馴染んだ、早瀬の精液の味。  木野は空いている方の手で額や頬、髪を汚している精液を拭い、最初の指が綺麗になったところで交代させた。 「どっちみち、生殺しには変わらないわね」  その指も舐め、汚れを飲み込む私。  綺麗になった手で、また私を汚している粘液を拭いとる木野。  何度か、それを繰り返す。 「……口でも、出しちゃえば落ち着くんじゃないの、男って? なんか、いっぱい出したみたいだし……、莉鈴の口ならすっごい気持ちいいんだろうし……つか、指、ちょっと気持ちいいんだけど?」  ようやく表情を緩めた木野は、くすくす笑いながら、舌や上顎をくすぐるように口の中の指を動かした。 「……早瀬にとっては、こんなのウォーミングアップみたいなものよ。一回だけですむわけがないわ。かえってその気にさせるだけ」 「そうなの?」  呆れたような苦笑。  もう一度、指を舐めさせる。  仕上げに、ウェットティッシュを取り出し、私の髪や顔、そしてブラウスを拭いてくれる。 「……教室の方は、もう……大丈夫だから」  表情と口調が、微妙に変化する。  返事はしない。 「先生も、莉鈴がらみなら騒ぎを大きくしたくないだろうしね」  教師とのことを木野に話したことはないけれど、なにかあると気づいているのだろう。  少し注意力のある者ならすぐに気づくはずだ。私が学校側から、不自然に――単なる事なかれ主義というには不自然すぎるほどに――放置されていることに。 「それに、あれを見せられて、それでも莉鈴にちょっかい出す命知らずはいないでしょ」  また苦笑する木野。  私は表情を変えない。  しかし、あれは確かに恐かった。  横から見ていても恐かったのだから、あの怒りを直に向けられた者は生きた心地がしなかっただろう。 「山本たちは、しばらく学校に来ないんじゃないかな? つか、来れないよね。高校生にもなって、衆人環視の教室でおしっこちびったんじゃ」  いい気味だ、という風に笑う。  笑いながら、 「……いや、でも、あれはあたしでもちびるわ、きっと」  小さく肩をすくめる。 「…………どうでもいいわ、そんなこと」  顔や髪を拭き終わった木野が、乱れたブラウスを直してくれる。  それが終わると、小さなブラシを取り出して髪を整えてくれる。 「もう一度訊くけど…………早瀬のこと、好きなの?」  髪を梳きながら訊いてくる。 「……何度も言わせないで。嫌いよ、男なんて、みんな」  その言葉に嘘はない。早瀬に好意など抱いていない。  異性に対して恋愛感情じみた好意を持つことがあるとしたら〈パパ〉に〈クスリ漬け〉にされている時だけだ。しかしあの感情は〈恋愛〉とはどこか、少し、なにかが違う。  その感情がなんなのか……わかっているような気もするし、絶対に認めたくない気もする。 「でも、早瀬はあれ、けっこうマジっぽくない?」 「…………さあ?」  確かに、向こうはある種の好意は持っているのだろう。  しかし、それが本当の恋愛感情とは思わない。恐らくは、自分が目をつけた雌を独占したいという、雄の本能だろう。 「カラダが目当て、としか思わないけど」 「なのに……えっち、するんだ?」  困ったような表情の木野。 「…………早瀬のことが好きなら、茅萱には悪いけど応援してもいい。嫌いで相手したくもないのに向こうがしつこくつきまとってるだけなら、どんな手を使っても排除する。……でも莉鈴は、嫌いといいつつ、傷つきつつ、自分の意思でえっちしてる。援交もそう。……どうして? どうすればいいの?」  間近で、真正面から、木野の顔を見る。  笑みを浮かべているのに、泣きそうな表情。  こんな表情の木野、初めて見る。  手を差し伸べてくる。  包み込むように、優しく、抱かれる。  どうしてだろう。  木野といい遠藤といい、どうして、私なんかを気遣うのだろう。 「……わからない」  ぽつりと、言葉が漏れた。 「……自分でもわからない。だから……こんなことしてる。わからない……どうしたいのか、どうすればいいのか……わからない……だから……」  まずい。  感情が抑えられない。  本音が漏れている。  普段なら「構わないで」ですませられるはずなのに、泣き出してしまいそうだ。  このままでは、まずい。こんなの〈私〉じゃない。  感情の奔流が噴き出す前に、ぎりぎりのところで押しとどめた。感情のスイッチを、オフに切り替える。  泣きそうになっていた顔から、表情が消える。 「だから……放っておいて」 「……そう」  ゆっくりと解かれる腕。  哀しそうな、諦観の笑み。 「…………今日のところは、ね。でも、覚えておいて。本当に辛い時に想い出して。莉鈴にも味方はいるんだって」  一歩離れて距離をとる木野。  ふぅっと息をつく。  離れてくれてよかった。  あれ以上踏み込まれていたら、きっと、木野を傷つけていたに違いない。  夏休み中の遠藤のように。  もしそうなっていたら、大人の遠藤以上に、木野の心身のダメージは大きかったはずだ。  よかった、と想う気持ちは本心だった。  傷つけずにはいられないけれど、木野や遠藤を傷つけたいわけではない。  男に対する感情とは違う。  早瀬のことは、確かに、憎み、そして嫌っている部分がある。  彼は、男だから。私に性欲を向けるから。  しかし、木野や遠藤が嫌いなわけではない。憎んでいるわけではない。  ただ、構わずにいて欲しいだけだ。  セックス以外で、他人と接する方法なんて、知らない。  無償の好意なんて、理解できない。  未知のもの、理解できないもの、それは人を不安にさせる。  その点では、早瀬の方がわかりやすい。  私の身体で性欲を満たす代わりに、多少は気遣いもする。実に単純な、わかりやすい関係だ。その点では安心できる。  俯きがちに、木野から視線を逸らす。  そのタイミングで早瀬が戻ってきたのは救いだった。そうでなければ、気まずい、居心地の悪い時間が続いていたはずだ。 「……お待たせ。じゃ……行くか」  自分の鞄と私の鞄を一緒に肩に掛け、杖を持って、それでも軽々と私を抱き上げる。  木野が小さく肩をすくめる。 「………………ありがと」  ぽつりと、木野に向かって言う。  早瀬が歩き出し、木野がドアを開けてくれる。 「……早瀬」  その横を通り過ぎる時、木野がきつい声を発した。  脚が止まる。 「……あんたがちゃんとしてれば、少なくとも、莉鈴の怪我はなかった」 「…………そうだな、悪ぃ」  鋭い視線が早瀬を射貫いていた。 * * *  初めての経験だった。  学校からお姫様抱っこで帰るのも、こんな明るい時間帯に早瀬に抱かれて外を歩くのも。  とはいえ、松葉杖という小道具があるから、見た者も状況を理解してくれるだろう。  しばらく、沈黙の時間が続いた。  今、早瀬はなにを考えているのだろう。  難しい表情をしている。 「……北川」  口を開いたのは、学校を出て、かなり時間が経ってからだった。 「木野の言ってた通りだよな。もっと早くに……ちゃんとしておくべきだった」 「……」 「……俺と……ちゃんと、付き合ってくれないか?」 「嫌」  考えるまでもなく即答する。  ここに来るまでに、充分に予想できていた展開だった。 「身体だけが目的じゃない、本気で好きだ……って言ったら、迷惑か?」 「迷惑」  これも即答。  一刀両断にされて、言葉を続けられずに困ったような表情で固まっている早瀬。だから、こちらから口を開いた。 「……迷惑よ。錯覚で告白されるのは」 「……錯覚?」 「ええ、あなたが嘘をついているとまでは言わない。でも、それは錯覚だわ」 「違う」 「違わない。初めての相手が私で、それが気持ちよくて。だから、手放したくなくなった。