1  その少女は、黄金色の瞳をしていた。  ひどく、印象的な容姿だった。  たとえば、日本人離れした鮮やかな金髪。短めのくせ毛は、巷でよく見かける脱色したような色褪せた金髪ではなく、金塊を思わせる、重厚な、濃い、黄金色。  しかし、はっとするほど可愛らしい童顔は日本人的だ。白い肌も、あくまでも日本人の範疇での白さだった。  とはいえ、生粋の日本人だという確信も持てなかった。  力いっぱい抱きしめたら折れそうなほどに細いウェストの位置は高く、ミニスカートの裾から伸びた伸びた脚はすらりと長い。  その割に身長はさほど高くない。目測で百五十センチあるかないかだろうか。十代半ばの女の子としては、むしろ小柄な方だ。それなのに胸ははちきれそうなほどに丸く大きくふくらんで、これ以上はないくらいの存在感を主張している。  身に着けているものも、中身に劣らず人目を惹いていた。  名前を聞けばこのあたりで知らぬ者はない、某有名お嬢様学校の制服。伝統あるワンピース型のセーラー服は近年デザインが変更されて、ウェストが絞られスカートが短くなり、オリジナルのレトロな雰囲気を残しつつも今風になってよりいっそう可愛くなったと巷では評判だ。  少女はそんな制服のスカートをさらに短く改造した上、左右の長さがまるで違うソックスを履いていた。右はオーバーニーソックスなのに、左はくるぶしまでしかない。それなのに柄は同じなのだから、着替える時に慌てて間違えたのではなく、意図的なファッションなのだろう。  それによって、ただでさえ長くて綺麗な脚が、よりいっそう視線を惹きつけるものになっていた。  しかし――  その少女のいちばんの特徴は、鮮やかな金髪でも、長い脚でも、大きな胸でも、それを包む伝統のセーラー服でもなかった。  それは、瞳。  髪と同じ、金塊を思わせる深い黄金色の瞳。  獰猛な肉食獣を彷彿とさせる、危険な、なのにどうしようもなく魅力的な瞳。  その大きな瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。  力強い視線に、心が奪われる。まるで魂を鷲づかみにされるようだ。  いったい、少女はいつからそこにいたのだろう。  こんなに目立つ美少女、百メートル先を歩いていても気がつきそうなものなのに、実際には、その存在に気づいた時にはすぐ目の前に立っていた。  一歩前に出て腕を伸ばせば届く距離。  そして、少女はその通りのことをした。  腕が身体に回される。  その細い腕からは想像できないくらいに力強く、抱きしめられた。  空気を入れすぎたソフトテニスのボールのようなふくらみが、腹に押しつけられる。  上気した顔が、至近距離からこちらを見あげている。  黄金色の視線に射貫かれる。  腕が勝手に動く。  無意気の動きで、小さな身体を抱きしめる。  ただそれだけで、射精してしまいそうなほどに気持ちよかった。 * * * 「犬神くん、起きなよ。もう講義終わってるよ?」  軽い口調の台詞と同時に、なにか柔らかなもので頭を叩かれた。 「んぁ……」  犬神悠樹は、言葉にならない声とともに顔を上げる。  妙に重いまぶたをなんとか持ち上げると、丸めたノートを手に持った女の子が目に映った。同じ大学に通う友人、児島結子だ。 「……あー、俺、寝てた?」 「それはもう気持ちよさそうに。この授業は真面目に受けないと次の試験がヤバイとかいってなかった?」 「の、つもりだったんだけどな」  いったいいつの間に寝てしまったのだろう。  正直にいえば、講義がはじまった時の記憶も残っていなかった。 「……今朝、早くに目が覚めて、そのまま早くに家を出たせいかな。こんなことなら二度寝しておけばよかった。もったいない」 「まったく。はい、これ」  悠樹を起こすのに使ったノートをそのまま差し出してくる。今日の講義のノートを貸してくれるというのだろう。  ただし、その行動は純粋な善意によるものではない。 「高いからね」  もうお約束となっている言葉がつけ加えられる。悠樹もいつもの冗談で返す。 「お礼は、身体で払うということでいいか?」  いいながら、シャツのボタンを外すそぶり。 「アホ」  今度は教科書で叩かれた――ただし、縦で。 「明日、ゴハンでもおごりなさいよ。じゃ、私はこれからバイトだから」 「あー、そういや俺もバイトだ。くそ、めんどくせーな」 「私に豪華なゴハンおごるために、頑張って稼いできてね」 「それ聞いたら、よけいにやる気が失せるよ」  冗談めかした口調でいいながら、立ち上がって大きく伸びをする。  実際のところ、口でいうほど気分が乗らないわけではない。結子はけっこうな美人だし、そろそろ〈友達〉から一歩先の関係に進めそうな雰囲気もある。ノートのお礼という口実でデートできるなら、食事代くらいは安いものだった。 * * *  学校帰りにバイト先に向かうと、途中で大きな公園の中を横切る形になる。  海岸近くの埋め立て地に造成された新しい公園は、まだ周囲に大きな住宅地もオフィス街もないので、休日はともかく、平日の夕方となると人影もまばらだった。  だから、その少女の姿は、遠くからでも目を惹いた。  すらりとした、長身の美少女。  昨今では珍しいほどの、腰まで届く長い黒髪。  名門女子校の、特徴あるワンピースの制服。スカートの長い、落ち着いたデザインの制服は、その主の凛とした顔だちと相まって、見るからに良家のお嬢様といった気高い雰囲気を醸し出していた。  思わず、見とれてしまう。  ただ美人というだけではない。これだけの雰囲気を持った美少女など、かつて見たことがない。  誰か、人を探しているのだろうか。ゆっくりと歩きながら、周囲に視線を配っている。  手には、細長い棒状の布袋を持っていた。ちょうど、竹刀くらいの太さと長さだ。剣道部なのだろうか。  美少女剣士か、格好いいなぁ――そんな感想を抱いたところで、少女の視線が悠樹に向けられた。  悠樹を射貫いて、視線が固定される。  意志の強さを感じさせる、鋭い視線だった。 「……え?」  まっすぐに見つめられて、気がついた。彼女の瞳が、あり得ない色をしていることに。  大和撫子という形容が相応しい顔だちに、漆黒の髪。間違いなく日本人だ。  なのに、その瞳は――紅かった。  鮮血のような、深紅の瞳だった。  それでいて、不思議と、違和感がない。  思わず、見つめ返してしまう。  少女は悠樹を見つめたまま、ゆっくりと、しかし迷いなく歩を進めてきた。  間違いなく、悠樹に向かって歩いてきている。しかし、見知らぬ相手だった。これほどの美少女、一度でも見たことがあれば忘れるはずがない。  二十メートルほどあった二人の間隔が、十分の一に縮まる。  身長は百七十センチ近いだろうか。細身で、手脚がすらりと長い。制服のデザインのせいもあるだろうが、胸や腰のボリュームはあまり感じられない体型だった。  悠樹の前まで来て、脚を止める。観察するように、足の先から頭のてっぺんまで、ゆっくりと視線を動かしていく。その顔にはなんの表情も浮かんでおらず、美しすぎることもあって、まるで作り物のように感じられた。 「つかぬ事をお伺いしますが、今日、なにか変わったことはありませんでしたか?」 「……え?」  美しいが、表情同様に抑揚のない声だった。絶世の美少女に突然話しかけられて、一瞬、返事に詰まる。 「いつもと違う、変わった出来事です。なにかありませんでしたか?」  こちらを探るような視線。心の奥底まで見透かされているような力強さを感じる。 「あ……えっと…………ある、といえばある……かな?」  突然の出来事に、なかなか頭が回らない。しかし、なにか答えなければ、と思う。 「それは、いつ、どのような?」 「……今、現在進行形で。見知らぬ、絶世の美女に突然話しかけられるという大事件が」 「……」  なんの反応もなかった。  無表情なこの美少女から簡単に笑いをとれると期待したわけではないが、それならそれで突っ込むにしろ呆れるにしろ、なにか反応して欲しい。まったくの無反応というのは精神的にいちばん堪える。自分の馬鹿さが際立つばかりだ。 「あー、いや、マジな話、他になにもないよ。いつものように大学へ行って、これから、いつものようにバイトに行くところ。……強いていえば、今朝はいつもより少し早起きして、早めに家を出たくらいか」  しかし、それだけだ。なんの事件があったわけでもない……はずだ。あまりにも日常すぎて、通学途中のことなどよく憶えてもいなかった。 「……そうですか」  相変わらずの無機的な反応。しかし、どことなく悠樹のいうことを疑っているような気配が感じられた。  小さくうなずくと、ポケットから小さな紙片を取りだして差し出してくる。 「それでは、なにかありましたら、ここへ連絡を」  渡されたのは、名刺だった。  ただし、普通の女子高生が遊びで持つような、可愛らしいものではない。無地の白い紙に、名前と携帯電話の番号が楷書体で印刷されているだけの、持ち主同様に無機的なデザインだった。  〈嘉~ 愛姫〉という名前が目に入る。 「かがみ……よしひめ?」  珍しい名前で、合っているのかどうか自信がなかった。確認するような視線を向けると、少女は微かにうなずいた。 「最初から正しく読める方は、そう多くはないのですが」  そう応えた時、少し……ほんの少しだけ、表情が和らいだように感じたのは錯覚だろうか。自分の名前を間違えられて嬉しい人間はいない。正解してよかった。 「たしか……伊達政宗の奥さんがそんな名前じゃなかったっけ?」 「ええ、正室の田村氏ですね」 「珍しい名前だね。でも……うん、すごく、君に似合ってると思うよ。……あ、俺は犬神悠樹」  この子に、ありふれた今風の名前は似合わない。少し古風で、綺麗で、上品さ、高貴さを感じさせる名前はぴったりだ。  悠樹の名前を聞いて、微かに表情が変化したように感じたのは気のせいだろうか。 「ところで……なにかあったらって、具体的にどんなこと?」 「生命に関わるような、だけど警察にもいえないような……でしょうか」  淡々とした口調で、物騒なことをいう。しかしふざけているようには見えない。 「そんな大事件に、俺がこれから巻き込まれると? 君、占い師か超能力者?」  できるだけ軽い口調でいった。  冗談で済ませたいところだが、この美少女に真顔でいわれると、簡単には聞き流せない。 「いいえ、貴方は既に巻き込まれています。それが生命に関わるか否かは、運次第でしょう」  いったい何をいわんとしているのだろう。  愛姫が冗談をいっているようには見えないし、かといって、いかれた妄想にとりつかれているようにも見えない。 「もっと詳しい話を聞かせてもらえない? 立ち話もなんだし、お茶でも飲みながら」  このまま無視できる雰囲気ではない。ならば、せっかくだからこの美人とお近づきになりたいものだ。  愛姫が微かに目を細める。 「そうした性格が災難の元です。気をつけた方がいいでしょう。それでは失礼します」  それだけいうと、軽く会釈して回れ右。とりつく島もない。  見た目の印象通り、攻略は難しそうな女の子だ。  遠ざかる背中を見送りながら考える。  ここでしつこくしても逆効果だろう。あの美貌ではいい寄る男など掃いて捨てるほどいるに違いない。簡単に落とせるわけがない。  悠樹も自分では「俺ってけっこうイケメンじゃね?」などと思っているが、素直に同意してくれる友人は少数派だ。それなりに好意を持ってくれているであろう結子にだって鼻で笑われるだろう。  手の中の名刺に視線を落とす。とりあえずは連絡先を手に入れたのだから、今日のところはそれでよしとしよう。  流れでお茶に誘ったはいいが、実際にはこれからバイトなのだ。よほどのことがない限り、無断欠勤はもちろん遅刻も避けたい。  悠樹も歩き出す。  愛姫の電話番号を登録しようと、ポケットから携帯を取り出す。そこで、アドレス帳の中に見覚えのない名前を見つけた。 『瀬田 神流』と。 「せた……かんな? ……誰だっけ?」  女の子っぽい名前だが、記憶にない。  自他共に認める女好きの悠樹が、女の子の名前を忘れるなんてあり得ないのに。  合コンで、泥酔している時にでも聞いたのだろうか。  後で連絡してみようか。だけど、まったく覚えていない状態で電話するのどうだろう。もしも相手が好意を持って電話番号を教えてくれたのだとしたら、「誰だっけ?」なんて訊いたら台無しだ。  しばらく考えて、やっぱり思い出せないので携帯電話をポケットに戻した。  これも、後で考えるとしよう。  そう考えて、バイト先である運送会社の倉庫に向かった。 2  バイトの帰り、悠樹はまた公園の中を歩いていた。  仕事が終わった後、バイト仲間と話し込んで、すっかり遅くなってしまった。外はもう真っ暗だ。  白色LEDの街灯の無機的な光が、人の気配のない公園をぼんやりと照らしている。  周囲に人の姿はない。もともと平日の夜に人通りの多い場所ではないが、今夜は特に人の気配がないように感じる。  こんな時に、女の子とふたりだったらいい雰囲気になるだろうな、などと思う。  人通りはないし、ベンチや小さな林、あるいは植え込みの陰など、〈お楽しみ〉に最適な場所はいくらでもある。  残念ながら、今の悠樹は独り身だ。結子など、大学に仲のいい女友達はいるが、まだ友達以上の関係にはなっていない。  ふと、夕方にここで出会った美少女のことを思い出す。  嘉~、愛姫。  男としてはぜひともものにしたい美少女だった。しかし、普通の男女交際でキャッキャウフフできるような相手ではないだろう。  見るからに高嶺の花すぎる。親しくなるのも難しそうだ。  なにかあれば連絡を――といっていたが、事件などなにもなかった。ほんの少しでも変わったことがあればそれを口実に電話してみようと目論んでいたのだが、バイト先である運送会社の倉庫で、いつも通り荷物の仕分けの仕事。なにも変わったことなどなかった。これでは愛姫に連絡を取るのも難しい。  なにしろ、気軽に誘える雰囲気の相手ではない。先刻の、とりつく島のない素っ気ない態度を考えると、彼女と付き合う自分の姿を想像するのは困難だった。ベッドの中の愛姫の姿など、想像しようとすることすらできないほどだ。  そんなことを考えながら歩いていると、かすかに声が聞こえた。 「……ぁ……ゃ、ぁぁっ!」  甘い、切ない、女性の声。  思わず脚が止まる。なんの声か、わからないほどウブではない。  人気がないのをいいことに、夜の公園でイイコトをしているカップルがいるのだろうか  なんとなく、面白くない。  自分は独り者なのに。  今日はとびっきりの美少女に玉砕したのに。  今夜はバイトで、ひとり寂しく帰るところなのに。  むかつくから、盗撮してネットにばらまいてやろうか――などと不届きなことを考える。  それを実行するかどうかはともかくとして、とりあえず覗いてやろう。こんな野外でやっている方が悪いんだ――と、自分も夜の公園でした経験があることは棚に上げて正当化。  気配を殺して、声のする方へと近づいていった。 「……あぁっ! あぁぁんっ! ……す……ごいぃっ、あぁぁっっ!」  だんだん、声が大きくなってくる。  鼻にかかった甘ったるい声。  心底、気持ちよさそうな声。  嫌がっているような様子はない。犯罪の可能性はなさそうだ。だとすると、やっぱりただの青姦好きのカップルだろうか。ならばこちらも遠慮なく覗くことができるというものだ。  芝生の上に、重なるふたつの影が見えた。  悠樹は慎重に近づいて植え込みの陰に身を潜めると、息を殺して様子を窺った。  芝生の上で、四つん這いになっている女。  その背後から覆いかぶさるような体勢で、女を貫いている男。  女は、悠樹よりも少し年上のように見えた。二十代半ばくらいの、OL風の女性。スーツ姿で、スカートがまくり上げられて白いお尻が露わになっている。  男は大柄で筋肉質で、まるで外国人プロレスラーのような体格だった。大きな手で女の腰を鷲づかみにして、削岩機のような力強さで腰を叩きつけている。 「はぁぁっ! す、ごいっ! すごいぃっ! こんなっ……あぁぁぁんんっ! こんな、すごいのっ……はじっ、めてぇぇっ!!」  すましていればそれなりに美しいであろう顔を歪ませ、髪を振り乱して悶えている女。  その下腹部には太い杭のような男性器が突き入れられ、猛スピードで往復している。ディーゼルエンジンのピストンのように力強い動きだ。 「あぁぁ――っっ!! いっイクぅぅっ! もっ、もうぅぅっ! うぁぁぁっ、あぁっ、あぁぁぁ――――っ!!」  屋外だというのに、なんの遠慮もなく絶叫して喘いでいる。人がいないことを意識しての行動とは思えない。ただただ、快楽に狂っているようだ。  身体を仰け反らせる。  自分から腰を押しつけて、痙攣しているかのように激しく振る。  だらしなく開いた口から涎を垂れ流し、白目を剥いている。  女の、あまりに激しい感じっぷりに、悠樹は呆気にとられていた。  青姦とは思えない。普通、屋外でする時はあまり声を出さないように気を遣うものだろうに。そんなことも考えられないくらいに感じているようだ。  ふと思い出して、携帯電話を取りだした。この暗い場所で、携帯のカメラでちゃんとした写真が撮れるかはわからないが、とりあえず試してみることにしよう。距離はあるし、女が大声で喘いでいるから、シャッター音に気づかれることはあるまい。  そう考えて携帯電話を開いたところで――  しかし、手が止まった。  驚きに目を見開く。  信じられない光景が、悠樹の視界に飛び込んできた。  男の姿が、変化していた。  もともと大きかった身体が、さらにひとまわり大きく膨らんだように見えた。それが目の錯覚ではない証拠に、服が裂ける。  露わになった肌が、不自然に濃い体毛に覆われていく。  顔の形も変わっていく。耳の位置が頭の上へ移動し、三角形になる。口吻が伸びて、大きく裂けた口には鋭い牙が並んで……。  数回、瞬きをする間に、男は大きな獣に姿を変えていた。  その姿は巨大な犬……いや、狼だろうか。しかし、動物園で見たことのある狼よりもふたまわり以上大きい。光の加減か、灰色というよりも、銀色に近い毛皮をまとっている。  悠樹は驚愕のあまり固まっていた。視線は、眼前の信じ難い光景に釘付けのままだった。  女は相変わらず、悲鳴じみた喘ぎ声を上げながら腰を振っている。何度も背後を振り向いて、自分の背後で起こっている変化に気づいていないはずはないのに、驚くそぶりもない。ただ、快楽を貪っている。  そして、男……いや、狼は……  口を、大きく開いた。  並んだ鋭い牙が、街灯を反射して白く光る。冷たい、不吉な光だった。  牙が、背後から、女の首に突き立てられる。  顎が、閉じられる。  その瞬間、女は悲鳴ではなく、ひときわ大きな嬌声を上げていた。  だらしなく開かれた口から、血飛沫が噴き出す。  牙が、さらに喰い込む。  骨が砕ける鈍い音とともに、女の声が途切れた。  顎が完全に閉ざされる。  細い首が喰い千切られる。  芝生の上に転がる生首は、偶然、悠樹にまっすぐ視線を向ける角度で止まった。  息絶える瞬間の、快楽に浸っていた顔のまま。 「ぅ……ぁ……ぁ…………」  悲鳴を上げなかったのは幸いだったが、それは自制心の賜物ではなく、単に、驚愕と恐怖のあまり声も出せなかっただけのことだった。  歯がカチカチと鳴っている。  腕が、脚が、ぶるぶると震えている。  目の前では、巨大な獣が、息絶えたばかりの女の骸を貪り喰っていた。  生肉を喰い千切り、血を啜る、ぐちゃぐちゃ、びちゃびちゃという湿った音を聞いているだけで、気を失いそうになる。胃の中のものが逆流し、喉まで込みあげてくる。  この場を離れなければならない。逃げなければならない。  そう思っているのに、腰が抜けたように芝生の上に座り込んだまま、身体が動かせない。  せめて腕だけでも動かせないか……そう思ったところで、携帯電話を握ったままでいたことを思い出した。そして、はっと気づいた。  愛姫がいっていた『事件』とは、このことではないだろうか。  いや、そうに違いない。  生命に関わるような、だけど警察にもいえないような事件――まさにその通りではないか。  人が殺された、という点では間違いなく警察沙汰だ。しかし110番に電話して「男が狼に姿を変えて、女を喰い殺しました」なんて、通報できるわけがない。頭がおかしいか、イタズラ電話と思われるのがオチだ。  思うように動かない震える手で、必死に携帯を操作する。  アドレス帳から愛姫を選ぶのにも、震える右腕を左手で押さえつける必要があり、それでもひどく手こずった。  指が震えてキーがうまく打てない。  なんとか発信ボタンを押した後、呼び出し音が鳴りはじめるまでの一秒間、そして五回の呼び出し音が鳴る時間が、ひどく長く感じた。  呼び出し音が途切れる。 『はい、嘉~です』  聞こえてきたのは、無機的で抑揚のない、しかし美しい女性の声。  間違いない、愛姫だ。  携帯電話のマイクに口を近づけ、口元を手で覆うようにして声を絞り出す。 「……あ、お、俺、犬神、だけど。ゆ、夕方に公園で会った……」 『はい』 「じ、じ、事件が、……お、狼が……いや、男がいきなり狼に変わって、女を、く……喰ってるんだ! し、信じられないだろうけど、ほ、ホントなんだ!」  抑えようとしても、自然と声が大きくなってしまう。 「いえ、信じます」 「……え?」  最後の声は、携帯電話のスピーカーと同時に、背後からも聞こえた。  反射的に振り返る。  いつの間に近づいていたのだろう。すぐ後ろに、携帯電話を耳に当てた長身、長髪の女の子が立っていた。 「よ……愛姫?」 「ここにいてください。すぐに終わりますから」  悠樹の方を見ずにいう。その深紅の瞳は、まっすぐ狼に向けられていた。  携帯電話をポケットにしまい、手に持っていた布袋の紐を解く。中から現れたのは最初に想像したような竹刀ではなく、白木の鞘に収められた日本刀のように見えた。  鯉口を切り、ゆっくりと刀を抜く。  刀身がぎらりと光る。その迫力は、真剣としか思えなかった。 「――っ?」  その刃を、愛姫は鞘を持つ自分の左腕に押しつけた。  刀を引く。腕に、刃に、微かな紅い筋が残る。そして、また、刀を鞘に戻した。  そんな行動の意味がわからずに呆然としている悠樹を残して、愛姫は狼に向かって歩を進めていった。  一見ゆっくりとした、滑るような足どり。しかし予想以上の速度で狼との距離が縮まる。  足音が聞こえたのか、それとも気配を感じたのか、狼が顔を上げた。夜行性の獣らしく銀色に輝く瞳が愛姫の姿を捉え、微かな唸り声を上げる。 「最期の食事の時間は、終わりです」  愛姫の声には、気負いも緊張も感じられなかった。これまでと同じ、抑揚のない無機的な口調だ。  対して狼は、敵意のこもった声で低く唸る。  刀の柄に右手を添え、わずかに姿勢を低くして、滑るように足を進める愛姫。それは明らかに武術を修めた者の動きだった。  刀を抜かないまま狼との距離を詰めていく。抜刀術で挑もうというのだろうか。  二人、いや一人と一匹の距離が五メートルを切った瞬間、狼が動いた。  獣ならではの瞬発力で、予備動作なしで一気に跳びかかる。  同時に、愛姫の右腕が動く。  なにが起こったのか、悠樹の目では捉えきれなかった。まさに、電光石火の出来事だった。  キィンッ!  鋭い金属音。  刃と、狼の牙がぶつかり合った音。  狼が飛び退き、また二人の距離が開く。愛姫は、大きく振りあげた刀を鞘に戻した。  狼は口のあたりを斬られたのか、わずかに血を流していた。とはいえ、かすり傷でしかなさそうだ。ダメージを与えるどころか、ただ怒りを増幅させただにしか見えない。  次の攻撃を仕掛けるためか、姿勢を低くして後ろ脚のばねを溜めている。  対して愛姫は低くしていた姿勢を伸ばし、戦いの構えを解いていた。  腕から力が抜け、右手は柄に添えてもいない。それでも深紅の瞳だけは、力強く狼を捉えていた。  狼の足が地面を蹴る。  しかし、愛姫の言葉の方が早かった。 「死になさい」  静かに、そういった。  けっして大きくはない声。  しかし、強い意志が込められた言葉。  愛姫の言葉に従うかのように、今まさに愛姫に飛びかかろうとしていた狼の身体が地面に転がった。  勢いあまって二回転し、最後に小さく弾んで動かなくなる。  その瞳からは輝きが失われ、だらしなく開いた口から長い舌が力なく垂れ下がっていた。  ぴくりとも動かない。  呼吸すらしていない。  悠樹の目には、息絶えているように映った。  しかし、死因がわからない。口の傷はごく浅いもので、致命傷にはなり得ない。他に傷があるようにも見えない。  刃に毒物を塗っていたのだとしても、こんな短時間で効果が現れるとは考えにくい。大型獣を毒矢で狩る場合など、仕留めるまでに短くても数時間、長ければ数日もかかるものだ。刀で浅く斬りつけた傷で、一分と経たずに死に至らしめる毒など聞いたことがない。  腰を抜かしたまま、狼の骸を呆然と見つめる悠樹を、愛姫が振り返る。 「終わりました」  それだけいって、また携帯電話を取りだした。 「…………愛姫です。こちらは終わりました。狼の死体がひとつ。犠牲者の女性がひとり……はい、間に合いませんでした。それと……」  一瞬、言葉を切って、深紅の瞳をちらりと悠樹に向ける。 「少々訳ありと思われる目撃者がひとり、こちらは無傷です。後の処理をお願いします…………あ、いいえ、待ってください」  急に、愛姫の口調が変化した。  微かに目を細めて周囲を見回す。その表情は狼と対峙していた時よりも険しく、緊張感が漂っていた。 「……獲物は五、六体です。後で連絡しますので、待機していてください。それまで、絶対にこちらへ来てはいけません」 「……え?」  通話を打ち切った愛姫が近づいてくる。悠樹も、彼女の変化の理由に気がついた。  いつの間にか、不穏な気配に包まれていた。  周囲の暗がりに目をこらす。  わずかな街灯の明かりを反射して光る獣の瞳。  それが、一対、二対、三対……  ぐるりと周囲を見渡して、計六対の瞳に取り囲まれていることを確認した。  じわじわと距離をつめてくる、輝く瞳。やがて身体も見えてくる。  いずれも、先ほどと同じような姿形の、大きな狼たちだった。  狼の群が、悠樹と愛姫を包囲している。  その中の一頭が群のボスだろうか。ひときわ大きく、他の狼たちとは体格にひとまわり以上の差があった。  油断なく周囲に目を配りながら、刀の柄に手をかける愛姫。先ほどよりも緊張しているのか、表情が硬い。 「狼に包囲されるというのは、最悪の状況ですね」  独り言のようにいう。  確かにその通りだ。狼は本来、群れで狩りをする獣だ。六頭の狼に取り囲まれている今の状況、危険度は先ほどの一対一での対峙の比ではあるまい。 「……立てますか?」  狼のボスに視線を向けたまま、悠樹にいう。それは質問というよりも「立ちなさい」という命令のように聞こえた。 「あ……ああ……」  いわれて気がついた。男が狼に変身した時に、腰を抜かして座り込んだままだった。  脚に力を込める。まだ少し震えていたが、なんとか立ち上がることはできた。  だからといって事態が好転したわけではない。狼を相手に、人間の脚力で走って逃げられるものではない。そもそも周りは完全に囲まれてしまっている。 「包囲が解けたら、全力で逃げてください。運がよければ助かるかもしれません。公園の正面入口近くに、警官がいます」  愛姫が刀を抜いた。  また、自分の腕に刃を押しつけて引く。  刃に、かすかな紅い痕が残る。 「……運が悪ければ?」 「それまで、です。私としても、運のない人間のフォローはできません」  あっさりという。  その平然とした口調が、かえって悠樹の不安をかき立てた。  愛姫は本当に、ただ真実を口にしたに過ぎない。気休めをいう余裕もない証だ。先ほどの電話も、今がどれほど危険な状況かを表していた。 『絶対にこちらへ来てはいけません』  仲間と思しき相手との通話で、そういっていた。  それはつまり、仲間の加勢があっても不利な状況が変わらないという意味だ。加勢があれば状況が好転するのであれば、迷わずに呼ぶところだろう。しかし加勢があっても圧倒的不利が変わらないのなら、単に犠牲者が増えるだけだ。 「……行きます」  愛姫が地面を蹴って跳ぶ。  同時に、その方向にいた狼の一頭が跳びかかる。  刀が閃く。  甲高い叫び声は、愛姫ではなく狼のものだった。 「死ね!」  短い言葉が、愛姫のもの。  浅く斬られただけのはずの狼が、着地と同時に地面に転がった。最初の狼と同じだ。  悠樹は今度こそ確信した。  狼を倒しているのは、刀傷ではない。  理屈はわからない。しかし、狼を死に至らしめているのは、愛姫の言葉なのだ。「死になさい」が「死ね」に変わったのは、余裕のなさの表れだろう。  愛姫が走る。  残った狼たちが愛姫を追う。  とうてい逃げ切れない。人間と狼では速度が違いすぎる。  たちまち取り囲まれる。  狼は一頭減ったが、代わりに、愛姫はひとりきりで包囲される形になった。  一対一なら、愛姫は狼よりも強いのかもしれない。既に、二頭の狼を倒している。  しかし、五頭に一斉に跳びかかられたら、盾にするものもないこの場所で、ひと振りの刀では対応しきれまい。  狼たちの巨体を考えれば、長身ではあっても細身の愛姫など、簡単に引き倒されてしまうだろう。そうなったらもう為す術はない。  理屈はわからないが、愛姫は言葉で狼を倒している。しかしそのためには、刀で傷を負わせることが必要なのだろう。そうでなければ、刀など持つ必要はない。包囲されても、ただ「死ね」と命じれば済む話だ。  悠樹が見る限り、愛姫が置かれた状況はほとんど好転していない。ひとつだけ救いがあるとしたら、狼たちが愛姫を追ったため、悠樹が包囲の輪の外に取り残されたことだろうか。今、悠樹を狙っている狼はいない。  今なら、逃げられる。  しかし、動けなかった。  怖じ気づいて脚が竦んでいた、というわけではない。脚が震えていたのは事実だが、動けないほどではない。  逃げられない理由は、他にあった。  気づいてしまったから。  口では冷たいことをいっていた愛姫だが、自分が囮になって狼を引きつけ、悠樹を逃がそうとしている――と。  なにも知らずにいたら、逃げていたかもしれない。しかし気づいてしまった以上、男として、年上として、人喰い狼の群の中に女の子をひとり残して逃げられるわけがない。  かといって、ここにいても悠樹にできることはなかった。この巨大な狼に素手で立ち向かうなんて論外だし、周囲に武器になりそうなものもない。  自分の無力さを実感してしまう。だからといって、愛姫を見捨ててひとりで逃げることもできっこない。  愛姫を囲んでいた狼のうち、真後ろにいた一頭が跳びかかった。それでも、背中に目があるかのように反応して刀を振る。  しかし、狼の動きはフェイントだった。切っ先が届かないぎりぎりのところで跳び退き、同時に死角から他の狼が襲いかかる。  愛姫はその奇襲にも素晴らしい反射神経で対応したものの、狼の方がわずかに速かった。これまでのように斬ることができず、崩れた体勢でまっすぐに突く形になる。  狼の爪が愛姫を引き裂くぎりぎりのところで、刀身が狼を貫いた。 「死ね」  愛姫がつぶやく。  声はけっして大きくないのに、不思議と、力強さが感じられる言葉。  愛姫の言葉には、狼を殺す力が込められていた。  串刺しにされた狼が身体を強張らせ、血を吐いて絶命する。  しかし、愛姫は過ちを犯していた。  群のボスらしき、ひときわ大きな狼が襲いかかってくる。それが見えていても、狼を貫いた刀は振ることができない。肉塊を貫いた刀身は、筋肉が締まって容易に抜くこともできないのだ。  微かに、しかし明らかに、狼狽の色を浮かべる愛姫。 「――っ、砕けろっ!」  切羽詰まった声で叫ぶ。  刀に貫かれていた狼の骸が、細かな肉片となって四散した。  しかし、もう間に合わない。  狼の巨体が愛姫に迫る。  そして―― 「う……わぁぁぁっっ!」  叫んだのは悠樹だった。  愛姫の危機を察した瞬間、悠樹はボス狼に跳びかかっていた。  頭で考えての行動ではない。反射的に身体が動いただけだ。武器も、作戦も、なにもない。ただ身体ごとぶつかって、狼と一緒に転がった。  鋭利な刃物のような狼の牙が愛姫を引き裂くことだけは辛うじて避けられた。しかし、悠樹の状況は危機的だった。 「ぅぐわぁぁぁぁっっっ!!」  腕に激痛が走る。  当然、体勢を立て直したのは狼の方が先で、大きな顎が悠樹の左腕を捕らえていた。  皮膚が裂け、牙が腕に喰い込む。  鮮血が噴き出す。  長い牙は骨にまで達し、悲鳴も上げられないほどの激痛に襲われる。  骨が軋む。  今にも腕が喰い千切られそうだった。 「や……やめろぉぉぉ――っっ!!」  無事な右手で狼の顎を押し返しながら絶叫する。  まさかその叫びが聞き入れられたわけではないだろうが、狼の動きが止まり、ほんの少し、顎の力が緩んだような気がした。  この隙になんとか腕を引き抜けないか――そう思った瞬間。  黄金色の疾風が、視界に飛び込んできた。  狼の咆吼が鼓膜を震わせる。  血飛沫が視界を覆う。  突然の出来事だった。なにが起こったのか悠樹が理解するには、数瞬の時間を必要とした。  それは、新たな狼の出現だった。  群の中にはいなかったはずの、黄金色の毛皮の小柄な狼が、ボス狼の喉に喰いついていた。  そのまま全体重を乗せて身体を捻り、ボス狼の巨体を放り投げる。  地面に叩きつけられた狼はすぐに立ち上がったものの、首からは少なからぬ鮮血を滴らせていた。  金色の狼は、まるで悠樹を護るかのように前に立ちふさがっていた。  突然、その姿が変化する。  先刻、悠樹を驚かせたのとは逆の変化。  鮮やかな黄金色の毛皮が消えていき、前脚と後脚が伸びて二本脚で立ちあがる。  瞬きを一度する間の出来事だった。  美しい金色狼は、一瞬で、鮮やかな黄金色の髪を持つ、全裸の小柄な女の子の姿になった。  街灯の光に浮かびあがる白い肌が眩しかった。 「か……か、神流?」  無意識に、そんな言葉が口をついて出た。  いってから思い出した。それが、知らないうちに携帯電話のアドレス帳に登録されていた名前であることを。  そのひと言が引き金となって、今朝の記憶が、奔流のように甦ってきた。 * * *  その少女は、黄金色の瞳をしていた。  ひどく、印象的な容姿だった。  たとえば、日本人離れした鮮やかな金髪。短めのくせ毛は、巷でよく見かける脱色したような色褪せた金髪ではなく、金塊を思わせる、重厚な、濃い、黄金色。  しかし、はっとするほど可愛らしい童顔は日本人的だ。白い肌も、あくまでも日本人の範疇での白さだった。  とはいえ、生粋の日本人だという確信も持てなかった。  力いっぱい抱きしめたら折れそうなほどに細いウェストの位置は高く、ミニスカートの裾から伸びた伸びた脚はすらりと長い。  その割に身長はさほど高くない。目測で百五十センチあるかないかだろうか。十代半ばの女の子としては、むしろ小柄な方だ。それなのに胸ははちきれそうなほどに丸く大きくふくらんで、これ以上はないくらいの存在感を主張している。  身に着けているものも、中身に劣らず人目を惹いていた。  名前を聞けばこのあたりで知らぬ者はない、某有名お嬢様学校の制服。伝統あるワンピース型のセーラー服は近年デザインが変更されて、ウェストが絞られスカートが短くなり、オリジナルのレトロな雰囲気を残しつつも今風になってよりいっそう可愛くなったと巷では評判だ。  少女はそんな制服のスカートをさらに短く改造した上、左右の長さがまるで違うソックスを履いていた。右はオーバーニーソックスなのに、左はくるぶしまでしかない。それなのに柄は同じなのだから、着替える時に慌てて間違えたのではなく、意図的なファッションなのだろう。  それによって、ただでさえ長くて綺麗な脚が、よりいっそう視線を惹きつけるものになっていた。  しかし――  その少女のいちばんの特徴は、鮮やかな金髪でも、長い脚でも、大きな胸でも、それを包む伝統のセーラー服でもなかった。  それは、瞳。  髪と同じ、金塊を思わせる深い黄金色の瞳。  獰猛な肉食獣を彷彿とさせる、危険な、なのにどうしようもなく魅力的な瞳。  その大きな瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。  力強い視線に、心が奪われる。まるで魂を鷲づかみにされるようだ。  いったい、少女はいつからそこにいたのだろう。  こんなに目立つ美少女、百メートル先を歩いていても気がつきそうなものなのに、実際には、その存在に気づいた時にはすぐ目の前に立っていた。  一歩前に出て腕を伸ばせば届く距離。  そして、少女はその通りのことをした。  腕が身体に回される。  その細い腕からは想像できないくらいに力強く、抱きしめられた。  空気を入れすぎたソフトテニスのボールのようなふくらみが、腹に押しつけられる。  上気した顔が、至近距離からこちらを見あげている。  黄金色の視線に射貫かれる。  腕が勝手に動く。  無意気の動きで、小さな身体を抱きしめる。  ただそれだけで、射精してしまいそうなほどに気持ちよかった。  顔が熱い。心臓が破裂しそうだ。高熱にうなされているかのように、頭がくらくらする。  美しく可愛らしい顔が近づいてくる。鼻先が触れそうな至近距離だ。犬のようにふんふんと鼻を鳴らして、悠樹の匂いを嗅いでいる。  悠樹も、少女の香りに心を奪われていた。シャンプーや化粧品の香りとはなにか違う、意識がとろけてしまうような香りが、くせのある柔らかそうな金髪から漂っていた。 「オマエ、すっごいいい匂いがする。……ちょっと、味見」  少女が背伸びをする。両腕が首に回される。  顔が、さらに近づいて――  唇が、重ねられた。  柔らかく滑らかな感触が押しつけられている。 「――っ!」  次の瞬間、鋭い痛みが走った。  唇を噛まれた。  ふざけての甘噛みなどではない。鋭い犬歯が、血が滲むほどに強く突き立てられている。  なのに、その痛みはひどく甘美な感覚だった。痛みのためではなく、快感のために背筋がぞくぞくした。  唇が、さらに強く押しつけられる。  舌が、唇を割って侵入してくる。  長い舌は、悠樹の唾液を、そして咬まれた傷から滲み出た血を、貪るように蠢いていた。 「ふ……ふぁぁぁ……」  唇を離して、少女は感極まったように溜息をついた。  瞳がとろんと潤んで、妙に色っぽい。  唇の端に残った血の痕を、舌を伸ばしてぺろりと舐めとる。 「……すっごい……あっまくて美味しい……こんなの初めて」  うっとりとした表情でつぶやく。悠樹にいわせれば、少女の微かに開かれた唇から漏れる吐息こそ、気が遠くなるほどの甘い香りを漂わせていた。  首に回されていた腕が解かれる。その手は悠樹の身体をまさぐり、ジャケットのポケットから携帯電話を取りだした。  悠樹は抗いもせず、ただぼぅっと立ち尽くしていた。少女は勝手に携帯電話を操作している。 「犬神悠樹……ユウキ……か、ふぅん」  キーを押し、独り言のようにつぶやく。  さらに、携帯電話を操作しながらいう。 「ボクは、カンナ……瀬田 神流」  携帯電話をポケットに戻すと、悠樹の手を取った。  頬を赤らめ、はにかんだような笑みを浮かべる。 「……あっち、行こ? ここじゃ、誰か来たら見られちゃうし?」  手を引いて歩き出す神流。悠樹は自分の意志を持たない人形のように、ただ黙って従った。  向かった先は、十数メートルほど離れたところにある、公園の中の小さな林だった。ひときわ大きな樹の陰に隠れるように、悠樹の身体を太い幹に押しつけた。 「……もう、一回」  また、抱きしめられた。  小さな身体と、不釣り合いなほど大きな胸が、押しつけられる。  また、キスされた。  長い舌が挿し入れられ、悠樹の舌と絡み合った。 「ん……んん……」  甘く、切ない吐息。  小刻みに震える、小さな身体。  わけもわからないまま、悠樹はただ本能的に神流の身体に腕を回していた。  しっかりと抱き合い、唇を重ね合う二人。  まるで久しぶりに再会した熱愛中の恋人同士のように激しい抱擁であり、濃厚なキスだった。  こんなキスは初めてだった。  過去に付き合っていた女の子は何人もいるし、キスはもちろんセックスの経験だって多い方だろう。  だけど、こんなに気持ちのいいキスは初めてだった。  抱き合ってキスしているだけで、気が遠くなるほどに気持ちいい。のぼせて倒れてしまいそうだ。  ジーンズの中では、男の象徴がこれ以上はないくらいに大きく、そして硬くなっていた。それをさらに昂らせるかのように、神流が身体を擦りつけてくる。悠樹も下腹部を押しつける。  下半身が痺れる。もう、これだけで射精してしまいそうだ。  神流も興奮しているのだろうか。悠樹の口の中で舌を激しく動かしながら、荒い呼吸をしている。頬も、燃えるように紅潮している。  悠樹も、神流の動きに応えて舌を絡める。お互いの唾液を貪り合う。  甘く、感じた。  神流の唾液は、とても甘かった。  舌が痺れるほどに甘く、ストレートのウォッカのように熱い。  舌から、内頬の粘膜から、体内に染み込んでくるようだ。アルコールよりも媚薬よりも強く、身体が、心が、昂っていく。  本当にこのまま達してしまうのではないか――そう思った時、腕の中の小さな身体が強張って痙攣し、やがて全身から力が抜けていった。 「ふぁ……ぁ、んぁぁ…………ヤバイ、よ……これ……」  焦点の合わない瞳で、熱く甘い吐息を漏らして、神流は足元に頽れた。そのまま倒れそうになって、悠樹の脚にしがみついてかろうじて身体を支えている。  しかし、それはある意味、さらに危険な体勢だった。顔が、悠樹の股間近くにある。今は厚いデニムの生地の上からでも、大きく膨らんでいるのがはっきりわかる状態だった。 「ふわぁ……ぁ? ……もっと……美味しそうなニオイがする……」  鼻を、股間のふくらみに押しつけてくる。犬のようにフンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。  その微かな刺激だけで達してしまいそうだった。  黄金色の瞳が、上目遣いに見あげてくる。口元には悪戯な笑みを浮かべている。白い指がジーンズのファスナーにかかり、ゆっくりと引き下ろしていく。  神流の顔が赤みを増した。もう顔だけではなく、耳まで真っ赤になっている。  引きずり出された男性器は、自分でもびっくりするくらいに力強く勃起し、反り返ってまっすぐに上を向いていた。びくびくと脈打って、先端から透明な雫を滴らせている。 「え……と……えへ、これ…………食べちゃって、いいんだよね?」  神流の言葉に促されるように、悠樹は無言でうなずいた。  今が登校中だとか、ここがいつ人に見られるかわからない朝の公園だとか、相手が初対面の見知らぬ女の子だとか、そんなことは意識の片隅にも上らなかった。ただ、神流が次に与えてくれるであろう快楽のことしか考えられなかった。  神流が長い舌を伸ばす。先端をぺろりと舐められる。 「うぁ……っ!」  ただそれだけで、身体に電流が走ったような衝撃だった。そのひと舐めで射精しそうになった。  神流もぶるっと震えて、甘い声を漏らした。  ちらり、とこちらを見あげる。  一瞬だけ躊躇いの表情を見せて、しかし、一気に口に含んだ。 「あ……ぁぁ……っ!」  身体から力が抜ける。  舌が絡みついてくる。  熱い唾液が染み込んでくるようだった。  あまりの気持ちよさに、反射的に腰を突き出していた。  いきなり喉奥まで肉棒を突き入れられ、神流は驚いたように目を見開いた。しかしすぐにうっとりとした表情に変わり、唇を、舌を、動かしはじめた。  小さな唇がきゅっと窄められ、根元が締めつけられる。  長い舌がねっとりと絡みついて蠢いている。  強く吸われ、ペニス全体が熱く火照った粘膜に包み込まれる。 「ん……っ、んぅんんっ、ん、ふぅんん……っ!」  神流は腕を回して、悠樹の下半身にしがみついていた。自分から顔を押しつけて、根元までくわえ込んでいる。  喉奥まで呑み込まれた亀頭が強く締めつけられる。その感覚がまた堪らない。  苦しそうな表情で、しかし頬を上気させて夢中で男性器をくわえ込む神流。それは男を悦ばせるためのフェラチオというよりも、お腹を空かせた赤ん坊が母親の乳首に吸いつくような、本能に突き動かされた動作だった。  黄金の瞳が、ちらちらと悠樹を見あげている。肉食獣のようなその瞳に見つめられるだけでどんどん昂ってしまう。  もう我慢できない。  経験は豊富な方だし、けっして早漏などではないはずなのに、もう限界だった。  神流の頭を鷲づかみにして、ぐいぐいとねじ込むように思い切り腰を突き出す。苦しいとも気持ちいいとも取れるようなくぐもった声を漏らし、神流は悠樹の脚にしがみついている腕に力を込めた。 「あぁぁっ! ぅあぁぁぁっっ!」  喉の奥まで突き入れたところで、爆発が起こった。  精液が一気に噴き出していく。  こんなに大量に出したことなどない、という勢いの射精だった。大量の精液が一気に尿道を通過する痛いほどの刺激に、気が遠くなる。脚から力が抜けて、寄りかかっていた樹の幹に体重を預けた。  びくっ、びくっ、びくんっ!  何度も、何度も、身体が痙攣する。その度に、濃厚な白濁液が噴き出して、神流の口中を満たしていく。  いつまでも止まらないような感覚だった。 「んっ、んンヴぅ……んぅんんっ!」  射精の度に、神流も身体を震わせる。  喉が上下して、口から溢れそうな大量の精液を飲み下していく。その刺激が、さらなる射精の引き金となる。  いったい、どれだけの時間続いたのだろう。  津波のように押し寄せた快楽の奔流がようやく治まると、全身の体力、精力が奪い尽くされたような疲労感に襲われた。  なのに、神流の口の中に在るものは萎えるどころか、さらに勢いを増して、小さな口を再び陵辱しようとしていた。  潤んだ大きな瞳が見つめている。  絶頂を迎えた後のような、焦点の合わない、しかし満足感に溢れた瞳。その目は苦しいほどの射精に抗議するどころか、もっと飲みたいと切望しているようだった。  その望みを叶えてやりたい、と思う。  それが、悠樹の望みだった。  もっと、飲ませたい。  もっと、気持ちよくなりたい。  口でちょっと舐められただけで、こんなに気持ちがいいなんて。  ならば、この子の胎内に挿入して同じようにたっぷりと注ぎ込んだら、いったいどれほどの快楽が得られるのだろう。  精巣が空になるまで注ぎ込んでやりたい。神流の子宮をいっぱいに満たしてやりたい。  そんな衝動に駆られる。  神流の頭を掴んでいた手が、無意識に移動していく。細い首筋をくすぐる。くすぐったそうに、そして嬉しそうに、首をすくめて身を捩る神流。  さらに、手を下へ移動させていく。セーラー服のスカーフの下に隠れたボタンを探り当て、いちばん上のボタンを外す。  微かな戸惑いと、その何倍もの期待を含んだ瞳。  黄金色の瞳に操られるように、ふたつめのボタンに指をかける。  その瞬間――  不意に流れ出す、場違いな軽快な音楽。  神流の顔から妖艶な笑みが消え、はっと我に返る。慌てた様子で、スカートのポケットから携帯電話を取りだした。 「うわっ、やっばい! もうこんな時間? チコクしちゃう!」  慌てて立ちあがり、膝の汚れをぱたぱたと払い落としてから悠樹に視線を戻した  また、頬が紅く染まる。  恥ずかしそうに悠樹に背中を向け、制服のボタンを留めて乱れたスカーフを整えた。  それからまた、悠樹を振り返る。  目の前まで近づいてくる。  背伸びして、ちょんと軽く触れるキス。  顔に浮かんでいるのは、照れたような、子供っぽい可愛らしい笑み。先刻までの、意味深な、なにか悪だくみしているような妖艶な笑みとはまるで違っていた。  一歩離れて、手を身体の後ろで組む。 「そのうち、また逢おうね、ユウキ。それまで……ボクのことは忘れて?」  妙な、力を感じる言葉だった。  悠樹は無言のまま、操られるようにうなずく。  回れ右して、ミニスカートの裾をひるがえして走り出す神流。それきり、一度も振り返りもしない。  その姿が視界から消えるまで、ただぼんやりと神流の後ろ姿を見つめていた。  そして――    神流の言葉通りに、絶対に忘れられないようなこの出来事を、悠樹はきれいさっぱり忘れてしまった。 * * *  不意に、思い出した。  記憶の波が押し寄せてくる。  どうして、忘れていたのだろう。  どうして、忘れていられたのだろう。  今朝の、あの、衝撃的な出来事を。  彼女の姿を見て、すべてを思い出した。 「か……か、神流?」  名前を呼ぶ。  瀬田 神流――それがこの、黄金の髪と瞳を持つ少女の名前だった。  ボス狼と対峙していた全裸の少女がこちらを振り返る。 「あ、思い出したんだ?」  にぃっと、悪戯な笑みを浮かべる。  子供っぽい、だけど魅力的な笑み。  大きな、黄金色の瞳が印象的だった。まるで金塊のように輝いている。  絶対に忘れられないはずのこの瞳を、どうして忘れていたのだろう。 「……カンナ、貴様、どういうつもりだ?」  悠樹の思考を遮ったのは、ボス狼の声だった。狼の姿で、しかし明瞭な人語を発していた。神流がまた狼の方に向き直る。 「どういうつもり? それはボクの台詞だよ?」  神流は日本人の女の子としても小柄な方だし、金色の狼の姿だった時も、ボス狼との体格差は歴然だった。なのに、自分よりも遙かに大きな狼相手に、まったく怯む様子もない挑発的な口調だった。 「ユウキはボクの獲物だよ? ちゃんと、ボクの匂いをつけてあったでしょ? 獲物の横取りは大罪だっていったのは、カミヤシ、あんたじゃん」 「貴様、誰に向かってものをいっている?」  返ってくるのは、いかにもボスらしい、尊大な口調。  当然だ。本来、同種の獣同士では、体格差がそのまま力と地位の差になる。群の中でひときわ大きなボス狼と、他の狼と比べてもひとまわり以上小柄な神流、普通に考えれば序列ははっきりしているはずだ。  なのに神流は、自分の方が圧倒的な強者であるかのように振る舞っている。自信に溢れたその様子は、強がりやはったりには見えなかった。 「自分より強い者は敬え。これもあんたの教えじゃん。目の前にいる相手の強さも計れないくらいモウロクしてンの?」  嘲るようにいうのと同時に、また神流の姿が変化する。  一瞬で、金色の毛皮に包まれた狼の姿になった。その変化は、最初に見た狼よりもずっと速かった。  間髪入れず、矢のような速度でボス狼に跳びかかる。  相手も迎え撃つ。  ガキィッ!!  牙と牙がぶつかり合い、硬い金属のような音が響いた。  ぱっと離れる二頭の狼。  着地と同時に地面を蹴って、またぶつかり合う。  鋭い牙が並んだ顎を大きく開き、長い爪で武装した前脚を振るう。  二頭は何度もぶつかり合い、爪が、牙が、互いの厚い毛皮を切り裂いていく。  人間にはとても反応できない速度だった。なにが起こっているのか、目で追うことすら困難だ。  だから激しい戦いも、実際の時間はごく短いものだった。ほどなく二頭は大きく距離を空けて動きを止めた。  金色の狼は、肩から背中にかけて、深い傷を負っていた。  巨大な灰色狼は顔に深傷を負い、右目が剔られていた。  荒い呼吸をしながら睨み合っている。深傷を負ってもなお、体力の回復を図りつつ相手の隙を窺っているようだ。  二頭の戦いに終止符を打ったのは、他の狼の絶叫だった。  反射的に声のした方を見ると、愛姫の刀が、一頭の狼を両断していた。  ボス狼が、微かに眉をひそめたように見えた。小さな唸りを上げる。それが合図であるかのように、残った二頭の狼が身を翻して走り出した。ボス狼も後に続く。  三頭は、たちまち闇の中に消えていった。  愛姫が大きく息を吐き出し、刀を握っている手から力を抜いた。  傷ついた金色狼が、悠樹の元に戻ってくる。目の前で姿を変え、また、金髪の美少女の姿になる。  しかし、深々と剔られた肩から背中にかけての傷はそのままだ。他にも、背中の傷よりは浅いものの、かすり傷とは呼べない傷がいくつも刻まれ、身体中血まみれといってもいい姿だった。  ふらつく足どりで悠樹の前に立つ。  人懐っこい笑みを浮かべる。  そのまま、神流の身体から力が抜けていった。倒れそうになる身体を反射的に抱き支えた時には、神流は意識を失っていた。 「……その狼は、貴方の知り合いですか?」  愛姫が近づいてくる。先ほどまでの緊張は解いているが、まだ刀は収めていない。 「えっと……知り合い、っていうのとはちょっと違うけど……」  どう説明したものか、間を置いて考える。腕の中の神流を見おろしながら、言葉を組み立てる。 「……今朝、この公園で会った。もちろん、狼じゃなくて人間の姿で、ちゃんと服も着てて……。どういうわけか、今まで忘れてたんだ」 「忘れさせられていたんです。それが、こいつらの力です」 「忘れさせられて? それって、どういう……」  顔を上げた悠樹の視界に映ったのは、物騒な光景だった。愛姫が、こちらに向かって刀を構えている。今まさに、神流を貫こうとしているかのように。 「や……やめろ!」  思わず、意識のない神流を庇うように抱きしめた。 「手負いの今なら、手強い狼も簡単に始末できます」  愛姫の声は、ひどく冷たかった。 「な……なんでだよ!? この子は、俺たちを助けてくれたじゃないか!」  神流が飛び込んでこなければ、少なくとも悠樹は確実にボス狼に喰い殺されていただろう。あの状況では、愛姫だって劣勢を覆すのは困難だったはずだ。形勢を逆転できたのは、神流のおかげに他ならない。  しかし愛姫は、まるで親の仇と対峙しているかのような表情で、神流に剣先を向けていた。その構えにはまったく揺るぎがない。 「助けた? 違います。それがいっていた通り、単に自分の獲物を横取りされないように戦っただけです」 「そ、それでも! 動機はどうあれ、結果的に命の恩人には変わりないだろ! それに、すごく可愛い女の子じゃないか。殺す必要なんてないだろ!」  必死に神流を庇う。まぎれもなく、愛姫は本気だ。人間の女の子ではなく、狼を相手にしていた時と同じ目を向けている。 「形の上では命の恩人だろうと、見た目がどうであろうと、狼は、人間の敵です。あと、ひとつ忠告しておきますが、異性に対して節操がない人間は、狼たちのかっこうの獲物です」  抑揚のない、静かな口調。しかし強い意志が感じられる。  言葉に込められた感情は――おそらく、憎しみ。  いったいなにが起こっているのか、悠樹にはまだ理解できていないが、愛姫にとって狼たちが敵であることだけはわかる。とはいえ、とびきり可愛い女の子にしか見えない神流が目の前で殺されるなんて、絶対に受け入れるわけにはいかない。 「それでも……あの狼たちは、人間の敵かもしれない。だけどこの子は、今はなにも悪いことはしてない。本人が弁解もできないこの状況で、それでも神流を殺そうというのなら……君がやろうとしていることは、あの狼たちと変わらない」 「――っ!」  夕方も今も、無機的といっていいほどに感情を表に出さず、無表情を貫いてきた愛姫が、初めて、ひと目でわかるほどに感情を露わにした。  怒りの形相。  それさえも美しい。  肩がかすかに震えている。しかし、刀を構えた腕は動かない。  昂った感情を鎮めようとしているかのように、大きく深呼吸する。勢いにまかせていった悠樹の言葉が、思いのほか効いているようだった。  鋭い深紅の視線が悠樹を射貫く。  このまま神流と一緒に斬られるかもしれない――そんな心配をしてしまうほどの表情だった。  それでも愛姫は、大きく息を吐き出すと、刀を持った腕を下ろした。怒りと憎しみに満ちた視線を向けつつも、戦いの最中に放り出した鞘を拾って刀を収める。  どうやら思いとどまってくれたらしい。悠樹も安堵の息を漏らす。それでようやく、腕の中の神流の様子を確認する余裕が生まれた。  狼の姿から変化したために全裸で、白い肌が目に眩しい。ボス狼との戦いで身体中傷だらけで、色白なだけに身体を汚している深紅の血にはよりいっそう不安感を煽られる。そして、高熱にうなされいるような苦しげな表情を浮かべていた。  さすがに全裸のままで放置しておくのもどうかと思い、悠樹はとりあえず自分のジャケットを脱いで羽織らせてやった。血で汚れることなど気にしてはいられない。  その間に愛姫は、また携帯電話を取り出していた。 「……今度こそ終わりました。回収をお願いします。仕留めた狼が四体。三体を逃がしました。今夜のところは脅威にはならないと思います。それから、訳あって生け捕りにした狼が一体。ちょっと普通ではない個体です。あとは先刻いった通り、犠牲者がひとり。そして……かなり訳ありと思われる目撃者がひとり。……ええ、怪我はありません」  通話を終えると、愛姫はまた近づいてきた。表情は険しいままだったが、刀は収めたままなので問題はないだろう。  なにやら、怪訝そうな顔で悠樹を見つめている。  手を伸ばして、神流を抱きかかえている腕の傷に指先で触れた。  悠樹の血に濡れた指先を、口に含む。  微かに眉をひそめ、しかし、なにか納得したような表情になった。 「……なるほど、そういうわけですか」  小さくうなずき、血の色の瞳を悠樹に向ける。 「……貴方、今夜、なにが起こったのか理解していますか?」 「い、いいや。全然、まったく、わけがわからん。ちゃんと説明してもらえるんだろ?」  愛姫は、すべてを理解しているはずだ。悠樹が巻き込まれることまで見通していたのだ。 「ええ。どのみち、このまま帰すことはできません。しばらく私たちにつきあってもらいます」 「私たち?」  訊き返すと同時に、電話のことを思い出した。話していた内容から察するに、近くに仲間がいるのだろう。そういえば、公園の入口に警官がいるといってたような気がする。  そう考えていると、エンジン音が聞こえてきた。  本来は車の乗り入れが禁止されている公園内で、ライトがいくつが動いている。  黒塗りのセダンが一台。それに続いて、公園の芝生や植木の手入れを請けおっている造園業者のトラックが二台。  しかしトラックの荷台から降りてきたのはどう見ても造園業者などではなく、物騒な装備に身を固めた機動隊員たちだった。  セダンから降りてきたスーツの男が指示を与えると、機動隊員たちは、喰い殺された女性と、愛姫に殺された狼の死体を、手際よくトラックの荷台に載せていく。  スーツの男が悠樹たちに近づいてくる。三十歳くらいの、エリート官僚を彷彿とさせる雰囲気の男だった。背は高い方で、なにかスポーツをやっていたと思しき筋肉質の身体つきをしている。 「姫ちゃん、怪我はないか?」 「はい、大丈夫です」 「で、生け捕りにした狼と目撃者ってのは、これか?」  神流を抱えた悠樹に視線を向ける。愛姫が小さくうなずく。 「今は意識を失っていますが、かなり問題のありそうな個体です。〈首輪〉を用意してください」 「わかった。目撃者の方は?」 「名前は、犬神悠樹。他の詳しいことは聞いていません。その前に、狼の群れに襲われたので。ただ……」  その先は急に声が小さくなり、愛姫が話す内容は悠樹の耳には届かなかった。  男は眉をひそめ、やはり怪訝そうな表情を悠樹に向けた。 「犬神くん、だっけ? 身分を証明できるものは持っているか? ああ、僕はこういう者だ」  男が内ポケットから取り出したのは、悠樹にとってテレビドラマや映画では何度も目にしているものの、実物を見るのは初めての品――警察手帳だった。  手帳を開いて、身分証を提示してみせる。じっくりと読んでいる精神的な余裕はなかったが、『高橋光一郎』という名前は読み取ることができた。 「け、警官? いったい、これはなにが起こってるんです?」 「長い話になるから、説明は後だ。身分証は持っているかい?」  静かだが、有無をいわさぬ雰囲気を持った口調だった。警察官に逆らってもいいことはあるまい、と素直に学生証を取り出した。 「犬神悠樹、二十歳、大学生か。よし」  メモをとって、学生証を悠樹に返す。 「もうしばらく付き合ってもらうことになるが、外泊しても構わないかな?」 「ひと言、家に連絡入れれば問題ないです。つか、俺だって事情を説明してもらわないと帰るに帰れませんよ」  腕の中の神流を見おろす。  彼女は、あの狼たちは、そして愛姫は何者なのか。  なにも聞かずに帰るなんてできるわけがない。 「そうだな。君には聞いてもらわなきゃならない話がある。が、それは後だ。今は早々にここを引き払わなければならない」  そういうと、高橋は車に戻ってなにかを持ってきた。  悠樹は見たものを理解するために、二度、三度、瞬きする。そのくらい、この場にそぐわない品に思えた。  それは、一本の首輪だった。深紅の、大型犬に着けるような首輪だ。  首輪を愛姫に渡す。愛姫が、その首輪を神流の首に嵌めた。 「な……なにしてるんだ?」  まるで血で染めたような、深い紅の首輪。普通に考えれば、特殊な性癖がない限りは人間の女の子に着けるものではない。 「首輪、です。狼の力を削ぐための封印です」  いわれてよく見ると、さらに濃い紅で、なにやら文字のような、しかし悠樹には読めない不思議な記号が描かれている。 「でも、この子は……」 「狼、です。人間ではありません。貴方も見たでしょう?」  反論を探している悠樹を無視して、きっぱりといいきる愛姫。有無をいわさぬ強い口調だった。  悠樹の腕の傷に触れ、血で汚れた指を首輪に押しつける。深紅の首輪に、微妙に濃さの違う指の痕が残った。 「じゃあ、行こうか。車に乗ってくれ」  死体の回収を終えたトラックが走り出すと、高橋が悠樹を促した。口調は穏やかなのに、逆らえない迫力がある。  悠樹は仕方なく、神流を抱いたままセダンの後席に乗り込んだ。高橋が開けた反対側のドアから、愛姫が乗ってくる。ドアを閉め、自分は運転席に収まる高橋。まるで名家の令嬢とお抱え運転手、といった光景だ。ふたりの様子を見る限り、これが当たり前のことらしい。  いったい、ふたりはどういう関係なのだろう。  いったい、愛姫は何者なのだろう。  わからないことばかりだ。だから今は、おとなしくついていくしかない。  車が走り出す。  傷ついた神流の負担にならないよう、できるだけ揺らさないように腕で支えてやろうとしたが、初めて乗る高級車のサスペンションは、そんな気遣いは無用のものだった。しかし、傷だらけ、血まみれの神流を放っておくこともできない。 「この子、手当てしてやらないと……」 「必要ありません」  愛姫が冷たい口調でいう。悠樹に対しては無機的な愛姫だが、〈狼〉に対しては敵意を露わにする。 「でも、こんな大怪我……」  悠樹の目には、生命に関わりそうな重傷に映る。 「狼、です。人間ではありません」  愛姫はもう一度繰り返した。 「そのくらいの傷で死ぬなら、私たちも苦労しません」 「気になるなら、血の汚れだけでも拭いてあげるといい」  高橋は愛姫のようには露骨な敵意は抱いていないようで、ハンドルを握ったまま、真新しいタオルを渡してくれた。 「そうすれば、手当ての必要がないと納得できるだろう」 「え?」  いわれた通り、血まみれの神流の身体を拭いてやる。  驚いた。  肉が深々と剔られるような大怪我だったはずなのに、ほとんどの傷はもう出血しておらず、いちばん深い傷も、じんわりと血が滲む程度でしかなかった。 「これって……」 「だから、いいました。それは人間ではないと」  愛姫の口調は、必要以上に冷たかった。 3  悠樹たちを乗せた車はしばらく走って、古くからの高級住宅地の一画に立つ、和風の邸宅で停まった。  庶民の悠樹にとっては民家であることさえ信じられないような広さの敷地だったが、老舗の高級料亭のような立派な門に『嘉~』という表札が掲げられていたところを見ると、愛姫の家なのだろうか。  高橋に促され、神流を抱きかかえたまま車を降りる。  玄関で悠樹たちを出迎えたのは、二人のメイドだった。  メイドといっても、秋葉原のメイド喫茶にいるような萌えを強調したものではなく、バッキンガム宮殿で働いているのが似合いそうな、派手さはないが伝統が感じられる正統派の容姿だ。もちろん悠樹は、コスプレではない『本物』のメイドを目の当たりにするのは初めてだった。  家の大きさといい、使用人がいることといい、愛姫は正真正銘のお嬢様なのだろうか。確かに、高貴な雰囲気を漂わせてはいる。  広い応接間に通される。悠樹の感覚では『広大な』と表現したくなる広さだ。  神流を抱えたまま、勧められたソファに腰を下ろす。柔らかなソファに身体が埋もれる。  神流はそのあたりに放り出しておけばいい、と愛姫は敵意のこもった口調でいったが、まさかそんなわけにはいかない。愛姫が神流に対して殺意を抱いている以上、意識のない神流は常に傍に置いておくべきだと思われた。  幸い、小柄な神流はさほど重くない。というよりもむしろ軽い。  出血はほぼ止まっていたが、まだ意識は戻らないようだ。高熱に冒されている時のように、紅い顔で苦しそうな呼吸をしている。  もう夜も遅い。小柄なメイドが、悠樹と高橋にコーヒーを出してくれた。愛姫は紅茶党のようだ。  もう一人の、細身でショートヘアのメイドが、まだ出血し続けていた悠樹の腕の怪我を手当てしてくれた。 「……で、いったいなんだったんですか、あれは?」  ひと段落ついて、コーヒーカップが半分ほど空になってからようやく口を開いた。気になって仕方ないことではあったが、ここまでなかなか訊ける雰囲気ではなかった。 「なにに見えた? 君は、どう思っている?」  穏やかな口調で応えたのは高橋だった。  愛姫は相変わらず無表情を装っているが、やや不機嫌そうに見える。黙ってカップを口に運んでいるのは、悠樹の質問に答えない口実づくりかもしれない。彼女がまともに相手をしてくれることは、あまり期待できそうにない。 「なに、って……」  逆に訊き返されて、一瞬答えに詰まった。  先ほど見た光景を思い出す。  人間が、突然狼に姿を変えて、女性を喰い殺した。  それが意味するところは明白だが、口に出してしまうとあまりにも非現実的だ。 「お……狼男?」 「そうだね」  高橋がうなずく。 「男とは限らないから、正確にはワーウルフとかライカンスロープとか呼ぶべきかな。もっと正確にいえば、すべてが狼とは限らないし、獣の姿に変化するとも限らないんだが。しかし、伝説やフィクションの中にしか存在しないと思われているそうした怪物は、実在するんだ」 「……とても信じられない、っていいたいところですね」  常識で考えれば、そうだ。  しかし、自分の目で見てしまった。  人間の姿から、狼に変身した男。  金色の狼の姿から人間の女の子になり、また狼に変身し、最後にまた女の子の姿になった神流。  そして、不可思議な方法で狼を殺した愛姫。  どれもこれも、これまでの悠樹の常識ではあり得ない、超常の出来事だった。  とても信じられない。  だけど目の当たりにした以上、存在を認めないわけにはいかない。  「ああいった怪物たちを、我々は〈鬼魔〉と総称している。有史以前から、世界中に存在していた魔物たちだ」  たしかに、獣と人間のふたつの姿をとる魔物の伝説は世界中でポピュラーなものだ。狼をはじめ、虎、蝙蝠、馬、南米ではジャガーや海豚まで、様々な動物がそのモチーフとなっている。  なぜ、世界中に同じような伝説が残っているのか。「それが実在したから」というのも解釈のひとつだろう。 「鬼魔には狼以外の姿をとるものも多いが、共通する特徴がある。人間はもちろん、同形態の獣も遙かに凌駕する身体能力を持つ。人間の姿になれる。小さな刃物や拳銃程度では傷も負わせられない。強力な武器を用いても、常軌を逸した生命力と回復力のため、とどめを刺すのは極めて困難だ」  指折り数えながら話す高橋。 「そして……これがいちばん重要な点だが、鬼魔は、人間の血肉を喰らう」 「――っ!」  あの、公園で見た衝撃の光景が脳裏に甦る。  思い出しただけで胃液が逆流しそうになる。  そう。狼は、人間の女を喰っていた。  伝説に登場する獣人も、その大半が人間に害なす存在だ。 「けっして、人間が主食というわけではない。生命活動を維持するだけなら人間と同様の食事でも問題はなく、人肉にこだわる必要はない。しかし人間の肉や体液は、鬼魔の能力を飛躍的に向上させる霊的な力を持つ。その効果は……君にわかりやすくいうなら、アスリートのドーピングというよりも、ゲームのパワーアップアイテムのようなものだな」 「そんなに……極端な違いが?」 「だから、鬼魔は人間を狙う。しかし、鬼魔の数は人間に比べればごくわずかだ。だから気づかれない。普通の事故や自殺、あるいは失踪者の数は、日本だけでも年間何万人といる。その中に紛れてしまう程度の数だ。とはいえ、年間四桁の犠牲者は、無視できる数ではない」 「四桁? 事故や自殺、失踪が何万人いたとしても、千人も殺されていたら隠しようもないでしょう?」 「普通の獣による被害なら、そうだろうな。しかし、相手が鬼魔となると事情が違う。超常の力と、人間と同等の知能を併せ持っている上に、人間を魅了する能力を持っているんだ。力ずくで襲う必要はない。当然、証拠を残す可能性は低くなる」 「魅了……?」  訊き返したところで気がついた。  サキュバスやインキュバスはもちろん、アハ・イシカ、そしてメジャーなドラキュラ伯爵など、人間の異性を誘惑して獲物とする魔物の例は多い。  初対面の相手でも簡単に魅了できるとしたら、人気のないところに誘い出して襲うことも簡単だろう。死体を上手に処分すれば、単なる失踪として扱われ、大きな事件にはならない。 「人間社会に対する致命的な脅威、というほどではないが、しかし放置しておけるものでもない。だから、人間たちは昔から、鬼魔と戦い続けてきた。それは現代でも変わらない。人間の脅威となる鬼魔と戦い、同時に、鬼魔の存在を隠すことが僕らの仕事だ」 「隠す? どうして隠すんですか?」 「鬼魔の存在が公になることで起こるパニックによる被害の方が、実際の鬼魔による被害よりも遙かに大きくなると予測されているからだ。なにしろ、精密検査でもしない限り人間と区別がつかないんだ。ひとつ間違えば、中世の魔女狩りの再現になる」 「仕事、っていいましたよね? つまり高橋さんは本物の警官で、鬼魔との戦いが公的な任務なんですか?」 「そう。表向きは対テロリスト専門の部署ということになっているが、実際は鬼魔がらみの事件を扱っている。まあ、一般市民の中に紛れ込んだ脅威という点では似たようなものだ」 「じゃあ、彼女……愛姫は?」  高橋の身分が本物だとすると、高校生の愛姫が正式な『同僚』ではあり得ない。しかし公園での様子を見る限り、協力して鬼魔と戦っているのは間違いない。  ちらりと愛姫を見る。相変わらず不機嫌そうな表情で、悠樹を無視している。 「鬼魔と戦う能力を持った、数少ない人間の一人だ。伝説の狼男や吸血鬼がそうであるように、現実の鬼魔も簡単には殺せない。ナイフはおろか、拳銃ですらほぼ無力だ。22口径では玩具も同然で、大口径の拳銃でも鬼魔にとってはかすり傷だ。一般的な9ミリパラベラム弾では足止めにもならない」 「もっと強力な……ライフルとか機関銃なら?」 「多少なりとも有効なダメージを与えようと思ったら、50口径の対物ライフルや重機関銃、あるいは爆弾が必要になる。息の根を止めようと思ったら、灰になるまで焼き尽くすか、全身が肉片になるまで重火器で破壊し尽くすしかない。街中でそんなことができると思うか?」 「無理、ですね」  鬼魔の存在を秘密にしたいのであれば、日本では拳銃すら容易には使えない。銃の使用が珍しくない米国でも、街中で重火器を使うのは難しいだろう。 「よほどの非常事態でもない限り、重火器で鬼魔と戦うのは現実的な選択肢ではない。しかし鬼魔がオカルト的な存在であるのと同様に、奴らを倒せる超常の能力を持った人間も存在する」 「それが、愛姫だと?」 「姫ちゃんはその第一人者だよ。嘉~の家は何百年も前から鬼魔と戦ってきた一族なんだ。ほとんどの場合、鬼魔との戦いはそうした人間に頼らなければならない。僕らの仕事はそのサポートが主だな」 「なるほど……」  もう一度、愛姫を見る。たしかに、いわれるまでもなく神秘的な雰囲気をまとっている。巫女装束を着せたら似合うかもしれない。 「退魔の力を持つ者の多くは、単に、鬼魔に普通にダメージを与えられるというものだ。だけど、嘉~家の人間の力は特別なんだ」 「特別って?」 「嘉~の血は、普通の人間とは比べものにならないくらい鬼魔を惹きつけ、力を与える」 「いや……それって、かえって不利なんじゃ?」 「もちろん、それだけじゃない。嘉~の血は鬼魔に力を与える分、鬼魔を傷つける能力に関してもずば抜けている。なにより嘉~の一族ならではの能力として、自分の血肉を与えた鬼魔の肉体を、自由に操ることができる。姫ちゃんが狼を倒すところを見たか?」  先ほどの、戦いの光景を思い出す。  愛姫は刀で自分の腕を傷つけ、刃に血を付けていた。その刀で狼を斬りつけていたが、与えたのはほんのかすり傷だけだった。  そして…… 「死ね、っていってた」 「そう。だから狼は死んだんだ。姫ちゃんの言葉に従って、ね。〈魅魔〉と呼ばれている極めて特殊な能力だ。鬼魔を魅了し、操ることができる。とはいえ、言霊だけで即死させるほどの強力な力を持つのは、嘉~の一族の中でもごく一部の人間だけだがね」 「……」  高橋のいう通りなら、とんでもない力だ。たしかに、それなら街中でも魔物たちを殺すことが可能だろう。自分の血を付着させた武器でわずかな傷でも与えれば、それで致命傷にできるのだ。  とはいえ、実行するには勇気がいる。いくら鬼魔に対する必殺の武器があるとはいえ、刀の間合いは、相手の牙や爪とさほど変わらない。そして素速さや腕力という点では、人間は鬼魔にはとうてい及ばない。なのに愛姫は、怯む様子など微塵も見せずに狼たちと渡り合っていた。 「すごいんだな、愛姫って」 「……なにを、他人事のように」  久しぶりに愛姫が口を開いた。相変わらずの冷たい口調だった。 「貴方も、魅魔の力を持っているはずです」 「へぇ…………、って、えぇっ? なんだって!?」  一瞬、なにをいわれたのか理解できなかった。まったく予想もしていなかった台詞だった。  愛姫が言葉を続ける。 「貴方の腕に咬みついた狼が、「やめろ」といった時に動きを止めました」 「あ……いや、でも、偶然じゃね?」 「それに、その狼」  悠樹の腕の中で眠っている神流を指差す。 「貴方のこと、妙に気に入っていました」 「それは……ほら、俺にひと目惚れしたとか?」  そんな台詞は完璧に無視される。 「狼の姿では、鬼魔としてはかなり小柄な個体です。なのに、ふた回り以上大きな相手と互角に戦っていました。相手も人間の血に不自由している個体ではないのに、あり得ないことです」  同種の獣同士の戦いでは、普通、身体の大きさの差がそのまま強さの差となる。それは鬼魔同士の肉弾戦でも同様なのだと愛姫はいった。 「そこで、貴方の血を口に含んでみたのです。間違いありません。ただの退魔の力ではありません。魅魔の力を持つ血です」 「そんな……だって、魅魔の力を持っているのはこの家の一族だけじゃないのか?」 「魅魔は極めて珍しい力だが、完全に嘉~家限定ってわけではない。突然変異か、あるいは記録から漏れている古い分家からの隔世遺伝か……それはいま調べている」 「調べて?」  高橋はポケットから、スマートフォンと思しき携帯端末を取り出した。 「犬神悠樹、五月二十日生まれの二十歳。都内の私立大学の三年生、経済学部。中学生の時に両親を事故で亡くし、母親の妹である叔母に引き取られた。今は都内のマンションで、叔母と従妹との三人暮らし。両親の遺産と保険金で、経済的には特に問題はなし。父親は大手電機メーカーの社員で、母親は専業主婦だった。どちらも嘉~家や、他の退魔師の一族との直接のつながりは確認できていない。ちなみに、犬神というのは母方の姓だな」  端末の画面を読み上げる高橋。  驚いた。学生証を見せてから今までのわずかな時間で、個人情報は丸裸にされているらしい。これが国家権力の力か、とぞっとする。 「君と、嘉~家とのつながりは今のところ確認できていない。だけど、なんらかの関連があるはずだ」 「なにを根拠に?」 「犬神というのは、狼のことです。偶然にしては、できすぎではありませんか?」  血を思わせる深紅の瞳が、まっすぐに悠樹を見つめていた。 * * *  遅くなったので、その夜は嘉~家に泊めてもらうことになった。  正確には、帰してもらえなかったというべきだろう。今は高橋の部下が、悠樹の素性を調べているらしい。そちらがひと区切りつくまで、ちょっとした軟禁状態だ。  意識を失ったままの神流も、別室に監禁されているはずだ。愛姫と悠樹の血を染み込ませた、鬼魔の力を抑える首輪を嵌められ、結界を張った部屋に閉じ込められている。  神流と引き離されることに不安はあったが、危害は加えないと愛姫が――渋々ではあるが――約束してくれたので、受け入れることにした。  あてがわれた客間で、布団に横になっている悠樹。  もう真夜中過ぎだが、まったく眠くはなかった。今日はいろいろと衝撃的な出来事が多すぎて、神経が昂って眠るどころではない。  布団から起き上がって、窓を開けた。南に面した部屋なのだろう。大きな満月が空の高い位置にあるのが見えた。 「そういえば、伝説のワーウルフは満月になると力が強まるんだっけか……」  今日が満月であることと、今夜の事件と、なにか関連があるのかもしれない。  もしかしたら、神流と出会ったことにも。  月明かりに照らされて輝いていた、黄金色の狼の姿を思い出す。 「大丈夫かな……可愛い子だったよな」  初めて見た瞬間から、魂が囚われるような魅力を持った金色の瞳。  今になって思えば、当然のことだ。相手は、人間を魅了して誘い出し、喰い殺す力を持った魔物なのだから。  しかし、あの雄の狼たちはともかく、神流もそうだとはいまだに信じられない。 「どう見たって、とびっきり可愛い女の子だよな……」 「それって、ボクのこと?」 「――っっ!?」  自分ひとりしかいないはずの、しかも深夜の部屋で、なんの前触れもなしにすぐ背後からの声。  驚きが大きすぎて、悲鳴も上げられなかった。大きすぎる悲鳴に喉を塞がれてしまったかのようだった。  弾けるような動作で振り返る。  すぐ目の前に、月明かりを反射して黄金色に輝く大きな瞳があった。 「か……神流?」  いつの間にか、背後に神流が立っていた。それも、身体が触れそうなほどの至近距離だ。  見ると、部屋のドアが開いていた。小柄な女の子がぎりぎり通れるかどうか、というくらいに。  しんと静まりかえった深夜だというのに、まったく気づかなかった。物音をいっさい立てず、気配すら感じさせずに部屋に入ってきたというのだろうか。  人間にできることではない。  全裸のまま寝かされていたはずの神流は、細身のサマーセーターと長いスカートを身に着けていた。スカートが長すぎるところを見ると、愛姫の服だろうか。タイトスカートは動きにくかったのか、横の部分を切り裂いて、深いスリットの入ったチャイナ服のようになっていた。  そして、首には深紅の首輪。愛姫の説明によれば、この封印は神流本人では外せないのだという。 「か……神流、どうして……」  どうして、ここにいるのだろう。  意識を失っていて、しかも、結界を張った部屋に閉じ込められていたはずなのに。 「動けるようになったから、帰ろうと思って。その前に、お礼をいっておかないとね」 「お、お礼?」 「ボクのこと、庇ってくれたでしょ?」  にぃっと、悪戯な笑みを浮かべる神流。大きな瞳の輝きが増す。 「き、聞いてたのか?」  完全に意識を失っていたと思っていたのに。 「ん、動けなかっただけで、いちおう、ぼんやりと意識はあったよ。だから……お礼?」  神流がさらに距離を詰めてくる。  大きな胸が触れてくる。  両腕が、悠樹の首に回された。 「こーゆーコトで、お礼になる?」  小さく首を傾げる神流。唇の間隔はもうほんの数ミリしかない。唇の動きによって生まれる空気の流れさえ感じられる。  黄金色の瞳が、視界いっぱいに広がっている。  唇が、触れた。  軽く触れたところで一瞬だけ動きが止まり、すぐに力強く押しつけられた。  腕に力が込められ、しっかりと抱きしめられる。  堪えるように、悠樹も神流を抱きしめた。身体の奥から、そうしたい衝動が湧き上がっていた。  腕の中にすっぽりと収まる、小さな身体。なのに、胸が当たる感触はこれ以上はないくらいに明瞭だ。空気を入れすぎたソフトテニスのボールのような、柔らかいのに弾力に富む膨らみだった。  身体が熱くなる。  健康な二十歳の男子として、当然、可愛くてスタイルのいい女の子は大好きだ。しっかりと抱き合って濃厚なキスを交わしていれば、冷静ではいられない。  発育のよすぎる胸を除けば、小柄で華奢で童顔で、むしろ子供っぽい神流。なのに、どうしようもなくそそられてしまう。特にロリータ嗜好はないはずなのに。  舌を伸ばし、神流の口中に挿し入れる。  その瞬間、舌に鋭い痛みが走る。  神流の鋭い犬歯が、舌に突きたてられていた。鉄錆の味が口の中に広がっていく。  なのに、その痛みさえ気持ちいい。いっそう興奮してしまう。 「ん……ぅ、ん……ユウ、キぃ……」  神流の吐息も熱い。  潤んだ瞳で頬を紅潮させ、さらに身体を密着させてくる。脚を絡ませるように下半身を押しつけてくる。  神流の体温を感じて、下腹部が大きさと硬さを増していく。  キスだけでは我慢できない。むしろ、よりいっそう昂るだけだ。  もっと、もっと、神流を感じたい。男性器のサイズに比例するように、そんな衝動が膨らんでいく。  神流の背中に回していた手を、下へ滑らせていく。  お尻の膨らみに手をかけて、下半身を押しつけるように抱き寄せた。 「あ、ん……」  胸に比べると、けっして大きくはないお尻。しかし心地よい弾力が手に伝わってくる。  嫌がっているのか、それともさらなる快感を求めているのか、身体を捩る神流。その動きがまた下半身を刺激する。 「神流……いいか?」  だめ、といわれたら無理やり押し倒してしまいそうなくらいに昂っていた。とはいえ、拒絶されないだろうという予感、いや確信があった。 「ボクと……えっち、したいの?」  答えの代わりに、抱きしめる腕に力を込めた。  したい。  神流を抱きたい。貫きたい。  もう我慢できない。 「……ボク……男の人と、こーゆーコトするの……初めて、なんだ。でも……ユウキとだったら、いい……かも?」  触られて感じているのか、神流は切なげな声でささやく。 「やさしく……して、くれる?」 「ああ」 「うんと、気持ちよく……して、くれる?」 「もちろん。一緒に、気持ちよくなろう」 「うン……イイ、よ」  一瞬だけ目を伏せた神流は、すぐに顔を上げてまっすぐに悠樹を見つめた。貴金属のような大きな瞳に、悠樹が映っている。  口元に、微かな笑みが浮かんでいる。 「あ……その前に、首、ちょっと苦しいんだ。少しだけ、緩めてくれる?」 「……ああ」  いわれるままに、神流の首に手を伸ばした。  細い首を彩る深紅の首輪はけっして首を締めつけているわけではなく、見た目にも充分な余裕がありそうな留め方だったが、悠樹はなんの疑問も感じなかった。  指が、首輪の留め金に触れる。  その瞬間――  バチィッ!  静電気の放電による痛みを、何倍にも強くしたような衝撃が走り、反射的に手を引っ込めた。  その痛みが、悠樹の意識を覚醒させる。 「……ちぇっ、あの女、性格悪いんだから」  神流の表情が変化していた。  一瞬前までの、はにかみながら色っぽく瞳を潤ませた顔ではない。血の滴る生肉の塊を前に舌なめずりしている肉食獣のような、獰猛な笑みだった。 「神流……お前……」  なにが起こったのか、悠樹も理解した。  鬼魔は人間を誘惑し、その心を操ることができる。神流は悠樹を操って、自分では外せない首輪の封印を解かせようとしたのだ。  愛姫に警告されていたのも関わらず、すっかり神流の術中にはまって、なんの疑問も抱かずに首輪を外そうとしてしまった。そうした事態も想定していたのだろう。先ほどの衝撃は、首輪を外そうとした場合に働くトラップに違いない。 「これ、外してくれる?」  獣の笑みを浮かべたまま、神流が小さく首を傾げる。 「い……いや、それは無理だ」  愛姫たちに、固く禁じられている。  力を抑える封印を施していない鬼魔がどれほど危険な存在か、寝る前にさんざん聞かされた。悠樹は心情的には神流の味方だが、それでも今は封印を解くわけにはいかない。  むしろ、神流のためにも封印は必要といえる。封印を施すことを条件に、愛姫は神流を生かしておくことを許してくれたのだ。  神流の口調も、首輪を外してくれることを本気で期待しているようではない。 「……ま、そうだろうね。じゃあ……これ、ボクに似合ってる?」  自分の首輪を指差して訊いてくる。  うなずく悠樹。 「似合ってる……っつーか、なんか、すっげーエロい」  つい、本音が口から出てしまう。  派手な容姿の神流だから、大型犬用と思われる首輪もアクセサリーとしてよく似合っていた。日本人離れした白い肌に、深紅の首輪が映える。そしてなにより、ややSの気がある悠樹にとって、可愛らしい女の子に首輪という倒錯したシチュエーションはたまらない。  子供っぽい神流なのに、ひどくエロティックな印象だった。 「やっぱり、エロいよね? ボクもそう思った。でもまあ、似合ってるっちゃ似合ってるし、とりあえずはこのままでいっか。斬新なアクセサリってことで」  小さく肩をすくめた神流は、開けたままの窓に近づき、こちらに振り返って窓枠に腰かけた。  月光を背に、小柄な少女のシルエットが浮かびあがる。 「……あの女に邪魔されたくないし、続きはまた今度ね。じゃあ、『おやすみ』、ユウキ」 「あ……おい!」  神流が窓から外に飛びだした。  一度、地面を軽く蹴っただけで、嘉~家の敷地を囲んでいる高い塀も軽々と跳び越える。  人間には真似のできない身体能力だった。 「……あの首輪、鬼魔の力を抑えるんじゃなかったのか? つか、そもそも神流は閉じ込められていたんじゃないのか?」  とにかく、愛姫に知らせる必要があるだろう――そう思ったのに。  脚を踏み出そうとした瞬間、不意に、猛烈な眠気に襲われた。  意思に反してまぶたが重くなる。脚から力が抜ける。  立っていることもできなくなって、布団の上に倒れ込んだ。 「こ……れ、は……?」  たちまち、意識が溶けていく。  別れ際の神流の「おやすみ」という言葉が、人間を操る鬼魔の能力の片鱗だと気がついたのは、翌朝、目を覚ましてからのことだった。 4  翌朝―― 「犬神さん! 貴方、なにをやっていたのですかっ!!」  嘉~家のメイドに起こされ、食堂に案内された悠樹に対して、激しい罵声が浴びせられた。  愛姫が、憤怒の形相で仁王立ちしている。整った容姿だけに怒ったときの迫力もすごい。  昨夜は感情を露わにすることはほとんどなかったので、顔を真っ赤にして声を荒げている姿は新鮮だった。しかし、いったいなにを責められているのだろう。 「えっと……あ!」  少し考えて、思い出した。  監禁していたはずの神流が逃げ出したのだ。そのことを知らせようとしたところで、悠樹は神流に操られて眠りこけてしまった。  とはいえ、ここまで怒られる筋合いはあるまい。神流の身軽さ、身体能力を考えれば、あの時点で知らせていたとしても捕まえられたとは思えない。 「不可抗力……じゃね? つか、神流を捕らえていたのは愛姫だろ? 俺が逃がしたわけじゃないし。神流が自分で抜け出してきたんだ」  言外に、そちらの閉じ込め方が甘かったのだ、とほのめかす。 「貴方が逃がしたも同然です! 普通なら逃げられるはずがないんです! 貴方、あの狼と会ったのは昨日の朝だといいましたね? その時、血とか……その、なにか体液を与えませんでしたか?」  微かに頬を赤らめていい淀んだ様子に、愛姫のいう「なにか体液」がなにを表しているのかを察することができた。真面目そうな愛姫には、あからさまに口に出しにくい単語だろう。 「あー……いや、たしかに、まあ……ね」  悠樹も曖昧に言葉を濁す。潔癖症の気があるのか、愛姫に穢らわしいものを見るような視線を向けられた。 「どのくらいの量ですか?」  小さく溜息をつく愛姫。 「えっと……かなり、たくさん?」  神流にフェラチオされた時、自分でもびっくりするほど大量に射精したことを思い出す。  向けられる視線がさらにきつくなった。 「……そのせいです。魅魔の力を持つ貴方の体液によって、あの狼は飛躍的に力を増していたのです。普通なら破られるような結界ではなかったのに、それでも抑えきれないくらいに!」  相変わらず、愛姫は怒りを収めない。  ところが、悠樹を起こしにきたメイドの八木沢麻由は対照的に、笑いを堪えているような表情を浮かべていた。悠樹の視線に気がついて、今にも噴き出しそうな表情でいう。 「姫様がこんなに怒っているのには、理由があるんですよ」 「麻由! 貴女、余計なことをいうんじゃないの!」  愛姫が止めるより先に、麻由は一枚のメモ用紙を悠樹に手渡してきた。すぐに愛姫に奪われたものの、その前にメモの内容は読めてしまった。  女の子っぽい丸い文字。愛姫の字ではあるまい。 『外泊はお母さんに怒られるから帰る。服、借りてくね』  神流だ。  逃げ出す時に、律儀に置き手紙を残していったらしい。  しかし愛姫の怒りの原因はこの本文ではなく、その後だろう。 『P.S. でも、この服、ウェストが緩くて胸がきついよ?』  思わず、愛姫の胸に視線を向けた。  小柄で童顔なのに胸は大きかった――Dカップ以上はありそうだった――神流に対して、愛姫は長身で大人っぽい雰囲気ではあるが、すらりと細身で、胸の膨らみも控えめだ。身長を考えれば、高校生としてもかなり小ぶりな方だろう。悠樹の目測ではAカップ未満――AAかAAAかというサイズだった。  視線に気づいた愛姫が血相を変える。 「なっ、なにを見てるんですかっ!!」  パ――――ンッッ!  なんの手加減もなく、思いっきり頬をひっぱたかれた。  それでも、悠樹の口元には笑みか浮かんでしまう。  愛姫の、無機的で無愛想な第一印象とはまるで違う子供っぽい反応が新鮮だった。 * * *  嘉~家で朝食をご馳走になってから、悠樹は帰宅の途についた。  高橋から――条件付きではあるが――帰してもいいという連絡があったらしい。悠樹の立場では、どんな条件であれ飲むしかない。  ちょうど、登校する愛姫と一緒になった。  伝統ある女子校に相応しい長いスカートの制服を着た愛姫は、いかにも良家のお嬢様という雰囲気だった。刀を収めた布袋も、古風かつ高貴な印象を強める小道具になっている。  これまで見てきた姿と違うのは、縁なしの小ぶりな眼鏡をかけていること。しかしこれは目が悪いためではなく、彼女の、深紅の瞳を目立たなくするためのものらしい。レンズに特殊な加工がされているのだろうか、色つきのサングラスではないのに、瞳の色が本来よりも茶色っぽく見えた。  とはいえ、それは悠樹の推測に過ぎない。愛姫に訊いてみても、返事は返ってこない。  神流のメモの一件以来、ひと言も口をきいてくれない。怒りを露わにするならまだしも、昨夜以上に無機的に、悠樹の存在を完全に無視していた。  とはいえ、悠樹の愛姫に対する見方は、昨夜とはずいぶん変わっている。  鬼魔との戦いという、生命に関わる特殊な状況に身を置いているからこそのあの態度で、その中身は第一印象とは異なり、意外と普通の女の子っぽい一面もある。  たとえば、胸のサイズを気にするような。  今、ことさら無表情を装っているのも、胸の件で必要以上に取り乱してしまったことの照れ隠しとしか思えなかった。そんな態度が可愛らしい。大人っぽい印象の愛姫だけに、ギャップにそそられる。  思わず、口元に笑みが浮かんでしまう。  悠樹の視線と表情の変化に気づいた愛姫が、微かに眉間に皺を寄せた。ようやく反応を見せてくれた。つい、からかってしまいたくなる。 「別に、胸は大きければいいってもんじゃないぞ?」  そういうと、一瞬、また殴りかかってきそうな形相になった。しかしすぐに感情を隠して、冷静さを取り戻そうとするかのように深呼吸をした。  可愛らしい反応に、もっと弄ってみたくなる。 「たしかに、神流の胸は魅力的だったけど。でも、愛姫の胸もなかなか魅力的だよ? 巨乳には巨乳の、微乳には微乳の、それぞれの魅力があるもんだ。それに、重要なのはサイズよりも形だろ。愛姫の胸は、すごくきれいな形だな」 「――っ!」  愛姫は怒りの表情を強めつつも、微かに頬を赤らめて両腕で胸を隠すように覆った。  本気で怒っているっぽい。さすがにセクハラ発言が過ぎただろうかと反省しつつも、そんな反応を引き出せたことに満足する。  胸を隠したまま、悠樹を射殺せそうな視線を向けていた愛姫だったが、やがて大きく息を吐き出して腕を下ろした。 「……犬神さん、ひとついっておきますが」  また、抑揚のない口調に戻っている。ただし、無理に感情を押し殺しているような不自然さが感じられた。 「貴方のように軽薄で女性にだらしのない人は、鬼魔に操られやすいんです。鬼魔にとってはつけいる隙だらけなんです。女性の胸ばかり見て……少しはわきまえてください」 「いや……そんなこといわれても、あんな可愛い子にいい寄られたら、男としては……なぁ」  たとえ人間を魅了する鬼魔の力がなかったとしても、神流に誘惑されて抗える男はそういないだろう。 「貴方が魅魔の力を使いこなせるようになる前に、あの狼に喰い殺されることになりそうですね。……その方が世の中のためという気もしてきましたが」 「魅魔の力……か」  愛姫や高橋の話では、悠樹が、実戦で使えるレベルで魅魔の資質を持っていることはほぼ間違いないらしい。  退魔の能力を持つ者は稀少である。それが、強い魅魔の力となればなおさらのこと。退魔師は常に人手不足であり、能力を持つ者を遊ばせておく余裕はない。  愛姫には姉がいて、やはり強い魅魔の力を持っているそうだが、『仕事』が急がしくて、もう半月ほど家に帰っていないそうだ。愛姫より年下の従妹も、やはり鬼魔との戦いに身を投じているのだという。  そうした状況を少しでも改善するため、悠樹も愛姫の許で訓練を積み、鬼魔と戦えるようになること――帰宅に際して高橋が出した条件は、依頼というよりも〈命令〉だった。相手は国家権力である。事実上、悠樹に拒否権はない。しかも、それが神流を生かしておく条件となればなおさらのことだ。  悠樹の力で神流を抑えておけるなら、神流の存在を不問にする。しかし神流が人間に危害を加えるようであれば、愛姫の力で〈処分〉せざるを得ない――と。  口調は厳しいものではなかったが、高橋の台詞はほとんど脅迫のようなものだった。そういわれては従う他はない。一応、今のアルバイトなど比べものにならない額の給料ももらえることになってはいるが、鬼魔との戦いが命懸けであることを考えれば割に合う話ではない。  結局のところ、この話を受けたのは金のためではなく、あくまでも神流のためだろう。  神流を殺させたくない、と強く想う。  だけど、どうしてだろう。昨日会ったばかりの女の子なのに。  すごく可愛い子だから?  彼女との性的な接触が、気が遠くなるほど気持ちよかったから?  あるいは愛姫がいうように、もう神流の鬼魔の力に魅了され、操られているのだろうか。  だけど悠樹としては、自分の意志で行動しているつもりだ。可愛い女の子を守るために身体を張るのは男として当然のこと――と思うことにする。  脅されたからではない。  操られたからではない。  自分の意志で、気に入った女の子のために戦うのだ――と。そういうことにしておいた方が、格好いいではないか。  それに、魅魔の力を伸ばす訓練をするということは、愛姫とお近づきになれるということでもある。絶世の美女と一緒の仕事、女っ気のない今のバイト先よりマシだ、ということにしておく。  拒否することができないのであれば、マイナス面を見ても仕方がない。プラス思考でいくことにする。魅魔師として頑張れば、金が稼げて、神流を助けられて、愛姫と親しくなれるのだ――と。 「……まあ、頑張るよ。俺にそんな力があるのなら、それを活かしたいしな」 「あの狼、おそらく近いうちにまた接触してくるでしょう。貴方の血がずいぶんとお気に入りみたいですし。その時はすぐに私か高橋さんに連絡してください。……とはいっても不安なので、保険をかけておきます」 「保険?」  愛姫はポケットから小さなナイフを取り出すと、その刃先を自分の人差し指に押し当てた。  指先に、小さな紅い珠が浮かんでくる。  その指を、悠樹に向かって差し出した。 「魅魔の血は、鬼魔の力に対してある程度の耐性があります。貴方も、私も、一般人よりは鬼魔に魅了されにくい体質ですが、他者の魅魔の血を取り込むと、耐性がより強化されます」 「なるほど……つまり、愛姫の指を舐めろ、と?」  訊き返すと、愛姫ははっとした表情で頬を赤らめた。これまで意識していなかった、その行為の持つ意味に気づいてしまったのだろう。  愛姫は慌てて手を引っ込めようとするが、一瞬早くその手を掴んだ。  深紅の血を滲ませている指先を口に含む。  舌の上に広がっていく、錆びた鉄の味。  なのに、不思議と甘く感じた。  どこか、神流とのキスを思い出させる感覚だった。舌を起点に、身体中に熱いものが広がっていくようだ。  思わず、指に舌を絡ませてしまう。  軽く、吸う。  傷口を舌先でくすぐる。  まるで、恋人に愛撫するように。  愛姫の顔が赤みを増していく。 「……い、いつまでそうしているんですか! いやらしい!」  強引に指を引き抜く愛姫。  頬どころか、耳まで真っ赤になっている。意外とうぶなところがあるのかもしれない。  とびっきりの美人で、周囲の男が一瞬たりとも放っておかないような愛姫だが、考えてみれば、普通の男女交際に興味があるようには見えない。案外、こうしたことは経験がないのかもしれない。 「愛姫の指って、美味しいね」  わざと、愛姫が怒りそうな、そしてさらに赤面しそうなことをいってやる。 「――っ!」  反射的に怒鳴りそうになった愛姫だったが、しかし、ぎりぎりのところできゅっと唇を噛んで堪えた。  普段の印象とは異なる、可愛らしい反応だ。もっと見たいと思ってしまう。思っていた以上に弄り甲斐のある女の子だ。 「ところで、他者の魅魔の血を取り込むと耐性が増すってことは、愛姫も?」 「え?」 「愛姫も、俺の血を舐めると、鬼魔に対する耐性が増す?」 「そ、それは……っ」  紅くなって言葉に詰まった様子を見れば、答えは聞くまでもない。  悠樹は自分のバッグについていた安全ピンを外し、指先に軽く突き刺して小さな傷を作った。血が滲み出てきたところで、愛姫の顔の前に差し出す。 「わ……私には必要ありません!」  必要以上に赤面して拒絶する愛姫。 「どうして? 鬼魔の力は強力で、どれだけ用心してもし過ぎることはないって、いってたじゃん」 「わ、私は、貴方のように油断しませんから!」 「でも、万が一ってこともあるだろ? 恥ずかしいから、なんて理由で万全の備えを怠るなんて、一流のプロのやることじゃないよなー」  愛姫が怒ることも想定内で、挑発的にいってやる。愛姫が鬼魔との戦いに真剣であればあるほど、断りにくくなるはずだ。 「それに、もしも愛姫が鬼魔に傷つけられたら、俺も悲しいし」 「……」  きつい視線が向けられる。圧力を感じるほどの視線だった。  本当に、なんて力強い目をした女の子だろう。その神秘的な深紅の瞳には、神流の、惹き寄せられるような瞳とはまた違った魅力がある。  身じろぎもせずに、まっすぐにこちらを睨んでいる愛姫。この後の反応を決めかねているようにも見える。  そこで、悠樹の方から指を近づけていった。  ゆっくりと、愛姫に逃げる余裕を与えて。  しかし愛姫は動かない。相変わらず、怒りのこもった鋭い視線を向けている。  指先が、唇に触れた。  肩がぴくりと震えたように見えたが、あまりにも微かな反応で、気のせいではないという確信は持てなかった。  さらに指を進めていく。  相変わらず、射殺されそうな視線が悠樹に向けられている。しかし、拒もうとはしていない。  愛姫の口の中に、人差し指を第二関節まで挿し入れた。  ピンで刺した指先を、舌に押しつける。  口の中は温かくて。  唾液で濡れていて。  舌や内頬の粘膜は柔らかくて。  意識せずにはいられない。それはどうしても女性器を連想してしまう感覚だった。  舌の上で、くすぐるように指先で小さな円を描く。  また、ぴくりと肩が動く。  しかし、それだけだ。避けたり、噛みついたり、ということもない。  愛姫が抗わないのをいいことに、口の中の感触を楽しませてもらうことにした。  女性器を優しく愛撫するように、ゆっくりと指を動かす。  いや、愛撫するように、ではない。それはまさしく愛撫だった。  愛姫はただ黙って、悠樹を睨んでいた。頬が紅いのは恥ずかしがっているのか、それとも怒っているのか、おそらくは両方だろう。  瞳の紅みが増している。中で、怒りの炎が燃えさかっているようだった。  それでもしばらく感触を楽しんでから指を引き抜くと、意外なことに、愛姫は口元に微かな笑みを浮かべた。ただし目は笑っていない。それは氷の微笑だった。 「……どうしてでしょう。私、まるでレイプでもされたような気がしているのですが」  芝居がかった口調でいう。  背筋が凍りつくような視線を悠樹に向ける。 「あー、……まあ、その認識は正しいんじゃないかな?」  実際のところ、悠樹としては愛姫に性的な悪戯をしているつもりだった。 「まあ、そうでしたの」  わざとらしい台詞。  愛姫はおもむろに鞄を開けて、中から長さ二十数センチほどの棒状の物体を取り出した。  それがなにか、と考えるまでもなかった。一瞬後にそれは鞘から引き抜かれ、危険な輝きを見せる切っ先が悠樹の目の前に突きつけられていた。  さほど大きくはない、しかし生身の人間を傷つけるには充分すぎる刃渡りと鋭さを持った短刀。  昨夜の、無機的な愛姫からは考えられない笑顔が、それ故にかえって怖かった。  単なる冗談ではなく、本気で怒っていることが伝わってくる。初夏の陽気の下、冷たい汗が背中を流れた。 「……もしかして、冗談が過ぎた?」 「まあ、犬神さんって、冗談で女性にあんなことする方なんですか?」  そういうと同時に、短刀が突き出された。  狼と戦った時の神速の居合いに比べれば、けっして素速い動きではない。それでも冗談で済ませるにはしっかりと体重が乗っていて、しかもまったく躊躇いがなかった。  悠樹が慌てて避けなければ、間違いなく怪我をしていたはずだ。一応、避けることを見越しての行動だったようではあるが。  愛姫の表情が一変した。  顔からいっさいの感情が消え、初対面の時同様の無機的な、作り物めいた表情に戻る。頬の紅みも消えている。 「次は、本気でやります」  低い、抑えた声。  さすがにもう、ふざける余地のなさそうな口調だった。  思わず、両手を頭の横に上げた。降参だ。  愛姫は黙って短刀を鞘に収め、柄を前にして差し出した。 「持っていてください」 「え?」 「あの狼は、いずれまた接触してくるはずです。いざという時は、これと、ご自分の血でなんとかしてください。私は……貴方が危険な目に遭っていても、無意識のうちに助けることを拒絶してしまうかもしれませんから」  これも冗談に聞こえなかった。  なんだかんだいっても昨夜は悠樹を護ってくれた愛姫だが、あまり悪ふざけが過ぎると次は本当に助けてもらえないかもしれない。 「私、貴方のような殿方は大嫌いです」 「……俺は、愛姫のことが大好きになりそうだけどね」  軽い口調でいった台詞は完璧に無視された。  好意的な反応を期待していたわけではないが、怒るにしろ照れるにしろ、なんのリアクションもないのは辛い。  その後の愛姫は、悠樹など存在していないかのような態度で、ただ黙って歩いていく。何度か話しかけてはみたものの、もちろん反応は返ってこない。悠樹の存在そのものを意識の外に追い出してしまったかのような、完璧な黙殺だった。  駅に着いてしまえば、乗る電車は別方向だ。  ひと言の挨拶もなく、愛姫は自分が乗る電車のホームへと向かう。  長い黒髪が揺れる後ろ姿を見送りながら、悠樹は想う。  あの性格、いいかもしれない。  神流とはまた違った魅力がある。  本気で惚れてしまいそうだ。 5  悠樹は一度帰宅して、着替えてから大学へ向かった。  とはいえ、昨日の今日で講義に集中などできるわけがない。寝不足の目をなんとか開けていても、頭の中は神流のこと、愛姫のこと、そして鬼魔のことでいっぱいだった。  今日は、授業が終わったらまっすぐ嘉~家へ行くことになっている。愛姫から、魅魔の力の使い方と、鬼魔との戦いに必要な知識や技術を教わるのだ。  なにしろ、相手は超常の力を持つ鬼魔である。生半可な覚悟では生命に関わる。自分から望んだことではないとはいえ、それが必要なことである以上、真剣に取り組む必要があるだろう。  しかし――  初日から、大学からまっすぐに嘉~家へ行くという約束をすっぽかすことになってしまった。  校門を出たところで、黄金色の髪の少女が道端に立っていたのだ。 「か……神流?」  どことなくふてくされたような表情で立っていた神流は、悠樹に気づくと、その大きな黄金色の瞳をまっすぐに向けてきた。  向こうも学校帰りと思しき雰囲気だ。  昨日の朝と同じワンピースのセーラー服に、小さなぬいぐるみをぶら下げた中高生らしいバッグ。昨日と違うのはソックスの柄だけだが、左右の長さが違う点は同じだった。あのソックスには、なにか彼女なりのこだわりがあるのかもしれない。  もうひとつ昨日の朝と違うのは、首に嵌められたままの深紅の首輪。  お嬢様女子校の制服に首輪というのも普通に考えれば異質な組み合わせではあるが、金髪、金色の瞳、大きな胸、ぎりぎりの短いスカート、そして左右非対称のソックスという派手な容姿の神流だけに、全体としてはむしろ違和感なく調和していた。 「……久しぶり?」  強い輝きを放つ瞳を向けて神流がいう。  その一瞬だけ口元に微かな笑みを浮かべたが、なんとなく不機嫌そうに見えた。口調もどこかぶっきらぼうだ。  ここで会ったのは偶然ではないだろう。神流が通う学校は悠樹の大学から離れているし、ここは女子学生が学校帰りに寄り道するような街でもない。  そもそも神流の態度が、明らかに待ち伏せしていた様子だった。  緊張で身体が強張り、バッグを持つ手に力が入る。中には今朝愛姫から渡された短刀が入っているが、それが役に立つかどうかは怪しい。そもそも他の狼たちはともかく、神流を傷つけることなどできっこない。 「ど、どうしてここが?」  神流には、悠樹の名前と電話番号、メールアドレスは知られているが、大学や通学ルートは教えていない。 「ん……匂い?」  ひくひくと鼻を動かしてみせる。  なるほど、狼だけあって鼻は利くのだろうか。愛姫や高橋の話では、鬼魔は運動能力や生命力だけではなく、視力や聴力、嗅覚といった感覚も、同形の獣を凌駕するほど優れているのだそうだ。  とはいえ、広い都内で嗅覚だけで悠樹を見つけられるわけがない。そう思ったところで気がついた。昨夜、高橋との会話の中で大学名が出てきている。あの時の神流は意識を失っていると思っていたが、実際には動けなかっただけでこちらの話は聞こえていたといっていた。大学の近くまで来れば、嗅覚で悠樹を見つけることもできるのだろう。 「えっと……ど、どうして?」 「……学校終わったら、なんか、オナカすいたから」  やっぱり、どこか不機嫌そうな素っ気ない受け答え。それでも愛姫に比べれば、よほど愛想がいいともいえる。  しかし、悠樹の前に姿を現したのはどうしてだろう。昨夜、嘉~家から無断で逃げ出したのに、また捕らえられるとは考えなかったのだろうか。  実際のところ、高橋は神流をすぐに捕らえる必要はないといっていた。悠樹の携帯に残された神流の電話番号から、既に神流の素性は明らかになっている。必要となれば、いつでも〈処分〉できるから――と。  それに、悠樹が神流を抑えられ、人間に危害を加えないのであれば、高橋や愛姫は神流に手出しをしないという約束だ。いわば神流は悠樹を操る人質だ。神流が生きていた方が、希有な魅魔の力を持つ悠樹を操るのに都合がいいのだから、約束を反故にされる可能性は今のところ低い。 「お腹空いたって……その、また、血……とか?」  微妙に言葉を濁して訊くと、神流は首を左右に振った。 「あ、ううん、そっちじゃなくて。そっちは、別腹。そうじゃなくて、普通に、オナカすいた」 「……つまり……メシをたかりに来た、と?」 「おこずかい前でさ、ちょっとピンチなんだ。……いいっしょ?」  悠樹を見つめる瞳の色が、微かに濃くなったように感じた。 「あー、まあ、ファストフードとかでよければ」  財布が許す範囲であれば、女の子にご馳走するのは嫌いではない。相手がとびっきりの可愛い子で、しかも見返りが期待できそうであればなおさらのこと。  神流と再会したらすぐに連絡するように――そう念を押されていたことも忘れて、素直にうなずいた。  それが、鬼魔の力で操られたためだと気づいたのは、最寄りのハンバーガーショップに腰をおろした後だった。 * * *  隣の席で、メガバーガーにかぶりついているセーラー服の女の子。  そんな神流の姿は、可愛くてちょっと行儀の悪い普通の女の子にしか見えなかった。昨日の出来事が、すべて夢ではないかと思えてしまうくらいに。 「神流……お前、その……本当に……狼、なのか?」  小さな声で訊いた。  学校帰りの学生で賑わうにぎやかな店内、大きな声を出さなければ、二人の会話を他人に聞かれる心配はまずない。  姿を変えるところも、大きな傷がたちまちふさがるところも、高い塀を軽々と跳び越えるところも自分の目ではっきり見たのに、こうして日中に制服姿の神流を見ていると、どうにも信じられなかった。  しかし、神流に昨夜の傷は残っていないようだが、悠樹の腕に残った傷はまぎれもなく現実だ。 「ん……ふぉうふぁよ?」  神流は口いっぱいにハンバーガーを頬ばったまま応え、口をもごもごと動かした後、コーラで流しこんでからいい直すした。 「……そうだよ? 見たでしょ?」 「見た、けど……」  やっぱり、信じられない。  心のどこかで、否定してくれることを期待していたのかもしれない。神流が、普通の女の子であってくれればいいのに――と。 「……ボクも、知ったのはそんなに昔のコトじゃないんだ。ずっと、ちょっと運動が得意な普通の人間だと思ってた。後から知ったけど、そういう例も多いんだって」  悠樹から視線を外し、どこか遠い目をしていう。 「カミヤシとか……あ、昨日の大きな狼ね。あいつは、ずっと鬼魔の血筋を保ってきた一族だけど、遠い昔に人間と交わって、鬼魔の血も薄まって、人間の中で普通に人間として暮らしている者も少なくないんだ。で、ごく稀に、ボクみたいな〈先祖返り〉が生まれてくるんだって」 「じゃあ、神流の両親も?」 「フツーの人間」  小さくうなずく神流。 「ボクは〈仲間〉はニオイでわかるけど、母さんは狼の血が混じっていたとしても、ボクでも感じ取れないくらい薄い。父さんも……ボクが小さい頃に死んじゃったけど、消防士で、大きなビル火災で殉職したって聞いてるから、たぶん、違う」 「そうか……」 「だけど……もうじき中学生になるって頃から、かな。なんだか血の匂いに敏感になってきて……仲のいい友達が、なんだか美味しそうに感じるようになって……」  神流が頬を赤らめる。  続く言葉を聞く前に、悠樹にはその理由が予想できた。 「ほら……女の子ってさ、毎月、血を流す日があるじゃない? そんな日はもう大変なんだよ? なんていうか……オナカすいている時に、デパ地下の食料品街を歩くような感じ?」 「ふむ」  わかりやすい喩えだ。 「……で、ある日、もう衝動が抑えられなくなって、わけがわからないままに……」 「殺した、のか?」  恐る恐る、訊いた。今度こそ、否定して欲しいと想いながら。  神流はぶんぶんと力いっぱい首を左右に振った。 「しない! そんなこと、しない!」  強い口調でいう。 「食べるために殺すなんて、そんなの、したことない。ホントだよ、一度も、だよ!」  必死に訴える。  その様子は、信じてもいいと思った。  鬼魔の力で悠樹を操ろうとしているのではない。そんな時は瞳から感じる力が変わるからわかる。昨日今日の経験ではそうだ。 「……ホント、だよ?」 「ん、わかった。信じる」  そう応えると、神流の表情がぱぁっと明るくなった。  続いて、頬が紅くなる。 「あ……でも」 「でも?」  悪戯っ子の笑みで、ぺろっと舌を出す。 「…………えっちな意味でなら『食べた』かも」 「え? あぁ……そういう意味」  悠樹にもすぐに理解できた。  女の子が血を流す日とは、つまり、生理だ。神流がその血を口にしようと思ったら、どうするか。  そういえば神流は女子校だ。由緒ある私立女子校、女の子だけの秘密の花園、そこで繰り広げられる、可愛らしくもいやらしい饗宴――そんな光景を思い浮かべる。  たしかに、それなら相手を傷つけることなしに、人間の血を得ることができる。 「……ボク、学校ではすっごくモテるんだ」 「そういえば、鬼魔は人間を魅了する能力があるんだっけか。でも、それって同性にも効くのか?」  昨夜の牡狼は普通に女を襲っていたし、悠樹と違って愛姫は神流になんの魅力も感じていないように見える。  神流がうなずく。 「どっちにでも効く。でも、普通は異性の方がよく効くみたい。だけど、ほら、ボクも、クラスメイトの多くも、小等部から女子校だから」 「……百合っぽい趣味の子が多い?」  また、こくんとうなずく。  つまり、神流のことを恋愛やセックスの対象として見られる相手であれば、魅了することができるということだろうか。 「ねぇ、これってイケナイこと? 無駄に流して捨てるだけの血をもらって、それでボクは力をもらって、お返しにうんとキモチよくしてあげるの。ニンゲン相手じゃあり得ないくらいにキモチいいんだよ? それって、イケナイこと?」 「……いや」  神流のいう通りであれば、責めるべき点はない。 「…………無理やりじゃなくて合意の上なら、なにも悪くないな。……あ、いや、学校でエッチなことしてたら校則違反とかにはなるかもしれないけど。でも、校則に『校内で女の子同士のエッチ禁止』なんて書いてないか。当たり前すぎて」  書いていたらウケるな……と想像して、ぷっと噴き出した。神流も笑う。 「みーちゃん……幼なじみで、クラスでいちばん仲のいい子ね。ボクのこと大好きなんだって。お菓子作りが上手で、毎年バレンタインには大きなチョコくれるの。もちろん、ボクがするコトを嫌がったりしない。ううん、みーちゃんの方からおねだりしてくるんだ。ボクも、みーちゃんのコト大好きだし」 「じゃあ、俺のことは?」  なんとなく、流れで訊いてみた。  昨日、あんなことをしたし、今日はわざわざ逢いに来てくれたし、好意は持たれていると思うのだが。  しかし、訊くのと同時に神流の顔から笑みが消えた。初めて見る、真剣な表情になる。 「……よく、わかンない。……ボク、ずっと女子校だし、ひとりっ子だし。だから、男の子と付き合うのとか、よくわかんない。どっちかっていうと、同世代の男の子って、ちょっと……苦手かもしンない。でも、ユウキは……」  そこで言葉を切り、考えるような仕草を見せる。 「…………よく、わかンない。キライじゃ、ないけど。ユウキの血とか……はすっごく美味しいんだ。こんなの、今まで一度もなかった。だけど、美味しいから好きっていうのは、ユウキが訊いてる『好き』とは違うよね?」  少しだけ、がっかりした。ふられたような気分だ。  とはいえ、たしかに、初対面でいきなりフェラなんて、どんなひと目惚れだってあり得る展開ではない。神流は魅魔の血に惹かれただけなのだ。  しかし、それをいったら悠樹だって、神流に対する想いが本当の意味での恋愛感情かといわれたら確信は持てない。  単に、魅魔の力に魅了されているだけかもしれないし、それ以前に、悠樹は基本的に軽薄な女好きだ。相手がいやがらない限り、初対面のゆきずりの相手とセックスすることにもなんら抵抗はない。  だから、神流に本気で惚れているのか、それとも単に可愛いからちょっと気に入っているだけなのか、自分でもよくわからない。 「キライ、じゃないよ? キライな相手に……あんなコトしない。……ユウキは?」 「え?」 「ユウキは、ボクのこと……」  続く質問は、予想した「ボクのこと好き?」ではなかった。 「ボクのこと……怖い?」  まっすぐに見つめてくる、大きな目。  力のある、黄金色の瞳。  人間を魅了し、狂わせ、操ることができる瞳。  だけど今は、その力は解き放たれていない。 「……いや」  少し考えて、悠樹は首を左右に振った。 「すごく驚いたけど……不思議と、怖くはない」  神流を喜ばせるためだけのでまかせではなく、それは本音だった。  恐怖は感じない。  どうしてだろう。人間など一瞬で殺せる魔物なのに。  あのボス狼と対峙していたら、心底恐ろしいだろう。だけど、こうして神流と肩が触れるほどに接近していても、恐怖は感じない。 「だったら、ボクと……」  いいかけて、しかし不意に言葉を切った。 「ううん、なんでもない。ボク、帰る。ごちそうさま」  性急に立ちあがろうとする神流。悠樹は反射的にその手を掴んでいた。  神流の動きが止まり、こちらを振り返る。  もとから大きな目をさらに見開いて、その表情は驚いているようにも怒っているようにも見えた。 「……なに?」  少し、不機嫌そうな声音。  しかし、そんな顔も可愛い、と思う。  神流は本当に可愛い。  だけどそれは、単なる女の子の可愛らしさではない。  肉食獣の獰猛さを併せ持った可愛らしさ。  たとえば、ライオンの子供は猫みたいで可愛い。あるいはティラノサウルス・レックスだって、孵化して間もない子供の頃は羽毛に包まれていてきっと可愛かっただろう。  そんな、可愛らしさだ。 「あ……えっと……その、なんだろ」  明確な考えがあったわけではない。ただ反射的に手を掴んでしまっただけなのだ。 「…………もし、急ぐ用事がないんだったら……もう少し、一緒にいないか?」  もっと、一緒にいたい。このまま離れたくない。  それが今いちばんの望みだと、口にしてから自覚した。  動きを止めた神流は、掴まれた手を振りほどくわけでもなく、かといって座り直すわけでもなく、少し困ったような表情で悠樹を見ていた。 「それって……ここで? それとも…………ふたりきりでって意味?」  頬が、紅かった。困惑してはいるが、しかし嫌がっているようには見えなかった。  悠樹としては、ここは退くべきか攻めるべきか。  後者だ、と勘がささやく。  そもそも、異性に対しては基本的に攻めの姿勢で、それで逃げられたら素直に諦めるのが悠樹のスタイルだ。 「ふたりきりだと嬉しいかな。もちろん、神流がいやじゃなければだけど」 「……怖く、ないの?」 「むしろ、怖がるのは神流の方だよな。この構図、普通なら悪い狼に捕まっているのは神流の方じゃね?」  実際には、人間が狼を襲おうとしているという奇妙な状況だ。 「ボクは……」  困惑、逡巡、怖気、怒り、そして、いくばくかの期待と悦び。  いくつもの感情が入り交じった、複雑な表情。 「ボクは……よく、わかンない。男の子とそういうコトって、経験ないし。だから、よく、わかンない。だから……」  紅い顔で、恥ずかしそうにぷいっと視線を逸らす。 「ふ、ふたりきりになって……それでも、イヤだって感じなかったら……い、イイ……かも……しンない」  そんな様子を見ていて、悠樹は理解した。  神流が、急に帰ろうとした理由。  おそらく、神流も悠樹と同じ想いを抱いていたのだ。  ふたりきりになりたい。  昨日の朝にしたようなことをしたい。  昨日の夜の続きをしたい。  そう想いつつも、女の子で、しかも男性経験のない神流は、そうした行為に漠然とした恐怖感もあって、だから、自分の中の衝動を抑えきれなくなる前に逃げ出そうとしたのだろう。  だけど、その前に悠樹に捕まってしまった。  そして、逃げることを諦めた。 「じゃ、行こうか」  神流の手を握ったまま立ちあがった。  店を出ても、神流はその手を振りほどこうとはしなかった。 * * * 「へぇぇ、こんな風になってるんだ? 意外とフツー……でもないか。これ、なーに?」  ラヴホテルに連れ込まれた神流は、妙にハイテンションだった。  ハンバーガーショップを出てからここまで、緊張しているのか、どことなく不機嫌そうな表情で口数も少なかったのに、部屋に入ると同時に急にはしゃぎはじめた。  物珍しそうに、部屋中すみずみまで探索している。  テレビのスイッチを入れてアダルトビデオの映像に顔を赤らめ、冷蔵庫やアダルトグッズの自販機を覗きこみ、洗面所のアメニティを漁り、バスルームからはてはトイレまで足を運んでいる。 「やっぱ、ベッド大きいね。ふたり用だもんね」  最後にベッドに飛び乗って、そのままごろりと横になった。  その拍子にただでさえ短いスカートが捲れて、太腿が露わになる。下着が見えそうで見えないぎりぎりの、わざとやっているのかと勘ぐりたくなる絶妙な位置だった。  おまけに、大きな胸は仰向けになっても存在感を失なっていない。  悠樹は、下半身に血液が集まっていくのを感じた。  はしゃいでいた神流は急に黙って、壁の方を見ている。  壁の鏡に、黄金色の瞳が映っている。  感情の読めない、硬い表情をしていた。  それで悠樹は気づいた。神流はかなり緊張しているのだ。それを誤魔化すために必要以上にはしゃいでいたのだろう。  無理もない。  まだバージンの、十代の女の子。  女の子同士でのエッチの真似事の経験はあっても、男とセックスするのは初めて。  それも、長く付き合った彼氏というならともかく、昨日知り合ったばかりの男が相手。  なのに、初めてのラヴホテルに連れ込まれている。  緊張するなという方が無理な状況だ。  悠樹は自分の初体験のことを想い出した。  長い付き合いの、お互いのことを知りつくした相手だったが、それでも当時まだ中学生だった悠樹はガチガチに緊張していた。初めてにしては上手くできたのは、年上で経験豊富な相手の女性がリードしてくれたからだ。  今の悠樹は大学生で、初体験以来、ずいぶん経験も積んできた。今度は自分が神流をリードしてやらなければならない。  神流が鬼魔、狼だということは考えないことにした。ここにいるのは、まだ幼さの残る、とびきり可愛くて華奢な女の子なのだ。  ベッドの端に座る。  神流は壁の方を向いたままだが、微かに身体が強張ったように見えた。  手を伸ばす。  いきなり身体に触るようなことはしない。  指先が触れたのは、深紅の首輪。  ぴくり、と肩が震えた。  昨夜から着けっぱなしなのだろう。魅魔の血で鬼魔の力を封印するこの首輪は、愛姫か悠樹でなければ外せない。 「これ、学校にも着けていったんだ? なにもいわれなかった?」 「……友達は、オシャレだね、とか。似合ってる、とか。それもどうかと思うけど。ってゆーか、なんで首輪? あの女、絶対サドだよね」  それは否定できないかもしれない。 「先生に怒られなかった?」 「怒られるなら、外してくれンの?」 「……ごめん、それは無理」  魅魔の力を持つ悠樹であれば、外すことはできるだろう。しかし愛姫の許可がなければ、独断で外すわけにはいかない。 「……ウチの学校、服装とか、アクセサリとか、あまりうるさくいわれないから」 「伝統のお嬢様学校なのに?」 「だから。いわなくても、ひどい格好してくる子はいない」  すると、金髪、ミニスカート、左右非対称の派手なソックスという神流が例外ということか。ただし、金髪は地毛だが。  他の生徒は、いかにもお淑やかなお嬢さま然とした姿なのだろうか。だとしたら、神流は容姿も言動もさぞ目立つことだろう。だからこそもてるのかもしれない。 「で、どうだ? 初めてのラヴホの感想は?」 「…………これ、恥ずかしくない?」  壁の鏡を指差す。 「……全部、見えちゃう」 「だからイイとは思わない?」 「……わかンないよ。こんなところで、したコトないもん」 「じゃあ、試してみる?」  神流の上に馬乗りになり、体重をかけて両腕を押さえつけた。  首輪を着けたセーラー服の女の子をベッドに組み伏せている姿が鏡に映っている。我ながら興奮するシチュエーションだ。  神流が硬い表情で鏡に映った自分を見ていた。 「嫌だったら、抵抗していいよ」 「……抵抗っていうか、そうなったら、たぶんユウキは喰い殺されるよね」 「神流が相手だと、こっちも変に遠慮する必要がないところがいいよな。その気になれば俺なんか簡単にはねのけられるんだから」  悠樹もけっして運動神経は鈍い方ではないが、身体能力では神流の足元にも及ばない。魅魔の力だって、悠樹はまだ自分の意志で使いこなすことはできない。  だから神流が組み伏せられたまま大人しくしているということは、つまり悠樹を受け入れているということだ。  横を向いていた神流が、首を動かしてまっすぐに悠樹を見た。 「……今のボク、どんな風に見える?」 「初めてのことで、緊張している。不安がある。だけど嫌じゃない。これから起こることを、期待している部分もある」  微かに、頬を膨らませる。 「……なんでわかるんだよ。ちぇっ、平然として、可愛くないの」 「俺も緊張してるよ」 「ぜんぜん、そんな風に見えない。それに、どうして緊張すンの? 初めてじゃないんでしょ?」 「どれだけ経験積んでたって、初めての相手とする時は緊張するさ。それが、とびっきり可愛い女の子となればなおさらのこと」  久しぶりに、神流の口元が微かにほころんだ。 「……ボク、こういうコトするの、初めてだから。昨日のアレは、どうかしてたんだ。普通、あんなコト絶対しない」  片腕を上げて、指先で悠樹の頬に触れる。 「だけど……ユウキってば、すっごく美味しそうで、頭がくらくらして、わけがわかンなくなって…………。今は、あの時より、冷静。だから、どうしていいのか、わかンない。だから…………ユウキが、して」  どことなく、拗ねたような表情。だけど、真っ赤になった頬を見れば、それが作った表情だとわかる。  そんな態度がたまらなく可愛い。 「まかせろ。一応、経験豊富な方だと思うし、体力にもテクにも自身があるから。神流のこと、うんと気持ちよくしてやるよ」  笑みを浮かべ、軽い、冗談めかした口調で応える。  しかし実際のところ、内心は台詞ほどに余裕はなかった。  心臓が痛いくらいに激しく脈打っている。男性器も、破裂しそうなほどに大きく勃起していた。  神流が魅力的すぎるのだ。  初めての時を除けば、まだなにもしていない、ただふたりきりで傍にいるだけで、こんなにも興奮させられる女の子は初めてだった。  やはり、人間を魅了する鬼魔の力なのだろうか。  少しでも気を抜いたら、湧きあがる衝動のままに襲って欲望をぶつけてしまいそうだ。  だけど、そんなことはしたくない。  目の前にいるのは、男性経験のない、年下の女の子だ。  強引なのはいい。激しいのも構わない。だけど乱暴なのはだめ。それが、悠樹の初めて相手の教えであり、以来、自分に課している大原則だった。  だから、優しくしなければならない。  神流を気持ちよくしてあげなければならない。  上体を倒して、神流の上に覆いかぶさった。小さな身体を抱きしめる。  胸に当たる、大きな膨らみの弾力を感じる。  唇を重ねる。  神流も抗わず、微かに唇を開いた。その隙間から舌を挿し入れる。神流も舌を伸ばしてくる。ふたつの舌が口の中で蠢いて絡み合い、ふたりの唾液が混じり合う。 「ん……んふぅ……んっ、んぅんっ」  すごく、甘かった。  昨日も感じたことだが、神流とのキスは、唾液がすごく甘く感じる。濃厚だが、くどい甘さではない。極上の貴腐ワインのような、気が遠くなるほどの美味だ。  これも、人間を魅了する能力なのだろうか。  鬼魔によって与えられる快楽は、人間同士のセックスで得られるそれの比ではないという。そして昨夜見たように、人間を喰う時、鬼魔はその相手を犯すことが多いという。鬼魔にとっては、快楽に狂った状態の人間の血肉がいちばん美味なのだそうだ。  愛姫や高橋から話で聞かされていただけのことが、今は実感できる。神流との性的な接触は本当に気持ちいい。フェラチオやキスはおろか、ただ抱きしめただけでも射精しそうになってしまう。唾液をはじめとして、鬼魔の血や体液は、人間にとって媚薬のような効果を持つらしい。  しかしそれは、神流にとっても同じだろう。  悠樹の体内に流れる魅魔の血は、鬼魔にとっては至上の美味であり、この上ない快楽と強大な力を与える。  だから神流も、貪るように舌を伸ばしてくる。少しでも唇を離すと、不満そうな目を向けてくる。 「血や体液が力の源だとは聞いたけど……それって唾液でも効くのか?」 「…………ん」  曖昧にうなずいた神流は、もうどことなく朦朧としていた。潤んだ瞳は焦点が合っていない。 「……血とか、昨日の……アレほどじゃないけど。……けっこう、クる。ユウキも……でしょ?」 「ああ、すっげー気持ちイイ」 「じゃあ、もっと、して?」  神流の瞳の色が濃くなる。  その言葉は〈お願い〉ではなく、悠樹を操る〈命令〉だった。  いわれるままに、また唇を重ねた。ただでさえ神流とのキスは気持ちが昂るのだ。そのうえ鬼魔の力に心を囚われては抗えるはずがないし、そもそも抗う理由もない。  精一杯に舌を伸ばして、神流の口中をくすぐる。応えるように神流の長い舌が伸びてきて、絡み合う。  お互いの唾液を貪る。  鋭い犬歯に、舌を噛まれる。その痛みさえ、どうしようもなく気持ちいい。すっかり大きくなりきっている下腹部が、びくんと脈打つ。  そういえば昨夜殺された女性は、首を喰い千切られながら恍惚の表情を浮かべていた。鬼魔から与えられる刺激は、痛みであってもそのすべてが快楽なのだ。神流に本気で噛みつかれたら、それだけで射精してしまうかもしれない。  舌から出血すると、神流の興奮もさらに高まったようだ。舌の動きがさらに激しくなる。唾液も血も、一滴も残すまいと吸いついてくる。  腕を押さえつけていた悠樹の手を振りほどき、力いっぱいに抱きついてくる。悠樹も小さな身体をしっかりと抱きしめる。  脚の間に身体を入れ、下半身を押しつける。硬く膨らんだ下腹部が、神流の、いちばん敏感な部分に擦りつけられる。  神流が腰を震わせる。  まずい。  本当に、これだけで達してしまいそうだ。ゆっくりと楽しんでいる余裕なんてない。  今すぐ、神流の中に挿れたい。  今すぐ、神流の中に精を解き放ちたい。  そんな衝動がどんどん膨れあがってくる。  だけど、抱き合ってのキスも気持ちよすぎて、身体を離すこともできない。 「ぁ……んっ、んんんっ! んぅぅぅん――――っ!」  下半身をひときわ強く擦りつけた神流が、全身をぶるぶると震わせた。  腕に、脚に、力が入って筋肉が強張っている。  唇を噛まれる。  その顎も小さく震えている。  そんな状態が数十秒間続いて、突然、ふぅっと力が抜けた。 「ん……ふぁわぁぁ……ぁ」  呆けた表情の神流。  しまりのない、幸せそうな笑み。  唇の端から、血の混じった唾液が糸を引いている。長い舌が伸びてそれを舐めとった。 「……もしかして、キスだけで、イった?」  そう訊くと、はっと我に返る。  頬が、耳が、真っ赤に染まる。  まだ羞恥心は失っていないらしい。 「き……キスだけじゃないもん! ユウキが……ユウキの下半身が、すっごくエッチに動くんだもん!」 「イったのは否定しないんだ?」 「う……」  頬がさらに紅くなる。悔しそうに唇を噛む。  やや俯き加減で、上目遣いにこちらを睨んでいる。 「そんなに気持ちよかった?」 「…………」  唇を噛んだままの神流。  返事はなくても、表情が答えている。そして、表情以外の部分も。  手を、神流の下半身へと滑らせた。  一度、膝まで下りて、そこからゆっくりと引き返してくる。  短いスカートをまくり上げ、内腿を撫でる。  その、上。  そこは熱く火照って、染み出すほどにぐっしょりと濡れていた。どれほど気持ちよかったのか、表情以上に雄弁に答えている。  指を、押しつける。  割れ目に沿って指先を滑らせる。  いちばん敏感な小さな突起を探り当て、その上で指を小刻みに往復させる。 「く……ぅんんっ……っ!」  ぎゅっと唇を噛み、目を閉じて、刺激に耐える神流。しかし、抑えきれない甘い吐息が唇の隙間から漏れはじめる。  指の動きを速くしていく。  悠樹にしがみついている手に力が込められ、爪が喰い込んでくる。  それでも、指の動きは止めない。むしろ指先に力を込めて、速度もさらに加速する。  神流がまた全身を強張らせる。  焦点の合っていない瞳から、涙が溢れる。  小さく開かれた唇が痙攣し、端から唾液が滴り落ちる。  悠樹が触れている下着は、まるで湯を含んだスポンジのようで、指先で押すと熱い蜜が滲み出してきた。 「また、イったんだ? 感じやすいんだな。もっと、気持ちよくして欲しい?」  からかうような口調で、耳元でささやく。  神流の顔は血液が沸騰しているかのように真っ赤だった。恥ずかしがっているというよりも、今にも襲いかかってきそうな獰猛な表情だ。 「……そ、そうだよ! すっごくキモチよかった! だから、命令! ボクのこと、もっとキモチよくしろ!」  強い口調だが、その言葉に鬼魔の〈力〉は込められていなかった。それが意図的なものなのか、あるいは気持ちよすぎて悠樹を操ることに意識が集中できなかったのかはわからない。  しかしもちろん、命令に従うことに異論はない。 「それって、最後までしてもいいってこと?」 「…………」  神流は即答せず、黙って悠樹を睨んでいた。  そんな反応も予想の範疇だった。男が思う以上に、女の子にとって『初めて』は重大事件なのだ。昨日知り合ったばかりで、恋人同士というわけでもない相手に、簡単にうなずけるわけがない。  可愛いバージンの女の子が、知り合ったばかりの男に簡単に最後までさせるなんて、普通ならマンガやゲームの中だけの出来事だ。  とはいえ、今の状況が普通でないのも確かだった。  愛姫や高橋のいう通りなら、魅魔の血は、どんな媚薬よりも麻薬よりも、神流を狂わせることができる。  悠樹が神流に簡単に魅了されてしまうように、神流も、悠樹の血は拒絶できない。それが精液であればさらに効果は強く、しかも神流は既にその〈味〉を知ってしまっている。 「い……イイよっ」  しばらく躊躇していた神流は、ふぃっと横を向いて、ぶっきらぼうにいった。 「……その代わり、うんとキモチよくして。ボクに、いっぱいチカラをちょうだい」 「もちろん、そのつもりだけど。……ところで、あれって口から飲まなくても効くのか?」 「……え?」  質問の意味がわからなかったのか、神流がきょとんとした顔を向けた。 「……こっちの口に飲ませても、効果はあるのかなって」  また、手をスカートの中に潜り込ませる。  びっしょりと濡れた下着の上から指を押しつける。  神流の下半身がびくんと弾む。  顔が、火がついたように紅く染まる。 「そ……それは……」  一度悠樹に向けた顔を、また恥ずかしそうに背けた。 「……むしろ、…………口、より、効く…………かも」  台詞の後半は徐々にヴォリュームが下がり、最後は蚊が鳴くような声になった。  それなら、問題はない。  熱くたぎった欲望を、思う存分、神流の中に注ぎ込むことができる。  いや、正確にいえば問題がないわけではない。普段の悠樹は、避妊には気をつける方だ。男性経験のない神流が安全日を正しく把握している保証はないのだから、本来、中出しは避けるべきなのだ。  しかし今は、そんな気を遣う余裕はなかった。  神流が求めているし、それ以上に、悠樹が望んでいる。  神流の中に出したい。  神流の胎内を自分の精液で満たしたい。  そんな衝動がどんどん膨らんで、抑えられなくなる。  もう、今すぐ、挿れたい。  衝動のままに下着を脱がしかけたところで、少しだけ理性を取り戻した。神流の制服は脱がした方がいいだろう。  伝統ある有名女子校のセーラー服を着せたままの行為にはひどく惹かれるが、そうすると皺になったり汚したりしてしまうだろう。なにしろこの後の行為は、かなり激しいものになるという確信がある。  昨日の朝、神流を相手にした時の射精の量。  今の神流の濡れ具合。  着替えも用意していない状況で、そうした体液で汚してしまうのは問題があるし、かといって汚さずに最後までするのも不可能と思われた。  それに、制服姿も素敵だが、神流の裸も見たい。  特に、この、仰向けになっても高さを失わない胸。  昨夜、全裸の神流を抱きかかえてはいたが、あの時は楽しんで鑑賞する余裕なんてなかった。やっぱり、ベッドの上で組み伏せて見る裸とは違う。  神流は初めてなのだし、やっぱり、今日のところはちゃんと脱がそう。制服プレイは、そのうち衣替えでクリーニングに出すタイミングにでもお願いしてみよう。  そう決めて、セーラー服の胸元に手を伸ばした。  スカーフの下に隠されたボタンを外すと、襟が広く開いて脱がせやすくなる。スカートをまくり上げ、神流の上体を起こしてワンピースのセーラー服を脱がせようとしたところで、ふと、気になるものが目に留まった。 「……神流って、歳、いくつ?」  そういえば、今まで確認していなかった。小柄で童顔だが胸の発育を考えれば高校生だろう――漠然とそう思っていたが、セーラー服の胸元に留められた級章を見ておやっと思う。  ローマ数字のU。  いくら巨乳とはいえ、この子供っぽい神流が高校二年生というのは違和感を覚える。  そういえば。  神流が通う私立の女子校は、今は中高一貫校ではなかっただろうか。ならば、高校二年生は『五年生』になるはずだ。  だとすると、この『U』の意味は…… 「……聞かない方が、イイかも?」  緊張して強張った顔をしていた神流が、ぎこちなく悪戯な笑みを浮かべて小さく舌を出した。 「…………中二? 十四歳?」 「……誕生日、まだ」 「十三歳かよ!?」  七歳差。  悠樹にとって、下方向へはこれまでで最大の年齢差。そして、法的、倫理的にいろいろとアウトっぽい年齢な気がする。  学年はひとつ違うが、十三歳ということは、一緒に暮らしている従妹の美夕と同い年だ。女性に関してはかなりストライクゾーンが広い悠樹ではあるが、美夕はまだ〈子供〉にしか思えない。  その従妹と同い年の女の子とセックスしようとしている――そう考えると、なんとなく躊躇してしまう。 「……………………ま、まあ……い、いい……よな?」 「……捕まるのはボクじゃないしィ?」 「いい……よな? うん、そういうことにしよう!」 「…………ロリ?」 「ち、ちげーよ! 年齢に関係なく、Bカップ以上はロリとは認めん! うん、だからいいんだ!」  無理やり、そう結論づける。  今さら、やめられるわけがない。とにかく神流としたくて堪らないのだ。今すぐ犯さなければ頭がおかしくなりそうなくらいに昂っている。小学生ならともかく、中学生くらいで手を引くわけにはいかない。 「――っ!」  吹っ切るように、一気にセーラー服を脱がした。  制服の下は、丈の短いキャミソール。裾から覗くパンツは淡いオレンジ色に、ピンク色の花の刺繍、それに細い黒のリボンで縁どりがされていた。  キャミソールも脱がせる。ブラジャーはパンツとお揃いの1/2カップ。下着姿になると、胸の大きさがよりいっそう際だった。カップの上に盛り上がるような丸い膨らみだ。  だけど、身体も手脚も脂肪は少なく、むしろほっそりとしている。ウェストは細くくびれ、腰の位置が高く、身長が低い割に脚はすごく長く、日本人離れしたスタイルだった。  ブラジャーの上から胸に触れる。手から溢れそうな大きさで、中身がしっかり詰まっているような重量感がある。サイズは65のD……いやEくらいだろうか。  たいていの女の子に嫉まれそうな体型だ。 「胸、大きいな」 「……中学、入った頃から急に大きくなってきて……。悠樹は、大きい胸って好き?」 「女の子の胸は大小問わず好きだぞ?」 「こういう時は、嘘でも大きい方がイイっていうところじゃないの?」 「大事なのは大きさよりも形と感度だろ? その点では、神流の胸は最高だな」  ただ大きいだけなら今どき珍しくはない。しかし天然物で、ここまで綺麗な形で、張りのある乳房は初めて見た。  神流の背中に腕を回し、ブラジャーのホックを外した。縛めのなくなった双丘がぶるんと揺れる。まるでゼラチンを入れすぎた固いゼリーのようだ。ブラジャーの支えがなくてもその形はほとんど変わらない。  ブラジャーを外されると、神流はさすがに恥ずかしそうに、両腕で自分の身体を抱くようにして胸を隠した。  そこで、ベッドの上に座っていた神流の肩を押してやる。仰向けに倒れそうになって、神流は反射的に腕を拡げて受け身をとった。  露わにされた大きな膨らみは、仰向けになっても型崩れしない。  慌てた神流がまた胸を隠すより先に、上に覆いかぶさって腕を押さえた。もちろん、本気になれば悠樹の力で押さえつけられるはずがないのだが、神流は抵抗せずに組み伏せられていた。恥ずかしさを隠すように、少し不機嫌そうな表情になっている。 「神流の下着、可愛いな。いつもこんな感じ? それとも、なにか期待してた?」  上下お揃いの点はともかく、真新しい、ただ普通に学校へ行く時に着けるには少々お洒落な下着。  まるで、デートの時に着けるような。  それを指摘すると、神流は視線を逸らし、さらに不機嫌そうに唇を尖らせた。 「………………昨日から、ボク、なんかヘンなんだ。昨日の朝、あんなことがあって……それが、頭から離れなくて……昨日の夜も、ぜんぜん眠れなくって、身体が熱くって…………だから……だから、悠樹に逢いに来たんだ」 「俺と、エッチしたいって思ってた?」 「わ、わかんないよ! ただ……ゆ、ユウキって手が早いみたいだし、もしかしたら、そうなるかもって思って、だから、一応……心の準備っていうか、そんな感じで」 「そっか、嬉しいな。俺も、神流に逢いたいと想ってたんだ。逢って、こういうことがしたかった。今度こそ、最後まで」  胸の先端に、キスする。そのまま、吸う。  もう一方の胸を、手で揉む。手のひらに吸いつくような滑らかな肌だ。  小さな乳首をつまんで、軽くひっぱる。立派すぎるほどの膨らみとは対照的に、そこは年齢相応に未発達で、淡いピンク色をしていた。 「ぁンっ! んンっっ!」  口に含んだ乳首を咬む。  最初は軽く、だんだん、血が滲むほどに強く。  唇から漏れるのは、痛みよりも快楽による喘ぎ声。  神流ならば、そんな傷はすぐにふさがるはずだ。その前に、傷口に自分の唾液を擦り込むように舐める。 「あっ……あぁァ――っ! あァんっ!」  効果はてきめん。微かに漏れる喘ぎ声は、すぐに切なげな悲鳴に変わっていった。  滲み出た神流の血を口にしたせいだろうか、悠樹もさらに昂ってきた。もう、我慢できない。  一度、身体を離して服を脱ぐ。  悠樹の温もりがなくなったことに対して、神流が不満そうな視線を向ける。  全裸になって、また、神流を抱きしめる。  唇を重ねる。  肌と肌が直に密着する。服の上からの接触よりもずっと気持ちいい。  神流が、鬼魔だからだろうか。肌の接触が、粘膜同士の接触と同じくらい、いや、普通の人間相手のそれよりもずっと気持ちよかった。  脚と脚が絡み合う。  脚を、神流の脚の間に押しつける。温かい、というよりも熱い潤いを感じる。  その部分に手を触れる。  神流がびくんっと震える。  指に触れる下着の感触は、水の中に落としたかのようにぐっしょりと濡れていた。まるで失禁でもしたかのようだ。しかし、不自然なぬめりを感じる。  これがすべて愛液だとしたら、ありえないほどの濡れ具合だが、魅魔の血を持つ悠樹と、鬼魔の神流であれば、そうしたこともありうるのだろうという気がした。  濡れそぼった下着を脱がす。濡れて重くなった小さな布を、神流の唇に触れさせた。  ピンク色の唇と、オレンジ色の下着の間に、透明な粘液が糸を引いた。 「すっげー濡れてるな。感じやすいんだ?」 「……ば……かぁ」  感じているせいか、恥ずかしくて緊張しているせいか、神流は高熱にうなされているかのように荒い呼吸をしている。  そんな神流の脚を掴んで、大きく拡げさせる。  そこは、ほとんど無毛だった。髪と同じ色の産毛が、他の部分よりほんの少しだけ濃くなっている。  その奥の割れ目も小ぶりで、中は乳首よりも少し濃いピンク色で、まだ幼さを感じさせる未成熟なものだった。  なのに、微かに白濁した粘液を、文字通り溢れさせている。溢れる液体が染み込んでいた下着が脱がされたために、粘液はそのまま滴り落ちて、シーツの上に大きな染みが拡がっていった。 「や……ダぁ……えっち……」  可愛らしい割れ目を指で拡げる。  さらに大量の粘液が溢れ出してくる。ピンク色の割れ目は、濡れて真珠のような光沢をまとっていた。  指で拡げてみても、その奥の、神流の胎内に通じる入口は指一本すら入りそうにないほどに狭く見えた。緊張した神流が身体を強張らせる度に、その小さな口から熱い蜜が湧き出してくる。  甘い香りが鼻腔をくすぐる。  まるで蜂蜜のような、神流の蜜の匂い。  きっと、それは蜂蜜よりも甘く美味しくて、神流の唾液よりも悠樹を昂らせるのだろう。  衝動を抑えられなくなり、悠樹は神流の両脚を抱えるようにして、その中心に顔を押しつけた。  熱い蜜が湧き出す泉に口づける。溢れ出す蜜を舌で掬いとり、さらに奥へと舌を伸ばす。 「ひぃゃうっっ! んぁんっ!」  神流の身体が弾む。  小さな割れ目全体を舐めあげる。  二度、三度と舌を往復させる。 「ひゃあんっ! ん、はぁぁっ、だ、めぇぇっ!」  神流はその度に悲鳴をあげ、悠樹の舌から逃れようとするかのように下半身を捩る。  そんな神流を逃がすまいと、悠樹は太腿を抱えた腕に力を込める。舌の動きを加速する。  舐めても舐めても、尽きることなく湧き出してくる熱い蜜。その匂いが部屋に充満していく。  頭がくらくらするほどに甘ったるい匂い。  なのに不快ではなく、むしろ心地よいと感じてしまう香り。  口の中いっぱいに、神流の味が広がる。  舌が、頭が、痺れるほどの官能的な甘さ。それはまるで極上のリキュールか貴腐ワインのようだ。  身体の芯が、かぁっと熱くなってくる。  心臓が破裂しそうなほどに早鐘を打ち、男性器ははちきれんばかりに勃起している。  神流の愛液は、男を狂わせる媚薬だ。それは〈劇薬〉といってもいいほどの破壊力で、悠樹を侵していく。  劇薬ではあっても、その味は他に比類するものがない至宝だ。トラフグの精巣など比べものにならないくらいたちが悪い。どんなに強い意志を持っても、匂いを嗅いだだけで堪えられなくなる。口にせずにはいられない。  それを口にすればするほど鬼魔の力に囚われ、抗えなくなってしまうとわかっていても、一度でも味を占めてしまったらもう抑えられない。普通の人間であれば、狂うまで貪り続けるところだろう。  鬼魔の力に耐性があるはずの悠樹でも、理性を保ち続けるのは難しかった。    ――大丈夫、神流を信じればいい。    自分にいい聞かせる。  神流は、昨夜の狼たちとは違う。悠樹に危害を加えようとしているわけではない。  彼女が求めるのは、ほんの少しばかりの魅魔の血と、それがもたらす快楽だけだ。悠樹を殺そうとか、鬼魔の力で操って利用しようとか、考えているわけではない。  そう、信じる。  神流は狼じゃない。身体は狼であっても、その心は可愛らしい人間の女の子だ。  だから、悠樹が今すべきことは、神流を警戒することではない。神流が与えてくれる快楽を貪り、それ以上の快楽を神流に与えることだ。 「ひぃぃっ! イぃっ!! ひゃぁぁんっ! あぁぁぁ――っっ!!」  割れ目全体を舐めあげ、最後に小さなクリトリスに舌先を引っ掛けるようにして刺激する。  続けて、その小さな真珠を強く吸う。 「いっ……ひゃぁぅんっ!! いやぁっっ! やぁぁ――っ、だっ、ダメぇっっ!!」  絶え間なく続く、甲高い悲鳴。  呼応するように、湧き出してくる蜜。  その小さな湧口に、指先を押し当てる。  神流の胎内へと続いている、狭い入口。  ただでさえ小ぶりな作りなのに加えて、強靱な括約筋のために、指一本でも軽く押しつけたくらいでは押し返されてしまうような感覚だ。  発育しすぎなほどの胸とは対照的に、男性を受け入れるにはまだ幼すぎるように見える女性器。けっしてロリコンの気があるわけではないのに、そのギャップに興奮してしまう。  溢れ出す粘性の強い愛液を潤滑剤にして、人差し指をねじ込むようにしてやや強引に挿し入れた。  第二関節まで挿れると、痛いくらいぎゅうぎゅうに締めつけてくる。 「やっ、あぁぁ――っっ!! んぅ……ぃ……痛ぁ……ぁぁんんっ!」  ぎゅっと目を閉じて、顔をしかめる神流。歯を喰いしばり、手脚に力が込められる。  それでも、心底痛がっているという雰囲気ではない。声に甘さが混じっている。 「指一本でも痛いか? 自分で、挿れたことない?」 「ちょ、ちょっとくらいは……あんっ! あるっ、けど……ユウキの指、ボクのより……太い……」 「もう充分すぎるほど濡れてるけど、念のため、もっともっと濡らしておいた方がいいかな?」 「んっ!? や、ぁぁ――――っ!!」  指を挿れたまま、空いている方の腕で神流の太腿をしっかりと抱え、いちばんの急所にもう一度口づけた。  舌先でくすぐる。  唇で咬む。  そのまま、吸う。  徐々に、強く。  最後に、軽く歯を立てた。 「ひぃやぁぁぁぁんっっ!! やぁぁ――っ、……だっっ、めぇぇっ! ボク、ボクぅっ、だめぇっ、壊れちゃう! ふあぁぁっっ、おかっ、しくっ、だぁめぇぇぇ――――っっ!」  切羽詰まった悲鳴。  飛び散った飛沫が顔にかかる。  それでも、攻める手を緩めない。  舌と唇で執拗にクリトリスを責めながら、指を少しずつ膣奥へと押し進めて小刻みに震わせる。 「だ…………めぇぇっ!! ……死ぬ……しんじゃ……ぁぁぁ――っっ!!」  収縮する膣壁が、信じられないくらい強い力で指を締めつける。下半身が痙攣して、脚が攣りそうなほどに強張っている。 「だ……っ、だめぇっ!! すっ、ストップ! ちょっとストップ! いやぁぁ――っ!!」 「だぁーめ」  涙さえ流して懇願する神流に、意地悪く応える。  神流は本気で嫌がっているのではない。押し寄せる快楽の波があまりにも強すぎて、本能的に恐怖を覚えているだけだろう。  だから、やめない。むしろ、さらに激しく攻めたてる。 「ここからがイイんだよ。ここでやめたら、本当の快楽を知らないままだぞ?」 「い、いいっっ! 知らなくていいっっ!! ……怖い……あぁぁっ! だ……だめぇぇっ…………っっっ!!」  神流は強引に悠樹を引きはがすと、上体を捩って俯せになり、這うようにして悠樹から離れようとする。  しかしもちろん、見逃すわけはない。背後からその腰を掴まえる。 「やっぱり、オオカミっ娘はバックからがいいのか?」  ベッドの上に俯せになった神流を強引に押さえつけた。膝を立ててお尻だけを突きあげたような、扇情的な姿勢だった。  もう、一瞬だって我慢できない。  破裂しそうなペニスの先端を、白濁した蜜を滴らせている割れ目の中に押しつけた。神流は電流に打たれたかのように身体を強張らせた。  そのまま一気に挿入しようとしたが、なかなか入らない。入口が狭い上に、緊張して全身を強張らせている神流の力で締めつけているせいだ。しかも悠樹はかつてないほどに昂ぶり、いつも以上に大きくなっている。  強引に挿入しようと腰を押しつける動作が、結果として、硬くなったペニスを神流の秘裂に擦りつける形になっていた。  神流だって、今の状況でいちばん敏感な部分を男性器で刺激されたら堪らない。 「やぁぁっっ!! やめ……っ、もうっ! だめぇぇ!! おかしくっっ……なっちゃう! いやぁぁ――っ!!」 「……本当に、やめて欲しい? 正直に、本音をいえよ」  声に、力を込める。  一瞬、神流の身体がびくっと震えた。  震える唇が、ゆっくりと開かれていく。 「……ほ……しい……ほ、欲しいのっ! ゆ、ユウキのユウキのおちんちん挿れて欲しいのっっ!! ボクのバージン奪って欲しいのぉっ!!」  堪えていたものを噴き出すように叫ぶ神流。 「ず……ズルいよ、ユウキ……チカラを使って無理やりいわせるなんて……」 「え……?」  指摘されて気がついた。  悠樹の言葉が、神流に今の台詞をいわせたのだ。  今のが、魅魔の力なのだろうか。狼を、鬼魔を、神流を操る血の力を、無意識のうちに行使したのだろうか。 「……だけど、嘘をいわせたわけじゃないぞ?」  正直に本音をいえ――と命じた。神流の口は、その命令に従っただけだ。  あの、挿入を求める悲痛な叫びこそ、神流が今、心底望んでいることだった。 「…………そ、う……だけど……」  恥ずかしそうに、シーツに顔を埋める神流。 「ほ、欲しい……の。ユウキのを……挿れて……欲しいって、思ってる。……どうして? 初めて、なのに……。ケイケン、ないのに…………それが、気持ちイイって、知ってる」 「それが、女の本能なんだよ」  悠樹も、もう、躊躇しなかった。  する必要がない。  自分が望んでいることを、神流も望んでいる。  ならば、それをするだけだ。 「……俺も、もう、一秒だって我慢できない。神流の中に、挿れたい。神流のせいだぞ。いくら耐性があっても、これだけ鬼魔の力で魅了されて、我慢できるわけがないだろ。今すぐ挿れないと、頭がおかしくなりそうだ。神流だって、そうだろ?」 「ぅ…………、も、もうっ、好きにしてイイよっ! ゆ、ユウキのことだって、気が狂うくらい気持ちよくしてやるんだからっ!」 「挿れる、ぞ……」  後ろから神流の腰を掴み、下半身に力を込めて突き出す。  しかし、簡単には進んでいかない。 「く……きつ……」  きつい。  悠樹の下半身はこれ以上はないくらいに硬くなっているのに、神流の入口はそれに抵抗して押し返していた。  人間など比べものにならない鬼魔の身体能力。括約筋の収縮力も桁違いなのだろう。それに加えて、小柄な神流の性器はもともと小ぶりなのだ。 「い……たいっ、や……無理っ、そんなのっ!」 「神流……ち、力、抜けよ」 「む……無理だよっ! カラダが……かってに……ぃぃっ! そんな……おっきいの……ボクの中になん、て……あぁぁっ!!」  亀頭の先端をなんとか半分ほど潜り込ませると、さらに抵抗感が増した。  しかしもちろん、いくら抵抗されようともやめるつもりは毛頭ない。  なにしろ、ぬめりを帯びた潤滑液が大量に溢れ出しているのだ。力まかせに突貫すれば抑えきれるものではない。 