……それを、恋愛感情と勘違いしているだけ」  淡々と告げる。 「そもそも恋愛なんて、性欲という動物の本能に対して人間が勝手な装飾を施しただけの言葉だわ。結局のところ、子孫を残そうとする本能でしかない。そして、私は子孫を残す気なんてない。だから、恋愛なんてする気もない」 「いや、そうじゃない、俺は……」 「うるさい、黙れ」  強い口調でさえぎる。  これ以上、早瀬の……男の戯言を聞くのは不愉快だった。 「……下ろして。タクシーで帰るわ」 「……だめだ」  逆に、腕に力が込められる。私を逃がさないように。  早瀬の歩みが、少し早足になる。  怒気を含んだ表情を浮かべている。  向かっているのは私の家ではなく、早瀬の家だった。  無言で歩き続ける。 「………………茅萱と、してみなさいよ」  早瀬の家まであと二、三百メートルというところまで来て、ぽつりと言った。 「……え?」 「私しか女を知らないくせに、錯覚じゃないなんて言っても説得力ない。茅萱としてみなさいよ。きっと、その方が楽しいわよ? いきなり、私相手みたいな激しいことはできないだろうけど、少しずつ自分好みに調教していく楽しみもあるわ」 「ばっ……そんなこと、できるわけねーだろ! だから、カヲリはそんなんじゃねーって。あいつは……、小さい頃から家が近所で、幼馴染で、あいつはひとりっ子だったから、兄妹みたいな感じで……」 「向こうは、兄妹とは思っていないみたいだけど?」  その言葉は図星だったはずだ。  気まずそうな、後ろめたそうな、そんな顔になる。  早瀬も当然、茅萱の想いには気づいているのだろう。  だけど、どうしてだろう。  茅萱のことを嫌っているようには見えない。むしろ逆だ。だから、クラスメイトの多くもふたりは恋人同士だと思っていた。なのにどうして、早瀬の認識では恋人ではないのだろう。  私の存在は理由にならない。私と知り合う前から、そうだったのだから。 「……まさか、茅萱相手じゃ勃たないなんて、言わないわよね?」 「いや……さすがにそれは……俺も、健康な高校生だし……。ガキの頃から一緒のせいか、あいつ、けっこう無防備だし……」  曖昧に口ごもる。  つまり、茅萱を性欲の対象として見たこともあるということだ。  ちらりと覗く胸元やミニスカートから伸びた脚、夏の薄着で目立つ胸の膨らみや下着の線に、興奮したことがあるということだ。  なのに今まで手を出さず、彼女にもせず。  それはどうしてだろう。  直接的な態度ではなくても、茅萱の方からさりげなく誘ったことはないのだろうか。  ないはずはない、と想う。  なのに、手を出さなかった。  知り合ったばかりの私には、ちょっと誘惑されただけで簡単に手を出したのに。  手を出してしまったら、もう抑えがきかなくなってしまったのに。  逆に考えれば、私が〈どうでもいい相手〉だからかもしれない。  茅萱が相手では、将来のことまで真剣に考えてしまい、かえって気軽に一線を越えられなかった……ということはありそうだ。  あるいは、単に茅萱はそうしたことに奥手で、なかなかそんな雰囲気にならなかっただけかもしれない。 「……家に遊びに来たりすること、あるんでしょ?」 「…………ああ」 「じゃ、いいものあげる」  手を伸ばして、早瀬が持っていた私の鞄から、小さな壜を取り出した。  それを、早瀬の手に握らせる。 「茅萱の飲み物に混ぜるといいわ。そうね……大さじ一杯くらいで充分。すぐに我慢できなくなって、向こうから誘ってくる」  〈パパ〉とのデートの時、お土産にもらった〈クスリ〉の壜。 「北川……」 「これで、向こうがどうしてもっていうから仕方なく、といういいわけができる。彼女にする気もないのに弄んだ……なんて責められることもない」  早瀬の眉間に皺が寄る。  困ったような表情で、手の中の小壜を見つめている。 「バージンの子だって、きっと、もうたまらないって感じで迫ってくる。その初物のきっついまんこに、あなたの極太のペニスをねじ込むの。……想像しただけで興奮しない?」  サドっ気充分の早瀬のこと、興奮しないわけがない。 「……その後で、やっぱり私を選ぶというなら、さっきの戯言をもう一度聞いてもいいわ。どっちみち、返事は変わらないけど」  どっちにしろ、私は早瀬の寝言に付き合う気はない。  そうなれば、早瀬は茅萱を選ぶしかあるまい。  その方がいい。  茅萱を本命とした上で、たまに私を弄んでくれればいい。  それで、充分だ。 「……わかった」  渋々、といった口調ではあったが、早瀬は壜をポケットにしまった。 「じゃあ、この話はとりあえずおいといて……、今日、いいか?」  このまま家に連れ込んでも、という部分が省略されていても通じる問い。  これも予想できていたことだった。早瀬が、保健室の口での一回だけで満足できるわけがない。  かなり昂っている状態だろう。遠藤と木野にちょっと釘を刺されたくらいでは抑えきれまい。 「……好きに、すれば。…………あまり気分が乗らないから、早めにすませて」  わざと素っ気なく応える。  しかし、気分が乗らないというのは本心だった。もともと、早瀬と逢う時に〈気分が乗っている〉ことなどほとんどないのだけれど、それにしても今日の心理状態はなにか違う。  学校で、いつもと違う事件があったからだろうか。いつも以上に心が醒めている感覚だ。  しかし、こんな精神状態の時には早瀬と一緒にいた方がいいのかもしれない。独りでいたら、また、生命に関わる〈発作〉を起こしかねない。  早瀬が傍にいれば、いつも通りのリスカ以上のことはさせてもらえないだろう。  それがいいことなのか悪いことなのかは、判断に悩むところだった。   * * * 「腹、減らないか? 先になんか食わね?」  私を部屋に連れ込んで、ベッドに座らせて、早瀬の最初の台詞。 「……少し」  あのごたごたがあったのは昼休みだから、昼食を食べていない。小食とはいえ、いや、だからこそ体内の蓄えは少なく、お腹は空いている。この後、かなり消耗するようなことをされるのだから、食べておいた方がいいだろう。  そして早瀬は体格通りの大食漢だ。まず食欲を満たさなければ、性欲解消にも専念できないのかもしれない。  キッチンへ向かう早瀬。  私はベッドに横になる。  この数ヶ月で、何度も寝たベッド。  何度も、何度も、ここで早瀬に犯された。  茅萱は……どうなのだろう。  私が訪れるようになってから、この部屋に入ったことはあるのだろうか。  このベッドに座り、あるいは横になったことはあるのだろうか。  私との噂を知った後で、来たことはあるのだろうか。  その時なにを思ったのだろうか。  対抗して、積極的に誘惑しようとは考えなかったのだろうか。  それとも、自分では陥とせなかった早瀬が私には簡単に手を出したことで、敗北感に打ちひしがれたのだろうか。  気のせいとはわかっているけれど、微かに茅萱の残り香があるような気がした。  ここでふたりが、裸で抱き合っている姿を想像してみる。  絶対、そっちの方がお似合いだ。高校生の恋愛ごっこに私を巻き込まないで欲しい。  そんなことを考えていると、早瀬が戻ってきた。  手にしたトレイには、ハム、チーズ、キュウリ、トマトのサンドイッチが山盛りになった大皿と、アイスコーヒーのグラスがふたつ。うちひとつはミルクたっぷりで、たぶんガムシロップもたっぷり入っているはず。  小さなテーブルを出してトレイを置き、私の隣に座る。以前よりは近く、だけど身体の触れないぎりぎりの距離に。  アイスコーヒーのグラスとサンドイッチをひとつ、私の手に持たせる。  自分も、サンドイッチに手を伸ばす。  無言のまま、小鳥がついばむように食べる私。  その何倍もの速度で、大量のサンドイッチを胃に収めていく早瀬。  まったくペースの違うふたりのお腹がほどよく満足した頃、ちょうど皿は空になった。  グラスの底に少し残ったアイスコーヒーを空にする。  しかし――  まったく、迂闊だった。  食べ終わるまで、気づかなかったなんて。  手遅れになってから、気づくなんて。 「……早瀬……あなた…………」  目を細め、早瀬を睨む。  焦点が合いにくくなっている視界に映るのは、後ろめたそうな苦笑。 「どういう……つもり?」  怒気をはらんだ声で問う私の額には、汗が滲んでいた。  お腹が、熱い。  身体の奥から、火照った感覚が広がっていく。  馴染みの感覚だ。身体の中心が熱くなって、下着が湿ってくる。  そう。  さっき渡した〈クスリ〉が、私のグラスの中にたっぷりと注がれていたのだ。  濃いコーヒーとミルク、そして大量のガムシロップで味を誤魔化されていた。  最後の一口の頃になってようやく、身体が熱くなってきて気がついた。  もう手遅れだ。〈クスリ〉の有効成分は吸収されてしまっている。  早瀬の手が伸びてくる。  肩を抱き寄せる。  その手を払いのけようとしたけれど、もう、身体に力が入らなかった。これは〈大さじ一杯〉よりもかなり多めに入れてあったようだ。  指先が触れてくるだけで、気持ちよかった。 「…………なんの……真似よ?」 「……カヲリとまったくしたくないと言ったら、嘘になる。だけど、俺がこーゆーことしたい相手は、誰よりもまず北川だから」  抱きしめられ、強引にキスされた。  抗えなかった。  腕に力が入らない上、すごく気持ちよかったから。  舌が口の中に入ってきた時には、もう下着が濡れて、乳首が固くなっていた。 「……後で……覚えてなさいよ」  そんな台詞にも力が入らない。早瀬は思うままに私の唇を貪っていた。  彼のしたことには腹を立てていたけれど、それ以上に、自分がこの状況を嫌がってはいないことに腹が立った。〈クスリ〉であれ力ずくであれ、強要される行為には興奮してしまう。  早瀬が首輪を持ち出してきた。短い鎖がついていて、その先が二股になって手枷につながっている。  最近の、早瀬のお気に入り。  首にはめられ、鎖を背中側に垂らし、腕を身体の後ろで拘束される。  それだけで、顔が真っ赤になるのを感じる。全身が灼けるように熱くなる。  早瀬が、欲しい――そんな想いが頭の中を占めるようになる。  あの大きな凶器で貫かれたい。  陵辱されたい。  そんな想いでおかしくなりそう。  だけど、早瀬を睨む目つきだけは変えない。  ブラウスのボタンが外されていく。  ブラジャーのホックが外され、カップがずらされる。  大きな手に胸を鷲づかみにされる。相変わらずの乱暴な愛撫だけれど、今は、それがいい。  身体が痺れるような、甘美な痛み。 「あっ……っ、あぁっん!」  乳首をつねられる。  痛いほどに力が込められている。  痛くて……達してしまいそうなほどに。  キスをしていた口が、下へ移動していく。  舌を這わせながら、顎から首、首から胸へと。  膨らみに達したところで、口に含む。  乳房を、乳輪を、そして乳首を咬まれる。 「や……だ、め……っっ! ……っっ!」  強く、吸われる。  痕が残るほどに、痛みに顔を歪めるくらいに、強く。  そのまま、手が下半身へと滑っていく。  スカートが脱がされる。  パンツが膝まで下ろされる。  脚の間に手が入ってくる。 「――――っ!!」  触れられた瞬間、悲鳴を呑み込んだ。  身体がびくっと痙攣する。  やっぱり、どうしようもなく敏感になっている。 「もう……すげー濡れてんな? あのクスリのせい?」  早瀬の声からも驚いた様子が感じ取れる。  普段から濡れやすい体質ではあるけれど、強い〈クスリ〉を使われた時の濡れ具合はまたぜんぜん違う。早瀬にとっては初めての経験だろう。 「ひゃ……せ……、この……あぁぁ――――っ!!」  指が入ってきただけで、一瞬、意識が飛んだ。  もう、だめ。  身体だけではなく、心まで〈クスリ〉に支配されてしまいそうだった。  挿れて欲しい。  挿れて欲しい。  挿れて欲しい。  挿れて欲しい。  挿れて欲しい。  今すぐ貫いて欲しい。  あの、泣くほどに大きなペニスで。  深く、深く。  激しく、乱暴に。  何度も、何度も。  もう、だめ。  〈パパ〉が相手の時のように、声に出して懇願してしまいそう。  だけど、だめ。  絶対に、だめ。  こいつには、そんなこと、しちゃいけない。  絶対に、だめ。  でも……  もう……  ……我慢、できない! 「あぁぁぁ――――――っっっ!!」  幸か不幸か、我慢できなくなっていたのは早瀬も同じだった。  いきなり俯せにされると、焦らされることもなく後ろから一気に貫かれた。  挿入の瞬間、達してしまった。  しかしそれで昂ぶりが治まるわけもなく、早瀬の腰の動きに反応して私の下半身も蠢いてしまう。 「あぁぁっ! あぁんっ! あぁぁんっ! やだっっ……あぁ――っ!」  深く、長く、強く、打ち込まれる。  ひと突きごとに、蜜が噴き出してくる。  いちばん深い部分を力まかせに圧迫されるのがたまらない。  腰をがっちりと掴んだ早瀬は、強引に根元まで押し込んで、削岩機のような勢いで下半身を震わせる。  私が震えているのはその振動のせいではなく、あまりの快感のせい。  全身が痙攣する。  後ろから鎖が引っ張られて、首輪が喉に喰い込んでくる。  視界が暗くなる。  なのに腰の動きだけはさらに加速していく。 「あぁぁっ! あぁっ! あぁっあぁぁっあぁんっあぁぁんっあぁぁんっ! そっこっ……だめっ! だめっだめっだめぇっ! あぁぁ――っ! も……もっとぉ――――っっ!!」  灼熱の溶岩が噴き出してくるような感覚。  大量の射精。  胎内が灼かれる感覚に、気が遠くなる。  いつも以上に大量の精液が流れ込んでくる。  私の膣を、子宮を、卵管を侵していく。 「も…………とぉ…………ひゃ……せぇ……」  だらしなく開いた口に浮かぶ、理性の欠片もない笑み。  唇の端から涎がこぼれる。  舌が震える。  まだ、深々と打ち込まれたままの灼熱の杭。  身体の中心を貫いている。  射精の数秒間だけ動きを止めていたそれが、また、私の中で暴れだそうとした時――  玄関のチャイムが鳴った。  動きを止める早瀬と、構わず腰を振る私。 「あ……んっ、や……だっ!」  引き抜かれる時には、思わず不満の声が漏れた。  早瀬は素速く服を着て、部屋を出て行く。  小走りに階段を下りていく足音。  朦朧とした頭で、宅配かなにかだろうと思っていたけれど、階下から聞こえてきたのは、明らかに違う種類の声だった。  早瀬の声と、興奮した雰囲気の女の子の声。  なにを言っているのかまでは聞き取れないが、ふたりが言い争っているというよりも、女の子が一方的にまくしたてているような雰囲気だ。  そして……  階段を駆け上ってくる足音。  聞き慣れた早瀬のものではない、もっと軽い足音。  ばんっ、と割れそうな勢いで開かれたドア。  この時にはもう予想できていたけれど、部屋に飛び込んできたのは茅萱カヲリだった。 「――――っ!!」  怒りの形相が瞬間的に凍りついた。  ベッドに横たわる、私の姿を目にして。  無理もない話だ。  まだ放課後になっていないこの時刻に、おそらくは学校をさぼってやってきたのだから、私がここにいることは確信していただろう。  セックスしていることも、外れて欲しいと思いつつも予想していたに違いない。  しかし、首輪と手枷をつけられ、中出しされた大量の精液を溢れさせてベッドに横たわっている姿は、バージンの女子高生には刺激が強すぎた。