「く……悪い、ちょっと痛いぞ、我慢しろよ!」  神流の細い腰をがっちりと掴んで、全体重を乗せてぶつけるように下半身を突き出した。  鬼魔の体液による最淫効果で鋼のように硬くなった肉棒は、その力を受けとめ、最後の抵抗を続ける狭い肉のトンネルを、力まかせに押し拡げていった。  じわじわと進んでいく。  その奥が未開の地であることの証である、いちばん狭くなった部分に突き当たる。 「あぁぁっ、や……あぁっっ、入っ、て……きてるっ、むり……無理ぃぃっ!」  抵抗が強くなり、一度、動きが止まる。  小さく深呼吸する悠樹。  意識を、そして全身の力を一点に集中する。  勢いをつけて、破城鎚を打ち出すように一気に貫いた。 「うぁ……くぁぁっ!!」 「あぁぁっ、あぁっっ!! ああぁぁぁぁぁ――――――っっっ!!」  神流の純潔を引き裂き、小さな下半身を貫く男性器。  いちばん奥に突き当たり、そこからさらに、根元まで埋めるように無理やり押し込んだ。  きつい。本当にきつい。  悠樹も思わず悲鳴をあげるほどの刺激だった。  力ずくで握り潰されるような感覚だ。  なのに、気持ちいい。いや、気持ちいいなどというレベルではない。  痛いほどに締めつけられているのに、中は適度な弾力を持った襞が絡みついてくるようだ。  ――いや。  襞というよりも触手だろうか。  無数の細かな触手に覆われた膣壁全体が絡みついて、締めつけてくる――そんな感覚だった。  そして、熱い。  灼けるように熱い。  もともと、興奮している女の子の膣内は体温が高いものだが、それ以上に、膣内を満たしている愛液が、まるでトウガラシエキス入りのローションのような刺激を伴って染み込んでくるようだ。しかもその液体は、市販のED治療薬など比較にならない効果で悠樹を昂らせている。  あまりに昂りすぎて、普段よりひとまわり以上大きくなっているのではないかと思ってしまう勃起。硬さはまるで鋼のようだ。  なのに、感度はいつもよりずっと敏感になっている。  そんな状態で、神流の膣は悠樹を狂わせる意志を持った生き物のように蠢いている。  我慢できるわけがない。  強引に根元まで押し込んだところで、一気に爆発した。  悠樹はけっして早漏ではない。むしろ、持久力には自信がある方だ。それでも、神流の中の気持ちよさには耐えられなかった。  いちばん深い部分で噴き出してくる大量の精液。噴き出すというよりも、破裂して飛び散るような勢いだった。精液でぱんぱんに膨らませた水風船を膣奥で破裂させたら、似たような感覚かもしれない。  自分が種付馬にでもなったかのような大量の射精。悠樹の欲望が、ねっとりと濃い白濁液となって狭い膣内を満たしていく。  限界まで拡げられ、悠樹の極太に一ミリも余すところなく満たされた膣。  そこへ噴き出してくる大量の白濁液。  行き場のない、液体というよりもゼリーのようなその塊は、固く閉ざされた子宮口を強引にこじ開け、まだ青い果実のように小さな未成熟の子宮を満たし、それでも足りずに卵管にまで逆流していく。  ビクン、ビクン!  神流の中で脈打つ肉棒。  その度に声にならない悲鳴をあげ、全身を痙攣させる神流。  断続的に吐き出される白濁液。  いつまでも尽きることがないかのように、力むたびに何度でも噴き出してくる。  しかも、射精したことで萎えるどころか、むしろ神流の愛液を吸収して、その催淫効果でさらに勢いを増していく。  大量の射精の衝撃に、悠樹も気が遠くなるほどだった。  神流が感じていた衝撃は、悠樹以上だった。  挿入の時、力を抜かなければいけないとはわかっていても、緊張のあまり無意識のうちに力んでしまう。  収縮した膣が無理やり拡げられ、神流には〈巨大な〉と感じられるほどの異物が侵入してくる。  じわじわと強くなる、鈍い痛み。  それが頂点に達した、と思った瞬間、さらなる激痛が神流を襲った。  純潔が引き裂かれたことを意味する、鋭い痛み。 「あぁぁっ、あぁっっ!! ああぁぁぁぁぁ――――――っっっ!!」  生きたまま、身体の奥まで太い杭で貫かれる激痛。  しかしそれは一瞬のことで、次に襲ってきたのは、いいようのない快楽。全身に叩きつけられるような、破瓜の激痛と変わらないほどの衝撃を伴う快楽だった。  信じられない。  自分の中に、在る。  他人の、身体の一部が。  お腹の奥に、大きな塊を押し込まれたような異物感。  それは、悠樹の、男性の象徴。  神流を、貫いている。  貫いて、犯している。  熱い。  胎内深くに打ち込まれた太い杭から、熱いものが噴き出してくる。  まるで、間欠泉から噴き出す熱湯のよう――いや、もっと熱い。溶鉱炉の中でどろどろに熔けた灼熱の鉄のようだ。  膣内を満たしていく、熱い奔流。  狭い膣内だけでは収まりきらず、子宮へと逆流してくる。  そして、神流の肉体に染み込んでくる。膣の、子宮の、粘膜を構成する細胞のひとつひとつが、悠樹の精液を貪るように吸収していく。  それは、血よりもずっと濃い〈力〉の塊。  悠樹の、魅魔の力が、神経を侵していく。  膣内に熱い強酸を注ぎ込まれたような衝撃と痛み。  なのに、意識が飛ぶほどに気持ちいい。  身体中の神経すべてが、快楽の信号だけを発しているかのようだ。  神経が灼き切れるほどの、脳が処理しきれずに過負荷になるほどの、快楽の奔流が襲いかかってくる。  心臓が破裂しそう。  全力疾走している時よりも激しく、心臓が暴れている。  全身の筋肉が、でたらめに痙攣する。  括約筋も例外ではなく、それによって、自分の中に在る悠樹の存在を、より強く感じてしまう。 「ひ……ぃっ!、ぁ…………っ、……っ、ぁ……っ!!」  息ができない。  悲鳴もあげられない。  これまでに経験したことのある、自慰や、同性の友人とのセックスの真似事とはまったく異次元の感覚。激痛にも等しい、強すぎる快楽。  ベッドの上に突っ伏して、シーツを咬む。シーツが裂けるほどに爪を立てる。  逃げ出したいのに、お尻をしっかりと掴まえられていて動けない。  ――いや。  それは詭弁だろう。  どれだけ体格差があっても、鬼魔と人間。本気を出せば、力で抑えられるわけがない。  認めたくない本音は、逃げ出したくないから。  苦痛と感じるほどの激しさであっても、それはたしかに〈快感〉だから。  最初の、挿入と射精による衝撃は、どのくらい続いただろうか。神流の体感ではずいぶんと長い時間だったが、実際にはせいぜい一分未満だろう。  最初の衝撃が幾分収まってくる。  痛みが薄れ、身体に加えられている刺激が〈快感〉であるとはっきりと認識できるようになってきた。 「……っ、ぃん……っ! ぁあっっ! んぁぁんっ!!」  はっきりと、認識できる。  自分の中に在る、熱い塊。  神流の小さな身体には、大きすぎるとしか思えない塊。  それが、悠樹の身体の一部であること。  だから、気持ちいい。  挿れられているだけで、気持ちいい。  身体が微かに震える、そのわずかな刺激だけで気が遠くなる。  いきそう、などという生易しいものではない。挿入された瞬間から、神流はずっといきっぱなしだった。刺激が収まってきたといっても、普段感じている〈絶頂〉よりも遙かに高い位置での話だ。  大きな男性器を無理やり押し込まれて、限界まで拡げられて、泣くほど痛いのは間違いないのに、膣の粘膜が意志とは無関係に蠢いて悠樹に絡みつき、締めつける。  身体の中に在るものから、熱い精を、至上の快楽を、さらに搾り取ろうとしている。 「……どうだ、神流……奥まで、入ってるぞ。お前の小さなマンコが、俺のものを根元までくわえ込んで、ぎゅうぎゅうに締めつけてるぞ」  荒い呼吸が背中にかかる。  まるで、悠樹の方こそ獲物に襲いかかる肉食獣のようだ。狼の雄たちが〈獲物〉の人間を犯している時とよく似た気配をまとっている。  悠樹の手に、腰に、さらに力が加えられる。  もう、いちばん奥に突き当たっているのに、さらに強引に押し込まれる。  胃が、身体の内側から突きあげられるようだった。 「やあぁぁっ! 動いちゃ、だめぇっ! い、痛ぁぁっ、あぁぁっ、また……またぁっっ、来ちゃうぅぅっっ!」  これまで、同世代の女の子の細い指一本しか受け入れたことのない、狭い膣。  そこを、何倍も太くて長い男性器で深々と貫かれ、引き裂かれそうなほどに押し拡げられている。  挿れられているだけで痛い。  少しでも動いて膣壁を擦られると、悲鳴をあげそうになる。  なのに痛みのためではなく、気持ちよさのあまり気が遠くなってしまう。 「………………っっ!」  ふ……っと、一瞬、意識が途切れた。  しかし、そのまま気を失うこともできない。  深々と打ち込まれる肉棒。半分ほど引き抜かれて、また、一気に奥まで突き挿れられる。  激しい痛みと、それ以上に激しい快感。  強すぎる刺激が、神流の意識を現実に引き戻す。  気持ち、よすぎる。  全身が感じてしまう。  膣壁全体が、クリトリスと同じくらい、いや、それ以上に敏感になっている。  性器だけではない。身体中、どこを触られても同じくらい気持ちよかった。  感じているのは、悠樹も同じなのだろう。  また、熱い液体が噴き出してくる。  膣を、子宮を、熱い精の塊が満たしていく。  それでも、神流の中に在る悠樹の分身は勢いを失わない。むしろ、どんどん大きくなっていくようにすら感じてしまう。  身体の内側から、破裂してしまいそうだ。  なのに、それすらも、いい。 「ぃやぁぁぁぁっっ、だめだめぇぇっ、ちょ……やあぁぁっっっ、動いちゃ……あひゃあぁんっ、ちょ……とでも、擦られたらっ! ま……たぁぁっっ! イィっ……だめぇぇっっ!」 「ンなこといって、うぅっ……自分から締めつけて、腰振ってんじゃねー! う……くそっ! まただっ! 出すぞッ!」  お腹の中のものが、大きく脈動する。  ひとまわり、膨らんだように感じる。  そして、また、身体の内側から灼かれる感覚。 「やぁぁぁ――――っっ! お、男の子って、こうなのっ!? ホントのセックスって、こんあぁぁっ! すっすごいのぉぉ――っっ!?」 「ンなわけ……ねぇぇっ! 神流っ、お前だから、だろ! お前が特別なんだよ!」  苦しそうに呻きながら、しかし、さらに腰を突き出してくる悠樹。  神流は悲鳴をあげて大きく仰け反る。 「ち……がうよぉっ! ユウキのせいだよっ! み……みーちゃん、こんなっ、すごくなかった……もんっ!」  限界まで仰け反り、全身を痙攣させ、やがて力尽きたようにベッドに突っ伏す神流。  下半身がびくびくと痙攣している。  それでも、まだ、終わらない。  激しい絶頂に満たされ、精根尽き果てても、まだ、満足はしていない。終わりにしたくない。  もっと、もっと、したい。  もっと、もっと、犯されたい。  もっと、もっと、注ぎ込んで欲しい。  悠樹も同じ想いなのだろう。何度射精しても、動きを止めない。むしろさらに勢いを増して、神流の身体を貪り尽くそうとしている。  考えてみれば、当然のことだ。  神流の鬼魔の力は、人間を魅了し、昂らせ、至上の快楽を与える。  悠樹の魅魔の血は、鬼魔を魅了し、昂らせ、強大な力を与える。  その力は神流の魅了の力をさらに強め、よりいっそう悠樹を昂らせる。  そうして放たれた精は、神流をさらに興奮させる。  際限のない正のフィードバックで、力と、快楽が暴走していた。 「こわっ……こわれっ……ふひゃぁぁぁんっっ! だめだめだめぇぇっ! とめてぇっっ、ゆ、ユウキぃぃっ、もうダメッだめっ、そんなっ! そんなにぃぃっ! 突いちゃらめぇぇっっっ!! しんじゃう……ひんひゃうぅっっ! ボク……しんじゃうぅぅ――――っっ!!」 「おっ……まえこそっっ! オレ殺す気かっ! あぁぁっ! う……わぁぁっ! そんな……締めつけて、中が蠢いて……っ!」  このままではお互いに危険かもしれないと思っても、自分の意志では止められない。  神流の膣は悠樹をしっかりとくわえ込み、吸い付き、締めつけ、離そうとしない。  悠樹の分身は、むしろどんどん奥へと進もうとしている。  やめようと思っても、止まらない。いや、そもそも本気でやめようという気にならない。たとえ、このまま続けていては身体がもたないとわかっていても。 「……くそっ、こうなりゃヤケだ!」  開き直ったように、悠樹がさらに勢いを増す。 「や……っ!? やぁぁんっ!」  脚を掴まれて、身体を仰向けにひっくり返された。悠樹を締めつけている膣が捻られる。 「神流……っ!」  上から覆いかぶさってくる悠樹。骨が軋みそうなほどにしっかりと抱きしめられる。 「やぁぁっ、ゆ、ユウキぃっ!!」  神流も、悠樹にしがみつく。腕だけでなく、両脚も悠樹の身体に回した。  深く結合したまま、汗ばんだ肌と肌が密着する。  さらに、感度が増していく。  触れ合っている肌が、すべて、クリトリスよりも敏感な性感帯になってしまったようだ。  神流と密着したまま、腰を打ちつけてくる悠樹。  応えるように、下半身をくねらせる神流。  その動きで、結合部だけでなく肌全体が擦れ合う。性器同士の接触と変わらない刺激が神流を襲う。 「いやいやいやぁぁっ!! ユウキっ、ユウキぃぃっっっ!! ………………!」  お互い、動きを加速させていく。  唇を重ねる。  唇を、舌を、咬まれる。  悠樹の唇を、舌を、咬む。  滲み出る血を貪り合う。  ほんの数滴の深紅の液体が、お互いを狂わせる。 「ま、また……あああぁぁぁぁ――――――っっっ!!」  身体の中に在るものが、一瞬、膨らんだように感じた。  次の瞬間、膣奥を襲う、小さな爆弾が破裂したような衝撃。  悠樹にしがみつく腕に力が込められる。  全身が、意志とは無関係に痙攣する。  今度こそ、意識が遠くなる。  それでも二人は休むことなく動き続けていた。 * * * 「……ぅ……ぁ?」  正気を取り戻した悠樹は、ベッドの上で神流と並んで寝ていることに気がついた。  いつの間にか結合は解けていた。神流は悠樹に背を向けて、身体を丸めて眠っているように見える。それでも温もりを惜しむかのように、背中を悠樹に押しつけていた。  意識を失っていたのだろうか。  壁の時計を見ると、神流の服を脱がしている時にちらりと見た記憶から、長針が二周以上回っていた。  それでもぐっしょりと濡れたシーツが冷たくなっていないところを見ると、意識を失っていたのはほんのわずかな時間なのだろう。  心拍もまだ速いし、神流の呼吸も寝息にしては荒い。はっきりとした記憶は残っていないが、ほとんど意識もないような状態のまま、ずっと行為を続けていたのだろうか。  乱れたシーツは、バケツでぬるま湯を撒いたかのようにぐっしょりと濡れている。  汗なのか、それとも感じすぎた神流の潮吹きか。あるいはこれ全部が愛液だといわれても信じられる気分だ。  そんなシーツの中心部に残る、小さな紅い染み。  神流の、破瓜の印。  見ていると、落ちつきかけた鼓動がまた速くなってしまいそうだ。 「……あー、とりあえず、生きててよかった」  意識を逸らすようにつぶやく。  これまで経験したことのない、激しいセックスだった。あのまま、本当に死ぬまでやり続けることになるかと思った。している最中は、そうなってもいいとさえ思っていた。  そうなる前に、鬼魔の血による催淫効果のピークを越えたのか、それとも、動きが激しすぎて抜けてしまったために快楽の連鎖から抜け出せたのか、それはわからない。  しかし、まだ完全に収まったわけではない。  頭は正気を取り戻してはいるが、神流の粘液で濡れたペニスは、いまだ最高潮に勃起したままだった。あれだけ激しい行為で、あり得ないくらい大量に何度も射精したのに、まだいくらでもできそうな気がする。全裸で眠っている神流を見ていると、また、下半身がむずむずしてくる。  今すぐ、眠っている神流を犯してしまおうか――そんな想いが湧き出してしまう。その衝動を抑えるには、少なからぬ精神集中を必要とした。 「おーい、神流、生きてるかー?」  わざと、ふざけた口調で神流の頬を突っつく。 「……ン、ぅん…………」  長い睫毛が揺れ、瞼がゆっくりと開かれる。  悠樹を魅了し狂わせる、大きな黄金の瞳。しかし今はぼんやりとして焦点が合っていない。 「……ぁ……んん? んにゃぁ…………」  狼というよりも仔猫のような声を出して、ベッドの上で伸びをする。  手で顔を擦る。  それからようやく悠樹の存在を認識し、自分が全裸で異性の前にいることに気づいて赤面した。  照れ隠しなのか、怒ったようにいう。 「い……ったぁ……、もぉ…………ホントに死ぬかと思った……この、人殺し」 「生きてるうちにいう台詞じゃないよな」 「……うるさい。初めての、イタイケな中学生相手に、なに、あの激しさ? もーちょっと手加減できないの?」 「できねーよ、神流のアソコ、気持ちよすぎるもんな」 「――っ!」  一瞬、言葉を失う神流。顔の赤みが増す。 「……し、しかも、魅魔の力、全開だし! あれ、ヤバイって。手加減してくれないと、ホントに死んじゃうよ?」 「それをいったら神流だって、鬼魔の力使いまくりだったろ? どんなドラッグよりもヤバいぞ、アレは。その首輪、力を抑えるんじゃなかったのか? こっちは人間なんだから加減してくれよ」 「そ、それもユウキのせいだよ! ユウキの血とか……あ、アレのせいで、すっごくチカラが強くなってンだもん! 慣れるまで抑えきれないよ。首輪つきでこのチカラなんだから、ユウキが気をつけてくれないと」  愛姫や高橋の話では、愛姫と悠樹の二人の魅魔の血で封印した首輪は、鬼魔の力を大きく削ぐはずだ。なのにこれだけの力となると、封印なしならいったいどうなってしまうのだろう。  考えてみれば、昨夜も首輪つきのままで愛姫の結界を気づかれもせずに突破しているのだ。 「こっちも、魅魔の力なんて制御できねーよ。初心者なんだから」  使いこなすことができれば、鬼魔を思いのままに操ることができるという魅魔の能力。  しかし、悠樹にはその使い方がわからない。先刻、神流を操って本音をいわせることができたが、もう一度同じことができるかどうかも自信はない。  魅魔の力を使いこなせれば、神流の力も制御できるのだろうか。なんとかしないと、神流とのセックスが毎回これでは本気で生命に関わりそうだ。  本当に、あり得ないほどの激しさだった。  そんなことを考えて、ふと、喉の渇きを覚えた。大量の発汗と射精で、体内の水分はかなり失われているのではないだろうか。 「……喉、乾いたな。神流もなにか飲むか?」  立ちあがって、冷蔵庫を開けた。  スポーツドリンクを取り出す。本当はビールといきたいところだが、この後、愛姫のところへ行く予定だったことを思いだして諦めた。神流とホテルに来ていることでただでさえ大遅刻なのに、赤い顔をして愛姫に逢うなんてできるわけがない。 「……神流?」  返事がないので、訝しんで振り返る。神流はどこかぼんやりした様子だ。 「神流?」  はっと我に返る神流。 「う、ううん、なんでもない! ゆ、ユウキのが飲みたいなんて思ってないよ!」  いってしまってから、慌てて口を押さえる。 「だ、だから、そんなこと思ってないってば!」  必死に取り繕う様子に、思わず口元がほころんだ。  冷蔵庫から冷えたジュースを取り出して、神流の頬に当ててやる。ペットボトルを受け取って口をつける神流は、睨むような上目遣いでこちらを見てるが、頬は真っ赤だ。 「あれだけ飲んだのに、まだ足りないのか? 欲張りだな」  呆れつつも苦笑してしまう。 「そ、そんなことないもん! ほんのちょっと思っただけだもん! ……今日は、口でしてないから……でも、昨日のアレもちょっとよかったなぁ、とか、ほんのちょっと、思っただけだもん。それに、あ、あっちの口とは別腹なんだもん!」 「そうか、別腹なのか。じゃあ、上の口にも飲ませてあげなきゃな」  神流からペットボトルを取り上げ、ベッドに押し倒した。  ジュースで濡れた唇を指先でなぞる。  その指先に神流が噛みついた。 「……ってゆーか、ユウキだって、実はもっと飲ませたいんでしょ? あんなにしたのに、お、おっきいまんまじゃん!」 「誰かさんの力は、きっとバイアグラよりも効くんだよ。……飲んでくれるか?」 「…………ゆ、ユウキがどうしても飲ませたいっていうんなら……ちょっとくらい、イイよ」  精いっぱい強がる様子が可愛い。  言葉とは裏腹に、期待しているかのように舌が唇を舐めた。 「……ボクのクチも、気持ちよくして?」  この可愛らしいピンク色の唇を、どろりとした白濁液で汚したい。この小さな口を精液でいっぱいに満たしたい。  そんな衝動が込みあげてくる。  神流の両手を押さえつけ、顔の上に跨るような姿勢になった。硬く反り返った剛直を神流の唇に押しつける。  口でしてもらうのではなく、強引に口を犯す体勢。  神流も自分から口を開いてくわえるというよりも、ねじ込まれるのをただ受け入れているという態度だった。  感情を隠した大きな瞳が、上目遣いに悠樹を見つめている。  ゆっくりと、腰を突き出す。  窄められていた唇が押し拡げられ、はちきれんばかりの男性器を飲み込んでいく。  濡れた口内の感覚。  熱い。  神流の唾液は、まるで劇薬のような刺激を与えてくる。  なのにやっぱり、それが堪らなく気持ちいい。  舌が絡みつく。内頬の粘膜が擦りつけられる。  それらも、膣と同じくらい熱く火照っていて、同じくらい気持ちいい。  小柄な神流の小さな口。あまり激しくすることはできない。めちゃめちゃに犯したい衝動を必死に抑えて、ゆっくりと腰を突き出していく。 「んぅ……ン、ぐ、ぅん……んふぅ…………んぐぐぅ、ぅんっ」  極太に口を塞がれて、くぐもった呻き声を漏らす神流。  沸騰した血液で満たされたペニスは、口の奥まで達してもまだまだ長さを残していて、先端は喉へと押し込まれていく。  呻き声がさらに苦しそうになる。見開かれた目は涙で潤んでいる。  苦しそうではあるが、しかし、本気で嫌がっている様子はない。黄金色の瞳はどこか焦点が合っておらず、むしろうっとりとした恍惚の表情に見えた。 「う……ぁ、はぁぁ……」  一ミリも余すところなく神流の口中に挿入したところで、感極まったような溜息が漏れた。男を悦ばせるテクニックが優れているわけではないのに、なんて気持ちがいいのだろう。  唇に根元を締めつけられる。  内頬としたがぴったりと押しつけられ、心地よい圧迫感を与えてくる。  そして亀頭を飲み込んだ喉は蠕動とともに苦しげに蠢いて、えもいわれぬ刺激を加えてくる。 「すげ……やっぱ、神流の口もすげーイイ。お前も気持ちいいか?」 「ん……」  口と喉を塞がれて声を出せない神流は、首を小さく縦に振った。その微かな動きも、気が遠くなるほどの刺激として伝わってくる。  この、動き。  この、口の感触。  もっと、感じたい。  神流の頭を両手で掴み、腰を押しつけた。  強引に押し込んで、小刻みに揺する。  フェラチオしてもらうのではなく、一方的に口を、喉を、犯す。  ペニス全体が刺激される。  唇、歯、舌、頬、そして喉。  部位ごとに微妙に異なる刺激。  これまで経験したことがないくらい気持ちいいというところだけが共通点だ。様々な刺激がブレンドされて、より強い刺激となって快楽中枢を貫く。 「んふっ……んぅっ、ぅっ、んぐっっ……ぅぅ……っ!」  神流も顔を真っ赤にしている。  喉を塞がれて苦しいからではなく、間違いなく気持ちいいからだろう。  見ていれば、触れていれば、伝わってくる。凶悪なまでの勃起に喉を犯され、普通ならば苦しいであろうことをされて、なのに神流がどれほどの快楽に包まれているのか。  だから、悠樹もどんどん気持ちよくなっていく。神流の唾液が、さらに悠樹を狂わせようとしている。  もう、我慢できない。今にも達してしまいそうだ。  先端から、少なからぬ精液が混じった先走り液が滴っている。それが神流をさらに興奮させ、口の粘膜を、性器と変わらぬ感度の性感帯に変えていく。  悠樹は口を犯しながら、腕を身体の後ろに回して神流の下腹部に触れた。  予想に違わず、そこは蜜を滴らせるというよりも、噴き出しているような状態だった。悠樹が腰を揺するたびに、飛沫が飛び散っていく。 「んんん――――っっ!? んぅっっ、ぅんぐぅぅっっっ!!」  神流の中に、人差し指と中指を揃えて押し込んだ。  びしょ濡れの秘裂は思いのほかスムーズにその挿入を受け入れたが、次の瞬間、収縮して痛いほどに締めつけてきた。  指の骨が軋むほどの痛み。それを誤魔化すために、指を乱暴に動かす。  指先で膣壁を擦る。  神流の下半身が痙攣する。  喉も蠢いて、さらに締めつけてくる。 「は……あ、すげーな、神流の身体……どこもかしこも気持ちよくて、どこもかしこも感度最高で、気持ちイイだろ? いけよ、思いっきりイケよ!」 「ンぐぅぅ――っ!! んんんっ! んんんんぅ――――っっ!!」  神流の肉体は、悠樹の言葉に従って一気に絶頂を迎えた。  同時に、悠樹の中を熱い衝撃が突き抜ける。  喉を貫いていた肉棒を、半分ほど引き抜く。そこで、抑えていたものを解き放った。  下半身が震える。  二度、三度と脈打ち、その度に欲望の塊が噴き出して、神流の口いっぱいに拡がっていく。  小さな口を満たし、白く濁った雫が唇の端からこぼれたところで引き抜いた。  しかし、射精はまだ止まらない。立て続けに迸る白濁液が神流の顔に降りそそぎ、唇を、鼻を、頬を、瞼を、そして髪を白く汚していく。  口の中に出した量以上の熱いマグマを噴き出して、神流の顔をべっとりと汚して、欲望の噴火はようやく治まった。  大きく息を吐き出す。身体から力が抜ける。  神流もぐったりとしているが、しかしどことなく満たされたような表情だ。  何度も喉を鳴らして、口の中を満たしているものを飲み下していく。  それが済むと、舌を伸ばして唇の周りを彩っている白濁液を舐めとっていく。  長くて器用に蠢く舌。人間の姿の時も、そこは狼っぽい。  舌の動きは妙にエロティックで、見ているだけで興奮してしまう。と同時に、神流が女子校で同性にもてることを納得してしまう。人間を魅了し興奮させる鬼魔の能力を抜きにしても、この舌で膣の中まで舐められたら女の子は堪らないだろう。  舌の届く範囲がすっかり綺麗になると、神流は悠樹の顔を見た。ぐったりと力の抜けた身体とは対照的に、瞳を爛々と輝かせた満たされた表情。なのに、まだなにかを期待しているような視線。  神流がなにを望んでいるのかは、すぐに理解できた。  手を伸ばして、頬を汚している精液を指先で拭いとる。その指を神流の唇に運ぶ。  母親の乳首に吸いつく仔犬のように、音を立てて夢中で指を貪る神流。  その間に、空いている方の手で反対側の頬を拭ってやる。綺麗に舐めとられた指と入れ替わりに、その指をくわえさせる。  神流はさらに勢い込んで吸いついてくる。  鼻、瞼、額、そして髪。  顔中すっかり綺麗になるまで繰り返す。  美味しそうに、そして気持ちよさそうに悠樹の指を舐める神流。  指を舐めさせている悠樹も気持ちよかった。人間の女の子にフェラチオしてもらっているのと変わらないような感覚だ。  また、昂ってしまう。  神流も、お尻の周りのシーツがぐっしょりと濡れている。    だから――    今日いちばんの笑みを浮かべた神流の上に、悠樹はまた身体を重ねた。 6  その後、さらに数回の行為を繰り返してようやくホテルを出た時には、当然、外はもう真っ暗になっていた。  陽の長い季節だというのに、漆黒の空に夕陽の残滓はまったくない。  駅に向かう道のり、神流はずっと無口だった。そっぽを向いて悠樹と目を合わせようともしないが、その横顔は不機嫌そうな表情に見える。  とはいえ、悠樹に対してなにか怒っているわけではあるまい。  その証拠に、ホテルの部屋を出てからずっと、悠樹の腕にしがみつくような体勢で腕を組んで歩いている。しかも、快活な神流にしては足どりが妙にゆっくりとしていた。陽はとっぷりと暮れているとはいえ週末ということで、ホテル街から大きな通りに出れば大勢の人間で賑わっていたが、明らかに周囲の人の流れよりもゆっくりと歩いている。  まるで、二人で歩くこの時間を少しでも引き延ばそうとするかのように。  神流のこの表情、おそらくは照れ隠しなのだろう。少なくとも、半分は。  あとの半分は、自己嫌悪だろうか。  悠樹のように、経験があり、もともと女好きを自覚している男であれば、知り合ったばかりの女の子が相手でもその場ののりで身体を重ねることに抵抗はない。『ゆきずりの相手と一晩だけの関係』だって何度も経験している。  しかし、神流はどうだろう?  つい数時間前までバージンだった、まだ中学二年生の女の子。  しかも、相手は昨日知り合ったばかりの男。  一応は好意めいた感情を持ってはいるだろうが、まだ、はっきりとした恋愛感情と呼べるものではないだろう。  そんな相手と、衝動のままにセックスしてしまった。それも、非常識なまでに激しく。  そして、かつてないほどに感じて、乱れてしまった。  そんな自分を恥じて、自己嫌悪に陥っているのだろう。だけど悠樹から見れば、そんな神流はすごく可愛い。  やっぱり、普通の女の子にしか見えない。  たしかに神流は狼で、彼女とのセックスは人間相手ではあり得ないほどの快楽で、だけどやっぱり神流は〈女の子〉だ。身体能力はともかく、メンタリティは人間のそれと変わらない。  そっぽを向いて、だけど悠樹に縋るように腕を組んでいる神流。  ふくれっ面の横顔も可愛らしい。  この子を自分のものにしたい――そう想った。  今日一度きりの関係ではなく、ただ血の衝動に流されただけの感情ではなく。  もっと、ちゃんと、自分のものにしたい。  神流と自分の繋がりを示す証が欲しい。  そのためにはどうすればいいだろうか。駅につながるビルのショッピングモールを歩きながら考える。  横を向いてゆっくりと歩く神流は、仏頂面を別にすれば、まるでウィンドウショッピングを楽しんでいるように見える。  その視線の先に、小さなアクセサリーショップがあった。  これだ、と閃く。  神流の耳元でささやいた。 「買ってあげようか?」 「えっ?」  びくっと弾けるような動作でこちらを見る。 「なにか気に入ったものがあれば、買ってあげようか」  ショーウィンドウの向こうに並んでいる指輪を指して、もう一度訊く。 「……べ、別に……買ってもらう理由なんて、ないもん」 「男が、好きな女の子にアクセサリを贈るのに、理由がいるとも思えないけど」  神流の背中を押して、店内に入る。 「理由が必要なら、今日の……記念ってことでどうだ?」 「………………、いい、の?」 「いいよ、そんな高いものじゃないし」  高級な貴金属店ではなく、あくまでも若者向けのアクセサリーショップだ。並んでいる商品の大半は、悠樹の財力でも買ってあげるのにさほど無理はない。  頬を赤く染めているところを見ると、神流もまんざらではなさそうだ。悠樹が知る限り、好意を持っている男から指輪を贈られて嫌がる女の子はいない。 「…………じゃあ…………これ、……いい?」  遠慮がちに指差したのは、紅い石の付いた指輪だった。ルビーのような深い紅。福沢諭吉でお釣りが来る価格だから本物の宝石ではないだろうが、着けるのが中学生の神流であることを考えれば、高級な貴金属よりもこのくらいのものの方が年相応で似合うかもしれない。 「手、出して」  その指輪を買い、包んでもらわずにその場で神流の指にはめてやる。  意図的なものか無意識の動作か、神流は左手を差し出した。悠樹も当たり前のように、薬指に指輪をはめてやった。  おそらく、その意味に気づいたのは指輪をはめた後なのだろう。神流の顔が一気に赤みを増す。  一瞬、嬉しそうな笑みを浮かべかけて、慌ててまたふくれっ面を装って横を向いた。しかし、頬が緩みそうになるのを堪えているのは見え見えだった。  店を出て、また腕を組む。  悠樹に掴まる神流の右手に、先刻よりも力が込められているように感じる。軽く、爪を立ててくる。  そっぽを向いて悠樹の方を見ようともしない。  そのくせ、視線は頻繁に自分の左手に向けられ、その度に微かに頬を緩めている。  そんな態度は、やっぱり可愛い。  可愛すぎて、また、気持ちが昂ってくる。  そのまままたゆっくりと歩いて駅が目前となったところで、不意に神流が離れた。 「……ここで、いい。ボク、こっちだから」  唐突な動作。恥ずかしさが閾値を超えてしまったのだろうか。 「もう遅いし、家まで送っていこうと思ってたんだけど?」  そうするのが男としての義務――というよりも、少しでも長く一緒にいたかったというのが本音だ。  たぶん、神流も同じ想いだったのだろう。だからこそ、いつまでも離れられなくなりそうで、思い切って区切りをつけたのかもしれない。 「ボクが夜道をひとり歩きしたからって、なにか危険があると思う?」 「……痴漢や通り魔に遭ったら、むしろそいつらの身が危険だな」  思わず苦笑する。  たとえ凶悪な犯罪者だって、神流には傷ひとつつけられないだろう。鬼魔は生身の人間がどうこうできる存在ではなく、ましてや今の神流は、悠樹の血によってその力が桁違いに強められているのだ。 「ユウキの方こそ気をつけた方がいいよ。美味しそうなんだから、襲われないようにね。……もっとも、この辺りに狼の女の子ほとんどいないはずだけど」 「誰かさんがたっぷりとマーキングしてくれたから、他人の縄張りに手を出す命知らずもそうそういないだろ」  茶化すようにいうと、神流はさらに真っ赤になった。  恥ずかしさに耐えられないという様子で、ぶっきらぼうにいう。 「……じゃ…………また、ね」 「ああ、また。近いうちに」  悠樹に背を向けて走り出そうと仕掛けたところで、しかし一度動きを止めた。悠樹の方を見ないままでいう。 「……指輪、ありがと。今日は…………嬉しかった」  そういった時の神流は、いったいどんな表情をしていたのだろう。背を向けたままで、悠樹からは顔は確認できない。  そのまま、駅の改札口とは別方向に駆け出していった。 * * *  悠樹が愛姫の家に着いた時には、すっかり遅くなっていた。  本来、大学が終わったらまっすぐ行く約束だったのに。  そして、神流と接触したら連絡するはずだったのに。  神流のことに夢中になって、連絡することすらすっかり失念していた。あるいは、愛姫を警戒している神流にそう操られていたのかもしれない。  多分、怒っていることだろう。  ただでさえ、悠樹に対してはきつい愛姫なのだ。いっそ、このまま帰ってしまおうかとさえ思ってしまう。  しかしそれでは、やっかいごとを先延ばしにするだけだ。今夜のうちにちゃんと謝っておいた方がいいだろう。  そう決心して呼び鈴を鳴らす。  出迎えたのは、嘉~家にふたりいるメイドのひとりだった。見た目には悠樹より年下、下手すると高校生くらいに思える。  名前は、たしか、三科縁子といっただろうか。小柄で可愛らしい容姿なのだが、愛姫以上に無表情かつ無機的な態度で、まるで人形のような印象を受ける。  愛姫は、意図的に無機的に振る舞っているだけだし、悠樹に対しては、ほぼ怒りのみとはいえ感情を露わにすることもある。しかし縁子は、素で感情というものが欠如しているように感じる。その瞳もどこか作り物めいていて、顔はこちらに向けられていても、悠樹を〈見て〉はいないように思えた。 「いらっしゃいませ、犬神様。……どうぞ」  まったく抑揚のない声。パソコンのヴォーカロイドの方がよほど感情が感じられる。まったくぶれない、機械のような動作で悠樹を先導する。  屋敷の中はしんとしていた。  そういえば、昨夜も、今朝も、そうだった。  大きな屋敷に愛姫と二人のメイドしかいないのだから当然ではあるが、他の家族はどうなっているのだろう。  姉は仕事で留守にしているという話は聞いていたが、両親はいないのだろうか。 「あの……、愛姫、怒ってる?」  沈黙に耐えられなくなって、縁子に訊いた。  これまで、愛姫の悠樹に対する態度は、無視しているか怒っているかのどちらかだった。連絡なしで約束をすっぽかしたことを考えれば、激怒していてもおかしくない。  弄って軽く怒らせると意外と可愛いところもある愛姫だが、けっして本気で怒らせたい相手ではない。 「怒ってる」  相変わらず、抑揚のない声が返ってくる。 「あ、やっぱり?」 「表向きは」 「え?」 「遅いから、すごく心配してた」 「え……、ほ、ホントに?」  思わず、頬が緩みかける。  しかし返ってきたのは、負の感情がこもった氷のように冷たい声だった。プラスもマイナスも、まったく感情というものが含まれていない縁子の声ではない。 「縁子、貴女、なにでたらめをいっているの?」  奥から姿を現した愛姫は、背後に怒りの炎をまとっているかのようだった。よく見るまでもなく激怒している。幼い子供ならいきなり泣き出しそうなほどの迫力で、悠樹もたじろいでしまう。  しかし、縁子はまったく表情を変えない。 「もう遅い時刻。でも着替えもせず、連絡があるのを待ってた」  淡々という縁子。  たしかに、愛姫は部屋着には見えない整った服装で、いつでもそのまま外出できそうに見える。もっとも、自宅だからといってラフな格好をしている愛姫というのも想像しにくいのだが。 「そ、そんなの関係ないでしょう! 高橋さんから、仕事の連絡があるかと思っていたんです!」  必要以上に強い口調。それが、愛姫の言葉が額面通りではない証だった。迫力のある深紅の瞳で睨まれても、縁子の無機的な反応は変わらない。 「それなら毎日のこと。今夜のような緊張感はない」 「――っ!」  図星だったのか、一瞬言葉に詰まる。小さくひとつ深呼吸して、やや強引に話題を変えた。 「……くだらないお喋りしてないで、お茶の仕度でもしなさい!」  慇懃に頭を下げて縁子が立ち去り、全身棘だらけという雰囲気の愛姫自ら前に立って悠樹を応接間へと案内した。 「……あ……えっと、……ごめん」  緊張感に耐えきれず、とりあえず謝っておく。今夜のことは悠樹が一方的に悪い。いい訳のしようもない。 「……」  愛姫が振り返る。  これ以上はないというくらいにきつい目で睨まれた。こんな時、愛姫の深紅の瞳は黒い瞳よりも遙かに迫力がある。 「……匂いがぷんぷんします。そうだろうと思っていましたが、あの狼と一緒だったのですね。すっかり鬼魔に魅入られてしまいましたか」 「いや……まあ、その、神流と逢っていたのはその通りだけど」  どう説明したものだろう。  ホテルで濃厚なセックスを繰り返していました――なんて、潔癖そうな愛姫にいえるわけがない。 「貴方は、まだ、鬼魔の恐ろしさを理解していません」  瞳には怒りの炎が燃えさかっているのに、心の底まで凍てつくような冷たい口調だった。 「……犬神さん、縁子のことをどう思います?」 「え?」 「彼女は、鬼魔に襲われて、運よく生き延びたひとりです。鬼魔に犯されているまさにその最中に、救い出されたのです」 「――っ!?」 「鬼魔に犯された人間は、大抵はそのまま喰い殺されます。そもそも、そのために犯すのですから」  鬼魔が人間を犯すのは、快楽に狂っている人間の方が美味だから――昨夜、そう聞かされた。 「運よく生き延びた者も、人間に耐えられる限界を超えた快楽のあまり、発狂する例がほとんどです。あれでも縁子はもっともましな例ですが、それでも心が壊れていっさいの感情を失いました。今はそれなりに普通に会話もできますが、ここまで回復するのに二年かかりました。普通の生活が送れる状態ではなかったので、うちで面倒を見ていたのです」 「そ、それは……」  人間が鬼魔に殺される場面は昨夜この目で見たが、生き延びた者にも悲劇があることを知った。  しかし、だからといって神流を責めるつもりはない。 「い、いや……でもさ? 昨夜のあの狼たちはいかにも人間の敵だけど、神流はいい娘だぞ? 人間を襲って喰ったりしてないっていうし、けっこう、俺に懐いてくれてるみたいだし」 「……貴方の魅魔の力で虜にしている、と?」 「や……そこまではいわねーけど。でも、神流も俺の……血、とか、かなり摂取してるし……悪いことはしないだろ?」  神流は基本的に、人間に危害は加えない。人間を喰い殺していた昨夜の狼たちとは違う。 「思うんだけど、魅魔の血が鬼魔を操れるなら、なにも殺す必要はないんじゃね?」 「……貴方の考え方は、ある意味、もっとも魅魔師らしいといえます」  愛姫の口調は、むしろ今までよりもさらに冷たくなっていた。視線が鋭くなり、深紅の瞳の色がさらに濃くなる。  冷たい、凍てつくような視線だった。 「鬼魔を直接殺すのではなく、操る。他の退魔の力を持つ者と違い、それが古くからの魅魔師の戦い方でした。力のある鬼魔を操って下僕とし、それを〈武器〉として鬼魔と戦わせるのです。私の母や祖父母も、そうした魅魔師でした」  たしかに、それは理にかなっている。愛姫のように自ら武器を持って戦うよりも、自分の身に及ぶ危険も少ないだろう。  しかし、愛姫の言葉が過去形であることが気になった。 「私がまだ小学生だった頃、偶然、力のある鬼魔を捕らえたことがありました。母がその鬼魔に自分の血を与えて、下僕として使役していました」 「小学生の時に? それってすごいんじゃね?」 「私は、幼い頃から体質的に血の力は強かったのです。ですが、鬼魔を操るというのは非常に危険なことです」  そこで言葉を切って、愛姫は立ちあがった。 「危険って?」  その質問にはすぐには答えない。無言で、自分のブラウスのボタンに手をかけた。 「……なっ!?」  ひとつ、ふたつとボタンを外していく。突然の展開に悠樹は言葉を失った。  スカートからブラウスの裾を引っ張り出し、ボタンをすべて外す。そして、悠樹が見ている前でブラウスの前をはだけた。  驚きのあまり、悠樹はなにも反応できない。神流ならまだしも、真面目で清楚な愛姫にはあり得ないような行動だった。しかし、少なくとも見た目には平然としている。  悠樹の眼前で、真白い、綺麗な肌が露わにされる。  しかし…… 「これが、鬼魔という存在の現実です」  感情を押し殺した、抑揚のない声。  露わにされた細い上半身。  その、左の鎖骨から右の脇腹にかけて、ブラジャーの下をくぐって斜めに走る大きな傷痕があった。  古いもののようだが、はっきりと残る長い傷痕。この怪我をした時には骨まで剔られたのではないだろうか。 「母が使役していた鬼魔が、突然、魅魔の血の支配を離れて襲いかかってきたのです。母と、祖父母が殺されました。私だけは、運よく生命はとりとめました」 「……っ」 「魅魔の力は基本的に、鬼魔自身の意志を無視して、その肉体を操るものです。鬼魔が人間を魅了するように、心を操るものではありません。当然、隙あらば刃向かおうと機会を窺っています。……さて、貴方の狼はどうでしょうか」 「…………」  悠樹としては、そんなことはないと思いたい。  自分と神流は、ラヴラヴとはまではいわないが、それなりに心の繋がりがある――と。  だけど、本当にそうだろうか。  人間同士だって、本音なんてなかなかわからないものだ。ましてや、男と女のこととなればなおさらだ。  そして神流は、どれだけ普通の女の子っぽいとはいっても、人間とは――ホモ・サピエンスとは――異なる種、人間とは異なる本能を持つ存在だ。  彼女が人間らしいのは、人間として育てられたことによる〈適応〉であって、どんな状況でも人間として振る舞い続ける保証はない。なんといっても、鬼魔は人間を喰う本能を持つ生き物なのだ。悠樹の血の影響を強く受けている今の状況を、好ましいと思っているかどうかもわからない。  悠樹としては、信じたい。  だけどそれは論理的な根拠のない、ただの願望なのかもしれない。惚れた弱み、といい換えてもいい。  迷いが顔に出ていたのか、悠樹をまっすぐに見つめていた愛姫が、微かな笑みを漏らした。  鬼魔は人間の敵――そう信じている者の、凍てついた氷の笑みだった。  なにか、いおうとした。反論、あるいは神流の弁護。しかし、なにをいえばいいのだろう。  それでも言葉を搾りだそうと口を開きかけた時、応接間のドアがノックされた。  はっとした愛姫が、はだけた胸を慌てて両腕で隠そうとするが、それよりも早く、返事も待たずにドアが開かれた。  紅茶のポットと二客のカップを載せたトレイを手にして入ってきたのは、嘉~家のもうひとりのメイド、悠樹よりも少し年上で細身の八木沢麻由だった。  愛姫の姿を認めて、にぃっと意味深な笑みを浮かべる。 「……あらあらあらぁー? もしかしてお邪魔でしたかぁ?」  チェシャー猫のようなにやにや笑いを浮かべ、からかうようにいう。 「姫お嬢さまってばせっかちですねー。いってくだされば、すぐにお布団を敷きましたのに」  今朝もそうだったが、主人と使用人にしては、麻由は愛姫に対する物いいに遠慮がない。愛姫をからかって楽しんでいるようなふしさえある。愛姫も、そうした態度自体は咎めようとはしない。問題にするのは発言内容だけだ。 「……麻由、貴女、なにをいっているの?」  露骨に不機嫌そうな表情になる。とはいえ、本気で怒っているというわけではなさそうだ。本当に怒っている時、愛姫はむしろ無表情になる。  あるいは、ふたりのこうしたやりとりは日常の一部なのかもしれない。 「いえいえ、私は喜んでいるんですよ? 姫様に、肌を曝すような親しい殿方ができたことを」 「からかうのはおよしなさい。そんなことじゃないとわかっているでしょうに。貴女の悪い癖よ」  ブラウスを直しながら、必要以上に素っ気なくいう。しかし、その頬はかなり朱い。  いうべきことをいった後は、動揺を隠すように、何事もなかった風を装って紅茶のカップを口に運んだ。 「犬神様、姫様は初めてなので、優しくしてあげてくださいね」  愛姫が置こうとしたカップがガチャンと大きな音を立てる。同時に、悠樹が紅茶を噴く。 「ま、麻由っ! 貴女ねぇっ!」  真っ赤になって叫ぶ愛姫をあえて無視して、落ち着いた表情で悠樹に話しかける麻由。 「犬神様、今夜も泊まっていかれますか? お布団は二組敷いた方がよろしいでしょうか? あ、それよりもひとつの布団に枕がふたつというのが基本ですよね」  相変わらず、笑いを堪えているような口調。相当な悪戯好きなのだろう。案外、悠樹とは気が合いそうだ。愛姫弄りは面白い。  もっとも、ふたりがかりでからかわれたら愛姫としてはたまったものではないだろう。 「いりません! 犬神さんはすぐに帰られるそうです! ええ、もう、今すぐに!」  眉を吊り上げ、珍しく大声を上げる愛姫。本当に今すぐ追い出したがっているような気配が伝わってくる。  笑いを押し殺しながら麻由が応接間を出ていく。愛姫とふたりきりになると、気まずい沈黙が残った。 「……えっと」  なにか話題はないだろうか。 「……今の、ホント?」 「なにが、ですか?」  一語一語、区切って発音する。質問を拒絶するようなきつい口調だった。 「つまり、その……初めて、って」  迫力のある深紅の瞳で、ぎろりと睨まれた。 「だったら、なんだというのですか? 少なくとも、貴方には、未来永劫まったく関係のないことです」  悠樹の存在自体を拒絶するような、必要以上に強い口調。この反応を見る限り、未経験というのは本当のようだ。  少し意外な気もする。胸は少々寂しいとはいえ絶世の美人、いい寄る男は掃いて捨てるほどいるだろうに。とはいえ、通うのはお嬢様学校だし、性格と生活を考えれば、恋愛とは縁遠いのかもしれない。  鬼魔が人間を犯すからだろうか、人間の男に対してもどことなく敵意を持っているような印象を受ける。それとも、相手が悠樹の場合だけだろうか。  もっと詳しく訊きたい気もする。しかし、この話題を続けたらただではおかないという愛姫の態度に、これ以上の追求は諦めた。 「あー、えっと……麻由さんって楽しい人だね?」 「……あれはあれで、縁子とは違った意味で、鬼魔の影響で壊れてしまったのではないかとも思います」  小さく溜息をつく愛姫は、悠樹と目を合わせようともしない。不機嫌という言葉の見本のような表情だ。 「え……? ってことは、麻由さんも?」  鬼魔に襲われたのだろうか。 「……いいえ」  小さく首を振る愛姫。 「彼女は……両親を鬼魔に殺されたのです」 「――っ!」 「八木沢の家は、代々、嘉~家に仕えてきた家系なのです。単なる使用人というのではなく、鬼魔と戦うための……助手とでもいいますか。ですから……」  最後は曖昧に言葉を濁した。  愛姫は、母親と祖父母を鬼魔に殺されたといっていた。麻由の両親も、その時に犠牲になったのかもしれない。 「鬼魔と戦うということは、そういうことです。鬼魔とはそうした存在です。あの狼を生かしておきたいというのであれば、それだけの覚悟があるのかどうか、もう一度ご自身の胸に問うてみるべきでしょう」  相変わらずのきつい口調。  悠樹には反論することができない。たしかに、人が殺されるところを目の当たりにしていながら、鬼魔というものを甘く見ていたところはあるかもしれない。人間を喰う危険な存在というよりも、神流の、可愛い女の子という一面ばかりを見ていたかもしれない。  神流には、いちおう好かれていると思っている。しかしそれは、人間同士の恋愛とは少し違う。悠樹が神流に好かれている理由のかなりの部分は、悠樹の身体に流れる魅魔の血にあるはずだ。  しかし愛姫は、魅魔の血で支配していたはずの鬼魔に裏切られ、自分の親と祖父母、そして麻由の両親を殺され、自身も重傷を負わされた。  そんな目に遭っていては、鬼魔に心を許せるわけがない。鬼魔を敵視し、疑いの目を向けることは当然だ。  愛姫の反応はもっともであり、反論することはできない。ならば、悠樹がすべきことは決まっている。  魅魔の力を使いこなせるようになり、神流を手懐けて安全な存在とし、人間に害を為す鬼魔と戦う術を学ぶこと。  たしかに、覚悟が足りなかった。呑気にデートしている場合ではなかったのだ。それは、鬼魔に対抗する力を身に着けてからのこと。今日は本来、魅魔の力の使い方、そして鬼魔との戦い方を愛姫から学ぶ予定だった。 「覚悟がおありなら、明日からは約束をすっぽかさないようにしてください。そもそも、鬼魔を惹き寄せる血を持つ者が戦い方も満足に知らないのでは、長生きはできません」 「覚悟は……ある、と思う。もちろん、鬼魔に殺されるのもいやだ。それに、俺がいなかったら神流も見逃してもらえないんだろ?」 「当然です」 「だったら、もう遅いけど……愛姫さえよければ、明日からなんていわずに、今から稽古をつけてくれないか?」 「今から、ですか?」  一瞬、驚いたような表情を見せた愛姫。  すぐに、これまであまり見せたことのない、皮肉めいた笑みを浮かべる。 「殊勝な心がけですね。三日坊主にならないことを期待します」  表情に合わせたような、皮肉な口調。しかしその裏では、悠樹が本気であることを少しだけ認めてくれたような気がした。 * * *  悠樹と別れた後、神流はずっと走っていた。  電車には乗らなかった。とても、じっとなんてしていられない。  ゆっくり歩くのだって無理だ。身体の奥から力が溢れ出してきて、走り出さずにはいられなかった。  普段なら電車で帰る距離を、陸上の短距離選手並の速度で走り続けて、なのに息も上がっていない。  本気を出せば、まだまだ速く走れるだろう。もう都心部を離れて人目もほとんどないだろうが、念のため、いちおうは加減して走っている。  前方に交差点が迫ってくる。信号は赤。  神流は脚を止めるどころかむしろ加速して、力いっぱいアスファルトを蹴った。  小さな身体が高々と宙に舞う。  走り幅跳びの世界記録なんて問題にならない。片側二車線の幹線道路を、充分な余裕で跳び越した。  本当に、どこまでも力が湧いてくるようだ。愛姫に付けられた首輪は、鬼魔としての力を大幅に削いでいるはずなのに、悠樹と出会う前よりもずっと力が出る。  結局、電車に乗るよりも早くに自宅のあるマンションの前に着いた。窓に明かりが灯っている。母親はもう帰宅しているらしい。  雑誌の編集者をしている母親は、帰宅が遅く、時間も不規則だ。入校前など、泊まりになることも珍しくない。今日は早くに帰ってきた方だろう。  よりによって、今日。  玄関のドアの前で、神流は頬を手のひらでぺちぺちと叩いた。  不自然ににやけてはいないだろうか。あるいは、不自然に赤面してはいないだろうか。  母親の前で、普段通りに振る舞える自信がない。しかしもちろん、昨日知り合ったばかりの男の子とセックスしてしまいましたなんて、知られるわけにはいかない。  それに、母親は神流の身体のことも知らないのだ。理屈の上では母親にも鬼魔の血が混じっている可能性があるはずだが、そんな気配は感じられない。  鬼魔の血を引いていても、人間との混血が進んで血が薄まり、鬼魔としての形質が現れない者も多いと聞く。神流は例外的な隔世遺伝、先祖返りだ。あのボス狼――カミヤシたちのように、限りなく純血に近い血統を維持してきた古い家系もあるが、神流は違う。鬼魔に関する知識も、力に目覚めてカミヤシたちと知り合ってから教わったことだ。 「……た、ただいまー」  できるだけ、平静を装って家に入る。  母親の流子が出迎えてくれる。 「お帰り。遅かったのね、晩ごはんは?」 「た、食べてきた」  これは、嘘。  実際には、夕食には早すぎる時刻に悠樹にハンバーガーをご馳走になり、ホテルで飲み物を口にした以外、なにも食べていない。  だけど、空腹なんてまったく感じていなかった。むしろ身体中に力が満ちあふれている。悠樹の血は、精液は、どんな山盛りのご馳走よりも神流を満たしてくれる。 「じゃあ、すぐお風呂に入る?」 「は、あ……っと、あ、後で」  危ない危ない。  うっかり、夕食同様に「入ってきた」と応えそうになった。  そんなことを口にしてしまったらひと騒動だろう。ずっと女子校だった神流に親しい男子はいないし、そのことは流子も知っている。  力尽きるまでセックスを繰り返した後、悠樹と一緒にお風呂に入った。  背後から抱きしめられるような体勢で、一緒にお湯に浸かっていた。  そうしているとまたお互いに昂ってきて、バスタブの中でもう一度してしまった。  そのことを想い出して、顔が熱くなってしまう。 「あ、後で……寝る前に、入る」 「じゃあ、ママは先に寝るから、お風呂の後片付けもお願いね」 「はぁい」  神流は自室に入ってドアを閉めると、そのままベッドに寝転んだ。  心臓の鼓動が激しい。だけどそれは、走って帰ってきたためではない。  走っている間は考えずにいられたことも、こうして横になると想いだしてしまう。想い出さずにはいられない。  ベッドに俯せになって、枕に顔を埋めた。  顔が、熱く火照っている。  ああもう、信じられない。  セックス、してしまった。  男の人と、初体験、してしまった。  あらためてその事実を認識すると、感覚がよみがえってくる。  あの、膣を貫かれる刺激。  大きな男性器に、身体の内側から拡げられる不思議な感覚。  そして、意識が飛ぶほどの快感。  神経に、脳に、はっきりと焼きつくほどの衝撃的な体験だったのに、やっぱり信じられない。  昨日の朝まで、こんなことになるなんて思いもしなかった。  このボクが、男の人とセックスしてしまうなんて――  あり得ない。  嘘だ、といって欲しい。  小学校から女子校で、早くに父親を亡くして、ずっと、身近に男性がいない環境だった。どちらかといえば、男の人は苦手だと思っていた。  クラスメイトと必要以上に仲よくして、周囲も自分も、同性愛者の気があると思っていた。  なのに――  昨日、会ったばかりの男性と。  初めて会ったその場で、あんなことをしてしまって。  その翌日には、最後までしてしまった。  あり得ない。  こんなの、あり得ない。  自分の意志じゃない。全部、悠樹の血のせい。そうに決まっている。  魅魔の血の話は、カミヤシから聞いたことがある。  鬼魔の力を何倍にも高める、至上の美味。しかしそれは鬼魔の肉体を縛る枷でもある。  だから、自分の意志じゃない。魅魔の血のせい。そうに決まっている。  そうじゃなければ、あり得ない。  初体験なのに。  恋愛感情以前に、どんな人間かもよく知らない相手なのに。  セックス、してしまった。  とても激しく、何度も、何度も、してしまった。  そして、ものすごく感じてしまった。  また、想い出してしまう。  太く熱い肉の塊で、深く、深く、身体の奥まで貫かれる感覚。  そのことを想うと、感覚が鮮明に甦ってくる。  下腹部の奥の違和感。  まだ、入っているように感じてしまう。  何度も、何度も、貫かれた。  激しく、激しく、擦られた。  たくさん、たくさん、射精された。  その度に、身体が弾けるほどに、意識が飛ぶほどに、感じてしまった。  気が狂うほどに気持ちよくて、なにも考えられなくなってしまった。  ただただ、悠樹が与えてくれる快楽を貪っていた。  膣内が熱い液体で満たされる感覚。  子宮へと流れ込んでくる感覚。  身体の中に染み込んでくる感覚。  それが、身体中の細胞のひとつひとつに染み込んでくる。桁外れの絶頂のあまり、身体中の細胞が破裂してしまいそうになった。  そして、力が湧きあがってくる。  身体が弾けてしまいそうなほどの、強大な力。  昨夜口にした血よりも、ずっと強い力。  昨日の朝に口にした精液よりも、もっと強い力。  口よりも、性器から吸収する方がもっと効く。もっと感じる。もっと美味しい。まるで、膣の粘膜に味覚があるみたい。  たくさん、たくさん、注ぎ込まれた。膣を、子宮を、いっぱいに満たされた。  あの、白くてねっとりとした液体。  液体と呼ぶには濃すぎるもの。  それがまだ自分の胎内に在るのだと想うと、それだけで身体が熱くなってしまう。  もう、だめ。  身体が熱い。  熱すぎて、じっとしていられない。  ホテルからずっと、下腹部はどうしようもないくらいに火照ったままだった。  服なんて、邪魔。  ボタンを外すのももどかしく、制服を脱いだ。  キャミソールもブラジャーも剥ぎ取るように脱ぎ捨てる。  胸が張って、パンパンに膨らんでいる。乳首が固く突き出している。  パンツは、透けるほどに湿って……いや、濡れている。  それも脱ぎ捨てて、指で割れ目に触れた。 「――――っっっ!!」  ぬちゃ……という、指に絡みつく熱い粘液の感触。  指先が軽く触れただけで、電流が走ったような衝撃を受けた。  さらに蜜が溢れだしてくる。  ベッドの上で俯せになって、膝を立ててお尻だけを突きあげた姿勢になった。  初めての時と――初めて悠樹に貫かれた時と、同じ格好。  この体勢になっただけで、もう、達してしまいそうだ。  こんな恥ずかしい格好でロストバージンしてしまったなんて。  恥ずかしくてたまらない。なのに、興奮してしまう。 「ぅ……あぁっ! ……んあぁんっ!」  我慢できなくなって、指を挿入した。  一気に、奥まで。  その瞬間、達してしまった。  指一本とはいえ、自慰で奥まで挿れたのは初めてだった。  相変わらず、指一本でも痛いくらいにきつい膣。  だけど昨日までとは違い、指が奥まで入る。やっぱりきつくて、鈍い痛みがあるが、引き裂かれそうな鋭い痛みはない。  自分の身体が、昨日までとは違ってしまった証。  まだ十三歳の自分が、〈女の子〉から〈女〉になってしまった証。  強い刺激に耐えながら、膣内で指を動かす。  ここに、入っていた。  ここに、悠樹が、入っていた。  悠樹の、あの、太くて、長くて、硬くて、びくんびくんと脈打っていたものが。  それは初めて目の当たりにする神流にとって、怪物のような不気味さがあった。  なのに、たまらなく愛おしかった。  死にそうなほどに気持ちよかった。  指を挿入したことで、その時の感覚がより鮮明に再現されてきた。  今まで感じたのとは質の違う快感だった。  血が欲しくて、クラスメイトの女の子たちとエッチなことをしたことは何度もあるが、それとはまったく別物だ。中学生の女の子同士のお遊びの〈えっち〉と、男と女の本物の〈セックス〉との違い  そして、普通の人間の血と、魅魔の血との違い。 「……っ! んく……っ! んっ……んふぅんっ!!」  指は意志とは無関係に蠢き、膣壁を擦る。  ぐちゅぐちゅという淫靡な音が漏れる。  割れ目から溢れた蜜が糸を引いて滴り、シーツに染みを作っていく。  そうした音や指に伝わるぬめりに刺激されて、さらに昂ってしまう。  指が加速していく。 「んくぅぅ――んんっっ!」  あっという間に、達してしまった。  だけど、このくらいで火照りは治まらない。むしろ、さらに熱くなってしまう。こんなのは前菜、ウォーミングアップにもならない。  俯せの膝立ちの姿勢も辛くなり、寝返りをうって仰向けになった。  自分でもはしたないと思うくらいに脚を大きく開く。片手で膣をめちゃめちゃにかき混ぜながら、もう一方の手で胸を鷲づかみにする。  空気を入れすぎたゴムボールのような膨らみに、痛いくらいに指を喰い込ませる。爪を突きたてる。 「ひぃ……んっ! んんん――っっ!!」  痛みをともなう刺激がたまらない。  クラスでいちばん大きくて、形もよく、張りのある乳房は自慢だ。クラスメイトにも羨ましがられている。  その胸がひしゃげるくらいに強く握り、パン生地のようにこね回す。  痛いくらいの刺激の方が、気持ちいい。  火照った身体は、どんな刺激も快感として受けとめてしまう。だから、刺激が強ければ強いほど、より大きな快感となる。  無我夢中で乳房をこね回し、持ち上げ、その先端を口に含んだ。  強く、吸う。  痛いくらいに、強く。  悠樹にも同じことをされたのを想い出す。  膨らみのサイズの割にはずいぶん小さな乳首がつんと突きだしてくる。その部分がさらに敏感になる。  まだ、足りない。  もっと、刺激が欲しい。  固く勃起した乳首に、鋭い犬歯を突きたてた。 「――――っっ!」  皮膚を突き破り、血が滲むほどに強く咬む。  意識が遠くなり、全身に鳥肌が立つ。  身体が宙に浮いているような感覚に包まれる。  口の中に血の味が広がっていく。  甘い。  すごく、甘い。  シロップよりも甘く感じる。  この味、自分の血の味ではない。  今日、何度も何度も味わった、悠樹の味だ。  悠樹の血を、唾液を、そして精液を、身体中で受けとめた。口で、膣で、子宮で。もちろん手や顔や胸でも受けとめた。  身体中に注ぎ込まれ、塗りつけられた、魅魔の力を持つ体液。  身体中から吸収されて、神流の血液に混じって血管を巡っている。それはもちろん物理的な意味ではなく、霊的な意味での吸収だ。  しかし、たしかに感じる。  ホオジロザメがプールいっぱいの水の中に落とした一滴の血の匂いを嗅ぎとれるように、神流は自分の血に混じった悠樹の味をはっきりと感じとっていた。 『気持ちイイだろ? いけよ、思いっきりイケよ!』  悠樹の言葉が甦る。  まるで、いま実際に耳元でささやかれているよう。 「――――――っっっ!!」  神流の肉体はその命令に従い、弾けるほどに激しい絶頂を迎える。  気を失うことすら許されない刺激。  悠樹の言葉を想い出しただけで、また、達してしまった。  身体の中に残った魅魔の力が発動し、神流の肉体を狂わせる。  噴き出す蜜が手を濡らす。  全身の骨が軋むほどに痙攣する。 「――っ! ――――っっ、――――っっ!!」  その絶頂は、何分間も続いた。  刺激が強すぎ、痙攣が激しすぎて、声もあげられなかった。まだ眠っていないだろう母親に、いやらしい悲鳴を聞かれずに済んだのは幸いだったが、神流は呼吸もできないほどで、危うく酸欠になるところだった。 「………………は……ぁ……」  数分後、ようやく痙攣が治まって息をついた。  本当に、なんて気持ちいいのだろう。  これまでの自慰や女の子同士の行為とは別次元の快感だ。  気持ち、よすぎる。  怖いほどに気持ちいい。  もう、この感覚なしではいられなくなりそうだ。依存症になりそうなほどの強烈な刺激だった。  怖い。  気持ちよすぎて、怖い。  怖いけれど、もっと、したい。  今日、あんなに何度も何度もしたのに。  たった今、あんなに激しくいったばかりなのに。  また、したくなっている。  もっと感じたくなっている。  また明日、悠樹に逢いに行こうかなんて考えている自分がいる。  そんな自分が怖い。  悠樹と知り合う以前の自分と、違いすぎて怖い。  本来、どちらかといえば男性は苦手だったはずだ。今日だって、ホテルで悠樹とふたりきりになった時、本当はすごく怖かった。  具体的になにが怖いというわけでもないのだが、ただ、本能的に恐怖感を覚えた。  なのに、それ以上に、悠樹が欲しいと想ってしまった。  そんなの、本当はいいことじゃない。  悠樹は恋人ではない。  昨日知り合ったばかりの相手で、お互い、本当の意味での恋愛感情なんて持っていないはずだ。少なくとも、今はまだ。  ただ、血が美味しくて、惹かれているだけ。  ただ、セックスが気持ちよくて、惹かれているだけ。  もう、悠樹とは逢わない方がいいのかもしれない。  自分は、狼。  悠樹は、鬼魔の天敵ともいうべき魅魔の一族。  本来は、近づくべきじゃなかった。あんなこと、するべきじゃなかった。  だけど。  悠樹は、神流が狼だと知っていて、それでもなお、女の子として扱ってくれた。  恋人みたいに、愛してくれた。  セックスは痛いくらいに激しかったけれど、それでもどこか、優しかった。  とても、気持ちよくしてくれた。  そして、指輪を買ってくれた。  女の子の部分に触れていた左手を、顔の前にもってくる。  紅い石が薬指を彩っている。  それを見ていると、自然と頬が緩んでしまう。  どうして、左手を出してしまったのだろう。  まるで、そうするのが当たり前のように。  また、左手を下半身へ滑らせる。  指輪をはめたまま、薬指を挿入する。 「…………っっっっ!」  硬い金属の刺激。  その痛みを感じただけで、また、達してしまった。  ああ、もう!  まったく、際限がない。本当に、やめられなくなりそうだ。  セックス依存症。魅魔の血の中毒。  そんなの、いいことじゃない。  本来、男性は苦手なはずの自分。  まだ、セックスなんて早い年齢の自分。  なのに、今日一日で、すっかり変わってしまった。  なりゆきでセックスしてしまった。それも、知り合ってまだ二日目の男の人と。自分はまだバージンだったのに。その上、まだちゃんと恋人にもなっていないのに。  なのに魅魔の血に惹かれて、勢いのままに最後までしてしまった。  その勢いのまま、セックスを繰り返すのはいいことではあるまい。本当は、もっと落ち着いて考えるべきなのだ。  やっぱり、しばらくは逢わない方がいいのかもしれない。  少し、頭を冷やすべきだろう。  しばらくは逢う必要はない。今日、口にした血と、胎内に注ぎ込まれた大量の精液。あれだけの量があれば、しばらくの間は今の力を維持できるはずだ。  だから、逢う必要はない。  肉体的には、必要ない。  なのに――   「……逢いたい……な」  無意識のうちに、そんなつぶやきが漏れてしまう。  身体以上に、心が悠樹の体温を求めていた。 7  嘉~家へ通うようになってから一週間ほど――  疲れきって帰宅した悠樹は、自分の部屋に入るなりベッドに倒れ込んだ。  すぐに睡魔が押し寄せてくる。うとうとしかけたところで、 「お兄ちゃーん、おかえりー!」  にぎやかな声と、背中にのしかかる重みに起こされた。  鉛のような瞼を持ち上げると、壁際に置かれた姿見に、悠樹の背中に馬乗りになっている小柄な女の子が映っていた。  一緒に暮らしている、従妹の美夕――悠樹の保護者である叔母の美咲のひとり娘――だ。彼女が小学校低学年の頃から一緒に暮らしているので、感覚的には従妹というよりも実の妹のような存在だ。  その容姿は小柄で、華奢で、童顔。神流と一学年しか違わないとは、にわかに信じられない。本人も、中学の制服を着ていても頻繁に小学生に間違われることを気にしている。  だったらせめて大人っぽい立ち振る舞いを心掛ければいいのにと思うが、小さな頃と変わらない無邪気さで悠樹に接してくる。 「最近、ぜんぜん構ってくれなくてつまんない!」  美夕は悠樹の肩に手を置いて、身体全体を前後に揺する。  不機嫌そうに、頬をぷぅっと膨らませている。本人は乱暴に掴んでいるつもりなのかもしれないが、華奢な美夕の力では肩を揉んでもらっているようなものだ。  真剣を何百回と素振りさせられて、ぱんぱんに張った肩にはむしろ気持ちいい。  また、眠くなってくる。 「あー、ごめん……最近バイト変えて、ちょっと、忙しいんだ」  半分眠ったような状態で、悠樹はいった。 * * *  神流と関係を持った日から毎日、愛姫から鬼魔と戦う術を学んでいた。  知識に関してはいいとしても、実技の方は大変だ。  愛姫直伝の剣術の稽古。それは稽古とかトレーニングというには少々厳しすぎるように思われた。悠樹のことを快く思っていない愛姫であるから、あるいは稽古にかこつけて憂さ晴らしをしている可能性も否定できない。  なにしろ、平然と「真剣で素振り五百回」などといってくるのだ。手のひらをまめだらけにして奮闘している悠樹をよそに、当人はのんびりお茶を飲んだりしている。  しかしもちろん、愛姫は口だけの人間ではない。その強さは本物だ。  実戦形式の稽古では、今の悠樹では手も足も出ない。悠樹はけっして運動が苦手ではないし、小学生の頃に剣道を習っていたこともあるが、愛姫にはまるで歯が立たなかった。  長身とはいえあの細身で、けっこうな重さのある真剣や稽古用の模造刀を軽々と振り回せるのはどうしてだろう。スポーツチャンバラ用の刀を使った試合ではさらに一方的に打たれまくったし、武器を持たない組み手でもほとんどなにもできずに床に転がされた。 「……半分は『しごき』じゃないのかって思うね。愛姫には嫌われてるっぽいからなー」  今日も、稽古が終わった後、飲み物を持ってきてくれた麻由に愚痴をこぼした。本気でそう思っているわけではないが、愚痴のひとつでも口にしなければやっていられないくらいにきつい。 「嫌ってはいないと思いますよ」  愛姫とは対照的に、悠樹に対して愛想のいい麻由が笑って応える。 「むしろ、逆ではないでしょうか」 「いや、それはないだろ」  そうだったら嬉しいが、愛姫の悠樹に対する態度を見る限り、あまりにも希望的観測が過ぎるだろう。  それとも、ああした態度が愛情表現だというのだろうか。だとすると愛姫はかなりのSだろう。たしかに、そういうのが似合いそうではあるが。 「たとえば……犬神様がいらっしゃる日は、いつも以上に身だしなみに気を遣っていますよ?」 「ほ、ホントに?」  悠樹に会う時は普段よりもお洒落している――それが事実ならば、間違いなく意識している証拠だろう。 「嘘に決まっているでしょう」  応えたのは、いつも笑いを堪えているような麻由の声ではなく、冷えきった鋼のような冷たく硬い声。  振り返ると、冷たい目をした愛姫が立っていた。  稽古の後でシャワーを浴びてきたのだろう。浴衣姿で、濡れた髪をアップにしている。  普段は髪に隠れているうなじが艶っぽいが、まとっている雰囲気は普段以上に怖い。 「まったく歓迎していないとはいえ、いちおう仮にも客人なのですから、身だしなみを整えるのは当然でしょう。別に、犬神さんを特別扱いしているわけではありません」  感情を消した、抑揚のない口調。  本心なのか照れ隠しなのか、悠樹には知る術もない。しかしこれが演技だとしたら、北島マヤも真っ青の演技力だ。 「麻由、貴女はどうして、話をすぐにそういう方向へ持っていくの?」  悠樹の存在を否定するように、一瞬たりともこちらに視線は向けない。言葉はすべて麻由に対してのものだ。  麻由は相変わらずにやにやと笑っている。 「や、だって、面白いじゃないですか? これまで姫様の近くに歳の近い殿方がいることって、ほとんどありませんでしたから」 「それは仕方がないでしょう? 私は女子校ですし、身内にも同世代の殿方なんて、貴仁兄様しかいないんですから」 「ま、そもそも、魅魔の力を持つ男性が稀少ですからね」 「え? そうなの?」  それは初耳だ。  しかし悠樹の問いも、愛姫は完全に無視を決め込んでいた。麻由が苦笑しながら応えてくれる。 「魅魔の力は遺伝しますが、強い力が顕れるのは圧倒的に女性が多いんです。両親ともに魅魔の血を引いているならともかく、片親だけで男子に力が顕れることはまずありません。犬神様は例外中の例外ですね。対して女性の場合、母親が魅魔の力を持っていれば、ほぼ例外なく力が発現します」  それは、形質の発現にふたつの遺伝子が必要で、それが性染色体にある場合だ。純粋にオカルト的なものと思っていた魅魔の力だが、遺伝の法則に従うのだろうか。 「魅魔の力とか、鬼魔の力とか、科学で解明できる類のものなのか?」 「いえ、遺伝がそうなっているだけで、力そのものは現在の科学だけでは解明できません。研究もしていますが、少なくとも現時点ではオカルトとされる分野です」 「……だよな」  血で何倍もの力を得るとか、言葉だけで相手の肉体を思うままに操れるとか、現代科学では説明できない。  それに、鬼魔と人間は交雑する場合があるという。つまり、生物学的、遺伝的には鬼魔はホモ・サピエンスの近縁ということだ。しかし、桁外れの身体能力にしろ、獣に変身する能力にしろ、〈科学〉の範疇を超えている。  普通の武器では身体を真っ二つにされても死なないとか、小口径の銃では傷も負わせられないとか、人間はもちろん、脊椎動物の能力ではない。  まったく、謎ばかりだ。  しかし、その存在と脅威は現実だ。  そして、好きになった女の子が鬼魔であることも現実だった。  だから悠樹は、愛姫のしごきがどんなに辛くても、魅魔の力を使いこなせるようになる必要があるのだ。 * * * 「起きろー! もー、つまんないつまんない!」  また、うとうとしかけていたらしい。美夕が耳元で叫ぶ。  俯せに寝ている悠樹におぶさるような体勢になって、首に腕を回してくる。そのまま、耳を軽く咬まれる。  密着した体勢だが、押しつけられる身体は残念ながら、ドキドキするほどには発育していない。背中に当たる膨らみに気づくには、相当な精神集中を必要とする。  母親の美咲がシングルマザーで仕事が忙しいためだろうか、美夕は寂しがり屋で、少々スキンシップ過剰なところがある。中学生ともなれば、相手がたとえ実の兄であっても、もう少し恥じらいがあってもよさそうなものなのだが。  悠樹としては複雑な心境だ。  精神的にもう少し成長して欲しいと思う兄の気持ち。  くっつかれて嬉しくなるくらい発育して欲しいと思う男としての気持ち。  だけど心身ともにもっと成長したら、こうしたスキンシップもなくなるのかもしれないと思うと寂しい気もする。 「罰として、今度のおやすみにデートして?」 「デート、ねぇ……」 「新しい水着買ったんだよ? これで、お兄ちゃんをノーサツしちゃうんだから!」  思わず苦笑する。  兄妹のような関係だが、本当の兄妹ではない。そのことはお互いに認識している。  美夕が寄せてくれる好意が、兄に対するものであると同時に、好きな異性に対するものでもあることは嬉しく思う。  とはいえ、さすがにまだ美夕を〈女〉として見ることはできなかった。 「あー、笑ったなー」 「お前、悩殺って言葉の意味、わかってんのか?」 「えーとね、女性が性的魅力で男性の心をかき乱し夢中にさせること」  辞書をそのまま棒読みするように応える美夕。 「うむ、正解だ」  わざと、真面目な口調でいう。 「性的魅力で、という点が重要だな。では、〈小動物的な可愛らしさ〉による誘惑は、はたして悩殺の定義に当てはまるのかな?」  そういわれてむっとするのは、自分でも子供っぽさを気にしている証だろう。  たしかに、美夕は可愛い。同世代の他の女の子と比べても、かなりポイントは高いだろう。しかしその魅力は、悠樹の目には人懐っこく尻尾を振る仔犬のそれにしか映らない。 「いったなー? あたしだって、最近、胸おっきくなってきたんだからね。見て鼻血ふくなよ!」  美夕が悠樹の背中から降りて、見える位置に移動してくる。  自分のTシャツの裾に手をかけてまくり上げようとする。  ブラジャーがちらりと見えたところで、その背後に立つ人影。 「はい、そこまで。この、万年発情娘が!」  美夕の襟首を掴んでベッドから引きずり下ろしたのは、美夕を大人にしたような女性。すなわち、美夕の母親であり、この家の家主であり、悠樹にとっては叔母で保護者の美咲だった。 「いつまでも莫迦なことやってないの。さっさとお風呂に入りなさいっていったでしょ」  軽くではあるが、美咲の拳が頭に落とされる。頬を膨らませる美夕。 「お風呂なんて後でいいっしょ。邪魔しないでよ、せっかくお兄ちゃんといい雰囲気になりかけていたのに」  いや、それはない――と心の中でつっこむ。  さすがに美夕はまだ幼すぎる。たとえ本人に悩殺するつもりがあったとしても、それに対して性的な興奮を覚えるほどロリコンではない。せめてあと二、三年後であれば、また話は違うかもしれないが。 「じゃあ、最後のお風呂掃除もあんたがしなさいね」  そんな台詞で態度を豹変させるあたりも子供だ。風呂掃除を進んでやるような性格ではない美夕は、慌ててバスルームに向かった。  部屋には、美咲と悠樹が残される。  緩やかなウェーブのかかった髪を、肩の長さで切り揃えた美咲。美夕が大人になったら間違いなくこうなるだろう、というくらいに顔は似ているし小柄なところも同じだが、色気の量と質だけはさすがに大人、桁が違う。  