私はまだ汗ばんでいて呼吸も荒く、いかにもたった今までしてましたという状況なのだ。  握りしめた拳が、私の目にもはっきりわかるくらいにぶるぶる震えている。  唇が微かに動いているが、声にはならない。予想を超えた衝撃的な光景に、なにを言えばいいのかわからないのだろう。言いたいことがありすぎるのかもしれない。  茅萱の後を追って、早瀬が飛び込んでくる。しかし今の茅萱は、声をかけられない雰囲気をまとっていた。  一歩、ベッドに近づく。 「…………と、トシくんのこと……好きなの? やっぱり付き合ってるの?」  誰それ?  一瞬、本気でそう思った。しかし、状況的に早瀬のことしかありえない。少し間があって〈稔彦〉という名前だったことを思いだした。最初の日に聞いてはいたけれど、もちろん、その名で呼んだことなど一度もない。 「……嫌いよ。大っ嫌い」  返す答えはひとつしかありえない。木野に返したのと同じ言葉。 「だったら……なぜ……」 「……これが、私が望んでしている姿に見える?」 「――っっ!」  茅萱の表情がさらに強張った。  ボタンがすべて外されたブラウスを羽織って。  ブラジャーもずらされて。  露わにされた胸にはキスマークがいくつもあって。  パンツは膝まで下ろされて。  首輪をはめられて。  手枷で両手を拘束されて。  俯せにされてお尻だけを突き上げた姿勢。  そして、精液が太腿まで滴り落ちている。  いかにも〈私が誘ったのではなく、早瀬に無理やり乱暴された〉といわんばかりの姿だった。  茅萱にとっては、なによりも認めたくない状況だろう。 「まさか……、トシくん相手に、援交……してるわけじゃないよね?」 「……お金は、もらってない」  茅萱にしてみれば、援交の方がよかったのかもしれない。  唇を噛みしめている。  愛情の絡まない、お金による純粋な性欲解消、の方がましだ。自分以外の女性を愛している、に比べれば。  ばっと、背後の早瀬に向き直る。 「ど……どうしてっ!? どうして、よりによって北川なのっ!? こんな、援交してるとか、AVに出てるとかの噂があって、リスカ癖のキチガイ女っ!」  甲高い声で叫ぶ。 「き、北川のことなんて、好きでもなんでもないくせにっ! 好きな人は他にいるくせに! え……エッチしたいだけなら、北川じゃなくてもいいじゃない! あ、あたしじゃだめなの? そんなに北川がいいの? あたしじゃ、トシくんを悦ばせてあげられないの? 一度も試してくれたことないのに、どうしてそんなこといえるのっ!?」  激昂して、一気にまくしたてる。  早瀬はなにも答えられずにいる。  ああ、やっぱり――私は想った。  茅萱は、早瀬に本気だった。  セックス、したがっていた。  なのに、早瀬が拒んでいた。  その理由も、なんとなく想像できた。 「カヲリ……俺は……」 「あ、あたし……セックスだけの関係でも……いいよ。それでも……代用品なら、北川じゃなくてもいいじゃない。あたしじゃ……だめなの? が、がんばるし、なんだってするし!」 「いや……それは……」  早瀬の言葉に嘘はなかったのだろう。自分で言っていた通り、茅萱は〈女〉である以前に〈仲のいい、妹のような幼馴染〉だったのだ。  恋愛感情はないけれど、大切に想っている相手。そんな相手を、正式に彼女にもせずに性欲の対象にはできなかったのだろう。  最初から、身体の関係ではじまった私とは違う。  大切な存在だから、だけど彼女じゃないから、抱けない。  どうでもいい相手だから、思う存分に犯せる。  だけどそんな理屈は〈妹〉から〈女〉に成長した茅萱には通じていなかった。もう子供ではなく、好きな男に抱かれることが幸せと感じる年頃なのだ。  想いがすれ違っている――そんな気がした。  早瀬が抱いてやれば、すべて解決するのではないだろうか。  茅萱はそれで満足だろうし、早瀬も、抱いた相手ならきっと〈妹〉とは見なくなる。〈女〉と認識するようになる。  そうなれば、好意は抱いている相手なのだ、ちゃんと恋人同士になれる。  これまでの早瀬を見る限りでは、茅萱が口にした〈他に好きな人〉とやらは、誘いを断わる口実だろうと思えた。私と茅萱の他に女の気配はないし、私と知り合う以前から、茅萱の想いを受けとめずにいたのだから。  早瀬だって、茅萱とセックスすれば考えも変わるはずだ。きっと〈妹〉だった期間が長かったために、セックスの対象にはできないと思い込んでいるだけなのだ。  さっさと、すればいい。  ふたりで、解決すればいい。  とりあえず、痴話喧嘩は私のいないところでやって欲しい。  まだ〈クスリ〉が残っている状態なのだ。生殺しのまま放置されてはたまらない。  だから、茅萱に睨まれるとわかっていても口を挟むことにした。 「……そこまで言ってるんだもの、してあげればいいじゃない」  早瀬が驚いたようにこちらを見る。  振り返った茅萱が、射殺すような視線で睨む。 「茅萱相手でも勃つって言ってたじゃない。オカズにしたことくらい、あるんじゃないの? だったら、すればいいじゃない。性欲処理の相手が他にいるなら、私を巻き込まないで」  茅萱はなにか言いたげにしていたけれど、そのまま早瀬に向き直った。 「…………して、よ」  無理やり、絞り出したような声。 「……一度だけでもいい……してよ。ずっと……トシくんのこと、好きだった。初めては絶対にトシくんとって、想ってた。彼女……じゃなくてもいい。一生に一度のことだもの、本当に好きな人としたい。彼女にはなれなくても、それだけは諦めたくない」  なんとも一途なことだ。  茅萱はルックスだって悪くない。早瀬はいったいなにが不満なのだろう。  困ったように頭をかく早瀬。しかし、微かに〈したい〉という欲望が見え隠れしている。  男なら誰だってそうだろう。  可愛い女の子に、ここまで一途に想われて、こんな積極的な発言をされて。 「……本当に、そんなんでいいのかよ」  わざと、ぶっきらぼうに言う。 「いいよ……男の子にはわかんないよね。初めてを、本当に好きな人にあげることの大切さなんて」  茅萱には悪いけれど、女である私にも理解できない。  もっとも、自分が特殊な例であることは自覚している。初めてを好きな人に……とか、そんな想いを抱くような年齢になる前に無理やり奪われた女の感性が、普通であるはずがない。 「……後悔、するぞ」 「しないよ。逆……ここで、しなかったら、絶対に一生悔やむ」 「…………わかった」  ついに、早瀬が折れた。  これで私もお役ご免だ。 「……話がまとまったところで、邪魔者は退散するわ。これ、外してくれない?」  早瀬がベッドのそばに来たけれど、しかし首輪は外さずに、私を抱え上げて椅子に座らせただけだった。  手枷だけを外し、椅子の背のフレームに鎖を通してもう一度手首にはめ直した。  私は、椅子に拘束された形になる。 「……なんの、つもり?」  上目遣いに睨めつける。 「……北川がけしかけたんだ。責任持って、最後まで見届けろ」 「トシくん……」 「なぁに、早瀬ってば、実は見られて興奮するタイプ?」  皮肉混じりの台詞を無視し、困惑した表情の茅萱を振り返る。 「……それが、条件だ」 「……………………わかった」  気丈にもうなずく茅萱。  大切な初体験を第三者に間近で見られて。  しかもそれがいちばん嫌っている、彼氏の浮気相手で。  我慢がならないことだろうに。  早瀬も、いったいどういうつもりなのだろう。  最初に考えたのは、私が嫉妬することを期待しているのだろうか、ということだった。  まさか。  いくらなんでも、私に対していまだにそんな幻想を抱いてはいまい。もしそうなら、私に、そして女に対して夢を見すぎだ。  あるいは、逆だろうか。  私がいることで、対抗心を燃やした茅萱がどんな要求にも応えるだろう、とか。  そこまで考えての行動だとしたら、私が思っていた以上の鬼畜だ。これまで茅萱に手を出さなかったことを考えれば、それもないと思う。  時々、よくわからない行動をとる男だ。 「……あ、あたしは……ど……どうすればいいの?」  これが初体験の茅萱は、真っ赤になってうつむいていた。  積極的に迫ったまではいいけれど、実際の経験がないために、いざとなると具体的にどうすればいいのか戸惑っている。 「…………俺に、まかせて」 「……ん」  肩に手を置かれて、ベッドに座った。  隣に早瀬が腰を下ろす。ふたりの身体が触れ合う位置に。  ちらりとこちらを見た時の表情は、なんだかやりにくそうだった。見られて興奮するというわけでもないらしい。 「……なにも……遠慮、しなくていいよ。好きにして……いいから」 「優しくするから。怖がらなくていい」  私には言ったことのない、歯が浮きそうな台詞。  肩を抱き寄せる。  頬に手をかけ、上を向かせる。  一度、早瀬を見上げて、その意図を察して目を閉じる茅萱。  顔が近づいていく。  唇が重なる。  最初は、軽く触れるだけ。  だんだん、しっかりと。  舌が挿し入れられ、絡み合う。 「ん……っ」  やや戸惑った様子で、ついばむような茅萱のキス。  それよりは慣れた様子の、だけど私とする時よりはぎこちない早瀬のキス。  大きな手が胸に置かれ、ブラウスの上から優しく包み込むように愛撫する。  恥ずかしそうに身じろぎする。  胸への愛撫が繰り返されるに従い、茅萱の頬の赤みが増していく。  下半身がもじもじと動いている。 「ん…………と、トシ、くぅん……」  制服のリボンが、そしてボタンが外されていく。  ブラウスが脱がされ、続いてブラジャーが外される。  うつむいて、耳まで真っ赤にしている茅萱。しかし抗わず、隠そうともしない。手は、早瀬のシャツをぎゅっと握りしめている。  露わにされた胸は、Bカップくらいだろうか。Cには少し足りないように見える。  特に大きいわけではないけれど、ぽっちゃり体型ではないのだから高校一年生としては悪くないだろう。年齢的にも、体格的にも、まだまだ将来への期待はある。  胸に直に触れる。  手のひらで包み込み、指先で乳首を転がす。  真っ赤になった耳たびに唇を寄せ、軽く咬む。 「……どう? いやじゃない?」  ぶんぶんと首を左右に振る茅萱。 「ぜんぜん! すっごく……うれしい……」  そして、また、真っ赤になってうつむいた。  早瀬のシャツを掴んでいた手の力が緩む。  手のひらで胸のあたりに触れる。その手がおそるおそるといった様子で下へ移動していく。  ズボンの上から早瀬の股間に触れたところで、一瞬、驚いたようにびくっと離れた。しかし、すぐにまた触れてくる。  早瀬は抗わず、胸への愛撫を続けている。  茅萱が顔を上げる。早瀬が優しい笑みを浮かべる。 「トシくん……これ……大きくなってるんだよね?」 「……ああ」 「そっか……よかった……」  心底嬉しそうに笑う。  早瀬が体勢を変える。上半身裸になった茅萱をベッドに横たえる。  自分もシャツを脱いで身体を重ねる。  肌を密着させるように、ぎゅっと抱きついてくる茅萱。  また、唇を重ねる。  キスしながら、スカートを下ろす。茅萱が自分で脚を抜く。  下着の上から、女の子の部分に触れる太い指。  びくっと震える。 「ん……ぁ…………ぁ、ん……」  小刻みに動き始める指。  いちばん敏感な部分を刺激するように。  だけど、優しく、丁寧に。  茅萱が気持ちよさそうに甘い声を上げる。  指に合わせて腰が蠢く。  最初は抑えていた声が、だんだん大きくなってくる。 「トシ……くぅん…………んぅんんっ!」 「……なに?」 「と……トシくんって、う、巧くない?」 「気持ちいいのか?」 「うっ、うん……」  そこで茅萱が視線を逸らしたのは、感じていることが恥ずかしいからだろうか。それとも、早瀬が〈巧くなった理由〉に思い当たって不愉快になったからだろうか。 「……とっ……ても……気持ち、いい」 「そっか……感じてくれて、よかった」  早瀬の手が、パンツの中に滑り込む。  そのまま、脱がしていく。  露わにされた局部に、直に触れる。  声のオクターブが高くなる。  触れられた部分からは、くちゅくちゅと湿った音。かなり濡れているようだ。  そこは、ヘアはちゃんと生えているけれど、やや薄めだろうか。まだ未使用の陰部はきれいで、可愛らしく、それでも年相応に発達している。  指先が、割れ目の中に潜り込んで蠢いている。  甲高い声がだんだん激しくなっていく。  そんな様子を見て、早瀬が身体の位置を変える。茅萱の下腹部に唇を押しつける。 「あっっ……ぁんっ! あぁんっ! あんっ! やっ……あぁぁんっ!」  脚を抱えるようにして、茅萱の股間に顔を埋める早瀬。  上半身を捩らせて悶える茅萱。  声がどんどん大きくなっていく。本当に気持ちよさそうにしている。  早瀬は指と舌で愛撫を続けている。 「トシっ……くぅんっ! あぁんっ! あぁんっ! あぁっ! あぁぁぁ――――っっ!!」  背中を大きく仰け反らせて、茅萱が絶頂を迎える。  生まれて初めて、好きな男によって与えられた快楽。虚ろな、だけど幸せそうな表情。 「……いった?」  茅萱の顔を覗きこんで小さく笑う早瀬。  うなずく代わりに、早瀬に抱きついて胸に顔を埋める茅萱。 「…………信じらンない……すごく…………気持ち、よかった」  そして、がばっと顔を上げる。 「あ、あたしも……と……トシくんにも、し、してあげたい!」  早瀬の顔を見上げ、身体に……下半身に触れる。  反応を窺うように、おそるおそる手を滑らせている。 「……いいのか?」 「う、うん! もちろん!」  うなずいて、早瀬はズボンを脱ぐ。  トランクス一枚の裸。その前が大きく膨らんでいる。今にも飛び出してきそうだ。  それも、自分で脱ぐ。  茅萱の目が驚きに見開かれる。  初めて早瀬のものを目の当たりにすれば、驚いて当然だ。  いまどきの女子高生、バージンであってもネットで無修正画像くらいは見たことあるだろうけれど、実物を間近で見るのはまた違う。ましてや、それが早瀬の大砲の如き代物であればなおさらのこと。  早瀬の股間は、私とする時と変わらず、限界まで大きく硬くなっていた。こんなに優しいセックスなのに、強姦まがいの乱暴な行為じゃないのに、それでも興奮しているようだ。  茅萱はやや怯えた様子で、困ったように早瀬の顔を見た。 「大っきい……ね……?」 「……怖いか?」 「……う、うん…………大丈夫。トシくんのだから……」  ゆっくりと、怖々と手を伸ばす。  指先で触れる。  その感触を確かめるようにしてから、手を開いて握った。  茅萱の手の中で、小さく脈打っている。  ちらり、ともう一度早瀬の顔を見上げ、手の中のものに視線を戻し、ゆっくりと顔を近づけていく。  あとちょっとで先端が口に触れるというところで、目を閉じる。  そのまま、唇を押しつける。  一瞬だけ動きを止め、微かに開いた唇から舌先を覗かせる。  先端から根元に向かって、ゆっくり、舌を這わせていく。  根元から、また先端へと戻ってくる。今度はもう少し大胆に舌を押しつけて。  先端の穴を舌先でくすぐる。  目を開けて、上目遣いに早瀬の顔を見る。なにかを問うような表情で。  早瀬が小さくうなずいたように見えた。  ゆっくりと唇を開いていく。  大きな亀頭を、呑み込んでいく。  やや苦しそうな表情になって、それでもできる限り奥まで口に含む。  もちろん、根元までなんてまったく無理だけれど。  