ベッドの端に座って、仰向けに寝返りをうった悠樹の頬をつつく。 「ユウちゃんも、十六歳になるまであの娘に手を出しちゃダメよ?」 「ださねーよ!」  こんな会話もいつものことだ。美咲だって本気で心配しているわけではない。  ストライクゾーンは広い悠樹だが、本来はどちらかといえば年上好きなことは美咲もよく知っているし、そもそも、将来は悠樹と美夕が結婚すればいいと思っているくらいだ。しかし現時点では、まだ中学生になったばかりの娘の暴走を諫めるのは母親として当然だろう。 「それにしても、ホント、最近疲れてるね。バイト、忙しいの?」 「忙しいっつーか、肉体労働、みたいなもんだから……」 「あんまり無理しちゃダメよ? 経済的に苦しいわけじゃないんだから」  美咲は結婚したことのないシングルマザーだが、ちゃんと正社員の仕事を持っていて、美夕と母娘ふたりが暮らすにはまったく不自由していない。  悠樹は中学の時に両親を亡くして美咲に引き取られたのだが、両親の遺産と保険金を合わせれば、大学を出るまで特に美咲に負担をかけることもない。 「まあ、あまり心配はしてないけどね。ユウちゃんってば、毎日疲れてるけど、なんかいい顔してるもん」  今度は鼻をつつかれる。 「……でも、新しいバイトって、なんの仕事?」 「え? えっと……なんつーか……」  言葉に詰まった。さすがに本当のことを話すわけにはいかない。かといって、まったくの嘘をついてもすぐにばれるだろう。こんなことなら、愛姫や高橋と打ち合わせておくべきだった。 「いや……その、守秘義務ってのがあって、詳しく話すわけには……。あ、でも、別にいかがわしい仕事じゃねーよ? むしろ逆っつーか……とある役所の下請け? みたいな感じで」  少なくとも嘘はいっていない。 「だったらどうして隠してたのかなー?」  挑発的な笑みが近づいてくる。 「……や、わかってるけどね。職場に可愛い女の子がいるんでしょ?」  ぎく!  隠そうとしても、微かに動揺したことはすぐに見破られた。 「やっぱりねー」 「……やっぱ、みさ姉に隠し事はできねーか」  なにしろ、悠樹が生まれた時からの長い付き合い、実の姉のような存在だ。 「で、どうして、職場に女の子がいることを隠してたのかなぁ?」 「…………みさ姉が、そーゆー顔するってわかってたからだよ」  すぐ目の前にある顔は笑っている。が、どこか怖いオーラが漂っていた。 「つまり、お気に入りの娘なんだ?」  そんな言葉に対して、悠樹はなにも応えることができなかった。  美咲の唇に、口を塞がれていたから。  そのまま唇を割って、美咲の舌が口の中に入ってくる。  悠樹も狼狽えもせずに、舌を伸ばして応える。  同時に、美咲の手が、悠樹の胸の上に置かれた。  その手がゆっくりと下へ滑っていく。下腹部の膨らみの上で一度止まり、感触を確かめるように蠢く。 「あは……疲れている割に、ここは元気なんだ?」  挑発的で、悪戯な笑み。  こんな表情の美咲は、とても色っぽくて、だけど実際の年齢よりもずっと子供っぽく見える。  妖艶な光を湛えた瞳が、至近距離にあった。 「……久しぶりに、する? っていうか、ユウちゃんに拒否権はないんだけどね」  もちろん、拒否するつもりなんて毛頭ない。無言で小さくうなずくと、美咲の手がジーンズのファスナーを下ろしていった。  美咲と悠樹は、ずっと、こうした関係だった。  まだ中学生だった悠樹の、初体験の相手が美咲だ。既に一児の母だった美咲だが、十代の頃から性に関してはかなり奔放な性格だった。未婚のシングルマザーは伊達ではない。  当時の美咲は二十代の半ばだが、小柄で童顔で、せいぜい二十歳弱にしか見えなかった。そんな美咲に、ちょうど性というもの、異性というものを意識しはじめた中学生の悠樹がちょっかいを出されたら、抗えるわけがない。そもそも、姉のような存在だったこの可愛い顔の叔母は、幼い悠樹の初恋の相手だった。  美咲としては、本気の恋愛感情を抱いていたわけではない。ただ、身近な男の味見は欠かさないいつものクセで、可愛がっている甥が色気づきはじめたところを、ちょっとつまみ喰いしてしまったというところだろう。  以来、ふたりは時々身体を重ねている。もう、五年以上続いている関係だ。  恋人、ではない。  そういう関係だった時期は一度もない。  かといって、単なるセフレとも違う。  恋人と違って、関係の維持に気を遣わなくていい存在。だけど、どうでもいい相手ではない。血がつながっているという特別な関係は変えられない。  恋愛ではなく、あくまでも肉親に対する愛情。だけど、それ故に心地よい関係。  美咲にとって、悠樹は都合のいい相手だった。恋人がいない時でも、自分のしたい時にセックスできる相手。肉親ということで、ゆきずりの相手と違って安心感がある。しかも年齢差があるだけに、自分が主導権を握ってやりたいようにできる相手。  悠樹にしても、セックスに興味津々な年頃に、頼めばやらせれくれる相手は貴重だった。しかも経験豊富なテクニシャンで、歳が離れているとはいえ、実年齢よりはずっと若く見える美人。なにより、物心つく前から、刷り込みのように好意を抱いてきた相手。放っておけるわけがない。  美咲に恋人がいる時も、悠樹に恋人がいる時も、関係は続いていた。この先もきっとそうだろう。あるいはこの関係があるからこそ、美咲は再婚もせず、悠樹も長続きする彼女が少ないのではないかとも思えてしまう。  だから今、神流と関係を持って、愛姫のことも気に入っている状況であっても、美咲の申し出を断る理由はどこにもなかった。  気になることはひとつだけ。 「でも、美夕がいるのに、まずくない?」  初めて関係を持ったのは、美夕が小学生になるかならないかの頃。両親が旅行で数日留守にするので、独りになる悠樹のために美咲と美夕が泊まりに来てくれていた時のことだった。あの頃は美夕が眠っている隣の部屋でしたこともあったが、さすがに最近は美夕が留守の時か、そうでなければこっそりと外で逢うことが多かった。  本音をいえば、お互い、美夕に対する罪悪感もある。しかし、だからこそ興奮してしまうのもまた事実だ。秘密の関係というのは、セックスを盛り上げる最高のスパイスだった。 「大丈夫。あの娘、長風呂だもの」  美咲の手が、既に硬くなっている悠樹のものを優しく包み込む。ゆっくりと手を動かす。 「でも、あまり時間はかけないようにしましょ」  もう準備はOK、とばかりに、悠樹の上に跨ってスカートをまくり上げる。  そこは、逆三角形の淡い茂みが露わになっていた。下着は着けていない。ガーターベルトでストッキングを吊っているだけ。 「……最初から、そのつもりでいたんだ?」  思わず、口元がほころぶ。  部屋に来る前から下着を脱いでいたなんて、悠樹が帰ってきた時点で、今夜はする気満々だったのだろう。 「ちょっと前に彼氏と別れて、溜まってんのよ。いいでしょ? 彼女のためにとっとくなんて許さないからね」 「んなこといわねーよ。つか、まだ彼女じゃねーし。つか、彼女がいる時だってみさ姉とはしてたじゃん」 「ん、よろしい」  十歳以上年上ということで、悠樹に対しては強引なところもある美咲。  だけど、憎めない。  そんな美咲が好きだ。ただし、普通の恋愛感情とは少し違った意味で。  漠然と、将来自分が結婚しても、美咲が再婚しても、こうした関係は続くのではないかと思っている。  上に跨って膝立ちになった美咲が、片手で悠樹のペニスを掴み、もう一方の手で自分の割れ目を拡げて押し当てた。 「……って、いくらなんでも、まったく前戯なしでいいのか? 前もって、自分でほぐしてた?」 「……莫迦。この……挿れる時の、キツイ感じが……イイの」  ゆっくりと腰を落としていく。  甘い吐息を漏らし、瞳を潤ませる美咲。  そこはもう充分に濡れていたが、それでもまったくほぐしていない状態での挿入には、引っかかるようなきつさがある。  その、少し痛いくらいの刺激が堪らない。 「んっ、くぅ……」 「……ぁあっ、んん……っ、んくぅぅ……ん、はぁぁ……」  じわじわと、美咲の胎内に埋まっていくペニス。  膝立ちになっていた脚から力が抜け、美咲の腰が落ちる。  一気に根元まで突き挿れられて、感極まったような溜息をつく美咲。その表情は可愛らしくも淫猥だ。 「んっ、あ……すごい、イイ……ユウちゃんのチンポ、すっごくイイトコに当たってる……」  美夕に聞こえないように抑えた、切なげな声。  前後に動く腰。  結合部からくちゅくちゅと湿った音が立つ。  一往復ごとに、腰の動きがだんだん速く、リズミカルに、そして大きくなっていく。  気持ち、よかった。  包み込まれて擦られる感触。  神流の、痛いほどに締めつけてくる感覚とはまるで違う。優しく、柔らかく、包み込まれる感覚。  これはこれで、すごく気持ちがいい。どちらがいいとか、比較できるものではない。  そんなことを想っていると、 「こぉら」  軽く、頬をつねられた。 「してる最中に、他の女の子のこと考えちゃダメって教えたでしょ。何股かけるのもいいけど、常に、その時一緒にいる女の子を最愛として扱うのがモテ男の秘訣よ」 「あ、ご、ごめん……って、なんで俺が考えてることまでわかるんだよ?」 「わからいでか。生まれた時から二十年、ずっと見てきた相手なんだから。……おしめ替えてやったこともある男の子とセックスしてるって思うと、なんか興奮するよね」  年齢差は十一歳。  悠樹にとっては、生まれた時から傍にいる、叔母というよりも歳の離れた姉のような存在。  しかし、実の姉ではない。  いちばん近くにいた、異性。  悠樹にとって、いわば美咲は異性の象徴だ。  幼い頃の初恋の相手であり、初体験の相手であり、女の子のこと、恋愛のこと、セックスのこと、すべてを教えてくれた相手。  だから、頭が上がらない。  だけど、それでもいいと思っている。基本的に、女の子の前では格好をつけたがる悠樹だが、それこそおしめを替えてもらったこともある相手なのだ。どう足掻いても美咲の上には立てない。  今では美咲の前でもそれなりに男として振る舞うが、それでもやっぱり時には甘えてしまう相手。甘えてもいい相手。  甥であり弟。  年下のセフレ。  美咲にとっても気兼ねなしに性欲処理ができる都合のいい相手。  そんな、関係。  そんな、地位。  年下の女の子に対しては自分がリードする悠樹だが、美咲とのそんな関係も心地良いものだった。 「……ったく、みさ姉にはかなわねーな」 「あったりまえでしょ。じゃ、ペナルティとしてうんと気持ちよくしてね?」  軽く鼻にかかった、甘い声。  聞き慣れた、だけどどれだけ聞いても飽きることのない、大好きな声。 「わかった、まかせとけ」  美咲の身体を掴んで上体を起こす。  代わって、美咲が仰向けになる。  片脚だけを抱えた体勢で、深く、深く、突き挿れる。  腰を突き出すたびに、美咲の身体が痙攣する。 「いぃ……っっ! んっ、んふぁ……ぁっ!」  片腕で脚を抱え、空いた手で美咲の口を塞いだ。  美夕がいる家の中での行為。大きな声をあげさせるわけにはいかない。しかし本気で感じている時の美咲はかなり声が大きい。  大きな手のひらでしっかりと口を塞いで、激しいピストン運動をはじめた。 「……っ、…………っ!!」  すぐに、美咲の目が潤んでくる。  指の隙間から、くぐもった嗚咽が漏れる。  悠樹に深々と貫かれている秘裂も潤いを増して、白く濁った蜜を溢れさせている。  積極的に悠樹をリードする美咲だが、実際のところ、セックスに関してはどちらかといえばM体質だ。こうして、口や腕を押さえつけられて少し強引にされるのが大好きだという。  だから、激しく突く。  ベッドが軋む。  かき混ぜられた愛液が、ぐちゅぐちゅと湿った音を立てて泡立つ。  声がない分、そうした淫猥な音がはっきりと聞こえて、さらに昂ってしまう。  びくっ、びくっと痙攣する美咲。本気で感じている証だ。濡れた粘膜が絡みついてくる。  悠樹は腰の動きを加速する。  深く、深く、浅く。  入口周辺を攻めて、また一気に深く突く。 「――――――っっっ!」  美咲が上体を仰け反らせ、微かな悲鳴を漏らす。  ひと突きごとに腰を左右に振って、角度を変えて膣壁を擦りあげる。その度に美咲の反応も激しさを増していく。  美咲が感じる場所は知りつくしている。だけどそこだけを重点的に攻めるのではなく、わざとほんの少しだけ急所を外して焦らし、潤んだ瞳にせがむような色が濃くなったところを見計らって、いちばん弱い部分を一気に貫く。  その、繰り返し。  美咲はたちまち登りつめていく。それでも攻める手を緩めず、さらに激しさを増して犯す。  膣内は熱く火照っている。溢れ出る愛液が沸騰しているようだ。とろけたようにほぐされた粘膜が柔らかく絡みついてくる。  一方的に攻めたてられているように見える美咲だが、その腰は悠樹の動きに合わせるように常に微妙に蠢いて、下半身を刺激してくる。  悠樹が美咲の性感帯を知りつくしている以上に、美咲は悠樹の感じるポイントを知りつくしている。  だから、時間の短さは問題にならなかった。ふたりは足並みを揃えて、快楽の頂へと駆け上っていく。 「……中で、出してもいいんだろ?」  ぐいぐいと腰を突き出しながら訊く。  口を塞がれたままの美咲が、がくがくと震えるようにうなずいた。  もちろん、妊娠の心配はない。恋人はもちろん、ゆきずりの関係を持つことも多い美咲は、ピルを常用しているはずだ。  フィニッシュに向けて加速していく。  いちばん感じる部分を集中的に攻めまくる。  もう、焦らしたりなんかしない。一気に核心を突く。 「――っっ! ――っっ! ――――――ッッ!」  美咲の身体が強張り、下半身ががくがくと震える。  もう数え切れないほど見た、美咲がいく時の仕草。  その動きがダイレクトに悠樹に伝わって、やはり頂へと導かれる。 「イク、イクぞ、みさ姉っ、――っ!」  下腹部で膨らんでいた熱い塊が、一気に噴き出していくような感覚。  びくっ、びくっと大きく脈打つ。  濃厚な精液が噴き出して、美咲の胎内を満たしていく。  なかなか止まらない。神流が相手じゃないのに、普段よりもずっと多いように感じる。  美咲とするのも久しぶりだからだろうか。それとも、神流とした時の影響がまだ残っているのだろうか。  ぶるぶると身体を震わせて、注ぎ込まれる精液の感覚を堪能している美咲。白く濁った奔流がようやく収まり、口を押さえていた手を放すと、感極まったように大きな溜息をついた。 「あ……ぁぁ……すっごい…………、いっぱい、出たね。……溜まってた?」 「ああ……そう、かも」  力が抜けた美咲の身体を、包み込むように優しく抱きしめる。  身体を密着させて、どちらからともなく唇を重ねる。 「こんなにいっぱい出されたら、ピル飲んでても妊娠しちゃいそう」  子供っぽい表情で無邪気に笑う。 「本音をいえば、まだ若いうちにひとりくらい、ユウちゃんの子供を産むのもいいかなーなんて思ってるんだけど、あんたはどう思う?」 「え……あー、なんか、それもいいかも。……でも、やっぱマズイだろ、美夕になんていうんだ?」 「あはは、さすがに、父親が誰かなんていえないね。そればっかりは、超えちゃいけない一線だわ」 「みさ姉も変わってるよな。そういうところ、ちゃんと〈母親〉なのに、俺とこーゆーことしてるんだから」 「母親であると同時に、女でもあるの。女として人生を楽しみたいけど、母親としては娘の幸せも考えるよ。……で、正直なところ、あの娘のこと、どう思う?」 「さすがに今はまだ〈女〉としては見れないな。高校生くらいになったら、ぜひにとお願いしたくなると思うけど」 「うん、ならOK。十六歳になって私が許可するまで、手ぇ出しちゃダメだからね」 「もちろん。だけどその台詞って、娘を気遣う母親のもの? それとも、お気に入りをとられたくないっていう女のもの?」 「今は、三対七で後者ってところかな。あの娘にはまだ早すぎるし、もうしばらくユウちゃんのこと独り占めしてたっていいっしょ」  十六歳という年齢にこだわるのも、対抗心からだろうか。  美咲の初体験は意外に遅く、十六歳だったと聞いたことがある。娘の初体験がそれよりも早いのは悔しいのかもしれない。 「オトコは大勢いたけど、やっぱり、ユウちゃんのがいちばん気持ちいいな。……当然だよね。一から、自分好みのテクを仕込んだんだから」  悠樹にとっても、美咲とのセックスはすごく気持ちがいい。美咲の身体は女性経験の原体験であり、すべてはここからはじまったのだ。  だから、気持ちいいのと同時に、なんだか懐かしいような感覚に包まれる。幼い頃、母親に抱かれていた時の感覚にも似ているかもしれない。  美咲とのセックスは、単なる性欲の解消のためとは違う。心身ともに癒される行為だった。初めての女性で、姉代わりで、母親代わりの美咲だからこその感覚。  他に彼女がいても、神流とのセックスが気が狂いそうなほどに気持ちよくても、やっぱり、美咲とのこうした関係は続けたいと思ってしまう。美夕に対して後ろめたい気持ちを抱きつつも、やめられない。そんな想いはきっと美咲も同じだろう。 「……気持ちよすぎて、一回じゃ物足りないね」 「……俺も、ちょっと、そう思った」 「今度の休みに、久しぶりに外で逢おうか? ラヴホのサービスタイムの最初から最後まで、腰が抜けるまでやりまくって」 「いいね」  美夕の目を盗んでの声も出せない行為には、緊張感と背徳感ゆえの興奮もあるが、たまにはなにも気にせずにとことんまで楽しみたい。 「今度の土曜か日曜か……バイトの都合確認して、連絡するから」 「ん、楽しみにしてる」  もう一度、軽く、キス。  そして、身体を離す。そろそろ美夕がいつ風呂から上がってきてもおかしくない時間だ。名残惜しいが、いつまでもくっついてはいられない。  ふたりとも、美夕を悲しませたくないという点では一致している。  乱れた衣類を整えて、美咲が部屋を出て行く。  それから三分と経たずに、風呂から上がった美夕が飛び込んできた。 「おにいちゃーん!」  バスタオルを身体に巻いただけの姿で、濡れた髪から雫を撒き散らして飛びついてくる。 「こら、ちゃんと服を着ろ」 「えー、こっちの方がそそられない?」 「あと四、五年経ったらそそられるかもな。だから今は服を着ろ」  もちろん、それはいい訳だ。  美咲とあんなことをしたばかりで、だけど一回だけではまだ満足はしていない。  そんな状況で湯上がりの身体にバスタオル一枚で迫られたら、妹にしか見えない美夕が相手でも平常心を保つのは難しい。  しかし、美夕は離れようとしない。むしろ、よりいっそう身体を押しつけてくる。  風呂上がりの、温かな、いい匂いのする女の子。  理性が蝕まれそうだ。  こんな時、いつもなら助けに入ってくれる美咲も、先刻の行為の後始末をしているのか姿を現さない。  頑張れ、俺の理性――  自分を叱咤激励する。  もちろん、嫌な気分ではない。むしろ、いい気分だからこそ困る。  力ずくで無理やり引き離すわけにもいかないので、代わりに、頭を撫でてやった。  まだまだ子供っぽい美夕は、それだけで満足そうに目を細める。  これが、犬神家の日常だった。  美咲との、いけない関係も。  美夕との、子供っぽい、だけどそれだけではないじゃれ合いも。  悠樹にとっては、大切な、幸せなひとときだ。  いつまでも、守りたい。  だから、強くならなければならない。愛姫の許で修行して、魅魔の力を使いこなせるように、鬼魔と戦えるように、力をつけなければならない。  鬼魔などという存在がこの世にいる以上、それが、交通事故に遭うよりもずっと低い確率とはいえ、美夕や美咲だって犠牲者になる可能性がないとはいいきれない。  だから、強くなる必要があった。  大切な家族を、そして神流を、守るために。 8  その日――  夕方、いつものように愛姫の家へ行くと、先客がいた。  屋敷の敷地に見覚えのある黒いセダンが停まっていたのでもしやと思ったら案の定、応接間には鬼魔対策を任務としている公安警察の高橋光一郎の姿があった。 「やあ、久しぶり」  いつも以上にきつい表情の愛姫とは対照的な、愛想のいい笑みを浮かべている。いかにもエリートっぽい雰囲気を漂わせた体格のいい男性だが、意外と人当たりはいい。 「瀬田神流とは、うまくいってるのかい?」  まるで人間の彼女とのことを話題にするような、何気ない口調だった。  この男も鬼魔と戦うのが生業のはずだが、愛姫のような、鬼魔に対する強い憎しみは感じられない。肉親を何人も殺されている愛姫とは違い、純粋に任務としてやっていることだからだろうか。  もっとも、警官が個人的な憎しみを抱いて仕事に就いていたら、それはそれで怖い話ではある。 「……ええ、それなりにうまくいってますよ。直に逢ったのはあの翌日が最後ですけど、普通に電話とかメールとかはやりとりしてるし、人間の女の子と付き合うのと変わりません」  後半部分、やや力を込めていった。神流が〈普通の女の子〉であることを強調する。  公安に身元を知られた神流がいまだに殺されも拘束されもせず、これまで通りの生活を送っていられるのは、悠樹に懐いていて、人間に危害を加えていないからだ。悠樹としては、神流が危険な存在ではないと、ことあるごとに主張しなければならない。  あれ以来逢っていない――神流が逢おうとしてくれない、というのはやや不安要素ではあったが、電話やメールでは普通に会話しているし、嫌われたわけではなさそうだ。どうやら、前回のあれが初めてなのに弾けすぎたと反省し、自重しているらしい。  奔放なようでいて、意外と固い性格なのかもしれない。悠樹としてもここは焦らず、持久戦でいくつもりだ。 「……ならいい。だけど油断はしないことだな。動物園の飼育係やサーカスの調教師が、慣れていたはずの猛獣に襲われた例はいくらでもあるだろう。信頼するのはいいが、相手が人間ではないことは、肝に銘じてかなければならない。人間っぽく扱うのはいいが、人間そのものではない。そのことを忘れるのは危険だからな」 「……わかりました」  素直にうなずいておく。鬼魔の扱いに関しては向こうが先輩だし、そもそも国家権力に逆らっていいことはない。愛姫や麻由の話から察するに、神流をそのまま生かしておいているというのは例外的なことらしい。  高橋としては、神流が問題を起こさないのなら、その方が手間が省けていいとでも思っているのではないだろうか。むしろ殺す口実を探しているような愛姫とは対照的だ。 「それで〈力〉の方は、どんな調子だ?」  その問いに、冷たい声で答えたのは愛姫だった。 「……四、五年後なら、使い物になるかもしれません」  悠樹は無言で肩をすくめる。  そこまでひどくはない、と思いたいが、物心ついた頃から鬼魔との戦い方を仕込まれてきたであろう愛姫と、稽古をはじめてまだほんの数日の悠樹とでは比較にならないのは事実だ。  高橋が苦笑する。もちろん、愛姫の台詞を言葉通りに受け取ってはいないだろう。長い付き合いなのか、愛姫の性格はよくわかっているようだ。  そういえば、愛姫と高橋はどういう関係なのだろう。悠樹が知る限り、愛姫の身近にいる唯一の男性といってもいい。他に、従兄がいるような話を聞いたことがあるが、実際に会ったことはない。 「残念だが、そこまで待ってはいられない。経験を積むためにも、今夜の狩りには犬神くんも参加してもらう」 「狩り?」 「狼狩り、です。この前取り逃がした連中かどうかはわかりませんが、狼の縄張りが絞りこめたので、今夜、仕留めます」  普段よりも低い声。強い口調。  愛姫が普段にも増してきつい表情をしていた原因はこれか、と理解した。両親の敵である鬼魔を、愛姫がどれほど憎んでいるかはこの数日で嫌というほど思い知らされた。 「……わかりました」  いよいよ、実戦だ。  悠樹も緊張した面持ちでうなずいた。 * * *  高橋が運転する車で向かった先は、神流や愛姫と出会ったのとは別の公園だった。  やはり、夜になるとほとんど人気がない。そうした点が、狼にとっても愛姫にとっても〈狩り〉に適した場所なのだろう。  狼の〈狩り場〉を探すのは、高橋をはじめとする警察組織の仕事だった。失踪届け、傷害事件、殺人事件、街の噂話などを手がかりに〈不審な失踪者〉の多い地域を洗い出すのだ。  鬼魔の存在が確実となってからが、退魔の力を持つ者たちの出番だった。退魔師の多くは鬼魔の気配を察知する能力に長けているが、限られた数しかいない貴重な人材だ。直接の戦闘が最優先であり、それ以外の目的に割く人的余裕はない。  そうした点でも、愛姫の魅魔の力は有利だった。鬼魔の縄張りを大まかにでも絞りこめれば、あとは自分の血で誘い出すことができる。愛姫の血の匂いに誘われない鬼魔はいない――それは麻由の言葉だった。  車を降りた愛姫と悠樹は、公園の中へと進んでいく。高橋は、機動隊員たちと一緒に待機して、〈狩り〉の最中の人払いと、その後の後始末を主に受け持つ。  火器の使用が解禁された総力戦でもなければ、〈狩り〉の役割分担はこれが基本だ。拳銃や警棒しか持たない警官たちでは鬼魔に対して有効な戦力にならないどころか、鬼魔に操られて、むしろ退魔師たちの障害となる危険すらあるという。愛姫ほどの手練れであればなおさら、第三者の存在は邪魔にしかならない。  愛姫など、悠樹に対してさえ邪魔者を見るような目を向けている。しかし今夜は悠樹の実地訓練という意味合いもあるから、愛姫としても文句はいえない。 「……では、はじめましょう。手順はわかっていますね?」  公園の中心部まで進んだところで、愛姫がいう。  周囲に人の気配はない。ところどころに設置されたナトリウムランプの街灯が、無人の公園をぼんやりとオレンジ色に照らし出している。 「……ああ」  緊張した面持ちで悠樹がうなずく。  手に持っていた刀を抜く。  これまで、稽古では何千回と振ってきた真剣。実戦で抜くのは初めてだ。  小さく深呼吸。  意を決して、自分の腕に刃を押しつける。  刀を引く。微かな、鋭い痛み。  腕に残る紅い筋。滲み出てくる血。  悠樹にはただの血としか見えないが、これが、鬼魔を惹き寄せる魅魔の血だ。ホオジロザメのいる海に血を流したようなもので、付近に鬼魔がいれば無視できるわけがない。  目を閉じて、視力以外の感覚を研ぎ澄ませる。  街灯があるとはいえ、都心部から離れた深夜の公園だ。人間の視力など、鬼魔相手にはさほど役に立たない。向こうは夜行性の野生動物以上に夜目が利く。  意識を、集中する。  退魔の力を持つ者なら、近くにいる鬼魔の気配を感じ取れるというが、今のところなにも感じない。  正直なところ、不安だ。自分の力を理解して以来、神流以外の鬼魔とは接したことがない。本当に気配を感じ取れるのか、試したことはないのだ。  もっとも、今は傍に愛姫がいるから、万が一悠樹が気配に気づかなくても、不意を衝かれる危険はないだろう。  目を閉じると、自分の鼓動と呼吸の音だけがはっきりと聞こえた。  緊張のせいか、手がじっとりと汗ばんでいる。何度も手を拭いて握り直す。  呼吸が、速くなってくる。  乾いた唇を舐める。  どのくらいの時間が過ぎたのだろう。  まだ、来ないのか。  もしかして、近くに鬼魔はいないのだろうか。  だったら、いい。悠樹としては、何事もなく家に帰れればそれに越したことはない。  しかし、愛姫はそうは思わないだろう。憎むべき鬼魔を殺せなかったことを悔しがるに違いない。  そんなことを思った時―― 「――っ?」  鼓膜を微かに震わせたのは、遠くの、女の悲鳴だった。  びくっと身体が震える。慌てて目を開く。  目を閉じていたせいか、先刻よりも夜目が利くようになっていた。幾分緊張した面持ちで、声のした方に視線を向けている愛姫の姿がはっきりと見える。  もう一度、聞こえてくる悲鳴。  先刻よりも近づいている。  鬼魔に襲われて、逃げてきているのだろうか。  悠樹の血に誘われるよりも先に、他の女性が襲われたのだろうか。  こちらから助けにいくべきだろうか。しかし、愛姫はじっとしたまま動かない。まだ、刀の柄に手をかけてもいない。  愛姫が動かない以上、悠樹も動けない。  心を落ち着けるため、ひとつ、深呼吸。  愛姫に声をかけるべきか、と迷っていると、 「……来ました」  ぽつりと、つぶやいた。  愛姫の視線を追う。  ヒールの高い靴特有の、硬い足音が近づいてくる。  闇の中から姿を現す人影。街灯の下で確認した姿は、二十代後半くらいと思われる、スーツを着たOL風の女性だった。片腕の袖が引き裂かれ、露わになった腕は血で真っ赤に染まっている。  しかし、愛姫が「来た」といったのは彼女ではない。視線は、わずかにずれた方向へと向けられている。  この頃になると、悠樹にも感じ取れるようになっていた。  姿はまだ見えないが、感じる。  全身に鳥肌が立つような、異質な気配。  いる。  なにか、いる。  人ではない、なにか、禍々しい存在が。  近づいてくる。  姿は隠しているが、逃げる女性の後ろから追ってきている。  しかし、それも妙な話だった。  本来、鬼魔の運動能力であれば、ハイヒールを履いたスカートの女性など、あっという間に追いつくはずだ。そもそも、か弱い人間相手に姿を隠す必要もない。  となると、既に悠樹たちの存在に気づいて用心しているのかもしれない。 「近いです。気をつけて」  愛姫の視線は女性の方に向けられているが、その神経は周囲三六十度に対して油断なく警戒を続けている。鬼魔の跳躍力であれば、十メートルくらいはひとっ飛びだ。暗くて街灯の近く以外ははっきり見えないこの状況では、少しでも隙を見せたら不意うちを喰らいかねない。  必死の形相で走っていた女性が、悠樹たちに気づいてこちらに向かってくる。 「――た、助けて! お、狼が……っ!」  そこまでいいかけたところで、躓いて転んだ。  よほど慌てていたのだろう。頭を打ったのではないかと心配するくらいの派手な転び方だった。片腕を怪我しているせいで、バランスが悪いのかもしれない。 「犬神さんは、周囲を警戒してください」  愛姫が女性に近づいていく。周囲に気を配りながら、慎重に。けっして慌てて駆け寄ったりはしない。  慎重にならざるを得ない。すぐ近くで狼が息を潜めている気配は、悠樹にも感じ取れる。もう二、三十メートルと離れていないだろう。闇にまぎれて、こちらを遅う機会を窺っているのだ。  ごくり……  唾を呑み込む。  全身が粟立つような感覚。全身がじっとりと汗ばんでいる。  本音をいってしまえば、怖くて仕方がない。  向こうは間違いなく、こちらを捕捉している。その気になればいつでも襲いかかれるだろう。  なのにこちらは、まだ正確な位置もつかめていない。周囲の闇という闇に、無数の狼が潜んでいるような錯覚に襲われる。  いったい、どこにいるのだろう。  どんなに目を懲らしても、姿は見えない。おそらく、灯りが届かないちょっとした物陰に潜んでいるはずだ。  逃げ出したいくらいに怖いが、逆に、来るなら来い、とも思う。こんな緊張感、長く続く方が精神的な負担が大きい。  同時に、なにかもやもやとした違和感があった。  どうにも、すっきりしない。  狼がいるのは間違いない。こちらを狙っている。悠樹や愛姫がいるからといって、このまま引き返すことはしないだろう。せっかく手に入れた獲物を簡単に諦める肉食獣はいない。ましてやこの周辺には、悠樹の血の匂いが拡がっているはずだ。  狼は、いる。  すぐ、近くに。  牙を剥いて、今にも襲いかかろうとしている。  なのに、なんだろう。  この、違和感。  なにか、重要なことを見落としている気がする。  狼がいるのは間違いない。あの女性も「狼が……」といっていたではないか。最初に襲われて腕を怪我した時に姿を見たのだろう。  横目でちらりと、倒れている女性を見た。愛姫が近づいて、手を差し伸べようとしている。  狼なんて、さぞ驚いたに違いない。数日前の悠樹もそうだった。  海外ならともかく、狼などいない日本、しかも東京都内で狼だなんて。  ……狼?  はっと気がついた。腕の毛がざわ……と逆立つ。 「愛姫! そいつだっ!」  悠樹が叫ぶのと、倒れていた女性が、助け起こそうとした愛姫に向かって、大怪我していたはずの腕を突き出すのとがほとんど同時だった。  身を躱す愛姫。爪が腕をかすめ、皮膚が浅く切られた。  女の目が、見開かれる。  まっすぐに愛姫を捉える。  わずかな光の下で銀色に輝く瞳。  それは、夜行性の獣の瞳だった。  体勢を崩して転びそうになりながらも、愛姫は刀を抜いた。悠樹の目には神速の抜刀術だが、しかし目の前の女性は大きく跳んで易々と刃を躱した。神流を彷彿とさせる身の軽さだ。  悠樹も斬りかかろうとしたが、距離を詰めるよりも先に女の方が距離をとった。細い脚が軽く地面を蹴っただけにしか見えないのに、五メートル以上は跳んでいる。 「勘がいいわね、坊や。もうちょっとのところでいちばん目障りな退魔師を始末できたのに」  そういう女の顔には、一瞬前までの恐怖の色はない。嘲るような笑みを浮かべ、微かに開いた唇の間に、鋭い犬歯が覗いていた。  その口が、大きく裂けていく。  女の姿が変化する。  耳が移動し、鼻と口が伸びる。  自分で服を引き裂くのと同時に、直立した体勢から四つ脚になり、全身が毛皮に覆われる。  最新のCGでも再現できないような、滑らかな変化。たちまちのうちに、女は狼へと変化していた。  白色に近い、灰色狼。  愛姫が立ちあがるよりも早く、狼が走り出す。その姿はたちまち闇に飲み込まれていった。  それと呼応するように、それまで感じていた鬼魔の気配も別方向へと遠ざかっていく。  迂闊だった。  狼は二頭いたのだ。  姿を見せない狼が囮となって気配を振りまくことで、人間の女に化けた狼の気配を隠していたのだろう。予想以上に狡猾だ。  小さく溜息をつく。狼は最初から悠樹たちを狙っていたのだ。完全に裏をかかれた。  今夜のところは完敗だ。致命傷を負わずに済んだだけでも僥倖だったと思うべきだろう。  愛姫は、立ちあがりかけた体勢のまま固まっていた。強張った、ひどく怖い顔をしている。手を差し伸べてやると、まるで鬼魔に向けるような視線で悠樹を睨んで、自力で立ちあがった。  幸い、腕の傷はごく浅いようだ。ハンカチで血を拭いてやる。それを無視して、愛姫は歯噛みしながら携帯電話を取りだした。 「……愛姫です。すみません、取り逃がしました」  悔しさが滲み出る、絞り出すような声。 「二頭、いました。人間に化けていた若い雌と、もう一頭はおそらく雄。ええ、欺かれました。……はい」  それだけいって、電話を切る。ほどなく、車のエンジン音が近づいてくる。  高橋のセダンと、機動隊員たちが乗っているトラック。  警官たちが周囲を調べる。狼の遺留物を捜しているのだろうか。 「……すみません、少々油断していたかもしれません。ただ気配を消していただけなら気づけたのですが……」  傷の手当てを受けながら、愛姫が頭を下げる。  どんなに気配を隠していても、愛姫なら鬼魔を見逃すことはないという。その自負があったからこそ、裏をかかれたのだろう。相手も、優れた退魔師相手には気配を隠しきれないことをわかっていて、囮を使ったのかもしれない。  姿を見せなかった方の狼は、気配は隠そうともしていなかった。どうしても意識はそちらに向いてしまい、女の方に残った微かな気配は覆い隠されてしまう。ましてや襲われた直後であれば、その身体に鬼魔の気配が残っていても不審には思わない。 「まあ、こんな日もあるさ。日を改めて作戦を練り直そう。この辺りにいることは間違いないんだ、いくらでも仕留める手はある。いざとなれば鷺沼の兄妹に協力してもらってもいい」 「……はい」 「今夜は引き上げよう。ふたりとも、送っていくよ」 「…………いえ、高橋さんは仕事が残っているのでしょう? 頭を冷やしたいので、駅まで歩きます」  爆発しそうな怒りを必死に抑えているような、硬い表情と、口調。  そのまま、悠樹を無視して歩き出した。  高橋が、目で悠樹を促した。慌てて愛姫の後を追う。鬼魔に対しては愛姫の方が強いとはいえ、怪我をした女の子を、こんな夜にひとりで帰すわけにはいかない。  追いついて並んで歩きはじめても、愛姫はなにもいわなかった。こちらをちらりと見ようともしない。しかし、拒絶しないのであればここにいてもいいのだろう。  とはいえ、とても話しかけられるような雰囲気ではなかった。  全身から、普段の比ではない怒りのオーラを発している。普段と違うところはもうひとつ、その怒りが悠樹ではなく自分自身に向けられているという点だ。  鬼魔に対する怒り以上に、鬼魔に不覚をとった自分が許せないといった表情だった。口先だけの下手な慰めなど通用しそうにない。  さて、困った。  どうすればいいのだろう。  今の愛姫をひとりにしておきたくないというのは素直な気持ちだったが、自分が傍にいても彼女の気が晴れるとも思えない。  愛姫の性格を考えれば、ひとりになりたかったのではないだろうか。しかし、悠樹を一緒に行かせた高橋にも、彼なりの考えがあるのだろう。  しばらく、黙って歩いていた。頭の中ではあれこれと話題を探していたが、鬼魔に関する話題も、まったく関係ない話題も、この場には適切ではないように思えた。  愛姫の横顔を見る。  ひどく怒っているのは間違いない。同時に、緊張しているようにも見える硬い表情だ。  額に、汗が滲んでいる。  握りしめた拳が、微かに震えている。 「……どうして」  愛姫が、ぽつりといった。  主語もなく、視線は悠樹に向けず、まるで独り言のように。  それでも悠樹は、自分に向けられた言葉だと思った。 「なに?」 「どうして、気づいたんですか? あの女が鬼魔だと。完璧に擬態して、そんな気配はまったくありませんでした」 「ああ……」  たしかに、その通りだろう。  女が正体を現すよりも一瞬早く、悠樹は気づいていた。もう少し早く気づけていれば、愛姫に怪我をさせることもなかったのに。  しかし、〈退魔師としての感覚〉に頼っていては、絶対に気づけなかったはずだ。 「狼が、っていってた」 「え?」 「あの女、『助けて、狼が』っていってた」 「……それが?」  悠樹も、筋道立てて説明できるのは今だからこそだ。あの時は直感でしかなかった。 「日本に、狼はいないんだ。少なくとも、一般人にとっては、ね」 「――っ!」  はっとする愛姫。彼女にとっては盲点だったのだろう。 「日本の普通のOLが二三区内で狼を見たって、それが狼だなんて思わない。大きくて獰猛そうな野犬だと思うのが普通だよ。もちろん、動物マニアだとか、大陸育ちで狼に慣れ親しんでいたとかの可能性もあるけど、夜道でいきなり襲われて錯乱しているはずの状態では無理がある説明だ。〈オッカムの剃刀〉風に考えれば、答えはもっとシンプルである可能性が高い。つまり、それが狼であることを事前に知っていたんだ」 「……私は、狼がいる状態が当たり前になっているから、逆に気づかなかったんですね」  愛姫にとっては、狼は身近に存在するもであり、日常の一部に組み込まれた戦いの相手だ。今さら、狼の、鬼魔の存在を不思議に思うことなどない。しかしそれは一般的な日本人の感覚ではない。  ほぼ素人の悠樹だからこそ気づけたのだ。悠樹はまだ、退魔師としての知識よりも、日本人の常識の方が優先される世界に生きている。 「…………ありがとう、ございました。おかげで、致命傷は避けられました」  驚いた。  まさか、愛姫に礼をいわれるとは。  とはいえ、不機嫌そうな表情で、こちらを見ようともしない。きつい口調も変わらない。心底感謝しているというよりも、礼儀として仕方なく、というところだろう。  本心では感謝するどころか、むしろ不快に思っているかもしれない。鬼魔に後れをとって、素人同然、しかも嫌っている悠樹に助けられたとあっては、内心穏やかではあるまい。  そんなことを考えながら愛姫の横顔を見ていて、気がついた。  体調が悪いのではないだろうか。  今夜のことを不愉快に感じ、怒っているのは事実だろう。鬼魔に、鬼魔に欺かれた自分に、そして悠樹に、腹を立てているに違いない。  しかし、それだけではない。  額にじっとりと浮かんだ脂汗。強張った表情。  歩みも不自然に遅い。普通、怒りに包まれていれば早足になるものではないだろうか。よく見れば、その足どりも微かにふらついているように感じる。  明らかに普通ではない。凛とした、常に背筋をぴんと伸ばした愛姫の歩き方ではない。 「愛姫……どっか調子悪い?」  顔をこちらに向ける愛姫。正面から見るとよりはっきりとわかる。まるで、高熱で寝込んでいる時に無理に起き上がってきたような顔だった。 「……危ないっ」  はっきりと足元がふらついた。反射的に、腕を掴んで支えてやる。  ちょうど、少し離れたところにベンチがあった。肩を抱くようにして身体を支えてやり、ベンチまで連れていって座らせる。  腰をおろした愛姫は、はっきり聞こえるくらい大きく息をついた。やはり、無理をして歩いていたらしい。  高熱に冒されているかのように、顔が紅く呼吸が荒い。  肩が微かに震えている。 「傷、痛むのか?」  最初に思いついたのは、それだった。鬼魔の爪による腕の傷は、見た目にはごく浅いかすり傷のようだったが、思いのほか傷が深かったのだろうか。  しかし愛姫は俯き加減に、首を小さく左右に振った。 「……痛むわけでは……ありません」  声にも力がない。具合が悪いのをひた隠しにして、無理に絞り出しているような声だ。 「だったら……」  転んだ時に、脚でも挫いたのだろうか。しかし、そんな雰囲気でもない。  あの汗ばんだ紅い顔は尋常ではない。あるいは、風邪かなにかで家を出る前から具合が悪かったのだろうか。いや、鬼魔に襲われるまでは、特に体調が悪そうには見えなかった。  やはり、先刻の鬼魔との戦いが影響しているはず――そう考えたところで、はっと気がついた。  愛姫を傷つけた、鬼魔の爪。怪我を装って、自分の血で濡れた腕。  その手が、愛姫を傷つけた。  そして、至近距離で愛姫を捉えた瞳。  闇の中で爛々と輝く、獣の瞳。  人間を魅了する、魔物の瞳。  鬼魔の、力だ。  愛姫は、鬼魔の力に中てられたのだ。  悠樹は想い出す。  自分が、神流に見つめられた時のこと。  神流と唇を重ね、唾液を口にした時のこと。  強く咬んで、滲み出た血を口にした時のこと。  身体が熱くなって、頭が朦朧として、高熱に冒されたような感覚だった。いてもたってもいられない、性的な衝動に襲われた。  鬼魔は、人間を魅了する。  人間同士ではけっして味わえない快楽を与える。  そうすることで、人間は鬼魔にとってより上質のご馳走となるのだ。  悠樹が神流の力に捉えられていた時には、目の前に神流がいた。神流を抱いて、衝動を、欲望を、満たすことができた。  しかし、もしもあの状況で、ひとりで取り残されていたらどうなっただろう。  気が狂いそうなほどの欲求。なのに、それを満たしてくれる相手はいない。  おそらく、歩くことすらままならないだろう。  ――今の愛姫のように。 「……鬼魔の、力?」  悠樹の問いに、微かに、ほんの微かに、しかしたしかにうなずいた。 「…………思いのほか、強い力で……まともに……喰らいました」  額の汗が、珠になって滴り落ちる。  細い肩が震えている。身体の震えが、はっきりわかるくらいに大きくなっていた。 「それって、どうすれば……」  いいかけたところで、思い出した。  初めて愛姫と会った日の、翌朝の出来事。  あれで、いいのだろうか。  悠樹は予備の武器として持っていたナイフを取り出すと、刃先を自分の人差し指に押しつけた。  鋭い、痛み。  指先に、紅い珠が膨らんでくる。  その指を、愛姫の顔の前に差し出した。  魅魔の血は、鬼魔の力に対する抵抗力となる――あの朝、そう聞かされた。故に愛姫も悠樹も、鬼魔の力に対して常人よりはずっと耐性がある。とはいえ、その抵抗力は完全なものではない。だから悠樹は神流を抱かずにはいられなかったし、今の愛姫はこんなに苦しんでいる。  それでも他者の魅魔の血を取り込めば、相乗効果でさらに抵抗力は増すという。今はそれに期待するしかない。  愛姫は、どことなく驚いたような表情をこちらに向けていた。 「えっと……これで、いくらか中和されるんだろ? ……あれ、俺、なにか間違った?」 「……いえ……たしかに、なにもしないよりはましですが……」  しかし、指を口にしようとはしない。 「恥ずかしがってる場合じゃないだろ」  恥ずかしがっているというよりも、悠樹の指を口に含むという行為に嫌悪感を抱いているのかもしれない。あの朝のことがまずかっただろうか。たしかに、セクハラといわれても否定できない行為だった。あれで、愛姫の、悠樹に対する態度が決定づけられたといってもいい。  だけど、今はそんなことを気にしている場合ではない。この状態が続くことで愛姫にどんな悪影響があるのかはよくわからないが、苦しんでいるのを放置することはできない。  自分から動こうとはしない愛姫の口に、悠樹の方から指を運んだ。  指先が、小刻みに震えている唇に触れた。肩が小さく揺れる。しかし、なにもいわない。  愛姫が拒まないことを確認して、指を、口の中に滑り込ませた。  指を包み込む、温かくて湿った口の粘膜の感触。  こんな非常事態であっても、女の子の口に指を挿れるという行為は、どうしても性器との類似性を意識してしまう。  愛姫の舌が、ゆっくりと蠢いている。指に押しつけられる。指先から滲む血を舐め取っていく。さらに血を求めるように、指に絡みついてくる。 「……は……ぁ」  唇の隙間から漏れる吐息が熱い。  息継ぎをして、また舌の動きが再開する。先刻までよりも活発に動き、指先だけにとどまらず、指全体を口に含んで舌を絡ませてくる。  いつの間にか、愛姫の手が悠樹の手を握っていた。  そのまま指を吸い続ける。  それはあまりにも、フェラチオを連想させる行為だった。頬を赤らめ、呼吸を荒くして、潤んだ瞳で悠樹の指に吸いつき、唇を、舌を、擦りつけてくる。  舐められている指が気持ちよくなるほどの、まさに〈愛撫〉だった。  放っておけばいつまでもこうして舐め続けていそうな雰囲気だ。普段の愛姫からは想像もできない姿に驚き、そして不審に思った。  どう見ても、夢中でフェラチオしている女の子の姿だ。悠樹とセックスしていた時の神流、あるいは溜まっている時の美咲を彷彿とさせる。それはあまりにも、普段の愛姫のイメージとはかけ離れていた。 「よ、愛姫……?」  驚いて声をかけると、一瞬の間の後、はっとした様子で口を離した。  愛姫も驚いている。自分がなにをしていたのか、声をかけられるまで気づいていなかったかのような表情だった。先刻よりも顔の赤みが増しているように感じるのは、鬼魔の力の影響ではなく、羞恥心のためかもしれない。  鬼魔の力は、人間を魅了し、快楽の虜にする。  すなわち今の愛姫は、理性では抑えきれないほどの性的な興奮を覚えているのだ。あの愛姫が、よりによって悠樹の指を夢中でしゃぶるなんて、正気であればありえない。  我に返った愛姫は、視線を逸らしてうつむいた。 「あ……えっと、調子は?」  見たところ、悠樹の血によって症状が治まるどころか、むしろ悪化している気がする。逆効果だったのだろうか。  蚊の鳴くような声で、愛姫が応える。 「……誤解しているかもしれませんが……この状況では、魅魔の血も特効薬というわけではありません。そもそも、影響がピークに達するのはまだこれから、今夜から明日にかけてで……。魅魔の血は、いくらか症状を和らげ、回復を早める効果があるだけです」 「回復まで、どのくらい?」 「普通は、三、四日くらい……です。今回は、早くに……犬神さんの血を取り込んだので……明日の夜か、その翌朝には、問題ない程度に回復するでしょう。……大丈夫、たまに、あることです」  口ではそういっているが、力のない声は震えているし、やっぱり苦しそうだ。  悠樹の指を舐めていた時は、見るからに性的な興奮状態だったが、今はどちらかといえば、悪性のインフルエンザかなにかで高熱に冒されているようにも見える。 「……明日中には問題ない程度に回復する、ってことは……今夜は?」  一瞬だけ、愛姫の視線が悠樹に向けられた。普段以上に鋭い視線だった。  それだけで伝わる。悠樹には話せない、見せられないような状態だ――と。 「えっと……なにか、冷たいものでも飲むか?」  座っているベンチから少し離れたところに、自動販売機があった。冷たいものでも飲めば、多少は気がまぎれるかもしれない。もっとも、悠樹にとってそれは口実で、真の意図は別のところにあったのだが。 「……ミネラルウォーターか……冷たいお茶を」  普段の愛姫なら、けっして悠樹の世話にはならないだろう。飲み物が欲しければ自分で行くはずだ。  見た目以上に弱っているのかもしれない。口では「たまにあること」なんて強がってはいたが、「たまにある」ことと「辛くない」ことはイコールではない。  もたらすのが快楽とはいえ、魅魔の力は、いわば神経を侵す毒や劇薬のようなものだ。身体にいいわけがない。 「わかった。ちょっと待ってて」  立ちあがって自販機のところへ行く。ちらりと振り返ると、愛姫はベンチでうつむいていた。悠樹の行動を目で追う余裕すらないであろうことは計算のうちだった。  自販機の陰に隠れるようにして、携帯電話を取り出す。アドレス帳から呼び出したのは、高橋の携帯の番号だ。  一回の呼び出し音で、すぐに相手が出た。まるで、この電話を予期していたかのように。 『高橋だ』 「あ、犬神です」  愛姫に聞こえないように、声を殺していった。  歩けないほど調子が悪いのに、車で送られることを断ったのだから、おそらく高橋に相談することも快く思わないだろう。だから、電話するためには愛姫から離れる必要があった。  今になってようやく納得がいった。愛姫がひとりで帰ろうとした時、高橋が悠樹に向けた意味深な表情。こうなることを予期していたのだ。  きっと、これまでにもこうしたことはあったのだろう。しかし愛姫は、性格的に他人に弱みを見せたがらないに違いない。  だから、無理に車に乗せようとせず、悠樹を一緒に行かせたのだ。悠樹なら、愛姫に邪険にされても平気でつきまとえる。立場上、高橋は愛姫に嫌われることはできまい。 「愛姫が……すごく、苦しそうなんです」 『だろうね』  予想通り、驚いた様子のない返答。 「どうしたらいいですか?」 『まず、君の血を少し舐めさせろ。即効性はないが、明日以降のことを考えるとずいぶん違う』 「それはもうやりました」 『さすが、手が早いな。指を舐めさせたのか? それとも、いきなり口移しかい?』  笑っているような声。 「笑い事じゃないでしょ。こっちは大変なんですから」 『いやいや、今はその性格こそが必要なんだよ。今、君にできるもっとも効果的な対処法は、姫ちゃんを抱くことだ』 「えっ?」  聞き間違いかと思った。しかし電波の状態は良好で、高橋の声も明瞭だ。 『もちろん、君が大好きな意味での〈抱く〉だ。役得だな』 「ど、ど、どうしてっ?」 『鬼魔の力は人間を魅了し、性的に興奮させる。目の前の相手に抱かれたくて仕方がない、というほどに。そうして鬼魔は獲物を犯し、快楽に狂った獲物を美味しくいただくというわけだ』 「それは知ってます」 『だったら、その欲求を満たしてやればいい。血よりも精液の方が〈効く〉のは、鬼魔に対してだけじゃない。普通の人間ならこれも気休め程度だが、ふたりとも魅魔の力を持ってるんだ、今夜中には歩ける程度に回復するだろうし、明日にはほぼ全快していることだろう。なにもしなければ、少なくともまる三日は苦しむことになるけどね』  淡々とした口調で説明する高橋。しかしそれを聞く悠樹は冷静ではいられない。 「いや……でも、マズイでしょ、それは。鬼魔の力に中てられて、おかしくなってる愛姫にそんなこと……」  異性との付き合い方には節操がない悠樹ではあるが、しかし、まったくその気がない相手に無理やり手を出すことだけはしない。  荒っぽいセックスはしても、本当の意味での乱暴はしない。  美咲の教育の賜物だ。無意識のうちに、根本の部分では女の子に対して優しくするくせがついている。 『すると君は、姫ちゃんが三日三晩、自室に閉じこもって独りで苦しみ続ける方がいいと?』 「そんなこといってませんよ!」 『そうだな、こんなことを想像してみるといい。君が、すごく可愛くて床上手な女の子に手と口で濃厚な愛撫をされて、なのに挿入することも射精することも、ぎりぎりのところで許されない状態が延々と続く……と。その間は眠ることもできない。ただひたすら、狂ったように自慰に耽るだけだ。それで満たされることはけっしてないとわかっているのに、せずにはいられない。自然に毒素が抜けるまでの数日間、苦しみ続ける。姫ちゃんだから回復できるが、常人ならそれだけで発狂する例も少なくない。そんな展開の方がお望みだというなら、君は相当なサドだな』 「いいわけないでしょ!」 『だったら、やることはひとつだ』 「でも、その気のない愛姫に、そんな……」  愛姫が正気なら、彼女とセックスできることは至上の悦びだ。しかし、今の愛姫はまともではない。そして今なら、悠樹が強引なことをしても抗うことはできないだろう。  だからこそ、悠樹としてはそれができない。 『はたして、そうかな?』 「え?」 『だったらどうして、車で送られることを拒んだ姫ちゃんが、君が一緒に帰ることを黙認したんだと思う? 彼女ほどの頻度で鬼魔と戦っていれば、こうしたことは年に何度かはあるんだ。どんな症状が出るかはいやというほどわかっている』 「え、でも、だったら……」  愛姫は、そういうつもりだったというのだろうか。  鬼魔の力を中和するため、最初から、悠樹とセックスするつもりだった、と。 『本人に聞いても、絶対に認めないだろうけどね。普段はあんな態度だけど、でも、姫ちゃんは君に興味を持っているよ』  悠樹にとってはありえないとしか思えないようなことを、高橋はいやに自信ありげにいう。 『何度もこんな経験をしながら、僕が知る限りまだ男性経験はない。そんな姫ちゃんが、こんな時に君と一緒に帰ることを受け入れたんだ。実は君が大好きで抱かれたかった――なんてことはさすがにないだろうが、おそらくは無意識に、万が一そうなってもいいか、くらいには思っていたんだろう。口でいうほどには、君のこと嫌っていないよ。単に、気になる異性との接し方を知らないんだ。それは僕も八木沢ちゃんも保証する』 「ほ、本当に?」  まだ、確信が持てない。  そのくらい、普段の愛姫の、悠樹に対する態度はきついものだった。 「でも、なんでそんなけしかけるようなことを? 俺は、……実は愛姫とあなたができてるんじゃないか、と疑ってたくらいで」  悠樹が知る限り、愛姫の身近にいる唯一の男性が高橋だ。悠樹の存在は無視するか、そうでなければゴミ以下のように扱う愛姫も、高橋に対しては普通に礼儀正しく接している。 『心配するな、それはない。僕は単なる公安の嘉~家担当……ではないけどね。姫ちゃんは妹みたいなものだよ、文字通りの意味で』 「え……それって、もしかして……」  愛姫に兄はいない。存命の家族といえば、ひとりだけ。 『そう。僕が付き合っているのは、水姫(みずき)の方だ』  嘉~水姫――それは、今は海外に出張中だという、愛姫の姉の名だ。  詳しくは聞いていないが、たしか、悠樹よりも少し年上、二十代の前半のはず。たしかに、三十前後と思われる高橋とは年齢も釣り合う。 『だから、気にせずにどんどんやればいい』 「いや……でも、妹だとしても、こーゆーことけしかけますか、普通? 自分でいうのもなんだけど、兄が、妹の彼氏としてオススメするようなタイプだとは思ってませんよ、俺」 『しかし、姫ちゃんには意外とお似合いじゃないかと思うよ。その、適度にいい加減な性格とか、女性慣れしてるところとか。あの娘は真面目すぎるところがあるからね』 「褒められているようには聞こえませんね」 『そしてこれが肝心なことだが、魅魔の力を持つ君は、姫ちゃんのことを理解し、対等に付き合っていける希有な人間だ。普通の人間が鬼魔との戦いに関わったら、長生きできない』  たしかに。  〈普通〉の世界に生きる〈普通〉の男では、愛姫と付き合っていくことは難しいだろう。あのボス狼や神流のことを考えれば、悠樹だって魅魔の力がなかったら、今ごろは無事ではいられなかったはずだ。  しかし、魅魔の力を持つ悠樹であれば、愛姫と同じ世界で生きていける。それに高橋のいう通り、真面目で堅い愛姫には、悠樹のような軽い男の方が釣り合いが取れるのかもしれない。 『ポイ捨てさえしなければ、手を出したからって責任とれとはいわないよ。あと問題は……瀬田神流とうまく二股かけていけるかどうかは、君の甲斐性次第だな。健闘を祈る』 「いや、……えっと……最後にもう一度確認。本当に、愛姫は俺に、ちょっとでも好意を持ってると思ってます?」  その保証がなければ、手は出せない。普段の愛姫なら、たとえ悠樹が無理やり襲ったとしても容易に拒むことができるだろうが、今は悠樹を受け入れたとしても、それが自分の意志とはいいきれない。  だから代わりに、愛姫のことをよく知っている人間に保証してもらわなければ安心できない。 『思う、じゃなくて確信しているよ。もう少し時間があれば、本人の自覚も出てきたかもな。今夜、君が本気で口説いて姫ちゃんが陥ちなかったとしたら……そうだな、夏のボーナスを全額賭けてもいい。僕が勝ったら、君は姫ちゃんのパートナーとして頑張ること』 「……それなら、どっちに転んでも俺に損はないですね」 『ああ、あと、わかっていると思うけど、避妊はするなよ?』 「え? あ……そっか、そうですね」  愛姫の治療に必要なのは、悠樹の〈体液〉だ。直に、愛姫の中に注ぎ込まなければ意味はない。 「でも、大丈夫ですか、それって?」 『問題ない。ピルを服用してる』 「愛姫が?」  それは意外だった。付き合っている男もいないのに。 『いつ、鬼魔に襲われてもおかしくない生活を送ってるんだ。用心はしているさ』 「あ、そっか……人間と鬼魔って」 『ああ、交雑する。人間同士に比べたら確率は遙かに低いけどね。それに母親が人間の場合、大抵は出産前に発狂して死亡する。だからこそ、対策をしておく必要があるわけだ』 「……なんか、今の状態の愛姫に中出しって……すっげー罪悪感あるんですけど」 『しかし、今の姫ちゃんを助けられるのは君しかしない。役得だと思って楽しめばいい。運がよければ、そのまま一気にデレ期なんてことになるかもしれないぞ』 「デレた愛姫ってのも、想像しにくいですねー。ま、他に手はないみたいだし、頑張ってみますよ」  通話を終えて、自販機でミネラルウォーターを買う。  思っていたよりも長話になってしまった。愛姫は大丈夫だろうか。  小走りでベンチに戻ると、愛姫は先刻と変わらず、ベンチに座ってうつむいていた。脂汗を浮かべ、苦しそうに呼吸しているのも変わっていない。  キャップを開けたペットボトルを渡そうとしたが、腕を動かすのも辛そうだった。  顎に手を当てて上を向かせ、ボトルを口に当ててやる。  ひと口、ふた口。喉が動く。  夜の闇に浮かびあがる、白くて細い首。触れてみたい、と思ってしまう。高橋とのあんな会話の後のせいか、どうしても平常心ではいられない。  水を飲んで、またうつむく愛姫。 「飲み物ひとつ買うのに……ずいぶん、遅かったですね」  責めているかのような口調。  水を持ってくるのが遅かったためではあるまい。頭のいい愛姫のこと、悠樹がなにをしていたのか、感づいているのだろう。  だから、隠さずにいった。 「あ……えーと……愛姫の容態について、相談してた」 「……そう……ですか」  誰に、とはいわなかった。愛姫も訊かなかった。当然、わかっているはずだ。  だとしたら、高橋と悠樹がどんな会話をしたのかもわかっているのだろうか。この後起こるかもしれないことを、予期しているのだろうか。  もともと硬い表情だった顔が、さらに強張ったように見えた。苦痛に耐えているだけではなく、緊張しているように見えなくもない。  ふと、思った。  似ている、と。  初めての時の、神流と。  愛姫はまだ正気を保っている様子だから、当然、理解しているはずだ。この状況で、悠樹と二人きりでいて、この後、なにが起こるかを。  ひと言、いってくれればいいのに。  苦しいからなんとかして――と。  愛姫から請われたという大義名分があれば、悠樹としても躊躇いなく手を出せる。  隣に腰をおろした。身体が触れるほどの至近距離に。  愛姫が微かに震える。 「身体……辛い?」  もう一度、確認する。  ここで強がる余裕があるなら、もう少し様子を見てもいい。 「…………ええ」  しかし、愛姫は小さくうなずいた。微かな、蚊の鳴くような声で。  普段の態度を考えれば、まったくその気がなければ弱音を吐くことなんて絶対にあるまい。状態がよくないことを認めるなんて、よほどのことだ。  強がる余裕もないか、あるいは、苦しむよりも悠樹に抱かれる方がいいと――ほんの少しでも――思っているのか。  後者なら、なにも問題はない。しかし、前者なら?  悠樹のことなど大嫌いだが、それ以上に鬼魔の力が強いのだとしたら?  痛みのようなわかりやすい苦痛ではないだけに、かえって辛いのかもしれない。しかし普段の性格を考えたら、愛姫の方から「抱いて」などという可能性は低いだろう。いってくれれば、悠樹としてもなんの気兼ねもなく手を出せるのだが。  もしも愛姫の方からそんなことをいうとしたら、それは、鬼魔の力による苦しみが想像を絶するものである証だろう。  そんな状態の相手を抱くなんて、悠樹のポリシーに反する。それでもやっぱり苦しんでいる愛姫なんて見たくない。  だったら――  悠樹が、悪役になればいい。  悠樹の方から、強引に手を出せばいい。  愛姫が悠樹に好意を持っているのならなにも問題はない。しかしそうではなかった場合、後で愛姫が「無理やり犯されたから仕方がない」といい訳できるように。  身体の位置を数センチずらし、身体を密着させた。  そのまま、肩を抱く。  愛姫の身体がわずかに強張ったように感じたが、なにもいわない。  顎に手をかけて、上を向かせる。  顔を、近づける。  愛姫は抗わなかった。  ただ困惑したような表情で、全身を強張らせ、しかし瞳は潤んで、微かに開かれた濡れた唇は、なにかを期待しているかのようだった。  キスしてもらいたがっている女の子が見せる表情。  最後の数センチの距離を詰める。  唇を、押しつける。  ぶるっと震える愛姫。  唇を割って、舌を挿し入れる。  同時に、愛姫も応えるように舌を伸ばしてきた。  ふたりの舌が絡み合う。  しっかりと唇を押しつけてくる。  貪るような、濃厚なキスだった。  愛姫の身体に回した腕に力を込める。その身体は小さく震えている。しかし愛姫も、悠樹の身体に腕を回してきた。 「ん……んふ……ぅ、ん……」  甘く、切ない吐息。  悠樹の唾液を貪るような、激しい口づけ。  まるで、熱愛中なのに遠距離恋愛をしている恋人同士が久しぶりに逢った時のように。  抱きついて、身体を押しつけてくる。控えめな胸も、ここまで密着すればその柔らかな存在が感じられた。  愛姫は、ひと言も「だめ」とも「いや」ともいわなかった。ならば、このまま行為を続けてもいいということだろう。  服の上から、胸を包み込むように触れる。手の中にすっぽりと収まる、ごく控えめな膨らみ。しかし形は理想的な曲線を描いている。  軽く手を動かしただけで、びくっと大きく痙攣した。かなり敏感になっているようだ。時間をかけた前戯など不要で、かえって焦らされているように感じるかもしれない。  胸を愛撫していた手を、下半身へと滑らせた。  今夜の愛姫が着用しているのは、深いスリットの入ったロングスカート。その隙間から手を入れる。  薄い黒のストッキングの滑らかな手触りを楽しみながら、指を滑らせていく。おそらく、これまで誰にも触れさせたことがないであろう、正真正銘の秘所へと。 「――っっっ!!」  全身をぶるぶると震わせる。  しっかりと唇を重ねたままだったので声はなかったが、そうでなければかなり大きな悲鳴をあげていたと思われる反応だった。  指先が触れたそこは、ストッキングの上からでもはっきりとわかるくらいにぐっしょりと濡れていた。染み出すほどの、まるで失禁したかのような量の液体。しかし、それにしては不自然なぬめりがある。  こんな量の愛液を分泌するなんて、普通ではない。これが鬼魔の影響だろうか。悠樹とセックスした時の神流の反応を考えれば、鬼魔の力に侵された人間も、このくらいの反応をしてしまうのかもしれない。触れる前からこんなに濡れていたのだとすれば、耐え難いほどに辛かったのもうなずける。  指を、押しつける。  割れ目に沿って動かす。 「んんっ、んん――っっ、んふっ、んぅん――ッッ!」  しっかりと重ねた唇の隙間から、嗚咽が漏れる。指を押しつけた部分から、熱い液体がじゅわっと染み出してくる。  二度、三度、指を往復させる。その度に身体が弾む。  いちばん敏感な肉芽の上に指を押しつけ、激しく震わせる。それに倍する勢いで愛姫が震える。  悠樹を抱きしめている腕に、、痛いほどに力が込められる。唇がさらに激しく押しつけられ、歯が当たる。 「――――っっっっっ!!」  全身を強張らせ、ぶるぶると震える愛姫。その度に蜜が滲み出て、悠樹の手を濡らしていく。  そんな状態が数十秒間続いたかと思うと、不意にぐったりと力が抜けた。  いったのだろうか。  脱力した愛姫の耳元に口を寄せてささやいた。 「こういうことされて、いやじゃない?」 「……」  なにも応えない。彼女の性格を考えれば、この状況での無言は悠樹を受け入れていると受け取ってもいいだろう。 「……こういうので、少しは、効果ある?」 「………………いいえ」  しばらく間を置いて、否定の言葉が返ってきた。 「……なにか、誤解、してません……か? こんな状況でこんなことされて…………かえって、昂るだけです」  今にも泣き出しそうなほどに潤んだ瞳が向けられる。言葉に出せないなにかを、悠樹に訴えかけるように。  それで、理解した。  ただ達しただけはだめなのだ。必要なのは悠樹の〈体液〉なのだ。  考えてみれば、指での愛撫だけで満たされるものなら、そもそも自慰でも済む話だろう。  やはり、ちゃんと最後までして、魅魔の力を含む精液で愛姫の胎内を満たさなければらないのかもしれない。  だとすると、今のは逆効果だった。ただ、スイッチを入れてしまっただけになる。  迷いは捨てよう――そう決心する。  愛姫と、セックスしよう。たとえ彼女が口に出してそれを望まなくても、はっきりと拒絶の言葉がない限りは前に進もう。  まだスカートの中にあった手を、少し移動させる。  ストッキングに指をかけて、下ろそうとする。  しかし、そこで愛姫は首を左右に振った。初めて見せる、拒絶の行動だった。  やっぱり、嫌なのだろうか――そう思ったのは一瞬だけだった。続く言葉がその疑いを否定した。 「なにを……考えているんですか……こんな、場所で……」  いわれて気がついた。たしかにその通りだ。  ただでさえ真面目で、恋愛とかセックスには免疫のない愛姫。しかも初体験。なのに野外でなんて、彼女には難易度が高すぎる。  それに愛姫の状態を考えれば、口を塞いでいなければかなり大きな声をあげそうだ。やはり屋外でというのはまずい。人目を気にせずふたりきりになれる場所へ移動するべきだろう。  この公園へ来る時、すぐ傍にラヴホテルの看板が見えたことを思いだした。 「……少しだけ、歩ける? それとも、抱いていってあげようか?」  返事の代わりに、愛姫は縋るように悠樹の腕を掴んだ。  腰に腕を回して、寄り添って支えてやるようにして立ちあがる。  どんなに辛くても、自分の脚で歩こうとするところが愛姫らしいと思った。 * * *  公園を出てすぐのところにあった、ラヴホテルの一室――  愛姫は、部屋の真ん中で硬直して立ち尽くしていた。  表情も、身体も、これ以上はないくらいに強張っている。まるで彫像のようだ。  初めてラヴホテルに入った時の神流のように、はしゃいだりはしない。神流と反応は違うが、ひどく緊張しているのは同じだろう。  当然の反応だ。  バージンの愛姫。セックスはもちろん、男と付き合った経験もないはずだ。それに性格的に、神流よりずっと真面目だ。同性相手なら性的な行為の経験は豊富だった神流とは違う。  そんな愛姫が、恋人ではないどころか、好意を認めてすらいない、それも知り合って間もない男と、初めてラヴホテルに入った。そして、これから初体験をする。緊張しないわけがない。  しかし、これはある意味いいことかもしれない。  緊張して強張っているということは、まだ理性の方が優勢であることを意味する。鬼魔の力に支配されているのであれば、緊張などせずに悠樹を求めてくるような気がする。  とはいえ、緊張しすぎるのもよくない。こんなにがちがちに緊張していては、ちゃんと感じてくれるかどうか不安だ。気持ちよくなって、愛姫を苛んでいる異常な性欲が満たされなければ意味がない。  それに悠樹としても、愛姫が感じてくれないと困る。普通の状態で愛姫が望んだ行為ではないのだから、せめてうんと気持ちよくなって欲しい。  まず、多少なりとも緊張を解くべきだろう。  固まっている愛姫の背後から、腕を回して優しく抱きしめる。  耳元に唇を押しつけると、硬い彫像のようだった身体がびくっと痙攣した。 「先に、一緒に風呂に入ろうか?」  また、びくんと震える。  錆びた機械人形のように、ぎこちなく振り向いた。 「な、な、なぜ、ですか? ひ、ひとりずつ、シャワーで、いいじゃないですか」 「愛姫、すっごい緊張してるだろ?」 「あ……あたりまえ、です」 「そんなに緊張して固まってたら、楽しめないだろ」 「べ……別に、楽しむため、では……ありません」  愛姫にとっては、悠樹との行為はいわば〈治療〉だ。鬼魔の力を中和するため、という建前がある。 「でも、どうせするなら楽しくて気持ちいい方がいいじゃん? だから、まずは裸のスキンシップに慣れればいいかな、と。もし、それでどうしても嫌だと感じたら、やめればいいんだし」 「……」  返答を待たずにバスルームヘ行き、浴槽にお湯を張った。  戻っても、愛姫はぴくりとも動いていなかった。相当に緊張しているようだ。  また、身体に腕を回す。  優しく包み込むように、そっと抱く。  全身を強張らせてうつむいたまま、愛姫は動かない。しかし、微かに頬の赤みが増したように見えた。  頬に手を当てて、上を向かせる。  唇ではなく、まずは頬にキスをする。  そこから少しずつ、口の方へと移動しながらキスを繰り返す。  最後に、唇を重ねた。  愛姫は小さく身じろぎしただけで、抗いはしない。ゆっくりと舌を伸ばしていくと、ぎこちない動きではあるが、愛姫も応えて舌を絡めてきた。  しばらく、お互いの舌の感触を楽しんでから、一度、口を離す。それでも愛姫の唇からは舌先が覗いていた。未練がましく、悠樹の舌を探すように蠢いている。  少し間を置いてから、はっと気づいて恥ずかしそうに舌を引っ込める。さらに朱くなってまたうつむいた。  手を伸ばして、愛姫の首に触れる。真白い、細い首。  指を滑らせて、ブラウスの襟に触れる。いちばん上のボタンを外したところで、愛姫が身体を震わせた。悠樹から離れようとしたのかもしれないが、そうするには緊張しすぎていた。 「……じ、じ、じ、自分で、脱ぎ、ます! こ、こっち見ないでいてください!」  悠樹の腕の中で身体の向きを変え、背中を向ける。しかし悠樹は放さない。 「だーめ。女の子を脱がせるのが好きなんだよ、俺」 「ゆ、ゆ、犬神さんって……ほ、本当に、ど、どうしようもない人、ですね」 「そう? 男としては至極まっとうな嗜好だと思うけど?」  片腕で愛姫をしっかりと掴まえ、もう片方の手でスカートのファスナーを下ろした。  足下に滑り落ちるスカート。  黒のストッキングに包まれた、すらりと長い脚が露わになる。薄いストッキングの下に、純白の下着が透けて見えていた。  愛姫の身体がさらに強張る。もう、掴まえていなくても逃げる余裕はなさそうだ。  両手を使って、ブラウスのボタンをひとつずつ外していく。  薄いキャミソールも脱がせる。  その下から現れたのが、胸のない女の子に最近人気の、小さな胸を大きく見せる効果を売りにしているブラジャーだったことに思わず笑みがこぼれた。胸が小さいのを気にしてこうした下着を着けるような、普通の女の子っぽい愛姫は新鮮だ。  しかし、以前傷痕を見せてくれた時のブラジャーは、このタイプではなかったことを思いだした。もしかしたら、悠樹を意識してのことなのだろうか。だとしたら多少は脈ありなのかもしれない。  ブラを外されても、愛姫は身動きしひとつしなかった。普段の愛姫であれば、手で胸を隠そうとしそうなものだが、そんな余裕すらないのかもしれない。全身を強張らせて、微かにうつむいて、高熱に冒されているかのように速い呼吸を繰り返している。  ストッキングも脱がす。  愛姫の生脚をまともに見るのは初めてだった。洋服の時はストッキングとロングスカートを愛用しているし、浴衣姿や、稽古の時の袴姿でも脚を露わにはしない。  すらりと長い、綺麗な脚だった。太腿のあたりをそっと撫でる。手触りも絹のように滑らかだ。  そして、最後の一枚。  純白の、派手な装飾のない下着は、愛姫らしい気がした。しかし今は透けるほどにぐっしょりと濡れている。  〈湿っている〉ではなく〈濡れている〉だった。ゆっくりと下ろしていくと、秘所と下着の間に透明な粘液が糸を引いた。  くるぶしまで下ろしたところで、緊張も限界に達したのだろうか、力尽きたようにその場に頽れた。顔は燃えるように真っ赤で、汗が珠になって浮かんでいた。  その身体を抱き上げる。女子としては長身の愛姫だが、細身なのでそれほど重くはない。悠樹の方を見ないように顔を背け、相変わらず身体を強張らせている。  一度、お湯が溜まった浴槽の縁に愛姫を座らせると、洗面所に戻って髪ゴムをとってきて、長い髪をまとめてやった。なにしろ、腰まで届くような髪である。そのまま浴槽に入れたら乾かすのが大変だろうが、今はのんびりドライヤーを当てている余裕もあるまい。かといって、この後の行為がかなり激しいものになりそうなことを考えると、濡れたままの髪では後が大変だ。  愛姫を背後から抱きかかえて、湯の中に身体を沈めていく。二人分の体積で、湯が浴槽の縁を越えてざぁっと溢れ出した。  さほど大きくない浴槽の中で、ふたりの身体が密着する。服の上から抱きしめるのとはひと味もふた味も違う心地よさがあった。  しかし、愛姫の身体は相変わらず強張っていた。やはり、これ以上はないくらいに緊張しているようで、後ろから見ると耳たぶまで真っ赤に染まっているのがわかる。  腕に少し力を込めて、うなじに唇を押しつけた。  びくっと震える。  短く、甘い声が漏れた。 「髪の長い女の子がたまにうなじを見せると、なんか、すっごくエロく感じるな」 「…………い、犬神さんは、いつもそんなことを……考えているのですか?」  応える声は、緊張を反映して微かに震えている。 「いつもってわけじゃないけど、可愛い女の子と一緒に風呂に入ってて、そんなことを考えない方が失礼じゃね?」  わざと、軽い口調でいった。  お気に入りの、しかし陥とすのは難しいと思っていた女の子と、いきなりこんな展開になって、正直なところ悠樹も緊張していた。そもそも愛姫は、普通ならただ話をするだけでも緊張してしまうような、近寄りがたい雰囲気の美人なのだ。  同じく超高レベルの美少女であっても、人懐っこくて親しみやすい雰囲気の神流とは違う。悠樹が女の子慣れしているとはいっても、これまで親しくしてきた相手は、明るくてノリの軽いタイプが多く、愛姫のようなタイプは初めてだ。  だからこそ、あえて軽薄な態度をとっていないと、こっちまで緊張してしまいそうだった。そうなったら話が進まない。 「ところで、俺のこと、苗字じゃなくて名前で呼んでくれない?」 「……ど、どうして……ですか」 「その方が、親しい感じがするだろ? せっかくだから、恋人感覚でいたいじゃん。その方が興奮するし。今この場だけでもいいから、さ」 「………………ゆ……悠樹、さん?」  思わず、抱いている腕に力が入った。 「やべ、今の、すっげーよかった。めっちゃ興奮した」 「……………………み、みたい……ですね」  今の体勢では、すっかり大きく硬くなった悠樹の股間は、愛姫のお尻に押しつけられている。当然、気づいているだろう。初めてだろうと緊張していようと、今の愛姫は、性的な刺激に対しては普段よりもずっと敏感になっているのだ。  いうまでもなく恥ずかしいのだろう、お湯に顔が浸かるくらいに縮こまってうつむいている。 「愛姫は、どう? 名前で呼んでみて」 「…………こ、恋人でもない、のに……こんな……恋人みたいな……お……おかしな、話、です……」 「俺とこうしていて、いやじゃない?」 「…………」  否定も肯定も帰ってこない。  愛姫の性格を考えれば、これは肯定と思っていいだろう。本当に嫌なことは嫌といえる性格のはずだ。  ところが、 「い…………いや、では……ない、です」  驚いたことに、はっきりと口に出して答えてくれた。  やっぱり、少しは好意を持ってくれていたのだろうか。  だとしたら、なにも遠慮することはない。後ろめたさを覚えることもない。  これで障害はなくなった。