ぎこちなく、頭を動かしはじめる。  うまくできなくて戸惑っている様子だ。  早瀬のことが好きで、セックスしたいと想っていたのなら、きっと、こうした場面も想像したことはあるだろう。もしかしたら、バナナやフランクフルトで〈練習〉したことだってあるかもしれない。  だけど初めて口に含む男性器は、想像よりも大きなもののはずだ。けっして歯を立ててはならないとなれば、難易度はさらに増す。  しかもそれが早瀬の巨根なのだから、うまくできるはずがない。口に含むだけで精いっぱいだろう。  それでも、頑張っている。  早瀬は、茅萱の頭に手を置いて、優しく撫でている。  少し、意外だった。  早瀬に……あの早瀬に、こんな優しいセックスができるなんて。  無理やり頭を押さえつけたり、乱暴に腰を動かして喉の奥まで突き入れたりせず、茅萱の拙い口戯にまかせて、しかもそれを楽しんでいる様子だ。 「……ごめん……う、うまくできてないよね。ごめん……」 「いや……気持ちいい。顎、痛くないか? いやじゃなければ、も少し続けて」 「ん…………ぜんぜん、いやじゃないよ? トシくんが気持ちいいなら、すごく……嬉しい」  やや切なげな表情ながらも、必至に奉仕を続ける茅萱。  そのまま一、二分くらい続いただろうか。  だんだん、表情がうっとりとしてくる。  彼女も、口が性感帯であることに目覚めかけているのかもしれない。  口の中のものが引き抜かれた時には、微かに不満げな表情を浮かべたようにも見えた。  しかし、 「……いいか?」  そう訊かれて、ぱっと表情が明るくなった。  こくん、とうなずく。  この頃になると、ふたりとも、私の存在など頭からすっかり消えてしまったようだった。ベッドの上は、ふたりだけの空間になっていた。  茅萱の身体を仰向けにする。  脚を開かせ、その間に大きな身体を入れる。  反り返ったものに手をあてがって、茅萱の中心にあてがう。 「痛いと思うけど……悪い、我慢してくれ」  首を振る茅萱。 「……平気……ちゃんと、してね? 大丈夫だから」  うなずく早瀬。  ゆっくりと押し出される腰。 「ん…………んぅ……く……んん……」  口に手を当てて、顔を歪める茅萱。  苦しそうだ。それでも、弱音は口にしない。  ゆっくり、本当にゆっくり、早瀬の身体が動いていく。  指で割れ目を拡げ、少しでも茅萱の負担を減らすためか、滲み出た蜜を塗り広げている。  ミリ単位で、腰を進めていく。 「ん……」 「あぁぁぁっっっ!!」  ついに、最後の一線を突破する。  早瀬の大きなペニスが、確かに、中ほどまで茅萱の中に埋まっていた。  苦しそうに、痛そうに、ぎゅうっと早瀬にしがみつく。  ゆっくりと、さらに腰を進めていく。  奥まで届いたのか、早瀬の動きが止まる。それでもまだ、かなりの部分が身体の外に出ている。私が相手の時は、それを根元まで身体の中に突き入れ、それでも足りないという風に腰を押しつけてくるというのに。  茅萱の身体を包み込むように抱きしめる。  それに応えるように、腕も、脚も、早瀬の身体に回してしがみついている茅萱。  苦しそうだけど、それだけじゃない。  私は知らない、幸せそうな表情。 「トシ……くん……」 「……入ってるの、わかるか?」 「うん……入って……る……トシくんと……ひとつに、なって…………。すごい……おっきい……」 「痛くないか?」 「ううん……へいき…………きもち、いい……」  それは嘘だろう。  健気なことだ。  目には涙も滲んでいる。そのどこまでが痛みによるもので、どこからが嬉し涙なのだろう。  私の位置からでも、少なからぬ出血が見える。 「……大丈夫……だから…………ちゃんと、して……。トシくんがよくなるように……。好きなように……して」 「……ああ」  腰を前後に動かしはじめる早瀬。  しかしその動きは本当にゆっくりで、最初のうちは一往復に何秒もかけていた。振幅もごく小さい。  それでも悲鳴じみた呻き声が漏れる。  初めて男を受け入れる膣は、裂けそうなほどに拡げられていた。そこを出入りする古木の太枝のような男性器は、紅い血で濡れている。  身につけているのは凶器といってもいい代物だけれど、早瀬は優しい笑みを浮かべ、動きはゆっくりとしている。  私の時の、膣はおろかお腹まで突き破りそうな陵辱とはまるで違う。  あの早瀬が、こんな風にセックスの相手を気遣えるなんて。  キスをする。  優しく胸に触れる。  時々動きを止めて、茅萱の反応を確かめて、またゆっくりと動き出す。  それでも少しずつ、動きが大きく、速くなっていく。とはいえ、私に対する時のいちばん静かな動きよりも、さらに桁違いに優しい。  その頃には茅萱の呻き声にも、苦痛混じりにも微かな甘さが感じられるようになっていた。  早瀬の動きもリズミカルになっている。 「とし……くぅ……ん、ど……どう? あ、たしの……」 「ああ……すっごく、気持ちいい。だから……もう少し、このまま続けさせてくれ」 「うん……いっぱい……して。トシくんが満足するまで……いっぱい……ずっと……あたしも……気持ちいいから……」  茅萱は幸せそうだ。  その顔を、不思議そうに見つめる。  私には、セックスが幸せなもの、楽しいものという意識はない。  肉体的には反応する。だけど、精神的には、苦痛以外のなにものでもない。身体が反応するほどに、そう感じてしまう。  茅萱は明らかに無理しているけれど、それでも幸せそうだし、早瀬は気持ちよさそうだ。  獣の本能にまかせた陵辱ではなく、恋人を優しく気遣うセックス。それでもちゃんと感じている。  相手を一方的に蹂躙するのではなく、ふたりで気持ちよくなろうとしている。  その姿は、私の知らない早瀬。私の知らない人間。  普段の私とのセックスを考えれば、本当にこんなのでいいのだろうかと想ってしまう。  だけど、動きはだんだん速くなってくる。呼吸は荒くなっている。その大きな身体は汗ばんで、茅萱に耐えられそうなぎりぎりの動きを続けている。  ちゃんと感じている。  興奮している。  いつも見ている私にはわかる。  気配で、雰囲気で、感じることができる。  もう少しで、射精しそうになっていることを。  そこで、はっと気づいた。 「中で出しちゃだめっ! 私とは違うんだからっ!」  思わず、叫んでいた。  すぐに早瀬もその意味を理解した。  最初の一回以外、生で中出ししかしたことがない男だ。いくら茅萱のことを気遣っていても、避妊については失念していたのかもしれない。  呻き声を上げて、茅萱の中から引き抜く。  一瞬、考えて。  茅萱の顔の上にまたがった。  彼女の口にあてがう。無理やり奥までねじ込むのではなく、そっと触れるように。  本能的な行動だろうか。茅萱は唇を開いて早瀬を受け入れた。  早瀬の身体が小さく震える。  口の中に射精する。  びくん、びくんと痙攣している早瀬。  茅萱の口に注ぎ込んでいる。  唇の端からもこぼれている。  大きく息を吐き出す早瀬。  そうして、茅萱の初体験は終わった。 * * * 「……中で出しても……よかったのに」  茅萱はベッドの上でまだぐったりとしていた。腕だけを持ち上げて、口の端からこぼれた精液を指で拭って舐めている。  破瓜の出血はかなりの量だった。早瀬がティッシュで拭いてやっている。 「……トシくんの……中に出して欲しかったな?」  口調は意外と明るい。 「いや、さすがにだめだろ、それは」 「…………北川には、中出ししてたくせに」  ジト目で早瀬のことを睨んでいる。 「だめだ、絶対。……北川は、ピル、飲んでんだ」 「……あーあ、あたしも飲んでおけばよかった」  茅萱は脚を持ち上げ、勢いをつけて起き上がった。