あとは、うんと気持ちよくしてあげて、欲求を満たしてやろう。 「……ぁっ」  手を、愛姫の胸の上に置いた。  ごくごく控えめな膨らみ。だけど、綺麗な曲線を描いている。形は悪くない。  先端の突起も小さいが、今は固くなって突き出していた。  その突起を、手のひらで転がすように刺激する。 「ぃ……っ、んっ、……んんっ、んくぅっ!」  手をほんの少し動かしただけで、甲高い声が漏れた。恥ずかしそうに口を手で押さえているが、声を完全に抑えることはできないようだ。 「ひぃん……っ! んぁぁっっ!!」  指で乳首をつまむと、声はほとんど悲鳴と変わらないものになった。浴槽の中で大きく身体を捩る。バシャバシャと湯が波立つ。  つまんで、ひっぱる。  左右に回すように捻る。  指の腹で押し潰すようにして転がす。  どんな愛撫にも、愛姫は激しく反応した。  胸を愛撫しながらうなじに唇を押しつけ、痕が残るくらいに強く吸った。 「あぁぁっっ、あぁぁ――っっ!!」  必死に、悠樹の手から逃れようと暴れる愛姫。しかし、もう一方の手を腰に回して、しっかりと掴まえている。  その手を、下腹部へと滑らせていく。  滑らかな肌。その下の狭い茂み。さらに、その奥。 「や……っ、んぁっ! あはぁぁぁっ!!」  湯の中だというのに、そこはぬるりとした感触に包まれていた。洗い流される愛液よりも、新たに分泌される量の方が多いのだろう。  割れ目の中で、指を前後に滑らせる。 「ふぃぃっ! ひぃぅぅっっ――――っっっ!」  びくっと震える。  上体を仰け反らせ、ぶるぶると震える。  やがて、全身から力が抜けて、悠樹にもたれかかってきた。  軽く触っただけなのに、いってしまったのだろうか。 「……い……ゆ、悠樹、さん……」  愛姫が首を巡らせる。  紅い瞳はどことなく虚ろで、いっぱいに涙を湛えていた。それは哀しみの涙ではなく、堪えきれないほどの快楽によるものだ。  悠樹を捉えようとして、しかし焦点の合わない瞳。微かに開かれた唇。  声には出さないが、もっとして、と訴えている。  無言の誘いに答えて、悠樹は中指を膣内に滑り込ませた。  ぬるぬるとした粘液で満たされた、小さな穴。熱く火照って、柔らかくほぐれている。けっして広くはないが、指一本でも痛いほどきつかった神流とは違い、指は比較的スムーズに飲み込まれていった。 「や……ぁ……っ、あぁっ!! ゆうき……さん、の……指……ふと……ぃ……っ」  愛姫はぎゅっと目を閉じて、眉間に皺を寄せる。  それは痛みに耐えているというよりも、悠樹の指の感覚に意識を集中しているように見えた。 「太いって、自分の指と比べて? 自分で、指、挿れたことあるの?」  指をゆっくりと奥へ進めながら、耳元でささやく。ついでに、耳たぶを軽く咬む。  切なげに首を振る愛姫。 「そ……それは……っ、わ……私だって、た、た、たまには、そういうこと……くらい、し、します! い、いけませんかっ?」  一瞬だけ恥ずかしそうに言葉を詰まらせた愛姫は、すぐに逆ギレしたように叫んだ。 「いいや。するのが当然だよね、女子高生なら」 「そ、れに……っ、鬼魔の力に……侵されている、と……、無駄とわかっていても……ゆ、指が……勝手に」 「そうなんだ。それは辛いだろうな」 「………………ええ」  愛姫にとって鬼魔は、どれだけ憎んでも足りない宿敵。その力に侵されることはどうしようもない屈辱なのに、欲求に流されて自分で慰めずにはいられない。なのに、どれだけしても満たされることはない。  そんな状態が何日も続き、眠ることもできないのだ。  辛いどころではあるまい。  助けてやりたい。楽にしてやりたい。  それは単に肉体的なことだけではなく、精神的にも、だ。 「そういえば愛姫って……好きな男とかいないの?」  話をしながらも、指での愛撫は続けている。中指は根元まで埋まって、指先は子宮口をくすぐっていた。  愛姫の下半身がぶるぶると痙攣している。 「い……るよう……に、みえ、ます……か」  見えない。悠樹が見る限り、高橋以外には周囲に男の気配すらなかった。 「じゃあ、好みのタイプとかは?」 「…………すくなくと……も、貴方……みたいな……では、ぁっ……ありま……せ、んっ」  愛姫の中で、ゆっくりと指を動かす。  ごくごく、優しく。  それだけでも愛姫はすぐに絶頂に達し、全身を何度も痙攣させた。  最初は硬さがあった声も、徐々に高く、そして甘くなってきている。 「それは残念だな。俺は、愛姫みたいな女の子は大好きなのに」 「あ……貴方は……女性なら……セックスできる、なら……、誰でも……いい、の、では」  指の動きに合わせるように、途切れ途切れの声。 「んなことないよ。やっぱり魅力を感じる相手の方が抱いていて楽しいし、気持ちいいさ」  ストライクゾーンが広い方だという自覚はあるが、それでも絶好のホームランコースと、内野安打がせいいっぱい、くらいの違いはある。男は、女に比べれば気持ちが性感に与える影響は小さいというが、それでも皆無というわけではない。本当に好きな相手、魅力的な相手の時は、自分でも興奮の度合いが違うのがわかる。  男の悠樹がそうなのだから、愛姫ならなおさらだろう。 「だから愛姫も、今だけでも、ふりだけでもいいから、俺のことを好きだと思って」 「え……?」 「名前の呼び方と同じ。どうせするしかないんだから、我慢して嫌々するよりも、楽しんで、気持ちよくなった方がいいだろ? たとえば……将来、自分の初体験を想い出した時、嫌な相手と仕方なく、よりも、当時好きだった相手と、って方がいい想い出になるだろ? だから、ふりだけでもいいから、今だけは相思相愛の恋人ってことで」  すぐには返事はない。  うつむき加減に、考え込んでいるような表情だ。  答えを促すように、挿入した指を小刻みに動かす。啜り泣くような声が漏れる。 「……わっ、わかり……ました。今だけ……と、いうことなら……努力、して……みます」  これまで以上に小さな声。それでも、不思議とはっきり耳に届いた。 「だけど……それなら、貴方も……」 「え?」  愛姫が首を巡らせる。  紅い瞳が悠樹をまっすぐに見据える。 「……今は……あの、狼、のこと……忘れて、ください」 「――っ」  たしかに、その通りだ。恋人のように振る舞うなら、そうでなければならない。  先日、美咲にもいわれたではないか。何股かけるのもいいが、常に、その時一緒にいる女の子を最愛として扱え――と。  心の中で神流に謝る。そもそも神流も、今のところ正式な恋人というわけではないのだが。  愛姫と神流、容姿も性格もタイプはまるで違うが、どちらも魅力的で、正直なところ、片方だけを選ぶなんてとてもできない。  だから、今だけは、ごめん――  もう一度心の中で謝って、しばらくの間は神流のことを忘れることにする。 「じゃあ今から、俺たちはラヴラヴ熱愛中の恋人同士、という設定で」 「……っ! そ、それは、お、大げさ、すぎます」  愛姫の顔は、茹でたように真っ赤になっていた。  湯の中でずっと愛撫を続けていたせいもあって、のぼせているのかもしれない。  立ちあがって、先刻よりは幾分緊張が解けたように感じる愛姫の身体を抱きかかえた。  バスルームを出たところで、愛姫の身体をバスタオルで軽く拭いてベッドに横たえる。  自分もベッドに腰をおろし、愛姫の姿を見おろす。  贅肉のない、すらりとした細身の綺麗な身体。  腕も脚も、細くてすらりと長い。この細腕で真剣を振り回しているなんて、自分の目で見ていなければとても信じられないところだ。無駄な脂肪がないだけで、必要な筋肉はちゃんとついているのだろう。  もともと、脂肪のつきにくい体質なのかもしれない。身長の割に胸の膨らみもごく控えめで、裸で仰向けに寝ているとほとんど平らに見えた。  ウェストは、大抵の女性が憎しみを覚えそうなほどに細くくびれている。そこから腰、そして太腿へかけてのなめらかな曲線は、まるで美の女神の手による造形のように美しい。  脚の間の黒い茂みは、密度が濃い割に面積は狭めの逆三角形。今は濡れて、よりいっそう黒みが増している。  その下のシーツも濡れていた。染みは現在進行形で拡がり続けている。今は触れてもいないのに、相変わらず愛液が溢れ出しているようだ。 「あ……あまり、じろじろ……見ないで、ください」  恥ずかしいのか、愛姫は横を向いたまま、一度も悠樹と目を合わせようとはしない。  頬は紅く、呼吸も相変わらず速く荒い。 「綺麗な身体だから、つい見とれちゃうんだよ」 「そ、そんなの……嘘、です……こんな……傷だらけの、身体……」  たしかに、愛姫の身体には以前見せてもらった通り、左の鎖骨から胸の間を通って右の脇腹まで続く、大きな傷痕があった。  子供の頃に、鬼魔に引き裂かれた傷。  他にも、もう少し小さな、鬼魔との戦いで刻まれた傷痕がいくつもある。クラスメイトの前で着替える時など、どう思われているのだろう。  しかし悠樹の目には、傷痕が愛姫の魅力を減じているとは映らなかった。  むしろ、逆だ。  この傷痕は、嘉~愛姫という人間の生き様の証だ。彼女の強い想いが、この傷に込められている。  傷痕に沿って、指を滑らせる。愛姫の身体がはっきりと強張った。今はどんな刺激も快感として受けとめてしまう状態だったが、今回ばかりはそれ以外の要素が含まれた反応に見えた。 「完璧な姿が、必ずしも完璧な美につながるとは限らないさ。ミロのヴィーナスもサモトラケのニケも、完璧じゃないからこそ美しくて魅力的なんだ。この傷も、その類だと思うよ」 「そ、それに……む、ね……も、小さい……ですし」 「女の子の胸は、大きくても小さくても、それぞれ魅力的だよ。大事なのは大きさよりも形と感度だな。どっちの基準でもこの胸は優等生だ」 「……や、やっぱり……女性なら、なんでもいいんじゃ……」 「違う!」  意図的に、強い口調でいった。  大抵の女性から嫉まれそうなほどに美人なのに、愛姫は意外なくらい、自分の女性としての魅力を過小評価しているようだ。同世代の男性と接することに慣れていないせいだろうか。  胸のサイズに対するコンプレックスも相変わらずだ。  そんな態度も可愛いのは事実だが、緊張をいや増す要因であるのも間違いない。  このタイプには、コンプレックスを取り除いてやることが効果的だ。こちらも恥ずかしがったりせずに、いかに魅力的かをはっきり言葉にして伝えてやるべきだ。 「愛姫だから、この、愛姫だから、いいんだ。……ほら、こっち見て」  促されて悠樹を見た愛姫は、一瞬、驚いたように目を見開き、慌てて恥ずかしそうに視線を逸らした。  悠樹の下半身が目に入ったから。  これ以上はないくらいに興奮しきった男性器は、経験のない女の子にとってはびっくりする大きさだろう。愛姫が、無修正のアダルトビデオを見慣れているとは思えない。 「愛姫が魅力的だから、こんなになってるんだ。好きな女の子の綺麗な裸を見て、興奮しない男はいないぞ」 「ほ……本当に……です、か」 「口でいってもまだ信じられないなら、身体で思い知らせてやるよ」  愛姫の上に覆いかぶさって、身体を重ねた。  傷の部分を別にすれば、柔らかくて、吸いつくように滑らかな肌だった。  細い身体を、優しく抱きしめる。  恐る恐る、という風に、愛姫も腕を回してくる。しかしその腕には、意外なくらい力が込められていた。  紅潮した頬、潤んだ瞳、そして、熱い吐息。  今すぐ挿れて欲しい、と悠樹を誘っているようだ。  ふたりの顔が近づく。鼻先が触れるほどの距離に。 「好きだよ、愛姫」 「……わ、私、も……悠樹さんの、こと……好き、です……今だけは」  律儀に「今だけ」とつけ加えるところに苦笑する。それでも「好き」といってくれたのは進歩だし、素直に嬉しい。  唇を重ねる。  すぐに、愛姫の方から舌を伸ばしてきた。貪るような激しいキスだ。  悠樹の身体に回された腕にも、さらに力が込められる。悠樹も愛姫の身体をしっかりと抱きしめた。  ふたつの身体が密着する。滑らかな肌の感触が気持ちいい。一日中だって撫でまわしていたいくらいだ。  しかし、今はそれどころではない。そんなことをしていたら、今の愛姫にとっては愛撫どころか拷問だ。 「あ……っ、ぁんっ……」  身体を小刻みに震わせている。胸や下腹部を擦りつけてくるような動作だった。  なにを求めての動きなのか、よくわかっている。悠樹も応えるように腰を突き出した。 「ふぁあっっ! ぁんっ!!」  硬く反りかえったペニスの先端が、ぬるりとした感触に触れた。  それだけで愛姫は悲鳴をあげる。  下半身を震わせて、潤んだ瞳を悠樹に向ける。  魔物を魅了する、深紅の瞳。その魅魔の瞳は、しかし今は悠樹も魅了していた。見つめていると、魂を鷲づかみにされるような感覚すら覚えてしまう。  ゆっくりと腰を突き出す。先端が、濡れそぼった秘裂の中心に押しつけられる。愛姫が、もどかしそうに腰をくねらせる。  濡れた粘膜が吸いついてくるようだ。そのまま、悠樹の分身を飲み込もうとしている。 「なにが触ってるか、わかる?」  泣きそうな顔で、こくんとうなずく愛姫。 「これが、欲しい?」  今度は二度うなずいた。 「じゃあ、ちゃんとそういって?」  促すように腰を動かして、しかし、まだ挿入はせずに焦らす。  愛姫は腕に力を込め、悠樹の背中に軽く爪を立てた。 「……挿れて……ください…………もう……我慢、できません……ゆ、悠樹さんの……悠樹さんの……ペニスで、気持ちよくして……くださいっ」  いっていて恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、ぎゅうっとしがみついて唇を押しつけてきた。  悠樹は感動すら覚えていた。あの愛姫が、ここまでいうなんて。  その願いに応えるように、軽く腰を突き出した。柔らかくほぐれた粘膜の中に、先端が少しだけ潜り込む。  無意識により深い挿入を求めているのか、愛姫が下半身を押しつけてくる。そこで、わざと逃げるように腰を引いてやる。悠樹を追って、さらに腰を突きあげてくる。  そのタイミングを見計らって、悠樹も下半身に力を込めて突き出した。 「ひっっ!! あっ、あぁぁぁぁ――――っっっ!!」  一瞬の、処女の証が引き裂かれる感触。  ローションを満たした袋が破裂したかのように溢れ出てくる蜜。  愛姫が全身を強張らせる。  びくっ、びくっと痙攣し、口から泡混じりの唾液を飛び散らせている。  公園からここまで、さんざん焦らされて、ようやく本物の男性器を挿入されたのだ。それだけで激しい絶頂を迎えてしまったようだ。  しかし、まだ、悠樹の分身は全体の半分ほどしか愛姫の中に収まってはいなかった。二度、三度、小刻みに腰を動かして、角度を調整する。  そして、一気に奥まで突き挿れた。 「ひぃああぁぁっっっ! ひぃゃぁぁぁぁぁ――――っっっっ!!」  最初の挿入時以上に、大きな声で絶叫する。  潮吹きか失禁か、濡れた感触が下半身に伝わってくる。  先端がいちばん深い部分を突きあげているのを感じる。それでも、さらに奥まで押し込むように体重をかけた。 「ひぃぃぁぁんっ! あぁぁ――っっ! んぅぁぁぁ――――っっ!!」  下半身に力を入れるたびに、少しでも動くたびに、愛姫の身体が痙攣する。悲鳴が上がる。  その度に、結合部の潤いが増していく。  愛姫の膣は、さすがに神流のように痛いほどの力で締めつけてくるきつさはない。だけど中の襞には神流とはまた違った複雑さがあり、そしてなにより、まるで悠樹のサイズと形に合わせてあつらえたように、ぴったりと吸いついてくる感触だった。  押し込む時はもちろん気持ちがいい。しかしそれ以上に、引き抜く時はまるでバキュームフェラでもされているような密着感と、幾重にも連なる襞が引っかかってってくる刺激が、気が遠くなるほどに気持ちよかった。  しかしもちろん、愛姫は悠樹の何倍も、あるいは何十倍も気持ちいいのだろう。  奥まで突き挿れるたびに。  入口ぎりぎりまで引き抜くたびに。  その一往復ごとに、絶頂に達したかのような悲鳴をあげている。  悠樹の動きに合わせて、愛姫も腰をくねらせる。膣の粘膜も蠢いている。  より深く悠樹を迎え入れようとするかのように。  より強い刺激を悠樹から得ようとするかのように。 「はぁぁぁっっ、あぁぁっっ!! はぁぁッあぁぁぁぁ――――っっ! あっはぁぁぁっんんっっ! ん……んぅぅんんっ!」  腕は万力のような力で悠樹にしがみつき、長い脚も絡めてくる。全身で密着して、それでもまだ足りないというように唇を貪ってくる。千切れそうなほどに舌を伸ばし、悠樹の舌と絡め、唾液を啜る。  しっかりとしがみついているのに、腰だけは別の生き物のように蠢いて、弾むほどに暴れている。結合部は、それでも抜けないくらいに強く吸いついてくる。 「気持ち、いいのか?」 「い、いぃぃっ! いィっ! 気持ちっイイですっっ!! すごっ……ぉあぁっ! おっ、大きいのがぁっ! こんな……ぁぁっ、はじめてですっっ!! い……っ、いですっ! いぃっ、いぃっイィっ、イイです――っっ!!」  普段の愛姫からは想像もつかない激しい乱れっぷりだた。絶叫しながら、腰の動きは一瞬たりとも止まらない。大きくくねらせて、結合部から飛沫を飛ばしている。  悠樹も、タイミングを合わせて、より深く貫くように腰を前後させる。 「あぁぁっっ、はぁ……ぁぁぁっっっ!! すごいっ! ゆっ……悠樹さんのっ、ペニスがぁっ! すご……ィっ、深……まで……ぁぁぁっ! い……っぱい……めちゃめちゃに、擦られて……ぇぇっっ! だっだめぇっ!! そんな……っ、激し……ィィっ! ゆ、悠樹さんっ! ゆ……ぅきさぁんっ!」  生真面目で、いつも怒ったような表情ばかりを見せていた愛姫が、こんなに乱れていやらしい言葉を連呼するなんて。  そのギャップが悠樹をさらに昂らせる。愛姫を貫いているものが、さらにサイズと硬度を増したように思えた。  気持ちいい。  すごく、気持ちいい。  ローションを一本まるごと流しこんだような愛液まみれの膣は、ひと突きごとに熱い蜜を噴き出して、ふたりの下半身とシーツを濡らしていく。  あの愛姫をこんなにしてくれるなんて、あの雌狼も粋なことをしてくれる――ちらりと、そんな罰当たりなことさえ考えてしまう。  多少なりとも悠樹のことを気にしてくれていたとしても、何事もなければ、肉体関係を持つなんてまずなかっただろうし、もしもあったとしても遠い未来のことだっただろう。  ましてや、こんなに猥らな姿なんて。 「ゆ……っ、悠樹さんっ悠樹さんっ!! 悠樹さんっ悠樹さんっ悠樹さぁぁぁ――――っっっっ!! あぁぁぁ――――っっっ!!」  名前を連呼しながら、その回数だけ腰を振る愛姫。  どんどん加速して、小刻みに震えるような動きに変わっていく。  どうやら終わりが近いらしい。悠樹も、もう長くはもちそうにない。愛姫の中はただでさえ気持ちいいのに、こんなに激しく動かれては。  悠樹もフィニッシュに向けて加速する。  震えるような小刻みな動きの愛姫とは逆に、大きな動きで、入口から最奥まで、強く、深く、叩きつけるように突き挿れる。 「あぁぁぁぁぁ――――っっ!! ゆっ、ゆうきさんっ、ゆうきさんっ、ゆうきさんっ! ゆうきさぁぁぁぁぁ――――っっっ!!」  泣いているような声の絶叫。  悠樹が、ぎりぎりまで堪えていたものを一気に解き放つのと同時に、背中に喰い込むほどに爪を立てられ、肩のあたりに噛みつかれた。  愛姫は下半身だけではなく、引きつけを起こしたかのように全身を激しく痙攣させていた。絶叫の最後はもう声にならず、ひゅうひゅうと空気が鳴る音だけが響いていた。  いちばん深い部分で、何度も何度も脈打つペニス。その微かな動きさえ気持ちいいのか、同じリズムでびくっびくっと震える愛姫。  注ぎ込まれる大量の精液を、まるで喉を鳴らして飲み下すように、膣が収縮を繰り返していた。 * * *  数分後。  激しすぎる絶頂が治まってひと息ついた愛姫は、悠樹の下から這い出して上体を起こした。  まだ呼吸は荒いが、先刻までよりは幾分落ち着いた雰囲気だ。このまま回復に向かうのだろうか。しかし、愛姫や高橋の話から察するに、一度セックスしたからといって、それですぐに全快するものではないらしい。だとすると、これは一時的な小康状態だろうか。  悠樹とは目を合わせようとしない。横顔は、頬はまだ紅みを帯びているが無表情で、なにを想っているのか読めなかった。  無言で、自分が座っているベッドを見おろす。  その視線の先にあるのは、シーツに残った、紅い染み。  愛姫の、純潔の証。  しばらく見つめていて、ふいっと顔を逸らした。 「後悔、してない?」 「……別に」  表情同様に、感情の感じられない抑揚のない声が返ってくる。 「……こんなの……いつまでも大事にしていたって……、煩わしい、だけです」  自分にいい聞かせているような口調だった。  やっぱり、多少は後悔しているのかもしれない。それも無理もない、と思う。  鬼魔の力に侵されて、その場の勢いで悠樹と……なんて。たとえ悠樹に好意を持っていたとしても、愛姫の性格を考えれば、きちんと付き合ってもいない相手と肉体関係を持つことには抵抗があるだろう。 「……高二にもなれば、クラスでも経験ずみの子は多いですし……ちょうどいい機会です」  いいながら、こちらに背を向けて、悠樹の腹を枕にするような姿勢で横になった。  悠樹に甘えているように見えなくもないが、おそらく、顔を合わせるのが恥ずかしいというのもあるのだろう。  呼吸に合わせて、肩が上下している。まだ呼吸は荒いし肩も背中も汗まみれだが、それでもどこか充実した疲労感が感じられた。 「……!」  愛姫の手が、腹の上に置かれた。そのまま、愛しむように撫でまわす。  まだ、完全に正気に戻ったわけではないのだろう。しらふであれば、自分からこんなことをするとは思えない。  手が、徐々に下へと移動していく。  愛姫の汗と愛液で濡れた下腹部。  その下の、まだ勢いを失っていない男性器。  恐る恐る、といった手つきで触れてきた。  指先で軽く触れ、熱いものに触れたかのように慌てて手を引っ込め、また、恐る恐る手を伸ばして、今度は一度目よりも少しだけしっかりと触れてくる。  そんな動きを二度、三度と繰り返した後で、手で包み込むように優しく握った。 「……信じ、られません。こんな……すごく、大きい……です。こんなに大きな……それに、硬くて、熱くて……こんな……が……わ、私の、中に、入っていたなんて……絶対、なにかの間違いです」  そういいながらも、優しく握ったままゆっくりと手を動かす。 「正真正銘、現実だよ。覚えてない? それを根元まで全部挿れられて、めちゃめちゃに感じて悶えてたんだぞ」 「――っ!」  わざと、からかうようにいってやる。  怒ったのか、それとも照れ隠しか、握っていた手に力が込められる。腹に軽く歯を立てられる。しかしどちらも痛いと感じるほどではない。  歯を立てて、そのまま唇を押しつけた体勢で、下へと移動していく。舌先で悠樹の身体をくすぐっていく。  手で握っていたものの手前まで移動して、止まる。  吐息の熱さが感じられるほどの至近距離だ。出したばかりだというのに、もう限界まで昂ってしまう。 「……やっぱり……大きい、です。それに……間近で見ると……なんだか、怖い」  言葉とは裏腹に、そうつぶやく声は甘い。  ふぅっと息が吹きかけられる。くすぐったくて、だけど気持ちいい。  続いて、息よりも質感のある、しかし柔らかな感触。唇が触れ、すぐに離れた。 「あ、あの……い、今は、こ、こ、恋人同士っていう……ことになっているんですよね?」 「ああ」 「こ、恋人、同士って……こ、こういう、こと、する……んです、よね?」 「そうだね。するのが普通だね」 「だ、だったら……して、みても……いい、ですか?」  妙に自信なさげな声で訊いてくる。したくて堪らない、だけど断られたらどうしよう――そんな雰囲気だ。 「もちろん、いいよ。ってゆーか、ぜひともして欲しいんだけど、いいか?」 「…………は、はい!」  今度は、柔らかくて濡れたものが触れてきた。愛姫の舌先が、また、一瞬だけ触れたようだ。  もう一度、二度。少しずつ、接触している時間が延びていく。  そして、軽く開かれた唇が、しっかりと押しつけられた。先端を少しだけ口に含む。 「か、変わった、味、です。。……でも……なんだか、美味しい……ような、気も、します」 「当然。女の子にとっては、好きな男の精液ってすごく美味しく感じるんだってさ。でも、好きな相手のじゃなきゃとても飲めない味ともいってたけど」 「そう……ですか。それなら……い、今だけは、美味しく感じても……当然、なのですね。でも」  また、舌が押しつけられる。根元から先端まで、ゆっくりと舐めあげていく。 「……それを誰がいっていたのか、は訊かないことにします」  どことなく、責めるような口調に感じられた。他の女性の話題を出したことを妬いているのかもしれない。  ちなみに、発言の主はいうまでもなく美咲だ。  だから、愛姫がそれ以上追求してこなかったのは幸いだった。神流のことはまだしも、実の叔母と肉体関係を持っている――しかも初体験の相手――だなんて、知られない方が無難だろう。せっかく、多少は好意を持たれているらしいのだから、嫌われるようなことはしたくない。 「じょ、上手にできないとは、思います……が」  ゆっくりと口に含んでいく。唇が窄められ、濡れた舌が絡みついてくる。  少しずつ奥へとくわえていきながら、もぐもぐと口を動かしている。先端が喉に達したところで一度動きを止め、そこからさらに根元まで呑み込んだ。  先端は喉まで達していて、亀頭が締めつけられる。  さすがに苦しいのか、数秒間ほどで口を離して咳き込んだ。 「そんな、無理に奥までくわえなくていいよ」 「そ、そう、なんですか? あの……よく、わからなくて……どうすれば悠樹さんがよくなるのか……教えて、ください」 「やりたいようにやればいいよ。俺は、愛姫にしてもらってるってだけで、すっげーいいんだから」 「そ、そう……なんですか? ……わかりました。やってみます」  愛姫は一度上体を起こして、悠樹からも顔が見える位置に身体の向きを変えた。  ちらり、と一瞬だけ悠樹を見る。  顔にかかる長い髪を片手でかき上げ、もう一方の手で悠樹の根元を握って、その先端をもう一度口に含んだ。  今度は、無理に奥まで呑み込もうとはしない。ちょうど、亀頭を舌で愛撫しやすいくらいの深さだ。 「ん……んぅ……んくっ、ぅぅぅん……っ、んふぅ」  小さな呻き声を漏らしながら、吸う。  舌先でくすぐる。  舌を押しつけて、舐める。  唇を窄めて、締めつける。  そのまま、ぎこちなく頭を動かす。  初めてなのだから当然だが、けっして、巧いとはいえないぎこちない動きだ。しかし、無理にしているのではなく、自分の意志で、その行為を好きでしている、したくてしているという熱意が伝わってくる口戯だった。  だから技巧的には拙くても、悠樹としてはすごく気持ちいいし、興奮する。 「んふぅ、ぅぅんっ! んっ、ぁんっ、あぅ……んっ!」  唇の端から漏れる吐息が、だんだん切なげになってくる。鼻にかかった甘い声だ。  頬が、真っ赤に染まっている。顔中に汗が滲んでいる。  見ると、片手は悠樹のものを握っているが、もう一方の手は、彼女の下半身へと伸びていた。身体の陰になってよく見えない位置で、なにやら小刻みに蠢いている。  自分で触れているのだろうか。  口でしているうちに自分も興奮して、我慢できなくなっているのだろうか。  そう考えるだけで昂ってしまう。  技術的にはまだまだ未熟な愛姫のフェラチオ。しかし、唇と舌の感触はすごく気持ちがいい。膣同様に、柔らかく吸いついてくるような感覚だった。  その上、愛姫のような超級の美女が、フェラチオに夢中なって興奮のあまり自慰に耽っているなんて。  こんなあられもない姿を見せられては、もう我慢できない。悠樹の興奮も一気に高まっていく。 「もう、イキそう……だ。口に出すから、全部飲めよ!」  外に出す、などという考えは毛頭なかった。もちろん、愛姫の〈治療〉のためには直に飲ませることが必要なのだが、それは口実に過ぎない。ただ雄の本能で、愛姫の口を自分の精液で満たしたかった。  愛姫の頭を押さえて、腰を突き出す。  苦しそうな声を漏らしながらも、小さくうなずく愛姫。  その刺激が、最後の一押しとなった。 「う……くうぅっ!」  愛姫の口の中で、小さな爆発が起こった。  口の奥で、白く濁った粘液が噴き出していく。  一瞬、驚いたように目が見開かれる。しかしすぐにうっとりとした表情に変わった。  唇が窄められる。まるで、一滴もこぼすまいとしているかのようだ。  その口の中に、二度、三度と精を放つ。今夜二回目にしては、ずいぶんと量が多かった。やはり、愛姫の初フェラというシチュエーションに興奮していたのだろう。  口を満たした大量の精液を愛姫はすぐには飲み込まず、全部、口の中に溜めていた。精液の奔流が治まったところで、口を離してゆっくりと上体を起こす。  飲み込むのが辛くてそうしているのではない。うっとりとした表情を浮かべ、舌全体、口腔全体で、初めて口にする精液を味わっているようだった。  それはまるで、極上のスイーツを味わっているかのような、至福の表情。  焦点の合わない紅い瞳。  紅潮して汗ばんだ顔。  相変わらず、高熱に冒されているようにも見える表情。なのにこの上なく幸せそうだ。  かなり長い間口の中で味わってから、ようやく名残惜しそうに喉を鳴らした。  ふぅっと、充実感のある溜息が漏れる。 「……美味、しい…………すっごく、濃い……」  恍惚の表情でうっとりとつぶやくと、また下半身に覆いかぶさって、先端を口に含んだ。尿道内に残った雫まで一滴残らず吸い出す。  悠樹に向けた顔は、まだ足りない、もっと飲みたいと訴えていた。このまま口での行為を続けようかと迷っているように見える。 「……って、どうして、まだ、大きいんですか?」  悠樹の分身は、まったく萎える気配もなかった。  当然だ。  あの愛姫との、初めてのセックス。それも、普段の姿からは想像もできないくらいに淫猥に乱れて。  この状況で興奮しないわけがないし、一度や二度の射精では興奮は治まらない。 「……お、男の人って……射精、すると、治まるのではないのですか?」 「大好きな女の子、それも、愛姫みたいな美人とセックスしていて、一回や二回で萎えるわけないだろ」 「そ、そういうもの……なんですか? ……こういうの、なんていうんでしたっけ……せ、精力絶倫?」 「まあ、けっこう自信はあるけどな。愛姫も嬉しいだろ? おかげでまだまだ気持ちいいことできて、美味しいものがたくさん飲めるんだから」 「……はい」  愛姫の口許が微かにほころんだ。  笑顔なんて珍しい。それも、こんな可愛らしくはにかむ姿は初めて見た。 「……悠樹さんのを飲んだせいでしょうか……なんだか、また……あ、熱くなってきました」  膝立ちになった愛姫の脚の間から、白く濁った粘液が糸を引いてシーツまで滴り落ちていた。 「……責任、とってください」  仰向けに寝ていた悠樹の上にまたがってくる。  まだ硬く反り返ったままのペニスを掴んで上を向かせ、その上に腰をおろしてくる。  愛液で濡れているというよりも、愛液を噴き出しているような割れ目の中に、先端が押し当てられる。  そのまま腰をおろして自ら挿入しようとするが、初めてのせいか、なかなか勝手がつかめずにいる。 「んっ……あっ、ん……あぁんっ!!」  うまく挿入できなくて、じたばたと試行錯誤している動きに、割れ目やクリトリスが擦られる。そのちょっとした刺激すら、今の愛姫には強すぎる愛撫だった。  気持ちよすぎて、膝立ちになった脚から力が抜ける。  腰が落ちる。  それがたまたま、絶妙な角度だった。 「うぅぁっ! あぁぁぁぁぁ――っっ!!」  一気に奥の奥まで貫かれて、悲鳴をあげた。  そのまま後ろに倒れるのではないかというくらいに身体が仰け反っている。  全身が痙攣して、手脚が強張っている。挿入の刺激だけで達してしまったようだ。 「あ……ぁぁぁ……す、ごい……深ぁ……いっ!」 「初めての騎乗位は、どんな感じ?」 「す、すごい、です……悠樹さんの、大きいのが……すっごい、奥まで……深くて……あぁん、……お腹が……突き上げられて……苦しい、くらい……イィ……」  唇の端から、涎がこぼれている。  深紅の瞳は虚ろで、焦点が合っていなかった。 「挿れられただけで、いった?」 「…………は、い」 「もっと気持ちよくなりたい?」 「……はい。いっぱい、いっぱい、気持ちよく、なりたい……です」 「じゃあ、自分で、好きなように動いてごらん」 「……そん、な……動くなんて……無理、です……。こんな……奥まで、貫かれて……壊れてしまいますっ」  口ではそういいながらも、愛姫は腰を前後に揺すりはじめた。  最初は、ゆっくりと擦りつけるように。 「は……ぁぁっ! ぁんっ、んく……ぅぅんっ!」  ぬるぬると滑る感触。  結合部からは蜜が溢れているせいで、動きは思いのほかスムーズだった。動くたびに、愛姫を深々と貫いている肉棒が、角度を変えて膣壁を刺激している。  小刻みに痙攣しながら、それでも動きは止めない。むしろ、徐々に大きくなってくる。 「や……っ、だ、めぇ……っ! こん、な……すごい……あぁっ、んぅっ……ぁっ!」  目を閉じて、眉間に皺を寄せている。  半開きの唇からは、切なげな熱い吐息が漏れている。  ぎこちなく往復する腰。  だんだん、動きが速く、大きくなってくる。  数往復ごとに、動きを止めてぶるぶると震える。その度に、じわっと濡れた感触が拡がる。軽く達してしまっているらしい。  数秒間そうしていて、またすぐに動きを再開する。その度に動きは激しさを増していく。 「あぁぁっ! すご……イっ! ふぁぁっ! お、くまで……いっぱい……っ! あぁぁっ!! んぁぁっ! んくぅぅんっ! はぁぁぁ――っっ!!」  初めのうちは単調な前後の往復だけだった愛姫の動きが、縦長の楕円を描くように変わり、膣の側壁までくまなく擦られる。  さらに、上下の動きが加わる。腰を浮かせて、落とす。一往復ごとに落差が大きくなって、ペニスが抜けるぎりぎりから、一気に腰を叩きつけて奥の奥まで呑み込んでいく。 「あぁぁぁ――――っっ!! すごっ! すごいっっ!! だめっ! だめぇっ! そんなっ、激しくぅぅ――っ! だめっ! ゆ……うきさんんっっ! お願いっ! もっと……優しくっ! 壊れっ、ちゃい……ますぅぅっっ! いやぁぁぁ――っ!! ひゃぁぁぁんっっ!!」  長い髪を振り乱して、愛姫の身体が弾む。  いつしか腰の動きは8の字に変わり、そこでとどまらず最新のジェットコースターのような複雑な三次元の軌跡を描くようになっていった。  しかし、それはすべて愛姫がしていることだ。悠樹は、激しすぎる動きで抜けてしまわないように愛姫の動きに合わせているにすぎない。  だめ、やめてと叫びながら、愛姫は激しい動きで自らを攻めたてていた。自分では気づいていない、少しでも多く快楽を貪ろうという無意識の動きなのだろう。  より激しい刺激、より強い快楽を求めての動き。  鬼魔の力に侵されると、こうなってしまうのだろうか。それとも普段の真面目な態度とは裏腹に、もともと一度火がつくと激しく燃えあがるタイプなのだろうか。  結合部がぐちゅぐちゅと泡立ち、激しすぎる動きに飛沫となって飛び散る。  腰の一往復ごとに絶叫する愛姫。それでも動きは激しくなる一方だ。そしてどんなに激しく動いていても、膣はぴったりと吸いついて、悠樹を放そうとはしない。 「んはぁぁぁ――っ! すごいっ! すごいィィ――っっ!! あぁぁぁ……あぁぁ――っ! くるぅっ、また……来ちゃいますっ! いやぁぁぁ――っ!!」  狂ったように快楽を貪る愛姫。  幾度となく絶頂を迎えながら、さらなる高みへと昇っていく。  激しい刺激。  ローションプレイ並にびしょ濡れの性器。  そして、快楽の虜となって乱れている、普段は清楚な大和撫子ともいうべき美女。  この状況では、悠樹も長くは持ちこたえられない。  愛姫がひときわ激しく腰を落とすのにタイミングを合わせて、思い切り腰を突き上げた。  二人分の力で貫かれ、愛姫が悲鳴をあげる。  同時に、熱い塊が噴き出していく。 「ああぁぁぁ――――っっっ!! あぁぁぁぁぁ――――――っっっっ!!」  肺が空っぽになるまで絶叫し続け、その間ずっと身体はがくがくと激しく震え、ヘッドバンギングのように頭を振っていた。  動きがだんだん細かな痙攣に変わり、そのまま数十秒間続いて。  不意に、スイッチが切れたように力が抜け、悠樹の上に覆いかぶさるように倒れてきた。  そのまま、動かなくなる。  完全に意識を失っているらしい。  大きく息を吐いて、ゆっくりと愛姫の下から這い出す。  愛姫は俯せのまま失神している。全身、汗と体液でぐっしょりだ。  目には涙の痕。口の端からは涎がこぼれ、大きく開いた脚の間に見えるシーツには、失禁したかのような大きな染みが広がっていた。  そんな猥らな姿も魅力的だった。見ているだけで下半身がむずむずしてくる。  時折、身体をびくっと震わせる愛姫。まだ余韻が残っているのだろうか。  背中にそっと手を乗せて、そのままお尻まで滑らせる。  びくっびくっびくぅっ!  愛姫の身体が痙攣する。微かな喘ぎ声が漏れる。  意識がなくても、ちゃんと感じているらしい。  まだ、満たされていないのだろうか。  足りないよりは多すぎるくらいの方がいいはず――そんなことを想う。実際のところそれは口実に過ぎず、悠樹もまだ満足していないだけなのだが。  下半身はまだ元気なままだ。裸で眠っている愛姫の姿にそそられてしまう。目を覚ますまで待てない。  愛姫の脚の間に移動する。背後から腰を掴んで、お尻を少しだけ持ち上げさせる。  バックから、ひくひくと痙攣して蜜を溢れさせているいる秘裂の中心に、まだ硬いままのペニスをあてがった。  そのまま、一気に貫く。 「……んっ、ひゃあぁぁんっ!? ンあぁぁぁぁ――――っっ!?」  突然の刺激に、愛姫が目を覚ます。なにが起こっているのか理解できないまま、悲鳴をあげて上体を仰け反らせた。  愛姫のお尻を鷲づかみにして、乱暴に腰を叩きつける。 「いやぁっ! そっ、そんなっ! い……きなりっ!! あぁぁ――っっ! す……ごぃっ! いぃぃ――っ!」  前戯もなにもない突然の挿入なのに、愛姫の悲鳴はどこか甘く、悠樹をより深く迎え入れようとするかのように、腰をぶるぶると震わせていた。 * * *  ホテルからの帰り道、愛姫はずっと無言だった。  あの後、さらに二度、行為を重ねた。  その度に激しく乱れ狂い、失神し、三度目に意識が戻った時には、鬼魔の力による発作もほぼ治まったようだった。  正気に戻った愛姫は羞恥心も戻ったようで、いつも通りに素っ気ない態度になり、シャワーを浴びて服を着るまでの間、悠樹には後ろを向かせていた。  ホテルを出た時には、もうすっかり夜も更けていた。駅へ向かう道には人通りもほとんどない。もともと、繁華街からも離れた場所なのだ。  無機的なコンクリートの林の中、ふたりの足音だけが小さく響く。  愛姫はひと言も口をきかない。怒ったような表情で、そっぽを向いて歩いている。  しかし、怒っているわけではないだろう。たぶん、この態度は照れ隠しだ。  なにしろ、いつもは嫌っているような態度をとっていた悠樹とセックスしてしまったのだ。それも、初めてなのにあんなに激しく、狂ったように、何度も何度も。  普段の愛姫の性格を考えれば、正気に戻ったら恥ずかしくていたたまれないことだろう。横を向いているのも、赤面した顔を見られたくないからに違いない。  けっして、怒っているわけではない。  その証拠に、部屋を出る時に悠樹が差しだした手を、躊躇いがちにも握り返してきて、その後ここまでずっと手をつないで歩いてきた。悠樹のことなど無視しているような態度で、しかし、自分から手を放そうとはしない。  歩みも普段よりややゆっくりしている。まるで、悠樹と手をつないで歩く時間を、少しでも長く続けようとしているかのよう――と想うのは自惚れすぎだろうか。  そんな愛姫が可愛いと想う。  だから、つい、からかいたくなってしまう。それがまた愛姫を怒らせるとわかっていても。 「気持ち、よかった?」  からかうような口調で訊くと同時に、きつい目で睨まれた。視線だけで悠樹を射殺せそうな、憤怒の形相と呼ぶに相応しい表情だった。なにもいわずに黙っているのは、怒りのあまり言葉も出てこないからだろう。 「気持ちよかったんだろうな。すっごい感じてたよね? もうめちゃくちゃに乱れ……」 「ゆ、悠樹さんっ!」  怒声が言葉を遮る。 「あ……貴方って、ほんっとうに性格悪いですね! そういうところ、大っ嫌いです!」  予想通り、逆鱗に触れてしまったらしい。それも目論見通りだ。愛姫は黙っている時は素晴らしい美人だが、恥ずかしながら怒っている姿は人間味が増して本当に可愛らしいのだ。  そして、呼び方がまだ「悠樹さん」のままであることにも満足した。これなら「大っ嫌い」も、まるまる本心というわけではあるまい。  期待通りの反応が返ってきたので、弄るのはそこまでにしておく。何事もやり過ぎはよくない。  また、黙って歩いていく。  激怒しているように見える愛姫だが、しかし、繋いだ手はそのままだった。ただし、手の甲に軽く爪を立てられはしたが。 「……悠樹さんは」  しばらく歩いたところで、愛姫がぽつりといった。  独り言のような、小さな声だった。 「え?」 「悠樹さんは…………き、気持ち、よかったのですか?」  そっぽを向いたまま、耳まで紅くなっている。  突然の、予想外の質問に戸惑って即答できずにいると、いきなりこちらに向き直った。やはり怒ったような顔をしている。 「べ、別に、悠樹さんのことなんかどうでもいいんですけど! 一般論として、自分の身体が、男の人にとってつまらないものだという評価を受けたら、やっぱり少し凹むじゃないですか!」  思わず、噴き出しそうになった。  こんなところは、愛姫も意外と普通の女の子だ。  大抵の男が、女の子が気持ちよくなってくれたかどうかを気にするように、女の子も、好きな相手が自分の身体でちゃんと気持ちよくなってくれたかどうか、すごく気にするものなのだ。  男にとっては、セックスで自分が気持ちいいのは自明のことなので、相手が気持ちいいかどうかばかりを気にする傾向があるのだが、実は女の子も同じことを考えている。一般に、男はあまり激しい反応をしないことが多いので、女の子にしてみれば、感じてくれているのかどうかよくわからないところがある。経験が少なければなおさらだ。  だから、正直に言葉にして伝えた。 「すっげーよかった。もう、めちゃめちゃ感じた」 「そ、そう、なんですか?」  普段は真面目で堅い印象で、悠樹に対してはきつい態度をとっていた愛姫が、我を忘れていやらしい言葉を連呼しながら乱れ狂う姿は、それだけでも興奮ものだったが、それに加えて物理的な刺激も相当なものだった。 「愛姫のあそこって、俺専用にあつらえたみたいにぴったり吸いついてきて……最っ高に気持ちよかった」  経験は豊富な悠樹だが、その中でも一、二を争う名器だと思った。愛姫はさらに朱くなる。顔だけではなく、手まで真っ赤だ。 「べ、別に、悠樹さんにどう思われようと、関係ありませんけど!」 「そんな冷たいこといわずに、近いうちにまたしよう?」 「…………そ、そんな日は、未来永劫、来ないと思います!」 「愛姫の「未来永劫」は、あまりあてにならないからなー」  以前、処女かどうかを訊いた時にもいった。貴方には未来永劫まったく関係のないことです――と。  それから一週間と経たないうちに、これ以上はないくらいに関係してしまった。愛姫の純潔を散らしたのは悠樹なのだ。 「だ、だいたい、悠樹さん、貴方は……」  不意に、愛姫の表情が変わる。照れ隠しの怒りの表情が消え、いつもの無機的な顔になった。 「……私と、あの娘と、どちらが好きなんですか?」 「え……」  不意打ち、だった。思わず脚が止まる。  まったく予期していなかった質問。しかしこれは悠樹が迂闊だった。  考えてみれば、至極当然のことだ。愛姫が、悠樹に好意を持っていたとしても、素直になれないいちばんの理由はこれだろう。  神流と悠樹が肉体関係を持っていることも、悠樹が神流に恋愛感情を持っていることも、愛姫は知っている。そんな相手と、簡単に恋人のような関係にはなれまい。  悠樹は、もともとの性格か、あるいは奔放な美咲との付き合いが長いせいか、二股も、ゆきずりの相手とのセックスもまったく気にはしないし、女の子の処女性に必要以上の幻想を抱きもしない。  しかし、真面目で、男女の恋愛について免疫がなさそうな愛姫にとってはそうではあるまい。  返答に困った。いったいどう答えたものだろう。  これがゆきずりの相手であれば、口先だけで気軽に「君がいちばん」などといえる。しかし、本気で好きな相手だからこそ、嘘はつけない。  だから、答えが出せない。  愛姫と、神流。  どちらも、これまで付き合ってきた女の子の中にはいなかったタイプだ。  そして、どちらもすごく気に入っている。容姿も、性格も、そして身体の相性も。  今、どちらを選ぶのかと問われても、答えは出てこない。いや、悠樹にとっては答えはひとつだ。  すなわち、「ふたりともモノにしたい」と。  しかし、愛姫に受け入れられる答えとは思えない。  答えられずにいると、愛姫が先に次の言葉を紡いだ。 「……すみません。変なこと、訊きました。……私、今夜はまだ少し変なんです。忘れてください」  静かな、そしてどことなく切なげな口調。  いっそ、いつものきつい口調で「二股ですか? ふざけるのもいい加減にしてください!」と怒ってくれた方が気楽なのに。  感情を押し殺した、それ故に哀しそうな姿でいわれると胸が痛む。  なにも言葉を返すことができず、また、無言で歩き出した。  それでも、手は繋いだままだった。それが、ふたりをつなぐたったひとつの絆であるかのように。 * * *  今夜の、悠樹の試練は、まだ終わっていなかった。  駅から、人通りのない深夜の高級住宅地を歩いて、愛姫の家の前まで来たところで、門柱に寄りかかるようにして立っている、小柄な女の子の姿が目に入った。悠樹たちの足音に気づいて、顔をこちらに向ける。  月明かりの下、ふたつの瞳が、黄金色に輝いていた。 「……神流?」  一瞬、憤怒の表情を浮かべたように見えた。暗いし距離もあったので、見間違いであって欲しいと願う。  ひとつ瞬きをした後は、神流の表情は笑みに変わっていた。  ただしそれは残忍な、仕留めた獲物を前にした肉食獣の笑みだった。そして、目が笑っていない。悠樹としては身の危険を感じる表情だった。  にぃっと開いた口から、鋭い犬歯が覗いている。 「……ここで待っていれば逢えるかな、なんて思ったんだけど……。……ふぅん、そういうこと?」  黄金色の瞳が、悠樹と、愛姫と、そして繋がれたままのふたりの手に向けられた。  誤魔化しようもない。深夜、ふたりで手を繋いで歩いていたのだ。口でなんといおうとも、事実は隠せない。鬼魔の嗅覚をもってすれば、今夜、ふたりの間になにがあったのかも明白だろう。 「…………やっぱり、ニンゲンの方が、いいんだ?」 「――っ!」  鋭く胸を貫く言葉だった。  おそらく神流は、悠樹が思っている以上に自分の素性のことを気にしている。  まだふたりの関係が不安定な状態で、悠樹が、人間の女の子と仲よくしていたら神流はどう感じるだろう。  悠樹は、神流が人間ではないことを特に気にしていない。時折、失念するくらいだ。それだけに、神流の想いに気づけなかった。 「い……いや、これは……その、あれだ。愛姫が、鬼魔の力に中てられて……治療、っていうか、そう、そういう感じのあれだ!」 「治療……ねぇ」  細められた目が、危険な光をはらんでいる。 「……それならボクの時は、単なる〈食事〉だよね?」 「う……」  反論できなかった。  愛姫との関係が単なる〈治療〉で、恋愛感情を伴わないといい張るなら、神流との関係も同じになってしまう。それに、恋愛感情を伴わないというのは真実ではない。  ゆっくりと近づいてくる神流。今にも喰い殺されそうな気配をまとっている。  しかし、そのまま悠樹の横を素通りした。  ただ、ひと言、 「……サヨナラ」  とつぶやいて。  同時に、走り出す。 「か……」  反射的に、後を追おうとする。しかし、走り出すことはできなかった。  愛姫に、手を掴まれたままだった。悠樹を離すまいとするかのように、力が込められていた。  振り返って、愛姫の顔を見る。  自分でも驚いているかのような表情だった。無意識の行動だったのかもしれない。  もう一度、神流が走り去った方向を見る。もう姿は見えない。すぐに後を追っていたとしても、本気で走る神流に追いつけるわけがない。  小さく溜息をつく。 「……すみません」  表情のない顔で愛姫がいい、ここまで繋いだままの手を離した。 「なにしてるんでしょう、私。少し、頭を冷やします。……今夜は、ご迷惑をおかけしました」  小さく頭を下げて門をくぐる。その後ろ姿からは、なにを考えているのかは読み取れなかった。 9  帰宅した愛姫は心身ともに疲れきっていたが、しかし、ゆっくりとくつろぐことはできなかった。  いろいろと考えたいことがあるのに、頭の中はぐちゃぐちゃで思考がまとまらない。そして身体はまだ心拍数が高いままだった。 「……あらぁ? 姫様、ずいぶんとお早いお帰りですねぇ? てっきり、お泊まりになるかと思っていましたが」  出迎えた麻由が、顔中ににんまりと意地の悪い笑みを浮かべている。  真夜中の、もう日付が変わった時刻だ。「早いお帰り」などという表現は適切ではない。  そんな時刻なのに、麻由はまだメイド服のままだった。この時刻まで〈仕事〉をする義務はないのだが、愛姫はこの家で麻由の私服姿などほとんど見たことがない。 「あら? あらあらあらあらぁ……姫様ってばー」  不躾に鼻を近づけてきて、ふんふんと鼻を鳴らす。 「お赤飯でも炊きましょうか?」 「……なんの、ために」  ことさらきつい口調で応える。 「もちろん、姫様がオトナになったお祝いですよー?」  チェシャー猫のようなにやにや笑いに、どこか皮肉めいた口調。今夜なにがあったのか、すべてお見通しなのだろう。当然、高橋から連絡が行っているだろうし、そうでなくても長い付き合いの麻由を誤魔化せるとは思っていない。  形式的には使用人とはいっても、愛姫と麻由は幼なじみのような関係で、たとえ口調は丁寧であっても愛姫に対してなんの遠慮もないし、悠樹以上に愛姫をからかうのが大好物なのだ。  今夜は、珍しいおもちゃでも手に入れたような気分だろう。絶世の美女でありながら、これまで浮いた噂のひとつもなく、恋愛沙汰になんの興味も示さなかった愛姫が、知り合って間もない男に純潔を捧げて深夜に帰宅だなんて、麻由にとってはこんなに面白いネタはそうあるものではない。  こんなに遅くまで起きて待っていないで、先に寝ていればいいものを。  しかし麻由は、最初から帰宅しないとわかっている場合を除いて、どんなに遅くなっても愛姫が帰る前に休むことはない。普段からそうなのだから、とびっきりからかい甲斐のある今夜、先に休んでいるわけがない。  高橋からの連絡で、今夜の〈狩り〉でなにがあったのか、そして悠樹と一緒に帰ったことを聞けば、その後の展開は容易に予想できるはずだ。 「もぉ、こんなに、オトコとオンナのニオイをぷんぷんさせちゃってぇ、ずいぶん激しかったんですねぇ?」  首のあたりに鼻を押しつけてくる。そのまま匂いを嗅ぎながら、跪くように体勢を低くしていく。 「やっぱり、少し血の匂いがしますね」 「ちょ……麻由!」  スカートの上からとはいえ、下腹部の、きわどい部分に鼻を押しつけられて愛姫は慌てた。脚を閉じて不自然な内股になる。 「痛くありませんでしたか? ……って、痛みなんか気になるわけありませんよね。鬼魔に魅了されている状態では、なにされても気持ちいいですもんねー」  脚を抱くようにして腕を回してくる。ストッキングの上を滑るように麻由の手が登ってくる。 「いきなり中出しですかぁ? まあ、直に注いでもらわないと意味ないですからねぇ。……あらあら、このニオイ、下着もぐっしょりですねぇ。着替えないと風邪引きますよ? 着替え、お手伝いしましょうねー」  ストッキングと下着を、まとめて下ろそうとする。  その手を慌てて抑えるが、麻由の力の方が強い。 「……麻由っ!」  強い口調で窘めると、ようやく手が止まった。下着は、太腿の中ほどまで下ろされていた。 「貴女、今夜はちょっと悪のりしすぎよ! いったいどうしたの?」 「……別に」  手を離して麻由が立ちあがる。ふざけた笑みが消えて、どことなくふてくされたような表情を浮かべている。 「……姫様が、すっごいいやらしいニオイを撒き散らしてるから、ですよ。私も、おかしくなります」  普段は目を細めてにやにや笑いを浮かべているが、真面目な表情になった麻由は意外と目つきが鋭い。日本人にしては明るい色の虹彩は、光の加減か、銀色に光って見えた。  まっすぐに、愛姫の深紅の瞳を見つめている。 「あとは……まあ、ちょっとしたやきもち、ですね。そのくらいいいでしょう? これまでは私の役目だったんですから。……いえ、姫様にオトコができたことは、私も喜んでますよ? それでもやっぱり、ちょっと面白くないと感じるのは仕方がないでしょう?」 「…………」  口を真一文字に結んで、無言のまま愛姫は左手をあげた。人差し指を伸ばして麻由の唇の前へと差し出す。  その指に口づけるようにして口に含む麻由。  唇の隙間から、鋭い犬歯が覗いていた。 * * * 「……知らなかったわ。麻由ってやきもち妬きなのね」  寝室に戻った愛姫は、服を脱ぎながら小さく溜息をついた。  知らなかったのは当然だ。これまで愛姫の周囲に、嫉妬しなければならないような相手はいなかったのだから。  麻由は、鬼魔との戦いのために嘉~家に代々仕えてきた一族の末裔だ。もっとも、麻由は戦いには加わらず、あくまでも嘉~家のメイドでしかない。  麻由が、戦いに関してはあまり才能を持っていなかったこともあるが、それ以上に、愛姫は麻由を戦わせたくなかったという理由が大きい。愛姫にとっては麻由は幼なじみで、年上の親友だ。戦場での〈部下〉あるいは〈武器〉ではない。  しかも、麻由に対しては負い目がある。彼女の親は、愛姫の母親や祖父母とともに、鬼魔との戦いで命を落とした。麻由自身も大怪我を負った。そのきっかけは、愛姫が捕らえた鬼魔だった。  それでも愛姫を慕って忠実に仕えてくれる麻由には、いくら感謝しても足りない。とはいえ、ここまで慕われていたとは思わなかったが。  たしかに、これまでにも肉体的な接触がなかったわけではない。鬼魔の力に冒された時、発狂しそうなほどに疼く身体を慰めてくれたのは麻由だ。魅魔の血を持つ悠樹と違い、その効果は気休め程度のものとはいえ、精神的には彼女の存在が支えになっていた。  しかし、そうした接触は、使用人として、あるいは友人としての、純粋に治療の意味だと思っていた。実際、麻由の気持ちは恋愛感情とは少し違うものだと思う。  それでも、今までいちばん親しかった相手に、他に大切な人ができたら、面白くないのは当然だろう。愛姫自身には経験はないが、クラスメイトでは、仲のよかった親友の片方に彼氏ができてから関係がぎくしゃくしている例は見たことがある。  愛姫だって、もしも麻由に恋人ができて愛姫よりも優先するようになったら、もちろん祝福はするだろうが、どこか寂しく感じることだろう。  まあ、あまり気にする問題ではないのかもしれない。たぶん、これからも麻由とは今まで通りの関係でいられるだろう。ふたりの絆は、こんなことで揺らぐものではないはずだ。  それよりも問題は悠樹の方かもしれない。  門の前での一瞬の出来事。あれは正真正銘の三角関係ではないか。  口許に、自嘲めいた苦笑いが浮かぶ。これまで男女の恋愛にまったく縁のなかった自分が、こんなことに巻き込まれるなんて。  まだ正式な恋人づきあいというわけではないはずだが、悠樹と神流の間に肉体関係があるのは事実だし、悠樹が神流に恋愛感情を抱いているのも間違いない。  神流も、単に魅魔の血に惹かれているだけではないのだろう。今夜のあの態度、間違いなくやきもちだ。鬼魔のくせに、普通の女の子みたいではないか。  ……いや。  みたい、ではない。人間の血肉を求める本能的な部分を除けば、人間社会で育った鬼魔のメンタリティは人間のそれとほとんど変わらない。長い歴史の中で、人間と鬼魔の間の恋愛も皆無というわけではない――ただし、それがハッピーエンドだった例はほとんど知らないが。  小さく、溜息をつく。  神流が、悠樹のことを好きなのは間違いない。悠樹も、神流のことが好きだ。  では、自分は?  素直に認めることには抵抗があるし、いろいろと思うところはあるけれど、悠樹のことが気になっているのは事実だろう。はっきりとした恋愛感情かといわれれば、まだ首を傾げるところだが。  そして悠樹は、愛姫にも好意を寄せてくれている。それも間違いない。  悠樹の軽薄さについては、少し勘違いをしていたかもしれない。彼は、身体目当てで好きでもない女の子にも手当たり次第声をかけているのではない。ちょっかいを出す相手は、みんな〈好き〉なのだ。  困った性格だし、そうしたところに惹かれたわけではない。しかし他のものに置き換えて考えれば、愛姫だってガトーショコラとミルフィーユをふたつとも食べたくて悩むことはある。おそらく悠樹の好意はそういう類のものなのだ。  これから、どうなるのだろう。どうすればいいのだろう。  経験がないだけに、どうしていいのかわからない。やっかいな話だ。鬼魔との命懸けの戦いの方が、気分的にはよほど楽だ。  混乱したまま、下着を替え、寝間着に着替えて布団に入った。  ホテルを出る前に念入りにシャワーを浴びてきたから、今夜は風呂に入る必要はない。麻由は匂い云々といっていたが、実際のところ、人間の嗅覚でわかるような匂いが残っているはずがない。そうでなかったとしても、もう、これから入浴するような体力も気力も残っていない。  今夜は、疲れた。心身ともに。  鬼魔の力に中てられて、それに耐えるだけでもかなり消耗するものだ。そして、悠樹との初体験。激しい性行為。加えて、神流のことによる精神的な疲労。  早く、寝よう。明日も平日だ。  とはいえ、今夜のことがあったばかりで普通に登校するのは無理かもしれない。鬼魔の力の件だって、とりあえず苦痛はないレベルまで回復したというだけで、完治しているわけではない。  明日、学校へ行くかどうかはともかくとして、とにかく、今夜は早く休むとしよう。  そう思って、瞼を閉じる。  ……しかし。  心身ともに限界まで疲れきっているはずなのに、なかなか寝つけなかった。  まったく眠気が押し寄せてくる気配がない。  これまでも、鬼魔の力に中てられた後は眠れないのが普通だった。身体が熱くて、気が狂いそうなほどに疼いて、肉体へのあらゆる刺激を快楽として受けとめてしまって、とても眠れる状態ではない。一晩中、けっして満たされないもどかしさに苛まれながらも自分を慰め続けるのが常だった。  だけど、今夜は事情が違う。鬼魔の力は、とりあえず問題ないくらいにまで中和されている。完治ではないにしても、今の感覚は、生理前の少し昂っている時とさほど変わらない。  悠樹のおかげだ。  しかし、いま眠りを妨げている原因も、悠樹だった。  布団に横になると、どうしても想いださずにはいられない。  少し前まで、ラヴホテルのベッドに横たわっていたこと。  悠樹と抱き合っていたこと。  激しく交わったこと。  何度も、何度も、悠樹を求めたこと。  まだ、下半身に感覚が残っている。  想い出すと、また、鼓動が速くなってしまう。顔が熱くなってくる。とても眠れる状態ではない。  初体験、してしまった。  家を出た時には、まったく、そんなつもりはなかったのに。  人間を犯して喰らう魔物と戦うという、危険と隣り合わせの生活を送っていながら、十七年間守ってきたものを、失ってしまった。  それも力ずくで奪われたのではなく、なかば自分の意志で。  ああ、もう!  想い出すと、平常心ではいられない。頭から布団をかぶって丸くなる。  ありえない。  ありえない。  あの、悠樹を相手に、あんなこと。  どうして、悠樹と、あんなことをしてしまったのだろう。  幼い頃に大怪我を負った後は、鬼魔との戦いで敗れたことはないが、それでも年に何度かは不覚をとって鬼魔の力に冒されることはあった。そんな時は、力の影響がピークに達する前に家まで送ってもらい、毒素が抜けるまでの数日間、部屋に閉じこもっているのが常だった。  当然、自分で慰めずにはいられない。しかしその欲求は、自慰ではけっして満たされることはない。いや、たとえ本当のセックスをしたとしても、相手が普通の人間では無意味だろう。麻由が慰めてくれることもあったが、これも気休め程度にしかならない。  全身が、剥き出しの性感帯になってしまったような感覚。  衣擦れの刺激だけで達してしまうので、服を着ていることすらできない。ただ布団に横になっていることさえ、性器への愛撫と変わらない。  当然、眠ることなど不可能だ。  普段の何倍も、何十倍も敏感になった身体で、延々と性的な刺激を受け続けている状態。なのに、けっして満たされない欲求。むしろ、刺激を受ければ受けるほど、渇きはいや増すばかりだ。  今夜のようにまともに鬼魔の力を喰らえば、力がその効力を失うまで、少なくともまる三日くらいはそんな状態が続く。普通の人間であれば発狂していただろし、桁違いの抵抗力を持つはずの愛姫ですら、我を忘れて狂ったように自慰に耽っていた。  それでもこれまでバージンでいられたのは奇蹟に近い。超人的な自制心と、麻由や高橋のサポートの賜物だ。  これまでは、そうだった。  なのに、どうして。  知り合って一週間ほどしか経っていない男に、許してしまったのだろう。  悠樹が好みのタイプだ、などということはけっしてない。そもそも、好きな異性のタイプなど、聞かれても答えに窮するだろう。これまで、考えたこともない。  強いていえば、頼りになる誠実な人物だろうか。しかしそれは「人間として好ましい」という意味で、異性として、恋愛対象として、あるいは性欲の対象としての好みとは違う気がする。  女子校育ちの愛姫は、身近に同世代の男性がほとんどいない。唯一の例外は従兄で、頼りにはなるし客観的にみれば容姿も優れていると思うが、愛姫にとって彼はあくまでも〈肉親〉にカテゴライズされていて、異性という意識で見たことはない。  血縁関係のない同世代の男性で、これほど頻繁に接したのは悠樹が初めてかもしれない。しかし、軽薄で女性に節操のない彼の性格は、好みどころかむしろ軽蔑の対象でしかない。しかしその性格故に、否が応にも〈異性〉であることを意識させられてしまう存在であることもまた事実だった。  第一印象はお世辞にもいいとはいえなかった悠樹だが、しかし、初対面の日の夜も、今夜も、危機的状況に際して怖じ気づいて逃げ出すタイプでなかったことはむしろ意外だった。初対面の日は、なにが起こっているのかもわからないような状況でありながら、愛姫のことを助けようとしてくれた。今夜だって、致命傷を避けられたのは悠樹のおかげといってもいい。  いざという時には、普段の言動から予想されるよりも勇敢なのかもしれない。いまひとつ実力が伴っていないのは残念なところだが。  しかし、そうしたことを抜きにしても、初めて会った日から、どうしてか気になる存在だった。  あんな男はまったく好みではない、むしろ軽蔑する――そう思っても、気になってしまう。どうしてか、あの男のことを考える時間が増えている。口ではなんといおうとも、内心は無関心ではいられない。  今夜だって。  これまでなら、発作が起きる前にすぐに高橋に家まで送ってもらうところだ。  なのにどうして、今夜に限って電車で帰るなどといったのだろう。悠樹がついてくることも、途中で歩けなくなることも、充分予想できるはずのことなのに。  そして、駅に着く前にあんなことになってしまった。  悠樹に触れたい、触れて欲しい、この気が狂いそうな疼きをなんとかして欲しい――そう、想った。少なくとも、身体はそう望んでいた。  これまで高橋にも、従兄の貴仁にも、感じたことのない衝動だった。  生まれて初めての、男性との性的な接触。  軽く触れられただけで、気持ちよかった。普段の自慰よりも、桁違いによかった。  抱きしめられてキスされるのは、さらに気持ちよかった。  胸や性器への愛撫は、それだけでたちまち達してしまうほどの快感だった。  想いだしてしまう。  肌と肌で直に触れ合った、悠樹の身体。  愛姫を抱きしめた太い腕、厚い胸板。悠樹は特に筋肉質というほどではないが、それでも女の愛姫からみれば、骨太で筋肉の多いがっしりとした身体だった。  そして、唇と唇が触れ合った感触。舌と舌が絡み合った感触。うっとりするほどに甘く感じた。  さらに、女の子の場所に、触れられてしまった。  あんなに濡れるなんて、信じられない。公園にいた時に始まり、ホテルで悠樹とセックスしている間、ずっと、失禁したかのような量の愛液が溢れ続けていた。以前、鬼魔の力に中てられた時には、あそこまでひどくはなかったはずなのに。  その、濡れた秘所に……挿入、された。  大きくて、堅くて、とても熱い、男性の欲望の象徴。  あの脈動する熱い肉の塊にバージンを散らされ、膣のいちばん奥まで深々と貫かれた。  挿入の一瞬だけ、痛くて。  だけど、気が遠くなるほどに気持ちよかった。膣奥まで突き入れられた時には、それだけで失神するかと思った。  信じられない。あんなに大きくて太いものが、身体の中に、あんなに深く入ってくるなんて。  痛いくらいに拡げられ、押し込まれて、なのに、これ以上はないというくらいに気持ちいいなんて。  自分の下腹部……臍の少し下あたりに触れる。  根元まで挿れられていた時、先端はこのあたりまで届いていたのだろうか。  初めて男性を受け入れる膣はいっぱいに拡げられて、激しく抜き差しされた。弾力に富んだ男性器に、膣壁が激しく擦られた。  それは気が遠くなるほどの快楽で、破瓜の痛みなどたちまち霧散してしまった。痛みに変わって、初めて体験する至上の快楽に襲われた。  何度も、何度も、何度も、絶頂を迎えた。自慰で達する時の快楽とはまったくの別物だった。  そして……  膣の中に、射精された。  胎内に噴き出してくるのを感じた瞬間の、あのめくるめく快感は、どう表現すればよいのだろう。膣が、子宮が、大量の熱い精液で満たされていくのは不思議な感覚だった。  下腹部に手のひらを当てる。  まだ、この中にあるのだろうか。  この中を満たしているのだろうか。  あの、ねっとりとした白濁液が。  経口避妊薬を飲んでいて本当によかった。そうでなければ、今日はもっとも危険な日のはずだった。それでも今夜の精神状態だったら、膣内射精されることをなんの躊躇いもなしに望んだだろう。  そもそも、悠樹の精液を直に受けとめなければ、鬼魔の力を中和することはできないのだ。口から飲んでも効果はあるが、膣や子宮に注がれる方が即効性は高い。  ピルを飲んでいたのは、本来は鬼魔に犯された時のためだ。それで妊娠する確率は、人間同士の場合に比べて桁違いに小さなものだが、万が一ということもある。しかし、まさか人間の男性相手に役立つ機会があるとは思っていなかった。  今後も、きちんと飲み続けなければ。あの、大量の精液が子宮に流れ込んでくる快感を知ってしまった後では、無粋なゴム越しのセックスでは物足りないだろう。  ――って!  今後?  なに、今後もって!?  顔がかぁっと熱くなる。  また、悠樹とするつもりなのか。  今夜は例外中の例外ではないのか。  もう二度と、今夜みたいに鬼魔に隙を見せるようなことはしない。であれば、悠樹とあんなことをする機会ももう二度とないはずだ。  まったく。  今夜は、本当にどうかしている。  どうして――  どうして当たり前のように、次に悠樹とする時のことを考えてしまったのだろう。  全部、鬼魔の力のせいだ、まだ、毒素が完全には抜けきっていないのだ――そう、自分にいい聞かせる。  そうに決まっている。  そうでなければ、ありえないことだ。  あんな、こと。  初めてのセックスが終わった後、自分から男性器に触れて、あまつさえ口に含んだなんて。  フェラチオ、なんて。  あんな、いやらしい、恥ずかしい好意。  想いだしただけで顔から火が出そうだ。  あれは、セックスそのものよりも恥ずかしい行為かもしれない。もともとは繁殖のためという大義名分がある性交と違い、ただ快楽を求めるだけの行為。それも、女の方から、進んで男を悦ばせようとする行為なのだ。  悠樹に強制されたのではなく、自分の意志でしてしまった。あの時はどういうわけか、そうしたいという強い想いに囚われていた。  自ら進んで、男性を口に含んだ。  それが、すごく美味しく感じて、すごく気持ちよかった。  性器への挿入と同じくらい、口が感じてしまった。  悠樹を感じさせる以上に、自分が昂って、気持ちよくなっていた。  そして、口の中に射精された。  口の中いっぱいに広がる、どろりとした粘液。  生臭くて、苦くて、喉に引っかかるような気持ちの悪い液体。  なのにどうしてだろう。うっとりするくらいに美味しくて、さらに身体が熱くなった。  そのせいで、さらにエスカレートしてしまった。自分から悠樹の上に跨って、まだ大きなままだった男性器を、自分から受け入れてしまった。  はしたない。  はしたなくて、死にたくなるほどに恥ずかしい。  悠樹の上に馬乗りになって、深々と貫かれて、それが気持ちよくて、激しく腰を振っていた。そうせずにはいられなかった。もっと気持ちよくなりたい――それしか考えられなかった。  今まで感じたことのないレベルの快感。なのに、それ以上の快楽を求めてしまった。  めちゃめちゃに腰を振って、いやらしいことを叫んでいた。  あの時は悠樹に激しく突きあげられていると思っていたけれど、今なら想い出せる。衝動のままに、快楽のままに、自分で動いていたのだ。  いったい、どう思われただろう。  バージンを失ったばかりなのに、自分から動いて、あんなに感じて、はしたない女の子だと思われなかっただろうか。悠樹に嫌われなかっただろうか。それとも、積極的な女の子の方が好きだろうか。  そういえば、悠樹はどんな女の子が好きなのだろう。  愛姫と神流は、まるで違うタイプだ。  長身の愛姫と、小柄な神流。  長いストレートの黒髪の愛姫と、くせのある短めの金髪の神流。  普段は真面目で堅い愛姫と、奔放そうな神流。  胸の小さな愛姫と、巨乳の神流。  そして……魔を狩る愛姫と、魔の眷属である神流。  悠樹はいったい、どんな女の子が好きなのだろう。  自分と、神流と、どちらが好きなのだろう。  ……そんなこと、どうでもいい。  そう、思おうとする。  だけど、やっぱり、気になってしまう。考えずにはいられない。  やっぱり悠樹のことが、好き、なのだろうか。  ……わからない。  考えてもわからない。  生まれてから十七年間、はっきり恋愛と呼べるような経験はなかった。だから、どんな感情が異性に対する恋愛感情なのか、自分でもわからない。  ……失敗、だったかもしれない。  今夜、悠樹とセックスしてしまったのは。  正気の時なら問題はなかった。セックスしたいと想うなら、そしてセックスして気持ちいい、幸せだと感じるのなら、その相手のことが好きなことは間違いない。  だけど鬼魔の力に支配され、快楽に抗えなくなっていた今夜の状態では、そうもいいきれない。  他の男が相手でも、同じように感じてしまったのかもしれない。男なら、欲求を満たしてくれるなら、誰でもよかったのかもしれない。たまたまこれまでは、そうしたタイミングで身近に同世代の男がいたことがなかったから、経験する機会がなかっただけなのかもしれない。  その点では、今夜のことを後悔していた。  あんなこと、するべきではなかった。  もう少し、悠樹に対する感情が、悠樹との関係が、はっきりしてからなら問題なかったのに。  だけど――  悠樹とセックスしたこと、悠樹にバージンをあげてしまったこと、それ自体は後悔していない。嫌ではなかった。むしろ、嬉しかった……かもしれない。  だとすると、これはやっぱり恋愛感情なのだろうか。  自分の気持ちがわからない。  過去に恋愛経験があれば、今夜が初体験でなければ、今の自分の感情をもっと冷静に分析できたのかもしれない。  ただひとつ確かなことは、今、悠樹のことを考えると、今夜のことを想い出すと、身体が熱くなってしまうということだ。 「……あ、ん…………」  無意識のうちに、手が、下半身へと動いていた。  寝間着の浴衣をはだけて、手を入れる。  そこは、不自然に熱かった。  替えたばかりの下着が、湿っていた。  その部分に指を押しつけると、電流が流れたような刺激に貫かれた。  鬼魔の力に強制された、不自然な興奮の感覚ではない。ごくたまにする、女の子の生理現象としての自慰行為の時の感覚に近い。ただし、それよりもずっと気持ちいい。  自分の意志とは無関係に、指が動いてしまう。  だけど、あれだけ激しいことをした直後に、また自分でするというのはどうだろう。  ――いや。  だからこそ、だ。まだ、悠樹とのセックスの快感の記憶が、身体にしっかりと刻み込まれている。想い出せば、感覚が甦って昂ってしまうのは当然だ。  いくら堅い性格とはいえ、十七歳の女子高生なのだ。身体の疼きを覚えることだってある。自慰の経験だって、おそらく普通程度にはある。  その経験からいえば、今は、ものすごく昂っている状態だった。 「……は……ぁ……ぁんっ」  下着の中に手を入れる。柔らかくほぐれたままの秘裂は、ぬるぬるに……いや、びしょびしょに濡れていた。ホテルでした時ほどではないにしても、普段の自慰ではありえない量の愛液が、お尻の方まで溢れ出ている。 「――っ!」  割れ目の中に指を滑らせる。  呼吸が止まり、全身が強張った。  すごく、気持ちいい。  これだけで達してしまう。  今度は、指を中に挿れてみる。恐る恐る、中指を一本だけ。 「んっ……んく……ぅ、んんっ!」  信じられないくらい濡れているせいか、スムーズな挿入だった。これまでの自慰とはまるで違う感覚だ。  以前は痛みを感じていた障壁がなくなっている。  代わりに、それとは別の、鈍い痛みがある。その正体に思い当たって、また頭に血が昇ってしまう。  激しいセックスを何度も何度も繰り返したせいで、腫れて充血しているのだ。あの大きなものをねじ込まれ、入口から奥まで激しく擦られ続けていたのだから当然だ。  だけど、その痛みさええもいわれぬほどの快感だった。身体の芯が熱くとろけていく。  指を奥まで挿入する。激しく動かしたりはしない。そうしたい気持ちもあったけれど、さすがに痛い。  それに、この刺激で充分だ。異物が膣内に在ることで、悠樹に貫かれていた時の感覚がさらに鮮明に甦ってくる。感覚が再生されるだけで、充分すぎるほどに気持ちいい。  悠樹に、膣内をいっぱいに満たされた時の感覚。  不思議な感覚だった。  自分の中に、他人の身体の一部――それも、あんなに大きなもの――が在るというのは。 「はぁ…………ぁ……」  その感覚を反芻しながら、指をもう一本挿入する。  一本だけよりも、断然いい。悠樹の太さ、長さ、熱さにはまるで及ばないけれど、それでも指一本の時よりは少しだけ近い。  その分だけ、満足感、充実感が増す。  これまで感じたことのない、不思議な幸福感。  これが、女の悦びというものなのだろうか。  もっと、感じたい。  いつまでも、感じていたい。 「……また……貴方と、したいです……今度は……正気の時に」  知らず知らずのうちに、そうつぶやいていた。  それが、今の、偽らざる想いだった。 10  愛姫を抱いた翌日の夕方――  悠樹は、携帯電話を見て小さく溜息をついた。  あの後、何度も神流に電話をしたが、当然、出てくれなかった。  メールも何度か送ったが、一度、怒りの青筋マークの絵文字ひとつだけの返信が来たきりだ。  それでも、返事があっただけましだろうか。  本当に愛想を尽かされたなら、電話もメールも着信拒否されていてもおかしくない。どれだけ怒っていても、受信してくれているならまだ可能性はある……と思いたい。  昨夜の「サヨナラ」はかなり効いた。胸を剔られるような痛みだった。  過去、付き合った女の子は何人もいて、自分から振ったことも相手から振られたこともある。それでも、こんなに深く刺さった言葉はなかった。  神流を、このまま手放したくない。別れたくない。  これほど強く想ったのは初めてだ。美咲という支えがあったからだろうか、これまでは、振られてもそれなりに平然としていられたのに。  なんとか、仲直りしたい。  とはいえ、話を聞いてくれないのでは打つ手は少ない。うるさくならない程度にまめに電話やメールをしながら、神流の頭が冷えて機嫌をとる機会がくるのを待つしかないだろうか。 「……ハラが減ったら、逢ってくれないかなぁ」  そんな、当人に聞かれたら火に油を注ぐようなことを考えてしまう。  期待がないわけではない。一度、悠樹の血の味を――魅魔の血がもたらす力と、そして快楽を――知ってしまったのだ。