衝撃で痛みがぶり返したのか、顔をしかめている。その顔を私に向ける。 「……ね、北川。ピルってどこで買えるの?」  なんだかすごく吹っ切れたような表情だった。 「……婦人科で処方箋もらって……でも、普通の病院で、女子高生に処方してくれるのかしら?」 「あんたは飲んでんでしょ?」 「私が行ってるところは……あまりまっとうな病院じゃないから」  私の行きつけの産婦人科は、歌舞伎町界隈にあって、夜間診療もしている、訳ありの利用者が多いところだ。 「……ちぇ。でも、口で飲むのも美味しかったし、いっか」  腕を伸ばして、ベッドの下に落ちていた下着を拾う。  パンツ、ブラジャー、キャミソール、ブラウス、スカート、そしてソックス。  ひとつずつ順に、手早く着けていく。  壁に掛かっていた鏡を見てリボンを直す。  ひと足遅れて服を着はじめた早瀬を振り返り、唇を押しつけた。 「……ありがと。すっごく、嬉しかった」 「いや……ホントに……ごめん。俺って、最低だよな」 「謝らないでよ。あたしは幸せなんだから。ホントだよ? トシくんが気にすることなんて、なにもないんだから」  向き直って、私の前に来る。  その表情は、不敵な笑みとでもいうのだろうか。 「あんたと〈姉妹〉ってことだけが屈辱よね。……ねえ、一発だけ、殴ってもいい?」 「……殴る相手が違わない?」 「トシくんのことは、今でも大好きだもの」  その言葉が終わらないうちに、腕が大きく振られた。  頬に、激しい衝撃。  こちらが身構える間も与えない攻撃だった。意外と喧嘩慣れしているのかもしれない。  バランスを崩して、拘束されている椅子ごと倒れた。早瀬が慌てて立ち上がるが、しかし、女ふたりの争いには割り込めずにいる。  脚を開いて、腰に手を当てて、私を見おろしている茅萱。 「トシくんが他の誰と付き合ってもいい。でも、あんただけは認めない! 絶対! あんただって、所詮は代用品なんだから」  そして、早瀬を振り返る。 「……北川に飽きたら、いつでも声かけてね。次は、もっとうまくできるようにがんばるから」  にこっと笑って、小走りに駆け出す。 「あ……」  早瀬が「送っていく」という隙も与えずに部屋から出て行った。おそらく、そう言われたくなかったのだろう。余計な未練が残るから。あるいは、独りになって泣きたいから。  階段を駆け下りる足音。  玄関のドアの開閉の音。  茅萱が走り去ったあとを呆然と見送っていた早瀬は、しばらくそのままで、私のことを思い出したのはずいぶん時間が経ってからだった。 「……大丈夫か?」  今さらのように、椅子と一緒に床に転がっている私に手を差し伸べてくる。  椅子とつないでいた手枷を一度外し、身体を自由にしてからまた腕にはめる。  私を抱きかかえ、ベッドに下ろす。  もちろん、首輪も外してはくれない。 「……茅萱のまんこはどう? よかった?」 「…………ああ。でも、悪いことしたな。つか、俺って最低だ」 「本人、悦んでたし、いいんじゃない? ……これで、私も用ずみね」  つれない口調の私を、力まかせに抱きしめてくる。 「…………用ずみじゃない。錯覚、じゃねーよ。俺、北川がいいんだ」 「……茅萱、健気で可愛かったじゃない」 「ああ……あいつが、あんなに可愛いなんてな。……ちょっと、ぐっときた。…………でも……それでも、北川が、好きなんだ」  やれやれ。  私は小さく溜息をついた。  あの茅萱を見せられて、なお私を選ぶとは、いったいどういう感性をしているのだろう。  今この場だけ取り繕っている、という可能性もなくはないけれど、そんなことをしなくても私は相手をしてやるのだから、必要のない気遣いだ。 「北川の言う通り、カヲリと、したぞ?」 「…………茅萱とした後ならもう一度話を聞くとは言ったけれど。……返事は変わらない、とも言ったわよね?」 「……ああ……だから……今は、これ以上しつこく言うつもりはない。……でも、撤回はしない」  早瀬の手が、下半身に触れてくる。  そこは、触れられる前からぐっしょりと濡れていた。  まだ〈クスリ〉が残っている状態で、目の前であんな光景を見せられて、なにも反応しないわけがない。  身体だけは、意志とは無関係に反応してしまうのだ。  指が、乱暴に挿入される。  大きな身体が覆いかぶさってくる。  そしてまた服を脱いでいく。 「…………まさか、あなた……まだ、するつもり?」 「……ああ」 「茅萱とあんなことした後で、平気で私が抱けるんだ? 最っ低の外道ね。ある意味、とっても男らしいわ」  精一杯の皮肉。  後ろめたそうな表情の早瀬。  それでも、動きは止めない。 「……ああ、最低だ。だけど……でも……、それでも、北川と、したい」 「――――っっ!」  茅萱とした後も勢いを失っていなかった男性器が、私を一気に貫いた。  両手で胸を鷲づかみにして、腰を打ちつけてくる。 「――っ! くっ……ぅんっっ! う……ぁぁんっ!」  ぜんぜん、違う。  さっき、茅萱としていた時とはぜんぜん違う。  痛くないように気遣い、優しく、ほどよいリズミカルな動きで茅萱としていた早瀬は、私が見たことのない姿だった。  今はまったく違う。  私の身体を引き裂かんばかりに、全体重をかけて蹂躙している。  これが、私が知っている早瀬だ。  これしか、知らない。  そういう嗜好、そういう性癖なのだと思っていた。  だけど、違う。  こうしなければ興奮しない、こうしなければいけない、というわけではないのだ。  茅萱としていた時だって、これ以上はないくらいに大きくなっていた。射精までにかかった時間も、私とする時より長かったわけではない。そして、大量に射精していた。  早瀬にとっては、あれでも充分なのだ。  なのに、私にはこれ。  むしろ、私相手では興奮しないのでないか、とすら思えてしまう。だから、こうして激しくしないと感じないのではないか、と。  肉食獣を思わせる、暗い表情。茅萱を見ていた時の、優しげな雰囲気は微塵もない。  なのに――  何度も。  何度も。  いつまでも。  いつまでも。  私を犯し続けている。  飽きた様子もなく、貪り続けている。  この、穢れた身体を。  早瀬も――  この日、初めて想った。  これまで、あまり気にもとめなかったけれど。  この男も、かなり、歪んでいるのではないだろうか。  そんな気がする。  だけど、私は抗わない。  私は、こんな男に陵辱されるのが相応しい女なのだ。  ――この日も、私が解放されたのは夜中近くのことだった。 * * *  翌日――    教室で見かけた茅萱は、やっぱり哀しげではあったけれど、それでもどこか幸せそうな、吹っ切れたような表情をしていた。  昨日までの、居心地の悪そうな表情とはまるで違う。  そして、挑発的な目つきで私を睨んでいた。 第七章  その日は珍しく、平日ではなく週末に例の〈パパ〉と待ち合わせをしていた。  夏休みの一ヶ月の放置をさすがに反省したのか、たまたま仕事がひと段落ついて時間があったのか、あの後、二度目のデートだった。  昨夜の電話では、なにやら『ちょっと、いつもと違う趣向を用意してるから』などと言っていたけれど、いったいどんなことを考えているのだろう。  いつも、これ以上はないというくらいに乱暴なこと、激しいこと、アブノーマルなことをされているのだ。「いつもと違う趣向」などと言われても、すぐに思いつくことはない。  普段あまりやらないこと。考えられるとしたら〈パパ〉と私以外の、第三者の介入だろうか。  しかし複数の男を相手にすることも、日常とまではいえないものの、ことさら珍しいわけでもない。  さて、いったいなにが待ち受けているのだろう。  