魅魔の血の効力は、数日から、長くてひと月くらいは保つらしい。だけど、効力がなくなればまた欲しくなるに違いない。その頃には、神流の怒りも治まっているかもしれない。  そうなれば、逢ってくれる可能性は少なくない。なんといっても、悠樹ほど強い魅魔の力を持つ男は存在しないのだ。魅魔の力を持つ男が皆無というのは幸いだった。あとは、普通の人間の血で満足しないことを祈るしかない。  普通の人間の血でもいいということになれば、神流の場合、人間を傷つけなくても血に不自由することはない。神流は女子校だ。ひとクラス分の女の子がいれば、確率的には常に誰かが生理中ということになる。今の神流の力なら、その気がないクラスメイトだって容易に魅了できるだろう。  こればかりは、自分の血の力に期待するしかない。色恋沙汰に魅魔の力を使うのは反則のような気もするが、今は藁にも縋りたい気持ちだった。神流とよりを戻せるなら、どんなことでもしたい。  もう一度、溜息をつく。  気分が重い。  愛姫の家へ向かう足どりも重い。  昨日の今日では、愛姫にも会いにくかった。かなり気まずい。  しかしこちらは仕事でもあるから、行かないわけにはいかない。  どんな顔をして会えばいいのだろう。悠樹以上に愛姫の方が気まずいかもしれない。  多少の好意はあったにせよ、愛姫がはっきりと恋愛感情を意識していたとは考えにくい。昨夜、悠樹とセックスしたのは「鬼魔の力に中てられて我慢できなかったから」というのがいちばんの理由で、「悠樹が大好きで、どうしてもセックスしたかったから」ではない。  愛姫の性格を考えれば、好きな相手であればこそ、ちゃんと付き合ってからと考えるところだろう。  なのに、セックスしてしまった。それも、普段の彼女からは考えられないくらいに激しく乱れてしまった。正気の時に想い出せば、恥ずかしさに身悶えすること請け合いだ。  今ごろ、昨夜の自分の行動を、軽率だったと後悔しているかもしれない。  今日くらいは行かない方がいいのかもしれない。あるいは行く前に、麻由か縁子にこっそり電話して、愛姫の様子を訊いてみた方がいいだろうか。  しかし、そういう後ろ向きな態度もどうかと思う。事実は事実として受けとめるべきかもしれない。愛姫が昨夜のことをどう想っているのか、きちんと確認するべきだろうか。  悩んでいるうちに、嘉~家の門の前に着いてしまった。  今さら引き返すわけにもいかない。なるようになれ、と開き直って呼び鈴を鳴らした。 * * * 「……今日は、いらっしゃらないかと思ってました」  いつものように応接間に通されると、愛姫にいつものように素っ気なく迎えられた。  とはいえ、すべてがいつも通りだったわけではない。出迎えた麻由は悠樹に向かって笑顔で親指を立てて見せ、縁子は相変わらずの無表情ながら「おめでとうございます」と頭を下げていたのだから。  愛姫だけは、いつも通りに……いや、いつも以上に素っ気ない態度だった。不機嫌そうといってもいい。  やっぱり怒っているのだろうか。それとも後悔しているのだろうか。あるいは愛想を尽かされたのかとも考えたが、よく見れば違うようだ。  不機嫌そうな素っ気ない表情を装っていても、微かに頬が紅い。不自然なくらい、視線を合わせようとしない。  昨夜のことを恥ずかしがっているのだろう。それを誤魔化すために、ことさら不機嫌を装っているのだ。 「いや……正直、来にくかったけど、来ないわけいかないだろ。それとも、来ない方がよかった?」 「……あの後、どうなりましたか?」  悠樹の問いには答えない愛姫の反応は、。むしろ悠樹を安心させた。それは「来ない方がよかった?」に対する否定なのだと受けとった。 「怒ってるっぽい。電話には出てくれないし、メールの返事は一度だけあったけど……」  両手を頭の上に持ち上げて、鬼の角を模して人差し指を立ててみせる。 「それで、どうするのですか?」 「長期戦を覚悟するしかないかなぁ。とにかく、神流とはなんとか仲直りしたい」  そう答えたところで、悠樹をまっすぐに見つめる紅い瞳に気づいた。 「あ……でも、それは、愛姫より神流を選ぶって意味じゃなくて……」  たぶん、愛姫が好意を持ってくれているのは間違いない。いくら鬼魔の力に冒されていたとはいえ、これまでは同様の状況でも守ってきた純潔を捧げてもいいと思うくらいには。  その相手が、自分よりも他の女の子を選んだらどう思うだろう。それに実際のところ、神流と愛姫のどちらかを選ぶなんてできそうにない。タイプはまるで違っても、どちらも素晴らしく魅力的な女の子なのだ。  愛姫は微かに肩をすくめて、小さな溜息をついた。 「だけどあの娘よりも私を選ぶ、というわけでもないのでしょう?」 「あ……や、それは……」 「所謂、二股ですか? それもこっそりと浮気するのではなく、堂々と二股宣言ですか? まったく、呆れた方ですね」  心底呆れたような表情。これは本当に愛想を尽かされただろうか。恐る恐る訊いてみる。 「昨日のこと……後悔してる?」 「ええ」  間髪入れずに即答された。さすがに少しショックだった。 「どうして、よりによってこんな無節操な男と……と思いました」 「……面目ない」 「ですが……」  愛姫の表情が、ほんの少し、変化する。 「……もう一度同じ状況に置かれたら、また同じ選択をする可能性がないとはいえません」 「え?」  俯きかけた顔を上げるのと同時に、愛姫が視線を逸らした。明らかに、頬の赤みが強くなっている。 「それって、つまり……」 「誤解、しないでください。別に、貴方を愛しているとか、そんなことをいうつもりはありません。まだ、知り合ったばかりです。結論を出せるほど、貴方のことを知りません。ですから……保留、です。それでよろしいですか?」 「あ、ああ、もちろん!」  どうやら、こちらはまだ脈がありそうでひと安心だ。  残る問題は神流との仲直り。これが難しい。  しかし本当に難しい問題は、仲直りできた後の、この三角関係の扱いだろうか。もっとも、それはいま考えてもすぐに答えが出る問題ではない。今は、今やるべきことに集中しよう。 「じゃあ、そういうことで……とりあえず、今日も稽古をつけてもらえるかな」  とにかく、一日でも早く魅魔の力を使いこなせるようになり、敵意を持つ鬼魔と戦えるようになる必要がある。  そうならなければ、愛姫の傍にも、神流の傍にも、いられない。神流を守るためにも、愛姫を守るためにも、必要なことなのだ。 「あ……そ、そのことなのですが……」  愛姫が、はっきりと顔を赤らめた。 「今日は……その……」 「都合悪い? なにか用事でも?」 「い、いえ……そういうわけではなくて……その……」  なにがあるのだろう。珍しく、端切れ悪くいい淀んでいる。 「その……動くと、少し……痛むもので……」 「え? あ……ああ、なるほど」  納得顔でうなずくと愛姫はさらに朱くなり、怒っているような目つきで睨んできた。  どこが痛むのかは聞くまでもなかった。昨日の今日で痛みがありそうな箇所。愛姫がぼかしていわなければならない箇所。そして、いわなくても察したことを愛姫が怒りそうな箇所。  昨夜の行為の激しさを考えれば、痛むのも当然だ。初めてなのに、あんなに激しく、何回もしたのだから。擦り剥けていてもおかしくない。 「それじゃ無理強いはできないな。自主トレしてるから、見ててもらえるか?」 「え? あ……は、はい」  自主トレという発言が意外だったのだろうか。愛姫は驚いたような表情を見せた。 * * *  嘉~家は、悠樹の感覚では〈豪邸〉としかいいようのない規模だった。  しかし、現在そこに住んでいるのは、愛姫と二人のメイドしかいない。形式的には姉の水姫も一緒に暮らしているが、実際には仕事――退魔師としての――で家にいないことの方が多いらしい。今は海外出張中だそうだ。  本来は、大家族とその使用人が住むための屋敷に、たった三人。そのせいで邸内はどこか蕭条とした印象を受ける。明るい麻由の存在が、せめてもの救いだろうか。  屋敷も大きいが、敷地はそれ以上に広い。広大、という表現を使いたくなるほどだ。現在でもきちんと手入れされている日本庭園、茶室、果ては小さな格技場まで建っている。  小さな、といっても剣道の試合ができるくらいの広さはある格技場。そこが、悠樹の稽古の場だった。  身体を使っての稽古は、剣術が中心だった。剣道ではなく、真剣を用いる古流剣術。もっと正確にいえば、鬼魔との戦いに特化した技だ。  剣で敵を斬り倒すためではなく、鬼魔の攻撃を刃で受け、そして傷つけるための技。他の退魔師とは異なり、それが魅魔の力を持つ者の戦い方だった。  刀傷を致命傷とする必要はない。魅魔の力を行使するには、己の血を、ごく少量でも鬼魔の体内に送り込めればいい。魅魔の血を塗った真剣というのは理にかなった武器だ。  もちろん、その気になれば武器としても有効ではある。普通の剣では鬼魔に傷も負わせられないが、魅魔の血を塗った刃であれば、小口径の銃弾すら跳ね返す強靱さを持つ鬼魔の皮膚を、薄い紙のように斬り裂くことができる。しかもその傷には、鬼魔の超人的な回復力が働かない。  多くの退魔師は、そうした戦い方をするのだそうだ。使う武器は様々だが、退魔の力を持つ者は、鬼魔に普通にダメージを与えることができる。愛姫のような、かすり傷でも負わせればあとは言霊だけで致命傷を与えられる力は例外中の例外だ。  悠樹の魅魔の力が、実戦でどこまで鬼魔に通用するのかも正確なところはまだ未知数だ。昨夜は結局その機会がなかった。  だから、まずはとにかく剣の稽古が必要だった。魅魔の力だけで鬼魔を倒せなかったとしても、悠樹の血を塗った刃は有効な武器になる。それに、身を守るにも鬼魔に有効な武器が必要だ。  そのためには、重い真剣を自在に操れるようにならなければならない。小学生の頃に剣道の経験はある悠樹だが、真剣で斬るために必要な動きは、竹刀を操る技術とはまったく異なる。斬り殺すことが主目的ではなく、相手の攻撃を受けとめ、浅い傷を負わせることに主眼を置いた嘉~家の剣術は特に違う。  無意識に動けるようになるまで稽古を繰り返し、身体に覚え込ませるしかない。  実際、愛姫は物心ついた頃からそうしてきたのだろう。その剣技は見事なものだった。実戦を想定して、スポーツチャンバラの剣での練習試合もしているが、今の悠樹ではまったく歯が立たない。これが実戦だったらと思うとぞっとする。  嘉~家に置きっぱなしにしているジャージに着替え、素振りを繰り返す。最初の頃は翌日に腕も上がらないような状態だったが、ようやく少し慣れてきた。  愛姫はいつも通り、古流剣術らしい袴姿だ。今日は自分は見ているだけなのだから普段着でもいいだろうに、きちんと着替えて、姿勢良く正座して悠樹の稽古を見ている。 「……少し、意外でした」  素振りの回数が三桁に達した頃、愛姫がぽつりといった。  剣を振る手を止めて愛姫に向き直る。 「意外?」 「今日の稽古はなしといったら、早々にあの娘のところへ行くかと思っていましたが」 「あー、……それも考えないでもなかったけど」  悠樹は曖昧にうなずく。 「行っても、逢ってくれそうな気がまるでしないし、とりあえず今日のところはいいかな、と」  こうしたことはタイミングが難しい。すぐに謝った方がいい場合もあれば、少し冷却期間をおいた方が効果的な場合もある。今回は後者だろう、というのが悠樹の読みだった。 「……本当に、意外です」  愛姫が微かに首を傾げる。 「悠樹さん……私の目には、あの娘に対して実はあまり積極的ではないように映るのですが」 「え? そ、そうか? そんなことないんじゃね?」 「最初の二日間以外、逢ってもいないんですよね? 私は経験がないのでよくわかりませんが、普通の人間の恋人同士だって、特に付き合いはじめたばかりの頃は、もっとまめに逢うものではないのでしょうか? ましてや、相手は人間を狂わせる力を持った鬼魔です。貴方は、鬼魔を魅了する血の持ち主です。理性をなくして際限なくお互いを求め続けるくらいの方が普通のはずなのに、どうしてですか?」 「…………」  まっすぐに悠樹を射貫く、深紅の瞳。  言葉は質問の形をとっているが、見透かされていると感じた。  実際のところ、愛姫の指摘は図星だった。これまでの悠樹なら、好きな女の子と、特別な事情もないのに一週間も逢わないなんてあり得ない。付き合いはじめた当初であればなおさらだ。  しかし神流に関しては、そうできない理由があった。  神流のことを愛姫に相談するのはどうかと思う。とはいえ、この件に関しては他に相談できる相手がいないのもまた事実だった。 「その、力のせい……っていって、わかってもらえるかな?」  魅魔の力に関して、愛姫以上に詳しい者はいない。ならば理解してもらえるだろう。それとも、鬼魔を恋愛対象と見るなんて考えもしない愛姫には理解できないだろうか。 「魅魔の血って……神流にとってはものすごく魅力的なものなんだろ? それこそ、麻薬みたいに」 「麻薬なんか比較にもならない、というのが正しいですね」 「よけい悪いな。そしてこの力は、神流を思うままに操れる……となると、神流が俺に好意を寄せてくれてるのって、神流自身の意志なのか? 俺がそう望んでいるからじゃないのか? ……そう考えると、なんか狡い気がして、積極的になりきれないんだよな」  女性関係にはまったく節操がないといわれても反論はできない悠樹だが、別に、ただ身体だけが目的ではない。美咲がいる以上、無理に他の女の子で性欲を処理する必要もないのだから。  セックスは目的というよりも結果で、女の子との駆け引きや付き合いそのものを楽しんでいる。  なのに超常の力で目的のものを手に入れてしまったら、どうしても反則したような気持ちになってしまう。スポーツの大会でドーピングするような、あるいは無敵モードでゲームをクリアするような、そんな感覚だ。  だから、神流に対しては素直になりきれない。望む通りに行動できない。  本音をいえば、毎日だって神流に逢いたい。こちらから少し強引に誘えば、神流は断れないかもしれない。しかしそれは神流の意志なのだろうか。悠樹の力に強要されたからではないだろうか。  そんな想いを、ぽつりぽつりと説明した。  愛姫は小さく肩をすくめる。微かな溜息をついたようにも見えた。 「……それを、私に相談するのですか」 「訊いたのは愛姫じゃん」  一応、怒ってはいないようだが、機嫌がいいようにも見えない。あまり感情を表に出さないから、なにを考えているのか読めない。 「きちんと説明しないのは、フェアではありませんね。それに、貴方には魅魔の力のことを正しく理解してもらわなければなりませんし」  渋々、という態度が本心なのか、それとも演技なのかも見た目ではわからない。 「魅魔の力は、たしかに鬼魔を操ります。しかし正確にいえば、それは鬼魔の肉体を操るものです。前にも一度、説明したと思いますが」 「え?」 「鬼魔は人間を魅了し、操ることができます。それは心を、思考を、支配するものです。しかし魅魔の力は、基本的に鬼魔の肉体を支配して操るのです」 「それって、つまり……」 「私は、魅魔の力だけで鬼魔を屠ることができます。それは鬼魔の肉体が、私の言霊に従って生命活動を停止するからです」  愛姫の戦い方を思い出す。  鬼魔に対して「死ね」と命じ、鬼魔はその言葉に従って息絶えた。 「極端な話、意識がなくても身体を動かすこともできます。しかし私の力では、鬼魔を〈自殺〉させることはできません。脚の動きを操ってビルの屋上から飛び降りさせることはできても、自らそうしたいと思わせることはできないのです」 「心は……操れない?」 「悠樹さんが魅魔の力で命じれば、瀬田神流に限らず、雌の鬼魔に服を脱がせて脚を開かせることなど容易でしょう。ですが、貴方を愛するように仕向けることはできません。むしろ逆です。自分の意志を無視して操る相手を、心から愛することができますか? ですから、本来の魅魔師――鬼魔を操って使役する者は、常に裏切りの危険が伴うのです」  そういわれて思い出した。愛姫の両親は、使役していた鬼魔の裏切りで生命を落としたのだ。  感情ではどれほど魅魔師を憎んでいても、肉体は逆らえない――それはたしかに危険な状態だ。  しかし逆に考えれば、 「ってことは……神流が俺のことを好きだとしたら、それは神流自身の意志ってことか?」  表情がぱぁっと明るくなる。口許がにやけそうになってしまう。  対照的に、愛姫が面白くなさそうな表情になる。慌てて口許を隠しても手遅れだ。 「もっとも、男女のことに関しては、ことはそう簡単ではないかもしれません」  意地の悪い口調になる。 「どういう意味だ?」 「これは友達から聞いた話ですが、女の子は、好きな男性との……性行為は、すごく気持ちがいいそうです。同じことをされても、好きな相手かどうかで感じ方はぜんぜん違う、と」 「ああ、それはよく聞くな」 「だけど、逆もまた真、なんです」 「というと?」 「好きな相手とのセックスは気持ちいい。それが前提だから、セックスして気持ちよかった相手のことを好きだと思い込んでしまう場合もある、と」  愛姫には珍しい、皮肉な笑み。彼女の笑顔は貴重だが、この笑みはなんだか怖い。 「これは人から聞いた話ではなく、実体験かもしれませんよ?」 「愛姫……」  ここは苦笑するところか、落ち込むところか、反応に困る。  昨夜以来、悠樹への好意をそれなりに認めているような愛姫だが、それは悠樹とのセックスが気持ちよかったせいで、気持ちよかったのは鬼魔の力に冒されていたせいで、自分の意志による好意ではないかもしれない――そういっているのだ。 「……まさか、そんなこと、ないよな?」  恐る恐る、確認するように訊いた。 「さて、どうでしょう? なにしろこれまでこうした経験はありませんから、自分でも判断がつきません」  悠樹をからかっているのだと思いたいが、なにしろ普段は冗談などいわない愛姫の発言だから不安になってしまう。  愛姫は冗談をいっているとしても、神流はどうだろう。  神流こそ、自分の意志で悠樹に惚れているのではないのかもしれない。  魅魔の力を持つ悠樹とのセックスは、神流にとっては最高に気持ちいいもののはずだ。それこそ、昨夜の愛姫以上に。  だから悠樹に好意を寄せているのだとしたら?  ただ魅魔の血に惹かれているのだとしたら?  ありそうな話だ。  やっぱり、悩みはなにも解決していない。神流が自分の意志で悠樹のことを好きなら、どれほど怒っていても、こちらはなんの遠慮もなしに積極的によりを戻そうとすることができる。しかし神流の好意が間接的にも魅魔の力によるものだとしたら、やはりアンフェアだという想いは拭えない。  考え込んでいると、愛姫の顔からまた笑みが消えた。 「本当に不愉快な人ですね。昨夜抱いたばかりの女の子の前で、他の女の子のことで思い悩むなんて。それも、普段の姿からは想像もできない真剣な顔で」 「……愛姫が俺に対してどんな印象を抱いているのか、一度、じっくり聞いてみたいね」  いったい、どれほどいい加減な人間だと思われているのだろう。 「いいんですか? 立ち直れなくても責任は持てませんよ?」 「……やっぱり、いい」  聞いたら本気で凹みそうだ。精神的に弱っている今の状況では耐えられないかもしれない。 「…………悠樹さんがお望みとあれば、もう少し元気が出るようなアドバイスもできますが」 「……ぜひお願い」 「高いですよ?」 「金とるのかよ? 金持ちのくせに」 「別に、対価はお金でなくても構いませんが」 「じゃあ、ぎゅっと抱きしめての熱ーいキスとか?」 「それって、対価になるのですか? 得をするのはむしろ貴方ではないのですか?」 「ならない?」  素っ気ない態度を装いつつも微かに頬を赤らめている愛姫を見る限り、まんざらでもなさそうだが。 「……どうでしょう? 試してみないとなんともいえません。場合によっては追加料金が発生しますので、そのつもりで」  愛姫と、冗談めかしたこうしたやりとりができるなんて、昨夜以来ずいぶん打ち解けてくれたと思う。初対面当時と比べたら天地の差、感動ものだ。やっぱり男女の間では、肉体的なスキンシップが重要なのかもしれない。  愛姫とはこうしてスキンシップができるようになったのに、どうして神流との付き合いは肉体関係を持った後の方が難しいのだろう。  そんなことを考えながら、愛姫の隣に移動して腰をおろした。  肩に腕を回し、抱き寄せる。抗う様子はない。  深紅の瞳が悠樹を見つめている。意図的に表情を消していて、相変わらずなにを考えているのか読みとるのは難しい。それでも、嫌がっていないことだけはわかる。  だから、両腕でしっかりと抱きしめた。  唇を重ねる。  愛姫も応えるように、悠樹の身体に腕を回してくる。  ふたつの舌が、絡み合う。  濃厚な、そして長いキス。  しばらくそうしていて、やがて愛姫の方から名残惜しそうに唇を離した。 「……魅魔の力で鬼魔を魅了したからといって、どうして気に病む必要があるのですか?」 「どうしてって、そりゃ、気にするだろ。フェアじゃないし」 「そうでしょうか? 容姿のいい人、頭のいい人、スポーツの得意な人、話術の巧みな人、裕福な人、社会的地位の高い人、そうした人たちが、自分の長所をアピールして異性の気を惹くのと同じではないですか? 魅魔の力は、悠樹さんが持って生まれた個性です」 「あ、あぁ……そういう考えもあり、か……でも、やっぱりなんか狡くね? 魅魔の力って、神流相手にはほとんど反則だろ?」 「その代わり、人間の女性には意味を持ちません。どんな二枚目だって、すべての女性に好かれるわけではないでしょう? それと同じことです。たまたま、悠樹さんの〈個性〉が好きで好きでたまらない相手に巡り会った――それだけのことです」 「ん……そういわれれば、そうなのかな……、ありがと、慰めてくれて」 「べ、別に、私はただ、事実を述べただけです」  素直に礼をいうと、愛姫は紅くなってそっぽを向いた。 「……まったく、どうしてこんな話をしているのでしょう。我ながら莫迦だと思います」  愛姫にとって、鬼魔は憎むべき仇敵であり、神流個人についていえば恋仇だ。悠樹と神流がよりを戻さない方が好都合だろうに。 「愛姫のそういうところ、好きだよ」 「…………べ、別に、それこそどうでもいいことです」  つれない口調も、頬を真っ赤に染めていたのでは萌え要素でしかない。  愛姫を抱いていた腕に力を込める。  そのまま、床の上に押し倒した。  戸惑ったような、あるいは微かに怯えたような視線が悠樹を見あげている。  昨夜に比べれば、今の愛姫はほぼしらふのはずだ。キスはともかくそれ以上のこととなると、素直に受け入れるにはまだ抵抗があるのだろう。  ましてや、まだ外は明るいし、場所は道場である。経験の浅い女の子にとっては、夜のラヴホテルほどやりやすい場所ではないだろう。  しかし、経験豊富な悠樹はそんなことは気にしない。  愛姫の上に覆いかぶさり、もう一度、しっかりと唇を重ねた。  舌を伸ばすと、躊躇いがちにではあるが、愛姫も応えてくる。  舌を絡め合い、唾液を交換する。  同時に、手を道着の中に滑り込ませる。ワイヤーの入っていないスポーツブラの手触りが伝わってくる。  脚は、膝を押しつけるようにして愛姫の脚の間に入れた。 「ん……っ、ぅんっ……ん……」  それだけで、切なげな、しかし甘い吐息が漏れてくる。  嫌がっている様子はない。むしろ、しっかりと反応している。  瞳は潤んでいるし、乳首は固くなって、下半身は自分から擦りつけるように動いていた。 「愛姫って、感じやすいんだな」 「ち……っ、違います! き、昨日の今日ですから、まだ、完治していないだけです! ちょ……ちょっとしたきっかけで、発作が再発してしまうんです!」  本人はうまくいい訳したつもりかもしれない。しかし、それは墓穴だ。悠樹に口実を与えてしまっている。 「それは大変だ。じゃあ、すぐに〈治療〉しないといけないな」 「……っ!」  わざとらしい口調でいって、ブラジャーの中に手を滑り込ませた。  小さな、しかし固く突き出ている乳首を指先で弾く。肩がびくっと震えて、微かな悲鳴が漏れた。  いい反応だ。  しかし、実際のところ、どうなのだろう。愛姫の発言は真実なのか、それとも単なる照れ隠しなのか。  昨夜の状況は、普通ならば数日は苦しむほどのものだという。いくら、早い段階でもっとも効果的な対策を施したとはいえ、まだ二十四時間も経っていない状況では、本当に完治はしていないのかもしれない。とはいえ、昨夜に比べればしらふに近い状態なのは間違いないはずだ。  それでも、ちゃんと感じている。 「ひっ、……ひゃぅんっ!」  袴の隙間から手を滑り込ませると、愛姫は甲高い声を上げて下半身を捩った。  指が触れたそこは、下着の上からでもはっきりわかるくらいに潤いを帯びていた。もう、充分すぎるほどに感じている。  やっぱり、多少は鬼魔の影響が残っているのだろうか。それとも、もともと感じやすくて濡れやすい体質なのだろうか。  その両方ではないか、と悠樹は思った。愛姫は堅そうに見えて、実は以外と、セックスに対する知識も興味も、普通の女子高生程度にはあるような気がする。 「ひゃっ……やっ……ぁんっ! あ、んっ! あぁんっ!」  下着の上から、割れ目に沿って指を滑らせる。一往復ごとに潤いが増していくのがはっきりと感じられた。同時に、声も大きくなっていく。  不意に愛姫は、はっと気づいたように口をつぐんだ。自分の手で口を押さえる。  昨夜と違い、ここは自宅で、しかもまだ夕方だ。麻由や縁子に声を聞かれることを心配しているのだろう。  そうなるとむしろ、声を出させてみたい――と意地悪なことを考えてしまう。  下着を少しだけ下ろして、濡れた粘膜に直に触れる。指先が軽く触れただけでも、下着越しに触れた時よりも目に見えて反応が大きくなった。  両手でしっかりと口を押さえて堪えているが、それでも断続的に微かな嗚咽が漏れる。目は今にも涙が溢れそうなほどに潤んでいる。  そして秘裂は、既に蜜が溢れだしていた。割れ目の中だけにとどまらず、お尻の方までぐっしょりだった。〈発作〉のまっただ中にあった昨夜ほどではないが、すごい濡れ方だ。もしもこれが素だとしたら、かなり濡れやすい体質なのだろう。  指の間にクリトリスを挟み、割れ目の中で指を滑らせる。  一往復ごとに腰が弾み、熱い蜜が湧き出してくる。膣内に指を挿れると、そこは沸騰しているような熱さだった。  もう、悠樹を受け入れる準備はすっかりできているようだ。柔らかくほぐれた粘膜が、指に絡みついてくる。すぐにでも挿れて欲しいとせがんでいるようですらあった。  悠樹としても、挿れたくてたまらない。しかし、そこをぐっと堪える。昨夜とは状況が違うのだ。すぐに挿れて出すだけではおもしろくない。せっかくだから、もっと時間をかけて楽しみたい。  一度、指を抜く。  愛姫が一瞬、恨めしそうな表情を浮かべたが、さすがに口に出してねだるようなことはいわない。  手を移動させて、愛姫の袴の紐を解いて脱がす。下着も下ろしたが、わざと足首に引っ掛けたままにしておいた。この方が絵的にそそられる。  上は乱れた道着で下半身は裸、その股間からは床に水たまりができそうなほどの愛液を溢れさせている。しかもそれが絶世の和風美女。顔は火を噴きそうなほどに真っ赤で、涙目で口を押さえて、声を上げるのを堪えている。  なんてそそられる光景だろう。感動すら覚えた。見ているだけで射精してしまいそうなほどの艶姿だ。  悠樹は単に絵的な演出として上を脱がさずにいたのだが、愛姫にとっても、コンプレックスがある胸や傷痕が隠れるということで、全裸より安心できるかもしれないと気がついた。昨夜よりは遙かにしらふに近い状態のはずなのにこれだけ感じているのも、あるいはそのせいかもしれない。  愛姫の両脚を抱えて、下半身へ顔を近づけていく。微かに甘酸っぱい女の子の匂いに、ボディソープのほのかな香料の香りが混じっていた。こうした展開を予想して、悠樹が来る前にシャワーを浴びていたのだろうか。あるいは単に客人を迎えるための身だしなみだろうか。本人に訊けば、もちろん後者だと答えるだろう。 「……っっ!! ……んひゃあぅんっっ!」  濡れそぼった割れ目に口づけると、抑えきれなくなったのか、短く悲鳴を上げた。慌てて、よりしっかりと口を押さえる。  そういえば、愛姫のそこを舐めるのは初めてだと気がついた。昨夜はそれどころではなくて、前戯もそこそこに挿入してしまったから。  昨夜の分も、今日はたっぷりとしてあげなければ。  そう考えて舌を伸ばす。割れ目全体を舐め上げて、溢れる蜜を舌で掬いとる。柔らかく濡れた粘膜は、舌の上でとろけるような感触だった。 「ひぃっんんっ! んはぁぁっ、ぁんっ! あぁぁんっ!」  膣口に唇を押しつけ、舌を精一杯に伸ばす。溢れる蜜を啜るように吸う。  愛姫は口を押さえていた手を離し、身体を大きく捩って悶えた。 「――っ! やっ、だ、だめっ! ゆ……っ、あぁぁんっ! そこっ! ……だめっ! んひゃあんっ!」  クリトリスを舌先でくすぐりながら指を挿入すると、反応はいよいよ激しくなった。もう声を抑える余裕もないようだ。 「や……っ! そっんなぁっ! そこっ……だめっ、だめぇっ!! あぁっ! あぁぁっ! はぁぁぁっ! やめぇ……っ! いやぁぁ……っ!」  股間に埋められた悠樹の頭を掴んで、いやいやと首を振りながら叫ぶ。  しかし、本気で嫌がっているわけではない。悠樹の頭を掴んだのも、最初は理性で引きはがそうとしたのかもしれないが、実際には本能が勝って、手も、腰も、悠樹の頭を押しつけるように動いていた。  二本目の指を膣内に挿入する。  奥まで押し込む。  中は熱く熔けて指に絡みつき、吸いついてくるようだ。  クリトリスを強く吸う。同時に、挿入した指を激しく動かして中をかき混ぜる。じゅぶじゅぶと泡立った愛液が溢れてくる。 「やぁぁぁ――っっ! あぁぁっ! あぁぁぁ――っ!! や……あぁ――っ! あぁぁぁぁ――――っっ!!」  太腿が、悠樹の頭をぎゅうっと挟み込んだ。髪を鷲づかみにされる。  身体を仰け反らせて。  下半身を突きあげて。  口の端から泡混じりの涎を溢れさせて。  愛姫は、今日最初の絶頂を迎えていた。  大きく開かれた脚。下半身ががくがくと震えている。  大量の愛液が水たまりを作っている。  荒い呼吸で、薄い胸が上下している。  焦点の合わない虚ろな瞳が、ぼんやりと天井を見つめている。  しばらくの間そうしていて、しかしやがて、はっと我に返ると、慌てて脚を閉じて悠樹を睨みつけた。  涙ぐんだ恨めしそうな瞳が悠樹に向けられる。 「気持ちいいコトしてあげたのに、どうしてそんな目で睨まれるんだろ?」  真上から愛姫の顔を覗きこんで、からかうようにいう。 「…………わかっていて訊くのはやめてください」  たしかに、訊くまでもない。  鬼魔の影響かもともとの体質かはまだわからないが、愛姫はかなり感じやすく、一度火がつくと激しく乱れてしまう。普段の性格が性格だけに、正気に戻った時は死ぬほど恥ずかしいのだろう。  しかし、悠樹にいわせればそれがいい。恥ずかしがっている時の愛姫の可愛さはとびっきりだ。 「でも、気持ちよかっただろ?」 「…………」  しばらく、無言のまま涙目で睨んでいた愛姫だったが、やがて、こくんと小さくうなずいた。 「もっと気持ちよくなりたい?」  先刻よりもさらに小さく、よく観察していないとわからないくらいの微かな動きで、しかし、たしかにうなずいた。 「じゃあ、昨日みたいに可愛くおねだりして?」 「――っ!!」  一瞬で、愛姫の顔が限界まで紅くなる。 「さ、さ、昨夜はっ、しょ、正気じゃありませんでしたからっ! ……な、なにをいったかなんてっ、まったく覚えていませんっ!」  口ではそういうが、覚えていないならこんなに赤面するわけがない。覚えていることを認めることができないくらい恥ずかしいのだろう。 「そっかー、残念だな、すっごく可愛かったのに」 「あ……あんなのっ、か、可愛くなんかありませんっ! ……鬼魔の力のせいでおかしくなって……あ、あんな、いやらしいことっ! しょ、正気でいえるわけないじゃないですかっ!」 「あんな……って、どんなこといったか覚えてるんだ?」 「――っ!」  失言に突っ込まれて絶句する。  恥ずかしさに耐えきれないのか、微かに震えているようだ。 「あ……あんなのっ、ぜったい、私じゃありませんっ! あ、あんないやらしいこと……」 「俺にとっては、いやらしくおねだりする愛姫はとびっきり可愛いよ。だから……本音を聞かせて欲しいな。今の本音を」 「ほ、本心です! 死ぬほど恥ずかしいんです! あ、あんなこというのはっ! でも……」  そこで、急に声が小さくなる。 「…………欲しい、ん、です」  微かな、耳を澄まさなければ聞こえないような声。 「悠樹さんの……ペ……ニス……挿れて、欲しい……です」  蚊の鳴くような声でいった後、悠樹の反応を確かめるようにちらりと視線を向けてきた。  笑みを浮かべて、続きを促す。 「わ、わた、し、の……あ、お……おまんこ……の中、い、いっぱいに……気持ちよく、して……ください…………って、ああ、もうっ! これでいいんですかっ!? こ、こんなはずかしいことっ! い……いっそ殺してくださいぃっ!!」  羞恥心が限界に達したのか、最後は悲鳴になっていた。目に涙を湛えて睨んでいる。普段は凛々しいという表現が似合う愛姫が、たまならく可愛かった。 「うん、やっぱり、いやらしくおねだりする愛姫はめちゃくちゃ可愛いな。だからお望み通り、死ぬほど気持ちよくしてあげる」  普段が真面目で、見た目が清楚なお嬢さまだけに、愛姫のこうした姿はそそられる。もう一瞬だって我慢できない。  恥ずかしさと怒りで強張っている愛姫の身体を抱きしめて、下半身を押しつけた。  愛姫も、無我夢中といった様子でしがみついてくる。腰を突きあげて、悠樹を迎え挿れようとしている。  ぐっしょりと濡れて柔らかくとろけている秘裂の中心に、ペニスの先端を押しつける。それだけで愛姫はぶるぶると震えた。  脚を大きく開いて、精いっぱい腰を持ち上げている。  もう少し焦らしてやろうかとも考えたが、悠樹の方もそろそろ我慢の限界だった。昨夜の、愛姫の膣内の感覚を想い出す。もう一度あれを味わいたい。  だから、愛姫の動きに合わせて腰を突き出した。はちきれそうなほどに膨らんだ男性器が、愛姫の中に飲み込まれていく。 「あぁぁっ! あぁぁぁぁんっ! はい……って……いぃぃっっ!!」  昨夜と同じく、一分の隙もなくぴったりと吸いついてくる粘膜。絡みつく襞。膣内を満たしていた蜜が、行き場を失ってじゅぶじゅぶと溢れてくる。 「ふひゃぁ……あぁぁんっ! あぁっ! あぁぁぁ――っ!!」  体重をかけて、根元まで突き挿れる。先端はいちばん奥まで達して、さらに押し拡げようとしている。その刺激に愛姫は仰け反って痙攣した。  リズミカルに腰を揺すると、ひと突きごとに悲鳴が上がる。身体が床の上で弾んでいる。それでも愛姫の膣は、悠樹にしっかりと吸いついて離そうとしない。それだけに、引き抜こうとする時の刺激がすごい。  悠樹も気持ちいいが、愛姫はそれ以上だろう。深く突いた時にはその衝撃に悲鳴を上げ、引き抜く時には膣の粘膜全体を擦られる快感に全身を震わせる。  両腕はしっかりと悠樹にしがみつき、悲鳴の合間に唇を貪ってくる。脚も悠樹の腰に絡みつき、自分から腰を擦りつけていた。 「ゆ……っ、悠樹さんっ、悠樹さぁんっ! あぁぁぁっ! ひゃ……あぁんっ!! んぁっ、はぁぁぁっ! あぁぁぁ――――っ!!」  無我夢中で快楽を貪っている愛姫。多少は昨夜の影響が残っているのかもしれないが、やっぱり、火がついてしまうと激しく燃えあがる体質なのではないだろうか。もちろん、悠樹としてはそうした女の子は大歓迎だ。その上、とびっきりの名器なのだからいうことはない。  愛姫以上に、悠樹も激しく腰を前後させる。一往復ごとに深さを変え、角度を変え、襞のひとつひとつを剔るように膣内をくまなくかき混ぜる。 「いやぁっ! あぁぁっっ!! すっすごっ……ぉい! すごいぃっ! だ……っ、だめっ、だめぇぇ――っっ!!」  もう、声を抑えようなどと考える理性は欠片も残っていないようだ。口から泡を飛ばして悶えている。  いくら広い屋敷とはいえ、これだけ大きな声を上げていれば麻由や縁子にも聞こえていることだろう。正気に戻ったら、今度は恥ずかしさに悶えるだろうが、悠樹は別に聞かれていたとしても気にしない。この家へ来た時の反応を見れば、麻由たちもむしろ応援してくれるうだろう。  だから、もっと乱れさせよう――そんなことを考えて動きを大きくし、さらに加速する。 「あぁぁ――っ!! そ……っ、そんなっ! あぁっ! 激し……いぃっ! いぃっ! いぃのっ! あぁぁっ!! わ、たしっ! も……もうっ! い……イっ! あぁぁっ! あぁぁぁっ! あぁっ!! ひゃ……っ、あぁぁっ! んっ、んんンっ! ん、や……いやぁぁぁぁ――――っっ!!」  ひときわ大きな絶叫。  全身を大きく仰け反らせる愛姫。  よりいっそう強く吸いついてくる粘膜。  その刺激が引き金となって、悠樹も限界に達した。  いちばん深い部分で、堪えていたものを一気に解き放つ。  噴き出す大量の精液が、愛姫の胎内を満たしていく。昨日の今日だというのに、我ながら呆れた精力だ。  ペニスが脈打つリズムに合わせて、愛姫の身体がびくんびくんと痙攣している。腕や脚からは力が抜け、大量の潮吹きによる水たまりがお尻の下に拡がっていく。  微かに開いた唇を震わせて、愛姫は気を失っていた。  しばらく余韻を味わってから、悠樹は身体を離した。  仰向けに横たわる愛姫を見おろす。  全身から力が抜けて、完全に失神している。それでもまだ、腰のあたりがひくひくと痙攣していた。  乱れた道着に、裸の下半身。大きく開かれた脚の間には、大きな水たまりができていて、窄まった膣口からは白く濁った粘液が溢れ出ていた。  ひどく扇情的な姿だった。写真に撮って正気に戻った後に見せたら、どんな反応をするだろう。試してみたい誘惑に駆られたが、実践する前に道場の扉が静かにノックされた。 「……終わりましたか?」  入ってきたのは麻由だった。冷たい飲み物のグラスを載せたトレイを手にしている。  乱れた衣類を直してグラスを受け取る悠樹。突然の麻由の登場にも驚きはない。少し前から、扉の外の気配には気づいていた。  稽古と、その後の激しい行為で汗を流した身体には、冷えたスポーツドリンクが心地よかった。 「姫様、ずいぶんと激しく感じてましたね。あの姫様があそこまで乱れるとは……犬神様のテクニックの賜物でしょうか」  静かな笑みを浮かべて麻由がいう。普段、愛姫をからかっている時のにやにや笑いとは印象の違う、落ち着いた表情だ。 「いや……まあ……なんつーか、すごく相性がいいみたいで」 「それはなによりです。こうしたことは気持ちいいに越したことありませんからね。姫様が物足りなく感じるようでは〈治療〉にもなりませんし」 「やっぱり、まだ昨夜の影響が残ってる?」  そうでなければ、いくら感じやすい体質とはいえ反応しすぎだ。 「多少はあるでしょう。とはいえ、素の部分も多分にあったと思いますよ。もっとも……」  一瞬だけ、いつも見せている悪戯な笑みを浮かべる。 「全部、鬼魔のせいだということにしておいた方が、姫様の精神衛生上はいいかもしれませんが」  悠樹も小さく笑う。  今日のこの反応も、後で想い出せば赤面ものだろう。鬼魔の影響が残っていたとしても、昨夜に比べればほぼ正気といってもいい状態だったのだ。 「とりあえず、姫様は寝室へ運びますね」 「あ、それなら俺が……」  悠樹が立ちあがるより先に、麻由が意識のない愛姫を軽々と抱き上げた。  そのまま、愛姫の寝室へと歩いていく。  その後ろ姿に違和感を覚えた。  いくら愛姫が細身で、身長の割に体重は軽いとはいえ、それでも百七十センチ近い長身だ。対する麻由は女子としてもむしろやや小柄な方で、せいぜい百五十センチ台なかばというところだろう。それも、華奢という印象を受けるくらいに細身だ。  なのに、愛姫を抱きかかえてふらつきもせず、脚の運びは普通に歩いているのと変わらない。 「八木沢、さん……?」 「麻由、で構いませんよ」 「じゃあ、麻由さん。……君って……」  実は、麻由が道場に入ってきた時から気配を感じていた。  初対面から今日まで、麻由からは一度も感じたことのない気配。  全身に鳥肌が立つような感覚。  ごくごく微かなものではあるが、間違えようのない。  それは、愛姫と初めて会った日に、夜の公園で感じた感覚。あるいは、昨夜の公園で感じた感覚。  ありえない、気のせいだ――そう思いたい。しかし、間違いない。  麻由が、ちらりとこちらを振り返る。向けられた瞳が、一瞬、銀色に輝いているように見えた。  それは、まるで――    夜行性の、獣のように。    悠樹の脚が止まる。腕が引きつるくらいに鳥肌が立っていた。  しかし、麻由は表情も変えずにいった。 「はい。私の身体には、鬼魔の血が流れています」 「――っ!」  悠樹にとっては、衝撃的な告白だった。  考えられない。あの、鬼魔を心底憎んでいる愛姫の使用人が、鬼魔だなんて。  驚愕のあまり言葉を失っている悠樹をよそに、麻由は平然と寝室へと入り、事前に敷いてあった布団に愛姫を寝かせた。  そして、まっすぐに悠樹と相対する。 「……姫様から聞いたと思いますが、八木沢の家は、代々、嘉~家に仕えてきたのです。それは、本来の魅魔師としての嘉~家に――という意味です」 「あ……」  そうだ。思いだした。  魅魔の力を持つ退魔師としては、愛姫の戦い方が例外だ。本来は、自分の血で鬼魔を操り、〈武器〉として用いるのだ。  愛姫は八木沢の一族のことを「助手」などとぼかしていたが、実際には助手というよりも、魔女の使い魔、あるいは陰陽師の式神のような存在なのだろう。  しかし愛姫の話では、鬼魔は魅魔師を憎んでいるのではなかっただろうか。誰だって、自分の意志とは無関係に身体を操られていい気はしない。  なのに麻由は、どう見ても無理やり従わされているようには思えない。使用人、兼、仲のいい幼なじみにしか見えないし、悠樹の目には愛姫を慕っているように見える。口ではどういおうと、愛姫も麻由に心を許しているように感じられる。 「ゆきずりの鬼魔を捕らえて操れば、それは憎まれるでしょう。だけど八木沢の家は、長年、嘉~家に仕えてきたのです。人間の姿で、人間の言葉を話す存在ですから、長く付き合っていれば心の繋がりもできてきます」 「そういうもの……なんだ?」 「犬神様ならおわかりでしょう? 鬼魔にとっての魅魔師、人間にとっての鬼魔、お互い、とても魅力的な存在です。それがいつも傍にいたら……」  経験者だから、よくわかる。いくら耐性がある魅魔師といえども、鬼魔の魅了の力に完璧に抗うことはできない。  自分と神流のように、男と女だったら――長い歴史の中で、恋愛感情で結ばれた例もあったのではないだろうか。そんなことを繰り返すうちに、やがて、無理やり従わせる〈下僕〉ではなく、信頼によって結ばれ、力を合わせて戦う〈戦友〉になっていたのかもしれない。  それにしても、なぜ今まで麻由が鬼魔だと気づかなかったのだろう。  愛姫が敢えていわなかった理由はわからなくもないが、これだけ近くにいながら気配も感じなかったというのは意外だ。いくら悠樹が素人に毛が生えた程度の退魔師見習いとはいえ、体質的に鬼魔の気配には敏感なはずなのに。 「遠い昔、嘉~家に仕えはじめた頃は純粋な鬼魔だったのでしょうが、今の八木沢の家系は、人間との混血が進んでいますから。私はその中でも特に鬼魔の特性がほとんど顕れなかったので戦いには向かず、こうしてメイドとして務めているのです」 「なるほど……」 「鬼魔としての能力は……たとえ姫様の血をたっぷりと受けたとしても、せいぜい並の鬼魔にも劣る程度です。瀬田神流などとは比較にもなりません」 「俺が気づかなかったのはそのせい? ……じゃあ、何故いまは気配を感じるんだ?」 「犬神様のせいです」 「俺の?」 「今日は、邸内にイイ匂いが漂ってるじゃないですか。それに、私の鬼魔の部分が反応してるんです」  布団に寝かせた愛姫の股間をティッシュで拭いていた麻由が、そのティッシュを鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。 「私程度の鬼魔でも、この匂いはたまりませんね。鬼魔としても女としても未熟なはずの瀬田神流でさえ虜になるのもうなずけます。しかも、今はそれに姫様の匂いも混じっているんですから、もう、姫様以上にぐっしょりですよ。見てみますか?」 「あ……っと、そういや、比較にならないって……神流ってそんなに強いのか?」  つい、首を縦に振りそうになって、慌てて話題を変えた。麻由の挑発は、おそらく、悠樹を試しているのだ。乗ってはいけない。  麻由もすぐに態度を改め、真面目に応える。 「そうですね。私は、犬神様の血を受けた状態しか見ていませんが、あれは最強クラスの鬼魔ではないでしょうか」  道理で、ふたまわり以上も大きなボス狼相手に互角の戦いができたわけだ。神流も純血の鬼魔ではないはずなので意外ではあるが、その辺は個体差なのかもしれない。 「私は、戦いでは役立たずです。でも、家事全般は得意なんですよ? なので、自分の得意分野で少しでも姫様のお役に立とうと」  微笑む麻由。しかし、どことなく寂しげな表情に見えるのは気のせいだろうか。 「愛姫と一緒に、戦いたいと思ったことはない? あるいは、殺された家族の仇を討とうとか?」  麻由が、愛姫を慕っているのは見ていてよくわかる。ならば、愛姫が生命を賭けている場面で役に立ちたいと思ったことはないのだろうか。 「…………ない、といったら嘘になりますね」  自嘲めいた笑み。はっきりと、寂しそうな表情を浮かべていた。 「でも、姫様がそれを望んでいないんです。私だって悩んだことはあるんですよ? 八木沢の人間としては『落ちこぼれ』なんですから。だけど姫様はいってくれました。「貴女は戦いなんかしなくていい。貴女が戦って傷つくところなんて見たくない。冗談をいいながら美味しい料理を作っている貴女の方が好き」と。私が戦いで傷つけば、姫様は悲しむでしょう。私は、姫様を悲しませたくありません。だから、姫様が好きな私でいるんです」  それは、強い意志で「戦わない」ことを決めた言葉だった。 「本当に、愛姫のことが好きなんだ?」 「ええ、大好きです。人間ではなく、なのに鬼魔としても不完全な私を人間として、幼なじみとして、友人として扱ってくれる人です。かけがえのない存在なんです」 「…………もしかして、俺、恨まれてる?」  麻由の強い想いを知ったところで、はたと気づいた。彼女にしてみれば、大切な愛姫を悠樹に盗られたような気分ではないだろうか。 「ええ、少しは」  即答する。ただし、顔は笑っている。 「とはいえ、恋愛感情とは少し違いますよ? 女の子同士でも、いつも一緒にいた親友に恋人ができたらやきもちを妬いたりもするじゃないですか。姫様に好きな殿方ができたことは祝福しています。貴方は、戦いの場でも姫様の力になれる人間ですし、応援しています。ただ、それでもちょっと妬いてしまうのは仕方がありません」  麻由の表情が、愛姫をからかっている時のにやにや笑いに戻る。 「だから、姫様を本気で悲しませるようなことをしたら……」 「したら?」 「喰い千切ります」 「く……っ?」  思わず、内股になってしまう。 「鬼魔としては落ちこぼれでも、そのくらいはできますよ?」  なにを喰い千切られるのか、は訊く気にもなれなかった。  同時に、ひとつわかったことがある。  愛姫が、意外にも悠樹を気に入っている理由。  恋愛やセックスをネタに愛姫をからかって楽しむ悠樹は、麻由と似たところがあるのではないだろうか。それが、これまで異性に興味がなかった愛姫が、悠樹を気にした理由かもしれない。  そんな、気がした。 11  翌日の夕方――  その頃には愛姫も普通に動けるようになっていて、普段通りに悠樹に稽古をつけてくれた。  ……普段通り?  正確にいえばまったくの普段通りではない。普段よりも少し……いや、かなり、今日の稽古は厳しかった。稽古というよりも『しごき』という表現の方が相応しい。おそらくは昨日の照れ隠し、あるいは仕返しだろう。  稽古が終わった時には悠樹は疲れきっていた上に、全身、打ち身だらけになっていた。  それで多少は憂さ晴らしができたのかと思っていたのに、麻由が愛姫の怒りを再燃させるようなことをいいだした。  曰く、 「稽古の後のシャワーは、犬神様と一緒に利用してくださいね」  ――と。 「な、な、な、何故っ、ですかっ!?」  愛姫は怒っているのか、緊張しているのか、麻由に対しても悠樹相手のような敬語になっていた。 「肉体関係のある親しい男女が一緒に汗をかくことをして、なのに別々にシャワーを浴びるっておかしいですよね?」  確認するように、悠樹を見ていう。同意見ではあるが、怒っている愛姫の前で素直に肯定するのも抵抗がある。 「ぜ、ぜんぜんっ、おかしくありませんっ!」  愛姫としてはそうだろう。しかし、顔を真っ赤にしてむきになればなるほど、麻由にとっては面白い展開なのだ。攻める手を緩めはしない。 「姫様、時代はエコですよ?」  急に真顔になった。もちろん演技だろうが。 「飲用可能な清潔な水をシャワーに使って、そのまま下水に流してしまうなんて、日本人って贅沢ですよね。姫様のシャワー一回分の水があれば、アフリカの貧困地域の子供たちを、どれだけ救えると思います?」 「ぅ…………」  屁理屈とわかっていても反論できずにいる。愛姫が悠樹との入浴に抵抗するのは純粋に感情的な問題であり、それも本音をいえば嫌がっているというよりも、ただ照れているだけなのだ。人道的な理屈で攻められると立場は弱い。  愛姫vs麻由。最初から結果の見えている勝負だった。 「麻由さんには感謝しないとなー」  逃げるようにバスルームヘ入った愛姫に続いた悠樹は、緊張で固まっている愛姫の身体に腕を回し、うなじに唇を押しつけた。白い肩がぴくりと震える。  うなじにキスしたまま、手を、胸の上に置く。  掌にすっぽりと収まる、ささやかな膨らみ。しかし、この感触も嫌いではない。  小さくても形は綺麗だし、膨らみに比例するように小ぶりな乳輪も乳首も、淡いピンク色をしている。そしてなにより、素晴らしく感度がいい。  今の愛姫は、一昨日はもちろん、昨日よりもさらにしらふに近い状態のはずだが、少し触れただけで乳首は固くなり、嗚咽混じりの荒い呼吸をはじめていた。 「ゆ……悠樹さん……、ま、毎日、こんなことをするつもりですか?」 「いやか?」  その問いに対する答えは返ってこない。ただ耳まで真っ赤に染めて、悠樹と目を合わせないようにしている。  愛姫の場合、こうした態度はOKの意味だ。遠慮せずに愛撫を続ける。  呼吸はさらに荒くなり、もじもじと太腿を擦り合わせている。 「誰かさんが、鬼魔のせいだなんていい訳をしなくなるまでは、機会があるたびにするつもりだよ? 本当に嫌なら、そういってくれればやめるし」  そんな発言も、嫌だなんていわれない自信があってのこと。 「…………ま、まだ、瀬田神流とは逢えてないんですよね? そんな状況で私まで拒否したら可哀相すぎますし、よ、欲求不満で性犯罪に走られても困りますから……仕方ないので、わ、私が相手をしてあげます」  かなり無理のある理屈は、悠樹に聞かせるというよりも、自分を納得させるためのもののように思えた。  実際のところ、美咲がいる限り悠樹が欲求不満で困ることはないのだが、それはいわない方がいいだろう。  片手を胸から離し、愛姫の頬に当てて後ろを向かせる。戸惑いの色を浮かべた深紅の瞳は、しかし、嫌がってはいなかった。  唇を重ねる。  躊躇いがちに、しかし応えるように舌を伸ばしてくる愛姫。初めてのキスが鬼魔の力に冒されていた時だからだろうか、そういえば愛姫とは舌を挿れないキスをしたことがない。唇が触れるだけのキスなんて、今さらという気がする。  唇を重ね、舌を絡めたまま、片手は胸への愛撫を続ける。もう一方の手はシャワーヘッドを手に取り、水勢を最強にして愛姫の下腹部に当てた。 「――っ! んっ……んぅんっ!」  びくっびくっと身体を震わせる愛姫。それでも悠樹から離れようとはせず、むしろ悠樹の身体に腕を回してしがみついてきた。  小さな乳首は固くなって、つんと突き出ている。シャワーヘッドを微妙に動かすたびに、愛姫の下半身も同調するように蠢いている。  だんだん呼吸が荒くなってくる。絡めている舌も熱くなっているように感じる。  数分間、そんな愛撫を続けていると、不意に愛姫の身体から力が抜けた。  そのまま頽れて、悠樹の足許に跪く。  シャワーとキスの刺激だけで達してしまったらしい。ちらりと悠樹を見あげる紅い瞳は、どことなく虚ろで焦点が合っていない。普段が凛としているだけに、そんな表情も可愛らしく感じてしまう。  愛姫の視線が移動する。ちょうど、愛姫の眼前に悠樹の股間が来るような位置だ。  頬の朱みが増す。こんな至近距離で目の当たりにするのは、一昨日の夜以来だろう。  もう一度、視線を上に向けた。悠樹と目が合う。なにかを問いかけるような表情だった。  小さくうなずく悠樹。  おずおずと手を伸ばす愛姫。  優しく、包み込むように握る。顔は今にも火を噴きそうな赤さだ。 「硬い……ですね。……絶対、これって大きさに間違いがあると思います。こんな大きなものが……わ、私の中に……なんて……やっぱり信じられません」  驚きと、微かな恐怖が混じった声。 「でも、その大きなものを奥の奥までぶち込まれて、おマンコの中をめちゃめちゃに擦られるのが大好きなんだよな、愛姫は?」  わざと、羞恥心を煽る下品ないい方をする。  恥ずかしがって怒ったような態度をとる愛姫が、たまらなく可愛いから。  案の定、悠樹にきつい視線を向けた愛姫は、悠樹を握っている手に力を込めた。とはいえ、痛いほどではない。むしろ刺激が強まって気持ちいい。  愛姫は、手での愛撫をしばらく続けていた。  慣れていないせいか、それとも羞恥心のせいか、手つきはぎこちない。それだけでいけるほど上手な愛撫ではないが、正気の愛姫が自分の意志で、悠樹のためにこうしたことをしてくれるというのはたまらない。  手でしている間、ずっと至近距離で見つめていた愛姫は、やがて意を決したように、握っているものの先端に唇を押しつけた。 「ん……んぅ……んく…………ぅん」  くぐもった声を漏らしながら、ゆっくりと飲み込んでいく。  唇で締めつけ、舌を、内頬を、押しつけてくる。  強く、吸う。  愛姫なりに工夫していることが伝わってくる。  もちろん、技巧的にはお世辞にも上手とはいえない。口でするのはまだ二度目なのだし、彼氏ができて初エッチを楽しみにしている普通の女子高生のように、事前にイメージトレーニングをしたこともないだろうから当然だ。  それでも、愛姫にフェラチオしてもらうのは気持ちいいと感じてしまう。  一昨日も、今も、悠樹の方から強要したわけではないのに、あの真面目で、セックスに関しては恥ずかしがり屋の愛姫が、自ら進んで口でしてくれているのだ。これで興奮しない男はいない。  それに技術的には拙くても、愛姫の口は気持ちよかった。膣と同じように中はすごく熱くて、強く吸いついてきて、濡れた舌が絡みついてくる。上と下の口の感触は、似るものなのかもしれない。  口への刺激に、愛姫も感じているようだった。頬を紅潮させて、額に汗を浮かべて、瞳を潤ませて、熱い吐息を漏らしながら夢中で頬ばっている。 「気持ちいいよ、愛姫」  そういって頭を撫でてやると、一瞬、嬉しそうに目を細めたように見えたのは気のせいだろうか。  いや、気のせいではあるまい。褒められてやる気も増したのか、唇や舌の動きも少し激しくなったようだ。白く長い指は根元に絡みついて、小刻みに上下に動いている。 「いいよ……口の中に出すから、飲めよ」  嫌がる素振りもなく、こくんと小さくうなずく。  愛姫の頭を両手で掴んで、フィニッシュに向けて自分から腰を前後させる。  こうして動かれるとさすがに少し苦しそうだ。それでも精いっぱい献身的に口を動かし続けている。  普段の愛姫は、万人が認めるほどのクールな美人なのに、こういうところは本当に可愛いらしい。そう実感すると、悠樹ももう抑えられない。  愛姫の口の中で、一気に欲望を解き放つ。  限界まで膨らんだペニスが大きく脈打つのと同時に噴き出す、粘性の高い白濁液。液体というよりも塊のような状態で、愛姫の口中に放たれる。  二度、三度と脈動するペニス。  ねっとりとした白濁液が口をいっぱいに満たしていく。  自分でも、昨日したばかりとは思えないほどの濃さだった。  愛姫は幾分苦しそうな表情ながらも嫌がる様子はなく、すべてを口で受けとめている。  さらに、最後の一滴まで吸い出そうとする。  射精が終わって引き抜いた後も、愛姫はすぐに飲み込もうとはせず、口いっぱいに溜めたままでいた。飲み込むのが嫌とか苦しいとかではなく、むしろ、どことなくうっとりとした表情で、味わうことに夢中になっているように見えた。 「美味しい?」  悠樹に聞かれたところで我に返って、慌てて飲み下す。 「……へ、変な……味、です」 「なのに、吐き出さずに全部飲むんだ?」 「そ、それは……、い、一度口に入れたものを吐き出すなんて、行儀が悪いじゃないですか!」 「まあ、そういうことにしておいてもいいけど」  もちろん、いった本人も納得している理屈ではあるまい。  愛姫は口への刺激だけで完全に腰が抜けているようだったので、両脇に手を入れて、持ち上げるように立ちあがらせた。  下腹部の茂みの奥に手を差し入れる。溢れ出している蜜が悠樹の手をぐっしょりと濡らした。  フェラチオでずいぶん感じてしまったらしい。 「こっちの口にも、飲ませて欲しい?」 「……べ、別に……どうでもいいです」 「じゃ、やめよっか?」 「えっ!?」  意地悪く手を引っ込めると、愛姫は一瞬、美味しいお菓子を口に入れようとした直前に取り上げられた子供のような表情を見せた。  悠樹の笑みに気づいて、慌てて顔を背ける。 「…………悠樹さんって、性格悪いですよね。そういうところ、嫌いです!」  口を尖らせて拗ねたようにいう愛姫。これも貴重な表情だ。 「じゃあ、焦らさずに気持ちいいことしてあげたら、好きになるんだ?」 「――っ!」  真っ赤になって言葉を失う。  しばらくいい訳を考えていたようだったが、最終的に選んだ行動は逆ギレだった。 「ゆ、悠樹さんのいいところなんて、え……えっちが上手なことくらいしかないじゃないですかっ!」 「ふむ……自分の長所を活かそうとするのは、いいことだよな?」 「――っ!!」  再びの失言。  反論が思いつかないのか、怒った顔で口をぱくぱくさせている愛姫を回れ右させて、前屈みに浴室の壁に手をつかせた。  悠樹に向かってお尻を突き出した格好だ。お尻の丸みから太腿にかけてのなめらかな曲線は、神の造形のような完璧な美しさだった。 「ゆ、悠樹さん……?」  戸惑ったように、顔だけこちらに向ける。  そういえば、立ったままするなんて愛姫は初めてかもしれない。 「たまには、こーゆーのもいいんじゃね?」  愛姫の腰を掴んで、下半身を押しつける。  狙い違わず、先端は蜜を溢れさせている割れ目の中心を捉えた。 「ひゃ……んっ!」  愛姫はぶるっと震えて、さらにお尻を突き出してきた。無意識に、自ら迎え挿れようとしている。 「……あっ! ぁ……んんっ! ふあぁ……ぁぁんっ!!」  とろとろにとろけた粘膜の中に、ゆっくりと突き挿れる。  一センチ押し込んで、五ミリ引き抜いて、じわじわと進めていく。  柔らかな粘膜が絡みついてくる。やっぱり、引き抜く時の吸いついてくる感覚が堪らない。 「ふわ……あっあんっ、んあぁぁっ! あっ……はぁぁぁっ!」  じわじわと押し込んでいく時、引き抜く時、その都度、愛姫は切ない悲鳴を上げる。  半分ほど挿入したところで一度動きを止め、一気に根元まで突き挿れた。 「んあぁぁぁぁ――っ! あぁぁぁぁぁ――――っっ!!」  上体が仰け反り、お尻が左右に振られる。  シャワーの湯とは別の液体が、愛姫の股間から滴り落ちた。  奥の奥まで強引に押し込んで、小刻みに腰を震わせる。しばらく続けてから、リズミカルに前後に動かしはじめた。 「あっ、あんっ! あぁぁっ、あぁぁぁんっ!! んくぅっ、……はぁぁぁんっ!!」  悠樹の腰の動きに合わせて頭をがくがくと振り、甲高い声を上げる愛姫。  まったく手加減なしに、一往復ごとにストロークを長く、そして動きを速くして、最奥まで乱暴に突き挿れる。 「あぁぁっ、やぁぁっ! あぁぁ――っ!! ……は……あぁぁっっ! んくぁぁぁ――――っっ!!」  激しく悶える愛姫。相変わらず感じやすい体質だ。  まだ、初体験からまる二日と過ぎていないのに、これだけ激しく突かれて膣でしっかりと感じている。それどころか、自分からお尻を振って、より強い刺激を得ようとしている。  愛姫の脚にはもう力が入っておらず、生まれたての仔鹿のようにがくがくと震えている。悠樹の両手がしっかりと腰を掴んでいなければ、立っていることもできないだろう。 「愛姫、気持ち、いいか?」 「い……いぃっ、イイ……です! あぁぁぁ――っ!!」  理性の抑えも利かないのか、正気なら答えない質問にも素直にうなずく。そうなると、もっと恥ずかしいこともいわせてみたくなる。 「どこが、どんな風にいいんだ?」 「お……おまんこ……が、あぁっ、悠樹さんの……大きな、ペニスでっ、……痛い、くらいに、拡げられて……、ぁんっ! お、奥まで、深く……入ってくると、苦しくて……っ、……でもっ、それが……い、いいんですっ! 中が、いっぱいに満たされて……なんだかっ、すごく……充実感が……あって。あぁっ、ぁんっ! はぁぁぁぁんっ!! か、堅い……ペニスで、中を擦られるたびに、頭が真っ白になって……身体に電流が走るみたいで……お、おしっこがしたいような……むずむずした感覚で……、と、とにかくっ、気持ちいいんですっ!」 「もう、イキそう?」 「も……もうっ! い、いっちゃってます! な……ぁぁっ! 何回もっ!」  首を激しく左右に振って答える。  大きく開かれたままの口からは涎が糸を引いている。下の口も、いやらしい涎を垂れ流し続けている。  膣内は燃えるように熱くて、悠樹に吸いついて離さない。  白い、綺麗な形のお尻がぶるぶると震えている。身体には鬼魔との戦いによる傷痕がいくつも残っている愛姫だが、この部分はかすり傷ひとつなくて、掌で触れると最上の吉野葛のように滑らかに吸いついてくる。 「ひゃあぁぁぁんっ!?」  その中心にある、硬く窄まった小さな菊の花に触れると、ひときわ大きく身体が弾んだ。  中指に力を込めて、指先を押し込んでいく。 「ゆっ、悠樹さんっ……なにをっ!? んぁぁぁぁ――っっ!!」  腰を乱暴に突き出すのに合わせて、指も根元まで挿し入れた。  悲鳴が上がる。  そこも、前に劣らず熱くとろけていた。 「やっ……だめっ、そ……んなっ! あぁぁっ!! あぁ――っ! そん……なところっ! あぁぁぁ――っ!」 「愛姫って、こっちも感じるんだ?」 「そ……そんなことっ! か、感じるわけっ! あぁぁっ!」  言葉とは裏腹に、明らかに反応は激しさを増していた。お尻も、前と同様に指に吸いついてくるようだった。 「いやぁっ! だめっ、だめぇっ! そんなっ! あぁぁっ! やぁ……っ! もっと……っ」  前と後ろを、交互に抜き差しする。  常時、挿入される刺激と引き抜かれる刺激の両方を、同時に感じさせられている状態だ。感じやすい愛姫にとっては刺激が強すぎるかもしれない。  それでも、手加減するつもりはない。愛姫は乱れれば乱れるほど可愛くて、悠樹も興奮するのだ。  だから、攻める手に、腰に、よりいっそう力を込める。 「あぁぁっっ!! だめぇっ、だめっ! あぁぁぁぁ――っ!! いやっ! やぁぁっ! あぁぁぁっ! あぁぁぁ――っ!!」  だめとか嫌とかいいつつ、愛姫は自分でも激しくお尻を振っている。まるで水揚げされたばかりの鰹のようだ。口ではどういっても、一度火がつけば快楽に対して貪欲だった。  激しい動きに、悠樹が受ける刺激も強くなる。ただでさえ愛姫の膣はものすごく濡れやすくて、ぴったりと吸いついてくる名器なのだ。一度出したばかりなのに、またすぐに達してしまいそうになる。  押し寄せる快感から意識を逸らして堪えるために、攻めをさらに激しくする。体重を乗せて腰を叩きつけ、後ろも、中指に加えて薬指も押し込んだ。 「いやぁぁ――っ!! あぁぁ――っ、そっ、そんなぁぁ――っ! あぁっ、あぁぁんっ! だめっ、だめぇぇ――っ!! だ……っ、あぁぁぁぁぁ――――――っっ!!」  既に何度も達してしまったという愛姫だが、ここでひときわ大きな快楽の津波に襲われたようだ。  お尻をさらに激しく振る。これまで以上に強く吸いついてくる。脚もがくがくと震えて、今にも頽れそうだ。  そのピークを狙い澄まして、悠樹も堪えていたものを解き放った。愛姫の胎内に、頂点まで昂った欲望を一気に放出する。悠樹のサイズにあつらえたようにぴったりと吸いついてくる膣内には、噴き出してくる大量の白濁液を受け入れる余裕はなく、行き場のない精液は子宮へと流れ込んでいく。その刺激も、愛姫にとっては快楽の源でしかなく、身体の震えがさらに大きくなった。  そんな状態がしばらく続いて、やがて力尽きたように身体から力が抜けていった。アヌスから指を抜くと、支えを失ったかのようにずるずると崩れ落ちていく。  上体を起こしていることさえできないのか、浴室のタイルの上にぐったりと横たわった。呆けたような表情で、瞳の焦点はまったく合っていない。  完全に脱力した身体。しかし、時折ぴくっぴくっと痙攣を繰り返している。  緩んだ口許。半開きの唇からは涎が糸を引いている。快楽の余韻に浸っている、いやらしい、しかしすごく可愛らしい顔だった。 「気持ち、よかった?」 「……………………ん」  虚ろな表情のまま、微かにうなずく。ということは、まだ理性は戻っていないようだ。 「愛姫って、お尻でも感じるんだ?」  そういうと、急に正気の顔に戻った。 「し……しりませんっ!」  弛緩していた表情筋が強張る。頭に血が昇る。  この反応を見る限り、感じていた自覚はあるのだろう。 「じゃあ、この次はこっちでしようか?」 「そ、それはっ! そ、そんなのっ、い……いくらなんでも、早すぎますっ!」  浴室の床に手をついて、慌てて上体を起こす。 「早すぎるって……いずれはしてもいいってこと?」 「そ、それは……っ!!」  愛姫は複雑な表情を見せた。認めるには抵抗があるけれど、心の奥底では期待している……そんな表情だ。 「ど……ど、どうしてもっていうなら……い、いつかはっ、そういうこともあるかもしれませんけどっ! ……っていうか、悠樹さんならきっと強引にしてしまうんでしょうけどっ! で、でも……いくらなんでも今日はまだだめですっ!」 「じゃ、今日は普通にする?」 「……まだ、するんですか?」  それは拒絶ではなく、ただ確認のための問い。むしろ、それを求めているようにも見える。 「したくない?」  頬の朱みが増して、ふぃっと顔を背ける。  それでも、否定の言葉は出てこない。 「じゃあ、続きは寝室でしようか」  腰が抜けたようにまだ座り込んだままの愛姫を抱き上げる。  うつむいて、悠樹と目を合わせようとはしないが、抗うことなく素直に抱かれている。  この三日間で、ずいぶん素直になったと感じる。初対面の頃に比べたら雲泥の差だ。  やっぱり、肉体的なコミュニケーションは効果的なのだろう。  なのに……  どうして、神流とは相変わらずなのだろう。    ――神流に、逢いたい。    不意に、そう想った。 12  神流は、不機嫌だった。  悠樹と愛姫が一緒に帰ってきたあの夜以来、ずっと不機嫌なままだ。  むしゃくしゃする。  だから、あんな奴どうだっていい――そう思おうとする。  別に、特に好きだったわけじゃない。単なる、美味しい血を持っているだけのオヤツ。  ただ、それだけ。  セックス、してしまったけれど。  バージン、あげてしまったけれど。  別に、そんなの特別なことじゃない。ただ、ちょっと気持ちよかったから、遊びでしただけ。  何度も、何度も、自分にいい聞かせる。  あんな奴、好きだったわけじゃない。誰となにをしていようが関係ない――と。  そう、思い込もうとする。  だけど――  だったら、なぜ――  自分の左手に視線を落とす。  薬指を彩る、指輪。  何故、こんなものを未練がましく着けているのだろう。  何度も抜き取って、捨ててしまおうとした。  だけど……できなかった。  指輪を抜き取った瞬間、手が、それ以上動くことを拒否していた。まるで、魅魔の力で操られている時のように。  あんな男のこと、なんとも想っていない――はず、なのに。  あんな、男――    メールは、毎日、朝と晩に一通ずつ来ている。  日に一度だけ、怒りの青筋マークの絵文字ひとつだけのメールを返している。  ここ数日、繰り返している日課。  どうして、こんなことをしているのだろう。  どうして、届いたメールを全部保存してあるのだろう。  どうして、なんだろう。  考えるたびに、すごく、むしゃくしゃする。  抑えきれない衝動が湧き上がってくる。  思い切り噛みついてやりたい、と想う。 * * * 「神流ぁ、一緒に帰ろ?」  夕方、校門を出たところで、背後から追いかけてくる声があった。  振り返った瞬間、同じ制服を着た女の子が走ってきて、神流の腕に抱きついた。  小柄な神流より少しだけ背が高く、長い黒髪を三つ編みにして眼鏡をかけた、真面目そうな女の子。  クラスメイトの神居 未奈美(かむい みなみ)、小等部から同じクラスの、いちばんの仲良しだ。 「……みーちゃん」 「神流ってば、待っててっていったのに、さっさと先に帰っちゃうんだもの」 「……そんなこと、いってたっけ?」  覚えていない。教室を出る時、頭の中は他のことでいっぱいだったからだろうか。 「もー」  未奈美が頬を膨らませる。 「神流ってば、ここ何日かずっとそんな調子。なんか、ずぅっと機嫌悪いよね?」 「……別に」  そう応える声も、お世辞にも上機嫌とはいいがたい。 「そうかなぁ? だったら、どうして気づいてくれないのかな?」 「え?」  神流を掴まえている腕に力が込められる。胸を押しつけるように身体を密着させてくる。神流に比べればずいぶんと控えめな膨らみは、しかし十四歳という年齢を考えればけっして小さくはないサイズだろう。  その時になって、ようやく気づいた。  二人を包み込むように漂う、甘い匂い。  普通の人間には気づかないだろう、甘い香り。神流にだけ……鬼魔である神流にだけ、感じられる匂い。  熟した果実を想わせる、甘い芳香。  しかし、果実でも、香水や化粧品でもない。  それは――人間の、血の匂い。  鬼魔にとってはなによりも甘い香り。  月に一度の、女の子の日に特有の、うっとりしてしまうような匂い。 「あ……」  未奈美は今、生理中なのだ。 「だから……今日、うちに寄っていかない?」  胸を押しつけて、潤んだ瞳でささやく未奈美。  熱を帯びた吐息も甘い。  発情した牝が発する匂い。  その匂いが、神流の食欲を刺激する。    オナカ、すいた――    久しぶりにそう感じた。  物理的な餓えではない。食事もおやつもちゃんと食べている。太りにくい体質である神流は、小柄な割にはむしろ大喰いだ。  これは、普通に食事をしていてもけっして満たされない、鬼魔だけが感じる餓え。  満たされなくても死ぬことはない。ただ生きていくだけなら不都合はない。なのに、普通の空腹よりもずっと辛い。  ――そんな、飢餓感。  未奈美の甘い匂いに包まれていると、より強く意識してしまう。  この匂いが、きっかけだった。  神流を鬼魔として目覚めさせたのが、この、未奈美の匂いだった。  まだ自分が何者であるか知らなかった、小等部の卒業を間近に控えていた頃。  当時から仲のよかった未奈美が、どうにも抑えられないくらいに美味しそうないい匂いを発していた。  すごく可愛く感じた。  身体の奥から湧きあがってくる衝動を抑えられなくなって、自分でもわけがわからないままに、未奈美のことを――性的な意味で――襲ってしまった。  未奈美が親友で、神流に対して友情以上の同性愛じみた感情を抱いていなかったら、レイプといわれても否定できない出来事だった。  実際には未奈美は――鬼魔に犯された人間が皆そうであるように――悦んでいたのだが、運が悪ければ、未奈美はその一件で発狂していてもおかしくなかった。鬼魔がもたらす快楽は、手加減なしなら人間の限界を超えてしまう。同性であることと、まだ鬼魔の力が完全には目覚めていない時だったことが幸いだった。  それでも、その事件をきっかけに未奈美は変わってしまった。いつも全員一致でクラス委員に推薦されるような真面目な優等生だったのに、神流とのセックスの虜になり、生理になるたびに自分から迫ってくるようになった。  とはいえ、それが神流の力の影響なのか、もともとそういう資質だったのかはわからない。  生理の時に未奈美とセックスするのは、毎回のことだった。未奈美の経血を啜り、代わりに――発狂しない程度に手加減しつつも――人間相手のセックスでは得られない快楽を与える。  未奈美とのことをきっかけに、他のクラスメイトともするようになった。みんな、一度してしまえば神流の虜だった。  肉体関係を持っているクラスメイトは何人もいるが、その中でも未奈美との付き合いがいちばん長く、いちばん仲がいい。未奈美とだけは、生理の時以外でもたまにしている。周囲からは恋人認定されているような仲だ。  とはいえ当人たちの認識としては、〈恋人〉とは少し違う関係だと思っている。  しかし、単なる〈セフレ〉でもない。  うまく説明できないが、そのまま〈肉体関係のある親友〉というのが近い気がする。  もちろん、そんな微妙な心情は、他人には理解できないことだろう。  ふたりは恋人同士のように腕を組んだまま、未奈美の家へと進路を変えた。  彼女の親は共稼ぎで、日中は家に誰もいないのだ。 * * *  バスルームの脱衣所で、未奈美の三つ編みを解く。  それから、服を脱がしていく。  下着を脱がすと、ナプキンに小さな紅い染みが付いていた。鼻腔をくすぐる甘い香りが強くなる。  ふたり一緒に浴室に入り、シャワーを浴びる。どちらからともなく相手の身体に腕を回し、抱き合って唇を重ねた。  濃厚なディープキス。  舌を絡め合い、互いの唾液を啜る。  一分以上続けて唇を離した時には、未奈美はもう目の焦点が合っていなかった。 「か、んなぁ……」  切なげな甘い吐息。  潤んだ黒い瞳。  今にも噛みつきたいくらいに、そそられる。 「なぁに?」  そんな衝動をぐっと堪えて訊く。 「……して。もう……我慢、できない」 「もぉ? みーちゃんってばエッチなんだから」 「……違うわ。神流が巧すぎるから、なの」  未奈美は立ったまま脚を開いて、茂みの奥にある割れ目を自分の指で拡げた。  真面目な清純派風の、未奈美の容姿。それだけに、そんな仕草はひどく扇情的だ。 「ね……おねがい」 「どうして、ほしいの?」  訊くまでもないことだが、あえて焦らす。 「……舐めて。いっぱい、舐めて。クリトリスも、中も、いっぱい舐めて、気持ちよくして」  脚を開いたまま壁に寄りかかるようにして、腰を突き出してくる。  小さなピンク色の割れ目が、自分の指でいっぱいに拡げられている。  学校での未奈美しか知らない人が見たら、目を疑うだろう。優等生の委員長が、こんなはしたない姿で自分から誘っているだなんて。  未奈美のこんな姿を知っているのは神流だけ。そのことを嬉しく感じてしまう。 「いいよ。うんと気持ちよくして、あげる」 「ん……っ」  もう一度、キス。  そこからじわじわと姿勢を低くしていき、未奈美の身体に舌を這わせる。  唇から顎、顎から首、首から鎖骨、胸の頂を経由して、お腹、そして下腹部へ。  ヘアは濃いめの楕円形。その奥には、甘ったるい涎を垂らしている小さな割れ目。  そこは、未奈美自身の指で限界まで拡げられている。  足許に跪いて、開かれた脚の間に唇を押しつけた。  舌を、伸ばす。 「ひゃっ……あぅんっっ!」  短く、甲高い悲鳴が浴室に反響する。  未奈美の身体が震え、上体が仰け反る。  充血したクリトリスを、舌先でくすぐる。  二度、三度。舌の動きに合わせて未奈美が痙攣する。  絞り出されるように、甘い、甘い、蜜が滲み出てくる。  その湧き出し口を唇で塞ぐ。  舌をいっぱいに伸ばす。  長い舌が、柔らかな粘膜を割って侵入していく。 「ふみゃあぁぁぁぁっっ!」  仔猫のような悲鳴。  未奈美が倒れないように、がくがくと震える脚を腕で抱えた。  そして、さらに舌を伸ばす。中をかき混ぜる。 「んにゃっ!! あぁぁっっっ!! にゃあぁぁ――っっ!!」  未奈美の腰が、びくんびくんと痙攣する。その都度、小さな穴の奥は潤いを増して、甘い匂いが濃くなっていく。  長い舌を器用に動かして、膣内をくまなくくすぐる。特に、子宮口とその周辺は重点的に。  舌の動きに促されるように、胎内深くから、愛液よりも甘く濃厚な液体が滴り落ちてくる。  未奈美の、経血。  甘い、甘い、とても美味しい血。  悠樹の魅魔の血は別格としても、クラスメイトたちの中では飛び抜けて美味しい血。  