期待と不安と恐怖心が入り混じった複雑な想いを抱いて、指定された待ち合わせ場所に赴いた。  いつもの、〈パパ〉の車が停まっている。  その横に立つ〈パパ〉。  そして――  〈パパ〉の隣には〈ネコ〉がいた。  見知らぬ、初対面の相手だ。  身長は私と大差ないけれど、もっと、あどけない顔をしていた。明らかに年下だ。おそらく、中学の一〜二年生くらいだろう。  あまり特徴のない、見覚えのない学校のセーラー服を着ている。  髪は明るい茶色で、やや短めのくせっ毛。  顔には、満腹している仔猫を思わせる笑み。  頭の上には茶トラ柄のネコ耳。  スカートの下からは、同じ柄の長い尻尾が伸びている。  そして、首にはオレンジ色の首輪。  これではどう見ても、〈ネコ〉としかいいようがない。 「……この子は?」 「最近飼いはじめた仔猫。可愛いだろ?」  やっぱり〈ネコ〉のようだ。  〈パパ〉の言う通り、見た目は可愛らしい。  つまり、今日の趣向はやっぱり3Pなのだろう。  確かにこれは珍しいパターンだった。三人目が女性であることも、しかもそれが年下であることも。  〈パパ〉はけっしてロリコンではない。単に、守備範囲がすごく広いだけで、大人の女性も普通に相手にしている。  もちろん、関係を持っている中高生が私だけのはずもないけれど、それを私の前に連れてくることは珍しかった。  その〈ネコ〉の方に視線を向ける。  彼女はにっこりと満面の笑みを浮かべた。 「初めまして、おねーさま。みーこでぇーす」  仔猫は、高い、甘ったるい声で名乗った。本名か愛称か、名前も猫っぽい。  私の正面に立って小さく首を傾げると、 「うわー、写真で見たのより、もっともっとびっじーん!」  いきなり、抱きついてきた。 「髪きれー! ウェストなんかみーこよりほっそいしー、脚はこんなに長いしー」  いちいち私の顔に、髪に、腰に、そして脚に触れながら、感嘆の声をあげる。その様子は社交辞令などではなく、本気で感動しているようだった。 「しかもしかもしかもっ! こんなにほっそいのにー、背もみーこと変わんないのにー、胸がこんなにこんなにおっきいなんてずるいっ! うわー、ふっかふかだぁー!」  ぐりぐりと擦りつけるように、胸に顔を埋めてくる。  手で胸の膨らみを寄せて、自分の顔を挟み込む。  なんだか、幸せそうな表情だ。  私は呆気にとられて〈パパ〉を見た。 「…………なに、この子?」 「莉鈴の写真を見せたら、ひと目で気に入ったらしくて。ぜひ会わせろって」  〈パパ〉も苦笑している。ここまでの反応は予想を超えていたのかもしれない。 「……はぁ」  曖昧な返事を返す。  〈パパ〉といる時は、それほど無表情でも無機的でもないけれど、このみーことやらはこれまで関わったことのないタイプで、どう反応すればいいものかわからなかった。  普段から同性や同世代との関わりが薄い私だ。無条件に好意を寄せてくる同性なんて、遠藤や木野レベルでも対応に困るのに、これは難易度が高い。 「こんな素敵なおねーさま、パパが独り占めなんてずるいもん!」  ぷぅっと頬を膨らませるみーこ。  やきもちのベクトルが間違ってはいないだろうか。この子は〈パパ〉の援交相手だろうに。 「……で、その〈おねーさま〉ってのはなに?」  みーこを引き離そうと悪戦苦闘しながら訊く。  私はもちろんひとりっ子で、姉も妹もいない。〈パパ〉の隠し子というのはありそうな話だけれど、ふたりの間に血のつながりがあるようには見えない。 「だってだって、みーこのほうが年下だから、おねーさま」  ぎゅっとしがみついたまま答える。小柄なのにかなりの力だ。そしてスッポン並みにしつこい。 「…………なるほど」  とりあえず、この子が〈パパ〉の〈愛玩動物〉であることに間違いはあるまい。  視線を〈パパ〉に向ける。 「…………すると、今日はこの子も一緒に?」 「ああ、いやか?」 「……別に、構わないけど」  〈パパ〉のセックスの対象が私以外に何人もいるのは知っているし、そうした女性を交えた3Pの経験もある。ただし、これは初めて見るタイプだった。 「うわーい、今日はよろしくお願いしまーす!」  にぎやかな子だ。しかも、いちいち抱きついてくる。  〈パパ〉と一緒の時の私は、学校にいる時とは違って普通に話もするし笑いもする。それでも、どちらかといえば陰性の雰囲気をまとっていることは否めない。この子は、そんな私とは真逆だった。  中学生の身でこの〈パパ〉と肉体関係を持ちながら、けれどまったく悪びれた様子もなく、心底、楽しんでいる様子だ。  常に嫌悪感と罪悪感に苛まれている私とは違う。  性格の違いだろうか。  それともみーこのこの姿も、単なるポーズに過ぎないのだろうか。  楽しそうに、私の胸に顔を埋めている。 「……この子って……これが素? こーゆーキャラを作ってるの? それとも……もうラリってる?」  〈パパ〉にだけ聞こえるように、小さな声で訊いた。 「……素、みたいだな」  笑って答える〈パパ〉。  〈パパ〉にとっても、みーこのようなタイプは珍しいのだろう。セックスの対象の女の子というよりも、可愛らしい珍獣でも見ているような表情だった。  小さな声で訊いてくる。 「……平気か?」  こくん、とうなずく。  人見知りで、他人と接することを好まない性格をわかっているから、いちおう気遣っているのだろう。  本当に気遣うのなら事前に了解を得て欲しいところではあるけれど、そうしたら間違いなく断わっていたはずだ。〈パパ〉もそれがわかっているから、予告なしでみーこを連れてきたのだろう。  しかし、あまりにも珍しいタイプのせいでどう反応していいのかわからないせいか、あるいはみーこの好意が〈パパ〉よりも私に向けられているせいか、いつものような強い〈拒絶反応〉は感じられなかった。  今の精神状態であれば、〈パパ〉が悦ぶのなら3Pくらいは構わない。 「じゃあ、行こうか」  〈パパ〉の手が、私に首輪をつける。  これでもう、どんなことを強要されても逆らうことはできない。 「みーこ、行くぞ」  胸に顔を埋めたまま離れようとしないみーこの頭を小突き、首輪をつかんで引きはがす。 「これからたっぷりできるんだから、まず車に乗れ」  渋々、という態度で離れるみーこ。それでも手は握ったままだ。  私を引っ張り込むようにして車の後部座席に乗せ、その隣に自分が座ると同時に、またくっついてきた。  シートの上で押し倒される。  小さな身体が覆いかぶさってくる。  そして、唇が重ねられた。 「――っ!?」  いきなりのことに目を見開く。  口移しで流し込まれる液体。濃厚な甘みと微かな苦み――〈パパ〉とのデートではおなじみの味――が口の中に広がっていく。  喉が、そして胃が、熱くなってくる。  一度離れるみーこ。  また、なにかを口に含む。  そして、また、キスしてくる。  小さなカプセルを口移しで飲まされる。 「……って、なんでいちいちキス?」 「おねーさまがきれーだからでーす!」  答えになっているような、いないような、微妙な回答。本当に、私の理解を超えた子だ。 「……と、ゆーことでぇ、これ、おねーさまの分」  車内に置いてあった紙袋から取り出したのは、みーこが着けているのと同じような、ネコ耳のカチューシャだった。  ただし茶トラのみーことは違い、艶やかな黒毛。 「やっぱり、おねーさまは黒猫ですよねっ」  そう言って私の頭に着ける。 「パパもそう思うよね?」 「そうだな、よく似合ってる」  運転席からそんな声が返ってくる。  ルームミラーに映る〈パパ〉の顔は、それこそ、じゃれ合う仔猫の姉妹を見るような笑みだった。  これではなにも言えない。  みーこが、手鏡を取り出して私に向け