舌の上に拡がって、渇いた喉を潤していく。  一滴残らず舐め取って、代わりに、自分の、鬼魔の唾液を未奈美の胎内に流し込む。 「にゃぁぁっっっ!! だっ、めぇぇっ!! にあぁぁ――っ! し、んじゃうっ! ひにゃあぁぁぁぁぁ――――っっ!!」  括約筋がぎゅうっと締まり、また弛緩するという動きを繰り返す。腕や脚も引きつったように痙攣している。  やがてがくっと力が抜けて、未奈美の身体はバスルームのタイルの上に頽れた。  全身が、軟体動物のように弛緩しきっている。  股間から、愛液でも経血でもない、微かな黄色みを帯びた透明な液体が迸る。  未奈美は呆けた顔で、口元には締まりのない笑みを浮かべている。唇の端から涎がこぼれている。 「みーちゃんってば、またお漏らし?」  くすくすと笑う。  未奈美はいつもそうだ。その日の最初の絶頂で、下半身が弛緩しきって失禁してしまうことが多い。そんな姿も、いやらしくて可愛らしい。 「……らって……キモチ……イイんらも……」  ろれつが回らない口調。目の焦点も合っていない。まだ快楽の余韻を反芻して、下半身が痙攣と弛緩を繰り返している。  これでも、神流としてはかなり手加減しているつもりだ。  それでも、この有様。  これが、鬼魔が人間にもたらす快楽だ。まったく加減しなければ発狂してしまうだろう。おそらくはこれでも未奈美にとっては強すぎる刺激なのだ。  すっかり、神流が与える快楽の虜になっている。依存症といってもいいくらいに、頻繁に神流を求めてくる。  神流としても、やり過ぎかな、と思わなくもない。  それでも、未奈美の要求は拒めない。  未奈美のことは大好きだし、その血は素晴らしく美味しいのだ。 「かんなぁ……もっとぉ……」  力の入らない腕で抱きついて、唇を重ねてくる。舌を伸ばして、神流の唾液を啜る。  普段の、真面目な優等生の面影はどこにもない。  だけど、こんな姿もたまらなく魅力的だ。  だから、神流も未奈美の身体を抱きしめる。 「ベッド、行く?」 「うン……イクぅ」  甘えるように、神流の首に腕を回す未奈美。その身体をお姫様抱っこする。  身長も体重も未奈美の方が上だが、神流にとっては軽いものだ。未奈美の体重など、鬼魔の腕力の前にはないに等しい。  軽い足どりでバスルームを出て、未奈美の部屋へと向かう。  ベッドの上に優しく横たえる。  期待に満ちた瞳が、こちらを見あげている。  自分から脚を開いて、腰を突きあげてくる。 「かんなぁ……あたしのおまんこ、おいしかった?」 「うん、すっごく美味しい」 「じゃあ、もっといっぱい舐めてぇ……クリちゃんも、おまんこも、いっぱいぺろぺろしてぇ……」  脚を大きく開いて、その中心に咲くピンク色の花弁を、自分の指でいっぱいに拡げた。ぱっくりと開かれた小孔から、微かに血の混じった蜜が溢れ出てくる。  また、神流だけが感じる甘い匂いが漂ってくる。  頭がくらくらするほどの甘ったるい匂いに、神流も昂ってしまう。それに、この小さな穴の奥には、もっと甘い深紅の液体が隠されている。  舐めたい。  最後の一滴まで、吸い尽くしたい。  湧きあがる衝動。  こんな時、自分が鬼魔であることを実感させられてしまう。血に対する食欲が、性欲とひとつに連動している。  神流は精いっぱい自制心を働かせていた。そうしなければ、未奈美を狂わせてしまうだけではない。彼女の柔肌に牙を突きたてて、全身の血肉を貪りたい衝動に駆られてしまう。  もちろん、そんなことはできないし、したくない。あくまでも〈性行為〉の範疇の接触でなければならない。  誘われるように、未奈美の股間に口づける。 「みゃうぅぅっっ!」  短い悲鳴。  ベッドの上で細い身体が弾む。  その下半身を抱えるようにして押さえつけ、舌を挿し入れる。  深く、深く。  人間の舌には不可能な深さまで。 「ふみゃっ……あにゃぁんっ! にゃあぁぁっ!」  盛りのついた牝猫のような声を上げて、未奈美が悶える。  締めつけてくる膣の粘膜に抗うように、舌を震わせる。  それに同調するように、未奈美の下半身が震える。舌の動きに誘われて、子宮から、女の子の血が流れ出してくる。  舌に絡みついてくる、甘い、深紅の液体。  美味しい。  そして熱い。  舌を起点に、熱さが全身に広がっていく。  鼓動が速くなり、呼吸が荒くなる。  悠樹の血のような、ひと舐めで達してしまうほどの強烈さはない。だからこそ、ひと舐めごとに昂っていくようで、精神的にはより興奮してしまう。魅魔の血は肉体的な作用が強すぎて、口にしてしまった瞬間に、気持ちが昂る間もなく絶頂を迎えてしまうのだ。  神流は、自分の下腹部に手を当てた。  未奈美に劣らず、そこは熱い蜜を滴らせていた。  滲み出るとか、濡れているとかいうレベルではない。触れる前から糸を引いて滴り落ちていた。 「――――っっ!!」  濡れそぼった粘膜に直に触れると、電流が走ったような感覚だった。衝撃に身体が震える。その動きが伝わった未奈美がさらに悶える。  舌先が無意識に蠢いて、膣内の襞の隅々までくすぐっていく。湧き出す蜜と経血を、一滴残らず舐め取っていく。  同時に、指で自分を慰める。  クリトリスの上で指先を滑らせる。  未奈美の蜜を指全体に塗り、自分の中に挿入した。 「んぁっっ! あぁぁぁんっっ!!」  指が、根元まで埋まる。  悠樹と出会うまではしたことがない、深い挿入。今はもう、入口に触れるだけの自慰なんて物足りない。  二本の指を奥まで押し込む。意図的にそうしているわけではないのに、痛いくらいにぎゅうぎゅうに締めつけてくる。  こんな狭い穴が、太さも長さも自分の指二本なんか比べものにならない悠樹のペニスに貫かれていたなんて、いまだに信じられない。  サイズの比較では激痛を伴いそうに思えるその行為が、あんなにも気持ちよかったなんて、もっと信じられない。  あれからもう十日以上が過ぎたのに、まだ、あの時の感覚をはっきりと想い出せる。悠樹のことを考えるだけで、感覚がリアルに甦ってくる。まるで、神経に深く刻み込まれているかのよう。 「ん……っ、んぅぅっんっ!」  指を引き抜く。  指だけでなく掌まで、白く濁った粘性の高い愛液で濡れていた。  その指を、未奈美の中に挿入する。 「みゃぁぁぁあぁぁぁ――っっっ!!」  未奈美の身体がひときわ大きく弾み、ベッドのスプリングが軋む。  神流の愛液は、人間にとって、どんな媚薬よりも強力だ。もはや劇薬といってもいい。そんなものを性器に擦り込まれたら、耐えられるわけがない。 「みゃあぁぁっ! んみゃぁぁ――っ! んにゃあぁぁぁぁぁ――――っっっ!!」  猫のような悲鳴が、さらに激しさを増す。  未奈美の身体が不規則に弾み、身体の奥では子宮が収縮を繰り返している。逆に子宮口は弛緩して、胎内に残った経血を搾り出している。  引き抜いた指が、紅く、甘く、染まっていた。  それを舐めとり、また、秘裂に口づける。  舌を、奥まで挿し入れる。  強く、吸う。  同時に、神流の蜜に濡れた指でクリトリスとお尻の穴を刺激する。 「ふにゃあぁぁぁ――――っっっ!! なぁぁぁっ、にゃあぁぁぁんっっ! んみゃぁぁぁぁ――――――っっっ!!」  窓ガラスが震えそうなほどの絶叫。  全身の筋肉が、骨を軋ませるほどに強張っている。  いつまでも続く悲鳴。  肺が空っぽになったところで、いきなり、スイッチが切れたように力が抜ける。  未奈美は白目を剥いて、完全に気を失っていた。 * * * 「ん……にゃあぁぁ……」  しばらくして意識が戻った未奈美が、母親に甘える仔猫のようにすり寄ってくる。 「んにゃあ……今日はいつも以上にすごかったにゃ」  神流の唇を舐めるようにキスしてくる未奈美は、口調が完全に猫になっていた。  これも、いつものことだ。どうやら、セックスの快感が閾値を超えるとこうなってしまうらしい。  未奈美は本来、お淑やかで大人びた雰囲気をまとっている。それだけに、セックスの後の猫モードは新鮮で、可愛らしくて、普段とのギャップがたまらない。  一度こうなってしまうと、少なくとも一、二時間は元には戻らない。 「そーだね。みーちゃんってば、すっごく激しく悶えてたね」  本物の猫に対してするように、首をくすぐってやる。 「にゃあっ!」  抗議の声も猫っぽい。 「そうじゃにゃいにゃ! かんにゃの責めがいつもより凄かったにゃ! やっぱり、オトニャににゃるとひと味違うにゃ」 「――っ!?」  台詞の後半は、まったくの不意打ちだった。 「ど、ど、どーしてっ?」  訊き返す声がうわずってしまう。  どうして、知っているのだろう。未奈美には、悠樹のことなどなにも話していないのに。  返ってきたのは、未奈美の呆れたような顔。 「気づかにゃいわけにゃいにゃ。妙に浮かれてたり、かと思うと急に不機嫌ににゃったり、にゃにか考え込んでたり、ひとりで怪しく悶えてたりしてたにゃ。みーの初エッチの時と同じにゃ」 「う……」  神流に襲われた翌日の未奈美は、たしかにそんな感じだった。自覚はないが、そんなに挙動不審だったのだろうか。 「で、これ見よがしに指輪にゃんて嵌めてるにゃ。みんにゃ驚いてるにゃ。百合っ娘かんにゃがオトコに目覚めたにゃ」 「ぼ、ボクは別に、百合っ娘ってわけじゃ……それにこんな指輪、別に、なんでもないし……」  何人ものクラスメイトと性的な接触を持ち、周囲からは完全に百合認定されている神流だが、自分では同性愛者という認識はない。  単に、父親がいない上に女子校育ちで、異性に慣れていないだけのことだと思っている。そして、ここが女子校である以上、血を分けてもらう相手も女子しかいないというだけの話だ。  もっとも、可愛い女の子が嫌いなわけではない。正直にいえば、好きだ。  女の子同士でいちゃいちゃしたり、キスしたり、エッチなところを触ったり、触られたり、舐めたり、舐められたりするのは気持ちいい。  だけど、気持ちいいのは相手が男でも同じだった。男は悠樹しか知らないから、魅魔の血を持たない相手でも気持ちいいのかどうかはわからないが。  女の子同士の性的な接触は、神流にとっては恋愛感情の表現というよりも、仲のいい友達同士のスキンシップの延長という認識だ。未奈美のことは他のクラスメイトよりも特に好きだが、それも恋愛感情とは少し違うように思う。 「でも、その指輪、オトコからのプレゼントにゃ?」 「そ、それは……」  否定しようとしたが、言葉が出てこなかった。  未奈美はいちばんの親友だ。隠し事はできても、嘘はつけない。 「……そう、だけど」 「不機嫌そうにゃ顔して指輪眺めて、何度も溜息ついてるにゃ。喧嘩でもしたにゃ?」 「………………うン」  つい、正直にうなずいてしまった。  まさにチェシャー猫のように、未奈美はにやぁっとからかうような笑みを浮かべる。 「それで、溜まってて不機嫌にゃ? だから、みーが慰めてあげたにゃ」 「べ、別に溜まってとか、そんなんじゃ……、それに、みーちゃんは自分が楽しみたかっただけじゃん!」 「でも、今日はいつも以上にすごかったにゃ。あれは欲求不満にゃ。ついでに、八つ当たりにゃ」 「……」  そう、なのだろうか。  神流のことをよく知っている未奈美にはっきり断言されると、そうかもしれないと思ってしまう。 「だから、さっさとにゃかにゃおりするにゃ。そして、カレシをみーにも紹介するにゃ。かんにゃに相応しいオトコかどうか、みーが見極めるにゃ。にゃにしろ、アブにゃい趣味のオトコにゃ」 「アブナイって、なんで?」  未奈美が悠樹のことを知っているわけがないのに、なにを根拠にそう思うのだろう。 「カノジョに首輪つけて悦んでるオトコにゃ。かんにゃはどっちかというとSだと思ってたにゃ、実はMだったにゃ?」 「そ、そーゆーんじゃないよ、これは!」  悠樹と出会った日以来、着けている――着けさせられている紅い首輪。  これは別に悠樹の趣味ではない。鬼魔の力を抑えるために、愛姫に着けられたものだ。もっとも、悠樹も気に入っていた様子だったから、こういうのは好きなのかもしれない。  この首輪は封印だ。自分では外せない。だから、咎められないのをいいことに、学校でも着けっぱなしにしている。  しかし、もしかしたら外せるのかもしれない。本気で外そうと試みたのは最初の夜だけだから、悠樹の精を大量に取り込んだ今の神流であれば、本気を出せば封印を破れるかもしれない。  だけど、試してみようとすらしなかった。  この首輪は愛姫に着けられたものだが、その封印は悠樹の血によってなされている。  ある意味、悠樹との絆ともいえた。 「……仲直り……した方が、いいのかなぁ……」 「とーぜんにゃ。好きだから、そんにゃに悩んだり怒ったりするにゃ。ホントにどうでもいい相手にゃら、放っておくにゃ。浮気のひとつやふたつ、大目にみるにゃ。絶対、浮気相手より、かんにゃの方がいいオンナにゃ」 「ど、ど、どーして、浮気って?」 「当てずっぽうにゃ。オトコの場合、それがいちばん可能性高いにゃ。知り合ったばかりのかんにゃのバージン奪った手の早いオトコにゃ、当然にゃ」  鋭い読みだ。未奈美の頭の良さは、猫モードであっても変わらない。 「でも、かんにゃも同じことしてるにゃ」 「――っ!」  未奈美がすり寄ってくる。  ふたりは今、ベッドの上で全裸で抱き合っている。  たしかに、悠樹から見ればこれは神流の浮気といえるかもしれない。  だけどこれは、単に血をもらっているだけだ。鬼魔の力の源である生き血をもらい、その見返りとして気持ちよくしてあげている。恋愛感情を伴う〈浮気〉とは事情が違う。  そう、思いたい。  だけど――  それをいうなら、悠樹だって同じだ。  あの夜、悠樹と愛姫がセックスしていたのは間違いない。それも、一度や二度ではない。神流の嗅覚ならはっきりとわかる。  だけどそれは、愛姫が鬼魔の力に中てられて治療のため――といっていた。おそらく、それは事実だろう。最初に見た時の愛姫はバージンだったし、知り合ったばかりの男――それも悠樹のような男――に簡単に身体を許すような、尻の軽い女には見えなかった。  もちろん、悠樹は愛姫のことも好きだろう。なにしろ愛姫は、胸と愛想はないが、同性の神流から見てもとびっきりの美人だ。そもそも悠樹は、大抵の女の子のことが好きに違いない。  だからもちろん、神流のことが好きだというのも嘘ではない。 「浮気されて怒るのは、好きだからにゃ。いつまでも怒ってばかりいるのは逆効果にゃ。寛大にゃところを見せて、自分の方がいい女だとアピールするにゃ。それとも、相手はかんにゃが負けるほどの美人にゃ?」 「……すっごい美人だけど、ボクが負けるわけないじゃん」  神流だって容姿には自信がある。愛姫とはまったく違うタイプだけれど。  長身で大人っぽくて凛とした雰囲気で、スレンダーな愛姫。  小柄で活発で人懐っこくて、巨乳の神流。  どちらがより悠樹の好みかはわからない。たぶん、いい女ならどんなタイプもありではないかという気がする。  しかし、なんといっても神流は鬼魔――それも、最強クラスの力を持った――なのだ。いくら魅魔の血を持っていても、悠樹が人間の男である以上は、彼を魅了し悦ばせることに関して、人間の愛姫が神流に敵うわけがない。愛姫がどれほど魅力的な女性だったとしても、それはあくまで『人間の中では』の話だ。  だから、負けるわけがない。  だったら、まあ、ちょっとした浮気くらいは許してやってもいいのかもしれない。絶対的優位にある者の余裕で「でも、やっぱりボクの方がイイでしょ?」と。  もちろん、簡単に許すわけではない。そんな都合のいい女にはなりたくない。  後遺症が残らない程度に、思いっきり噛みつく。それから、腰が抜けるまで気持ちいいことさせる。たっぷりと飲ませてもらう。そうしたら、まあ、今回は許してやらないこともない。  だんだん、そんな気持ちになってきた。 「でもさ……みーちゃん、なんでそんなに仲直りを勧めるの?」  未奈美の立場としては、むしろ逆ではないだろうか。未奈美と神流は恋人同士というわけではないが、傍目から見れば単なる親友というよりも、やっぱり恋人に近い関係だ。なのに、神流が他の男と仲よくして、未奈美は妬かないのだろうか。  嫉妬しない寛容な性格というわけではない。神流が他の女の子から血をもらっている時は、はっきりやきもちを妬くのだから。 「まったく妬かにゃいわけじゃにゃーよ。でも、みーはかんにゃが笑ってるのがいちばんにゃ。それに、みー的にはオトコは別カウントにゃ。かんにゃは、カレシができたからってみーとの付き合い方を変えるにゃ?」 「う、ううん、変えないよ。ユウキなんか関係ない。ボク、みーちゃんのこと大好きだもん!」 「だったら問題にゃいにゃ。早くそのユウキさんとやらを紹介するにゃ。イイオトコだったらそのまま3Pにゃ」 「ちょっ、ちょっとみーちゃんっ!」  いくら猫モードの未奈美はエロモードも全開とはいえ、大胆すぎる発言に慌ててしまう。  未奈美だって男性経験はないはずなのに、いきなり3Pだなんて。 「みーとユウキさんのふたりで、かんにゃをめちゃめちゃにするにゃ。一対一だとみーはかんにゃに攻められっぱなしで勝てにゃいから、ふたりがかりにゃ。前後同時責めでめろめろになってるかんにゃ、楽しみにゃ」 「み、み、みーちゃんってば!」  たしかに、ふたりの時は神流が攻めで未奈美が受けというのが基本だ。鬼魔の神流が相手では、未奈美は攻めに回る余裕はない。  未奈美と悠樹のふたりがかりで攻められる――心惹かれるものがないわけではないが、やっぱり怖い。  これではたとえ仲直りしたとしても、当分、未奈美は悠樹には会わせない方がいいのかもしれない。それに、もしも神流が見ている前で未奈美と悠樹がしてしまうような展開になったら、ふたつの意味で不愉快だ。 「みーはそれでもいいにゃ。かんにゃと姉妹にゃ」 「まったく……みーちゃんったら」  神流も自分ではけっこう奔放な性格だと思っていたが、猫モードの未奈美に比べたら、真面目な常識人なのかもしれない。 「……みーちゃんをそんな風にしたのって、ボクのせい?」  真面目な優等生だった未奈美。  いや、今でも発情時以外はそうだ。  神流とセックスして猫モードに入った時だけ、下ネタ大好きでほとんど淫乱といってもいいくらいに大胆になってしまう。女の子同士でなら、多人数での経験もある。  やっぱり、神流に犯されたせいでおかしくなってしまったのだろうか。時々、罪悪感に苛まれてしまう。 「違うにゃ。みーは子供の頃から内心はえっちなことに興味津々にゃ。ただ、それを口に出す勇気がにゃかったにゃ。かんにゃが扉を開けてくれたにゃ。だから、かんにゃのせいじゃにゃくて、かんにゃのおかげ、にゃ」  そういわれても、素直にうなずけない。  神流に襲われる以前の、お淑やかで真面目で優等生だった未奈美と、今の猫モードではギャップがありすぎる。  猫モードもすごく可愛いが、それでもやっぱり多少の罪悪感は感じてしまう。    だけど――    ちょっと、いいかもしれない。  悠樹を、未奈美や他のクラスメイトたちに「カレシだ」と紹介することは。  すごく照れくさいけれど、そうしてみたいと想った。 13  その朝――  登校した愛姫は、校門をくぐったところでクラスメイトの山本真理恵に声をかけられた。  元々の性格と、そして超常の世界に身を置いていることから、学校での友人は多くはない。その中では、真理恵はもっとも親しい存在といえた。 「ちょっと……訊きたいことがあるんだけど、いい?」  普段と変わらない軽い挨拶の後、急に、真理恵が真剣な表情になった。 「なに?」 「嘉~って……」  声を落とし、他に聞いているものがいないことを確認するように周囲を見回す。 「……最近、カレシでもできた?」 「――っ!?」  まったく、予期していない質問だった。 「な、な、何故っ?」  訊き返す声が裏返る。  してやったりという表情になる真理恵。 「ここ何日か、嘉~ってばすっごい挙動不審なんだよねー。ひとりでなにやら考え込んでいたり、いきなり赤面したり不機嫌そうになったり、かと思うとアヤシクにやけていたり。なんてゆーか、恋するオトメ?」 「そ、そんなことないでしょう。なんでもないわ!」  真理恵は明らかに確信している様子。こんな回答では納得するわけがない。なのに、頬が紅くなるのを抑えられない。 「じゃあ、みんながどう思っているか、教室で訊いてみようっと」 「ちょっと待って!」  愛姫を置いて歩き出そうとした真理恵の腕を、慌てて掴まえる。  こんな話題でクラスメイトの注目を集めるのはごめんだ。ただでさえ愛姫は目立つ存在なのに、私生活はほとんど知られていないから、ゴシップネタなんてみんな大喜びで喰いついてくるに違いない。 「それが嫌なら、ちゃんと話して?」 「そ、それは……でも……」 「きちんと話してくれたら、黙っていて欲しいことは内緒にするよ? だけど話してくれないなら、あたしの予想……というかでっち上げを、おもしろおかしくいいふらす」 「で、でっち上げっていった?」  そこまでいくと脅迫だ。  真理恵は普通の女子高生だし、友達の恋バナは興味津々なのかもしれないが。  究極の選択だった。  本当になにもないなら放っておけばいい話だ。しかし初体験とか、恋人っぽい男性とか、三角関係とか、教室中が盛り上がりそうなネタが実際にあったことだから困る。ただでさえ人にはいえないことが多い身の上である。変な噂にひとり歩きされるのは好ましくない。 「…………ほ、本当に、内緒だからね」  仕方がない。  ゴシップ好きの真理恵ではあるが、本当に重要な秘密は守るくらいの分別はある。話せることだけは話した上で口止めした方が被害は少ないだろう。  廊下や教室では誰に聞かれるかわからないので、校舎には入らず、真理恵を引っぱって裏庭へ向かった。校舎と体育館の間の物陰になる場所であれば、朝のこの時間帯はほとんど人目はないし、ベンチが置かれているので話をするには都合がいい。 「……で?」  ベンチに腰をおろすと同時に、真理恵は興味津々といった様子で身を乗り出してくる。  その勢いに押されて、とりあえず穏便に話せそうなことを選んで話しはじめた。 「え、ええと……こ、恋人、というわけではないんだけど……ま、まだ、ね。ちょっと、気になるというか、仲がいいというか……そんな男性が……」 「えーっ、孤高の女帝、嘉~についにオトコが? 誰? どんな人? どこの学校?」  矢継ぎ早に訊いてくる。答える暇もない。 「あ……えっと……は、二十歳の、大学生で」 「大学生! やっぱりねー、嘉~に似合うのは、やっぱ大人だよね。ね、どんなタイプ? カッコイイ?」 「ふ……普通、かと」 「嘉~のいうフツウって、なんか、すっごい基準が高そうだよね」  真理恵は勝手に盛り上がっているが、実際のところ、悠樹が世間一般の女の子からどんな評価を受けるのかはよくわからない。なにしろ、これまで恋愛沙汰なんて特に興味はなかったし、異性の容姿の良し悪しもほとんど気にしたことはない。  身近にいる歳の近い男性といえば従兄くらいで、たまたま一緒にいた時に会ったことのあるクラスメイトにいわせると超級の美形らしいのだが、愛姫にとっては単なる見慣れた顔でしかない。  たぶん、男性の容姿に関する評価基準を持っていないのだろう。悠樹がハンサムか不細工かと訊かれても「普通」としか答えようがない。 「ねーねー、写真とかないの? プリクラとか、ケータイの待ち受けとか?」 「……考えたこともないわ」  そういえば、普通の女子高生なら、彼氏の写真くらい持っているのが当然かもしれない。はぐらかしたのではなく本当に考えもしなかったあたり、自分がいかに恋愛沙汰に疎いのかを思い知らされた。  あるいは、これが普通の恋愛であれば、愛姫もそうしたことをしたのかもしれない。愛姫は疎くても、悠樹は普通の男女交際の経験も多そうだ。  しかし悠樹との男と女としての付き合いは、かなり普通ではない状況での肉体関係からはじまったのだ。あれからまだ数日しか経っていないし、悠樹と〈仲よく〉している時というのは、すなわちセックスしている時しかない。そういえば、普通にデートをするという発想もなかった。  そもそも、悠樹とは正式な恋人同士ですらない。それ以前に、悠樹に対する想いが本当に恋愛感情であるかどうかすら確信が持てずにいる。  悠樹のことを愛おしく感じているのは事実だが、それはもしかすると、鬼魔の力に侵された状態でセックスしてしまったことにより、悠樹のことが〈セックスする対象〉として刷り込まれてしまっただけなのかもしれない。  悠樹と寄り添っていたいとか、セックスしたいとか感じることはあっても、デートしたいと考えたことがないのも、そのためかもしれない。単に、これまで恋愛経験がなかったからであれば問題ないのだが。 「……愛姫らしいというか。オトコができても、恋愛初級者なのは変わらずか」  真理恵が苦笑する。  たしかに「初カレシは小学生の時」とかいっている真理恵に比べれば、初級者なのは否定しようもない。 「でも、その割に……」  訝しげな表情を浮かべる真理恵。  続く台詞は、完全な不意打ちだった。 「もう、キスとかした?」 「――っっ!!」  予期せぬ奇襲に、表情を作る余裕もなかった。  まずい、と思いつつも赤面するのを止められない。 「……ふぅん、そっかぁ?」  にんまりとした笑み。  とびっきり面白いおもちゃを手に入れた、子供のような顔。 「ひょっとして、キス以上のこともしちゃったんだ?」  この手の話題には免疫がないだけに、誤魔化すこともできなかった。無言のままでも、動揺がはっきりと表情に出てしまう。 「へぇー、嘉~がねぇ。あれ? てことは、付き合いはじめて即エッチ? 嘉~がぁ? どうしてどうしてっ? いったいどんなシチュエーション?」  さらに勢いを増す質問攻め。瞳を爛々と輝かせて、身体が密着するほどに身を乗り出してきた。  真理恵の顔が、至近距離にある。その距離が悠樹とのキスを想い出させて、さらに赤面してしまう。  当然、質問に答える余裕などなく、愛姫はただ狼狽えるばかりだ。    ――と。   「――――っ!!」  なんの前触れもなく、身体を貫く衝撃。  突然のことに、痛みとすら感じられなかった。  全身が強張り、自分の意志で動かせなくなる。  悲鳴すら上げられず、愛姫はベンチから滑り落ちた。  焦点がうまく合わない瞳に映るのは、立ちあがってこちらを見おろしている真理恵の姿。どこか虚ろな瞳で、曖昧な笑みを浮かべている。  その手に持っているのは――小さなスタンガンだった。  いったい、なにが起こったのだろう、状況が理解できない。  真理恵は倒れている愛姫の傍らに跪くと、ポケットから小さな瓶を取り出した。栄養ドリンクのような茶色の小壜だが、ラベルはなにも貼られていない。  キャップが開けられるのと同時に漂ってくる、特徴的な、生臭い匂い。  愛姫も知っている匂いだった。  ここ数日、毎日のように接している匂い。だけど、まったく同じではない。もっと匂いが強い。獣臭、とでもいうのだろうか。  この匂いも、知っている。  しかし、どうしてここに?  これは――鬼魔の精液の匂いだ。  何故、真理恵が?  答えは、ひとつしかない。  真理恵が、小壜に口をつける。その中身を、一滴残らず口の中に流し込む。  同時に、表情が変化する。  恍惚の表情で顔を近づけてくる真理恵。明らかに正気ではない。  避けようにも、身体が動かせなかった。  唇が重ねられる。抗うこともできない。  強引に唇を割って、生臭い、それでいて甘美な液体が流し込まれる。 「――――っっっ!!」  口の中に、生臭くて苦い、なのに気が遠くなるほど官能的な味が広がる。  次の瞬間襲ってきたのは、スタンガンとはまったく別種の衝撃だった。  愛姫の知識の中でそれに最も近いものは、あの、鬼魔の力に侵されて正気を失っていた夜の、破瓜の瞬間の圧倒的な快楽の津波。    だから――    理性的な思考ができたのは、そこまでだった。 * * * 「ぅ……ん……?」  混濁していた意識が、徐々に澄んでくる。  目の焦点が合い、見ているものが理解できるようになる。  理性的に、ものを考えられるようになる。  そこで愛姫は、自分が全裸で、床に直に敷いた毛布の上に寝かされていることに気がついた。  ここはどこだろう。  広い部屋だ。ホテルの大広間のような作りだが、全体に薄汚れている。どこかの廃ビルといった印象だ。  身体が動かせない。  腕も脚も、力が入らない。  意識も、まだ幾分ぼんやりとしていて、完全に元通りとはいえない。  そして、身体の芯が熱かった。  インフルエンザで寝込んだ時よりも熱っぽく、のぼせたような感覚。先日の、鬼魔の力に中てられた時と似ているが、あの時よりも状態は悪い。  胸が張っていて、股間がぐっしょりと濡れているように感じる。下半身が疼いて仕方がない。  なのに、身体が動かせない。  視界の隅に、真理恵の姿があった。全裸で愛姫の傍らに座り、正気を感じさせない笑みを浮かべてこちらを見おろしている。  その隣に、もうひとつ見知った顔が並んでいた。二十代後半の女性、クラス担任の吉田瑛子だ。こちらもやはり全裸だった。  ふたりから、濃厚な鬼魔の匂いが漂ってくる。しかし、彼女らが鬼魔なのではない。愛姫も何度も見たことのある、発狂するまで鬼魔に犯された者の気配だ。  そしておぞましいことに、吐き気をもよおす鬼魔の体液の匂いは、自分の身体からも発していた。 「嘉神ぃ、目、覚めた?」 「……山本……、それに……吉田先生?」 「さあ、素敵な時間の始まりよ、嘉~さん」  ふたりの手が、愛姫に触れてくる。  生臭い粘液にまみれた、ぬらぬらと光る手。 「――――っっ!!」  指先が胸のあたりに触れただけで、悲鳴も上げられないほどの衝撃に襲われた。  ふたりの手が、愛姫の身体の上を滑っていく。首筋、胸、腹、そして太腿や下腹部。  ねっとりとした鬼魔の体液が擦り込まれていく。  熱い。  灼けるような熱さが染み込んでくる。  なのに、それが気持ちよくてたまらない。  身体中が性感帯になって、それが同時に犯されているようだ。  生臭い獣の匂いが、なのに、嗅いだだけで気が遠くなるほどの快感をもたらす。  瑛子が唇を重ねてくる。  口移しに流し込まれる、獣の体液。吐きそうなほどに気持ち悪くて、だけど、うっとりするほどに甘く感じる。  飲んではいけない――理性ではそう思うのに、喉が勝手に動いて貪るように飲み下す。さらに舌を伸ばして、最後の一滴まで惜しむように瑛子の口の中を舐め回す。  熱い。  身体中が熱い。  どうしようもないくらいに身体が疼く。  もっと、欲しい。  欲しくて仕方がない。  あの、悠樹に初めて抱かれた夜よりも強く、そう想う。  気が狂いそうなほどに、欲しくてたまらない。性器を深く深く貫かれたい衝動が押し寄せてくる。 「気分はどうだ? 魅魔の娘」  男の声がした。  少し離れたところに置かれた古ぼけたソファに、三十代くらいの、外国人プロレスラーのような筋肉質の巨漢が全裸で座っていた。  やはり全裸の見知らぬ女性がその足許に跪き、男の股間に顔を埋めて身体を痙攣させている。  男が人間ではないことは一目瞭然だった。  鬼魔。  それも、かなり力の強い個体だ。  顔に大きな傷があり、右目が剔られていた。まだ、それほど古くない傷痕だ。鬼魔の超人的な回復力でも癒えていないということは、その傷は退魔の力を持った人間か、あるいは同族につけられたことを意味する。  それで、男が何者かわかった。  人間の姿を見るのは初めてだが、あいつだ。悠樹や神流と初めて出会った時の、狼の群のボス。神流はカミヤシと呼んでいた。人間社会に紛れ込むための名ではなく、鬼魔としての名。それを持つということは、古い、純粋な鬼魔の血統の末裔だだろう。  愛姫は、自分がどれほど危機的な状況にあるかを理解した。  鬼魔の群のボスが、魅魔の血を手に入れるために愛姫を攫ったのだろう。鬼魔が直接近づけばすぐに気づかれるので、愛姫の周囲の人間を操ったのだ。  退魔師に対してこうした搦め手を使う鬼魔など珍しい。普通の人間相手なら策を弄する必要もないし、大抵の鬼魔は、追い詰められない限り退魔師との直接対決は避けるものだ。  しかしこいつは、自分から、愛姫に挑んできた。それだけ自信があるのだろう。  唯一の救いは、すぐに殺される可能性は少ないことだろうか。鬼魔にとってはなによりも貴重な魅魔の血は、生き血でなければ意味がない。生かしておいたまま、生き血を啜ろうとするはずだ。  全身に鳥肌が立つような気がした。これから間違いなく、鬼魔に犯されることになる。いや、もう既に犯されているようなものだ。鬼魔の精液を飲まされ、全身に擦り込まれている。常人ならとっくに狂ってしまってもおかしくない。鬼魔の力に耐性のある愛姫でも、全身が疼いて、犯されたくてたまらない状態だ。  目の前にいるのは、憎き鬼魔。愛姫にとってすべての鬼魔は宿敵であり、その群れのボスなのだ。なのに、犯して欲しいと心底願っている。彼の男性器が欲しくてたまらない。このまま焦らされたらそれこそ狂ってしまいそうだ。  鬼魔に犯されることは耐え難い屈辱だ。だが、なんとしても耐えるしかない。  もう、犯されることは仕方がない。他に味方がいない状況で、愛姫自身も戦える状態ではなく、完全に鬼魔の力の虜になって、犯されることを渇望している。  しかし、そこにこそ反撃のチャンスはある。  鬼魔は必ず、愛姫の生き血を求める。愛姫が鬼魔に犯されることを望まずにいられないように、鬼魔も、魅魔の血を前にしていつまでも手を出さずにはいられない。  しかし魅魔の血を一滴でも口にすれば、鬼魔は強大な力を得る代償として、愛姫に操られる危険を甘受することになる。  その時まで、ほんのひとかけらでも理性を残していられたら勝ちだ。愛姫の血は、並の鬼魔なら一滴にも満たない量で即死させることができる。カミヤシが鬼魔の本能のままに血を貪れば、どれほど力のある鬼魔だろうと愛姫の力には抗えない。  だから、愛姫が今するべきことは、そのチャンスが来るまで耐えることだ。  あの日、悠樹に抱かれてよかったと、心の片隅で想う。初めての相手が鬼魔だったら――なんて、考えるだけでもおぞましい。  悠樹がいった通りだ。初めての相手は、ちゃんと、好きだった男性――そう思えば、これから我が身を襲う陵辱にも耐えられるはずだ。  カミヤシを見つめる。  意図せずとも、熱っぽい視線になってしまう。  まだ思うように動かない手を、自分の下半身へと運ぶ。自分の指で、拡げてみせる。開いた膣口から、熱い蜜がどろりとこぼれた。 「……ねぇ……も……ぅ……我慢、できない…………し……て……」  熱い吐息とともに吐き出される言葉。それは、演技と呼ぶにはリアルすぎた。実際のところ、演技をする必要もなかった。目の前の鬼魔に犯して欲しくて我慢できないのは、演技でもなんでもない、まさに心の底から望んでいることなのだから。  カミヤシの口の端がつり上がり、いかにも獣じみた笑みを浮かべる。 「いい姿だ。……だが、その手には乗らんぞ。貴様らのやり口はよく知っている。魅魔の血には、昔、痛い目に遭っているからな」 「ぇ……?」  カミヤシは立ちあがると、背中を見せた。そこには、刃物によるものと思われる深い傷が刻まれていた。  古い傷痕のようだが、いまだに残っているということは退魔の力によってつけられた傷だ。だとすると、致命傷にならなかったのが不思議なほどの深傷だった。よほど運がよかったのだろう。 「だから、お前の母親の恨み、娘のお前で晴らさせてもらう」 「――っ!?」  まったく予想外の台詞だった。  この鬼魔は、愛姫の母親と戦ったことがあったのだ。  愛姫の母親は、ここ数世代ではもっとも強い力を持つ魅魔師といわれていた。使役していた鬼魔の裏切りにより若くして生命を落としたが、それまでに屠った鬼魔の数は数え切れないほどだという。その中に、まだ若いカミヤシがいたのだろうか。 「俺の生涯で、生命の危機を感じたのはあの一度きりだ。二度と遅れをとらないよう研究してきたから、魅魔の力の恐ろしさも、魅魔の力を持つ者の戦い方も、よく知っている」  カミヤシが残忍な笑みを浮かべる。かすかに開いた唇から鋭い牙が覗いていた。 「だから、俺は手を出さん。命取りになるからな」 「……自分で手を下さずに……それで……復讐と、いえるの?」  震える唇で、精いっぱい嘲るように挑発する。  とにかく、傍に来させなければはじまらない。このまま真理恵や瑛子の手で弄ばれていては反撃のチャンスはないし、直接犯されなくても、この状態が長く続けばいつまでも正気を保っていられる自信はない。  近くまで来れば、なんとかなる。カミヤシが自ら愛姫の血を口にしてくれれば話は早いが、そうでなくても手の届くほどの距離であれば、自分で口の中を咬んで、血の混じった唾液を吹きかけるといった戦法もとれる。 「最後は自分の手でやるさ。お前が正気を失ってからな」 「――っ!」  愛姫の表情が強張った。  カミヤシはたしかに、魅魔師との戦い方を知っている。深傷を負わされた復讐のため、魅魔の力に対抗するにはどうすればいいのか考え続けてきたのだろう。  力のある者ほどそれを過信することが多い鬼魔にあって、珍しい性格だ。群のボスでいられるのも、単に体格や力だけではなく、こうしつぁ性格によるものかもしれない。  しかし、愛姫にとっては好ましくない状況だった。  魅魔の力の最大の弱点は、鬼魔を操るのは魅魔師の意志の力だということだ。たとえ多量の血を摂取させたとしても、その持ち主が理性を保ち、鬼魔と戦う強い意志を持ち続けて命じなければ、操ることはできない。  そして、たとえ耐性を持つ退魔師であっても、鬼魔に犯されて長く正気を保っていられた例は皆無だ。 「……さて、いつまで狂わずに耐えられるかな? 面白い見物になりそうだ」  口の端を吊り上げて笑うカミヤシ。  唇を噛む愛姫。  そうしている間も、真理恵と瑛子の手は愛姫の身体を弄んでいる。  愛姫の身体中に、鬼魔の精液を塗り広げていく。  劇薬ともいえる、鬼魔の体液が染み込んでくる。それは愛姫の身体を、そして精神を蝕んでいく。  合成ドラッグすら足下にも及ばない快楽の源。正気を失わせるほどの快楽を与えつつ、神経を侵していく。  普通の自慰やセックスで得られる絶頂よりも遙かに強い快感が、延々と続く。なのに、決して満たされることはない。どれだけの快楽の波が押し寄せても、より強い刺激を求めてしまう。  こんな状態、いつまでも続けられたら本当におかしくなってしまう。いくら耐性があるといっても、そう長くは耐えられそうにない。ほどなく理性を蝕まれ、鬼魔に与えられる快楽を心の底から求めるようになってしまうだろう。  そうなった時には、もうカミヤシに犯されても悦ぶばかりで、魅魔の力を発現させることなどできはしない。ただ快楽を貪るだけの牝に成り下がってしまう。  このままではまずい。  反撃の手段が思いつかない。  鬼魔の毒は既に身体を蝕み、腕も脚も思うように動かせないし、手元に武器もない。  カミヤシは、目の前の魅魔の血にも我を忘れないだけの自制心がある。  助けも、すぐには期待できないだろう。学校から連れ出されたのは朝のこと。それから数時間は過ぎているだろうが、愛姫が攫われたことに麻由や悠樹が気づくのは夕方以降だ。それからこの場所を突き止めるには、さらに時間がかかるだろう。  いちばんの問題は、今、高橋が日本にいないことだ。一昨日から、姉の水姫のサポートのために海外へ行っている。  高橋と水姫、こうした状況で頼りになるであろう二人が国内にいない。麻由は戦いにおいてはほとんど役に立たないし、悠樹は血の力は強くても、鬼魔との戦いに関してはまだ素人だ。  いったい、どうすればいいのだろう。  今できることはひとつだけだ。  たとえカミヤシに犯されても、なんとかわずかでも理性を保ち続けて、反撃のチャンスを待つ――消極的ではあるが、他にどうしようもない。 「ん――っ!!」  真理恵の指が、入ってくる。鬼魔の精液にまみれた指が、膣の中をかき混ぜる。  瑛子の指は、唇を割って口の中に入ってくる。鬼魔の精液の味が口いっぱいに広がる。吐き気をもよおす、なのに至上の美味と感じてしまう。  熱い。  触れられた部分が灼けるように熱い。  痛みを感じるほどに痛い。  それが、気持ちいい。溢れる愛液が沸騰するかのようだ。 「あれぇ? 嘉~ってホントにバージンじゃないんだ?」  中を探るように指を動かしていた真理恵が、可笑しそうに目を見開く。 「あら、真面目な嘉~さんが不純異性交遊? いけないわね」  瑛子の指が、喉まで押し込まれる。 「だったら、指なんかじゃ物足りないよね。もっと気持ちよくしてあげる」  真理恵がいうのと同時に、カミヤシに口で奉仕していた女が離れ、四つん這いのままこちらへ向かってくる。口いっぱいになにかを含んでいるように、頬が膨らんでいる。  入れ替わりに、瑛子がカミヤシの許へ向かう。ソファに座っているカミヤシの上に跨り、歓喜の声を上げる。  愛姫の許へやってきた女に、どこから取り出したのか、真理恵が男性器を模した器具を手渡した。  見知らぬ女は、口に含んだ白濁液を吐きだして、受け取ったディルドーに塗りつける。  真白い粘液にまみれたディルドーが、愛姫の秘裂にあてがわれる。それだけで全身が痙攣した。 「い……や……」  震える唇。しかし心の中は、真逆の声に支配されていた。  早く挿れて。  奥深くまで貫いて。  膣を、子宮を、鬼魔の精液で満たして。  そう懇願する牝の本能。  鬼魔に犯されるおぞましさに震える理性。  相反するふたつの想い。しかし本能の声の方が圧倒的に大きい。 「自分から腰を突き出しちゃって、嘉~ってばやらしいんだから。真面目な顔して、実は淫乱?」  真理恵の言葉もほとんど聞こえていない。 「これ、欲しいんでしょ?」  入口をくすぐるディルドーの先端。そのかすかな動きだけで達してしまう。  だけど、満たされない。  もっと、欲しい。  強く、深く。  思うように動かせない身体で、必死に腰を持ち上げる。少しでも快楽を得たいという本能に突き動かされていた。 「……ほ……しい……欲しいの……」  息が、熱い。  今すぐ挿れてもらえなければ、おかしくなりそうだ。 「あは、やっぱインランだ」  嘲る言葉も意に介していられない。 「挿れ……てぇ……」  ただ、快楽を求める。もうそれしか考えられない。  真理恵の顔に残忍な笑みが浮かぶ。  次の瞬間、奥の奥まで一気に突き挿れられた。 「ひぃぃぃっっ!! ひゃぁぁぁぁぁ――――っっっ!!」  迸る絶叫。  痙攣する身体。  一気に絶頂に達する。  下半身が弛緩して、失禁してしまう。  膣内にハバネロでも擦り込まれたような灼熱の刺激……いや、衝撃だった。なのに身体はそれを痛みではなく、いいようのない快感として受けとめていた。 「ひぃぅぅぅっっ!! うあぁぁぁっっ!! あぁぁぁぁぁ――――っっ!!」  心臓が暴れている。身体中の血管が破裂しそう。  激しく抜き挿しされるディルドー。  ほんの数往復で、また次の絶頂が押し寄せてくる。  それでも真理恵の手は止まらない。むしろ、加速していく。  どんどん、よくなっていく。何度も何度も、立て続けに快楽の津波に襲われる。  悠樹とのセックスを遙かに超えた快楽の頂。  なのに、満たされる感覚がない。むしろ渇きはいや増すばかりで、もっと欲しくなってしまう。 「ねぇ……もっと……もっとぉ……もっといっぱいぃっ!」  足りない。  まだ足りない。  ぜんぜん足りない。  精いっぱい、腰をくねらせる。鬼魔の精液にまみれた器具が、愛姫の中をかき混ぜる。  動けば動くほど、満たされない想いが募るばかりだ。  そこへ、おぼつかない足どりで瑛子が戻ってくる。股間から、真白い粘液を溢れさせて。  真理恵が、もう一本のディルドーを瑛子に手渡す。それを自らの中に挿入する瑛子。  それだけで達してしまったのだろう。虚ろな瞳で、身体をぶるぶると震わせる。  引き抜かれたディルドーは、カミヤシの精液でべっとりと汚れていた。 「インラン嘉~は、一本じゃぜんぜん足りないってさ。こっちにも挿れてあげて」  真理恵の指が、お尻の穴を拡げる。  瑛子が手にしたディルドーが、そこに押し当てられる。  それだけで、意識が飛びそうになる。  いい。  気持ち、いい。  そんな場所が、こんなにも気持ちいいなんて。  ……いや。  そこが気持ちいいことは知っていた。悠樹が教えてくれた。  知らなかったのは、触れられただけで達してしまうくらいに感じるということ。 「お尻、経験ある?」  首を左右に振る。  その穴に挿入されたのは、悠樹の指だけだ。男性器や、それに類するものの経験はない。 「その割に、気持ちよさそうにしてるね。欲しい?」 「ほ……っ、欲しいっ! お尻、犯してっ!」  間髪入れず、考えるよりも先にそんな言葉が飛び出した。それを押しとどめる理性は、まったく働かなかった。 「ひ……っ、ひぐぅ……うぁぁぁぁぁ――――っっ!!」  乱暴にねじ込まれる。  前よりもずっときつい。無理やり拡げられ、強引に押し込まれる感覚は桁違いだ。  なのに痛みのためではなく、気持ちよさのあまり悲鳴を上げた。  気持ちいい。  心底、気持ちいい。  前への挿入よりもいいくらいだ。  気持ちよすぎて涙が溢れた。  前後のディルドーが同時に動かされる。  薄い粘膜を隔てて、身体の中でごりごりと擦れ合っている。二箇所を同時に貫かれる快感の大きさは、一箇所だけの時の〈二倍〉ではなく〈二乗〉だった。  愛姫への責めを瑛子に任せ、今度は真理恵がカミヤシの許へ向かう。  四つん這いになって、背後から貫かれる。  真理恵の身体を突き破らんばかりに、カミヤシは乱暴に腰を突き出す。  その動きに合わせるように、愛姫も腰を動かしていた。  あれが欲しい。  カミヤシに犯されたい。あの狼のペニスに貫かれたい。  早く自分の番になって欲しい。心の底から、それを望んでいた。  カミヤシの精液を胎内に受けとめて、絶叫する真理恵。羨ましくて仕方がない。  欲しい。  あの、練乳のように濃い鬼魔の精液で、胎内を満たして欲しい。  恍惚の表情で、真理恵が戻ってくる。  四つん這いのまま、愛姫の顔の上に跨る。  どろりとした白濁液を溢れさせている割れ目に、愛姫は夢中でむしゃぶりついた。  必死に舌を伸ばし、舐め、そして吸う。  一滴だって残したくない。  美味しい。  本当に美味しい。  口の中が、喉が、灼けるように熱い。  だけど、それがいい。  口が、喉が、食道が、そして精液が流れ込んでいく胃が、犯されているような感覚だった。  それでも、まだ足りない。  もっと、欲しい。  身体中の細胞を、ひとつ残らず犯しつくして欲しかった。  もっと。  もっと。  その願いを叶えるように、最初の女がカミヤシの許へ戻っていく。  カミヤシに犯され、その精液を愛姫のところへ運んでくる。  次に、瑛子。  そして、真理恵。  何度も、何度も、繰り返される。  その度に、わずかに残った理性がさらに浸食されていく。  何十回、何百回という絶頂。人知を超えた快楽。なのに満足感だけは得られることはなく、餓えは、渇きは、いや増すばかりだった。  前も、後ろも、口も、鬼魔の精液にまみれたディルドーに貫かれ、鬼魔の体液を身体中の皮膚と粘膜にくまなく擦り込まれ、常人ならとっくに廃人になっているほどの快楽に蝕まれている。  なのに、満たされない。  この陵辱がはじまってから、実際にはせいぜい一、二時間しか経っていないのかもしれないが、愛姫の感覚では永遠に等しい時間が過ぎていた。  かすかな理性の灯火は、嵐の中の蝋燭のように消える寸前だった。もう、あと数回の絶頂に襲われたら、すべてが終わってしまいそうだ。  その時――  ようやく、カミヤシが立ちあがった。  こちらに近づいてくる。  しかしそこで感じた悦びは、反撃の機会が来たことではなく、ようやく望んでいたものが得られることによるものだった。 「そろそろいいか。俺が欲しいのだろう?」 「は……はい……欲しい、です。く、ください! 私を犯してくださいっ!」  菊門を大きなディルドーに貫かれたまま、精液にまみれた秘裂を自分の指で精いっぱい拡げて懇願する。  理性の声など、聞こえないに等しい。  どうせ、今はカミヤシに犯されても反撃はできない。この状態で、力のある鬼魔を殺すような精神集中など不可能だ。  だから、今は耐えるしかない。耐えていれば、いつかきっとチャンスが来る――と。  しかし、それはいい訳でしかなかった。  本心は、もう、カミヤシを倒すことなど考えていない。  ただ、欲しいだけだ。  カミヤシに貫かれたい。胎内を満たされたい。  カミヤシを殺す? 冗談じゃない。いま自分がなによりも求めている快楽を与えてくれる相手なのに。  ただ、それしか考えられなかった。  熱っぽい視線をカミヤシに向ける。  三人の女性をさんざん犯し続けてきたのに、股間にそそり立つものはまったく勢いを失っていなかった。  経験の浅い愛姫にとって、それはおぞましいほどに巨大に見えた。悠樹のものだって、愛姫の感覚ではびっくりするほど大きいのだが、これは比較にならない。  まっすぐに上を向いて、古木の太枝のようにごつごつとふしくれだっていて、白濁液を滴らせている。  怖い。  なのに、欲しくてたまらない。  カミヤシの巨体が覆いかぶさってくる。  唇が重ねられる。愛姫は自分の血や唾液を流し込むどころか、相手の唾液を貪るのに夢中だった。  ほんのひと欠片だけ残った理性も、今はなんの役にも立たないばかりか、むしろ邪魔でしかなかった。こんなものがあるから、こんなにも気持ちいいのに、恐怖と、おぞましさと、自己嫌悪を感じてしまう。  だけど、このわずかな理性を保ち続けていれば、いつか形勢逆転の機会もあるかもしれない――それを口実に、愛姫は鬼魔に与えられる快楽を貪っていた。  膣口に押し当てられる感触は、大きな塊のようだった。こんなに大きなものを挿れられる――その不安さえ、快楽を増幅するスパイスだった。 「い……ぎ、ぃぃぃっ……、あぁぁぁぁぁぁぁ――――っっっっ!!」  襲ってきたのは、下半身が引き裂かれるような衝撃だった。  悠樹に挿入される時だってまだ痛いのに、それよりもずっと太く、硬く、長く、そして熱かった。  経験豊富とはいえない愛姫の膣には、大きすぎる異物。下半身が太い杭で貫かれているようだ。  それがもたらすのは甘美な激痛。  今の愛姫にとって、痛みはすべて快感だった。今日最大の快楽の津波に気が遠くなる。しかし激しすぎるが故に、失神することすら許してもらえない。  全身の筋肉が、骨を軋ませるほどに痙攣する。  肺が空になるまで絶叫し、呼吸をすることすらできない。  大きく開かれた口からは唾液の泡がこぼれる。下半身は愛液と小水を垂れ流している。  今日これまで何百回と達してきた頂よりも、遙かな高み。  いい。  イイ。  気持ち、いい。  死にそうなほどに、気持ちいい。  杭のような男性器を、内蔵が押し潰されそうなほどに深々と突き挿れられ、胎内をごりごりと擦られている。  膣は今にも裂けてしまいそうなほどに拡げられ、なのに、なんの手加減もなく激しい抽送が繰り返されている。  ディーゼルエンジンのピストンのような、力強くて速い往復運動。大量の愛液が潤滑油として噴き出してきても、膣の粘膜が剔られる激痛を和らげる効果はなかった。 「あぁぁぁっっ!! いやぁぁぁぁ――っ!! ひゃ……っ、し、んじゃうぅぅっ!! いいぃぃっ!! いいのぉぉぉぉ――――っっ!!」  溢れる涙。泡となって飛び散る唾液。鼻からは血の混じった鼻汁が流れ出る。  身体中の穴という穴から、あらゆる体液が噴き出すような感覚だった。  激しい。  激しすぎる。  カミヤシの体格は悠樹よりもずっと大きく、男性器はそれ以上に長く太く、力強さは桁違いだ。  その鬼魔の力で、繊細な愛姫の膣が陵辱されている。  ひと突きごとに、腹が突き破られるようだ。  ひと突きごとに、達してしまう。  痛い。苦しい。おぞましい。  なのに、すべてを帳消しにしてありあまるほどに気持ちいい。 「弱いな。お前の母親は比べものにならないくらい手強かったぞ」  侮蔑の言葉は、なんの意味も持たずに耳を通り抜けていく。五感のすべてが性器に集中して、ただ快楽だけを貪り続けていた。 「――――っっ!!」  首筋に噛みつかれる。  太く鋭い牙が皮膚を貫く。 「うぁぁぁっっ!! あぁぁぁぁぁ――っっ!!」  愛姫が上げたのは、歓喜の悲鳴。  今の愛姫にとって、狼の犬歯に皮膚を貫かれる感覚は、極太のペニスに性器を貫かれることと違いがなかった。  もっと。  もっと。  全身の皮膚を貫かれたいとすら想ってしまう。  流れ出す血を、狼の長い舌が舐め取っていく。もう、魅魔の血に操られることなど微塵も警戒していない。愛姫も、反撃することなど考えもしない。 「いやぁぁぁ――っ!! まっ、またぁぁっ!! も、もっと大きくなるのぉぉ――っ!?」  魅魔の血を得たためだろうか。深々と打ち込まれた肉の塊が、ひとまわり太さを増したように感じた。身体が、内側から引き裂かれそうだ。 「いやぁぁぁぁぁぁ――――っっっっ!! うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っっっっ!!」  膣の中に、何リットルもの煮えたぎった油を流しこまれる感覚――それが、鬼魔の射精だった。  身体の奥深くに、灼熱の液体が噴き出してくる。それはまるでどろどろに熔けたマグマのようだ。  胎内に直に注がれる鬼魔の精液は、これまでさんざん飲まされ、擦り込まれ、流し込まれてきた間接的なものとはまったくの別物だった。  別次元の快楽。異次元の衝撃。  身体の中から灼かれる感覚。  膣が、子宮が、溶かされていくようだ。  沸騰した蜜がどんどん噴き出してきて止まらない。  狭い膣は一度目の噴出でたちまち満たされ、収まりきらない分は子宮口をこじ開け、子宮を水風船のように膨らませて満たしていく。  さらに卵管を逆流し、卵巣が濁流に呑み込まれる。  それでも、止まらない。  際限なく熱湯を噴き出す間歇泉のように、愛姫の胎内に沸騰した粘液を噴き出し続けている。  その間も、カミヤシは激しく腰を打ちつけていく。  あまりにも気持ちよく、あまりにもおぞましい感覚。  かすかに残った理性が拒絶反応を起こしている。いっそ、完全に狂ってしまえば楽になれるのに。  なのに。  なんの役にも立たないわずかな理性が、いまだに残っている。  穢れた精液が身体中を満たしていく感覚なんて、感じたくないのに。  このかすかな理性さえなくなれば、純粋な快楽として受けとめられるのに。  肉体と、鬼魔に侵された精神にとっては至上の快楽も、微かな理性にとってはこの世で最悪の苦痛でしかない。鬼魔に犯さることではなく、鬼魔に犯されて快楽に溺れることこそ、愛姫の正気にとっては耐え難い屈辱だった。  なによりも耐え難いのは、悠樹とのセックスなんて比べものにならないくらい気持ちいいことだ。  悠樹なんかいらない。この、鬼魔のペニスさえあればいい。  身体と、心の大半が、そう感じている。  なのに、今にも壊れそうなひと欠片の理性は、号泣して悠樹に謝り続けている。    ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。  でも――  気持ちいいんです気持ちいいんです気持ちいいんです気持ちいいんです気持ちいいんです、どうしようもなく、気持ちいいんです。  これさえあれば、他になにもいらないくらい気持ちいいんです――    それでも、なにかが違っていた。  悠樹とのセックスとは、なにかが違っていた。  肉体的には、桁違いに気持ちがいい。比較するのも莫迦らしいくらいに気持ちがいい。  だけど、なにか、違う。  なにかが、足りない。  それは、悠樹とひとつになっている時に感じた充実感と、そして、幸福感。  ここには、それがない。  あるのは、ただ純粋な、快楽のみ。  微かな理性が、そう訴えている。  だけど――  そんなこと、どうでもいい――そう感じるほどにその快楽は圧倒的だった。 「――っ!?  あぁっ、いやぁぁっっ!! だめぇっ、もっとぉっ!!」  胎内深くに打ち込まれていたペニスが引き抜かれた時には、あまりの喪失感にカミヤシにしがみつこうとさえした。  その腕が掴まれ、身体がひっくり返される。  俯せにされて、お尻を掴まれ、拡げられる。  一瞬前まで膣を犯していた極太の杭が、その中心に押し当てられた。 「ひぃぃっ! ひぁぁぁぁぁぁぁ――――っっ!!」  アヌスへの、容赦ない挿入。  初めて男性器を受け入れる器官なのに、膣への挿入と変わらず気持ちいい。  引き裂かれるような痛みは膣以上で、痛みさえ快感として受けとめてしまう今の状況では、むしろ前よりも感じるほどだ。  深い、深い挿入。  膣と違って行き止まりがなく、長大な鬼魔のペニスが根元まで一ミリも余さずに突き挿れられる。 「あぁ……あぁぁっ! あぁぁぁ――っっ!! ふぁぁぁっ!」  お腹の奥深い部分で脈打っている。腸の中に、熱い粘液が噴き出してくる。  背後から、うなじに牙を突きたてられる。皮膚が貫かれ、鮮血が溢れる。それさえも快楽だった。  小さな胸を、大きな手が鷲づかみにする。獣の爪が突き刺さる刺激さえ、性器への愛撫と変わらずに感じてしまう。  気持ち、いい。  気持ち、よすぎる。  やっぱり、膣よりもいいかもしれない。  挿入が深い分、より広い面積で感じることができる。  お尻でのセックスが、こんなにも気持ちいいなんて。  こんなことなら、悠樹さんもお尻を犯してくれればよかったのに――かすかな理性さえ、そんなことを想う。  そうすれば、前も後ろも、初めては好きな人が相手だったのに。  ……いや。  こんなにも気持ちがいいのは、相手が鬼魔だからだろう。人間相手でこんなに感じるわけがない。この快感を知ってしまったら、人間相手のセックスなんてつまらない。  こんなにも激しくて。  こんなにも大きくて。  大きく……? 「え……やぁぁっ!? も、もっときくなるのぉっ!?」  直腸の中のものが、さらに大きさを増しているように感じる。特に、入口に近い部分が、中で膨らんでいくようだった。  気のせいなどではない。  どんどん。  どんどん。  大きくなっていく。  今でさえぎりぎりまで拡げられている感覚なのに、本当に身体の内側から引き裂かれてしまいそうだ。  怖い。  なのに、それが、いい。  そうだ、思いだした。犬科の動物は交尾の時、ペニスの根元が丸く瘤状に膨らむのだ。それが栓をする形になって、抜けるのを防ぎ、精液が漏れないようにする。 「やぁっっ!! ヤダっ! すごいっ! すごいぃぃ――っっっ!!」  お尻の中で、丸く膨らんでいる。  ものすごい異物感、そして圧迫感。  大きなオレンジかグレープフルーツが中に入っているようだ。ごつごつした太い杭を突き刺したグレープフルーツに、お尻を犯されている感覚だ。  少しでも動けば、息が止まるほどの強い刺激が全身を襲う。だけどそれがよくて、自分から腰を振ってしまう。カミヤシはそれ以上に激しく腰を叩きつけてくる。  腸内に流し込まれる大量の精液は、大きな瘤に塞がれて、一滴残らず奥へと逆流していく。その濁流は直腸を越えて大腸まで満たしていく。  二、三度腰を振っただけで達してしまう。それでももっと気持ちよくなりたくて、さらに動いてしまう。  どれだけ感じても、足りない。  何十回、何百回と絶頂を迎えても、満足できない。  もっと、もっと、心も身体も壊れてしまうまで、陵辱されたい。  そんな愛姫の望みを叶えるかのように、カミヤシはなんの手加減もなく下半身を叩きつけてくる。大きく膨らんだ瘤のせいで、どれだけ激しく動かれても抜けることはない。なのに、無理やり腰を動かしてくる。その力がすべて瘤にかかって直腸を刺激する。  内臓を抉り出されるような、正気であれば激痛しか感じないはずの陵辱。なのに今はそれがなによりも気持ちいい。  身体に加えられる、あらゆる陵辱のすべてが快楽だった。それが激しければ激しいほどに、至上の快楽に包まれる。  極太のペニスでお尻を貫かれることも、大きな瘤で内側から引き裂かれそうになることも、煮えたぎった白濁液を大量に注ぎ込まれることも、鋭い牙を突きたてられて生き血を啜られることも、すべてが快楽の源だった。 「はぁうぅぅっ! あぁぁぁ――っっっ!!」  腰に腕が回され、俯せにされていた身体を起こされる。カミヤシの上に腰を下ろした体勢で、挿入がより深くなる。胃が突き上げられるようだ。  串刺しにされたまま、愛姫は本能のままに腰を振る。身動きはほとんど取れないが、動こうとするだけで気が遠くなるほどの刺激に襲われる。  身体を起こしたために、周囲を見ることができるようになった。  いつの間にか、人数が増えている。大広間に、五、六人の鬼魔の姿があった。全員が男で、人間の姿をした者も、獣の姿をした者もいる。  そして、鬼魔に犯され、あるいは傅いている十数人の女たち。全員が若い女で、全裸だった。皆が一様に恍惚の表情を浮かべて、甘い嬌声が広間を満たしていた。  一頭の狼が近づいてくる。灰色の毛皮の大きな狼だ。  下腹部から、長大なペニスがぶら下がっている。毛皮に覆われた身体の中でそこだけは肉が剥き出しの器官は、ひどく不気味で、なのにそれが欲しくて仕方がない。  カミヤシの手に肩を掴まれ、後ろにひっぱられる。お尻を貫かれたまま、仰向けにされる。  その上に、狼が覆いかぶさってきた。 「あ……あぁぁ……」  だらしなく開いた唇から漏れるのは、歓喜のつぶやきだった。  獣に、獣の姿の鬼魔に犯される。穢される。  人間の姿のカミヤシに犯される以上の屈辱。死ぬことよりも苦痛。なのに、そうされることを悦んでいる。 「あ……はぁ、ぁ……うあぁぁぁぁ――――っっっ!! やぁぁぁ――――ッッ! そ、んなっ! 裂け……いやぁぁぁ――っっっ!!」  鋼のように硬く、灼けるように熱い、極太の棍棒のような獣のペニスが無理やり押し込まれる。  ただでさえ、お尻をカミヤシに貫かれ、瘤が膨らんで、身体の中から圧迫されている状態だ。膣は膨らんだ瘤に押し潰され、指一本だって挿れる余地は残っていない。  そこに、愛姫の腕よりも太いような狼のペニスが力ずくでねじ込まれる。 「ひぎゃあぁぁぁぁ――――っっっ!! あぁぁぁぁっあぁぁぁぁぁぁ――――――っっ!!」  膣が突き破られるほどの力で、奥の奥まで打ち込まれる。  下半身が引き裂かれる激痛。それはこの上なく甘美な感覚。 「あ…………ッ……、……っっ! ぅ……ぁぁ…………っ!!」  快楽のあまり、声も上げられない。  前後を同時に極太に貫かれ、下半身が倍にも膨らんでいるように感じる。一ミリでも動いたら、本当に裂けてしまいそうだ。  狼の大きな顎が開かれる。牙が、喉元に突きたてられる。  肉が軟らかなゼリーのように引き裂かれ、鮮血が溢れる。長い舌がその血を舐め取る。 「ひぃっっ!! いぃぃぃぃ――――――っっ!!」  愛姫の胎内で、狼のペニスが大きさを増した。魅魔の血を得て、さらに硬さと熱さを増し、ひとまわり太くなったように感じた。  獣の低い唸り声とともに、沸騰しているかのような熱い奔流が、また、膣を、子宮を、そして卵巣を侵していく。その量は人間の精液の比ではない。  カミヤシ同様に、狼のペニスも膣の中で瘤状に膨らんでいく。ソフトボールのような大きな塊に、膣の中がいっぱいに満たされる。しかもそれは石のように硬く、燃えさかる石炭のように熱い。  直腸と膣の中で、ふたつの大きな焼け石が、限界まで引き伸ばされた粘膜を隔ててごりごりと擦れ合っている――そんな感覚だった。  膣の、そして直腸の粘膜が、めりめりと音を立てるほどに拡げられている。  骨盤がぎしぎしと軋んでいる。  下半身は今にも引き裂かれそうだ。瘤で胎内から押し拡げられた下腹部が、妊娠しているかのように醜く膨らんでいる。狼の動きに合わせて、皮膚の下で蠢いているのがわかる。  膀胱が圧迫されて、絶え間なく小水が漏れ出ている。膣はそれ以上に大量の愛液を分泌している。  愛液、尿、汗、涎、鼻汁、そして血液と大量の涙。失った体液を補うかのように、それ以上の量の鬼魔の精液が流し込まれる。 「ひぃぃぃぃっっ!! いぃっ、ぎ……ぃぃ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っっ!!」  背後のカミヤシが大きく動いた直後、ひときわ強烈な衝撃が襲ってきた。まるで、身体の中を殴られるような激しい射精。胎内で、大きな水風船を破裂させられたかのようだ。  心臓が破裂しそうな勢いで脈動し、身体のあちこちで毛細血管が破れて鼻血が溢れてくる。その血も舐めとられる。 「ひぎぃっ、いゃあぁぁぁぁっっっ!!」  ほんの少しだけ勢いを失ったペニスが、前後同時に引き抜かれる。まだ萎みきっていない瘤ごと、無理やりに。  言葉にならない、まるで出産のような激痛。  栓が抜けるのと同時に、大量の精液が噴き出してくる。それでも、注ぎ込まれた量に比べれば半分にも満たず、残りはすべて愛姫の身体に吸収され、その肉体を、精神を、狂わせている。  ヴァギナもアヌスも、ぱっくりと口を開いて白濁液を垂れ流している。しかしひと息つく間もなく、前も、後ろも、新たな鬼魔のペニスによって貫かれた。 「――――っっ!!」  大きく口を開く愛姫。しかしもう、悲鳴を上げる力も残っていない。  その口も、新たな狼によって塞がれる。  それでも愛姫は、恍惚の表情を浮かべていた。 * * *  いったい、どれほどの時間が過ぎただろう。  片時も休むことなく、愛姫は犯され続けていた。それも、同時に二頭、三頭の鬼魔によって。  前も、後ろも、口も、常に魔物の長大な性器をねじ込まれ、何リットルもの精液を流し込まれ続けている。  狼の牙で身体中を咬まれ、あるいは爪で皮膚を切り裂かれ、流れる生き血を啜られる。  その無数の傷に白濁液が擦り込まれ、さらに愛姫を狂わせる。  一度挿入されれば、終わるまでには数十分から一時間以上かかる。その頃には他の鬼魔が完全に回復して、二度、三度と陵辱を繰り返す。  鬼魔の体力、精力は人間とは桁違いだ。一頭の鬼魔でも、五、六人の人間の女を一晩中でも犯し続けることができるだろう。それなのに今は逆の人数比で、愛姫はすべての陵辱を一身に受けていた。  一瞬も休むことなく、犯され続けている。  鬼魔に犯されているということは、その間ずっと絶頂にあり続けているようなものだ。人間の神経に耐えられる限界など、とうに超えていた。  なのに死ぬことはもちろん、失神することすら許されない。何時間にもわたって、究極の快楽に苛まれ続けている。  何リットルもの精液を流し込まれ、飲まされ、失血で意識を失いそうなほどに血を啜られている。なのに愛姫の身体はまだ快楽を貪り続けて、自ら腰を振り続けていた。ただ、快楽を貪ることだけが目的の機械人形のように。    ――それでも、まだ。    心の中に、ほんの、ひと欠片。  理性の痕跡が残されていた。  ほとんど狂ってしまった心の中で、微かに、自分の置かれた状況を正確に理解し、嫌悪感と恐怖と絶望に苛まれつつも、希望を捨てずにいた。  ほんの少しでも、理性を、正気を、保っている限り、いつかチャンスは来るかもしれない。  鬼魔は、愛姫を殺さない。魅魔の血の効力は永遠ではないのだから、血を得続けるために生かし続けるだろう。ならば、こんな饗宴のごとき陵辱が永遠に続くわけでもあるまい。いつか力を取り戻す機会も訪れるかもしれない。  あるいは、いずれ助けが来るかもしれない。  頭の中の、ほんの一部分で、そんなことを考えている。残りの99パーセントの部分が、ただ快楽を貪ることしか考えていないとしても。  簡単に鬼魔の手に落ちてしまったものの、その後、この激しい陵辱を延々と受けながらも完全に狂うことなく、微かな理性を保ち続けていられている。  それは希望だ。  魅魔の血による耐性で、完全には狂わずにいられるのかもしれない。ならば、どんなにわずかな可能性ではあっても、希望はある。  たとえ今は、理性が残っているが故に、この陵辱がより辛いものになっているとしても。    そう、思った。    しかし――    本当に、いったいどれほどの時間が過ぎたのだろう。  数時間か。  一晩か。  それとも数日か。  時間の感覚はまったく残っていない。  もう、誰が自分を犯しているのかもわからない。ただ、絶え間ない快楽の嵐に身を委ねているだけだ。  それでも、カミヤシに犯されている時だけはそうとわかる。  相手が鬼魔である以上、誰に犯されても至上の快楽が得られるのだが、その中でもいちばん気持ちがいい。力のあるボス狼だからだろうか。他の誰よりも愛姫を悶えさせる。 「魅魔の娘もだらしがないな。もっと手こずるかと警戒していたが、人間と変わらずあっさり魅了されるとは」  嘲笑う声が聞こえる。  なんとでもいえばいい。  たしかに、鬼魔に犯される快楽に狂っている自分だが、それでもまだ、狂いきってはいない。  わずかとはいえ理性を、正気を、残している。今は、身体はまったく理性の声に従ってはくれないし、目の前の鬼魔を操るような意思も持てないが、完全に屈服したわけではない。いつか、きっと、チャンスは来る。  それだけが、愛姫の支えだった。  その想いがあればこそ、どんな陵辱にも耐えられた。  しかし―― 「もう、終わりにしてもいいか」  カミヤシの唇がつり上がった。  目に、残忍な光が浮かぶ。 「正気を残して屈辱を味わわせた方が復讐としては面白いかと手加減していたが……。こんなに簡単に快楽の虜になり、俺たちに犯されて本気で悦ぶび悶え狂うとは。魅魔師といえども今どきの若い娘はこんなもんか? 拍子抜けだな、お前の母親は本当に手強かったぞ。俺たちに犯されながら片時も戦意を失わず、三頭の仲間が同時に屠られたんだ」 「――っ!?」  まったく予想外の言葉に、一瞬、理性が甦る。  今、カミヤシはなんといった?  正気を残しているのは、わざと?  復讐のため?  手加減?  母は、こんな状況でも戦い続けていた?  なのに、自分は――  ここまで愛姫を支えていたものが、音を立てて崩れていくのを感じた。 「もう、終わりだ。……堕ちろ」 「――――――――っっっっっっ!!」  人間の心を、身体を、支配する鬼魔の言葉。  その言葉を最後に、愛姫の理性は闇の中に溶けていった。 14 「愛姫、まだ帰っていないんだ?」  夕方、悠樹はいつものように大学の帰りに嘉~家を訪れた。しかし、愛姫はまだ帰っていなかった。  珍しいことだ。大抵は愛姫の方が先に帰っているのだが。 「ええ。犬神様、なにか嫌われるようなことをしたのではありませんか?」  麻由の軽口もいつものこと。  淹れてもらったコーヒーを飲みながら、他愛もない話をして暇を潰し、愛姫の帰りを待つ。  麻由は明るくて社交的で、話しやすい。血が薄いせいかもしれないが、神流以上に鬼魔という雰囲気がなかった。ふたつみっつ年上だとは思うが、感覚的には大学の女友達と話しているのと大差はない。  幼い頃から愛姫と一緒にいた麻由から、子供の頃の愛姫の話を聞けるのは興味深かった。小さな頃の失敗談なんて、おそらく本人が同席していたら聞かせてはもらえない話題だろう。  麻由とは話しやすいが、嘉~家のもうひとりのメイドの縁子は、悠樹の前にはあまり顔を出さない。避けられているような印象すら受ける。鬼魔に犯された経験から、あるいは男性全般が苦手なのかもしれない。ごく稀に話をすることがあってもそれは必要な連絡事項だけだし、縁子の対応には感情というものが完全に欠如していた。  それが、鬼魔に襲われることの現実だ。それでも縁子の場合、生命があっただけでも運がいいのかもしれない。ほとんどの場合は鬼魔に喰い殺されるか、そうでなくても犯されたショックで発狂して廃人となるという。  耐性があるはずの愛姫でさえ、鬼魔とのわずかな接触であれだけの影響を受けたのだ。たしかに、常人であれば生命に関わる事態だろう。  そうしたことを考えると、今日、愛姫の帰りが妙に遅いことは悠樹の不安をかき立てた。  単に、下校途中に友達と寄り道をしているだけならいい。しかし、普段の夕食の時刻を過ぎてもなんの連絡もないのは不自然だった。  愛姫の携帯に電話しても、サーバの留守電サービスにつながるだけだった。携帯電話そのものは電源がオフになっているか、電波の届かないところにいるということだ。 「こういうこと、よくある?」  一縷の望みで、麻由に訊く。しかし、首は左右に振られた。 「犬神様が来る日なのに、連絡もなしに遅くなるのは不自然です」 「そんなに、俺に逢いたがってるんだ?」 「いえ、相手が誰であれ、約束は律儀に守るというだけです」  からかうような口調の麻由も、しかし、どことなく不安げだった。  普通の女子高生であれば、帰りが多少遅くなったところで、どこかで遊んでいると思うだけだ。しかし愛姫の生活は、普通の女子高生とは大きく異なっている。生命の危険が〈日常〉なのだ。 「高橋さんに連絡してみたら?」 「高橋様は、今、海外です。水姫様のお仕事の手伝いで」 「他に心当たりは……」 「心当たりのあるような場所にいるなら、電話が通じないとは考えられません」  危険と隣り合わせの生活を送っているだけに、常に連絡が取れるように気をつけているという。  だとすると、今の状況は問題だ。  悠樹の中で、不安が大きくなっていく。  愛姫に限って滅多なことはないと思いたいが、鬼魔に対して強力な力を持つ愛姫であっても、決して無敵ではない。その事実はつい先日思い知らされたばかりだ。  とりあえずもう一度電話してみようか、と携帯を取り出したところで、愛姫からのメールを知らせる着メロが鳴りだした。  ほっと安堵の息をついて、メールを開く。  メールには、不自然に大きなファイルが添付されていた。画像……いや、動画だ。  それを再生したところで、悠樹は凍りついた。  携帯電話の小さなディスプレイの中で、全裸の愛姫が四つん這いになって背後から大きな狼に犯され、恍惚の表情で喘いでいた。  全身、精液まみれで、いくつもの咬み傷があって血を流している。  鬼魔の仕業であることは一目瞭然だった。  スピーカーから聞こえた声に、血相を変えた麻由が悠樹の手から携帯電話を奪い取った。 「――っ!」  麻由を中心に、突風が吹いたような錯覚を受けた。  ここまで色濃く鬼魔の気配を発している麻由は初めて見た。怒りに包まれた山猫が、全身の毛を逆立てている――そんな雰囲気だ。  瞳が、銀色に輝いている。不自然に長く鋭い犬歯を剥き出しにして唸り声を上げる。  そのまま携帯電話を握り潰すのではないかとすら思えたが、麻由は血が滲むほどに唇を噛んでその衝動を抑えた。昂った気持ちを鎮めるように、二度、三度、大きく深呼吸する。 「これは……例の、狼の群のボスですか?」  声が、震えている。  叫び出したいのを必死に堪えているかのようだ。  動画の再生を一時停止して、ディスプレイを悠樹に向ける。映っているのは、目を背けたくなる光景だった。  力ずくで無理やり犯されているなら、まだ仕方がないとも思える。しかし愛姫は恍惚の表情で男の上に跨り、自ら腰を振って快楽を貪っていた。  麻由に代わって携帯電話を叩き壊したい衝動を必死に抑える。今の問題は、相手の男の方だ。  筋肉に覆われた、日本人離れした体格の大男だ。右目が剔られて大きな傷痕になっている。  人間の姿を見るのは初めてだが、間違いない。あの、神流や愛姫と初めて会った日に遭遇したボス狼、カミヤシだ。  悠樹は無言でうなずく。  麻由はまた携帯電話のディスプレイに視線を戻した。 「……GPS情報が添付されています。ここへ来い、という意味でしょうね」  必死に怒りを抑えているのが伝わってくる、微かに震える声。  携帯電話を操作して、地図を表示しているようだ。 「……千葉……房総半島の山中、でしょうか。あの小娘も連れてこい、とありますが、これは瀬田神流のことですね?」 「復讐……か?」  鉛の塊でも詰め込まれたような喉から、声を絞り出す。  喉が、からからだった。  カミヤシの意図は明白だ。自分に深傷を負わせた神流、多くの仲間を殺した愛姫、そして、二人の仲間である悠樹。あの夜の復讐をしようというのだろう。  愛姫を最初に狙ったのも、理由があってのことだろう。あの夜、神流とカミヤシの戦いは互角に見えた。ならば、リスクは高くても先に愛姫の血を得れば、カミヤシは神流よりも圧倒的に優位に立てる。そうなれば当然、悠樹も敵ではない。  もしかすると先日の事件も、たまたまではなく、最初から愛姫を狙ったものなのかもしれない。 「車を出します。すぐ向かいましょう」  スカートを翻し、玄関へ向かう麻由。悠樹も後に続く。  今すぐ、愛姫を助けなければならない。それができるのは自分たちしかいない――そんな、強い想いに囚われて。  しかし、床を踏み抜かんばかりの勢いの二人の進路を、小さな人影が塞いだ。  まったく感情というものが欠如した、人形よりも無機的な顔。縁子だ。 「邪魔よ、縁子。私は犬神様と出かけてきます。帰りは遅くなるので先に休んでなさい」  硬い声でいい、横をすり抜けようとする麻由の腕を縁子が掴まえた。その動きも、どこか機械めいていた。 「犬神様と麻由、二人で行っても、無意味」  まったく抑揚のない、平坦な声。機械の合成音声よりも無機的なのに、それは確かに人間の肉声。ひどく違和感がある。 「百パーセント、負ける」 「……そ、そんなの、やってみなければわからないでしょう!」 「本当に、やってみなければわからないのなら、莫迦」  縁子の物いいにはまったく遠慮というものがなかった。一応、麻由は職場の先輩であるはずなのに。  しかしその口調は、頭に血が昇った悠樹がいくらか冷静さを取り戻すには役に立った。  確かに、縁子のいう通りだ。  一刻も早く、愛姫を助けなければならない。それは間違いない。  しかし麻由と悠樹のふたりでそれができるかといえば、現実問題としてまず不可能だ。  魅魔の血の力は強くても、鬼魔との戦いに関してはまだ素人同然の悠樹。  経験と知識は充分にあっても、鬼魔としては致命的に力が不足している麻由。  先日、彼女はいっていたではないか。鬼魔としての力は、愛姫の血を口にしても並の鬼魔にも劣る――と。それでは、たとえ悠樹の血を麻由に与えても、愛姫の血をたっぷりと摂取しているはずのカミヤシには対抗できない。愛姫と悠樹の血の力の差以前に、元々の鬼魔としての力が違いすぎる。  そんな麻由が戦いの場に赴いて万が一のことがあったら――しかもそれは万が一などという低い可能性ではない――運よく愛姫を救い出せたとしても、愛姫は喜ばないだろう。麻由が傷つくところを見たくないから、愛姫は麻由を戦いのパートナーにはしなかったのだ。  悠樹だって、並の鬼魔の一人や二人はなんとかなるかもしれないが、カミヤシに勝てる可能性はほとんどあるまい。なんといっても、愛姫が捕らえられたほどの強敵なのだ。  愛姫のために生命を賭けることはいい。それで愛姫を救えるのなら。しかし現実問題として、現状ではただ犬死にするだけで、目的を果たせる可能性は極めて低い。  ひとつ、深呼吸する。  落ち着け、と自分にいい聞かせる。  落ち着いて、多少なりとも勝算のある策を練らなければならない。  麻由も同じ考えに至ったのだろう。まだ表情は強張っているが、大きく息を吐き出して、縁子の手を振りほどこうとするのをやめた。  それを見て、縁子が手を離す。 「高橋様に、連絡」 「でも、高橋様は、水姫様のところに……」 「それでも、とにかく、連絡」 「……そうね」  麻由が、自分の携帯電話を取り出す。  高橋に連絡がつけば、本人は現場に駆けつけられなくても、なんらかの有効な対策を取れるかもしれない。少なくとも、部下に指示を出して動かすことは可能だろうし、他の退魔師の力も借りられるかもしれない。今の麻由や悠樹よりは役に立ちそうだ。  縁子の視線が、今度は悠樹に向けられる。 「……貴方の狼にも」 「あ……ああ」  いわれて気がついた。  そうだ、神流だ。  悠樹が知る限り、唯一、カミヤシと互角に戦える存在。  魅魔の血を得たカミヤシが相手では不利かもしれないが、愛姫がいない今、こちら側の最強の戦力であることは間違いない。  ――こちら側の?  はたして、神流は力を貸してくれるだろうか。あの夜以来、電話に出てさえくれないのに。ましてや、愛姫は神流にとって、ふたつの意味で好ましい存在ではない。  それでも悠樹は携帯電話を取りだした。  どんな代償を払ってでも、神流に協力してもらわなければならない。  音声通話の発信ボタンを押す。  繰り返される呼び出し音。しかし、神流は出てくれない。やがて、留守電に切り替わる。 「……本っ当に大事な話があるんだ。詳しいことはこれからメールする。頼むから読んでくれ!」  メッセージを録音し、すぐにメールを打つ。電話には出てくれないが、メールにはおそらく目を通してはいるはずだ。あとは、神流の善意に賭けるしかない。  悠樹が神流と連絡を取ろうとしている間に、縁子もどこかへ電話していたようだ。高橋と話していた麻由と、ほとんど同時に通話を終える。 「高橋様と連絡がつきました。今夜中に、機動隊を動かす手配をしてくださるようです。現地に向かうのは明日の早朝になります」 「機動隊で勝負になるのか?」  普通の人間が鬼魔を倒すには、軍隊並の装備が必要なはずだ。拳銃やライフルでは並の鬼魔すら倒すのは難しい。 「いえ、そちらは主に陽動と、現地の人払いのためです。さすがに水姫様が明朝までに帰国するのは無理なので、鷺沼のご兄妹の力を借りろ、と」 「鷺沼?」  悠樹には覚えのない名……いや、そういえば以前、高橋がその名を口にしたことがあったような気がする。 「連絡済」  そういったのは縁子だ。先刻の電話がそれだろう。  麻由が説明してくれる。 「鷺沼家は嘉~家の分家で、姫様の従兄妹にあたります」 「そういえば、従兄がいるって話は聞いたことがあるな。やっぱり、魅魔の力を?」 「兄の貴仁様は、退魔の力は強いものではありませんが、高橋様と同じお仕事に就いています」 「なるほど」  高橋が日本にいない以上、その存在は心強い。 「そして妹の釉火様は、鬼魔を殺すということに関しては、おそらく、日本で最強の退魔師です」 「最強って、愛姫よりも?」  悠樹は、愛姫こそが最強の退魔師だと思っていた。 「姫様のように、鬼魔を操る力は持ちません。その代わり、ただ殺すことに特化した強大な力です」  鬼魔のこと、魅魔の力のことをよく知っている麻由がいうのだから、その通りなのだろう。 「貴仁様が、明朝、迎えに来る、と」  そういうのは縁子。 「では、犬神様はその時に一緒に行ってください……っていうか、行くんですよね?」 「当たり前だろ! つか、俺、そんなに信用ないわけ?」 「姫様の血を得た鬼魔が複数。素人を護ってやる余裕はない、と釉火様が」 「……いらねーよ。自分の身くらいは自分でなんとかする」 「姫様のために生命を捨てる覚悟はある、と?」  麻由の視線には、悠樹の覚悟を探るような気配があった。  だから、正直に答える。 「正直、すっげー怖いよ。でもそれ以上に、愛姫が鬼魔に傷つけられるのは我慢がならない。だから、行くよ。それができなきゃ、愛姫の傍にいる資格はない。それに……愛姫は、生命を賭けてでも助ける価値のある女だろ?」 「鬼魔に傷物にされても?」 「関係ないね。愛姫の初物をいただいたのは俺なんだし」  初体験が美咲だったせいか、自分も浮気性のせいか、付き合う相手の処女性にはあまりこだわりがない悠樹だ。愛姫が鬼魔に犯されたことは悔しいし、腹が立つのは否定しないが、それで愛姫に対する評価は変わらない。 「……いいでしょう。姫様を助けて無事に戻れたら、姫様に相応しい殿方と認めます」 「今までは認めてなかったのかよ?」 「当然でしょう?」  訊き返されたのが心外だ、といわんばかりの表情を見せる麻由。 「これまでは、姫様が貴方のことを気に入っていたから仕方なく黙認していただけです。ですが、今回の件が解決できたら、貴方のことを認めます。全力で応援しますし、なんなら、姫様に内緒で私も一晩相手してもいいです」 「それは嬉しいね」 「……本音をいえば、私が、助けたいんです」  そうだろう。麻由が、愛姫のことをどれだけ大切に想っているのかは悠樹もよくわかっている。 「……ですが、冷静に考えれば、確かに私は足手まといにしかなりません。それに……姫様との約束がありますから」 「約束?」 「鬼魔ではなく、人間として生きること」  誰よりも鬼魔を憎んでいる愛姫。その一方で、幼い頃から一緒にいた麻由のことは大切に想っている。そうしたジレンマの解決策が、この〈約束〉だったのかもしれない。 「……大丈夫。愛姫は、絶対に助け出すから。……いや、俺は今回は役立たずかもしれないけど、せめて、足手まといにならないように頑張るよ」 「お気をつけて。戦いのあとも、貴方が必要になります」 「え?」 「あんな目に遭った姫様が、正気でいると思いますか?」 「……!」  鬼魔に犯された人間は、そもそも死ぬ者が多く、たとえ生命があってもほとんどが発狂するという。人間に耐えられる限界を超えた恐怖と快楽は、精神に障害を残す。  多少なりとも鬼魔の力に耐性のある愛姫であっても、何人もの鬼魔に犯され続けているのだとしたら――送りつけられた動画を見ても、正気でいるとは思えない。 「犬神様がいれば、鬼魔の力を中和して、比較的早くに回復できる可能性があります。そうしないと……」  麻由は言葉を濁し、ちらりと縁子に視線を向けた。彼女が鬼魔に襲われたのは二年以上前だというが、感情が欠落したその様子を見る限り、現在でも完全に回復したとはいいがたい。  縁子はもう手遅れだとしても、愛姫はそうなる前に助けたい。  神流はいい顔をしないだろうが、今度こそ、正真正銘、人助けなのだ。 * * *  悠樹はその夜、嘉~家に泊まった。  結局、神流からの連絡はなかった。なかば予想できたことではあるが、やはり少しショックだった。それに、戦力という点でも痛手だ。  こうなると、愛姫の従兄妹を頼るしかない。  二人が嘉~家を訪れたのは、翌日の夜明け前だった。  家の前に停まったRV車から降りてきたのは、二十代半ばと思しきスーツ姿の男だ。  これが、愛姫の従兄の鷺沼貴仁だろう。  雰囲気は高橋にも似ているが、もっと若く、長身で、人気のイケメン俳優だってこれには負けるだろう、というレベルの美形だった。確かに愛姫の血縁だと納得できる。  しかしそれ以上に悠樹の目を惹きつけたのは、男が開けた助手席のドアから降りてきた少女、愛姫の従妹の鷺沼釉火だった。  驚きに目を見開く。  第一印象は〈黒〉だった。  漆黒のゴシックロリータファッションに身を包んだ、長い黒髪の美少女だ。  髪型も、その艶も、怖いくらいに整った顔だちも、愛姫によく似ている。それは予想の範囲内で、驚いたのはそこではない。  釉火は、予想以上に幼かった。  愛姫よりも年下とは聞いていたが、まだ中学生にもなっていないように見える。十歳以上十二歳以下、と見当をつけた。  顔はよく似ているが、長身の愛姫に比べると、年齢差を考慮しても小柄だ。  身に着けているのは、何層にもフリルが重なった、ゴスロリ風の黒いワンピース。ただしスカートはかなり短め。  頭には黒猫を想わせる、ネコ耳つきのヘッドドレス。よく見ればスカートの後ろに尻尾も生えている。  そしてオーバーニーソックスに、足許はリボンのついた靴。小さな手は薄い手袋に包まれている。  なにかのコスプレかと思うようなファッションに身を包んだ、とびっきりの美少女。  美しさは予想の範疇としても、こんな幼い少女が、愛姫以上の退魔の力を持っているだなんて。  驚きのあまり言葉を失っていた悠樹に、大きな目が向けられる。  朱い、瞳。  愛姫と同じ血を引いている証。  ただし、愛姫の深紅の瞳に比べると明るい、朱色に近い色だった。愛姫の瞳が血の色ならば、この娘の瞳は炎だ、と想った。  普段はあまり表情を表に出さない愛姫と違い、どことなく相手を見下したような、悪戯な笑みを浮かべている。 「貴方が噂の、姫姉さまの彼氏?」  小さな身体で、尊大に胸を張っていう。 「……なーんか、がっかり。イマイチさえない男ね。はっきりいって似合わないわ。姫姉さまにつり合うのは、お兄さま並のイイオトコだけよ? もっとも、そんな男はシベリアタイガー並の絶滅危惧種だけどね。でも、姫姉さまには自分を安売りして欲しくないわ」  いいたい放題だが、悠樹はなにもいい返せない。  愛姫も釉火も、万人が認める絶世の美少女だ。それに比べれば『自称そこそこイケメン』の悠樹など、どこにでもいるただの人でしかない。  対して、釉火の兄の貴仁は、こんな男が愛姫の身近にいたことを嫉妬するほどの美形だった。  しかしこの娘、身内を持ち上げる今の発言といい、車から降りる時に差し出された手を取って、そのまま手を繋いでいることといい、ブラコンだろうか。 「まあ、いいわ。今はそれどころじゃないし。外見はさえなくても、もしかしたら、ちょっとくらいはいいところもあるのかもしれないし。でもね、お兄さまみたいに外見と中身が伴ってこそ本物のイイオトコよ?」  間違いない。かなり重度のブラコンだ。  さらに続きそうな釉火の兄談義を遮ったのは、その当人だった。 「釉火、その件は、愛姫を助けてからゆっくり話せばいい。とにかく行こう。公安の部隊には先行させてる。現地は街からは離れているが、それでも人払いとかの準備も必要だからな。車に乗ってくれ」 「あ……だ、大丈夫なんですか? こんな小さな女の娘が……」  最大限に見積もっても、中学生になっているかどうかという年齢。身長も百四十センチ台前半だろう。いくら嘉~家の血を受け継いでいるとしても、こんな女の子が鬼魔と戦う姿を想像するのは困難だった。 「心配ない。釉火は、鬼魔を殺すことに関しては誰よりも強い」 「愛姫よりも?」 「攻撃力に限っていえばそうだ。そもそも、魅魔の力のいちばんの利点は、鬼魔を操れることにあるからな。釉火は鬼魔を操る能力が発現しなかった代わりに、その力はすべて鬼魔の肉体の破壊に向けられる」  貴仁も、昨夜の麻由と同じことをいう。 「問題ない。たとえ相手が愛姫の血を得た鬼魔であっても、釉火の血には対抗できない」  そういわれてもう一度釉火を見る。二人のいうことに嘘偽りはないだろうが、やっぱり簡単には信じられない。 「それにこの子は、鬼魔の魅了の力に対する抵抗力も人一倍強い」 「そうなんですか?」  それは初耳だ。そういうからには、単に魅魔の血を持つ者の抵抗力とは違うのだろう。 「当然でしょう。この私が鬼魔なんかに魅了されるわけがないじゃない」  相変わらず、尊大な口調の釉火。悠樹に向ける視線は、野良犬に対するそれと大差ないように感じられた。  しかし、貴仁を見る時は表情が一変する。 「私の心は、ぜーんぶお兄さまのものだもの」  甘えるように貴仁の腕にしがみつき、とびっきりの可愛らしい笑顔を見せる。筋金入りのブラコンだ。  これなら本当に、鬼魔には魅了されにくいのかもしれない。  なんにせよ、現時点で唯一の頼りになる戦力である。性格は愛姫とは似つかない難アリ物件だとしても、心強いことは間違いなかった。 * * *  メールで指定された場所は、房総半島の山中、リゾート地と呼ぶには寂れた土地の、さらにはずれにある廃ホテルだった。  バブル期に開業し、何年も前に廃業して放置されていた建物らしい。心霊スポットとしても話題になっているというが、それも単なる与太話ではなく、鬼魔の群が〈食事場〉としているための可能性がある、と貴仁から聞かされた。  悠樹たちは建物の裏側へ回る。ホテル正面には機動隊が距離を置いて配置についているが、そちらはあくまでも陽動だ。鬼魔の群を相手にして、機動隊では勝負にならない。  人間が鬼魔と戦おうと思ったら、警官ではなく、重火器を装備した軍隊が必要で、日本国内ではまず不可能だ。ましてや今回は入念に計画された作戦ではなく、緊急事態である。時間をかけて根回ししている余裕はない。  愛姫がすぐに殺される可能性は低いという貴仁の言葉は救いではあったが、時間が経てば経つほど鬼魔は強力になるし、愛姫は生きていたとしても無事では済まなくなる。  機動隊が正面から陽動を行い、鬼魔の注意をそちらに引きつけたところで三人が反対側から建物に侵入する作戦だった。作戦というほど立派な計画でもないが、貴仁も釉火もそれで充分だという。心配しなければならないのは、屋外のような広い場所で一度に対処しきれない数の狼に囲まれることだけで、敵を多少なりとも分散させて狭い屋内に入れば問題ないとのことだ。  悠樹にとって心強いのは、貴仁も釉火も、微塵も不安な様子を見せていないことだった。かなり危険な戦いだと思えるのだが、絶対の自信を持っているように見える。実戦経験がほとんどない悠樹としては、二人を信頼してついていくだけだ。  林の中を進み、建物に近づいたところで貴仁が無線で合図を送る。ほどなく、正面側から散発的な銃声が聞こえてきた。  悠樹たちも敷地内に侵入する。  貴仁は、軍人のような迷彩服に着替え、大口径の拳銃と大型の軍用ナイフを身に付けていた。もっとも、拳銃の方は気休めだという。  しかし釉火は相変わらずのネコ耳ゴスロリファッションだ。とても戦いに赴く姿には見えないが、考えてみれば愛姫も、お嬢さま然とした上品なブラウスや学校の制服姿で鬼魔と戦っていた。  悠樹は動きやすい普段着で、いつも稽古で使っている刀を持っている。前回の狼狩りではこの刀を使う機会もなかったが、今日こそは鬼魔を相手に、稽古の成果を試すことになるのだろう。  建物はかなり傷んでいるようで、窓に打ちつけられていた板もところどころ剥がれかけている。そのひとつから中に侵入した。  貴仁が目で合図してくる。悠樹は刀を抜き、愛姫がそうしているように、自分の腕に刃を滑らせた。  理屈の上では、この刀でかすり傷でも負わせられれば、鬼魔を操れるはずだ。  貴仁は大きな軍用ナイフを抜く。  それと呼応して、釉火は手袋をはめた腕を身体の前に持ち上げた。  貴仁が手袋を脱がす。露わになった釉火の小さな手に、ナイフの刃が触れる。 「……んっ」  小さく声を漏らす釉火。  黒い刃にかすかな紅い筋が残る。  美形の兄が、それ以上に美しい妹に血を流させる光景は、ひどく淫靡な雰囲気に包まれていた。  思わず見とれていた悠樹は、釉火の小さな手指に、無数の小さな傷があることに気がついた。  魅魔師の戦いは、その性質上、どうしても自分を傷つけなければならないが、愛姫の傷は主に手首に集中している。十代の女の子であれば、他の傷に比べればリストカット痕と思われた方が他人に説明しやすいから、というカモフラージュだ。  対して釉火の傷は、指先に多い。不器用なドジっ娘が手料理に挑戦した――というにも多すぎる傷で、手首の傷よりも説明は難しいかもしれない。だから手袋をしていたのだろうか。  戦いの準備ができたところで、埃の積もった廊下を歩き出す。 「すぐ、来るぞ。君の血は目立つから」  貴仁が小声でいう。  三人の中では、悠樹の血がもっとも鬼魔を惹きつける――と。  貴仁は嘉~家の一員であっても、男であるが故に魅魔の力はごく弱い。  釉火の能力は通常の魅魔の力とは異なるため、鬼魔を惹きつける力は愛姫には劣る。  対して悠樹は、男としては例外的に強い魅魔の力が発現している。建物の中で血を流せば、鬼魔はホオジロザメのように血の匂いをかぎつけてくる、ということだった。 「奴らと接触したら、すぐに仕留める。基本的に釉火がやるから、君は自分の身を守ることに専念していろ。もしも危なくなったら、あえて腕あたりに噛みつかせてやれ。腕なら致命傷にはならないし、最初からその心構えでいれば、怪我をしても狼狽せずに鬼魔を操れるだろう。あと、奴らの目は間近で見るな。いくら魅了の力に耐性があるとはいえ、完璧ではないからな」 「……わかった」  悠樹が緊張の面持ちで応える。  この時にはもう、遠くから鬼魔の気配が近づいてくるのを感じていた。  額に脂汗を滲ませ、いくぶん及び腰になってそろそろと歩いていく。  先頭を進む貴仁は、ナイフを構えてはいるが、落ち着いて普通に歩いている。その斜め後ろを歩く釉火は、胸を張った堂々とした態度だった。 「……来るぞ」  気配が、いよいよ強くなる。  前方の廊下の角から、一頭の狼が矢のように飛び出してきた。  釉火の反応は早かった。腕を高く掲げる。その指の間に、いくつもの小さな刃物が手品のように現れた。  指くらいの大きさの、小さな投げナイフだ。それが何本も、指の間に挟まれている。  釉火が右腕を振る。  複数のナイフが放射状に飛ぶ。  狼は跳んでそれを躱し、壁を蹴って斜め上方から釉火に襲いかかった  獣ならではの、電光石火の動き。悠樹では目で追うのも難しい。  しかし釉火は落ち着いた様子で、なのに目にも留まらぬ速さで左腕を振った。  また、小さな銀色の光が放たれる。  空中にいる狼には、それを躱す術はなかった。一本のナイフが狼の身体に吸い込まれる。  その瞬間。  狼の身体が、炎に包まれた。  ――いや。  狼の身体そのものが、炎の塊に姿を変えたように見えた。  正確には、それはめらめらと燃える〈炎〉ですらない。溶鉱炉の内部を思わせる、純粋な〈熱〉の塊だった。  しかしそれも一瞬のことで、床に落ちた〈狼だったもの〉は、小さな炭の塊のようになって崩れた。  衝撃的な光景に、悠樹は言葉を失う。しかし前の二人はこれが当然とばかりに平然としていた。 「これ……が?」 「釉火の、力だ」  抑揚のない口調で貴仁が応える。 「魅魔の力は本来、鬼魔の肉体を思うままに操ることができる。釉火の力はそうした汎用性がない代わりに、鬼魔の血肉を高温のプラズマに変化させるという、ただそれだけに特化している。その分、強力だ。釉火の血が燃えあがるのではなく、釉火の血に触れた鬼魔の肉体が連鎖反応的に炎に変わるから、確実に焼き尽くされる。そしていちばん重要な点は、これはいわば〈化学反応〉であり、魅魔の力と違って鬼魔の意思では抵抗すらできないことだ」 「すげぇ……」  確かに、これなら鬼魔を殺すことにかけては愛姫以上だ。  魅魔の力を行使するには、血を相手に取り込ませた上で、意識を集中して操る必要がある。特に、愛姫のように魅魔の力だけで即死させようと思えば難易度は高まる。  それに対して、釉火の血に触れただけで焼け死ぬというのであれば、精神集中の手間もいらず、多数の敵に対して〈撃ちっぱなし〉の連続攻撃ができる。  実際、今の釉火の戦い方はそうだった。速度で勝る相手に、複数の投げナイフを立て続けに投じることで対処していた。  その時になって、釉火の両手の指先から血が流れていることに気がついた。  それで、両手に刻まれた無数の傷痕の意味を理解した。  釉火はマジシャンのような器用さで、鋭い刃を持った投げナイフを指の間に挟んで投げる瞬間、自分の指を傷つけているのだろう。「刃に血を塗る」「攻撃する」というふたつのアクションをひとつの動作で行ったのだ。  しかも、釉火の投げナイフの攻撃範囲は刀よりもずっと広い。  鬼魔を殺すことに特化した力、殺すことにかけては最強、その意味が実感できた。 「もちろん、欠点もある。愛姫のように鬼魔を操ることはできないし、殺さないように手加減するのも難しい。あと、場所も選ぶ。火気厳禁の場所では戦えない」  確かに、石油や都市ガスのタンクの傍や、ガソリンスタンドなどでこの力を使ったら大惨事になりかねない。  高温とはいえ一瞬のことなので、難燃処理をした建物であれば簡単には火事にならないだろうが、それでも目の前の床は黒く焦げている。気化した可燃性ガスがあるような場所では大事だ。  しかし今回に限れば、思うままに力を使えるだろう。周囲には民家もない廃ホテルだ。愛姫さえ助け出せば、火事になっても大きな問題ではない。貴仁や高橋の力なら、この程度の隠蔽工作は容易だろう。  釉火の力が想像以上に強力なものだと知って、悠樹も少し安心した。前へ進む脚にも力が入る。  ほどなく、また鬼魔の気配が近づいてきた。今度は複数だ。  飛び出してくる二頭の狼。  同時に、釉火の腕が一閃する。  放たれたナイフを、二頭の狼はぎりぎりで躱す。間髪入れずに第二射を放つ釉火。それも躱され、壁に当たって落ちたナイフが甲高い金属音を立てた。  それでも、戦況は決して不利ではなかった。闇雲に放っているような投げナイフも、よく見ればしっかり計算されているとわかる。ただ狙って投げるだけでは、野生動物をも凌駕する速度と反射神経を持つ鬼魔に命中させるのは容易ではないだろうが、釉火は狼の動きを予測し、徐々に逃げ場がなくなるように追い詰めているのだ。  ほとんどのナイフは牽制。当たるのはただ一本でいい。それが致命傷となるのだから。  そしてついに一本のナイフが狼を捉える。  また炎に変わり、一瞬で燃え尽きる狼。  もう一頭の狼が怯んだ様子を見せ、その隙を逃さずに次のナイフを投げる。  しかしその時、背後に新たな鬼魔の気配が出現した。  最後尾にいた悠樹が振り返った時には、もう、目の前に狼が迫っていた。  かわせない。  刀も間に合わない。  悲鳴を上げる余裕すらなかった。  鋼のような鋭く長い牙が並ぶ、大きく開かれた顎。  まっすぐに首を狙っている。せめて腕ならなんとかなったかもしれないが、もう間に合わない。  他の狼を攻撃していたところだったため、悠樹とは桁違いの反射神経を持つ釉火も対応できなかった。  悠樹が死すら覚悟した、その瞬間――  廊下の窓が、外側に打ちつけられていた板ごと砕け散った。  薄暗かった廊下に、早朝の白い光が満ちる。  その中に飛び込んでくる影。  悠樹に襲いかかろうとしていた狼に体当たりし、不意を衝かれた狼は壁に叩きつけられた。 「――っ!!」  悠樹の目に映ったのは、朝陽を浴びて輝く黄金色の毛皮。  黄金色の毛皮に包まれた小柄な狼は、悠樹に襲いかかろうとしていた狼の喉笛に噛みつき、自分よりふたまわりも大きな身体を軽々と振り回してもう一度壁に叩きつけた。  喉を喰い千切られた狼の身体が床に落ちる。瀕死の狼に、すかさず釉火がナイフを投げてとどめを刺した。  さらにナイフを構えた釉火を、貴仁が腕を上げて制する。 「嘉~家……いや、彼の、使い魔だよ」  そう。  深紅の首輪を嵌められた、黄金色の狼。  間違いない、神流だ。  まっすぐに悠樹を睨んでいた狼の姿が変化する。  毛皮が皮膚に吸い込まれるように消え、手脚が伸び、直立して人間の――一糸まとわぬ美しい少女の姿になる。  燃えるような黄金の髪。  大きな黄金の瞳。  白い肌に映える、深紅の首輪。 「神流……来て、くれたんだ……」  思わず口許が緩む。  しかし神流は、今にも襲いかかってきそうなきつい表情で悠樹を睨んでいた。爛々と輝く瞳の奥で、怒りの炎が燃えさかっている。とても、先日のことを許してくれたようには見えない。  ゆっくりと口を開く神流。 「……ボクと、ヨシヒメと、どっちが気持ちよかった?」  怒りを押し殺したような声だった。 「え……?」  まったく予期していなかった台詞に、一瞬、なにをいわれたのか理解できなかった。 「ボクのアソコとヨシヒメのアソコ、どっちが気持ちよかったって訊いてる」 「ど、どっちって……」  やっぱり、怒っている。先日の件で、間違いなく妬いている。  しかし妬いているということは、まだ悠樹に対して好意を抱いているということだ。神流の方がいい、といってもらいたがっている。  それがわかっていても、即答はできなかった。判断に迷うからではない。『二股をかけるのはいいけれど、その二人を比べて優劣をつけてははいけない』という美咲の教えのせいだ。  しかし、答えずにすむ雰囲気ではない。返答次第では神流が敵になる可能性だってゼロではない。 「……まったく、この大事な時に痴話喧嘩? 甲斐性なしのくせに二股なんかかけるからこうなるのよ」  沈黙を破って割り込んできたのは、蔑むような釉火の声。 「こういう時、男がとれる選択肢はふたつ。上手に騙すか、開き直って正直になるか。甲斐性なしのあんたにできるのはどっち?」  甲斐性なしを連呼する釉火。怒るより先に凹んでしまう。  しかし、釉火のいうことももっともだ。そしてこの状況で、神流を騙すなんてできっこない。鬼魔の嗅覚は、嘘発見器よりも遙かに正確だ。  そして、美咲はこうもいっていた――常に、その時一緒にいる女の子を最愛として扱え――と。  ならば、今の状況で答えはひとつだ。 「……どっちっていったら……、そりゃ神流に決まってるだろ。愛姫もすごくよかったけど、それは普通の人間の中での話で……だから、神流は当別だ!」  狂うほどに人間を魅了することができる鬼魔。愛姫がどれほど名器であっても、人間が敵うものではない。純粋に肉体的な快楽の度合いを比較すれば、神流のそれは桁違いだ。  そう答えても、神流は表情を崩さない。まだ納得していない様子だ。 「もう一度」 「神流のマンコの方が気持ちよかった! 世界一だ!」 「おっぱいが大きいのと小さいの、どっちが好き?」 「…………俺は、……女の子のおっぱいは全部好きだ!」  視界の端では、釉火が呆れ顔で肩をすくめていて、貴仁が苦笑している。しかし今は気にしていられない。 「……バックと騎乗位と、どっちが好き?」 「相手による。相手が感じてくれるのがいちばんイイ」 「……正直だね」  神流は微かな溜息をついた。 「大目に見て、答えられない質問はしないであげる」  相変わらずのふくれっ面。  答えられない質問とは、おそらく「どっちが好き?」だろう。  それは本当に答えられない難問だった。神流と愛姫、どちらか一方なんて選べない。だからといって、女の子相手に「二人とも仲よくしたい」なんて本音が通じるものだろうか。 「ボクのこと、好き?」 「好きだ、大好きだ」  それだけは、まったく偽らざる想いだ。 「……イイよ。気に入らないけど、力を貸してあげる。今回だけは、ね」  表情は変わらず、にこりともせずに仏頂面のまま。それでも悠樹にとってはなによりも嬉しい言葉だった。 「あ、ありがとう!」  思わず、目の前の小さな身体を抱きしめていた。 「……じゃあ、これ、外して」  一瞬だけ頬を赤らめた神流が、自分の首を指差して、ことさらぶっきらぼうにいった。  そこにあるのは、鬼魔の力を抑える深紅の首輪。 「ああ」  悠樹はなにも問わず、念も押さず、一瞬も躊躇せずに神流の首に手を伸ばした。神流が自分では外すことができない封印を引きちぎり、首輪を外す。  たぶんこれが、神流が課した最後の試験なのだと直感した。ここで少しでも疑ったり躊躇したり、そんな素振りを見せただけでも終わりだ、と。  無条件で、神流を信じなければならない。  ――大丈夫。  神流は、こんな方法で裏切ったりしない。  知り合ったばかりの女の子だけど、何故かそれだけは確信できた。  だから、躊躇わずに外した。逆に神流の方が、意表を突かれたような表情を浮かべていた。  首輪を外し、神流の顔の前に手を差し出す。人差し指で唇に触れる。  鋭い痛み。  神流が指を口に含み、犬歯を突きたてた。  熱いような痛み。血が滲むのを感じる。  神流がその血を啜る。  絡みついてくる長い舌。それだけで気持ちよかった。  大きな瞳が、まっすぐに悠樹を見つめている。魂が吸い込まれるような、深い、金色の瞳。その輝きが増したように感じた。 「……まったく、見てられないわね」  肩をすくめた釉火が、隣の兄を見あげる。 「お兄さまは、どちらが好き? 大人の女性と、うんと年下の女の子。それとも、胸の大きな女の子と、小さな女の子」 「俺は、釉火がいちばん好きだよ」  迷うことなく笑顔で答える貴仁。大抵の女の子が見とれ、ほとんどの男が嫉むような笑顔だった。  釉火はにんまりと満足げな笑みを浮かべた後で、悠樹に向かって馬鹿にしたようにいう。 「ね? こういう風にスマートにやるものよ」 「……人には向き不向きがあるんだよ」  万人が認める美形の貴仁であれば、どんなに気障な台詞も似合うだろう。しかし悠樹の場合、ひとつ間違えばギャグになりかねない。  それにしても、今の貴仁の台詞はどう捉えるべきだろうか。釉火のブラコンは本物だが、「釉火がいちばん好き」が本心なのか、単に釉火のご機嫌とりなのかは判断がつかなかった。 「さて、頼りになる戦力が加わったみたいだし、あんたたちは先に行きなさい」  偉そうな命令口調で釉火がいう。 「私は、あいつらを片付けてから行くわ」  背後を指差す。  まだ姿は見えないが、複数の気配が近づいてくるのは悠樹も感じた。正面で機動隊と対峙していた連中が、こちらに気づいて向かってきたのだろう。その気配は一頭や二頭ではない。 「一人で大丈夫なのか?」 「一人じゃないわ。お兄さまがいるもの」  しかし貴仁はここまで、戦闘に加わっていない。単純に鬼魔に対する攻撃力という点では、魅魔の力の弱い貴仁は、むしろ悠樹よりも劣るはずだ。あるいは、兄が傍にいることが、釉火のモチベーションの源なのかもしれない。 「あんな雑魚、どれだけいようとものの数ではないわ。はっきりいって、多数の鬼魔を相手にする時は、お兄さま以外は近くにいられると邪魔。私の力なら、群を同時に攻撃することもできるわ」  確かに、一体ずつ意識を集中して操らなければならない愛姫や悠樹の力よりも、〈撃ちっぱなし〉ができる釉火の力の方が複数相手には有利だ。 「ボスとの一騎打ちなら、あんたたちの力も活かせるでしょ。敵が分散している今が、敵の懐に飛び込むチャンスよ。あとは私が追いつくまで時間稼ぎしてなさい。すぐに助けにいってあげるから」  いかにも恩着せがましくいう。 「……わかった。気をつけて」 「失礼ね。誰に向かっていってるの」  自信に満ちあふれた釉火の態度。これなら任せても大丈夫だろう。  悠樹は神流を連れて走り出した。  神流は全裸のまま、悠樹の前を走っている。久しぶりに見る神流の裸体に、自然と笑みが漏れた。 「……神流」 「なに?」 「ありがとう。……それと……ごめん」  立ち止まる神流。感情を消した顔でこちらを見る。 「……ボク、まだ、怒ってるんだよ?」 「わかってる」 「……つか、なんでボクが、ヨシヒメを助けなきゃなんないの? むしろ逆じゃん」 「でも、助けてくれるんだろ?」 「お人好しだよね、ホント」 「神流のそういうところも、好きだよ」  神流の朱く染まる。少しだけ表情が戻ってくる。 「……今回は、ユウキを助けてあげる。…………でも、それがどういう意味か、わかってる?」 「…………ああ」  悠樹たちと違い、神流にはここでカミヤシと積極的に戦わなければならない理由はない。  むしろ、逆だ。  カミヤシたちが人間の敵だとしても、神流にとっては〈同族〉だ。  なのに悠樹の都合で、同族と戦うことを求めているのだ。  それはつまり「仲間よりも自分を選べ」といっていることに他ならない。  神流がそれに応えてくれるのであれば、悠樹も、神流との付き合いは軽い気持ちではなく、相応の覚悟が必要だ。今後の神流の人生に対して、ある種の責任を負うことになる。  今回のことが原因で神流が他の鬼魔たちに追われることになるのなら、護ってやらなければならない。そして、自分が神流の〈仲間〉になってやらなければならない。  もちろん、その覚悟はできている。 「……ちゃんと、落とし前つけてもらうからね」 「ああ」  力強くうなずく。  不機嫌そうな表情を作っている神流だが、頬がかすかに朱い。今のやりとりは、ある意味プロポーズのようなものだ。  また、走り出す。  埃の積もった階段を登る。  道に迷う心配はない。二人とも、鬼魔の気配は壁を隔てても感じることができるし、既に神流の嗅覚は愛姫の匂いを捉えていた。  しばらく走ってたどり着いたのは、大広間と思しき大きな扉の前だった。  ここ、という表情で指差す神流。  小さく深呼吸。  悠樹がうなずくと同時に、神流が扉を蹴飛ばした。蝶番が壊れ、扉が吹き飛ぶ。そのまま神流は中に飛び込み、悠樹も後に続く。  そこに、いた。  なにもない、がらんとした大広間の、薄汚れた絨毯の上。  全裸の愛姫が、膝をついて座っていた。  人形めいた、表情のない顔。深紅の瞳は虚ろで、なにも見ていないようだった。  大きな怪我ではないが、身体中に傷がある。狼たちに咬まれた傷に、乾いた血がこびりついていた。  予想していたこととはいえ、衝撃だった。  固まったまま動けずにいる悠樹に代わり、神流が歩み寄って、不機嫌そうな顔のまま手を差し伸べた。 「ったく、なんでボクがお前を助けに来なきゃなンないんだよ。この貸しは大きいからね」  ぼんやりとした顔で、差し出された手を見る愛姫。ゆっくりと顔を上げる。  ――と。  のろのろとした動きが、一瞬、早送りのように加速した。  身体の後ろにだらりと垂らしていた腕が跳ねあがる。 「え……?」  金色の瞳が見開かれる。驚愕ですらない、なにが起こったのか理解できない顔。  愛姫の手には、ひと振りのナイフが握られていた。  いつも護身用に持っていた、折りたたみナイフ。  完全に不意を衝かれた神流の腹に、根元まで深々と突き刺さっていた。  刃を彩るのは、深紅の血。  しかしそれは、神流の血ではない。  愛姫の顔が変化する。  人形よりも無表情だった顔に、歪んだ表情が生まれる。  口許が不自然に引きつった、残忍な笑み。  ゆっくりと開かれた唇が 「……壊れろ」  そんな言葉を紡いだ。 「――っ!?」 「うがぁぁぁぁぁぁぁ――――っっっっっっ!!」  獣じみた神流の絶叫が大広間に響いた。  同時に、全身の皮膚がずたずたに裂けた――愛姫の言葉に従って。  ナイフに塗られていたのは、愛姫の血だ。  鬼魔の肉体を思うままに操る、魅魔の血。  血の主の言霊に従って、神流の肉体は〈壊れ〉はじめていた。  皮膚に刻まれる無数の切り傷。それは外部からの傷ではなく、皮膚それ自体が自ら裂けて生じたもの。  身体中で、毛細血管が破裂する。無数の傷口から霧のように血が噴き出す。  筋肉の繊維が、ぶちぶちと音を立てて千切れていく。  全身の骨格に無数の亀裂が生じ、拡がっていく。  神流の身体は自分の体重を支える能力をなくし、ついには糸を切られたマリオネットのようにその場に頽れた。  もう、悲鳴すら上げられない。悲鳴の代わりに大量の鮮血が泡となって口から噴き出した。  神流を中心にして、絨毯の上に血の染みが広がっていく。  愛姫は「壊れろ」と命じた。  神流の、鬼魔の、肉体は、その言葉に従い、壊れ、崩れていく。  以前見た戦いのように「死ね」とはいわなかった。故に、即死はしない。  しかしそれは手加減ではなく、むしろ、確実に神流を仕留めようとしている証ともいえた。  言霊だけで直接に生命活動を停止させるのは、魅魔の力の使い方としてはもっとも高度なものだ。それに対して鬼魔は精神力によって抵抗することもできる。鬼魔の力が充分に強ければ、「死ね」という命令は表向きなんの効力も発揮せずに終わる。  しかし、「壊れろ」ではそうはいかない。どれほど抗おうとしても、それは崩壊の程度の差にしかならず、魅魔師と鬼魔の間に天地ほどの力の差がない限り、必ずダメージは与えられる。  そして、魅魔の力による傷には、鬼魔の常軌を逸した再生能力も満足には働かない。組織が再生されるよりも、破壊されていく速度の方が圧倒的に早い。  神流の肉体は、確実に死へと向かっていた。 「やはり大したものだな、本家の血の力は」  突然の、男の声。  悠樹ははっと我に返って声の方を見る。扉の前にいた愛姫しか見えていなかったが、男は最初からそこにいたのだろうか。  外国人プロレスラーのような、筋肉質の巨漢。  カミヤシ――ボス狼だ。  直に会うのは二度目、あの、神流たちと初めて会った日の夜以来だが、ひとつ、あの夜とは大きな違いがあった。  それは、まとっているオーラの強さ。  あの時でさえ圧倒的な力を感じさせる存在だったのに、さらに桁違いなほどに強まっている。これが、愛姫の血の力だろうか。  悠樹の中が、爆発しそうなほどの怒りに満たされる。  メールに添付されていた動画を思い出す。この男が、愛姫を犯していた。 「て……めぇ……」  なんとか、声を絞り出す。  愛姫を攫い、犯した男。仲間の狼たちにも犯させ、これ見よがしにその動画を送りつけ、そして今、神流を傷つけた張本人。  殺しても足りないくらい、憎い相手だ。  なのに――  身体が、動かなかった。  声を絞り出すのが精いっぱいだった。  目の前に立っているのは、圧倒的な〈力〉の顕現だった。まさに、蛇に睨まれた蛙の状態だ。この相手に挑むなんて、考えられない。鬼魔は皆、鳥肌が立つような気配をまとっているが、それにしてもこれは別格だ。  刀を持っている腕が強張って動かない。手は、じっとりと脂汗に濡れている。  カミヤシがゆっくりと歩いてくる。愛姫の前に倒れている神流を見おろす。  その脚に、縋りつくように、甘えるように、愛姫がしがみつく。恍惚の表情で、ひと抱えもありそうな太い脚に舌を這わせる。  魅魔に魅了され、完全に虜にされていた。そんな姿は見たくないのに、悠樹は身体を動かせず、顔を背けることすらできなかった。 「オレが自分でやってもよかったんだが、この小娘に、魅魔の力がどれほど痛いものか思い知らせてやろうと思ってな。まあ、どっちにしろすぐに死ぬ運命だが」  大きな手が、神流の頭を鷲づかみにして、片腕で軽々と持ち上げた。  ボロ雑巾のような姿の神流は、全身から血を流して、ぴくりとも動かない。  意識のない神流の肩のあたりに、カミヤシが噛みつく。鋭い牙が白い肌に喰い込み、肉を喰い千切る。 「う……」  許せない。  愛姫に加えて、神流までこんなに傷つけて。  真っ赤に染まった口が、いかにも狼らしい残忍な笑みを浮かべている。 「コイツもなかなかいい味だな。知ってるか、小僧? 魅魔の血には劣るものの、俺たちにとっては同類の血も甘露なんだ。せっかくだから、新鮮なうちにいただくとするか」  再び開かれる狼の顎。 「う……わぁぁぁっっ!!」  悠樹は衝動的に、刀を振りかぶって跳びかかった。  許せない――ただその想いだけが、鬼魔に射すくめられた身体を突き動かした。  策もなにもない。ただ、真っ直ぐに怒りをぶつけようとした。  刀の間合いに入る直前、カミヤシが、掴んだ神流ごと腕を振った。  さほど力も込められていないように見えた軽い動き。しかし悠樹にとっては、巨大な鉄球でも叩きつけられたような衝撃だった。走り幅跳びの世界記録にも匹敵するほどの距離を飛ばされ、無様に床に転がる。カミヤシにかすりもしなかった刀も手から飛ばされた。  口の中に、錆びた鉄の味が広がる。床に落ちた時に肩を打ったのか、腕が上がらない。  まったく、相手にならなかった。  手も足も出ない、強大すぎる存在だ。  もともと鬼魔としても強大な力を持っていたのに、愛姫の血を得た今はさらに桁違いだった。  その場に捨てるように、神流を放す。脚の骨も砕けているのか、神流の身体は陸に揚げられた蛸のような姿で倒れた。 「小僧、心配するな、お前は殺さん。魅魔の血を持つ男は貴重だ。女たちへのいい土産になる」  悠樹にできるのは、唇を噛むことだけだった。  鬼魔の男たちで愛姫を陵辱したように、悠樹を女たちの獲物にするつもりなのだ。  圧倒的な力の差に、絶望感に包まれる。  手も足も出ない。  目の前で、大切な女の子ふたりをぼろぼろにされて、なのに、なにもできないなんて。  あまりの不甲斐なさに、悔しさすら湧いてこなかった。ただ、絶望するだけだ。あまりにも情けない。  助けると麻由に約束したのに、愛姫は鬼魔に身も心も囚われ、神流は瀕死。なのに自分は満足に戦うこともできず、殺されもせず、ただ釉火たちが来てくれることを祈るしかできないなんて。  釉火が来ても、勝てるのだろうか。  この、圧倒的な力に。  釉火の血を塗った投げナイフがどれほど強力であっても、当たらなければ意味はない。鬼魔の反射神経が相手では、狭い廊下で、並の鬼魔であっても簡単には当たらなかった。この広間で、狼たちのボスを相手に、当てられるものだろうか。  対してカミヤシは、指先で触れるだけでも釉火を殺せるだろう。  自信満々だった釉火だって、きっと、これほど強力な鬼魔と戦った経験はあるまい。そもそも、あの愛姫が不覚を取った相手なのだ。  愛姫は相変わらず絨毯の上に座ったまま、カミヤシの脚に抱きついて、甘えるように身体を預けていた。うっとりとした表情で舌を這わせる。その舌が、膝のあたりから徐々に上へと移動し、股間へと近づいていく。 「よ、愛姫っ!!」  悠樹は叫んだ。  そんな姿、見たくない。  そんなこと、して欲しくない。  なのに悠樹には、叫ぶことしかできない。  それでも声が届いたのか、愛姫がゆっくりと首を巡らせた。焦点の合わない虚ろな瞳は、こちらに向けられていても、悠樹を認識しているようには見えなかった。  ただ快楽のみに支配された、恍惚の表情。半開きの口の端から涎がこぼれて糸を引いている。  しかし――  唇が、微かに震えていた。  まるで、なにかをいおうとしているかのように。  悠樹に、なにかを伝えようとしているように――というのは希望的観測が過ぎるだろうか。この状態の愛姫が、少しでも正気を残してくれているなどと考えるのは。  しかし唇の動きは単なる震えや譫言ではなく、なにかの言葉を紡いでいるような気がした。  必死に、唇の動きを読む。  短いパターンが繰り返されている。ほんの数音の言葉だ。  愛姫の口の動きはごく小さなもので、読み取るのが難しい。震えるような微かな唇の動きを、この場で出てきそうな言葉に当てはめていく。  ミ、マ、ノ、チ、カ、ラ、ヲ  ――そう、解読した。  魅魔の、力を。  力を使え、といっているのだろうか。  しかし、状況は力を使う以前の問題だ。今の悠樹では、刀を持っていてもカミヤシに触れることすらできない。魅魔の血を鬼魔の体内へ送り込めなければ、悠樹にできることはなにもない。  血を口にしてくれれば、悠樹の魅魔の力はカミヤシにだって通用するはずだ。愛姫のように、言霊だけで殺すことはできなくても、動きを封じるくらいはなんとかなる。それさえできれば、あとは釉火がとどめを刺してくれる。  しかし、どうやれば今のカミヤシを支配できるだけの血を送り込めるというのだろう。相手が雑魚であれば、放っておいても魅魔の血に惹かれて向こうからやって来るらしいが、力のあるカミヤシ相手では無理だろう。  ましてや、愛姫の血をたっぷりと貪った直後なのだ。同性の悠樹の血に目が眩むとは思えない。  どう考えても、カミヤシを傷つけるなんてできそうにない。愛姫に剣術を習っているとはいえ、その技量はまだ初心者の域を出ない。  今の愛姫には、そんな判断もできないのだろうか。  ――いや。  そこで、ふと気づいた。  魅魔の力を、使え。  その、目的語は?  普通に考えればカミヤシだが、本当にそうだろうか。  視線をカミヤシに向ける。  そして、その足許に倒れている瀕死の神流に。  漠然としか考えが、ひとつにまとまっていく。  いつかの、愛姫の言葉を思い出す。 『極端な話、意識がなくても、肉体を動かすこともできます』  魅魔の力は、鬼魔の身体を操る。精神ではなく、肉体を直に操るのだ。  そして神流は、充分すぎる量の悠樹の血を、精液を、その身体に取り込んでいる。意識のない今の神流なら、魅魔の力に対する抵抗力も働かない。  神流なら、操れる。もう自分では動けない神流を、動かすことができる。  しかし、それで勝機を作れるのだろうか。  今の状況よりは多少はましになるかもしれないが、それでも、あまりにも可能性の低い綱渡りだ。  そもそも、神流をさらに酷使するなんて、許されるのだろうか。  ぼろぼろに傷ついて、今にも息絶えそうな血まみれの姿。  悠樹のためだけにここへ来てくれて、なのに死ぬ目に遭っている。  そんな神流を、死にかけている神流を、さらに酷使することなど許されるのだろうか。それはもう〈仲間〉ではなくて、単なる〈道具〉ではないのか。  もしかすると、愛姫が鬼魔を使役するために力を使わない理由は、鬼魔を憎んでいるからだけではないのかもしれない。幼い頃から麻由と一緒に暮らしてきた愛姫は、鬼魔を〈道具〉として扱うことに抵抗があるのではないだろうか――ふと、そんなことを思った。  悠樹だって、神流を道具として使うなんてしたくない。  しかし、他に選択肢がないのも事実だ。  このままでは、神流の生命はもう長くはない。どれだけ重傷を負っても、それが普通の傷なら鬼魔の生命力で回復することができるだろう。しかし魅魔の力によって受けた傷には、その超常の再生能力もほとんど働かない。  今、神流を救う方法はひとつしかない。  悠樹の血を使うことだ。愛姫の血よりも多くの悠樹の血で、愛姫の力を中和する。そうすれば傷は神流自身の回復力で治すことができる。  そのためには、一刻も早くカミヤシを倒さなければならない。ならば、わずかな可能性であっても賭けるべきなのだろうか。なにもしなければ間違いなく最悪の結果が待っている。  こうしている間にも、神流の周りには血溜まりが拡がっている。もう時間がない。  ……血?  神流の、血?  そこで、ふと、引っかかった。  もしかして、愛姫が伝えようとしたのはこれだろうか。  理屈の上では、可能性はある。しかし、本当にそんなことができるのだろうか。  ……  …………  ………………やるしか、ない。  ここでなにもしなかったら、悠樹がこの場にいる意味はない。自分は殺されないかもしれないが、それは鬼魔の餌として生かされるだけだ。その上、神流は殺され、愛姫は廃人にされるのでは、生きていても仕方がない。  ほんのわずかな可能性であっても、それに賭けて精一杯の抵抗をするべきだろう。失敗しても今より状況が悪くなるとは思えないし、たとえ意図した通りにいかなくても、カミヤシの意識がこちらに向いている最中に釉火が来てくれれば、それだけでも多少は有利になる。  ならば、やるしかない。  歯を喰いしばって、身体を起こした。殴られ、床に叩きつけられた時の衝撃で身体中が痛んだが、泣き言などいっていられない。  神流の方が、痛かったはず。  愛姫の方が、辛かったはず。  小さく、深呼吸。震える脚に力を込めてなんとか立ちあがった。  ちらりと、床に落ちている刀の位置を確認する。斜め前、三メートルほどの距離。カミヤシに少しの隙ができれば、拾うことはできそうだ。  それを確かめて、真っ直ぐにカミヤシを睨みつける。  悠樹に向けられるのは、嘲るような笑み。警戒している様子はない。普通に剣を拾おうとすれば、一歩も動く前にカミヤシは悠樹を殺せるだろう。  彼我の力の差を考えれば、ライオンが、自分に刃向かうハツカネズミを面白そうに眺めているようなものかもしれない。それでも、可能性はゼロではない。  もう一度、深呼吸。  唇を舐めて、湿らせる。  意識を集中する。  鬼魔を操る魅魔の力を発現させるには、精神集中が重要だ。  ただし、最初に意識を向ける相手はカミヤシではない。 「……神流っ!」  鋭く叫ぶ。 「そいつを抑えろっ!」  神流に意識はなく、肉体は既にぼろぼろだ。しかしそれでも悠樹の言葉に反応し、跳ねるように立ち上がってカミヤシにしがみついた。  カミヤシの顔に浮かんだ、ほんの一瞬の驚きの表情。意識を失った瀕死の神流が動けるとは思っていなかったのかもしれない。  しかし、神流の肉体は壊れかけている。筋肉がずたずたに裂け、骨も砕けている腕では、本当にカミヤシを押さえつけるだけの力はない。  それでも、一瞬、カミヤシの意識が悠樹から逸れた。  その一瞬の隙が、必要だった。  今度こそ、意識をカミヤシに集中させる。  言葉に、力を乗せる。 「動くなっ!」  同時に、床を蹴った。落ちていた刀に飛びつき、床を一回転してすぐに立ち上がる。  カミヤシの反射神経は、当然その動きに反応しようとした。  しかし、明らかに動きがぎこちなかった。  今度こそ、はっきりと驚愕の表情が浮かぶ。まったく予想外の出来事だったのだろう。  自分の身体が、悠樹の、魅魔の力に従うなんて。  カミヤシは気づいていなかったのだろう。悠樹も、絨毯に大きな染みを作っている神流の血を見るまで、そんなことを考えもしなかった。  しかし、カミヤシの体内には、ほんのわずかとはいえ、悠樹の血が確かに含まれていたのだ。    ――神流の血肉を介して。    カミヤシは神流に噛みつき、肉を喰らった。その身体に悠樹の血と体液が含まれていることは失念していたのだろう。  神流が摂取した悠樹の血が、間接的に効果を発揮するのかどうかは賭だった。  しかし、その、分の悪い賭に勝った。  神流を経由してカミヤシに取り込まれた魅魔の血は、確かに悠樹の言霊に従い、カミヤシの肉体を縛った。  とはいえ、直接摂取した場合に比べてその量はごくわずかで、対してカミヤシの力は強大だ。愛姫のように、言霊だけで致命傷を与えることなど到底できない。神流の力と合わせても、カミヤシを抑えていられるのはほんの数秒だろう。  しかし、その数秒で充分だ。  拾った刀を腰だめに構え、全体重を乗せて真っ直ぐに突っ込む。  間一髪のところで神流を振りほどいたカミヤシだが、もうかわす余裕はない。悠樹に拳を叩きつけてくるが、まだ血の効果が残っているのか、先刻ほどの速度はない。  悠樹の刀と、カミヤシの腕。リーチの差を見極めて、悠樹はそのまま突っ込んだ。  丸太で殴られたような衝撃を受け、床に転がる。  一瞬、意識が遠くなる。  それでもなんとか気を失わず、肘をついて顔を上げた。  刀は、カミヤシの腹を貫いていた。 「……壊れろ!」  血の混じった唾を吐き捨てて、悠樹は叫んだ。  愛姫のように「死ね」と命じた場合、相手の抵抗力が勝ればそれまでだ。しかし「壊れろ」であれば、たとえ致命傷とならずとも相応のダメージは与えられる。  直後、大広間は、壁が震えるほどの咆吼に満たされた。  カミヤシの全身から血が噴き出していた。  悠樹の目の前で、皮膚が、その下の筋肉が、ずたずたに裂けていく。  身体中で血管が破裂し、噴き出す血が霧のようにカミヤシを包む。  鼓膜が痛いほどの咆吼に、骨が砕ける音が混じる。  悠樹の血は、期待した以上の力を発揮していた。  このまま、殺せるだろうか。見たところ、愛姫に刺された時の神流よりも重傷だ。  それでもカミヤシは倒れない。さすがにしぶとい。  もう一撃、喰らわせられるだろうか。  とどめを刺す力は残っているだろうか。  殴られた衝撃で、まだ脚に力が入らない。上体を支えている腕も震えている。  それでもなんとか立ち上がろうと、深く呼吸をして腕に力を込める。  しかし、それは不要な努力だった。 「……あら、思っていたよりいい仕事したのね。上出来よ」  背後から聞こえた、硬い靴音。生意気そうな女の子の声。  小さな銀色の煌めきが、視界の端をかすめる。  釉火の投げナイフが、カミヤシの左胸に突き刺さった。  瞬間、血まみれの巨体が灼熱の炎と化した。  痛いほどの熱気が悠樹の肌を刺す。  もう、咆吼も上がらなかった。目も眩む光の中で、カミヤシの身体の輪郭が崩れていく。  巨体が燃え尽きるまで、ほんの十秒とかからなかった。あっけないくらい簡単に、原形をとどめない消し炭のような姿と化していた。  広間を満たす薄い煙と焦げた匂いだけが、この場で起こったことの痕跡だった。 「もうちょっと、私の見せ場も残しておいて欲しかったわね。こんな、漁夫の利みたいな展開は不本意だわ」  緊張感のない態度で唇を尖らせる釉火。  その背後から、貴仁も姿を見せた。 「こっちも片付いたか?」  広間の状況をざっと確認して、微かにうなずく。 「じゃあ、外の連中に連絡して後始末にとりかかるか。その間に釉火はここのフォローを頼む」  緊張の糸が切れて、悠樹はその場にごろりと横になった。  身体から力が抜ける。  身体中あちこち痛いし、全身がだるい。このまま眠ってしまいたい。  ――と。 「なに呑気に寝てるのよ」  いきなり、顔を踏みつけられた。  目を開くと、ショートブーツの靴底が視界を覆っていた。釉火を真下から見あげる体勢だ。 「……しましま」  思わず、目に映ったものをそのまま口に出してしまった。  釉火の、短いスカートの中の光景。  また怒るか、あるいはさすがに恥ずかしがるか――と思いきや、 「そそられる?」  平然と、悪戯な笑みを浮かべていた。 「そそるかよ、そんなガキっぽいパンツで」  素っ気なくいいながら、なんとか身体を起こす。  年下は嫌いではないが、美夕よりもさらに年下とあってはいくらなんでも守備範囲外だ。  少し、意外だった。大人びた口調や態度で、見るからに高級そうなゴスロリファッションに身を包んでいる釉火であれば、子供とはいえもっと大人っぽい下着を着けていそうなのに、いかにも年相応なパステルカラーの縞パンツとは。  ませているようでも、やっぱり子供だな――悠樹はそう思ったのだが、このお姫さまはそんなに甘くはなかった。 「大人っぽい私が、いざ脱ぐと実は子供っぽい下着。そのギャップが男心をくすぐるんじゃない」  余裕の態度を崩さず、あろうことか恥ずかしげもなく自分でスカートの裾をまくり上げて見せた。 「お、お前、羞恥心とかないのか!?」 「お兄さまにだったら、太ももを見られただけでも赤面ものだわ。でもアンタ、たとえばそのへんのノラ犬にパンツ見られて恥ずかしい?」 「俺はノラ犬扱いかよ」 「人間扱いして欲しければ、ちゃんとやるべき仕事をやりなさい。この駄犬」  今度は頭を蹴られた。まったく容赦がない。  しかし、いわれて思い出した。  まだ、やらなければならないことがある。むしろ、悠樹にとってはここからが本番ともいえる。鬼魔との戦いは主に釉火の役目だった。悠樹の仕事はこれからだ。  瀕死の神流と、正気を失っている愛姫を助けなければならない。 「えっと……まず、どうしたらいいんだ?」  釉火の顔を見る。  不本意ではあるが、魅魔師としての経験の少ない悠樹にとって、この場で頼れるのは釉火しかいない。 「まず、その狼を助けなさい。死なせたくないならね。最低限、姫姉さまの力を中和しないと長くはもたないわよ」  神流を指差していう。 「その後で、姫姉さまの治療。こっちはすぐに生命に関わるわけじゃないし、すぐに完治できるものでもないから、優先順位では後にしても大勢に影響はないわ」 「……わかった」  倒れている神流の傍らへ移動して跪いた。  身体中、ぼろぼろだ。皮膚に無数の傷が走り、全身血まみれになっている。  意識はない。それどころか、まだ息があるのが不思議なほどの重傷だ。  釉火にナイフを借りて、自分の指を切った。たちまち、鮮血が溢れてくる。  その指を、神流の口に含ませた。  意識のないまま、条件反射のように吸いついてくる。母親の乳首を口にした赤ん坊のようだ。  舌が絡みついてきて、喉を鳴らす。  悠樹は意識を集中する。治れ、傷が塞がれ、回復しろ――と念じる。 「なーに焦れったいことやってんのよ、この駄犬」  背後から、辛辣な声が投げかけられる。同時に後頭部を蹴られた。 「男なんだから、もっと効率のいい方法があるでしょ」 「効率のいい、って……」  思わず、振り返る。 「血よりも、もっと濃ーいものを注ぎ込めばいいのよ」  いわんとしていることは、すぐに理解できた。  セックスしろ、といっているのだ。  そういえば、神流もいっていたはずだ。口に出されるよりも効く――と。  とはいえ、傷だらけで瀕死の神流にそういうことをするというのはかなり抵抗がある。悠樹にとってセックスは「楽しむためにすること」であるが、今はそれどころではない。治療のためにするセックス、というの展開にはまだ慣れない。  なのに、身体はしっかり反応していた。下半身は既に大きくなっている。  考えてみれば当然だ。この場には神流の血の匂いが充満しているのだ。  するしか、ない。神流を助けるために必要なこと――と自分を納得させる。 「えっと……じゃあ、ちょっと、席を外してくれないか?」  残る問題は釉火の存在だけだ。さすがに、子供に見られながらではできない。  しかし釉火は室内にあった古ぼけた椅子を間近に引き寄せて座り、こちらを凝視していた。 「あたしのことは気にしないで。将来、お兄さまとする時の参考に見学させてもらうわ」 「思いっきり気にするわ!」  3Pならまだしも、行為に無関係の〈見物人〉に見られながら平然とできるほどには悠樹もすれていない。しかもまだ小学生の釉火である。さすがに子供の見るものではあるまい。 「つか、お前、マジで近親相姦願望があるブラコンかよ!?」 「当然でしょ」  当たり前のことを訊くな、という口調。釉火にとっては、兄と結ばれる未来は既定のことらしい。 「あんな素敵なお兄さまがいるのにブラコンにならないとしたら、視力か美意識に重大な欠陥があるわね」  ここまで堂々といい切られると、自分の方が間違っていると洗脳されそうになってしまう。しかしどう考えても、問題があるのは釉火の方だろう。 「……で、兄貴はなんていってるんだ?」  念のため訊いてみる。  貴仁も妹を可愛がってはいるが、釉火に比べれば常識人っぽい雰囲気だった。それに、少なくともまだ妹に手は出していない。ロリータ趣味のシスコンではないということか。 「十六歳になるまで待ちなさい、って」  釉火は不満げに唇を尖らせた。 「あたしはいつでもオッケーなんだけど、お兄さまのいうことも、まあ、一理あるのは事実ね」  貴仁もロリコンではないというだけで、やはりシスコンなのだろうか。あるいは、釉火を正面から説得するのは無理と諦めて、時間稼ぎをする口実かもしれない。 「だから、その時のために勉強。あたしのことは気にせずどんどんやっちゃって」 「……や、すっげー気になるけど」 「もたもたしてると、その娘が死んじゃうわよ?」  悪意のこもった笑みを浮かべ、脅迫じみた台詞を吐く。 「いいじゃない、別に気にしなくたって。それとも、見られるのが恥ずかしいくらい貧相な代物なの?」  露骨な挑発とわかっていても、そうまでいわれては引き下がれない。  それに、神流をいつまでもこのままにしていられないのも事実だ。もう、時間の余裕はあまりない。  釉火の存在を頭の中から消し、神流に向き直る。  全裸で、全身傷だらけ、血まみれの神流。  ずたずたに裂けた皮膚はもちろん、口から、鼻から、耳から、そして性器からも出血している。  見るも無惨な大怪我だが、それでも、血を飲ませる前に比べれば呼吸が少し力強さを増しているように感じる。  こんな傷だらけの姿を見ても反応してしまうのは人としてどうかと思うが、こればかりは仕方がない。悠樹の血が鬼魔を興奮させるように、鬼魔の血もまた人間を興奮させるのだ。いくら耐性があるとはいえ、無反応ではいられない。  それに正直なところ、神流の白い肌と、深紅の血の対比はどこかエロティックな光景だった。  だから、神流を助けるのに必要なことだから――と自分を納得させる。  ファスナーを下ろし、既に大きくなりきっているものを引っ張り出し、血まみれの割れ目にあてがった。  前戯もなしに、挿入する。楽しむためのセックスではないのだから、のんびりと前戯などしている場合ではないし、出血が愛液の代わりに潤滑の役目を果たしてくれるだろう。  体重をかけて押し込む。神流に意識はなく、身体はぐったりと弛緩している。それでも、きついことに変わりはない。力まかせに腰を突き出した。 「――――っっ!」  脊髄を走る快感。  神流と初めてした時と同じように、挿入しただけで射精してしまう。なのに萎えるどころか、さらに勢いを増していく。  鬼魔の血が、亀頭の粘膜から染み込んでくるようだ。それが悠樹を昂らせる。  神流は相変わらず意識がないのに、膣の粘膜は意志を持った生き物のように蠢いて絡みついてくる。この世のものとは思えない快楽だ。  ひと突きごとに、精液が漏れる。しかしそれが神流を救うことになるはずだ。その事実が肉体だけではなく悠樹の心も昂らせる。  頭が、熱い。頭の中で血液が沸騰するようだ。  無我夢中で腰を振る。  結合部で、血液がぐちゅぐちゅと泡立っている。そこに、血液よりももっと粘度の高い液体が混じりはじめる。 「ん……、んぅ…………、く……ぅ……ん……」  神流の唇が微かに動き、呻き声を漏らした。  まだ意識は戻っていないが、見た目にもわかるくらい顔に血の気が戻ってきている。身体も、小さな傷が塞がりはじめていた。  これなら、助かる――そんな確信が生まれる。  そう思うと、悠樹も力が入る。神流を犯す腰の動きが激しさを増す。  怪我人相手なのだから優しく――頭ではそう考えているのだが、身体がいうことをきかない。意志とは無関係に身体が動き、力まかせに腰を叩きつける。神流の胎内を大量の精液で満たしていく。  鬼魔の肉体は、どんな媚薬や麻薬よりも人間を狂わせる。  うねるように蠢く粘膜が絡みついてくる。溢れ出る蜜が性器を通して染み込んで、神経を侵していく。それによって、精力が無限に湧き出してくるように感じる。  快楽に狂う人間の血肉が、鬼魔の力の源だ。だから鬼魔は、人間により強い快楽を与えるように進化してきた。  その結果が、これだ。  近づいただけで惹かれ、興奮してしまう。正面から見つめられたら、衝動が抑えられなくなってしまう。その肉体と交われば、もう正気ではいられない。  人間の女が鬼魔に犯された場合はもちろん、男が鬼魔の女と交わっても同じだ。正気を失い、廃人になるまで鬼魔と交わり続ける。悠樹が正気でいられるのは、魅魔の血による耐性と、なにより、神流が悠樹を狂わせようとしていないからでしかない。  それでさえ、完全に正気かといわれたら疑問が残る。神流とセックスして以来、もう一度したいという衝動に襲われない日はなかった。軽度の依存症ではないかという自覚はある。  愛姫にも指摘された、神流と逢うことにあまり積極的ではなかったことにも、これが影響しているだろう。逢いたいけれど、逢うのが怖い気持ちも強い。深みにはまって抜け出せなくなってしまいそうだった。  それでもやっぱり、神流なしではいられない。久しぶりに神流とセックスして、そのことを実感した。  神流の身体は、やっぱり最高だった。身体全体がペニスになってしまったのように気持ちいい。  欲をいえば、こんな切羽詰まった状況ではなく、素直にセックスを楽しめる場面で逢いたかった。気が遠くなるほどに気持ちいいのに、だからこそ、瀕死の神流で興奮していることに後ろめたさを感じてしまう。  苦痛に歪む表情も、苦しげな呻き声も、あの挑発的な笑顔や喘ぎ声と変わらず悠樹を虜にする。血まみれの身体はひどくエロティックでさえある。  衝動のままに、激しく腰を叩きつける。  これ以上はないくらいに硬く大きくなった男性器は、神流の小さな身体を深々と貫いて、胎内に精液を注ぎ続けている。  それでも、治まらない。もう、普段のセックスの何倍もの精液を放出しているはずなのに。  際限なく、さらに昂っていく。 「ひ……ぃ……ん……っ、ゆ…………ぅ……きぃ……っ!」  譫言のように力のない声。それでも確かに悠樹の名を呼んだ。意識が戻ったのだろうか。それとも、無意識なのだろうか。  この一言が、とどめとなった。 「――――っっっ!!」  ひときわ強い衝撃が身体を襲う。  なにかが脊髄を縦に貫き、大きな塊が尿道を通って飛び出していくような感覚。  これまで流してきた以上の量の精液が、一気に噴き出す。  神流の身体が痙攣する。悠樹もぶるぶると身体を震わせる。剥き出しの神経を擦られるような、痛いほどの快感だった。  数十秒間痙攣を続けた神流の身体から、不意に力が抜ける。  相変わらず意識はない。しかし、呼吸はずいぶん落ち着いているようだ。頬を汚している血を拭うと、小さな傷が塞がりかけている。もっと深い傷も、もう出血は止まりかけていた。  早くも回復に向かっている。悠樹の力が愛姫の力を中和したことで、鬼魔の再生能力が発揮されはじめたのだ。  悠樹は大きく息を吐き出した。これでひと安心だ。生命の危機は脱したと見て間違いないだろう。  神流から身体を離す。  拡げられていた膣口がきゅっと閉じ、大量に注ぎ込んだはずの精液はまったく溢れ出てこない。一滴も残さず吸収しつくそうとしているかのようだ。  血の気が戻った神流の顔を見て、思わず笑みがこぼれる。  ――と。  いきなり、引き抜いたばかりのペニスを掴まれた。  いつの間にか愛姫が傍らにいて、うっとりとした恍惚の表情で手に握ったものを見つめている。 「これ……ほしいの……」  いうが早いか、無我夢中で吸いついてくる。  自ら顔を押しつけて、喉の奥まで呑み込んだ。口の端から唾液が溢れ出し、細い顎から糸を引いて落ちていく。  喉が蠢いて、亀頭を刺激する。愛姫の手は、自分の下半身へと動いていく。ぐちゅぐちゅという湿った音とともに、下半身からも雫が落ちた。  上目遣いに悠樹を見あげ、喉を鳴らす愛姫。 「……おいしい……これ、だいすき……ほしいの……ふといチンポ欲しいの……」  栗の花の匂いがする、熱い吐息。  あの愛姫が、こんなになってしまうなんて。  その表情には理性の欠片も感じられない。ただ快楽を貪るだけの牝の姿だ。  これが、何体もの鬼魔たちに一晩中犯され続けた結果だ。その光景を想像するだけで怒りが込みあげてくる。  そこでふと釉火の存在を思い出した。いくらなんでもこれは子供には刺激が強すぎる。愛姫のこんな姿は見せるべきではない。  悠樹に対しては高飛車で生意気な釉火も、愛姫には懐いているような口ぶりだった。敬愛する従姉のこんな姿を見て、ショックを受けているのではないだろうか。  ところが。 「うわぁ、さすがは姫姉さま。えろえろな姿も素敵」  紅く上気した顔にうっとりとした表情を浮かべ、瞳を輝かせていた。 「あの美しくて清楚な姫姉さまが、はしたない淫語を連呼してこんなに乱れて……このギャップがそそるのね、あたしも見習わなくちゃ」 「見習うな!」  かなりずれた感覚の持ち主のようだ。まあ、泣かれるよりはいいが。 「アンタはそそられないの?」 「…………そそられるけどさ」  普段の真面目な姿を見慣れているだけに、ギャップに興奮してしまうことは否めない。  実際、神流の中に大量の精を放ったばかりだというのに、悠樹のペニスは最盛時の勢いを失っていなかった。  愛姫は名残惜しそうに口を離すと、自分から仰向けになってM字開脚の形に脚を開いた。  自分の指で、性器を、そしてお尻を拡げる。 「ねぇ……いれてぇ……わたしのなか、ふっといチンポでいっぱいにしてぇ」 「姫姉さま、どっちに欲しいの?」  悪戯な笑みを浮かべて釉火が訊く。 「どっちも……どっちも欲しいの! おマンコも、お尻も、いっぱいにしてぇ!」  股間を見せつけるようにお尻を持ち上げ、前と後ろ、同時に指を挿入して自分で拡げる。膣からは白く濁った愛液が流れ出していた。 「ゆうきさんの……ここにほしいの……ゆうきさんには、まだ……おしりにいれてもらってないのぉ」 「お、俺のこと、わかるのか?」  まるで正気を失っているように見えるのに、悠樹や釉火のことを認識できているのだろうか。  しかし、悠樹の言葉には反応しない。あるいは、目の前の男をすべて悠樹と認識しているのかもしれない。 「……ゆうきさんのおチンポ……ほしいの…………」  正気とはいいがたい台詞。なのにそそられてしまう。あの愛姫にこんなことをいわれては、男として反応しないわけがない。  こんな状態になっても、悠樹のことを欲しがってくれている。狂うほどの快楽を与えてくれた鬼魔ではなく、悠樹を求めてくれている。この想いに応えなくては男ではない。  愛姫が自ら拡げている菊門に、ペニスの先端を押し当てた。  きっと、ここもさんざん犯されたのだろう。送りつけられた動画には、前後同時に貫かれている姿も映っていた。  悔しい。  こんなことなら最初の日に、後ろのバージンも奪っておけばよかった。あの時の愛姫なら、躊躇う素振りを見せつつもきっと受け入れてくれただろう。  とはいえ、鬼魔の力でおかしくなっていたバージンの女の子の、後ろまで奪ってしまうというのも抵抗があった。今となっては、そんな自分の理性が少しだけ恨めしい。  本来、女の子の処女性にはそれほどこだわる方ではない。もしも愛姫が悠樹と出会う前に男性経験があったというなら気にもしないだろう。  だけど、これは悔しい。  愛姫にとっても、好きでもない相手どころか、心底憎んでいる鬼魔に無理やり後ろのバージンまで奪われたなんて、耐え難い屈辱だろう。それならば、多少なりとも好意を持っていた悠樹が初めての相手だった方が、まだマシだったのではないだろうか。  とはいえ、今さらいっても後の祭りだ。どうしようもない。過ぎたことよりも、これからのことを大事にするべきだろう。  そう考えて、腰を突き出す。  硬い肉棒が、愛姫のお尻の中に飲み込まれていく。 「あぁぁ――っ! いぃぃっ! イイのぉっ!」  愛姫の身体が大きく仰け反る。大きく開かれた口から涎が溢れる。  膣よりもずっと窮屈ではあるが、思いのほかスムーズな挿入だった。湧き出すように滴る蜜がお尻まで流れて、潤滑剤になっている。  根元まで、力強く打ち込む。  歓喜の嬌声を上げて身体を震わせる。  あの愛姫が、アヌスを犯されて悦んでいるなんて。  ショックを受けつつも、やっぱり興奮してしまう。湧きあがる衝動を抑えられなくて、激しくピストン運動を繰り返す。 「あぁぁっ! あぁぁぁ――っ! あぁんっ!! あぁぁっ!」  突くたびに、圧迫された膣から蜜が噴き出してくる。そのおかげでさらに動きやすくなっていく。  愛姫は激しく悶えながら、前に自分で指を挿れた。悠樹の動きに合わせるように、三本の指でめちゃめちゃにかき混ぜている。 「もっとぉっ! もっとぉっ! いいぃっ! おしりいいのぉっ!! もっともっともっと突いてぇぇっっ!!」  以前とは別人のように、猥らに快楽を貪る愛姫。  釉火はすぐ横で、かぶりつくように凝視している。子供とはいえこの光景に興奮しているのか、頬を真っ赤にして身体をもじもじさせている。  この展開はやばいかもしれない――悠樹は思う。  まだ幼いといってもいい美少女に見つめられながら、愛姫のような美女とアナルセックスだなんて。まったく、なんて展開だろう。  もう我慢できない。腰の動きをさらに加速させる。 「ひぃぃっ! すごっ……すごぃぃっ! あぁぁっっ!! いっちゃう! おしりいっちゃう! あぁぁぁ――――っっ!!」  甲高い悲鳴。愛姫の身体が震える。  その刺激がとどめとなって、直腸の奥深くに大量の精を放った。  大きく、何度も脈打つペニス。  その度に感極まったように震える愛姫。  締まりのない笑みを浮かべて、ぺろりと舌を舐める。  深紅の瞳は、熱っぽく悠樹を見つめていた。 「……もっとぉ……今度は、こっちががまんできないの……ここにおチンポ欲しいのぉ」  秘裂を指でいっぱいに拡げる。  真っ赤に充血した粘膜が、白濁した涎を溢れさせていた。  悠樹もまだ勢いを失ってはいない。アヌスから引き抜いて、愛姫の望む場所を貫こうとする。  しかし。  一瞬早く、横から伸びてきた手に掴まれた。 「……今度は、ボクの番だよね?」  いつの間に移動してきたのだろう、大きな黄金色の瞳が悠樹を見あげていた。まだ傷だらけで、身体中血で汚れているが、元気そうに動いている。瞳の輝きに力強さが感じられた。 「神流……お前、治ったのか?」  しかし、神流は首を左右に振る。 「……全然? ほら、ここも、こっちも、まだまだ傷だらけだよ? だから……ね?」  そう応える声にも力がある。傷も新たな出血はないようで、むしろどんどん塞がっていっている。  これならもう大丈夫では……といいたげな視線を向けると、神流はわざとらしく咳をした。吐き出した唾に、ごくわずかに血が混じっている。 「……ね?」  小さく首を傾げて、手に握ったものを口にくわえようとする。  ――と。  別な手が、神流の顔を押しのけた。 「まだ、ぜんぜん、鬼魔の力が中和しきれていません……癒して、くださいますよね?」  愛姫も、かなり正気に戻っているようだった。もちろん、愛姫の方から積極的に誘ってくるあたり、まだまだ正気とはいえないのだろうが、少し前と比べれば、瞳に、表情に、はっきりと理性の気配が戻っている。  こんなに簡単に、回復するものなのだろうか。普通の人間なら、一度犯されただけで発狂する者も少なくないと聞く。愛姫はいくら耐性があるとはいえ、一晩中、複数の鬼魔に犯され続けたのだ。正直なところ、簡単に元に戻るとは期待していなかった。  確認するように釉火に視線を向ける。意図を察したのか、釉火は微かに首を振った――左右に。 「まだよ。アンタの精液とか血とか、もらった直後は一時的に正気に戻るの。でも、完治したわけじゃない。すぐにまた、先刻と同じような状態に戻る。本当に回復するには、もしかしたら何週間もかかるかも」  それでもいい。治るという希望があるのであれば。  神流も生命の危機は脱したようだし、ひと安心だ。  その神流は、逆に愛姫を押しのけようとしている。 「ユウキ、こんな性悪女やめたほうがいいよ! 見た? ボクを刺した時の顔。あれがこの女の本性だよ!」 「やっぱり、人間は人間同士ですよね? それに十三歳は犯罪ですよね? 高校生と大学生なら普通ですよね? それとも悠樹さん、獣姦趣味が? それは人としていけないと思います」  ふたりとも、悠樹のペニスを握ったまま睨み合っていた。  手にはかなり力がこもっている。  このまま引っ張り合いでもはじめそうな雰囲気だ。愛姫はまだしも、神流の力で大岡裁きなんてされたら千切られてしまう。いや、愛姫だって、真剣を振り回す手の力は見た目の印象よりもずっと強い。  身体の危機を感じた悠樹は、慌てて叫んだ。 「二人ともお座り! 待て!」  もともと犬っぽいところのある神流はもちろん、愛姫まで条件反射のように反応した。  反射的に床の上に並んで座ると、仔犬のような瞳で悠樹を見あげてくる。  きらきらと、期待に輝いている四つの瞳。「どっちを先にしてくれるの?」と訴えている。  さて、困った。  どうしたものだろう。  どうやって、この状況を脱すればいいのだろう。  うまく誤魔化すことができるだろうか。  必死に考えていると、貴仁が広間に戻ってきた。 「こっちはひと段落ついたのか?」  室内の様子を見回して訊く。 「ええ、いちおう」  釉火が応える。 「だったら、犬神くんにはもうひと働きしてもらおうか」 「え? ええ、いいですよ。俺にできることならなんでも、よろこんで」  とりあえず、この板挟みから合法的に脱出できるのであれば。  しかし、振り返った悠樹に向けられていたのは、貴仁の意地の悪い笑みだった。 「別の部屋で、他にも囚われていた女性が十名ほど見つかったんだ。なぁ、犬神くん向きの仕事だろう?」 「え……?」  脚が止まる。  背後から、突き刺さるような鋭い殺気を感じた。  ぎこちない動きで振り返る。  すぐ後ろに、危険な笑みを浮かべたふたりの美少女が並んで立っていた。